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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ネ10008職務発明対価支払等請求控訴事件 判例 特許
平成17ワ14399職務発明対価請求事件 判例 特許
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関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  無償の通常実施権 /  相当の対価(相当な対価) /  技術的思想 /  有用性 /  創作性(創作) /  製造方法 /  共同開発 /  共同発明 /  物質発明 /  技術的範囲 /  試行錯誤 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  着想 /  警告 /  時効 /  ライセンス /  商標権 /  薬事法 /  後発医薬品 /  援用権(援用) /  存続期間 /  製造承認 /  均等 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  業として /  侵害 /  侵害するおそれ /  実施料 /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  対価 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 / 
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事件 平成 21年 (ワ) 17204号 職務発明の対価請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2012/02/17
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成24年2月17日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成21年(ワ)第17204号 職務発明対価請求事件

(知的財産高等裁判所平成20年(ネ)第10039号事件の判決による差戻事件,

差戻前の第1審・東京地方裁判所平成19年(ワ)第12522号)

口頭弁論終結日 平成23年9月28日

判 決

東京都町田市<以下略>

原 告 X

同訴訟代理人弁護士 新 保 克 芳

ア 仁

洞 敬

井 上 彰

同復代理人弁護士 酒 匂 禎 裕

東京都港区<以下略>

被 告 三 菱 化 学 株 式 会 社

同訴訟代理人弁護士 飯 田 秀 郷

栗 宇 一 樹

早 稲 本 和 徳

大 友 良 浩

隈 部 泰 正

和 氣 満 美 子

戸 谷 由 布 子

辻 本 恵 太

林 由 希 子

同復代理人弁護士 森 山 航 洋

主 文



1
1 被告は,原告に対し,5900万円及びこれに対する平成10年10月

8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負

担とする。

4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

被告は,原告に対し,2億4281万1239円及びこれに対する平成10

年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は,被告の元従業員である原告が,使用者であった被告に対し,特許法

35条(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。 に基づき,


原告が被告に承継させた後記2(2)の職務発明に係る特許を受ける権利につい

て,相当の対価として2億4281万1239円及びこれに対する支払期限到

来日の翌日である平成10年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の

割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)

(1) 当事者等

ア 原告は,昭和40年に被告へ入社し,被告の中央研究所内に設置された

医薬研究部などで新薬の開発に携わるなどした後,平成9年6月に被告を

退職した。

イ 被告は,医薬品等の各種化学製品の製造,加工及び販売等を行う株式会

社である(旧商号は「三菱化成工業株式会社」,「三菱化成株式会社」で

ある。)。

平成11年4月に東京田辺製薬株式会社(以下「東京田辺製薬」という。)



2
の100%子会社としてティーティーファーマ株式会社(以下「ティーテ

ィーファーマ」という。)が設立され,同年9月30日,被告は医療事業

に係る営業全部をティーティーファーマに譲渡した。同年10月1日,被

告は東京田辺製薬と合併し,ティーティーファーマは商号を「三菱東京製

薬株式会社」(以下「三菱東京製薬」という。)に変更した。平成13年

10月1日,三菱東京製薬はウェルファイド株式会社(以下「ウェルファ

イド」という。)と合併し,商号を「三菱ウェルファーマ株式会社」(以

下「三菱ウェルファーマ」という。)に変更した。平成17年10月1日,

被告と三菱ウェルファーマを完全子会社とする株式会社三菱ケミカルホー

ルディングス(以下「三菱ケミカルホールディングス」という。)が設立

された。その後,平成19年10月1日,三菱ウェルファーマは,田辺製

薬株式会社(以下「田辺製薬」という。)と合併し,田辺三菱製薬株式会

社(以下「田辺三菱製薬」という。また,ティーティーファーマ,三菱東

京製薬,三菱ウェルファーマ,田辺三菱製薬を区別せずに「三菱ウェルフ

ァーマ」ということがある。)となった。

(甲15,16,弁論の全趣旨)

(2) 職務発明

ア 原告は,被告在職中の昭和56年1月頃,共同発明者の一人として,下

記の特許権(以下「本件特許権1」といい,本件特許権1に係る特許を「本

件特許1」という。)に係る発明(以下「本件発明1」という。)をした。

本件発明1は特許法35条1項所定の職務発明に該当し,被告は,原告ら

共同発明者から本件発明1に係る特許を受ける権利承継し,原告ほか4

名を共同発明者,被告を出願人として特許出願し,本件特許権1の設定登

録を受けた。(甲1の1,2,弁論の全趣旨)



特許番号 特許第1466481号



3
発明の名称 (3−アミノプロポキシ)ビベンジル類

出願日 昭和56年8月20日(特願昭56−130704)

公開日 昭和58年2月25日(特開昭58−32847)

出願公告日 昭和63年3月25日(特公昭63−13427)

登録日 昭和63年11月10日

満了日 平成13年8月20日

延長満了日 平成18年4月10日

発明者 原告,H,B,C,D

イ 原告は,被告在職中の昭和56年1月頃,共同発明者の一人として,下

記の特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権2に係る特許を「本

件特許2」という。また,本件特許権1と本件特許権2を併せて「本件各

特許権」と,本件特許1と本件特許2を併せて「本件各特許」という。)

に係る発明(以下「本件発明2」といい,本件発明1及び本件発明2を併

せて「本件各発明」という。)をした。本件発明2は特許法35条1項

定の職務発明に該当し,被告は,原告ら共同発明者から本件発明2に係る

特許を受ける権利承継し,原告ほか3名を共同発明者,被告を出願人と

して特許出願し,本件特許権2の設定登録を受けた。(甲10の1,2,

弁論の全趣旨)



特許番号 特許第1835237号

発明の名称 セロトニン拮抗剤

出願日 平成元年5月18日(特願平1−125055)

公開日 平成2年12月17日(特開平2−304022)

出願公告日 平成5年7月7日(特公平5−44926)

登録日 平成6年4月11日

満了日 平成21年5月18日



4
発明者 E,B,F,原告

ウ 本件各発明につき,原告は,被告から,昭和56年11月末日頃までに

出願時補償金として●(省略)●円を,平成元年2月末日頃までに登録時

補償金として●(省略)●円をそれぞれ受け取った。

なお,被告は,このほかに,本件発明2について出願時補償金●(省略)

●円,登録時補償金●(省略)●円を原告に支払ったと主張する。

(3) 本件各発明の実施

ア 本件各発明に係る化合物を有効成分とする医薬品は,一般名を塩酸サル

ポグレラート,商品名を@アンプラーグ錠50r,Aアンプラーグ錠10

0r,Bアンプラーグ細粒10%という(以下@〜Bの商品を併せて「ア

ンプラーグ」という。)。

アンプラーグは,慢性動脈閉塞症モデルを始めとする種々の血栓モデル

に有効性を示し,臨床的には,慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍,疼痛及び冷感

等の虚血性諸症状の改善に対して有用性が認められている。

正常な血管内では血管の内壁を覆う血管内皮細胞の働きにより,血栓が

形成されることはないが,動脈硬化,糖尿病等の病的な状況下では血管内

皮が傷害され,血管内皮下の結合組織が露出した部分に血流中の血小板が

粘着反応を起こす。粘着した血小板からは,セロトニンを始めとした血小

板内貯蔵物質が放出され,このとき放出されたセロトニンは,他の血小板

を活性化し凝集を促進して血栓形成を増強させるとともに,動脈硬化等に

より損傷を受けた血管においては血管平滑筋(血管の太さを調節する筋肉

組織)に作用して強い血管収縮を引き起こし血流を減少させる。セロトニ

ンの示すこれらの生理作用は細胞膜上に存在する受容体を介することが知

られている。この受容体のうち,5−HT 2 受容体は,末梢組織では血小

板と血管平滑筋に特異的に分布しており,血小板凝集の増強と血管の収縮

に関与していることが明らかにされている。



5
アンプラーグは,慢性動脈閉塞症に関し製造承認された世界初の5−H

T 2 受容体に対する選択的拮抗薬であり,血小板及び血管平滑筋細胞の5

−HT 2 受容体を遮断して,血栓形成部位におけるセロトニンの血小板凝

集を抑制するとともに血管収縮を抑制する。

イ 被告は,@アンプラーグ錠50r及びAアンプラーグ錠100rについ

ては,平成5年7月2日に製造承認を受け,同年10月7日に販売を開始

し,Bアンプラーグ細粒10%については,平成11年3月4日に製造承

認を受け,同年5月20日に販売を開始した。

被告は,平成5年10月7日から平成11年9月30日まで,全てのア

ンプラーグを東京田辺製薬に委託して販売した。この期間のアンプラーグ

の売上高は総額565億3720万円である。

上記(1)イのとおり,被告は,平成11年9月30日,アンプラーグを含

む医薬品に係る事業全体を東京田辺製薬の完全子会社である三菱ウェルフ

ァーマ(当時の商号は「ティーティーファーマ株式会社」)に譲渡した。

その後も,被告は本件特許権1及び本件特許権2を保有しているものの,

平成11年10月1日から平成19年9月30日までは,被告と三菱ウェ

ルファーマとの間の独占的実施許諾契約に基づき,三菱ウェルファーマの

みがアンプラーグの製造販売を行っていた。平成19年10月1日以降は,

被告と田辺三菱製薬との間の独占的実施許諾契約に基づき,田辺三菱製薬

のみがアンプラーグの製造販売を行っている。この実施許諾契約に基づき,

平成11年10月1日から平成21年5月18日までに被告が受領したア

ンプラーグに関する実施許諾料は,総額●(省略)●円である。(乙32,

弁論の全趣旨)

(4) 別件訴訟

原告は,被告在職中にN 2 −アリールスルホニル−L−アルギニンアミド

類の製造方法を職務上発明し,当該発明に係る特許を受ける権利を被告に承



6
継させたとして,特許法35条に基づき,被告に対し,当該職務発明の相当

対価の支払を求める訴訟を当庁に提起した(東京地方裁判所〔以下「東京地

裁」という。〕平成17年(ワ)第12576号職務発明対価支払等請求事

件)。被告は,上記発明を利用して慢性動脈閉塞症を適応症とする抗血液凝

固剤(薬品名「アルガトロバン」)を自ら製造販売し,又は三菱ウェルファ

ーマ等に独占的実施許諾していた。

東京地裁は,平成18年12月27日,原告の請求を一部認容する判決を

したが,これを不服とする原告が知的財産高等裁判所(以下「知財高裁」と

いう。)に控訴し,被告も附帯控訴した(知財高裁平成19年(ネ)第10

008号職務発明対価支払等請求控訴事件)。知財高裁は,平成20年5月

14日,原判決を変更し,認容金額を増額する一部認容判決をした(以下,

この訴訟を「別件訴訟」という。)。(甲20)

(5) 本件訴訟の経緯

原告は,被告に対し,被告に承継させた本件各発明につき,特許法35条

に基づき,相当対価の支払を求める訴訟を当庁に提起し(東京地裁平成19

年(ワ)第12522号職務発明対価請求事件) 平成20年2月29日,


東京地裁は,原告の本件各発明に係る相当対価支払請求権は消滅時効の完成

により消滅したとして原告の請求を棄却した。

原告はこれを不服として知財高裁に控訴した(知財高裁平成20年(ネ)

第10039号職務発明対価請求控訴事件)。

知財高裁は,平成20年10月29日,本件における実績補償に係る相当

対価の支払請求債権については,各職務発明実施から5年を経過した時点

が消滅時効の起算点となるところ,本件各発明は平成5年10月7日に実施

されたことが認められるから,本件各発明の実績補償に係る相当対価支払請

求債権の消滅時効の起算点は平成10年10月7日となり,原告は平成19

年2月1日に被告に対しその履行を催告し,同年5月18日に本訴を提起し



7
たことにより,上記消滅時効は上記催告時に中断し,原告の本件各発明に係

る相当対価支払請求債権は時効消滅しておらず,本訴請求の当否を判断する

には相当対価額について実体審理をする必要があるとして,原判決を取り消

し,本件各発明に係る相当対価の額等について更に審理を尽くさせるため,

東京地裁に差し戻す旨の判決(以下「本件高裁判決」という。)をした。

被告は,本件高裁判決に対して上告受理の申立てをしたが,最高裁判所は,

平成21年5月20日,受理しない旨の決定をし,本件高裁判決が確定した。

本件訴訟はこの差戻審である。

3 争点

(1) 相当対価の額(争点1)

(2) 消滅時効の成否(争点2)

第3 争点に関する当事者の主張

1 争点1(相当対価の額)について

〔原告の主張〕

(1) 相当対価を算出するための基礎となる売上高

ア 被告の売上高(平成5年10月7日〜平成11年9月30日)

被告は,平成5年10月7日から平成11年9月30日まで,アンプラ

ーグの販売を東京田辺製薬に対し委託していたが,当該期間のアンプラー

グの売上高は565億3720万円である。

イ 三菱ウェルファーマ等の売上高(平成11年10月1日〜平成21年5

月18日)

(ア) 東京田辺製薬の100%子会社として設立されたティーティーファー

マは,平成11年9月30日,被告から医薬品事業を,東京田辺製薬か

ら食品添加物事業を除く全事業を譲り受け,同年10月1日,ティーテ

ィーファーマは商号を「三菱東京製薬株式会社」に変更した。また同日,

親会社の東京田辺製薬は被告に吸収合併された。



8
三菱東京製薬は,平成13年10月1日,ウェルファイドと合併した

際に商号を「三菱ウェルファーマ株式会社」に変更した。この合併後も

三菱ウェルファーマの発行済株式の45.08%を被告が保有し筆頭株

主であった。

平成15年12月,株式公開買付けにより被告は三菱ウェルファーマ

の発行済株式の58.94%を保有する親会社となり,平成17年10

月,被告と三菱ウェルファーマを完全子会社とする三菱ケミカルホール

ディングスが設立され,被告と三菱ウェルファーマは完全な兄弟会社と

なった。平成19年10月1日,田辺製薬と三菱ウェルファーマが合併

して田辺三菱製薬となった。

(イ) 被告と三菱ウェルファーマのこのような関係からすると,「その発明

により使用者等が受けるべき利益」を検討するに当たって,被告と三菱

ウェルファーマは,少なくとも,アンプラーグに関する事業については

実質的に一体であり,アンプラーグに係る両社の売上げ及び利益は一体

とみるべきである。

この点については,本件訴訟と同一の原告被告間で争われ,本件各発

明と同様にグループ企業に承継されたアルガトロバンの製法特許に関す

対価支払請求事件である別件訴訟において,知財高裁は,両社の関係

を指摘した上で,職務発明における相当対価を算定するに当たって,三

菱ウェルファーマの売上げを基礎とすべきである旨判示している。

したがって,アンプラーグに関する事業において,被告と三菱ウェル

ファーマは一体として扱うべきであり,三菱ウェルファーマに事業譲渡

された後は,同社のアンプラーグの売上高が本件各発明によって「使用

者が受けるべき利益」を算定する前提となる。

このことは,平成19年10月1日,田辺製薬と三菱ウェルファーマ

が合併して田辺三菱製薬となった後も同様である。すなわち,三菱ケミ



9
カルホールディングスは田辺三菱製薬の約56%以上の株式を保有し,

従前どおり三菱ケミカルホールディングスを中心とする企業集団におい

て,被告は化学品部門の柱とされ,田辺三菱製薬は医薬部門として位置

づけられ,一つの企業グループ内において利益を享受する体制を保持し

ている。したがって,田辺三菱製薬によるアンプラーグの製造販売期間

については,同社の売上げが本件各発明によって「使用者が受けるべき

利益」を算定する前提となる。

(ウ) 「使用者が受けるべき利益」を算定する前提となる三菱ウェルファー

マの売上高合計(三菱東京製薬,三菱ウェルファーマ,田辺三菱製薬の

売上高合計)は,1422億2914万4189円である。

(2) 超過売上高(40%)

ア 被告は,昭和46年に医薬事業を立ち上げたばかりであり,当初は他社

からの導入品を販売していたにすぎなかったものであり,被告にとって,

医薬品市場における市場シェアは限りなくゼロに近く,本件各発明の実施

品であるアンプラーグは,他の大手医薬品メーカーであれば容易に同品質

の製品を製造,販売することが可能であったから,もし被告が本件各特許

権を有していなければ,競合他社の存在により被告がアンプラーグのシェ

アを独占できなかったことは明らかである。

イ アンプラーグは,販売開始後5年間でアルガトロバンの4倍以上の売上

げとなるほどの大型新薬であった。アルガトロバンに関する物質特許(2

つ)の存続期間が満了する前の平成15年のアルガトロバンの売上高が約

35億円であるに対して,アンプラーグは128億円にも達する。これは,

アルガトロバンが注射剤であったのに対し,アンプラーグは経口投与薬と

して患者が日常的に服用できる新薬として開発されたことが大きな原因で

ある。

ウ 本件特許権2の存続期間が平成21年5月18日に満了したため,後発



10
品の製造販売に対する対策として,被告は,同年6月18日,「サルポグ

レラート塩酸塩(アンプラーグ ノ )に関する特許権について」と題する文

書(甲25)により,被告がアンプラーグに関する特許権(結晶型特許・

特許第3864991号〔以下「991号特許」という。〕)を有してい

ることを公表し,当該特許権を侵害し又は侵害するおそれのある行為には,

当該特許権に基づく権利行使をする旨を広く警告した。

しかし,被告による上記警告にもかかわらず,抗血小板薬サルポグレラ

ート塩酸塩についてジェネリック大手4社を始めとする23社の製薬会社

より計46品目の申請,承認がなされている。これは,平成21年11月

の薬価追加収載に向けて承認された諸成分の6成分の中でも群を抜いて多

いものであった。

このようなジェネリック各社の承認取得行動をみても明らかなとおり,

本件各特許権があったからこそ競合他社によるサルポグレラート塩酸塩の

製造販売を抑止できていたのであり,本件各特許権が高い排他的効果を有

していたことは明らかである。

エ よって,本件各特許権の排他的効果に基づいて通常実施権に基づく売上

高を超過する割合は,少なくとも別件訴訟において認められた40%を下

回るものではない。

オ 被告は,再審査制度による独占力は基本物質に関する特許権の独占力と

同等というべきであると主張するが,再審査期間中であっても,他者が承

認申請に必要な試験を自力で行って資料をそろえて申請することは禁じら

れていないから,他者の参入を妨げているのは特許権であり,再審査期間

中であっても薬事法上の再審査制度に排他的効力が認められることはない。

(3) 仮想実施料率(7.5%)

ア 使用者が受けるべき利益の算定は,本来アンプラーグ自身の利益率をも

って行うべきであるが,かかる製品ごとの利益率の算定は困難が伴うため,



11
当該製品を含む医薬品事業部門の利益率を参考にせざるを得ない。そして,

アンプラーグを含む被告の医薬品事業全体は三菱ウェルファーマに事業譲

渡されているから,本件においては,医薬品専業の三菱ウェルファーマの

利益率を参考にすべきこととなる。

医薬品業界においては,上位の売上げを誇る医薬品が会社全体の利益を

牽引し,その余の研究開発費をまかなっていることは顕著な事実である。

実際にアンプラーグの平成20年度の売上げは,発売されてから既に15

年以上経つにもかかわらず約190億円であり,高い売上高を維持してい

る。

したがって,アンプラーグ単体の利益率は,少なく見積もっても三菱ウ

ェルファーマ全体の利益率をはるかに上回ることが明らかであるから,以

下,三菱ウェルファーマ全体の利益率を検討する。

イ 平成14年度から平成16年度における平均原価率等を集計すると(甲

4の5〜7),三菱ウェルファーマの売上原価率は平均約37.78%で

あり,粗利益率は60%を超える。また,同社の売上高営業利益率は平均

約12%である。

また,医薬品大手14社(又は13社)の平成14年度から平成16年

度における売上高営業利益率は平均約18%である。

売上高営業利益率でみると,三菱ウェルファーマは業界平均より約6%

低いが,これは同社の研究開発費が他社より高いことと,特許権を留保し

ている被告に対して一定の実施料を支払うこと等によって,医薬品事業の

利益を両社で分け合っている結果である。この意味からも,被告と三菱ウ

ェルファーマの利益を合わせて,初めて医薬品事業の利益として他の医薬

品大手と対比できるといえる。

ウ したがって,被告自らが医薬品事業を営んでいた場合の営業利益は,被

告から医薬品事業を譲り受けた三菱ウェルファーマの営業利益及び同社か



12
ら被告が得る実施料の合計を下回ることはない。そして,血液凝固阻止剤

であるアルガトロバンについて被告とティーティーファーマとの間の実施

許諾契約(甲6)において実施料率が3%に定められているから,アンプ

ラーグについての実施料率も3%を下回ることはない。

よって,アンプラーグに関する事業によって被告が得るべき利益は,売

上げの15%(12%+3%)を下回ることはないが,諸事情を考慮して

仮想実施料率を5%と認定した別件訴訟の知財高裁判決を考慮し,15%

の半分の7.5%が本件に適用すべき仮想実施料率であると主張する。

(4) アンプラーグ関連特許における各特許発明の寄与割合

ア 用途発明(特許)とは,「ある物の未知の属性を発見し,この属性によ

り,当該物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく

発明」であるが,新しい用途の発見がない,物質の特定の性質を専ら利用

する発明も用途発明とされることがあるものの,このような用途発明は物

質発明と基本的に変わるところがない。本件発明2は,新しい用途の発見

がない,物質の特定の性質を専ら利用する用途発明に該当する。

したがって,物質発明である本件特許権1の存続期間中は,正にその排

他的効力によりアンプラーグの超過売上げが維持され,本件特許権1の存

続期間満了後には,用途発明である本件特許権2の排他的効力によりアン

プラーグの超過売上げが維持されてきたといえるから,各発明の寄与割合

は,本件特許権1が存続する期間は本件発明1が100%であり,本件特

許権1の存続期間が満了した後は本件発明2が100%である。

イ 中間体製造法特許(特許第1854806号,以下「806号特許」と

いう。)及び991号特許は,以下のとおり実質的に第三者によるアンプ

ラーグの製造販売を禁止する効果はないから,被告の売上げ独占に対する

寄与はない。

(ア) 806号特許は,メタ−ヒドロキシ安息香酸をジメチル化してメタ−



13
メトキシ安息香酸メチルを合成し,それを還元してメタ−アルコキシベ

ンジルアルコール,すなわち「メタ−メトキシベンジルアルコール」を

製造する方法に関する発明である。

しかし,アンプラーグの製造に必要な中間体2−ヒドロキシ−3’−

メトキシビベンジルの一製造原料としてメタ−メトキシベンジルクロリ

ドがあり,その一製造原料にすぎないのが上記「メタ−メトキシベンジ

ルアルコール」である。「メタ−メトキシベンジルアルコール」は,ア

ンプラーグの製造工程においてはるか上流の工程における原料であり,

また,古くから知られた構造の簡単な化合物である。しかも,806号

特許に係る方法でなくても容易に医薬品を製造できる程度に安価かつ純

度の高いものが得られる。

さらに,806号特許は,その特許請求の範囲において,出発原料を

メタ−ヒドロキシ安息香酸に限定しているが,これをメタ−ヒドロキシ

安息香酸アルキル,すなわちメタ−メトキシ安息香酸メチルとすること

で回避することができる。また,二重アルキル化が構成要素となってい

るため,メタ−ヒドロキシ安息香酸を段階的にエステル化あるいはメト

キシ化することによっても回避することができる。

このように,806号特許は,実質的に第三者の行為を禁止する効果

はなく,被告のアンプラーグについての独占実施への寄与割合はゼロで

ある。

(イ) 991号特許は,既に販売されているアンプラーグの原体の中に,こ

れまで検出されていなかった結晶形が2つ混入していることを発見した

にすぎないものである。これら結晶形を発見したからといって,医薬品

として使用しているアンプラーグ本体に変わりはなく,また,アンプラ

ーグの製造法を変えたとか,吸収性が良くなるといった効能の向上も全

くない。特許公報の【発明の効果】をみても,「新規な結晶多形である



14
U形結晶及びT形結晶を提供することができる」と記載するのみであっ

て,単にアンプラーグの結晶をX線回折で測定した結果が延々と記述さ

れているにすぎない。また,上記(2)ウのとおり,被告が991号特許を

理由にアンプラーグの後発品による特許侵害を広く警告したにもかかわ

らず,23社計46品目の後発品が申請され承認されていることからし

ても,991号特許は被告のアンプラーグに関する事業の独占に対して

何ら寄与しておらず,その寄与割合はゼロである。

(5) 共同発明者間における原告の寄与割合(50%)

ア 本件特許1については,アンプラーグという具体的な化合物を着想し合

成したのが誰であるかにより誰が発明者であるかが決定されることになる

が,その基準は同時に発明者間の寄与割合の決定基準にもなる。

本件特許2は,創薬の段階からターゲットとされていたセロトニン拮抗

作用を確認したものにすぎず,効能が新たに追加されたものではない。ま

た,本件特許2におけるセロトニン拮抗作用は,本件特許1の明細書に記

載されている抗血液凝固作用,血小板凝集阻害作用と用途について表現が

異なるだけであって,薬理効果は同一であり,血栓生成抑制剤,血小板凝

集抑制剤として医療に供されるものである。したがって,本件特許2は,

既に存在する物質の特定の性質を発見し,それを利用するという意味での

用途発明ではなく,物質発明に係る物質についてその用途を示す物質発明

に基づく用途特許であり,その本質は物質発明の場合と同様に考えるべき

であるから,本件特許2に係る発明者間の寄与割合は,物質特許である本

件特許1と同一と解すべきである。

イ 原告は,抗血液凝固作用を有する抗トロンビン剤であるアルガトロバン

を既に創薬していたが,静脈血栓を治療対象とするアルガトロバンに対し

て,更に動脈血栓を治療対象とする血小板凝集阻害剤を創薬することがで

きれば,全ての血栓症に治療薬を提供できることとなり,血栓治療に多大



15
な貢献をなし得ると考えた。また,アルガトロバンの基本骨格は経口吸収

性の悪いアルギニン骨格であるため注射剤とするしかなく,入院時あるい

は通院時にしか投与できないという制約があった。そのため,原告は,経

口投与による治療が可能となる抗血栓治療薬を創薬しようと考えた。

原告は,中枢神経系用剤(抗うつ剤)の研究にも取り組んでおり,その

対照薬として使用していたイミプラミンに抗レセルピン作用(抗うつ作用)

の他に抗血小板作用があることを知っていた。そこで,原告は,抗血小板

剤のリード化合物としてイミプラミンに着目するとともに,その有する抗

うつ作用を消失させるためにイミプラミンの三環系部分の真ん中を切り離

した開裂構造を考えた。このような考えの下,原告は,昭和50年11月,

血小板凝集阻害剤の創薬を目的としてBP89及びBP90を合成した。

BP89,BP90を薬理評価したところ,いずれも抗レセルピン作用(抗

うつ作用)が消失しており,BP90にBP89を上回る血小板凝集阻害

効果が確認された。そのため,原告は,昭和51年6月,BP90を血小

板凝集阻害作用を持った経口抗血栓剤のリード化合物として大量に合成し

た。

BP90に非常に強い抗血小板凝集阻害作用と血管収縮阻害作用が認め

られたことから,原告は,BP90の抗血小板凝集阻害作用には,セロト

ニンが関与しているのではないかと考えるようになった。セロトニン拮抗

作用を有する化合物には,副作用として脳内セロトニンの神経活動を抑制

することによって生ずる神経作用(不安症状,うつ症状など)が出るリス

クがあったため,原告は,脳関門が脂溶性物質(油)で囲まれているため

に親水性化合物は通過しない,あるいは通過しにくいとされている点に着

目し,昭和52年8月に合成したBP261という,毒性試験での活性が

弱く,水に溶けやすい性状を持っている化合物を再評価する必要性がある

と考え,昭和55年5月にBP261を大量に合成し,中枢毒性や簡易毒



16
性などを徹底的に調べた。その結果,BP261は毒性値がBP90より

弱いことが確認されたため,以後,原告はBP261の周辺化合物を精力

的に合成した。

一方で,BP261は,P450(肝臓代謝酵素)によりベンゼン環の

3位(メタ)が酸化されて−OH基になりグリシンなどと抱合体を作り,

非活性化するとともに比較的早く代謝されてしまうことが分かっていた。

そこで,原告は,ベンゼン環の3位が酸化されないように保護基の導入を

考え,また,その導入によって活性値を高める効果も期待して各種置換

の導入を検討したところ,メトキシ基(−OCH 3 )を置換したBP98

4,BP985の血小板凝集阻害作用の活性値がBP261の約2倍に上

がった。BP984,BP985にはカルボキシル基(−COOH)が付

いており水溶性の高い化合物であった。

そこで,昭和56年4月,原告は,親水性置換基であるカルボキシル基

を含むBP261,BP935,BP985,BP1040を大量に合成

して変異原生試験及び亜急性試験に供し,翌5月には,変異原生試験の結

果が良く,中枢系副作用に対し影響のなかったBP985を選び,2週間

の亜急性毒性試験のために130グラム合成した。

BP985は,BP984より活性は低いが経口吸収性が高く,血中に

入ると体内の酵素でコハク酸のエステル部分(CO(CH 2 ) 2 COOH)が

加水分解されてBP984に変化する。つまり,BP985は,BP98

4より経口吸収性が高く活性を失うことなく血中にとどまり,血中ではよ

り抗血小板凝集阻害作用の強いBP984に変化するという特性が確認で

きたため,原告は,変異原生試験,経口投与によるラットでの亜急性毒性

試験,中枢性関連の副作用の有無の確認等,可能な限りの試験を行った上

で,BP985を新薬候補化合物に選定した。

以上のとおり,原告は,明確にセロトニン拮抗作用を意識してリード化



17
合物BP90を合成し,水溶性化合物BP261を経て,最終的に新薬開

発候補化合物としてBP985を選び,昭和57年7月頃,BP985を

新薬開発会議に上程し,開発,治験に入ることが許可され,MCI−90

42という新薬開発番号(治験薬番号にもなる。)が付された。

ウ 上記イのアンプラーグの開発経緯から明らかなように,本件特許1にお

いて,具体的にどのような活性物質を得ることができればどのような効果

があるかを予測し,ドラッグデザインを行ったのは全て原告である。人員

が慢性的に不足していたため,原告自身が大半の活性物質の合成を行って

おり,他の者に活性物質の合成を行わせることがあっても,それも原告が

化学式を示すなどして行わせたものであって,その結果についても全て原

告に報告されていた。BP89に始まる抗血小板凝集阻害剤に関する合成

に最初から最後まで一貫して関与したのは原告のみであり,また,アンプ

ラーグに関する合成グループの月報も全て原告が作成している。

したがって,本件特許1については,全て原告の判断,指示に基づいて

研究開発が行われたのであって,原告が単独発明者とも評価し得る重要な

役割を果たした。

本件特許1は,原告のほかに,H,B(以下「B」という。),C,D

共同発明者とされているものの,いずれも原告が行ったドラッグデザイ

ンに基づき,原告の指示の下,原告が行う合成の補助あるいは原告が示し

た化学式に基づき合成を行ったにすぎず,本件発明1において寄与度と評

価されるような主体的な働きはほとんどしていない。

エ 本件特許2は,上記アのとおり,「物質発明に基づく用途特許」であり,

その共同発明者間の寄与割合は物質特許である本件特許1と同様に認定さ

れるべきである。

本件発明2はアンプラーグのセロトニン拮抗作用を用途としているが,

原告はアンプラーグの創薬段階においてセロトニン拮抗作用に着目し,セ



18
ロトニン拮抗作用を持つ製剤として明確にターゲットを絞り研究開発を進

めBP985を合成したのであるから,本件特許2についても原告が単独

発明者とも評価し得る役割を果たしたといえる。

オ 原告の本件各発明の開発における圧倒的に重要な役割を考えると,他の

発明者がそもそも発明者といえるのか疑問ではあるが,少なくともそうし

た他の発明者の寄与が補助的なものにすぎないことからすると,共同発明

者間における原告の寄与割合は50%を下回ることはない。

なお,本件特許1と本件特許2における共同発明者間の寄与割合を別々

に考えたとしても,本件特許1については50%を下回ることはない。本

件特許2については,発明者として記載されている4名のうちFは,薬理

班のグループリーダーだっただけでBP985の開発に何ら関与していな

いため発明者とはいえないから,共同発明者間における原告の寄与割合は,

少なくとも残り3名の均等割合である33.3%を下回るものではない。

被告は,創薬における薬理担当者の重要性を縷々主張し,アンプラーグ

の開発に当たって重要な役割を果たしたのはBであると主張するが,薬理

班に所属する者が通常必要とされる薬理評価を行ったとしても,それだけ

では発明者ということはできない。新薬開発の成功には多岐にわたる安全

性試験が必要であるが,これら試験にかかわった者が発明者たり得ないの

と同様,薬理班に所属する者が新薬の開発に当たって薬理評価を行ったと

しても,それは「使用者の貢献」として評価されることがあるにすぎない。

(6) 被告の貢献度(90%)

ア 昭和47年4月に合成班のグループリーダーとして医薬品の開発を行う

ようになった原告の研究テーマは酵素阻害剤の研究(抗トロンビン剤の合

成研究)であったが,被告による医薬事業自体が昭和46年に開始された

にすぎなかったため,いまだ揺籃期にあり,研究開発のための設備,人員

共に十分にそろえられている状態ではなかった。特に研究開発業務におけ



19
る経験不足は深刻であり,アンプラーグについても被告にはその研究開発

に関する技術や知見はほとんどなく,原告の独創に専ら依拠してその研究

開発が進められたのである。

また,アルガトロバンは注射による投与が前提であり,使用は医師等専

門家がいる病院に限られたため,原告は,経口剤とすることにより通院患

者も対象とすることを考え,経口投与製剤を選択した。このことが,アル

ガトロバンをはるかに超えるアンプラーグの売上高を確立できた最大の要

因となった。原告は,当時の上司にこの考えを具申したが,既に血栓症薬

としてはアルガトロバンがあり,それを経口剤にすればよいとして,新た

な原告の創薬研究に対しては否定的であった。

被告は,神戸大学医学部のG教授(以下「G教授」という。)と共同開

発契約を締結したことを被告の貢献として挙げるが,G教授との共同開発

契約は,別件訴訟のアルガトロバンの開発には役に立ったが,アンプラー

グの開発には無関係であり被告の貢献度を上げる事情とはなり得ない。

以上のように,本件各発明は原告の着想と地道な努力によるものであっ

て,G教授との共同開発契約を自らの貢献であると主張し,研究開発を中

止するように申し入れたことさえある被告の貢献度は低い。医薬品である

ため,実施までのプロセスで臨床試験などの負担が必要となるが,平成2

1年3月期決算でも年間185億円もの売上げがあるなど,アンプラーグ

が極めて長期にわたって被告に高い利益をもたらしていることを考慮すれ

ば,使用者である被告の貢献度は90%を上回るものではなく,発明者

貢献度は10%を下回るものではない。

イ 被告は,薬理班がセロトニン拮抗作用に着目してセロトニンと低濃度の

コラーゲンの組合せによる高感度血小板凝集測定法を確立したことが重要

であると主張するが,高感度血小板凝集測定法は,臨床試験を行う際にセ

ロトニンの測定系が必要になったことから開発されたものにすぎない。し



20
かも,当時入社して間もないE(以下「E」という。)がその開発を担当

していたことからも分かるように,その開発に特段の困難もなく,薬理に

携わる者であれば容易に開発できるものである。このような臨床試験を行

うに際しての工夫は,どのような医薬品でも行われるものであって,アン

プラーグの開発に特有のものではない。そのため,高感度血小板凝集測定

法については,本件特許2の特許公報(甲10の2),アンプラーグの開

発経緯を記載した論文(甲31)にも一切記載されていない。

したがって,高感度血小板凝集測定法の開発は,本件各発明に対する被

告の貢献度を上げるべき理由にはなり得ない。

(7) 中間利息の控除

本件各発明に係る相当対価支払請求債権は,支払時期の定めのある債権で

あり,その支払期限は本件各発明が実施された平成5年10月7日から5年

が経過した平成10年10月7日である(本件高裁判決)。この日に,原告

は,被告に対し,特許法35条に基づく相当対価の支払を請求することがで

きたのであるから,相当対価の額の算定に当たっては,平成10年10月7

日を基準として中間利息を控除すべきである。

中間利息の控除に当たっては,各年の中間の時期にその年の利益が得られ

たものとして年を単位に控除することが相当であり,被告は3月決算である

ことから,平成10年10月7日はおおむね平成10年度の中間の時期とな

る。したがって,平成11年度以降の利益については平成10年からの年数

に応じて,別紙1のとおり中間利息を控除すべきである。

(8) 相当対価の額

以上から,本件各発明に係る相当対価の額を計算すると,別紙1のとおり,

2億4281万6039円となる。これは,各年度のアンプラーグの売上高

の合計額1987億6634万4189円(上記(1))に,本件各特許による

超過売上割合40%(上記(2)),仮想実施料率7.5%(上記(3)),本件



21
特許発明の寄与率100%(上記(4)),共同発明者間における原告の寄与

割合50%(上記(5)),発明者の貢献度10%(上記(6))を乗じ,平成1

1年度分からの中間利息を控除(上記(7))した金額である。

したがって,原告は,被告に対し,上記相当対価の額から被告から原告に

支払われた出願補償金及び登録補償金の合計●(省略)●円を控除した2億

4281万1239円を請求する。本件の相当対価支払請求債権は平成5年

10月7日から5年が経過した平成10年10月7日に履行期が到来してい

るため,その翌日である同月8日から被告は履行遅滞に陥り,民法所定の年

5分の遅延損害金が発生する。

なお,共同発明者間の寄与割合について,本件特許1と本件特許2を別々

に検討し,本件発明1に対する原告の寄与割合を50%,本件発明2に対す

る原告の寄与割合を33.3%とした場合の本件各発明に係る相当対価の額

は,別紙2のとおり,2億2462万1676円となる。

〔被告の主張〕

(1) 相当対価を算出するための基礎となる売上高

ア 被告による自己実施期間(平成5年10月7日〜平成11年9月30日)

被告がアンプラーグの販売を開始した平成5年10月7日から,三菱ウ

ェルファーマ(当時のティーティーファーマ)に対して医薬事業を営業譲

渡した平成11年9月30日までのアンプラーグの売上高は565億37

20万円である。

イ 三菱ウェルファーマによる実施期間(平成11年10月1日〜平成21

年5月18日)

被告は,三菱ウェルファーマ(当時のティーティーファーマ)に対する

医薬事業の譲渡に際して,知的財産権管理の観点から医薬事業に係る知的

財産権については引き続き被告に帰属するものとした。そのため,被告は,

平成11年9月30日付けで三菱ウェルファーマとの間で実施許諾契約を



22
締結し,被告は,三菱ウェルファーマに対して,同社が医薬事業を遂行す

るために必要な知的財産(特許権,商標権及びノウハウ)について包括的

かつ独占的な実施権を許諾した。

この実施許諾契約において,アンプラーグに関する実施料は,@平成1

1年10月1日から平成21年5月18日までは正味販売高の●(省略)

●%,Aそれ以降は実施料支払期間満了日(平成21年9月30日)まで

正味販売高の●(省略)●%と規定した(乙32)。この実施許諾契約に

基づき,被告が三菱ウェルファーマ及び田辺三菱製薬から受領したアンプ

ラーグに関する実施許諾料は●(省略)●円である(各年度の実施料額は

別紙3記載のとおりである)。この実施許諾料は,本件各特許権に関連す

る被告の収入の全部であり,本件各特許権の独占権に基づくものである。

ウ 被告は,平成11年9月30日,医薬事業部門を三菱ウェルファーマに

対して営業譲渡し,譲渡時点において被告が有していた医薬事業に関する

固定資産と流動資産及び医薬事業遂行のために必要な許認可を三菱ウェル

ファーマに譲渡した。これに伴い,アンプラーグの製造承認についても被

告から三菱ウェルファーマに譲渡され,同社に承継された。製造承認がな

ければ新薬として承認を受けたアンプラーグを製造,販売することはでき

ないため,アンプラーグの製造承認が三菱ウェルファーマに承継されたこ

とによって,被告が有していたアンプラーグの実質的な事業価値のほとん

ど全ては三菱ウェルファーマに移転したことになる。被告は,上記営業譲

渡に際し,知的財産権管理の都合上から医薬事業に係る本件各特許権を含

む知的財産権については引き続き被告に帰属するものとしたが,上記のよ

うにアンプラーグに関する事業価値のほとんど全ては三菱ウェルファーマ

に移転しており,この製造承認と切り離された本件各特許権に独自の事業

価値はなく,通常のライセンス契約において認められるような経済的価値

は到底認められない。



23
したがって,被告が三菱ウェルファーマとの間で締結した実施許諾契約

に規定されたアンプラーグについての実施料額は妥当なものである。

エ 原告は,三菱ウェルファーマによる実施期間につき,アンプラーグに関

する事業において被告と三菱ウェルファーマは一体として扱うべきであり,

三菱ウェルファーマのアンプラーグの売上高が本件各発明によって「使用

者が受けるべき利益」を算定する前提になると主張するが,両社の関係を

原告自身の都合がよいように評価しただけの主張であって不当である。

そもそも,被告は,三菱ウェルファーマに対し本件各特許権を実施許諾

しており,本件各特許権を実施しているのは三菱ウェルファーマである。

また,被告と三菱ウェルファーマは別法人であり,三菱ウェルファーマは

本件各特許権の実施権者であるにすぎず,原告の「使用者」ではない。職

務発明の相当対価支払請求権は使用者である被告に対する請求権である以

上,本件各発明に関する「その発明により使用者等が受けるべき利益」を

検討するに当たり,実施権者にすぎない三菱ウェルファーマの売上げや利

益を算定の基礎資料とすべきではない。受けるべき利益として考慮の対象

となるのは,上記イのとおり,被告が三菱ウェルファーマから受領する実

施料である。この点は,田辺製薬と三菱ウェルファーマが合併した後も同

様である。

(2) 被告による自己実施期間に係る超過売上高(6%)

ア 被告は,本件各特許権について無償の通常実施権を有しており,自己実

施に基づく売上げは当該通常実施権に基づくものであるから,自己実施

について通常実施権を超える独占的な利益を使用者等が得たという特殊な

状況が肯定されない限り,「独占的な利益」自体を観念することはできな

い。

仮に,被告が自己実施をしていた時期に後発医薬品が存在したとしても,

その割合は現在の後発医薬品メーカーの売上状況に鑑みて多めに想定して



24
もせいぜい市場の5%〜6%程度であるから(乙38),被告の通常実施

権を超える独占的利益が仮に存在したとしても6%を上回ることはない。

また,後記(4)イのように,先発医薬品メーカーである被告は薬事法上の

再審査期間制度によって事実上の独占力を得ていたことも考慮すべきであ

る。

(3) 被告による自己実施期間に係る仮想実施料率(5%)

仮に,被告の自己実施期間中に通常実施権を超える独占的な利益が観念で

きるとしても,相当の対価を算定するための仮想実施料率は別件訴訟で認定

された5%を上回ることはない。

(4) アンプラーグ関連特許における本件各発明の寄与割合

ア アンプラーグに関連する特許としては,本件各特許権を含めて下記の4

件の特許権が存在する。そして,下記イのとおり,平成5年7月2日から

平成11年7月1日までの6年間については,別途,薬事法上の再審査制

度による独占力が付与されていると解すべきである。

@本件特許1 昭和56年8月20日出願

A本件特許2 平成元年5月18日出願

B806号特許 昭和59年4月6日出願

C991号特許 平成18年2月22日出願

イ 新薬を開発する先発医薬品メーカーは,下記(6)のとおり,長期に渡る研

究と莫大な研究開発費用を掛けて医薬品の開発を行い,製造承認を得るた

めの種々の臨床試験を行う必要がある。これに対し,後発医薬品メーカー

は,一般的に薬事法上の再審査期間経過後に製造承認を得て,後発医薬品

(ジェネリック)を製造して,先発メーカーの医薬品よりも安価で販売す

る。

後発医薬品を製造しようとする会社は,新薬として製造承認を得られれ

ば再審査期間中であっても当該医薬品を製造販売することができるが,後



25
発医薬品メーカーが自ら新薬製造業者が開発当初から行った種々の試験を

行うことは事業として全く成り立たないものである。後発医薬品メーカー

が再審査期間中に自ら製造承認を得るためには先発会社と同等又はそれ以

上の資料をそろえる必要があるところ,後発医薬品メーカーが僅か6年間

という再審査期間中にそのような資料を準備することは極めて困難であり,

再審査期間中に後発医薬品メーカーが製造承認を得ることは事実上不可能

である。再審査期間経過後には,後発医薬品メーカーが製造承認を得るこ

とはあり得るが,それは再審査期間経過後であれば製造承認を得るために

そろえるべき必要な資料が格段に少なくなるためである。したがって,先

発医薬品メーカーは,医薬品について特許権があるかどうかとは全く関係

なく,薬事法上の再審査期間という制度によって事実上の独占力を得るの

である。これは,当該医薬品の製造販売について,薬事法上の再審査期間

制度によって独占権の発生があるとみることができ,あたかも物質特許に

比肩する別個の特許権が存在するのと同様の事態が現出していると解すべ

きである。

被告は,平成5年7月1日にアンプラーグの製造承認を得ており,翌日

の同月2日から平成11年7月1日までが再審査期間となるから,この期

間には,薬事法上の再審査制度によって,特許権(アンプラーグ関連特許

発明の全て)の独占力と同等の独占力がもたらされているといわざるを得

ない。

ウ 一つの医薬品に対して複数の特許発明が寄与する場合に,特許発明の持

つ本質的な排他力及び業界での現実的効果等からみて,発明の果たす後発

品排除効果についての強弱関係については,物質発明,用途発明(承認用

途のみ)は強く,製法発明は弱いとされている。

本件において,物質特許である本件特許1,用途特許である本件特許2

は重要なウェイトを占めている。特に,医薬品として広く認知された要因



26
は,セロトニンに対する拮抗作用による血小板凝集阻害作用の薬理効果が

明らかになった点にあり,その観点からすると,本件発明2こそが医薬品

としての重要性を高めたものである。その観点からすれば,本件特許1と

本件特許2の重要性は同等であり,そのウェイトはいずれも1とされるべ

きものである。これに対して,806号特許及び991号特許は,本件特

許1及び本件特許2ほどのウェイトは占めていないものの,特許権である

以上ウェイトがゼロということはなく,いずれも0.3程度のウェイトを

占めているというべきである。上記イの再審査制度による独占力は,基本

物質に関する特許権の独占力と同等というべきであるから,そのウェイト

は1と解すべきである。

(ア) 平成5年度から平成11年度まで

本件特許1,本件特許2,806号特許が出願済みであり,再審査制

度による独占力も考慮すべきであるから,寄与割合は以下のとおりとな

る。

本件特許1

1/(1+1+0.3+1)=10/33

本件特許2

1/(1+1+0.3+1)=10/33

(イ) 平成12年度から平成17年度まで

再審査期間が終了したことから,本件特許1,本件特許2,806号

特許における寄与割合は以下のとおりとなる。

本件特許1

1/(1+1+0.3)=10/23

本件特許2

1/(1+1+0.3)=10/23

(ウ) 平成18年度から平成21年度まで



27
本件特許1,本件特許2,806号特許に加えて,991号特許が出

願されたことから,寄与割合は以下のとおりとなる。

本件特許1

1/(1+1+0.3+0.3)=10/26

本件特許2

1/(1+1+0.3+0.3)=10/26

(5) 共同発明者間における原告の寄与割合

ア 昭和40年代後半,血小板凝集を阻害できれば抗血栓剤の開発につなが

る可能性があることは当業者における一般的な知見であったが,その当時,

いまだ血小板凝集阻害剤として上市されている薬剤は存在していなかった。

そこで,薬理班のBは,血小板凝集阻害剤の新薬開発につながればと考え,

血小板凝集阻害物質のスクリーニング探索を開始した。被告研究所内で合

成,保管されていたOMシリーズ,PLシリーズ,BPシリーズ等の化合

物をスクリーニングした結果,BP89,BP90に強い血小板凝集阻害

効果が認められたため,Bが抗血栓剤としての開発が期待できると考え合

成班に報告したことにより,BP90が血小板凝集阻害剤のリード化合物

に選択されたものである。

原告は,イミプラミンの抗血小板凝集阻害作用と化学構造から着想し血

小板凝集阻害剤の創薬を目的としてBP89,BP90を合成したと主張

するが,原告はイミプラミンが生体内において血小板凝集阻害効果を発揮

する作用機序を理解していなかった以上,イミプラミンを基に化学構造

を選択,決定してBP89,BP90を合成する(ドラッグデザインする)

ことなどできたはずはなく,また,BP89,BP90はもともと抗うつ

剤の開発を目的として合成された化合物であるから,原告の主張は事実に

反するものである。原告は,単に薬理班との連携の下,機械的にBP89,

BP90を設計,合成しただけである。



28
昭和51年6月にBP90が血小板凝集阻害剤のリード化合物に選択さ

れた後,被告研究所内においてBP90の血小板凝集阻害活性の向上と毒

性の低減化を目指して構造最適化の研究を行うことになった。この構造最

適化の研究とは,合成班が提供したBPシリーズ化合物について,薬理班

が血小板凝集阻害活性(in vitro,in vivo),物性,薬物動態,毒性,安

全性等を測定し,その結果を合成班にフィードバックすることにより,合

成班が新たにBPシリーズ化合物を合成する際の指針ないし方向性を与え,

この情報を基に合成班がリード化合物に様々な化学修飾を加えて医薬品と

しての最適化を図るというものであり,薬理班と合成班の緊密な連携が不

可欠な研究段階である。

Bが,既に合成されていたBP261について,薬理班においてBP化

合物の血小板凝集阻害効果を測定するための in vivo 実験系として確立し

た電流によるマウス腸間膜動脈血栓モデルを用いた実験を行ったところ,i

n vivo ではBP90と同等の血小板凝集阻害効果を示すことが判明し,そ

の後の各種薬理実験の結果,BP261が in vitro,in vivo で血小板凝

集阻害作用を持ち,毒性の弱い化合物として最もバランスが取れているこ

とが見いだされたものであり,BP261はBが実験の結果,見いだした

化合物である。

その後,最終的にBP985(アンプラーグ)が新薬候補化合物に選定

されたが,これは薬理班が実験結果に基づき化合物の構造活性相関につい

ての考察結果を合成班にフィードバックすることにより,合成班が新たな

化合物を合成する際の重要な指針や方向性を与えるなどして,薬理班と合

成班が連携して網羅的な検討と試行錯誤を行った結果である。

選択的5−HT 2 レセプター拮抗薬であるアンプラーグ(BP985)

は,血栓形成部位において,血管内皮細胞上の5−HT 1 レセプターを介

した血管弛緩反応を阻害することなく,血小板及び血管平滑筋細胞に存在



29
する5−HT 2 レセプターを選択的に遮断することにより,血小板凝集を

抑制するとともに血管収縮を抑制して,慢性動脈閉塞症等の抹消循環障害

を改善するものであるが,昭和56年にBP985(アンプラーグ)が新

薬候補化合物に選定された後も,この血小板凝集阻害作用の作用機序の解

明は困難を極めた。なぜなら,セロトニンは単独ではほとんど血小板凝集

作用を示さないため,BP985がセロトニンによる血小板凝集を濃度依

存的に阻害するか否かを検出すること自体が極めて困難なことだったから

である。しかし,その後,セロトニンには他の血小板凝集物質,例えばコ

ラーゲン,ADP,エピネフリンなどによる血小板凝集を相乗的に増強す

る作用があることが報告されたことをきっかけに,薬理班がセロトニンと

低濃度コラーゲンの組合せによる高感度血小板凝集測定法を確立したこと

により,BP985(アンプラーグ)の作用機序がセロトニン拮抗作用で

あることが解明され,本件発明2が完成したものである。

原告は,創薬段階から明確にセロトニン拮抗作用を意識してBP985

を含め全ての化合物を合成し,最終的に新薬候補化合物としてBP985

を選んだと主張するが,原告は,そもそもセロトニン拮抗作用の意味を理

解していないため,セロトニン拮抗作用を意識して化合物を合成すること

は不可能である。また,BP985(アンプラーグ)の合成に至る過程に

おいて,BPシリーズが備える血小板凝集阻害効果の作用機序は全く不明

であり,当該効果がセロトニン拮抗作用に基づくものであることは全く解

明されていなかった上に,原告はドラッグデザインに不可欠なセロトニン

受容体(5−HT 2 )の化学構造の解析を行っていないのであるから,セ

ロトニン拮抗作用に着目してBP985(アンプラーグ)を合成した(ド

ラッグデザインした)という原告の主張は明らかな誤りである。

イ 上記アのアンプラーグの開発経緯から明らかなように,本件特許1は原

告が所属していた合成班よりも薬理班における研究結果を主として出願に



30
至ったものであり,薬理の貢献と合成の貢献をみたときに薬理の貢献が5

0%を下回ることはないとういうべきである,そして,薬理班の発明者

あるBを除く4名の共同発明者で50%の貢献があるとみれば,共同発明

者間における原告の寄与割合は12.5%(50%の4分の1)を上回る

ことはない。

ウ また,上記アのアンプラーグの開発経緯からすると,BP985(アン

プラーグ)の作用機序がセロトニン拮抗作用にあることを解明したのは薬

理班であるから,セロトニン拮抗作用による薬理効果を明らかにした本件

特許2における原告の貢献は他の共同発明者よりも極めて低く,原告を除

く3名の共同発明者の貢献は90%を下回ることはないというべきである

から,共同発明者間における原告の寄与割合は10%を上回ることはない。

(6) 被告の貢献度(97.5%)

ア 新規医薬品の開発は,長期に及ぶ研究開発が行われ,その研究開発には

莫大な開発費用が掛かり,しかも医薬品の開発が成功するかどうかも分か

らないという多大なる開発リスクを負って行われるものであって,この開

発リスクを全て負担しているのは被告である。

しかも,医薬品の開発に成功し製造承認を得たとしても,直ちに売上げ

に直結するわけではなく,企業の営業努力が必要不可欠であり,売上げが

上がるか否かという事業リスクも被告が全て負担している。特に,医療関

係者の多くが,セロトニンは中枢神経系あるいは腸管に作用するものと認

識していたことから,アンプラーグが抗セロトニン拮抗作用を有するとい

うだけでは,対象疾患である慢性動脈閉塞症の治療薬であることを医療関

係者に理解してもらうことは難しい状況にあったため,アンプラーグにつ

いては通常の医薬品以上に営業努力が不可欠であり,医師にアンプラーグ

を浸透させるためにMRを増員し情報提供活動を強化したことがアンプラ

ーグの販売拡大の要因である。



31
上記(5)のとおり,本件特許1は原告が所属していた合成班よりも薬理班

における研究結果を主として出願に至ったものであり,本件特許2も原告

転出後の薬理班による功績が大きく,原告が他の発明者に比して格段の貢

献があったとは認められない。原告がアンプラーグの新薬事業の中で関与

したのは,単にアンプラーグ(BP985)という化合物を機械的に設計,

合成したことであり,下記イのように数多くのステップを有する新薬開発

プロセスにおいて,原告はあくまで医薬候補品を創出する段階(第1段階)

の中のごく一部に関与したにすぎず,新規化合物の中から医薬としての有

用性,安全性等を見いだす貢献を果たしたのは薬理研究者である。

以上のことを考慮すれば,原告の貢献度が2.5%を上回ることはなく,

被告の貢献度は97.5%を下回ることはないといえる。

イ 新薬の開発プロセスには,大要,以下のような数多くのステップが存在

する。この新薬の開発プロセスのうち,取り分け重要なのは,医薬候補品

を医薬品に仕上げる過程(第2段階)であり,この段階における最も重要

な課題は,医薬品の有効性,安全性及び品質の確保と安定供給することと

されている。

@医薬候補品を創出する段階(第1段階)

医療ニーズを調査し,医薬品開発の対象とする病気を選択し,その病

気の病態を調べ,予防や診断,治療に有効な物質を見つけ出す段階であ

る。この段階において,化学,薬理,病理などの最新の知識に基づく科

学的手法を駆使し,創意工夫して疾病に有効な物質を探索し,目的とす

る医薬候補品を創出することになる。ただし,得られた医薬候補品は薬

効が期待される化学物質ではあるが,医薬品として有効かつ安全に使用

することができるかどうかはいまだ分からないものである。第1段階は

更に以下のように区別することができる。

(ア) 研究開発テーマの選定



32
(イ) リード化合物の発見と最適化研究,候補化合物の選定

a スクリーニングによるリード化合物の発見

b 化合物の合成

c 最適化研究と候補化合物の選定

d 特許出願

A医薬候補品を医薬品に仕上げる段階(第2段階)

医薬候補品を医薬品に仕上げる段階であり,医薬候補品が,対象とす

る病気の治療,診断に有効かつ安全であることを立証し,その評価成績

を新薬承認書としてまとめ,国の承認審査を受けて承認を取得する段階

である。第1段階と同様,あるいはそれ以上に医薬品の開発においては

重要な段階とされている。この段階では,化学・物理,薬理,毒性,臨

床,薬事,知的財産権や営業などの各専門家が,広範囲の調査,研究及

び評価を実施する。この段階は,医薬品開発に関する法制度や指針に従

って開発業務を実施することが義務付けられており,この点が第1段階

と大きく異なる。第2段階は更に以下のように区分することができる。

(ア) 品質評価と原体・治験薬の製造

(イ) 非臨床評価/臨床評価(安全性・有効性評価)

a 薬理試験(薬効薬理と一般薬理)

b 薬物動態試験

c 安全性試験

d 物性検討

e 薬剤検討

f 製造法検討

g 臨床試験

(a) 第T相臨床試験:健康成人を被験者とした安全性の評価

(b) 第U相臨床試験:少数の患者を被験者とした有効性・安全性



33
評価と用法,用量の検討

(c) 第V相臨床試験:多数の患者を被験者とした有効性・安全性

の検証

h 承認申請

B医薬品が市販されて医療に使用される段階(第3段階)

新薬の開発プロセスは,新薬が製造承認取得後に市場に販売されたこ

とをもって全て終了というわけではない。上述した臨床試験は,限られ

た数の患者を対象に実施されるのに対し,市販後は,様々な背景(年齢,

病態,合併症,併用薬など)を持った多くの患者に使用されるため,臨

床試験では認められなかった有効性や安全性,用法・用量等の面で問題

が生じるおそれがある。そこで,薬事法上,市販後の医薬品の安全性と

有効性,適正使用の確保のために,市販後調査と安全性情報の規制当局

への報告が義務付けられている。新薬として承認された後,一定期間(通

常6年間)は企業の責任で有効性と使用成績,副作用の発現状況などの

調査及び試験を行い,再審査を受けることが義務付けられており,この

製造販売後の調査及び試験は第W相臨床試験ともいわれている。

(7) 中間利息の控除

職務発明相当の対価の算定基準時が権利承継時である以上,相当の対価

の算定に当たり,現実に得た各利益について権利承継時を基準とした現在価

値に割り引くという意味において,中間利息を控除すべきは当然である。

本件においては,本件特許1においては出願日である昭和56年8月20

日の翌年である昭和57年を1とし,本件特許2においては出願日である平

成元年5月18日の翌年である平成2年を1として,中間利息を控除すべき

である。

(8) 相当対価の額

ア 被告による自己実施期間の相当対価の額



34
以上から,被告の自己実施期間に係る相当対価の額を算定すると,別紙

3のとおり,16万5788円となる。これは,被告の自己実施期間にお

けるアンプラーグの売上高の合計565億3720万円(上記(1)ア)に,

本件各特許による超過売上割合6%(上記(2)),仮想実施料率5%(上記

(3)),本件各特許発明の寄与率(いずれも10/33)(上記(4)),共

発明者間における原告の寄与割合(本件特許1:12.5%,本件特許

2:10%)(上記(5)),発明者の貢献度2.5%(上記(6))を乗じ,

中間利息を控除(上記(7))した金額である。

イ 被告による実施許諾期間(三菱ウェルファーマ等による実施期間)の相

対価の額

以上から,被告による実施許諾期間(三菱ウェルファーマ等による実施

期間)に係る相当対価の額を算定すると,別紙3のとおり,173万80

54円となる。これは,被告が実施許諾契約に基づき三菱ウェルファーマ

等から受領したアンプラーグに関する実施許諾料の合計●(省略) (上
●円

記(1)イ,ウ)に,本件各特許発明の寄与率(いずれも,平成11年度:1

0/33,平成12年度〜17年度:10/23,平成18年度〜21年

度:10/26)(上記(4)),共同発明者間における原告の寄与割合(本

件特許1:12.5%,本件特許2:10%)(上記(5)),発明者の貢献

度2.5%(上記(6))を乗じ,中間利息を控除(上記(7))した金額であ

る。

2 争点2(消滅時効の成否)について

〔被告の主張〕

(1) 本件高裁判決が判示するように,本件各発明に係る相当対価の支払請求債

権は遅くとも平成10年10月7日に請求可能な状態に至ったものであり,

この日が消滅時効の起算点となる。

原告は,平成21年8月17日付け訴え変更申立書により請求を追加的に



35
変更し,当初の請求金額150万円を2億0535万9500円に増額した。

当初の請求金額150万円については,消滅時効時効期間の進行中である

平成19年2月1日に原告が被告に対しその履行を催告し,同年5月18日

に本件訴訟(一部請求)を提起したから,上記催告時に消滅時効は中断した。

しかし,増額部分(当初の請求である150万円を超える部分)については,

平成19年2月1日に上記150万円とともに原告は被告に対してその履行

を催告したものの,平成21年8月17日に至って初めて訴訟提起(裁判上

の請求)をしたものであるため,上記催告による時効中断の効力は生じない。

このため,上記増額部分の消滅時効は平成10年10月7日から進行し,上

記150万円の訴訟提起によってもその時効は中断ぜずに進行を続け,平成

20年10月6日の経過をもって消滅時効期間が満了した。被告は,平成2

1年9月10日付け訴えの変更の申立てに対する答弁書においてこの消滅時

効を援用し,同年9月25日の弁論準備手続期日において同書面を陳述した

から,本件各発明に係る相当対価支払請求債権のうち増額部分(当初の請求

である150万円を超える部分)は消滅時効により消滅した。

(2) 原告は,本件各発明に係る相当対価支払請求債権の行使を具体的に検討し,

平成17年において一旦これを断念したものの,平成19年になり僅か15

0万円の一部請求として本件訴訟を提起したものである。そして,差戻前の

本件訴訟の主たる争点は消滅時効の成否であったことからすると,原告の本

件訴訟の提起は消滅時効の完成に関するテスト訴訟以外の何者でもない。

一部であることを明示して一部請求がされた場合,最高裁判所昭和34年

2月20日第二小法廷判決(民集13巻2号209頁)は,請求された一部

についてのみ時効が中断されるとし,訴訟係属後の請求の拡張部分につき,

消滅時効完成後の請求であるという理由で実体法上認められないと判示した。

明示された一部のみが「訴訟物」となり時効中断は残部には及ばないのであ

る。判例はこの限度で再訴許容という原告の利益,被告及び裁判所の不便,



36
不利益との調整を図ったものというべきである。特に,職務発明の相当の対

価の支払請求債権の消滅時効期間は10年であり,消滅時効の起算点を遅く

認定することができる本件のような場合においては,被告の不利益は大いに

考慮されるべきものである。

また,以下のような原告と被告の利益状況からすれば,両者の均衡を保つ

ため,残部(増額部分)に関する時効中断効を否定する必要があるというべ

きである。

ア 原告は,通常であれば時効消滅と思われる状況下で,一旦は権利行使を

断念しながら,時効消滅を否定する判断の可能性に懸けて提訴することが

できた。訴額150万円の訴訟費用は1万3000円であり,請求拡張

の訴額2億0535万9500円の訴訟費用は63万8000円であるか

ら,この差額62万5000円の節約が当面の原告の利益である。これに

対して,被告の応訴負担(一部請求の応訴負担及び残額請求の可能性に対

する応訴負担)は膨大なものであり,原告の上記節約利益を優先するよう

な状況にない。

イ 原告は明示的な一部請求をすることにより残部請求の再訴が可能である

状態を確保することができた。原告は,たとえ一部請求訴訟において敗訴

しても残部の再訴が可能であるという大きな利益を得ている。一部請求が

一審判決で認容されれば,控訴審で請求拡張をすることができるという利

益があり,また,一審判決で請求棄却となっても,控訴審で請求拡張をす

ること,請求拡張をせずに控訴審判決で認容判決を得て残部の再訴請求を

することも可能な状況を現出できるという利益がある。本件では,差し戻

されたため,残部の再訴ではなく請求の拡張が可能であった。これに対し,

被告は原告のなすがままに応答する負担のみを強いられている。

(3) 明示的な一部請求の場合に残部に関する時効中断効を否定するのが最高裁

判例であり,原告訴訟代理人はこの点を熟知しているのであるから,少なく



37
とも,平成20年10月6日の消滅時効完了時までに,別訴を提起するか,

請求を拡張することができ,これに何らの障害もないのであるから,これを

漫然と看過し,いずれの訴訟手続も採らなかった不利益は原告が負担すべき

である。この意味においても,原告が主張する「裁判上の催告」理論は本件

には妥当しないものである。

〔原告の主張〕

(1) 被告の主張は過去の裁判例に反し失当である。すなわち,退職金債権の明

示的一部請求訴訟において,最高裁判所昭和50年(行ツ)第27号同53

年4月13日第一小法廷判決(訟務月報24巻6号1265頁)は,残額請

求権についてもその権利存在の主張を維持し債務の履行を欲する意思を表し

続けていたものと認められる場合には,その主張に残部債権に対する「裁判

上の催告」の効力があるから,前訴終了後6か月以内の残部請求訴訟の提起

が,残額請求権についての消滅時効の中断事由になるとした原判決を維持し

ている。

したがって,いわゆる「裁判上の催告」として,@訴えの提起により,権

利行使の意思が継続的に表示されていると認められれば「催告」としての効

力が付与され,A当該催告の効力は訴訟係属中にも継続し,訴訟係属中に請

求が拡張されれば,その時点で時効中断の効力が生じ,B当該訴訟係属中に

請求の拡張がなされなかったとしても,当該訴訟終了後6か月以内に別訴を

提起すれば時効中断の効力が認められるといえる。

被告は,最高裁判所昭和34年2月20日第二小法廷判決を引用し,1個

の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えの提起が

あった場合,訴え提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲において

のみ生じ残部には及ばないと主張するが,上記判例は,明示的一部請求訴訟

における「訴えの提起」による時効中断効が生じる範囲を判示したものにす

ぎず,残部について催告等の「訴えの提起」以外の時効中断事由により時効



38
中断効が生じるか否かについて判示するものではない。

(2) 原告は,訴状において「本件請求については時効の問題は生じないものと

考えられるが,被告からいかなる主張がなされるか不明であるので,念のた

め,一部請求額を「150万円」として本訴を提起したものであり,原告は

追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である。」と主張した

ように,消滅時効に関する議論が決着すれば後に残部請求を訴訟の対象とす

ることを明示的に表明していた。また,被告からの本件特許権2を請求の根

拠として主張する予定はあるのかという求釈明に対し,原告は,平成19年

7月17日付け第1準備書面において,本件特許権2を含めて本件各発明の

相当対価請求額全体を明示している。このような事実経緯に鑑みれば,原告

が,訴訟係属中一貫して被告に対する相当対価請求の残部(増額部分)につ

き権利行使をする意思を有していたことは明らかであり,裁判上の催告の効

力により時効が中断したといえる。

また,本件において消滅時効に関する裁判所の判断が確定するまでに,差

戻前の第1審においては,消滅時効の成立が認められ,同第2審において消

時効の成立が否定されるという変遷があり,原告が本件訴訟の過程におい

て請求の拡張等の手続を採らなかったことをもって,残額の請求権につき権

利の上に眠っていたとはいえず,また,いわゆる試験訴訟の弊を招くおそれ

を考える必要のない事実関係にあったということができる。

したがって,本件請求の増額部分について消滅時効は成立しない。
第4 当裁判所の判断

1 アンプラーグの開発等に係る事実認定

証拠(甲1,10,29,34の各1,2,乙8〜14,17,18,25,

27,30,31,53〜58,60,62,64,65,68,72,73,

75,77,90,92,115,118,119,123〜132,原告本

人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。



39
(1) 本件各発明の内容

ア 本件特許権1の特許請求の範囲は,別紙4(特公昭63−13427号

公報,甲1の2)の「特許請求の範囲」に記載のとおりである。

本件特許1に係る明細書の「発明の詳細な説明」には,本件発明1に係

る化合物である(3−アミノプロポキシ)ビベンジル類は,「抗血液凝固

作用,特に血小板凝集阻害作用を有しさらにプロスタグランジンI 2 の作

用を強める効果を有し,血栓症の治療及び予防効果を有する」ことが記載

されているが,セロトニンについての記載はなく,血小板凝集阻害効果に

ついては in vitro 評価のみが記載されている。

イ 本件特許権2の特許請求の範囲は,別紙5(特公平5−44926号公

報,甲10の2)の「特許請求の範囲」に記載のとおりである。

本件特許2に係る明細書の「発明の詳細な説明」には,以下の記載があ

る。

(ア)「本発明は,アミノアルコキシビベジン類を有効成分とする,脳循環障

害,虚血性心疾患,末梢循環障害等の疾患における,血管収縮抑制剤に

関する。」

(イ)「セロトニンは血小板凝集を伴う微小循環障害の発症・維持に重要な役

割をしていることが知られている。…従って,血小板凝集に伴い血小板

から放出されるセロトニンの作用(血小板凝集促進作用および血管収縮

作用)を選択的に阻害するセロトニン拮抗剤は,血栓の生成を阻止し,

血管収縮を抑制することにより,種々の循環障害の治療および予防に有

用である。上記セロトニンの作用に対し選択的阻害作用を示す薬剤とし

ては,下記に示すような化合物が知られているが,未だ数多くは知られ

ていなかった。」

(ウ)「本発明者らは,上記化合物とは基本的に構造が異なるアミノアルコキ

シビベジンジル類に着目して,セロトニンの作用に対し選択的阻害作用



40
を示す化合物を探索した。本発明者らの一部は,先に特定のアミノアル

コキシビベジン類が,血小板凝集抑制剤として有用であることを提案し

た(特公昭60−21578号公報,同61−21463号公報,同6

3−13427号公報〔判決注:甲1の2〕)。しかしながら,それら

の化合物と上記の様なセロトニン拮抗作用との関係については全く知ら

れていなかった。本発明者らは,かかるアミノアルコキシビベンジル類

の内,更に特定のものが良好なセロトニン拮抗作用を有し,血管収縮抑

制作用を有することを見いだし,本発明を完成した。即ち,本発明の要

旨は,下記一般式(T)で表されるアミノアルコキシビベンジル類を有

効成分とするセロトニン拮抗作用に基づく血管収縮抑制剤に存する。




…(T)」

(2) 本件各発明の経緯

ア 原告は,昭和47年4月,被告の中央研究所に設置された医薬の研究開

発部門に移籍し,昭和56年11月にグループリーダーとして薬理班に移

籍するまでの間,合成班のグループリーダーとして新薬の開発に従事し,

昭和47年4月から抗血栓剤である抗トロンビン剤の研究を行っていた。

イ 本件発明1の実施品であるアンプラーグ(BP985)は,BP90を

リード化合物として合成されたものであるが,BP90は遅くとも昭和5

0年11月頃には原告により合成され,薬理テストに供された(甲29の

1添付資料1)。

BPシリーズは,抗スロンビン剤として合成された化合物中に抗レセル

ピン(抗うつ)作用があるものが発見されたことをきっかけに,シリーズ

として化合物の合成が開始されたものであり(乙56〜59),BP90

も,BP89までのBPシリーズと同様,抗うつ剤の開発を目的として合



41
成されたものである。

ウ 薬理班のBは,遅くとも昭和48年頃から,血小板凝集阻害物質のスク

リーニング探索を継続的に行っており,合成班が合成したOMシリーズ化

合物やPLシリーズ化合物などをスクリーニングし,血小板凝集阻害作用

を測定していた(乙8〜13,53〜55,90等)。スクリーニングの

結果,PLシリーズ化合物のうちBPシリーズ系の化合物(BPシリーズ

化合物の合成中間体やBPシリーズ化合物そのもの)が比較的強い血小板

凝集阻害効果を示したこと等から,薬理班のBが,昭和51年2月頃にB

Pシリーズ化合物について血小板凝集阻害効果を測定したところ,アミン

部分が−NHCH 3 のものでは,

BP89>BP30>BP4>BP18

の順に阻害活性が強く,このアミン部分を,●(省略)●,

●(省略)●

(以下「A」という。)

にすると,阻害効果は更に増強された(乙62)。

この結果を受け,Bは,既に合成班が合成していたBP90(BP89

のアミン部分を●(省略)●にしたもの),合成班が合成したBP105

(BP89のアミン部分をAにしたもの)の血小板凝集阻害効果を測定し

たところ,遅くとも昭和51年5月頃までには,BP90は,抗レセルピ

ン作用がなく,血小板凝集阻害効果が in vitro 評価で当時血小板凝集阻害

効果があると広く認められていたインドメサシンと同等程度と顕著である

ことを見いだした。このことをBが原告へ報告した結果,BP90が血小

板凝集阻害剤のリード化合物に選定され,大量に合成された(甲29の1

添付資料3,4,原告本人)。

エ その後,原告は,BP90をリード化合物として,血小板凝集阻害作用

の向上と毒性の低減化の観点から,置換基や塩基等を変化させながらBP



42
シリーズ化合物を順次合成し,昭和52年8月頃,BP261を合成し,

薬理班に薬理テストを依頼した(甲29の1添付資料5, 8,
6, 11等)。

薬理班のBは,昭和52年9月頃,BP261につきコラーゲンによる

血小板凝集に対する効果を測定(in vitro 評価)したところ,血小板凝集

に対する阻害作用はBP90と比較するとやや劣る(I 50 値は●(省略)

●M程度)ものの,急性毒性が低いとの結果であった(乙92)。

昭和53年5月頃,薬理班のBは,それまでスクリーニングしたBPシ

リーズ化合物の中で,毒性が弱く,血小板凝集に対する阻害活性が強いと

の結果が出ていたBP319について,ラットへの経口投与による血小板

凝集阻害効果を測定したところ,その阻害活性はBP90と比較すると大

きく劣っていた(乙65)。

その後,しばらくの間BP261が薬理テストに供されることはなかっ

たが,昭和55年5月頃,薬理班のBは,BP261とアラキドン酸によ

る血小板凝集に対し阻害効果を有する化合物であるK77−185につい

て,in vivo での抗血栓作用を確認するため,電流によるマウス腸間膜動

脈閉塞モデルを用いた実験を行ったところ,BP261の in vitro での血

小板凝集阻害効果は,BP90,BP319の1/7〜1/3であるにも

かからず,in vivo ではBP90,BP319と同等の強い血小板凝集阻

害効果を示した。これを受け,Bは,BP261のエステル部分の切れた

化合物であるBP262はI 50 値が●(省略)●Mであることから,in v

ivo に投与した場合にはBP261がBP262に変化して血小板凝集阻

害作用を発現している可能性もあると考察した(乙68)。

合成班は,昭和55年5月頃,血小板凝集阻害剤の in vivo テスト用に

BP220,BP261を合成した(甲29の1添付資料13)。また,

同年6月頃には,BP261と類似の構造を有する化合物(BP790,

791)を含む多くのBPシリーズ化合物を合成し,薬理テストに供した



43
(甲29の1添付資料14)。

オ BPシリーズ化合物につき,血小板凝集阻害効果についての測定や様々

な毒性試験が行われ,その結果を受けて,薬理班のBは,以下のような考

察を行った。

(ア) 「エーテルがm位についたBP378はo−,p−の場合に比べ阻害

活性が低かった。これで位置と活性との相関は,o−>p−>m−とな

り,o−からp−,−pからm−と活性が1/5くらいに低下していく

傾向が認められた。」(昭和53年4月月報,乙64)

(イ) 「BP261の In Vitro での血小板凝集抑制効果はBP90,BP3

19の1/7〜1/3にもかかわらず,In Vivo では同等の効果を示した

ことになる。この点に関する1つの考察として,BP261のエステル

部分の切れた化合物であるBP262はI 50 が●(省略)●Mであるこ

とより,In Vivo に投与した場合にはBP261がBP262に変化し

て作用を発現している可能性もある。」(昭和55年5月月報,乙68)

(ウ) 「今回の実験により,Phenyl への置換基の導入による in vivo の効果

への影響に関しては3−置換体が最も強力で,次いで無置換>2−置換

の順序となることが明らかとなった。一方,4−置換体では,活性が著

しく減弱することが認められた。さらに,BP276,BP261はい

ずれもBP90並みの強い効果を示す事より,側鎖への−COOHの導

入は in vivo の効果に対し悪影響を及ぼさないものと考えられる。 (昭


和55年12月月報,乙72)

カ 原告は,昭和56年1月,BP985を合成し,薬理テストに供した(甲

29の1添付資料17,乙18)。

Bが,昭和56年1月頃,BP985について,コラーゲンによる血小

板凝集に対する阻害効果(in vitro 評価),電流によるマウス腸間膜動脈

閉塞モデルを用いた実験によりマウス腸間膜動脈閉塞時間に対する効果(i



44
n vivo 評価)を測定した結果,前者の実験では,BP985のI 50 値は●

(省略)●Mであり,BP261に比較してやや強い活性を示した。また,

後者の実験では,BP985は,BP90,BP261と同程度の強い閉

塞時間延長効果を示した。この結果を受けて,Bは,「R 1 については,

3−置換体が最も良く,R 2 については5−Clと3−OCH 3 のみではあ

るが,5−Cl体に活性の上昇が認められた。R 3 に関しては,BP26

1タイプのカルボン酸の導入が重要であると考えられる。すなわちこのカ

ルボン酸の導入により活性を損なうことなしに毒性の低下を得ることがで

きる。」と考えた。また,BP化合物の経口投与による急性毒性を測定し

たところ,側鎖にカルボン酸の入ったBP276はBP261と同様の低

毒性であった(乙73)。

キ 合成班は,昭和56年4月,血小板凝集阻害剤の変異原性及び亜急毒性

試験用に,4つの候補化合物(BP261,BP935,BP985,B

P1040)を大量に合成した(甲29の1添付資料18)。これを受け

て行われた上記4化合物についての変異原性試験の結果,BP261,B

P935に弱い変異原性が認められたが,BP985,BP1040には

変異原性は認められなかった(乙17)。

合成班は,昭和56年5月,血小板凝集阻害剤の候補化合物の中から変

異毒性試験,中枢系副作用を考慮して選出されたBP985について,2

週間の亜急性毒性試験を行うため,BP985を130グラム合成した(甲

29の1添付資料19)。

被告は,昭和56年8月20日,本件特許権1につき特許出願をした(甲

1の1)。

ク 薬理班のBは,昭和56年11月頃,BPシリーズの血小板凝集阻害剤

の最終候補となった8化合物(BP261,BP316,BP935,B

P984,BP985,BP1017,BP1019,BP1040)に



45
ついて,これまでの実験結果に基づき,in vitro 及び in vivo での血小板

凝集阻害効果,中枢作用,毒性等を総合的に判断すると,現在のところ,

BP985が最もバランスのとれた化合物として開発候補化合物に最も近

い位置にあると考えていた(乙77)。

ケ 薬理班のBは,BPシリーズ化合物の血小板凝集阻害効果がどのような

機序に基づくものなのか様々な観点から検討していたが,昭和57年3月

頃,血小板におけるセロトニン(5−HT)の動態に対するBP985の

効果を検討し,検討結果を同年4月2日付けの3月度月報に以下のよう記

載し,BP985の薬理作用とセロトニンの関係について初めて言及し,

BP985がセロトニンの血小板からの放出を抑制することにより血小板

の凝集を抑制することを指摘した(乙119)。

(ア) 「血中に存在する5HTのほとんどすべては血小板中に存在している

とされている。貯蔵されていた5HTは血小板の凝集に伴って引き起こ

される放出反応によって血小板外に放出される。この様に,血小板と5

HTとの係わり合いは非常に高いと考えられるにもかかわらず,血小板

機能における5HTの役割は必ずしも明らかであるとは云えない。現在,

考えられている事柄は,次の様なものである。…放出された5HTは血

小板凝集を引きおこしたり,凝集部位の血管を収縮させる。」

(イ) 「BP系血小板凝集阻害剤BP985の作用メカニズムを知るための

実験の一環として,血小板における5HTの動態に対する作用に関する

検討を行った。」

(ウ) 「血小板の5HT取り込みに対して,BP985は全く影響を及ぼさ

なかった。」

(エ) 「Collagen による血小板凝集および同時に起こる放出反応に対するB

P985の効果をみた。その結果,BP985は,放出反応を抑制する

ことにより凝集を抑制することが明らかとなった。」



46
コ 原告は,最終的に新薬候補化合物としてBP985を選択し,昭和57

年7月頃,BP985を新薬開発会議に上程し,開発,治験に入ることが

許可され,BP985にはMCI−9042という新薬開発番号が付され

た。

サ 薬理班は,昭和58年8月5日付けの7月度月報の,BP984のラッ

ト摘出尾動脈5−HT収縮に対する抑制作用に関する報告において,「8

2年11月度月報で報告した通り,MCI−9042(判決注:BP98

5)は5−HTに対する選択性が非常に強いこと,partial agonist 的性

質がないこと,競合的拮抗を示すこと等から5−HTの拮抗剤としてはか

なり優れたものであった。」と記載し,BP985がセロトニンに対する

拮抗作用を有することを初めて指摘した(乙25)。

シ 薬理班は,昭和58年10月頃,セロトニンによる血小板凝集増強に対

するBP985の阻害効果につき検討したところ,強い阻害作用を示した

ことから,「MCI−9042が5−HT 2 receptor の強い antagonist で

あることによると思われ,血小板が凝集時に放出する5−HTの作用を弱

めることはMCI−9042の抗血栓作用にとって好ましいことであり,

他剤にない特長である。」として,BP985が5−HT 2 受容体に対し

選択的拮抗作用を有することを確認している。また,ラット尾動脈の血小

板凝集による血管収縮に対する抑制作用を検討した結果,「MCI−90

42は10 −8 Mから血小板凝集による血管収縮を抑制し,10 − 5 Mでは,

ほぼ完全に抑制することを認めた。」として,BP985が血管収縮抑制

作用を有することを確認している(乙27)。

ス 薬理班のEは,昭和62年9月頃,BP985によるラット尾動脈の血

管平滑筋収縮に対する抑制作用に関する実験を行い,BP985のラット

尾動脈(5−HT 2 )の収縮阻害作用は,ラット胃底(5−HT 1 )収縮阻

害作用に比べて●(省略)●倍強かったことから,BP985は5−HT



47
2 受容体に対して選択的拮抗作用を有することを見いだし,同月18日,

このことを薬理班の月例検討会で報告した(乙30)。

セ 薬理班は,昭和62年,臨床薬理試験で利用可能な,BP985による

抗血小板凝集阻害作用を高感度に,かつ,薬効としての抗セロトニン作用

に対応させた測定系として,セロトニンとコラーゲンの同時添加系での高

感度血小板凝集系の開発を行い,高感度血小板凝集測定法を完成させ(乙

31),MCI−9042の臨床試験においてこの測定法を用いた。

ソ 被告は,平成元年5月18日,本件特許権2につき特許出願をした(甲

10の1)。

(3) 原告の主張について

ア 原告は,抗血小板のリード化合物としてイミプラミンに着目し,三環系

部分の真ん中を切り離した開裂構造とすることにより抗レセルピン(抗う

つ)作用を消失させようと考え,BP89及びBP90を合成したと主張

し,当審の本人尋問においてその旨供述する。

しかし,昭和50年当時,原告はイミプラミンの血小板凝集阻害作用の

メカニズムについて理解しておらず,開裂により抗レセルピン作用が消失

すると考えた具体的な根拠についても合理的な説明がされていない(原告

本人)。また,原告は,開裂構造とする際に,合成のしやすさからイミプ

ラミンの化学構造のうち(CH 2 )3(n=3)をBP90では(CH 2 )4

(n=4)としたと供述するが,biphenyl 骨格を固定して抗レセルピン作

用に対する影響を調べた結果,(CH 2 )n のn=4の場合が最も抗レセル

ピン作用が強いとの知見を得ていたのであるから(乙60),開裂により

抗レセルピン作用を消失させることを目的としながら,合成のしやすさか

ら(CH 2 )n のnを最も抗レセルピン作用が強い4とすることは不自然で

あることも併せ考慮すると,原告の上記主張を採用することはできない。

イ 原告は,BP90の抗血小板凝集阻害作用にはセロトニンが関与してい



48
るのではないかと考え,セロトニン拮抗作用を有する化合物には副作用と

して脳内セロトニンの神経活動を抑制することによって生じる神経作用が

出るリスクがあったため,脳関門が脂溶性物質(油)で囲まれているため

に親水性化合物は通過しないとされている点に着目し,毒性試験での活性

が弱く,水に溶けやすい性状を持っているBP261を再評価する必要性

があると考え,昭和55年5月にBP261を大量に合成し,中枢毒性や

簡易毒性などを徹底的に調べたと主張し,当審の本人尋問においてその旨

供述する。

しかし,上記(1)のとおり,本件特許2の明細書の「発明の詳細な説明

には,
「本発明者らの一部は,先に特定のアミノアルコキシビベジン類が,

血小板凝集抑制剤として有用であることを提案した(特公昭60−215

78号公報,同61−21463号公報,同63−13427号公報〔判

決注:本件特許権1の特許公報である甲1の2〕)。しかしながら,それ

らの化合物と上記の様なセロトニン拮抗作用との関係については全く知ら

れていなかった。」との記載があることからすると,少なくとも本件特許

1の出願日である昭和56年8月20日時点において,原告は,アンプラ

ーグ開発のリード化合物であるBP90の血小板凝集阻害作用にセロトニ

ンが関与していることを認識していなかったと認めるのが相当である。B

Pシリーズ化合物の血小板凝集阻害作用とセロトニンとの関係について最

初に報告されたのは薬理班のBが昭和57年4月2日付けで作成した月報

(乙119)であり,昭和55年当時,原告がBP90の血小板凝集阻害

作用についてセロトニンの関与を考えていたことについて記載された月報

等の資料は認められないこと,BP90の抗血小板凝集阻害作用にセロト

ニンが関与しているのではないかと考えるようになった経緯や根拠につき

原告は何ら具体的な主張立証をしていないことも併せ考慮すると,昭和5

5年当時,原告がBP90の抗血小板凝集阻害作用にセロトニンが関与し



49
ているのではないかと考え,セロトニン拮抗作用を有する化合物の副作用

に着目したとの原告の主張を認めることはできない。

また,原告は,昭和52年9月頃にBP261の in vitro 評価がされて

から,昭和55年5月頃に in vivo 評価が行われるまでの約2年8か月の

間,原告は抗うつ剤の研究を集中して行っていた旨供述し,昭和55年5

月頃にBP261の in vivo 評価を行うに至ったきっかけや根拠につき何

ら具体的な主張立証をしていないことに加え,原告自身が認めるように,

Bが行ったBP261の in vivo 評価(電流によるマウス腸間膜動脈閉塞

モデルを用いた実験,乙68)は原告が指示したものではないことからす

ると,原告がBP261を再評価する必要性があると自発的に考えたと認

めることはできない。

2 争点1(相当対価の額)について

(1) 相当対価の額の算定

ア 本件各発明に係る相当の対価を算定する際の考慮要素である特許法35

条4項所定の「発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,使用者が

「受けた利益」そのものではなく,「受けるべき利益」であるから,権利

承継した時に客観的に見込まれる利益の額をいうものと解される。

また,職務発明がされた場合,使用者は無償の通常実施権(特許法35条

1項)を取得するから,使用者が当該発明に関する権利を承継することによ

って「受けるべき利益」とは,当該発明を実施して得られる利益ではなく,

使用者が従業者から特許を受ける権利承継することにより,当該発明を

実施し得る権利を独占することによって受けることが見込まれる利益(独

占の利益)をいうものと解される。そして,発明により使用者が受けるべ

き利益を考慮するに当たっては,当該発明の実施又は実施許諾による使用

者の利益の有無やその額など権利の承継後の事情についても,その承継

時点において客観的に見込まれる利益の額を認定する資料とすることがで



50
きるものと解される。

さらに,独占の利益が当該発明を含む複数の発明により得られたものと

認められる場合には,他の発明との関係での当該発明の寄与度を認定する

必要がある。

イ 本件各発明に係る相当の対価を算定する際の考慮要素である特許法35

条4項所定の「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」につ

いては,当該発明がされる経緯において発明者が果たした役割を,使用者

との関係での貢献度として認定し,これを上記アの利益に乗じて,職務発

明の相当対価の額を算定すべきである。

(2) 相当対価を算出するための基礎となる売上高

ア 被告による自己実施期間(平成5年10月7日〜平成11年9月30日)

について

平成5年10月7日から平成11年9月30日までの,被告によるアン

プラーグの売上高は565億3720万円である(争いのない事実)。

イ 三菱ウェルファーマ等による実施期間(平成11年10月1日〜平成2

1年5月18日)について

(ア) 証拠(乙32)及び弁論の全趣旨によると,被告は,平成11年9月

30日付けでティーティーファーマ(現田辺三菱製薬)との間で,実施

許諾契約を締結し,ティーティーファーマに対して,同社が医薬事業を

遂行するために必要な知的財産(特許権,商標権及びノウハウ)につい

て包括的かつ独占的な実施権を許諾し,この実施許諾契約において,ア

ンプラーグに関する実施料は,@平成11年10月1日から平成21年

5月18日までは正味販売高の●(省略)●%,Aそれ以降は実施料

払期間満了日(平成21年9月30日)まで正味販売高の●(省略)●%

と規定したこと,この実施許諾契約に基づき,平成11年10月1日か

ら平成21年5月18日までの間に,被告が三菱東京製薬,三菱ウェル



51
ファーマ,田辺三菱製薬から受領したアンプラーグに関する実施許諾

は総額●(省略)●円であること(前記第2,2(3))が認められ,この

金額が,被告が本件各特許権の独占権に基づき取得した利益というべき

である。

(イ) 原告は,被告と三菱東京製薬,三菱ウェルファーマ,田辺三菱製薬の

株式保有等の関係からすると,被告と三菱ウェルファーマ等は少なくと

もアンプラーグに関する事業については実質的に一体であり,アンプラ

ーグの売上げ及び利益については一体とみるべきであり,平成11年1

0月1日以降は三菱ウェルファーマ等のアンプラーグの売上高を,相当

対価を算出するための基礎とすべきであると主張する。

確かに,原告が主張するように,前記第2,2(1)のとおり,被告と三

菱東京製薬,三菱ウェルファーマ,田辺三菱製薬は,親子会社又は兄弟

会社の関係にあるため,被告が締結した上記実施許諾契約において定め

られた実施料率は,対等な当事者間において合意される経済的合理性を

有する実施料率とは乖離した不相当なものである可能性もある。

しかしながら,被告と三菱東京製薬,三菱ウェルファーマ,田辺三菱

製薬は親子会社又は兄弟会社であって資本上の関係が認められるものの,

それぞれは別個の独立した法人であるから,直ちにこれらの会社の売上

げ及び利益を一体のものであるということはできない。また,本件で問

題となっている平成11年10月1日から平成21年5月18日までの

間の,原告が本件各特許権の独占権に基づく利益であると主張する金額

(三菱ウェルファーマ等の売上高×超過売上高40%×仮想実施料率7.

5%)の総額が●(省略)●円であるのに対し,被告が上記実施許諾

約に基づき受領した実施許諾料(本件各特許権の独占権に基づく利益)

の同期間における総額は上記のように●(省略)●円であって,●(省

略)●,一般に医薬品に係る実施料率が高率であること(甲27)を考



52
慮しても,上記実施許諾契約において定められた実施料率が経済的合理

性を欠く不相当なものであるということはできない。したがって,原告

の上記主張を採用することはできない。

(3) 被告の自己実施期間(平成5年10月7日〜平成11年9月30日)に係

る超過売上高

アンプラーグの被告の自己実施期間(平成5年10月7日〜平成11年9

月30日まで)における売上高は,上記(2)アのとおり565億3720万円

(年平均約94億2286万円)であり,別件訴訟における同種医薬品であ

るアルガトロバンの売上高を大きく上回っていること,本件特許権2の存続

期間が満了した平成21年5月18日の直後である同年7月に,サルポグレ

ラート塩酸塩(アンプラーグ)について,23の製薬会社から計46品目の

薬価追加収載の申請がされ,承認されており(甲26の 1,2),被告は,

本件各特許権の存在により競合他社によるサルポグレラート塩酸塩(アンプ

ラーグ)の製造販売を抑止し,市場を独占することができたと認められるこ

とからすると,超過売上高(競業他社に本件発明1及び本件発明2の実施

禁止することによる通常実施権の行使による売上高を上回る売上高)は,上

記(2)アの売上高の40%と認めるのが相当である。

被告は,超過売上高の算定において薬事法上の再審査制度による事実上の

独占力を考慮すべきであると主張するが,下記(5)のとおり,被告の主張には

理由がない。

(4) 被告の自己実施期間(平成5年10月7日〜平成11年9月30日)に係

る仮想実施料

実施料に関する一般的な実例についての報告書である社団法人発明協会発

行の「実施料率(第5版)」(甲27)によると,医薬品その他の化学薬品

の分野における実施料率の平成4年度から平成10年度における平均値は,

「イニシャル・ペイメント条件有り」が6.7%,「イニシャル・ペイメン



53
ト条件無し」が7.1%であること,同期間における実施料率8%以上の契

約137件のうち114件が医薬品であり,そのうち8〜10%のものが6

0件,11〜20%のものが35件,21〜30%のものが9件,31〜5

0%のものが10件であることが認められるものの,事例によるばらつきが

大きく,医薬品に関する実施料率は,一般的な基準が確立されていると認め

ることはできない。

しかしながら,被告がティーティーファーマとの間で締結した実施許諾

約における実施料率は正味販売高の●(省略)●%であるところ,この実施

料率が経済的合理性を欠く不相当なものといえないことは,上記(2)で説示し

たとおりである。

また,平成11年10月1日以降,アンプラーグを製造販売している三菱

ウェルファーマの平成14年度から平成16年度における売上営業利益率の

平均は11.98%であり,製薬企業大手14社の同期間における売上営業

利益率の平均は18.24%である(甲4の5〜7)ところ,本件の仮想実

施料率を検討する際にはこれらの数値を考慮することが相当といえる。

以上の事実に加え,本件各特許発明の内容・意義,本件各特許発明実施

品であるアンプラーグの売上高,上記(3)で超過売上高の算定において考慮し

た事情等を総合的に考慮すると,被告の自己実施期間における仮想実施料

は5%と認めるのが相当である。

原告は,三菱ウェルファーマの売上高利益率に基づき仮想実施料率を算定

する旨主張するが,実施料収入はあくまで売上げの一部を構成するものにす

ぎないから,原告の主張は相当ではない。売上高利益率は,仮想実施料率を

検討する際の事情と捉えるべきである。

(5) アンプラーグ関連特許における各特許発明等の寄与割合

ア 被告は,薬事法上の再審査制度に特許権と同等の事実上の独占力があり,

この点も考慮すべきであると主張するが,再審査期間中であっても他者が



54
承認申請に必要な試験を自力で行って資料をそろえて申請することは禁じ

られていないから,薬事法上の再審査制度に排他的効力は認められず,他

者の参入を妨げているのは特許権であると認められる。したがって,被告

の上記主張を採用することはできない。

また,被告は,アンプラーグに関連する特許権である,806号特許及

び991号特許も特許権である以上,排他的効力を有すると主張するが,

上記(3)で説示したとおり,本件特許権2の存続期間が満了した平成21年

5月18日の直後である同年7月に,サルポグレラート塩酸塩(アンプラ

ーグ)について,23の製薬会社から計46品目の薬価追加収載の申請が

されたこと,806号特許はアンプラーグの製造工程における一製造材料

製造方法に関する発明であって,その出発原料も限定されているため,

当業者であれば容易に回避することができると解されること(甲12)か

らすると,806号特許及び991号特許は,第三者の実施行為を禁止す

る独占的排他的効力を有するものということはできず,これらの特許につ

いて寄与割合を考慮することは相当ではない。

イ 前記第2,2(3)のとおり,アンプラーグは,慢性動脈閉塞症に関し製造

承認された世界初の5−HT 2 受容体に対する選択的拮抗薬であり,血小

板及び血管平滑筋細胞の5−HT 2 受容体を遮断して,血栓形成部位にお

けるセロトニンの血小板凝集を抑制するとともに血管収縮を抑制するもの

であって,5−HT 2 受容体を選択的に遮断するという血小板凝集抑制及

び血管収縮抑制の機序は,従来の医薬品とは異なる全く新規なものである。

そして,本件発明1は,新規の化合物(ビベンジル類)に関する物質発

明であり,当該化合物が血小板凝集阻害作用を有することを見いだしたも

のであるから(上記1(1)ア) 価値の高い発明であると認められる。
, また,

本件発明2は,特定の化合物(ビベンジル類)がセロトニンの競合的拮抗

剤であること,セロトニン拮抗作用に基づく血管収縮抑制剤として有用で



55
あることを初めて見いだした発明(用途発明)であるから(上記1(1)イ),

本件発明1と同様に価値の高い発明であると認められる。

相当対価の算定に係るアンプラーグの販売期間のうち,本件特許権1と

本件特許権2が併存する期間(平成5年10月7日から平成18年4月1

0日まで)における本件特許権1と本件特許権2の寄与割合については,

上記の点に加え,本件発明1は,用途の限定を伴わない物質発明であるか

ら,用途の限定(セロトニン拮抗作用に基づく血管収縮抑制剤)を伴う本

件発明2より技術的範囲が広いことも併せ考慮すると,本件特許1が6

0%,本件特許2が40%であると認めるのが相当である。

以上より,相当対価の算定に係るアンプラーグの販売期間における各特

許権の寄与割合は,平成5年10月7日から平成18年4月10日までは,

本件特許権1:本件特許権2=60:40であり,本件特許権1の存続期

間満了後である平成18年4月11日から平成21年5月18日までは,

本件特許権2が100%である。

原告は,本件特許2は新しい用途の発見がなく物質の特定の性質を専ら

利用する用途発明であり物質特許と基本的に変わるところがないとして,

物質発明に係る本件特許権1の存続期間中は本件特許権1のみが排他的効

力を有すると主張する。しかし,本件発明2は,特定の化合物(ビベンジ

ル類)がセロトニンの競合的拮抗剤であるという属性を発見し,セロトニ

ン拮抗作用に基づく血管収縮抑制剤として有用であるという新たな用法へ

の使用に適することを見いだした用途発明であるから,本件発明1と変わ

るところがないということはできず,原告の上記主張は理由がない。

(6) 共同発明者間における原告の寄与割合

ア 本件特許1について

(ア) 上記1(1)アで認定したとおり,本件特許1は,抗血液凝固作用,特に

血小板凝集阻害作用を有し,血栓症の治療及び予防に有用であり,その



56
明細書には,血小板凝集阻害効果については in vitro 評価のみが記載さ

れており,セロトニンについての記載は全くない。

(イ) これと本件特許1に係る特許請求の範囲の記載,及び上記1(2)で認定

したアンプラーグの開発等に係る事実経過からすると,本件発明1は,

@BP90の合成,ABP90の血小板凝集阻害作用の発見(リード化

合物の選定),BBP261の合成,CBP261の血小板凝集阻害活

性の in vivo 評価,DBP985の合成という経過により完成したと認

められる。

(ウ) そして,上記1(2)で認定したように,@BP90は原告によって合成

されたものであるが,BP90は血小板凝集阻害剤の候補化合物として

ではなく,抗うつ剤の開発を目的として合成されたものであること,A

抗うつ剤の開発を目的として合成されたBP90の血小板凝集阻害作用

は,Bが血小板凝集阻害物質のスクリーニング探索の対象を独自の判断

で広げていく過程で見いだされ,BP90がリード化合物に選定された

こと,BBP261は,原告が血小板凝集阻害作用の向上と毒性の低減

化の観点から置換基や塩基等を変化させながら合成したものであること,

CBP261は in vitro での血小板凝集阻害効果が不十分であり,合成

当初には in vivo 評価がなされなかったが,様々な化合物についての検

討を経て, vitro 評価の約2年8か月後に,
in Bが in vivo 評価を行い,

強い血小板凝集阻害効果を有することが確認されたこと,DBP261

の in vivo 評価後,原告はその知識,経験を踏まえて多数の候補化合物

を合成し,BP985を合成したことが認められる。

(エ) 本件発明1は,物質発明であり,BP90自体はその技術的範囲に属

さず,BP261及びBP985はその技術的範囲に属するものである

ところ,BP261及びBP985は血小板凝集阻害剤の開発を目的と

してBP90をリード化合物として合成されたものであり,BP90は



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本来抗うつ剤の開発を目的として合成されたものであるから,BP90

の血小板凝集阻害作用が発見されなかった場合には,BP261やBP

985の合成に至ることはなかったといえる。したがって,上記(ウ)A(B

P90の血小板凝集阻害作用の発見)の本件発明1の完成に対する寄与

割合は大きなものといえる。

また,上記(ウ)C(BP261の血小板凝集阻害活性の in vivo 評価)

についても,上記1(2)の認定事実からすると,BP261は,合成され

た翌月である昭和52年9月頃に行われた in vitro 評価において血小

板凝集阻害効果が不十分とされたため,その後,候補化合物の探索から

除外され測定等の対象とされなかったが,様々な化合物について検討を

重ねていた過程で, vitro 評価の約2年8か月後である昭和55年5
in

月頃,Bが血小板凝集阻害作用について in vivo 評価を行ったところ,

強い血小板凝集阻害効果を有することが確認されたことをきっかけに,

BP261が大量に合成され,BP985の合成に至ったと認めるのが

相当であるから,本件発明1の完成に対する寄与割合は大きい。

さらに,上記(ウ)D(BP985の合成)については,Bは血小板凝集

阻害作用の測定や測定方法の確立を担当したにとどまらず,以下のよう

に,BP985の構造上の特徴点の一部について方向性を示唆しており,

BP985の合成,本件発明1の完成に影響を与えたものと認められる。

すなわち,BP985は,(ア)2つのベンゼン環の間隔はC2,(イ)ア

ルコキシとフェニルエチルの置換位置はオルト位,(ウ)アルコキシのメ

チレン鎖長は3または4,(エ)ベンゼン環への置換基導入はA環のメタ

位,(オ)アミン部分は3級アミン,(カ)コハク酸エステルの導入による

経口吸収性向上と急性毒性の低下を特徴とするが(甲31),上記1(2)

で認定したとおり,Bは,(A)「エーテルがm位についたBP378は

o−,p−の場合に比べ阻害活性が低かった。これで位置と活性との相



58
関は,o−>p−>m−となり,o−からp−,−pからm−と活性が

1/5くらいに低下していく傾向が認められた。」(乙64),(B)

「BP261のエステル部分の切れた化合物であるBP262はI 50

が●(省略)●Mであることより,In Vivo に投与した場合にはBP2

61がBP262に変化して作用を発現している可能性もある。」(乙

68),(C)「今回の実験により,Phenyl への置換基の導入による in

vivo の効果への影響に関しては3−置換体が最も強力で,次いで無置換

>2−置換の順序となることが明らかとなった。一方,4−置換体では,

活性が著しく減弱することが認められた。さらに,BP276,BP2

61はいずれもBP90並みの強い効果を示す事より,側鎖への−CO

OHの導入は in vivo の効果に対し悪影響を及ぼさないものと考えられ

る。」(乙72),「R 3 に関しては,BP261タイプのカルボン酸

の導入が重要であると考えられる。すなわちこのカルボン酸の導入によ

り活性を損なうことなしに毒性の低下を得ることができる。」(乙73)

との考察をしており,上記(A)の示唆は上記(イ)の構造上の特徴点を,

上記(B)及び(C)の示唆は上記(カ)の構造上の特徴点を,上記(C)

の示唆は上記(エ)の構造上の特徴点を示唆したものといえる。

以上からすると,Bは,単に合成された化合物の生物活性を測定して

いただけではなく,原告と共に本件発明1の技術的思想着想,具体化

に係る創作的行為の中心的役割を担っていたと認めるのが相当というべ

きである。

(オ) したがって,本件発明1における合成班と薬理班の貢献割合は,いず

れも50%であると認めるのが相当であり,合成班の発明者のうち原告

以外の者(H,C,D)は,化合物の合成について原告以上の知識,経

験を持った者とは認められず,原告の指示に基づき合成等を行っていた

補助者とみるのが相当である(弁論の全趣旨)。



59
よって,原告の,本件発明1に係る共同発明者としての貢献割合は5

0%であると認める。

イ 本件特許2について

(ア) 上記1(1)イで認定したとおり,本件特許2は,血小板凝集に伴い血小

板から放出されるセロトニンの作用(血小板凝集促進作用及び血管収縮

作用)を選択的に阻害するセロトニン拮抗剤は,血栓の生成を阻止し,

血管収縮を抑制することにより,種々の循環障害の治療及び予防に有用

であるところ,セロトニンの作用に対し選択的阻害作用を示す薬剤とし

てはいくつかの化合物が知られている程度であった中,これらとは構造

の異なるアミノアルコキシビベンジル類のうち,更に特定のものが良好

なセロトニン拮抗作用を有し,血管収縮抑制作用を有することを見いだ

し,完成されたものである。また,血管収縮抑制効果は,セロトニンに

対するラット尾動脈収縮に対する抑制試験によって評価されている(甲

10の2)。

(イ) これと本件特許2に係る特許請求の範囲の記載,及び上記1(2)で認定

したアンプラーグの開発等に係る事実経過からすると,本件発明2は,

BP985を包含する本件発明1の化合物及びそれらの血小板凝集阻害

作用が判明していた中,BP985等にセロトニン拮抗作用という属性

が初めて見いだされ,更にセロトニン拮抗作用に基づく血管収縮抑制作

用が見いだされた結果,完成した発明といえる。

(ウ) 上記1(2)で認定したとおり,@アンプラーグ開発当時,血小板とセロ

トニンとの係わり合いは非常に高いと考えられていたにもかかわらず,

血小板機能におけるセロトニンの役割は明らかではなかったが,Bは,

昭和57年頃,セロトニンに着目し,イミプラミンのセロトニン取り込

み抑制作用が知られていたところ,BP985の血小板凝集阻害作用の

メカニズムを知るための実験の一環として,血小板におけるセロトニン



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の動態に対する作用に関する検討を行い,血小板のセロトニン取り込み

に対してBP985が全く影響を及ぼさなかったことだけではなく,B

P985が,セロトニンの放出反応を抑制することにより血小板凝集を

抑制することを見いだしたこと,A同時期に,Bは,セロトニンが血小

板の凝集部位の血管を収縮させることについても指摘していること,B

BP985のセロトニン拮抗作用を見いだしたのは薬理班であること,

CBP985によるラット尾動脈の血管平滑筋収縮に対する抑制作用に

関する実験を行ったのは薬理班であること,D薬理班がセロトニンに着

目しセロトニン拮抗作用が見いだされた当時の薬理班のグループリーダ

ーは原告であったが,原告には薬理班に移るまで薬理研究者としての経

験がなく,具体的な実務はサブリーダーに任せていたこと(原告本人)

が認められる。

したがって,本件発明2については,その技術的思想着想,具体化

に係る創作的行為の多くは薬理班が行ったものといえ,原告は,薬理班

の具体的な実務にほとんど関与していないことからすると,原告の,本

件発明2に係る共同発明者としての貢献割合は10%と認めるのが相当

である。

(7) 被告の貢献度

上記の本件各発明の経緯に加え,@本件各発明は被告が製薬事業を開始し

たばかりの時期におけるものであって,本件各発明は原告個人の能力が大き

く貢献したものというべきであること(弁論の全趣旨) A上記(6)のとおり,


本件各発明の完成には薬理班の研究者も大きな役割を果たしていることから,

合成班と薬理班の連携が重要であったといえること,B臨床試験において用

いられた高感度血小板凝集測定法は被告の薬理班が開発したものであること

(上記1(2)),C上記第2,2(3)のとおり,アンプラーグは5−HT 2 受

容体に対する選択的拮抗薬であり,血小板及び血管平滑筋細胞の5−HT 2



61
受容体を遮断して血栓形成部位におけるセロトニンの血小板凝集を抑制する

とともに血管収縮を抑制することを特長とする薬剤であるところ,BP98

5が5−HT 2 受容体に対して選択的拮抗作用を有することを見いだしたの

は被告の薬理班であること(上記1(2)),Dアンプラーグは,セロトニン拮

抗剤であり,他の抗血小板剤と作用機序が異なるため,医療関係者にその作

用機序を理解してもらうため,通常の医薬品以上に営業努力が不可欠であり,

MRを増員し情報提供活動を強化する必要があったこと(弁論の全趣旨),

E新薬の研究開発から製造承認を得て製造販売に至るまでには,数多くのス

テップが存在し,研究開発や臨床試験,上市など,各ステップにおいて様々

な専門の担当者が関与しており,一つの新薬の開発には10〜18年の期間

と,150億円〜200億円の開発費用を必要とすること(乙120),F

製薬産業は他産業に比べ研究開発費の占める割合が大きく,多くの新薬の候

補化合物を合成しても新薬の成功確率は極めて低く,1成分当たりの研究開

発費は日本の調査データによると500億円に上るなど,新薬の開発は膨大

な費用と時間を要するのに,成功確率が極めて低く,リスクが大きいもので

あること(乙36)等の事情を総合的に考慮すると,本件各発明における被

告の貢献度は95%,発明者の貢献度は5%と認めるのが相当である。

(8) 中間利息の控除

本件高裁判決が判示するように,本件の相当対価の支払請求債権について

は,各職務発明実施から5年を経過した時点から権利を行使することがで

き,この時点が消滅時効の起算点となるところ,本件各発明は平成5年10

月7日に実施されたものであり(前記第2,2(3)),原告は,平成10年1

0月7日までは被告に対し本件各発明に係る相当対価の支払を請求すること

ができないのであるから,同時期までは中間利息の控除をすべきでないが,

その経過後はその経過時を基準として対価の将来分につき年5分の割合によ

る中間利息を控除するのが相当である。



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(9) 相当対価の額

ア 被告による自己実施期間(平成5年10月7日〜平成11年9月30日)

の相当対価の額

以上から,被告の自己実施期間に係る相当対価の額を算定すると,別紙

6のとおり,1914万2328円となる。これは,被告の自己実施期間

におけるアンプラーグの売上高の合計565億3720万円(上記(2)ア)

に,本件各特許による超過売上割合40%(上記(3)),仮想実施料率5%

(上記(4)),本件各特許権の寄与割合(本件特許権1:本件特許権2=6

0%:40%)(上記(5)),共同発明者間における原告の寄与割合(本件

特許1:50%,本件特許2:10%)(上記(6)),発明者の貢献度5%

(上記(7))を乗じ,中間利息を控除(上記(8))した金額である。

イ 被告による実施許諾期間(三菱ウェルファーマ等による実施期間:平成

11年10月1日〜平成21年5月18日)の相当対価の額

以上から,被告による実施許諾期間(三菱ウェルファーマ等による実施

期間)に係る相当対価の額を算定すると,別紙6のとおり,4061万6

674円となる。これは,被告が実施許諾契約に基づき三菱ウェルファー

マ等から受領したアンプラーグに関する実施許諾料の合計●(省略)●円

(上記(2)イ)に,本件各特許権の寄与割合(平成11年10月1日〜平成

18年4月10日については本件特許権1 本件特許権2=60% 40%,
: :

平成18年4月11日〜平成21年5月18日については本件特許権2:

100%)(上記(5)),共同発明者間における原告の寄与割合(本件特許

1:50%,本件特許2:10%)(上記(6)),発明者の貢献度5%(上

記(7))を乗じ,中間利息を控除(上記(8))した金額である。

ウ 上記ア及びイの金額を合計すると5975万9002円となるが,本件

各発明につき,被告は,原告に対し,昭和56年11月末日頃までに出願

時補償金として●(省略)●円を,平成元年2月末日頃までに登録時補償



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金として●(省略)●円をそれぞれ支払っていること(争いのない事実),

これまでに原告が被告から受けた処遇等の一切の事情を総合考慮すると,

本件各発明に係る相当対価の額は5900万円と認めるのが相当である。

エ 本件高裁判決が判示するように,本件各発明に係る相当対価の支払につ

いては,被告の発明等取扱規則(乙1の1) 「会社…が発明等を実施し,


その効果が顕著である」ときに支払時期が到来すると定められており,被

告が発明を実施しその効果を判定できるような一定期間の経過をもって相

対価の支払債務の支払時期が到来することを定めたものと解するのが相

当であるが,この一定期間について明確に定めた規定は認められないため,

被告が負担する本件各発明に係る相当対価の支払債務は期限の定めのない

債務と解するのが相当である。そして,期限の定めのない債務については,

債務者は,その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負うとこ

ろ(民法412条2項),別紙6のように,本件各発明の実施品であるア

ンプラーグの平成5年10月7日以降の売上高は,平成5年度に13億5

430万円,平成6年度に65億6820万円,平成7年度に95億32

60万円,平成8年度に112億1510万円,平成9年度に112億3

450万円,平成10年度に116億8000万円と,極めて大きなもの

であることから,被告は,遅くともアンプラーグの製造販売を開始した平

成5年10月7日から5年が経過した翌日である平成10年10月8日に

は,本件各発明の実施による効果が顕著であることを認識し,相当対価

支払期限が到来したことを知ったと認めるのが相当である。したがって,

遅くとも同日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金が発生すると

いえる。

3 争点2(消滅時効の成否)について

(1) 本件高裁判決判示のとおり,本件各発明に係る相当対価の支払請求債権は

遅くとも平成10年10月7日に請求可能な状態に至ったものであり,この



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日が消滅時効の起算点となる(本件高裁判決は,前記第2,2(5)のとおり,

第1審判決を取り消し,事件を第1審に差し戻す旨の判決をしたものであり,

差戻しを受けた当審は,裁判所法4条により同判決の取消しの理由となった

判断に拘束される。)。

原告は,平成19年5月18日,本件各発明に係る相当対価の一部として

150万円の支払を請求する本件訴えを提起したが,平成21年8月17日

付け訴え変更申立書により請求を追加的に変更し,請求金額を2億0535

万9500円に増額した(その後,原告は,平成22年2月10日付け訴え

変更の申立書(2)により請求金額を2億4281万1241円に増額し,

平成23年9月27日付け訴えの変更申立書(3)により2億4281万1

239円に減縮した。)。

(2) 被告は,原告の請求のうち,当初の請求額である150万円を超える部分

(増額部分)の消滅時効は平成10年10月7日から進行し,上記150万

円の訴訟提起によってもその時効は中断ぜずに進行を続け,平成20年10

月6日の経過をもって時効期間が満了し,被告の消滅時効援用により増額

部分の請求債権は時効消滅したと主張する。

しかし,数量的に可分な債権の一部につき一部であることを明示して訴え

を提起した場合に,当該訴訟手続においてその残部について権利を行使する

意思を継続的に表示していると認められる場合には,いわゆる裁判上の催告

として,当該残部の請求債権の消滅時効の進行を中断する効力を有するもの

と解すべきであり,当該訴訟継続中に訴えの変更により残部について請求を

拡張した場合には,消滅時効を確定的に中断すると解するのが相当である。

本件において,原告は,訴状において,相当対価の総額として主張した約

20億6300万円から既払額を控除した残額の一部として150万円及び

これに対する遅延損害金の支払を請求するとしつつ,「本件請求については

時効の問題は生じないものと考えられるが,被告からいかなる主張がなされ



65
るか不明であるので,念のため,一部請求額を「150万円」として本訴を

提起したものであり,原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張

る予定である」として,本件訴訟手続において,残部について権利を行使す

る意思を明示していたと認められる。したがって,裁判上の催告により,当

該残部の請求債権の消滅時効の進行は,遅くとも上記訴状を第1回口頭弁論

期日において陳述した平成19年6月26日に中断し,その後,本件訴訟係

属中に原告が訴えの変更により残部について請求を拡張したことにより,当

該残部の請求債権の消滅時効は確定的に中断したものというべきであるから,

被告の主張には理由がない。

被告が指摘する最高裁判所昭和34年2月20日第二小法廷判決(民集1

3巻2号209頁)は,明示的な一部請求における訴え提起による時効中断

の効力を判示したものであって,被告の主張を根拠づけるものとはいえない。

(3) 以上のとおり,被告の消滅時効の主張は,採用することができない。

4 結論

よって,原告の請求は,本件各発明に係る相当対価5900万円及びこれに

対する平成10年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による

遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がない

から棄却することとして,主文のとおり判決する

東京地方裁判所民事第40部



裁判長裁判官



岡 本 岳



裁判官




66
鈴 木 和 典



裁判官



坂 本 康 博




67