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事件 平成 22年 (ワ) 9102号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪地方裁判所 
判決言渡日 2012/01/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成24年1月26日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官


平成22年(ワ)第9102号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成23年10月18日

判 決

原 告 田岡化学工業株式会社

同訴訟代理人弁護士 松 本 司

同 田 上 洋 平

被 告 大阪ガスケミカル株式会社

同訴訟代理人弁護士 石 川 正

同 畑 郁 夫

同 重 冨 貴 光

同 黒 田 佑 輝

同訴訟代理人弁理士 北 村 修 一 郎

同 東 邦 彦

同 太 田 隆 司

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 当事者の求めた裁判

1 原告

(1) 被告は,別紙製品目録記載の製品を製造し,譲渡し又は譲渡の申出をして

はならない。

(2) 被告は,前項記載の製品を廃棄せよ。

1
(3) 被告は,原告に対し,3億円及びこれに対する平成22年7月3日から支

払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4) 訴訟費用は被告の負担とする。

(5) 仮執行宣言

2 被告

主文と同旨

第2 事案の概要

1 前提事実(証拠の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)

(1) 本件特許権

原告は,以下の特許(以下「本件特許」といい,本件特許の【特許請求の

範囲】【請求項1】に係る発明を「本件特許発明1」,同【請求項7】に係る

発明を「本件特許発明2」といい,併せて「本件各特許発明」という。また,

本件特許に係る出願明細書を「本件明細書」といい,優先権主張に係る先の

出願明細書を「本件基礎出願明細書」という。)に係る特許権(以下「本件特

許権」という。)を有する。

特許番号 4140975号

発明の名称 フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法

出願日 平成20年2月8日

優先権主張番号 特願2007−34370

(以下「本件基礎出願」という。)

優先日 平成19年2月15日

登録日 平成20年6月20日

特許請求の範囲

【請求項1】

「ヘテロポリ酸の存在下,フルオレノンと2−フェノキシエタノールとを

反応させた後,得られた反応混合物から50℃未満で9,9−ビス(4−

2
(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させるこ

とにより9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フル

オレンの粗精製物を得,次いで,純度が85%以上の該粗精製物を芳香族

炭化水素溶媒,ケトン溶媒およびエステル溶媒からなる群から選ばれる少

なくとも1つの溶媒に溶解させた後に50℃以上で9,9−ビス(4−

(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの析出を開始させる9,

9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶

多形体の製造方法。」

【請求項7】

「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160〜166℃である9,9−

ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶多形

体。」

(2) 9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン(甲

2,3,乙1,2。以下「BPEF」という。)

BPEFは,高耐熱性や優れた光学特性(高屈折率,低複屈折率),電気特

性(低誘電率等)を有し,ポリマー(エポキシ樹脂,ポリエステル,ポリエー

テル,ポリカーボネートなど)の原料として有用な物質である。

ポリマーは,光学レンズ,フィルム,プラスチック光ファイバー,光ディ

スク基盤,耐熱性樹脂やエンジニヤリングプラスチックなどの原料となる。

(3) 被告の行為

被告は,別紙製品目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造し,

譲渡し又は譲渡の申出を行っている。

被告製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属するものである。

2 原告の請求

原告は,被告に対し,被告の行為(前提事実(3))が本件特許権を侵害する

ものであるとして,本件特許権に基づき,被告製品の製造等の差止め及び廃棄

3
を求めるとともに,被告の行為により11億0100万円の損害を被ったとし

て,不法行為に基づき,上記損害の一部である3億円の損害賠償及びこれに対

する本件訴状送達の日の翌日である平成22年7月3日から支払済みまで民法

所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

3 争点

(1) 被告製品は,本件特許発明1の方法により生産したものであるか(争点1)

(2) 本件特許発明2は,特許無効審判により無効とされるべきものであるか

ア 本件特許発明2は,公然実施をされた発明(特許法29条1項2号)で

あるか(争点2−1)

イ 本件特許発明2は,優先日前に頒布された特開平10−45655号公

報(以下「乙1公報」という。)に記載された発明(以下「乙1発明」とい

う。)又は特開2005−104898号公報(以下「乙2公報」という。)

に記載された発明(以下「乙2発明」という。)と同一のもの(特許法29

条1項3号)であるか(争点2−2)

ウ 本件特許発明2は,特開2007−23016号公報(以下「乙41公

報」という。)に記載された発明(以下「乙41発明」という。)と,乙1

発明又は周知技術に基づき,当業者が容易に発明することができたもので

あるか(争点2−3)

(3) 被告は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実

施権(特許法79条)を有するか(争点3)

(4) 損害額(争点4)

第3 争点に係る当事者の主張

1 争点1(被告製品は,本件特許発明1の方法により生産したものであるか)

について

【原告の主張】

本件特許発明1は,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFを生産す

4
方法の発明であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFは,優先

日(平成19年2月15日)前に日本国内において公然知られた物ではない。

そして,被告製品は,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFと同一の

物であるから,本件特許発明1の方法により生産したものと推定される(特許

104条)。

よって,被告製品は,本件特許発明1の方法により生産したものである。

【被告の主張】

被告製品は,本件特許発明1の方法により生産したものではない。

また,後記2のとおり,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFは,

優先日前に日本国内において公然知られた物であるから,特許法104条によ

る推定は及ばない。

2 争点2(本件特許発明2は,公然実施をされた発明(特許法29条1項2号

であるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件特許発明2は,公然実施をされた発明である。

(1) 原告による公然実施

ア 本件特許発明2に係る優先権主張の無効

(ア) 化学物質の構造が明細書に特定して記載されていたとしても,現実に

製造できなければ,架空の化学物質にすぎない。

したがって,当該物質の製造方法優先権主張に係る先の明細書に記

載されていない限り,当該物質は先の明細書に記載された発明ではない。

(イ) 本件基礎出願明細書には,本件特許発明2の技術的範囲に属するBP

EFについて,結晶の析出開始温度や粗精製物の純度に関する記載は全

くない。

(ウ) 原告は,審査官から,平成20年4月1日付けで,特許法29条1項

3号及び同条2項を理由とする拒絶理由通知を受けており,本件明細書

5
に記載されたBPEPの製造方法は,ほぼすべて公知文献に記載されて

いること,公知文献との相違点は本件明細書において析出開始温度が特

定されている点のみであることを指摘された。

原告は,同年5月15日,手続補正書及び意見書を提出し,新規な結

晶多形体を見出して安定的に当該物質を得るには,結晶の析出開始温度

と粗精製物の純度が重要な要因であるところ,公知文献には析出開始温

度の記載がないと主張し,これにより本件特許について登録を受けるこ

とができた。

(エ) 以上のとおり,原告の主張によれば,本件特許発明2の技術的範囲

属するBPEFを製造するには,析出開始温度と粗精製物の純度が重要

であるにもかかわらず,本件基礎出願明細書には,これらに関する記載

や示唆が全くない。

そうすると,本件特許発明2は,本件基礎出願明細書に記載された発

明ではなく,本件特許発明2に係る優先権主張は無効であるから,特許

29条の適用に当たっては,実際の出願日である平成20年2月8日

が基準日となる。

イ 原告による公然実施

原告は,●●●●●●●●●●(以下「●●●●●●」という。)に対

し,平成12年ころ,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFを譲

渡した。

また,原告は,本件特許の出願日(平成20年2月8日)より前の平成

19年4月から本件特許発明1の製造方法により製造した製品を譲渡し

ていた。

したがって,本件特許発明2は,本件特許の出願日より前に原告によっ

公然実施をされたものである。

(2) 東京化成工業株式会社による公然実施

6
ア 本件特許発明2に係る優先権主張の無効

上記(1)アと同じ。

イ 東京化成工業株式会社による公然実施

東京化成工業株式会社は,遅くとも平成19年10月17日ころまでに,

本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFの試薬に関する譲渡の申

込みをしていた。

したがって,本件特許発明2は,本件特許の出願日より前に東京化成工

業株式会社によって公然実施をされたものである。

(3) 大阪ガス及び被告による公然実施

ア 被告の親会社である大阪瓦斯株式会社(以下「大阪ガス」という。)は,

遅くとも平成8年6月ころまでに,BPEFの精製過程における溶媒とし

てトルエン及び水を利用する方法(以下「トルエン加水分解法」という。)

を開発し,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFの製造・販売事

業を継続していたが,被告は,大阪ガスから平成11年4月に本件特許発

明2に係る発明を知得するなどしてBPEFの製造・販売事業を行うよう

になった。

イ 被告製品の製造販売に関する具体的な状況は,以下のとおりである。

(ア) 大阪ガス及び被告は,平成11年3月から4月までの間,B社に委託

して合計1662.76sの被告製品を製造した。

被告は,●●●●●●(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●。以下「●●●●」という。)に対し,平成11年6月,上記

被告製品のうち300sを譲渡し,同年11月,残りの一部を譲渡した。

(イ) 大阪ガスは,B社に委託して3951sの被告製品を製造し,●●●

●●●に対し,平成14年3月29日,このうち合計2700sの被告

製品を譲渡した。

(ウ) 被告は,平成14年3月6日から同年4月13日までの間,A社に委

7
託して合計8330sの被告製品を製造した。

被告は,三菱ガス化学株式会社(以下「三菱ガス化学」という。)に対

し,同年7月30日,上記被告製品のうち100sを譲渡した。また,

●●●●●●に対し,同年8月12日,上記被告製品のうち4500s

を譲渡した。

(エ) 被告は,●●●●●●●●●●●●●(以下「●●●●●●●●●」

という。)に対しても,平成14年ころから被告製品を譲渡していた。

(オ) 被告は,平成14年10月ころ,A社に委託して合計8413sの被

告製品を製造し,●●●●●●に対し,平成15年6月5日,このうち

合計4140sの被告製品を譲渡した。

(カ) 被告は,平成15年2月27日までに,A社に委託して合計8019

sの被告製品を製造し,●●●●●●に対し,同年8月19日,上記被

告製品を含む合計9910sのBPEFを譲渡した。

(キ) 被告は,平成16年以降,株式会社フルファイン(以下「フルファイ

ン」という。)に委託して被告製品を製造し,化学メーカーに販売してい

た。

例えば,●●●●●●に対し,平成17年5月17日ころ,合計67

50sの被告製品を譲渡し,●●●●●●●●●●●●●●●●●(●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)

に対し,平成19年2月1日,合計5100sの被告製品を譲渡した。

ウ 上記のとおり,大阪ガス及び被告は,累計100トン以上の被告製品を

製造して化学メーカーに譲渡しており,その出荷量は一回当たり約10ト

ンにも上っていた。そして,譲受人である化学メーカーが被告製品に関す

秘密保持義務を負っていなかったことからすれば,本件特許発明2は本

件特許の優先日前に被告によって公然実施をされたものである。

【原告の主張】

8
以下のとおり,本件特許発明2は,公然実施をされた発明ではない。

(1) 原告による公然実施について

ア 本件特許発明2に係る優先権主張の有効

析出開始温度や粗精製物の純度は,本件特許発明1に係るものである。

本件特許発明2に係る製造方法については本件基礎出願明細書に具体

的に記載されており,本件特許発明2の化合物に係る示差走査熱量測定曲

線,融解吸熱最大値,粉末エックス線回折パターン及び嵩密度等の物性に

ついても具体的に記載されている。

したがって,本件特許発明2は,本件基礎出願明細書に記載されたもの

であり,仮に本件特許発明1に係る基準日が実際の出願日となるとしても,

本件特許発明2に係る基準日が実際の出願日となることはない。

イ 原告による公然実施

BPEFは,ポリマーの原料(モノマー)であり,ポリマーが合成され

た後は,BPEFの結晶形を特定することは不可能であるから,本件特許

発明2の技術的範囲に属するBPEFを譲渡したからといって,公然実施

には当たらない。

また,原告がBPEFを譲渡した相手方は,信義則上,原告製品に関す

秘密保持義務を負うから,原告が本件特許の出願日より前に本件特許発

明2の技術的範囲に属するBPEFを譲渡していたとしても,公然実施

は当たらない。

(2) 東京化成工業株式会社による公然実施について

上記(1)イと同様に,同社がBPEFを譲渡した相手方は,BPEFに関

する秘密保持義務を負うことなどからすれば,同社による実施公然実施

当たらない。

(3) 大阪ガス及び被告による公然実施について

上記(1)イと同様に,被告が被告製品を譲渡した相手方は,BPEFに関

9
する秘密保持義務を負うことなどからすれば,被告による実施公然実施

は当たらない。

3 争点2−2(本件特許発明2は,乙1発明又は乙2発明と同一のもの(特許

29条1項3号)であるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件特許発明2は,乙1公報又は乙2公報に記載された製造

方法により製造されたBPEFについて,示差走査熱分析による融解吸熱最大

という特性を特定したものにすぎない。

したがって,乙1発明又は乙2発明と同一のものである。

(1) 乙1発明について

ア 乙1公報の内容

乙1公報には,以下の発明(乙1発明)が記載されている。

「【0024】

実施例】

実施例1

攪拌機,冷却管及び滴下ロートを備えた内容積1000mlの4つ口フ

ラスコに,純度99.5重量%のフルオレノン(フルオレンを液相空気

酸化して得たもの)45g(0.25mol)とフェノキシエタノール

(四日市合成株式会社製,PHE−G)138g(1.00mol) β−


メルカプトプロピオン酸0.2mlを仕込み,均一に溶解させてから9

5%硫酸45mlを30分かけて滴下した後,反応温度を65℃で4時

間保温し,反応を続けて完結させた。

【0025】

次いで,反応液に水90ml,トルエン450mlを加え,80〜85℃

で30分間攪拌,水洗後,30分間静置して,下層の水層を分離した。

更に2回同量の水を加えて水洗を繰り返し,硫酸を除去した。反応液を

10
室温まで冷却して結晶を析出させ,濾過後,70℃で1日間減圧乾燥し

た。得られた粗結晶(9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)

フェニル)フルオレンの純度は98.5%,収量は82.3g,収率74.

5%であった。また,結晶中の残存硫酸は600ppmであった。

【0026】

得られた上記粗結晶50gをトルエン400mlからなる混合溶媒に

攪拌,加熱下に溶解させた後,室温まで徐々に冷却して結晶を析出させ

る。該結晶を濾過し,70℃で1日間減圧乾燥した。得られた結晶(9,

9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの純

度は99.5%,収量は43.8g,収率65.9%であった。また,結

晶中の残存硫酸は150ppmであった。」

イ 本件特許発明2との対比

次のとおり,本件特許発明2は,乙1発明と同一のものである。

(ア) 一致点

乙1発明は,BPEFの製造方法に関する発明であり,本件特許発明

2も,BPEFに関する発明である。

(イ) 形式上の相違点1

乙1公報にはBPEFの「結晶」は記載されているものの,
「結晶多形

体」は記載されていない。

しかし,本件明細書では,
「結晶多形体」について,異なる結晶形が存

在することを前提として,そのうちの特定の結晶をいうものとして用い

られているから,本件特許発明2の「結晶多形体」は「結晶」と同義の

ものである。

(ウ) 形式上の相違点2

乙1公報には,本件特許発明2に係るBPEFの特質である「示差走

査熱分析による融解吸熱最大が160〜166℃である」については,

11
記載されていない。

しかし,乙1公報に記載された製造方法(乙1発明)により製造した

BPEFの示差走査熱分析による融解吸熱最大は,160.9℃ないし

161.0℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものである。

(2) 乙2発明について

ア 乙2公報の内容

乙2公報には,以下の発明(乙2発明)が記載されている。

「【0061】

実施例1

攪拌機,冷却管及びビュレットを備えたガラス製反応器に,純度99.

5重量%のフルオレノン350g(1.94モル)とフェノキシエタノー

ル1070g(7.78モル)を仕込み,β−メルカプトプロピオン酸

2.3gを加えて撹拌した混合液に,反応温度を50℃に保持しつつ,

98重量%の硫酸570gを60分かけて滴下した。滴下終了後,反応

温度を50℃に保ち,さらに5時間撹拌することにより反応を完結させ

た。

【0062】

反応終了後,反応混合液に48重量%水酸化ナトリウム水溶液920

gを温度80℃を保持しつつ滴下した。滴下終了後のpHは約8であっ

た。メタノール2.5sを加えて,10℃まで冷却したところ,9,9−

ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンと硫酸ナ

トリウムの混合結晶が析出した。ろ過により混合結晶を取り出したのち,

トルエン3.5s,水1.0sを加えて85℃に加熱して硫酸ナトリウム

を溶解させた。水相を除去したのち,有機相をさらに85℃の水で2回

洗浄した。トルエン相を10℃に冷却することにより,9,9−ビス

(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン700g(使

12
用したフルオレノンに対する収率82%)が得られた。生成物を15

0℃に溶融させて,着色度を測定したところ,APHA値は10であり,

光学樹脂原料として使用できる高い透明性を有することを確認した。」

イ 本件特許発明2との対比

次のとおり,本件特許発明2は,乙2発明と同一のものである。

(ア) 一致点

乙2発明は,BPEFの製造方法に関する発明であり,本件特許発明

2も,BPEFに関する発明である。

(イ) 形式上の相違点1

乙2公報にはBPEFの「結晶」は記載されているものの,
「結晶多形

体」は記載されていない。

しかし,上記(1)イ(イ)のとおり,本件特許発明2の「結晶多形体」

は「結晶」と同義のものである。

(ウ) 形式上の相違点2

乙2公報には,本件特許発明2に係るBPEFの特質である「示差走

査熱分析による融解吸熱最大が160〜166℃である」について,記

載されていない。

しかし,乙2公報に記載された製造方法(乙2発明)により製造した

BPEFの示差走査熱分析による融解吸熱最大は,161.0℃ないし

163.3℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものである。

【原告の主張】

以下のとおり,本件特許発明2は,乙1発明又は乙2発明と同一のものでは

ない。

(1) 乙1発明について

ア 相違点1について

「結晶多形体」とは,異なる結晶形が存在することを前提として,その

13
うちの特定の結晶をいうことについては認める。

イ 相違点2について

乙1公報に記載された製造方法(乙1発明)により製造したBPEFの

示差走査熱分析による融解吸熱最大は,追試した結果によると,108.

4℃ないし108.5℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するも

のではない。

(2) 乙2発明について

ア 相違点1について

上記(1)アと同じ。

イ 相違点2について

乙2公報に記載された製造方法(乙2発明)により製造したBPEFの

示差走査熱分析による融解吸熱最大は,追試した結果によると,107.

1℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものではない。

4 争点2−3(本件特許発明2は,乙41発明と,乙1発明又は周知技術に基

づき,当業者が容易に発明することができたものであるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件特許発明2は,乙41公報に記載された発明(乙41発

明)と,乙1発明又は周知技術に基づき,当業者が容易に発明することができ

たものである。

(1) 乙41発明の内容

乙41公報には,
【発明の名称】を「フルオレン誘導体の製造方法」とする

発明(乙41発明)が記載されている。

乙41発明の具体的内容は,ケイタングステン酸の存在下,フルオレノン

とフェノキシエタノールを反応させて,BPEFの粗結晶を得るというもの

である。

(2) 本件特許発明2と乙41発明の対比

14
ア 本件明細書には以下の記載がある。

「【実施例4】

【0038】

粗精製物の製造

攪拌機,窒素吹込管,温度計および冷却管を付けた水分離器を備えたガ

ラス製反応器に,フルオレノン86.4g(0.48モル),フェノキシエタ

ノール663.2g(4.80モル),トルエン350gおよび100℃で減

圧乾燥し結晶水を除いたケイタングステン酸[(H 4 SiW 12 O 40 )]4.

3gを加え,トルエン還流下,生成水を反応系外に除去しながら8時間攪

拌した。得られた反応液を高速液体クロマトグラフィ−で分析した結果,

9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンが

201.5g(0.46モル)生成していた。この反応液にトルエン300

gを加え,水100gを用いて80℃で水洗をおこなった。得られた有機

層を減圧濃縮してトルエンおよび過剰のフェノキシエタノールを除去した。

得られた混合物にトルエン600gを加え,80℃で約1時間加熱攪拌し

て均一溶液とした後,徐々に冷却したところ,38℃で結晶が析出し始め,

そのまま室温まで冷却した。析出した結晶を濾過により取り出し,該結晶

を乾燥させることにより,9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)

フェニル)フルオレンの粗精製物の白色結晶162.1g(収率92.0%,

LC純度96.2%)を得た。得られた結晶の融点(示差走査熱分析による

融解吸熱最大)は104℃,嵩密度は0.23g/p3であった。

実施例5】

【0039】

多形体Bの製造

実施例4で得た9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニ

ル)フルオレンの粗精製物80gとトルエン640gの懸濁液を90℃に

15
加熱し,同温度で1時間攪拌して均一な溶液とした。この溶液を徐々に冷

却したところ,65℃で結晶が析出し始め,そのまま30℃まで冷却し,

同温度で1時間保温攪拌した。析出した結晶を濾過により取り出し,該結

晶を減圧乾燥させることにより,9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエ

トキシ)フェニル)フルオレンの白色結晶70.4g(収率88.0%,純

度98.2%)を得た。得られた結晶の融点(示差走査熱分析による融解吸

熱最大)は163.5℃,嵩密度は0.70g/p3であった。」

イ 一致点

上記アによれば,本件特許発明2と乙41発明とは,ケイタングステン

酸の存在下,フルオレノンとフェノキシエタノールを反応させて,BPE

Fの粗結晶を得る点で一致する。

ウ 相違点

上記アによれば,本件特許発明2では,粗結晶の析出開始温度が38℃

とされているのに対し,乙41公報では粗結晶の析出開始温度が記載され

ていない(相違点1)。

また,本件特許発明2では,粗精製物をトルエンに溶解し,冷却してB

PEFの結晶を析出させる工程が記載されているのに対し,乙41公報に

は記載されていない(相違点2)。

(3) 乙1発明及び周知技術

上記3【被告の主張】
(1)のとおり,乙1公報には,トルエンにBPEF

の粗精製物を溶解し,冷却してBPEFを精製する発明(乙1発明)が記載

されている。また,トルエンをBPEFの結晶の析出溶媒として用いること

周知技術でもある。

(4) 容易想到性

ア 相違点1について

乙41公報の記載と上記(2)アの本件特許発明2に係る実施例の記載と

16
を対比すると,フルオレノンとフェノキシエタノールの仕込量から反応の

諸条件及びBPEFの収量まで,すべての数値が完全に一致している。

このことからすれば,乙41公報には,粗結晶の析出開始温度が記載さ

れていないものの,その温度が38℃であることには疑いの余地がない。

したがって,相違点1は実質的には相違点ではない。

イ 相違点2について

当業者が乙41発明によりBPEFの粗精製物を製造した上,これに前

記(3)で述べた周知技術ないし乙1発明を組み合わせるなどして,周知の

溶媒であるトルエンを用いてBPEFを精製することは,容易に発明する

ことができたことである。

本件特許発明2は,このように容易に発明できた方法で製造されたBP

EFについて,その物性値である示差走査熱分析による融解吸熱最大を測

定し,特定しただけのものにすぎないから,当業者が容易に発明すること

ができたものである。

【原告の主張】

以下のとおり,本件特許発明2は,乙41発明と,乙1発明又は周知技術

基づき,当業者が容易に発明することができたものではない。

(1) 本件特許発明2と乙41発明の対比について

本件基礎出願明細書には,粗精製物80gとトルエン640gの懸濁液を

90℃に加熱し溶解させた後同温で1時間攪拌し,この液を30℃まで徐冷

して結晶を析出させ,同温度で1時間保温攪拌し,析出した結晶を濾過後減

圧乾燥する工程が記載されている。これに対し,乙41公報には,この工程

が記載されていない。

被告は,上記相違点を抽象化して,再結晶化の溶媒のみを相違点として主

張しているが,結晶多形の析出条件は様々な要素により異なりうるものであ

り,当業者の知見に反する主張である。

17
(2) 乙1発明及び周知技術について

乙1公報や被告が周知技術に関するものとして引用する各文献には,トル

エンをBPEFの再結晶化溶媒として用いる旨の記載はあるものの,上記

(1)の相違点に係る溶解温度や,冷却工程において30℃で1時間保温攪拌

することなどに関する記載はない。

(3) 容易想到性について

乙1公報や被告が周知技術に関するものとして引用する各文献には,上記

(1)の相違点に係る記載や示唆がないから,本件特許発明2の技術的範囲

属するBPEFは,当業者が乙41発明に乙1発明ないし周知技術を組み合

わせることにより容易に発明することができたものではない。

5 争点3(被告は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による

通常実施権(特許法79条)を有するか)について

【被告の主張】

以下のとおり,被告は,本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発

明をした者から知得して,優先権主張に係る先の出願の際現に日本国内におい

て本件特許発明2の実施である事業をしていたから,本件特許発明2に係る本

件特許権について,先使用による通常実施権を有する。

(1) BPEFを合成する過程は,原料となる化学物質からBPEFの粗結晶を

合成する過程と,製造されたBPEFの粗結晶を基に純度の高いBPEFを

精製する過程の2つに分けられる。

前記2【被告の主張】(3)アのとおり,被告の親会社である大阪ガスは,

遅くとも平成8年6月ころまでに,トルエン加水分解法を開発した。本件特

許発明2の技術的範囲に属するBPEFは,トルエン加水分解法により得る

ことができるものであるから,本件特許発明2は同月時点で完成していたも

のである。

大阪ガスは,同月,トルエン加水分解法を利用したBPEFの量産に向け

18
た準備として,A社に3種類の実験を行わせ,大規模製造が可能であるかを

確認した。その後,同年7月及び10月の2回にわたり,A社に委託して製

造のための予備試験を行った上,同年12月から平成9年2月までの間,A

社に委託して合計約14トンの被告製品を製造した。

したがって,大阪ガスは,遅くとも平成9年2月までに本件特許発明2の

実施である事業をしていたものである。

その後も,大阪ガスは,BPEFの製造・販売事業を継続しており,被告

は,大阪ガスから平成11年4月に本件特許発明2に係る発明を知得するな

どしてBPEFの製造・販売事業を承継して行うようになったものである。

(2) 前記2【被告の主張】(3)イのとおり,大阪ガス及び被告は,本件特許の

優先日前から本件特許発明2の実施である事業をしていた。

したがって,被告は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用

による通常実施権を有する。

【原告の主張】

(1) 大阪ガス又は被告による本件特許発明2の実施について先使用が成立する

には,優先日前に本件特許発明2に係る発明を完成したことが必要である。

発明の完成とは,その技術的手段が,当該技術分野における通常の知識を有

する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで,具

体的・客観的なものとして構成されていることを要する。

被告が本件特許の優先日前に本件特許発明2の技術的範囲に属さないBP

EFも製造販売していたことからすれば,大阪ガス又は被告は,本件特許の

優先日前に本件特許発明2に係る発明を完成してはいなかった。

(2) 先使用が成立するには,発明の実施である事業をし,又は事業の準備をし

ていた必要もある。

被告が本件特許の優先日前に「事業」に当たる程度まで,被告製品を製造,

販売していたことは否認する。BPEFを原材料とするポリマーの商業的製

19
造には,年間100ないし1000トン以上のBPEFが必要であるところ,

被告が主張する被告製品の製造・販売量は,これを下回るものである。また,

被告はサンプルとして被告製品を販売していたものであり,これは事業には

当たらない。

事業の準備とは,事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図

を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度

において表明されていることをいうものであるところ, (1)
上記 のとおり,

被告が優先日前に本件特許発明2の技術的範囲に属さないBPEFも製造販

売していたことなどからすると,本件特許の優先日前には事業の準備の段階

にも至っていなかったものである。

6 争点4(損害額)について

【原告の主張】

被告は,平成20年6月21日から平成22年6月20日までの間に,少な

くとも734トンの被告製品を製造し,1s当たり3000円で販売しており,

その利益率は50%であったから,少なくとも11億0100万円の利益を受

けている。

これにより,原告は,同額の損害を被った(特許法102条2項)。

【被告の主張】

否認し又は争う。

第4 当裁判所の判断

1 はじめに

本件事案の内容に鑑み,まず,争点3について検討すると,被告は,本件特

許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権(特許法79条

を有するものと認めることができる。

そうすると,本件特許発明1に係る本件特許権の侵害(争点1)を認めるこ

ともできない。

20
以下,詳述する。

2 争点3(被告は,本件特許発明2に係る本件特許権について,先使用による

通常実施権(特許法79条)を有するか)について

(1) 前提事実に加え,弁論の全趣旨及び後掲各証拠によれば,以下の各事実が

認められる。

ア トルエン加水分解法の開発と量産計画

大阪ガスは,コールタールの有効利用をするため,コールタール中の成

分であるフルオレンを使用してBPEFを製造していたところ,平成8年

6月ころまでに,BPEFの精製過程における溶媒としてトルエン及び水

を利用する方法(トルエン加水分解法)を開発した。

大阪ガスは,トルエン加水分解法を利用したBPEFの量産を計画し,

A社に委託して,合計約14トンのBPEFを試作した(乙14)。

イ B社への委託による製造

大阪ガスと被告は,複数会社にBPEFの製造を委託することが望まし

いと考え,次のとおり,B社に対しても,BPEFの製造を委託した。

(ア) 大阪ガスは,平成11年3月ころ,B社に委託して合計1662.76

sのBPEFを製造した(乙17)。

その際に行われた測定の結果(乙15の2)によると,これらのBP

EFの示差走査熱分析による融解吸熱最大は162.5℃ないし163.

8℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった(乙1

6,47)。

被告は,同年6月,上記BPEFのうち300sを大阪ガスから購入

した上,●●●●に譲渡し(乙51の1・2),同年11月にも,上記B

PEFのうち50sをサンプルとして譲渡した(乙50の1〜4)。

(イ) 大阪ガスは,平成14年3月ころ,B社に委託して合計3951sの

BPEFを製造した(乙56の4)。

21
その際に行われた測定の結果(乙56の3)によると,これらのBP

EFの示差走査熱分析による融解吸熱最大は162.8℃ないし163.

2℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった。

被告は,平成14年3月ころ,このうち合計2700sを大阪ガスか

ら購入した上,●●●●●●に譲渡した(乙56の5)。

ウ A社への委託による製造

被告は,次のとおり,再びA社にBPEFの製造を委託することとした。

(ア) 被告は,平成14年3月6日から同年4月13日までの間,A社に委

託して合計8330sのBPEFを製造した(乙20)。

その際に行われた測定の結果(乙20)によると,これらのBPEF

の示差走査熱分析による融解吸熱最大は162.3℃ないし163.8℃

であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった。

被告は,三菱ガス化学に対し,同年7月ころ,上記BPEFのうち1

00sを譲渡した(乙21の1〜5)。

また,被告は,●●●●●●に対し,同年8月ころ,上記BPEFの

うち4500sを譲渡した(乙52の1〜3)。

(イ) 被告は,平成14年10月ころ,A社に委託して合計8413sのB

PEFを製造した。

その際に行われた測定結果(乙57の3)によると,上記BPEFの

示差走査熱分析による融解吸熱最大は161.9℃ないし162.8℃で

あり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった(乙57の1

〜4)。

被告は,●●●●●●に対し,平成15年5月ころ,上記BPEFの

うち合計4140sを譲渡した(乙57の5〜7)。

(ウ) 被告は,平成15年2月ころ,A社に委託して合計8019sのBP

EFを製造した(乙23,24)。

22
その際行われた測定結果(乙25,26)によると,上記BPEFの

示差走査熱分析による融解吸熱最大は162.1℃ないし164.6℃で

あり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった。

被告は,●●●●●●に対し,同年8月19日,上記BPEFのうち

1510sを含む合計9910sのBPEFを譲渡した(乙53の1・

2)。

エ ●●●●●●●●●に販売したBPEFについて

被告は,●●●●●●●●●に対し,BPEFを譲渡していたが,平成

14年5月,同年10月ころ,平成15年3月ころ,BPEFのサンプル

(これらのBPEFの製造元は,その時期から考えて,A社であると推定

される。 をそれぞれ送付した
) (乙59,乙60の1,乙61の1,乙62)。

上記送付されたサンプルのうち残っていたものを,平成23年6月28

日,改めて測定したが,その測定結果(乙63)によると,これらのBP

EFの示差走査熱分析による融解吸熱最大は,160℃から166℃の範

囲内であり,いずれも本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった。

オ フルファインへの委託による製造

被告は,平成16年ころ,JFEケミカル株式会社との合弁でフルファ

インを設立し,同社による量産をすることとなった。

被告は,フルファインに委託して合計6750sのBPEFを製造し,

●●●●●●に対し,平成17年5月17日ころ譲渡した(乙58の4)。

これに先立って,●●●●●●に送付したサンプルの測定結果(乙58

の3)によると,上記サンプルの示差走査熱分析による融解吸熱最大は1

62.9℃であり,本件特許発明2の技術的範囲に属するものであった。

(2) 測定結果の信用性

被告は,先使用の根拠である,優先日(平成19年2月15日)以前から,

被告が,本件特許発明2の技術的範囲に属するBPEFを製造,販売してい

23
た証拠として,上記BPEFの測定結果を提出したところ,当初提出した測

定結果にかかる証拠は,乙15の2と乙20,26のみであった。これらは,

A社,B社,またはこれらの業者から委託を受けて測定を行った業者が測定

した結果を記載したものであるところ,被告は,業者の情報は,重要な営業

秘密であるとして,作成名義を黒塗りにして提出した。原告は,上記各乙号

証が真正に成立したことを争い,上記各乙号証には形式的証拠力がなく,上

先使用は立証されていないと主張していた。

たしかに,上記各乙号証(乙15の2,乙20,26)は,いずれも作成

名義が開示されていない。しかし,上記書証は,いわゆる処分証書とは異な

り,被告が譲渡するBPEFについて,示差走査熱分析による融解吸熱最大

を測定した結果を報告する文書であり,その文書の内容及び体裁自体から,

その測定した者が作成した文書であることを十分に認めることができる。

また,上記書証の作成者が特定されていないため,上記書証の作成者に対

する反対尋問も実施することができない。しかし,これらの書証は,相互に

内容を補強しているということができ,その後,提出された同様の測定結果

(乙56の3,乙57の3,乙63。いずれも作成者が明記されており,原

告は,真正に成立したことを争っていない。また,その信用性を疑わせる事

情も見あたらない。)とも符合する。さらに,上記(1)イ(ア),同ウ(ア)及び

(ウ)のとおり,上記各乙号証(乙15の2,乙20,26)に係るBPEF

については,上記書証が提出されてから相当期間を経た後,譲渡先の了解を

得られたことから譲渡に係る書証が提出されており,このような提出の経過

等も考慮すれば,これらの測定結果は,いずれも,実質的証拠力を認めるこ

とができ,上記(1)において,大阪ガス又は被告が製造に関与したBPEF

が,いずれも本件特許発明2の技術的範囲に属することを認めることができ

る。

他に,上記(1)の事実認定を左右する証拠はない。

24
(3) 先使用の成否

上記(1)のとおり,大阪ガスは,遅くとも平成11年3月からは本件特許

発明2の技術的範囲に属する被告製品を製造していたこと,その後も,大阪

ガス及びその事業を承継した被告は,複数の譲渡先に対し,反復,継続して

被告製品を譲渡してきたこと,本件特許の優先日前に,被告らが委託するな

どして製造した被告製品の数量は少なくとも合計約40トンを超えており,

譲渡した数量も少なくとも約25トンを超えることが認められる。

これらのことからすれば,被告は,本件特許出願の際現に日本国内におい

てその発明の実施である事業をしている者に当たると優に認めることができ

る。

なお,原告は,被告がこれまで本件特許発明2の技術的範囲に属しないB

PEFも製造していたことからすれば,被告において本件特許の優先日前に

は本件特許発明2に係る発明を完成していなかったし,事業又は事業の準備

の程度には至っていなかったなどと主張する。しかしながら,大阪ガス又は

被告が,本件特許発明2の技術的範囲に属しないBPEFを,被告製品と平

行して製造・販売していたとしても,そのことのみをもって,被告が本件特

許発明2に係る発明を完成していなかったとか,被告製品について本件特許

発明2に係る発明を反復実施することができなかったなどと推認するべき事

情は見当たらない。むしろ,上記(1)のような被告製品の製造数量や譲渡数

量からすれば,被告らは,本件特許発明2について反復・継続して実施して

きたものというほかない。

また,大阪ガスが本件特許の優先日より約8年も以前から被告製品を製造

してきたことなどからすれば,大阪ガスは本件特許発明2の内容を知らない

で自らその発明をしたものであること,被告は,大阪ガスから被告製品に係

る発明の内容を知得したものであることについても優に認めることができる。

したがって,被告は,本件特許出願に係る発明の内容を知らないでその発

25
明をした者から知得し,優先権主張に係る先の出願の際現に日本国内におい

て本件特許発明2の実施である事業をしていたことが認められるから,本件

特許発明2に係る本件特許権について,先使用による通常実施権を有するも

のというべきである。

3 争点1(被告製品は,本件特許発明1の方法により生産した物であるか)に

ついて

仮に,被告製品について特許法104条に基づく推定が及ぶとすると,上記

1で検討したところによれば,被告は,本件特許発明1に係る本件特許権につ

いても,先使用による通常実施権(特許法79条)を有することになるという

べきである。

逆に,この推定が及ばないとすると,本件では,他に,被告製品が本件特許

発明1の方法により生産した物であることに関する主張立証はないから,被告

製品が本件特許発明1の方法により生産した物であるとは認めることができな

い。

そうすると,いずれにしても,被告の行為について,本件特許発明1に係る

本件特許権の侵害が成立するとは認めることができない。

第5 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求にはい

ずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部



裁 判 長 裁 判 官 山 田 陽 三




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裁 判 官 達 野 ゆ き




裁 判 官 西 田 昌 吾




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(別紙)

製 品 目 録

示差走査熱分析による融解吸熱最大が160℃ないし165℃のビスフェノキシ

エタノールフルオレン(BPEF)




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