運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議2003-70206
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  置換 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 494号 特許取消決定取消請求事件
原告 アスピー技研株式会社
原告 茶谷産業株式会社
両名訴訟代理人弁理士 中山清
同 下田容一郎
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 田中弘満
同 新井夕起子
同 杉浦淳
同 立川功
同 大野克人
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/10/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら (1) 特許庁が異議2003-70206号事件について平成15年9月26日にした決定中,「特許第3306375号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,発明の名称を「コンクリート構造物の止水方法」とする特許第3306375号の特許(平成10年6月17日出願(以下「本件出願」という。),平成14年5月10日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
本件特許に対して特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2003-70206号事件として審理した。原告らは,この審理の過程で,平成15年9月8日に,本件出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,審理の結果,平成15年9月26日に「訂正を認める。特許第3306375号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成15年10月14日にその謄本を原告らに送達した。
2 本件訂正による訂正後の特許請求の範囲 「【請求項1】コンクリートの打継ぎ部またはひび割れによる空隙部に止水効果のある充填材を注入する方法であって,コンクリート壁面の内側から斜状に穿孔し打継ぎ部又はひび割れ部による空隙部の中心部を貫通しかつ当該空隙部に開口する開口位置がコンクリート厚みの中心位置となる注入穴を穿け,該注入穴の開口部に注入具を装着して当該注入穴の底部と該注入具との間に加圧域を形成し,前記注入具から前記加圧域に対し充填材を100〜350kg/cm2の注入圧力により注入し,充填材がコンクリート壁面の内側に流出するまで注入作業を行うことにより,空隙部に溜っている水を排出すると共に当該空隙部を充填材によって置換したことを特徴とするコンクリート構造物の止水方法。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,平成元年8月22日付け建技評第88103号評価書(以下,決定と同様に「評価書」という。)に記載された発明(以下,決定と同様に「評価書記載の発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,とするものである。
決定が上記結論を導くに当たり,本件発明と評価書記載の発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「コンクリートの打継ぎ部またはひび割れによる空隙部に止水効果のある充填材を注入する方法であって,コンクリート壁面の内側から斜状に穿孔し打継ぎ部又はひび割れ部による空隙部の中心部を貫通しかつ当該空隙部に開口する開口位置がコンクリート厚みの中心位置となる注入穴を穿け,該注入穴の開口部に注入具を装着し,前記注入具から充填材を所定の注入圧力により注入し,充填材がコンクリート壁面の内側に流出するまで注入作業を行うことにより,空隙部に溜っている水を排出すると共に当該空隙部を充填材によって置換したことを特徴とするコンクリート構造物の止水方法」 相違点 「相違点1:充填材の所定の注入圧力が,本件発明においては100〜350kg/cm2であるのに対し,評価書記載の発明においては,ひび割れへの注入は0.5〜600kg/cm2である点。 相違点2:本件発明は,注入穴の底部と注入具との間に加圧域を形成し,前記注入具から前記加圧域に対し充填材を注入するのに対し,評価書記載の発明は,加圧域が形成される点が明記されていない点。 相違点3:本件発明は,充填材は,空隙部に溜っている水を排出して置換されるのに対し,評価書記載の発明においては,そのようにしているかどうか不明である点。」(以下,「相違点1」,「相違点2」などという。)
原告ら主張の取消事由の要点
決定は,相違点1ないし3についての判断をいずれも誤ったものであり(取消事由1ないし3),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) 決定は,「相違点1については,評価書記載の発明においては,ひび割れへの注入は0.5〜600kg/cm2であり,本件発明の注入圧力範囲が含まれている。また,注入圧力はクラックの幅によって,幅が狭い場合には高く,広い場合には低く設定されるものであるから,特に本件発明のように100〜350kg/cm2に限定した点に技術的意義があるとは認められない。したがって,上記相違点1に係る構成は,当業者が適宜設定できる事項にすぎない。特許権者は意見書において,フレキシン注入機の仕様において,最大注入圧力は350kg/cm2とされているから,注入圧力が「0.5〜600kg/cm2」との記載は疑問がある旨主張するが,仮に評価書記載の発明において,注入圧力が最大でも350kg/cm2であったとしても,上記判断を左右するものではない。」(決定書6頁下から3段〜2段)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
(1) 評価書では,「フレキシン注入機」の仕様として,最大注入圧力が「VP25-S 320kg/cm2」「VP15-S 350kg/cm2」(甲8号証13頁)と記載されている。評価書が公表された当時,350kg/cm2の注入圧力を超える注入装置が存在しなかったのであるから,評価書の申請人である日本バンデックス株式会社は,最大出力が320又は350kg/cm2の注入装置以外は使用していなかったはずである。
評価書が公表された平成元年当時はもとより,本件出願時においても,当業界では,注入圧力が「350kg/cm2」以上を出力できる注入装置は存在していない。
したがって,評価書に「注入圧力0.5〜600kg/cm2」(甲4号証11頁)との記載があるとしても,上記のような注入装置の注入圧力の上限値からすれば,評価書の「注入圧力600kg/cm2」との数値は実施不可能なものであり,上限の数値としての意味を持たないものである。
(2) 本件発明における注入圧力「100〜350kg/cm2」のうち,上限の「350kg/cm2」は,上記のとおり,本件出願時の注入装置の最高出力を示したものであり,このことは現在も変っていない。また,本件発明の注入圧力の下限の「100kg/cm2」は,充填材の粘度及び硬化時間を考慮して設定したものである。
本件発明の「100〜350kg/cm2」は,上記のような理由から設定されたものであり,当業者が適宜設定できる数値ではない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) 決定は,「相違点2については,評価書記載の発明は,上記2の(エ)に記載されているように,クラックを貫通するように孔が設けられ,その孔に特殊注入ノズルを装填して,注入剤(充填材)が圧入され空隙部を介して外へ溢れ出るのであるから,孔の中は加圧された状態となっているといえ,評価書記載の発明においても「加圧域」が形成されているといえる。」(決定書6頁下段〜7頁上段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
(1) コンクリートの打継ぎ部又はひび割れによる空隙部に充填材(止水材)を注入して止水する場合,空隙部に達する注入穴の穴あけ作業は電動ハンマードリルを使用するから,空隙部に目詰まりが生じる。
本件発明における「加圧域」は,空隙部を貫通して形成した注入穴の底部と当該注入穴の開口部に装着した注入具との間に形成され,充填材の注入圧力を増圧して「加圧域」の全壁面に発生する押入力を高めると共に,100〜350kg/cm2の注入圧力により供給された充填材の押入力を強め,目詰まりしている空隙部を押し広げてから充填材を空隙部の内部に注入,侵入するための空間のことである。
本件発明における,目詰まりしている空隙部を押し広げる力は,注入穴の表面積に注入剤(本件発明の「充填材」。以下同じ。)の注入圧力を乗じて得られた押入力によるものであり,注入された充填材の注入圧力によるものではない。充填材がひび割れを介してコンクリートの外部に溢れ出たというだけでは,注入穴に加圧域が形成されているとはいえないのである。
本件出願の願書に添付した明細書及び図面(本件訂正後のもの。以下併せて「本件明細書」という。)の図2(A),(B)は,充填材が空隙部に注入された状態を示しており,同図において,注入口10から充填材が円形形状に注入されていることが明示されている。このことは,本件発明においては,充填材が加圧域で増圧され押入力が高められ,目詰まり部分をせん断破壊して強制的に押し広げて一気に空隙部に注入されることを意味するものである。加圧域を形成しない場合は,注入剤は注入され易いところを選んで,じわじわと注入されているにすぎないのであり,本件明細書の図2のような円形形状には注入されないのである。
(2) 評価書記載の発明における,孔底と注入ノズル(本件発明における「注入具」。以下同じ。)の先端との間に形成された,深さが最低2ないし3cmの空間(甲4号証72頁A。以下「評価書の空間」という。)は,供給された注入剤の押入力を強める機能はなく,コンクリート粉によって目詰まりしているひび割れ(空隙部)を押し広げて内部に注入剤を注入,侵入させることはできないものであり,本件発明の「加圧域」とは異なる。評価書の空間は,孔底と注入ノズルとの間にある程度の隙間がなければ注入剤が噴射できないことから,注入ノズルから注入剤を噴射するために形成されたものにすぎない。
本件発明の「加圧域」は,注入穴の表面積に注入剤の注入圧力を乗じて得られた押入力によって,目詰まりしている空隙部を押し広げてから,充填材を空隙部の内部に注入,侵入させるものである。これに対して,評価書記載の発明においては,削孔径を20mm,評価書の空間の長さを3cmとした場合,注入剤の注入圧力を220kg/cm2とすると,空隙部に発生する注入剤の押入力は概ね4000kgとなるにすぎず,評価書の空間には,供給された注入剤の押入力を強める機能はなく,コンクリート粉によって目詰まりしているひび割れ(空隙部)を押し広げて内部に注入剤を注入,侵入させることはできない。
(3) 評価書記載の発明においても,注入用ノズルからドリル孔(本件発明の「注入穴」。以下同じ。)に注入された注入剤は加圧状態で注入されるのであるから,ドリル孔の中に注入剤が注入されれば「孔の中は加圧された状態となっている」(決定書6頁末行)のは当然のことであり,注入剤が空隙部を介して外へ溢れ出たからといって,孔の中に本件発明の「加圧域」が形成されたとはいえないのである。
本件発明の「加圧域」は,目詰まりしている空隙部に充填材を注入できるという顕著な作用効果を奏するものであり,この作用効果は,評価書記載の発明から当業者が容易になし得たものではない。
また,本件発明は,注入孔10の底部と注入具20との間に加圧域11を形成したものであるから,注入具20は一定長さのものが使用できるのである。本件発明は,止水工事を行うコンクリート構造物の壁厚が異なる場合であっても,同じ長さの注入具を使用して充填材の注入ができるのであり,この作用効果は,評価書記載の発明から容易になし得たものではない。
以上からすれば,評価書記載の発明において,注入剤が空隙部を介して外へ溢れ出たことによって,ドリル孔の中に本件発明の「加圧域」に相当するものが形成されるとした決定の判断は誤りである。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り) 決定は,「相違点3については,評価書の例えば上記2の(ウ),(エ)の記載から,クラックの漏水している部分(当然に水がある)に注入剤(充填材)を圧入し,その注入剤(充填材)がクラックから溢れてくる場合には,クラック内の水は排出され,注入剤(充填材)と置換されると考えられる。そうすると,本件発明の上記相違点3に係る構成は,評価書に実質的に記載されているといえる。」(決定書7頁2段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
本件発明の注入穴は,「コンクリート壁面の内側から斜状に穿孔し打継ぎ部又はひび割れ部による空隙部の中心部を貫通しかつ当該空隙部に開口する開口位置がコンクリート厚みの中心位置となる」(請求項1)ように形成されているものである。そして,本件明細書の発明の詳細な説明に「注入穴10は打継ぎ部3の中心部に穿けているので,図3Eに示すように打継ぎ部3の内側に充填材が流出したことを確認できれば,充填材は打継ぎ部の全域に注入されたと考えられる」(甲2,甲6号証【0019】)と記載されていることから明らかなように,本件発明における注入剤は,空隙部の隅々へ注入されているのである。
これに対し,評価書記載の発明の注入孔は,ひび割れの中心部を貫通しひび割れに開口する開口位置がコンクリート厚みの中心部となっているかが不明であるから,たとえ注入剤が外部に溢れ出たとしても,それによって注入剤がひび割れの隅々まで達しているとはいえないものである。
また,評価書記載の発明では,本件発明の「加圧域」が形成されないのであるから,注入剤は注入され易いところを選んで注入され,一気に注入されずジワジワと注入されているだけで,空隙部の隅々まで注入されることはないのである。したがって,評価書記載の発明では,注入した注入剤が空隙部を介して外へ漏れ出たとしても,注入剤が空隙部の隅々へ注入されていないのであるから,「空隙部を充填材(注入剤)によって置換した」とはいえないのである。
被告の反論の骨子
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について 注入圧力はクラック,ひび割れの幅によって,幅が狭い場合には高く,広い場合には低く設定されるものであり,また,充填材の特性や環境等によって適宜変えられるものであるから,本件発明のように「100〜350kg/cm2」に限定した点に技術的意義があるとは認められない。
すなわち,本件発明の出願当時の技術水準を単に示しただけの上限値に格別の技術的な意義があるとはいえないし,下限値を100kg/cm2としたことは当業者が必要により適宜設定できる値にすぎない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について 評価書の記載によれば,特殊注入用ノズルの先端と孔の底部との間隔が最低2ないし3cm設けられており,ここに注入剤としてのフレキシンが注入されるのであるから,評価書記載の発明においては,特殊注入用ノズルから注入された充填材が,特殊注入用ノズルの先端と孔の底部との間隔に溜められた後,クラック(ひび割れ)に向って侵入し,ひび割れに溜っている水を排出すると共に充填材により置換するものであるということができ,評価書記載の発明における,特殊注入用ノズルの先端と孔の底部との間隔は,本件発明と同じ位置に設けられ,同じ作用をするものということができる。
したがって,「評価書記載の発明においても,「加圧域」が形成されている」とした決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について 本件発明において,充填材が「空隙部の隅々へ注入されている」ことは,特許請求の範囲に記載されていない事項である。
また,評価書には,充填材が「クラック間隙全体に注入されて表面部に溢れ出てくることになる。」(甲4号証27頁)と記載されている。したがって,評価書記載の発明も空隙部(クラック,ひび割れ)に溜まっている水がある場合には,空隙部に溜まっている水をすべて排出すると共に当該空隙部を充填材によって置換するのは当然のことである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について 評価書には,決定が認定したとおり(決定書5頁末段),注入穴の開口部に注入具を装着し,前記注入具から注入剤を,0.5〜600kg/cm2の注入圧力により注入し,注入剤がコンクリート壁面の内側に流出するまで注入作業を行うことにより,当該空隙部を注入剤によって充填したことを特徴とするコンクリート構造物の止水方法,との発明が記載されている(甲4号証)。
コンクリート空隙部に充填材を注入する注入具の注入圧力は,コンクリート壁のクラックの幅の広狭や充填材の粘度や硬化時間などに応じ,当業者が必要に応じ設定し得る事項である。したがって,評価書記載の発明における「0.5〜600kg/cm2」の注入圧力を,「100〜350kg/cm2」に限定した点に特段の技術的意義があるとは認められない。
原告らは,評価書が公表された平成元年当時はもとより,本件出願時においても,当業界では,注入圧力が「350kg/cm2」以上を出力できる注入装置は存在していなかったから,評価書の「注入圧力600kg/cm2」との数値は実施不可能なものであり,上限の数値としての意味を持たないものである,と主張する。しかし,仮に,原告らが主張するように,評価書公表時あるいは本件出願時において,注入圧力が「350kg/cm2」以上を出力できる注入装置を見つけることが困難であったとしても,コンクリート壁に充填材を注入する注入具の注入圧力の性能を,「350kg/cm2」から最大「600kg/cm2」まで高くすることが技術的に不可能であるとか,困難であるとする理由はなく,また,上限の数値としての意味を持たないとする理由もない。また,仮に,原告らが主張するように,本件出願時に存在していた注入装置の注入圧力の最大値が「350kg/cm2」であったとすれば,これを注入圧力の上限値として設定することは,当業者にとって容易なことである。
原告らは,本件発明の注入圧力の下限の「100kg/cm2」は,充填材の粘度及び硬化時間を考慮して設定した,と主張する。しかし,充填材の粘度及び硬化時間は,当業者であれば,充填材の注入圧力の範囲を決定するに当たって,当然に考慮する程度の事項にすぎない。
以上に検討したところによれば,決定の相違点1についての判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 本件明細書は,請求項1において,「コンクリートの打継ぎ部またはひび割れによる空隙部に止水効果のある充填材を注入する方法であって」,「コンクリート壁面の内側から斜状に穿孔し・・・注入穴を穿け」,「該注入穴の開口部に注入具を装着して当該注入穴の底部と該注入具との間に加圧域を形成し」,「前記注入具から前記加圧域に対し充填材を100〜350kg/cm2の注入圧力により注入し,充填材がコンクリート壁面の内側に流出するまで注入作業を行うことにより,空隙部に溜っている水を排出すると共に当該空隙部を充填材によって置換」すると規定している。この請求項1の記載によれば,本件発明の「加圧域」は,コンクリートの打継ぎ部又はひび割れによる空隙部に斜状に穿孔された注入穴の底部と該注入具との間に形成された空間であり,その空間に注入具から充填材が注入されることにより,充填材がコンクリート壁面の内側に流出し,コンクリートの打継ぎ部又はひび割れ部に生じる空隙部に溜っている水を排出すると共に当該空隙部を充填材によって置換するものであるから,注入剤により加圧される空間であると認められる。
評価書の「6.4適用部位標準施工例」(甲4号証72頁)の項の「クラック」のA図には,ドリルでクラック中心部まで斜めに穿孔されたドリル孔の底部と注入ノズルの先端との間に「最低2-3cm」の長さの空間を設けることが記載されている。そして,前記1認定のとおり,評価書記載の発明は,注入穴の開口部に注入具を装着し,前記注入具から注入剤を,0.5〜600kg/cm2の注入圧力により注入し,注入剤がコンクリート壁面の内側に流出するまで注入作業を行うことにより,当該空隙部を注入剤によって充填したことを特徴とするコンクリート構造物の止水方法,であるから,評価書記載の発明における,ドリル孔の底部と注入ノズルとの間の空間は,0.5〜600kg/cm2の注入圧の充填剤で満たされると共に,その空間に上記圧力の充填剤が注入され続ける結果,充填剤が空隙部を経てコンクリート壁面の内側に押し出されるものと認められる。したがって,評価書記載の発明におけるドリル孔の底部と注入ノズルとの間の空間は,充填剤により加圧される空間であると認められる(原告らも,評価書記載の発明においても,注入用ノズルからドリル孔に注入された注入剤は加圧状態で注入されるのであるから,ドリル孔の中に注入剤が注入されれば「孔の中は加圧された状態となっている」(決定書6頁末行)のは当然のことである,と主張し,評価書記載の発明における空間が加圧状態であることは認めている。)。
以上によれば,評価書記載の発明におけるドリル孔の底部と注入ノズルとの間の空間は,本件発明の「加圧域」に相当するものであり,これと同旨の決定の判断に誤りはない。
(2) 原告らは,本件発明における「加圧域」は,空隙部を貫通して形成した注入穴の底部と当該注入穴の開口部に装着した注入具との間に形成され,充填材の注入圧力を増圧して「加圧域」の全壁面に発生する押入力を高めると共に,100〜350kg/cm2の注入圧力により供給された充填材の押入力を強め,目詰まりしている空隙部を押し広げてから充填材を空隙部の内部に注入,侵入するための空間のことである,と主張する。
しかしながら,本件明細書の請求項1においては,「加圧域」について,「該注入穴の開口部に注入具を装着して当該注入穴の底部と該注入具との間に加圧域を形成」すると共に,「前記注入具から前記加圧域に対し充填材を100〜350kg/cm2の注入圧力により注入」すると規定するにすぎず,本件発明の「加圧域」が,充填材の注入圧力を増圧して押入力を高めたり,100〜350kg/cm2の注入圧力により供給された充填材の押入力を強めるものであることを規定していない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明における「加圧域」に関する記載は,次のとおりである(甲2,甲6号証)。
「注入具20を注入穴10の開口部に装着する。注入具20はナット部を締め付けることにより軟質材の圧力管を膨張させて注入穴10の内壁に密着させる。なお,注入具20の内部には逆止弁が内臓(判決注・「内蔵」の誤記と認める。)されている。この時,注入具20と注入穴10の底部との間に充填材による加圧域が設けられる(図3C)。」(【0016】), 「注入具20が注入穴10に固定されたら,注入機から送給される充填材40を高圧力で注入する。」(【0017】), 「注入具20から注入された充填材は,注入穴10の加圧域11に溜められた後,空隙部に向って進入する。加圧域11に高圧力で充填材が供給されるので充填材は空隙部の全域に向って注入される。」(【0019】) 「注入穴10はひび割れ部7に向って穿孔し,底部がコンクリート壁面2の厚みの中心位置に達するまで穿け,注入具20を開口部に装着した時,該注入具20と注入穴10の底部との間に充填材による加圧域11が設けられる。」(【0026】), 「なお,充填材の注入方法は打継ぎ部の場合と同じ要領で行う。」(【0027】) 上記記載によれば,本件発明において,注入具20から注入された充填材は,注入穴10の加圧域11に溜められた後,空隙部に向って進入するものと認められる。しかし,原告らが主張するように,本件発明の「加圧域」が,充填材の注入圧力を増圧して押入力を高めたり,注入された充填材の押入力を強め,目詰まりしている空隙部を押し広げてから充填材を空隙部の内部に注入,侵入するための空間である,と解すべき記載は見当たらない。
また,原告らは,本件明細書の図2(A),(B)において,注入口10から充填材が円形形状に注入されていることが明示されており,このことは,本件発明においては,充填材が加圧域で増圧され押入力が高められ,目詰まり部分をせん断破壊して強制的に押し広げて一気に空隙部に注入されることを意味する,と主張する。
しかし,充填剤が円形形状に注入されたからといって,このことから直ちに,原告らが主張するように,充填材が加圧域で増圧され押入力が高められ,目詰まり部分をせん断破壊して強制的に押し広げて一気に空隙部に注入された,と解すべき根拠はない。
以上からすれば,本件発明の「加圧域」を原告らが主張するようなものと解すことはできない。
(3) 原告らは,本件発明の「加圧域」は,注入穴の表面積に注入剤の注入圧力を乗じて得られた押入力によって,目詰まりしている空隙部を押し広げてから,充填材を空隙部の内部に注入,侵入させるものであるのに対し,評価書記載の発明においては,削孔径を20mm,評価書の空間の長さを3cmとした場合,注入剤の注入圧力を220kg/cm2とすると,空隙部に発生する注入剤の押入力は概ね4000kgとなるにすぎず,評価書の空間には,供給された注入剤の押入力を強める機能はなく,コンクリート粉によって目詰まりしているひび割れ(空隙部)を押し広げて内部に注入剤を注入,侵入させることはできない,と主張する。
しかし,本件発明の「加圧域」は,充填材の注入圧力を増圧して押入力を高めたり,100〜350kg/cm2の注入圧力により供給された充填材の押入力を強めるものであると規定されていないことは,前記のとおりである。また,評価書記載の発明におけるドリル孔の削孔径や長さが上記のものであるとしても,本件明細書の特許請求の範囲(請求項1)においては,そもそも注入穴の内径や加圧域の長さを規定してはいないのであるから,原告らの上記主張は,本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,その前提において理由を欠くものである。
(4) 原告らは,本件発明の「加圧域」は,目詰まりしている空隙部に充填材を注入できるという顕著な作用効果を奏するものであり,この作用効果は,評価書記載の発明から当業者が容易になし得たものではない,と主張する。しかし,本件発明の「加圧域」が「目詰まりしている空隙部に充填材を注入できる」ということは,本件明細書に記載されていない。また,評価書記載の発明における,ドリル孔の底部と注入ノズルの先端との間の空間が,本件発明の「加圧域」に相当するものである以上,仮に,本件発明の「加圧域」がそのような作用効果を奏するとすれば,評価書記載の発明における同空間がそのような作用効果を奏し得ないとする理由も見当たらない。
原告らは,本件発明は,注入孔10の底部と注入具20との間に加圧域11を形成したものであるから,コンクリート構造物の壁厚が異なる場合であっても,注入具20は一定長さのものが使用できるのである,と主張する。しかし,仮に,本件発明が,注入穴の底部と注入具との間に加圧域を形成することによって,一定長さの注入具を使用することができるとすれば,評価書記載の発明においても,加圧域が形成されているのであるから,本件発明と同様に,コンクリート構造物の壁厚が異なる場合に,一定長さの注入具を使用することができないとする理由は見当たらない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について (1) 決定が認定した相違点3は,前記のとおり,「本件発明は,充填材は,空隙部に溜っている水を排出して置換されるのに対し,評価書記載の発明においては,そのようにしているかどうか不明である点。」である。
評価書記載の発明は,充填材がコンクリート壁面の内側に流出するまで注入作業を行うことにより,当該空隙部を充填材によって充填するものであることは,前記1のとおりである。そして,評価書には,「コンクリート壁・床等に生じたひび割れ等に止水性注入剤を注入することにより,コンクリートの水密性,防水性を回復させる技術」(甲4号証3頁)と記載されているのであるから,評価書記載の発明の対象となるコンクリート壁のひび割れに水が溜まっていることは明らかである。したがって,評価書記載の発明において,空隙部を注入材によって充填すれば,当該空隙部に滞っていた水は,注入剤により押し出されて排出されると共に,当該空隙部は注入材によって置換されることになるのである。
「本件発明の上記相違点3に係る構成は,評価書に実質的に記載されている」との決定の判断に誤りはない。
(2) 原告らは,本件発明における注入剤は,空隙部の隅々へ注入されているのに対し(本件明細書【0019】),評価書記載の発明のドリル孔は,ひび割れの中心部を貫通しひび割れに開口する開口位置がコンクリート厚みの中心部となっているかが不明であるから,たとえ注入剤が外部に溢れ出たとしても,それによって注入剤がひび割れの隅々まで達しているとはいえない,と主張する。
確かに,本件明細書の発明の詳細な説明には,「注入孔10は打継ぎ部3の中心部に穿けているので,図3Eに示すように打継ぎ部3の内側に充填材が流出したことを確認できれば,充填材は打継ぎ部の全域に注入されたと考えられる」(甲2,甲6号証【0019】)という記載がある。
しかし,本件明細書の請求項1には,注入剤が空隙部の隅々へ注入されることは規定されていない以上,本件明細書の上記記載から,本件発明において,注入された充填材が空隙部の隅々まで達していることが必須の構成であると認めることはできない。
また,評価書の「6.4適用部位標準施工例」の項の「クラック」の欄(甲4号証72頁)には「・ドリルでクラック中心部まで孔をあける(角度:45-60°)」との記載,及び,評価書の11頁の図及びその記載事項からすれば,評価書記載の発明においては,コンクリート構造物のほぼ中心の位置において,クラックと交差するようにドリルの孔が設けられていることが認められる。
したがって,評価書記載の発明のドリル孔が,ひび割れの中心部を貫通し,ひび割れに開口する開口位置がコンクリート厚みの中心部となっているかが不明であることを根拠とする原告らの上記主張は,その前提において理由を欠くものである。
4 結論 以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 瀬順久