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関連審決 無効2008-800217
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  物の発明 /  組立方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10255号 審決取消請求事件
原告株式会社アール・エス・ケー
同訴訟代理人弁護士上谷清
同 永井紀昭
同 仁田陸郎
同 萩尾保繁
同 笹本摂
同 山口健司
同 薄葉健司
同 石神恒太郎
同訴訟代理人弁理士青木篤
同 鶴田準一
同 島田哲郎
同 大平和由
同 篠崎正海
同 大橋康史
同 森本有一
被告ス ペーシア株式会社
同訴訟代理人弁理士藤本昇
同 中谷寛昭
同 小山雄一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/05/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2008-800217号事件について平成21年7月22日にした審決を取り消す。
第2事案の概要1特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「パイプ組立式収納棚」とする特許第4130215号(平成19年5月10日特許出願・特願2007-125970号,平成20年5月30日設定登録,登録時の請求項の数4。以下「本件特許」という。
甲21)の特許権者である。
被告は,平成20年10月23日,本件特許を無効にすることを求めて審判請求(無効2008-800217号)をした。これに対し,特許庁は,平成21年7月22日,「特許第4130215号の請求項1ないし請求項4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は同月31日,原告に送達された。
2本件特許発明の内容本件特許の特許請求の範囲の請求項は,以下のとおりである(以下,請求項1ないし4記載の発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」といい,本件発明1ないし4を併せて「本件各発明」という。)【請求項1】パイプをジョイントで結合して組立てるパイプ組立式収納棚において,前記パイプは,表面に亜鉛と,6重量パーセントのアルミニウムと,3重量パーセントのマグネシウムとを構成成分とする溶融めっきが施されている鋼板から形成されており,パイプ表面から油分が除去されていることを特徴とするパイプ組立式収納棚。
【請求項2】前記パイプ表面からの油分の除去は,前記パイプ表面へ有機溶剤の被膜をコーティングすることにより行なわれる,請求項1に記載のパイプ組立式収納棚。
【請求項3】前記パイプはその外径が27.8mmであることを特徴とする,請求項1または2に記載のパイプ組立式収納棚。
【請求項4】前記鋼板は,前記パイプの強度が,JISG3445,STKM11A〜20A相当となる炭素鋼鋼板であることを特徴とする,請求項1ないし3のいずれかに記載のパイプ組立式収納棚。
3審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件各発明は,甲1(WO2002/093022再公表特許(平成16年9月2日発行))記載の発明(以下「甲1発明」という。)及び甲6(「物流機器に“ZAM鋼管”」と題された日新鋼管株式会社発行のパンフレット)記載の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件各発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号に該当し無効であるというものである。
審決が,上記結論を導くに当たって認定した甲1発明の内容,本件各発明と甲1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(1)甲1発明の内容パイプ材の端部同士や中間位置において,組み立て材であるパイプ材に適合する寸法及び形状のパイプ受け部が形成された複数種類の割り継手を互いに組み合わせて筒部を形成し,その筒部の中にパイプ材を挿入し,これを挟み込んだ状態で固定することにより,種々の長さのパイプ材を縦方向,横方向,高さ方向に自在に組み立てて構成した物品棚であって,前記パイプ材として,プラスチック製パイプ,あるいはステンレスや鉄などの鋼を材料として製造された金属管,紙製パイプ,あるいは芯材となる金属管の表面に合成樹脂層が被覆されたもの等が好適であり,前記パイプ材の断面形状は円形,その外径寸法は28mmである物品棚。
(2)本件各発明と甲1発明との一致点本件各発明と甲1発明とは,パイプをジョイントで結合して組立てるパイプ組立式収納棚である点で一致する。
(3)相違点ア本件発明1と甲1発明との相違点パイプについて,本件発明1は,「パイプは,表面に亜鉛と,6重量パーセントのアルミニウムと,3重量パーセントのマグネシウムとを構成成分とする溶融めっきが施されている鋼板から形成されており,パイプ表面から油分が除去されている」のに対して,甲1発明は,「パイプ材として,プラスチック製パイプ,あるいはステンレスや鉄などの鋼を材料として製造された金属管,紙製パイプ,あるいは芯材となる金属管の表面に合成樹脂層が被覆されたもの等が好適」なものであって,「パイプ表面から油分が除去されている」かどうか不明である点(相違点1)。
イ本件発明2と甲1発明との相違点本件発明2と甲1発明は,相違点1のほか,本件発明2は,「パイプ表面からの油分の除去は,前記パイプ表面へ有機溶剤の被膜をコーティングすることにより行なわれる」ものであるのに対し,甲1発明は,「パイプ表面から油分が除去されている」かどうか不明である点(相違点2)で相違する。
ウ本件発明3と甲1発明との相違点本件発明3と甲1発明は,相違点1のほか,パイプの外径が,本件発明3では,27.8mmであるのに対し,甲1発明では,28mmである点(相違点3)で相違する。
エ本件発明4と甲1発明との相違点本件発明4と甲1発明は,相違点1のほか,本件発明4では,鋼板は,パイプの強度が,JISG3445,STKM11A〜20A相当となる炭素鋼鋼板であるのに対し,甲1発明では,パイプが炭素鋼鋼板を用いたものではなく,パイプの強度が不明である点(相違点4)で相違する。
第3原告の主張審決には,本件発明1,2に関する容易想到性の判断に誤りがあるから(取消事由1,2),取り消されるべきである。
1取消事由1(本件発明1に関する容易想到性の判断の誤り)以下の理由から,本件発明1は甲1発明及び甲6記載の技術的事項から容易に想到できたとの審決の判断は誤りである。
(1)相違点1に関する容易想到性の判断の誤り-引用刊行物(甲1,6)における本件発明1の示唆等の不存在について本件発明1は,「表面にプラスチックのコーティングを行うことなく長期間高耐食性を有し,また,表面に油分の付着のないパイプを得る事ができるため,端材処理時や収納棚の廃棄時に環境上の問題がなく,しかも従来どおり耐食性に優れ,容易に組み立てることができる。」という課題を解決するものである。
これに対し,甲1発明は,「パイプ材とパイプ継手との接続を寸法精度よく行うことにより,正確な組み立てを行なうことができ,また,パイプ材とパイプ継手及びこのパイプ継手を用いた組立体を提供することを目的とする」ものであるが,本件発明1の上記課題については,具体的に開示も示唆もされていない。また,甲6記載のZAM鋼板ないしZAM鋼管を用いた収納棚は,材料に穴を開けてボルト及びナット等により行う締結,若しくは片方の材料に穴を開けてもう片方の材料に突起を付けて引っ掛ける掛止結合等の機械式結合又は溶接による溶接結合により組み立てられるものであり,本件発明1及び甲1発明のような材料とジョイントとの摩擦力のみで組み立てるジョイント方式の組立棚とは異なる。甲6は,パイプやジョイントを解体し又は再組立するという発想,及び本件発明1の上記課題に対する開示や示唆がない。
したがって,甲1発明及び甲6記載の技術的事項から,当業者であれば,相違点1に到達するための試みをしたはずであるとはいえない。
(2)阻害要因の存在について以下のとおり,甲1発明において甲6記載の技術的事項を適用するに当たっては阻害要因が存する。
ア甲6記載のZAM鋼管は,造管工程の際にその表面に油分が付着し摩擦係数が減少するので,そのままではジョイントで結合して組み立てるパイプ組立式収納棚には使用することができない。そして,ジョイントで結合して組み立てるパイプ組立式収納棚において,ZAM鋼管を用いようとすれば,油分除去のためにコストが増加する。
したがって,パイプ組立式収納棚について,当業者がZAM鋼管を使用することについて阻害要因が存する。
イパイプ組立式収納棚のパイプには,配管や骨組みとは異なり,美観が必要とされる(甲2)。本願出願時前において,パイプ組立式収納棚に実際に用いられていたパイプは,樹脂コーティングパイプ(甲18),窒素表面改質パイプ(甲19),ステンレスパイプ(甲4)であり,これらはいずれも美観を有するものである。しかし,ZAM鋼板を造管することで形成されるZAM鋼管には,造管工程において長手方向に線状の傷が無数に入ってしまうため,光沢がなく,パイプ組立式収納棚のパイプとして美観を有するものではない(甲20)。また,ZAM鋼管をパイプ組立式収納棚のパイプとして用いるためには,その表面からの油分除去が必要となるが,この油分除去を行うと,線状の傷が一層目立つので,油分除去を行うことは困難であった。
なお,甲6には,ZAM鋼管が美麗な外観を呈する旨記載されているが,これは腐食や白錆の発生がないことを意味するにすぎず,パイプ組立式収納棚のパイプとして,ステンレスのように美麗であるという意味ではない。
したがって,ZAM鋼管をパイプ式組立棚のパイプに採用することは,本願出願時における当業者にとっておよそ不可能であった。
ウ以上のとおり,甲1発明において甲6記載の技術的事項を適用することに,阻害要因があったというべきである。このことは,甲5ないし8において,ZAM鋼管ないしZAM鋼板の用途例として,パイプ組立式組立棚のパイプとして用いる例がないことからも明らかである。
(3)本件発明1における顕著な作用効果の存在本件発明1は,端材処理時や収納棚の廃棄時に環境上の問題がなく,従来どおり丈夫で耐食性に優れ,既存のジョイントで容易に組み立てることができるという顕著な作用効果を奏するものである。
2取消事由2(本件発明2に関する容易想到性の判断の誤り)(1)相違点2に関する容易想到性の判断の誤り本件特許の請求項2は,請求項1に従属するものであるから,本件発明2の容易想到性の判断も本件発明1の場合と同様に誤りがある。
(2)パイプ表面からの油分の除去方法に関する認定判断の誤り審決は,?「有機溶剤の蒸気により金属製品表面を脱脂,洗浄する際には,有機溶剤が金属表面をコーティングすることになるものと解され」(判断1),?「有機溶剤の蒸気を吹き付けて薄い有機溶剤の被膜(厚さ数ミクロン)でパイプの表面をコーティングする『ドライコート』なる方法が,上記スプレー法と格別相違するものとは認め難い。」(判断2),?「本件特許明細書にも,『ドライコート』なる方法が従来農業用ビニールハウス向け鋼管で一般的な洗浄の目的で使われていたものであることが記載されていることからすれば,パイプ表面からの油分の除去方法を,前記パイプ表面へ有機溶剤の皮膜をコーティングすることにより行われるものとすることについて,金属製品表面を脱脂,洗浄する方法として,本願出願前に周知であった方法を採用した以上のものと評価することはできず,このことに格別の発明があるといえない。」(判断3)と判断しているが,誤りである。
ア判断1について(ア)有機溶剤自体は,揮発してパイプ表面には残らないことは技術常識であり,「被膜のコーティング」がパイプ表面に何らかの溶質を残すために行うものであることも技術常識である。そして,本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の段落【0022】には,溶質を含む有機溶剤を吹き付けると,有機溶剤が揮発してパイプ表面に溶質が残り,有機被膜でコーティングされ,その有機被膜自体は,製品の状態でも残存するが,油分のように摩擦係数を低下させることがないことが記載されている。以上によれば,本件発明2の「有機溶剤の被膜のコーティング」とは「有機溶剤を用いた被膜のコーティング」を意味するものと解される。
これに対し,審決は「被膜のコーティング」を液状の膜が覆うことを意味するものと理解しているが,そのような理解は,その文言の通常の意味に反し,また上記本件明細書の記載からも離れる。特に,上記本件明細書の段落【0022】には,有機溶剤の被膜は厚さ数ミクロンでコーティングするものであると記載されているが,わずか数ミクロンの液状の膜が形成されたからといって,油分を除去できるものではない。また,有機溶剤の蒸気を大量に吹き付けた場合,液状の膜の厚さが数ミクロンとなることはなく,微量の場合は金属表面で有機溶剤の表面張力により滴となるから,数ミクロンの厚さの液状の膜となるとの理解は,技術常識に反する。したがって,審決の判断1は誤りである。
(イ)甲9はパイプを洗浄剤に浸漬するもの(段落【0044】),甲10は冷却管で凝縮し液滴となった有機溶剤が被処理材表面を流下するもの(3欄40行目から44行目),甲13は被脱脂素材を溶剤の蒸気内に配置するもの(段落【0015】等参照),甲12は溶剤蒸気浴による方法を,それぞれ開示するにすぎない。審決は,これらの文献から,「有機溶剤の蒸気により金属製品表面を脱脂,洗浄する際には,有機溶剤が金属表面をコーティングすることになる」との技術事項を認定するが,同認定は,誤りである。
イ判断2について甲11には「スプレー法」との記載があるものの,これが具体的にどのようなものなのか,明らかでなく,また,審決が認定するように「スプレー法とは,金属製品表面に有機溶剤の蒸気を吹き付けて洗浄する方法」であるとしても,表面へ有機溶剤の皮膜をコーティングすることは何ら開示・示唆されていない。審決の判断2は誤りである。
ウ判断3について「ドライコート」による油分の除去とは,パイプ表面に有機溶剤の被膜をコーティングすることにより,脱脂されずに残っている油分を閉じ込めて,パイプ表面からの油分の除去を行うというものであり,甲9ないし13記載の従来技術とは異なるものである。したがって,「スプレー法」なるものが有機溶剤の蒸気を吹き付けるものであるとしても,審決の判断3は誤りである。
第4被告の反論審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由には理由がない。
1取消事由1(本件発明1に関する容易想到性の判断の誤り)に対し(1)相違点1に関する容易想到性の判断の誤りに対しア原告は,甲1及び甲6には,耐食性や環境上の問題の解決,組立ての容易化という本件発明1の課題の開示がないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
甲6には,「『ZAM鋼管』の特性」として「優れた耐食性と犠牲防食作用を誇ります。」と耐食性についての課題が記載されている。また,原告が主張する耐食性や環境上の課題の解決は,当該技術分野において周知の解決課題であるから(甲3,4),仮に,このような解決課題が甲1及び甲6に明示的に記載されていなくとも,当業者であれば,このような周知の課題を解決するために,適宜材料の選択を行なうことは当然である。
イ原告は,甲6記載の収納棚は,機械式結合又は溶接による溶接結合により組み立てられるものであり,本件発明1のジョイント方式の組立棚とはいえないし,これらの組立方法では,材料である金属製品の表面の摩擦力を問題としないため,油分除去を必要とせず,本件発明1と構成が異なると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり理由がない。
本件発明1において「ジョイント」の構成について,具体的な特定はなく,「摩擦力のみで組み立てる」という特定事項についての記載はなく,原告の主張は,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
甲6には,機械式結合や溶接結合などのパイプ同士の組立方法についての記載はない。仮に,本件発明1と甲6記載の収納棚の組立方法が異なっているとしても,両者は技術分野が共通しており,甲1発明の収納棚に甲6に記載されたZAM鋼管を採用する動機付けは存在するといえる。
(2)阻害要因の存在に対しア油分の除去によるコスト増加について審決は,「パイプとしてZAM鋼管を用いる際に,その表面に油分が付着したままであると,ボルト・ナットで固定する際の妨げになることは,当業者ならずとも容易に理解し得るものといえ,・・・金属製品の表面に付着した油分を除去することが慣用手段であることもあわせて考慮すれば,パイプを,その表面から油分が除去されているものとすることは,当業者が当然考慮する程度のことというべきである。」と判断した。すなわち,審決は,パイプ表面から油分を除去することで固定が容易になるという利点と比較考量するならば,多少のコスト増加を招くことが阻害要因とならない旨を判断している。
また,油分除去のコストは,その除去の方法や程度に大きく左右されるものと考えられる。本件発明1では,油分除去の方法や程度について,何ら特定されていない。すなわち,油分除去の方法は一つでなく,除去の方法や程度により,コストの軽減を図ることができる。よって,油分の除去に高コストを要するという点は,甲1発明に甲6記載の技術的事項を適用する際の阻害要因とはならない。
イZAM鋼管の美観について原告は,ZAM鋼管は造管工程において傷がつくため美しいとはいえず,油分を除去すると傷が一層目立つため,美観が必要とされる組立式収納棚のパイプとしてZAM鋼管を採用することは,出願時における当業者にとって不可能と考えられていた旨主張する。
しかし,本件明細書には,美観に優れた収納棚を提供することが本件発明1の解決課題や作用効果であるとの記載はない。また,本件発明1は,「溶融めっきが施されている鋼板から成形されており,パイプ表面から油分が除去されている」をその構成としている。すなわち,同構成は,むしろ,原告の主張によれば,美観の劣るパイプを採用することを構成としている。これに対し,乙1によれば,ZAM製パイプの特徴として「見栄えの良さ」が記載されている。以上によれば,原告の主張は,その主張自体失当である。
(3)顕著な作用効果の看過に対し原告が主張する本件発明1の作用効果は,何ら顕著なものではなく,当業者が甲1発明及び甲6記載の技術事項から十分に予測できる程度のものにすぎない。
2取消事由2(本件発明2に関する容易想到性の判断の誤り)に対し(1)本件発明2の容易想到性の判断の誤りに対し本件発明1の容易想到性の判断に誤りがないことは前記1のとおりであるから,本件発明2についても同様に容易想到性の判断に誤りはない。
(2)パイプ表面からの油分の除去方法に関する認定判断の誤りに対し以下のとおり,パイプ表面からの油分の除去方法に関する審決の認定判断に誤りはない。
ア判断1に関する原告の主張に対し(ア)有機溶剤の蒸気により金属製品表面の脱脂,洗浄が行なわれるためには,油分が溶剤に溶解して金属表面から取り除かれる必要があるため,有機溶剤の蒸気が金属表面上で液化し,金属表面にその被膜がコーティングされることとなるのは,脱脂,洗浄という作用のメカニズム上必然的に起こる現象であり,当業者にとって自明な事項である。
(イ)原告は,本件発明2の「有機溶剤の被膜をコーティングする」とは,「有機溶剤を用いて被膜をコーティングする」ことを意味し,パイプ表面には溶質が残ると主張する。
しかし,パイプ表面からの油分の除去に用いられる有機溶剤中に溶質が含まれることは本件明細書に記載がないし,有機溶剤が被膜形成の用途に用いられることがあるとしても,有機溶剤の用途の一つにすぎず,当業者の技術常識を考慮しても,上記のとおり理解することはできない。
また,本件特許の特許請求の範囲請求項2には「有機溶剤の被膜」と記載されているから,文字どおり有機溶剤が被膜として形成されたと解するのが相当である。原告の上記主張は失当である。
イ判断2に関する原告の主張に対し甲11には,蒸気洗浄法にスプレー法があることが記載されており,「スプレー」が「噴霧器。また,液体を噴霧器で吹き付けること」を意味することに照らせば,「スプレー法」は本件明細書に記載された「ドライコート」なる方法と同様のものである。
ウ判断3に関する原告の主張に対し(ア)本件発明2では,「前記パイプ表面からの油分の除去は,前記パイプ表面へ有機溶剤の被膜をコーティングすることにより行なわれる」と特定されているにすぎず,「ドライコート」は何ら本件発明2の特定事項ではない。仮に「スプレー法」と「ドライコート」なる方法とが全く同じ洗浄方法ではなかったとしても,そのこと自体が何ら審決の取消事由となり得るものではない。
(イ)原告は,ドライコートによる油分の除去は,パイプ表面へ有機溶剤の被膜をコーティングすることにより脱脂されずに残っている油分を閉じこめてパイプ表面から油分の除去を行うことを指すと主張する。しかし,このような解釈は本件明細書に記載がないし,原告が主張するとおり有機溶剤は揮発してパイプ表面に残らないものであるならば,それをもって油分を閉じこめることは技術常識に反する。
第5当裁判所の判断当裁判所は,原告主張の取消事由(本件発明1,2に関する容易想到性の判断の誤り)にはいずれも理由がなく,原告の請求を棄却すべきものと判断する。
以下,理由を述べる。
1本件各発明,甲1発明及び甲6記載の技術事項について(1)本件各発明本件各発明の内容は,第2,2記載のとおりである。また,本件明細書には,以下の記載がある。
ア「【技術分野】【0001】本発明は,工場の備品等を保管する組立式の収納棚に関し,特に,パイプを専用のジョイントで結合して組立てるパイプ組立式収納棚に関する。」イ「【背景技術】【0002】パイプ組立式収納棚は,骨組み部材であるパイプとこのパイプを組み立てるためのジョイントからなっており,これらを組み合わせることにより,溶接等による接合を用いずに種々の形状のラック等を容易に製作することができる・・・このラック等は,例えば自動車を始めとする製造組立工場等における部品等の収納用として,あるいは生産組付台及び搬送用台車として使用される。」ウ「【0004】従来,製造現場等で用いられる上記パイプ組立式収納棚では,耐食性,美観の観点から,パイプとしてプラスチックコーティングパイプを使用していた。プラスチックコーティングパイプは金属性パイプの外面にプラスチックの層を接着剤でコーティングしたもので,耐食性に優れ,種々の色彩の表面とできるという美観上の利点もあった。」エ「【発明が解決しようとする課題】【0005】しかしながら,上記従来のパイプ組立式収納棚では,製作時に出る端材の処理あるいは廃棄時の処理において,パイプのプラスチックの層を除去することが困難であるため,環境上の問題があった。すなわち,プラスチック層が付着したままでは廃棄あるいはリサイクルの処理が環境上の問題を生じるために行えず,プラスチック層の除去を行うためには上記のようにコスト過大となってしまうという問題が生じていた。」オ「【0006】この問題の解決方法として,発明者らは後述するめっき鋼板で製造されたパイプを使用することにより,プラスチックコーティングを不要とする方法を検討した。しかし,耐食性,硬度等の表面性能において優れており,従来のパイプの代替品として有力であるにもかかわらず,上記めっき鋼管からパイプを製造する段階で,不可避的にパイプ表面に付着してしまう油分により,ジョイントによる組み立てに不具合が生じてしまうという新たな問題が生じた。上記のパイプ表面に付着した油分を能率上,採算上問題ない範囲で除去できなければ,実際上,上記めっき鋼板で製造されたパイプを採用することはできない。」カ「【0007】本発明は,従来のめっき処理よりも優れた耐食性を有するめっき処理を施したパイプを使用し,さらにそれに伴う上記の技術上の問題を解決することで上記の環境上の問題点を解消し,従来どおり容易に組立てることができ,耐食性に優れ,丈夫でしかも環境上の問題のないパイプ組立式収納棚を提供することを課題とする。」キ「【発明の効果】【0009】上記解決するための手段により,本発明のパイプ組み立て式収納棚は,端材処理時や収納棚の廃棄時に環境上の問題がなく,しかも従来どおり丈夫で耐食性に優れ,既存のジョイントで容易に組立てることができる。」ク「【0015】比較例1や比較例2に示しためっき鋼板で製造したパイプでは,製造現場の高湿な環境では防食性が不十分であり,従来のプラスチックコーティングパイプの代替品とはなりえない。本パイプ組立式収納棚は上記ZAMめっき鋼板により製造された溶接鋼管を採用することで,高い耐食性と表面の美観を具備することができるため,従来のパイプの環境上の欠点を除去した上記代替品としての採用が可能となった。」ケ「【0022】・・本方式は「ドライコート」と呼ばれる方法であり,パイプの表面を有機溶剤の蒸気を吹き付けて薄い有機溶剤の被膜(厚さ数ミクロン)でコーティングするものである。この被膜コーティングの過程で上記油分は除去され,コーティングされた有機被膜自体は油分のように摩擦係数を低下させることがないため,ジョイントによるパイプの結合を仕様どおり強固に行うことができる。」コ以上の記載によれば,本件各発明は,工場の備品等を保管するパイプ組立式収納棚に関するものであって,従来,製造現場等で用いられるパイプ組立式収納棚では,耐食性,美観の観点から,パイプとしてプラスチックコーティングパイプを使用していたが,その場合,製作時に出る端材の処理あるいは廃棄時の処理において,パイプのプラスチックの層を除去することが困難であるため,環境上の問題があったことから,プラスチックコーティング処理が不要で耐食性に優れためっき処理を施したパイプを使用することとし,それに伴って生じる油分の除去を目的としたものであることが認められる。
(2)甲1甲1には,以下の記載がある。
ア「技術分野本発明は,種々の長さのパイプ材を接続するためのパイプ継手およびこのパイプ継手を用いた組立体に関する。
背景技術従来,種々の長さのパイプ材と継手を用いて,それらパイプ材の端部同士やパイプ材の中間位置において,組み立て材であるパイプ材に適合する寸法および形状のパイプ受け部が形成された複数種類の割り継手を組み合わせることにより,筒部を形成する。この筒部にパイプ材を挿入し,挟み込んだ状態でボルト・ナットで固定させる。この構造を用いることにより,複数のパイプ材を互いに直交させて縦横自在に組み立てる構成はすでに知られている。」(3頁14行〜23行)「そして,これらの割り継手(あるいは連結具)を互いに組み合わせて,ボルト・ナットで固定する際,特公昭53-25170号公報においては,管P1の所望の位置で半管状の管部に設けられた孔5にボールトナット6を貫通させて固定する旨,記載されている。また,実開平1-92507号公報においても,締め付けボルト用孔が取り付け時の利便を考慮した長孔とされており,締め付けボルトによってパイプの側面が半円筒形のパイプ受入溝に挟恃されて固定される。このように,いずれの場合もボルト・ナットの締め付けによるパイプ受け部とパイプ材との摩擦力によって固定がなされているものである。」(3頁34行〜40行)イ「発明を実施するための最良の形態以下,本発明の実施形態について,図面を参照して説明する。」(5頁1行〜2行)「この実施形態で使用されるパイプ材としては,プラスチック製パイプ,あるいはステンレスや鉄などの鋼を材料として製造された金属管,紙製パイプ,あるいは芯材となる金属管の表面に合成樹脂層が被覆されたもの等が好適に使用される。」(5頁10行〜12行)(3)甲6甲6には,ZAM鋼板に関して,以下の記載がある。
「1優れた耐食性と犠牲防食作用を誇ります。
・ドブ漬け亜鉛めっき鋼管と比較して,耐赤錆性は3倍優れています。
・塩害環境下で優れた耐食性を示します。
・疵付部においては,めっき層から溶け出したAl,Mgを含む緻密な亜鉛系保護被膜が疵部を覆うことにより,優れた耐食性を発揮します。」(第1面)「3キズがつきにくく,美観を保ちます。
・・・・フォークリフトによる取扱いにおいても,キズつきにくい特性があります。」(第1面)「Zn-Al-Mgめっき鋼管(ZAM)とは種類亜鉛,アルミニウム6%,マグネシウム3%のめっき層を持つ新しい溶融めっきです。」(第2面)「主な用途例倉庫用ラック部材タイヤ・ラック水産加工品パレット自動車パーツ・パレットガラス保管搬送パレット宅配用パレット他」(第2面)2取消事由1(本件発明1に関する容易想到性の判断の誤り)について(1)前記1で認定した刊行物の記載によれば,甲1発明におけるパイプとしては,プラスチック製パイプ,ステンレスや鉄などの鋼を材料として製造された金属管等のものが好適とされていること,甲6記載のZAM鋼板は優れた耐食性を発揮すること,その使用例として倉庫用ラックやボックスパレットが挙げられており,それらにおいて甲1発明と同種のパイプ組立式収納棚が必ずしも除外されていないことに照らせば,パイプの耐食性を高めるために甲1発明に甲6記載の鋼管を適用することもまた当業者が容易に想到し得ることである。
また,証拠(甲9ないし11)及び弁論の全趣旨によれば,鋼管を造管する過程において油分が付着等すること及び油分が付着した場合には摩擦力が低下し,ジョイントで結合する場合に支障を来たすことは技術常識であると認められるから,当業者であれば,このような技術常識に照らして,ZAM鋼管をジョイントで接合するためにそのパイプ上の油分を除去することは,容易に想到し得ることである。
そして,原告が主張する本件発明の作用効果も甲1発明及び甲6記載の技術的事項を組み合わせることから予測し得る範囲のものにすぎないというべきである。
(2)原告の主張に対してア原告は,甲1発明のパイプに甲6記載のZAM鋼管を適用すると,パイプに付着した油分によって摩擦力が減少するので,油分の除去が必要となり,コストが増大するので両者を適用するのに阻害要因が存すると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,甲1発明のパイプに甲6記載のZAM鋼管を適用することで耐食性は増加するのであり,その反面油分の除去のためにコストが増大するとしても,油分除去のために適宜の方法を採れば足りるものであり(本件発明1において油分の除去方法は特定されていない。),原告主張に係る点は,組合せを阻害する要因ということはできない。原告の主張は理由がない。
イ原告は,本願出願時において,パイプ組立式収納棚においては一定の美観が要求されるので,甲1発明のパイプに甲6記載のZAM鋼管を適用すると,油分の除去を要するためにキズが目立ち美観を保つことができないので両者を適用するのに阻害要因が存すると主張する。しかし,原告のこの点の主張も,以下のとおり失当である。
すなわち,本件明細書によれば,本件発明1は美観にすぐれたプラスチックコーティング鋼管に代わって,プラスチックコーティング処理が不要で耐食性に優れた鋼管を採用したものであって,美観が要求された発明ではない。本件明細書には,前記のとおり,「本パイプ組立式収納棚は上記ZAMめっき鋼板により製造された溶接鋼管を採用することで,高い耐食性と表面の美観を具備することができる」との記載があるが,ここでいう「美観」は耐食性を有することの結果として得られるもので,原告にいうところの美観とは異なるものである。さらに,甲6には,「キズがつきにくく,美観を保ちます。」との記載もあり,ZAMめっき鋼板は一定の美観を確保し得るものといえる。
原告は,パイプ組立式収納棚に実際に使用されたパイプ(甲4,18,19)にはZAM鋼管が挙げられていないことが上記主張を裏付けるものであるとも主張する。しかし,それをもってただちにパイプ組立式収納棚において一定の美観が必要となるとはいえないし,他に上記収納棚において一定の美観が必要となることを認めるに足りる証拠はない。原告の主張は理由がない。
ウ原告は,甲6にはパイプやジョイントを解体し又は再組立するという考え方は開示・示唆されていないから,甲1発明と甲6記載の技術的事項の組合せにより本件発明を想到することはできないと主張する。しかし,パイプやジョイントを解体し又は再組立することは,本件明細書に記載がないし,本件発明とは何ら関係しないから,原告の上記主張は失当である。
3取消事由2(本件発明2に関する容易想到性の判断の誤り)について(1)本件発明2は,パイプ表面から油分が除去されている「パイプ組立式収納棚」という物の発明であるところ,前記2で認定判断したとおり,本件発明1において「パイプ表面から油分が除去されている」ことは容易に想到し得るものであるから,本件発明2も同様に容易に想到し得るものであると認められる。
(2)原告の主張に対してア原告は,本件発明2において上記油分の除去方法として有機溶剤でコーティングすることについては,容易に想到し得ないものと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,本件明細書には,「パイプの表面を有機溶剤の蒸気を吹き付けて薄い有機溶剤の被膜(厚さ数ミクロン)でコーティングするものである。この被膜コーティングの過程で上記油分は除去され,コーティングされた有機被膜自体は油分のように摩擦係数を低下させることがない」と記載され,有機溶剤の蒸気で油分を除去しその被膜が設けられることが開示されている。そして,証拠(甲9ないし11)によれば,有機溶剤で油分を除去することは周知の技術であったものと認められることに加え,「コーティング」とは一般に「布地・紙などを防水または耐熱加工するために,油・パラフィン・ゴム・合成樹脂などで処理する工程」(広辞苑第6版973頁)を指すことからすると,本件明細書の上記記載に照らしても,本件発明2において,有機溶剤でコーティングすることは,油分を除去し,有機溶剤の被膜を設ける以上の格別の技術的意義があるとは認められない。
イ原告は,有機溶剤自体は,揮発してパイプ表面には残らないこと及び「被膜のコーティング」がパイプ表面に何らかの溶質を残すために行うものであることが技術常識であることから,本件発明2の「有機溶剤の被膜のコーティング」とは「有機溶剤を用いた被膜のコーティング」を意味すると主張する。しかし,上記の点が技術常識であると認めるに足りる証拠はないし,「被膜のコーティング」という文言に照らしても上記の意味に理解する必然性はない。原告の主張は失当である。
ウ原告は,本件発明2にいう油分の除去は,パイプ表面に有機溶剤の被膜をコーティングすることにより,脱脂されずに残っている油分を閉じ込めて,パイプ表面からの油分の除去を行うことを指すと主張する。しかし,本件発明2には「油分の除去」とあるのみであって,油分を閉じこめるものと理解できないし,上記の方法に限られるとは認められない。
よって,取消事由2に係る原告の主張は,理由がない。
第6結論以上のとおり,審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
原告はその他縷々主張するが,審決を取り消すべき違法は認められない。よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 中平健
裁判官 上田洋幸