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関連審決 不服2007-11579
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成21行ケ10033審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10161審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10136審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10352審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  技術的思想 /  物の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  パリ条約 /  優先権 /  名義変更 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10147号 審決取消請求事件
原告トムソンライセンシング
同訴訟代理人弁理士伊東忠彦
同 大貫進介
同 山口昭則
同 伊東忠重
同 杉山公一
被告特許庁長官
同 指定代理 人藤原敬士
同 加藤浩一
同 國方康伸
同 岩崎伸二
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁の不服2007-11579号事件に対する平成21年1月27日付け審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯ゼロックスコーポレイション(以下「当初出願人」という。)は,発明の名称を「高性能薄膜構造用ヒロック・フリー多層メタル線」とする発明につき,平成7年(1995年)4月20日,特許出願をし(特願平7-95231号。パリ条約による優先権主張平成6年(1994年)4月28日,米国。出願時の請求項の数は3であった。以下「本願」という。),平成17年5月24日付け拒絶理由通知を受け(甲11),同年8月30日付け手続補正書(甲12)を提出したが,平成19年1月16日付けの拒絶査定を受けた。これに対し,当初出願人は,同年4月20日,審判請求をするとともに(不服2007-11579号事件),同日付け手続補正書を提出した。特許庁は,平成20年5月9日付けの拒絶理由通知をした。当初出願人は,同年11月12日付け手続補正書(甲8)を提出したが(この手続補正後の請求項の数は2であった。以下,この手続補正後の明細書を「本願明細書」という。),特許庁は,平成21年1月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(付加期間90日),その謄本は,同年2月9日に当初出願人に送達された。
その後,本願の特許を受ける権利は譲渡され,平成21年5月15日付け出願人名義変更届が提出されて,現在の出願人は原告である。
2 特許請求の範囲平成20年11月12日付け手続補正書(甲8)による補正後の本願の請求項1は,下記のとおりである。
【請求項1】「製造工程によって組み立てられる薄膜構造であって,基板と,ベースメタル及びバリアメタルの複数の交互層とを備え,前記複数の層は,前記基板上に支持され,前記ベースメタルの各層は,アルミニウムで構成され,ヒロック・フリーでありかつ800Å(オングストローム)以下の厚みを有し,前記バリアメタルの層は,前記ベースメタルのあらゆる二つの層の間に挿入され,前記バリアメタルは,高融点メタル合金を備えている,ことを特徴とする薄膜構造。」(以下,この発明を「本願発明1」という。)3 審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明1は,特開昭63-155743号公報(甲1),特開昭63-29548号公報(甲2),特開平3-222333号公報(甲3)及び特開昭64-45163号公報(甲4)(以下,甲1を「引用例1」,甲4を「引用例4」という場合がある。)の記載及び周知技術(甲5,6)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,引用例1記載の発明(以下,「引用発明1」という。)の内容並びに本願発明1と引用発明1との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1) 引用発明1の内容「半導体基板上に形成される,厚さ5〜40nmのアルミニウム層と,1〜20nm厚のCu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種からなる他の金属層とを交互に繰り返し積層形成した多層膜であり,移動性の低い該他の金属層によってアルミ原子の移動そのものをブロックすることにより,アルミニウム層のエレクトロマイグレーションおよびストレスマイグレーションを防止し得る配線膜の構造。」(2) 一致点「製造工程によって組み立てられる薄膜構造であって,基板と,ベースメタル及びバリアメタルの複数の交互層とを備え,前記複数の層は,前記基板上に支持され,前記ベースメタルの各層は,アルミニウムで構成され,800Å(オングストローム)以下の厚みを有し,前記バリアメタルの層は,前記ベースメタルのあらゆる二つの層の間に挿入されている,薄膜構造。」である点。
(3) 相違点ア 相違点1本願発明1では,ベースメタルの各層がヒロック・フリーであるのに対し,引用発明1では,Cu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種からなる移動性の低い他の金属層によってアルミ原子の移動をブロックすることにより,アルミニウム層のマイグレーションを防止し得るものの,同アルミニウム層をヒロック・フリーとしていない点。
イ 相違点2本願発明1では,バリアメタルが高融点メタル合金を備えているのに対し,引用発明1では,それが明らかでない点。
取消事由に係る原告の主張
審決は,?引用発明1に関する認定を誤り(取消事由1),?相違点1の認定を誤り(取消事由2),?相違点1に関する容易想到性の判断を誤ったものであるから(取消事由3),取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1に関する認定の誤り)審決は,引用発明1について,5〜40nmと薄くしたアルミニウム層を含むとして,引用発明1が,エレクトロマイグレーションやストレスマイグレーションを防止するために粒径(グレインサイズ)が大きくなるのを避けるということを目的とする発明であると認定した。しかし,同発明は,本願出願日前後における当業者の技術常識に反する内容を目的とする発明であるから,審決の認定は誤りである。
すなわち,引用例1によれば,エレクトロマイグレーションを防止するためには,アルミニウムの粒径(グレインサイズ)を非常に小さく抑えて移動による影響を少なくするとしている。しかし,このような技術思想は,本願出願日前後におけるエレクトロマイグレーション対策に関する技術常識に反するものである。アルミニウム粒界拡散を抑制してエレクトロマイグレーションを防止する方法としては,アルミニウム配線の結晶粒径を非常に小さくすることではなく,結晶粒径を増大させることが,本願出願日前後における技術常識であった(甲4,6,10,18ないし20)。したがって,エレクトロマイグレーションやストレスマイグレーションを防止するために粒径(グレインサイズ)が大きくなることを避けるために,アルミニウム層の厚さを限定するという技術は,本願出願日前後における技術常識に反するものである。
また,引用例1には,積層界面から5nm程度の深さまでアルミニウム層と金属層が混在することが示されている一方で,他の金属層がかかる混在層よりも薄い厚さであることが示されている点で技術的な矛盾が存する。
したがって,審決は技術常識に反する引用例1に基づいて引用発明を認定した結果,本願発明1と引用発明1とが,「前記ベースメタルの各層は,アルミニウムで構成され,800Å(オングストローム)以下の厚みを有し」との点で一致するとの誤った認定をし,それを前提に容易想到性の判断をしているので,審決の結論に影響を及ぼす違法がある。
2 取消事由2(相違点1の認定の誤り)(1)ヒロック・フリーに関し,本願発明1と引用発明1とは,本願発明1では,「ベースメタルの各層が,製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有する」のに対し,引用発明1では,「Cu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種からなる移動性の低い他の金属層によってアルミ原子の移動をブロックすることにより,使用時の電流密度増加に起因するアルミニウム層のマイグレーションを防止し得る」ものの,「同アルミニウム層を製造工程においてヒロック・フリーとする厚みにすることを開示していない」点において相違している。
すなわち,甲9,10によれば,ヒロックの発生状況としては,?製膜時の発生,?絶縁膜で覆われたAl電極が熱処理により圧縮応力を受け,応力緩和のためにAl原子が拡散し,ヒロックを形成する場合(ストレスマイグレーション),?電流を流すことにより誘起されるAl拡散(エレクトロマイグレーション)がある。本願発明1は,上記?に相当するものであるのに対し,引用発明1は上記?,?に相当するものであり,本願発明1が対象としている製造工程におけるヒロックと引用例1に開示された使用時におけるヒロックとは発生メカニズムが全く異なるものである。
審決は,相違点1の認定に当たって,上記の相違点を看過した結果,本願発明1におけるベースメタルの各層が製造工程においてヒロック・フリーである厚みを有するという技術的特徴が引用発明1において開示されていない点を看過し,相違点1の容易想到性の判断を誤ったものであるから,違法である。
(2)被告は,本願発明1において,「ベースメタルの各層(54)がヒロック形成臨界厚み以下である」点及び「製造工程中におけるヒロックの発生を阻止」するために「ベースメタル各層の厚みをヒロック・フリーである厚みにした」点について,このような限定をする文言は記載も示唆もないと主張するが,失当である。
「ベースメタルの各層(54)がヒロック形成臨界厚み以下である」点については,本願の請求項1には,ベースメタル各層がヒロック・フリーである厚みを有することが記載されているし,本願明細書の発明の詳細な説明の記載【0008】,【0012】,【0013】,【0014】において,「ベースメタル各層(54)がヒロック形成臨界厚み以下である」ことは説明されている。また,「製造工程中におけるヒロックの発生を阻止」する点については,本願の請求項1に「製造工程によって」という文言があるし,本願明細書の発明の詳細な説明【0002】,【0003】,【0010】,【図1】において,「製造工程中におけるヒロックの発生を阻止する」ことは説明されている。
3 取消事由3(相違点1に関する容易想到性の判断の誤り)(1)審決は,相違点1の容易想到性について,「アルミニウム層のマイグレーションを防止できれば,それに伴い,アルミニウム層のヒロックも抑制できることは明らかであるから,引用発明1において,アルミニウム層と他の金属層との交互の積層構造により,該アルミニウム層のマイグレーションを防止することに代えて,同様の積層構造により,同アルミニウム層をヒロック・フリーとすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。」と判断したが,誤りである。
本願発明1においては,ベースメタルの各層が製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有することにより,アルミニウム層をヒロック・フリーとしているのであって,アルミニウム層と他の金属層との交互の積層構造により,同アルミニウム層をヒロック・フリーとしているわけではない。本願明細書の【0008】,【0012】,【0013】を参酌すれば,本願発明1において,バリアメタル層はヒロックを阻止しているものではなく,ベースメタル層を互いに隔離すべく作用するものであることは明らかである。
また,引用例1は,本願発明1のようにベースメタルの各層が製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有することにより,アルミニウム層をヒロック・フリーとしていることの開示や示唆はない。そのため引用例1には,本願発明1の上記特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が何ら存在していない。
したがって,ベースメタルの各層が製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有することにより,同アルミニウム層をヒロック・フリーとしている本願発明1は,引用発明1に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
(2)審決は,相違点1の容易想到性の判断に当たって,引用例4及び周知技術(甲5,6)を適用しているが,誤りである。引用例4及び周知技術はいずれも,製造工程中のヒロック形成を阻止するという問題点に着目しておらず,また,その問題点を解決する手段であるヒロック形成臨界厚み以下のヒロック・フリー厚みを有するベースメタル層を開示していない。
(3)被告は,「製造工程中においてヒロック・フリーとする厚み」は,引用発明1においても既に達成されていると主張する。しかし,引用例1には製造工程中におけるヒロック・フリーに関する記載も示唆もなく,また前記のように製造工程中におけるヒロック形成と使用時のエレクトロマイグレーションとは発生状況が異なるから,ヒロック・フリーが引用例1において解決されているということはできない。被告の主張は失当である。
被告の反論
原告主張の取消事由には理由がなく,審決に違法はない。
1 取消事由1(引用発明1に関する認定の誤り)に対し甲10(280頁右欄)に記載された粒界での金属原子の流れ量を示す式は,(平均)粒径及び他のパラメータを含めて構成されており,粒径(グレインサイズ)のみで特定されていないこと,甲10(281頁左欄)には,エレクトロマイグレーション寿命が,グレインの大きさのみならず,その分布,膜中の不純物,結晶性,配線の幅や膜厚,周囲の絶縁膜の種類などによっても大きく変わることが説明されており,マイグレーションの大きさは,粒径(グレインサイズ)のみでは決められないことを示しているものである。そして,アルミニウムの結晶粒径の小さなものはストレスマイグレーションに対する耐性において優れている傾向があることは周知の技術である(乙1ないし4)。
したがって,引用発明1に関する認定の誤りをいう原告の主張は,理由がない。
2 取消事由2(相違点1の認定の誤り)に対し(1)本願の請求項1には,薄膜構造が製造工程によって組み立てられたものであることは記載されているが,薄膜構造が,「ベースメタルの各層(54)がヒロック形成臨界厚み以下である」点及び「製造工程中におけるヒロックの発生を阻止」するために「ベースメタル各層の厚みをヒロック・フリーである厚みにした」点については,このような限定をする記載も示唆もなく,また,これらの点は,当該技術分野において自明の技術的事項でもない。原告の主張は,本願の請求項1の記載に基づかないものであって,失当である。
(2)原告は,甲9,10を提出して,本願発明1と引用発明1との相違点を主張するが,甲10の記載によれば,原告主張の?のストレスマイグレーションによるヒロック形成時の熱処理が製造工程中の1つであることは明らかであるから,原告主張の?ないし?のいずれの状況の場合においてもヒロックが生じることは,よく知られた事項である。そして,本願の請求項1には,ヒロックが発生する具体的状況についての特定がなされていないから,本願の請求項1に記載された「ヒロック・フリー」の文言は,上記?ないし?のいずれの状況においても「ヒロックが発生していない」ことを意味する。
(3)原告は,引用発明1は,使用時の電流密度が増加するために生じるエレクトロマイグレーションによる断線を問題としており,製造工程中のヒロック形成を阻止するという問題点に着目しておらず,またその問題点を解決する手段であるヒロック形成臨界厚み以下のヒロック・フリー厚みを有するベースメタル層を開示していないと主張する。
しかし,引用例1は,その記載によれば,使用時の電流密度が増加するために生じるエレクトロマイグレーションによる断線のみならず,製造工程中のストレスマイグレーションも問題としており,その問題については,「厚さ5〜40nmのアルミニウム層と,1〜20nm厚の・・他の金属層との交互に繰り返し積層形成した多層膜」にすることでその解決を図っており,使用時に限っての問題点の解決のみを記載したものではない。原告の主張は失当である。
3 取消事由3(相違点1に関する容易想到性の判断の誤り)に対し(1)引用発明1が「他の金属とアルミニウム層とを交互に繰り返し積層形成した多層膜」において,アルミニウム層の厚さを「5〜40nm」すなわち「50〜400Å」としていることは,本願発明1において特定された上限値としての800Å又は実施例で挙げられた600Åのいずれの厚さよりも薄いことから,両者よりも製造工程のより高い最大温度にも耐え得るものであることは容易に認識し得ることであり,原告が主張する「製造工程中においてヒロック・フリーとする厚み」は,引用発明1においても既に達成されているといえる。
審決の相違点1に関する容易想到性の判断に誤りはない。
(2)原告は,引用例4及び周知技術は,製造工程中のヒロック形成を阻止するという問題点に着目しておらず,その問題点を解決する手段であるヒロック形成臨界厚み以下のヒロック・フリー厚みを有するベースメタル層を開示していないと主張する。
しかし,上記引用例4及び周知技術は,引用発明1におけるマイグレーションとヒロックとの関係を補うために引用したものであり,引用発明1と引用例4及び周知技術とは,半導体装置のアルミ配線に関する技術分野において同一の技術課題を有しているものである。原告の上記主張は失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由には理由がなく,原告の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本願明細書(甲7,12)の記載本願発明1の内容は,前記第2,2記載のとおりであるが,本願明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
(1)「【0002】【従来の技術】・・・低抵抗及びコストの視点から,アルミニウムが望ましい線メタルである。
アルミニウムは,しかしながら,ある一定の被着条件下で,“ヒロックス(hillocks)”と呼ばれる,欠陥を形成する不利な傾向を有する。これらの欠陥は,基板に並行でかつそれから離れてアルミニウムの側面上に形成する突起によって特徴付けられる。突起がアルミニウムの上に横たわっている複数の層を通って“パンチ(punch)”しうる(穴をあけうる)ので,ヒロックスは,しばしばICまたはアクディブマトリクスの正確な動作に対して致命的である。これらの理由により,製造工程中にヒロックスの形成を阻止するために多くの試みがなされている。」(2)「【0006】【発明が解決しようとする課題】温度とは別に,ヒロックスの成長は,被着メタル層の厚みにも依存する。一般規則として,層の厚みが厚くなると,膜のひずみエネルギーが大きくなり,そしてヒロックスが所与の温度で形成される可能性が高くなる。それゆえに,問題となるメタル層の厚みを縮小することによって所与の温度におけるヒロック形成の量を縮小することが可能である。所与の温度に対して,それ以下ではヒロックスが形成されにくい-“臨界”厚みが存在することがよく知られている。
しかしながら,臨界厚み以下にメタル層の厚みを縮小することは,比較的薄いメタルが比較的高い抵抗率を有するという,一つの大きな欠点を有する。高性能薄膜構造の目的に対して,薄いメタル層は,一般に受け入れられない。
それゆえに,メタル層の抵抗率を縮小することなくメタル層におけるヒロックスを阻止することが必要である。」(3)「【0007】【課題を解決するための手段】本発明は,最大温度を有している製造工程によって構成された薄膜構造であって,基板と,ベースメタル及びバリアメタルの複数の交互層とを備え,複数の層は,ベースメタルの各層が最大温度に対する臨界厚みよりも薄くかつバリアメタルの層がベースメタルのあらゆる二つの層の間に挿入されるように,基板上に支持される薄膜構造によって達成される。
本発明では,ベースメタルは,アルミニウムを含むように構成してもよい。
本発明では,ベースメタルは,アルミニウム及びアルミニウム合金を含んでいる一群から選択されるように構成してもよい。」(4)「【0008】【作用】本発明は,ベースメタルとバリアメタルの交互層を備えている新規の多相構造である。ベースメタルは,所与の層において,それを越えると所与の温度に対してヒロックスが形成されやすい-ヒロック形成に対するその臨界厚みよりも少ない厚みに被着される。ベースメタルのそのような各層の間に,バリアメタルの層が挿入される。バリアメタルの介在層(intervening layer)は,ベースメタルを互いに隔離すべく作用する。各層は,臨界厚み以下であるので,ヒロックスが形成されない。・・」(5)「【0012】本発明は,ベースメタルとバリアメタルの交互層を備えている新規の多相構造である。ベースメタルは,所与の層において,それを越えると所与の温度に対してヒロックスが形成されやすい-ヒロック形成に対するその臨界厚みよりも少ない厚みに被着される。ベースメタルのそのような各層の間に,バリアメタルの層が挿入される。バリアメタルの介在層は,ベースメタルを互いに隔離すべく作用する。各層は,臨界厚み以下であるので,ヒロックスが形成されない。
本発明の一つの利点は,高性能薄膜構造に対する低抵抗メタル線を生成することである。線の抵抗率がメタル層の断面に反比例するので,本発明の多層構造は,ヒロックスの形成を阻止すると同時に,ベースメタルの単一層よりも大きなベースメタルの総断面を提供する。
本発明の別の利点は,小さな線幅である。本発明のバリアメタルは,ベースメタル上に層をなし,かつベースメタルをキャッピングしないので,線には追加の幅が加えられない。・・・」(6)「【0013】薄膜構造は,多数の製造段階を含む製造工程によって構築される。各段階は,対応付けられた温度を有する。それゆえに,Al(アルミニウム)が露出される全製造工程に対する知られた最大温度(maximumtemperature)がある。従って,Al層の各被着がその最大温度に対して決定された臨界厚みよりも薄いということが確保される。・・・・・・本発明の重要な態様は,ベースメタルのあらゆる層が臨界厚みより少ない(薄い)ことでありかつベースメタルのあらゆる二つの隣接する層がある形式のバリアメタルによって分離されていることである。
あらゆる所与の製造条件に対する臨界厚みが当業者に周知であるということも注目すべきである。アルミニウムに対して,この臨界厚みは,特定の製造条件により,約300〜800Å(オングストローム)であることが知られている。・・・」(7)「【0014】SiO (二酸化ケイ素)の基板上に600ÅのAl,1250ÅのTiW及び600ÅのAlを備えている3層スパッタ被膜(three layer sputter deposited film)は,ヒロック形成なしで一時間の間400℃に耐えうることが示された。この膜スタックのシート抵抗率は,同じ厚みのAl膜(2%銅を含んでいる)について0.25オーム/sq.であるのに対し,0.36オーム/sq.であることが計測された。
本発明は,ベースメタルと一群のバリアメタルの交互層を備えている新規の多相構造である。ベースメタルは,所与の層において,それを越えると所与の温度に対してヒロックスが形成されやすい-ヒロック形成に対するその臨界厚みよりも少ない厚みに被着される。ベースメタルのそのような各層の間に,バリアメタルの層が挿入される。バリアメタルの介在層は,ベースメタルを互いに分離すべく作用する。それゆえに,臨界厚み以下に各ベースメタル層の実効厚みを維持する。」(8)「【0015】【発明の効果】本発明の薄膜構造は,最大温度を有している製造工程によって構成された薄膜構造であって,基板と,ベースメタル及びバリアメタルの複数の交互層とを備え,複数の層は,ベースメタルの各層が最大温度に対する臨界厚みよりも薄くかつバリアメタルの層がベースメタルのあらゆる二つの層の間に挿入されるように,基板上に支持されるので,高性能薄膜構造に対して低抵抗メタル線を生成することである。また,線の抵抗率は,メタル層の断面に反比例するので,本発明の多層構造では,ヒロックスの形成を阻止すると同時に,ベースメタルの単一層よりも大きいベースメタルの総断面を提供する。更に,本発明のバリアメタルは,ベースメタル上に層をなし,かつベースメタルをキャッピングしないので,追加の幅が線に加わらない。即ち,小さな線幅を有することができる。」2 引用刊行物の記載引用例1(甲1)には,以下の記載がある。
(1)「1.集積回路の配線膜が,アルミニウム層と1〜20nm厚の他の金属層とを交互に積層形成した多層膜であることを特徴とする半導体装置。」「3.前記他の金属層がCu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種からなることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の半導体装置。」(特許請求の範囲請求項1,3)(2)「〔概要〕集積回路のアルミニウム配線のエレクトロマイグレーションおよびストレスマイグレーションを防止するために,配線をアルミニウム層と1〜20nm厚の他の金属層との交互積層膜にしたものである。」(1頁左下欄19行〜右下欄4行)(3)「〔従来の技術〕アルミニウムの微細配線では使用時の電流密度が増加するために,エレクトロマイグレーションによる断線が,そして高温放置(125℃以上)でこの配線に加わる引っ張り応力に起因するストレスマイグレーションによる断線が配線の信頼性確保の妨げとなっていた。そこで,アルミニウム配線中の結晶粒界に析出してアルミニウム原子の粒界拡散を抑制するCuを添加したAl・Cu(2〜4%)合金又はAl・Cu・Si合金が使われるようになっている。また,チタン(Ti)をCuの代りに含有するAl・Ti・Si合金も提案されている。それでも,配線幅がサブミクロン程度となると,Al配線幅がアルミニウムのグレインザイズよりも小さくなることがあり,耐マイグレーション性が十分でない。」(1頁右下欄14行〜2頁左上欄11行)(4)「〔作用〕アルミニウム層をスパッタリング法,真空蒸着などで形成しているときにはそのグレインが大きくなることが多いが,アルミニウム以外の金属層(薄膜)をアルミニウム層がはさんでいるようにしてアルミニウム層厚さを限定し,かつそのアルミニウム層の厚さが200nm以下とするのが好ましい。このような構造的にアルミニウム配線のそれぞれを規定しているので,大きなAlグレインの成長が阻止できる。配線膜として通常の電流許容度を有するためには一般的に1000nm程度の厚みを必要とするので,アルミニウム層を少なくとも5層形成し,これらアルミニウム層の間に他の金属層を少なくとも4層形成することになる。
他の金属層はCu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種からなり,一層当り厚さは1〜20nm,好ましくは2〜10nm,である。20nmよりも厚いと,この金属層とアルミニウム層との熱膨張係数の差による熱ストレスが発生することになり,ストレスマイグレーション発生の要因となる。・・・また,実際にアルミニウム層と金属層を積層形成すると,その界面では相互拡散が室温〜100℃でも5nm程度の深さで自然となされている。
要するに,微細配線を相対的に大電流が流れる時の発熱によってアルミニウム原子が移動して結晶粒界面での切断を招くという状況を,(1)粒径(グレインサイズ)を非常に小さくおさえて移動による影響を少なくし,そして(2)移動性の低い「他の金属」によってアルミ原子の移動そのものをブロックすることで改善する。」(2頁右上欄6行〜左下欄19行)(5)「例えば,アルミニウム層から半導体ウェハ上へスパッタリングで形成するとして,厚さ5〜40nmのアルミニウム層と厚さ1〜6nmの金属(チタン)層とを繰り返し積層することによって合計厚さが1000±50nmの配線膜を形成した。この配線膜は耐マイグレーション性が従来のアルミニウム合金(Al-Cu)配線よりも優れていた。」(3頁右上欄4〜10行)3 取消事由1(引用発明1に関する認定の誤り)について(1)原告は,引用発明1につき,「5〜40nmのアルミニウム層」との審決の認定は,「エレクトロマイグレーションを防止するために,アルミニウムの粒径(グレインサイズ)を非常に小さく抑える。」との本願出願日前における技術常識に反する事項に基づくものであるから失当であると主張し,同旨の意見を述べた鑑定書(甲18,19)等を提出している。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
すなわち,前記2で認定した引用例1の記載によれば,引用発明1は,エレクトロマイグレーション及びストレスマイグレーションの発生の防止を技術的課題として,その課題解決のために,集積回路の配線膜を所定の厚さ範囲のアルミニウム層と1〜20nm厚の他の金属層(Cu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種)とを交互に積層形成した多層膜とすることによって解決を図っており,単にアルミニウムの粒径を小さくすることのみによって上記技術的課題の解決を図るものではない。また,前記引用例1には,「粒径(グレインサイズ)を非常に小さくおさえて移動による影響を少なくし」と記載され,同記載は,粒径が小さい場合に原子の移動が生じることを前提に,その移動による影響を少なくすることを意味するものと解される。この点は,前記鑑定書が指摘する,アルミニウムの粒径が小さい場合には移動がしやすくなり,その結果エレクトロマイグレーションが起きやすくなるとの見解とも必ずしも矛盾するものではない。したがって,仮に引用発明1のアルミニウム層が粒径の小さいものを採用することを含み,エレクトロマイグレーションを防止するためにアルミニウムの粒径を小さく抑えるとの事項が本願出願日(優先権主張日)当時の技術常識に反するとしても,引用発明1が直ちに技術常識に反することを目的とした発明であるとはいえない(本願発明1のアルミニウム層も粒径の下限がなく,引用発明1と同じく粒径の小さいものも含み得るものである。)。
(2)また,原告は,引用例1に記載のストレスマイグレーションについても,アルミニウムの粒径を小さくするとかえってその発生を助長することは本願出願当時の技術常識であるから,引用発明1はかかる技術常識に反する事項に基づくものであると主張する。そして,上記鑑定書(甲18,19)にも同様の指摘があり,公開特許公報(甲20)にも「薄膜中の粒径が小さいと抵抗率が高くなり,またエレクトロマイグレーション耐性やストレスマイグレーション耐性が悪化する。」との記載がある。しかし,本願出願前の公知文献(乙1ないし3)には,アルミニウムの結晶粒径の小さなものはストレスマイグレーションに対する耐性に優れている傾向がある旨の記載がある。すなわち,アルミニウムの粒径とストレスマイグレーションとの関係については,本願出願日(優先権主張日)当時見解が分かれており,確定的な技術常識は存しなかったものというべきであり,引用例1に記載された事項がただちに本願出願当時の技術常識に反するとまではいえない。原告の主張は理由がない。
(3)さらに,原告は,アルミニウム層から半導体ウェハ上へスパッタリングで形成するとして,厚さ5〜40nmのアルミニウム層と厚さ1〜6nmの金属(チタン)層とを繰り返し積層することによって合計厚さが1000±50nmの配線膜を形成することで引用例1の第1図の配線膜を形成することは,金属間化合物や酸化物の発生等の現象が生じ得るので,極めて困難ないしは実質的に不可能であると主張し,上記鑑定書(甲18,19)でもかかる意見が述べられている。しかし,一般に,形成された金属層の状態は,製造条件に依存するものであるし,上記鑑定書においても,甲18においては,アルミニウム層とチタン層が反応して金属間化合物(Al Ti)がで3きると述べているのに対し,甲19においては,アルミニウム層もチタン層も酸化して酸化膜が形成されていると述べており,それぞれが前提とする製造条件の違いによって異なる事象が生じるものといえる上,当業者であれば,そもそもこのような物質が形成される製造条件を採用しないものといえる。そして,引用例1に他の金属層として挙げられた「Cu,Ti,Si,C,Mo,W,Cr,Pt,AuおよびAgの少なくとも一種からなる」金属には,本願明細書で高融点メタル合金として例示されたTiW等を含む。
したがって,引用発明1が実施できない発明であるとはいえず,原告の主張は採用できない。
(4)原告は,引用例1では,相互拡散が5nm程度でなされることと,他の金属層の一層当たりの厚さが1〜20nmであることが技術的に矛盾していると主張する。しかし,引用例1には,アルミニウム層と他の金属層との界面を基準に,相互拡散による層がすべて他の金属層にできるとの記載はないから,技術的な矛盾は生じていない。原告の主張は,理由がない。
4 取消事由2(相違点1の認定の誤り)について(1)原告は,本願発明1が対象としている製造工程におけるヒロックと引用例1に開示された使用時におけるヒロックとは発生メカニズムが全く異なるものであるにもかかわらず,審決はかかる相違点を看過していると主張する。 しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
すなわち,確かに,前記1で認定した本願明細書の発明の詳細な説明によれば,製造工程中におけるヒロック形成の抑制を目的とした記載がされている。しかし,本願発明1に係る特許請求の範囲の記載は,単に,「製造工程によって組み立てられる薄膜構造であって,・・・前記ベースメタルの各層は,アルミニウムで構成され,ヒロック・フリーであり,かつ800Å(オングストローム)以下の厚みを有し,・・ことを特徴とする薄膜構造。」とされている。同特許請求の範囲の記載中,「800Å以下の厚み」がどのような製造条件ないし製造過程における厚みを指すかは,本願明細書の発明の詳細な説明に記載がないから,製造工程中におけるヒロック・フリーに係る厚みを限定したものと解することはできない。
上記のとおり,「ヒロック・フリー」については,製造工程の具体的製造条件が,格別特定されていないこと,本願発明1は「薄膜構造」という物の発明であることに照らすならば,「ヒロック・フリー」が,製造工程中に発生するものに限定されると解することはできない。
したがって,本願発明1における「ヒロック・フリー」は,製造工程中のみならず使用中を含めたものであるから,製造工程中に限定されることを前提として,審決の相違点1の認定に誤りがあるとする原告の主張は採用できない。
なお,平成20年11月12日付け手続補正書(甲8)による補正前の請求項1には,「最大温度を有している製造工程によって構成された薄膜構造であって」(甲7)と記載されていたことが認められるが,このような補正前の文言からベースメタルが製造工程中におけるヒロック・フリーである厚みであること,又は,薄膜構造の構成が明確であることを裏付けることはできない。
(2) 原告の主張に対しア原告は,引用発明1のアルミニウム層は,製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有するものではないから,審決はかかる相違点を看過していると主張する。
しかし,前記1で認定した本願明細書の記載(段落【0013】)によれば,本願発明1において,想定される製造条件における臨界厚みの最も薄い場合が約300Åであると解されるから,引用発明1において,少なくとも「厚さ5〜30nmのアルミニウム層」(注50〜300Å)の部分は,常に臨界厚みより薄い厚みを有しているといえるし,また,引用発明1の「厚さ5〜40nmのアルミニウム層」(注50〜400Å)は,本願発明1における上限値の800Å及び本願明細書の実施例(段落【0014】)記載の600Åのいずれの厚さよりも薄いことから,引用発明1は,本願発明1の実施例において採用された製造条件に対して,「製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有する」ものであると認められ,引用発明1において,本願発明1の技術的思想は,既に達成されているともいえる。
したがって,引用発明1の「厚さ5〜40nmのアルミニウム層」は,800Å以下の厚さで,少なくとも「製造工程においてヒロック・フリーであるような厚みを有する」ものを含んでいるから,原告の指摘する相違点の看過はない。
イ原告は,?本願発明1が対象としている製造工程におけるヒロックは「製膜時の発生」(甲9,10)に相当する,?本願発明1と引用発明1とは,ヒロックの発生メカニズムも抑制策も異なると主張する。
しかし,前記1で認定した本願明細書の記載によれば,本願発明1は,熱処理に起因するヒロックの形成(ストレスマイグレーション)をも課題とするものであり,引用発明1も,ストレスマイグレーションを課題の1つとした発明であるから,両発明は共に,応力に起因するヒロックの形成を想定としているものと解される。また,仮に,両発明のヒロック発生の発生メカニズムが相違するとしても,本願発明1と引用発明1は,共に,薄いアルミニウム層と他の金属層との積層構造によって,ヒロック形成を抑制していると認められるから,両者のヒロックの抑制策について,格別の相違も認められない。原告の上記主張は採用することはできない。
5 取消事由3(相違点1の容易想到性に関する判断の誤り)について(1)前記のとおり,原告主張の取消事由1及び取消事由2に係る原告の主張には理由がない。取消事由3は,引用発明1に関する認定の誤り,相違点1の認定の誤りを前提とするものであるから,この点に関する原告の主張は,主張自体失当であって,採用できない。
(2)原告は,引用例4及び周知技術は,製造工程中のヒロック形成を阻止するという問題点に着目しておらず,その問題点を解決する手段であるヒロック形成臨界厚み以下のヒロック・フリー厚みを有するベースメタル層を開示していないと主張する。しかし,かかる主張は,本願発明1における「ヒロック・フリー」は製造工程中に限られることを前提としている点で失当であるし,上記引用例4及び周知技術はマイグレーションとヒロック形成に関する事項であり,引用発明1とは,半導体装置のアルミ配線に関する技術分野において同一の技術課題を有しているものであるから,これらの技術を適用して,容易想到性の有無を判断することは否定されない。原告の主張は,理由がない。
6 結論以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がない。原告はその他縷々主張するが,審決を取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 中平健
裁判官 上田洋幸