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関連ワード 進歩性(29条2項) /  遡及 /  分割出願 /  ライセンス /  原出願日 /  信義則 /  属地主義 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  審決確定(審決が確定) /  異議申立 /  代理権 / 
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事件 平成 20年 (行ウ) 696号 特許出願却下処分取消請求事件
アメリカ合衆国マサチューセッツ州<以下略>
原告チルドレンズメディカル センターコーポレーション
訴訟代理人弁護 士村田真一
補佐人弁理 士穐場仁東京都千代田区<以下略>
被告国 処分庁特許庁長官
訴訟代理人弁護 士大西達夫
指定代理人青木明子
同 山内孝夫
同 門奈伸幸
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2009/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁長官が特願2006-119595号について平成19年7月19日付けでした出願却下の処分を取り消す。
第2事案の概要本件は,原出願の拒絶査定後にされた特許の分割出願について,原出願の拒2絶査定不服審判請求が法定期間を徒過してされたものであるため分割出願の要件を充たさないことを理由に,これを却下した処分が違法であるとして,その取消しを求める事案である。
1争いのない事実(1)原告は,平成9年4月25日,平成9年特許願第539033号の特許出願をした(以下「本件原出願」という。)。
(2)本件原出願について,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとして,拒絶の査定がされ,平成17年11月24日,拒絶査定の謄本(甲1)が原告の出願代理人に送達された。
(3)原告は,本件原出願の拒絶査定を不服として,平成18年3月23日に拒絶査定不服審判を請求した(甲2,以下「本件審判請求」という。)。
本件審判請求(平成18年3月23日付け)は,本件原出願に対する拒絶査定の謄本(甲1)が教示する,査定の謄本の送達があった日から90日以内の不服審判請求期限から約1か月を経過して行われたものである。
(4)原告は,平成18年4月24日,本件原出願の分割出願として,特願2006-119595号の特許出願をした(甲3,以下「本件出願」という。)。
(5)原告は,平成18年5月19日,本件審判請求について審判請求取下書(甲4の1,2)を特許庁長官に提出した。
(6)平成18年改正前の特許法44条1項においては,出願の分割は,明細書等の補正をすることが可能な期間内に限り可能とされており,拒絶査定との関係では,拒絶査定謄本送達の日から30日以内に不服審判を請求することができ(平成20年改正前の特許法121条1項),審判請求の日から30日以内に補正をすることができるとされている(特許法17条の2第1項4号)。
特許庁長官は,平成19年4月17日,本件審判請求が法定期間経過後の3不適法な請求であり,明細書等を補正することができる期間が発生しないとして,本件出願を却下すべきものと認める旨の却下理由通知書(甲5)を同月10日付けで発送した。
(7)原告は,上記却下理由通知書に対して弁明書を提出した。しかしながら,特許庁長官は,平成19年7月19日,「当該弁明の内容によっては却下の理由を覆すに足りる根拠が見いだせません」として,本件出願を却下するとの処分をした(甲6,以下「本件処分」という。)。
(8)原告は,本件処分を不服として,平成19年9月25日,行政不服審査法に基づく異議申立てを行った(甲7)。しかしながら,特許庁長官は,平成20年5月30日付けで原告の申立てを棄却する旨の決定(甲8)を行い,同決定は,同年6月2日に,原告の出願代理人に送達された(甲9)。
2争点及び当事者の主張本件の争点は,本件処分の違法性の有無であり,争点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。
(原告の主張)(1)違法事由1本件審判請求は,不服審判請求期限を徒過して行われたものである。しかし,以下に述べる点に鑑みれば,本件出願は不適法なものとまではいえず,本件出願を却下した本件処分は,違法であるというべきである。
ア特許法4条は,「特許庁長官は,遠隔又は交通不便の地にある者のため,請求により又は職権で,・・・第百二十1条第1項・・・に規定する期間を延長することができる。」と規定し,かかる規定に基づいて,外国人を含めた在外者の場合には,拒絶査定の謄本の送達があった日から90日以内(60日の延長)に拒絶査定不服審判を請求することができるとされており(方式審査便覧04.10参照),本件原出願の拒絶査定についても同様に取り扱われている。
4しかし,この90日という期間は,法定期間ではなく,あくまで,特許庁が職権により内部規定として定めている期間にすぎず,特許法4条も延長可能な期間を具体的に法定しているわけではない。
また,不適法な審判請求であってもその却下審決はあくまでも裁量による行為である(特許法135条の「却下することができる」との文言参照)。
したがって,少なくとも在外者に関しては,拒絶査定不服審判の請求期間について,厳格な運用は予定されていないというべきであり,期間の経過をもって直ちに不適法な審判請求としてその請求が却下されなければならないものではない。
なお,平成20年改正により,拒絶査定不服審判の請求期間が拒絶査定の謄本の送達日より「三十日以内」から「三月以内」に延長された。この結果,同法においては,審判請求をする場合,拒絶査定謄本送達から3か月 (在外者については特許法4条に基づく延長により4か月)以内に審判請求と同時に補正が可能となり,同時に分割出願ができることになっており,本件のような出願であっても,適法とされているのである。
イ平成18年改正前の特許法においては,原出願が拒絶査定を受けた後に分割出願を行うためには,たとえ原出願が不要であっても,拒絶査定不服の審判請求を行う必要があった。この点にかんがみ,平成18年の改正特許法では,拒絶査定謄本の送達から30日以内に,拒絶査定不服審判の請求の有無にかかわらず分割出願を行うことが可能とされた(平成18年の改正特許法44条1項3号)。
本件出願がされた平成18年改正前には,分割出願を行うために,不要な審判請求を行い,分割出願後,その審判請求を取り下げるということも行われていたようである。この場合,審判請求はされなかったことになり,分割出願も違法とされるのが理論的と思われるのに,実際には,分割出願5はそのまま適法に特許庁により受理されていた。これは,特許庁が,拒絶査定不服審判の請求が拒絶査定後に分割出願を行う唯一の機会であったことも加味して,審判請求手続と既に出願された分割出願を別個の手続として扱っていたことによるものである。
本件出願は,拒絶査定不服審判請求の却下がされていない状態で審判請求から30日以内にされ,既に受理されているから,拒絶査定不服審判請求が拒絶査定後に分割出願を行う唯一の機会であった平成18年改正前特許法下において従来行われていた実務に照らせば,審判請求手続と既に出願された分割出願とを別個の手続として扱うべきであり,審判請求が不適法であったとしても,分割出願を却下するのは適切ではない。
ウ本件においては,平成18年4月24日の本件出願後,平成19年4月10日の却下理由の通知まで約1年を要し,同年7月19日の本件処分までは約1年3か月もの期間が経過していたため,原告は,本件出願が適法に受理されたと信頼した。
特許庁長官は,分割出願の可能な期間内にされた出願ではないという形式的要件違反を理由にするのであれば,本件出願後直ちにこれを却下をすることが可能であったにもかかわらず,出願から1年以上も経過した時点になって本件出願を却下するのは,原告の信頼を著しく損なうものであり,原告にとって酷といわざるを得ない。
被告は,本件出願を却下するまで期間を要した理由につき,本件審判請求の取下げについての代理権の制限の有無の確認を行ってから本件処分を行ったと主張する。しかし,本件審判請求の取下げについての代理権の制限の確認と分割出願である本件出願とは無関係であり,分割要件の判断は,審判請求の取下げについての代理権の制限の有無の確認を待つまでもなく可能であり,何ら時間を要するものではないから,出願後1年以上も経過した後に本件処分を行うことを正当化するものではない。
6エ原告の会社設立国である米国では,出願人が応答期間を徒過した場合であっても,当該徒過が不可避であった場合,または故意でなかった場合には,復活(Revival)が認められている(甲10)。本件においては,期限の徒過が不可避であったとはいえないとしても,期限徒過を知っていたわけではないから,故意でなかった場合に該当することは明らかであり,本件と同様の事態が米国で起こった場合には出願は救済されることになる。
原告が米国会社であり,米国では本件のような場合であっても救済されるという事情も,本件において考慮されるべきである。
オ以上に述べたような本件の事情に鑑みれば,在外者である原告との関係において,本件審判請求が特許庁長官により延長された請求期間を徒過したからといって,直ちに本件出願が不適法となるとまではいえないというべきである。不適法な分割出願であるとして本件出願を却下した本件処分は,違法である。
(2)違法事由2形式的に処分要件を充足しても,当該処分がされた事実関係の下で,当該処分が被処分者の信頼を著しく害する場合等には,信義則上,行政裁量を逸脱,濫用するものとして違法と判断されるべきである。
被告の主張によれば,本件審判請求が不適法なものであることは直ちに明らかな事項であるから,特許庁長官は,本件審判請求後,速やかに本件審判請求を却下した上で本件出願につき却下理由を通知するか,本件審判を却下するまでもなく,直ちに本件出願につき却下理由を通知することができたはずであるにもかかわらず,本件では,本件出願日から却下理由の通知まで約1年を要し,本件処分まで約1年3か月もの期間がかかっている。
原告は,本件出願時において,本件出願にかかる特許を含めたライセンス交渉を行い,その後,ライセンス契約を締結するに至っており,本件処分によりライセンス対象となっている特許を取得することができないこととなれ7ば,これによって被る被害は甚大である。仮に,特許庁がライセンス契約締結までに,本件出願につき却下理由を通知したり,せめて事実上,却下となる旨の連絡を原告の出願代理人に伝えていれば,本件出願をライセンス対象から除外するなどの対応をとることが可能であったが,却下理由の通知がされたのはライセンス契約の締結後であった。
被告は,本件出願を却下するまで期間を要した理由につき,本件審判請求の取下げについての代理権の制限の有無の確認を行ってから本件処分を行ったと主張するものの,同主張が被告の対応を何ら正当化するものでないことは,(1)ウで述べたとおりである。
このような本件における事実関係を前提とすれば,本件処分は,被処分者である原告の信頼を著しく害し,かつ原告に著しい不利益を被らせるものであり,信義則上,行政裁量を逸脱,濫用するものとして違法と判断されるべきである。
(3)違法事由3そもそも,分割要件は原出願日まで出願日を遡及させるという効果を付与するために必要とされるものであるから,仮に,本件出願が分割要件を欠く不適法なものであったとしても,その出願日を本件原出願の出願日まで遡及させず,本件出願日(平成18年4月24日)に出願された特許出願として扱えば足りるものであって,出願そのものを却下するのは適切ではない。
したがって,仮に,本件出願が分割要件を欠く不適法なものであったとしても,本件出願を却下した本件処分は,違法である。
(被告の主張)本件出願は,分割出願を行うことができる期間,すなわち本件原出願の明細書,特許請求の範囲等について「補正をすることができる期間内」に行われたものとはいえず,分割要件を充足しないものであるから,不適法な分割出願であり,その補正をすることもできないものとして,特許法18条の2第1項に8基づき却下されるべきものである。
(1)違法事由1についてア拒絶査定不服審判の審判請求期間は,特許法121条1項において定められた法定期間であり,かつ同法4条で延長の対象となり得る法定期間として明示されていることを受けて,特許庁長官の職権で60日の期間延長がされているものであって,延長後の90日の審判請求期間も法定期間であることには何ら変わりがない。延長後の審判請求期間が,法定期間ではなく,あくまで,特許庁が職権により内部規定として定めている期間にすぎない,との原告の主張は失当である。
原告は,特許法135条の「却下することができる」との文言から,不適法な審判請求であってもその却下審決はあくまでも裁量による行為である旨主張する。しかしながら,本件のように審判請求期間経過後の審判請求で,かつ補正をすることができないものについては,却下しないことについての裁量が生ずる余地がないと解するのが相当である。
平成20年改正法により改正された審判請求期間が適用されるのは,同法の施行日である平成21年4月1日以後に謄本が送達された拒絶査定に対する拒絶査定不服審判の請求についてであって,本件審判請求については適用がない。
イ審判請求の取下げは,審決が確定するまでは行うことができ(特許法155条1項),その効果としては,審判請求の取下げが行われたときに審判請求がなかったことにするものではあるものの,取下げが行われるまでにとられた手続を違法無効とするものではないから,適法な審判請求の取下げの前に行われた分割出願は適法である。
また,特許出願の分割は,もとの特許出願の一部について,明細書,特許請求の範囲等の「補正をすることができる期間内」に限り認められるものであるから,分割の際にもとの特許出願につき事件が特許庁に係属して9いること(特許法17条1項本文参照)が必要となる。他方,特許出願をいったん分割した後は,もとの出願が特許庁に係属しなくなっても,当該分割が不適法となることはない。もとの特許出願が取り下げられたり,放棄されたり,却下されたりした場合でも,初めからその特許出願がなかったことになるのではないので,その分割には何の影響も及ぼさない。分割出願は,もとの特許出願とは別個の新たな出願であるから(特許法44条1項),既に適法に行われた分割出願が,もとの特許出願の成否によって不適法な出願となることはない。
これに対し,本件出願は,その出願の当時,既にもとの特許出願(本件原出願)が係属しておらず,本件審判請求は審判請求期間を経過した後に行われた不適法なものであるから,もとの特許出願につき「補正をすることができる期間内」に行われることという分割の時期的要件を充たさないものであり,本件審判請求が却下される前に本件出願が行われたからといって,本件出願が適法なものとして受理されるものではない。
このように,本件出願は,適法に行われた分割出願とはその前提を全く異にするものである。
ウ特許法18条の2に規定する不適法な手続の却下の処分要件としては,当該手続について特許法に規定する要件を充たさない不適法な手続であって,その補正をすることができないこと(同条1項),処分前に却下理由を通知し,弁明書提出の機会を与えること(同条2項)で足りるものである。本件出願は,上記の却下の処分要件をいずれも具備しているから,仮に一定期間の経過によって本件出願が適法に受理されたとの原告の信頼が生じ,かつ却下によりその信頼が損なわれたとしても,そのことは何ら本件却下処分の処分要件充足性を左右するものではない。
本件出願から本件処分に至るまでの経緯からみても,本件却下処分までの期間の経過が不相当であったということはできない。
10エ仮に,本件のような期限徒過が米国では救済されるとしても,属地主義の原則からすれば,我が国特許法に米国と同様の救済規定が存在しない以上,米国特許出願についての取扱いは,本件処分を何ら左右するものではない。
(2)違法事由2について被処分者の信頼を損なったことが裁量処分の逸脱又は濫用となり得るとの原告の主張は,裁量処分の違法性の判断基準に関する判例法理に照らし,それ自体失当である。
また,本件の事実経過に鑑みるならば,本件審判請求の取下げを経て本件処分を行うという一連の処理は,特許庁において確認した原告の意思を踏まえてとられた手続であるから,本件処分が原告の信頼を害するとの主張は,その前提を欠くものである。
そもそも,本件審判請求事件の終了が却下審決と取下げのいずれかによるかを問わず,審判請求期間経過後に拒絶査定不服審判を請求しても,分割出願の形式的要件(時期的要件)である「補正をすることができる期間」を充たさないことは,特許法44条1項その他の規定から明らかであるから,仮に本件出願が却下されないことについて原告に何らかの信頼が生じたとしても,その信頼なるものの実態は,特許法の規定に従って行われた特許庁の審査・審判実務についての単なる誤解にすぎず,何ら法的保護に値するものとはいえない。
(3)違法事由3について特許法上,分割の時期的要件に違反した不適法な分割出願について,これをもとの特許出願の日時に出願日が遡及しない通常の特許出願とみなすべき特別の規定はなく,時期的制約に違反する不適法な分割出願が通常の出願に転換すると解釈する余地はない(東京高等裁判所昭和52年9月14日判決・無体集9巻2号608頁参照)。
11第3当裁判所の判断1前記第2の1争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば,本件原出願(平成9年4月25日出願)につき拒絶査定がされ,同査定の謄本が平成17年11月24日に原告の出願代理人に送達されたこと,特許庁長官は,同拒絶査定に対する不服審判の請求期限を特許法4条に基づき延長して拒絶査定の謄本の送達の日から90日としたこと,原告は,上記の不服審判の請求期限から約1か月を経過した平成18年3月23日に,上記拒絶査定につき不服審判を請求し(本件審判請求),同年4月24日に,本件原出願の分割出願として本件出願をしたこと,特許庁長官は,平成19年4月17日,本件審判請求が法定期間経過後の不適法な請求であり,明細書等を補正することができる期間が発生しないとして,本件出願を却下すべきものと認める旨の却下理由通知書を同月10日付けで発送し,同年7月19日,特許法18条の2第1項に基づき本件出願を却下する本件処分をしたこと,が認められる。
本件出願に適用される平成18年改正前の特許法においては,特許出願の分割は,明細書等の補正をすることができる期間内に限り可能とされており(平成18年改正前の特許法44条1項),拒絶査定との関係では,拒絶査定謄本送達の日から30日以内(本件では特許法4条により90日に延長)に不服審判を請求することができ(平成20年改正前の特許法121条1項),審判請求の日から30日以内に補正をすることができるとされている(特許法17条の2第1項4号)。本件においては,上記のとおり,本件審判請求は,法定期間である90日を経過した後にされたもので不適法であり,その結果として拒絶査定は確定し,本件原出願は係属しなくなったものであるから,明細書等の補正をすることが可能な期間がそもそも発生しないというほかはない。
そうすると,本件審判請求の後に行われた本件出願は,本件原出願の明細書,特許請求の範囲等について「補正をすることができる期間内」に行われたものではなく,分割出願を行うことができる期間内に行われたものということはで12きず,分割要件を充足しないものであって,不適法な分割出願であり,その補正をすることもできないから,特許法18条の2第1項に基づき却下されるべきものと解するのが相当である。
2違法事由1について(1)原告は,?@本件審判請求の期間として定められた90日という期間は法定期間ではなく,特許庁の内部規定として定めている期間にすぎないこと,?A特許法135条の「却下することができる」との文言からみて,不適法な審判請求であっても却下するかしないかは裁量行為であること,?B平成20年改正により拒絶査定不服審判の請求期間が延長されたことにより,本件のような出願も適法とされることになったことから,少なくとも在外者に関しては拒絶査定不服審判の請求期間について厳格な運用は予定されておらず,期間の経過をもって直ちに不適法な審判請求としてその請求が却下されなければならないものではない旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件において,本件審判請求の期間として定められた90日間という期間は,特許法4条に基づいて特許庁長官が平成20年改正前の特許法121条1項に規定する期間を延長した法定期間であることが明らかである。特許庁がその内部規定である方式審査便覧において特許法4条に基づき職権により在外者に延長する期間を一律に60日と定めていることは,同期間を法定期間と解することを何ら妨げるものではないから,同期間が法定期間ではないとの原告の上記主張は失当である。
また,本件処分の根拠規定である特許法18条の2第1項は,特許庁長官は,不適法な手続であってその補正をすることができないものについては,その手続を「却下するものとする。」と規定しており,その文言からみて却下するかしないかにつき裁量権が認められていると解することはできない。
原告の引用する特許法135条の「却下することができる。」との文言は,不適法な審判請求につきこれを却下するかしないかの裁量権を認めたもので13はなく,審判事件に係る不適法な手続であってその補正をすることができないものを審判長が決定で却下することができることを定めている特許法133条の2等との対比において,不適法な審判請求については,審判合議体が審決で相手方に答弁書を提出する機会を与えないまま却下する権限を有する旨を規定したにすぎないと解するのが相当である。この点についての原告の上記主張も失当である。
原告は,その主張の根拠として,平成20年改正により拒絶査定不服審判の請求期間が延長されたことを指摘する。しかしながら,同改正の附則において,平成20年改正の特許法の施行日である平成21年4月1日より前に謄本の送達があった拒絶査定に対する拒絶査定不服審判の請求については,なお従前の例によるものと定められており,本件のように平成17年11月24日に謄本の送達があった拒絶査定に対する拒絶査定不服審判の請求期間について平成20年改正法の適用がないことは明らかである。平成20年改正法により本件審判請求や本件出願が適法になると解すべき根拠はなく,原告の上記主張は失当である。
(2)原告は,平成18年改正前の特許法においては,拒絶査定を受けた後に分割出願を行うためには拒絶査定不服の審判請求を行う必要があったため,実務上,不要な審判請求を行い,分割出願をした後に,その審判請求を取り下げることが行われており,審判請求を取り下げても分割出願はそのまま適法に特許庁により受理されていたことから,審判請求手続と既に出願された分割出願を別個の手続として扱うべきであり,審判請求が不適法であっても,審判請求から30日以内にされ既に受理された分割出願までも不適法なものとして却下するのは適切でない,と主張する。
しかしながら,特許出願の分割は,明細書,特許請求の範囲等の補正をすることができる期間内に限り行うことができるのであり(平成18年改正前の特許法44条1項),補正ができるのは,事件が特許庁に係属している場14合に限られるから(特許法17条1項本文),分割の際に,もとの特許出願が特許庁に係属していることが必要である。本件においては,本件審判請求が法定期間を徒過した不適法なものであることにより本件原出願の拒絶査定が確定したため,本件出願当時において,本件原出願は特許庁に係属しておらず,本件原出願の「補正をすることができる期間」は発生しないから,本件出願は,たとえ本件審判請求から30日以内に行われたものであっても,分割の時期的要件を充たさず不適法というほかない。
分割がいったん適法に行われた場合には,その後に原出願が拒絶査定不服審判請求の取下げ等により特許庁に係属しなくなったとしても,分割出願が不適法となることはなく,その意味で原出願の審判請求手続と分割出願手続とは別個の手続であるということはできるものの,本件においては,上記のとおり,分割が適法に行われたということはできず,審判請求手続と分割出願手続とが別個の手続であるからといって,本件出願を適法なものとみる余地はないというべきであるから,原告の上記主張は失当である。
(3)原告は,本件出願後,本件処分まで約1年3か月もの期間が経過したため,原告において本件出願が適法に受理されたと信頼していたものであり,本件処分は,原告の信頼を著しく損なうものである旨主張する。しかしながら,本件出願から本件処分まで長期間を要したことにより本件出願が適法に受理されたとの信頼が原告に生じたとしても,そのことによって,不適法な本件出願が適法なものとなると解する余地はないというべきであるから,原告の上記主張は失当である。
(4)原告は,原告の会社設立国である米国においては,本件のように出願人が応答期間を徒過した場合でも,それが故意でない場合には出願が救済される旨の規定があり出願が適法なものとして扱われることを考慮すべきである旨主張する。しかしながら,属地主義の原則により,米国における規定が本件処分の効力を左右するものでないことは明らかであるから,原告の上記主張15は失当である。
(5)以上のとおりであるから,違法事由1は理由がない。
3違法事由2について原告は,本件審判請求が不適法なものであることは直ちに明らかな事項であるから,特許庁としては,本件審判請求を速やかに却下した上で本件出願につき却下理由を通知するか,本件審判請求を却下するまでもなく,直ちに本件出願につき却下理由を通知することができたにもかかわらず,本件出願から却下理由の通知まで約1年を要し,本件処分まで約1年3か月を要したため,原告は,本件出願が適法に受理されたと信頼し,本件出願に係る特許につきライセンス契約を締結してしまったものであるから,本件処分は,原告の信頼を著しく害し,かつ著しい不利益を被らせるものであり,信義則上,行政裁量を逸脱,濫用したものとして違法と判断されるべきであると主張する。
しかしながら,そもそも,本件審判請求のように審判請求期間経過後に請求された拒絶査定不服審判は不適法であって,拒絶査定が確定する結果,分割出願の形式的要件(時期的要件)である「補正をすることができる期間」がそもそも生じず,本件出願が同要件を充たさず不適法であることは,平成18年改正前の特許法44条1項その他の規定から明らかである。仮に,原告において,期間の経過により本件出願が却下されないと信頼したとしても,それは特許法の規定の不知ないし誤解に基づくものにすぎず,そのような信頼は,法的保護の対象とはならないというべきである。仮に,本件処分が原告の上記信頼を損なったとしても,そのことは,何ら本件処分を違法とする根拠とはならない。
違法事由2も理由がない。
4違法事由3について原告は,本件出願が分割要件を欠く不適法なものであっても,その出願日を原出願の出願日まで遡及させず,本件出願日に出願された通常の特許出願と扱えば足りるから,本件出願そのものを却下するのは違法である旨主張する。
16しかしながら,特許法上,不適法な分割出願を,原出願の日に出願日が遡及しない通常の特許出願とみなす旨の規定はなく,そのように解釈すべき根拠も見当たらないから,原告の上記主張は法的根拠を欠くものであり,採用することができない。
違法事由3も理由がない。
5よって,原告の本訴請求は,理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を,控訴のための付加期間につき同法96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官 平田直人,同瀬田浩久