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関連審決 不服2005-19713
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  自然法則 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  使用方法 /  インターネット /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  技術的範囲 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  発明が明確 /  登録実用新案 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 20年 (行ケ) 10107号 審決取消請求事件
原告X 2 原告X
原告ら訴訟代理人弁理士鈴木正次
同 涌井謙一
同 山本典弘
被告特許庁長官
指定代理人後藤彰
同 藤内光武
同 岩崎伸二
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告らの請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2005-19713号事件について平成20年2月13日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告らは,発明の名称を「新聞顧客の管理及びサービスシステム並びに電子商取引システム」とする発明について,平成12年11月10日に特許出願をしたが(甲10),平成17年9月8日に拒絶査定を受けたので,同年10月12日,これに対する不服の審判(不服2005-19713号事件)を請求した。原告は,同年10月12日,同年11月11日,平成19年9月10日及び同年12月28日付けで手続補正をしたが(甲9),特許庁は,平成20年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その審決の謄本は平成20年2月26日に原告らに送達された。
2 特許請求の範囲平成19年12月28日付けで補正された後の明細書(以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1(以下,単に「請求項1」という。)の記載は,次のとおりである(甲9。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。
「営業マンの複数人のグループを最小単位とした各班のPC(パソコン。以下同じ)と,順次大きなグループになるような各階層のPCと,前記各階層を総括する本部のPCと,顧客のPCと,からなるネットワークを用い,前記各PCを用いて以下の構成としたことを特徴とする新聞顧客の管理及びサービス方法。
(1)前記各営業マンが把握した顧客の個人情報を,各営業マンのPCに入力することにより個人のコード番号を付してコード化し,暗号化して,前記班のPCから各階層のPCに転送し,予め定めた情報を自動的に登録し,かつ本部のPCへ,同時に転送する。
(2)前記暗号化した個人情報は,重要度と機密実用度に応じ,前記各階層のPC及び本部のPCにおいて,担当部署の担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定し,前記各PCで自動的に平文化する。
(3)前記本部のPCで,前記顧客個人情報を登録し,又は再暗号化して登録すると共に階層別に管理する。
(4)前記各顧客は,自己のPCに専用キーをインストールし,前記本部のPCには,前記顧客の専用キーに対応した専用キーを予め保有させる。
(5)前記個人情報は,本部のPCに登録してデーターベース化し,前記各階層のPCには必要な部署のPCだけに必要な解読ソフトを保有させておく。
(6)顧客が,本部PCから知らされた商品を希望する場合には,顧客PCから前記商品の情報を本部PCへ送信し,その商品を電子注文する,本部PCは前記コード化により自動で顧客の認証を行い,ついで前記電子注文に応じて,前記本部PCからの指示により前記本部又は各階層に設置されたデリバリーセンターから,電子注文に対応した商品を顧客に届ける。
(7)前記階層は,営業マンのグループを班とし,数班を団とし,数団を地区支部とし,数地区支部をブロックとし,全ブロックのPCを夫々本部PCと接続することによって電子的に発信及び受信できるように直結する。」3 審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,特許請求の範囲の記載が不備であるため,本願は,特許法36条6項2号に規定する明確性の要件を満たしていないし,仮にその要件を満たしたものであるとしても,本願発明は,特開2000-76338号公報(甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本願は拒絶されるべきものである,というものである。
審決は,引用発明の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を下記(1)ないし(3)のとおり認定した。
(1) 引用発明の内容「広告・販売用コンピュータと,顧客端末とからなるネットワークを用い,広告・販売事業主が取得した顧客データを,IDを付与し,顧客データベースに格納し,顧客が,広告・販売用コンピュータから送信する書籍メニューデータについて,顧客端末から広告・販売用コンピュータへ購入決定を送信すると,広告・販売用コンピュータはID送信要求を送信し,顧客端末は所定場所からIDを取得してホスト・コンピュータに送信し,ホスト・コンピュータは返信されたIDが正当なものかどうかを確認し,受注処理を行い,書籍データを顧客端末に送信する,顧客の管理及びサービス方法。」(2) 本願発明と引用発明の一致点「販売組織のPCと,顧客のPCとからなるネットワークを用い,販売組織が把握した顧客個人情報を,個人のコード番号を付しコード化し,個人情報は,販売組織のPCに登録してデーターベース化し,顧客が,販売組織のPCから知らされた商品を希望する場合には,顧客PCから前記商品の情報を販売組織のPCへ送信し,その商品を電子注文すると,コード化により自動で顧客の認証を行い,電子注文に応じて,販売組織のPCからの指示により販売組織から電子注文に対応した商品を顧客に届ける,顧客の管理及びサービス方法。」(3) 本願発明と引用発明との相違点[相違点1]本願発明のネットワークが,営業マンの複数人のグループを最小単位とした各班のPCと,順次大きなグループになるような各階層のPCと,前記各階層を総括する本部のPCと,顧客のPCとからなり,前記階層は,営業マンのグループを班とし,数班を団とし,数団を地区支部とし,数地区支部をブロックとし,全ブロックのPCを本部と接続することによって電子的に発信及び受信できるように直結するのに対して,引用発明のネットワークは,販売組織のPCと,顧客のPCとからなっており,販売組織は階層を有さない点。
[相違点2]本願発明が新聞顧客の管理及びサービス方法であって,その顧客個人情報が,各営業マンが把握したものであり,各営業マンのPCに入力することにより個人のコード番号を付してコード化され,班のPCから各階層のPCに転送され,予め定めた情報が自動的に登録され,かつ本部のPCへ同時に転送されて,本部のPCで登録され,又は再暗号化して登録されると共に階層別に管理され,データーベース化されるものであるのに対して,引用発明は新聞顧客を対象とするものではないとともに,その顧客個人情報は,販売組織が把握したものであり,販売組織のPCに登録され,データーベース化されるものである点。
[相違点3]本願発明が,顧客個人情報を各営業マンが暗号化して,前記暗号化した個人情報は,重要度と機密実用度に応じ,前記各階層のPC及び本部のPCにおいて,担当部署の担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定しており,各PCで自動的に平文化され,各階層のPCでは必要な部署のPCだけに必要な解読ソフトを保有させておくのに対して,引用発明はそのような構成を有さない点。
[相違点4]本願発明が,各顧客が自己のPCに専用キーをインストールし,本部のPCには,前記顧客の専用キーに対応した専用キーを予め保有させるのに対して,引用発明はそのような構成を有さない点。
[相違点5]本願発明においては,商品を知らせるのが本部PCであり,本部PCはコード化により自動で顧客の認証を行い,本部PCからの指示により本部又は各階層に設置されたデリバリーセンターから商品を届けるのに対して,引用発明はそのような構成を有さない点。
当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告らの主張審決には,以下のとおり,(1)特許法36条6項2号違反とした判断の誤り(取消事由1),(2)一致点の認定の誤り・相違点の看過(取消事由2),(3)容易想到性の判断の誤り(取消事由3)がある。
(1) 取消事由1(特許法36条6項2号違反とした判断の誤り)ア 顧客の個人情報の入力後にされる転送等の主体について審決は,請求項1(1)について,「コード番号を付してコード化し」,「暗号化し」,「転送し」又は「転送する」という処理が,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さずして自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でないと判断した(審決書5頁18行〜25行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。
すなわち,特定事項は明りょうであって,これを用いる方法も明確である。また,営業マン,顧客及び各階層にPCを配したネットワークにおいては,PCが処理できることはすべてPCに処理させるのが「各PCを用いて」(請求項1冒頭)の意味であるから,「顧客の個人情報を営業マンのPCに入力する」までを人間(営業マン)が行い,その後の特定事項を全部PCが行うと理解するのが自然である。したがって,「特定しようとする事項が明らかでない」とする審決の判断には誤りがある。
イ 平文化(暗号文の解読)の範囲設定の主体について審決においては,請求項1(2)について,「平文化できる範囲を設定し」という処理が,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さずに自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でない旨判断した(審決書5頁26行〜32行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。すなわち,本願発明における管理サービス方法は,営業マンが集めた顧客の個人情報を入力した後には,これが各階層へ転送され,データーベース化されるのであるから(甲10の段落【0014】),一連のネットワークによる処理中に,人間(オペレーター)が介在する余地はない。本願発明の請求項1の前文中の「各階層のPCからなるネットワークを用い,前記各PCを用いて」との記載は,ネットワークがPCによって成立し,各階層中にPCが組み込まれ,これを使用して管理サービスを行うことを意味しており,PCが処理できることを請求項1(1)ないし(7)に特定して列挙しているから,PCが処理できることは全部PCで処理することを指し,その意味は明確である。
また,請求項1(2)においては,?@重要度と機密実用度に応じ,各階層のPC,本部PCで担当者のパスワード別に平文化できる範囲を設定すること,?A各PCで自動的に平文化することが特定されている。そして,PCの機能については,出願当時の技術を採用するもので,当業者が最も合理的と判断した使用方法によることはいうまでもない。平文化がPCにより自動的に行われることは自明である。
このように,PCの自動的処理と,特定しようとする事項が明らかであるから,これを明確でないとした審決は,誤りである。
ウ 本部のPCにおける登録,再暗号化及び階層別管理の主体について審決は,請求項1(3)について,「顧客個人情報を登録し」,「再暗号化して登録する」又は「階層別に管理する」という処理が,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さずに自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でない旨判断した(審決書5頁最終行〜6頁5行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。すなわち,請求項1(3)には,?@顧客の個人情報を登録すること,?A顧客の個人情報を再暗号化して登録すること,?B階層別に管理することが特定されており,「階層別」に登録して管理するというのは,PCに対応ソフトを入れて全自動で行うことであるから(甲10の段落【0014】),その意味は明確である。
エ 登録・データーベース化の主体について審決は,請求項1(5)について,「登録してデーターベース化」するという処理が,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さず自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でない旨判断した(審決書6頁6行〜11行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。すなわち,請求項1(5)には,?@個人情報は,本部のPCに登録してデーターベース化すること,?A各階層のPCには担当部署の担当者のパスワード別に平文化できる範囲を設定し,前記各PCで自動的に平文化することが特定されている(甲10の段落【0014】,【0017】)。そして,班から自動的に送られてきて各階層を介し本部に登録される情報は,すべてPCにより自動的に行われるから,その意味は明確である。この過程に人間を介在させる余地はない。
オ 顧客個人情報の階層別管理の意味について審決は,請求項1(3)について,「顧客個人情報を」「階層別に管理する」とは,「階層」をどのように用いて,顧客個人情報に対してどのような処理を行うことを意味するのかが明確でない旨判断した(審決書6頁12行〜21行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。すなわち,「本部PCで・・・登録すると共に階層別に管理する」とは,「登録は全部本部で行い,登録の内容を階層別にする」ということを指し,登録の仕方が階層別ということであって,同一階層の顧客情報をその階層へ共に登録するという当然のことを述べたものである。また,階層別とは,各階層に符号を付し,顧客を特定することを意味する。営業マンが班のPCを介して個人情報を使用することはない。個人にコード番号を付し,コード化して転送するので,当然階層別になっており,本部においては階層別に管理することになる。
カ 専用キーの用い方について審決は,請求項1(4)について,専用キーがどのように用いられるのかが明らかでなく,その技術的意義が明確でない旨判断した(審決書6頁22行〜29行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。すなわち,上記は,「顧客が専用キーを有し,本部のPCにも顧客の専用キーに対応した専用キーを保有する」こと,すなわち,顧客のPCと本部PCとが互いに直結して通信できることを意味するから,専用キーの使い方を請求項に記載しなくとも,「PCを用いる」(請求項1冒頭)のであれば,この種PCによる専用キーの使用方法は明確である。
キ 「個人のコード番号」による顧客認証の方法について審決は,請求項1(6)について,「前記コード化により自動で顧客の認証を行い」という記載では,本部PCが,例えば,どのハードウェアとどのハードウェアから,どのようにコード番号等の情報を取得し,どのような処理によって対照しているのかが明確でない旨判断した(審決書6頁32行〜7頁8行)。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。すなわち,上記は,正に「個人のコード番号」を顧客の認証に用いることをいう。顧客の認証は,顧客コードにより自動的に行われ(甲10の段落【0030】),顧客から電子注文を受けた本部は,本部のデーターベースの記載と照合すれば自動的に顧客であるかどうかを認証することができる。クレジットカード決済の場合には,クレジットカード番号が暗号化されたままクレジットコールセンターに送られ,ペイメントサーバーを通じ,クレジット決済の可否を認証し,クレジット決済可の場合にはその旨を本部に通知し,本部は商品発送の手続を行うものとされているから,その意味は明白である(甲10の段落【0029】〜【0032】)。
(2) 取消事由2(一致点の認定の誤り・相違点の看過)審決は,本願発明が「新聞顧客を顧客とする新聞の販売」に関するものであるとし(審決書12頁22行),本部等を「新聞を販売する組織である」と誤認した上で,本願発明における「各営業マンが把握した顧客個人情報」と引用発明における「広告・販売事業主が取得した顧客の個人情報」とは,「販売組織が把握した顧客個人情報」である点で共通すると認定した(審決書12頁22行〜33行)。
確かに,本願発明と引用発明とは,顧客のデーターベースを登録する点において一致するが,本願発明は,「新聞の販売」に関するものではなく,「新聞顧客の管理及びサービス方法」に関するものである。本願発明における地方紙の配信サービスや過疎地の電子新聞サービスは,いずれも無料又は実費で配信するものであり,本願発明の「サービス」は,顧客定着化のための付加的なサービスであって,引用発明のように物品(書籍)の販売をするものではない。したがって,審決は,一致点の認定を誤り,上記相違点を看過した。
(3) 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)ア 相違点1(組織の階層化等)の容易想到性判断の誤り本願発明は,本部が統括し,本部と階層が分担してサービスを行うシステムを用いるサービス方法であって,従来知られている営業を行う企業一般における組織とは全然異なる。そうであるのに,審決は,本部,階層及び営業マンが「営業を行う企業一般における組織」であるという誤った前提に立った上で,「営業を行う企業一般における組織」であれば,組織を階層化し,各階層及びその構成員にPCを配置し,ネットワークの一部として階層間を電子的に発信及び受信することができるように直結することも通常に行われていることであり,どのような単位を階層とし,組織の階層を何階層にするかは企業の規模などに応じて適宜取り決めることができる事項であるとし,本願発明において「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」及び「本部」からなる階層化を採用すること(相違点1)が容易想到であるという誤った判断をした。
イ 相違点2(顧客個人情報のコード化等)の容易想到性判断の誤り(ア)審決は,相違点2(顧客個人情報のコード化等)について,営業マンが新聞顧客について顧客個人情報を把握して個人のコード番号を付してコード化することは周知の事項である(登録実用新案第3014597号公報(甲2。以下「周知例1」という。)の図3,4参照)旨判断した(審決書15頁26行〜28行)。
しかし,そこでいう周知事項は,新聞販売のためのコード化であり,階層化を考える余地がないのに対して,本願発明は管理サービスのために階層化したシステムについて本部へ登録するものであって次元が異なっているから,引用発明に顧客個人情報のコード化という上記の周知事項を適用することは困難であり,審決の判断は,誤りである。
(イ)審決は,「複数の階層にPCを有する組織において,顧客の個人情報を,どのような階層のPCに登録するかは,情報の管理や利用上の必要に応じて当業者が適宜選択することができる設計事項であ」ると判断した(審決書15頁30行〜32行)。
しかし,本願発明と同一又は近似の階層を示すことなく,また通過情報の平文化の例も示しておらず,前記階層における情報の処理を設計変更の問題にすぎないとした審決の判断には,論理過程を示していない点で誤りがある。
(ウ)審決は,下位組織のPCに入力された顧客の個人情報を上位組織のPCに転送して登録することは,例えば特開平8-18523号公報(甲3の段落【0105】ないし【0121】)で示されるように周知技術である旨判断した(審決書15頁32行〜35行)。
しかし,本願発明のように,各階層が班,団,地区支部,ブロック及び本部であって,班から本部へ個人情報を送るに際して各階層がサービスに使用する情報のみを平文化し,他は暗号化されたまま本部へ転送するという技術は,従来類例がなく,したがって下位組織のPCから上位組織のPCへ転送することが仮に周知であったとしても,それと実質的に異なる引用発明に適用して,本願発明の転送方法を得ることは容易ではないから,これを容易であるとした審決の判断は誤りである。
(エ)審決は,「本願発明のうち顧客個人情報を階層別に管理することは周知である」旨判断し(審決書16頁4行〜7行),特開2000-250990号公報(以下「周知例3」という。甲4。特に段落【0053】)を例示した。
しかし,この周知例3(甲4)には「新規顧客に割り付けた顧客IDが記憶されている」旨が記載されているにすぎず,本願発明のように班,団,地区支部,ブロックの階層を必須要件とし,各階層別に管理する場合を想定していないから,これをもって顧客個人情報を階層別に管理することが周知事項であるとはいえず,審決の判断は誤りである。
ウ 相違点3(暗号化の範囲)の容易想到性判断の誤り(ア)審決は,相違点3(暗号化の範囲)について,「企業の組織において,顧客個人情報の暗号化をどの部署でだれが行うかは,必要に応じ適宜取り決めることができる事項であり・・・最初に情報を入手する営業マンが顧客の個人情報を暗号化するよう取り決めることに困難性はない」(審決書16頁15行〜19行)と判断した。
しかし,本願発明における対象物は個人情報で,その組織は班,団,地区支部,ブロック,本部からなるものであり,個人情報の使用はサービスであるから,書籍の広告・販売システムである引用発明の組織,情報処理からは到底予測すらできないものである。
(イ)審決は,「顧客個人情報について,担当部署毎に情報へのアクセスを制限する等の管理を行うことは,従来周知の事項である」(審決書16頁23行,24行)とし,「担当部署の担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定し,各PCで自動的に平文化することに困難性はない。」(審決書17頁5行,6行)と判断した。
しかし,本願発明は,企業の組織でなく,新聞顧客の管理及びサービスを行う組織であって,班,団,地区支部,ブロック,本部の階層組織からなるものであり,個人情報を暗号化し転送し,前記階層においてサービスに必要とされる事項を平文化するものであるのに対し,引用発明は書籍の広告・販売システムであって,顧客端末と,広告,販売用コンピュータとが直結しており,階層の発想が皆無であるから,各階層により個人情報中の平文化する情報を異にさせることなども想定し得ないことである。したがって,これを容易想到であるとした審決の判断は誤りである。
エ 相違点4(専用キーの使用)の容易想到性判断の誤り審決は,相違点4(専用キーの使用)について,特開平7-162451号公報(以下「周知例6」という。甲7)を引用し,「予めコンピュータに保存した専用キーを用いる公開鍵暗号方式等の暗号方式を用いることも周知技術」(審決書17頁18行〜20行)であるとした上で,「販売者と購入者との間の情報提供,または,商品の取引に際して,暗号化に公開鍵暗号方式等の周知の暗号方式を採用して,顧客のPC及び本部のPCにそれぞれ専用キーをインストールまたは予め保有させるようにすることに困難性はない。」(審決書17頁25行〜28行)と判断した。
しかし,本願発明における顧客と本部とは,商品売買の関係にあるのではなく,本部からのサービス提供について,個人情報保護のために専用キーを用いる関係にあるから,上記周知例6の電子回覧方式とは異なる。したがって,相違点4について,階層の発想のない引用発明に周知例6の電子回覧方式を適用することにより本願発明を容易に発明することができたとする審決の判断は,別異のシステムを同一視するもので,誤りである。
オ 相違点5(本部PCによる顧客認証等)の容易想到性判断の誤り審決は,相違点5(本部PCによる顧客認証等)について,「複数の階層にPCを有する組織において,顧客PCに商品を知らせ,顧客の認証を行い,電子注文に応じて商品を届ける指示をする機能をどの階層のPCに担当させるかは,情報の管理や利用上の必要等に応じて当業者が選択することができる設計事項であり,例えば,周知例3(甲4。特に段落【0038】〜【0058】参照)に示されるように,ネットワークを用いた商取引において,階層からなる組織を経由せずに商取引を行うことも周知の事項であるから,本部PCが顧客PCに商品を知らせ,顧客の認証を行い,電子注文に応じて商品を届ける指示をするようにする点に困難性はない。そして,デリバリーセンターは,商品の販売において一般に用いられているものである(例えば,特開平10-214297号公報(特に段落【0081】)参照)。そうすると,相違点5に係る本願発明の構成は,引用発明に周知の事項を適用することにより,当業者が容易に想到することができたものというべきである」旨判断した(審決書17頁下から6行〜18頁10行)。
しかし,引用発明においては,顧客端末と広告販売用コンピュータとはダイレクトに連結されているので(甲1の図2),周知技術を引用発明に適用することはできず,相違点5を当業者が容易に想到することができたという審決の判断は誤りである。
2 被告の反論(1) 取消事由1(特許法36条6項2号違反とした判断の誤り)に対しア 顧客の個人情報の入力後にされる転送等の主体について請求項1の記載では,「コード番号を付してコード化し」,「暗号化して各班のPCから各階層のPCに転送して登録し」,「本部のPCへ同時に転送する」という各処理を人間又はPCのどちらが行うのかが明らかではないから,明確性を欠く。
イ 平文化の範囲設定の主体について「営業マン,顧客及び各階層にPCを配したネットワーク」であるからといって,原告ら主張のようにPCが処理できることは全部PCに処理させることを意味するとはいえないことは,ネットワークが構造体として複数要素の接続形態を規定したものにすぎないことから明らかである。また,「各PCを用いて」という記載をもって,PCが処理できることは全部PCに処理させることを意味するとはいえない。さらに,班のPCへ入力された情報が,各階層のPCを経由して本部PCを介し,データーベース化されるからといって,一連のネットワークによる処理中に人間が本部PCを操作する余地がなくなるとはいえないから,「各階層のPCからなるネットワークを用い,前記各PCを用いて」という記載のみからは,各処理の主体がPCであるのか人間であるのかは不明である。
原告らは,「請求項1中(2)には,各階層のPC,本部PCで担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定することが特定されているので,PCの自動化が明記されている。」旨主張する。しかし,請求項1には,「各階層のPC,本部PCで」とは記載されていないから,失当である。また,平文化できる範囲の設定をPCの機能で自動的に処理することが常に最も合理的であるわけでもないから,平文化がPCにより自動的に行われることが自明であるともいえない。
原告らは,PCの機能については出願当時の技術を採用するもので当業者が最も合理的と判断した使用方法によることはいうまでもないと主張する。しかし,当業者が最も合理的と判断する基準は,多様であるから,原告らの上記主張も妥当ではない。
以上のとおり,「平文化できる範囲を設定し」という処理が,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さずに自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,「(2)前記暗号化した個人情報は,重要度と機密実用度に応じ,前記各階層のPC及び本部のPCにおいて,担当部署の担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定し,前記各PCで自動的に平文化する。」という特定事項が明確でないとした審決の判断に誤りはない。
ウ 本部のPCにおける登録,再暗号化及び階層別管理の主体について対応ソフトを入れて全自動で行うことが当然であるとはいえない。転送された情報は,PC又はデーターベースに登録されるので,人間がその情報に介在し得るし,そのような方法も広く採用されている。よって,「顧客個人情報を登録し」,「再暗号化して登録する」,「階層別に管理する」という各処理が,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さずに自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるから,「(3)前記本部のPCで,前記顧客個人情報を登録し,又は再暗号化して登録すると共に階層別に管理する。」という特定事項が明確でないとした審決の判断に誤りはない。
エ 登録・データーベース化の主体について「登録してデーターベース化」するという処理は,人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さずに自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,「(5)前記個人情報は,本部のPCに登録してデーターベース化し,前記各階層のPCには必要な部署のPCだけに必要な解読ソフトを保有させておく。」という特定事項が明確でないとした審決の判断に誤りはない。
オ 顧客個人情報の階層別管理の意味について原告らは,同一階層の顧客情報をその階層へ共に登録する意味であると主張する。しかし,請求項1記載の顧客(個人)情報には階層がないので,「同一階層の顧客情報」という概念は存在しないし,情報はPCなどの装置に登録するものであって,「階層」へ情報を登録することはできないから,原告らの上記主張は明確でない。また,原告らは,「営業マンが班のPCを介して個人情報を使用することはない。」と主張しているが,そのことが「顧客個人情報を」「階層別に管理する」ことであるとは,請求項1の記載からは把握することができない。
カ 専用キーの用い方について原告らは,顧客のPCと本部PCとが互いに直結して通信できることを意味しており,専用キーの使い方を請求項に記載しなくとも,「PCを用いる」のであれば,この種のPCによる専用キーの使用方法は決まっていると主張する。しかし,PCによる専用キーの使用方法は,解決しようとする課題によって,さまざまな使用方法があるから,新聞顧客の管理及びサービス方法を実行するための具体的な技術的解決手段として,専用キーがどのように用いられるのかが明らかでなければ,発明を特定するための事項の記載が明確であるとはいえない。
キ「個人のコード番号を付したコード化」による顧客認証の方法について原告らは,「個人のコード番号」が顧客の認証に用いられることが明らかであると主張する。しかし,請求項1の記載では,本部PCが,例えば,どのハードウェアとどのハードウェアから,どのようにコード番号等の情報を取得し,どのような処理によって対照等することにより顧客の認証をしているのかが明確でないので,具体的な技術的解決手段として当業者が明確に理解することできない。
(2) 取消事由2(一致点の認定の誤り・相違点の看過)に対し新聞顧客に対するサービスとして,最も一般的なサービスが新聞販売サービスであることは明らかであり,本願発明が新聞販売組織に関するものであるとした審決の理解は,本願明細書(甲10)の段落【0057】の「また図5は,本部とブロック間の関係を示すもので,地方紙の配信サービスなどに有用である」,「次に図6は,本部と過疎地の顧客に対するサービスであって,要望があれば,電子新聞などの利用も有望である」という記載内容とも合致する。したがって,本願発明を「新聞の販売に関するもの」とし,「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」,「本部」は新聞を販売する組織であるとして,引用発明との対比を行った審決に誤りはない。
(3) 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)に対しア 相違点1(組織の階層化等)の容易想到性判断の誤り審決は,本願発明を「営業を行う企業一般における組織」として認定していないから,これを認定したとする原告らの主張は,前提を誤っている。そして,「営業マンの複数人のグループを最小単位とした各班」,「順次大きなグループになるような各階層」及び「各階層を総括する本部」のような階層からなる組織は,営業を行う企業一般における組織としてごく普通のものであ」る。また,本願明細書(甲10)の段落【0038】には,「例えばチェーン店等における顧客管理は,各店と本部のみでよいことは勿論である」と記載されている。そうすると,本願明細書(甲10)の段落【0038】にも記載があるように,「規模により,地域により,管理階層を増減することができる」こと,及び,企業が行う営業内容(業種)により,同じく管理階層を増減することができることは,当業者ならば容易に首肯し得る事項であるから,組織の階層を何階層にするか,また,どのような単位を階層とするかは,上記の条件(規模,地域,業種)などに応じて適宜取り決めることができる事項である。よって,審決が,「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」及び「本部」からなる階層を採用することに困難性はないとした判断に誤りはなく,相違点1に係る本願発明の構成は,引用発明に周知の事項を適用することにより,当業者が容易に想到することができたとした審決の判断に誤りはない。
イ 相違点2(顧客個人情報のコード化等)の容易想到性判断の誤りに対し(ア)原告らは,周知例1によって周知事項とされるものは新聞販売のためのコード化であり,管理サービスのために階層化したシステムについて本部へ登録するものとは異なるし,階層化を考える余地がないと主張する。
しかし,周知例1(甲2)の図3及び図4の記載は,営業マンが新聞顧客の個人情報を把握して,個人のコード番号を付してコード化することを示しているから,「営業マンが新聞顧客について顧客個人情報を把握して,個人のコード番号を付してコード化することが周知の事項であるとした審決の認定に誤りはない。
(イ)原告らは,審決は,本願発明と同一又は近似の階層を示すことなく,また,通過情報の平文化の例を示すこともなく,階層における情報の処理を設計変更の問題であるとするのは間違いである,本願発明の各階層には情報が通過するが,それぞれサービスに必要な情報のみ平文化されると主張する。しかし,請求項1においては,平文化の範囲は,担当者のパスワード別とされ,サービス別とはされていない上,各階層においてサービスが実行されることを示す記載もない。したがって,原告らの「各階層には情報が通過するが,それぞれサービスに必要な情報のみ平文化される」という主張は,請求項1の記載に基づかないものであって,失当である。
(ウ)原告らは,「班から本部へ個人情報を送るに際し,各階層がサービスに使用する情報のみを平文化し,他は暗号化されたまま本部へ転送する技術は従来類例がなく,下位組織のPCから上位組織のPCへ転送することが仮に周知であっても,これと実質的に異なる引用発明に適用して本願発明の転送方法を得ることは困難であると旨主張する。しかし,上記のとおり「各階層がサービスに使用する情報のみを平文化し」という主張は,請求項1の記載に基づかないから,失当である。また,平文化の範囲に関する相違点は,審決においては,相違点3として別に抽出して判断しているから,相違点2に係る原告らの上記主張は失当である。
(エ)原告らは,審決が示した周知例3(甲4)には新規顧客を割り付けた顧客IDが記憶されていると記載されているにすぎないから,これをもって顧客個人情報を階層別に管理することが周知であるとはいえない旨主張している。しかし,周知例3(甲4)の段落【0053】には,顧客ID以外に組織の階層の情報である「店舗コード」も記憶されている。また,顧客管理の分野において,店舗は販売組織の一階層と位置づけられるから,「組織の階層の情報を顧客情報の一部として管理を行うことは周知の事項である」旨説示した審決(審決書16頁6行〜7行)に誤りはない。
(オ)原告らは,引用発明が「書籍の広告,販売システムおよび広告,販売方法」に関する発明であって,「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」,「本部」からなる階層を有さず,顧客端末と広告販売用コンピュータとは直結しているので,周知技術を適用する構成にないと主張する。しかし,引用発明は,「顧客の管理及びサービス方法」であり,引用発明に「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」,「本部」からなる階層を採用することに困難性はないから,相違点2に係る本願発明の構成は,引用発明に周知の事項を適用することにより,当業者が容易に想到することができたとした審決に誤りはない。
ウ 相違点3(暗号化の範囲)の容易想到性判断の誤りに対し企業の組織において,顧客個人情報の暗号化をどの部署でだれが行うかは,必要に応じて適宜取り決めることができる事項であり,一般に暗号化の目的は情報の閲覧を制限することにあることを勘案すれば,情報が閲覧される機会が最も少なくなるように,最初に情報を入手する営業マンが顧客個人情報を暗号化するように取り決めることに困難性はないから,これと同旨の審決の認定に誤りはない。
原告らは,階層,個人情報の転送,中間階層の平文化制限などがいずれも新規であるから,新聞顧客の個人情報を班から本部へ転送する際の各階層における平文化制限は容易に発想できるものではないと主張する。しかし,甲5(以下「周知例4」という。)に「アクセス・レベルを部署や階層によって細かく設定することで,本来の目的以外に個人情報を利用することを防いでいる」との記載があるとおり,階層に基づく個人情報へのアクセス制限は周知であり,甲6(特開2000-235569号公報,以下「周知例5」という。)によれば,情報へのアクセスを制限する手段として,情報を暗号化することや,利用者に応じて平文化できる範囲を設定し,それに応じたパスワードを保有させて,自動的に平文化を行うことも周知であるから,「担当部署の担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定し,各PCで自動的に平文化することに困難性はない」とした審決の判断には,誤りはない。
原告らは,引用発明では,顧客端末と広告販売用コンピュータとは直結しているので,階層の発想は皆無であり,また,階層がないので,各階層により個人情報中の平文化する情報を異にすることはあり得ず,引用発明に周知技術を適用することはできない旨主張する。しかし,引用発明に「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」及び「本部」からなる階層を採用することに困難性がないことは,前記主張のとおりであるから,審決に誤りはない。
エ 相違点4(専用キーの使用)の容易想到性判断の誤りに対し原告らは,本願発明における顧客と本部とは商品の販売購入関係にあるのではなく,本願発明の専用キーは,本部からサービスを提供する際に顧客の個人情報を保護するための専用キーであるから,審決引用の周知例6のような電子回覧方式とは異なる旨主張する。しかし,請求項1には,「本部PCは前記コード化により自動で顧客の認証を行い,ついで前記電子注文に応じて,前記本部PCからの指示により前記本部又は各階層に設置されたデリバリーセンターから,電子注文に対応した商品を顧客に届ける」と記載されているので,本願発明における顧客と本部との関係が商品の販売購入関係にあることを含むというべきであるから,原告らの上記主張は失当である。また,本願発明の専用キーが本部からのサービス提供の際の個人情報保護のための専用キーであるという原告らの主張は,請求項1には記載も示唆もないから,失当である。
オ 相違点5(本部PCによる顧客認証等)の容易想到性判断の誤りに対し原告らは,引用発明は,顧客端末と広告販売用コンピュータとはダイレクトに連結されているので,周知技術を引用発明に適用することはできず,相違点5を当業者が容易に想到することはできないと主張する。しかし,引用発明に班から本部までの階層化を採用することに困難性がないことは,前記主張のとおりであり,周知事項を引用発明に適用した審決に誤りはない。
当裁判所の判断
事案にかんがみ,取消事由2,3から,先に判断する。
1 取消事由2(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について原告らは,本願発明は,「新聞顧客の管理及びサービス方法」に関するものであり,その地方紙の配信サービスや過疎地の電子新聞サービスも無料又は実費で配信する顧客定着化のための付加的なサービスに係る発明であって,「新聞の販売」に関するものではないから,物品(書籍)の販売をする引用発明とは異なるにもかかわらず,審決は本願発明を「新聞の販売」に関するものであると誤認し,引用発明との相違点を看過している旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0057】で言及されている地方紙の配信サービス等が無料又は実費であることや,本願発明のサービスが顧客定着化のための付加的なサービスであることは,本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれの記載にも基づかない主張であって,失当である。そして,本願発明における「新聞顧客」が「新聞配達先」とされ(本願明細書の段落【0002】,【0004】),「営業マン」が「契約獲得者」とされ(本願明細書の段落【0014】),本願発明の代表的なサービスが「新聞販売」であると認められることに照らすならば,本願発明を「新聞の販売に関するもの」とし,「本部」等を新聞を販売する組織であるとした審決の認定に誤りはない。
以上によれば,原告ら主張の取消事由2(一致点の認定の誤り・相違点の看過の主張)は,理由がない。
2 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について(1) 相違点1(階層化等)の容易想到性判断の誤りについて原告らは,本願発明は,本部が統括し,本部と階層が分担してサービスを行うシステムを用いるサービス方法であって,従来知られている営業を行う企業一般における組織とは異なるにもかかわらず,審決は,本部,階層及び営業マンが「営業を行う企業一般における組織」であるとの誤った前提に立ち,階層化が容易であると判断した点に誤りがあると主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,一般に,組織を構成する際,階層化するか,階層化せず直結するか,組織を階層構成とする場合に,何階層にするか,又はどのような単位を階層とするかなどは,組織の規模の大小や,地域の広狭,業種ごとの特性などに応じて,適宜取り決めるべき事項である。本願明細書の段落【0038】においても,「前記発明においては,顧客管理を,班,団,地区支部,ブロック及び本部としたが,規模により,地域により,管理階層を増減することができる。例えばチェーン店等における顧客管理は,各店と本部のみでよいことは勿論である。」と記載されているから,組織の規模や地域等に応じて,組織の階層を適宜増減することは,誰しもが想到し得る事項であるといえる。
したがって,引用発明において,「班」,「団」,「地区支部」,「ブロック」及び「本部」からなる階層を採用することは困難でないとした審決の判断には誤りがなく,相違点1(階層化等)の容易想到性に係る原告らの主張は,理由がない。
(2)相違点2(顧客個人情報のコード化等)の容易想到性判断の誤りについてア原告らは,本願発明は管理サービスのために階層化したシステムについて本部へ登録するものであるのに対して,周知事項は新聞販売のためのコード化であって,階層化を考える余地のないものであるから,引用発明に上記の周知事項を適用することは困難であり,これを容易想到であるとした審決の判断は,誤りである旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,周知例1(甲2)の図3の左下欄には,「区域」,「読者番号」と記載され,該「区域」は,コード化に際して,顧客管理のための階層を意識したものであることが示唆されているといえる。また,周知例1(甲2)の段落【0013】には,「情報授受部分4をアンケート調査等に利用すれば,アンケート調査により得られた新聞購読顧客の種々の情報をデーターベース化することができ,地域特有の商品等の販売促進に利用することができる。」と記載されている。さらに,周知例1(甲2)の図4にも,顧客から新聞販売店に向かう矢印には「顧客情報データーベース化」と記載され,新聞販売店から小売店(メーカー)へ向かう矢印には「顧客情報の集計・提供」と記載され,小売店(メーカー)と顧客との間には「DM又は電話等による効果的なアプローチ」,「購買」と記載されている。そうすると,これらの記載から,営業マンが新聞顧客について顧客個人情報を把握して,個人のコード番号を付してコード化することが示されているといえるから,「営業マンが新聞顧客について顧客個人情報を把握して,個人のコード番号を付してコード化することが周知の事項であるとした審決の認定に誤りはない。
イ原告らは,本願発明と同一又は近似の階層の例を示すことなく,また通過情報の平文化の例も示すこともなく,階層における情報の処理を設計変更の問題にすぎないとした審決の判断は,誤りである旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,請求項1には,「各階層のPCに転送し,予め定めた情報を自動的に登録し」と記載されているとおり,情報を各階層のPCで自動的に登録することは記載されているが,各階層における情報がPCを通過することについての記載はない。また,本願明細書には,段落【0014】には,「前記個人情報は,契約獲得者(営業マン)が個人のコード番号をコンピュータに登録させ,電子メール化して,班,団,地区支部,ブロック及び本部へ同時伝送する。営業マン,班,団,地区支部,ブロック及び本部は,夫々コンピュータに入った顧客情報を,CD-ROM,フロッピー(登録商標)ディスクなどに暗号化して保管し,管理する。」との記載はあるが,同記載からは,各階層の情報がPCを「通過」することについての記載はない。そうすると,情報が各階層を通過することを前提とする原告らの上記主張は,前提を欠き,失当である。
ウ原告らは,本願発明のように,各階層が班,団,地区支部,ブロック及び本部であって,班から本部へ個人情報を送るに際して各階層がサービスに使用する情報のみを平文化し,他は暗号化されたまま本部へ転送するという技術は,従来例がないこと,また,仮に,下位組織のPCから上位組織のPCへ転送する技術が周知であったとしても,同技術を引用発明に適用して,本願発明の転送方法を得ることは容易ではないから,これを容易であるとした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告らのこの点の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,請求項1においては,平文化の範囲は,担当者のパスワード別との記載があるのみであって,「サービス別」との記載はなく,また,各階層ごとに,それぞれサービスを実行するとの記載もない。したがって,「各階層には情報が通過するが,それぞれサービスに必要な情報のみ平文化される」との原告らの上記主張は,特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づかないものであって,失当である。
エ原告らは,周知例3(甲4)には「新規顧客に割り付けた顧客IDが記憶されている」旨が記載されているにすぎず,本願発明のように班,団,地区支部,ブロックの階層を必須要件とし,各階層別に管理するとの思想が存在しないから,これをもって顧客個人情報を階層別に管理することが周知事項であるとはいえず,審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告らのこの点の主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,周知例3(甲4)の段落【0053】には,「顧客マスタファイル7a内には,図2(b)に示すように,インターネットを介して顧客受付部24で受付けた新規の顧客1に対して割付けた顧客ID,店舗コード,氏名,住所,電話番号,FAX番号,パスワード,電子メールアドレス,性別等の個人情報が記憶されている。」と記載されており,顧客ID以外に「店舗コード」も記憶されている。また,顧客管理の分野において,店舗は販売組織の一階層と位置づけられている。したがって,「組織の階層の情報を顧客情報の一部として管理を行うことは周知の事項である」とした審決の判断に誤りはない。
(3) 相違点3(暗号化の範囲)の容易想到性判断の誤りについて原告らは,本願発明における対象物は個人情報で,その組織は班,団,地区支部,ブロック,本部からなるものであり,その個人情報の使用はサービスのためであるから,階層化の発想のない書籍の広告・販売システムである引用発明の組織,情報処理からは,最初に情報を入手する営業マンによる個人情報の暗号化や,転送,階層ごとの平文化制限等を予測することができず,相違点3(暗号化の範囲)について容易想到であるとした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,次のとおり理由がない。
ア本願発明が新聞販売に関するものであることや,組織を構成する際に階層化が設計的事項であって引用発明に階層化を考えることができることは前記認定のとおりである。
また,企業の組織において,顧客個人情報の暗号化をどの部署で誰が行うかも,必要に応じて適宜取り決めることができる事項であり,一般に暗号化の目的が情報の閲覧を制限することであることを勘案すれば,情報が閲覧される機会が最も少なくなるように,最初に情報を入手する営業マンが顧客個人情報を暗号化するよう取り決めることにも困難性はない。
周知例4(甲5)には,「アクセス・レベルを部署や階層によって細かく設定することで,本来の目的以外に個人情報を利用することを防いでいる。無制限にアクセスを許していては,データの社外流出につながりかねないからだ。」という記載があり(甲5,44頁中欄3〜10行),この記載からすると,階層に基づく個人情報へのアクセス制限は周知であると認められる。周知例5(甲6。発明の名称「電子文書の管理方法及び文書管理システム」)にも,情報を暗号化すること(甲6の段落【0022】参照),利用者に応じて平文化できる範囲を設定し(甲6の段落【0017】参照),それに応じたパスワードを保有して(甲6の段落【0021】参照),自動的に平文化を行うこと(甲6の段落【0027】参照)が記載され,いずれも周知であると認められる。
イしたがって,以上の周知事項に基づいて,「担当部署の担当者のパスワード別に,平文化できる範囲を設定し,各PCで自動的に平文化することに困難性はない」とした審決には誤りがなく,原告らの上記主張は理由がない。
(4) 相違点4(専用キーの使用)の容易想到性判断の誤りについて原告らは,本願発明における顧客と本部とは,商品売買の関係にあるのではなく,本部からのサービス提供について,個人情報保護のために専用キーを用いる関係にあるから,周知例6の方式を,階層の発想のない引用発明に適用することは困難であるから,これを容易であるとした審決の判断は,誤りである旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,請求項1には,「本部PCは前記コード化により自動で顧客の認証を行い,ついで前記電子注文に応じて,前記本部PCからの指示により前記本部又は各階層に設置されたデリバリーセンターから,電子注文に対応した商品を顧客に届ける」と記載されているので,本願発明における顧客と本部との関係は商品販売関係を含むことが明らかである。また,引用発明に階層化を想定し得るとした審決の判断に誤りがないことは,前記認定のとおりである。したがって,周知例6に記載された周知の専用キーを用いる公開鍵暗号方式を引用発明に適用することが容易であるとした同旨の審決の判断に誤りはなく,原告らの上記主張は理由がない。
(5)相違点5(本部PCによる顧客認証等)の容易想到性判断の誤りについて原告らは,引用発明においては,顧客端末と広告販売用コンピュータとはダイレクトに連結されている上,本願発明は商品販売ではなくサービスを提供するものであるから,周知技術を引用発明に適用することはできず,相違点5を当業者が容易に想到することができたという審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,引用発明に階層化を採用することに困難性がないこと,本願発明における顧客と本部との関係は商品販売関係を含むことは,前記認定のとおりであるから,原告らの上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
3 結 論以上のとおり,原告ら主張の取消事由2,3はいずれも理由がない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本訴請求は理由がない。したがって,原告らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
なお,審決が特許法36条6項2号該当性の有無について判断した点について付言する。
特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載において,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨を規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許発明技術的範囲,すなわち,特許によって付与された独占の範囲が不明となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあるので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである。
ところで,審決は,請求項1(1)についての「コード番号を付してコード化し」,「暗号化し」,「転送する」などの記載,請求項1(2)についての「平文化できる範囲を設定し」などの記載,請求項1(3)についての「顧客個人情報を登録し」,「再暗号化して登録する」,「階層別に管理する」などの記載,請求項1(5)についての「登録してデーターベース化し」などの記載が,「人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さず自動的に行う処理であるとも解することができ,そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でないから,特許法36条6項2号に規定する要件を満たさない」と判断した。
しかし,審決の上記判断は,その判断それ自体に矛盾があり,特許法36条6項2号の解釈,適用を誤ったものといえる。すなわち,審決は,本願発明の請求項1における上記各記載について,「人間がPCを操作して行う処理であるとも,PCが人間を介さず自動的に行う処理であるとも解することができ(る)」との確定的な解釈ができるとしているのであるから,そうである以上,「そのいずれを意味しているのかが不明であるため,その特定しようとする事項が明確でない」とすることとは矛盾する。のみならず,審決のした解釈を前提としても,特許請求の範囲の記載は,第三者に不測の不利益を招くほどに不明確であるということはできない。
むしろ,審決においては,自らがした広義の解釈(それが正しい解釈であるか否かはさておき)を基礎として,特許請求の範囲に記載された本願発明が,自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度のものといえるか否か(特許法2条1項),産業上利用することができる発明に当たるか否か(29条1項柱書)等の特許要件を含めて,その充足性の有無に関する実質的な判断をすべきであって,特許法36条6項2号の要件を充足しているか否かの形式的な判断をすべきではない。前記のとおり,その判断の結果にも誤りがあるといえる。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 嶋末和秀