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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10163審決取消請求事件 判例 特許
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平成19行ケ10300審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成20行ケ10151審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  特許の有効性 /  技術常識 /  優先権 /  着想 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  訂正の許否 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  訂正要件 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10455号 審決取消請求事件
原告アドバンスト・マイクロ・デ ィバイシズ・インコーポレー テッド
訴訟代理人弁護士岡田春夫
同 小池眞一
同 川中陽子
訴訟代理人弁理士植木久一
同 二口治
被告特 許庁長 官肥塚雅博
指定代理 人河合章
同 橋本武
同 徳永英男
同 齋藤恭一
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/02/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1本訴請求中,特許庁が訂正2006−39013号事件について平成18年6月26日にした審決のうち特許第2645345号の請求項40及び46の発明に関する部分の取消しを求める請求に係る訴えを却下する。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,原告の負担とする。
4この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を,3--20日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が訂正2006-39013号事件について平成18年6月26日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実1特許庁等における手続の経緯(1)原告は,発明の名称を「安定な低抵抗コンタクト」とする特許第2645345号(昭和63年2月17日出願,優先権主張日1987年(昭和62年)2月19日(米国),平成9年5月9日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許の特許権者である。
(2)本件特許については,平成10年2月24日,特許異議の申立てがされたところ,特許庁は,平成11年3月12日,本件特許のうち請求項1,3,4,7,10,15,19,35及び49に係る特許を取り消す決定をし,同決定は確定した。また,本件特許については,平成15年12月17日,沖電気工業株式会社が請求項40及び43に係る特許について無効審判を請求し,無効2003-35518号事件として特許庁に係属した(甲28)。
これに対し,原告は,平成16年7月21日,本件特許のうち請求項36,40及び46に係る発明について訂正請求をした。特許庁は,審理の結果,平成17年6月24日,本件特許のうち請求項36,40及び46に係る発明についての訂正を認めるとともに,訂正後の請求項40及び43に記載された発明についての特許を無効にするとの審決をした(以下この審決を「本件無効審決」という。)。
これに対し,原告は,平成17年11月1日,知的財産高等裁判所に対し,本件無効審決の取消しを求める訴訟を提起したところ(平成17年(行ケ)第10777号),同裁判所は,平成18年11月22日,原告の請求を棄却する判決をした。これに対し,原告は,最高裁判所に対し,上告及び上告受理の申立てをしたところ(最高裁平成19年(行ツ)第101号,同年(行ヒ)第98号),同裁判所は,平成19年6月19日,上告棄却及び上告不受理の決定をし,本件無効審決は確定した。
(3)原告は,平成18年1月30日,本件特許のうち請求項5,8,12,22,24,36,38,40及び46に係る発明につき訂正を求める審判を請求した(同訂正審判における請求項46に係る訂正の内容は,上記(2)記載の訂正請求における請求項46に係る訂正の内容と同一である。)。特許庁は,これを訂正2006-39013号事件として審理し,平成18年3月24日,訂正拒絶理由通知(甲20)をした。原告は,平成18年5月18日付けで,同訂正請求の内容を,本件特許の請求項38,40及び46に係る発明につき訂正を求めるとの内容に補正した(すなわち,請求項5,8,12,22,24及び36に係る発明についての訂正を求める部分を削除した。甲21の1,2。以下,同補正後の同訂正審判請求を「本件訂正審判請求」といい,その訂正内容を「本件訂正」という。また,同訂正後の明細書及び図面を「本件訂正明細書」という。)。
特許庁は,審理の結果,平成18年6月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
(4)本件審決中,請求項40及び46の発明に係る訂正を拒絶した部分に関しては,原告は,本訴において,当初は取消事由を主張していたが,本件無効審決の確定により,これらについては争わないと述べている。
2本件訂正の内容本件訂正後の本件特許に係る特許請求の範囲の請求項38,40及び46の記載は,次のとおりである(請求項の数は全部で55である。下線部は,本件訂正に係る箇所である。なお,下記の記載は審決において編集したものである。)。
【請求項38】集積半導体回路に安定な低抵抗コンタクトを製作する方法であって,(a)シリコン基板にドープされた領域を設け,(b)周囲の基板の前記ドープされた領域上を覆って二酸化シリコンの絶縁層を形成し,(c)前記ドープされた領域の選択された領域に,その部分を露出するために,前記二酸化シリコンを介して実質的に均一な大きさのコンタクトホールを形成し,前記コンタクトホールは前記絶縁層の壁によって規定され,(d)下にあるドープされた領域に接触して,前記壁に沿ったところを含む,少なくとも前記ホールにチタンの粘着および接触層をスパッタリングし,前記粘着および接触層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,(e)窒化チタン,チタンタングステン,窒化チタンタングステンおよび窒化硼素からなる群から選択される材料を含むバリヤ層を,前記粘着および接触層と接触して前記コンタクトホールに形成し,前記バリヤ層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,かつ(f)前記コンタクトホールを実質的に充填しかつ前記バリヤ層と接触する導電材料を含むコンタクトプラグを形成し,前記コンタクトプラグは,タングステンおよびドープされたポリシリコンからなる群から選択される導電材料をCVDによって析出することによって形成され,前記バリヤ層は,窒化チタンを含む浸食およびウォームホールのバリヤ層であり,スパッタリング,CVDまたは反応性アニーリングによって,コンタクトホールの底部だけでなく側壁にも形成され,前記コンタクトプラグは,導電材料として,CVDによって形成されたタングステンを含む,方法(以下この発明を「本件訂正発明38」という。)。
【請求項40】集積半導体回路に安定な低抵抗コンタクトを製作する方法であって,(a)シリコン基板にドープされた領域を設け,(b)周囲の基板の前記ドープされた領域上を覆って二酸化シリコンの絶縁層を形成し,(c)前記ドープされた領域の選択された領域に,その部分を露出するために,前記二酸化シリコンを介して実質的に均一な大きさのコンタクトホールを形成し,前記コンタクトホールは前記絶縁層の壁によって規定され,(d)下にあるドープされた領域に接触して,前記壁に沿ったところを含む,少なくとも前記ホールにチタンの粘着および接触層をスパッタリングし,前記粘着および接触層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,(e)窒化チタン,チタンタングステン,窒化チタンタングステンおよび窒化硼素からなる群から選択される材料を含むバリヤ層を,前記粘着および接触層と接触して前記コンタクトホールに形成し,前記バリヤ層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,かつ(f)前記コンタクトホールを実質的に充填しかつ前記バリヤ層と接触する導電材料を含むコンタクトプラグを形成し,前記コンタクトプラグは,タングステンおよびドープされたポリシリコンからなる群から選択される導電材料をCVDによって析出することによって形成され,前記粘着および接触層,前記バリヤ層および前記導電材料は,前記コンタクトホール内を含む二酸化シリコンの前記層上にブランケット析出され,前記バリヤ層は,窒化チタンを含む浸食およびウォームホールのバリヤ層であり,コンタクトホールの底部だけでなく側壁にも形成され,前記コンタクトプラグは,導電材料として,CVD反応によって形成されたタングステンを含む,方法(以下,この発明を「本件訂正発明40」という。)。
【請求項46】集積半導体回路に安定な低抵抗コンタクトを製作する方法であって,(a)シリコン基板にドープされた領域を設け,(b)周囲の基板の前記ドープされた領域上を覆って二酸化シリコンの絶縁層を形成し,(c)前記ドープされた領域の選択された領域に,その部分を露出するために,前記二酸化シリコンを介して実質的に均一な大きさのコンタクトホールを形成し,前記コンタクトホールは前記絶縁層の壁によって規定され,(d)下にあるドープされた領域に接触して,前記壁に沿ったところを含む,少なくとも前記ホールにチタンの粘着および接触層をスパッタリングし,前記粘着および接触層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,(e)窒化チタン,チタンタングステン,窒化チタンタングステンおよび窒化硼素からなる群から選択される材料を含むバリヤ層を,前記粘着および接触層と接触して前記コンタクトホールに形成し,前記バリヤ層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,かつ(f)前記コンタクトホールを実質的に充填しかつ前記バリヤ層と接触する導電材料を含むコンタクトプラグを形成し,前記コンタクトプラグは,タングステンおよびドープされたポリシリコンからなる群から選択される導電材料をCVDによって析出することによって形成され,(a)前記粘着および接触層ならびに前記バリヤ層は,前記絶縁層上にかつ前記コンタクトホール内に析出され,(b)レジスト層は,前記コンタクトホールを実質的に完全に充填するのに十分前記バリヤ層上にかつ前記コンタクトホール内にブランケット析出され,(c)前記レジストおよび前記バリヤ層ならびに粘着および接触層は,前記絶縁層を露出するためにブランケットエッチングされ,前記コンタクトホールにレジストのプラグを残しかつそれによって前記粘着および接触層ならびに前記バリヤ層を前記ドープされた領域の表面および少なくとも前記コンタクトホールの前記壁の部分に沿って保持し,かつ(d)レジストの前記プラグを前記コンタクトホールから除去し,タングステンは,導電材料の前記コンタクトプラグを形成するために,前記コンタクトホールにのみ選択的にCVD析出され,前記タングステンプラグは,WF とH とのCVD反応によって選択的に形62成される,方法(以下この発明を「本件訂正発明46」という。)。
3審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件訂正発明38,40は,いずれも本件特許の優先権主張日前に頒布された刊行物である特開昭61-35517号公報(甲2。以下「刊行物1」といい,刊行物1記載の発明を「引用発明」という。)及び周知技術(甲12,6,3,5,7,8。以下それぞれ「刊行物2」,「刊行物3」,「刊行物4」,「刊行物5」,「刊行物7」,「刊行物9」という。)に基づいて当業者が容易になし得たものであり,特許法29条2項の要件を充足せず,特許出願の際に独立して特許を受けることができるものではないから,本件訂正発明46が,上記各刊行物及び特開昭61-248442号公報(甲4,以下「刊行物6」という。)に基づいて当業者が容易になし得たものではなく特許法29条2項の要件を充足するとしても,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定に適合しない,というものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明の内容並びに本件訂正発明38と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1)引用発明の内容「半導体装置に低抵抗であってかつ,信頼性の高いオーミックコンタクトを製作する方法であって,(a)P型シリコン基板に砒素をイオン注入することによってN 型シ+リコン拡散層を形成し,(b)前記N 型シリコン拡散層の表面全体を覆って酸化シリコンの絶+縁膜を形成し,(c)前記酸化シリコンの絶縁膜にコンタクト用の窓を穿孔し,(d)前記P型シリコン基板表面全体にチタン膜をスパッタリングし,前記チタン膜は,前記コンタクト用の窓の底部だけでなく側壁にも形成されるとともに,前記コンタクト用の窓を充填するのに不十分な厚さに形成され,(e)続いて,窒化チタン膜をスパッタリングにより形成し,前記窒化チタン膜は,前記コンタクト用の窓を充填するのに不十分な厚さに形成され,かつ(f)更に,前記P型シリコン基板表面全体にアルミニウム膜を蒸着法によって形成し,前記チタン膜は,スパッタリングにより形成され,前記窒化チタン膜は,コンタクト用の窓の底部だけでなく側壁にも形成される,方法」(2)本件訂正発明38と引用発明との一致点集積半導体回路に安定な低抵抗コンタクトを製作する方法であって,(a)シリコン基板にドープされた領域を設け,(b)周囲の基板の前記ドープされた領域上を覆って二酸化シリコンの絶縁層を形成し,(c)前記ドープされた領域の選択された領域に,その部分を露出するために,前記二酸化シリコンを介して実質的に均一な大きさのコンタクトホールを形成し,前記コンタクトホールは前記絶縁層の壁によって規定され,(d)下にあるドープされた領域に接触して,前記壁に沿ったところを含む,少なくとも前記ホールにチタンの粘着および接触層をスパッタリングし,前記粘着および接触層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,(e)窒化チタン,チタンタングステン,窒化チタンタングステンおよび窒化硼素からなる群から選択される材料を含むバリヤ層を,前記粘着および接触層と接触して前記コンタクトホールに形成し,前記バリヤ層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され,かつ(f)前記コンタクトホールを実質的に充填しかつ前記バリヤ層と接触する導電材料を形成し,前記バリヤ層は,コンタクトホールの底部だけでなく側壁にも形成される方法である点。
(3)本件訂正発明38と引用発明との相違点ア相違点1本件訂正発明38が,「(e)窒化チタン,チタンタングステン,窒化チタンタングステンおよび窒化硼素からなる群から選択される材料を含むバリヤ層を,前記粘着および接触層と接触して前記コンタクトホールに形成し,前記バリヤ層は,前記コンタクトホールを充填するのに不十分な厚さに形成され」るとともに,「前記バリヤ層は,窒化チタンを含む浸食およびウォームホールのバリヤ層であ」るのに対して,引用発明が,「窒化チタン膜をスパッタリングにより形成し,前記窒化チタン膜は,前記コンタクト用の窓を充填するのに不十分な厚さに形成され」る点。
イ相違点2本件訂正発明38が,窒化チタンからなる材料を含む「バリヤ層と接触する導電材料を含むコンタクトプラグを形成し,前記コンタクトプラグは,タングステン」からなる「導電材料をCVDによって析出することによって形成され」,かつ,「前記コンタクトプラグは,導電材料として,CVDによって形成されたタングステンを含む」のに対して,引用発明は,「窒化チタン膜をスパッタリングにより形成し,前記窒化チタン膜は,前記コンタクト用の窓を充填するのに不十分な厚さに形成され」,その後「前記P型シリコン基板表面全体にアルミニウム膜を蒸着法によって形成」している点。
第3原告主張の取消事由審決は,本件訂正発明38と引用発明との間の,?@一致点の認定を誤り(取消事由1),?A相違点1,2に対する容易想到性の判断を誤った(取消事由2)ものであるところ,これらの誤りが,いずれも審決のうち本件訂正発明38に関する部分の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は違法なものとして取り消されるべきである。
1取消事由1(一致点の認定の誤り)審決は,引用発明について,「半導体基板上に形成した絶縁膜に形成した『コンタクト用の窓』にほぼ充填された導電膜(導電材料)であるアルミニウム膜は,『半導体基板上に形成した絶縁膜に形成したコンタクトホール(コンタクト用の窓)に充填された導電材料(導電膜)』である点で,本件訂正発明38の「コンパクトプラグ」に相当するといえる。」と認定したが,誤りである。
(1)本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」の意義アスペクト比が1を超えて大きくなる微細化段階(サブミクロン時代)でステップカバレッジ(均一な段差被覆性)が急速に悪化し,刊行物1に開示されているスパッタリング法や蒸着法ではコンタクトホールを充填できないことは,当業者の技術常識である(甲3ないし6,12,17,32)。本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」は,アルミニウム配線技術で用いられてきた伝統的なスパッタリング法や蒸着法による導電材料の形成技術ではステップカバレッジの急激な悪化を避けられないとの技術常識を前提として,CVD法の採用等によりアスペクト比が1を超えるサブミクロン時代のコンタクトホールを導電材料が実質充填するという技術的意義を有する。
(2)引用発明の「コンタクト用の窓」に充填された導電材料の意義引用発明は,アルミニウム膜で良好に被覆できるアスペクト比が約0.5のコンタクト窓を設けた微細化段階における配線技術であって,ステップカバレッジの悪化する段階の微細化段階に対応したコンタクト技術ではない。
引用発明においてアルミニウム膜の形成技術として採用されている「蒸着法」は,「コンタクトプラグ」技術分野の開発が必要になったアスペクト比が1を越える「コンタクトホール」のステップカバレッジの良化には結びつかない薄膜形成技術である。甲5(1頁右欄下から7行目〜2頁左上欄5行目)によれば,蒸着法が,CVD法と異なり,「ステップカバレッジ」を良化させるという機能・作用を有さず,「コンタクトプラグ」と関係しない手法であるとの理解は,技術常識である。そして,引用発明においては,アルミニウム膜の形成に先立ち,スパッタリング法によってチタン膜と窒化チタン膜を形成するものであるが,スパッタリング法により形成したチタン膜及び窒化チタン膜によるステップカバレッジの悪化は,その上に形成されるアルミニウム膜のステップカバレッジの悪さに直結している。
(3)したがって,刊行物1における「蒸着法により形成されたアルミニウム膜」の開示をもって,当業者がそのコンタクト電極を「コンタクトプラグ」と理解する余地はない。甲34,35によると,アスペクト比1以上のコンタクトホールをCVD法によって充填する技術を「コンタクトプラグ」技術と特定しており,甲22,23によると,「コンタクト形成技術」と「コンタクトプラグ形成技術」とは技術分野が異なり,明確に区別される概念であるとされている。
2取消事由2(相違点1,2に対する容易想到性の判断の誤り)審決は,相違点1,2に関して,引用発明の蒸着法によるアルミニウム膜を窒化チタン膜上に形成する方法に代えて,本件訂正発明38のCVDによるタングステン膜を窒化チタン膜上に形成する方法を採用することは容易想到であると判断したが,誤りである。
(1)引用発明で開示されているアルミニウムとシリコンとの間の相互拡散を防止するバリヤ層に関して,タングステンがアルミニウムとシリコンとの間の相互拡散バリヤ層として採用され,シリサイド化を防ぐバリヤ層を設ける必要がないことは技術常識である(甲3,5,12,21の2,甲44)。
そして,引用発明の窒化チタン膜は,アルミニウムとシリコンとの間の相互拡散を防止するバリヤ層とされるから,窒化チタン膜上にタングステンを形成することは不合理である。したがって,タングステンを引用発明のアルミニウム膜に代えて窒化チタン膜上に形成することが容易であるとの審決の判断は,タングステンがアルミニウムとシリコンとの間で相互拡散を防止すべきバリヤ層として利用されてきたという技術常識に鑑みれば,合理的な動機付けの説明がなく,誤りである。
(2)引用発明の「窒化チタン膜」及び「チタン膜」はステップカバレッジを良好化しないスパッタリング法によって形成されているから,同じくステップカバレッジを良好化しないアルミニウム膜だけをCVDタングステンに置換し,窒化チタン膜及びチタン膜を残す動機付けはなく,窒化チタン膜及びチタン膜を除去する理由がある。
(3)本件訂正発明38は,窒化チタンを含む浸食及びウォームホールのバリヤ層を含むものであるところ,引用発明の「窒化チタン膜」を維持すべき合理的理由がないし刊行物3(甲6)及び刊行物9(甲8)によっても上記用途に想到する余地がない。
(4)刊行物3(甲6)及び刊行物9(甲8)は,多層配線化を実現するために必要なSiO 層の平坦化処理において,シリコン基板自体が750℃以2上の高温に晒されることがあることを前提として,タングステンのシリサイド化を防止する発明であり,これは甲23(85頁の表5.7)から明らかである。これに対して,引用発明に係るアルミニウムは,約660℃で溶融するという技術常識があり,刊行物3及び刊行物9のタングステンの設定温度になればアルミニウム膜を維持できないから,両者を組み合わせる合理性がなく,審決の判断は誤りである。
(5)審決は,引用発明の窒化チタン膜上のアルミニウム膜をタングステンに代えて窒化チタン膜上に形成する方法として,CVDタングステンが周知であったとの判断のみから,設計事項としてタングステンを形成する際にCVD法を採用するのが容易と判断している。しかし,この判断は,甲16,18,19,26,29,41のとおり本件特許の優先権主張日当時の窒化チタン膜上にCVDタングステンを析出できないとの技術常識を無視している点で,誤りである。
(6)本件訂正発明38は,CVDタングステンによるコンタクトプラグを実用化するに当たって解決しなければならないと認識されていた浸食及びウォームホールの発生を抜本的に防ぐという顕著な作用効果を奏するから,進歩性が否定されない。
(7)当業者にとって,アルミニウム配線技術における固有事項と理解される引用発明のシリコンへのドープ,スパッタリングによるチタン膜の形成,スパッタリングによる窒化チタン膜の形成及び蒸着法によるアルミニウム膜の形成という既存の手順を前提に,最後の工程だけをCVDによるタングステンに置き換えるとの着想はあり得ない。
第4被告の反論審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1取消事由1(一致点の認定の誤り)に対し(1)本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」とアスペクト比との関係ア本件訂正明細書及び刊行物1,2,5,6の記載を総合すると,本件特許の優先権主張日当時において,コンタクトホールにタングステンを埋め込み形成した「W(タングステン)プラグ」又は同様な構成を形成することは技術常識であって,コンタクトプラグとアスペクト比が1より大であるか否かとは無関係である。
イ本件訂正明細書の図面では「コンタクトホール16」の深さが「コンタクトホール16」の幅(径)より大きいが,半導体分野の特許図面は,図面中の長さ及び幅は実際の寸法比率では記載されていないとの注意が記載されることが多く,実際に,各種膜厚等においては,厚さ方向のみを拡大して記載することが通例であるから,本件訂正発明38においても,コンタクトホールは実際の幅と深さとの寸法比率で特許公報に記載されてはおらず,図面のみを根拠として,コンタクトホールの深さと幅の比率が1以上であるとはいえない。また,刊行物6の第1図ないし第4図では,接続孔7の深さと幅はほぼ同程度に記載されているが,「前述の工程によって形成したダイオード(拡散層深さ0.3μm,接続孔径1.5μm,絶縁膜層3の厚さ0.5μm)を400ケ並列に接続したパターンで・・・測定した。」(第2頁右上欄第10〜14行)と記載されており,実際の接続孔(本件特許の「コンタクトホール」に相当)では,深さ(厚さ)と孔径の比は,(0.5/1.5=)約0.3であるので,図面での寸法比率と対応しておらず,図面では深さ方向のみ拡大して記載されていることは明らかである。よって,タングステンプラグは,コンタクトホールのアスペクト比が1以上となった場合に使用される技術であるとする原告の主張は,失当である。
ウ本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」が形成された「コンタクトホール」のアスペクト比が1を超えることは,本件訂正明細書又は図面に記載も示唆もされていないし,当業者の技術常識でもないから,本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」が「アスペクト比が1を超えるコンタクトホール」に限定されるとの原告の主張は失当である。
エ特開昭62-32630号公報(甲34)には「コンタクト穴プラグ」を備えたアスペクト比の下限が0.36である「コンタクトホール」が記載され,刊行物2(甲12)には,「タングステンプラグ」を備えたアスペクト比が約0.8である「コンタクトホール」とアスペクト比が0.4及び0.7のタングステンプラグが記載されており,これらが本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」に相当することは,当業者に明らかである。
このように,「コンタクトプラグ」を形成するコンタクトホールのアスペクト比が1より小さいものがあることは,本件特許の優先権主張日当時,技術常識であった。
(2)引用発明の「コンタクト用の窓」に充填された導電材料の意義審決は,アルミニウム膜のうち,「コンタクト用の窓」にほぼ充填された部分に着目して,引用発明の「半導体基板上に形成した絶縁膜に形成した『コンタクト用の窓』にほぼ充填された導電膜(導電材料)であるアルミニウム膜は,『半導体基板上に形成した絶縁膜に形成したコンタクトホール(コンタクト用の窓)に充填された導電材料(導電膜)』である点において,訂正発明38の「コンタクトプラグ」に相当するといえる。」(39頁4〜8行)と判断するものであり,引用発明の「アルミニウム膜」が,本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」そのものに相当するとの判断はしていない。
よって,審決が本件訂正発明38と引用発明との間の一致点を誤って認定したとの原告の主張は,失当である。
2取消事由2(相違点1,2に関する容易想到性の判断の誤り)に対し(1)原告の主張(1),(2)に対しア刊行物3に記載されるW/TiN/TiSi /Siとの構成の「Ti2N/TiSi 」又は「TiN」膜は障壁層であり,W膜は「TiN」膜 2上にCVD法により形成されるから,引用発明でバリヤ層として作用する「窒化チタン膜」上に形成されたアルミニウム膜に代えて,刊行物3に記載される「障壁層」である「TiN/TiSi 」又は「TiN」上に形2成されたCVD法により形成されるWを用いることは,当業者が容易になし得たものである。そして,引用発明の「窒化チタン膜」も,刊行物3に記載される「TiN/TiSi 」又は「TiN」膜も,いずれも「バリ2ヤ膜」として作用するのであるから,引用発明に,刊行物3に記載された技術的事項を適用する際に,引用発明のアルミニウム膜と共にその下の「窒化チタン膜」をも除去することが必要でないことは,当業者に明らかである。
イタングステンが,接する層の材料やその製法と無関係に,常に本件訂正発明38に係る特許及び引用発明において対象となっている一般的な意味での「バリヤ層」とはいえず,また,乙1にバリヤメタルとして例示されているとしても,どのような条件において「W」が「バリヤメタル」となるか明らかでなく,また,バリヤ層はその厚みに関係なく常に「バリヤ層」と呼ばれるわけでもないから,タングステン層を一般的にバリヤ層とは言わない。また,刊行物2,5,6にも,タングステンがアルミニウムとシリコンとの間でバリヤ層として使用される技術的事項が記載されているとはいえない。よって,タングステンがバリヤ層であることは技術常識であるとの原告の主張は,失当である。
(2)原告の主張(3)に対し引用発明の「窒化チタン膜」上のアルミニウム膜に代えて,刊行物3の「TiN/TiSi 」又は「TiN」上のCVD-Wを用いる際に,W膜2の形成に従来周知のCVD法を用いることにより,結果として得られた構造においては,Si基板とCVD法により形成されるW膜は,Ti膜及びTiN膜により分離されているから,CVD法によりW膜をTiN膜上に形成する際に,Wの原料ガスがSi基板に接触しないことは明らかである。よって,Ti膜及びTiN膜により「浸食およびウォームホール」を防止できることは明らかであり,また,Si基板にCVD法によりW膜を形成する際に,「浸食及びウォームホール」の問題があったことは,本件優先権主張日当時に公知の技術課題であるから,原告の主張は失当である。
(3)原告の主張(4)に対し原告の主張は争う。
(4)原告の主張(5)に対し原告は,窒化チタン膜上にCVDタングステンが析出し得ないことが技術常識であったと主張するが,刊行物3には窒化チタン膜上にCVD法によりタングステンを析出することが記載されているから,失当である。
(5)原告の主張(6)に対し原告は,本件訂正発明38は顕著な作用効果を奏すると主張するが,浸食及びウォームホールは既に知られていた課題であるから,失当である。
(6)原告の主張(7)に対し原告の主張は争う。
第5当裁判所の判断1取消事由1(一致点の認定の誤り)について(1)原告は,本件訂正発明38は,コンタクトホールにプラグを形成することによって配線金属のステップカバレッジ(段差被覆性)を増すことに関するコンタクトプラグの技術分野に関する発明であり,ステップカバレッジの悪化が顕在化するのはアスペクト比(コンタクト深さ/コンタクト径)が1を超える微細化の段階である(甲3ないし6,12,17,32)のに対し,引用発明の技術分野は,アルミニウム膜で良好に被覆できるアスペクト比が約0.5のコンタクト窓を設けた微細化段階における配線技術であって,ステップカバレッジの悪化する段階の微細化課題に対応したコンタクトプラグ技術ではないと主張する。
ア本件訂正明細書(甲21の2)には,「この発明は,・・・コンタクトホールにプラグを形成することによって配線金属のステップカバレッジを増すことに関するものである。」(11頁13〜15行)との記載があり,また,コンタクト抵抗の値と関連して,コンタクトの直径が1.0μm,1.2μm,1.4μmであることが記載されている(20頁末行〜21頁1行)が,アスペクト比(コンタクト深さ/コンタクト径)を特定するような記載,又はコンタクト深さ等,これを推知する手掛かりとなるような記載は見当たらない。また,本件訂正明細書の図面には,コンタクトプラグの断面図が示されているが,そもそも図面は,設計図等と異なり,寸法や角度を特定するためのものではない上,本件訂正明細書には,「この説明において参照される図面は,特に注目される場合を除いて一定の縮尺で描かれてはいないと理解すべきである。」(15頁16〜17行)との記載があるのであるから,上記図面に基づいて,本件訂正発明38のアスペクト比を特定することもできない。
イ刊行物1(甲2)には,以下の記載がある。
(ア)「拡散層を有する半導体基板の表面に形成された絶縁膜に対し,前記拡散層へのコンタクト用の窓明けを行う穿孔工程と,形成された窓内に障壁金属を形成する障壁金属形成工程と,障壁金属に接触する電極配線層を形成する電極形成工程とを含む半導体装置の製造方法において,前記障壁金属形成工程は,前記拡散層上に金属膜を形成する第1の工程と,続いて該金属膜上に窒化金属膜を形成する第2の工程とからなり,これら第1および第2の工程は同一の装置を用いて連続的に行うようにしたことを特徴とする半導体装置の製造方法。」(特許請求の範囲第1項)(イ)「本発明は,半導体装置の製造方法に係り,特に・・・微細面積のコンタクトを形成する方法に関する。」(1頁右下欄16〜19行)(ウ)「本発明は・・・コンタクト用の・・・窓内にコンタクト用電極を形成するにあたり,まず,金属膜を形成し,続いて窒化金属膜を形成し,該窒化金属膜の上層にコンタクト用の電極を形成することを特徴とするものである。」(3頁左上欄9〜15行)(エ)「(実施例2)第5図に示すのは・・・N 型シリコン拡散層32に対し,チタン膜+34,窒化チタン膜35,アルミニウム膜36からなる3層構造のコンタクト用電極を形成したものである。
・・・形成方法を詳細に説明する。
まず,第6図に示す如く,P型シリコン基板31上に・・・形成された・・・N 型シリコン拡散層32の表面全体に絶縁膜33として酸化+シリコン膜を堆積し・・・コンタクト用の窓Wを穿孔する。
次いで・・・スパッタリングを行い・・・基板表面全体に第7図に示す如く,チタン(Ti)膜34を形成する。・・・膜厚100Åのチタン膜34を得た後,一担,スパッタリングを停止する。
続いて・・・再びスパッタリングを行い,第8図に示す如く膜厚1000Åの窒化チタン膜35を形成する。
更に,基板表面全体にアルミニウム膜36を蒸着法によって形成する。
そして,このようにして得られたチタン膜34,窒化チタン膜35,アルミニウム膜36からなる3層膜を・・・同時にパターニングする。この後・・・熱処理を行うことにより,第5図に示したようなコンタクト用電極および電極配線層が完成される。
このようにして形成された・・・実施例2のコンタクト用電極のコンタクト抵抗(縦軸)とコンタクト面積(横軸)との関係は第9図の実線Aに示す如くである。」(3頁右下欄18行〜4頁右上欄17行)(オ)第9図には実施例2のコンタクトのコンタクト抵抗とコンタクト面積の関係を示すグラフが示されている。第9図に示されたコンタクト面積の範囲は,1.0 〜2.0 μm の範囲であり,この範囲のコンタ2 22クト用電極のコンタクト抵抗は,300〜100Ω程度である(図中A)。
ウ刊行物2(甲12)には,分離酸化物であるBPSGに開かれた1μ設計ルールのコンタクトホールに,WSi を1000Åとタングステンをx8000Åの二重層をCVDにより析出させた後,エッチバックして,タングステンプラグを得たこと(443〜444頁「手順」の項),10%のオーヴァーエッチ時間で,タングステンプラグはアスペクト比を0.7から0.4に減らすことができ,パターニングしたアルミニウム配線がコンタクト上で非常に平坦な表面を示すこと(444頁「結果及び検討」の項,図1a,図1b,図2)が記載されている。
エ刊行物3(甲6)には,「信頼性のある0.25ミクロン・サイズのVLSIと三次元のLSIを実現するためには,層間絶縁体の平坦化及び高アスペクト比ホールの金属充填は不可欠である。・・・しかしアスペクト比が1以上のホールをボイドなしに完全に充填する方法は報告されていない。この報告では,高アスペクト比(約3)のホールを・・・充填する新規に開発したプロセスを提案する。」(503頁左欄2〜15行,訳文は1頁)の記載がある。
オ刊行物4(甲3)には,「CVDタングステンは良好なステップカバレッジ上の利点を提供するものであり,1μ厚みのタングステン膜を用いれば,1μ×1μの異方性エッチングされたコンタクト(判決注。この場合のアスペクト比は1である。)の完全なる充填が得られる。サンプルシミュレーションは,これらのコンタクトの幾何学的形状に対して,CVDタングステンを用いる場合,完全な平坦性が達成される一方,スパッタリングによるシリ化アルミニウム合金が非常に貧弱なステップカバレッジであることを示している(図1参照)。このことは,1.2μ×1.2μのコンタクトがブランケットCVDタングステンにより平坦化されている図2のSEM写真にも示されている。」(161頁下12〜下15行)との記載がある。図1(163頁)には,(A)としてスパッタされたAl-1%Si,(B)としてCVDタングステンの,上記ステップカバレッジのシミュレーションが示されている。図2(164頁)には,上記平坦化したコンタクトの写真が示されている。
カ甲34は,原告の出願に係る「コンタクトプラグの形成方法」に関する公開特許公報であり,第1図に関し,「二酸化シリコンの層(厚さ,およそ1.0ミクロン)は化学的気相成長(CVD)によって生成される。フォトレジスト膜(同様におよそ1.0ミクロン)はその表面に引き延ばされる。フォトレジスト膜の平坦な表面は,フォトレジスト膜の平坦な表面を形成し,フォトレジストと酸化物がほぼ同じ速度でエッチングするような条件の下で,1.3ミクロンの材料をプラズマ内でエッチングすることにより二酸化シリコン膜20に転送される。いかなる残留のレジストも取除いた後,別の0.5ミクロンの二酸化シリコンが生成される。さらにコンタクト穴パターンが,従来のフォトマスキング技術を用いて誘電体層20の表面22に規定される。穴パターンマスク(図示されていない)は,すべての穴24が1個の水平寸法において1.4ミクロンあるいはそれ以下であるように設計されている。」(5頁左上欄9行〜右上欄5行)との記載がある。
この場合,二酸化シリコン全体の厚さは,約1.2ミクロンである(1+1-1.3+0.5)。そして,穴24の水平寸法は最大1.4ミクロンであるから,コンタクト穴(穴24)のアスペクト比の下限は0.86ミクロン(約1.2ミクロン/1.4ミクロン?垂O.86)である。
キ以上によると,刊行物1には,微細面積のコンタクトの技術が記載され,そのコンタクトは,コンタクト用の窓内に金属膜及び窒化金属膜を形成しこの窒化金属膜の上層にコンタクト用電極及び電極配線層を形成したものと認められる。そして,この電極の材料はアルミニウム膜であり,金属膜がチタン膜,窒化金属膜が窒化チタン膜である。そうすると,引用発明のコンタクトの構造は,コンタクトとしての性能を満足するものであるから,アルミニウム等の電極の材料はコンタクト窓を実質的に充填すると解され,よって,引用発明のコンタクトは,本件訂正発明38にいう「コンタクトホールを実質的に充填しかつ前記バリヤ層と接触する導電材料を含む」ということができる。そして,原告が本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」の技術を特徴付けると主張する「アスペクト比」,「微細化」,「ステップカバレッジ」のうち,「アスペクト比」については,前記のとおり本件訂正明細書に記載がないし,甲12,34には,「コンタクトプラグ」を形成するコンタクトホールのアスペクト比が1未満のものが開示されている。そうすると,本件訂正発明38のコンタクトプラグはアスペクト比が1以上であるということはできない。また,「微細化」の点は,前記認定によると,コンタクトの寸法が本件訂正発明38では直径1.0〜1.4μm,引用発明では1.0〜2.0μm程度であるから,両者は「微細化」に関しては同程度である。さらに,「ステップカバレッジ」については,確かに原告指摘の刊行物においてアスペクト比が1を超えるとステップカバレッジが悪化することが示されているが,他方で前記認定の甲3,6によると,アルミニウム系の電極材料ではアスペクト比が1で寸法が1.0μm(甲3),アスペクト比が1で寸法が0.25μm(甲6)でそれぞれステップカバレッジが問題とされていることが認められる。そうすると,引用発明にはアスペクト比が特定されていないが,アスペクト比が1以上のものが含まれていないということはできないし,そのコンタクトホールの寸法は直径1〜2μmであるから,ステップカバレッジの問題は内在しているものと解するのが相当である。
したがって,本件訂正発明38と引用発明とは「コンタクトプラグ」で一致するとした審決の認定に,誤りはない。
(2)原告は,刊行物1に示された蒸着法及びスパッタリング法で,アスペクト比1を超えるコンタクトホールを導電物質で充填することはできないと主張する。
しかし,本件訂正発明38の「コンタクトプラグ」がアスペクト比1を超えることを前提とするものではないことは,前記認定のとおりであるし,刊行物1に示された蒸着法及びスパッタリング法に代えてCVD法によることが容易想到であるとの判断に誤りがないことは,後記のとおりであるから(CVD法でアスペクト比1を超えるコンタクトホールを導電物質で充填することができるのは明らかである。),原告の上記主張は採用できない。
(3)原告は,甲34の「いかなる残留のレジストも取り除いた後」の記載を根拠に,フォトレジスト膜の1.0ミクロンはポリシリコンゲート上の厚みであり,面積の広い低位な表面からの厚みでなく,該低位な表面にプラズマエッチング後にフォトレジスト膜が残るはずであると主張する。しかし,フォトレジスト膜の厚みは面積の広い低位な表面からの厚みと解することが自然であるし,フォトレジスト膜が該低位な表面に残るようにプラズマエッチングする理由はなく,上記「いかなる残留のレジストも取り除いた後」は「フォトレジスト膜の残留が,もしあった場合は不都合なので,それを取り除く」の意味と解されることから,原告の主張は,失当である。
2取消事由2(相違点1,2に関する容易想到性の判断の誤り)について(1)原告は,タングステン自体がアルミニウムとシリコンとの間の相互拡散バリヤとして機能することは技術常識であるところ,引用発明の窒化チタン膜はアルミニウムとシリコンとの間の相互拡散を防止するバリヤ層として開示されているものであるから,窒化チタン膜上にタングステンを形成することの動機付けがないと主張する。
しかし,審決は,「刊行物5(第1頁左下欄第15行〜同頁右下欄第2行参照)には,コンタクトホールの形状が微小になると,アルミニウムの配線は,コンタクトホールに完全に充填されないため,接続配線が不完全になる恐れがあることが記載されており,また,刊行物4(第161頁下から第15〜5行の訳文参照)には,ブランケットタングステンは,スパッタされたアルミニウム又はアルミニウム合金に代わる適切なるVLSI配線であり,また,CVDタングステンは,コンフォーマルなステップ・カバレッジ(均一な段差被覆性)という利点を有することが記載されている。」と認定した上で,「刊行物発明1のSi基板/Ti/TiN/Al積層構造の,バリヤ層のTiN上に形成されたAl膜に代えて,バリヤ層のTiN上に形成されたW膜を用いることは当業者が容易になし得る」と判断している。これによれば,審決は,刊行物4,5記載のCVDタングステンによるバリヤ層を,そのまま引用発明に適用するとしているものではなく,上記刊行物4,5に記載された課題及び知見を適用し,引用発明のコンタクトを形成する導電材料をアルミニウムからCVDタングステンに置換するものとしているのであるから,それによって,バリヤ層が二重に設けられることになるということはできない。
また,刊行物4には,「(b)拡散防止バリヤとして機能するための,または,その上部に成膜するアルミニウムの段差被覆性を改善するためにコンタクト及びビアを再充填するための選択的に析出されたCVDタングステン」(161頁2段落),「選択的CVDタングステンでの浸食は,そのVLSIの金属層への適用を抑制する主要な問題であった。この浸食はコンタクト下の接合部分の特性を引下げ,漏れ電流を増加させることから,タングステンをコンタクトバリヤとして利用する目的を打ち負かす。」(167頁2段落)との記載があって,「選択的に析出されるCVDタングステン」又は「選択的CVDタングステン」が,「浸食」という問題を有するものの,拡散防止バリヤとして使用されることが記載されているが,刊行物4には,この「選択的CVDタングステン」とは別に,「ブランケットCVDタングステン」が記載されており(刊行物4が,「選択的CVDタングステン」と「ブランケットCVDタングステン」とを各別に扱っていることは,刊行物4の章立てや,この両者とスパッタリングされたアルミニウムの物性の対比表(162頁)を掲げていることなどに照らして明らかである。),この「ブランケットCVDタングステン」に関しては,拡散防止バリヤとして使用されるとの記載は見当たらない。そして,審決が,相違点の判断において引用したのは刊行物4の「ブランケットCVDタングステン」に関する部分であり,審決が引用した「タングステン」が「選択的CVDタングステン」を指すことが窺えないから,刊行物4に記載されたCVDタングステンが,アルミニウムとシリコンとの間で拡散バリヤ層として機能するものであるとの原告の主張は,少なくとも,審決が引用したブランケットCVDタングステンに関しては,これを認めることができない。
したがって,原告主張の事由は,引用発明のアルミニウム膜をCVDタングステンに置き換える場合に,窒化チタン膜を除去する理由にはならない。
(2)原告は,引用発明の「窒化チタン膜」及び「チタン膜」はステップカバレッジを良好化しないスパッタリング法によって形成されているから,同じくステップカバレッジを良好化しないアルミニウム膜だけをCVDタングステンに置換し,窒化チタン膜及びチタン膜を残す動機付けはなく,窒化チタン膜及びチタン膜を除去する理由があると主張する。
刊行物4(甲3)には,「ブランケットタングステンは,VLSIに適用するためにスパッタリングによるアルミニウムおよびアルミニウム合金に代替するに適した配線である。・・・CVDタングステンは良好なステップカバレッジ上の利点を提供するものであり,1μ厚みのタングステン膜を用いれば,1μ×1μの異方性エッチングされたコンタクトの完全なる充填が得られる。サンプルシミュレーションは,これらのコンタクトの幾何学的形状に対して,CVDタングステンを用いる場合は完全な平坦性が達成される一方,スパッタリングによるシリ化アルミニウム合金が非常に貧弱なステップカバレッジであることを示している(図1参照)。このことは,1.2μ×1.2μのコンタクトがブランケットCVDタングステンにより平坦化されている図2のSEM写真にも示されている。」(161頁下15行〜5行)との記載がある。これによれば,ステップカバレッジの悪化は,コンタクトを充填するような厚みで被覆する場合に生ずるものであることが認められ,その図1(163頁)には,径1μmのコンタクトに「AL-1%SI」(1%のシリコンを含むアルミニウム)をスパッタリングする場合に,膜厚が0.1μmのときはステップカバレッジは良好であり,膜厚が0.5μm,1μmと増すにつれて,コンタクト内部が被覆されにくくなって,ステップカバレッジが悪化することが示されている。他方,引用発明に係るコンタクトの径(1辺の寸法)が1.0〜2.0μmであることは,前記1(1)のとおりであり,刊行物1には,その実施例2(引用発明)に係るチタン膜の膜厚が100Å(0.01μm)であることが記載されている(4頁左上欄16〜17行)。そうすると,刊行物4の図1記載の「AL-1%SI」の場合と比較しても,引用発明のチタン膜の膜厚は,コンタクトの径に対して十分に薄く,ステップカバレッジの悪化を生じさせないものと認められるから,これがスパッタリングによって形成されているからといって,窒化チタン膜及びチタン膜を除去する理由になるということはできない。
(3)原告は,本件訂正発明38は,窒化チタンを含む浸食およびウォームホールのバリヤ層を含むものであるところ,引用発明の「窒化チタン膜」を維持すべき合理的理由がないし刊行物3及び刊行物9によっても上記用途を想到する余地がないと主張する。
しかし,引用発明の窒化チタン膜を維持すべき合理的理由がないとの原告の主張に理由がないことは上記のとおりである。そして,刊行物3と刊行物9を組み合わせた結果得られた構造においては,Si基板とCVD法により形成されるW膜は,Ti膜及びTiN膜により分離されているから,CVD法によりW膜をTiN膜上に形成する際に,WF ガスがSi基板に接触し6ないことは明らかである。そして,Si基板にCVD法によりW膜を形成する際に,「浸食およびウォームホール」の問題がありそれが予測し得るものであることは後記(6)のとおりである。したがって,原告の主張は採用できない。
(4)原告は,刊行物3(甲6)及び刊行物9(甲8)と引用発明とは設定温度が異なるので,刊行物3と刊行物9を組み合わせて引用発明に想到することはできないと主張する。
刊行物3には「高アスペクト比(約3)のホールをSi側壁技術およびレジスト・エッチバックを組み合わせたW-CVDによって充填する新規に開発したプロセスを提案する。・・・800℃以上の温度で急速に生成されるタングステンシリサイドの生成を抑えるために新規のW/TiN/TiSi構造を適用した。」との記載が,刊行物9には「タングステンは高融点金2属の中では最も抵抗が低く,しかも化学的に安定性を有するため,配線材としては魅力的である。しかし,W/Siの直接接触を伴う系では650℃以上ではタングステンのシリサイド化反応が起こるため熱安定性がない。」(訳文2頁3〜6行),「最高900℃までのアニーリング条件において,W/WSi /Si,W/TiSi /Si,W/TiN/TiSi /Six x 2のコンタクト構造の熱安定性について調べた。・・・W/TiN/TiSi/Siのコンタクト構造によって,最高温度900℃まで熱安定性を有す2る低抵抗性のW/シリサイド/Siコンタクト構造が実現できた。」(訳文1頁6〜16行),「タングステン配線が熱アニーリング中にさらにシリサイド化するのを防ぐため,タングステン配線とTiSi 層の間にTiN拡2散障壁層を使った。」(訳文3頁13〜14行)との各記載があって,いずれも800〜900℃の高温条件下ながら,窒化チタンのバリヤ層又は窒化チタンを含むバリヤ層が,タングステンとシリコンとの境界面における干渉を防ぐバリヤ層として機能することが示されている。
そうすると,これらの刊行物に接した当業者であれば,タングステンとシリコンとの間にも境界面における相互干渉の問題が発生し得ること,アルミニウム膜とシリコンとの間に存在していた窒化チタンのバリヤ層は,タングステンとシリコンとの間の相互干渉を防ぐバリヤ層としても機能し得ることを認識することは明らかであり,そうであれば,引用発明のアルミニウム膜をCVDタングステンに置き換えたからといって,それが窒化チタン膜を除去する理由にはならない。上記刊行物3,9に記載された事項は,直接的には,タングステンの析出における干渉の問題ではなく,その場合とは,温度条件が異なるとしても,一定の条件下で,窒化チタンを含む膜が,タングステンとシリコンとの相互干渉を防ぐバリヤ層として機能し得るのであれば,特に否定されない限り,異なる条件下でも同様に機能する可能性は認識されるのであるから,原告の主張は理由がない。
(5)原告は,甲16,18,26,29,41によると,本件特許の優先権主張日である1987年(昭和62年)2月19日当時,窒化チタン膜上にCVDによってタングステンを析出することはできないとする知見が技術常識として存在したと主張する。
ア甲16には,「図1は,浅いボロン結合上に形成されたTiシリサイド膜のTEM断面写真である。窒素中でRTAによって形成された窒化物/シリサイドの2層構造を観察することができる。前記構造をオージェ観察すると,TiSi 層がTi,窒素,及び酸素を含有する層によって覆わ2れていることが示された。タングステンの堆積は,そのようなサンプル上にWF とH とを反応種として用いて,300℃で25分試みた。タング62ステンの成長は認められず,シート抵抗も変化がなかった。TiN層は,WF のH 又は基材との還元によって引き起こされるタングステンの核生62成を抑制することが明らかになった。」との記載がある。しかしながら,2 6 この記載は,RTAによって形成されたTiN/TiSi 層上に,WFとH とを反応種とするタングステンの成長が,300℃,25分という2条件の下では認められなかったことを示すだけである。CVDタングステンの析出の条件は,温度ひとつをとってみても,刊行物3(甲6)においては360〜500℃(訳文1頁下から2行),刊行物7(甲7)では450℃(178頁24行)とされているから,甲16の上記条件下で,窒化チタン膜上に析出できなかったからといって,窒化チタン膜上にCVDによってタングステンが析出されないという技術常識が,直ちに認められるものではない。
6 イ甲18には,「他の金属上へのタングステンの析出」として,「WF:H を用いて窒化チタン上に核生成させることは,膜の正確な処理方法, 2すなわちその膜の化学状態に従うようである。自己整合的なチタンシリサイド工程の流れにおいて,窒素雰囲気中の最終アニールは酸素を含んだ薄い(10-20nm)表面窒化物を生成する。これらの表面層では,長期にわたってWF :H に晒した後であっても,タングステンの核生成が一62切起こらないか,80nmまでのタングステンが析出された結果が報29 30告されている」(訳文3頁下から12〜6行)との記載があって,注29と注30にそれぞれ文献が引用されているが,このうち,タングステンの核生成が一切起こらないとした注29の文献は,その8名の執筆者が,上記甲16の8名の執筆者と全く同一で,かつ,甲16の刊行の翌年に刊行されたものであるから,上記甲16と同内容のものと推認され,そうであれば,上記のとおり,これによって,窒化チタン膜上にCVDによってタングステンが析出されないという技術常識が認められるものではない。
そして,他に,原告主張の「技術常識」が存在したことを認めるに足りる証拠はなく,上記「技術常識」が,引用発明のアルミニウム膜をCVDタングステンに置き換える場合に,窒化チタン膜を除去する理由にはならない。
ウ甲26,29,41については,いずれも本件特許の優先権主張日以降に公開ないし発刊された刊行物であるし,その内容を検討しても,原告主張の技術常識を裏付けるものとはいえない。
(6)原告は,本件訂正発明38は,CVDタングステンによるコンタクトプラグを実用化するに当たって解決しなければならないと認識されていた浸食及びウォームホールの発生を抜本的に防ぐという予測できない顕著な作用効果を奏すると主張する。
ア刊行物2(甲12)には,以下の記載がある。
「WF をH により還元することで生成されるCVDタングステン膜は62非常に好適な特性を有する最も将来性のある工程である:すなわち,低堆積温度,良好なステップカバレッジ,低コンタクト抵抗及び高いエレクトロマイグレーション安定性である。コンタクトホールは非選択的タングステン析出及びエッチバックによるタングステンプラグによって充填しうる。
この非選択的工程は,タングステンの選択的析出の場合のような浸食効果やワームホールの問題が何も認められなかった。」(443頁「導入」の項2段落)イ刊行物4(甲3)には,以下の記載がある。
「選択的CVDタングステンの浸食は,そのVLSIの金属層への適用を抑制する主要な問題であった。この浸食はコンタクト下の接合部の特性を引下げ,漏れ電流を増加させることから,タングステンをコンタクトバリヤとして利用する目的を打ち負かす。我々は,浸食現象の機構に基づいて浸食問題から解放されたプロセスを開発しており,別所でその詳細を議論している。その結論を要約すると,浸食に影響する重要な要因は:析出温度,WF の濃度(必ず低く抑える必要がある),及びコンタクトの下6のシリコンへのドープである。これらのパラメーターを適切にコントロールすることにより,タングステンの浸食は排除できる。」(167頁2段落)ウ甲11には,以下の記載がある。
「材料的な観点からすると,減圧CVD法によるタングステンの工程に依拠した多くの特徴は未だ詳細にすべきものである。特に,タングステンとシリコンとの接触面では原子レベルまでのサブミクロン上で発生する形態学的な特徴が存在する。これらの中には,シリコン/二酸化シリコンの接触面の下におけるタングステンの側面への浸食,シリコン基板における“ウォームホール”の形成,そしてタングステン/シリコンの接触面の粗さなどがある。」(117頁「要約」)エ以上の記載を総合すると,当業者であれば,CVDタングステンの化学種であるWF との接触を妨げるバリヤ層を設けることでウォームホール6を予防できる可能性を認識できるから,本件訂正発明38が当業者の予測の範囲を超えた顕著な効果を奏するものであるということはできない。原告の主張は採用できない。
(7)原告は,引用発明から本件訂正発明38を想到する際に最後の工程だけをCVDによるタングステンに置き換えるとの着想はあり得ないと主張する。
しかし,引用発明のアルミニウム膜をCVDタングステンに置き換えると,必然的に最後の工程だけを置き換えることになるのであり,原告の主張は失当である。
3本件訂正発明40について前記第2,1記載の当事者間に争いのない事実のとおり,本件訂正発明40に係る特許は,本件無効審決の確定により無効となっているものであり,本件訂正審判請求において,原告(請求人)はもはや本件訂正発明40に関して訂正審判請求をすることが許されないものであるから(特許法185条,126条6項),本訴請求中,審決のうち本件訂正発明40に関する部分の取消しを求める部分は,訴えの利益を欠くというべきである。
4本件訂正発明46について(1)前記第2,1記載の当事者間に争いのない事実及び証拠(甲21の1,28,乙5)を総合すると,原告は,無効2003-35518号事件において,平成16年7月21日,請求項46に係る発明について「前記タングステンプラグは,WL とH とのCVD反応によって選択的に形成される」62を「前記タングステンプラグは,WF とH とのCVD反応によって選択的 62に形成される」と訂正する内容の訂正請求をしたところ,特許庁は,平成17年6月24日,請求項46に係る発明についての訂正については,誤記の訂正を目的としていることを理由にこれを認めるとともに,訂正後の請求項40及び43に記載された発明についての特許を無効にするとの本件無効審決をし,その後原告は本件無効審決について審決取消訴訟を提起したが,本件訴訟係属中に本件無効審決が確定したことが認められる。
他方,本件訂正審判請求において,原告は,本件特許の請求項38,40及び46に関して訂正審判を請求しているところ(訂正審判請求書(甲21の1)には,「請求の趣旨」として,「特許2645345号の明細書(請求項5,8,12,22,24,36,38,40および46について)を本訂正請求書に添付した明細書の通り訂正することを求める。」と記載され,訂正審判請求書手続補正書(甲21の2)には,「補正の内容」として,「『特許2645345号の明細書(請求項5,8,12,22,24,36,38,40及び46について)を本訂正請求書に添付した明細書の通り訂正することを求める。』とあるのを,『特許2645345号の明細書(請求項38,40および46について)を本訂正請求書に添付した明細書の通り訂正することを求める。』に変更する。」と記載されていることに照らせば,このことは明らかである。),審判合議体は,本件特許の請求項46に係る訂正について,「誤記の訂正を目的とするものであって,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内における訂正であり,かつ実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。」と判断し,さらに本件訂正発明46の独立特許要件の有無を検討し,「訂正発明46は,刊行物1ないし9に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得たものではないから,特許法第29条第2項の規定に違反したものとはいえない。
また,刊行物1ないし刊行物9に係る発明をどのように組み合わせても,訂正発明は導き出せない。」として独立特許要件を肯定しながら,本件訂正発明38,40が独立特許要件を欠くことを理由に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をしたことが認められる。
(2)アところで,特許法は,昭和62年法律第27号による改正により,いわゆる改善多項制を導入したものであるところ,同改正後の特許法の下においては,2以上の請求項に係る特許については請求項ごとに無効審判請求をすることができるものとされていること(特許法123条1項柱書)に照らせば,2以上の請求項に係る特許無効審判の請求に対してされた審決は,各請求項に係る審決部分ごとに取消訴訟の対象となり,各請求項に係る審決部分ごとに確定するというべきである。そして,2以上の請求項を対象とする特許無効審判の手続において,無効審判請求の対象とされた請求項について訂正請求がされ,「訂正を認める」とした上で,審判請求を不成立とする審決がされた場合には,訂正請求に係る請求項は,審決のうち当該請求項について審判請求不成立とした部分が確定した時に,当該訂正された内容のものとして確定するというべきである(当庁平成19年6月20日決定(同年(行ケ)第10081号),同年7月23日決定(同年(行ケ)第10099号),同年9月12日判決(同18年(行ケ)第10421号)参照)。
このように,改善多項制導入後の特許法の下においては,特許無効審判手続における特許の有効性の判断及び訂正請求による訂正の効果は,請求項ごとに生ずるものであり,その確定時期も請求項ごとに異なり得るものである。これを言い換えれば,2以上の請求項を対象とする特許無効審判の手続においてされた審決に対する取消訴訟においては,審決の取消しを求める当事者(原告)は,当該訴訟において取消しの対象とされている請求項に係る審決部分に関しては,審決が当該請求項について訂正請求を認めたこと,あるいはこれを認めなかったことを含めて,その当否を争うことが許されるが,当該訴訟において取消しの対象とされていない請求項について審決が訂正請求を認めたこと,あるいはこれを認めなかったことを争うことは許されないということである。そうすると,そもそも,2以上の請求項を対象とする特許無効審判の手続において,特許権者から2以上の請求項について訂正請求がされた場合には,審判合議体は,原則として,各請求項ごとに訂正請求の許否を判断すべきものであり,そのうちの1つの請求項についての訂正請求が許されないことを理由として,その余の請求項についての訂正請求の許否に対する判断を行わずに,訂正請求を一体として許されないと判断することは,改善多項制の下における特許法の解釈としては,特段の事情のない限り,許されないというべきである。
イ特許無効審判の手続において,無効審判請求の対象とされていない請求項について訂正請求がされ(特許法134条の2第5項後段参照),当該訂正請求につき「訂正を認める」との審決がされた場合は,審決のうち,当該請求項について「訂正を認める」とした部分は,無効審判請求の双方当事者の提起する取消訴訟の対象となるものではないから,審決の送達により効力を生じ,当該請求項は,審決送達時に,当該訂正された内容のものとして確定すると解するのが相当である。
特許無効審判の手続において,無効審判請求の対象とされている請求項及び無効審判請求の対象とされていない請求項の双方について訂正請求がされた場合においては,審判合議体は,無効審判請求の対象とされていない請求項についての訂正請求が独立特許要件を欠く等の理由により許されないことを理由として,無効審判請求の対象とされている請求項についての訂正請求の許否に対する判断を行わずに,訂正請求を一体として許されないと判断することは,特段の事情のない限り,特許法上許されないというべきである。また,この場合において,無効審判請求の対象とされている請求項についての訂正請求が許されないことを理由として,無効審判請求の対象とされていない請求項についての訂正請求の許否に対する判断を行わずに,訂正請求を一体として許されないと判断することも,特段の事情のない限り,特許法上許されないものである。
(3)そうすると,本件特許の請求項46は,同請求項を対象とする訂正請求を認めた本件無効審決の送達時において,当該訂正された内容のものとして確定したというべきである。そして,前記のとおり,当該訂正請求による訂正後の請求項46の内容は本件訂正発明46と同一であるから,本件訂正審判請求のうち請求項46に係る部分は,本件特許の請求項46について,本件無効審決により既に訂正されて確定した内容と同一内容に訂正を求める内容であって,無意味なものである(なお,訂正審判請求書(甲21の1)及び訂正審判請求書手続補正書(甲21の2)の記載に照らし,本件訂正審判請求において,原告が本件特許の請求項46についても訂正を求めていると解さざるを得ないことは,既に前記(1)において説示したとおりである。)。
(4)本件審決は,本件無効審決に対して原告が審決取消訴訟を提起したことにより,本件特許に係る請求項46の訂正も確定していないとの理解に基づき,請求項46の訂正の許否について審理の対象としているが,これは上記の理解と異なるものであり,是認することができない。
すなわち,本件無効審決のうち請求項46について「訂正を認める」とした部分は本件無効審決の送達と同時に確定しているのであるから,本件訂正審判請求の審理を担当する審判合議体としては,こうした理解に基づいて,請求人(原告)に対し釈明権を行使して,訂正審判請求書の補正により請求項46の訂正部分を削除することを求め,請求人(原告)においてこれに応じない場合には,本件無効審判請求中請求項46に関する部分については,不適法なものとして却下すべきであったものである(特許法135条)。
(5)上記のとおり,本件特許の請求項46につき,原告が本件訂正審判請求において求めた訂正の内容は,本件無効審決により,本件訂正審判請求前に既に実現しているものである。そして,上記のとおり,本件訂正審判請求においては,審判合議体は,本件無効審判請求中請求項46に関する部分については,不適法なものとして却下すべきであったところ,審判請求不成立としたものであるが,そのことは請求項46に係る特許に関する請求人(原告)の法律上の権利義務関係に何ら影響を与えるものではない。そうすると,本件特許の請求項46に関する限り,原告は,審判請求不成立の審決により何ら不利益を受けていないから,本訴請求中,本件審決のうち本件訂正発明46に関する部分の取消しを求める部分は,訴えの利益を欠くものというべきである。
5結論以上に検討したところによれば,本件審決のうち本件訂正発明38に関する部分の判断の誤りをいう原告の取消事由には理由がなく,本訴請求中,本件審決のうち本件訂正発明40及び46に関する部分の取消しを求める部分は,訴えの利益を欠くものである。
そして,改善多項制導入後の特許法の下では,2以上の請求項を対象とする訂正審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟においては,訂正審判請求の内容が,訂正の許否を各請求項ごとに独立して判断し得るものである場合には,請求項ごとに,これに対応する審決部分について,これを取り消すべきかどうかを判断し得るものと解するのが相当である。けだし,前記のとおり,特許法が2以上の請求項に係る特許については請求項ごとに無効審判請求をすることができるものとしていること(特許法123条1項柱書)に照らせば,2以上の請求項を対象として請求された無効審判における訂正請求については,各請求項を対象とする無効審判請求に対応する防御手段として,特許権者は,請求項ごとに訂正請求をすることができ,審判合議体は,請求項ごとに訂正の許否を判断すべきものというべきであり,この理は,2以上の請求項を対象としてされた訂正審判請求においても,請求人の求める訂正審判請求の趣旨が,その内容に照らして訂正の許否を各請求項ごとに独立して判断し得るものである限り,同様に妥当するものと解するのが相当だからである。そして,前記4(1)の訂正審判請求書(甲21の1)及び訂正審判請求書手続補正書(甲21の2)の記載内容に照らせば,本件訂正審判請求の内容は,各請求項ごとに独立して判断し得るものというべきである(このことは,本件審決が,本件特許の請求項38,40及び46に係る訂正について,それぞれ別個に訂正要件及び独立特許要件を判断していることに照らしても,明らかである。)。
したがって,本訴請求中,本件審決のうち本件特許の請求項40及び46の発明に関する部分の取消しを求める請求に係る訴えは却下すべきであり,原告のその余の請求は理由がないものとして棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 嶋末和秀
裁判官 上田洋幸