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事件 平成 15年 (行ケ) 426号 審決取消請求事件
原告 株式会社豊田自動織機
訴訟代理人弁護士 永島孝明
同 伊藤晴國
同 山本光太郎
訴訟代理人弁理士 恩田博宣
同 恩田誠
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 飯塚直樹
同 西野健二
同 高木進
同 岡田孝博
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求める裁判
1 原告 (1) 特許庁が訂正2003-39001号事件について平成15年8月12日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「揺動斜板式圧縮機におけるピストン」とする特許第2924621号の特許(平成5年12月27日出願,平成11年5月7日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。
本件特許の請求項1について,特許異議の申立てがなされ,異議2000-70142号事件として審理され,その審理の過程において,原告は平成12年7月31日に訂正の請求をし,特許庁は,平成12年8月22日,「訂正を認める。
特許第2924621号の請求項1に係る発明についての特許を維持する。」との決定をした。
その後,本件特許の請求項1について無効審判が請求され,無効2001-35085号事件として審理されたが,平成14年2月12日,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする旨の審決がされたため,原告は,この審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所に提起した(平成14年(行ケ)第139号)。
原告は,上記取消訴訟の係属中,平成14年12月27日,前記訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)について,特許請求の範囲(請求項1)の文言の訂正を含む訂正(以下「本件訂正」という。)の審判を請求した。特許庁は,これを訂正2003-39001号事件として審理し,平成15年8月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月22日,その謄本を原告に送達した。
2 本件訂正後の特許請求の範囲(請求項1) 「回転軸に傾動可能に支持された斜板の両面とシリンダボア内に収容された片頭ピストンの首部との間に介在されたシューを介して斜板の回転運動を片頭ピストンの往復直線運動に変換すると共に,クランク室内の圧力と吸入圧との片頭ピストンを介した差により斜板の傾角を制御する揺動斜板式圧縮機において, 一体構成のピストンの中心軸線に関して斜板の回転方向側及び反対側の少なくとも一方の片頭ピストンの頭部の周面側には,ピストンの中心軸線側に向けて凹ませた肉取り部を設ける一方,前記ピストンの中心軸線に関して斜板の半径方向側における片頭ピストンの頭部の周面部において,往復動時に前記シリンダボアの内周面及び開口縁部位 に押し付けられる 領域 から 外れた 位置 に前記肉取 り部を形成した 揺動斜板式圧縮機におけるピストン。」(下線部が訂正箇所である。以下「本件訂正発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件訂正発明は,実願平3-20279号(実開平4-117186号)のマイクロフィルム(以下「刊行物1」という。)に記載の発明(以下「引用発明」という。)並びに実願平3-18046号(実開平4-113791号)のマイクロフィルム(以下「刊行物2」という。)及び特開平4-228882号公報(以下「刊行物3」という。)記載の各技術事項等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件訂正は認められないとするものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本件訂正発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(1) 一致点 「回転軸に支持された斜板とシリンダボア内に収容された片頭ピストンとの間に介在されたシューを介して斜板の回転運動を片頭ピストンの往復直線運動に変換する斜板式圧縮機において,片頭ピストンの頭部の周面部において,片頭ピストンの往復動時にシリンダボアの内周面及び開口縁部位に押し付けられる斜板式圧縮機におけるピストン。」 (2) 相違点 ア 斜板に関し,本件訂正発明では「傾動可能」であるのに対し,引用発明では,傾動可能とは特定されていない点 イ シューの設置に関し,本件訂正発明では,シューが斜板の両面と片頭ピストンの首部との間に介在されているのに対し,引用発明では,シューがそのように設けられているとは特定されていない点 ウ 斜板式圧縮機に関し,本件訂正発明では,「クランク室内の圧力と吸入圧との片頭ピストンを介した差により斜板の傾角を制御する揺動斜板式圧縮機」であるのに対し,引用発明では,揺動斜板式圧縮機とは特定されていない点 エ ピストンの構成に関し,本件訂正発明では,「一体構成」であるのに対し,引用発明では一体構成とは特定されていない点 オ 肉取り部に関し,本件訂正発明では,「ピストンの中心軸線に関して斜板の回転方向側及び反対側の少なくとも一方の片頭ピストンの頭部の周面側には,ピストンの中心軸線側に向けて凹ませた肉取り部を設ける一方,前記ピストンの中心軸線に関して斜板の半径方向側における片頭ピストンの頭部の周面部において,往復動時に前記シリンダボアの内周面及び開口縁部位に押し付けられる領域から外れた位置に前記肉取り部を形成」しているのに対し,引用発明では,「片頭ピストンの頭部の周面部において,往復動時に前記シリンダボアの内周面及び開口縁部位に押し付けられる」ものではあるが,肉取り部については不明である点(以下「相違点オ」という。)
原告主張の取消事由の要点
審決は,以下のとおり,相違点オについて,相違点の認定及び刊行物2記載の技術事項の認定を誤り,ひいては容易想到性の判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 相違点オの認定の誤り 審決が,相違点オにおいて,引用発明では「肉取り部については不明である」と認定した点は誤りである。
(1) 刊行物1の段落【0006】には,圧縮機の体格増加,シリンダボア及びピストンの油回りの悪化を抑制し,かつピストンとシリンダボアとの接触面積を増大させてピストン端部で生じる面圧増加の問題が指摘されている。
また,刊行物1に記載された発明(刊行物1で出願の対象となった考案で,従来技術である引用発明の課題を解決する考案)においても,ピストンガイド面の構成及び該ピストンガイド面の採用による面圧低減の作用効果は,引用発明のピストン端部で生じる面圧増加の問題に着目していることから得られたものであることが示されている(段落【0009】)。
このように,引用発明及び刊行物1に記載された発明は,いずれも「面圧を低減させる」ことを技術課題としているものである。
(2) ところで,ピストン周面に肉取り部を設けると,当然,ピストンとシリンダボアとの接触面積が減少する。すなわち,肉取り部の構成は,「面圧を低減させる」ものではなく,逆に「面圧を増大させる」ように作用するのである。そうすると,引用発明は,上記のとおり「面圧を低減させる」ことを技術課題としているのであるから,この技術課題からは,面圧を増大させるように作用する,ピストン周面に肉取り部を設けるという構成は示唆されないのである。言い換えれば,引用発明は,肉取り部の適用を積極的に否定するものである。
したがって,引用発明におけるピストンが肉取り部の構成を採用することについて「不明である」とする審決の認定は,上記刊行物1の段落【0006】に記載された技術課題を正しく理解しない,誤ったものであり,正しくは,引用発明では「肉取り部は全く存在しない」と認定すべきである。
2 刊行物2記載の技術イの認定の誤り 審決は,刊行物2に記載された技術について,「刊行物2には,「ピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が作用しないピストンの周面側に凹部19e,19eを形成する一方,凹部19e,19eを形成した方向とほぼ垂直方向の周面側に端部19g,19gを残して上記押し付け力に対する反力を受けるようにして,ピストンを軽量化するとともに生産性を向上させる」技術(以下「刊行物2記載の技術イ」という。)が記載されている」(審決書7頁下から6行〜最終行)と認定して,これを引用発明に適用しているが,この認定は,刊行物2に記載された技術事項を正確に理解したものではなく,誤りである。
(1) 刊行物2に記載された凹部19e,19eが形成されるピストンの周面部位は,ピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が作用しない部位ではなく,その押し付け力が作用しなくなった部位である。すなわち,斜板の半径方向にシューを摺動自在に案内する構成を採用することによって,初めてピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が作用しなくなったのであり,そのシュー構成と凹部19e,19eの構成とは不可分一体の構成なのである。このことは,刊行物2の段落【0010】,【0011】の記載からも明らかである。
つまり,刊行物2記載の技術イにおいては,シュー構造によってラジアルフォースがキャンセルされているからこそ,斜板の半径方向側におけるピストン周面に凹部を形成したとしても,「面圧は低く維持できる」のであって,このシュー構造の存在なくして凹部19e,19eは形成できないのであり,他方,シュー構造を採用してもキャンセルできないサイドフォースについては,ピストン頭部の外周面とシリンダボアの内周面との面接触をもって対処することとしているのである。このように,刊行物2記載の技術イは,シュー構造によってキャンセルすることのできるラジアルフォース側のピストン周面に凹部19e,19eを形成し,キャンセルできないサイドフォースが作用するピストンの周面部は残すという技術を開示したものである。
(2) しかるに,審決は,ラジアルフォースをキャンセルするシュー構造を無視して,刊行物2記載の技術イを認定するが,刊行物2記載の技術イにおいては,ラジアルフォースをキャンセルできる特殊なシュー構造に基づいて,片頭ピストンの頭部における凹部の形成可能な部位が結果的に規定されているに過ぎず,そのシュー構造の採用がなければ凹部の形成部位は特定できないのであるから,凹部と不可分一体のシューの構成を無視してピストン周面の構成のみを導き出す審決の認定は,明らかに誤りである。
したがって,審決の刊行物2記載の技術イの認定は,刊行物2に記載された技術から抽出できるものではなく,誤りである。
3 容易想到性の判断の誤り 審決は,「刊行物1記載の発明のような,斜板の半径方向側に押し付け力が作用する斜板式圧縮機では,その半径方向側に作用する押し付け力による,片頭ピストンとシリンダボアの内周面との間の押し付け力に対処する必要性(刊行物1,3に記載された課題)があること,及びピストンの軽量化という周知の課題に鑑みれば,上記刊行物1記載の発明(判決注・引用発明)に,上記刊行物2記載の技術イを適用して,ピストンの中心軸線に関して斜板の回転方向側及び反対側の少なくとも一方の片頭ピストンの周面側には,ピストンの中心軸線側に向けて凹ませた肉取り部を設ける一方,前記ピストンの中心軸線に関して斜板の半径方向側における片頭ピストンの頭部の周面部において,往復動時に前記シリンダボアの内周面から押し付け力に対する反力を受けるようにすることは,当業者が必要に応じて容易に想到し得ることである。以上総合すると,相違点オにかかる本件発明1(判決注・本件訂正発明)のように構成することは,当業者が容易になし得ることである。」(審決書10頁30行〜11頁3行)と判断している。
しかし,この判断は誤りである。
(1) 刊行物1及び3が片頭ピストンとシリンダボアの内周面との間の押し付け力に対処する必要性を開示しているとしても,その必要性は斜板の半径方向側の押し付け力に対処することだけを意味するものではない。刊行物1に「ピストンを駆動軸の径方向に付勢するラジアルフォース,ピストンを駆動軸の周方向に付勢するサイドフォースが存在する。」(4頁23〜24行)と記載され,刊行物3に「斜板の回転によって片頭ピストンがシューを介して斜板から側方への荷重を受け,シリンダボアと片頭ピストンとの間で片当たりが生じる。」(2頁1欄43〜46行)と記載されているように,刊行物1及び3から導き出せるのは,単に片頭ピストンとシリンダボアの内周面との間の押し付け力に対処する必要性があるということである。
刊行物1及び3における上記「押し付け力」は,片頭ピストンの往復動に伴ってピストン周面上の作用位置が変化するので,審決が認定するように斜板の半径方向側に作用するだけではなく,斜板の回転方向及び反対方向にも作用するのであり,刊行物1及び3に,押し付け力が作用する箇所に対処することが言及されているからといって,押し付け力が正に作用している斜板の回転方向側及びその反対側のピストン頭部に凹部を形成できることを示唆するとはいえない。
(2) 前記1のとおり,引用発明においては,ピストンの頭部の周面部に肉取り部を形成することを積極的に否定しているのであり,また,そのピストンの頭部における斜板の回転方向側及び反対側の周面部には押し付け力が作用しているのであるから,その周面部に,刊行物2記載の技術イの押し付け力が作用しないピストンの周面側に凹部を形成する技術を適用することはできないのであって,結局,引用発明に刊行物2記載の技術イを適用することには合理的な動機付けが存在しないというべきである。
(3) 仮に,引用発明と刊行物2記載の技術イの組み合わせを肯定したとしても,前記2のとおり,刊行物2記載の技術イは,特殊なシュー構造によってラジアルフォースをキャンセルできる斜板の半径方向側の周面にのみ適用できる技術であるから,これを引用発明に適用したとしても,そこから導き出せるのは刊行物2記載の発明そのものであって,相違点オに係る本件訂正発明の構成には想到し得ないというべきである。
(4) なお,審決は,「コスト高にはなるが,部品点数の多い複雑な構成を採用して,より完璧な耐久性や強度を追求するか,簡単な構造にして,耐久性や強度については妥協しつつコストの低減を図るかのいずれを採用するかは,当業者が設計において通常考慮していることである。」(審決書10頁26〜29行)とも説示しているが,この一般論と本件訂正発明の容易想到性の議論とに関連性はない。
(5) 以上のとおり,相違点オに係る本件訂正発明のように構成することは当業者が容易になし得ることであるとした審決の判断は,誤りである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,誤りはない。
1 相違点オの認定の誤りについて (1) 原告が引用する刊行物1の段落【0006】の記載は,引用発明の解決すべき課題の一つの解決手段の例示とし示されているものであって,引用発明と直接関係するものではなく,引用発明が面圧増加等の問題を指摘しているとの原告の主張は失当である。審決は,刊行物1の段落【0004】,【0005】にピストンの具体的な構造が記載されていないことから,「不明である」としたものであって,その認定に何ら誤りはない。
(2) 原告は,引用発明は肉取り部の適用を否定するものであると主張するが,審決の認定する引用発明は,「駆動軸に支持された斜板とシリンダボア内に収容された片側ピストンとの間に介在されたシューを介して斜板の回転運動を片側ピストンの往復直線運動に変換する斜板式圧縮機において,片側ピストンの頭部の周面部において,片側ピストンの往復動時にシリンダボアの内周面及び開口縁部位に押し付けられる斜板式圧縮機におけるピストン。」(審決書5頁16〜20行)というものであって,引用発明の解決すべき課題を解決する具体的手段までも引用するものではない。したがって,原告の主張は失当である。
なお,刊行物2には,ピストンに凹部を形成して軽量化を図ることによって慣性スラストやモーメントを削減できることが示唆されている(明細書2頁8〜9行,3頁25〜26行)。してみると,ピストンに対し適切な位置に適切な大きさの凹部を形成することによって軽量化を実現すれば,慣性スラストやモーメントを小さくできるので,接触面積が多少小さくなっても,面圧が直ちに増大するものではなく,接触面積の減少よりも軽量化の程度が大きくなるように適切に設計すれば,面圧を減少させることもできるのである。また,他の箇所と比較してスラストが,ごく少ししか作用しない部分では,接触面積が小さくなっても,面圧は前記他の箇所に比して低く維持し得ることは,当業者にとっては自明といい得ることである(刊行物2の明細書3頁15〜17行)。
2 刊行物2記載の技術イの認定の誤りについて 刊行物に記載される発明や実施例等の技術的事項からは,視点に応じて複数の発明又は技術を抽出することができる。例えば,上位概念で表わされた発明と,実施例に代表される下位概念で表わされた発明又は技術が含まれるものであり,さらに,この上位概念下位概念で表わされた発明又は技術との間には,さまざまな位相の概念で表わされた発明又は技術が多数存在するものである。
してみると,刊行物2は,原告が主張する「シュー構造によってキャンセルすることのできるラジアルフォース側のピストン周面に凹部19e,19eを形成し,キャンセルできないサイドフォースが作用するピストンの周面部は残すという技術」を開示するものであるとしても,この凹部19e,19eを形成している箇所は,実際に押し付け力が作用していないのであるから,審決が認定する刊行物2記載の技術イである「ピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が作用しないピストンの周面側に凹部19e,19eを形成する一方,凹部19e,19eを形成した方向とほぼ垂直方向の周面側に端部19g,19gを残して上記押し付け力に対する反力を受けるようにして,ピストンを軽量化するとともに生産性を向上させる技術」をも開示しているのである。
3 容易想到性の判断の誤りについて (1) 引用発明は,肉取り部の適用を否定するものでなく,肉取り部が必ずしも「面圧を増大させる」ように作用するものでないことは,前記1のとおりであり,また,審決の刊行物2記載の技術イの認定に誤りがないことは,前記2のとおりである。
原告は,引用発明の片頭ピストン頭部における斜板の回転方向側及び反対側の周面部には押し付け力が作用しているので,この周面部に,刊行物2記載の技術イを適用することはできないと主張するが,引用発明の片頭ピストン頭部における上記周面部には,押し付け力が作用しているものの,特に「かじり」ないし「こじり」と呼ばれる異常摩耗が問題になる下死点近傍では,その押し付け力の大きさはラジアルスラストによる半径方向側の押し付け力と比してかなり小さいのであり,刊行物2記載の技術イの適用に際し,刊行物1の段落【0005】,【0006】に示されるように,特にラジアルフォースによって傾動の不具合が深刻となる下死点付近では,サイドフォースが小さくしか作用しないから,引用発明の斜板の回転方向側及び反対側の周面部に,凹ませた肉取り部を設けるようにすることは,当業者が容易に想到し得ることである。
(2) 刊行物2記載の技術イは,「ピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が作用しないピストンの周面側に凹部19e,19eを形成する一方,凹部19e,19eを形成した方向とほぼ垂直方向の周面側に端部19g,19gを残して上記押し付け力に対する反力を受けるようにして,ピストンを軽量化するとともに生産性を向上させる技術」であり,シュー構造とは離れて認定されているので,引用発明と刊行物2記載の技術イとは,前者に後者を適用することが困難なほど相違するものではない。
当裁判所の判断
1 相違点オの認定について (1) 審決は,刊行物1における「考案が解決しようとする課題」の項の段落【0004】ないし【0006】に摘示された従来技術に関する記載部分から,「駆動軸に支持された斜板とシリンダボア内に収容された片側ピストンとの間に介在されたシューを介して斜板の回転運動を片側ピストンの往復直線運動に変換する斜板式圧縮機において,片側ピストンの頭部の周面部において,片側ピストンの往復動時にシリンダボアの内周面及び開口縁部位に押し付けられる斜板式圧縮機におけるピストン。」との発明を引用発明として認定したものであることは,その説示に照らし明らかであり,甲4号証によれば,その認定に何ら誤りはない。そして,上記段落【0004】,【0005】には,ピストンの具体的な構造についての記載はなく,本件訂正発明の構成に含まれる肉取り部が設けられているかどうかが明らかではないのであるから(甲4号証),審決が,本件訂正発明と引用発明との相違点オにおいて,引用発明では「肉取り部については不明である」と認定したことに誤りはない。
(2) 原告は,引用発明には「肉取り部は全く存在しない」と認定すべきであると主張するが,審決の認定に誤りがないことは上記のとおりであるし,また,審決は,「肉取り部については不明である」と認定し,実質的に,引用発明に肉取り部が存在しないものとして,その相違点についての判断をしているのであるから,原告主張の点は,結論に特段の影響を及ぼすものではなく,原告の上記主張は失当である。
また,原告は,引用発明及び刊行物1記載の発明(刊行物1で出願の対象となった考案で,従来技術である引用発明の課題を解決する考案)はいずれも「面圧を低減させる」ことを技術課題としたものであり,引用発明は「肉取り部」という構成を積極的に否定しているとも主張する。
しかし,審決が認定した引用発明の内容は前記のとおりであり,原告が引用する刊行物1の段落【0006】は,「この問題を解決するために,・・・傾動モーメントを減少させ,更に接触面積を増大するという案が考えられるが,この場合には,圧縮機の体格増加,・・・油回りの悪化が予想される。」と記載されているように,従来技術の課題を解決する手段として考えられる技術的手段を例示し,その場合に予想される問題点を説明しているものであって,引用発明の内容となる構成について記載したものでないことは明らかであるから,この記載をとらえて,引用発明が肉取り部の構成を否定しているということはできないし,刊行物1の段落【0004】,【0005】にも肉取り部の構成を否定あるいは排除するような記載はないのであって,引用発明が肉取り部の構成を積極的に否定しているとの原告の主張は理由がない。
なお,原告が主張する刊行物1記載の発明それ自体は,審決が認定する引用発明の内容ではないのであるから,仮にそれが面圧を低減させるという問題に着目し,その解決手段を提示するものであるとしても,そのことは,引用発明が肉取り部の構成を採ることを否定あるいは排除していることの根拠となるものでないことはいうまでもない。
2 刊行物2記載の技術イの認定について (1) 刊行物2には,次の記載がある(甲5号証)。
ア 「【0005】【考案が解決しようとする課題】上記圧縮機におけるピストン1aは,斜板6aなどの各部に掛かる慣性スラストやモーメントを削減するために軽量化を図るのが好ましいことから,その本体部を空洞化し,シュー7に連結される斜板部の端部が半分程,開口している。しかしながら上記従来の圧縮機では,ピストン質量は軽減し得るものの,ピストン1aの上記斜板側の端部100と本体部200との連結部300における強度が低下し,耐久性に不安が生じる。
【0006】また,ピストン1の成形が容易でないという問題点があった。例えば・・・。本考案は,上記問題点に鑑みなされたものであり,作製が容易でかつ強度の点でも優れた斜板式圧縮機を提供することを解決すべき課題とするものである。」 イ 「【0007】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため,本考案の圧縮機は,複数のシリンダボアを有するシリンダブロックと,・・・該ピストン及び上記斜板間に摺接され上記斜板の回転運動を上記ピストンの往復直動に変換するシューとを備える可変容量型圧縮機において,上記シューは上記ピストンに対し上記駆動軸の径方向へ摺動可能に保持され,かつ,上記ピストンの主体部には上記駆動軸の径方向へ開口する凹部が形成されることを特徴としている。」 ウ 「【0009】【作用】斜板の両面からシューを介してピストンに付勢力が伝達される。斜板が駆動軸に傾設されているので,上記付勢力は,ピストン直動方向成分(以下,ピストンスラストという)と,駆動軸の周方向成分(以下,サイドスラストという)と,駆動軸の径方向成分(以下,ラジアルスラストという)とに分解することができる。
【0010】この考案では,シューがピストンに駆動軸の径方向・・・へ摺動自在に案内される構造となっているので,摩擦分を無視すればピストンにはこのラジアルスラストは作用せず,したがって,ピストンのこの径方向におけるボア摺接面積が小さくても面圧は低く維持できる。
【0011】この事実の認識に基づいて,この考案ではピストンの主体部の径方向へ凹部を開口しているので,ピストンの径方向の面圧を許容範囲に維持しつつ,ピストンが軽量となる。」 エ 「【0012】【考案の効果】以上説明したように,ピストンに対してシューの径方向への相対摺動を保証した構造を採用し,かつ,ピストンの主体部の径方向に面する部分を凹設しているので,ピストンの摩耗を防止しつつピストンの軽量化を果たすことができる。更に,ピストンの主体部は,駆動軸の周方向において凹部を形成されていないので,斜板の回転に起因するサイドスラストを有効に受承することができる。また,鍛造法による製造が可能となり,生産性に優れるという見逃し難い効果をも有する。」 オ 「【0019】・・・この圧縮機の最も特徴的な構成として,ピストン19の本体部19bには,その直動方向中央部分に駆動軸の径方向両側に凹部19e,19eが鍛造により形成されている。・・・ 【0020】凹部19e,19eの形成に伴い,ピストン19の主体部19bの直動方向すなわち本考案でいう軸方向の中央部分では,ピストン19は,板部19fと,この板部19fの両端からそれぞれ直角に延びる端部19g,19gとから構成されており,端部19gの外周面19hがシリンダボア10に摺接している。・・・ 【0023】この実施例において,特に重要なことは,斜板15の回転に伴い外シュー18,18がピストン19の斜板側端部19aに対して径方向(駆動軸4の)に摺動自在となっているので,ピストン19には外シュー18,18との摺接面から径方向へのいわゆるラジアルスラストを受けることがなく,そのために,ピストン19の本体部19bに上記した凹部19eを穿設しても,面圧が増加して以上摩耗(判決注・異常摩耗の誤記と認める。)や焼付きが生じることなく,ピストン19の軽量化が達成できる点にある。」 (2) 上記のとおり,刊行物2には,揺動斜板式圧縮機においては,斜板などの各部にかかる慣性スラストやモーメントを削減するためにピストンの軽量化を図ることが好ましいが,同時に,その作製が容易でかつ強度の点でも優れたものとする必要があるとの技術的課題があり,これを解決するために,シューがピストンに駆動軸の径方向へ摺動自在に案内されるという構造を採ることにより,ピストンに加わるラジアルスラストが作用しないようにし,ピストンの径方向へ凹部を開口し軽量化を図ると共に,ピストンの周方向には凹部を形成しないでサイドスラストを受けるようにしたことが記載されており,上記オの記載等からすれば,斜板の半径方向側におけるピストンの主体部の周面部に,ピストンの中心軸線に向けて凹ませた凹部19e,19eを設ける一方,サイドスラストに対応して,斜板の回転方向側及び反対側の少なくとも一方のピストンの主体部の周面側において,往復動時にシリンダボア10の内周面から押し付け力に対する反力を受けるように,揺動斜板式圧縮機におけるピストンを構成する技術が開示されているものといえる(刊行物2にかかる技術が開示されていることについては,原告も争っていない。原告第1準備書面3頁)。
そして,刊行物2において,上記の凹部19e,19eが設けられるピストンの主体部の周面部は,斜板15の回転に伴い外シュー18,18がピストン19の斜板側端部19aに対して径方向に摺動自在となっていることにより,いわゆるラジアルスラストが作用しない箇所であり,他方,凹部を設けていないピストンの主体部の周面部では,サイドスラストを受けるものとされているのであるから,上記刊行物2の記載からは,審決が認定するように,「ピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が作用しないピストンの周面側に凹部19e,19eを形成する一方,凹部19e,19eを形成した方向とほぼ垂直方向の周面側に端部19g,19gを残して上記押し付け力に対する反力を受けるようにして,ピストンを軽量化するとともに生産性を向上させる」技術(刊行物2記載の技術イ)もまた開示されているものということができる。
原告は,刊行物2において凹部19e,19eが形成されるピストンの周面部位は,斜板の半径方向にシューを摺動自在に案内する構成を採用することによって,初めて押し付け力が作用しなくなったものであり,そのシュー構成と凹部19e,19eの構成とは不可分一体の構成であるから,このシュー構成を無視してピストン周面の構成のみを刊行物2から抽出することはできないと主張する。
しかし,刊行物2記載の発明が,原告主張のようなシューの構成により,押し付け力が作用しないようにした箇所に凹部を設けることとしたものであり,シュー構成とピストン周面の構成を不可分一体のものとして構成しているものであるとしても,そのことは,同時に,前記のとおり,押し付け力が作用しない箇所に凹部を設けるという技術をも開示しているものであることは明らかであって,押し付け力が作用しない理由の如何に関わらず,刊行物2の記載から,かかる技術事項を抽出することは十分可能であるし,また,そのことに何らの問題はなく,審決の刊行物2記載の技術イの認定に誤りはない。原告の上記主張は理由がない。
3 容易想到性の判断について (1) 原告は,刊行物1及び3に,押し付け力が作用する箇所に対処することが言及されているからといって,押し付け力が作用している斜板の回転方向側及びその反対側のピストン頭部に凹部を形成できることを示唆するとはいえないと主張する。
しかしながら,刊行物1には,「ラジアルフォース及びサイドフォースは,シリンダボア内でピストンを駆動軸の径方向又は駆動軸の周方向に傾動させようとする。特に,下死点付近では軸方向におけるピストンとシリンダボアとの嵌合長さが短縮されて,上記不具合が一層深刻となる。」(甲4号証4頁段落【0004】)と記載されており,上記傾動による不具合が深刻となる下死点付近ではラジアルフォースが大きく作用するものであることは,本件明細書の「片頭ピストンが下死点付近にあるときには片頭ピストンの慣性力が最も大きく,斜板はこの慣性力の反力を片頭ピストンに与える。この反力は斜板の回転中心軸線から半径方向へ離間する方向への分力を有し,この分力が片頭ピストンの頭部周面の特定部位をシリンダボアの周面に押し付ける。」(甲9号証4頁段落【0009】)との記載などからも明らかであるから,刊行物1の上記記載は,特に下死点付近での斜板の半径方向側に作用する押し付け力による不具合が深刻であり,これに対処する必要があるとの課題を示したものと理解することができる。また,審決が認定するように,刊行物3には,「「半球状のシューの球面部が片頭ピストンの首部の球面凹部に嵌まり込み支持されていると共に,その端面部が斜板面に接している型式の揺動斜板式圧縮機においては,側方(斜板の半径方向側)に作用する片頭ピストンとシリンダボアの内周面との間の押し付け力に対処する必要性がある」という課題が記載されている」(審決書8頁16〜21行。審決のこの認定については,原告も争っていない。原告第1準備書面3頁)のである。
上記刊行物1及び3の記載からすれば,揺動斜板式圧縮機においては,斜板の半径方向側だけでなく,回転方向側及びその反対側にも押し付け力が作用するものの,特に斜板の半径方向側に作用する押し付け力が大きく,これに対処する必要性があることが解決すべき技術的課題として示されているということができる。
そして,前記のとおり,刊行物2に,ピストンの軽量化を図ると共に,その作製が容易でかつ強度の点でも優れたものとする必要があるとの課題が示されていることからすれば,当業者としては,ピストンに肉取り部を設けてその軽量化を図ろうとする際に,上記刊行物1及び3に示された,特に斜板の半径方向側に作用する押し付け力に対処する必要性という技術的課題にも着目して,肉取り部を形成しようとすることはごく自然なことということができる。
原告は,刊行物1及び3は,斜板の回転方向側及びその反対側のピストン頭部に肉取り部を設けることを示唆するものではないと主張するが,審決は,刊行物1及び3の上記記載から,斜板の半径方向側に作用する押し付け力に対処する必要性という技術的課題が示されているとしているものであって,そのことから直ちに,原告が主張するような肉取り部の形成箇所が示唆されていると判断しているわけでないことは明らかであるから,原告の上記主張は当たらない。
(2) 原告は,引用発明においては,ピストン頭部の周面部に肉取り部を形成することを積極的に否定しており,また,ピストン頭部における斜板の回転方向側及び反対側の周面部には押し付け力が作用しているから,引用発明に刊行物2記載の技術イを適用することには合理的な動機付けが存在しないと主張する。
しかし,引用発明がピストンの頭部の周面部に肉取り部を形成することを否定あるいは排除していないことは,前記のとおりである。
また,刊行物2の「摩擦分を無視すればピストンにはこのラジアルスラストは作用せず,したがって,ピストンのこの径方向におけるボア摺接面積が小さくても面圧は低く維持できる。」(甲5号証3頁段落【0010】)との記載からすれば,刊行物2記載の技術イにおける「押し付け力が作用しない」というのも,必ずしもピストンとシリンダボアとの間に押し付け力が全く作用しないことまでを意味していると理解する必要はないのであり,揺動斜板式圧縮機において,ピストンの周面部に開口部を設けてその軽量化を図ると同時に,強度の点でも優れたものとする必要があるという技術的課題が知られていたのであるから,そのような課題をもって,刊行物2記載の技術イに接した当業者であれば,そこから,ピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が大きく作用する周面部を避けて,その押し付け力が作用しないか,あるいは押し付け力がより小さい周面部に肉取り部を設けて,ピストンの軽量化と共に強度の確保を図るという技術思想を読みとることは容易であるということができる。そうすると,揺動斜板式圧縮機においては,斜板の半径方向側だけでなく,回転方向側及びその反対側にも押し付け力が作用するものの,特に斜板の半径方向側に作用する押し付け力が大きく,これに対処する必要があることは前記のとおりであるのに対し,斜板の回転方向側及びその反対側における押し付け力は相対的に小さいということができるのであるから(このことは,当業者である原告自身が,訂正拒絶理由通知書に対する意見書において,「分力Qの大きさがピストン下死点付近或いは上死点付近で発生する分力f2と比較して小さい」(甲11号証7頁16〜17行)と述べていることからも裏付けることができる。),引用発明に上記の刊行物2記載の技術イを適用することは可能であり,その適用に何らの阻害事由もないことは明らかである。
したがって,引用発明に上記刊行物2記載の技術イを適用する動機付けがあるというべきであり,原告の上記主張は理由がない。
(3) 原告は,刊行物2記載の技術イは特殊なシュー構造によってラジアルフォースをキャンセルできる斜板の半径方向側の周面にのみ適用できる技術であるから,引用発明と刊行物2記載の技術イを組み合わせても,相違点オに係る本件訂正発明の構成には想到し得ないと主張する。
しかし,審決の刊行物2記載の技術イの認定に誤りがなく,これからピストンとシリンダボアとの間の押し付け力が大きく作用する周面部を避けて,その押し付け力が作用しないか,あるいは押し付け力がより小さい周面部に肉取り部を設けて,ピストンの軽量化と共に強度の確保を図るという技術思想を読みとることができることは,前記のとおりであって,当業者が,引用発明にこれを適用して,相違点オに係る本件訂正発明の構成とすることは容易に想到し得ることであるということができる。原告の上記主張は,その前提において理由がなく,失当である。
(4) 以上のとおり,揺動斜板式圧縮機について,刊行物2には,ピストンの軽量化を図ると共に,その作製が容易でかつ強度の点でも優れたものとする必要があるとの課題が示されており,また,刊行物1及び3には,特に斜板の半径方向側に作用する押し付け力に対処する必要があるとの課題が示されていることからすれば,そのような課題を解決するために,引用発明に刊行物2記載の技術イを適用して,相違点オに係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることであるとした審決の判断に誤りはない。
4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 若林辰繁
裁判官 瀬順久