運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2000-35301
関連ワード 公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的手段 /  抵触 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 16年 (行ケ) 105号 審決取消請求事件
原告 日本車輛洗滌機株式会社
訴訟代理人弁護士 冨永博之
同 弁理士 高橋清
被告 株式会社ヒラマツ
訴訟代理人弁護士 塩見渉
同 弁理士 笠井美孝
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2000-35301号事件について平成16年2月17日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「洗車機」とする特許第1743117号発明(昭和58年9月9日特許出願〔以下「本件出願日」という。〕,平成5年3月15日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成12年6月6日,本件特許について無効審判の請求をした。特許庁は,同請求を,無効2000-35301号事件として審理し,平成13年11月26日,本件特許を無効とする旨の審決(第1次審決)をしたが,この審決に対する審決取消訴訟において,第1次審決を取り消す旨の判決(当庁平成13年(行ケ)第588号・平成15年7月18日判決。以下「前訴判決」という。)がされた。特許庁は,前訴判決後に再開された審理において,平成15年9月24日付けで職権による無効理由を通知し,平成16年2月17日,「特許第1743117号について,その特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月27日原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付された明細書(平成3年8月19日付け手続補正書により補正されたもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨(符号a〜hを付し,各項の構成を「構成要件a」ないし「構成要件h」という。) a 先端部に長手方向及び幅方向に突出する突出物を有する被洗車輌を幅方向に跨ぎ,該車輌の長手方向に沿って走行可能な門型フレームと, b 該門型フレームに垂下され,該門型フレーム上を幅方向に走行可能な洗車ブラシと, c 該洗車ブラシが被洗車輌の前後面に接触していることを検出する接触検出器と, d 該洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向中央側の限界位置に到来したことを検出する幅方向限界位置検出器と, e 該洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向端側の退避位置に到来したことを検出する幅方向退避位置検出器と, f 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向先端側の退避位置に門型フレームが到来したことを検出する長手方向退避位置検出器と, g 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向中央側の限界位置に門型フレームが到来したことを検出する長手方向限界位置検出器と, h 少なくとも被洗車輌の前面と側面を前記洗車ブラシにより洗滌させ,前面洗滌から側面洗滌への移行又は側面洗滌から前面洗滌への移行に際して,前記各位置検出器からの位置信号及び接触検出器からの接触信号により門型フレームを前後進させ且つ前記洗車ブラシを横行させ,前記突出物を洗車ブラシと当接させずに被洗車輌の洗滌を行わせる制御装置と, を備えたことを特徴とする洗車機。
(以下では,引用文を含め「車輌」は「車両」と表記を統一する。) 3 本件審決の理由 (1) 本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明は,本件出願日前に,徳島県小松島市(以下省略)小松島市運輸部整備工場に設置されて公然実施された状態にあったTWB-S-2800R型洗車機の発明(以下「公然実施発明」といい,上記洗車機を「小松島洗車機」という。)及び昭和57年4月10日宏文出版発行「洗車給油所新聞」第222号(甲2-6,以下「刊行物5」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきものであるとした。
(2) なお,本件審決が認定した公然実施発明の構成並びに本件発明と公然実施発明との一致点及び相違点(審決謄本8頁第2段落〜9頁第3段落)は,それぞれ次のとおりである。
(公然実施発明の構成)(以下,次のアないしカの構成を「構成ア」ないし「構成カ」という。) ア 先端部に長手方向及び幅方向に突出する突出物を有する被洗車両を幅方向に跨ぎ,該車両の長手方向に沿って走行可能な逆L字型フレーム, イ 前記の逆L字型フレームに垂下され,該逆L字型フレーム上を幅方向に走行可能な洗車ブラシ, ウ 前記洗車ブラシが被洗車両の前後面に接触していることを検出する接触検出器, エ 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向端側の退避位置に到来したことを検出する幅方向退避位置検出器, オ 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向中央側の限界位置にフレームが到来したことを検出する長手方向限界位置検出器, カ 少なくとも被洗車両の前面と側面を前記洗車ブラシにより洗滌させ,前記突出物を洗車ブラシと当接させずに被洗車両の洗滌を行わせる制御装置。
(一致点) a’先端部に長手方向及び幅方向に突出する突出物を有する被洗車両を幅方向に跨ぎ,該車両の長手方向に沿って走行可能なフレームと, b 該フレームに垂下され,該フレーム上を幅方向に走行可能な洗車ブラシと, c 該洗車ブラシが被洗車両の前後面に接触していることを検出する接触検出器と, e 該洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向端側の退避位置に到来したことを検出する幅方向退避位置検出器と, g 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向中央側の限界位置にフレームが到来したことを検出する長手方向限界位置検出器と, h’少なくとも被洗車両の前面と側面を前記洗車ブラシにより洗滌させ,前記突出物を洗車ブラシと当接させずに被洗車両の洗滌を行わせる制御装置と, を備えた洗車機である点。
(相違点) 〔相違点1〕 走行可能なフレームの形状が,本件発明では「門型」とされるのに対し,公然実施発明では,「逆L字型」である点。
〔相違点2〕 本件発明では,「洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向中央側の限界位置に到来したことを検出する幅方向限界位置検出器(「構成要件d」)と,「洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向先端側の退避位置に門型フレームが到来したことを検出する長手方向退避位置検出器」(「構成要件f」)とを備え,「前面洗滌から側面洗滌への移行又は側面洗滌から前面洗滌への移行に際して,前記各位置検出器からの位置信号及び接触検出器からの接触信号により門型フレームを前後進させ且つ前記洗車ブラシを横行させ」る制御(「構成要件h」の一部)が行われるのに対し,公然実施発明では,上記の「構成要件d及びf」を備えていること,並びに,当該構成要件d及びfに係る,フレームの前後進や洗車ブラシを横行させる制御(「構成要件h」の一部)を行うことが認められない点。
原告主張の審決取消事由
1 本件審決の理由の認否及び取消事由の概略 本件審決の理由中,「第2.平成15年9月24日付の無効理由通知について」の「1.公然実施発明に関連する証拠」,「2.洗車機が公然使用(実施)された時期」,「3.公然実施発明に係るTWB-S-2800型洗車機の構成」及び「4.本件発明との対比」(以上,審決謄本3頁最終段落〜9頁第3段落)は認める。また,「5.相違点の検討」において,相違点1に格別の技術的意義はないとした判断(同9頁第4段落)は認めるが,相違点2についての判断(同頁第5段落〜11頁第2段落),「6.被請求人の主張について」における被請求人(原告)の主張を斥けた判断(同11頁下から第2段落〜14頁第4段落)及び「第3 結び」は,争う。
本件審決は,相違点2に係る構成の容易想到性の判断を誤った(取消事由)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点2に係る構成の容易想到性の判断の誤り) (1) 本件審決は,本件発明と公然実施発明との相違点2に係る構成の容易想到性を判断するに当たり,「本件特許に係る出願より前において,洗車機の洗滌ブラシと,バックミラー等車体から突出する部材との衝突回避の作動態様として,どのようなものが知られていたかについてみると,次のようなものがある」(審決謄本9頁下から第5段落)として,特開昭51-138070号公報(甲2-2,以下「刊行物1」という。),特開昭51-52673号公報(甲2-3,以下「刊行物2」という。),特開昭52-107172号公報(甲2-4,以下「刊行物3」という。),特開昭57-201747号公報(甲2-5,以下「刊行物4」という。)及び刊行物5に記載された技術を検討(同9頁下から第5段落〜10頁第2段落)した上,「公然実施に係る洗車機(注,小松島洗車機)は,〈車体の長手方向及び幅方向に突出する,バックミラー〉のような突出物を備えた車体の周囲を,『全自動』で洗滌しようとするものであるから,前面洗滌から側面洗滌に移る際,あるいは側面洗滌から前面洗滌に移る際に,洗滌ブラシとバックミラー等の突出物との衝突回避を図る必要があり,そのためには,・・・刊行物1,2に開示されているように,洗滌ブラシ自体の構造や駆動機構を工夫するか,又は,刊行物3,4に開示されているように,洗滌ブラシを被洗車体から離れるように移動させるというような手段を採用することが考えられる。・・・公然実施に係る洗車機は,車体側面を往復動して洗滌するために,洗滌ブラシを取り付けた本体フレームを前後動させることが可能なものであり,しかも,刊行物5に記載されているように,自動式の洗車機における洗滌(サイド)ブラシと突出物(ミラー)との衝突を回避する作動として,本体フレームを前後進させることも知られていたのであるから,公然実施に係る洗車機に関し,車体の幅方向のみでなく,長手方向にも突出するバックミラー等に対する洗滌ブラシの衝突回避作動の態様として,本体フレームを前後進させる手法を選択することは,通常の知識を有する者であれば容易に想到できたと考えられる。そして,例えば,前面洗滌から側面洗滌への移行に際して,前記の本体フレームを前後に移動させることによる衝突回避の作動を『全自動』で行うためには,本体フレームが後進(車体から離れる動き)を始めるべき位置や,後進の動きを停止するべき位置を検知すると共に,当該検知に基づく制御をする必要があるのだから,上記相違点2に係る,『洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向中央側の限界位置に到来したことを検出する幅方向限界位置検出器』(構成要件d)に加え,フレームの『長手方向先端側の退避位置』を検出する『長手方向退避位置検出器』(同じくf)を設けると共に,「前面洗滌から側面洗滌への移行又は側面洗滌から前面洗滌への移行に際して,前記各位置検出器からの位置信号及び接触検出器からの接触信号により』フレームを前後進させる制御(「構成要件h」の一部)を採用することは,格別困難とはいえない」(同10頁下から第2段落〜11頁第2段落)と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(2) 容易想到性の判断資料選定の誤り ア 本件審決は,相違点2に係る構成の容易想到性の判断に当たって,刊行物1ないし5を判断資料としたが,そのうち刊行物3ないし5は,本件発明と同じ技術的課題を有するものではないから,これらを判断資料として採用したことは,誤りである。
(ア) 刊行物3について 本件発明は,同一の洗車ブラシで前面洗滌から側面洗滌へと移行するに際して,各位置検出器によって,あらかじめ定められた「幅方向限界位置」,「長手方向退避位置」,「幅方向退避位置」及び「長手方向限界位置」を検知して,別掲参考図(1)に示すようにクランク状に洗車ブラシが移動して被洗車両の前方角の突出物を回避するものであり,想定される突出物の大きさに応じて上記各位置を設定しておけば,前方への突出量の大きい突出物を有する被洗車両でも,確実に突出物を回避して,前面と側面の洗車を行うことができるという点が最も特徴的な部分である。
これに対し,刊行物3に記載された洗車機は,前面洗滌から側面洗滌への移行,あるいは側面洗滌から前面洗滌への移行に際しては,手動で方向を変えるものであるから,自動的に突出物を回避する本件発明と同じ課題を有するものではない。また,本件発明や公然実施発明が,洗車ブラシをフレームに垂下させ,フレーム上を洗車ブラシが移動(横行)することによって,前面洗滌及び後面洗滌を行うのに対し,刊行物3の洗車機は,下方から支持された洗車ブラシが車体に沿って周回して洗滌を行っているので,その構成,作動態様も異なる。特に,刊行物3の洗車機においては,架台を傾斜させることにより洗車ブラシを強制的に傾斜させることができるが,本件発明においては,洗車ブラシはフレームから垂下されているため,強制的に傾斜させることができない点も全く異なる。したがって,刊行物3に記載された洗車機は,本件発明のように,位置検出器を設けて自動的に突出物を回避するという技術課題を有していない。
(イ) 刊行物4及び5について 刊行物4及び5に各記載の技術は,左右一対のサイドブラシとトップブラシによって小型の乗用車やワゴン車を洗車するもので,車両前方に突出しているバックミラーを持つワゴン車を洗車する際には,サイドブラシで側面洗滌のみを行い,被洗車両の前後面及び上面の洗滌はトップブラシで行うものであるから,本件発明のように,同一のサイドブラシで,前面角部にあるバックミラーを回避しつつ,前面洗滌から側面洗滌への移行を自動的に行うという課題自体が存在しないものである。
イ 本件審決は,「刊行物3〜5は,『同一のサイドブラシで,前面角部にあるバックミラーを回避しつつ前面洗滌から側面洗滌への移行を自動的に行うという本件発明の課題自体』を開示するものではない」(審決謄本11頁最終段落)と認定する一方で,「上記のいずれの刊行物(注,刊行物3ないし5)にも,洗車機の洗滌ブラシと,車体からの突出物との衝突を回避するために,洗滌ブラシの車体に対する相対的な位置(間隔)を変更させるという技術思想が開示されている」(同12頁第2段落,下線付加)と認定している。 しかしながら,刊行物5の洗車機は,被洗車両の前面を,左右のサイドブラシとは別の「水平の回転軸を有するトップブラシ」で洗滌を行うタイプのものであるから,本件発明のように同一のサイドブラシで前面洗滌から側面洗滌へと移行するタイプとは構成,作動態様が根本的に異なる。刊行物5の洗車機の洗滌ブラシが車体に対する相対的な位置(間隔)を変化させているのは,車体位置を検知するためのものであって,車体からの突出物との衝突を回避するためではないから,本件審決の上記認定は誤りである。
また,本件審決は,上記認定に続けて,「二つの物体が衝突する恐れがある場合に,一方の物体を他方の物体から遠ざけて衝突回避を図ることは先ず最初に想定されるはずであり」(同第3段落)とするが,これは,後記(4)のとおり,洗車機開発の歴史を全く考慮しないものであって,誤りである。
ウ 以上のとおり,刊行物3ないし5は,相違点2に係る構成の容易想到性の判断に際し,判断資料とされるべきではない。
(3) 刊行物5の認定の誤り 本件審決は,刊行物5に,「門型フレームを前後進させ,かつ,サイドブラシを横行させることによって,サイドブラシと突出物(ミラー)との衝突回避作動が行われることを明示する説明図が掲載されている」(審決謄本10頁第2段落)と認定し,これに基づいて,「しかも,刊行物5に記載されているように,自動式の洗車機における洗滌(サイド)ブラシと突出物(ミラー)との衝突を回避する作動として,本体フレームを前後進させることも知られていたのであるから,公然実施に係る洗車機に関し,・・・衝突回避作動の態様として,本体フレームを前後進させる手法を選択することは,通常の知識を有する者であれば容易に想到できた」(同頁最終段落〜11頁第1段落)と判断するが,誤りである。
刊行物5の洗車機については,前訴判決(甲33)が,「『トップブラシ』及び『サイドブラシ』が乗用車及びワゴン車のそれぞれを洗車する場合に,どのように作動するかは明記されていない。そうすると,引用例発明(注,刊行物5に記載された発明)は,『トップブラシ』及び『サイドブラシ』を作動させることで,乗用車及びワゴン車を洗車する洗車機であって,『サイドブラシ』を作動させてバス,パネルバス,トラック等の前後面及び側面を洗車する本件発明・・・とは,ブラシの作動が基本的に異なることが推認される」(15頁ア)と認定しており,刊行物5に掲載された洗車機(「デュアル-X」)のカタログ(甲7)によれば,車両前面の洗滌は水平方向に回転軸を持つトップブラシ(上面ブラシ,本来は車両の屋根部分を洗滌するもの)によって行われており,サイドブラシでの前面洗滌は行われていないことは明らかである。刊行物5の洗車機は,サイドブラシが別掲参考図(3)に示すように車両前面に近接した後,斜め後方に下がっているから,サイドブラシが前面左角のバックミラーに衝突するおそれは皆無であり,したがって,前面洗滌から側面洗滌に移行する際のサイドブラシと突出物(ミラー)との衝突回避作動については,開示も示唆もするものではない。
そうであれば,公然実施発明に関して,衝突回避作動の態様として,本体フレームを前後進させる手法を選択することが当業者の容易に想到し得たことはいえない。
(4) 本件出願時の技術水準 本件審決は,相違点2に係る構成(幅方向限界位置検出器〔本件発明の構成要件d〕と長手方向退避位置検出器〔同f〕を設けて,フレームの前後進や洗車ブラシを横行させる制御により突出物を回避すること)は容易想到であるとする判断において,「二つの物体が衝突する恐れがある場合に,一方の物体を他方の物体から遠ざけて衝突回避を図ることは先ず最初に想定されるはずである」(審決謄本12頁第3段落)と述べるが,本件で問題となっているのは,進行方向に邪魔なものがある時それをどのように回避するかというような抽象論ではなく,現実にフレームから垂下された洗車ブラシ(サイドブラシ)を2本有する大重量の洗車機においてどのように洗車ブラシと突出物との衝突を回避するかである。本件審決は「二つの物体が衝突する恐れがある場合」というように問題を抽象化しすぎて,その本質を見誤っている。実際には,バックミラー等に対する洗車ブラシの衝突回避作動の態様として,本体フレームをいったん「後退」させることは,当業者が長年にわたり想到し得なかったことである。
このことを,洗車機開発の歴史に従って明らかにすると,大型車を対象とする洗車機には,@2本のサイドブラシで側面洗滌のみを行い,前面洗滌は人手で行うタイプのもの(昭和50年より前から固定式〔注,洗車機は固定しており被洗車両が移動する。〕のものがあり,昭和53年ころには自走式〔注,洗車機が移動する。〕のものが開発された。),A上記2本のサイドブラシに加え,前面洗滌のみを行うサイドブラシを設け,前面洗滌用のサイドブラシは,バックミラー等の突出物のない車両右側(運転席側)から左側角の突出物の手前まで洗滌して戻るようにしたタイプ(昭和53年ころ開発された。)があり,その後に,B上記Aのタイプの前面洗滌用サイドブラシと右側面用サイドブラシ又は左側面用サイドブラシを一つに統合したタイプが開発された。公然実施発明に係る小松島洗車機は,上記Bの前面洗滌用サイドブラシと左側面用サイドブラシを統合したタイプに属するものであり,サイドブラシは,別掲参考図(2)に示すように作動する。
車両前方角の突出物を回避するという技術課題は,昭和52年6月に出願された実用新案登録出願の明細書(甲26)に,「従来の車体洗浄機は車両の両側面のみを水と回転ブラシで洗浄するのみで・・・最も汚れる車両の端部,前面・後面部が洗浄できないという欠点を有している。従って,車両の側面は機械的洗浄で完了するが,車端部の洗浄は人手作業に頼らざるを得ない」(1頁下から第2,第3段落)と記載されているように,本件出願の10年近く前から認識されていた。
そして,上記@からBの各タイプに示されるように,ブラシ自身の横行(左右方向への走行)を制御して突出物を回避するという技術は容易に想到し得たが,ブラシを支持するレールが載っているフレームの走行を制御して突出物を回避することに想到することは容易ではなかった。
その理由としては,自走式の洗車機は,固定式の設計思想を取り入れて開発されたため,本件出願当時,自走式洗車機において,前面洗滌から側面洗滌に移行するに際して,いったん後退してクランク状に突出物を回避するという考え方は生じ得なかったこと,及び当時の作動制御技術の低さが挙げられる。すなわち,大型自動車用の洗車機では,固定式が先行し,自走式は,固定式の洗車ブラシの作動をそのまま取り入れて設計されていたところ,固定式では,移動する被洗車両は,洗車動作の最初から最後まで前進するのみで,途中停止することはあっても,いったん後退することはなかったため,自走式洗車機において,前面洗滌から側面洗滌に移行する際に,フレーム本体をいったん後退させてクランク状に突出物を回避するという考え方は生じ得なかったのである。
また,当時の作動制御技術のレベルは低く,重量の軽い洗車ブラシであれば,比較的容易にその移動や回転を制御できたが,重量の重いフレームの走行制御はできるだけ単純なものでなければならず,本件発明のように,前進・後退・前進という複雑な走行を行うものは,容易に考えることができなかった。
サイドブラシで側面洗滌のみを行う時のバックミラーへの衝突回避の制御が開発されてから10年近くを経て,「同一のサイドブラシで前面洗滌から側面洗滌に移行する際に前方へ突出した突出物を回避する」という課題が本件発明によって初めて解決されたという事実は,本件発明が当業者の容易に想到し得るものでなかったことを示している。
(5) 容易想到性の判断の誤り 相違点2に係る構成を当業者が容易に想到し得たとする本件審決の判断は,要するに,洗車ブラシを車体に近付けたり離したりして突出物を回避する作動が刊行物3及び4に記載されており,また,刊行物5には,衝突回避作動のために,フレームを後退させることによって洗車ブラシを車体から離すことが示されているから,公然実施発明において,バックミラーを回避するためにフレームを後退させることは容易に想到し得るとするものである。
しかしながら,本件発明は,車両の側面に対するブラシの離隔,接触は,フレームを停止した状態でブラシをフレームに沿って移動させることにより行い,また,前面に対するブラシの離隔,接触は,ブラシの移動を停止した状態でフレームを前後進させることによって行うというものであるところ,本件出願当時,ブラシを横行させて突出物を回避するという技術思想を採用したものはあったが,フレーム(特に大型車用の重量の重い大型フレーム)を前後に移動させて突出物を回避するという技術思想はなかった。このような本件出願時の技術状況を踏まえれば,相違点2に係る構成の容易想到性の判断に当たっては,単に,車体からの離隔,接触を問題にすべきではなく,フレームを前後進させて行う車両前面に対する離隔,接触を問題とすべきである。
この観点から見るとき,刊行物3の洗車機は,ブラシを架台で下から支持するタイプのものであり,ブラシ自身を傾斜(移動)させれば前面でも側面でもブラシの離隔,接触を行うことができるという点で,本件発明とはその構成も作動原理も全く異なっているから,相違点2に係る構成を容易想到とする根拠とはなり得ない。また,刊行物4の洗車機は,車体上面から離隔して,突起物を上方に回避する際,フレームが停止した状態で,ブラシ自身が移動しているから,突起物を回避するために,フレームが移動する本件発明とは作動原理を異にし,相違点2に係る構成を容易想到とする根拠とはなり得ない。さらに,刊行物5は,サイドブラシでは前面洗滌を行わない小型自動車用洗車機を開示するのみであるから,このサイドブラシを公然実施発明に適用することは全く予測し得ないことである。
公然実施発明は,前面洗滌から側面洗滌へ移行するに際し,それまで前面を洗滌していた洗車ブラシの回転を止めることにより,ブラシ半径の差,すなわち,回転中は遠心力によって広がっていたブラシが,停止によって垂れ下がり,洗車ブラシの半径が減少することを利用して,突出物を回避しようというものである。したがって,公然実施発明において,ミラー等の突出物の回避作動を全自動で行おうとする本件発明と同じ技術課題が意識されていたとしても,その解決手段は,本件発明とは全く異なる。公然実施発明の開発者は,洗車ブラシで前面洗滌と左側面洗滌を行う構成を採用したことにより,前面洗滌から側面洗滌へ移行するに際して,左側の前方に突出する突出物(バックミラー)を回避するという技術課題に直面したが,その解決手段としては,フレームを前後進させるのではなく,洗車ブラシの回転の停止という手段を採用したのであり,この事実は,「車体の幅方向のみでなく,長手方向にも突出するバックミラー等に対する洗滌ブラシの衝突回避作動の態様として,本体フレームを前後進させる手法を選択することは,通常の知識を有する者であれば容易に想到できた」(審決謄本11頁第1段落)ものではないことの証左である。
(6) 以上のとおり,相違点2に係る構成を当業者が容易に想到し得たとする本件審決の判断は,誤りである。
被告の反論
1 本件審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点2に係る構成の容易想到性の判断の誤り)について (1) 相違点2に関する本件審決の判断に誤りはない。
(2) 容易想到性の判断資料選定の誤りについて 本件発明の容易想到性の判断に当たって,本件出願時の技術水準が考慮されるべきであることは当然である。本件審決が指摘した刊行物1ないし4は,いずれも,本件出願時の技術水準を示すために例示されたものであるから,本件出願時の技術水準を把握するために,洗車機に関する技術を開示している刊行物を参酌することに原告主張のような誤りはない。バックミラー等の突出物への衝突を避けるために,洗車ブラシを車体表面から離れる方向に移動させることを示す刊行物は,刊行物1ないし4のほかにも存在する(例えば,公然実施発明の側面洗滌時における洗車ブラシのバックミラー回避作動もその例であり,他に,甲24,25,27,乙6,7のような例もある。)。また,刊行物5も,突出物への洗車ブラシの衝突を避けるために,洗車ブラシを車体表面から離れる方向に移動させることを示している。
したがって,公然実施発明に係る洗車機において,前方に突出するバックミラーへの洗車ブラシの衝突を回避するために,洗車ブラシを車体の前面から前方に離れるように移動すること自体は,本件出願時において当業者が容易に考えることである。
(3) 刊行物5の認定の誤りについて 刊行物5に,洗滌ブラシと車体との相対的な位置の変更を実現する手段として,洗車機の洗滌ブラシを取り付けたフレーム(本体フレーム)を前後進させるものが開示されていることは,明らかである。原告は,刊行物5について,洗車ブラシが前面洗滌を行っていないことを強調するが,刊行物5には,本体フレームの前進によって洗車ブラシが車体前面中央に当接した後,洗車ブラシを側方に移動させて側面洗滌を開始するに際して,そのまま洗車ブラシを側方に移動させるとサイドミラーに衝突してしまうことから,本体フレームをいったん後退させて,洗車ブラシを車体前面から離隔させ,その後再び前進させるという動作が示されているのであるから,前面洗滌をしていると否とにかかわらず,「本体フレームの前後進による洗車ブラシのサイドミラーへの当接回避作動」が開示されていることに変わりはない。したがって,刊行物5を本件発明の容易想到性の判断に際して考慮することは当然である。
(4) 本件出願時の技術水準について 原告は,本件出願時の技術水準と題して,洗車機開発の歴史を述べ,車体の前面を洗滌するに際して,バックミラーへの衝突を回避するために洗車ブラシを車体表面から前方に離隔させるという手段を採用した技術は長い期間にわたって存在しなかったと指摘する。しかし,洗車ブラシを車体表面から前方に離隔させる技術が存在しなかったことは,それが当時必要とされなかったことによると考えられる。原告自身,事故防止のために大型車のバックミラーの前方への突出量を大きくする必要が生じ,そのために,車体前面を洗滌する際に洗車ブラシのバックミラーに対する衝突を回避しなければならなくなったのが本件出願の時期であると主張しているのである。したがって,原告が主張する事実は,本件発明の容易想到性を否定するものではない。
(5) 容易想到性の判断の誤りについて 原告は,車体前方に突出するバックミラーを回避するために,洗車ブラシを前方に離隔させて逃がすことが考えられたとしても,本件発明のように洗車機のフレームを全体として動かすことで洗車ブラシを前方に移動させることは,当業者にとって容易想到ではなかったと主張する。しかし,洗車機のフレームは,元来,前方にも後方にも移動する機構を備えているものであるところ,本件出願前に,刊行物5に示されるように,フレームを前後進させることによって洗車ブラシのバックミラーへの衝突を回避する洗車機が存在したのであるから,洗車機において,フレームを動かすことで洗車ブラシを前方に移動させることは,当業者にとって想到困難なことではない。仮に,フレームの前後進が,原告の主張するように,それほど困難であるならば,本件発明にもその点に関して格別の構成上の特徴が存在すべきところ,本件発明は,単に,フレームの移動用モータの回転方向を反転させる等の簡単な制御によって,フレームの前後進を実現しているにすぎない。
なお,原告は,大型車用の洗車機は,刊行物5に記載されたような小型ワゴン車用の洗車機とは異なり,洗車機のフレームの重量が非常に大きいため,フレーム全体を前後進させる複雑な制御を行うことは想到困難であったと主張するが,本件発明は「大型車用の洗車機」に限定されているわけではないから,原告の主張は失当である。
(6) 以上のとおり,本件発明の容易想到性に関する本件審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 前提事実等 (1) 公然実施発明について ア 公然実施発明に関して,以下の(ア)、(イ)の事実は当事者間に争いがなく,また,弁論の全趣旨により(ウ)の事実が認められる。
(ア) 公然実施発明に係る小松島洗車機は,バス等の被洗車両を幅方向に跨ぎ,車両の長手方向に沿って走行可能な逆L字型フレームと,同フレームに垂下される洗車ブラシを備える「自動洗車機」であって,昭和58年8月ころから同年9月にかけての遅くとも本件出願日である同年9月9日より前に,小松島市運輸部整備工場に設置されて,公然実施された状態となった。
(イ) 公然実施発明は,上記第2の3(2)の構成アないしカを備えている。
(ウ) 「特殊自走式自動洗車機取扱説明書(前後洗付 ノースペース方式)TWB-S-2800R型」(本訴甲29,審判甲32,以下「甲29説明書」という。以下に注記する手書きによる加筆,修正を含む。)は,小松島洗車機の使用説明書である。
公然実施発明に係る小松島洗車機の作動等 甲29説明書には,「本機は,・・・コンピューター内蔵した新型機です。まず,装置には前後部及び側面部洗車の全面洗車と,側面部洗車の側面洗車の2種類あり」(なお,この部分には,手書き文字で,「B側面及び後部洗車」と加筆し,「2種類」の「2」の文字を消して「3」とする修正が加えられている。),「全面洗車の場合は緑,・・・の押ボタンを押せば,洗車機は自動で洗車に入ります」,「全面洗車の場合(緑の押ボタン) まず,進行方向(注,車両の進行方向)から見て左側(注,印刷文字の「右」が手書き文字で「左」と修正されている。以下,同様の手書き文字でによる修正個所については,修正後の記載を,下線を付した上で引用する。)のブラシ大,右側のブラシを小として説明します。
洗車機定位置の場合は大,小,両方左側に格納しています。起動ボタン(緑)を押すと,小ブラシ右へ移動して来ます。約3秒後,大ブラシ回転しながら右 へ移動して車両の前面左側で移動が止まり,小ブラシ右 端へ到着と同時に本機走行,車両前面ウィンドに大ブラシがタッチすると本機は停止,大ブラシで前面洗い(往復洗い)車両の左端コーナーで回転一時停止,左 定位置へ格納と同時に小ブラシ回転開始約3秒後,本機走行,大と小ブラシ車両の側面に接近して大,小,個々ボデータッチ(メーターリレー)接近停止側面洗車に入る。車両後部ブラシ通過すると本機は停止,後部洗いに入る。大ブラシは右へ移動し洗車位置にて停止・・・本機はターンして大ブラシ車両タッチまで走行,・・・停止,大ブラシで後部洗車(往復洗い)大ブラシ格納位置と同時に本機走行,・・・帰りの側面洗車に入る。約3秒後,大ブラシ側面ボデーに接近後タッチ接近停止(小ブラシ移動なし,そのまま回転)側面洗い。バックミラー逃げ位置で大,小ブラシ格納,回転も水も停止,本機定位置に到着走行停止,小ブラシ左に移動し格納し一行程終了」と記載されている。
上記記載及び弁論の全趣旨によれば,小松島洗車機は,全自動式の洗車機であり,「全面洗車」を選択したときには,フレームから垂下された大小一対の洗車ブラシのうち車両の進行方向左側の洗車ブラシ(大ブラシ)で,被洗車両の前面洗滌を行った後,側面洗滌,後面洗滌,側面洗滌(復路)という順で洗車を行うものであり,洗車時におけるフレーム及び洗車ブラシの作動(主として移動態様)は,以下のとおりと認められる(別掲参考図(2)参照。なお,同図には,大ブラシの動作のみを示し,以下の説明では,被洗車両の長手方向を「前後方向」,フレームが被洗車両の前方から後方へと移動することを「前進」,これと反対方向に移動することを「後退」といい,「右」,「左」は別掲参考図(2)を基準とする。) すなわち,洗車開始とともに,洗車ブラシが格納位置(@)から右方向に移動して車両前面左側(A)で停止し,フレームが前進する。回転状態の洗車ブラシが車両前面に当接(B)すると,フレームは前進を停止し,洗車ブラシの横行(左右移動)によって,車両前面を洗滌する。前面洗滌から側面洗滌に移るときには,車両の左端角部付近で洗車ブラシの回転を一時停止し(C),洗車ブラシを格納位置に相当する幅方向位置(@’)まで移動させる。その後,フレームを前進させ(D),所定位置まで前進したところで,洗車ブラシを車両の側面に接近させ,洗車ブラシが車両側面に接触(E)して,側面洗滌に入る(F)。さらに,車両後部をブラシが通過すると,フレームは停止し,次いで後退して,洗車ブラシが車両の後面に接触した状態で洗車ブラシの横行による後面洗滌が行われる(復路はこれと反対の経路をたどり,「バックミラー逃げ位置」で洗車ブラシを格納し,フレームが定位置まで戻って洗車が終了する。)。
(2) 刊行物5について ア 刊行物5(甲2-6)には,「マイコン搭載のスーパーマシン登場!」との見出しの下に,日伸精機製洗車機「デュアル-X」の記事が,門型フレームを備えた洗車機本体を示す写真と共に掲載され,「『デュアル-X』特徴一覧」と題する表中に,「4.ブラシ機構」,「サイドブラシは,サイドミラー逃がし回路採用の為,ワゴン車のカスタムミラーの巻込の心配がありません」として,サイドブラシがサイドミラーを回避する動作を表した説明図(以下,説明図の各コマを右から順に「説明図@」ないし「説明図D」という。)が示されている。説明図@には「洗車スタート」,同Aには「サイドブラシ閉じ,走行スタート」,同Bには「サイドブラシ車体検知」,同Cには「サイドブラシ逆転し,開くと同時に,ALS検知まで本体後進」,同Dには「サイドブラシALS検知で後進停止,再前進により,ミラーを逃げてサイドブラシが閉じる」との説明が付されている。
イ 上記各説明図とこれに付された説明及び上記写真並びに弁論の全趣旨によれば,刊行物5に記載された洗車機は,洗車機本体のフレームにサイドブラシ(洗滌ブラシ)を横行可能に配備し,フレームを前後進させるようにした構造のものであって,そのサイドブラシ及びフレームは,以下のように作動するものと認められる(別掲参考図(3)参照)。
すなわち,同洗車機は,本体の走行スタートにより,フレームが前進し,サイドブラシが車体(前面)を検知したところで,サイドブラシを左右方向に開きながら,フレームが後退し,サイドブラシがALSで検知されたところでフレームが後退を停止する。次いで,サイドブラシが左右方向に開いた状態でフレームが再度前進し,「ミラーを逃げてサイドブラシが閉じる」(左右に開いたサイドブラシが,ミラーに衝突しない長手方向位置まで前進したところで,車体中央方向に移動し,車両側面に当接する。)。
以上によれば,刊行物5には,サイドブラシとミラーとの衝突回避作動の態様として,サイドブラシの横行とフレームの前進及び後退との組合せによる衝突回避作動の態様が示されているということができる。
ウ なお,前訴判決(甲33)は,刊行物5について,「『トップブラシ』及び『サイドブラシ』が乗用車及びワゴン車のそれぞれを洗車する場合に,どのように作動するかは明記されていない。そうすると,引用例発明(注,刊行物5に記載の発明)は,『トップブラシ』及び『サイドブラシ』を作動させることで,乗用車及びワゴン車を洗車する洗車機であって,『サイドブラシ』を作動させてバス,パネルバス,トラック等の前後面及び側面を洗車する本件発明・・・とは,ブラシの作動が基本的に異なることが推認される。そして,このような基本的相違点がある両発明において,なおブラシ等の作動が同一であることをうかがわせる記載は甲10(注,刊行物5)にもなく,その作動のために設置された位置検出手段が同一であることをうかがわせる記載も見当たらない」(15頁第1段落),「審決(注,第1次審決)は,引用例発明が『長手方向退避位置検出器』(構成要件f)及び『長手方向限界位置検出器』(構成要件g)を具備しており,この点で本件発明と一致すると認定するが・・・そのように認定するためには,引用例発明のブラシが洗車に際しどのように作動するかを認定する必要があるところ,そのような認定が困難であることは,上記のとおりである。・・・これらの記載(注,刊行物5の「車体検知」との記載及び説明図)から,乗用車及びワゴン車の洗車に際し,引用例発明及び本件発明におけるサイドブラシの具体的作動及びその異同並びに検知装置の異同について認定することはできない」(同頁第2段落〜16頁第1段落)と説示しているが,前訴判決の上記説示は,刊行物5に記載された洗車機において,サイドブラシ及びトップブラシによって行われる洗車作動の詳細及び検知装置の構成が不明であることを指摘したものと解される。上記イの認定は,サイドブラシがミラーを回避する作動に限定して,刊行物5の「4.ブラシ機構」に記載されたサイドブラシ及びフレームの作動を,その説明図及び付記された説明どおりに認定したものであり,洗車に際してのトップブラシ及びサイドブラシの具体的な作動(特に,サイドブラシによる前面洗滌の有無等)や,「長手方向退避位置検出器」(構成要件f)及び「長手方向限界位置検出器」(構成要件g)の有無等について認定するものではないから,前訴判決の上記説示と抵触するものではない。
(3) 刊行物3及び4について 刊行物3(甲2-4)には,洗車用の回転ブラシを,車枠(フレーム)上で「進退及び傾斜可能」に構成して,バックミラー等に「損傷を与えることが無い」ようにしたものが開示され,刊行物4(甲2-5)には,タクシーやパトカーの屋根の表示灯などの突起物に「無接触」で洗車するために,上面洗滌ブラシを「設定した第1カウント量(洗車距離)(L1)に達したとき,・・・上昇させ」,「設定した第2カウント量(バイパス距離)(L2)に達したとき,・・・降下して洗浄位置に戻す」ようにしたものが開示されている(当事者間に争いがない。)。
2 取消事由(相違点2に係る構成の容易想到性の判断の誤り)について (1) 以上1に認定した事実を前提として,本件発明の相違点2に係る構成の容易想到性について検討する。
ア 本件明細書(甲31)には,「バスやトラック等は乗用車と異なりバックミラーやアンダーミラーが車両の前面両側,即ち車両先端部の長手方向及び幅方向に突出しているため,この突出物が障害となって洗車の自動化が難しい問題があった」(3欄第1段落),「本発明(注,本件発明)は上記した従来の問題点を解決するためになされたもので,・・・洗車ブラシが該突出物に衝突しないように制御しつつ洗滌を行うようにしたものである」(同欄第4段落)と記載されており,これらの記載によれば,本件発明の課題は,洗車ブラシが車両先端部の長手方向及び幅方向に突出したバックミラー等の突出物に衝突しないように制御しつつ,自動的に,車両の前面及び側面洗滌を行うことにあるものと認められる。
ところで,本訴における原告の主張,昭和52年6月に出願された洗車機の考案に係る実願昭52-80341号(実開昭54-7067号)のマイクロフィルム(甲26)の「従来の車体洗浄機は車両の両側面のみを水と回転ブラシで洗浄するのみで・・・車両の端部,前面・後面部が洗浄できないという欠点を有している」(1頁下から第2段落)との記載,本件明細書の上記記載,さらには,刊行物1ないし3及び5に,洗車機の洗滌ブラシとバックミラー等車体から突出する部材との衝突回避を主眼とする発明が記載されていることに照らすと,回転するブラシを被洗車両の周囲を移動させることによって洗滌を行う洗車機において,車両前方角の突出物を回避するという課題は,本件出願前から,常に当業者に意識されてきた課題であることが明らかである。
イ 次に,洗車機の洗車方式に関する技術状況を見ると,フレームに移動可能に垂下された回転ブラシを車両の周囲を移動させることによって側面洗滌や前後面洗滌を行う洗車機として,昭和53年ころには,側面洗滌用の左右2本の洗滌ブラシと前後面洗滌用の1本のブラシで側面洗滌と前後面洗滌を行う自走式の自動洗車機が開発され,実際に使用されたこと(平成12年5月30日付け株式会社東友サービス代表取締役A作成の報告書〔甲14,審判甲10〕),昭和57年には,前後面及び右側面洗滌用のブラシと左側面洗滌用のブラシの2本で洗滌を行う自走式自動洗車機が御岳交通に納入され,実用に供されたこと(甲28,審判甲31)が認められ,さらに,昭和58年には,上記1の(1)ア,イのとおり,本件出願日前に,上記御岳交通に納入されたものと同じ型式でサイドブラシを左右を入れ替えて,前後面及び左側面洗滌用のブラシと右側面洗滌用のブラシの2本で洗滌を行うもの(公然実施に係る小松島洗車機)が開発され,実際に使用された。
ウ さらに,洗車動作中の洗車ブラシとミラーのような突出物とを衝突させないための衝突回避作動という観点から,洗車機分野の技術を見ると,刊行物1(甲2-2)には,縦型の回転ブラシを「上下2段」に分割し,回転ブラシが車両の前面から側面へ移動するときには,上下の回転ブラシを相対的に離間させてバックミラーの「通過間隙」を形成することによって衝突を回避する技術が,刊行物2(甲2-3)には,同様に上下2段に回転ブラシを分割し,突出物に接近した時に,衝突のおそれのある上側のブラシの「回転を止めたり減速して」遠心力によるブラシの拡がりを抑制する(回転を止めたブラシは回転時よりも半径が小さくなる。)ことによって衝突を回避する技術が,刊行物5(甲2-6)には,上記1の(2)認定のとおり,フレーム上でのサイドブラシの横行(左右方向)とフレームの前進後退を制御することにより,衝突を回避する技術が記載されていることが認められる。これらを検討すると,衝突回避のために洗車ブラシを突出物から離れるように移動させることは,本件出願時において,衝突回避動作の一つの基本的な態様として当業者に認識されていたということができる。
(2) ところで,小松島洗車機は,上記1の(1)ア,イで認定したとおり,バス等の洗滌を行うことのできる自走式自動洗車機であり,バス等の長手方向及び幅方向に突出する突出物(バックミラー)を備えた車体の周囲を,左右一対の洗車ブラシを用いて全自動で洗滌しようとするものであって,左側の洗車ブラシ(大ブラシ)は,被洗車両の前面洗車と左側面洗車を行うようになっている。そして,同洗車機において採用された衝突回避作動は,@横行する洗車ブラシが車体の前左角部を通過する時は,洗車ブラシの回転を一時停止させ,洗車ブラシが突出物に衝突しない幅方向位置(本件発明の幅方向待避に相当)に到達した後,Aフレームごと洗車ブラシを前進させ,B洗車ブラシが突出物に当接しない長手方向位置(本件発明の長手方向限界位置に相当)に達した後,洗車ブラシが車体側面に接触するように右方向に移動するというものであると認められる。したがって,公然実施発明は,洗車ブラシの横行及びフレームの「前進」を制御することにより,バックミラー等の突出物を回避するという作動(上記A及びB)においては本件発明と共通するが,本件発明のように,洗車ブラシをフレームごと「後退」させる回避作動は行われていないということができる。そして,この点は,確かに,本件発明と公然実施発明との相違というべきものである。
しかしながら,上記のような衝突回避作動の態様の相違について考えてみると,公然実施発明においても,洗車ブラシが前面洗滌から側面洗滌に移行する際に,バックミラー等の突出物との衝突を回避しなければならないという課題が存在していることは明らかであるところ,衝突回避のために洗車ブラシを突出物から離れるように移動させることは,本件出願時において,衝突回避作動の一つの基本的な態様であると当業者に認識されていたことは上記(1)ウのとおりである。そして,上記の点に加えて,刊行物5には,上記1(2)イ認定のとおり,洗車ブラシをいったんフレームごと「後退」させることによって車体前面から遠ざけ,ミラーに当接しない幅方向位置まで移動させた後,フレームを再度前進させるという,フレームの後退を伴う衝突回避作動が示されていること,さらに,元来,自走式の自動洗車機のフレームは,前進・後退のいずれの作動も可能なものであることを考慮すると,公然実施発明において,洗車ブラシとバックミラー等の突出物との衝突回避作動の態様として,洗車ブラシをフレームごと「後退」させて車体前面から離隔させることを含む,フレームの前後進という手法を採用することは,本件出願当時,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
(3) 原告の主張について ア 原告は,本件審決が相違点2に係る構成を容易想到とする判断をするに際して,判断資料として,車両の前面及び側面を同一の洗車ブラシで洗滌するという課題が存在しない技術を開示するにすぎない刊行物3ないし5を判断資料として選定したことは誤りであると主張する。
しかしながら,本件審決は,「本件特許に係る出願より前において,洗車機の洗滌ブラシと,バックミラー等車体から突出する部材との衝突回避の作動態様として,どのようなものが知られていたかについてみると,次のようなものがある」(審決謄本9頁下から第5段落)として,刊行物1ないし4に言及しているから,刊行物1ないし4は,本件出願当時の技術水準を認定する資料として参酌されていることが明らかである。そして,発明の容易想到性の判断は,その発明の出願時における技術水準に基づいて行われるべきところ,本件審決は,前面洗滌から側面洗滌への移行を自動的に行う場合の洗滌ブラシと突出物との衝突回避作動ではなく,一般に,「洗滌ブラシと,バックミラー等車体から突出する部材との衝突回避作動」に関して,本件出願当時の技術水準を問題にしているのであるから,本件審決が参酌した資料の中に,原告の主張する「前面洗滌から側面洗滌への移行を自動的に行う場合」の衝突回避作動という課題を有しないものがあっても,それらを上記のような技術水準の認定の資料として採用し得ないとする理由はない。また,本件審決において,刊行物5は,本件出願時の技術水準に関する資料であるとともに,本件発明の容易想到性に関する判断資料としても用いられていると解されるところ,上記同様の理由により,刊行物5を「洗滌ブラシと,バックミラー等の車体から突出する部材との衝突回避作動」という観点から,技術水準及び容易想到性の判断資料として用いることに何ら不適切な点はないというべきである。
イ 原告は,刊行物5の洗車機は,車両前面に近接した後,斜め後方に後退しているから,サイドブラシが車両前面左角のバックミラーに衝突するおそれは皆無であり,したがって,前面洗滌から側面洗滌に移行する際のサイドブラシと突出物(ミラー)との衝突回避作動については,開示も示唆もしていないと主張する。
しかしながら,刊行物5の洗車機は,上記1の(2)に認定したとおり,サイドブラシ(洗滌ブラシ)がいったん車両の前面に接触した後,左右に開きながら後退し,その後,再度前進するという作動をするものであるから,被洗車両の前面から側面へとサイドブラシが移動するという点では,公然実施発明や本件発明と共通するということができる。そして,その洗滌作動として,仮に,サイドブラシによる車両の前面洗滌が行われないとしても(この点は,上記1の(2)ウのとおり明らかでない。),刊行物5の洗車機におけるサイドブラシの上記作動が,ミラーとサイドブラシとの接触,巻き込みを回避するための作動であることは,「カスタムミラーの巻込の心配がありません」という説明(上記1の(2)ア)から明らかであり,実際にも,フレームを後退させずに,そのままサイドブラシを車体の前面から側面へと移動させれば,車両の前面に接触しているサイドブラシがミラーに接触することになるから,刊行物5の洗車機においても,フレームをいったん後退させることによってサイドブラシを車体前面から離隔させ,再び前進させるという,「フレームの前後進」による洗滌ブラシのサイドミラーへの衝突回避作動が開示されていることは明らかである。この点に関する原告の主張は,採用することができない。
ウ 原告は,車両前方角の突出物を回避するという技術課題は本件出願の10年近く前から認識されていたにもかかわらず,フレームの走行を制御し,ブラシをフレームごと前後進させることによって,突出物を回避しながら前面洗滌から側面洗滌へとブラシを移行させる技術が本件出願前に出現しなかった事実は,本件発明が当業者の容易に想到し得るものではなかったことを裏付ける旨主張する。
確かに,本件発明と同様のブラシの作動態様,とりわけ,前面洗滌から側面洗滌に移行する際にフレームをいったん後退させてバックミラーを回避するという衝突回避作動を採用したものが存在した事実は証拠上認められず,本件発明は他に先駆けて上記のような衝突回避作動の態様を採用したという点で,新規なものであったと一応認めることができる。しかしながら,発明の容易想到性ないし進歩性という点に関していえば,一般に,ある課題がどのような技術的手段によって解決されるかは,特定の技術的手段を想到することの容易性以外の様々な事情に依存する場合があるのであり,特定の技術的解決手段が長い間採用されなかったという一事をもって,直ちに当該技術的手段が当業者に想到困難なものであったということはできない。本件についてみると,原告の主張によれば,ブラシとミラーの衝突を回避するためにフレームを前後進させるという考えが生じ得なかったのは,自走式の洗車機が,当初,車両が一方向(前方)にのみ移動する固定式洗車機の設計思想を取り入れて開発されたこと,及び当時の作動制御技術の低さによるものとされるところ,本件出願時には,先に認定したとおり,既にフレームの前後進による車体側面の往復洗滌や,刊行物5の洗車機のような車体前面でフレームを前進・後退・前進させる制御が行われるようになっていたのであるから,本件出願時の技術水準で見たときには,前面洗滌から側面洗滌に移行する際にフレームを前後進させることによって突出物を回避することが,当業者にとって,想到困難であったと認めることはできない。
なお,原告は,刊行物5の洗車機は,小型自動車用洗車機であると指摘し,大型車両用の重量の重いフレームの走行制御はできるだけ単純なものでなければならないから,本件出願時においても,バス等の大型車両の洗滌について,前進・後退・前進という複雑な制御を行うことは当業者が容易に想到し得ることではなかったとも主張するが,本件発明の要旨は,上記第2の2のとおりであって,重量の重いフレームが必要な大型車用の洗車機に限定されているものではないから,原告の主張は本件特許の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当というほかない。また,原告は,公然実施発明において,衝突回避作動の態様として,回転ブラシの回転停止という手段が採用されていることは,フレームの前後進による衝突回避作動が想到困難であったことの証左であるとも主張するが,公然実施発明の開発者が衝突回避作動の態様としてフレームの前後進による衝突回避を採用しなかったという事実は,本件出願時において,当業者が上記のような衝突回避作動に容易に想到し得ないとする理由にはならない。
(4) 以上によれば,公然実施発明に係る洗車機においても,洗滌ブラシを車体前面から側面へと移行させて洗滌を行うに当たり,前面洗滌から側面洗滌に移行する際の洗滌ブラシとミラーの衝突回避作動の態様として,フレームを後退させて洗滌ブラシをバックミラーから遠ざけることにより,衝突を避けるという解決手段は,当業者が容易に想到し得たことというべきである。 そして,上記の態様の衝突回避作動を行おうとする場合,これを全自動で行うためには,本体フレームが後進(車体から離れる動き)を始めるべき位置や,後進の動きを停止するべき位置を検出するとともに,当該検知に基づく制御をする必要があることは明らかであり,本件発明は,上記の検出をする手段や検知に基づく制御手段に関して,「幅方向限界位置検出器」(構成要件d),長手方向待避位置検出器(構成要件f)を設けるとともに「前面洗滌から側面洗滌への移行又は側面洗滌から前面洗滌への移行に際して,前記各位置検出器からの位置信号及び接触検出器からの接触信号により・・・フレームを前後進させる制御」(構成要件h)という以上の手段を規定しておらず,これらの手段自体が格別のものということはできないから,公然実施発明において,これらの構成を採用し,相違点2に係る本件発明の構成とすることは,本件出願当時,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
したがって,原告の取消事由の主張は理由がない。 3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳