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関連審決 不服2003-614
関連ワード アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  技術的特徴 /  着想 /  援用権(援用) /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 277号 審決取消請求事件
原告 パンテオン地所株式会社
同訴訟代理人弁理士 藤田考晴
同 上田邦生
被告 特許庁長官小川 洋
同指定代理人 山田忠夫
同 新井 夕起子
同 高木進
同 宮下正之
同 岡田孝博
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2003―614号事件について平成16年5月11日にした審決を取り消す。
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(争いのない事実,甲1) 原告は,平成11年9月22日,特許庁に対し,発明の名称を「住宅」とする発明につき特許出願(平成11年特許願第269503号。以下「本願」という。)を行ったところ,特許庁は,平成14年12月5日(起案日)に拒絶査定をした。
そこで,原告は,平成15年1月9日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2003―614号)ところ,特許庁は,平成16年5月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 平成16年4月9日付け手続補正書(甲13)により補正された後の本願に係る明細書(甲2,13。以下「本願明細書」という。)の「特許請求の範囲」の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】建物内の平面視における略中央部に中間部屋が設けられ,該中間部屋を取り囲むように,中間部屋の外周全てにわたって複数の部屋が隣接配置されているとともに,前記中間部屋と前記複数の部屋のそれぞれとの間に,少なくとも一つの扉が設けられている住宅であって, 前記中間部屋は,鏡を有するドレッサーを備えたドレッサーホールであるとともに, 前記ドレッサーの背面両側にはそれぞれ扉が設けられており,これら扉を介して前記中間部屋と前記ドレッサーの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされていることを特徴とする住宅。」 3 本件審決の理由の要旨(甲1) 本件審決は,次のとおり,本願発明は,特開平10-266595号公報(甲3。以下,単に「刊行物」という。)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(1) 本願発明と刊行物記載の発明との対比 両者は,次の点で相違し,その他の点に実質的な差異はない。 相違点:本願発明では,中間部屋が鏡を有するドレッサーを備えたドレッサーホールであり,ドレッサーの背面両側にそれぞれ扉が設けられ,これら扉を介して中間部屋とドレッサーの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされているのに対し,刊行物記載の発明では,中間部屋が洗面カウンターを備えたユーティリティスペースであり,洗面カウンターの一側に扉が設けられ,この扉を介して中間部屋と洗面カウンターの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされている点 (2) 相違点についての検討 本願明細書には「【0021】中間部屋2は,図2に示す鏡30を有するドレッサー31を備えたドレッサーホール(洗面室)である。ドレッサー31には……洗面化粧台36……などが組み込まれている。したがって,このようなドレッサー31を備えたドレッサーホール(中間部屋)2では,洗面,化粧……等を行うことができる。なお,ドレッサー31は,鏡30および洗面台のみを備えたものであっても良い。」と記載されている。一方,刊行物には,鏡を設けることについて記載がないが,洗面カウンターあるいは少なくとも洗面ボールを設けた部分の洗面カウンターの壁面には通常当然に鏡を設けることが当業者の技術常識であるから,本願発明における中間部屋と刊行物記載の発明における中間部屋の用途には実質的な差異がない。 また,隣接する2つの部屋間の間仕切を,什器類とその両側の一対の扉とで構成し,そのどちらの扉を介しても2つの部屋間を往来可能とすることは,原審の拒絶の理由で引用された特開平4-31584号公報(甲4)や特開平9-78857号公報(甲5)等にみられるように従来周知の事項であるから,本願発明のように扉を両側に設けることは,設計者が動線や施主の要望等に配慮して適宜なし得る正に設計事項にすぎず,本願発明が相違点として摘記した構成を採用したことによる作用効果も当業者が予期し得る程度のものであって格別のものとはいえない。 (3) むすび したがって,本願発明は,刊行物に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は,拒絶すべきものである。
原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本願発明と刊行物記載の発明との相違点についての判断を誤り(取消事由1),また,本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由2)結果,本願発明についての進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。なお,本願発明と刊行物記載の発明との一致点,相違点の認定は認める。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り) 本件審決は,「本願発明のように扉を両側に設けることは,設計者が動線や施主の要望等に配慮して適宜なし得る正に設計事項にすぎない」旨判断したが,誤りである。
(1) 周知技術認定の誤り 本件審決は,上記判断の前提として,「隣接する2つの部屋間の間仕切を,什器類とその両側の一対の扉とで構成し,そのどちらの扉を介しても2つの部屋間を往来可能とすることは,甲4,5等にみられるように従来周知の事項である」旨認定するが,誤りである。
すなわち,特許・実用新案審査基準によれば,周知技術とは,その技術分野において一般的に知られている技術であって,例えば,これに関し,相当多数の公知文献が存在し,又は業界に知れわたり,あるいは,例示する必要がない程よく知られている技術をいう(甲9)。しかるに,本件審決は,単に家具体(甲4)やキッチン(甲5)に関する2つの公知例を挙げるのみであり,これだけでは,広く什器類の両側に扉を設けることが周知であるとはいえない。
中間部屋であるドレッサーホールに配置されたドレッサーの両側に扉を設けたという本願発明の構成は,斬新なアイデアとして,当業者において高い評価を得ているものである(甲6〜8)ところ,什器類の両側に扉を設ける構成が周知であれば,このように高い業界での評価が得られるはずがない。
(2) 動機付けの欠如 本願発明は,「中間部屋は,…ドレッサーホールであるとともに」,「前記ドレッサーの背面両側にはそれぞれ扉が設けられており,これら扉を介して前記中間部屋と前記ドレッサーの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされている」という構成を採用することにより,ドレッサーホールを中心とした「回遊動線」(本願明細書の段落【0020】)を実現し,「家族(居住者)がドレッサーホールを中心として回遊し,コミュニケーションの場を自然と増やすことができる。」(本願明細書の段落【0032】)という顕著な効果を奏するものである。換言すれば,本願発明は,ドレッサーホールを中心とする回遊動線を形成した点に大きな価値があり,しかも,この点は,中間部屋をドレッサーホールとする構成と,ドレッサーの背面両側にそれぞれ扉を設けるという構成とを結合することによって初めてもたらされるものである。
このような構成の組み合わせは,ドレッサーホールを中心として回遊動線を形成するという点に着想しない限り容易に想到し得ないものであるから,設計事項であるとはいえない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過) 本件審決は,「本願発明が相違点として摘記した構成を採用したことによる作用効果も当業者が予期し得る程度のものであって格別のものとはいえない」旨判断したが,誤りである。
(1) 本願発明は,中間部屋であるドレッサーホールに配置されたドレッサーの両側に扉を設けた構成を採用することで,家族がドレッサーホールを中心として回遊し,コミュニケーションの場を増やすことができる(甲8)。すなわち,ドレッサーホールというのは,家族の誰もが使用する場所であり,通学や通勤前に使用する場所なので,使用する時間帯も重なるから,コミュニケーションの場を自然と増やすことができる。なお,このことは,本願明細書に明確には記載されていなくても,ドレッサールームの通常の使い方を考慮すれば理解できることである。
(2) また,本願発明においては,本願明細書に,「中間部屋2→扉23→部屋6→扉24→中間部屋2という回遊動線(逆回りの回遊動線も含む)」(段落【0020】)と記載されているように,一つの部屋(部屋6)との間で回遊が可能とされている。この回遊動線は,具体的には,甲11,12の間取り平面図に示された,ドレッサーを中心とする,内側及び外側の2つの回遊動線のうち,内側の回遊動線である。この内側の回遊動線を設けることにより,人及び空気の流れが円滑に行われる(段落【0020】)。具体的には,ドレッサーホールが混雑した場合であっても,ドレッサーに設けた一方の扉と他方の扉をそれぞれ入口及び出口とすれば,生活動線が交差せずにドレッサーの背面に隣接した一つの部屋との間で人の出入りが可能となる。特に,ドレッサー背面に隣接した一つの部屋をパブリックスペースとしておけば,他のプライベートスペース(他の部屋)を侵すことなく人の移動が可能となる。また,ドレッサーの両側の扉を開放するだけで循環する回遊空間が形成されるので,湿気のあるドレッサー内の空気を循環させて即座に湿分を除去できる。
これに対して,刊行物記載の発明においては,かかる内側の回遊動線を有さず,外側の回遊動線を有しているにすぎない。外側の回遊動線は,ドレッサーホールに隣接する複数の部屋を使って初めて形成されるものであり,プライベートスペースを侵すおそれがある。また,ドレッサーホールの扉だけでなく,隣接する部屋間の扉をも開放しなければ回遊空間を形成することができないので,ドレッサーホール内の湿分を除去するには手間がかかる。
(3) このような本願発明の顕著な作用効果は,本件審決の引用した甲3〜5には一切記載されていないし,これらから予測することができないものである。
現に,本願発明の回遊動線については,業界雑誌にも掲載され,斬新なアイデアとして,当業者間において高い評価を得ている(甲6〜8)。
被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について (1) 周知技術認定の誤りについて 本件審決が周知例として例示した,「2つの部屋を什器類とその両側に設けた扉により仕切ることにより『回遊動線』を形成した間取り(レイアウト)」についての文献(甲4,5)が存在し,また,他にも,同様の間取りについての文献(乙1〜3)が存在する以上,本件審決が「隣接する2つの部屋間の間仕切を,什器類とその両側の一対の扉とで構成し,そのどちらの扉を介しても2つの部屋の間を往来可能とすることは…従来周知の事項である」と認定した点に何ら誤りはない。
(2) 動機付けの欠如について 本件審決は,刊行物記載の発明の洗面カウンターに対して,上記(1)の「従来周知の事項」を適用することが設計事項であるとする論理構成をとって,相違点についての容易推考性を導いている。一般に,ある構成に周知技術を適用しようとする場合,周知技術の存在それ自体が「動機付け」となり,格別それ以上の「動機付け」は不要である。原告の主張するように,本願発明の価値が,中間部屋をドレッサーホールとした構成と,ドレッサーの背面両側にそれぞれ扉を設けるという構成とを組み合わせた点にあるとしても,それとは別の論理構成をとることによって容易推考とされれば,その発明は進歩性が否定されることとなるのである。
したがって,本件審決の相違点についての判断に誤りはない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本願発明の「家族がドレッサーホールを中心として回遊し,コミュニケーションの場を増やすことができる」作用効果を主張するが,「家族(居住者)がドレッサーホールを中心として回遊」できるという間取りが,例えば「回遊できない」間取り,あるいは「(ドレッサーホール以外の)リビングルーム等を中心として回遊できる」間取りと対比して,なぜ「コミュニケーションの場を自然と増やす」ことになるのか,本願明細書の記載からは全く不明である。
また,刊行物記載の発明も,廊下がなく,リビングルーム3←→個室5←→ユーティリティスペース(本願発明の「ドレッサールーム」に相当)7←→リビングルーム3等の回遊が可能な間取りであるから,本願発明と刊行物記載の発明との間に顕著な効果の差異が存在するとは到底いえない。
(2) 原告は,甲6〜8を援用して,本願発明の作用効果についての当業者間における高い評価を主張するが,商業的成功は,社会のニーズ,宣伝活動等によって大きく影響されるものであり,発明により直接奏される効果であるとはいえず,特許性の判断にあたっては,参酌し得ない。また,甲6〜8は,本願発明の構成が記載されておらず,本願発明の作用効果についての当業者間における高い評価を何ら裏付けるものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について 原告は,本件審決が,「本願発明のように扉を両側に設けることは,設計者が動線や施主の要望等に配慮して適宜なし得る正に設計事項にすぎない」旨判断したのは誤りである旨主張するので,以下検討する。
(1) 周知技術の認定について まず,本件審決が,上記判断の前提として,「隣接する2つの部屋間の間仕切を,什器類とその両側の一対の扉とで構成し,そのどちらの扉を介しても2つの部屋間を往来可能とすることは,従来周知の事項である」と認定したことの当否について判断する。
ア 特開平4-31584号公報(甲4)には,「〔産業上の利用分野〕本発明は,部屋を間仕切りするための吊り戸装置に関するものである。」,「〔課題を解決するための手段〕本発明の吊り戸装置は,少なくとも2本のレール1を並設した鴨居2と,この鴨居2を支持する家具体3と,上記レール1に吊り戸4の上部に設けたランナー9を走行自在に内装してレール1に吊り戸4を移動自在に吊り下げ,家具体3の背面側に吊り戸4を収納自在とし,…」,との記載があると共に,第1図には,家具体の両側に一対の吊り戸が設けられた構成が示されている。
また,特開平9-78857号公報(甲5)には,「本発明は…集合住宅の一区画に所定の大きさでもって複数の居住空間および収納空間を画成すると共に,居住空間と居住空間を分割する間仕切りを移動自在となるように構成し,居住空間を拡縮自在に構成したことを特徴とする,集合住宅の居住設備である。…さらに,前述した集合住宅の居住設備において,移動自在である間仕切りとキッチンを一体に構成し,キッチン空間を拡縮自在に構成したことを特徴とする,集合住宅の居住設備である…」(段落【0004】),「図3,4に示すように本発明の集合住宅の居住設備1においては,キッチン5と間仕切り2を一体に構成し,移動可能とする。…さらに間仕切り2の両端部を自由扉22,22とすることにより,キッチン5への出入りを容易にしている。…」(段落【0009】〜【0010】)との記載があると共に,図3には,間仕切り2と一体に構成されたキッチン5の間仕切り2側の両側に一対の自由扉が設けられた構成が示されている。
さらに,「コンパクト建築設計資料集成<住居>」(社団法人日本建築学会編,丸善株式会社・平成3年6月15日発行)(乙1)には,居間と応接との仕切部分(26頁左下の図)に,また,「住まいの間取りと外観デザイン」(株式会社講談社・平成2年6月10日・第9刷発行)(乙2)には,食堂と台所との仕切部分(57頁下の図)に,また,「魅力のキッチンブック」(ニューハウス出版株式会社・平成10年6月10日・第8刷発行)(乙3)には,キッチンと居間(食堂)との仕切部分(6頁下の図)に,それぞれ,家具等を配置し,家具等の両側に扉を設けて,両部屋間を行き来できるようにすることが記載されている。
イ 上記アの記載からすると,本願出願前に,住宅設計の分野において,「隣接する2つの部屋間の間仕切を,什器類とその両側の一対の扉とで構成し,そのどちらの扉を介しても2つの部屋間を往来可能とすること」が広く採用されていたことが認められるから,これと同旨の本件審決の認定に誤りはない。
ウ これに対し,原告は,家具体(甲4)やキッチン(甲5)についての公知例が2つ存在するだけでは,上記イ認定の事項が周知であるとはいえない旨主張する。しかしながら,上記ア認定のとおり,上記事項に関する周知例は,甲4,5に限られないのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
また,原告は,中間部屋であるドレッサーホールに配置されたドレッサーの両側に扉を設けたという本願発明の構成は,斬新なアイデアとして,当業者において高い評価を得ているところ,什器類の両側に扉を設ける構成が周知であれば,このような評価が得られるはずがない旨主張する。しかしながら,仮に,「中間部屋であるドレッサーホールに配置されたドレッサーの両側に扉を設けた構成」について,高い評価が得られているとしても,このことから,上記構成とは異なる「什器類の両側に扉を設ける一般的な構成」が周知であるとの認定が誤りであるということはできない。そもそも,後記2(2)ア認定のとおり,当業者間の高い評価(いわゆる商業的成功)は,販売技術や宣伝,内装デザイン等によっても異なるものであるから,そのような評価と,ある技術的事項の周知性とが,直接の関連性を有するものということはできない。したがって,原告の上記主張も,理由がない。
(2) 周知技術の適用の動機付けについて そこで,上記周知技術を前提に,本願発明における「ドレッサーの背面両側にはそれぞれ扉が設けられており,これら扉を介して前記中間部屋と前記ドレッサーの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされている」構成が容易に想到できるものであるか否かについて判断する。
ア 例えば,前記(1)ア認定のとおり,「間仕切り2の両端部を自由扉22,22とすることにより,キッチン5への出入りを容易にしている。」(甲5)との記載があるように,上記周知技術を採用する理由の一つが,2つの部屋間の出入りを容易にすることにあるのは明らかである。
イ 一方,刊行物には,「各住居の内部構造は,共用(パブリック)スペースAとプライベートスペースBとが並列した位置関係に配置してなり」(段落【0008】),「この共用スペースAの構造を共通廊下C側からバルコニーE側に向けて順次説明すると,…玄関スペース1からバルコニーE方に向けて台所スペース2,リビングルームスペース3が直列に配置してなり,この玄関スペース1と台所スペース2との間,台所スペース2とリビングルームスペース3の間には仕切り壁が存在せず一連に連続している。」(段落【0009】),「プライベートスペースBの構成について説明すると,…この大小の個室4と5,6の間にはユーティリティスペース7が配設してある。」(段落【0010】),「ユーティリティスペースの中央部には通路部71があり,この通路部71は大きな個室4と2つの並列した個室5,6とを連絡する通路になっている。通路部71を挟んで,図1左方には洗面所72が設置してあり」(段落【0013】),「2つの個室5,6の間は仕切り壁W1で区画してあり,この一方の小さな個室5は洗面所72との間に押入れ51があり」(段落【0014】),「ウォールドアD1は台所スペース2とユーティリティスペース7との間の出入口を開閉する引き扉で,このウォールドアの幅はこのユーティリティスペース7への入口の幅と同一である。」(段落【0017】)との記載があり,これらの記載に図1の記載を併せれば,刊行物記載の共用スペースAは,台所スペース2とリビングルームスペース3を含むものであるが,共用スペースAとユーティリティスペース7との間の出入口は,台所スペース2とユーティリティスペース7との間に設けられた,洗面所72の一側に位置する一箇所とされていることが認められる。
このように,共用スペースAとユーティリティスペース7との出入口が,台所スペース2側からの一箇所に限られると,共用スペースAのうちの,リビングルームスペース3側からは,直接,ユーティリティスペース7へ出入りすることはできず,リビングルームスペース3側から,ユーティリティスペース7へ出入りしようとすると,台所スペース2とユーティリティスペース7との間に設けられた出入口に至るか,さもなくば,プライベートスペースである個室5を経由する必要があり,行き来に不便を来すことは明らかである。
しかも,刊行物に,「システムキッチン23に対向した位置には,多機能カウンタ24が設けてあり,この多機能カウンタ24は,時には食卓として,時には年少の子供の勉強机として,さらにはこれから料理する材料を暫時置く場所として,それぞれの時間帯や必要に応じて利用できる。」(段落【0009】)と記載され,図1にも示されているように,台所スペース2には,多機能カウンタ24が設けられているところ,その位置は,共用スペースAとユーティリティスペース7との間の出入口D1と,リビングルームスペース3との中間であって,両者間の動線に面した場所である。したがって,共用スペースAのうちのリビングルームスペース3側から,台所スペース2とユーティリティスペース7との間に設けられた出入口を経由して,ユーティリティスペース7へ出入りするためには,多機能カウンタ24の側を通る必要があるところ,多機能カウンタの上記機能に鑑みれば,その通行に支障を来す場合があり得ることも明らかである。
ウ そうであれば,刊行物記載の発明において,共用スペースA及びユーティリティスペース7の2つの部屋間の出入りを容易にするために,共用スペースAのうちのリビングルームスペース3とユーティリティスペース7との間に出入口を設けることは,当業者ならば容易に想到することができることというべきである。
エ そして,刊行物記載の発明において,共用スペースAのうちのリビングルームスペース3とユーティリティスペース7との間に出入口を設けるに当たり,図1に示されたスペース配置からすると,前記周知技術を採用して,その出入口として,洗面所72のリビングルームスペース3側を選択し,洗面所72の他側部分に,出入口(扉)を設けること(結果として,洗面所72の両側にそれぞれ出入口を設けることとなる。)もまた,当業者が容易に設計できることというべきである。
なお,図1によれば,洗面所72の他側部分には,押入れ51が位置しているが,押入れを必ずその位置に設けなくてはならないという技術的理由はないというべきであるから,押入の存在が,洗面所72の他側部分に出入口(扉)を設けることを妨げるものではない。
オ 以上のとおり,刊行物記載の発明において,洗面所72の両側に扉を設けることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないといえるから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
カ これに対し,原告は,ドレッサーホールを中心として回遊動線を形成するという点に着想しない限り,中間部屋をドレッサーホールとする構成と,ドレッサーの背面両側にそれぞれ扉を設けるという構成とを結合して本願発明の構成とすることは,容易に想到し得ない旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,刊行物記載の発明の技術的意義を考慮すれば,刊行物記載の発明に前記周知技術を適用する動機付けがあることが明らかである以上,刊行物記載の発明に前記周知技術を適用して本願発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。本願発明が「ドレッサーホールを中心として回遊動線を形成する」という課題を有するものであるとしても,異なる技術的課題の解決を目的として同じ解決手段(構成)に到達することはあり得るのであるから,「ドレッサーホールを中心として回遊動線を形成する」という点に着想しない限り,本願発明の構成を想到し得ないということはできず,原告の上記主張は理由がない。
(3) 以上のとおり,原告の取消事由1の主張はいずれも理由がない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件審決が,「本願発明が相違点として摘記した構成を採用したことによる作用効果も当業者が予期し得る程度のものであって格別のものとはいえない」と判断したのは,誤りである旨主張するので,以下検討する。
(1) 原告は,本願発明においては,@家族がドレッサーホールを中心として回遊し,コミュニケーションの場を増やすことができる,Aドレッサーホールを中心とする,内側及び外側の2つの回遊動線(甲11,甲12)が確保でき,内側の回遊動線(ドレッサーホールと他の一つの部屋との間で回遊が可能とされた動線)を設けることにより,人及び空気の流れが円滑に行われる,という顕著な作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら,@については,刊行物記載の発明においても,ユーティリティスペース7は,各個室,共用スペースからの出入りが可能とされており,また,家族全員で使用するものであるから,家族のコミュニケーションの場を増やすものということができる。すなわち,@の作用効果は,刊行物記載の発明が既に奏するものである。
また,Aについては,前記1認定のとおり,刊行物記載の発明において,洗面所72の両側にそれぞれ出入口を設けて,本願発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである以上,かかる構成とするなら,外側の回遊動線だけでなく,内側及び外側の2つの回遊動線が確保でき,しかも,人及び空気の流れが円滑になる程度のことは,当業者が容易に予測できることというべきであるから,かかる作用効果が格別のものであるということはできない。
(2) 原告は,本願発明の回遊動線については,業界雑誌にも掲載され,斬新なアイデアとして,当業者間において高い評価を得ている(甲6〜8)旨主張する。
ア 原告の上記主張は,いわゆる商業的成功についての主張と解されるところ,商業的成功は,販売技術や宣伝等の要因によっても異なるものであり,また,住宅である以上,内装デザイン等によっても,販売成績が左右されるといえるから,商業的成功があるからといって,直ちに,本願発明の進歩性が肯定されることにはならず,商業的成功に基づき本願発明の進歩性を肯定するためには,本願発明の技術的特徴に基づいた商業的成功が存在することが必要というべきである(なお,特許庁の審査基準(甲10)も,商業的成功は,請求項に係る発明の特徴に基づくものである場合に限って参酌できるとしている。)。
しかるところ,本願発明と刊行物記載の発明との相違点は,本件審決が認定したとおり,「本願発明では,中間部屋が鏡を有するドレッサーを備えたドレッサーホールであり,ドレッサーの背面両側にそれぞれ扉が設けられ,これら扉を介して中間部屋とドレッサーの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされているのに対し,刊行物記載の発明では,中間部屋が洗面カウンターを備えたユーティリティスペースであり,洗面カウンターの一側に扉が設けられ,この扉を介して中間部屋と洗面カウンターの背面側に隣接配置された一つの部屋との往来が可能とされている点」というものである(このことについては,当事者間に争いがない。)。すなわち,本願発明の新規な技術的特徴は,この相違点(要するに,上記(1)に述べた,ドレッサーホールと他の一つの部屋との間で回遊が可能とされた内側の回遊動線を設けた点)にしか存在しないのである。したがって,本願発明の進歩性の判断に当たって参酌することができる商業的成功は,この点に基づくものである必要がある。
イ しかるところ,原告の指摘する甲6〜8には,次の記載がある。
「週刊住宅平成14年2月28日号」(株式会社週刊住宅新聞社発行)(甲6)には,住宅評論家の評価として,「感心したのはパンテオン地所の独創による“四遊空間”とネーミングしたドレッサーホールである。このドレッサーホールは約三畳大の広さであり,てっとり早く表現すると“独立した洗面化粧室”であり,キッチンに面して三枚の引き戸で仕切られている。…ドレッサーホールを設けたことで廊下もなくすことができ,主寝室からドレッサーホールへ直接アクセスしているので,動線処理が手際よい。」との記載がある。
「住宅新報平成15年7月25日号」(株式会社住宅新報社発行)(甲7)には,上記と同じ住宅評論家の評価として,「その差別化で抜きん出ているのが「パンテオン」だ。…洗面化粧室をホール化した独創的な構成…など見応えがあり,平均坪単価の高さを納得させるものがある。」との記載がある。
「月刊「安全と管理」平成15年9月号」(平成15年8月15日株式会社日本実務出版株式会社発行)(甲8)には,「…パンテオン地所(株)がプロデュースした当マンションでは,…我々日本人が忘れかけている「家族の温もり」「親子の距離」を再認識できる「回遊空間」の設計も大きな特徴となっている。」,「廊下を配してプラニングされた子供部屋は,親と顔を合わせないで自室に辿り着いてしまう。家族間の会話,子供とのコミュニケーションがはかれないのも当然だ。そこで,同社が提案するのが「回遊空間」。我々が忘れかけている故き良き時代の日本家屋が原点だ。…」との記事が掲載されている。
ウ 上記甲6〜8掲載の記事は,いずれも,ドレッサーホールそれ自体の構成ないしそれが家族間のコミュニケーションの場を提供することを評価するものである反面,ドレッサーホールと他の一つの部屋との間で回遊が可能とされた内側の回遊動線を設けたという,上記相違点に係る本願発明の構成には直接触れておらず,本願発明の新規な技術的特徴を評価するものということはできない。したがって,甲6〜8記載の評価に基づいて本願発明の進歩性を肯定することはできない。
(3) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人