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関連審決 無効2005-80339
関連ワード 29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  公知技術 /  同一の発明 /  実質的に同一 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  同意 /  設定登録 /  混同 /  請求の範囲 /  変更 /  申し立てない理由 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10323号 審決取消請求事件
原告株 式会社堀場製作所
訴訟代理人弁護士伊原友己
同 加古尊温
同弁理士西村竜平
同 角田敦志
被告株 式会社小野測器
訴訟代理人弁護士小林幸夫
同 村西大作
同復代理人弁護士坂田洋一
同 代理人弁理 士國分孝悦
同 南林薫
同 大須賀晃
同 小野亨
同 桂巻徹
同 栗川典幸
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/04/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2005-80339号事件について平成18年6月7日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実1特許庁における手続の経緯(1)原告は,発明の名称を「車両運転モード表示装置」とする特許第3616490号発明(平成9年11月22日〔以下「本件出願日」という。〕出願,平成16年11月12日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2)被告は,平成17年11月25日,原告を被請求人として,本件特許を無効とすることを求めて審判(以下「本件無効審判」という。)の請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2005-80339号事件として審理した上,平成18年6月7日,「特許第3616490号の請求項1〜3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。
2本件特許の特許公報(甲10,以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された発明(以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」などという。)の要旨【請求項1】車両の運転速度を合わせるようにするためのモード運転の走行速度パターンを表示するようにした表示画面を有する車両運転モード表示装置において,前記表示画面内に,テスト走行の全工程の速度変化をグラフにして示す全走行速度データとテスト走行の全工程のうちの現在の走行位置を前記走行速度パターンと並列的に同時に表示する全走行速度データ表示部を設けたことを特徴とする車両運転モード表示装置。
【請求項2】全走行速度データ表示部内の,既に走行し終えた走行速度データ部分を表示する表示部の色を,未走行の走行速度データ部分を表示する表示部の色と異ならせることにより,前記現在の走行位置を表示するように構成されている請求項1に記載の車両運転モード表示装置。
【請求項3】モード運転の走行速度パターンを表示する表示部と全走行速度データ表示部の大きさ及び配置関係は任意に設定変更可能に構成されている請求項1または2に記載の車両運転モード表示装置。
3審決の理由( )審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1ないし3は,本件出1願日前に頒布された米国特許第5531107号明細書(甲1の1,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるから,本件発明1ないし3に係る本件特許は,いずれも特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものであるとした。
( )審決が認定した引用発明は,次のとおりである。
2所望車両速度を示すグラフ線102を表示するようにした表示画面を有するディスプレイ76及びこれに接続されたコントローラ70から成る装置において,前記表示画面内に,右上隅に所望速度値対時間のグラフ98及び現在の走行位置を示すカーソル100を表示するとともに,中央に所望車両速度を示すグラフ線102を並列的に同時に表示する表示部を設けた装置。
( )審決が認定した,本件発明1と引用発明の一致点及び相違点は,それぞれ3次のとおりである。
ア一致点車両の運転速度を合わせるようにするためのモード運転の走行速度パターンを表示するようにした表示画面を有する車両運転モード表示装置において,前記表示画面内に,テスト走行の工程の速度変化をグラフにして示す走行速度データとテスト走行の工程のうちの現在の走行位置を前記走行速度パターンと並列的に同時に表示する走行速度データ表示部を設けた車両運転モード表示装置。
イ相違点本件発明1においては,走行速度パターンと並列的に同時に表示する走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化をグラフにして示す全走行速度データであるのに対して,甲第1号証記載の発明(注,引用発明)の走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化を示すものか,一部の工程の速度変化を示すものか明らかでない点。
第3原告主張の審決取消事由審決は,当事者が申し立てない理由について,意見を申し立てる機会を与えないまま審理した手続違背があり(取消事由1),相違点についての容易想到性の判断を誤り(取消事由2),その結果,本件発明1ないし3は,当業者が容易に想到することができたものであるとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから取り消されるべきである。
1取消事由1(手続違背)( )審決は,本件無効審判において,当事者(審判請求人である被告)が申し1立てない理由について審理したにもかかわらず,その審理の結果を当事者(被請求人である原告)に通知して相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなかったから,特許法153条2項に違反し,違法として取り消されるべきものである。
(2)審決では,実願昭51-154571号(実開昭53-72301号)のマイクロフィルム(甲5,以下「甲5マイクロフィルム」という。)に記載された技術について,「試験装置において,試験の全工程のうちのどの位の工程が終了したか,或いはどの位の工程が残っているかを表示するために,試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示することは甲第5号証(注,甲5マイクロフィルム)に見られるように周知の技術である」(審決謄本8頁第6段落),「上記甲第5号証に見られる周知技術を用いて」(同段落)として,周知技術と認定した。
しかし,周知技術という以上,その技術に関し,相当多数の公知文献が存在すべきところ,審決は,甲5マイクロフィルムのみをもって,そこに記載された技術を周知技術と認めたものであり,誤りである。甲5マイクロフィルムが開示する技術は,周知技術とはいえないし,本件無効審判においても,被告は,無効理由4(本件発明2は,引用発明と実質的に同一の発明であるから,特許法29条1項3号又は2項の規定により特許を受けることができない。)での主引例として甲5マイクロフィルムを挙げているように,甲5マイクロフィルムに記載された技術を周知技術であるとは考えていなかったものである。
したがって,甲5マイクロフィルムに開示された技術を,本件発明1の車両をモード運転試験する際に用いる車両運転モード表示装置の技術分野において,本件出願日当時,周知技術と認定した審決は誤りである。
( )前記(2)のとおり,甲5マイクロフィルムに記載された技術は周知技術で3はないから,審決は,形式的には,引用発明に周知技術を適用して,審判請求人(被告)の主張した無効理由1(本件発明1は,引用発明と実質的に同一の発明であるから,特許法29条1項3号又は2項の規定により特許を受けることができない。)を審理した体裁をとってはいるものの,実質的には,引用発明に,甲5マイクロフィルムに記載された技術を適用するという,本件無効審判で当事者が主張しなかった理由によって,本件発明1の進歩性判断をしたものである。
そして,この組合せによる進歩性欠如の無効理由は,無効審判請求書(乙1)に記載されず,無効審判請求人(被告)による主張はないから,審判官が職権で無効理由を取り出して,審理判断したことになるが,この場合には,特許法153条2項により,無効理由を通知して,被請求人(原告)の意見を聴く機会を与えなければならない。
ところが,審判手続では,原告に対し,上記無効理由の通知がされず,口頭で指摘されることもなかったから,審決は,特許法153条2項に違背し,当事者が申し立てず,また,当事者に通知されず,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会も与えられない理由に基づいて,判断したものであり,適正手続の保障の精神に反する重大な手続違背がある。
2取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)( )審決は,本件発明1と引用発明の相違点として認定した「本件発明1にお1いては,走行速度パターンと並列的に同時に表示する走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化をグラフにして示す全走行速度データであるのに対して,甲第1号証記載の発明(注,引用発明)の走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化を示すものか,一部の工程の速度変化を示すものか明らかでない点。」について,「甲第1号証(注,引用例)記載の車両試験においても,モード運転による試験を行うのであるから,テスト走行の全工程のうちのどの位の工程が終了したか,どの位の工程が残っているかが知りたいという課題があることは当業者に明らかである。してみると,試験の全工程のうちのどの位の工程が終了したか,或いはどの位の工程が残っているかを表示するために,上記甲第5号証(注,甲5マイクロフィルム)に見られる周知技術を用いて,所望速度値対時間のグラフ98をテスト走行の全工程のグラフとし,このグラフにおいて,現在の走行位置を示すカーソルを表示するようにすることは,当業者ならば容易に想到し得たものと認められる。」(審決謄本8頁第6段落)と判断したが,誤りである。
(2)審決は,本件発明1の「工程」と甲5マイクロフィルムの「時間」とを同じ意義を有するものとして解釈し,甲5マイクロフィルムについて,「試験実行に要する時間あるいは時間に関連した値を試験進行に従い変化させて表示装置に表示する」(審決謄本6頁第4段落)技術が記載されていると認定した後,「試験装置において,試験の全工程のうちのどの位の工程が終了したか,或いはどの位の工程が残っているかを表示するために,試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示することは甲第5号証(注,甲5マイクロフィルム)にみられる」(同8頁第6段落)とした。
しかし,本件発明1の「工程」は,刻一刻,どれくらいの速度で走行すればよいのかという車両操作工程のことを示したものである。このことは,「工程」という文言自体のそもそも有する意味や本件明細書に記載されている「工程の速度変化をグラフにして示す」という表現などから明らかであって,「時間」とは全く異なる意義を有している。
そして,甲5マイクロフィルムには,試験の全体時間に対する経過時間が開示されているだけであって,上記工程を開示するものではなく,「試験装置において,試験の全工程のうちのどの位の工程が終了したか,或いはどの位の工程が残っているかを表示するために,試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示することは甲第5号証(注,甲5マイクロフィルム)にみられる」(審決謄本8頁第6段落)とは認められないから,審決は,甲5マイクロフィルムの技術内容について,明らかな事実誤認をしており,甲5マイクロフィルムに基づく本件出願日当時の技術水準についての審決の判断は,重大な瑕疵がある。
(3) 本件発明1の課題は,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】欄の記載のとおり,「前記従来の車両運転モード表示装置7の表示では,テストドライバーはテスト走行の全工程のうち現在どの地点を走行しているのかを認識することができず,車両の運転速度が表示画面7A上に表示される走行速度パターン8で示す速度に合うようにテスト走行運転を続けねばならないので,テストドライバーは試験走行運転を今後どれぐらい続ける必要があるのかが気になって,精神的に疲れることがあった。とりわけ,単調な試験走行運転を一定回数繰り返す場合には,走行している地点をテストドライバーに確実に認識させることが困難であった。」(段落【0005】)というものである。
すなわち,本件発明1の課題は,テストドライバーに対して,時間的,割合的にテスト走行全体のどのあたりにいるのかを単に認識させるだけにとどまらず,現在,同じような繰り返し走行が何回目なのかを知りたいという要求に応えるべく,走行パターンの全体概要をも認識させて,この種のテスト走行におけるテストドライバーの特有の精神的な負担を軽減させることにある。
ところが,審決は,工程と時間とを同意義にとらえ,工程の消化割合(消化時間),残存割合(残存時間)のみを課題として着目し,本件発明1の繰り返し走行に係る課題点を看過して,本来異なるべき本件発明1の課題と甲5マイクロフィルム記載の技術の課題とを同一視してしまっている。仮に,審決がいうとおり,全工程のうちのどのくらいの工程が終了したか,どのくらいの工程が残っているかが知りたいという課題のみであれば,当業者は本件発明1の走行速度パターンに加えて,甲5マイクロフィルムの第2図に示されるような棒グラフ的な表示をすれば足りるのであって,本件発明1のように,全走行速度データを表示する必然性は全くない。
一方,引用例においては,全走行速度データが示されているのかどうかは不明であり,引用発明が本件発明1のようなテストドライバー特有の課題に着目してされたかどうかは,その記載や示唆がない以上,当業者であってもこれを知ることはできない。
すなわち,引用例及び甲5マイクロフィルムには,本件発明1における全走行速度データを表示する構成が示唆されず,引用発明及び甲5マイクロフィルムに記載された技術は,本件発明1と課題や効果も共通していない。したがって,引用発明と甲5マイクロフィルムに記載された技術を組み合わせて,本件発明1に容易に想到するとした審決の進歩性判断には,判断遺脱ないし理由不備を犯した重大な誤りがあり,違法である。
(4)また,本件発明1の進歩性判断に誤りがある以上,それを前提にしてされた本件発明2,本件発明3に係るその余の判断についても,同様に重大な誤りがある。さらに,審決は,本件発明3について,「一つの表示画面上に複数の画像を表示する際に,各画像の大きさ及び配置関係を任意に設定変更可能とすることは,上記甲第7号証(注,特開平4-273016号公報,甲7,以下「甲7公報」という。)及び甲第8号証(注,特開平9-166535号公報,甲8,以下「甲8公報」という。)にみられるように周知」(審決謄本9頁第5段落)であるとして,この周知技術を引用発明に用いて本件発明3とすることは当業者ならば容易に想到し得たものとしたが,甲7公報は,自動車のインストルメントパネルに関する文献であり,甲8公報は,材料試験機に関する文献であり,本件発明3とは全く異なる技術分野の文献であり,これらをもって本件発明3を容易に想到し得たものとは認められない。
第4被告の反論審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(手続違背)について( )原告は,審決は,甲5マイクロフィルムに開示された技術を,本件発明11の車両をモード運転試験する際に用いる車両運転モード表示装置の技術分野において,本件出願日当時,周知技術と認定した点において,当事者(審判請求人である被告)が申し立てない理由について審理し,当事者(被請求人である原告)に意見を申し立てる機会を与えなかったものであるから,違法である旨主張するが,失当である。
審決は,「試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示する」技術は周知技術であると認定した上で,引用発明及び同周知技術から,本件発明1の構成に容易に想到することができたと判断しているところ,周知技術は,特許法153条2項にいう「当事者が申し立てない理由」に当たるものでないから,甲5マイクロフィルムに開示された技術について,同項に規定する意見を申し立てる機会を与えることなく行った審判手続に違法はない。
また,本件発明2は,本件発明1の従属項であるから,本件発明1のすべての構成を含むものであるところ,被告は,審判請求書(乙1)の無効理由5において,本件発明2は,甲5マクロフィルムを根拠として進歩性がないと主張しており,甲5マイクロフィルムに基づく主張は,本件発明1に進歩性がないことを当然に含む主張であるから,被告は,本件発明1と対比される公知技術である引用例に,甲5マイクロフィルムを適用することを審判請求書において主張しているといえる。そして,本件無効審判における被告の上記主張に対して,原告は,答弁書の提出の機会が与えられ,現に答弁書を提出しているのであるから,原告に意見を申し立てる機会があったことは明らかである。
(2)原告は,審決が,甲5マイクロフィルムのみをもって,そこに記載された技術を周知技術と認定したことが誤りである旨主張する。
しかし,周知技術とは,例示する必要がないほどよく知られている技術をいい,本来,審決において根拠を例示しなくてもよいものであるが,審決は,甲5マイクロフィルムを例示して,周知技術を丁寧かつ慎重に認定しているものである。そして,「試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示する」技術は,甲5マイクロフィルムだけでなく,特開昭62-276435号公報(甲3),特開昭61-187617号公報(甲4)にも記載されているとおり,周知技術であることは明らかである。
なお,審決は,甲5マイクロフィルムに記載された技術自体が周知技術であるとしているのではなく,「試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示すること」が周知技術であると認定しているのであって,甲5マイクロフィルムを一例として挙げてこの周知技術の認定を行っているのであるから,審決の認定に誤りはない。
(3)また,甲5マイクロフィルム記載の技術が周知技術であるか否かにかかわらず,引用発明に甲5マイクロフィルム記載の技術を適用すれば,本件発明1及び2の構成はすべて得られるのであるから,いずれにしても,本件発明1及び2は,引用発明と甲5マイクロフィルムから,当業者が容易にし得たものであるという審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)について( )原告は,甲5マイクロフィルムには,試験の全体時間に対する経過時間が1開示されているだけであって,本件発明1の「工程」については開示していないとして,審決が甲5マイクロフィルムの技術内容について,明らかな事実誤認をしている旨主張するが,失当である。
審決では,甲5マイクロフィルムにおいて,試験全体の所要時間に相当する長さの白線の部分が「試験の全工程」を示すものであり,試験を実施した時間に相当する長さの緑色の部分の先端(甲5マイクロフィルムの第2図の黒塗りの部分と白塗りの部分との境界面)が「全工程のうちの現在の試験位置」を示すものであると認定し,試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示することが,甲5マイクロフィルムに記載されていると認定しているのであり,その審決の認定の誤りはない。そして,本件発明1においても,テスト走行の全工程は,テスト走行の所要時間に対応するものにほかならず,時間の進行に伴い表示部の色分けを変化させ,その色分けの境目で現在の走行位置をドライバーに理解させるものであるから(本件明細書の段落【0013】,【0014】参照),この点において,本件発明1と甲5マイクロフィルムに記載された技術とは何ら変わりはない。
原告は,本件発明1の「工程」は,刻一刻,どれくらいの速度で走行すればよいのかという車両操作工程のことを示したものであると主張するが,特許請求の範囲の記載上,本件発明1の「工程」をそのように解釈すべき根拠はなく,走行速度データと工程とを混同して解釈しているものにほかならない。「工程」の一般的な意味は,「作業の手順。作業の進み具合」(乙2)であり,甲5マイクロフィルムにおいても,「本考案は試験走行中の進行状況が常に把握出来るようにするため,カラーディスプレイ上に,未完了試験の所要時間を表示する。」(2頁11行目〜13行目)とされているのであって,本件発明1の「工程」と甲5マイクロフィルムの「時間」が全く異なる意義であるとする原告の主張は,失当である。
(2)原告は,引用例や甲5マイクロフィルムにおいては,現在,同じような繰り返し走行が何回目なのかを知りたいといった本件発明1の課題が得られないから,審決の進歩性の判断には,誤りがある旨主張する。
しかし,本件発明1が,現在,同じような繰り返し走行が何回目なのかを知りたいという課題を有するということは,本件明細書に何ら記載されていないばかりでなく,引用例のカーソル100の位置やグラフ線98の色によって,現在,同じような2つの山からなるグラフ線98の幾つ目の山のどの位置を走行しているのかをテストドライバーが知ることができるのであるから,同じような繰り返し走行が何回目なのかを知りたいという課題は,引用発明においても解決される。また,審決で認定していることは,試験の全工程のうちの現在の試験位置を表示することが甲5マイクロフィルムにみられるように周知の技術であり,この周知の技術を用いれば,引用例のグラフ98をテスト走行の全工程のグラフとする構成が得られるということであり,引用例のグラフ98について評価しているのであるから,現在,同じような繰り返し走行が何回目なのかを知りたいという課題が甲5マイクロフィルムに記載された技術にあるか否かは,審決の認定とは無関係である。
したがって,車両の試験における表示に関する技術である点で技術分野が関連する引用例と甲5マイクロフィルムを組み合わせて本件発明1の構成がすべて得られることを阻害する要因はなく,審決の認定判断に誤りはない。
また,原告は,引用発明及び甲5マイクロフィルム記載の技術は,本件発明1と効果も共通していないと主張しているが,甲5マイクロフィルム記載の技術等の周知技術を用いれば,引用例のグラフ98をテスト走行の全工程のグラフとする構成(全走行速度データ)が得られ,本件発明1の構成のすべてが得られるのであるから,本件発明1の効果も,引用例及び甲5マイクロフィルムから当然に得られるものであり,原告の主張は理由がない。
(3)原告は,本件発明1の進歩性判断に誤りがある以上,それを前提にしてされた本件発明2,本件発明3の判断も誤りである旨主張するが,本件発明1についての審決の判断に誤りはないから,前提を欠く。
また,原告は,甲7公報は,自動車のインストルメントパネルに関する文献であり,甲8公報は,材料試験機に関する文献であって,本件発明3とは全く異なる技術分野の文献であるから,これらの記載内容をもって本件発明3を容易に想到することができない旨主張するが,失当である。本件発明3と甲7公報に記載された発明とは,自動車の運転者が,自動車の運転中に,その運転の状況を知るための情報を表示する技術である点で共通する技術であり,互いに関連する技術分野に属する。また,本件発明3と甲8公報に記載された発明とは,試験における測定値を表示する技術である点で共通する技術であり,互いに関連する技術分野に属する。したがって,本件発明3で付加された構成は,甲7公報,甲8公報等を一例とする周知技術であると認定した審決に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
第5当裁判所の判断1取消事由1(手続違背)について( )原告は, 審決は,甲5マイクロフィルムに開示された技術を,本件発明11の車両をモード運転試験する際に用いる車両運転モード表示装置の技術分野において,本件出願日当時,周知技術と認定した点において,当事者(審判請求人である被告)が申し立てない理由について審理したにもかかわらず,その審理の結果を当事者(被請求人である原告)に通知して相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなかったものであるから,特許法153条2項に違反し,違法として取り消されるべきものである旨主張する。
(2)本件無効審判の審判請求人(被告)は,審判請求書(乙1)において,「本件の請求項1に係る特許発明(注,本件発明1)は,甲第1号証に記載された発明(注,引用発明)と実質的に同一の発明であるから,特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができない。」(5頁下から第2段落)と記載し,本件発明1の無効理由として,引用発明に基づいて容易に想到できた旨の主張をし,これに対し,審決は,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到できた旨判断したものである。原告の上記(1)の主張は,本件発明1と引用発明の相違点について,審決が周知技術を根拠として容易に想到できたと判断したのに対し,審決が認定した周知技術周知技術ではなく,当事者が主張していない公知文献に記載された技術であり,審決は,引用発明と,当事者が主張していない公知文献から認定された技術とを組み合わせて容易想到性の判断をしたものであるから,当事者の申し立てない理由に基づいて審理,判断したとして,手続違背を主張しているものと解される。
しかしながら,後記2のとおり,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものと認められるものであり,これと同旨の審決の結論に誤りはない。そうすると,審決が,引用発明と当事者が主張していない公知文献から認定された技術とを組み合わせて容易想到性の判断をしたとの原告の上記主張は,前提を欠くものといわざるを得ないのであり,失当である。
( )なお,原告は,周知技術という以上,その技術に関し,相当多数の公知文3献が存在すべきところ,審決は,甲5マイクロフィルムのみをもって,そこに記載された技術を周知技術と認めたものであって,誤りであり,甲5マイクロフィルムが開示する技術は,周知技術とはいえない旨主張する。
しかしながら,周知技術の認定においては,相当多数の公知文献を必ず引用しなければならないものではなく,本件についていえば,甲5マイクロフィルムが本件出願日(平成9年11月22日)よりも約20年前の昭和53年に公開されたものであることを考慮すると,甲5マイクロフィルムに記載された技術を車両の試験装置の分野における周知技術と認定した審決に誤りはない。
( )したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
42取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)について(1)審決は,「試験の全工程のうちのどの位の工程が終了したか,或いはどの位の工程が残っているかを表示するために,上記甲第5号証(注,甲5マイクロフィルム)に見られる周知技術を用いて,所望速度値対時間のグラフ98をテスト走行の全工程のグラフとし,このグラフにおいて,現在の走行位置を示すカーソルを表示するようにすることは,当業者ならば容易に想到し得たものと認められる。そして,本件発明1の作用効果も,甲第1号証記載の発明(注,引用発明)及び上記周知技術から当業者であれば予測できる範囲のものである。」(審決謄本8頁第6段落〜第7段落)としたが,原告は,審決の同判断を争う。
(2)甲5マイクロフィルムには,以下の記載がある。
ア「試験実行に要する時間あるいは時間に関連した値を試験進行に従い変化させて表示装置に表示することを特徴とした車両自動試験装置。」(実用新案登録請求の範囲)イ「本考案の目的は操作員の不安な気持を解消し,操作性の良い自動試験装置を提供するにある。本考案は試験実行中の進行状況が常に把握出来るようにするため,カラーディスプレイ上に,未完了試験の所要時間を表示する。」(2頁9行目〜13行目)ウ「第2図は本考案の他の実施例で,画面の下方に試験全体の所要時間に相当する長さの白線を画き,試験を実施した時間に相当する長さを緑色に変える。線の上の数字は分単位の時間を示す。この方式では全体のうちのどの位が終了したか,或いはどの位が残っているかが一目瞭然となる。」(同頁16行目〜3頁1行目)これによれば,甲5マイクロフィルムには,車両の試験装置において,操作員が試験実行中の進行状況が把握できず不安な気持になるという課題があり,その解決のため,試験全体の所要時間を線によって表示するとともに,試験を実施した時間に相当する部分の線の色を変化させることによって,試験全体の時間に対する現在の進行状況を線上の位置によって表示し,操作員が試験実行中の進行状況を常に把握できるようにする技術が記載されていると認められる。そして,甲5マイクロフィルムが,本件出願日(平成9年11月22日)よりも約20年前の昭和53年に公開されたものであることを考慮すると,上記課題やその解決のための技術は,車両の試験装置に係る技術分野において,周知であったと認めることができる。
( )本件発明1と引用発明とが,「本件発明1においては,走行速度パターン3と並列的に同時に表示する走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化をグラフにして示す全走行速度データであるのに対して,甲第1号証記載の発明(注,引用発明)の走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化を示すものか,一部の工程の速度変化を示すものか明らかでない点。」において相違することは,当事者間に争いがない。
引用発明は,表示画面内の走行データ表示部に,走行速度パターンと並列的,同時的に,テスト走行の工程の速度変化をグラフにして示す走行速度データとテスト走行の工程のうちの現在の走行位置を表示するものである。そして,上記相違点のとおり,引用例においては,表示画面内の走行データ表示部に表示される走行速度データが,テスト走行の全工程の速度変化を示すものか,一部の工程の速度変化を示すものかは明記されていない。
しかし,引用発明においても,装置の性質上,甲5マイクロフィルムと同様,操作員が進行状況を把握できず不安な気持になるとの周知の課題を有していたものと認められる。また,引用例には,「このシミュレーション制御を達成するに際して,図3に示される所望速度値対時間のグラフ98が,ディスプレイモニタ76の右上隅に表示される。本発明の好適な実施形態によると,速度値はY軸に表示され,時間はX軸に表示される。・・・カーソル100は,コントローラ70によって制御されて,オペレータがキーボード72または外部制御74を介してそのような指示を出すことによって試験が開始されると,カーソル100は,時間の関数としてグラフ線98にそって移動する」(訳文5頁下から10行目から最終行)と記載され,図3においては,Y軸の速度値について,0から開始し,X軸の時間値が変化するとともに変化し,最終的に0で終了するグラフ98が示され,同グラフ線上にカーソル100が示されている。引用例において,上記のとおり,走行速度データを示すグラフ線98に沿って移動するカーソル100は,「試験が開始されると」移動するものであると記載されていること及び上記グラフ98の記載によれば,引用例には,表示画面の走行速度データを示すグラフ線98として,少なくとも試験開始からのものを表示することが開示されているということができる。
そうすると,引用発明において,表示画面に表示する走行速度データをテスト走行の工程中のどの範囲のものとするかは,引用発明の実施に当たり,設計上,当然に当業者が定めなければならない事項であるところ,少なくとも,グラフ98として,試験開始からの工程を示す走行速度データを表示することが引用例において開示されていること,引用例の図3においても,速度値が0から始まり,変化した上で,0で終了しているものが示されていること,引用発明は甲5マイクロフィルム記載の周知の課題を有していたこと,その課題を解決するため,試験全体の所要時間を線によって表示するとともに,現在の進行状況を線上の位置で示すという技術が周知技術であったことに照らすと,表示画面にグラフ98として表示する走行速度データとして,一部の工程のみを示すものとせず,試験開始から終了までの全工程の速度変化を示すものとして表示することは,当業者が,設計的にまず想起するような,容易に想到し得る事項であると認められる。また,前記周知技術に照らしても,そのように表示する走行速度データを全行程の速度変化を示すものとして表示することによる効果は,当業者が当然に予測し得るものである。
したがって,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づき,容易に想到することができたものであると認められる。
( )原告は,本件発明1の「工程」は,刻一刻,どれくらいの速度で走行すれ4ばよいのかという車両操作工程のことを示したものであるところ,甲5マイクロフィルムには,試験の全体時間に対する経過時間が開示されているだけであって,「試験の全工程及び全工程のうちの現在の試験位置を表示することは甲第5号証(注,甲5マイクロフィルム)にみられる」(審決謄本8頁第6段落)というようなことは決してなく,審決は,甲5マイクロフィルムの技術内容について,明らかな事実誤認をしており,甲5マイクロフィルムに基づく本件出願日当時の技術水準についての審決の判断が誤りである旨主張する。
甲5マイクロフィルムには,上記のとおり,車両の試験装置において,操作員が試験実行中の進行状況を常に把握できるようにするため,試験全体の所要時間を線によって表示し,現在の進行状況を線上の位置で示す技術が記載されているところ,甲5マイクロフィルム自体には,原告が主張するとおり,どの程度の速度で走行すればよいのかを表示する技術は記載されていない。しかし,前記( )のとおり,甲5マイクロフィルムに記載された周知技3術等を考慮すれば,当業者は引用発明及び周知技術に基づいて本件発明1に容易に想到することができると認められるものであり,甲5マイクロフィルム自体において,どの程度の速度で走行すればよいのかを表示する技術が記載されていないとしても,同事実は,上記( )の判断及び審決の結論の当否3に影響を及ぼすものではない。
( )原告は,本件発明1の課題は,テストドライバーに対して,時間的,割合5的にテスト走行全体のどのあたりにいるのかを単に認識させるだけにとどまらず,現在,同じような繰り返し走行が何回目なのかを知りたいといった要求に応えるべく,走行パターンの全体概要をも認識させて,この種のテスト走行におけるテストドライバーの特有の精神的な負担を軽減させることにあり,引用発明及び甲5マイクロフィルム記載の技術と本件発明1は課題も効果も共通していないことなどを挙げて,引用発明及び周知技術に基づいて本件発明1に想到することが容易でない旨主張する。
しかし,本件発明1の課題自体が引用例に記載されていないとしても,前記( )のとおり,引用発明が,操作員の不安を解消するという課題を有して3いて,また,表示する走行速度データを,一部の工程のみを示すものとせず,試験開始から終了までの全工程の速度変化を示すものとして表示することは,当業者が,設計的にまず想起するような,容易に想到することができた事項であり,さらに,その効果も予測し得るものといえるのであって,本件発明1の課題が,引用例に直接的には記載されていないことが,前記( )の判断3及び審決の結論の当否に影響を及ぼすものとは認められない。
( )原告は,本件発明2及び本件発明3に係る取消事由として,本件発明1の6容易想到性の判断に誤りがある以上,それを前提にしてされた,本件発明1を直接又は間接に引用する本件発明2及び本件発明3についての判断も誤りである旨主張するが,本件発明1についての容易想到性の判断に誤りがないから,前提を欠き,失当である。
また,本件発明3について,審決は,「一つの表示画面上に複数の画像を表示する際に,各画像の大きさ及び配置関係を任意に設定変更可能とすることは,上記甲第7号証(注,甲7公報)及び甲第8号証(注,甲8公報)にみられるように周知であり,この周知技術を走行速度パターンと走行速度データとを表示する甲第1号証記載の発明(注,引用発明)に用いて,走行速度パターンを表示する表示部と走行速度データ表示部の大きさ及び配置関係を任意に設定変更可能とすることは当業者ならば容易に想到し得たものと認められる。」(審決謄本9頁第5段落)と判断したのに対し,原告は,甲7公報及び甲8公報が,本件発明3と異なる技術分野の文献であり,これらの記載をもって本件発明3を容易に想到することができない旨主張する。
しかし,甲7公報には,「【従来の技術】自動車等の車両にて,車速,機関回転数,燃料残量等の車両情報を表示する車両用情報表示装置として,インストメントパネル等に設けられたCRT,LCD等の表示器を用い,表示器の画面に車速,機関回転数,燃料残量等の車両情報をディジタル画像にて複合表示する車両用情報表示装置が考えられている。上述の如き車両用情報表示装置に於いては,機械式,セグメント式蛍光表示管等による光電式の表示装置とは異なって,コンピュータ制御により各種車両情報の表示項目,表示位置,表示像の大きさを変更することが可能である。表示像の大きさを変更する車両用情報表示装置は,例えば特開昭62-101534号公報に示されている。」(段落【0002】,【0003】)との記載があり,CRT,LCD等の表示器の画面に表示される車速,機関回転数,燃料残量等の車両情報の表示位置,表示像の大きさを変更する技術が記載されている。また,甲8公報には,「測定値表示装置は,表示器,制御回路及び設定操作器を有している。この表示器は指針表示とグラフ表示の両表示をするための表示域を有している。この表示面は液晶やブラウン管等のディスプレイが採用される。該制御回路は該表示器の該両表示の相対的な位置及び大きさを制御するためのもので該表示器に導結される。この制御回路は,表示面上で特定画面の拡大と縮小や,移動を行うためのもので,一般的に知られている構成である。そして,該設定操作器は該制御回路に導結され,その操作により該制御回路を介し該表示器の上記の表示を制御するようになっている。」(段落【0009】)との記載があり,指針表示とグラフ表示の両表示をするための表示域の拡大と縮小や,移動を行う技術が記載されているものと認められる。
これらによれば,本件出願日当時,一つの表示画面上に複数の画像を表示する際に,各画像の大きさ及び配置関係を任意に設定変更可能とすることは,表示に関する技術として周知のものであったことが認められる。そして,前記第2の2のとおり,本件発明3の要旨は,「モード運転の走行速度パターンを表示する表示部と全走行速度データ表示部の大きさ及び配置関係が任意に設定変更可能に構成されている請求項1または2に記載の車両運転モード表示装置。」というものであり,複数の表示部の大きさ及び配置関係の設定変更に関する技術は,表示に関する技術であるところ,表示に関する技術分野において,上記が周知技術であることが認められる以上,甲7公報及び甲8公報に記載された技術の具体的な用途が本件発明3と異なったとしても,表示に関する上記周知技術等及び引用発明に基づき,本件発明3に容易に想到し得た旨の審決の判断に原告主張の誤りはない。
( )したがって,原告主張の取消事由2も理由がない。
73以上のとおり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明