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関連審決 異議2001-73509
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10110特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10459審決取消請求参加事件 判例 特許
平成14行ケ32特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  上位概念 /  下位概念 /  技術常識 /  化学構造 /  援用権(援用) /  特許出願日 /  参酌 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 362号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱樹脂株式会社
訴訟代理人弁理士 市澤道夫,竹内三郎
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 石井あき子,井出隆一,一色由美子,大橋信彦,井出英一 郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2001-73509号事件について平成15年6月26日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:三菱樹脂株式会社(原告) 発明の名称:「生分解性フィルム」 特許出願日:平成8年4月2日(特願平8-80337号) 設定登録日:平成13年4月20日 特許番号:第3182077号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2001-73509号 訂正請求日:平成15年4月30日(本件訂正) 異議の決定日:平成15年6月26日 決定の結論:「訂正を認める。特許第3182077号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成15年7月14日(原告に対し) 2 本件発明の要旨(上記本件訂正後のもの。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)【請求項1】ポリ乳酸系重合体とポリ乳酸以外の脂肪族ポリエステルを75:25〜20:80の範囲の重量割合で混合してなるフィルムであって,引張弾性率を250kg/mm2以下,光線透過率を65〜85%の範囲としてなり,前記ポリ乳酸以外の脂肪族ポリエステルが鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量1万〜15万の下記構造を有してなることを特徴とする生分解性フィルム。 -{-C-R1-C-O-R2-O-}n- ‖ ‖ O O(式中R1及びR2は炭素数2〜10のアルキレン基,シクロ環基又はシクロアルキレン基である。又,nは数平均分子量1万〜15万となるのに必要な重合度である。)【請求項2】請求項1に記載のフィルムはインフレーションフィルムであって,ブロー比を2.4〜2.7の範囲として形成されたことを特徴とする生分解性フィルム。
3 決定の理由の要点 (1) 決定は,次の刊行物を摘示した(証拠番号は本訴のものを示す。)。
刊行物1:特開平7-118513号公報(甲5。刊行物1に記載された発明を「刊行物1発明」という。),刊行物2:「コンバーテック第23巻第2号」21〜24頁(株式会社加工技術研究会平成7年2月15日発行。甲6),刊行物3:Zehev Tadmor,Costas G.Gogos著,奥博正・三井物産株式会社合成樹脂第三部訳「プラスチック成形加工原論 Principles of Polymer Processing」3〜9頁(株式会社シグマ出版平成3年6月28日第1刷。甲7),刊行物4:大阪市立工業研究所,プラスチック読本編集委員会,プラスチック技術協会編集「プラスチック読本」251〜252頁(株式会社プラスチックス・エージ改訂第18版平成4年8月15日。甲8),刊行物5:土肥義治編集代表「生分解性プラスチックハンドブック」140〜141頁(吉田隆平成7年5月26日初版第1刷発行。甲9),刊行物6:村井孝一編著「可塑剤-その理論と応用-」314〜315頁(株式会社幸書房昭和48年3月1日初版第1刷発行。甲10)。
(2) 決定は,刊行物1の記載内容に関する認定を次のようにまとめた。
「刊行物1には,『ポリ乳酸を主成分とする乳酸系ポリマー(A)と,ポリエステル(B)(「コハク酸,グルタル酸,アジピン酸,ピメリン酸,スベリン酸,アゼライン酸,セバシン酸等の炭素数4〜10の二塩基酸と,エチレングリコール,1,2-プロピレングリコール,1,3-プロピレングリコール,1,2-ブチレングリコール,1,3-ブチレングリコール,1,4-ブチレングリコール,ネオペンチルグリコール,1,5-ペンタンジオール,2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオール,3-メチル-1,5-ペンタンジオール,1,6-ヘキサンジオール等の炭素数2〜8の脂肪族アルコールから得られたポリエステル」)とを,配合重量比(A)/(B)が98/2〜50/50で混合してなるフイルムであって,引張弾性率が1000〜15000kg/cm2である生分解性フィルム』の発明(刊行物1発明)が記載されていると認められる。」 (3) 決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点を次のとおり認定した。
「本件発明1と刊行物1発明を対比すると,後者の『ポリ乳酸を主成分とする乳酸系ポリマー(A)』は,本件発明1における『ポリ乳酸系重合体』に相当し,後者の『ポリエステル(B)』は,後述の相違点a(鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量1万〜15万の点)を除き,その繰り返し単位の構造(本件発明1において,構造式で示された構造)を含め,前者の『ポリ乳酸以外の脂肪族ポリエステル』に相当している。また,後者の引張弾性率1000〜15000kg/cm2は,10〜150kg/mm2と換算されるから,本件発明1における250kg/mm2以下に相当する。さらに,本件発明1と,刊行物1発明は,ポリ乳酸系重合体と,ポリ乳酸以外の脂肪族ポリエステルの重量割合が,75:25〜50:50の範囲で重複しており,この重複範囲において一致している。 そうすると,本件発明1と刊行物1発明は,以下の点で相違するものの,その他の点での相違は認められない。」 (4) 決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点を次のとおり認定した。
「相違点a:前者(判決注:本件発明1)では,ポリ乳酸以外の脂肪族ポリエステルが鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量を1万〜15万のものであるのに対し,後者(判決注:刊行物1発明)では,このような特定がなされていない点。 相違点b:前者では,フィルムの光線透過率を65〜85%の範囲と特定しているが,後者ではこの特定がなされていない点。」 (5) 決定は,上記相違点について,概ね次のとおり判断した。
(a)「相違点aについて 刊行物1に『ポリエステル系可塑剤の数平均分子量については,特に限定はない』と記載されているから,刊行物1発明における『ポリエステル(B)』の数平均分子量に限定はない。さらに,高分子量化のために鎖延長剤を使用することは,周知技術であり,鎖延長剤を使用して高分子量化した脂肪族ポリエステルとして,数平均分子量が1万〜15万に該当するものも周知である。してみれば,刊行物1発明において,ポリエステル(B)として,鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量が1万〜15万のものを使用することは容易である。 また,刊行物5に,分子量40000のポリカプロラクトンからなる可塑剤(ポリエステル系可塑剤)が,刊行物6に,分子量8000のポリエステル系可塑剤が記載されているように,ポリエステル系可塑剤として,高分子量のものが知られており,この点を考慮するとなおのこと,ポリエステル(B)として,鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量が1万〜15万のものを使用することは容易である。」 (b)「相違点bについて 刊行物1には,透明性に優れた乳酸系ポリマー組成物を提供することを課題としていること,透明性に優れた乳酸系ポリマー組成物が得られたことが記載され,刊行物1の実施例では,乳酸系ポリマー組成物から透明性の良いフィルムを得ているから,透明性の良いフィルムを得ることは,刊行物1発明において意図され,また達成されていることである。
一方,フイルムの光線透過率は,フイルムの透明性の指標として周知である。
してみれば,刊行物1発明において,フイルムの光線透過率を透明性の良い値に設定することは容易である。その具体的な値は,ポリエステル(B)として,鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量が1万〜15万のものを使用した上で(この使用が容易であることは,前記のとおり),実際にフイルム化し,光線透過率を測定することによって,容易に設定できるものと認められる。したがって,フイルムの光線透過率を65〜85%の範囲とした点は,当業者が容易になし得たことである。」 (c)「本件発明1は,刊行物1,5,6に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (6) 決定は,本件発明2について,次のとおり認定判断した。
「刊行物1には,インフレーション成形が記載されているから,刊行物1には,刊行物1発明に係るフイルムとして,インフレーション成形によるフイルム,すなわち,インフレーションフイルムが記載されていると認められる。
また,刊行物3には,インフレーションフイルムの一般的なブローアップ比が,1.5〜4であることが記載されている。また,刊行物4には,インフレーションフイルムについて,『リングダイのスリット径の2〜3倍ふくらませるのがフイルムの縦方向と横方向との強度バランスもよく,操業もしやすい。』と記載されているから,ブロー比を2〜3とすることが記載されていると認められる。
本件発明2におけるブロー比2.4〜2.7は,これらの一般的なブロー比の範囲内のものであるから,容易に設定できるものである。
また,本件発明2のブロー比以外の構成については,上記のとおり,容易に採用できるものである。
したがって,本件発明2は,刊行物1,3〜6に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (7) 決定は,特許権者(本訴原告)の主張に対して,次のように説示した。
(a)「特許権者は,刊行物1の『ポリエステル系可塑剤』は,末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止してなる構造であるから,鎖延長剤で高分子量化する構造とは相容れない構造であると主張している。
しかし,鎖延長剤で高分子量化することは,末端を特定したことを意味するものではないし,また,末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止してなる構造が,鎖延長剤で高分子量化する構造とは相容れないとする根拠もない。例えば,鎖延長剤で高分子量化したものの末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封鎖することは可能であるから,末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止してなる構造と,鎖延長剤で高分子量化する構造は両立する。したがって,この主張は採用できない。」 (b)「特許権者は,本件発明は,乳酸系ポリマーと脂肪族ポリエステルとをポリマーブレンドする旨の発明であるから,本件発明は可塑剤を添加するという刊行物1発明の技術思想の延長線上になく,両発明は技術思想が異なっているから,刊行物1発明は本件発明の動機づけとはなり得ない旨の主張している。
しかし,乳酸系ポリマーと脂肪族ポリエステルとをポリマーブレンドしていること自体をもって,可塑剤を添加する発明からは導きだせないとする理由はない。本件発明は柔軟性,透明性に優れた生分解性フイルムを提供することを課題としているところ,刊行物1発明は生分解性フイルムの発明であって,柔軟性と透明性を課題とし,柔軟性と透明性を達成している。つまり,刊行物1には,本件発明の課題に結びつく記載がある。してみれば,当業者が,刊行物1発明に基づいて本件発明を導くことに困難はない。」 (c)「特許権者は,『本件発明の解決課題の一つは,脂肪族ポリエステルからなるフィルムが透明性に欠けている欠点を解決することにあり,本件発明はポリ乳酸系重合体と所定の比率で混合することによってこの課題を解決している。しかし,ポリエステル系可塑剤の多くはもともと透明であるから,上記のような解決課題を刊行物1発明から想起するはずがない。』と主張している。 しかし,判断すべきは解決課題ではなく,本件発明の構成の容易性であるから,本件発明の解決課題が,刊行物1から導かれないことが,本件発明が容易に発明できたことを否定する理由とはならない。なお,刊行物1発明は透明性に優れているから,本件発明の透明性に関する効果は予測できるものにすぎない。」 (d)「特許権者は,刊行物1の『ポリエステル系可塑剤の数平均分子量については,特に限定はないが』との記載に関して,『「可塑剤として機能し得る範囲内で分子量には特に限定がない」という意味に理解するはずであり,これを,可塑剤として機能し得ない高分子量範囲まで包含するように強引に理解する者はおそらくいないはずである』と主張している。 しかし,相違点bの判断で記載したとおり,刊行物1発明における『ポリエステル(B)』の数平均分子量に限定はない。刊行物1には,『ポリエステル(B)』が,数平均分子量に限定されることなく可塑剤として機能することが記載されているのである。したがって,この主張は採用できない。
なお,この主張が『高分子量範囲は可塑剤として機能し得ない』との前提に立つ主張であるとすれば,刊行物5,6には,高分子量の可塑剤が記載されており,さらに,特開平6-169875号公報(判決注:乙1)や,特開平8-283557号公報(判決注:乙2)にも高分子量の可塑剤が記載されているから,この前提には根拠がなく,この点からみても,この主張は採用できない。」 (8) 決定は,次のとおり結論付けた。
「本件発明1,2は,刊行物1,3〜6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1,2に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。」
原告の主張(決定取消事由)の要点
本件発明1は,進歩性を有するものであり,本件発明2は,本件発明1の従属項に係る発明であるから,同様に進歩性を有する。本件発明1の進歩性を否定した決定の認定判断が誤りであることは,下記のとおりである。また,本件発明2の進歩性を否定した決定の認定判断も,本件発明1に関する誤った認定判断を前提としている点で誤りである。
1 刊行物1発明の認定の誤り (1) 本件発明は,高分子量のポリ乳酸系重合体と,同じく高分子量の脂肪族ポリエステルとをポリマーブレンドすることによって,ポリ乳酸系重合体の透明性と,脂肪族ポリエステルの柔軟性とを併せ持った生分解性フィルムを作製した発明である。これに対し,刊行物1発明は,高分子量のポリ乳酸に,低分子量のポリエステル系可塑剤を添加することによって,透明で柔軟なポリ乳酸フィルムを作製した発明である。
高分子量のポリマー同士をブレンドすることによって柔軟性に優れたフィルムを作製する技術と,高分子量のポリマーに可塑剤を添加することによってポリ乳酸フィルムを柔軟化する技術とでは,結果物であるフイルムを柔軟化するメカニズム,及び,各技術において解決しなければならない課題が異なっており,プラスチック分野での技術常識によれば,ポリマーブレンドにより柔軟なポリマーを得る技術思想と,可塑剤によりポリマーを柔軟にする技術思想とは,明らかに異なる技術思想である。
(2) 決定は,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤(B)」における「可塑剤」の意味を「可塑剤とは柔軟性を与え,加工性を改良する物質である」と認識し,この認識に基づいてすべての認定及びすべての判断を行っている。
しかし,プラスチック分野で「可塑剤」といえば,柔軟性を加えて加工性を改良する物質という漠とした広い概念の物質ではなく,「高分子鎖間に侵入して高分子鎖間の結合力を緩めることによってガラス転移点(Tg)を低下させ,高分子を柔軟にする物質」(被告の主張する可塑剤と区別するため「狭義の可塑剤」ともいう。)であると認識するのが当業者の常識である。
このように,(狭義の)「可塑剤」は,高分子鎖間に侵入して結合を緩め,ガラス転移点(Tg)を低下させる物質であるから,高分子鎖間に侵入することができる程度の分子量,すなわち比較的低分子量の物質であることが知られている。脂肪族ポリエステル系可塑剤でいえば,その分子量は通常,数平均分子量600〜4000程度であり,特殊な用途に用いるもので8000のものが知られている程度である。すなわち,脂肪族ポリエステルからなる可塑剤は,分子量600〜4000程度のものが最も広く用いられており,分子量が高いものでも精々8000程度である。
(3) 決定は,上記のように誤りを犯したため,本件発明1と刊行物1発明との相違点の認定においては,ポリマーブレンドにおけるポリエステルとポリエステル系可塑剤との違いを認定せず,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤(B)」を「ポリエステル(B)」と置き換えることとし,さらに,刊行物1における記載「ポリエステル系可塑剤の分子量については,特に限定はない。」を,可塑剤として機能し得ない高分子領域まで含むように解釈したものであり,上記の誤りが決定の誤った結論を導く原因となっている。
(4) 分子量の観点から刊行物1の「ポリエステル系可塑剤」についてみてみると,実施例で使用しているポリエステル系可塑剤の数平均分子量は600又は1000であり(6頁の表1),「数平均分子量で500〜2000のものが特に好ましい」(3頁右欄48行〜49行)と記載され,その理由として分子量2000以下であれば可塑効果が高い旨が記載されている。
したがって,分子量の点からみれば,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤」は,プラスチック分野での当業者が普通にいう「可塑剤」(狭義)にほかならない。
また,「可塑剤」を添加してフィルムを製造する場合の特徴的な課題としてブリードアウトの問題が知られている。これは,フィルム成形時にフィルム表面に可塑剤が沁み出して粉がふいてべたついた状態になり,成形加工性が低下するという問題である(高分子量の脂肪族ポリエステルを混合するポリマーブレンドなどの場合には,生じない。)。この問題に対して,刊行物1発明は,ブリードアウトが発生しないように,数平均分子量500〜2000(特に500以上)のポリエステル系可塑剤を使用している(3頁右欄48行〜4頁左欄1行)。したがって,可塑剤が抱える特徴的な課題を解決している点からも,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤」は,プラスチック分野での通常の当業者が想定する(狭義の)「可塑剤」,すなわち「高分子鎖間に侵入して結合を緩め,ガラス転移点(Tg)を低下させる物質」であると認められる。
(5) 決定は,また,刊行物1(特開平7-118513号)には,その特許請求の範囲参酌して,「ポリ乳酸を主成分とする乳酸系ポリマー(A)と,二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成り,かつ末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下であるポリエステル系可塑剤(B)とを必須の構成成分として含有することを特徴とする乳酸系ポリマー組成物」が記載されている,と認めるべきであるところ,「ポリ乳酸を主成分とする乳酸系ポリマー(A)と,二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成るポリエステル系可塑剤(B)とを必須の構成成分として含有することを特徴とする乳酸系ポリマー組成物」と認め(7頁3行〜6行),「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」を省略して認定した。
刊行物1発明は,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下であるポリエステル系可塑剤」を用いることにより,ポリマーの透明性を維持したまま,耐水性に優れ,クレージングの発生もなく,フィルムとして十分な柔軟性を発現させたものであるから(3頁左欄1行〜8行),「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」という発明特定事項は,刊行物1発明において必須の構成要件である。しかも,発汗滲出(ブリードアウト)が生じないように,チェーンストッパー(末端封止剤)を用いてポリエステル可塑剤の分子量分布をそろえることは,「可塑剤」に関する技術として一般的であり(甲10),チェーンストッパー(末端封止剤)を用いてポリエステル可塑剤の分子量分布をそろえることと,本件発明1のチェーン延長剤(鎖延長剤)を用いて高分子量化を図ることとは,通常両方を行うことはないから,本件発明1と対比する意味でも,刊行物1発明の認定において,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」という構成要件を省略して刊行物1発明を認定すべきではない。
(6) 前記のとおり,決定では,「ポリエステル系可塑剤(B)」を「ポリエステル(B)」と,「可塑剤」という文言を省略して読み替えている。しかし,前記の(狭義の)「可塑剤」の意味に照らせば,「ポリエステル系可塑剤(B)」と「ポリエステル(B)」とでは技術的意味が異なり,読み替えるべきではない。このように読み替えられたことによって,「可塑剤」の技術的意味について最後まで検討されずに結論に達することになってしまっている。
2 相違点の看過 決定は,前記1に記載した誤りを犯した結果,本件発明1と刊行物1発明との相違点(下記の相違点c及び相違点d)を看過した。
(1) 相違点c 相違点cとして,「本件発明1は,ポリ乳酸系重合体と脂肪族ポリエステルとの2種類の高分子を混合するポリマーブレンドの技術による発明であるのに対し,刊行物1発明は,ポリ乳酸にポリエステル系の可塑剤を添加してポリ乳酸フィルムを柔軟化させる可塑剤の技術による発明である点。」を認定すべきである。
決定は,前記のとおり,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤」を「ポリエステル」と同義であると認定判断し,その結果,上記相違点を看過した。
(2) 相違点d 相違点dとして,「本件発明1における脂肪族ポリエステルは,鎖延長剤を使用して高分子量化した脂肪族ポリエステルであるのに対し,刊行物1記載のポリエステル系可塑剤(B)は,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止されたポリエステル系可塑剤(B)」である点。」を認定すべきである。
刊行物1発明において,一塩基酸及び/又は一価アルコールでポリエステルの分子鎖末端を封止しているのは,チェーンストッパー(末端封止剤)を用いてポリエステル系可塑剤の分子量分布をそろえたものと認められる。これに対し,本件発明1は,チェーン延長剤(鎖延長剤)を用いてポリエステルの分子鎖を封止させないで高分子量化させている。両者は,技術常識からみれば普通は両立しない技術であるから,相違点dも,本件発明1と刊行物1発明との相違点として認定されるべきである。
3 相違点についての判断の誤り (1) 相違点aについて 決定は,刊行物1の段落【0022】の記載「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量について特に限定がない」を根拠に,刊行物1発明における「ポリエステル(B)」すなわち「ポリエステル系可塑剤(B)」の数平均分子量に限定はないと判断している。
しかし,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量について特に限定がない」という記載は,常識からみれば,“可塑剤(Tgを低下させる物質。狭義の可塑剤。)として機能し得る範囲内で”分子量には特に限定がない,という意味に理解するべきである。
刊行物1の実施例で用いられたポリエステル系可塑剤の数平均分子量や刊行物1の記載内容と脂肪族ポリエステル系可塑剤の通常の分子量から判断すれば,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量について特に限定がない」という記載を,分子量1万以上までも包含する意味に解釈するのは技術常識を逸脱した判断であり,失当である。
脂肪族ポリエステル系可塑剤の分子量は,一般的には高分子量のものでも4000以下であり,特殊な用途に用いるもので分子量8000というものが知られている程度である。少なくともフィルム製造に用いるような可塑剤において,分子量が1万を超えるような高分子量の脂肪族ポリエステル系可塑剤は,通常は想定できない。刊行物1記載の分子量500〜2000のポリエステル系可塑剤から,分子量1万〜15万の脂肪族ポリエステルを想到するには,両方の分子量の範囲がかけ離れ過ぎている。
さらに,可塑剤(狭義)は,高分子鎖間に侵入して結合を緩めてガラス転移点を低下させる物質であるから,可塑剤の分子量が大きくなれば高分子鎖間に侵入し難くなり,ガラス転移点を低下させる機能が低下し,可塑剤としての性能(可塑効果)が低下することが知られている。刊行物1の内容中にも,分子量が2000以上になると可塑効果が高くないから,分子量500〜2000が好ましい旨が記載されている(3頁右欄50行から4頁左欄1行)。実際,甲21の実験成績報告書の結果を見ても,ポリ乳酸に高分子量ポリエステル(数平均分子量約86000)を加えた混合系では,ポリ乳酸のガラス転移点の低下は認められない。このようなことに照らせば,刊行物1記載のポリエステル系可塑剤(B)に比べて遥かに高分子量である脂肪族ポリエステルを,刊行物1記載のポリエステル系可塑剤(B)に置き換えて可塑剤として使用することを当業者が想起するはずがない。本件発明1と可塑剤によるメカニズムとは異なるのであり,刊行物1発明の延長線上に本件発明1があるわけではない。
なお,決定が援用する刊行物5(甲9)に,分子量40000のポリカプロラクトンからなる可塑剤が記載されているが,これは,脂肪族ポリエステルとは構造が異なるばかりか,木材の可塑剤として記載されており,プラスチックの可塑剤ですらない。また,刊行物6(甲10)には,分子量8000のポリエステル系可塑剤が記載されているが,分子量は8000であり,本件発明1の範囲より明らかに低い分子量である上,このポリエステル系可塑剤は,塗料用に使用される極めて特殊な可塑剤であるから,本件発明1のような高分子量の脂肪族ポリエステルを想起することは困難である。
決定は,特開平6-169875号公報(乙1)や特開平8-283557号公報(乙2)を援用するが,これらにおいて,実際に可塑剤として機能することが確かめられているのは,前者の実施例で使用されている分子量3000の可塑剤であり,後者の実施例で使用されている分子量4000,4500,6000の可塑剤である。これらの分子量は,一般的なポリエステル系可塑剤の分子量と比較すると,確かに高分子量であるが,それでも技術常識と照らして可塑剤として機能し得ると考えられる分子量域である。それ以上大きな分子量については,可塑剤として機能する旨の技術的根拠は何もない。技術常識からみれば,分子量200000の脂肪族ポリエステルが可塑剤として機能しないことは明らかである(甲21)。上記公報の明細書中に,分子量200000のポリエステル系可塑剤が記載されているといっても,実施例から遠くかけ離れている点や技術常識などから判断して,分子量200000のポリエステルが可塑剤として機能すると解する当業者などいないはずであり,本件発明1の起因ないし契機とはなり得ない。
被告は,乙7の公報を援用するが,本件発明と同じ構造の脂肪族ポリエステル系可塑剤で高分子量のものを実際に使用した実施例は,記載されていない。
被告は,乙12ないし16の公報を援用するが,いずれにおいても,実際に可塑剤としての効果が確かめられているのは,分子量1万より分子量の低い脂肪族ポリエステル系可塑剤についてであり,これとは柔軟化メカニズムが異なると考えられる分子量1万以上の脂肪族ポリエステルを混合した場合の効果は,確認されていない。これらの文献の実施例で用いられた低分子量の脂肪族ポリエステルを添加した場合と,分子量1万以上の脂肪族ポリエステルを添加した場合とでは柔軟化メカニズムが異なるので,低分子量の脂肪族ポリエステルを用いた実施例から分子量1万以上の脂肪族ポリエステルを添加した場合にどうなるかを推測することはできないはずであり,明細書中に分子量1万以上の脂肪族ポリエステル系可塑剤を包含する旨の記載があったとしても,事実を誤認しているか,単なる推測又は希望的記載であるとしか考えられない。なお,乙12及び16の可塑剤は,ポリ塩化ビニルの可塑剤として使用されているのみであり,乙15の可塑剤は,エポキシ化油で変性してなるポリエステル系可塑剤であり,刊行物1のポリエステル系可塑剤とは異なる。
(2) 相違点bについて 本件発明1の特徴の一つは,脂肪族ポリエステルからなるフィルムが透明性が悪いという欠点を,ポリ乳酸系重合体と所定の比率で混合することによってこの課題を解決した点にある。透明性の良いポリマーと透明性が悪いポリマーとをポリマーブレンドすれば,簡単に透明性が優れたフィルムが得られるかといえば,相溶性の低いポリマー同士を混合すると,得られる成形物は一層不透明化するのが一般的であり,相性の良い組合せを発見することこそがポリマーブレンドの特徴的な課題である。透明な二種類のポリマーをブレンドしても,相溶性(混和性)が悪ければ白濁して不透明になる程である。
本件発明の場合,ポリ乳酸と本件発明の脂肪族ポリエステルとが比較的相溶性(混和性)に優れていたから,比較的透明性の優れたフィルムを得ることができたものと考えられるが,どのようなポリマーとどのようなポリマーとが相溶性に優れているかは,溶解度パラメータ(SP値)でだいたいの見当はつくものの,実際に混合してフィルムを製造してみなければわからない。
また,ポリエステル系可塑剤は,液体で元々透明であり,しかも単独でフィルムを製造することはできないから,刊行物1発明に基づいて,脂肪族ポリエステルからなるフィルムの透明性を改善するという本件発明1の課題を想起することは不可能である。
なお,決定は,「本件発明1の解決課題が,刊行物1から導かれないことが,本件発明が容易に発明できたことを否定する理由とはならない。」と判断するが,当該箇所の直前で,「刊行物1には,本件発明の課題に結びつく記載がある。してみれば,当業者が,刊行物1発明に基づいて本件発明を導くことに困難はない。」と,本件発明の解決課題が刊行物1から導かれることを理由に本件発明を導くことの困難性について結論づけているのであるから,上記判断は明らかに失当である。
(3) 相違点cについて 「可塑剤」は,高分子鎖間に侵入して分子鎖間の結合力を緩めることによって,ガラス転移点(Tg)を低下させ,その高分子の柔軟性を高めることができる。高分子鎖間に侵入し得る物質であるがゆえに,フィルム成形時には可塑剤がフィルム表面に沁み出して成形加工性を低下させる“ブリードアウト”という特徴的な課題が生じることになる。刊行物1発明は,この問題に対処するため,数平均分子量500〜2000のポリエステル系可塑剤を使用し,また,チェーンストッパー(末端封止剤)を用いてポリエステル可塑剤の分子量分布をそろえている。
一方,「ポリマーブレンド」は,二種以上のポリマー(高分子)を混合して優れた性質を有する新たなポリマーを得る方法であり,可塑剤の場合のごとく高分子鎖間に可塑剤が侵入して一つの相溶系を形成するのとは異なり,それぞれのポリマーが分散状態で存在し,本件発明1の場合には混合物全体が柔軟になるのである。
このように,可塑剤とポリマーブレンドでは,ポリ乳酸に柔軟性を与えるメカニズムも,柔軟性を与えた後の混合状態も,その際に解決する課題も異なっているから,ポリマーブレンドの組合せを想到する上で,可塑剤による組合せを参照することに技術的意味が認められない。
本件発明1と刊行物1発明は,一見似ているようであるが,一方は,高分子量のポリマー同士をブレンドして柔軟性に優れたフィルムを作製する技術であり,他方は,高分子量のポリマーに可塑剤を添加してポリ乳酸フィルムを柔軟化する技術であって,高分子量のポリマーを柔軟化するメカニズムも,各技術において解決しなければならない課題も異なる。しかも,ポリマーブレンドにおいては,目的とする性質を持ったフィルムを製造できるかどうかは,実際にポリマー同士を製造してみなければわからないのであり,混合状態が異なる可塑剤との混合系からでは,ポリマー同士の混合状態を予想することは到底無理なことである。
(4) 相違点dについて 相違点dは,容易に想到することはできない。
刊行物1発明は,重合時に,チェーンストッパー(末端封止剤)で分子鎖を封止し,本件発明1は,チェーン延長剤(鎖延長剤)で分子鎖を延長するものであるから,技術常識からみれば両者が行われることは普通はない。
決定が,何を根拠に判断したのか不明であり,技術常識と遊離した憶測に基づく判断であるから,失当である。
被告の主張の要点
1 刊行物1発明の認定の誤りに対して (1) 決定では,「可塑剤」の意味を根拠に,一致点や相違点の認定をしておらず,また「可塑剤」の意味を根拠として,相違点に対する判断を示していない。原告の主張は,決定の内容から離れて決定を批判するにすぎない。
(2) 刊行物1の「二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成り,かつ末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下であるポリエステル系可塑剤」は,「二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成るポリエステル系可塑剤」の下位概念であるから,前者の記載事項から後者を認定することができる。
(3) 刊行物1に記載された「ポリエステル系可塑剤(B)」は,「ポリエステル系可塑剤(B)が,炭素原子数4〜10の二塩基酸と,炭素原子数2〜8の脂肪族二価アルコールとからなるポリエステルである」との記載から,「炭素原子数4〜10の二塩基酸と,炭素原子数2〜8の脂肪族二価アルコールとからなるポリエステル」と読み替えることができ,この「炭素原子数4〜10の二塩基酸と,炭素原子数2〜8の脂肪族二価アルコールとからなるポリエステル」は,「コハク酸,グルタル酸,アジピン酸,ピメリン酸,…1,6-ヘキサンジオール等の炭素数4〜10の二塩基酸と,炭素原子数2〜8の脂肪族二価アルコールとからなるポリエステル」(決定の5頁末行〜6頁13行)と文理上当然に読み替えることができるから,刊行物1には読み替えの根拠となる記載がある。
なお,「可塑剤」という文言を挿入して刊行物1発明を認定することは,本件発明1が「可塑剤」という点について,何の特定もされていないのであるから,無用なことである。
2 相違点の看過に対して (1) 刊行物1発明の認定に誤りはないから,相違点の看過もない。
(2) 相違点cについて 決定は,可塑剤の意味を判断の根拠としておらず,また,「ポリエステル系可塑剤」が「ポリエステル」と同義であるなどという認定判断もしていない。原告は,決定を独自に誤って解釈し,また,本件発明1とは関係のない構成要件をわざわざ取り上げて刊行物1発明を独自の論理構成で認定し,それに基づき,本来相違点ではない点を相違点として主張しているにすぎない。
なお,甲21は,本件発明1とも,刊行物1の記載とも無関係であり,決定を取り消す証拠とはなり得ない。
(3) 相違点dについて 本件発明1における脂肪族ポリエステルが鎖延長剤を使用して高分子量化してなる点は,相違点aで指摘している。また,刊行物1記載のポリエステル系可塑剤(B)が,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止されたポリエステル系可塑剤(B)」である点が相違点を構成しないことは,前記のとおりである。
刊行物1には,一塩基酸及び/又は一価アルコールをポリエステル系可塑剤の分子量分布をそろえるために使用したとの記載はない。要するに,一塩基酸及び/又は一価アルコールは,末端封鎖のために使用されているのであるから,原告が主張するように,重合体の重合中に使用されなければならないというものではない。
また,「ポリエステルの分子鎖を封止させない」との要件は,本件発明1の構成要件でないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,失当である。
なお,末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止してなる構造と,鎖延長剤で高分子量化する構造は,両立するものである。
3 相違点についての判断の誤りに対して (1) 相違点(a)について 刊行物1には,「ポリエステル(B)」が,数平均分子量に限定されることなく可塑剤として機能することが記載されている。刊行物1には,技術常識ではない新たな「発明」が記載されているのであるから,仮に刊行物1の記載が従来の技術常識の範囲を超えていても,それを,技術常識の枠に合うべく解釈することはできない。刊行物1発明における分子量については,それに記載されているとおりに解釈すべきであって,原告がいうような技術常識を持ち出して解釈し直すことは,むしろ,刊行物1発明の認定を誤るものである。
しかも,刊行物5,6には,40000や8000といった高分子量の脂肪族ポリエステル系可塑剤が記載されており,本件出願前に頒布された乙1の段落【0039】にも,「高分子可塑剤は,一般に250乃至300,000,特に1000乃至100,000の平均分子量を有していることが望ましい。」と明記されている。これらの刊行物は,脂肪族ポリエステル系可塑剤として,本件発明1のような高分子量のものが存在するという,本件出願前の技術水準を示すものである。この技術水準を考慮すればなおのこと,刊行物1の記載をそのとおりに認定することに何の不都合もないし,刊行物1の記載に基づいて,本件発明1の分子量を採用することは容易である。
仮に,刊行物1の段落【0022】の記載を,原告主張のように解釈すべきであると仮定しても,可塑剤として機能し得る範囲内の分子量を見いだすことは,実験によって容易になし得ることであり,その実験によって本件発明1の分子量が見いだされることは,乙2により明らかであるから,本件発明1の分子量の採用は,容易である。
乙1,2,7ないし9,12ないし16,刊行物5(甲9),刊行物6(甲10)などによれば,高分子量の可塑剤自体が周知であり,本件発明の脂肪族ポリエステルの分子量の採用が当業者にとって容易であったことが裏付けられる。なお,実施例による立証を伴ったもののみが技術的根拠となるものではない。また,原告が主張するように,分子量が増大するにつれて相溶性が低下し,可塑効果が低くなる傾向があるとしても,高分子量とすることによる利点が周知であり(乙2,3),上記のように高分子量の可塑剤自体も周知なのであるから,原告主張の点は,高分子量の採用に対する阻害要因とはならない。
ちなみに,本件明細書の実施例には,脂肪族ポリエステルの数平均分子量について何も記載がない。原告自ら,実施例のみを技術的根拠という以上,本件発明1の数平均分子量1万〜15万については,完全に技術的根拠を欠く。同様に鎖延長剤を使用して高分子量化したことについても記載はないから,鎖延長剤の使用についても技術的根拠を欠く。
原告主張の刊行物1の記載は,高分子量のものの使用を妨げるものではない。
以上のとおりであるから,相違点aの判断に誤りはない。
(2) 相違点bについて 決定には,原告が主張する矛盾はない。
刊行物1発明は,生分解性フィルムの発明であって,柔軟性と透明性を課題とし,柔軟性と透明性を達成しているから,本件発明1のフィルムが透明である効果は,予測できるものである。
相違点bの判断に誤りはない。
(3) 相違点cについて 相違点cは相違点として認定されるべきものではないから,相違点であることを前提とする原告の主張は,失当である。
本件発明における「高分子量の脂肪族ポリエステル」と刊行物1に記載された「可塑剤」は,カテゴリーの異なる用語であって,そもそも対立する概念を構成しない。このことは,高分子量の脂肪族ポリエステル系可塑剤が存在することによって裏付けられる。本件発明の「高分子量の脂肪族ポリエステル」については,「可塑剤でない」との特定はない。原告は,「可塑剤でない」との特定があるかのように主張しているが,特許請求の範囲の記載を離れており失当である。
また,甲21は意味をもたない。
原告の主張に対しての反論は,決定で説示したとおりである。
(4) 相違点dについて 相違点dは,相違点として取り上げるべきものではなく,原告の主張は失当である。
本件発明1における脂肪族ポリエステルの末端は,特定されていない。原告は,本件発明1における脂肪族ポリエステルを末端が封止されていないものとして主張するが,請求項の記載を離れたものであり,失当である。「鎖延長剤で高分子量化してなり」という特定により,分子鎖の中間部分には鎖延長剤の残基が存在することとなるが、これが分子鎖末端を特定したことにならないのは当然である。なお,決定は,「鎖延長剤で高分子量化したものの末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封鎖することは可能であるから,末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止してなる構造と,鎖延長剤で高分子量化する構造は両立する。」と記載し、
両立の根拠を説示した。
当裁判所の判断
1 原告の主張は,前記第3のとおりであり,具体的な取消事由としては,第3の2(相違点の看過)及び3(相違点についての判断の誤り)のとおりであると解される。そして,これらに共通し,その前提となる主張として,第3の1(刊行物1発明の認定の誤り)の主張が位置付けられており,この点が決定の誤りの根本的な原因となったものと主張されている。
そこで,以下,第3の2及び3の具体的な取消事由について順次検討し,第3の1の点は,その中で検討することとする。
2 相違点の看過について (1) 原告の主張は,@決定が,刊行物1発明につき,「ポリ乳酸を主成分とする乳酸系ポリマー(A)と,二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成るポリエステル系可塑剤(B)とを必須の構成成分として含有することを特徴とする乳酸系ポリマー組成物」と認定し,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」を省略して認定したこと,A刊行物1の「ポリエステル系可塑剤(B)」を「ポリエステル(B)」と置き換えたことが誤りであるなどと主張し,その結果,相違点c及び相違点dを看過したと主張する。
(2) 上記@の点について検討するに,決定は,その説示の趣旨に照らせば,刊行物1の記載について,上位概念でとらえて認定したものであると認められるのであって,それ自体は,正当な認定手法であり,誤りであるとはいえない。
また,上記Aの点について検討するに,まず,刊行物1(甲5)自体において,「【0016】…本発明の重要な構成要素であるポリエステル系可塑剤 (B) は,二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成り,更に詳しくは,該二塩基酸は炭素原子数4〜10の二塩基酸,また該二価アルコールは炭素原子数2〜8の脂肪族二価アルコールであるポリエステルで,…」(下線は判決で付した。)との言い換えがされているのであるから,決定の上記言い換えないし置き換えに根拠がある上,この点も,上記概念でとらえて認定したものであるといえるのであって,誤りであるということはできない。
さらに検討するに,上記のように上位概念でとらえて対比し一致点の認定をした場合には相違点の認定が問題となるが,確かに,刊行物1発明では,(α)「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」ことが構成要件とされ,(β)ポリエステルが「ポリエステル系可塑剤」とされている(甲5)。しかし,本件発明1では,上記(α)の点に関しては,(延長後の)末端封止の有無については記載がないなど,上記に対応する要件について特定がされておらず,上記(β)の点に関しても,そのような特定がされていないと認められる(甲4)のであるから(後記3に判示したところにも照らせば,請求項における数平均分子量などの記載により「可塑剤」を除外したものと一義的に理解し得るものでない。),このような場合には,本件発明1と刊行物1発明との相違点として,上記各点を認定しなければならないわけではない。
仮に,これらの点を相違点として認定すべきところを決定が看過したというとしても,決定は,これらについて実質的に判断をしているのであるから(決定9頁4〜9行,11頁18〜23行,10頁9〜21行),看過したこと自体が決定の結論に影響を及ぼすものとは認められず,上記の相違点の看過が決定を取り消す理由にはならない。
(3) 原告は,相違点cとして,「本件発明1は,ポリ乳酸系重合体と脂肪族ポリエステルとの2種類の高分子を混合するポリマーブレンドの技術による発明であるのに対し,刊行物1発明は,ポリ乳酸にポリエステル系の可塑剤を添加してポリ乳酸フィルムを柔軟化させる可塑剤の技術による発明である点。」を認定すべきであると主張する。
しかし,本件発明の特許請求の範囲及び明細書の記載(甲4)には,本件発明1に係るポリ乳酸系重合体とそれ以外の脂肪族ポリエステルとからなる生分解性フィルムが「ポリマーブレンド」を構成している旨の記載はない。また,両発明の対比において,特許請求の範囲の記載がそれ自体で明確に理解し得る場合において,特許請求の範囲構成要件として何ら記載がないにもかかわらず,どのような技術かという解釈をまじえた点を付加して認定する手法自体も直ちに支持し得ない。
よって,上記相違点を認定すべきであるとする原告の主張は,採用することができない。なお,「可塑剤」の点は,前記(2)のとおりである。
仮に,決定に上記相違点の看過があるというとしても,決定は,この相違点について,実質的に判断をしているといえるので(決定10頁22〜35行),いずれにしても,決定の結論に影響する瑕疵であるということはできない。
(4) 原告は,相違点dとして,「本件発明1における脂肪族ポリエステルは,鎖延長剤を使用して高分子量化した脂肪族ポリエステルであるのに対し,刊行物1記載のポリエステル系可塑剤(B)は,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止されたポリエステル系可塑剤(B)」である点。」を認定すべきであると主張する。
しかし,上記のうち,「本件発明1における脂肪族ポリエステルは,鎖延長剤を使用して高分子量化した脂肪族ポリエステルである」点については,刊行物1発明ではそのような特定がないというように,相違点aとして認定されており,この認定は是認し得るものである。刊行物1発明が「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された」との構成を有する点については,前記(2)のとおりである上,そもそも,「鎖延長剤による高分子量化」と「末端封止」とは,別の事項であって(二者択一の技術であるとの証拠もない。),両者を対比すること自体,直ちに支持し得ない。なお,「可塑剤」の点は,前記(2)のとおりである。
(5) 以上のとおり,「相違点の看過」として原告が主張する取消事由は,理由がない。
3 相違点についての判断の誤りについて 前記2に判示したとおり,決定の一致点及び相違点の認定については,肯認することができるのであるが,刊行物1発明等に基づいて本件発明1を容易に発明をすることができたものであるか否かの判断においては,刊行物1発明の具体的な構成,すなわち,ポリエステルが「可塑剤」として使用されている点や,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」との点は,考慮されてしかるべき事項であると解される。
したがって,原告が前記第3の1において主張する点は,主として,第3の3(相違点についての判断の誤り)との取消事由において意味を有するものと解される。
そこで,以下,これをふまえて検討する。
(1) 原告は,プラスチック分野で「可塑剤」といえば,「高分子鎖間に侵入して高分子鎖間の結合力を緩めることによってガラス転移点(Tg)を低下させ,高分子を柔軟にする物質」(原告のいう「狭義の可塑剤」)であると認識するのが当業者の常識であって,脂肪族ポリエステルからなる可塑剤は,分子量600〜4000程度のものが最も広く用いられており,分子量が高いものでも精々8000程度であるとし,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤」は,プラスチック分野での当業者が普通にいう「可塑剤」(狭義)にほかならないと主張するので,検討する。
(1-1) 「可塑剤」の定義とこれに関する当業者の認識について (1-1-1) 本件証拠中,可塑剤についての定義がみられる辞典類として,次のものがある(発行日順)。
[A] 「ゴム・プラスチック配合薬品」(本山時彦編,ラバーダイジェスト社,昭和41年6月15日発行)116頁(乙4)には,「それ自体では硬くて剛性をもつポリマーに配合して,柔軟性,弾性,加工性などを付与し,使用目的に適合させるために用いる薬品を可塑剤と呼び」との記載がある。
[B] 「プラスチック加工技術便覧」新版(プラスチック加工技術便覧編集委員会編,日刊工業新聞社,昭和44年12月5日初版発行)50頁(甲53。乙6)には,「可塑剤 プラスチックの原料樹脂の可塑性を改善すると同時にプラスチック成形品に柔軟性を付与するために加えられる薬剤を可塑剤という」との記載がある。
[C] 「ポリマー辞典」(ポリマー辞典編集委員会編,大成社出版部,昭和46年3月10日第2版発行)74頁(乙3)には「可塑剤 ゴムまたはプラスチックの加工性を改善し,同時に製品に柔軟性を付与するために加えられる液体または固体状物質…」との記載がある。
[D] 「プラスチック配合剤-基礎と応用-」(山田桜編,大成社,昭和46年7月10日初版第2刷発行)18頁(乙5)に,「可塑剤とは高分子樹脂に添加して,その可塑性をたかめるとともに,脆くて硬い高分子樹脂に柔軟性を与える軟化剤…」との記載がある。
[E] 「新版高分子辞典」(高分子学会高分子辞典編集委員会編,朝倉書店,平成元年9月10日初版第2刷)69頁(甲14)においては,「可塑剤」の説明として,「プラスチックやゴムに添加して柔軟性を与え,加工性を改良する物質.しょうのうが古くから用いられた可塑剤で,…可塑剤としては,しょうのうの誘導体やしょうのうと化学構造が類似なフタル酸ジアルキル,…化学構造から分類すると,(1)スタル酸エステル系…,(7)…である.可塑剤として要求される性質は,(1)相溶性がよく,…,(7)熱,光および化学的に安定など.可塑剤の添加により高分子の軟化点,ガラス転移温度Tg,熱的・機械的性質などが変化する.…可塑剤分子は高分子と相溶性がよいために高分子鎖の間に入り分子鎖間を広げる.…」との記載がある。
[F] 「化学大辞典」(大木道則外編,東京化学同人。平成元年10月20日)444頁(甲50)には,「可塑剤」として,「プラスチックに柔軟性を与え,軟質フィルムにしたり,加工しやすくするために加えるもので,プラスチックと相溶性のよいものが用いられる.」との記載がある。
[G] 「プラスチック事典」(宮坂啓象編集者代表,朝倉書店,平成4年3月1日初版第1刷)721頁(甲15)においては,「可塑剤とは比較的低分子量の物質で,高分子物質に添加してその弾性率,Tgを低下させ,室温において適当な柔軟性を与えるとともに,溶融粘度を低下させて高温での加工性を容易にする物質である.」との記載がある。
[H] 「プラスチック大辞典」(プラスチック大辞典編集委員会編,工業調査会,平成6年12月15日)621頁(甲16)においては,「可塑剤」として,「プラスチックのもろさを除いて柔軟性を与えたり,塑性加工しやすくすることを可塑化といい,そのための添加剤を可塑剤という。可塑化の対象になる高分子は一般に極性基をもっているが,この高分子とある程度の親和性をもつ可塑剤分子はこの高分子鎖間に侵入して結合を緩めるために,ガラス転移点が低下し,成形加工が容易になる。」との記載がある。
[I] 「JIS工業用語大辞典」第4版(日本規格協会編,日本規格協会平成7年11月20日第4版第1刷発行)296頁(甲18)においては,「可塑剤 軟化領域を下げ,かつ加工性,たわみ性又は伸展性を増すためにプラスチックに混合する揮発性が低い又は無視できる物質.[K6900]」との記載がある。なお,[K6900]は,プラスチック用語である(甲46,48)。
(1-1-2) 上記各記載によれば,「可塑剤」の定義において,「Tgを低下させる」こと又は「軟化領域を下げる」ことが含まれる記載となっているものと解されるものは,[G],[I]にすぎず(甲25にも同旨の記載があるが,本件出願後に発行されたものである。),その他は,基本的に「プラスチックに柔軟性等を与える添加剤」として定義付けていることが認められる。上記[E]においては,「可塑剤」の定義としては,「プラスチックやゴムに添加して柔軟性を与え,加工性を改良する物質.」としているのであり,「ガラス転移温度Tgの変化」や「高分子鎖の間に入り分子鎖間を広げる」ことは,定義ではなく,また,「可塑剤として要求される性質」として書かれているものでもなく,「可塑剤の添加により」生じる効果の一つとして書かれているにすぎず,少なくとも,「ガラス転移温度Tgの変化」が「可塑剤」というための必須の要件であるとして書かれているものではない。また,上記[H]においても,「ガラス転移点が低下」は,可塑剤の効果の一つとして説明されているにすぎない。
上記文献は,いずれも本件発明の出願前のものであるが,「可塑剤」の定義としては,[A]〜[D]のように,古くから,「プラスチックに柔軟性等を与える添加剤」という程度の定義がされていること,平成4年の[G]及び平成7年の[I]において,「Tgを低下させる」こと又は「軟化領域を下げる」ことも記載されるようになったが,平成に入っても[E],[F],[H]のように,従前の定義をしているものもあることが認められる。
このように,本件証拠による限り,本件発明の出願当時において,「可塑剤」との用語に接した当業者が原告主張の定義のように認識し理解するものであるということは,認めるには足りないというほかない。
(1-2) 可塑剤の分子量とこれに関する当業者の認識について (1-2-1) 本件証拠中,可塑剤の分子量について記載がある文献として,次のものがある(発行日順)。
[J] 「プラスチック加工技術便覧」新版(前記(1-1-1)[B]の文献,昭和44年12月5日初版発行)52頁(甲53)には,「可塑剤…代表的な例をあげればつぎのようである.…ポリエステル類…分子量が1000〜8000の範囲のもの」との記載がある。
[K] 「可塑剤-その理論と応用-」(村井孝一編・幸書房・昭和48年3月1日初版第1刷発行)314頁(甲10)には,「ポリエステル系可塑剤は,…高分子(分子量600〜8000)で…」との記載がある。
[L] 特開昭59-156535号公報(乙13。出願人:大日本インキ化学工業)には,「また,本発明におけるポリエステル系可塑剤とは,分子量が500〜10000程度の二塩基酸および/又は一塩基酸とモノアルコールおよび/又は多価アルコールとの公知一般の方法によるエステル化反応物をいい,例えば,アジピン酸-1,3ブチレングリコール-2エチルヘキサノール系ポリエステル,セバチン酸-プロピレングリコール-ジエチルヘキサノール系ポリエステル,アジピン酸-プロピレングリコール-ヤシ油脂肪酸系ポリエステルなどがあげられる。」との記載がある。
[M] 特開昭60-40162号公報(乙12。出願人:ダイセル化学工業)には,「特許請求の範囲1 組成式(T)…によって表わされ,かつ数平均分子量約2000〜200,000であることを特徴とするポリエステル系可塑剤。」との記載がある。
[N] 特開昭60-72956号公報(乙15。出願人:大日本インキ化学工業)には,「ポリエステル系可塑剤は2価カルボン酸及びグリコール,更には通常末端停止剤として1価カルボン酸または1価アルコールをポリエステル化条件で反応させて得られる線状構造のポリエステルであり,分子量600〜10000が一般的なもので優れた耐久性を有することが知られている。」との記載がある。
[O] 特開昭61-21147号公報(乙14。出願人:大日本インキ化学工業)には,「特許請求の範囲1.必須の成分として,(A)…スチレン系共重合樹脂と,(B)ポリエステル系可塑剤とを,…含んで成る,耐熱スチレン系共重合樹脂組成物。…4.前記したポリエステル系可塑剤(B)が,300〜10000なる範囲の分子量を有する飽和ポリエステルであることを特徴とする,特許請求の範囲第1項に記載された組成物。」との記載がある。
[P] 特開昭62-240373号公報(乙16。出願人:倉本産業)には,「特許請求の範囲(1)重合度500〜2500の塩化ビニル樹脂100重量部に対して分子量1000〜10000のポリエステル系可塑剤を10〜30重量部少なくとも配合した配合物を,有機溶剤に溶解し,これを乾燥後の膜厚が5〜15μmになるようキャスティング法によってフィルムを作成し,この片面に5〜15μmの感圧性接着剤を塗布して総厚30μm以下としたことを特徴とする無延伸極薄粘着シート。」との記載がある。
[Q] 「化学大辞典」(前記(1-1-1)[F]の文献,平成元年10月20日)444頁には,「可塑剤」として,「分子量は目的により数百から数千のものが用いられる.」との記載がある。
[R] 特開平2-102237号公報(乙7。出願人:鐘淵化学工業)には,「本発明の組成物に配合される高分子可塑剤の分子量としては,500〜15000程度,特には1000〜10000程度が好ましい。斯かる高分子可塑剤の具体例としては,…ポリエステル系可塑剤…が挙げられる…」との記載がある。
[S] 「実用プラスチック事典」(実用プラスチック事典編集委員会編,産業調査会,平成5年5月1日初版第1刷)791頁(甲19)には,「ポリエステル可塑剤は…高級アルコールを末端封止剤として用い,分子量800ないし4,000に調節して,可塑剤とする。」との記載がある。
[T] 特開平6-169875号公報(乙1。出願人:ダスキン)には,「【0039】バッキングエラストマー及び/またはベース中に配合する高分子可塑剤としては,可塑剤の内高分子量のものであれば特に制限を受けることなしに使用し得るが,特にポリエステル系可塑剤,例えばポリ(ジエチレングリコール,…)ポリ(プロピレングリコール,アジピン酸)エステル…これらの高分子可塑剤は,一般に250乃至300,000,特に1000乃至100,000の平均分子量を有していることが望ましい。」との記載がある。
[U] 特開平8-283557号公報(乙2。出願人:島津製作所。公開日が本件出願後であるので公知文献とはならないが,平成7年4月12日の出願であるので,本件出願当時の当業者の認識を認定する証拠とはなり得る。)には,「可塑剤(B)の重合度及び分子量は特に限定されないが,…多くの場合,可塑剤(B)の分子量は500以上,特に1000以上のものが好ましく,3000以上のものが特に好ましく,5000〜200000のものが最も広く用いられる。…本発明における可塑剤の特徴の一つは,脂肪族ポリエステルを主成分とする…このような高分子可塑剤としての効果は,分子量が3000以上で明瞭に発揮され,特に分子量10000以上で顕著であり好ましい。」との記載がある。
(1-2-2) 以上のように,「ポリエステル系可塑剤」の分子量に関して,見解が完全に一致しているわけではなく,この結果は,どの範囲のものを「可塑剤」と認識するかという前記(1-1)の問題とも関連していることが推測されないではない。
ところで,本件発明1における「ポリエステル」の分子量の下限値は,数平均分子量としての「10000」であるところ,上記[J],[K]においては,「ポリエステル系可塑剤」の分子量として,「1000〜8000」,「600〜8000」との記載があり,本件発明1の「10000」が「数平均分子量」であって多少の幅があることは当然であることも考えれば(性質上,上記「8000」も数平均分子量であるものと理解される。),これらから本件発明1の範囲内である数平均分子量としての「10000」のものを想起し得ないとはいえない。
次に,[Q]には,「数百から数千」との記載があるが,「可塑剤」の一般的な説明であると解され,「ポリエステル系可塑剤」に特化した記載であるとは認め難い。
また,[S]には,「ポリエステル可塑剤」の分子量として「800ないし4,000」との記載があるが,通常実用されるレベルにおける分子量をいうものと解されるのであって,分子量「4000」を超えるものは「ポリエステル可塑剤」とはいえず,当業者としてもおよそ「ポリエステル可塑剤」と認識しないということまでを意味するものとは認められない。
そして,[L],[M],[N],[O],[P],[R],[T],[U]においては,「ポリエステル系可塑剤」の分子量として,それぞれ,「500〜10000程度」,「約2000〜200,000」,「600〜10000」,「300〜10000」,「1000〜10000」,「500〜15000程度,特には1000〜10000程度が好ましい。」,「一般に250〜300,000,特に1000〜100,000…が望ましい。」,「500以上,特に1000以上…が好ましく,3000以上…特に好ましく,5000〜200000…が最も広く用いられる。高分子可塑剤としての効果は,3000以上で明瞭に発揮…,特に10000以上で顕著」とされている。これらは,本件発明の属する技術分野に携わる6社の企業が,それぞれ発明の構成要件として又は詳細な説明として記載しているものであって,これらにおいては,「ポリエステル系可塑剤」の分子量として,最高300,000までの認識が示されており,少なくとも「10000」までは,これらに共通した認識であることが認められる。
以上によれば,純粋に学問的見地から「可塑剤」の定義をどのように定めるのが適切であるか,また,どの程度の分子量のものまでがその定義にいう要件を満たすことが実証されているかなどということは別として,「ポリエステル系可塑剤」の分子量に関する本件出願時における当業者の認識としては,「ポリエステル系可塑剤」の数平均分子量として,少なくとも「10000」までのものは容易に認識し得たものと推認することができる。
原告は,「脂肪族ポリエステルからなる可塑剤は,分子量600〜4000程度のものが最も広く用いられており,分子量が高いものでも精々8000程度である。」と主張するが,広く用いられる実情についてはともかく,上記主張が,8000程度を超えるものは「ポリエステル系可塑剤」とはいわず,当業者も「ポリエステル系可塑剤」とは認識しないという趣旨であるとすれば,既に判示したところに照らし,採用することができない。なお,原告は,甲29(A教授の平成15年12月1日付け回答書)を援用するが,本件出願後の回答時の知見を述べたものと解される上,分子量につき「数千以下」との記載があるが,「通常数千以下のものが使用されており」という実情を述べたものにすぎず,可塑剤としての働きがなくなる限界の数値が述べられているわけでもなく,かつ,「ポリエステル系可塑剤」と特定した記載ではないので,上記認定を妨げるものではない。
また,原告は,上記[L],[M],[N],[O],[P],[R],[T],[U]の記載につき,実際に実施例とされているものに10000以上のものはないことや,上記分子量の記載が誤りであるとか,可塑剤としての効果が確認されていないとか,単なる推測又は希望的記載であるなどと主張するが,当業者の認識としては,上記のとおりに認めざるを得ない上,本件発明の属する技術分野に携わる少なくとも6社の企業が上記のような認識を示しているのであるから,これが誤りなどであるとは到底認められない。
その他,原告は,種々の証拠を挙げて,分子量10000以上のものは可塑剤としての機能を果たし得ないことなどを主張するが,仮にそれが客観的な事実であるとしても,上記[L],[M],[N],[O],[P],[R],[T],[U]に照らせば,本件出願時において当業者がそのことを認識し,分子量10000以上のものは「ポリエステル系可塑剤」とはいえないというような認識が広まっていたことを認めるには足りず,原告主張の点を考慮しても,当業者の認識についての前記認定を妨げるものではない。
なお,本件では,「ポリエステル系可塑剤」の定義や分子量に関する技術常識や当業者の認識が争われたことから,弁論準備期日を重ねて,当事者双方に対しこの点について主張立証を尽くす機会を付与した。裁判所としては,提出された証拠の範囲内で認定せざるを得ないという制約の下では,上記のとおり認定するほかない。
(1-3) 以上をふまえて,刊行物1の記載を検討する。
(a) 刊行物1(甲5)には,次のような記載がある。
「【請求項1】ポリ乳酸を主成分とする乳酸系ポリマー(A)と二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成り,かつ末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下であるポリエステル系可塑剤(B)とを必須の構成成分として含有することを特徴とする乳酸系ポリマー組成物。」(特許請求の範囲) 「【0010】【発明が解決しようとする課題】本発明が解決しようとする課題は,フィルム,シート,包装材用に有用な,柔軟性,透明性,耐水性,耐クレージング性に優れ,かつ可塑剤のブリードアウトの無い乳酸系ポリマー組成物を提供することにある。」 「【0016】…本発明の重要な構成要素であるポリエステル系可塑剤(B)は,二塩基酸と二価アルコールの繰り返し単位から成り,更に詳しくは,該二塩基酸は炭素原子数4〜10の二塩基酸,また該二価アルコールは炭素原子数2〜8の脂肪族二価アルコールであるポリエステルで,かつポリマーとの相溶性,耐水性向上のため,末端停止剤により末端を封止し,酸価と水酸基価を低下させた,酸価と水酸基価の合計が40以下であるポリエステル系可塑剤である。」 「【0021】ここでポリエステル系可塑剤(B)の酸価と水酸基価の合計を40以下に抑えることにより,乳酸系ポリマー(A)との相溶性向上や,ポリエステル系可塑剤(B)自体の不溶成分析出を起こりにくくすることができる。即ち,本発明のポリエステル系可塑剤(B)の酸価と水酸基価の合計は40以下のものが好ましく就中20以下が効果的である。」 「【0022】ポリエステル系可塑剤の数平均分子量については,特に限定はないが,500〜2000のものが特に好ましい。これは,可塑効果が高く,ブリードアウトが発生しにくくなるからである。」 「【0033】(実施例1〜5)200℃に制御された2本ロールに,絶乾状態の重量平均分子量23万のポリ乳酸(ピュラック社製)20gを仕込み,次に本発明に基づき合成した数平均分子量2000以下,酸価2以下,水酸基価15以下の実施例1〜5の可塑剤を各々5g(20重量%)添加し,5分間混練を行った。」 なお,刊行物1全体をみても,「可塑剤の定義」及び「ガラス転移点Tgの変化」に関する記載は見当たらない。
(b) 上記記載,特に【請求項1】及び段落【0010】によれば,刊行物1発明は,「フィルム,シート…に有用な,柔軟性…耐クレージング性に優れ,かつ可塑剤のブリードアウトの無い乳酸系ポリマー組成物を提供する」ことを課題として,乳酸系ポリマー組成物に「ポリエステル系可塑剤(B)」を必須成分として含有させた発明であることが認められ,刊行物1に記載された「ポリエステル系可塑剤(B)」は,乳酸系ポリマーに柔軟性等を付与する添加材料として把握されているものと認められる。
そして,刊行物1においては,上記のとおり,ガラス転移点及びその変化に関する記載がない上,前記(1-1)に認定した「可塑剤」に関する定義の状況等に照らせば,刊行物1に記載のポリエステル系可塑剤(B)について,これを原告の主張する狭義の可塑剤(「高分子鎖間に侵入して高分子鎖間の結合力を緩めることによってガラス転移点(Tg)を低下させ,高分子を柔軟にする物質」)であると限定して解釈すべき理由は認められない。
さらに,前記(1-1)に認定したとおり,本件発明の出願時において,「可塑剤」との用語に接した当業者が原告主張の定義のように理解するとは認められない上,上記の刊行物1の記載(ガラス転移点及びその変化に関する記載がないことも含む。)に照らせば,当業者は,刊行物1発明の可塑剤について,原告の主張する狭義の可塑剤と認識せず,かえって,「プラスチックに柔軟性等を与える添加剤」という程度のものと認識するものと推認される。
(c) 可塑剤の分子量について,刊行物1には,上記のように「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量については,特に限定はないが,500〜2000のものが特に好ましい。これは,可塑効果が高く,ブリードアウトが発生しにくくなるからである。」旨の記載がある。
上記(b)に判示したところに照らせば,上記「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量について特に限定がない」という記載につき,原告が主張するように,「“可塑剤(Tgを低下させる物質。狭義の可塑剤。)として機能し得る範囲内で”分子量には特に限定がない」という意味に理解すべき理由はない。
むしろ,前記(1-2)に認定したことにも照らせば,「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量については,特に限定はないが」との記載に接した当業者は,同分子量につき,上方の値として少なくとも10000までを容易に想到し得たものと認められる。
(d) 以上のとおり,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤」は,プラスチック分野での当業者が普通にいう「可塑剤」(狭義)であるとの原告の主張は,採用することができない。
(2) 原告は,刊行物1発明の「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」という要件をとらえて,チェーンストッパー(末端封止剤)を用いてポリエステル可塑剤の分子量分布をそろえることと,本件発明1のチェーン延長剤(鎖延長剤)を用いて高分子量化を図ることとは,通常両方を行うことはないと主張する。
刊行物1(甲5)の記載を検討しても,刊行物1発明において,ポリエステル可塑剤の分子量を原告が主張するような限定された分子量に抑えるために,末端を封止する趣旨であるとは認められない。このことは,前判示の(1)の点に照らしても明らかである。そして,鎖延長剤を用いて高分子量化することと,末端を封止することとは別次元の事項であって,本件全証拠によっても,一方が他方を必ず排斥する関係にあるとは認められない。原告の主張は,採用の限りではない。
(3) 相違点aについての決定の判断について 前記(1)で検討したように,当業者は,刊行物1発明の可塑剤について,原告の主張する狭義の可塑剤とは認識せず,かえって,「プラスチックに柔軟性等を与える添加剤」という程度のものと認識するものと推認され,刊行物1の「ポリエステル系可塑剤の数平均分子量については,特に限定はないが」との記載に接した当業者は,同分子量について,上方の値として少なくとも10000までを容易に想到し得たものと認められる。そして,高分子量化のために鎖延長剤を使用することは周知技術であるところ,刊行物1発明において末端が封止されていることが鎖延長剤を用いることを阻害するものとは認められないことも,前判示のとおりである。
したがって,決定が「刊行物1発明において,ポリエステル(B)として,鎖延長剤を使用して高分子量化してなる数平均分子量1万〜15万のものを使用することは容易である」と認定した点に誤りはない。
それのみならず,刊行物1発明がポリエステルを可塑剤として使用している点,末端を封止している点などを考慮しても,前判示のとおり,当業者としては,本件発明1の数平均分子量10000のものを容易に想到し得たのであり,本件発明1の数平均分子量1万〜15万のものを使用することは容易であるといい得る(決定が,可塑剤として使用している点や末端を封止している点などについても,実質的に判断をしていると解されることは,前判示のとおりである。)。
なお,原告は,可塑剤によりポリマーを柔軟にする技術思想と,ポリマーブレンドにより柔軟なポリマーを得る技術思想とが異なると主張し,そのこと自体は,本件証拠によっても認められるところである。しかし,両技術は,共重合技術とともに,ポリ乳酸ないし樹脂の柔軟性を改良する3つの技術として,並び称せられるものであり,異なる技術ではあっても,相互に隔絶された技術分野にあるものではなく,むしろ,扱う当業者も共通し,同様の目的を達成するために相互に選択し得る密接に関連した技術であると認められる(甲54,55等から本件出願時の技術状況を推認し得る。)。原告の主張によっても,可塑剤による技術とポリマーブレンドによる技術は,そのメカニズムは異なるものではあるが,ポリマーの柔軟性を得る技術として共通するのであり,その技術を実施する要素としては,ポリエステルの分子量の違いとして現れることになる(もっとも,分子量がどの程度のものを境に両者の技術に分かれるのかは必ずしも明確にされていない。)。当業者としては,前記のように,刊行物1発明から本件発明1の分子量のものを容易に想到し得たと認められるのであるから,仮に主観的な意図として可塑剤の技術の実施であると考えていたとしても,本件発明1の生分解性フィルムの構成を実現し得ることに変わりはない。しかも,その主観的な意図いかんが容易想到性の阻害要因とならないことは,既に判示したところから推認され,かつ,この推認を妨げる事情は証拠上認められない。よって,原告主張の点を考慮しても,決定を取り消すべきことにはならない。
(4) 相違点bについての決定の判断について (a) 刊行物1(甲5)は,フィルムの光線透過率を数値により限定していないが,光線透過率に直接影響する透明性に関して,以下の記載がある。
「【0010】本発明が解決しようとする課題は,フィルム,シート,包装材用に有用な,柔軟性,透明性,…に優れ,かつ可塑剤のブリードアウトの無い乳酸系ポリマー組成物を提供することにある。」 「【0011】本発明者らは,…ポリエステル系可塑剤を用いることにより,ポリマーの透明性を維持したまま,…フィルムとしての使用に不可欠な十分な柔軟性を十分に発揮できることを見い出し,本発明を完成した。」 「【0030】本発明の乳酸系ポリマー組成物は,優れた透明性を有しており,透明性の指標として,特にヘイズ値20%以下のものが好ましく用いられる。…」 「【0061】本発明は,フィルム,シート,包装材に有用な,柔軟性,透明性,…に優れ,かつ可塑剤のブリードアウトの無い乳酸系ポリマー組成物を提供できる。」 (b) 上記記載によれば,刊行物1発明においても,透明性の高いポリ乳酸系ポリマー組成物を提供することを課題の一つとし,実際に透明性の高いポリマーを得ることを実現している。
刊行物1において透明性の指標とされたヘイズ値は,光線透過率との関係が不明であるが,前判示のとおり,刊行物1の記載を見た当業者が,ポリエステル系可塑剤(B)として数平均分子量10000のものまでをも想起する以上,ポリ乳酸系ポリマーに対して,本願発明1も刊行物1発明から想到し得る発明も,共に数平均分子量10000のポリエステル又はポリエステル系可塑剤を添加したものである点で一致しており,そうである以上,両者の光線透過率又は透明度が必然的に同程度のものとなることは当然である。
そして,透明度を光線透過率で規定することにも格別の困難性は見いだせないから,「フィルムの光線透過率を65〜85%の範囲とした点は,当業者が容易になし得たことである。」とした決定の判断に誤りはない。
(5) 以上のとおり,決定が相違点a,bとして認定した点のほか,刊行物1発明のポリエステルが「可塑剤」として使用されている点や,「末端を一塩基酸及び/又は一価アルコールで封止された,酸価と水酸基価の合計が40以下である」との点をも考慮しつつ,本件発明1の容易想到性を検討しても,これを肯定した決定の結論は,是認し得るものである。よって,相違点についての判断の誤りをいう原告の主張は,採用することができない。
4 本件発明2について 原告は,本件発明2の進歩性を否定した決定の認定判断も,本件発明1に関する誤った認定判断を前提としている点で誤りであると主張する。
しかし,本件発明1に関しては,前判示のとおりであるから,本件発明2についての認定判断の誤りをいう原告の主張もまた採用の限りではない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文