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関連審決 不服2004-1301
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事件 平成 17年 (行ケ) 10523号 審決取消請求事件
原告株 式会社ユニレック
原告X
原告ら訴訟代理人弁理士須藤雄一
被告特 許庁長 官中嶋誠
被告指定代理人岡千代子
同 佐野遵
同 岡田孝博
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告らの請求を棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2004-1301号事件について平成17年5月9日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯原告らは,発明の名称を「識別対象偏向装置」とする発明につき,平成12年2月7日,特許を出願(以下「本願」といい,本願に係る明細書及び図面を「本願明細書」という。)し,平成15年2月17日付け手続補正書により補正を行ったが,平成15年12月12日付けの拒絶査定を受け,平成16年1月16日,審判請求を行い,同日付け手続補正書を提出した。
特許庁は,この審判請求を不服2004-1301号事件として審理し,その結果,平成17年5月9日,平成16年1月16日付け手続補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月18日,審決の謄本が原告らに送達された。
2特許請求の範囲平成15年2月17日付け手続補正書による補正後の本願の請求項1(請求項の数は全部で3項である。)は,次のとおりである。
「連続的に移動する識別対象を連続的に識別する識別部と,前記識別対象の識別後に前記識別部の識別速度に応じて識別対象を連続的に移動させる通路と,該通路の一側に連通する偏向路と,該偏向路に対向して前記通路の他側に設けられた開口に偏向板を備え前記識別部の識別信号に応じて前記偏向板を通路内に高速駆動により出没させ前記通路を移動する識別対象を前記偏向路へ向けてはじく偏向駆動部と,前記識別部の識別信号に応じて前記偏向駆動部を駆動制御する制御部とよりなることを特徴とする識別対象偏向装置。」(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)3審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平6-309543号公報(甲第2号証。以下「引用例」という。)及び周知の技術手段(例えば,特開平9-108638号公報(甲第3号証)。以下「周知例」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,引用例記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1)引用発明の内容「硬貨投入口の下方に,傾斜した通路底面を有する硬貨通路が設けられ,該硬貨通路に沿って,投入硬貨の真偽を判定するための硬貨選別センサが設けられ,硬貨通路終端下方に,硬貨をその真偽に応じて振り分ける正貨ゲートが設けられ,正貨ゲートの下方において,硬貨通路に連通してその一側に分岐する偽貨通路が設けられており,CPU等は,硬貨選別センサからの信号に基づきソレノイドをオン,オフさせることにより,正貨ゲートを硬貨通路内に出没させて,偽貨を偽貨通路に偏向させる硬貨選別装置。」(2)一致点連続的に移動する識別対象を連続的に識別する識別部と,前記識別対象の識別後に識別対象を連続的に移動させる通路と,該通路の一側に連通する偏向路と,前記通路の他側に設けられた開口に偏向手段を備え前記識別部の識別信号に応じて前記偏向手段を通路内に高速駆動により出没させ前記通路を移動する識別対象を偏向路に偏向させる偏向駆動部と,前記識別部の識別信号に応じて前記偏向駆動部を駆動制御する制御部とよりなることを特徴とする識別対象偏向装置。
(3)相違点@前者が識別部の識別速度に応じて識別対象を移動させているのに対して,後者では,そのような限定はない点。(以下,審決と同様に「相違点1」という。)A識別対象を偏向させるについて,前者では,偏向路と対向する開口に偏向板を備え,偏向板により識別対象を偏向路へ向けてはじくのに対して,後者では,開口の下方に偏向路を設け,開口に備えた正貨ゲートにより識別対象を偏向路に偏向させる点。(以下,審決と同様に「相違点2」という。)第3原告ら主張の取消事由の要点審決は,引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ったため,相違点を看過し(取消事由1,2),本願発明が引用発明及び周知の技術手段に基づいて,当業者が容易に発明することができたか否かの判断を誤った(取消事由3)ものであるところ,これらの誤りがいずれも結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1取消事由1(引用発明認定の誤り,相違点の看過1)(1)審決は,引用例の図2に関し,「正貨ゲートの下方において,その幅がほぼ二分されるようにして,正貨通路と偽貨通路とに分岐している」と認定した上で,引用例には,「硬貨通路終端下方に,硬貨をその真偽に応じて振り分ける正貨ゲートが設けられ,正貨ゲートの下方において,硬貨通路に連通しての一側に分岐する偽貨通路が設けられており」が記載されていると認定している。
しかし,引用例の図1,段落【0012】,段落【0014】及び段落【0016】の記載によれば,偽貨通路13は,正貨ゲート12の上方で紙面直交方向に配置され,正貨ゲート12の下方はすべて正貨通路14である。
図1には,正貨通路14が,正貨ゲート12の下方に配置され,偽貨通路13が,正貨ゲート12の下方ではなく,図1中で上方左側部に配置されていることが符号をもって明記されている。段落【0012】の記載を図2に整合させると,3つの通路15,16,17は,図2において正貨ゲート12の下方に断面で示されている3つの通路(符号なし)に該当し,正貨ゲート12の下方に偽貨通路13が存在する余地はない。段落【0011】に記載された振り分け動作は,正貨ゲート12が正貨通路14の上方を閉じているとき,投入硬貨4が正貨ゲート12の上を図1中左傾斜により転動し,正貨ゲート12外側,すなわち正貨ゲート12の図1中左側の偽貨通路13側へ振り分けられ,正貨ゲート12が正貨通路14の上方を開いているとき,投入硬貨4が正貨ゲート12下方の正貨通路14側に振り分けられることを意味する。また,引用例の図2では,左端の通路がオーバーフロー硬貨用通路,中央が10円,50円用通路,右端が100円,500円用通路であり,偽貨通路は,正貨ゲート12の上側において紙面の直交方向へ延びて設けられている。したがって,審決の上記認定には,誤りがある。
(2)審決は,上記のとおり認定を誤ったため,「正貨ゲートの下方において,その幅がほぼ二分されるようにして,正貨通路と偽貨通路とに分岐している」こと及び「正貨ゲートを硬貨通路内に出没させて,偽貨を偽貨通路に偏向させる」ことが引用例に記載されていないにもかかわらず,これが記載されていることを前提として,「該通路の一側に連通する偏向路と,前記通路の他側に設けられた開口に偏向手段を備え前記識別部の識別信号に応じて前記偏向手段を通路内に高速駆動により出没させ前記通路を移動する識別対象を偏向路に偏向させる偏向駆動部」が本願発明と引用発明との一致点であると誤って認定し,相違点を看過したものである。
2取消事由2(引用発明認定の誤り,相違点の看過2)(1)審決は,本願発明において,偏向板を高速駆動により出没させるのはソレノイドであるところ,引用例の正貨ゲートもソレノイドにより駆動されるものであるから,引用例の正貨ゲートも,高速駆動により出没するものと言える旨を認定した上で,引用例には,正貨ゲートを硬貨通路内に出没させて,偽貨を偽貨通路に偏向させることが記載されていると認定している。
しかし,引用例の正貨ゲートは,単に突出して静止状態で正貨通路14上を閉じ,偽貨が静止状態の正貨ゲート12の上をその傾斜により転動することで偽貨通路13側へ振り分けられるものであり,正貨ゲート12の出没動作ではなく,その閉じ状態により振り分けるものである。引用発明は,正貨ゲート12の突出状態と没入状態との静的な状態を切り換えて識別対象である硬貨を振り分けるものであり,出没の運動エネルギーをはじくという衝突エネルギーに変換しているものではなく,正貨ゲート12の突出状態と没入状態との静的な状態において硬貨をガイドしているにすぎない。
これに対し,本願発明の「高速駆動により出没」は,偏向板の突出状態と没入状態との静的な状態を切り換えるものではなく,出没運動を表している。
本願発明の「高速駆動により出没」の構成と「識別対象をはじく」との構成は,偏向板の出没の運動エネルギーによって識別対象をはじいて偏向させるという衝突エネルギーに変換しているという意味において密接不可分であり,両者を切り離して考えるべきではなく,一体不可分の構成である。
(2)被告は,本願発明の「高速駆動」とは,特許請求の範囲の記載からみて,識別速度に応じて移動してくる識別対象に対して,識別信号に応じ,偏向させるべきものを確実に偏向させるように偏向板を出没させ得る速度であり,引用例の硬貨選別装置も,投入硬貨が硬貨通路を移動するときの硬貨の真偽に応じて,正貨ゲートを出没させるものであるから,その出没速度が判定速度に応じていなければならないことはいうまでもなく,その意味において,引用例の正貨ゲートも「高速駆動」するものであると主張する。
しかし,このように解すると,識別速度が遅いときには高速駆動が必要なくなり,特許請求の範囲の「高速駆動」が意味不明となる。したがって,本願発明の偏向板は,識別速度が遅くなっても,そのタイミングで移動してくる識別対象をはじくために常に高速駆動を必要とするものであり,被告の主張には誤りがある。
被告は,ソレノイドにより高速駆動が可能なことが一般的技術であることを示すものとして,乙第1及び第2号証を提示するが,これらに記載されたソレノイドも,高速駆動により動作はするが,動作後に保持期間があるなど,静的な2位置状態の切換えを行わせるものであり,本願発明の高速駆動とは,その技術的な意義が全く異なるものである。
したがって,審決が「前記偏向手段を通路内に高速駆動により出没させ前記通路を移動する識別対象を偏向路に偏向させる」点を,本願発明と引用発明の一致点としたことは誤りであり,相違点を看過したものである。
3取消事由3(相違点2の判断の誤り)(1)前記1のとおり,引用発明について「正貨ゲートの下方において,硬貨通路に連通してその一側に分岐する偽貨通路が設けられて」いるとの認定は誤りであるから,引用発明に周知技術を採用しても,偏向路と開口(偏向板)とを対向させ,偏向板により識別対象を偏向路へ向けてはじく構成を採ることはできず,審決の判断に誤りがある。
(2)引用発明は「硬貨選別装置」に関するものであり,周知例の技術は「穀粒選別機」に関するものであるから,引用発明と周知例の技術とは,技術分野が異なる。また,引用発明は,正貨ゲート12の突出状態と没入状態との静的な状態を切り換えて識別対象である硬貨を振り分けるものであり,出没の運動エネルギーをはじくという衝突エネルギーに変換しているものではないのに対し,周知例の技術は,ソレノイドプランジャ52の突出の運動エネルギーを板バネ48へ衝突エネルギーとして伝え,衝突エネルギーによって運動する板バネ48を介して再選対象穀粒に衝突エネルギーを与え,はじく構成であって(周知例の段落【0027】),「出没」の技術的意義が全く異なるから,引用発明に周知例の技術を組み合わせることはできない。
(3)周知例の技術は,穀粒のような軽量の識別対象であれば問題がないが,穀粒よりも重い硬貨(引用例)を高速駆動ではじく場合には,板バネ自体の弾性及び慣性により板バネとプランジャとに相反した動きを招く恐れがあり,他方では,この相反した動きを抑制するために板バネのバネ定数を大きくすると高速駆動ができなくなる恐れがあるから,引用例に周知例の技術を適用することには阻害事由がある。周知例の技術は,メダル等の重量のある識別対象を高速駆動により識別することには適さないし,偏向路と開口(偏向板)とを対向させ,偏向板により識別対象を偏向路へ向けてはじく構成を採ることもできない。したがって,引用発明に周知例の技術を採用しても,本願発明のような速い仕分けをすることに限界があり,審決の判断に誤りがある。
第4被告の反論の骨子審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1取消事由1(引用発明認定の誤り,相違点の看過1)について(1)引用例において,正貨ゲートの突出・退出状態により,投入硬貨を振り分けていることは,図2の記載から十分認定することができる事項である。引用例の段落【0011】の記載によれば,正貨ゲートは,投入硬貨の真偽に応じて,図2上方に記載される左右方向の矢印のように移動するものであり,外側(図の左側)の通路が偽貨通路,内側(図の右側)の通路が正貨通路である。図2における正貨ゲート後端の上張出部と仕切壁との位置関係からみると,正貨ゲートは,左右方向矢印の左端に位置しており,かつ,通路内に突出している状態である。この正貨ゲートの突出により,投入硬貨は外側の通路に導かれ(下向き矢印は硬貨の移動軌跡である。),また,正貨ゲートが,図3の実線のように,左右方向矢印の右端に位置する場合(正貨ゲートは通路から退出)には,投入硬貨は,内側の正貨通路に導かれるものである。
原告らが主張するように,引用例の図2において,図示される3本の通路が正貨通路であり,正貨ゲートが正貨通路の上方全体を閉じる長さであるとすれば,図1の上下に並列に記載される各通路及びゲート18,19の位置からみて,3本の通路のうち,一番左側の通路が10円,50円用通路15となり,他の2本の正貨通路も断面図に表れているから,偽貨通路は,正貨ゲートを通路の左壁まで延長した部分を始点として,10円,50円用通路15の左側に並列に設けられるはずであって,原告ら主張のように「偽貨通路13は,図2に示されている正貨ゲート12の上方で紙面直交方向に配置され」ることは決してない。
(2)仮に,審決に,原告らの主張するような引用例認定の誤りがあったとしても,その誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
原告らの主張に基づけば,引用発明に関する認定のうち,「開口の下方に偏向路を設け」は「開口の上側に偏向路を設け」とすべきであるから,引用発明の認定に誤りはあるものの,それと対比すべき本願発明の構成については,正しく認定されている。さらに,その点は,「[相違点2]について」として検討されているから,相違点2に関する認定中,引用例記載の発明の認定に誤りがあったとしても,本願発明の構成について認定し,かつ,検討すべき事項(「開口が偏向路に対向する」点)は,正しく認定され,検討されており,引用例の図2の認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
2取消事由2(引用発明認定の誤り,相違点の看過2)について(1)ソレノイドにより「高速駆動」が担保されることは,特開平5-62826号公報(乙第1号証)及び特開平7-14458号公報(乙第2号証)に記載のとおりであるから,引用例に「高速駆動により出没」なる記載がないことをもって,引用例記載のソレノイドが高速駆動しないとはいえない。
本願発明にいう「高速駆動」とは,特許請求の範囲の記載からみれば,識別速度に応じて移動してくる識別対象に対し,識別信号に応じて偏向させるべきものを確実に偏向させるように偏向板を出没させ得る速度をいうものと解される。そして,このように解することは,本願明細書の段落【0008】,段落【0024】,段落【0025】の記載とも矛盾しない。引用例の硬貨選別装置も,投入硬貨が硬貨通路を移動するときの硬貨の真偽に応じて,正貨ゲートを出没させるものであるから,その出没速度が判定速度に応じていなければならないことはいうまでもなく,その意味において,引用例の正貨ゲートも「高速移動」といえるものである。
(2)仮に,本願発明の「高速駆動により出没させ」との技術事項に,「高速の識別に対応して高速に仕分ける」との意義のほかに,「高速ではじく」(段落【0062】)との意義があるとしても,「識別対象をはじく」点は,審決において相違点として挙げられ,周知例によって補填されている。確かに,周知例にははじくことに関して「高速で」との記載はないが,ソレノイドにより「高速駆動」が担保されることは乙第1及び第2号証のとおりであるから,周知例として示した識別装置も識別部の識別速度に対応してソレノイド駆動により高速に出没し,その結果,識別対象を高速ではじいていることになるからである。
原告らは,「識別速度が遅いときには高速駆動が必要なくなり,特許請求の範囲の「高速駆動」が意味不明となる。」と主張するが,「高速駆動」に関連する本願明細書の記載(段落【0030】,段落【0056】〜【0057】,段落【0062】)を参酌すれば,本願発明の高速駆動が,識別部の高速の識別速度に応じたものであることは明らかである。原告らの主張は,明細書の記載に基づかないものであり,失当である。
なお,引用発明は正貨ゲートの出没動作で偽貨をはじくものではないところ,審決はこの「偏向板により識別対象を弾く点」を相違点2として挙げ,それについて検討しているのであるから,原告らの「偽貨をはじく」こと及びそれに関連する「衝突エネルギー」についての主張は,審決と無関係のものであって,失当である。
3取消事由3(相違点2の判断の誤り)について(1)原告らは,前記1(1)のとおり,引用発明の認定に誤りがあるから,引用発明に周知技術を採用しても,本願発明に至らないと主張するが,「正貨ゲートの下方において,硬貨通路に連通してその一側に分岐する偽貨通路が設けられており,」との認定に誤りはないから,この認定に基づいて相違点2を認定したことに誤りはない。
(2)特許請求の範囲において,本願発明の識別対象がメダルであることを限定する記載も識別対象が重いものであることを示唆する記載もなく,さらに,識別対象が重いものであるために偏向板等に関して何らかの限定条件を付しているものでもない。識別対象の重量に関する原告らの主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
確かに,引用発明は「硬貨選別装置」であり,周知例として例示したものは「穀粒選別機」であるが,識別対象を直接押圧することにより偏向路に移動させることは,実願昭56-105693号(実開昭58-10882号)のマイクロフィルム(乙第3号証),特開平2-77610号公報(乙第4号証),特開昭64-38316号公報(乙第5号証)に示されるように,種々の分野において行われていることである。「識別対象を押圧する」という技術手段が識別対象の重量に関係なく実施されていることを勘案すれば,引用例と周知例の技術分野が異なること,識別対象の重量に差があることは,周知例における「識別対象をはじく」という技術手段を引用例に適用する際の阻害事由とはならない。また,識別対象の重量が異なる場合,はじく力(板バネの強さ)等をどの程度のものにするかは当業者の設計事項であって,その設計において格別な困難性があるとは認められないから,原告らの「高速駆動ができなくなる恐れがある」との主張は失当である。
(3)本願発明において,識別対象がメダル等「重量のあるもの」との限定はなく,単に識別対象を偏向板によりはじくことが限定されているだけであるから,その限度において,作用効果は予測することができ,特許請求の範囲において何ら限定されていない識別対象の軽重は,作用効果の判断に影響するものではない。原告らの作用効果に関する主張も理由がなく,審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断1取消事由1(引用例認定の誤り,相違点の看過1)について(1)引用例には,図面と共に次の記載がある。
「【0009】…図1ないし図7は,本発明の一実施例に係る硬貨選別装置の構成および制御回路例を示している。図1ないし図3において,硬貨選別装置1には,上部に硬貨投入口2が設けられており,その下方に硬貨通路3が設けられている。硬貨通路3は,傾斜した通路底面を有し,投入硬貨4は,硬貨通路3に沿って転動しながら案内されるようになっている。」「【0010】この硬貨通路3に沿って,投入硬貨4の特性(真偽及び金種)を判定するための硬貨選別センサ5,6,7が設けられている。硬貨選別センサ5,6,7は,硬貨の外径,材質,材厚等を検知し,その検知回路8を介して図4に示すようにCPU9に接続され,CPU9から投入硬貨の真偽,金種に関する判別出力10を出力するようになっている。」「【0011】硬貨通路3の終端下方には,硬貨通路3から導入される硬貨をその真偽に応じて振り分ける正貨ゲート12が設けられている。正貨ゲート12は図2の矢印方向への移動によって,投入硬貨4を,正貨ゲート12外側の偽貨通路13側と,正貨通路14側とに振り分ける。」「【0012】正貨通路14は,さらに,10円,50円用通路15,100円,500円用通路16,オーバーフロー硬貨通路17とに,振り分けゲート18,19によって振り分けられる。正貨ゲート12,振り分けゲート18,19は,図2に示すように,ソレノイド20,21,22によってそれぞれ駆動されるようになっている。」「【0013】上記正貨ゲート12の直下には,投入硬貨4が正貨として正貨ゲート12を通過する(すなわち,正貨として正貨通路14側に受け入れられた)際に所定の信号を出力する,たとえば磁気センサから成る硬貨通過検知センサ23が設けられている。この硬貨通過検知センサ23は,ソレノイド20のプランジャ20aに近接させて設けられ,本実施例では図3に示すように,ソレノイド20のプランジャ20aの軸線上に設けられている。」「【0014】この硬貨通過検知センサ23の信号は,硬貨通過判定回路24に入力され,硬貨通過判定回路24は,図4に示すようにCPU9に接続されている。CPU9には,オーバーフロー信号25が入力され,メモリ26が接続されており,該CPU9は,前記投入硬貨検知回路8からの入力に応じて,各ゲート12,18,19をオン,オフ(開,閉)させるようになっている。」「【0015】上記のように構成された実施例装置の作用について,図5に示す制御回路の構成とともに説明する。図1に示すように投入された硬貨4は,硬貨選別センサ5,6,7により正偽及び金種が判定され,正貨ゲート12の図2,図3に示す矢印方向への移動によって正偽の振り分けが行われる。」「【0016】上記正貨ゲート12の開閉(投入硬貨の正貨通路14,偽貨通路13への振り分け)は,ソレノイド20のオン,オフにより行われる…」「【0018】…正貨ゲート12が偽貨通路側13に開いているとき(非受入れ状態にあるとき)には,…」「【0019】正貨ゲート12が正貨通路14側に開いているとき(正貨受入れ状態にあるとき)には,…正貨が実際に硬貨通過検知センサ23の側方を通過すると,…」「【図面の簡単な説明】【図1】本発明の一実施例に係る硬貨選別装置の概略構成図である。
【図2】図1の装置の正貨ゲート近傍の拡大縦断面図である。
【図3】図1の装置の正貨ゲート,硬貨通過検知センサの配置図である。
…」(2)上記【図面の簡単な説明】によれば,図1は「硬貨選別装置の概略構成図」であり,図2は「図1の装置の正貨ゲート近傍の拡大縦断面図」であるから,両図面においてその上下方向は一致していると考えられ,図1の左右方向は図2において紙面と直交する方向となるものと認められる。被告が主張するとおり,図1の名称は概略構成図であるが,概念図やフローチャートではなく,装置の正面図に近い内容であるから,図1が示す上下方向及び左右方向と図1の装置の正貨ゲート近傍の拡大縦断面図である図2が示す上下方向及び紙面と直交する方向とは一致していると考えるのが自然である。
段落【0013】の記載によれば,硬貨通過検知センサ23は正貨ゲート12を通過した硬貨,すなわち正貨を検知するものであり,正貨通路14は正貨ゲート12を通過した硬貨を正貨として受け入れるものであるから,正貨ゲート12の下方に位置するものと認められ,偽貨は,正貨ゲート12を通過せず,正貨ゲート12より下方の正貨通路14に受け入れられることなく,また硬貨通過検知センサ23によっては検知されないことが認められる。
段落【0012】の記載と段落【0013】の記載を併せ考えると,正貨ゲート12の下方に位置する正貨通路14が,振り分けゲート18,19によって,「10円,50円用通路」15,「100円,500円用通路」16,「オーバーフロー硬貨通路」17の3つの通路に振り分けられるものであるから,図2に示された3つの通路は,「10円,50円用通路」15,「100円,500円用通路」16,「オーバーフロー硬貨通路」17を表している。図2において縦方向に長く延びた矢印は,正貨ゲート12を通過した硬貨の移動軌跡を示していることから,偽貨ではなく正貨の移動軌跡を示すものであると認められる。このことは,段落【0018】,段落【0019】の記載とも符合している。
ソレノイドの動作は図3の実線と破線で示されているから,正貨ゲート12は,ソレノイドをオン,オフすることにより,図2及び図3において左右の矢印方向,オンにより開,オフにより閉方向に移動して正偽の振り分けを行なうものである(段落【0011】,段落【0012】,段落【0014】,段落【0015】,段落【0016】)。図2の正貨通路14に正貨を確実に誘導するため,図2及び図3の右方向が正貨振り分け側への移動,左方向が偽貨振り分け側への移動を示しているものと認められる。そして,図1及び図2を併せて見れば,偽貨通路13は,正貨ゲート12から見て,図1の左方向,図2の紙面と直交する方向に延びているものと認められる。
したがって,正貨ゲート12が硬貨通路3に突出して正貨通路14の上方を閉じているとき,投入硬貨4は正貨ゲート12に受け止められ(正貨ゲート12を通過することなく),その上を転動して偽貨通路13側に振り分けられるし,正貨ゲート12が硬貨通路3から没入した状態で正貨通路14の上方を開いているとき,投入硬貨4は正貨ゲート12を通過して,その下方の正貨通路14側に振り分けられることを意味するものと認められる。
被告は,段落【0011】に「正貨ゲート12外側の偽貨通路」と記載があることから,図2において外側(図の左側)が偽貨通路,内側(図の右側)が正貨通路であると主張するが,段落【0013】の「正貨ゲートの通過,受け入れ」,段落【0019】の「実際にセンサの側方を通過」との記載と矛盾するし,正貨ゲートの下方を内側,側方を外側と理解することも可能であるから,被告の主張は失当である。
以上によれば,引用例の偽貨通路13は正貨ゲート12の下方に位置するものではなく,側方に位置するものであるから,審決がした「正貨ゲートの下方において,硬貨通路に連通してその一側に分岐する偽貨通路が設けられており,」との認定には,誤りがある。
(3)前記(2)のとおり,引用発明における正貨ゲートと偽貨通路の位置関係についての認定には誤りがあるが,以下のとおり,この誤りは審決の結論に影響を与えるものではない。
まず,審決の認定した一致点においては,「偏向路」が「識別対象の識別後に識別対象を連続的に移動させる通路」の一側に連通していること,「前記通路の他側に」「開口」があり,そこに「偏向手段」があることは認定されているが,正貨ゲートと偽貨通路の位置関係に関する事項は含まれていない。したがって,前記認定の誤りが一致点の認定の誤りとなることはない。
また,審決は,相違点2を「識別対象を偏向させるについて,前者(判決注:本願発明)では,偏向路と対向する開口に偏向板を備え,偏向板により識別対象を偏向路へ向けてはじくのに対して,後者(判決注:引用発明)では,開口の下方に偏向路を設け,開口に備えた正貨ゲートにより識別対象を偏向路に偏向させる点」と認定している。このうち,「後者(判決注:引用発明)では,開口の下方に偏向路を設け」との認定は誤りであるが,誤りは引用発明の認定に存するのみで,それと対比すべき本願発明の構成について誤りはなく,相違点2は,「偏向板により識別対象を偏向路へ向けて弾く」構成であるか否かが重要であるところ,この点の判断に正貨ゲートと偽貨通路の位置関係は影響しないから,引用発明認定における上記の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
2取消事由2(引用発明認定の誤り,相違点の看過2)について(1)原告らは,引用発明では,正貨ゲート12の突出状態と没入状態との静的な状態を切り換えて識別対象である硬貨を振り分けるものであるのに対し,本願発明では,偏向板の出没の運動エネルギーによって識別対象をはじいて偏向させるという衝突エネルギーに変換しているものであるから,「高速駆動により出没」の構成と「識別対象をはじく」との構成は密接不可分であり,審決が単に「高速駆動」の点のみから,引用発明との一致点を認定したことは誤りであり,この点の相違点を看過していると主張する。
ア本願明細書には,図1ないし3とともに,次の記載がある。
「【0015】【発明の実施の形態】(第1実施形態)図1は,本発明の第1実施形態にかかる識別対象偏向装置を示している。……」「【0023】したがって,メダル11は連続的に移動しながら識別部1によって識別されて通路3内へ移動する。この通路3内でメダル11は,前記識別部1の高速の識別速度に応じて連続的に落下移動する。前記識別部1の識別信号は,制御部9へ入力され,制御部9によって駆動回路21が駆動される。そして,メダル11が他店メダルであるときは,駆動回路21の駆動によってソレノイド19が働き,偏向板17が二点鎖線図示のように瞬時に通路3内へ移動し,再び実線図示の状態へ戻ることになる。この偏向板17の移動によってメダル11がはじかれ,偏向口5aから偏向路5内へ入り排出されることになる。メダル11が自店メダルであるときは,偏向板17は移動することがなく,メダル11は通路3内をそのまま落下する。」「【0026】図2は,前記ソレノイド19の応答時間を示している。ソレノイド19としては,例えば12V(ボルト)定格のものを使用しており,コイル抵抗は10Ωで,電流1,2A(判決注:「1.2A」の誤記)で動作し始める。この12V定格のソレノイド19に12Vを掛けたとき,動作し始めるまでの時間t1は約10msである。これに24Vを掛けると,動作し始めるまでの時間t2は半分の5msとなる。しかしながら,24Vを掛けた場合には,その後の電流上昇によって,12V定格のソレノイド19が破損するおそれがある。そこで,図3のような定電流チョッパーコイルを使用し,ソレノイド19の定格電圧Vに対し,これを上回る大きな電圧Vref(V実施形態においては、より多くのメダルの識別を迅速に行うことが出きる。例えば前記のように同心円45,47,49の3個分のサンプリング数が768点であるとすると、単位セルのアクセス時間が50ns〜100nsであり、38400ns〜76800nsが全読出時間となり、メダルの送り速度として1秒間に100枚程度が可能となる。従って、極めて速い処理速度で識別することができる。」「【0057】こうして識別部1によって極めて早い処理速度で識別することに応じてメダル11は通路3を連続的に落下してくるが,ソレノイド19による偏向板17の高速往復移動によって極めて速い速度でメダル11を偏向路5側へはじくことができ,高速で正確な仕分けを行うことができる。
(第2実施形態)図11は,本発明の第2実施形態を示している。……」「【0060】そして,コンプレッサ113の圧縮エアーはソレノイドバルブ111によってノズル107,109のいずれかへ切り替えて供給できる。
ソレノイドバルブ111の切り替えは,駆動回路21による上記のような高速駆動によって切り替えることができる。したがって,メダル11が他店メダルであるとき,ノズル107から偏向板103の上部103aに圧縮エアーが吹き付けられて,偏向板103は,回転軸105を中心に二点鎖線図示の状態へ回転する。この偏向板103の回転によってメダル11が偏向板103の上部103aによってはじかれ,偏向路5側へ偏向される。…」「【0061】次の瞬間,駆動回路21によってソレノイドバルブ111が切り替えられ,ノズル109から偏向板103の下部103bに圧縮エアーが吹き付けられ,回転軸105周りのリターンスプリングと協働して偏向板103は瞬時に実線位置に回転復帰する。この位置では,係合部103cが通路壁13に係合することによって位置決められる。」「【0062】こうして本実施形態においていもメダル11を高速ではじくことができ,識別部1による高速の識別に応じて高速に仕分けることができる。」イ上記の記載によれば,ソレノイド19に定格電圧より大きな電圧をかけることにより,高速による「出」動作がなされ,この状態ではコイル内のプランジャ(図示せず)は突出状態を保持するが,何らかのタイミングでソレノイド19が逆転駆動されることにより,高速による「没」動作がなされ,プランジャは没入されるものと認められ,本願明細書には,第1実施形態として,「出」動作及び「没」動作のそれぞれが高速で行われることは記載されているものの,「出」動作と「没」動作とが連続的に高速で行われることは記載されていない。偏向板の「出没」動作と,識別対象(メダル)を「はじく」こととの関係からみれば,識別対象は,偏向板の「出」動作によって偏向板に衝突してはじかれ,その後の偏向板の「没」動作は,はじかれた識別対象の移動状態とは無関係に行われるものと認められるから,識別対象をはじくことは,偏向板の「出」動作とのみ密接不可分であり,偏向板の「没」動作とは密接不可分であるということはできない。「没」動作が高速であることは,1個の識別対象をはじいた後,次に投下される識別対象との関係で意味があることであり,はじくこと自体とは関係がない。
連続的に識別対象が投下されたときの高速で正確な仕分け(本願明細書の段落【0057】)には,「出」動作及び「没」動作の高速性が寄与するが,「高速ではじくこと」が偏向板の「出」動作のみと関係していることは,次の記載からも明らかである。
本願明細書には,第2実施形態として,回転軸105回りのリターンスプリングによって図11中で時計回りに付勢され,係合部103cによって位置決めされた偏向板103が,その上部背後に配設されたノズル107から圧縮エアーが吹き付けられて回転することによりメダル1がはじかれ,次の瞬間,偏向板103の下部背後に配設されたノズル109から圧縮エアーが吹き付けられ,リターンスプリングと協働して偏向板103は瞬時に回転復帰することにより,メダル11を高速ではじくことができ,高速に仕分けることができることが記載されている。
上記の記載によれば,偏向板103の上部背後に配設されたノズル107から圧縮エアーが吹き付けられて回転することによりメダルがはじかれ,その次の瞬間に,偏向板103の下部背後に配設されたノズル109から圧縮エアーが吹き付けられ,リターンスプリングと協働して偏向板103は瞬時に回転復帰することが記載されており,第1実施形態と同様に,偏向板の高速による「出」動作によりメダルをはじいた後,高速による「没」動作が行われるとされており,「高速ではじくこと」が偏向板の「出」動作のみによって実現され,「高速で仕分けること」は「出没」動作によって実現されるものと認められる。
ウ上記のとおり,本願発明の「前記識別部の識別信号に応じて前記偏向板を通路内に高速駆動により出没させ前記通路を移動する識別対象を前記偏向路へ向けてはじく偏向駆動部と,」について,「前記偏向板を通路内に高速駆動により出没させ」ることと「前記通路を移動する識別対象を前記偏向路へ向けてはじく」こととが一体不可分の構成であるということはできず,両者を分けて一致点,相違点の認定をした審決に誤りはない。
引用発明の硬貨選別装置も,投入硬貨が硬貨通路を移動するときの硬貨の真偽に応じて,正貨ゲート12をソレノイドにより硬貨通路3に突出させるものであるところ,投入された硬貨の識別がされてからその硬貨が正貨ゲートに達するまでの間に,正貨ゲートの「開」(「没」動作)又は「閉」(「出」動作)を行い得るだけの速度が必要であることは明らかであり,本願明細書に記載されたように,ソレノイドの定格電圧より大きな電圧をかけるようなものではないものの,本願発明と同様に,高速で「出」動作又は「没」動作を行うものと認められるから,引用発明の「正貨ゲート」と「ソレノイド」とが,本願発明の「偏向駆動部」に相当すると一致点を認定した審決に誤りはない。
(2)原告らは,被告の主張するように,本願発明の「高速駆動」は識別速度に応じて移動してくる識別対象に対して,識別信号に応じて偏向させるべきものを確実に偏向させるように偏向板を出没させ得る速度であると解すると,識別速度が遅いときには高速駆動の必要がなくなり,特許請求の範囲の「高速駆動」が意味不明となるから,本願発明の偏向板は,識別速度が遅くなっても,そのタイミングで移動してくる識別対象をはじくために常に高速駆動を必要とするものであり,被告の主張には誤りがあると主張する。
しかし,「高速駆動」に関連する本願明細書の記載(段落【0030】,段落【0056】〜【0057】,段落【0062】)を参酌すれば,本願発明の高速駆動における「高速」とは,識別部において識別対象が正か偽かが識別されてから,その識別対象が偏向板によってはじくのに適した位置まで移動してくる間に,識別信号に応じた動作(いったん「没」状態にしておき,偽ならば,「出」動作をして識別対象をはじき,正ならば,「出」動作を行わず,「没」状態を保持する。)を行うだけの速度のことであると認められる。引用発明においても,投入された硬貨の識別がされてからその硬貨が正貨ゲートに達するまでの間に,正貨ゲートの「開」(「没」動作)又は「閉」(「出」動作)を行い得るだけの速度が必要であることは明らかである。したがって,本願発明も引用発明も,識別対象が一定の位置に到達するまでに目的とする動作を行うための速度という意味で「高速」が必要であることに変わりはない。
原告らは,本願発明では,識別対象をはじくために常に高速駆動を必要とすると主張する。原告らのいう「高速」は,偏向板が識別対象に与える打撃の運動エネルギーの大きさを意味しているところ,運動エネルギーの大きさは,識別対象の重量やはじき飛ばすべき距離に応じて,識別対象を確実に偏向させるために十分なものか否かが問題であり,この点は「偏向板により識別対象をはじく」という構成を採用したことに伴う課題である。審決は,「偏向板により識別対象を弾く点」を相違点2として挙げ,それについて検討しているから,審決が「高速駆動」の意義を誤って把握したことにはならない。
原告らは,乙第1及び第2号証には,高速駆動により動作はするが,動作後に保持期間があるなど,静的な2位置状態の切り換えを行わせるものが記載されており,本願発明の高速駆動とは,その技術的な意義が全く異なると主張する。
しかし,前記のとおり,「高速」駆動であるか否かは,目的とする動作との関係で必要な速度であるか否かによるのであり,動作後に保持期間があることとは関係がない。なお,引用発明は,正貨ゲートの出没動作で偽貨をはじくものではないところ,審決は,この「偏向板により識別対象を弾く点」を相違点2として挙げ,それについて検討している。
3取消事由3(相違点2の判断の誤り)について(1)原告らは,引用発明について「正貨ゲートの下方において,硬貨通路に連通してその一側に分岐する偽貨通路が設けられて」いるとの認定は誤りであるから,引用発明に周知技術を採用しても,偏向路と開口(偏向板)とを対向させ,偏向板により識別対象を偏向路へ向けてはじく構成を採ることはできないと主張する。
引用発明の認定につき,一部に誤りがあるが,「硬貨通路に連通してその一側に分岐する偽貨通路が設けられて」いるとの認定に誤りはないから,この認定に基づいて,相違点2を認定したことに誤りはない。
(2)原告らは,@引用発明と周知例の技術とは技術分野が異なり,また,「出没」の技術的意義が全く異なるから,引用発明に周知例の技術を組み合わせることはできない,A周知の技術手段は,穀粒より重い引用例の硬貨を高速駆動ではじく場合は,板バネ自体の弾性及び慣性により板バネとプランジャとに相反した動きを招く恐れがあり,かつ,この相反した動きを抑制するために板バネのバネ定数を大きくすると高速駆動ができなくなる恐れがあるから,引用例に周知例を適用することには阻害事由がある,と主張する。
しかし,特許請求の範囲において,本願発明の識別対象がメダルであることを限定する記載はなく,識別対象が重いものであることを示唆する記載もなく,さらに,識別対象が重いものであるために偏向板等に関して何らかの限定条件を付しているものでもないから,識別対象の重量に関する原告らの主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
引用発明は「硬貨選別装置」であり,周知例として例示したものは「穀粒選別機」であるが,乙第3ないし第5号証によれば,識別対象を直接押圧することにより偏向路に移動させることは,種々の分野において行われていることが認められる。また,「識別対象を押圧する」という技術手段が識別対象の重量に関係なく実施されていることを勘案すれば,引用例と周知例の技術分野が異なること,識別対象の重量に差があることは,周知例における「識別対象をはじく」という技術手段を引用例に適用する際の阻害事由にならない。また,識別対象の重量が異なるときに,はじく力(板バネの強さ)等を重量に応じたものにすることは,当業者の設計事項であって,格別な困難性があるとは認められない。したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
4結論以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認められない。
よって,原告らの請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二
裁判官 嶋末和秀