運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 29条の2(拡大された先願の地位) /  出願公開 /  置換 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (行ケ) 10492号 特許取消決定取消請求事件
原告 宇部興産株式会社
訴訟代理人弁理士 柳川泰男
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人 徳永英男
同 吉水純子
同柳和子
同唐木以知良
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/05/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2003ー73585号事件について平成17年4月5日にした決定を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が有する後記特許に対する異議の申立てに基づき,特許庁が,上記特許を取り消す旨の決定をしたことから,原告が,その取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成12年5月25日,名称を「非水電解液およびそれを用いたリチウム二次電池」とする発明について特許出願をし,平成15年9月26日,特許庁から特許第3475911号として設定登録を受けた(甲1。請求項1ないし2。以下「本件特許」という。)。
ところが,平成15年12月26日にAから本件特許の請求項1,2について特許異議の申立てがなされ,特許庁はこれを異議2003ー73585号事件として審理することになった。そしてその審理手続の中において原告は,請求項1ないし2等に関する訂正請求を行った(甲5)が,特許庁は,平成17年4月5日,上記訂正を認めた上,請求項1,2に係る上記特許を取り消す旨の決定(以下「本件決定」という。)をし,その決定謄本は平成17年4月25日原告に送達された。
(2) 発明の内容上記訂正後の発明の内容は,下記のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」という。下線部は訂正部分。)記「【請求項1】正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,ビフェニル,4-メトキシビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,および4-メタンスルホニルオキシビフェニルからなる群より選ばれるビフェニル誘導体が0.05〜0.5重量%含有されていることを特徴とするリチウム二次電池。
【請求項2】正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,ビフェニル,4-メトキシビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,および4-メタンスルホニルオキシビフェニルからなる群より選ばれるビフェニル誘導体が0.05〜0.5重量%含有されていることを特徴とするリチウム二次電池用非水電解液。」(3) 本件決定の内容本件決定の内容は,別紙決定写しのとおりである。
その理由の要点は,本件特許出願の日前の特許出願であって本件特許出願後に出願公開された特開2001-210364号公報の明細書及び図面(甲2。以下「先願明細書」という。)には,「正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.15Vより大きく4.34V未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水溶媒がエチレンカーボネート,プロピレンカーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,4-メトキシビフェニルが0.01〜0.8mmol/g含有されているリチウム二次電池用非水電解液」 の発明が記載されており,そうすると,本件発明2と先願明細書に記載された発明は「正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,4-メトキシビフェニルが0.184〜0.5重量%含有されているリチウム二次電池用非水電解液」である点で一致するから,本件発明2ひいては本件発明1も先願明細書に記載された発明と同一であり,本件特許は,特許法29条の2の規定に違反してなされた,というものである。
(4) 本件決定の取消事由ア しかしながら,本件発明1,2は先願明細書に記載された発明と同一であるとの本件決定は,次に述べるとおり,先願明細書に「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」に関する発明が記載されていると判断したことに誤りがある。
(ア) リチウム二次電池は,あらかじめ各電池ごとに決められた充電電圧(最大作動電圧)を超えない電圧で充電できるようになった専用の充電器と共に販売されていることからすると,本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」との要件は,「4.2Vを超える充電電圧が設定された充電器によって充電されるべく定められている」ことを意味する。本件発明は,このような用途発明であると理解すべきである。
(イ) 本件決定は,「実施例1〜3の電解液は,4.34〜4.41Vまで過充電した後に「電流がカットされた」のであるから,この「二次電池」の使用できる最大作動電圧は,4.15Vより大きく4.41V未満の範囲を含むものであるといえる。」(7頁下7行目〜下4行目)と判断しているが,この過充電試験は,試験対象の二次電池の電圧が4.1Vを超えるような過充電状態における安全度を評価するために行われた試験であり,試験対象の二次電池の使用可能電圧範囲を調べているのではないから,この判断は誤りである。
(ウ) 本件決定は,上記(イ)の判断に基づき,前記のとおり,先願明細書には「4.15Vより大きく4.34V未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」の発明が記載されていると判断するが,これは,上記(イ)の誤った判断から導かれたものであり,根拠がない。
(エ) 仮に,上記(イ)の判断が正しいとしても,先願明細書には,「4.15Vより大きく4.41V未満の範囲を含む最大作動電圧で使用できる」ことが記載されているのみである。「最大作動電圧で使用できる」ことは,使用可能性があるという意味であるが,「最大作動電圧で使用する」ことは,日常的に使用するという意味であるから,意味するところが異なる。したがって,上記(イ)の判断からでさえ,先願明細書には「4.15Vより大きく4.34V未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」の発明が記載されているとの判断は導き出せない。
(オ) また,先願明細書に記載された実施例1〜3において使用されるビフェニル誘導体は,「メチルビフェニル」であるから,実施例1〜3に基づいて,「4-メトキシビフェニル」を使用したリチウム二次電池用非水電解液について,「4.15Vより大きく4.34V未満の最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」ということはできない。
イ なお,特許取消決定取消請求事件では,異議の決定において判断された先願明細書に記載された発明に基づく拒絶理由の是非が争われるべきであって,先願明細書中に記載されていたとしても異議の決定において判断されていなかった先願明細書中の別の発明に基づく取消理由を新たに提出して,異議における特許取消しの理由に代えることはできない(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)。
本件決定において判断の対象とされた先願明細書(甲2)の実施例1〜3記載の発明は,正極がリチウムコバルト酸化物であるものであって,正極がリチウムマンガン酸化物である電池は,上記実施例1〜3記載の発明とは異なるから,本訴において,それを判断の対象とすることはできない。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論(1) 本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」との要件が「4.2Vを超える充電電圧が設定された充電器によって充電されるべく定められている」ことを意味するというようなことは,本件特許の明細書(甲5,乙3)に記載されていない。
(2) 先願明細書の実施例1〜3の電解液を使用した電池は,最大作動電圧に対応する充電上限が4.1Vに設計されているが,これを超えて4.34〜4.41Vまで過充電されても,電解液の酸化により生じる高抵抗で反応不活性な重合膜は存在しないといえるから,その間の充放電は4.1Vまでと同様に差し支えなく行われるものである。しかも,この電池は,負極容量が正極容量より大きいので,過充電により正極からのリチウムイオン放出量が負極のリチウムイオンドープ能力を超えてしまい,正極から放出されたリチウムイオンが負極にドープされずに負極上にリチウム金属として析出し,析出したリチウム金属が正・負極間の短絡をひき起こすということもなく,過充電による安全性が担保されている。この電池は,実際に4.9Vカットの過充電試験に耐え得るものである。したがって,この電池は,4.34Vまでの過充電によっても,使用できるものである。
(3) 正極がリチウムコバルト酸化物である場合の最大作動電圧は通常4.1〜4.2Vであるが,0.1V程度の過充電は,往々にして生じるから,「4.2Vを多少超える程度の最大作動電圧で使用する」ことは,想定された範囲内での使用にすぎない。また,正極がリチウムマンガン酸化物である場合は,先願明細書に,最大作動電圧を4.3Vとして使用する態様が開示されている。
(4) 「4-メトキシビフェニル」は,先願明細書の実施例1〜3に用いられている「メチルビフェニル」とは,その置換基が「電子供与基」である点で一致し,置換数は,先願明細書において好ましいとされる1個又は2個以下である点において一致し,分子量も共に先願明細書において好ましい範囲であるとされている210以下であり,置換基の位置も,「4」又は「4,4’」で,立体障害に与える影響が同等の位置にあるから,「4-メトキシビフェニル」と実施例1〜3に用いられている「メチルビフェニル」が同等の酸化開始電位を有すると解することは合理的であり,過充電時の電池性能に同等に寄与するものといえる。
(5) したがって,先願明細書に記載された発明には,「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」ものが含まれる。
なお,原告は,「最大作動電圧で使用できる」ことと「最大作動電圧で使用する」ことは異なるというが,エネルギ密度をより大きくして,小型,軽量化を図るために電池を高電圧化するという周知の課題に照らせば,当業者は,より大きい電池電圧で電池を「使用できる」という技術を,より高い電池電圧で電池を「使用する」技術と認識するものであるから,「最大作動電圧で使用できる」ことと「最大作動電圧で使用する」こととは異ならない。
当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(本件決定の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 取消事由(先願明細書に「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」に関する発明が記載されていると判断したことの誤り)について(1) 本件発明1,2の「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」との要件の意義につきア 全文訂正明細書(甲5,乙3)によれば,本件特許の明細書(訂正後のもの)には,次の記載がある。
(ア) 発明の属する技術分野本発明は,電池のサイクル特性や電気容量,保存特性などの電池特性にも優れた4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池を提供することができる非水電解液,およびそれを用いたリチウム二次電池に関する。(段落【0001】)(イ) 従来の技術近年,リチウム二次電池は小型電子機器などの駆動用電源として広く使用されている。リチウム二次電池は,主に正極,非水電解液及び負極から構成されており,特に,LiCoO などのリチウム複2合酸化物を正極とし,炭素材料又はリチウム金属を負極としたリチウム二次電池が好適に使用されている。そして,そのリチウム二次電池用の非水電解液としては,エチレンカーボネート(EC),プロピレンカーボネート(PC)などのカーボネート類が好適に使用されている。(段落【0002】)しかしながら,電池のサイクル特性および電気容量などの電池特性について,さらに優れた特性を有する二次電池が求められている。正極として,例えばLiCoO ,LiMn O ,LiNiO な224 2どを用いたリチウム二次電池は,通常は4.1Vを越える最大作動電圧まで充放電が繰り返される。ところが,この電池は長期に渡って充放電を繰り返すと,徐々に容量の低下が見られる重大な問題があった。この現象は,非水電解液中の溶媒が4.1Vを越える最大作動電圧まで充電した際に局部的に一部酸化分解し,該分解物が電池の望ましい電気化学的反応を阻害するために電池性能の低下を生じる。これは正極材料と非水電解液との界面における溶媒の電気化学的酸化に起因するものと思われる。このため,4.1Vを越える最大作動電圧まで充放電を繰り返す電池のサイクル特性および電気容量などの電池特性は必ずしも満足なものではないのが現状である。(段落【0003】)特開平9-106835号公報には,ビフェニル,チオフェン,フランなどを約1〜4容量%添加することにより,過充電が起きた時の異常に高い電圧で電気化学的に重合させて,電解液の抵抗を高くして電池を保護する技術が公開されている。しかし,特開平11-162512号公報では,これらの化合物を約1〜4容量%添加した場合において,4.1Vを越える電圧上限までサイクルが繰り返されたり,40℃以上の長期間高温状態に暴露されるような,高電圧及び/又は高温状態の充放電では,サイクル特性などの電池特性を悪化させる傾向があり,添加量の増大に伴って,その傾向は顕著になるいう問題点があることが記載されている。そこで,2,2-ジフェニルプロパンなどを添加する電解液が提案されているが,4.3Vのような高電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において,未だ十分満足するサイクル特性が得られていないのが現状である。(段落【0004】)(ウ) 発明が解決しようとする課題本発明は,4.2Vより高い電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電においてサイクル特性の低下をもたらすリチウム二次電池用非水電解液に関する課題を解決し,上限電圧が4.2Vより高電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において,電池のサイクル特性に優れ,さらに電気容量や充電状態での保存特性などの電池特性にも優れたリチウム二次電池を構成することができるリチウム二次電池用の非水電解液,およびそれを用いたリチウム二次電池を提供することを目的とする。(段落【0005】)(エ) 課題を解決するための手段本発明は,正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,ビフェニル,4-メトキシビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,および4-メタンスルホニルオキシビフェニルからなる群より選ばれるビフェニル誘導体が0.05〜0.5重量%含有されていることを特徴とするリチウム二次電池にある。(段落【0006】)また,本発明は,正極,負極および非水溶媒に電解質が溶解されている非水電解液からなる4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液において,該非水溶媒が環状カーボネートと鎖状カーボネートとを含み,さらに該非水電解液中に,ビフェニル,4-メトキシビフェニル,4-ヒドロキシビフェニル,および4-メタンスルホニルオキシビフェニルからなる群より選ばれるビフェニル誘導体が0.05〜0.5重量%含有されていることを特徴とするリチウム二次電池用非水電解液にもある。(段落【0007】)(オ) 発明の実施の形態本発明の非水電解液は,リチウム二次電池の構成部材として使用される。二次電池を構成する非水電解液以外の構成部材については特に限定されず,従来使用されている種々の構成部材を使用できる。(段落【0008】)非水電解液中に含有される前記のビフェニル誘導体の含有量は,過度に多いと4.2Vより高い電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において十分な電池性能が得られない。また,過度に少なくても期待した十分な電池性能が得られない。したがって,その含有量は非水電解液の重量に対して0.05〜0.5重量%の範囲がサイクル特性が向上するのでよい。(段落【0009】)本発明のビフェニル誘導体を0.05〜0.5重量%含有した電解液は,ビフェニル誘導体を全く添加しない電解液や1.0重量%以上ビフェニルを添加した電解液に比べて,上限電圧が4.2Vより高い電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において,サイクル特性が飛躍的に向上する特異的かつ予期し得ぬ効果を示すことが分かった。この作用機構は,推測の域を脱しないが,充電時に添加剤が正極上で酸化分解し,電池の可逆性を良好にする薄い被膜を形成するためであると考えられる。つまり,0.5重量%を越える量を添加すると,充電時に正極上で酸化分解する添加剤量が増大し,電池の可逆性を損なうような厚い被膜を形成してしまうため,ビフェニル誘導体を全く添加しない電解液よりもサイクル特性などの電池特性が悪化するものと考えられる。このように,本発明の添加剤は,0.05〜0.5重量%添加することにより,サイクル特性が著しく向上する効果を有していることを見い出し,本発明に至った。(段落【0010】)本発明におけるリチウム二次電池の充放電サイクルの電圧範囲は,最大作動電圧が4.2Vより大きいことが好ましく,更に好ましくは4.3V以上で大きな効果が得られる。カットオフ電圧は,2.0V以上が好ましく,更に好ましくは2.5V以上である。電流値については特に限定されるものではないが,通常0.1〜2Cの定電流放電で使用される。充放電サイクルの温度範囲は,20〜100℃が好ましく,更に好ましくは,40〜80℃でで大きな効果が得られる。(段落【0020】)(カ) 発明の効果本発明によれば,電池のサイクル特性,電気容量,保存特性などの電池特性に優れた4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池を提供することができる。(段落【0042】)イ 以上の記載によれば,@リチウム二次電池は,長期間にわたって4.1Vを越える高電圧の充放電が繰り返されたり,長期間にわたって40℃以上の高温状態に暴露されると,電池特性が低下するという問題があったこと,A本件発明1,2は,このような問題を解決するためにされたもので,上限電圧が4.2Vより高い電圧及び/又は40℃以上の高温状態の充放電において,電池のサイクル特性,電気容量,充電状態での保存特性などの電池特性に優れたリチウム二次電池を構成することができるリチウム二次電池用の非水電解液及びそれを用いたリチウム二次電池を提供するものであること,B本件発明1,2は,非水電解液以外の二次電池構成部材は,従来の種々の部材を使用しても,所期の効果を得ることができるものであることが認められる。
そうすると,本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」という要件は,「上限電圧として,4.2Vを超える電圧まで充電されることが,長期間にわたり繰り返される」ことを意味するものと解すべきである。そして,この上限電圧の値につき,本件特許の明細書の記載等から,充電器の設定値を意味するものであると解すべき理由は見当たらないから,充電器の設定値いかんにかかわらず,充電の結果として到達する値が4.2Vを超える電圧まで充電されることが長期間にわたって繰り返されるのであれば,ここでいう「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」に当たるというべきである。
原告は,本件発明1及び2における「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用する」との要件は,「4.2Vを超える充電電圧が設定された充電器によって充電されるべく定められている」ことを意味し,本件発明はこのような用途発明であると主張するが,この原告の主張は,上記判示したとおり採用できない。
(2) 先願明細書に記載された発明につきア 先願明細書(特開2001ー210364号公報,甲2)には,次のような記載がある。
(ア) 特許請求の範囲「請求項1」,「請求項2」,「請求項3」,「請求項4」及び「請求項7」「【請求項1】非水系有機溶媒と溶質としてリチウム塩を含有し、
更に電子供与性の基を1つ以上有するビフェニル誘導体が1種以上添加されていることを特徴とする非水系電解液。
【請求項2】リチウム金属複合酸化物を活物質として含む正極と、リチウムを吸蔵・放出できる物質を活物質として含む負極を有する非水系二次電池用の電解液であって、該電解液が有機溶媒と溶質としてリチウム塩を含有し、更に電子供与性の基を1つ以上有するビフェニル誘導体が1種以上添加されていることを特徴とする非水系二次電池用電解液。
【請求項3】ビフェニル誘導体が添加されることにより、電池の通常使用最大動作電圧に対応する正極の上限電位より貴な電位に酸化開始電位を有し、かつビフェニルが単独で添加された場合の電解液の酸化開始電位より卑な電位に酸化開始電位を有することを特徴とする請求項2記載の非水系二次電池用電解液。
【請求項4】ビフェニル誘導体が電解液中に0.01〜0.8mmol/g添加されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の電解液。
【請求項7】ビフェニル誘導体が一般式(II)で表わされることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の電解液。」(イ) 一方,「発明の実施の形態」には,「本発明の電子供与性の基が一つ以上置換されたビフェニル誘導体が一種類以上添加された電解液は,該電解液を含む非水電解液二次電池の通常使用最大動作電圧に対応する該正極の上限電位より貴な電位に酸化開始電位を有し,好ましくはビフェニルが単独で添加された場合の電解液の酸化開始電位より卑な電位に酸化開始電位を有する事が望ましいことは前述したが,この電解液の酸化開始電位はサイクリックボルタンメトリー測定(以下CV測定)により評価される。その測定は以下のように行う。」(段落【0027】),「作用極を白金,対極および参照極をリチウム金属とし,ガラスフィルターで作用極側と対極側が区切られたH型セルを用い,測定される電解液をこのセルに入れ,作用極の電位を酸化側に20mV/秒の走引速度で走引する。0.5mA/cm の電流密度が流れ出す電位を酸化開始電位と規定す2る。酸化開始電位が電池の通常使用最大動作電圧に対応する正極の上限電位より低いと通常の電池の使用時に添加されたビフェニル誘導体が反応し,電池特性を悪化させるばかりか,その後の過充電時に防止機能を果たさない。また酸化開始電位がビフェニルを単独で添加した電解液の酸化開始電位より低いと,電池の過充電が進みすぎて危険な状態になってしまう。」(段落【0028】),「例えば正極にリチウムコバルト酸化物あるいはそのコバルトサイトを他金属で置換したリチウムコバルト酸化物を用いたリチウムイオン二次電池では,最大作動電圧に対応した正極の上限電位は対極Li/Li+基準では通常4.1〜4.2Vであるので,電解液がこれ以上の酸化開始電位を有する事が好ましい。またビフェニルの酸化開始電位は対極Li/Li+で約4.5V付近であるので,本発明の添加剤を有する電解液は酸化開始電位が,対Li/Li+で4.2V以上4.5V以下が好ましく,4.25V以上4.45V以下がより好ましく,さらには4.3V以上4.4V以下がより好ましい。
なお正極にリチウムニッケル酸化物あるいはそのニッケルサイトを他金属で置換したリチウムニッケル酸化物を用いたリチウムイオン二次電池では,最大作動電圧が0.05V〜0.1Vほど下がり,正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイトを他金属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いたリチウムイオン二次電池では,最大作動電圧が0.05V〜0.1Vほど上がるので,そのような正極を用いる場合は,添加物の酸化開始電位の下限を上記リチウムコバルト酸化物正極系電池の場合の値から0.05〜0.1Vほど上下させたものが好ましい。」(段落【0029】)と記載されている。
イ 上記ア(イ)の記載は,先願明細書の「特許請求の範囲」記載の電解液を用いた電池が,正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイトを他金属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いたリチウムイオン二次電池である場合には,最大作動電圧が,正極にリチウムコバルト酸化物あるいはそのコバルトサイトを他金属で置換したリチウムコバルト酸化物を用いた場合の4.1〜4.2Vよりも0.05V〜0.1Vほど上がり,4.15〜4.3Vであって,酸化開始電位も,それを上回るものでなければならない旨の記載であると解することができる。
そうすると,先願明細書の「特許請求の範囲」の記載の電解液を使用した電池は,正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイトを他金属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いた場合には,最大作動電圧が4.15〜4.3Vとなり,最大作動電圧が4.2Vを超える電圧のものを含むということができる。このような最大作動電圧が4.2Vを超える電池が「上限電圧として,4.2Vを超える電圧まで充電されることが,長期間にわたり繰り返される」(前記(1)イ参照)ものであることは明らかである。
ウ 前記1(3)の「本件決定の内容」によれば,本件決定は,先願明細書(甲2)の「特許請求の範囲」の「請求項2」,「請求項4」及び「請求項7」に記載されている非水電解液で,ビフェニル誘導体が4-メトキシビフェニルであり,有機溶媒に環状カーボネートと鎖状カーボネートが含まれており,4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるものを,先願明細書に記載された発明として認定し,それを本件発明1,2と対比しているものと解される。そして,上記のとおり,先願明細書の「特許請求の範囲」の記載の電解液を使用した電池は,正極にリチウムマンガン酸化物あるいはそのマンガンサイトを他金属で置換したリチウムマンガン酸化物を用いた場合には,「上限電圧として,4.2Vを超える電圧まで充電されることが,長期間にわたり繰り返される」ものであることからすると,上記非水電解液が「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いる」ものであるとの本件決定の判断に誤りはないものというべきである。
エ 原告は,本件決定において判断の対象とされた先願明細書(甲2)の実施例1〜3記載の発明は,正極がリチウムコバルト酸化物であるものであって,正極がリチウムマンガン酸化物である電池は,上記実施例1〜3記載の発明とは異なるから,本訴において,それを判断の対象とすることはできないと主張する。
しかし,本件決定は,上記のとおり,先願明細書の「特許請求の範囲」の「請求項2」,「請求項4」及び「請求項7」に記載されている非水電解液で,ビフェニル誘導体が4-メトキシビフェニルであり,有機溶媒に環状カーボネートと鎖状カーボネートが含まれており,4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるものを先願明細書に記載された発明として認定し,それを本件発明1,2と対比しているのであるから,このうち,上記非水電解液が「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いる」ものであるとの判断について,先願明細書の「発明の実施の形態」の記載から,その判断に誤りがないと認めることは,本件決定で判断の対象となった発明について認定判断しているものであって,本件決定において判断の対象となった発明以外のものについて認定判断していることにはならず,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁に反することもない。
オ 以上の次第で,本件決定が,先願明細書に「4.2Vより大きい最大作動電圧で使用するリチウム二次電池に用いるための非水電解液」に関する発明が記載されていると判断したことに誤りはないから,原告主張のその余の取消事由(前記第3の1(4)ア(イ)〜(オ))について判断するまでもなく,理由がない。
3 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 田中孝一