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関連審決 審判1981-825
関連ワード 特許を受ける権利 /  技術的思想 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  一致点の認定 /  上位概念 /  下位概念 /  技術的範囲 /  技術的手段 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  技術的意義 /  置換 /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  交換 /  構成要件 /  混同 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 昭和 63年 (行ケ) 43号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1991/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が、昭和五六年審判第八二五号事件について昭和六二年一一月五日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告主文同旨の判決二 被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯1 ザ シンガー コンパニーは、昭和四九年六月二五日、名称を「ミシン」(のちに「静的記憶装置に記載されたデータによって模様縫いが可能なミシン」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九七三年七月五日アメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(特願昭四九-七二七〇二号)をしたが、昭和五五年八月一四日拒絶査定を受けたので、昭和五六年一月一三日審判請求をした。特許庁は、右請求を昭和五六年審判第八二五号事件として審理した結果、昭和五八年一〇月二八日審判請求不成立の審決(以下「前審決」という。)をした。ザ シンガー コンパニーは、昭和五九年四月三日、右審決の取消しを求める訴(以下「前訴」ということがある。)を提起し、東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第九九号審決取消請求事件として審理された結果、昭和六一年一二月二三日、「特許庁が昭和五六年審判第八二五号事件について昭和五八年一〇月一八日にした審決を取り消す。」旨の判決(以下「前判決」という。)があり、
右判決は確定した。
2 その後、ザ シンガー コンパニーは、審判手続において、昭和六二年二月一九日付拒絶理由通知を受けたので、同年九月一七日付手続補正書を提出して、明細書全文の訂正及び第2図ないし第6B図の補正をしたが、特許庁は、昭和六二年一一月五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は昭和六二年一一月二一日ザ シンガー コンパニーに送達された(出訴期間として九〇日附加)。
3 原告は、昭和六三年二月一一日、ザ シンガー コンパニーから本願発明に係る特許を受ける権利を譲り受け、昭和六三年三月一四日特許出願人の名義の変更を届け出た。
二 昭和六二年九月一七日付手続補正書により補正された明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲第1項の記載A 連続するステッチとステッチとの間で予め定められた範囲にわたって個々の座標位置を変えてステッチ位置の模様を生じるステッチ形成装置を有するミシンであって……B ステッチ模様信号に応答して前記予め定められた範囲にわたって前記ステッチ形成装置に運動を伝えるように前記ステッチ形成装置に動作的に接続された電気-機械的アクチュエータと、
C 前記ミシンとタイミングをとった関係で駆動され、ステッチとステッチとの間で有効なタイミングパルスを発生するパルス発生器と、
D 前記パルス発生器からの前記タイミングパルスに応答して、累進所定コードで出力制御信号を発生する計数器と、
E 前記予め定められた範囲内で前記ステッチ形成装置のいかなる個々の座標位置にも影響を与えることができ、かつ前記出力制御信号の印加に応答してとり出すことのできるデータを記憶する静的記憶装置と、
F 少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み、前記累進所定コードの前記出力制御信号に応答して、前記静的記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する駆動回路、
G とを含んで成る前記ミシン。(AないしGの符号は便宜上付したもの)(別紙図面参照)三 本件審決の理由の要点T 本願は、昭和四九年六月二五日(優先権主張一九七三年七月五日米国)に出願されたもので、「静的記憶装置に記憶されたデータによって模様縫いが可能なミシン」に関するものと認める。
これに対して、当審において昭和六二年二月一九日付で拒絶理由を通知したが、
その内容は、本出願は明細書及び図面の記載が不備のため、特許法(昭和六二年法律二七号による改正前のもの、以下同じ。)36条3項及び四項に規定する要件を満たしていないとし、九点にわたって記載不備の点を指摘したものである。
審判請求人は、前記拒絶理由に対して、昭和六二年九月一七日付意見書と手続補正書(訂正明細書)を提出している。
U 模様信号を駆動装置に印加する装置(構成要件F)について1 前記拒絶理由において、記載不備として指摘した第一点は、『特許請求の範囲に記載された「記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記駆動装置に有効に印加する装置」について、昭和五九年(行ケ)第九九号判決(前判決)によれば、前記装置の意義を明細書の発明の詳細な説明の欄に実施例として記載された事項から具体的に規定すれば、前記装置は、「駆動装置に含まれる各ソレノイドへの通電を制御するための各駆動トランジスタ及びこれに付属する抵抗からなる技術的手段というべきものである。」そしてまた「記憶装置からとり出されたデータに対応する出力信号をその信号形態として何らの変換を伴うことなく各ソレノイドに与えられる装置を意味するというべきである。」とされている。
ところで、特許請求の範囲の記載からは前記のような技術的手段が発明の構成要件として規定されているとは容易に理解できないから、模様信号の印加装置についての構成要件は不明確といわざるをえない。』というものである。
2 訂正明細書の特許請求の範囲の記載において、ステッチ模様信号を駆動装置に有効に印加する装置(以下単に「印加装置」という。)の構成については、「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み、前記累進所定コードの前記出力制御信号に対応して、前記静的記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する駆動回路、」と記載されているものと認められる。
3 前記の記載は、実質的には、印加装置を「印加する駆動回路」とし、「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含」むことを限定要件として新らたに付加したというべきもので、印加装置が、駆動トランジスタと抵抗を含む駆動回路であることを規定するものであるが、「それぞれ」との語句が何を指すか不明であって限定要件の内容は不明確である。
4 前判決によれば、駆動トランジスタ及びこれに付属する抵抗からなる技術手段は「駆動装置に含まれる各ソレノイドへの通電を制御するため」のものと規定されているが、本願発明の駆動装置に関する構成要件には、駆動装置が所定数のソレノイドを具えているものであることについては何も規定されておらず(後述する)、
右付加された前記の限定要件をみても、駆動トランジスタと駆動装置のソレノイドとの関連については何も規定されていない。
また、訂正明細書に記載された実施例では、印加装置には、「ソレノイド駆動回路」が相当するが、特許請求の範囲で単に「駆動回路」と記載したことは、印加装置がソレノイド駆動・回路に限定されないことを規定したものということができる。
以上のことを併せ考えると、印加装置が、「駆動装置に含まれる各ソレノイドの通電を制御するため」の技術手段を含んでいるか否かは、不明というほかはない。
5 前判決によれば、印加装置は「記憶装置からとり出されたデータに対応する出力信号をその信号形態として何らの変換を伴うことなく各ソレノイドに与えられる装置」を意味するとされているが、補正された印加装置に関する構成要件に、そのような装置であることを意味するような規定は何もない。
また、印加装置が前記のような機能を有する装置であるためには、具体的な構成として記憶装置の出力データラインが、駆動トランジスタを介して駆動装置に含まれる所定数のソレノイドの一つに、その駆動を制御するために接続されていること、ソレノイドの出力運動量には、接続されたデータラインのビットの重みと同等の重みがつけられていること等を具えていることが必要であるが、そのような構成を示唆する事項も構成要件に規定されていない。
6 したがって、本願発明の印加装置に関する構成要件Fは、前判決に説示されたような構成を有するものと規定されているのか、それとは別様に規定されているのか不明瞭であるから、特許請求の範囲に本願発明の構成に欠くことができない事項が明確に記載されているということができない。
V 駆動装置(構成要件B)について1 前記拒絶理由において記載不備として指摘した第二点は、
『 特許請求の範囲に記載された「ステッチ模様信号に応答して前記ステッチ形成装置に運動を伝えるように前記ステッチ形成装置に動作的に接続された駆動装置」については、駆動装置の機能が規定されているだけで装置としての構成は不明確である。
また、前記模様信号の印加装置との関連でいえば、本願発明の駆動装置は、特殊なものであって、ミシンで普通に使用されているパルスモータ、リニヤモータ等を使用するものではない。本願発明の駆動装置として、ソレノイドを具えていること、各ソレノイドは接続される出力データラインのビット重みに比例した運動量を生じさせるものであること、これらが加算されてステッチ形成装置を制御するための運動量を生じるものであること等は、必須の構成要件として含まれなければならないものと認められるが、特許請求の範囲にはそのような要件を意味する規定は何も記載されていない。』というものである。
2 訂正明細書の特許請求の範囲の記載において、駆動装置の構成については、
「ステッチ模様信号に応答して前記予め定められた範囲にわたって前記ステッチ形成装置に運動を伝えるように前記ステッチ形成装置に動作的に接続された電気-機械的アクチュエータ」と記載されているものと認められる。
3 電気-機械的アクチュエータは、電気力を機械的運動に変換した駆動装置であるということができるが、きわめて包括的な概念であって、その出力が直線運動である装置を取りあげただけでも、リニア誘導モータ、リニア直線モータ、リニアパルスモータ、リニア電磁ソレノイド、その他の種々のアクチュエータが含まれる。
訂正明細書に好適な実施例として記載されたアクチュエータは、少なくとも、五つのソレノイド(針揺動アクチュエータでは、40、41、42、43、44、布送りアクチュエータでは、70、71、72、73、74)と、遊動棒リンケージ(針揺動アクチュエータでは、39、布送りアクチュエータでは図示されていない)を含み、針棒揺動又は布送り調節装置に与えられる出力運動量が五つのソレノイドの選択的付勢によって制御されるようにした駆動装置であって、各々のソレノイドが寄与する出力運動量は、通常の二進コードの8、4、2、1によって重みがつけられており、選択されたソレノイドの出力運動量が加算されて、アクチュエータの出力運動量として針棒揺動又は布送り調節装置に与えるようにするものである。
本願発明の電気-機械的アクチュエータに包含される範囲について、訂正明細書二七頁一三行ないし二八頁一行には、「静的記憶装置に記憶されたステッチ模様情報に従って与えられる電気的な情報を針棒揺動と布送り増分を制御するための比例機構運動に変換するための特別な構造ないし形状をしたアクチュエータ即ち駆動装置がここでは示されているが、本発明にはそれに限定されずコード化した電気信号が比例機構運動に変換されるどのようなタイプの電気-機械変換器または加算器をもその範囲内に包含している。」と記載されており、本願発明のアクチュエータが前記実施例に限定されないということが明記されている。
本願発明に包含される範囲について、前記の電気-機械変換器又は加算器がどのような構成を有するものか不明であるが、当業者の技術常識からみれば、前述のリニアモータ等も包含されているということも誤りではない。
以上から明らかなように、本願発明の電気-機械的アクチュエータについては、
その具体的構成について何も限定されておらず、また、訂正明細書に記載された実施例に限定して解すべき理由もない。
4 前判決の説示によれば、本願発明の印加装置は、「駆動装置に含まれる各ソレノイドへの通電を制御するための各駆動トランジスタ及びこれに付属する抵抗からなる技術的手段というべきもの」で、「記憶装置からとり出されたデータに対応する出力信号をその信号形態として何らの変換を伴うことなく各ソレノイドに与えられる装置」であるとされており、記憶装置から駆動装置に至る回路の構成を簡単にし得るという効果を奏するものである。
印加装置が、その機能、効果を実現するためには、駆動装置が記憶装置の出力データラインの数に相当するソレノイドを有すること、各々のソレノイドが寄与する出力運動量に二進数コードに対応する重みがつけられていること、各々のソレノイドは、その出力運動量の重みと同等のビットの重みを有する静的記憶装置の出力ラインによって駆動され、記憶装置に記憶された二進数データが、その二進数に等価な一〇進数に比例した出力運動量に変換されるようにすることが必要であって、駆動装置の構成要件として、少なくとも、所定数のソレノイドを具えたものであること、及び各々のソレノイドの出力運動量に重みがつけられていることを規定することは、必要不可欠のことである。
5 したがって、駆動装置に関する構成要件Bとして、本願発明の構成に欠くことができない事項が記載されているということはできない。
W 以上のとおりであるから、前記拒絶理由に指摘した他の点について検討するまでもなく、本願は、その明細書が特許法36条4項に規定する要件を満たしていないものとして拒絶すべきである。
四 本件審決を取り消すべき事由 本件審決の理由の要点T、同U1、2は認め、3ないし6は争う。同V1ないし3は認め、4、5は争う。
前判決による差戻し後の審理において、本願明細書及び図面の記載不備を理由とする昭和六二年九月一九日付拒絶理由通知に応答して原告が意見書とともに提出した昭和六二年九月一七日付手続補正書(訂正明細書)によって、右拒絶理由通知で指摘された記載不備はすべて解消したことが明らかであるにもかかわらず、本件審決は、それを看過ないし誤認した結果、訂正明細書における特許請求の範囲には依然として本願発明の構成に欠くことができない事項が記載されていない、との誤った認定判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 訂正明細書における発明の詳細な説明及び図面の記載を精読すれば、本願発明は次のような技術内容のものと理解できる。
本願発明は、模様縫いミシンの従来技術には、@多種多様のステッチ模様を蓄えるために大きなスペースを必要とすること、
及びA機械的に動く記憶装置を用いたものではそれの起動及び停止の際に随伴する機械的慣性の問題があることに鑑み(四頁一六行ないし五頁七行)、これらの不利益ないし問題点が解消された模様縫いミシン装置を提供することを指向して、特に(@) ステッチ模様情報の記憶のために機械的に動く記憶装置を使用する必要をなくし、ソリッドステートの静的記憶装置を使用することにより高密度の情報記録を可能ならしめること(A) 予め決められた多種多様なステッチ模様の中から任意のステッチ模様を随時に選択してその模様縫いを生成することができることを目的として設定し(五頁八行ないし一六行)、かかる目的を達成するための技術手段として、特に右の構成要件A(Gを含む。)ないしFを結合した構成を採用したものである。そして、これらの構成要件AないしFからなる本願発明については、実施例を参照する訂正明細書の記述により、詳細かつ具体的に説明しているとともに、これらの構成によってはじめて、右目的に副う効果が得られることを明らかにしている(二八頁七行ないし三三頁一六行)。
2 訂正明細書の記載及び訂正後の図面第2図ないし第6B図並びに願書に最初に添付した第1図の記載全体に照らして明らかなごとく、本件審決時における本願発明の要旨は、訂正明細書の特許請求の範囲第1、2項に記載されたとおりの「静的記憶装置に記載されたデータによって模様縫いが可能なミシン」にある。
特許請求の範囲第1項の記載は、前記請求の原因二記載のとおりであるところ、
本件審決において、「本願発明の構成に欠くことができない事項が記載されているということができない。」と認定判断されたのは、右のうち構成要件B及びFについてであり、しかもこれらのうちで本件審決の結論に影響を及ぼしたのは、構成要件Fの理解の違いである(被告も認めるところである。)から、以下にこれについて主張する。
3 構成要件Fの規定する技術的内容(一) 本願発明の構成要件Fに規定する、模様信号を電気-機械的アクチュエータ(構成要件B)に、「有効に印加する駆動回路」(本件審決のいう「印加装置」)については、本願発明を具体化した一実施例において「トランジスタ125」及び「抵抗131」を含む「ソレノイド駆動回路123」がそれに相当するとして例示されている(第2、3図参照)。また、訂正明細書には、「各各の出力データラインは、第1図に示したソレノイド40〜44のそれぞれ一つの駆動を制御するために接続されている。便宜上……論理1(論理電源の高電位)がライン122に現われると、トランジスタ125が導通してソレノイド44を付勢するために電源130から電流を供給する。一方、ライン122が論理0(アース電位)の時は、トランジスタ125がカットオフされ、ソレノイド44への通電が停止される。……各ソレノイドがその接続相手の出力データラインのビット重みと同等のビット重みでもってアクチュエータの運動量を制御して、それらの加算によりステッチ形成装置の運動量が決定されることが理解されるであろう。」(一七頁六行ないし一九頁九行)との記載があるのであるから、当業者が「有効に印加する駆動回路」を正確に理解し容易に実施し得るに充分な程度に、具体的な説明がなされているものというべきである。
そして、右の一実施例では、電気-機械的アクチュエータ36及び60はそれびれ、二進数(注-厳密には、二進化一〇進数)に対応して五つのソレノイド40、
41、42、43、44及び70、71、72、73、74を備え、これら五つのソレノイドが選択的に付勢されて寄与する出力運動量を加算することによって直接、前記二進数に等価な一〇進数に比例した合計(成)出力運動量に変換している(一一頁一五行ないし一二頁一七行)。
しかしながら、本願発明が必要とする電気-機械的アクチュエータはこのような型式のみに限定されるわけではなく、構成要件Bを充足する電気-機械的アクチュエータでありさえすれば、他の如何なる型式のものでも適用することができるのであって、このことは、訂正明細書に記載ないし示唆されている(二七頁一三行ないし二八頁一行)ばかりでなく、本件審決も構成要件Fとの関連なしでみれば、これを肯認しているものと理解できる。それ故、電気-機械的アクチュエータの型式に応じて、それを駆動するための駆動回路は当然、構成要件Fの規定を充足する限度において様々のものを選択し得るのであって、このことをもって不明確というのは妥当でない。
(二) 構成要件F中の文言「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」は、本願発明における「印加装置」、すなわち、電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」が最少限必要とする構成を規定するものである。すなわち、本願発明の構成要件A〜F(ただし、Gは実質的にAに含まれる故、省略)相互の関係、特に構成要件Bと構成要件Fとの結合関係に着目すれば自ずと明らかなように、ステッチ模様信号に応答して電気-機械的アクチュエータを駆動し、該電気-機械的アクチュエータと動作的に接続されているステッチ形成装置に運動を伝えるためには、静的記憶装置から取り出したままのステッチ模様信号では、一般的に充分でないから、電気-機械的アクチュエータをしてその役割に適う働きをなさしめるためには、一般にそれのための駆動回路を用いるのが普通であり、また駆動回路であるからには、一つの能動素子と一つの受動素子とを少なくともその回路中に含むことが必要であり、このことは訂正明細書及び図面の記載に照らして明らかなように、本願発明にとって充分に意味のあることである。
(三) 次に構成要件F中の文言「模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する駆動回路」については、すでに(一)(ニ)で述べたところから、
その技術内容は当業者にとって疑問の余地がない程に明らかであって、これを不明確であると断定した本件審決は、判断を誤ったものというほかない。
この点、本件審決は、「有効に印加する」という表現にこだわりすぎて、ものの本質を見失うに至ったものである。すなわち、本願発明においては、「有効に印加する」との記載を含む文言である「前記累進所定コードの前記出力制御信号に応答して、前記静的記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する」でもって、その電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」として必要とされる機能を規定し、同じく最少限必要な構成を規定する前出の文言「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」と両々相俟って、構成要件Fとして電気-機機的アクチュエータの駆動回路を明らかにしている。それ故、「有効に印加する」のみを切離して熟視することなく、それを含む右の文言ないし構成要件F全体の中で、「有効に印加する」の意味を解釈すべきであり、更には、(二)で述べたように、この構成要件Fに密接に関連し、かつ、電気-機械的アクチュエータそれ自体を規定する構成要件Bと構成要件Fとの結合関係を考慮しつつ「有効に印加する」を解釈することが肝要であると考える。そして、構成要件Fに対する具体的な説明が訂正明細書及び図面で充分になされていることも前述したとおりであるから、右のごとく常道に沿う解釈の手法を採りさえすれば、右の文言が意味不明とされるようなことは、到底あり得ないはずである。
(四) 右のとおり本願発明の「印加装置」、すなわち電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」として具備すべき構成と機能は、構成要件F自体によって明白である。すなわち、その構成は、構成要件Bに規定するような「電気-機械的アクチュエータ」を駆動してそれと動作的に接続された「ステッチ形成装置」に対しステッチ模様信号に応答する所定の運動を伝えさせるため、「少なくとも一つの能動素子」と「少なくとも一つの受動素子」とを有するものであり(構成要件Fの前段)、また、その機能は、「前記累進所定コードの前記出力制御信号に対答して、
前記静的記憶装置からとり出された前記データ信号に対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する」(構成要件Fの後段)ことである。
それのみならず、構成要件Fに規定する「駆動回路」と、その余の構成要件に規定する記憶装置、電気-機械的アクチュエータ等との結合関係は、それぞれの構成要件中の各構成要素を一つも漏らすことなく把握するとともに、それらに付された「前記」なる文言に留意して、それぞれの構成要素ないし構成要件相互の構成及び機能上の関連を考えるならば、右に述べた結合関係は当業者にとってまさに明白なことである。なお、訂正明細書発明の詳細な説明及び図面にたまたま例示された実施例が五個のソレノイドを有する電気-機械的アクチュエータを用いている関係上、構成要件Fに規定する電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」(本件審決のいう「印加装置)」が、具体的にはソレノイド駆動回路であり、かつそれ以外の実施態様は明示されていないが、すでに前(一)で述べたとおり電気-機械的アクチュエータが右の型式のもののみに限定されるべき理由はなく、駆動回路は採用した電気-機械的アクチュエータの型式に応じて、構成要件Fを充足する限度内で自由に選択できるものである。前述の本願発明の目的及び効果に関する記載からみても、電気-機械的アクチュエータとその駆動回路はそれぞれ構成要件B及びFを充たし、かつ、その余の構成要件と所定の結合関係を有するものでありさえすれば、
本願発明にとって何らの不都合がないことは明白である。してみると、構成要件Fを支持するものとしてソレノイド駆動回路しか具体的な開示がないことを根拠に、
本件審決が、どのような印加装置(駆動回路)までが本願発明に包含されるのか全く不明であるとして、本願が特許法36条4項に規定する要件を満たしていないと判断したのは、特許発明技術的範囲を判断するための基本原則を定めた同法70条の規定の運用の問題と混同した誤った判断というべきである。
(六) 以上のとおりであるから、本件審決が、構成要件Fについて、補正後の訂正明細書及び図面の記述とはおよそ直接的な係わりのない前判決の説示にのみその根拠を求め、該構成要件の規定の仕方それ自体の適否についての自らの見解を実質的に明らかにしないままに、「本願発明の印加装置に関する構成要件は、前判決に説示されたような構成を有するものと規定されているのか、それとは別様に規定されているのか不明瞭であるから、特許請求の範囲に本願発明の構成に欠くことができない事項が明瞭に記載されているということはできない。」としたことは、本件審決の結論を左右する重大な事項についてその認定判断を誤ったものであり、違法として取り消されるべきである。
4 被告の主張に対する反論(一) 本願発明の重要な構成要件である「静的記憶装置」から取り出された出力は、通常極めて微弱であるから、それを電気-機械的アクチュエータに印加するには増幅が必要である。そのため、「印加回路」には「少なくとも一つの能動素子」が必要でありかつ能動素子の作動に当たっては、「少なくとも一つの受動素子」は不可欠なのであるから、このことを特許請求の範囲の記載において、「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」と表現したまでのことである。
更に、「印加する」を修飾する形容詞である「有効に」については、いかなる程度をもって有効、あるいは無効とするかの点で若干の曖昧さを伴うことは、敢えて否定しないが、たとえそうであっても、単にそれだけの理由で不明確と決め付けるのは、明細書の読み方、特に特許請求の範囲の解釈の常道から逸脱するものである。本願発明について銘記すべきことは、「有効に印加する」を含む文言「前記累進所定コードの前記出力制御信号に応答して、前記静的記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する」でもって、その電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」として必要とされる機能を規定し、同じく最少限必要な構成を規定する前掲文言「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」と両々相俟って構成要件Fとして電気-機械的アクチュエータの駆動回路を明らかにしていることである。「有効に印加する」との文言のみを切り離して解釈することなく、構成要件Fとの結合関係を考慮しながら解釈すべきことは前項で述べたとおりである。具体的にいえば、
「駆動回路」の実際は、採用される電気-機械的アクチュエータによって種々異なるものである。すなわち、実施例の電気-機械的アクチュエータのようにD(デジタル形態の信号)→A(アナログ形態)のものならば駆動回路はD→D、電気-機械的アクチュエータがA(アナログ形態の信号)→Aのものならば駆動回路はD→Aの機能を奏するものとなる。いずれの場合にも、「静的記憶装置からとり出されたステッチ模様信号」を、電気-機械的アクチュエータに、「ききめのあるように(または効力のあるように、役に立つよう)」印加する必要があるのであるから、
このことを「有効に印加する」と表現しているのである。
(二) 特許請求の範囲の記載に基づいて理解できる技術内容は、被告の主張するように実施例に限定されるべき理由はない。むしろ、後述するような特別の事情がない限り、特許請求の範囲の記載には、実施例そのものを内容とする下位概念から、それを機能的にとらえた上位概念に至る、いくつかのレベルに及ぶ技術的思想が記載できるとするのが、少なくとも一般に事象の因果関係を論理的に説明することの可能な電気(機械)の分野における通常のプラクティスである。なぜなら、そのような機能の認識がなければ、そもそも、その技術的思想を具現する実施例に必要とされる個々の構成部分の採択もあり得ないのであるから、そのような機能は、
実施例の開示とともに記載されているに等しいとするのが、論理に基礎をおく発明の通例であるからである(この点で、一般に実験による裏付けを必要とする化学の分野の発明と大きく異なる。)。
このことを、本願発明の実施例に関連させて述べれば、実施例の一構成成分として、D→D、D→Aの採用された意図、つまりその機能が、両々相俟って、コード化した電気信号を機械的運動に変換するものであることは極めて明らかである。すなわち、前段に配された「静的記憶装置」から得られる出力が、ごく常識的にみてコード化した電気信号であり、また、他方最終段の「ステッチ形成装置」に必要なものが、機械的運動であることは自明であるから、その間に配される駆動回路とアクチュエータに要求される機能が、コード化した電子信号を機械的運動に変換することであることは極めて明らかである。
逆にいえば、そのような機能に関する上位概念技術的思想の認識があってこそ、
はじめてそれを具体化する手段の一つとして、実施例のごときD→D、D→Aの駆動回路とアクチュエータが採用できたのであり、その上位の技術的思想の認識がなければ、この実施例のごとき構成要件を採用することすらできないのである。つまり、このような実施例が開示されているということは、取りも直さず、実施例の記載とともに、前記上位概念(駆動回路とアクチュエータについては格別の限定がない。)の技術的思想が記載されているのに等しいのである。したがって、構成要件B及びFの記載は、前記のような上位概念の発明について記載したものであり、
発明の詳細な説明に記載された発明の範囲を越えた」部分を記載したものではない。
たしかに、上位概念技術的思想を具体化する手段として、実施例のものが唯一無二であるといった特殊な場合には、特許請求の範囲が広すぎるという論もあり得るが、本願発明においては、右の上位概念の技術思想を実現し得る手段としては、
種々のタイプのものがあることは、被告も認めるところであるから、本願発明はそのような特殊な場合に該当するものではない。また、具体化できる手段として種々のタイプがあるとしても、他の構成要件との関連から、実施例のものしか、実際に採用できない、といった格別の事情もないのである。このような上位概念を含む発明に係る出願にあっては、特許請求の範囲の記載の仕方はいくとおりもあり得るが、本願発明の出願人は、「記録装置」については、「静的記憶装置」という実施例そのものの限定(極めて重要な限定)を行い、逆に、「駆動回路」、「アクチュエータ」、「ステッチ形成装置」「計数器」などの各構成要素の構成それ自体については、格別の限定を行うことはせず、その代わりに、これら並びに「静的記憶装置」を含むすべての構成要素相互間の密接不可分の結合関係を厳密に規定することによって、その要旨とする技術的思想が明確になるように特許請求の範囲を記載したものである。
請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三の事実は、認める。同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であって、本件審決には何ら違法の点はない。
二 被告の主張 本願発明の特許請求の範囲に規定された「電気-機械的アクチュエータ」(構成要件B)を、その電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」(構成要件F)と関連させずにみるときには、印加される信号形態に格別の限定がないことが理解されるが、「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み、……ステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する駆動回路」と規定した構成要件Fの記載が不明確であるために、構成要件Fとの関連において構成要件Bも不明確な記載となる。
1 構成要件Fの記載の不明確さについて(一) 「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」なる限定要件について 電子的回路は、元来能動素子と受動素子とから成り立っているものであるから、
「駆動回路」という記載だけで能動素子と受動素子を含むことが表現されているのである。したがって、この限定要件が、原告の主張するように電気-機械的アクチュエータの駆動回路が「少なくとも能動素子と受動素子を含む」ということのみを意味するのであれば、何ら意味のない余分なことを記載したことになり、右の限定要件は駆動回路の構成に欠くことができない事項を記載したものとはいえない。この「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」なる限定要件は、本願発明の「印加装置」、すなわち、静的記憶装置から出力された模様信号を駆動装置に有効に印加する駆動回路の具体的構成を規定する唯一の要件であって、最も重要な規定であることを考えると、これを特段の技術的意味のない記載として取り扱うことはできない。構成要件F中の「少なくとも一つの」との記載は、「一つの能動素子と受動素子を含む駆動回路」を包含することを表現しているが、訂正明細書及び図面に実施例として記載された駆動回路は、記憶措置の出力データラインとソレノイドとの接続中に駆動トランジスタと抵抗を設けたものであり、記憶装置のデータラインが一つしかない場合には、一つの能動素子と一つの受動素子で事足りるが、それでは多種多様なステッチ模様を形成することができないし、静的記憶装置を採用する技術的意義もなくなる。また、一つの能動素子と受動素子で構成される駆動回路とは、どのようなものであるか理解できない。原告主張のように駆動回路(印加回路)にはその機能の上から最少限一つの能動素子と受動素子が必要であるところから、右の「少なくとも一つの」文言はそのことを表現したまでであると解すると、能動素子と受動素子を「それぞれ含み」という記載の意味は、前記の実施例の構成に即して、「それぞれのデータラインとソレノイドの接続中に」というように解さなければならないし、そう理解すべきが正当であると思われるが、そう解しても、駆動回路の具体的構成は不明確である。訂正明細書実施例として記載された構成以外にどのような「印加装置」までが本願発明に包含されるのか不明である。
(二) 「有効に印加する」との記載について 原告は、構成要件Bと構成要件Fとの結合関係を考慮しつつ、「有効に印加する」との文言を解釈すれば、これを含む「前記累進所定コードの前記出力制御信号に応答して、前記静的記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する」との記載が、その電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」としての機能を規定していることが明らかであって、本件審決は、「有効に印加する」という表現にこだわりすぎて、ものの本質を見失ったものである旨主張する。しかしながら、訂正明細書及び図面に記載された前記の実施例からみると、「有効に印加する」ということは、記憶装置の各出力データラインとアクチュエータの各ソレノイドが駆動トランジスタを介して接続されていることによって、模様信号が、その信号形態として何らの変換を伴うことなく各ソレノイドに与えられ、アクチュエータの出力運動量への変換が直接的に遂行されること(以下「有効印加」という。)であると解される。このことは、
前判決のなされた審決取消請求訴訟において、原告も、「記憶装置の出力データラインは、それぞれのソレノイドの各駆動トランジスタの入力に直接的に接続されており、この構成によって、ステッチ模様信号が駆動装置に有効に印加されることを具体的に示すものであり、記憶装置と駆動装置との間に複雑な回路構成のある昭和四四年特許出願公告第六八五一号特許公報(前審決における第一引用例・乙第五号証)における印加装置とは構成、機能が異なる。」旨主張していたことが明らかである。原告は、「有効に印加する」との文言を含む構成要件Fが、電気-機械的アクチュエータの「駆動回路」としての機能を規定していることが明らかであるというが、累進所定コードの出力制御信号に応答して静的記憶装置から信号を出力することは静的記憶装置の機能であって、駆動回路の機能は「出力された信号をアクチュエータに有効に印加すること」のみである。したがって、「前記累進所定コードの前記出力制御信号に応答して、前記静的記憶装置からとり出された」との文言は、単に模様信号を修飾するだけのものである。
(三) 右のとおりであるから、「印加装置」に関する本願発明の特許請求の範囲には、不明確な記載があり、構成に欠くことができない事項のみが記載されたものということができない。
2 構成要件Fの記載が不明確であるために、構成要件Fとの関連において構成要件Bに包含される「電気-機械的アクチュエータ」をどう解すべきか不明確になる。
(一) 本願発明の構成要件Fについて「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」と、「有効に印加する」との記載に格別の技術的意義がないものとすると、本願発明の印加装置については、特許請求の範囲には「前記累進所定コードの前記出力制御信号に応答して、前記静的記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記電気-機械的アクチュエータに印加する駆動回路」と記載するものということができる。電気-機械的アクチュエータの構成(構成要件B)については何ら限定がないことは、本願発明の構成要件Bの規定からみても明らかであり、コード化された模様信号をアクチュエータに印加する駆動回路についても、具体的な構成については何らの限定はなされていないから、コード化された模様信号をアクチュエータに印加する回路については、いかなるものでも本願発明、すなわち、特許請求の範囲構成要件Fに包含されることを規定するものとなる。
(二) 訂正明細書及び図面には、電気-機械的アクチュエータと、該アクチュエータに模様信号を印加する回路については、一つの実施例しか記載されていないが、以下訂正明細書の記載に基づいて、開示された構成要件B及びFの技術の範囲を明らかにする。
(1) 電気-機械的アクチュエータ(構成要件B)について 訂正明細書と図面には、実施例として静的記憶装置の出力データラインの数に相当する複数個のソレノイドを備えたアクチュエータが記載されており、本願発明に包含されるアクチュエータの範囲について、「静的記憶装置に記憶されたステッチ模様情報に従って与えられる電気的な情報を針棒揺動と布送り増分を制御するための比例機構運動に変換するための特別な構成ないし形状をしたアクチュエータ即ち駆動装置がここでは示されているが、本発明はそれに限定されるコード化した電気信号が比例機構運動に変換されるどのようなタイプの電気-機械変換器または加算器をもその範囲に包含している。」(二七頁一三行ないし二八頁一行)と記載されているが、これ以外の記載はない。アクチュエータは、電気的回路と機械的作動部とから構成され、入力された電気信号を機械的運動に変換し出力するものであるから、前記記載の変換器又は加算器は、コード化された電気信号が入力され、該信号を機械的運動に変換し出力するものということができる。したがって、訂正明細書には、アクチュエータについて、コード化した電気信号を機械的運動に変換し出力するアクチュエータが開示されているというべきである。
(2) 模様信号を印加する駆動回路(構成要件F)について 訂正明細書には、駆動回路の実施例としては、原告も認めるようにソレノイド駆動回路しか記載されていない。該駆動回路は、アクチュエータに含まれる各ソレノイドへの通電を制御するための駆動トランジスタと抵抗を備え、静的記憶装置の各出力データラインとアクチュエータの各ソレノイドを駆動トランジスタを介して接続している。その機能は、記憶装置のデータラインと各ソレノイドを駆動トランジスタを介して接続することによって、データに対応する模様信号を、その信号形態として何らの変換を伴うことなく、アクチュエータの各ソレノイドに印加するということである(訂正明細書一七頁六行ないし一九頁九行、第3図参照)。他方、アクチュエータについては、前述のとおり訂正明細書にコード化された電気信号を機械的運動に変換し出力するアクチュエータが開示されているので、前記ソレノイド駆動回路の構成と機能並びにアクチュエータの構成を併せて検討すると、模様信号を印加する回路は、データに対応する模様信号を信号の形態を変えることなく、コード化された電気信号としてアクチュエータに印加するものでなくてはならないものということができる。すなわち、訂正明細書には、駆動回路として記憶装置からとり出されたデータに対応する模様信号を、信号の形態を変えることなくコード化電気信号としてアクチュエータに印加する駆動回路が開示されているものというべきである。
(三) 右のとおり、アクチュエータとアクチュエータに模様信号を印加する駆動回路について、訂正明細書発明の詳細な説明の欄には、「コード化した電気信号を機械的運動に変換するアクチュエータ」と「記憶装置からとり出されたデータ化された模様信号を信号の形態を変えることなくコード化された電気信号としてアクチュエータに印加する駆動回路」までが開示されているものということができ、駆動回路の具体的な構成については実施例に記載された駆動回路しか開示されていないとみても過言ではなく、また、電気-機械的アクチュエータについても、前記のような訂正明細書の記載にもかかわらず、本願発明の構成要件Bとしては、実施例に示された駆動回路からの信号(デジタル形態のままの信号)が印加される電気-機械的アクチュエータしか開示されていないものと解すべきである。
3 従来技術からみた構成要件B及びFの範囲の検討(一) ミシンにおける針棒揺動用アクチュエータとしては、本出願当時には、リニヤアクチュエータ(「ジグザグ縫いミシンの縫幅再現制御方式に係る昭四七-八六七五号特許公報・乙第二号証、「ジグザグ縫ミシンにおけるジグザグ運動発生装置」に係る昭三七-一八〇三四号特許公報・乙第三号証、「ジグザグ縫ミシンに於ける電気的な模様縫自動制御装置」に係る昭和四二-一五一五一号特許公報・乙第四号証参照)、パルスモータ(「電子制御自動布送りミシンの自動制御装置」に係る昭四四-六八五一号特許公報・乙第五号証参照)などが知られていたが、リニヤアクチュエータは、アナログ的電気信号を機械的運動に変換するもので、コード化された電気信号を変換するという技術的思想を含んでいないのであるから、前述したところの訂正明細書に開示された「アクチュエータ」の範囲外のものである。また、パルスモータは、一般にはコード化信号がパルス分配器によってパルス数に変換され、入力されるパルス数を機械的運動に変換するものであるから、訂正明細書に開示されたアクチュエータの範囲外のものとして誤りではない。電気-機械的アクチュエータとして一般的には種々のものが知られているが、そのなかのほとんどのものは、電流、電圧などのアナログ電気信号を機械的運動に変換し出力するものであって、コード化した電気信号を機械的運動に変換するものではないから、訂正明細書に記載されたアクチュエータに包含されない。
(二) ミシンにおいて、記憶装置からとり出されたデータに対応する模様信号をアクチュエータ(パルスモータ)に印加する回路は、前掲乙第四号証、前審決で引用した第一引用例(前掲乙第五号証)に記載されているように従来より知られている。前掲乙第五号証に記載された電子回路について、前訴において、原告は、記憶装置とパルスモータを駆動するパルス分配器との間に複雑な回路構成を有するから本願発明の印加装置とは異なる旨主張し、前判決においてもそのように判断されたのであるから、本願発明の駆動回路とは相違するものであって、訂正明細書に開示された駆動回路に包含されない。
電子計算機に関する技術において、静的記憶装置からとり出されたデータに対応する信号をアクチュエータに印加する回路としてD/A変換器が知られている(情報処理学会編「電子計算機ハンドブック」・乙第六号証参照)が、そのアクチュエータは、アナログ電気信号を機械的運動に変換するものであり、D/A変換器自体もデジタル信号をアナログ電気信号に変えるものであって、データに対応する信号を信号形態を変えないで、コード化した電気信号としてアクチュエータに印加するものではない。このように、駆動回路についての従来例は、デジタル信号をアナログ信号に変換してアクチュエータに印加し、アクチュエータによってアナログ信号を機械的運動に変換するという技術思想に立脚しているのに対して、訂正明細書に開示されている技術思想は、デジタル信号をそのままアクチュエータに印加し、アクチュエータによってデジタル信号を機械的運動に変換するというものである。本願発明の駆動回路についての技術思想は、従来例のそれと基本的に異なるものであるから、訂正明細書の記載から、従来例の技術思想を導き出すことはできないし、それに立脚する構成を導き出すこともできない。このことは、前記の従来例が周知であっても、そのことをもって、訂正明細書に開示された駆動回路についての技術の範囲を広げられないことを理由づけるものである。
4 原告の本願発明の把握について(一) 原告は、本願発明の特許請求の範囲における「駆動回路」、「アクチュエータ」などの記載は、実施例に止どまらず、より上位の概念を含む発明として規定したものであって、それらの構成要件については格別の限定もされていないものである旨主張する。
しかしながら、本願発明において、静的記憶装置の採用と同時に、記憶装置から出力された情報を処理してアクチュエータを制御することは極めて重要な問題であり、印加装置とアクチュエータを記憶装置との関連でどのように構成するかということは重大な課題である。その課題に応えるのが、訂正明細書と図面に記載されたソレノイド駆動回路であり、複数のソレノイドを備えたアクチュエータである。
それであるから、ソレノイド駆動回路の構成、機能及び効果は、極めて大きな技術的意義を有するのである。このことは、原告が、前訴において、第一引用例に記載された「記憶装置からとり出された模様信号を駆動装置に有効に印加する電子回路」について、その具体的な構成及び機能と、訂正前明細書の特許請求の範囲の記載に基づく発明におけるソレノイド駆動回路の構成及び機能とを比較し、両者が一致しない旨主張し、前判決においても、原告の右の主張に沿う判断をしていることからも明らかである。本願発明は、単に静的記憶装置を採用したというだけでなく、記憶装置から出力された情報を処理しアクチュエータを制御するための、新規なアクチュエータと模様信号を印加する駆動回路を提供したという点にも特徴があり、前判決は、この点を技術的意義あるものと評価したのである。
(二) 明細書に記載された実施例から機能的にとらえられる上位の概念の技術的思想を特許請求の範囲に記載することができるとしても、上限には限度があるのであり、上位概念の上限を定める基準となるものは、発明の詳細な説明と図面に開示された技術事項であつて、特許請求の範囲における上位概念的記載や機能的記載も、この発明の詳細な説明と図面に開示された発明の範囲を越えるものであってはならない。電気の技術分野において、比較的上位の機能的記憶が許されているのは、一つの機能を実現するための回路、電子素子等について、種々の等価回路の設計、電子素子の置換が、出願当時の技術常識、技術水準から容易に実施し得るということに由来するものであり、決して無制限に上位概念的記載が許されるわけではないし、また論理に基礎をおくから、化学の分野と異なる基準が設けられているということも誤りである。本願発明について、原告は、駆動回路とアクチュエータに要求される機能が、コード化した電子信号を機械的運動に変換することであることは明らかであるから、訂正明細書には、そのような機能についての上位概念である技術的思想が開示されている旨主張するが、コード化した電気信号を機械的運動に変換することは、アクチュエータの機能であって、「印加装置」の機能は、模様信号(コード化した電気信号)を信号の形態を変えることなくアクチュエータに印加するという機能(D→D)が開示されているだけである。「模様信号をアクチュエータに印加する」という技術的課題が記載されていることから、構成として上位概念的機能が開示されているということはできない。更に、訂正明細書に、「実施例以外にコード化した電気信号が比例機構運動に変換されるどのようなタイプの電気-機械変換器または加算器をもその範囲に包含している」との記載があることはすでに指摘したところであるが、この記載はアクチュエータに関する記載であり、前述のとおり本願発明の駆動回路は、模様信号を信号の形態を変えることなく印加するという機能(D→D)のものであることからすれば、特許請求の範囲構成要件Bにおいて、アクチュエータの構成が限定されていないとしても、本願発明のアクチュエータが、コード化した電気信号を機械的運動に変換する(D→A)アクチュエータであることを規定するものと解釈することができる。静的記憶装置からとり出される模様信号はコード化した信号であるから、この信号をアクチュエータに印加するためには、印加回路は、D→D回路でなければならないことは当業者にとって容易に理解できることである。そして、前述のとおり訂正明細書には、D→D回路以外の印加回路は開示されていないのであるから、本願発明における「前記電気-機械的アクチュエータに有効に印加する駆動回路」は、信号の形態を変えることなくアクチュエータに印加する回路(D→D)に限定されるものと解することもできるのである。構成要件Fについての原告の主張は、前訴における主張を翻すものであって、信義則に反するものであるとともに、前判決の説示にも反するものである。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、昭和六二年九月一七日付手続補正書により補正された訂正明細書の特許請求の範囲第1項の記載及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由についての判断1 前記争いのない特許庁における手続の経緯、昭和六二年九月一七日付手続補正書により補正された訂正明細書の特許請求の範囲第1項の記載及び本件審決の理由の要点に成立に争いのない甲第二号証(特許願書添付の第1図)、甲第五号証(訂正明細書及び第2、3図、第4A図、4B図、第5図、第6A図、6B図)、甲第七号証(前判決)を総合すると、前審決は、右訂正前の特許請求の範囲に「前記累進所定のコードの前記出力信号に応答して前記記憶装置からとり出された前記データに対応するステッチ模様信号を前記駆動装置に有効に印加する装置」と規定されていた印加装置について、このように規定された印加装置は、第一引用例(昭和四四年特許出願公告第六八五一号公報・乙第五号証)の「磁気シートから読み取られた原信号、すなわちシグナルパルスをタイミングパルスに対応させ、シフトレジスター、カウンター等を用いてシグナルパルスに対応する所定のパルスをパルス発振器からパルス分配器に送り出しパルスモーターを制御する信号に変換するようにした電子回路」と、ともに「記憶装置から取り出されたデータに対応する模様信号を前記駆動装置に有効に印加する装置」である点で一致すると認定したこと、前訴において、原告は右の印加装置についての右の一致点の認定を誤りであると主張し、
第3図(本判決添付の第3図に相当する。)によれば、静的記憶装置92の出力データライン118〜122は、それぞれのソレノイド40、41、42、43及び44の各駆動トランジスタ123等の入力に直接接続されているのに対して、第一引用例においては、原信号を表すシグナルパルスを出力する磁気シート読取機と、
X軸パルスモーター及びY軸パルスモーターをそれぞれ直接駆動するパルス分配器との間には、複雑な回路構成が含まれているため、その構成及び機能上からいっても、両者は技術的手段を異にする旨主張したこと、被告は、印加装置については、
実施例として記憶装置の出力データラインに接続されたトランジスタ125その他の電子回路が配置された共通組立品であるソレノイド駆動装置123を挙げているのみで、発明の要旨自体として、どのような電子回路を含むかについては、「有効に印加する」というだけでも何も特定していないので、要するに「有効に印加する装置」が記録装置に連接して配設されているということを規定しているだけのものであるから、第一引用例の前記の電子回路も、「模様信号を駆動装置に有効に印加する装置」である旨反論したこと、前判決は、原告の右の主張に沿う判断を示し、
前記訂正前の特許請求の範囲に記載された「有効に印加する装置」の技術的意義はその表現自体から必ずしも明確であるとはいえないが、実施例として駆動装置に含まれる各ソレノイドへの通電を制御するための各駆動トランジスタ及び抵抗からなる技術手段が開示されていることから、印加装置は「記憶装置から取り出されたデータに対応する出力信号(ステッチ模様信号)をその信号形態としては何らの変換を伴うことなく各ソレノイドに与えられる装置」を意味するというべきであると説示し、そのうえで、第一引用例のものが磁気シートから読み出された原信号は、シフトレジスター、補助カウンター、X軸カウンター、Y軸カウンター、遅延装置、
パルス発振器、正逆転切替用メモリ、パルス分配器等より成る電子回路を経ることによって駆動装置であるパルスモーターの制御に適する信号に変換されてから、駆動装置(パルスモータ)に印加されるものであるから、「模様信号を駆動装置に有効に印加する装置」とは技術的内容ないし構成、機能を明らかに異にしそれに伴う効果も異なるとして両者を同一視することはできないと判断して、前審決を取り消したこと、前判決確定後の審判手続において、昭和六二年二月一九日付で「明細書及び図面の記載が不備であるから、本願は特許法36条3項及び四項に規定する要件を満たしていない」とする拒絶理由通知があったので、原告は、昭和六二年九月一七日付手続補正書により明細書及び図面(第1図は従来のまま)を全面補正した訂正明細書を提出したこと、並びに本件審決は、模様信号を駆動装置に印加する装置に関する構成要件Fの印加装置の技術的意義を前判決同様に限定的に解したものの、構成要件Fの記載をみると、そこに記載された「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」及び「有効に印加する」との記載の意味が不明確であり、本願発明の印加装置に関する構成要件Fが、前判決に説示されたような構成、
すなわち、記憶装置からとり出されたデータに対応する出力信号をその信号形態を変換することなく駆動装置に印加する構成を有するものと規定したのか、それとも別様に規定されているのか不明瞭であるから、本願発明の特許請求の範囲構成要件Fに包含される技術手段の範囲が明らかでなく、また構成要件Bとして規定された駆動装置である電気-機械的アクチュエータについては、何ら限定されていないが、構成要件Fの規定が限定的に解釈されるべきである以上、構成要件Bもそれに応じて限定的に記載すべきであるのに、そのように記載されていないから、構成要件F及びBの記載は、いずれも特許法36条4項に定められた要件を満たしておらず、不明確であると判断して審判請求不成立の審決をしたものであることが認められる。
この事実によれば、前判決は、前審決が印加装置に関する前記訂正前の特許請求の範囲の記載の構成要件が前審判手続における第一引用例の記載と一致するとの判断が誤りであることの理由として、右構成要件に記載された「有効に印加する装置」との技術的意義はその表現自体からは必ずしも明らかでないが、訂正前の明細書の発明の詳細な説明及び図面に開示された実施例によれば右印加装置を「記憶装置から取出されたデータに対応する出力信号(すなわちステッチ模様信号)をその信号形態としては何らの変換を伴うことなく各ソレノイドに与えられる装置」を意味する、との判断を示したものであるところ、印加装置に関して第一引用例との対比の関係で示された前判決の右解釈についての判断がどの範囲で拘束力を有するのか問題である。しかし、成立に争いのない甲第六号証(昭和六二年ニ月一九日拒絶理由通知書)によれば、被告は、印加装置の技術的意義を前判決と同様にとらえたうえ、訂正前の特許請求の範囲の記載自体からはそのように限定された趣旨には理解できないからその記載は不明確であること、前判決が取り上げていなかった駆動装置につき、印加装置の技術的意義を前記のように解する限り駆動装置に関する記載も不明確であることなど九項目について記載不備を理由に特許法36条三、四項による拒絶理由を通知したところ、原告は、右の印加装置及び駆動装置に関する事項を含め記載の一部に不備があることを認めて訂正明細書を提出したものであることが認められる。
このように、被告が前審決における第一引用例との対比との関係に触れず、かつ前判決が取り上げなかった事項も含め訂正前明細書に対する特許法36条三、四項に基づく拒絶理由を通知したのに対し、原告も補正に応じ、その結果明細書の内容が変更され、明細書及び図面が、前判決が判断の対象としたものとは異なったものとなった以上、本件の審判手続及び審決取消訴訟では別個の観点から本願について判断することは差し支えないものというべきである。また、特許法36条4項違反という新たな拒絶理由の有無が争点になっている本訴において、原告が、前訴において主張したところと異なる主張をすることが必ずしも信義に反するものともいえない。
2 次に、訂正明細書及び図面に基づいて、本願が特許法36条4項の規定する要件を満たしているか否かについて検討する。
(一) 前記争いのない本願発明の特許請求の範囲第1項の記載に成立に争いのない甲第ニ号証(特許願書添付の第1図)、第五号証(訂正明細書及び図面)を総合すると、本願発明は、模様縫いミシン、特に一針ごとに上下してステッチを形成するミシン針を横方向に揺動せしめて所定のジグザグ状の模様縫いを行うミシンの関するものであるところ、従来、この種模様縫いミシンにおけるステッチ模様の情報は、記憶紙、テープ、カムなどの機械的に動く記憶装置に記憶していたが、この種の記憶装置には、多様多様なステッチ模様を蓄えるために大きなスペースを必要とすること、起動及び停止の際に機械的慣性を伴うことなどの欠点があったので(四頁一二行ないし五頁七行、二九頁五行ないし一〇行)、本願発明は、かかる欠点を有する機械的に動く記憶装置に代えて、静的記憶装置を使用することによって高密度のステッチ模様の情報の記憶を可能ならしめ、予め決められた多種多様なステッチ模様の中から任意のステッチ模様を随時に選択して模様縫いを行うミシン装置を提供することを目的として(五頁八行ないし一六行)、本願発明の特許請求の範囲に記載したとおりの構成を採択したこと、これによって、本願発明は、機械的に動く記憶装置を用いることなく、ROMのような静的記憶装置を用いているので、慣性に由来する問題は生じないこと、また、ミシンの限られたスペース内に記憶されるステッチ模様情報が何倍にも増加したこと、複雑なステッチ模様が簡単な操作で得られること、更に、機械的な摩耗がないこと及びステッチ模様の所定の開始点からステッチを開始できることなどの効果を奏するものであることが認められる。したがって、本願発明は、特許請求の範囲に記載された構成要件のなかでは、特に静的記憶装置(構成要件E)を採択した点に特徴があるものと認められる。
(二) 訂正明細書における発明の詳細な説明に、「駆動回路」(構成要件F)及び「電気-機械的アクチュエータ」(構成要件B)の実施例として示されたものが、電気-機械的アクチュエータとしてD↓A形式である静的記憶装置の出力データラインの数に相当する複数個のソレノイドを備えたものであり、これらのソレノイドの駆動回路が第3図に示されていて、駆動トランジスタ125は、データラインの1又は0の信号を信号形態を変えることなく、ソレノイドに印加する、いわゆるD→D形式の駆動回路となっていて、駆動回路と電気-機械的アクチュエータとの間の信号形態は、いわゆるD→D/D→Aの形態となっていることは、当事者間に争いがなく、また、電気-機械的アクチュエータ(構成要件B)については、訂正明細書に、「実施例以外にコード化した電気信号が比例機構運動に変換されるどのようなタイプの電気-機械変換器または加算器をその範囲内に包含している」との記載があること、したがって、構成要件Bに記載された電気-機械的アクチュエータが、前記の実施例に限定されるものではなく、パルスモーターやリニヤモーターなども包含されることは、被告も認めるところである。
(1) 被告は、訂正明細書に開示された右の実施例に基づいて、訂正明細書発明の詳細な説明に開示された駆動回路の構成は、模様信号(コード化した電気信号)を信号の形態を変えることなく電気-機械的アクチュエータに印加する回路、
すなわち、前記D→Dの信号形態をとって電気-機械的アクチュエータ(D→A)に「有効に印加する」構成のみであると解すべきであるから、本願発明の特許請求の範囲における構成要件F及びBに記載された文言によっては、駆動回路と電気-機械的アクチュエータが、右のD→D/D→Aの信号形態を採用した構成であることが何ら明確になっていないし、包含される技術手段の外延が不明確であると主張する。
しかしながら、まず、特許請求の範囲における電気-機械的アクチュエータ(構成要件B)には何らの限定がなく、これが発明の詳細な説明欄の記載による裏付けられていることは明らかである(このことは、前記のとおり被告も認めるところである。)から、電気-機械的アクチュエータの動作形態としては、D→Aであるものに限定されるものではなく、A→Aの動作形態の技術手段も包含されるのであって、構成要件Bには、要するに、電気信号で与えられたステッチ模様信号を、ステッチ形式装置の運動に変換する電気-機械的アクチュエータが規定されているのみであると解するのが相当である。このように駆動回路からステッチ模様信号を印加され、これをステッチ形成装置に伝える構成要件Bの電気-機械的アクチュエータが訂正明細書における発明の詳細な説明の記載の裏付けによって限定がないものとして規定されている以上、本願発明の電気-機械的アクチュエータ(構成要件B)は、信号形態として交換されないD→Dの印加ばかりでなく、D→Aの信号形態による印加をも予定しているものと認めるのが相当であり、それであれば、駆動回路についても、訂正明細書における発明の詳細な説明には、前記の実施例のみが記載されているとはいえ、被告主張のように、その動作形態や信号形態を特定し、本願発明における駆動回路を前記実施例に示された、模様信号(コード化した電気信号)を信号の形態を変えることなく電気-機械的アクチュエータに印加する回路構成であると限定して解すべき合理的根拠はない。本件審決の判断は、右に説示したところとは逆に構成要件Fの技術的意義をD→Dの信号動作形態をとる実施例に限定したうえで、その印加を受ける構成要件Bをもそれに応じた信号形態のものに限定しようとするもので、少なくとも本件の訂正明細書の前記のような特許請求の範囲の記載にあっては、相当なものとは認めがたい。
(2) 右のとおり本願発明の目的及び効果に即して特許請求の範囲における構成要件F及び構成要件Bの記載をみると、本願発明の駆動回路と電気-機械的アクチュエータは、コード化したステッチ模様信号を、ステッチ形成装置の運動に交換するものであれば、前記の実施例のものに限られず、駆動回路の信号形態やこれを受けてステッチ形成装置の運動に変換する電気-機械的アクチュエータの動作形態についても、特別の限定がなされているものとは認められない。そして、被告も認めるとおり(第三 二3従来技術からみた構成要件B及びFの技術範囲の検討)、本出願前にすでにミシンの針棒揺動用のアクチュエータとして、リニヤアクチュエータやパルスモータなどの技術手段が知られており、また、記憶装置からとり出されたデータに対応する模様信号をアクチュエータに印加する回路構成も、従来から知られているところであるから、本出願当時の当業者の技術水準に照らしてみても、
構成要件F及びBについて、右のとおりかなり広い範囲の従来周知の具体的手段を含む規定であると理解することもできるものである。
3 被告は、構成要件Fにおける「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」との文言が不明確であると主張するが、右の主張は、構成要件Fに規定された駆動回路を実施例に即して記憶装置からとり出された出力信号の信号形態を変換しないまま印加する装置と限定して解釈することを前提とするものであって、
前記のように構成要件Fにおける動作形態、信号形態に右のような限定がないものと解する以上、特許請求の範囲構成要件Fにおける「少なくとも一つの能動素子及び受動素子をそれぞれ含み」との文言は、ステッチ模様信号を電気-機械的アクチュエータに有効に印加するための機能を有する駆動回路としての必要最少限の構成(印加回路の構成上印加すべき信号形態いかんにかかわらず少なくとも一つの能動素子と受動素子が不可欠である。)を規定したものと理解できるのであり、また、「有効に印加する」との記載についても、被告は右同様の前提の下に不明確であると主張しているが、電気-機械的アクチュエータに対する駆動回路として記憶装置からとり出したデータに対応するステッチ模様信号を印加する機能を十分に有するものであることを規定したものと理解できるものであり、したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。また、構成要件Bが不明確であるとする被告の主張も、右同様の前提に立つものであって、この点に理由がないことは、すでに説示したところから明らかである。なお、被告は、駆動回路(構成要件F)及び電気-機械的アクチュエータ(構成要件B)について、前記のように理解すると、コード化された模様信号をアクチュエータに印加する回路についてはいかなるものでも構成要件Fに包含されることになり、不当である旨主張するが、そのことは、本願発明の進歩性に有無に関わる問題であって、本願明細書の特許請求の範囲の記載が特許法36条4項の規定を満足するか否かの判断とは別のことであり、本願発明の目的ないし課題、発明の詳細な説明欄の記載並びに特許請求の範囲の記載の検討から得られた構成要件F及びBについて右のような解釈を左右し得る性質のことではない。
右のとおり、構成要件B及びFを含めた本願発明の特許請求の範囲の記載は、前記認定に係る本願発明に目的及び効果に対応しているものであり、その記載にも不備があるとはいえず、本件審決が指摘した「駆動回路」(構成要件F)(本件審決のいう「印加装置」)に包含される具体的手段についての外延も前記認定のとおり理解され得るのであるから、訂正明細書の特許請求の範囲の記載が特許法36条4項の規定する要件を満たしていないとした本件審決の判断は誤りである。したがって、本件審決は、違法として取消しを免れない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤った違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものとして、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条及び民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 松野嘉貞
裁判官 舟橋定之
裁判官 小野洋一