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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13行ケ337審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ67特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成12ネ1016特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成16行ケ86審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10006審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 創作性(創作) /  物の発明 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  上位概念 /  下位概念 /  同一の発明 /  先行技術 /  優先権 /  置換 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  誤訳の訂正 /  誤記の訂正 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 427号 審決取消請求事件
原告 積水化学工業株式会社
訴訟代理人弁理士 宮崎主税
同 目次誠
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 佐野整博
同 宮坂初男
同 一色 由美子
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2004-39098号事件について平成16年8月20日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告がその有する特許第3335523号(以下「本件特許」という。)につき,平成16年5月14日に訂正審判を請求したところ,特許庁が同年8月20日に不成立の審決(本件審決)をしたことから,原告がこれを不服としてその取消しを求めた訴訟である。
なお,本件特許についてはAより特許異議の申立てがされ,特許庁が平成16年2月2日に同異議申立てに基づき本件特許を取り消す旨の決定をした(その理由は本件審決とほぼ同じ。)ことから,原告は,本件訴訟に先立って上記取消決定の取消しを求める訴訟を提起し,同訴訟は当庁平成16年(行ケ)第94号事件として当裁判所に係属しているが,平成17年3月28日請求棄却の判決がなされた。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁等における手続の経緯 ア 原告は,平成8年3月1日,名称を「室温硬化性組成物」とする発明につき特許出願(特許法41条に基づく優先権主張・平成7年3月2日及び平成7年8月2日)をした。特許庁は,同出願につき,特許をすべき旨の査定をし,平成14年8月2日,特許第3335523号(本件特許)として設定登録がされた。
イ その後,Aから本件特許について特許異議の申立てがされ,同申立ては異議2003-70987号事件として特許庁に係属した。同事件の審理の過程において,原告は,平成15年9月30日付けで本件特許出願の願書に添付した明細書の訂正を請求した(以下「旧訂正請求」ということがある。)。
ウ 特許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成16年2月2日,上記訂正の請求は認められないとした上で,「特許第3335523号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は同年2月16日に原告に送達された。その理由とする所は,本件審決の理由とほぼ同一である。
エ 原告は上記決定を不服として,平成16年3月10日,その取消しを求める訴えを当裁判所に提起し,同訴えは当庁平成16年(行ケ)第94号事件として当裁判所に係属した。
原告は,上記訴訟事件の係属中である平成16年5月14日,旧訂正請求が特許庁から退けられたことを踏まえ,本件特許出願の願書に添付した明細書を旧訂正請求とは別の内容に訂正すること(以下「本件訂正」という。)について特許庁に本件審判の請求をした。
オ 特許庁は,訂正2004-39098号事件として審理をした上,平成16年8月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする本件審決をし,その謄本は同年9月1日原告に送達された。
(2) 発明の内容 ア 設定登録時 【請求項1】 数平均分子量が6千〜3万の,架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体100重量部,及び,ステアリルアミン0.1〜20重量部からなることを特徴とする室温硬化性組成物。
【請求項2】 更に,平均粒径10〜80μmの充填剤を2〜30重量部含有することを特徴とする請求項1記載の室温硬化性組成物。
イ 旧訂正請求 設定登録時の請求項2を削除した上,請求項1を次のとおり訂正する。
(下線部分は訂正箇所) 【請求項1】 数平均分子量が6千〜3万の,架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体100重量部,艶消し剤としての ステアリルアミン0.1〜20重量部及びシラノール縮合触媒 からなることを特徴とする室温硬化性組成物。
ウ 本件訂正後(以下「本件訂正発明」という。) 設定登録時の請求項2を削除した上,請求項1を次のとおり訂正する(下線部分は訂正箇所を示す。)。
【請求項1】数平均分子量が6千〜3万の,架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体100重量部,艶消し効果及び表面汚れ防止効果付与物質としての ステアリルアミン0.1〜20重量部及びシラノール縮合触媒 からなることを特徴とする室温硬化性組成物。
(3) 本件審決の内容 詳細は,別紙1記載のとおりであるが,その要点は,次のとおりである。
ア 本件訂正のうち,本件訂正前(設定登録時)の請求項2を削除すること,及び本件訂正前の請求項1につき「シラノール縮合触媒」を含むとする限定を付することについては,特許請求の範囲減縮を目的とするものと認められるが,本件訂正前の請求項1の「ステアリルアミン」を,「艶消し効果及び表面汚れ防止効果付与物質としてのステアリルアミン」とする訂正は,それによってステアリルアミンを限定したものとはいえず,特許請求の範囲減縮を目的とするものとすることはできず,また,明りょうでない記載の釈明であるとも,誤記の訂正を目的とするものとも認められないから,本件訂正は,特許法126条1項ただし書の規定に適合しない。
イ 仮に本件訂正が特許請求の範囲減縮を目的とするものであっても,本件訂正発明は特許法29条1項3号に該当し,独立特許要件を欠くものであるから,特許法126条4項の規定に適合しない。
(4) 本件審決の取消事由 本件審決は,本件訂正が特許法126条1項ただし書の要件に適合するか否かの判断を誤り,かつ,本件訂正発明が独立特許要件を満たすか否かの判断を誤ったものであり,その誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
ア 訂正事項についての判断の誤り(取消事由1) 訂正が特許法126条1項ただし書の要件を満たすか否かについては,訂正前の特許請求の範囲の記載と,訂正後の特許請求の範囲の記載を全体として比較し,「特許請求の範囲減縮」に当たるか否かを判断すべきである。
本件訂正のうち,本件訂正前(設定登録時)の請求項1の「ステアリルアミン」を「艶消し効果及び表面汚れ防止効果付与物質としてのステアリルアミン」とする訂正が,ステアリルアミンという化合物自体の減縮を意味しないとしても,本件訂正は,本件訂正前の請求項1につき,ステアリルアミンについての上記訂正に加えて,「シラノール縮合触媒」を含むものとする限定を付しているから,本件訂正後の請求項1に記載された発明である本件訂正発明は,本件訂正前の請求項1に記載された発明と対比して,全体として減縮したものとなっている。
したがって,本件訂正は「特許請求の範囲減縮」を目的とするものというべきでり,本件訂正は,特許法126条1項ただし書の要件を満たしている。
独立特許要件についての判断の誤り(取消事由2) (ア) 選択発明は,@先行文献において上位概念で表現されている先行発明に対し,該上位概念に包含される下位概念である発明,又はA例えばA,BもしくはCである構成が先行技術に開示されている場合,選択肢の1つであるBを構成として選択した発明である。そして,このような選択発明が特許される根拠は,先行文献に開示されている範囲内にも,先行文献において認識されていなかった有用な特性が存在する場合,このような特性の発見を奨励することが望ましいため,このような先行文献において認識されていなかった有用な特性についての発明を新規性を否定することなく特許すべき点にある。すなわち,上記先行発明で認識されていなかった異質の効果又は同質であるが際立って優れた効果を有する場合,このような効果の発見が技術の進歩に寄与し,かつ該発明の開示が更なる技術の発展を促進するため,選択発明の特許性が肯定されている。そして,上記選択発明の特許性の判断については,(1)先行文献に具体的に開示されておらず,従って新規性が否定されないこと,及び(2)先行発明が有する効果とは異質の効果又は同質であるが際立って優れた効果を有することが必要であるとされている。
(イ) 特開平6-322251号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)刊行物1には,本件訂正発明における,数平均分子量が6千〜3万の,架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体100重量部と,シラノール縮合触媒とを含む組成は開示されている。
本件審決は,刊行物1の特許請求の範囲の請求項1に記載された酸性化合物及び/または塩基性化合物(C)について,刊行物1の段落【0025】に「塩基性化合物としては,有機アミン化合物が好ましく,具体的にはオクチルアミン,ラウリルアミン,ステアリルアミン,アニリンなどの脂肪族及び芳香族モノアミン,エチレンジアミン,トリエチレンジアミン,トリエチレンテトラミン,フェニレンジアミンなどの脂肪族および芳香族ポリアミン等が使用できる。」との記載があり,上記塩基性化合物(C)として,ステアリルアミンが例示されていること,さらに重合体に対する割合についても,0.001〜10重量部とする構成が記載されているため,本件訂正発明と刊行物1記載の発明が重複・一致していると認定している。
しかしながら,刊行物1記載の発明は,「必要な可使時間が得られるような触媒の使用量にすると,深部硬化性すなわち硬化物全体の硬度の発現が悪くなる」欠点を解消するためになされたものであり(段落【0006】),刊行物1に「本発明では硬化触媒を使用することが必須であるが,特に2価のスズカルボン酸塩,2価の鉛カルボン酸塩およびビスマスカルボン酸塩から選ばれる少なくとも1のカルボン酸塩(B)と酸性化合物および/または塩基性化合物(C)を触媒として使用する。」(段落【0022】)と記載されているとおり,塩基性化合物(C)は,2価のスズカルボン酸塩(B)とともに,硬化触媒として添加されているにすぎない。
すなわち,刊行物1記載の発明は,上記室温硬化性組成物において,2価のスズカルボン酸塩などのカルボン酸塩(B)と,ステアリルアミンを含む塩基性化合物(C)との双方をあくまでも硬化触媒として利用することにより,上記欠点を解消したものであり,刊行物1には,ステアリルアミンが艶消し効果及び硬化物の表面汚れ防止効果を発現することについては,何ら記載されておらず,これを示唆する事項の記載もない。
このことは,刊行物1に記載された実施例及び比較例の評価からも裏付けられる。すなわち,刊行物1の段落【0040】の表1には,刊行物1記載の室温硬化性組成物の硬化物の1日後,2日後,3日後,7日後における各硬度と触媒添加量との関係が示されているだけであり,艶消し効果や表面汚れ防止効果については何ら評価されていない。段落【0032】〜【0039】に具体的な組成を表示した実施例が記載されているが,その記載中には加水分解性ケイ素基を有する有機重合体P1〜P5の1種を100重量部に対し,ジオクチル酸スズ100重量部及びラウリルアミン30重量部を混合してなる組成物についての評価が示されているだけであり,ステアリルアミンを用いた組成物の具体的な実施例は記載されていない。
上記のとおり,刊行物1の段落【0025】には,ステアリルアミンが,オクチルアミン,ラウリルアミン,アニリンなどと並べて記載されているが,この記載は,あくまでも硬化触媒として用いられる有機アミン化合物の例を開示しているにすぎず,刊行物1には,ステアリルアミンが艶消し効果及び表面汚れ防止効果を発現するという,本件訂正発明により得られる,非予測性を有する顕著な効果については何ら開示されていない。
本件訂正発明は,刊行物1に記載の発明に対し,非予測性を有する顕著な効果を有する選択発明である。
(ウ) 本件審判の審理の過程において,原告は,証拠として実験成績証明書(甲4)を提出し,これによりステアリルアミンがラウリルアミンに比べて格別顕著な艶消し等の効果を奏することを立証したが,本件審判において発出された訂正拒絶理由通知書(甲5)においては,「20℃という通常温度において,ラウリルアミンにも艶消し効果があることは明らかであり,ステアリルアミンのみが格別顕著な効果を有しているとすることはできない。」との指摘がなされた。
しかしながら,実験成績証明書から明らかなように,20℃ではラウリルアミンも艶消し効果を発揮するものの,25℃ではその効果は低下する。他方,ステアリルアミンを用いた場合には,ラウリルアミンに比べて,25℃において一桁以上優れた艶消し効果を発揮している。言い換えれば,20℃から25℃以上に周囲温度が変化した場合であっても,ステアリルアミンを用いた場合には,優れた艶消し効果が維持されるのに対し,ラウリルアミンなどの他のアミン化合物を用いた場合には,このような顕著な効果は得られない。
上記訂正拒絶理由通知書では,20℃が通常温度であるとして,20℃における艶消し効果のみを対比して判断されているが,室温硬化性組成物が適用される部分は,温度調節された実験室に限定されるものではない。すなわち,本件訂正発明に係る室温硬化性組成物が具体化された商品は,車両や建造物などの屋外に配置される部分にも用いられる。このような環境では,通常の温度の範囲は,20℃に限定されず,夏季には25℃はおろか30℃をも超えることが多い。
なお,本件審決では,ステアリルアミンが他のものと比較して格別顕著な効果を奏するとの記載が本件訂正後の明細書(甲8。以下「本件訂正明細書」という。)に認められない旨が指摘されている。しかしながら,本件訂正明細書実施例の記載においては,ステアリルアミンがステアリルアミンを含まない比較例に対して,優れた艶消し効果を有することが記載されている。したがって,本件訂正明細書の段落番号【0018】〜【0024】において,アミン化合物,アミド化合物などが同列に記載されているとしても,実施例におけるステアリルアミンについての評価結果により,ステアリルアミンの添加により室温硬化性組成物が優れた艶消し効果を奏することは明瞭に裏付けられている。
(エ) 以上のとおり,本件訂正発明は,ステアリルアミンを含むことにより格別顕著な効果を有する選択発明であり,刊行物1には,このような本件訂正発明は記載されていないから,本件訂正発明は特許法29条1項3号に該当するものではなく,独立特許要件を具備するものである。したがって,本件訂正は,特許法126条4項の規定に適合するものである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 審判請求人たる原告がした本件訂正が特許法126条1項ただし書,同条4項の規定に適合しないとした本件審決の判断に,誤りはない。
(1) 訂正の目的についての判断の誤り(取消事由1)について 本件訂正が特許法126条1項ただし書の規定する訂正の要件を充足するか否かについては,本件訂正の各箇所のすべてについて,それぞれ,その訂正が同項ただし書の規定のいずれに該当する訂正であるかどうかを判断すべきものであって,特定の請求項に係る特許請求の範囲の全体につき訂正前と訂正後の記載内容を比較して「特許請求の範囲減縮」に該当するか否かを判断すべきものではない。
例えば,特許請求の範囲において,訂正が一つで,その訂正が特許請求の範囲減縮にも,明りょうでない記載の釈明にも,誤記・誤訳の訂正にも該当しない場合,その訂正は認められないはずであり,訂正が2箇所で,一つの箇所が「特許請求の範囲減縮」に該当する場合には,他の箇所が同項ただし書各号のいずれにも該当しないときでも,全体として「特許請求の範囲減縮」に該当するとして,訂正が認められるとすると,訂正が一つの場合と二つの場合とでその結果の判断が違ってくることになり,整合性がとれなくなるからである。
本件審決は,上記の観点に立って,本件訂正は,特許法126条1項ただし書の規定に適合しないと判断したものであり,正当である。
(2) 独立特許要件についての判断の誤り(取消事由2)について ア 刊行物1には「室温硬化性組成物」が記載され,本件訂正発明の構成である数平均分子量が一致する「架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体」,「ステアリルアミン」及び「シラノール触媒」が記載され,それぞれの添加量も重複一致している。そして,同一の組成物が同一の効果を有していることは明らかであり,ステアリルアミンの使用目的にかかわらず,刊行物1には,本件訂正発明と同一の室温硬化性組成物が記載されているといわざるを得ない。
発明が同一といえない場合に,その発明の容易性の判断に当たって,効果の顕著性を判断要素として考慮すべきものであるとしても,全くの同一のものに対してまで,効果の判断は求めるべきではない。同一のものであるならば,同一の効果を有するとするのが相当である。
なお,選択発明が成立する可能性についていえば,特許出願前に公知の引用発明が広い発明であって,その構成要件上位概念で記載されている場合において,該当の化合物が具体的に記載されていないとき,あるいは,該当の化合物が記載されているもののその具体的な添加量が著しく違っているとき等であって,しかもその効果が引用発明に比べて極めて顕著である場合に限って例外的に認められるべきであり,特許法におけるダブルパテントの排除という目的からして,全くの同一の発明が記載されている場合は選択発明が成立する余地はないというべきである。
イ 原告は実験成績証明書(甲4)を提示して本件訂正発明の効果を主張しているが,選択発明は,上記公知発明が開示された刊行物に具体的な記載がなく,さらに顕著な効果を奏する場合に認められるものであるから,その効果についても,出願当初の明細書に,直接的かつ明りょうに記載されていることが前提であり,追加の資料でもって効果の顕著性を主張すべきではないことも当然といえる。
本件訂正明細書には,ステアリルアミンを選択したとすることの記載もなく,また,刊行物1の実施例に記載されたラウリルアミンと比較して格別顕著な効果を奏することの記載もなく,本件訂正発明が選択発明に値しないものであることは明らかである。
さらに,実験成績証明書の実験結果についても,20℃という通常温度では,ステアリルアミンとラウリルアミンの艶消し効果に格別な差異はなく,室温硬化性組成物の発明という観点から見た場合,ステアリルアミンはラウリルアミンより硬化特性において劣っていることが示されており,本件訂正発明の効果が格別顕著といえないことは明らかである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯)・(2)(発明の内容)・(3)(本件審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 取消事由1(訂正事項についての判断の誤り)について (1) 本件訂正審判の請求は,前記のように本件訂正前の請求項2を削除することを求めるとともに,本件訂正前の請求項1につき,@「ステアリルアミン」を「艶消し効果及び表面汚れ防止効果付与物質としてのステアリルアミン」とする訂正と,A「シラノール縮合触媒」を含むものと限定する訂正との2つの訂正を求めるものである。そして,上記Aの訂正は「特許請求の範囲減縮」を目的とするものと認められる。また,上記@の訂正は,単にステアルアミンの添加効果あるいは添加目的を示す記載を付加するものにすぎず,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものでないことは明らかである。したがって,本件訂正前の請求項1についての上記@Aの訂正は,全体として「特許請求の範囲減縮」を目的とするものと解するのが相当であるから,請求項2の削除を含む本件訂正は,同項ただし書に適合するというべきである。してみると,本件訂正が特許法126条1項ただし書の規定に適合しないとした本件審決は,その判断を誤ったものということになる。
(2) しかし,本件審決は,進んで,本件訂正が特許請求の範囲減縮に該当するとした場合,本件訂正発明が果たして独立特許要件を満たすものか否かについても検討を加えており,もし,本件訂正発明は特許法29条1項3号に該当し独立特許要件を欠くとの判断に誤りがない場合には,訂正事項についての上記判断の誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼさないことなる。
そこで,次項において,本件訂正発明が独立特許要件を満たさないとした本件審決の判断の当否について検討することとする。
3 取消事由2(独立特許要件についての判断の誤り)について 原告は,「選択発明は,先行発明が有する効果とは異質な効果,又は同質であるが際立って優れた効果を有し,これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは,特許性を有する」との考えに立って,本件訂正発明は刊行物1記載の発明に対し「非予測性を有する顕著な効果」を奏する選択発明であると主張する。
(1) 甲1,2,8,弁論の全趣旨によれば,本件訂正発明と刊行物1記載の発明に係る「室温硬化性組成物」の用途がシーリング材及び接着剤であり,その目的とするところは一致するものであること,刊行物1に,本件訂正発明における,数平均分子量が6千〜3万の,架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体100重量部と,シラノール縮合触媒とを含む組成が開示されていることが認められる。
(2) 一方, 刊行物1(甲1)には次の記載がある。
ア 「【従来の技術】従来,例えば変成シリコーン系樹脂として知られるような,末端加水分解性ケイ素基を有する各種の重合体を硬化して,シーリング剤,接着剤等に使用する方法はよく知られており,工業的に有用な方法である。」(段落【0002】) イ 「【発明が解決しようとする課題】・・・加水分解性ケイ素基を有する重合体のうち,特に加水分解性ケイ素基として,アルコキシリル基を有する化合物では,室温硬化性を付与するために,いわゆる硬化触媒を使用することが通常行われている。
・・・そのような硬化触媒としては,一般にカルボン酸の金属塩,酸性化合物または塩基性化合物等が知られているが,なかでも4価の有機スズ化合物または2価のスズのカルボン酸塩が一般的である。特に特公昭61-60867号公報に記載されている2価のスズカルボン酸塩と酸性化合物または塩基性化合物との組合せは2液シーリング剤用の触媒として使用した場合,硬化物の圧縮永久歪性が著しく改善されることから非常に有効な方法である。
・・・しかしながら,2価のスズのカルボン酸塩と酸性化合物または塩基性化合物との組合せを触媒として使用し,前記の公知例に提案されている比較的短い分子量のポリエーテル化合物をジハロゲン化合物でつなぎあわせて高分子量化したのち加水分解性ケイ素基を導入する方法により製造された,加水分解性ケイ素基を有する重合体と,充填剤等からなる混合物を硬化させた場合,必要な可使時間が得られるような触媒の使用量にすると,深部硬化性すなわち硬化物全体の硬度の発現が悪くなる欠点があった。」(段落【0003】〜段落【0006】)。
ウ 「【課題を解決するため手段】本発明はそのような欠点を解消しようとするものであり,すなわち一分子が下記一般式(1)で表され,かつ全分子平均で一分子当り0.3個以上のケイ素含有基を有する有機重合体(A)100重量部,2価のスズカルボン酸塩,2価の鉛カルボン酸塩およびビスマスカルボン酸塩から選ばれる少なくとも1のカルボン酸塩(B)0. 001〜10重量部ならびに酸性化合物および/または塩基性化合物(C)0. 001〜10重量部を含有する室温硬化性組成物である。
R1-(SiX a R23-a )n ・・・(1) (式中R1は数平均分子量5000以上の有機重合体の残基。R2は炭素数1〜20の置換もしくは非置換の1価の炭化水素基。Xは加水分解性基。aは1,2または3。nは整数。) ・・・」(段落【0007】) エ 「本発明では硬化触媒を使用することが必須であるが,特に2価のスズカルボン酸塩,2価の鉛カルボン酸塩およびビスマスカルボン酸塩から選ばれる少なくとも1のカルボン酸塩(B)と酸性化合物および/または塩基性化合物(C)を触媒として使用する。・・・」(段落【0022】) オ 「塩基性化合物としては,有機アミン化合物が好ましく,具体的にはオクチルアミン,ラウリルアミン,ステアリルアミン,アニリンなどの脂肪族および芳香族モノアミン,エチレンジアミン,トリエチレンジアミン,トリエチレンテトラミン,フェニレンジアミンなどの脂肪族および芳香族ポリアミン等が使用できる。酸性化合物および/または塩基性化合物(C)としては有機アミン化合物が好ましい。」(段落【0025】) カ 「硬化触媒の使用量としては,有機重合体(A)100重量部に対し,金属のカルボン酸塩(B)を0.001〜10重量部,酸性化合物および/または塩基性化合物(C)を0.001〜10重量部の範囲で使用するのが好ましく,特に,金属カルボン酸塩(B)0.05〜3重量部,酸性化合物および/または塩基性化合物(C)が0.05〜3重量部使用するのが好ましい。」(段落【0026】) キ 「本発明の組成物は,さらに公知の種々の充填剤,可塑剤,添加剤等を含むことができる。充填剤としては,公知の充填剤が使用でき,具体的には,………シラスバルーン等の充填剤,石綿,ガラス繊維およびフィラメントのような繊維状充填剤が使用できる。」(段落【0027】) (3) 上記(2)の各記載によれば,刊行物1記載の発明は,必要な可使時間が得られるような触媒の使用量にすると,深部硬化性すなわち硬化物全体の硬度の発現が悪くなる欠点を解消するためになされたものであり,室温硬化性組成物において,2価のスズカルボン酸塩などのカルボン酸塩(B)と,ステアリルアミンを含む塩基性化合物(C)との双方を硬化触媒として利用することにより,上記欠点を解消したものであることが認められるが,刊行物1には,ステアリルアミンが艶消し効果及び硬化物の表面汚れ防止効果を発現すること,ステアリルアミンを上記効果を発揮させるべく構成要素に取り入れることについては,何らの記載もなく,これを示唆する事項についての記載もない。
しかしながら,前記(2)に認定したとおり,刊行物1には,刊行物1記載の室温硬化性組成物において,硬化触媒の一つとして塩基性化合物を使用することが必須であること,また,その塩基性化合物としては,有機アミン化合物が好ましく,具体的にはオクチルアミン,ラウリルアミン,ステアリルアミン,アニリンなどの脂肪族および芳香族モノアミン,エチレンジアミン,トリエチレンジアミン,トリエチレンテトラミン,フェニレンジアミンなどの脂肪族および芳香族ポリアミン等が使用できることが記載されている。
そして,上記室温硬化性組成物において硬化触媒の一つとして使用する塩基性化合物を選択する際に,上記に例示された脂肪族及び芳香族モノアミンや脂肪族及び芳香族ポリアミン等のうち,いずれを使用するかはその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が必要に応じて適宜選択し得るものであるところ,上記の塩基性化合物の中の一つを選択した場合,その塩基性化合物が硬化触媒としての効果を奏するほかに,艶消し効果及び表面汚れ防止効果を奏するとしても,その効果は,刊行物1記載の室温硬化性組成物が普通に使用されれば,当業者が格別の創作行為をもってせずとも,その「てかり」具合や汚れの具合を目視することによって,視覚的に認知することができるものであること,選択可能な塩基性化合物としては刊行物1に代表的なものが列挙され,その選択の範囲はかなり限定されたものとなっていることを考慮すれば,そのような効果は,当業者がその選択を行う過程において使用試験を行うことにより,容易に発見できる事柄であると考えられる。
したがって,ステアリルアミンが刊行物1に開示のない艶消し効果及び硬化物の表面汚れ防止効果を有するものとしても,それは,本件特許出願当時の技術水準に照らし,当業者が予測できないような顕著な効果であるとまでいうことはできない。
(4) 他方,次に本件訂正明細書(甲8)の記載内容をみるに,同明細書には,ステアリルアミンが有するという艶消し効果等に関し,次の記載がある。
ア 「シーリング材や接着剤等に使用される室温硬化性組成物には,安物感を出さないために,過度に艶が出た状態,所謂「てかり」が出ないことも要求される。この艶消し化への要求に対しては,従来,艶消し塗料の使用,粒径が比較的大きい充填物や多孔物質の添加等により対応がなされてきた。」(段落【0006】) イ 「しかし,艶消し塗料の使用は工程の増加やコスト上昇に繋がり,また,充填物や多孔物質を添加した場合には,引っ張り物性が低下して,シーリング剤としての充分な物性を有するものが得られにくくなる等の欠点を有することとなる。従って,工程の短縮化,コストダウンを図るためにも,現在では,艶消し化されたシーリング材が求められている。」(段落【0008】) ウ 「【発明が解決しよとする課題】 本発明は,上記に鑑み,シーリング材の物性を低下させず,硬化後の表面が艶消しされた室温硬化性組成物を提供することを目的とする。」(段落【0009】) エ 「【課題を解決するための手段】 本発明の室温硬化性組成物は,数平均分子量が6千〜3万の,架橋可能である加水分解性シリル基を末端に有する主鎖がプロピレンオキシドの重合体100重量部,艶消し効果及び表面汚れ防止効果付与物質としてのステアリルアミン0.1〜20重量部及びシラノール縮合触媒からなることを特徴とする。」(段落【0010】)」 オ 「本発明で使用されるアミン化合物,アミド化合物,脂肪酸,アルコール,又は,脂肪酸エステルは,融点が10〜200℃である。融点が10℃未満であると,得られる組成物から染み出しやすくなり,シーリング材として使用する場合に基材への汚染をきたし,汚れの原因となり,200℃を超えると,上記重合体との混合が難しくなり,混合時に高温による溶融又は多量の溶剤が必要となるので,上記範囲に限定される。上記アミン化合物,アミド化合物,脂肪酸,アルコール,又は,脂肪酸エステルの融点は,好ましくは20〜140℃である。・・・含有量が0.1重量部未満であると,艶消し効果が得られず,20重量部を超えると,接着性が悪くなる・・・上記融点が10〜200℃であるアミン化合物としては,例えばラウリルアミン(融点25℃),ステアリルアミン(融点50℃),・・・等が挙げられる。」(段落【0018】〜【0020】), カ 「(性能評価)室温硬化性組成物が付着しないような処理をしたガラス板の上に型枠を置き,得られた室温硬化性組成物を泡が入らないように注意して充填し,その表面をへらで平らにならし,これを20℃,相対湿度65%の条件で7日間放置して硬化させ,70mm×150mm×5mm(高さ)の試料を作成した。得られた試料を用いて,下記の方法にて,光沢度,汚れ性および伸びを評価した。
・光沢度:60度鏡面光沢をJIS Z 8741に準拠して測定した。
・汚れ性:大阪府堺市築港新町にて,屋外暴露を3カ月行った後,表面の汚れを官能評価した。
(評価基準) ○:殆ど汚れていなかった。
△:少し汚れて,黒ずんでいた。
・伸び:JIS K 6301に準拠して測定した。
以上の評価結果を表1(判決注:別紙2の表1)に示した。(段落【0040】) キ 「【発明の効果】 本発明の室温硬化性組成物は,上述の構成よりなるのでシーリング材の物性を低下させず,硬化後の表面が艶消しされており,また,施工後に粉塵やほこり等の付着による汚れを防ぐことができ,外壁の目地のシーリング,接着等に好適に使用できる。」(段落【0042】)。
(5) 本件訂正明細書において艶消し効果等に関して記載した部分は,以上(4)の記載のみである。しかして,上記の記載によれば,ステアリルアミンを含む室温硬化性組成物(実施例)とこれを含まない室温硬化性組成物(比較例1ないし3)を20℃,相対湿度65%の条件で7日間放置して硬化させ,70mm×150mm×5mm(高さ)の各試料を作成し,その光沢度,汚れ性を評価する試験を行ったところ,実施例では当該材料の光沢度が2.2であり,殆ど汚れていなかったこと,3つの比較例では光沢度がそれぞれ54.9,35.1,5.1であったとの結果が出たことが示されており,他の記載部分をも併せみれば,ステアリルアミンに刊行物1には記載のない艶消し効果等があることは理解できるものの,上記試験において比較例とされたのはステアリルアミンその他の塩基性化合物を全く含まないもののみであり,硬化触媒の一つである塩基性化合物として好ましいとされるアミン化合物のうちステアリルアミン以外の化合物を含むものとの比較結果は何ら示されておらず,上記の記載からは,ステアリルアミンが他の選択可能なアミン化合物と比較して顕著な艶消し効果を有するものか否かにつき記載がないといわざるを得ない。
(6) 原告は,実験成績証明書(甲4)から明らかなように,20℃ではラウリルアミンも艶消し効果を発揮するものの,25℃ではその効果は低下する,他方,ステアリルアミンを用いた場合には,ラウリルアミンに比べて,25℃において一桁以上優れた艶消し効果を発揮している,言い換えれば,20℃から25℃以上に周囲温度が変化した場合であっても,ステアリルアミンを用いた場合には,優れた艶消し効果が維持されるのに対し,ラウリルアミンなどの他のアミン化合物を用いた場合には,このような顕著な効果は得られないと主張する。
しかしながら,硬化触媒としてステアリルアミンを用いた場合,周囲温度が25℃以上に変化した際にも艶消し効果が維持される点については,本件訂正明細書中に記載されておらず,これを示唆する記載も見当たらない。
(7) 上記(1)ないし(6)に説示したところからすれば,本件訂正発明は先行発明である刊行物1記載の発明とは異なる際立って優れた効果を有するということはできないというべきであり,選択発明として認められるべき進歩性の要件を欠くということになる。
しかして,本件訂正発明と刊行物1記載の発明とは,本件訂正発明が,刊行物1に使用可能な硬化触媒の一つとして例示されているステアリルアミンが艶消し効果及び表面汚れ防止効果を有することに着目し,同効果の付与物質としてこれを室温硬化性組成物の要素として配合することを発明の特定事項としている点を除いて,その構成に相違は認められないところ,その相違に係る部分に選択発明としての進歩性が認められないことは前記のとおりであるから,結局,本件訂正発明は,刊行物1記載の発明と同一の発明に帰するというべきであり,特許法29条1項3号により,独立して特許を受けることはできないものである。
4 結語 以上によれば,本件審決には,結論に影響を及ぼすべき瑕疵はないことになる。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人