運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1988-7232
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成7行ケ148 判例 特許
平成13ワ13678特許権移転登録請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  新規性 /  共同研究 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  新規性喪失の例外(喪失の例外) /  刊行物に発表 /  出願公開 /  実施 /  社会通念 /  実施権 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 3年 (行ケ) 158号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1992/03/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告(1) 特許庁が、平成3年4月19日、同庁昭和63年審判第7232号事件についてした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決2 被告 主文と同旨の判決
請求の原因
1 特許庁における手続きの経緯 原告は、昭和57年7月8日、名称を「コンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をしたところ、昭和63年2月19日、拒絶査定を受けたので、同年4月23日、これに対する審判の請求をした。
特許庁は、同請求を昭和63年審判第7232号事件として審理した上、平成3年4月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月13日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点は、別紙昭和63年審判第7232号審決写理由欄記載のとおりである。
3 本件審決を取り消すべき事由 本件審決は、本願発明に係るせん断補強筋の強度試験について、名古屋工業大学建築学科の【A】ら3名が「昭和56年度日本建築学会東海支部研究発表会」において「鉄筋リングで補強した鉄筋コンクリート造有孔梁のせん断実験」と題する報告文書(以下「本件報告文書」という。)をもって発表したことが、特許法第30条第1項にいう、特許を受ける権利を有する者が特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表したことには当たらないと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
(1) 特許法第30条第1項の規定について 特許法第30条第1項の規定は、特許を受ける権利を有する者が試験を行い、刊行物に発表し、又は特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表することを要件としている。
本件審決が引用した昭和61年(行ケ)第107号判決の「特許を受ける権利を有する者が主体的にその発明について発表行為(公表行為)をしたものと社会通念上認め得る場合をいうものと解するのを相当とし、当該刊行物の発表の態様が社会通念上叙上の趣旨に当たらない場合は同法上の発表に該当せず、その規定の適用を受け得ないものというべきである。」は妥当なものであるが、本件に関しては、本件審決は、主体的に発表行為をした者が誰であるのかという事実を探求することなく、文書に記載された事項が事実であってその他のことは何も認められない、と事実認定を放棄している。
「発表」は、特許を受ける権利を有する者本人自身が、発表者として研究発表会等で講演する必要はなく、発明の発表の許諾をするだけでよいのであって、発明の発表を監督管理できる状態であれば、公表行為を主体的にしていると社会通念上認められるものである。
刊行物、特に新聞、週刊誌においては、紙面に掲載された事項は、特許を受ける権利を有する者とは関係のない者(記者等)が書いているのであって、特許を受ける権利を有する者は発明の内容を記者等に開示し、その内容を記事にすることを許諾しただけであるが、このようなことも刊行物に発表したものとされているのであるから、実際の講演発表者が特許を受ける権利を有する者本人である必要はないのである。
(2) 証明書について@ 本件審決は、原告が審査の過程において提出した証明書(甲第5号証)の内容では、本願発明と建築学会東海支部で発表したもの(本件報告文書)とが一致しているとは認められないと判断しているが、この証明書は、本願と別に単独に存在したものではなく、審査の段階で「特許法第30条第1項の適用は受けられない」という拒絶の理由に対処するため原告が意見書として特許庁に提出したものであり、
そして、この証明書には、「このせん断補強筋の強度試験を氏および会社が外古屋工業大学当時建築学科、現在、社会開発工学科の【A】研究室に依頼したものであり、当研究室は、会社より試験体の提供を受けて、強度試験を実施したものであります。」と記載され、
研究発表会での発表者として記載されている【A】ら3名によって証明されたものである。
そして、特許法第30条第1項の適用を受けるための証明書である本件報告文書には、謝辞として供試体が原告によって提供されたことが記載されており、この研究発表と原告が無関係でなく供試体を介して関係があったことが明白である。
よって、この謝辞及び証明書の記載から、昭和56年度建築学会東海支部研究発表会で発表されたせん断補強筋は、本願出願人である原告から提供されたものであり、同研究発表会の発表は、原告及び【B】の了解の下になされたことを理解できるのに、本件審決は、「本願発明の発明者が【B】であることを証明しているにすぎない」と、証明書を曲解している。
A 甲第4号証の受託研究契約書によれば、原告が名古屋工業大学に梁貫通孔補強鉄筋及びその研究費用を提供し、供試体破壊実験による強度確認を依頼したのは事実であり、名古屋工業大学の【A】ら3名が実施したのは梁貫通孔補強筋の強度の確認の行為であって、いわば、性能試験をしただけであって、テストパイロットが性能確認のために操縦した飛行機の発明者ではないのと同様に、本件においても名古屋工業大学の【A】ら3名が昭和56年度日本建築学会東海支部研究発表会において発表した「梁貫通孔補強筋」の発明者でないことは一目瞭然である。
したがって、同研究発表会において発表された「梁貫通孔補強筋」の発明者は原告代表者の【B】、すなわち本願発明の発明者であることは明らかである。
B 本件審決は、原告が審査の段階で提出した前記の学会発表文書を、その内容を吟味することなく無批判にかつ全面的に信用し、文書の発表者は、文書に記載されたとおり3名であると判断しているが、記名された者がその発表文書に記載されたものを発明して発表したのであるかについては確認していない。
特許法第30条第1項が規定しているのは、前述のように、発明を発表した者が実質的に誰であるかを要求しているのであって、発表文書に形式的に誰が記載されているのかを求めているのではない。
発表者の欄に記載されている者のみを発表者であるとすることに対し疑義のあることが主張され、記名人が、その他にも実質的な発表者がいることを証明しているのであるから、事実はどうであったかを調ベるベきであるのに、本件審決は、事実の探求を放棄している。
C 特許出願において、願書に記載すべき発明者の氏名を取り違えたり、記名を忘れたりすることが皆無とはいえず、そのような場合には、事情を説明する書面を提出し、真の発明者は「何某」であることを証明することによって発明者変更することを特許という独占的な権利を与える公文書においてさえ特許庁は許しており(甲第6号証、特許庁方式便覧参照)、本件のように学会の研究発表文書であって、文書に発表者として記名された者が、実質的な発表者が他にも存在することを証明し、かつ、研究発表文書には、謝辞の欄に発表者として追加する者がその研究と関連のあることが記載されているのであるから、発表者の変更が認められて当然である。
審判官は、建築学会にはいろいろ問い合わせをしているが(甲第7号証参照)、
肝心の誰が事実上の発表者であるのかに関しては、何ら関心を示さず、研究発表会の文書の記名者に問い合わせることもしていない。
D 甲第9号証の昭和56年度日本建築学会東海支部研究発表会論文募集規定の応募資格の項によれば、「発表講演者は、本会個人会員であること。」と記載されている。ここには、共同発表者(連名者)については明確に規定されてはいないが、
会員以外は共同発表者として名前を出すことはできないものとして運用されていたのである。このことは、審判の過程において日本建築学会が特許庁審判長の質問書に対する回答者(甲第8号証)にも記載されており、日本建築学会の個人正会員以外が共同発表者として名を記すことができなかったことは明らかである。
(3) 日本建築学会への問い合わせについて 審判官は、記名できない共同研究者等を発表文書において謝辞の欄に示すことが学会の慣習であるかを日本建築学会に問い合わせているが、問題になっている研究発表会は、
日本建築学会東海支部の研究発表会であるにもかかわらず、東海支部に問い合わせをせずに日本建築学会の本部に問い合わせをしている。
また、本願出願人が提出した学会研究発表会の文書(本件報告文書)に発表者として記名されている者たちと本願の発明者との関係が本願発明に関してどのような関係にあるのかが問題なのであるにもかかわらず、建築学会の発表文書の記名者が「【B】が実質的には共同発表者である」と証明していることを無視し、当人たちに直接問い合わせ、事実を確認することすらしていない。
(4) 報告文書と特許出願について 本件審決は、本件報告文書に、発明者は「何某」であると示せばよいのにしていないのであるから、文書を見た者は記名の者が発明したものであるとしているが、
この文書は研究発表の文書であり、特許とは違った価値体系の論理で貫かれているのであって、特許出願の願書のごとく発明者を記載することが法律で要求されている文書ではない。
本件は、強度試験をしただけであっても試験結果が技術の発展にとって寄与するものと考えて発表しているのである。したがって、発明者を特定して別途示す必然性はなく、謝辞として関連のあることを示すのが研究論文としての体裁上好ましいものである。
また、特許の明細書には字数(枚数)制限はないが、学術研究発表会においては、通常、字数制限があるのであって(昭和56年度日本建築学会東海支部研究発表会においては、字数は8000字である。)、研究内容に直接関係のない発明者をわざわざ説示のように記載する余裕は全くなく、また、必要もないのである。
(5) 特許法第30条第2項について 本件審決は、特許法第30条第1項の適用においては、審判請求人である原告の主張は排斥し、研究発表会の文書の発表者は文書に記名されたとおりの者であり、
本願発明者とは異なる者であって、本願発明者は、前記の発表に関与していないと認定している。これに対し、特許法第30条第2項の適用に関しては、原告の主張を全面的に採用し、発表は意に反したものでないと判断している。
1つの事件において、
事実を認定したなら首尾一貫してその認定した事実に基づいて判断をすべきであるにもかかわらず、適用する法律によって事実認定を異にするようなことは許されない。
請求の原因に対する認否及び主張
1 請求の原因1及び2の事実は認め、同3の主張は争う。
2 本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。
(1) 特許法第30条第1項の規定について 特許法第30条第1項の趣旨は、特許を受ける権利を有する者が、特許出願をする前に、自ら発明を公表し、その後においてその発明について特許出願をした場合に特許を受けることができないとすることは、発明者(技術研究者)にとって酷てあり、また産業の発達に寄与するという特許法の目的に反する結果となることから、同条項に規定する要件を具備した場合に限り、発明がすでに公表されていることを理由に特許出願は拒絶されることがないことを明らかにしたものと解される。
しかしながら、特許法第30条第1項は、あくまでも同法第29条第1項各号の例外を定めた規定であり、その適用に当たっては、公衆の利益と緊密に関連することから厳格に解釈すべきである。すなわち、同法第30条第1項の解釈、適用は、
その趣旨に合致するよう発明者の救済措置として必要な限度に留めるべきであり、
発明者を必要以上に保護したり、社会一般に不測の損害を与える結果を生じさせることがあってはならないのである(東京高裁昭59年(行ケ)第285号、昭和61年5月29日判決参照)。
してみると、特許法第30条第1項にいう「特許を受ける権利を有する者が……発表する」とは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に……発表する場合を指称するものである(最高裁昭61年(行ツ)第160号、平元年11月10日第二小法廷判決参照)。
原告は、特許法第30条第1項にいう「発表」は、特許を受ける権利を有する者本人自身が、発表者として研究発表会等で講演する必要はなく、発明の発表の許諾をするだけでよいのであって、発明の発表を監督管理できる状態であれば、公表行為を主体的にしていると社会通念上認められるものである旨主張する。
しかしながら、「発明の発表を許諾する」ということは、発明については受動的な行為であり、主体的に発表したことに当たらないことは社会通念上も明らかである。また、主体的に発表したといい得るためには、その発表につき主導権を有していたことが明らかにされなければならないものであるところ、「発明の発表を監督管理できる状態」とはいかなる状態を指称するのか、また発表行為が主体的になされていることに該当するかも全く不明である。
したがって、特許法第30条第1項にいう「発表」に関する原告の主張は失当である。
(2) 証明書について 原告は、甲第3号証(本件報告文書)における謝辞と甲第5号証(【A】ら3名による証明書)の記載から、研究発表会での発表は、原告及び【B】の了解の下になされ、本願の出願人あるいは発明者が、事実上の発表者であるのに、本件審決は証明書を曲解し、事実を誤認している旨主張する。
しかしながら、原告の主張は以下に述べるように失当である。
@ 本願において、特許法第30条第1項の適用を受けるために本願発明が同項に規定する発明であることを証明する書面(同条第4項)として提出した本件報告文書には、発表者として【A】ら3名が連記されており(○印が付された【C】が発表講演者と解される。)、本件報告文書の記載内容からして、その研究発表会においては、【A】ら3名が、鉄筋リングで補強したRC有孔梁のせん断耐力実験の結果を発表したにすぎないものと解される。
また、甲第5号証(証明書)と乙第1号証(審判請求人(原告)による審判請求時の審判請求書)の請求の理由の記載、さらに甲第3号証(本件報告文書)によれば、研究発表会での発表は、【A】ら3名の意見に基づくものであって、【B】や原告は、【A】ら3名からの実験結果の発表の通知に対し何ら応答することもなく、また【A】ら3名に本願発明の公表を依頼したものでもないといわざるをえない。
A 原告は、研究発表会において文書をもって発表する場合、発表者欄に掲載できない非会員を表示するために、文書の文末に「謝辞」の項目を設け、
そこに非会員を表示して発表者の掲載に代えることが研究発表会において慣例あるいは慣習となっている旨主張する。
しかしながら、発表者欄に掲載できない非会員を表示するために文書の文末に「謝辞」の項目を設け、そこに非会員を表示して発表者の掲載に代えることが、慣例あるいは慣習となっているとの点に関しては、甲第5甲証(証明書)にはその旨の記載及び示唆するものはなく、この点に関する日本建築学会の回答によれば、
「発表者の判断によっている」(甲第7号証)というものであり、前記の事項が慣例、慣習であったと認めるに足りる証拠はない。
さらに、研究発表会等における報告文書には、実験や実験データの整理等の協力、助力に対する謝辞、指導や助言に対する謝辞、実験器具や試験体の提供に対する謝辞等を付記することが一般に行われているところであり、その中で、本件のみが、溶接及び試験体の提供に対する謝辞は、発表者の欄に記載できない者を発表者と同等であり、実質的に共同発表者であることを意味するとの証明書の証明事項及び原告の主張は何ら根拠のないものといわざるを得ない。
したがって、甲第3号証(本件報告文書)の文末の謝辞の記載及び甲第5号証(証明書)に基づき、発表者欄に記載のない【B】あるいは原告が発表者と同等であり、【A】ら3名と共に共同発表者であるとする原告の主張は失当である。
B また、原告は、甲第4号証(受託研究契約書)によれば、研究発表会において発表された「梁貫通補強筋」発明者は【A】ら3名でなく、本願発明の発明者である【B】であることは明らかである旨主張する。
しかし、甲第4号証(受託研究契約書)によれば、諏訪熔工株式会社と名古屋工業大学との間で、「梁貫通孔補強に関する強度確認」を研究題目とし、「供試体破壊実験による強度確認」を研究目的及び内容とする契約がなされたことが窺われるとしても、その強度確認の対象である梁貫通孔補強や供試体が本願発明に関連するものであるとする証拠は何らなく、さらにそこには【A】ら3名の名を見いだすことはできないところであるから、
甲第4号証(受託研究契約書)に基づく原告の主張は失当である。
C 以上に述べたとおり、本件においては、本願発明についての特許を受ける権利承継していない【A】ら3名が、研究発表会において「鉄筋リングで補強した鉄筋コンクリート造有孔梁のせん断実験」と題して実験結果について発表したものであり、当該特許を受ける権利を有する者(発明者あるいは出願人)は、【A】ら3名から研究発表会での発表に際して事前に本願発明の公表を含む実験結果を発表する旨の通知を受けたとしても、【A】ら3名に本願発明の公表を自分に代わってなすことを依頼したとか、【A】ら3名とともに自ら主体的に発表したとみることができないことは、前述のとおりであり、当該特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に発表したとすることはできず、本願発明については特許法第30条第1項の規定の適用を受けることはできないものである。
したがって、本件審決は、その一部に適切でない記載があるとしても、その間に事実誤認や認定判断の遺脱はなく、その結論において正当である。
(3) 日本建築学会への問い合わせについて 原告は、謝辞の記載に関して社団法人日本建築学会へ問い合わせた点について非難する。
しかしながら、特許法第30条第1項にいう「特許庁長官が指定する学術団体」として指定されているのは、社団法人日本建築学会であって、その下部組織である日本建築学会東海支部自体が学術団体として指定されているのではなく、また日本建築学会に問い合わせることが、東海支部や【A】ら3名に問い合わせるよりは、
より客観性が得られることは論を待つまでもない。
(4) 報告文書と特許出願との関連について 特許法第30条は、前記(1)において述べたように、特許権の取得にあたり、
同法の規定を十分に知らない技術研究者や発明者を救済することを意図して設けられた規定ではあるが、同条第1項の規定の適用を受けるためには、同条同項に規定された所定の要件を充足し、かつ同条第4項等に規定された所定の手続に沿って特許出願をしなければならないことはいうまでもないことである。
(5) 特許法第30条第2項について 原告は、本件審決は、特許法第30条第1項の適用においては審判請求人である原告の主張を排斥しているが、同条第2項の適用に関しては原告の主張を全面的に採用しており、その認定が首尾一貫していない旨主張する。
しかし、本願発明についての特許を受ける権利を有する者が研究発表会において自ら主体的に発表をなしたものでないことは、前記(2)において述べたとおりである。そして、本願発明は、当該特許を受ける権利を有する者が、【A】ら3名による研究発表会での発表を黙認した結果公知となったものであり、当該特許を受ける権利を有する者の意に反して本願発明が公表されたといえないことは明らかであるから、本件審決の認定判断に誤りはない。
よって、この点に関する原告の主張も失当である。
証拠(省略)
理 由1 請求の原因1及び2の事実(特許庁における手続きの経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。
2 そこで取消事由について検討する。
(1) 成立に争いのない甲第2、第3及び第5号証によれば、本願発明の発明者は【B】であるところ、同人が代表者である原告(諏訪熔工株式会社)を出願人として特許法第30条第1項の規定により特許出願されたこと、同規定による発明であることを証する書面として、「鉄筋リングで補強した鉄筋コンクリート造有孔梁のせん断実験」と題する本件報告文書(日本建築学会東海支部、研究報告昭和57年2月)が添付されたこと、本件報告文書には、発表者として【A】(名古屋工業大学教授)、【C】(同助手)、【D】(同大学院生)の3名が連記されており(○印が付された【C】が発表講演者と解される。)、報告内容としては、本願発明に係るせん断補強筋のせん断強度について従来の補強筋と対比しつつ実験を行い、良好な成績を収めたことが記載されており、また、文末には「〔謝辞〕本実験にあたり、溶接及び試験体を提供して下さった諏訪熔工株式会社に対し、謝意を表します。」との記載があることが認められる。
(2) ところで、特許法第30条第1項は、同法第29条第1項新規性喪失に関する例外を定めた規定であると解されるから、特許法第30条第1項にいう「特許を受ける権利を有する者が特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表する」とは、特許を受ける権利を有する者が主体的にその発明について発表行為(公表行為)をしたものと社会通念上認め得る場合をいうものと解するのを相当とし、当該文書の発表の態様が社会通念上、その趣旨に当たらない場合は同法上の発表に該当せず、その規定の適用を受け得ないものというべきである。
そして、特許を受ける権利の原始的取得者は発明者であるところ、発明者と研究集会において文書をもってする発表者とが一致しないことは往々にしてあることであるから、発明者自身が自ら発表した場合に限らず、共同研究につき発明者全員の氏名を共同研究者として明記し、そのうちの一部の者が発表した場合、あるいは単独研究であっても発明者名を明記し、発明者の名前において発明者以外の者が発表した場合には、特許を受ける権利を有する者が発表したものというべきである。これに対し、発明者の名前が研究者名として文書に明記されないまま発明者以外の者が発表した場合には、特許を受ける権利を有する者が発表したものとはいえない。
これを本件についてみるに、本件報告文書には、【B】の名前は共同研究者名として明記されておらず、また、【A】ら3名が本願発明に係るせん断補強筋について発明者である【B】の名において発表したものでもないことは明らかであるから、特許を受ける権利を有する者が特許庁長官が指定する学術団体や開催する研究集会において文書をもって発表したものとは認められない。
(3) 原告は、特許法第30条第1項にいう「発表」は、特許を受ける権利を有する者本人自身が、発表者として研究発表会等で講演する必要はなく、発明の発表の許諾をするだけでよいのであって、発明の発表を監督管理できる状態であれば、
公表行為を主体的にしていると社会通念上認められるものである旨主張する。
しかしながら、
「発明の発表を許諾する」ことは、主体的に発表したことに当たらないことは明らかであり、また、前記のとおり、発明者自らが発表しないにもかかわらず、なお主体的に発表したといい得るためには、発明者の名前において発表したときのように、発明者が自ら発表したものと同視し得る場合でなければならず、特許を受ける権利を有する者が、単に「発明の発表を監督管理できる状態」にすぎない場合には、特許法第30条第1項にいう「発表」に当たらないことは明らかである。
(4) 原告は、本件報告文書の文末の謝辞の記載及び甲第5号証の証明書に基づき、発表者欄に記載のない【B】あるいは原告が発表者と同等であり、【A】ら3名とともに共同発表者である旨主張する。
成立に争いのない甲第5号証によれば、原告は、昭和62年9月30日、特許庁に対し、【A】ら3名の記名押印のある証明書を添付した意見書を提出したこと、
この証明書には、本願発明の発明者が【B】であることのほか、「発表に際して、
氏(【B】)も発表者として連記すべきでありましたが、当時氏は、日本建築学会の会員ではなかったので、発表者の欄には記載が出来ず、その実証として文末において「本実験にあたり溶接及び試験体を提供して下さった諏訪熔工株式会社に対し謝意を表します。」と記載し、発表者と同等であることを示したものであります。
従って、この発表において氏及び会社(原告)は、実質的に共同発表者であります。」と記載されていることが認められる。
しかしながら、本件報告文書の文末に記載された謝辞は、前記のとおり、「本実験にあたり、溶接及び試験体を提供して下さった諏訪熔工株式会社に対し、謝意を表します。」とするにすぎず、この記載をもって【B】あるいは原告が共同研究者の一人であるとは到底認められず、また甲第5号証の証明書は、本件報告文書に添付されたものではないから、研究集会において発表された文書には、本願発明の発明者である【B】の名前はなく、したがって、本件報告文書の文末の謝辞の記載と甲第5号証の証明書とを併せてみても、
発表者欄に記載のない【B】あるいは原告が【A】ら3名とともに共同発表者であると解することはできない。
(5) 原告は、特許法第30条第1項が規定しているのは、発明を発表した者が実質的に誰であるかを要求しているのであって、発表文書に形式的に誰が記載されているのかを求めているのではない上、形式的に発表者の欄に記載されている者のみを発表者であるとすることに対し疑義のあることが主張され、記名人が、その他にも実質的な発表者がいることを証明しているのであるから、事実はどうであったかを調べるべきである旨主張する。
しかしながら、特許法第30条第1項の趣旨は、特許を受ける権利を有する者が、特許出願をする前に、自ら発明を公表し、その後においてその発明について特許出願をした場合に特許を受けることができないとすることは、発明者(技術研究者)にとって酷であり、また産業の発達に寄与するという特許法の目的に反する結果となることから、特許法第30条第1項に規定する要件を具備した場合に限り、
発明がすでに公表されていることを理由に特許出願は拒絶されることがないことを明らかにしたものと解される。
したがって、特許法第30条第1項は、あくまでも同法第29条第1項各号の例外を定めた規定であり、その適用に当たっては、公衆の利益と緊密に関連することから厳格に解釈すべきであるから、同法第30条第1項の解釈、適用は、その趣旨に合致するよう発明者の救済措置として必要な限度に留めるべきであり、発明者を必要以上に保護したり、社会一般に不測の損害を与える結果を生じさせることがあってはならないことはいうまでもない。
特許法第30条第1項にいう「特許を受ける権利を有する者が……発表する」とは、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に発表する場合をいうものであり、
発明者と研究集会における発表者とが一致しない場合にも、特許を受ける権利を有する者が発表したものというべき場合があることは前記(2)に記載したとおりであるが、本件がそれに当たらないことも前記(3)に記載したとおりであるから、
原告の前記主張は理由がない。
(6) 原告は、
本件のように学会の研究発表文書があって、文書に発表者として記名された者が、
実質的な発表者が他にも存在することを証明し、かつ、研究発表文書には、謝辞の欄に発表者として追加する者がその研究と関連のあることが記載されているのであるから、発表者の変更が認められて当然である旨主張する。
しかしながら、上記の場合に発表者の変更が認められるかはさておき、学会の研究発表文書であっても、当該発表に係る研究が第三者の発明に係ることを記載することはできるのであり、しかも、成立に争いのない乙第1号証によれば、原告は、
乙第1号証の本件審判請求書の請求の理由中において、【B】と原告は【A】ら3名から発表する旨の通知を受け、【A】ら3名の発表内容に検討を加えた旨記載しているのであるから、【A】ら3名の研究者が本件報告文書に発明者の名前を記載すべきことに思いを致さなかったとしても、原告あるいは【B】においては、本件報告文書の文末のような謝辞に替え、本願発明が【B】の発明に係るものであり、
共同研究者の一人であることを記載するように求めることはできたものと解される。
したがって、前記のとおり、文書に発表者として記名された者と発明者とが相違する場合に、なお特許を受ける権利を有する者が発表した場合に当たることはあるとしても、本件においては、原告あるいは【B】の名前は本件報告文書の発表者ないし研究者としては何ら記載されておらず、しかも、原告あるいは【B】においては、本願発明が【B】の発明に係るものであることを記載することはできた場合にまで、発表者の変更を認めるべき理由はなく、原告の主張は採用できない。
(7) なお、原告は、審判官が、謝辞の記載に関して社団法人日本建築学会へ問い合わせた点及び【A】ら3名の証明書による証明事項につき、同人らに問い合わせなかったことについて非難する。
しかしながら、本件においては、前記のとおり、本件報告文書及び甲第5号証の証明書について検討しても、特許を受ける権利を有する者が研究発表会において自ら主体的に発表したとは認められないから、審判官が、
謝辞の記載に関して社団法人日本建築学会へのみ問い合わせたとしても、また【A】ら3名の証明書による証明事項につき同人らに問い合わせをしなかったとしても、何ら違法の謗りはない。
(8) 以上の事実によれば、本願発明の発明者は【B】であるところ、本願発明についての特許を受ける権利承継していない【A】ら3名が、研究発表会において「鉄筋リングで補強した鉄筋コンクリート造有孔梁のせん断実験」と題して実験結果について発表したものであり、当該特許を受ける権利を有する者(発明者である【B】あるいは出願人である原告)は、【A】ら3名から研究発表会での発表に際して事前に本願発明の公表を含む実験結果を発表する旨の通知を受け、これを承諾したにすぎないから、当該特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に発表したとすることはできず、本願発明については、特許法第30条第1項の規定の適用を受けることはできないものといわなければならない。
(9) なお、原告は、本件審決は、特許法第30条第1項の適用においては審判請求人である原告の主張を排斥しているが、同条第2項の適用に関しては原告の主張を全面的に採用しており、その認定が首尾一貫していない旨主張する。
しかしながら、本願発明は、前記のとおり、特許を受ける権利を有する者が、
【A】ら3名から研究発表会での発表に際して事前に本願発明の公表を含む実験結果を発表する旨の通知を受けながら、これを承諾した結果公知となったものであり、当該特許を受ける権利を有する者の意に反して本願発明が公表されたといえないことは明らかであるから、本件審決の認定判断に原告主張の誤りはない。
3 以上のとおり、本願発明については、特許を受ける権利を有する者が特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表したとすることはできず、特許法第30条第1項の規定の適用を受けることはできないから、本件審決には原告主張の違法はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
追加
別紙昭和63年審判第7232号審決愛知県名古屋市<以下略>請求人諏訪熔工株式会社昭和57年特許願第118920号「コンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年1月20日出願公開、特開昭59―10657)について、次のとおり審決する。
結論本件審決の請求は、成り立たない。
理由(1)手続の経緯・本願発明の要旨本願の発明は、願書によれば、【B】を発明者と、諏訪熔工株式会社を特許出願人と表示し、昭和57年7月8日になした特許法第30条第1項の規定による特許出願にかかり、その要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものにあるものと認める。
「小の方形鉄筋リングの各隅角と大の方形鉄筋リングの各辺中央部とを溶接してなる組合せ鉄筋リングを、上、下主筋に掛止する鉤部を付形の取付用鉄筋に溶接した補強用鉄筋をダクト貫通部に取付けて該ダクトを支持することを特徴とするコンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強方法。」(2)原査定の拒絶の理由原査定の拒絶の理由は、新規性の喪失の例外適用証明書として提出した「鉄筋リングで補強した鉄筋コンクリート造有孔梁のせん断実験」と題する報告文書(日本建築学会東海支部、研究報告昭和57年2月、以下、これを「報告文書」という。)の発表者は【C】、【A】、【D】であり、本願発明の発明者及び出願人と相違し、前記発表者が研究報告発表時に特許を受ける権利承継していたという証明もないから、この発表は特許を受ける権利を有する者がなしたものとは認められず(以下、「原審認定事項1」という。)、したがって、本願発明は、報告文書に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない(以下、「原審認定事項2」という。)というものである。
(3)審判請求の理由の概要これに対し、審判請求人の主張する審判請求の理由の概要は、
1.日本建築学会東海支部研究発表会における発表においても、発表内容についても発明者が検討を加え、発表したものであり、当然、発表者欄に【B】の氏名が加えられるべきところ、日本建築学会東海支部の規定により、学会員以外は発表者として連記することができないということなので、文末に慣例により前記の謝辞を入れることにしたものであって、この学会に於ける発表は、発明者の実質的な支配下においてなされたものであり、発表会場においても、発明者が会場に発表者ともども出席し発表会に臨んだものであり、発表は、発明者の監督下においてなされたものであるから、本願発明者が実質的に発表者である旨の証明を全く無視し、特許法第30条第1項の規定を受けることができないとした認定は、形式的な議論にすぎないものであり(以下、「不服理由1」という。)、
2.形式的にしか、研究発表に於ける文書の発表者欄を見ないのであれば、前記した事実が研究発表の裏に有ったとしても、そのような事実は無視され、無かった事になり、日本建築学会東海支部研究発表会に於ける発表は、発表者の欄に、本願発明者及び出願人の氏名が記載されておらず、本願出願人及び発明者が、この発表に付いて無関係となるので、試験体の提供を行った諏訪熔工、および発明者が意に反したものである、と主張することができ、この発表によって、本願発明が特許法第29条第1項第3号に該当するにいたったのは、特許を受ける権利を有する者に反したものであり、出願人は、特許法第30条第2項の適用を主張する(以下、
「不服理由2」という。)というものである。
(4)証明書(昭和62年9月30日付け意見書添付)の概要出願人(請求人)の提出の証明書には、
1.「コンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強方法」は、発明者が【B】氏(以下氏という)で、諏訪熔工株式会社(以下会社という)の代表取締役でもあり、独専的実施権を会社に許諾しており、会社が出願人となっております(以下、「証明事項1」という。)。
2.このせん断補強筋の強度試験の結果が予想通り良かったのと学会発表の原稿締切日が迫っていたため、
急きょ研究発表会で発表することになりました。発表に際して、氏も発表者として連記すべきでありましたが、当時氏は、日本建築学会の会員でなかったので、発表者の欄には記載が出来ず、その実証として文末において「本実験にあたり溶接及び試験体を提供してくださった諏訪熔工株式会社に対し謝意を表します。」と記載し、発表者と同等であることを示したものであります。従って、この発表において氏及び会社は、実質的な共同発表者であります(以下、「証明事項2」という。)。
と記載されている。
(5)当審の判断1.原審認定事項1及び不服理由1について特許法第30条第1項の規定により発明の新規性の喪失の例外の適用を受けるためには、同法条に規定する要件事実を充足しなければならず、本件において判断を要する充足すべき要件事実は、
特許を受ける権利を有する者がロ特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもって発表することである。
そこで、先ず、要件事実イについて検討すると、報告文書の発表者は、【C】、
【A】、【D】であり、願書に表示された発明者とも出願人とも相違しており、発表者【C】、【A】、【D】が発表時に特許を受ける権利承継していたという証明もなく、前記証明事項1をもってしても、「コンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強方法」なる発明(本願発明)の発明者が【B】であり、出願人が諏訪熔工株式会社であることを証明しているに過ぎず、該発明と報告文書で発表された発明との同一性を証明していない以上、前記証明事項1をもって報告文書で発表された発明について特許を受ける権利を有する者が【B】であるとも、諏訪熔工株式会社であるとも、直ちには認められない。
したがって、請求人の提出した証拠によっては、【B】或いは諏訪熔工株式会社が要件事実イを充足しているものとは認められない。
次に、仮令【B】或いは諏訪熔工株式会社が要件事実イを充足しているとしても、要件事実ロを充足しないものである。
即ち、『特許法第30条第1項の規定によると、刊行物で新規性喪失の例外となるものは、
特許を受ける権利を有する者」が「発表し」た刊行物に限られるのであって、ここに、特許を受ける権利を有する者が発表したとは、同法条の文言に照らし、その発表の態様から、特許を受ける権利を有する者が主体的にその発明について発表行為(公表行為)をしたものと社会通念上認め得る場合をいうものと解するを相当とし、当該刊行物の発表の態様が社会通念上叙上の趣旨に当たらない場合は同法条の発表に該当せず、その規定の適用を受け得ないものというべきである。』と、昭和61年(行ケ)第107号判決(東京高裁昭和62年6月30日言渡)は判示している。
そこで、前記報告文書をみてみると、
1.発表者が、「【C】、【A】、【D】」の3名であること、
2.特許庁長官が指定する学術団体である「日本建築学会東海支部」が開催する研究集会において、「昭和57年2月」に文書をもって発表されたこと、
3.該文書に「『謝辞』本実験にあたり、溶接及び試験体を提供して下さった諏訪熔工株式会社に対し、謝意を表します。」との記載があることが認められる。
また、前記証明事項2には、「発表に際して、氏も発表者として連記すべきでありましたが、当時氏は、日本建築学会の会員でなかったので、発表者の欄には記載が出来ず、その実証として文末において『本実験にあたり、溶接及び試験体を提供して下さった諏訪熔工株式会社に対し謝意を表します。』と記し、発表者と同等であることを示したものであります。」と記載されている。
さらにまた、審判長名で平成2年7月19日付けをもって日本建築学会に対して「研究発表会において、文書をもって研究発表する場合、発表者欄に氏名の掲載できない非会員を表示するために、文書の末尾に「謝辞」の項目を設け、そこに非会員を表示して掲載に代えることが研究発表会において慣例となっていたか否か」との質問をした結果、日本建築学会の1990年9月4日付けの回答は、「発表者の判断によっている。」というものであった。
以上によれば、前記報告文書の発表者は、「【C】、【A】、
【D】」の3名であって特許を受ける権利を有する者ではなく、発表者の判断によって発明者社会通念上誰もが「発明者は何某である」と明確に理解できるように表示できたにも拘らず、単に文書の末尾に「謝辞」を上記のように記載しているにすぎないから、この文書を見た者は、該文書に記載された発明は上記【C】、
【A】、【D】の3名が共同して或いはその内の誰かが発明したものであり、実験に際して諏訪熔工株式会社が溶接及び試験体の提供で単に協力したのみであると解するのが、その発表の態様からみて自然のことであり、前記報告文書について【B】或いは諏訪熔工株式会社が主体的に発表行為をしたものとは社会通念上到底認められないことである。
してみると、前記報告文書による発表は、その発表態様からみて要件事実ロを充足するものとは認められない。
2.不服理由2について特許法第30条第2項の規定により発明の新規性の喪失の例外の適用を受けるためには、同法条に規定する要件事実を充足しなければならず、本件において判断を要する充足すべき要件事実は、「特許を受ける権利を有する者の意に反して」である。
ここで、請求人の主張する不服理由2は、発表者の欄に、本願発明者及び出願人の氏名が記載されておらず、本願出願人及び発明者が、この発表に付いて無関係となるので、試験体の提供を行った諏訪熔工、および発明者の意に反したものである、というにある。
しかし、不服理由1によれば、発表内容についても発明者が検討を加えて発表したものであり、学会に於ける発表は、発明者の実質的な支配下においてなされたものであり、発表会場においても、発明者が会場に発表者ともども出席し発表会に臨んだものであり、発表は、発明者の監督下においてなされたものであると請求人自ら主張している以上、発明者或いは出願人は報告文書の記載内容を事前に了知していたことになり、自己の実質的な支配下或いは監督下においてなされたこと、換言すれば、自己の責任において発表したことになるから、この発表を「意に反して」なされたものということはできない。
蓋し、このように解釈しなければ、
不用意に自己の責任において公知とした発明についても特許法第30条第2項の規定の適用を認めなければならないことに帰着し、同法条の立法の趣旨に反することになるからである。
してみると、前記報告文書による発表は、請求人の主張並びに提出した証拠によっては、「特許を受ける権利を有する者の意に反して」との要件事実を充足するものではない。
以上のとおりであるから、本願発明は、特許法第30条第1項又は同条第2項の規定による新規性喪失の例外の適用は認められない。
3.原審認定事項2について本願発明の要旨は、前記「手続の経緯・本願発明の要旨」において認定したとおりである。
一方、前記報告文書には、
「小の方形鉄筋リングの各隅角と大の方形鉄筋リングの各辺中央部とを溶接してなる組合せ鉄筋リングを、上、下主筋に掛止する鉤部を付形の取付用鉄筋に溶接した補強用鉄筋をダクト貫通部に取付けて該ダクトを支持するコンクリート構造物用鉄筋。」の発明が記載されており、該コンクリート構造物用鉄筋は、コンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強にのみ使用されるものであるから、上記報告文書に記載された発明は、実質的にはコンクリート構造物におけるダクト貫通部の補強方法でもある。
してみると、本願発明は前記報告文書に記載された発明であり、前記報告文書は本願出願前である昭和57年2月に日本国内において頒布されたことが明らかである。
(6)むすび以上のとおりであるから、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、
特許を受けことができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成3年4月19日審判長特許庁審判官伊藤誠吾特許庁審判官中村友之特許庁審判官谷口浩行
裁判官 元木伸
裁判官 西田美昭
裁判官 島田清次郎