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関連審決 審判1983-17966
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  周知技術 /  公知技術 /  発明の概要 /  優先権 /  分割出願 /  名義変更 /  原出願日 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 1年 (行ケ) 4号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1990/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和五八年審判第一七九六六号事件について昭和六三年八月一八日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告主文同旨の判決二 被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯出願人 ユニオン・カーバイド・コーポレーション原出願日 昭和四九年一二月一〇日(昭和四九年特許願第一四一二二九号)分割出願日 昭和五二年一二月五日(昭和五二年特許願第一一九〇九九号)優先権主張 一九七三年一二月一一日アメリカ合衆国出願発明の名称「不活性ガスを使用してメソ相ピッチを製造する方法」拒絶査定 昭和五八年四月一一日審判請求 昭和五八年八月二三日(昭和五八年審判第一七九六六号事件)名義変更届 昭和六二年一〇月一九日(一九八六年九月一八日原告への権利譲渡)審判請求不成立審決 昭和六三年八月一八日二 本願発明の要旨 炭素数ピッチをメソ相の形成間に不活性ガスを〇・五〜五・〇scf/h/1bピッチの割合で通しながら不活性雰囲気中において三五〇〜四五〇℃の温度でメソ相含量が四〇〜九〇重量%の範囲になるまで加熱することからなるメソ相ピッチの製造法三 審決の理由の要点1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 これに対して、特公昭四六ー三〇一九八号公報(以下、「引用例」という。)には、軟化点五〇〜一二〇℃の原料ピッチに三三〇〜四二〇℃の温度において、不活性ガスを吹き込み、該不活性ガスに随伴する原料ピッチ中の油分を除去しつつ軟化点一二〇〜一八〇℃の中間体の硬ピッチを製造することが記載され、具体的には、原料ピッチ一二kgを加熱釜に装入し、約三時間で三九〇℃に昇温後、この温度に保ちながら窒素ガスを〇℃、一気圧に換算して毎分1〇lを原料ピッチ中に五時間吹き込んで、キノリン不溶分一四・五%の中間体硬ピッチを得たことが開示されている。
3 そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比して検討すると、本願発明の出発物質である炭素質ピッチは、石油ピッチ、コールタールピッチを表わすものであり、引用例の原料ピッチは石炭系タールの蒸留工程により得られる直留ピッチを表わすので、両者は同一とみられる。本願発明の吹き込む不活性ガスは具体的には窒素ガスであるので、引用例の吹き込みガスと同一である。そして、吹込量は、本願発明では、〇・五〜五・〇scf/h/1bピッチであり、引用例では、一二kgに、〇℃、一気圧に換算して毎分10l吹き込んでいるので、これを本願のscf/h/1bの単位に換算すると、〇・七九五scf/h/1bになり、本願発明で規定する範囲に入り、同一である。
4 両者の対比で相違するところは、本願発明のメソ相ピッチが生成したという記載が引用例にはない点である。しかしながら、炭素質ピッチを三五〇〜四五〇℃に加熱するとメソ相ピッチが生成すること、メソ相への変換は熱処理温度とその保持時間との相対関係で定まることは当業界において良く知られたことであること、また、メソ相含量は、対応率は低くても、キノリン不溶分の量に対応するので、引用例のキノリン不溶分一四・五%はメソ相を相当量(ほぼ同量の一四・五重量%)含有するものであると推認される。
5 したがって、所望のメソ相ピッチを生成するために、原料ピッチを不活性ガスを吹き込んで、規定した温度で必要時間継続して加熱することは、引用例の記載から当業者が容易になし得る技術的事項であると認められるので、本願は特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由 審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、本願発明の炭素質ピッチと引用例の原料ピッチは同一とみられるとの点は争い、その余は認める。同4は認める。
同5は争う。
審決は、本願発明と引用例記載の発明とを対比判断するに当たり、引用例には本願発明の目的、構成、作用効果についての記載も示唆もないことを看過誤認した結果、単に各工程の類似性にのみ注目し、本願発明は引用例の記載から当業者が容易になし得る技術的事項であるとの誤った判断をしたものであって、違法であるから取り消されるべきである。
1 目的の差異 本願発明は、高弾性高強度の炭素繊維製造のための紡糸用ピッチの製造に係るもので、不活性ガスを使用しメソ相生成反応を阻害する低分子量分子を揮発除去することにより、メソ相含量が四〇〜九〇重量%の範囲にあって、繊維に紡糸するに適し、繊維にしたときに優れた機械特性、すなわち高い弾性率と引張強度を有するメソ相ピッチを短時間に製造することを目的とするものである。
これに対し、引用例記載の発明は、電極を構成するのに必要な特性要件を満足する電極用ピッチを製造することを目的とするものである。電極用ピッチとは、コークス等の固い炭素粉末を結合して電極を形成するための粘結性バインダーであって、そのための望ましい特性は、粘結接着性が良いこと、電極にしたときに導電性が良いこと、耐熱性が良いこと等である。したがって、引用例記載の発明の特性要件は、本願発明の炭素繊維に使用する際に満足しなければならない要件とは何らの関係もないものである。
2 構成の差異 本願発明の構成は、所定の構成の方法を実施するとメソ相ピッチを生成されるような原料を選択し、規定の温度及び時間不活性ガスの通気下にメソ相ピッチを生成する、極めて限定された方法である。
引用例に記載された原料、温度、時間条件の中から選択すれば、本願発明の目的生成物であるメソ相ピッチが生成される条件もないではない。しかしながら、引用例記載の発明は、あくまで「電極用ピッチの製造法」を記載するものに過ぎず、
「メソ相ピッチの製造法」の構成を示唆するものではない。
これを具体的にみると、本願発明で所要の原料ピッチは、キノリン不溶分等の不溶分が一重量%よりも少なくなければならず、引用例記載の発明における原料ピッチのような一重量%以上の不溶分含有量の原料ピッチでは本願発明の目的生成物であるメソ相含量が四〇〜九〇重量%のメソ相ピッチは生成しない。また、反応条件についても、引用例記載の方法の条件のうち、処理温度、不活性ガスとその流量は本願発明のものと一致するが、処理温度と関連する処理時間については引用例には実施例にその記載があるのみであるところ、これら実施例に記載された処理温度及び処理時間では原料ピッチが必要な性状を備えている場合であってもメソ相含量が四〇重量%以上の所定のメソ相ピッチは生成しない。ましてや、引用例の原料ピッチは不溶分が二重量%であるから、メソ相の生成は大きく阻害されているので、実際にはメソ相の増加はわずかであり、メソ相ピッチは生成しないと考えられる。
3 本願発明の有する作用効果の示唆の不存在 本願発明は、本願発明の要旨のとおりの構成を採用することにより、(1)所定温度において、不活性ガス吹込処理の不存在下で通常必要とされる速度の二倍以上の速度でメソ相ピッチを調整することができる、(2)得られるメソ相ピッチは、
ピッチのメソ相及び非メソ相部分の平均分子量分布が小さく、したがって改良された流動学的及び紡糸特性を有する、との効果を奏するものである。なお、被告は、
本願発明の実施例には不活性ガスを用いた場合と用いない場合とを対比して生成されたメソ相ピッチの組成および反応時間について具体的に示していないので、本願発明の右(1)の効果は確認し得ない旨主張することは後記のとおりであるが、ピリジン不溶分は大体においてメソ相の量に対応することが本願明細書及び実施例から窺われるし(一〇〇頁左下欄一二行ないし一三行)、本願明細書の他の箇所には、同一生成量に対して本願発明では約半分以下の時間と記載されており、本願発明の右効果は十分に確認されるものである。
一方、引用例記載の発明は、メソ相ピッチを製造することがあっても、その作用効果はあくまで電極用ピッチすなわち粘結性バインダーとしての望ましい特性、例えば粘結接着性がよいこと、電極にしたときに導電性がよいこと、耐熱性がよいこと、等々であるに止まり、本願発明の前記作用効果を何ら示唆しないし、得られたメソ相ピッチの優れた紡糸性、炭素繊維の優れた機械特性を示唆しない。
4 以上のとおり、引用例記載の発明は、本願発明とは目的を異にするものであるから、本願発明の構成、作用効果を示唆するものではなく、本願発明は引用例の記載から当業者が容易になし得る技術的事項であるとした審決の判断には誤りがあり、審決は違法であるから取り消されるべきである。
請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。同四のうち、本願発明が高弾性高強度炭素繊維の製造のための紡糸用ピッチの製造に係るものであり、引用例記載の発明が電極用ピッチの製造を目的とするものであることは認め、その余は争う。
審決の認定、判断は正当であり、審決にはこれを取り消すべき違法はない。
二 本願明細書の実施例には、不活性ガスを用いた場合と用いない場合とを比較して生成されたメソ相ピッチの組成及び反応時間について具体的に示していないので、原告主張の本願発明の作用効果については確認し得ない。
三1 本願発明の構成中、メソ相の形成間に不活性ガスを〇・五〜五・〇scf/h/1bピッチの割合で通しながら行う点を除き、炭素質ピッチを不活性雰囲気中において三五〇〜四五〇℃の温度でメソ相含量が四〇〜九〇重量%の範囲になるまで加熱することからなるメソ相ピッチの製造法は、周知のことであり、このことは、乙第一号証(ドイツ連邦共和国特許出願早期公開第二三一五一四四号明細書、
公開一九七三年一〇月一一日)及び乙第二号証(石油学会誌一五巻三号二〇頁ないし二六頁、昭和四七年三月一日発行)の次の記載から明らかである。
すなわち、乙第一号証には、「ピッチ物質は高温熱処理によって等方性構造から高度に配向した分子の領域を含有する構造に変換できることは周知であるが(ジェー・デー・ブルークス及びジー・エッチ・テイラー著「ある黒鉛化炭素の形成」、
ケミストリー アンド フィジックス オブ カーボン第四巻、マーセルデッカー、インコーポレーテッド、ニューヨーク、一九六八年、二四三頁ないし二六八頁、ジェー・アール・ホワイト、ジー・エル・グスリー及びジェー・オー・ガードナー著「炭化コールタールピッチのメソ相微細構造」、カーボン第五巻、五一七頁、一九六八年、及びジェー・ジュボイス、シー・アガチエ及びジェー・エル・ホワイト著「黒鉛化可能有機物質の熱分解で形成された炭素質メソ相」メタログラフィ第三巻、三三七頁ないし三六九頁、一九七〇年)」(一六頁一九行ないし一七頁三行)、「メソ相含量約四〇ないし九〇重量%の炭素質ピッチは公知技術により炭素質ピッチを不活性雰囲気中で約三五〇℃以上の温度で所望量のメソ相を生成するのに十分な時間加熱することによって製造することができる。」(二二頁一六行ないし二一行)、「所望のメソ相含量を生成するのに必要な加熱時間は使用される特定のピッチ及び温度により変化し、高温よりは低温でより長い加熱時間が必要である。メソ相の生成に一般に必要とされる最小温度の三五〇℃では、約四〇%のメソ相含量を生成するには通常少なくとも一週間の加熱が必要である。約四〇〇ないし四五〇℃の温度では、メソ相への変換は急速に進み、このような温度では約一〜四〇時間内で通常五〇%のメソ相含量を生成することができる。このためこのような温度が好ましい。約五〇〇℃以上の温度は望ましくなく、この温度での加熱はピッチのコークス変換を避けるために約五分以上用いてはならない。(二二頁二四行ないし二三頁一三行)と記載されており、該技術事項が本願発明の出願前に周知であることは明らかである。
乙第二号証には、「直留残さ油、熱分解重油、タールピッチなどを三五〇〜五〇〇℃の間で加熱すると、熱分解、重縮合などが起こり分子の再配列が起こる。このような熱処理物を冷却して、偏光顕微鏡で観察すると、光学的異方性が認められるようになる。すなわち光学的等方性のマトリックス中に一種の液晶である光学的異方性のメソフェースが析出する。」(二〇頁右欄下から一八行ないし一三行)と記載しているとともに、加熱温度と保持時間によりキノリン不溶分であるメソ相生成の変化を図8に示している。同記載及び同図によればメソ相含量九〇重量%までのピッチが得られることを示していることは明らかである。
2 そして、引用例記載の発明における炭素質ピッチの電極ピッチ用の硬ピッチの製造方法は、右乙第一、二号証に示されるメソ相ピッチの製造方法を参照にしてみれば、技術的関連性を有することは次の点から明らかである。
すなわち、引用例記載の発明は、炭素質ピッチとしてコールタールピッチから電極用ピッチに用いられる硬ピッチを製造することを目的として、原料ピッチを三三〇〜四二〇℃に加熱するとともに不活性ガスを吹き込んで処理し、原料ピッチの軟化点五〇〜一二〇℃を一二〇〜一八〇℃に向上させた硬ピッチを得るものであるところ、該処理による硬ピッチへの軟化点の向上は、原料ピッチ中の油分を除去するとともに、ベンゾール不溶分、キノリン不溶分の特性値を向上させることにあることは、電極用ピッチ通常必要とされる特性値におけるキノリン不溶分は八〜一二%、ベンゾール不溶分は三〇〜四〇%であること、右処理条件で行わなければ、該ベンゾール不溶分、キノリン不溶分の特性の向上効果は殆どないこと、更には実施例でキノリン不溶分二・〇%のタール系ピッチを熱処理することにより、キノリン不溶分一四・五%のものを得ることが引用例に示されていることからみて、明らかである。ところで乙第一、二号証によれば、炭素質ピッチを熱処理することにより生成されるメソ相はキノリン溶媒に不溶であることは周知である(乙第一号証二三頁一七行ないし二三行、乙第二号証二三頁右欄下から八行ないし四行)ことが認められるので、引用例記載の発明により生成したキノリン不溶分のほどんどはメソ相とみることができ、したがって、引用例記載の発明はキノリン不溶分であるメソ相を生成することを示しているとみることができる。
なお、原告は、原料ピッチとして一重量%以上のキノリン不溶分含有量のものでは本願発明のメソ相ピッチが生成しないにもかかわらず、引用例記載の発明ではキノリン不溶分二・〇%の原料ピッチを使用しており、引用例記載の発明は本願発明のメソ相ピッチの製造を意図したものではない旨主張する。しかしながら、加熱処理することにより本願発明のものと同様のメソ相含量が四〇〜九〇重量%の炭素繊維製造に用い得るメソ相ピッチを製造し得る原料ピッチは、乙第一、第二号証に記載されて周知のことである。また、乙第二号証には、「コールタールピッチは通常O、N、Sがあわせて三%前後含有し、不溶成分も数%含有する。このようなピッチを同様に熱処理すると、球体の生成と同時に不溶成分が観察される。球体が成長してもこの不溶成分は球体の中には決して侵入せず、球体とマトリックスの境界面に偏析する。そしてこの場合、欠陥のない球体の観察はきわめて困難である。球体の大きさも比較的そろっている。」(二二頁右欄下から一三行ないし七行)との記載が存在し、不溶成分を含有するコールタールピッチを熱処理した場合には、メソ相以外の不溶成分も生成するが、メソ相である球体が生成、成長することは明らかである。ただ、該不溶成分を生成するとメソ相が合体を繰り返して高い分子量のメソ相に成長しがたいというだけのことであり、引用例記載の発明は、融点の調整された電極用の硬ピッチを得ることを目的とし高い分子量のメソ相の生成は必要としないため、不溶成分を含有したままの原料ピッチを用いているにすぎず、引用例記載の発明がキノリン不溶分であるメソ相の生成を意図していないとはいえない。
また、引用例には不活性ガスの吹込量と油分の除去との関係については記載しているものの、キノリン不溶分等の特性値の向上との関係については示していないが、乙第二号証には、「これまで述べたメソフェースの加熱下の挙動は、熱分解によるガスの発生を伴うのが常である。発生したガスはまだやわらかい合体したメソフェースを押しのけて上部に逃れる。この際のガスのあわのパーコレーションにより合体したメソフェースはさらに変形を受ける。と同時に系全体の粘度がしだいに上昇し、ついに固化する。」(二二頁右欄二六行ないし三一行)との記載が存在し、メソ相の生成と成長に当たっては副生する分解ガスは反応系から放出されるべきものであること、該分解ガスが放出するときにやわらかい合体したはメソフェースを押しのけ、合体したメソ相を変形させることはやむを得ないことであるが、メソ相の生成と成長の大きな阻害要因とはならないことを示していることは明らかである。
右乙第二号証の記載を参照して引用例の記載をみると、引用例記載の発明において、不活性ガスの吹込みは原料ピッチ中の油分の除去にあるとしているが、該油分は原料ピッチ中に含まれていたもののみならずキノリン不溶分であるメソ相生成に際して副生する分解ガスをも油分として除去する作用をしているとみるべきである。そして、化学反応において反応系に不活性ガスを吹き込み反応副生物を除去することにより反応の促進を計ることは、よく行われる常套手段であるので、引用例記載の発明における不活性ガスの吹込みによる油分の除去は、キノリン不溶分であるメソ相の生成及び成長の促進を計るためにも行われているとみるべきである。
ところで、炭素繊維製造用の紡糸用ピッチは静止条件下で大きい合体した分域を有しなければならないことは、乙第二号証(二二頁右欄下から二行ないし末行)にも記載されて知られており、該不活性ガスの吹込みは該静止条件を損う恐れが懸念されるところである。しかしながら、原料の炭素質ピッチ及びメソ相を含むピッチは熱処理下の温度でも高粘度のものであり、例えば乙第一号証には「メソ相含量約四〇〜九〇重量%のピッチは一般に約二五〇〜四五〇℃の温度で約一〇〜二〇〇ポイズの粘度を示す」(二九頁下から二行ないし三〇頁二行)と記載されて知られているので、炭素質ピッチ及びメソ相を含むピッチに不活性ガスを吹き込んでもその吹込量を調整するならば、低粘度液体のように攪拌状態にすることなく、静止条件をあまり損うことなく吹き込むことは、当業者が必要に応じて適宜なし得ることというべきであり、引用例記載の発明における不活性ガスの吹込量はキノリン不溶分であるメソ相を生成し得る静止条件を損わない程度で行っているとみるべきである。そして、本願発明と引用例記載の発明の不活性ガスの吹込量は同程度のものであるので、本願発明においても、不活性ガスの吹込みはメソ相の生成と成長の条件である静止条件を損なわない程度に行っているにすぎないものとみざるを得ない。
してみると、当該メソ相ピッチの製造は静止条件下に行われなければならないことが知られているとしても、不活性ガスの吹込みを行うことが当事者に予測だに困難だったというようなものではなく、メソ相ピッチを製造するに際して副生することの知られた分解ガスの放出を、常套手段に基づき静止条件を損わない不活性ガスの調整された吹込量で吹き込んで促し、メソ相の生成と成長を促進させようとすることは、当事者に容易に想到し得ることというべきである。
原告主張の本願発明の作用効果は、既に述べたとおり、確認し得ないものであるが、仮に主張するとおりの作用効果が認められるとしても、平均分子量分布が小さく、改良された流動学的及び紡糸特性を有する旨の効果は、乙第一号証記載の発明によって得られるメソ相ピッチも同様の性状を有するものであるから、格別のものではなく、所定温度において、不活性ガスの吹込処理を行うことにより、かかる処理の不存在下で通常必要とされる速度の二倍以上の速度でメソ相ピッチを調整することができる旨の効果も、メソ相を製造するに際して副生する分解ガスの放出を静止条件を損なわないように不活性ガスを吹き込んで促してやればメソ相の生成と成長の反応が促進されるであろうことは不活性ガスを吹き込む常套手段からみて、当業者に予測されるところであって、格別の効果とみることはできないというべきである。
3 以上のとおり、審決は、乙第一号証及び乙第二号証に示されるように、炭素質ピッチを熱処理してメソ相ピッチを製造する方法はよく知られたことであることを前提として、本願発明における不活性ガスの吹き込みは常套手段を適用したにすぎないものであるところ、引用例にはメソ相ピッチを生成する周知技術とは類似の技術において該常套手段を示しているので、本願発明について周知技術と引用例記載の発明とを組み合わせて勘案することにより、本願発明の所望のメソ相ピッチを生成するために、原料ピッチを不活性ガスを吹き込んで規定した温度で必要時間継続して加熱することは、引用例の記載から当業者が容易になし得る技術的事項であると判断したものであり、審決は妥当である。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 本願発明の概要 本願発明が高弾性高強度炭素繊維の製造のための紡糸用ピッチの製造に係るものであることについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の一、
二(本願発明の公開特許公報及び昭和六三年二月二五日付手続補正書。以下これらを総称して「本願明細書」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の目的、構成及び作用効果として、次のとおり技術的事項について記載があることが認められる。
1 本願発明は、高弾性高強度炭素繊維の製造において有用なメソ相ピッチを製造するに際し、不活性ガスを使用することを特徴とするメソ相ピッチの製造法に関するものである(本願発明の公開特許公報一頁左下欄一一行ないし右下欄一行)。近年における航空機、宇宙飛行体及びミサイル産業の急速な成長の結果として、航空機、宇宙飛行体等の製造に用いられる高い強度及び剛性によって特徴づけられ同時に軽量である材料が必要とされるところ、その最も有望なその材料の一つとして、
プラスチック及び金属のマトリックスとの複合形態で用いられる高弾性高強度炭素繊維があるが、製造する際のコストが高いことがそれらの普及した使用に対する障害であった(同頁右下欄五行ないし二頁左上欄八行)。
2 高弾性高強度炭素繊維を低コストで製造する方法として、米国特許願第三三八一四七号に記載された、メソ相ピッチから高弾性高強度炭素繊維を製造する方法が知られている。かかる方法は、液晶またはいわゆるメソ相の状態に予め一部分転移させた炭素質ピッチから炭素質繊維を先ず紡糸し、次いで該繊維を酸素含有ガス中でそれを不融性にするのに充分な時間加熱することによって熱硬化し、最後に熱硬化繊維を不活性雰囲気中において水素及び他の揮発物を除去し且つ実質上全部が炭素の繊維を生成するのに充分なだけ高められた温度に加熱することによって炭素化することを包含する(同二頁左上欄九行ないし右上欄一行)。右方法において、熱処理によって高い弾性ヤング率及び高い引張強度を有する炭素繊維に転化できる繊維に紡糸するには、約四〇〜九〇重量%のメソ相含量を有する炭素質ピッチが好適である(同頁右下欄一四行ないし一七行)。かかる炭素質ピッチは、前記米国特許願第三三八一四七号に開示されるごとき公知技術にしたがって、炭素質ピッチを不活性雰囲気中において約三五〇℃よりも高い温度で所望量のメソ相を発生するのに充分な時間加熱することによって調整することができるが、三五〇℃では約四〇%のメソ相含量を生成するには少なくとも一週間の加熱が通常必要であり、約四〇〇〜四五〇℃の温度では、メソ相への転化は急速に進行し、一〜四〇時間内に五〇%のメソ相含量を通常生成することができる(同三頁右上欄一三行ないし左下欄一一行)。
3 ところで、このような所定のメソ相含量を有するメソ相ピッチを生成するのに必要とされる時間は調整温度が上がるにつれて短くなるが、高められた温度での加熱は、ピッチのメソ相部分における高分子量分子の量を増加する傾向があると同時にピッチの非メソ相部分における低分子量分子の量の増加をももたらす結果、高められた温度において比較的短時間で調整された所定のメソ相含量を有するメソ相ピッチは、適度な温度において長時間にわたって調整された同様のメソ相含量を有するメソ相ピッチよりもピッチのメソ相部分に高い平均分子量及び非メソ相部分に低い平均分子量を持つことがわかり、この広い分子量分布はピッチの流動性及び紡糸性に悪影響を及ぼすことがわかった(同頁左下欄一七行ないし右下欄一四行)。
4 本願発明は、好ましい流動学的性質をピッチに付与するところの比較的適度な製造温度においてメソ相ピッチを生成するのに必要とされる時間を短縮するための手段を探求することを目的(技術的課題)とするものである(同四頁左上欄八行ないし一一行)。
5 本願発明は、所定のメソ相含量を有するメソ相ピッチは、メソ相形成間にピッチに不活性ガスを通すならば、所定の温度においてこれまで可能であるよりも実質上短い時間で調整できることを知見し、本願発明の要旨記載の構成を採用したものである(同頁右上欄七行ないし一一行)。
6 本願発明における不活性ガス処理は、ピッチの低分子量重合副生物と一緒に最初に存在する揮発性低分子量成分を除去するのを補助し、前駆体ピッチのメソ相ピッチへのより効率的な転化をもたらし、これにより、約四〇〜九〇重量%のメソ相含量を有するメソ相ピッチは、所定温度において、このような処理の不在下で通常必要とされる速度の二倍以上までの速度で、すなわち、ピッチに不活性ガスを通さないでメソ相を生成するときに通常必要とされる時間の半分以下程度の時間で調整することができる(同頁右上欄一一行ないし左下欄一行)という効果を奏する。
また、この操作は、ピッチの非メソ相部分の低分子量分子の量を減じ且つその平均分子量を上げる効果を持ち、したがって、かかるピッチは揮発物をほとんど発生することなしに小さい且つ均一な直径の繊維に容易に紡糸することができる(同五頁左上欄縫一〇行ないし一五行)という効果を奏する。
三 引用例記載の発明の概要 引用例に審決の理由の要点2摘示のとおりの記載が存すること、及び、引用例記載の発明は電極用ピッチを製造する方法に関するものであることについては、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、電極用として好ましいピッチの性状は、電極の種類、電極メーカー等によって相当差異があるが、通常は軟化点七五〜九五℃、固定炭素分五五%以上、キノリン不溶分八〜一二%、ベンゾール不溶分三〇〜四〇%の特性値を具備する必要のあることが知られているところ、引用例記載の発明の発明者は、これらの特性値のうち、特に軟化点の低い割に固定炭素分、キノリン不溶分が多いこと、ベンゾール不溶分とキノリン不溶分の差が大きいこと、及び空気並びに公知の縮合剤のようにピッチと反応性に富む物質を存在させずに製造することが好ましいことを見出し、かかる電極用ピッチを石炭系タールから簡単な操作で製造し得る同発明を完成したものであること(同欄一八行ないし二欄二一行)、同発明は、前記のように、軟化点五〇〜一二〇℃の原料ピッチに三三〇〜四二〇℃の温度において不活性ガスを吹き込み、該不活性ガスに随伴する原料ピッチ中の油分を除去しつつ、軟化点一二〇〜一八〇℃の中間体の硬ピッチを製造した後に、該硬ピッチに沸点二五〇〜四五〇℃の範囲の留分を主成分とするタール系油を添加して該硬ピッチの軟化点を七五〜九五℃に調整することを特徴とする電極用ピッチの製造方法に関するものであること(特許請求の範囲の項)が認められる。
四 取消事由に対する判断1 引用例記載の発明における原料ピッチに吹き込む不活性ガスは具体的には窒素ガスであって本願発明の不活性ガスと同一であること、その吹込量も本願発明で規定する範囲に入り本願発明の吹込量と同一であること、引用例にはキノリン不溶分一四・五%の中間体硬ピッチを得たことが開示されていること、及び、右キノリン不溶分の量はメソ相含量とほぼ同量であることについては、当事者間に争いがない。
2 両発明の課題の対比 前記二に認定したところによれば、本願発明は、高弾性高強度炭素繊維のためのメソ相ピッチの製造方法において、低温により原料ピッチを加熱するとメソ相ピッチ生成まで長時間を要するという欠点があり(二2)、高温度によりこれを加熱すると、短時間でメソ相ピッチが生成されるが、非メソ相部分の低分子量分子の量の増加をもたらすという欠点があったため(二3)、好ましい流動学的性質をピッチに付与するところの比較的適度な製造温度を設定し、かつメソ相ピッチを生成するのに必要とされる時間を短縮する手段を探求することを目的(技術的課題)として(二4)、メソ相形成間にピッチに不活性ガスを通すと所定の温度においてこれまで可能とされていた時間よりも更に短い時間で調整できるとの知見を得たうえで本願発明の要旨に係る構成を採用したものであること(二5)、これにより、本願発明における不活性ガス処理は、ピッチの低分子量重合副生物と一緒に最初に存在する揮発性低分子量成分を除去するのを補助し、前駆体ピッチのメソ相ピッチへのより効率的な転化をもたらし、所定温度において、約四〇〜九〇重量%のメソ相含量を有するメソ相ピッチを通常必要とされる時間の半分以下程度の時間で調整することができるという効果を奏し、また、同処理は、ピッチの非メソ相部分の低分子量分子の量を減じ且つその平均分子量を上げる効果を持ち、したがって、かかるピッチは揮発物をほとんど発生することなしに小さい且つ均一な直径の繊維に容易に紡糸することができるという効果を奏するものである(二6)。
これに対し、引用例記載の発明は、電極用として好ましいピッチ、特に軟化点の低い割に固定炭素分、キノリン不溶分が多く、また、ベンゾール不溶分とキノリン不溶分の差が大きい電極用ピッチを簡単な操作で製造することを課題としたものであることは前記三認定のとおりである。
このように、両発明は、その課題を異にしており、引用例には、本願発明の課題解決に関する事項はもとより、これを示唆する事項も見出し得ないものであるから、一見両者の構成に共通している如き点があったとしても、引用例記載の発明を本願発明の容易推考性判断のための対比資料とすること自体相当でないというべきであり、既にこの点において審決は失当である。
3 構成の対比 次に、両発明の構成を対比するも、引用例には本願発明の構成を示唆する記載を認めることができない。
すなわち、前認定によれば、引用例記載の発明は電極用ピッチの製造に関するものであって、右中間体の硬ピッチは最終製品である電極用としての特性を有するピッチを製造するうえで有用な中間体であり、前掲甲第三号証によれば、引用例に右中間体ピッチとして具体的に開示されているものも、キノリン不溶分が一四・五%のものと一〇・一%のものであることが認められるに止まり、したがって、これら中間体ピッチのメソ相含量もこれとほぼ同量であると解されるから、メソ相ピッチへの変換は熱処理温度とその保持時間との相関関係で定まるとの周知事実(この事実は当事者間に争いがない。)を前提としても、引用例が本願発明の構成であるメソ相含量が四〇〜九〇%のメソ相ピッチの生成を示唆するものと認めることはできない。
4 効果の対比 前記2、3に述べたように、両発明はその解決すべき課題を異にし、引用例記載の発明が本願発明の課題及び構成を示唆するものでない以上、引用例に本願発明における作用効果を示唆する記載がないのは当然である。
この点を具体的に検討すると、確かに引用例記載の発明はキノリン不溶分の多いピッチの製造を目的の一つとはしているが、同発明において電極用ピッチの中間体として求められるピッチのキノリン不溶分はせいぜい一四・五%であり、したがってメソ相含量はこれとほぼ同量の一四・五%程度であって、本願発明の構成であるメソ相含量四〇〜九〇重量%に比べて著しく低い含量のものであることは前認定のとおりである。したがって、引用例が、所定温度において、約四〇〜九〇重量%のメソ相含量を有するメソ相ピッチを通常必要とされる時間の半分以下程度の時間で調整することができるという効果を示唆するものでないことは明らかである。
また、前掲甲第三号証によれば、引用例には、原料ピッチの加熱温度に関し、三三〇℃以下ではキノリン不溶分の特性値の向上効果は殆どなく不活性ガスを多量に要し、処理時間も長くなり好ましくない旨の記載はあるものの、温度の上限については、「一方四二〇℃以上の温度になるとコーキングトラブルが多くなるので好ましくない。」とのみ記載されている(三欄九行ないし一六行)ことが認められ、これによれば、引用例記載の発明は、高温度での加熱がピッチのメソ相部分における高分子量分子の量を増加する傾向があると同時に非メソ相部分の低分子量分子の量の増加をももたらす点の認識を有しておらず、したがって、加熱温度の上限を定めることによって揮発物をほとんど発生することなしに小さい且つ均一な直径の繊維に容易に紡糸することができるピッチを製造することができるという、本願発明の前記効果を示唆するものでないことは明らかである。
更に、引用例記載の発明における不活性ガス処理の作用効果についてみるに、前掲甲第三号証によれば、引用例には「この吹込んだ不活性ガスに随伴する原料ピッチ中の油分は系外に除去される。」との記載が認められる(三欄三六行ないし三七行)のみであり、引用例の右記載からただちに、引用例記載の発明が、不活性ガス処理はキノリン不溶分であるメソ相の生成及び成長の促進を計るためにも行われていることを示唆していると認めることはできない。なお、被告は、化学反応において反応系に不活性ガスを吹き込み反応副生物を除去することにより反応の促進を計ることは良く行われる常套手段であるので、引用例記載の発明における不活性ガスの吹き込みによる油分の除去は、キノリン不溶分であるメソ相の生成及び成長の促進を計るためにも行われているとみるべきである旨主張するが、仮に、化学反応において反応系に不活性ガスを吹き込み反応副生物を除去することにより反応の促進を計ることが常套手段であるとしても、そもそも引用例にはキノリン不溶分であるメソ相が四〇重量%以上含まれるメソ相ピッチの製造方法に関する示唆が認められないことは前示のとおりであるから、引用例記載の発明が、所定温度において、約四〇〜九〇重量%のメソ相含量を有するメソ相ピッチを通常必要とされる時間の半分以下程度の時間で調整することができるという効果を示唆するものでないことは明らかである5 被告の主張に対する判断(一) 被告は、原告主張の本願発明の奏する作用効果は実施例において具体的に示されていないから確認し得ない旨主張する しかしながら、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書の実施例における、生成されたメソ相の分子量組成についての記載は明瞭でない嫌いがあるが、平均分子量分布の幅が広くなるのは高温下に短時間で加熱することによって生じる弊害であって、本願発明は、この温度条件を避け、好ましいとされる温度条件下で解決を計るものであることは前認定のとおりであるから、その結果については明らかに理解し得るところであり、また、前掲甲第二号証の一によれば、実施例2として、「市販石油ピッチを用いて、約五三重量%のメソ相含量を有するピッチを調整した。……前駆体ピッチを約二〇〇℃の温度において一時間にわたって加熱し、次いでピッチの温度を約三〇℃/Hrの速度で約二〇〇℃ら約四〇〇℃に上げそしてピッチを約四〇〇℃において更に一二時間維持することによって調整された。……比較目的のために、ピッチを窒素雰囲気下に調整する間に窒素をピッチにバップリングさせなかったことを除いて上記と同じ前駆体ピッチからそして同じ態様でメソ相ピッチを調整した。五〇%のピリジン不溶分を有するメソ相ピッチを調整するのに四〇〇℃での三二時間の加熱が必要であった。」との記載が認められ、これらを総合的にみれば、時間短縮についての本願発明の効果を認めることができるから、被告の右主張は採用できない。
(二) 本願発明の容易想到性に関する被告の主張は、要するに、周知事実を示す前記乙第一、第二号証と引用例の記載を組み合わせれば、本願発明は容易に想到し得るというにあるが、審決は、あくまで、引用例記載の発明を特許法29条2項
同条一項三号の刊行物記載の発明として捉え、これに審決摘示の周知事実を補って本願発明の容易想到性を認める判断をしたものであることは、当事者間に争いのない審決の理由の要点(請求の原因三)からみて明らかであり、乙第一、第二号証は当審においてはじめて右周知事実を裏付ける証拠として被告が提出したものである。しかも、被告は、乙第一、第二号証を、審決摘示の周知事実に関する部分だけでなく、その他の事項についても周知事実の立証として詳細に引用しているものであり、周知事実の立証とはいっても、本願発明との対比に辺り、あたかもこれらの書証そのものを特許法29条2項、同条一項三号の刊行物記載の発明として用いているかの如き観を呈しているのである(特に、乙第二号証についてその感をふかくするものであり、また、右乙号各証が拒絶理由として示されたことを認めるに足りる証拠はない。)。しかし、前記のように、特許法29条2項、同条一項三号の刊行物記載の発明として、審決の判断の中心に据えられたのは引用例記載の発明であり、これに本願発明の課題とする事項の解決についての示唆が認められない以上、
引用例記載の発明は容易想到性判断のための対比資料たり得ないのであるから、被告主張のような手法により、乙第一、第二号証を用いて引用例記載の発明に周知事実を組み合わせて引用例記載の発明を補い、判断することは許されないものというべきである。
6 以上のとおりであるから、審決が前記周知事項を前提として、引用例の記載事項から当業者が本願発明を容易に想到することができたと判断したのは誤りであり、審決は違法としてその取消しを免れない。
五 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 松野嘉貞
裁判官 舟橋定之
裁判官 杉本正樹