運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 承継 /  発明者 /  新規性 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  先願主義 /  優先権 /  援用権(援用) /  参酌 /  不存在 /  実施 /  先使用権(先使用) /  優先期間 /  侵害 /  実施権 /  設定登録 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  不服申立 /  異議申立 /  同盟国 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 昭和 42年 (行ウ) 50号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1970/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の訴は、いずれも、これを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
申立
一 原告 左記判決を求める。
(一) 本位的請求1 被告が、原告の昭和三八年一一月二五日付各特許出願(特許庁同年特許願第六三、一七六号および第六三、一七七号)について工業所有権の保護に関する「パリ」同盟条約による各優先権の主張につき、昭和四一年二月四日付各書面をもつてした、右各主張の却下処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(二) 予備的請求1 被告が、原告の昭和三八年一一月二五日付各特許出願(特許庁同年特許願第六三、一七六号および第六三、一七七号)についての工業所有権の保護に関する「パリ」同盟条約による各優先権の主張につき、可否の決定をしないのは違法であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告 左記判決を求める。
本位的請求および予備的請求とも(一) 本案前1 原告の訴は、いずれも、これを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 本案について1 原告の請求は、いずれも、これを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
原告の請求原因
一 本件出願、却下処分および異議申立棄却決定(一) 原告は、昭和三八年一一月二五日、被告に対し、「燃料電池用固体電解質の製法」および「燃料電池用固体電解質」という各発明につき、工業所有権の保護に関する「パリ」同盟条約(但し、一九〇〇年一二月一四日「ブラツセル」において、一九一一年六月二日「ワシントン」において、一九二五年一一月六日「ヘーグ」において、および一九三四年六月二日「ロンドン」において改正せられた工業所有権保護に関する一八八三年三月二〇日の「パリ」同盟条約。以下、単に「パリ」同盟条約という)第4条丁第一号および特許法(但し、昭和四〇年法律第八一号による改正前のもの。以下同様)第43条により、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日「スイス」国でした出願(但し、前者の発明については同国出願番号一九六二年、第一三、七九五号、後者の発明については同国出願番号同年第一三、七九七号の各出願)に基く優先権をそれぞれ主張して、各特許出願(但し、前者の発明については特許庁昭和三八年特許願第六三、一七六号、後者の発明については同庁同年特許願第六三、一七七号)をした。
ところが、原告は、右各優先権の主張をする際、特許法第43条第1項による書面として本件各願書の欄外に記載した同項所定の事項中、最初に出願をした同盟国の国名を誤つて「フランス」と記載した。そこで、原告は、その後、同条第二項所定の期間内である昭和三九年二月一〇日、被告に対し、本件各出願について、それぞれ手続補正書と題する書面を、最初に出願をした「スイス」国の優先権証明書と共に提出して、前記国名の誤記または表示を「スイス」と訂正または変更し、もつて本件各優先権の主張を補正した。
しかるに、被告は、昭和四一年二月四日付各書面をもつて、原告に対し次のような通知をし、右各通知はそれぞれ同月九日原告に到達した。
「工業所有権保護に関する「パリ」同盟条約に基き主張された優先権は、下記の理由により、特許法第43条第4項の規定に基き、その効力を失つたから通知する。
記 本願に関する優先権は西暦一九六二年一一月二三日付仏国出願に基いて主張されているが、特許法第43条第2項に規定する期間内に上記優先権主張を証明する書面が提出されていない。また昭和三九年二月一〇日付で提出されている優先権証明書は本願出願時に特許法第43条第1項に規定する書面の提出がなかつたので、本願に関する優先権の主張を証明する書面とは認められない。」(二) ところで、被告の右各行為は、形式上は通知であるが、その実体は、原告の本件各出願についての前記各優先権の主張を却下し、その効力を否認した確認的、公証的行政処分であるというべきである。
(三) そこで原告は、右各却下処分について、昭和四一年四月九日、被告に対し、特許法第184条の2、行政不服審査法第6条による各異議の申立をしたところ、被告は同四二年一月九日、右各申立を棄却する旨の決定をし、右決定書は同月一一日原告に送達された。
二 本件各却下処分の取消原因 しかしながら、本件各却下処分は、いずれも、次のような理由によつて、違法である。すなわち、本件各出願における各優先権の主張は、それぞれ、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日「スイス」国でした前記各出願に基くものであつて、
被告認定のように同日「フランス」国でした出願に基くものではない。これは左記事由により明らかである。
(一) 優先権主張の明白な誤記1 本件各願書によると、本件各優先権の主張は、いずれも、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日「フランス」国でした出願に基くことになつているが、一方、
特許庁へ提出された前記各優先権証明書によれば、原告が本件各出願時、「パリ」同盟条約による、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日「スイス」国でした前記各出願に基く各優先権を有していたこと明らかであり、しかも、本件各出願と右「スイス」国における各出願とは、本件特許願第六三、一七六号と「スイス」国出願第一三、七九五号間および本件特許願第六三、一七七号と「スイス」国出願第一三、七九七号間において、それぞれ、発明者、出願人、発明の名称および特許請求の範囲等が全く同一または同一というべきであるから、両者間には発明の同一性が認められるうえ、本件出願における優先権主張の基礎である第一国出願の年月日と右「スイス」国出願の年月日とが全く同一であり、更に原告が本件各出願において、各願書の欄外に優先権を主張する旨明示していたことは前記のとおりであるから、以上の事情を綜合すると、本件各願書に記載された前記各優先権の主張中、最初に出願をした同盟国の国名「フランス」は「スイス」国の誤記であるというべきである。
2 ところで、元来、優先権の主張は、出願人にとりきわめて強力、有利なものである反面、第三者にとつてはきわめて大きい影響のあるものであるから、右主張の効力の有無を判断する特許庁としては、被告は勿論実際の担当者である審査官も、
全官庁としての特許庁の立場から、同庁に現存しまた容易に利用できる全資料より得られる全知識をもつて、優先権の主張に対処すること、
すなわち出願人が提出した願書等を唯一の資料とすることなく、また出願人による記載内容の如何にとらわれず、出願に際し提出された書類全体を参酌して、同人が本来意図しているものを探知、確定する等、発明、考案等の査定に当り適用される諸原則を類推して、自らその要件の有無を探知し、適正且つ明確な判断をすべき義務があるところ、優先権主張の基礎となる第一国への出願は、第二国への出願と同時に客観的に且つ容易に認識できる状態において特定し、第二国出願の際の出願人の指示すなわち特許法第43条第1項にいわゆる最初に出願をした同盟国の国名および出願の年月日の記載のみによつて特定するものではないこと、また、前記第一国への出願の特定のためには、国名および出願の年月日の外に、出願の内容も欠くべからざる要素であるから、前二者だけでは、そもそも右第一国への出願を特定することはできないこと、更に、我が特許法においては、出願後三月以内に優先権証明書を提出することが優先権主張の効力を全からしめる要件となつているため、右証明書はまさに優先権の主張自体を完成する書面であること等の事情を考慮すれば、出願に際し提出された優先権証明書は、当然、特許庁が、優先権主張の書面の一部として少くとも特許庁において容易に利用し得る資料として、前記判断をする際、参酌すべきものであるというべきである。而して、本件の場合、法定期間内に提出された前記各優先権証明書を参酌すれば、特許庁は即座に且つ容易に前記誤記を認識できたものであるこというまでもない。
3 そうとすれば、本件各願書に記載された各優先権の主張中、最初に出願をした同盟国の国名「フランス」は「スイス」国の明白な誤記であるというべきである。
(二) 優先権主張の補正仮に右主張が採用されないとしても、原告の本件各優先権の主張は、その後、適法に補正されたものである。すなわち、
1 我が国の特許法においては、特許庁に対する手続に関しては、原則として、その補正をすることが許されているから(特許法第17条第1項)、特許庁に対する手続であること明らかな優先権の主張においても、当然、原則として、その補正(訂正および変更)が許されるものというべきである。而して、右補正をすることができる期間は、優先権主張の効力の完成時期である特許出願の日から三月以内、
すなわち優先権証明書の提出期間内であると解するのが相当である。
2 そこで、これを本件についてみると、本件各出願においては、原告は、右優先権証明書の提出期間内である昭和三九年二月一〇日、被告に対し、それぞれ、手続補正書を、最初に出願をした「スイス」国の優先権証明書と共に提出したこと前記のとおりである。ところで、一般に、手続補正書というのは、特許庁に対する手続において、その補正をする場合には必ず提出しなければならないものであり(特許法第17条第3項)、また一方、優先権証明書を法定期間内に提出することは当然のことであつて、そのこと自体はなんら補正とは関係のないことであるから、出願人が優先権証明書を法定期間内に手続補正書と共に提出することは、単に右証明書だけを提出する趣旨ではなく、もし優先権主張の手続において出願人の気がつかない誤り等がある場合には、これを優先権証明書記載のとおりに補正(訂正または変更)する趣旨をも含んで提出するものであること明らかであり、現に、これは、出願に当つて、万一願書の記載に不備または誤記等があれば、予め、これを補正する手段として、出願人らに慣用されている適法な行為である。
3 そうとすれば、原告の本件各優先権の主張は、昭和三九年二月一〇日、最初に出願をした同盟国の国名を「スイス」と訂正または変更した点において、いずれも、適法に補正されたものというべきである。
したがつて、本件各出願における各優先権の主張が昭和三七年(一九六二年)一一月二三日付「フランス」国出願に基くことを前提とする被告の本件各却下処分は、違法であつて、いずれも取消を免れない。
三 予備的請求の原因 「パリ」同盟条約による優先権の主張は、出願人が、特許庁に対し、同条約に基く公法上の権利として、右優先権の確認または証明等を請求する手続的意思表示である。したがつて、右主張があるときは、特許庁は当然、相当の期間内に、その可否の決定、
すなわち該優先権の主張を容認するか否かにつき応答をすべき法律上の義務を負う(後出第四、一、(一)、1、(2)、(イ)参照)。
しかるに、被告は、本件各出願につき原告がした前記各優先権の主張に対する被告の前記各失効通知は、単なる行政上のサービスであつて、なんら右優先権の主張に対する法律上の応答行為(行政処分)ではない旨主張している。
よつて、原告は、仮に被告が現在まで、原告の本件各優先権の主張につきなんら応答行為をしていないものとすれば、右不作為は前記義務に違反する違法なものであること明らかであるから、行政事件訴訟法第3条第37条により、予備的に、
請求の趣旨記載のような不作為の違法確認を求める。
被告の答弁
一 本案前の主張(本位的請求に対し)原告の本件各訴は、左記理由のいずれかにより、不適法であるから、それぞれ却下さるべきである。
(一) 本件各訴の対象について1 原告が本件訴訟において取消を求めている前記被告の各通知行為は、いずれも取消訴訟の対象となる行政処分ではない。その理由は次のとおりである。すなわち、取消訴訟の対象となる行政処分は、行政庁が優越的地位に基いて公権力の行使として行う処分であつてこれにより国民の具体的権利・義務に直接の変動を及ぼすものでなければならない。しかるに、被告の本件各通知行為は、単に被告が法律上当然に生じた結果を注意的に行政上のサービスとして通知したにすぎないもので、
これによつて原告の具体的権利・義務になんら変動を及ぼしたものではない。蓋し、原告の本件各優先権の主張は、特許出願の日から三月以内に適式な優先権証明書を提出しないことによつて、法律上当然に失効したものであり(特許法第43条第2項、第四項)、被告の本件各通知行為によつて失効したものではなく、しかも被告には、右失効通知をなすべき義務は勿論、優先権の主張に対しその可否を決定すべき権限も、右可否について意思表示をなすべき義務もなんら存しないものであるからである。したがつて、被告の本件各通知行為は取消訴訟の対象となる行政処分ではない。
2 また、被告の本件各通知行為は取消訴訟の対象となる事実行為でもない。蓋し、抗告訴訟の対象となる事実行為は、行政庁の物理的行為すなわち公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するものに限られているところ(行政不服審査法第2条第1項)、被告の本件各通知行為は右のような行政庁の物理的行為でないこと明らかであるからである。
(二) 本件各訴の利益について原告の本件各訴には訴の利益がない。その理由は次のとおりである。
1 元来、「パリ」同盟条約による優先権の主張は、それ自体は、特許出願と別個の主張と考えるべきものであるが、結局それは当該出願の日を遡らせ、特許出願についての先後願関係、および新規性等に関する例外事由となるものにすぎないから、当該発明の特許による保護と全く無関係に別個独立のものとして取扱う必要はなく、右主張については、特許出願の審査にあたる審査官(勿論、審査官は前記先後願関係および新規性等したがつて、その例外事由の有無についても、審査の権限を有する。特許法第49条第1号第29条第39条等)が当該出願の審査にあたり合わせ判断し、特許査定または拒絶査定の中にその一部として判断を示せば足るものである。したがつて、優先権主張の適否についての審査権は専ら審査官に属し、特許庁長官に帰属するものではない。それゆえ、審査官は、被告の前記失効通知に拘束されず、原告の優先権主張が有効か否か自由に判断し、その結果に基き、
本件各出願の審査をして、特許査定または拒絶査定をすることができ、また一方、
原告も、被告の本件各通知行為に拘束されず、右拒絶査定不服の審判、第三者からの特許無効の審判および特許権侵害訴訟等において、再度前記優先権主張の適否につき判断を求めることができるものである。そうとすれば、原告の前記各優先権の主張は、被告の本件各通知行為によつてなんら影響を受けることなく、専ら適法な優先権主張の手続が履践されたか否かに左右されること明らかであるから、原告が被告の通知行為によつて法律上不利益を被つたとは毫も考えられず、したがつて、
これが取消を求める本訴請求は全く訴の利益を欠くものといわなければならない。
2 もつとも、被告は、「パリ」同盟条約による有効な優先権の主張があるときは、特許公報に出願公告の内容として該優先権の主張を掲載すること(同条約第4条丁第二号、特許法第51条第3項第6号)、また特許権の設定登録をする際、特許登録原簿に該優先権の主張を記録すること(特許登録令施行規則第28条第2項)が各義務づけられているので、有効な優先権の主張があつたにもかかわらず、
これを看過または誤認して、右出願公告または特許登録原簿に該優先権の主張の掲載または記録をしなかつた場合には、(イ)後になつて、この誤りを発見したとき、職権をもつて出願公告に該優先権の主張を掲載する旨の訂正公報を発行し、また特許登録原簿に該主張の追記をすることになつているから、もし原告の前記優先権の主張が有効であるとすれば、被告は当然右訂正公報を発行すべきこととなり(本件特許出願については、現在、出願公告まで行われている)、したがつて、右訂正公報の発行を求めるため、原告は被告の本件各通知行為の取消を求める利益があるやに考えられ、(ロ)また、出願公告または特許登録原簿に優先権の主張の掲載または記録がなされていなかつたために、優先権が存在しないものと思われて、
先後願関係および新規性等について無用の紛争を生じ、原告としては、優先権を立証するため無用の努力を強いられるという不利益な立場に立たされるおそれがあるから、この不利益を免れるため、原告は被告の本件各通知行為の取消を求める利益があるやにも考えられない訳ではない。
しかしながら、右(イ)の点については、元来、出願公告または特許登録原簿に優先権の主張を掲載または記録することは、優先権主張の効力要件でも対効要件でもなく、それは専ら一般公衆に最初の出願日を知らしめることによつて特許異議の申立または特許無効の審判の請求をするにつき便宜を与えるためであるから、特許出願人としては、優先権の主張が特許公報または特許登録原簿に掲載または記録されること、したがつて前記訂正公報の発行または優先権の追記がなされることについて、なんら特別の法的利益を有しないものである。それゆえ、原告は、右訂正公報の発行につき、被告に対し、職権の発動を促がすは格別、なんら法律上の申立権を有しないこと明らかであるから、これが発行を求めるため、被告の本件各通知行為の取消を求める法律上の利益を欠くものというべきである。次に前記(ロ)の点については、原告の前に述べた不利益はいまだ単なる事実上の不利益であつて、到底これを法律上の不利益であるということはできないから、結局、原告は、右不利益を免れるため、被告の本件各通知行為の取消を求める法律上の利益も有しないものというべきである。
(予備的請求に対し) 原告の本件訴は、次の理由により、不適法である。すなわち、原告が本件訴訟において違法確認を求めている被告の行為は「被告が、原告の本件各特許出願についての前記各優先権の主張につき、可否の決定をしないこと」であるところ、被告は、右優先権の主張に対し、その可否を決定すべきなんらの権限も、また義務も有しないものであるから、被告の前記不作為はいわゆる不作為の違法確認の訴の対象とはなり得ないものである。したがつて本件訴は、不適法であつて、却下さるべきである。
二 本案についての主張(一) 請求原因第一項について 「原告が本件各出願につき、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日スイス国でした各出願に基く優先権を、それぞれ、主張したこと、原告が右各優先権の主張をする際、最初に出願をした同盟国の国名を誤つて記載したこと、原告が昭和三九年二月一〇日、その主張のように、本件各優先権の主張を補正したこと」および(二)の点は争う。しかし、その余は全部認める。
被告の本件各通知行為は、原告主張のような行政処分ではない。その詳細は、前記本案前の主張において述べたとおりである。
(二) 請求原因第二項について 「本件各願書によると、本件各優先権の主張は、いずれも、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日フランス国でした出願に基くことになつていること、右フランス国(第一国)出願の年月日と原告主張の優先権証明書におけるスイス国出願の年月日とが全く同一であること、および原告が本件各出願において、各願書の欄外に優先権を主張する旨明示していたこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
殊に、優先権の主張においては、絶対に手続の補正は許されないものというべきである。なんとなれば、右主張をなすべき最終時期は特許法第43条第1項により特許出願時と定められているから、その後において、最初に出願をした同盟国の国名や出願の年月日を訂正または変更(補正)することは新たな優先権の主張をすることと同一であつて、出願自体を改めてやり直さない限り、できないことであるうえ、もしこれができるものとすると、種々の問題点を生じて、第三者に不測の損害を与えるおそれがあるからである。
仮に優先権の主張においても、前記国名等の補正をすることが許されるとしても、本件において、原告が手続補正書を提出したのは、優先権証明書を補正提出する趣旨であつて、右国名の補正をする趣旨ではなかつたものというべきである。
また仮に、前記手続補正書によつて最初に出願をした同盟国の国名を「スイス」と補正したものであるとしても、原告が被告に対し右補正書を提出したのは「スイス」国での出願日である昭和三七年(一九六二年)一一月二三日から一年、すなわち「パリ」同盟条約による優先期間を経過した後のことであるから、かかる補正は許されないというべきである。
したがつて、本件各出願における各優先権の主張が、前記願書の記載のとおり、
いずれも前同日付「フランス」国出願に基くことを前提とする被告の本件各通知行為には、なんらの違法事由も存在しない。
(三) 予備的請求の原因について 「原告の本件各優先権の主張に対する被告の本件各失効通知が単なる行政上のサービスであつて、なんら右主張に対する法律上の応答行為(行政処分)ではないこと、および被告が現在まで、原告の本件各優先権の主張につき、なんら右応答行為をしていないこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
元来、被告は、優先権の主張に対し、なんらその可否を決定すべき権限もまた義務も有しないものであるから、本件各優先権の主張に対する被告の前記不作為は当然である。したがつて、本件予備的請求もまた理由がない。
被告の本案前の主張に対する原告の答弁
一 本位的請求関係(一) 本件各訴の対象についてこの点に関する被告の主張は全部争う。
1 原告が本訴訟において取消を求めている被告の本件各通知行為は、次の理由により、取消訴訟の対象となる行政処分であるというべきである。
(1) 被告の本件各通知行為の外観 右通知は、いずれも、結論(主文にあたるもの)と理由を備えた明確な書面であるので、結論の部分の「通知する」ということが法律上いかなる意味をもつものか解釈の余地ある点を除けば、行政庁のする処分の表示行為としては、その完全な外観および形式を具備しているものである。
(2) 被告の本件各通知行為の内容およびその法的性質 この点の如何は、結局、右「通知する」という文言の法律上の意味如何にかかるが、これが単なる念のための法的効果のない失効通知を意味するのか、それとも、
処分そのものが通知によつて行われ、客観化されたことを意味するのかは、単に用語だけからではなく、優先権主張の法的性質およびこれに関する諸般の事項を勘案して、実質的に判断すべきものである。そこで、この見地から考えてみると、
(イ) 「元来、パリ同盟条約による優先権の主張は、同盟の一国に対し工業所有権について合式の出願をした者が、我が国への出願において、同条約による優先権を右出願の一部とすること、少くとも右優先権を有するという法律上の地位について、確認または証明を、同条約に基く出願人の権利として、特許庁(同庁は、工業所有権に関する事務を、独立して集中的綜合的に処理する専門の行政機関であつて、パリ同盟条約第12条第1項にいわゆる工業所有権に関する特別の部局に当る)に対し請求する手続的意思表示であるから、右主張があるときは、特許庁は、
当然、その可否の決定、すなわち該優先権の主張を容認するか否かにつき応答をするべき法律上の義務を負うこと」(優先権主張の法的性質)、ところで、「特許庁長官は、特許庁の事務を統轄する者であるから、法令によつて特に他の者、例えば審査官、審判官等の権限とされているものを除き、工業所有権の出願(この中に優先権の主張も含まれる)について決定をする権限を一般的に有するものであること」、しかるに「優先権の主張につき決定をする権限は、法令上、前記他の者には特に認められていないこと」、また「優先権の主張は特許庁に対する手続であるが、右手続は、全体として一つの要式行為であるので、優先権主張についての特許庁の審査は、パリ同盟条約第4条丁第四号の規定から、右主張手続の適否だけ、すなわち手続について方式の履践の有無、結局方式の審査だけであるところ、一般に、特許庁に対する手続の方式につき審査をする権限は特許庁長官にあり、殊に、
審査の結果、手続を失効させる権限は専ら同長官にあるので(特許法第17条第18条)、このことは優先権主張の審査の場合も全く同様であること」、もつとも「特許法第43条第4項は、優先権の主張をした者が同条第二項に定める方式に違反した場合は、該優先権の主張はその効力を失う旨定めているが、同条項は、むしろ、方式違反による失効処分の一般原則である同法第18条の特別規定として、補正命令を要せず、直ちに失効処分ができることを定めたものというべきであること」(以上、要するに、被告は優先権主張の適否についての審査および処分の権限者であること)、ところで「本件各失効通知は特許庁長官である被告の名において原告に対しなされていること」(本件通知の名義人および名宛人)、また「本件各失効通知の内容は、原告の優先権の主張に対し特許法第43条第4項を適用して、
優先権の主張は効力を失つたという法律判断を表示したものであること」(本件通知の内容)、および「特許庁は、従来、優先権の主張を認容するときは、被告が特許公報に該優先権の主張を掲載し、また特許権の設定登録をする際、特許登録原簿に該主張を記録することにしているが、優先権の主張を否認するときは、被告が本件のような失効通知を出願人に送付するほか、なんらの応答もしていないこと」(優先権主張に対する特許庁の取扱)等に徴すれば、被告の本件各通知行為は、いずれも、原告の優先権主張に対する特許庁の法律上の応答行為であるというべきである。
(ロ) これに反し、本件通知を単なる念のための法的効果のない失効通知と考えるべき必要性、合理性および実益は全くない。蓋し、本件通知が右のような通知とすれば、特許庁は、右通知によりなんら前記応答義務を免れず、優先権主張は特許庁に対する法律上の請求として依然有効に存続するから、そのまま放置すれば、特許庁は右応答義務違反として国家賠償責任を免れない立場となり、一方出願人としても、法的に無意味な通知を受けるにすぎないこととなつて、いずれにせよ、これでは全く優先権制度の建前に反し、実情に即せず、また、そのように解することについてなんらの実益も認め得ないからである。
(ハ) したがつて、被告の本件各通知行為は、原告の本件各優先権の主張に対する特許庁の応答行為として、該通知により右各主張を却下(拒絶)する旨の処分(但し、確認的、公証的行政処分)をしたものというべきである。
(3) 被告の本件各通知行為による原告の不利益 ところで、特許庁が優先権主張を却下したときは、具体的な実体権としての優先権自体は、勿論、これによつて喪失させられる訳ではないが、特許庁としては、当該出願にかかる発明が特許され得る場合であつても、なお前記特許公報および特許登録原簿への優先権主張の掲載および記録の各義務を免れるので、結局、原告は、
被告の本件各通知行為によつて、右具体的優先権の行使に重大な制限を受け、ひいて当該特許権自体も制限されるという法律上の不利益を受けるものである。なんとなれば、特許公報に掲載のない特許権は登録されてもその効力を生じないものと解され、また特許登録原簿に記録のない権利変動はその効力を欠くか対抗力を有しないものとされているので、特許権の内容の一部となる優先権が特許公報に掲載されず、また特許登録原簿にも記録されないものである以上、原告の前記具体的優先権は、依然消滅していないとしても、その完全な効力を生じないか、または対抗力を欠くものと解せざるを得ないからである。
(4) よつて、被告の本件各通知行為は、その外観、内容およびその法的性質ならびにこれによる原告の不利益に照らし、取消訴訟の対象となる行政処分であるというべきである。
2 仮に、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分に該当しないとしても、右各行為は、なお、取消訴訟の対象となる事実的行為に該当するというべきである。蓋し、被告の本件各通知行為(優先権主張の拒絶行為)は、前記のように特許公報および特許登録原簿への優先権主張の掲載および記録の各義務を免れさせるので、その結果、原告は、本件各出願には優先権不存在であるとの法律上ないし事実上の推定を受けることを免れず、結局そのため種々の不利益を被むるものであるからである。すなわち、被告の特許公報および特許登録原簿への優先権主張の掲載および記録は、「パリ」同盟条約および国内法令によつて義務づけられたことであるので、右掲載および記録の有無は、第三者にとり、優先権の有無を判断する重要な資料であり、一方、出願人ないし特許権者にとつても、優先権を第三者に対抗できる実質的な理由は、優先権固有の公示方法が設けられていないことから、
主として前記特許公報への掲載および特許登録原簿への記録にあると解されるところ、右公報および登録原簿は、相まつて独占的な特許権の内容を公示する法律上の手段として、その正確性が確保せられているものであるから、何人もこれらの記載に全幅の信頼をおかざるを得ない公の証明力を有するというべく、したがつて、優先権主張の拒絶により特許公報および特許登録原簿に右主張が掲載および記録されていない場合は、当該出願には優先権不存在であるとの法律上ないし事実上の推定が働くものというべきである。ところで、右推定が認められるとすれば、出願人ないし特許権者は先後願関係、新規性および先使用による実施権の有無の判断その他の点で種々の不利益を受けるこというまでもない。例えば、特許権侵害訴訟において、原告の優先権が肯認されれば相手方の行為は権利侵害となり、反対に右優先権が否認されれば相手方には先使用による実施権が認められるとする場合、仮に前者の趣旨が認定されても、相手方の行為は特許公報および特許登録原簿に優先権の主張が掲載および記録されていない事実に対する信頼に基くときは、右信頼は前記推定の結果として当然保護されるべきものであるから、相手方の行為は、損害賠償請求については、故意、過失がないものとして評価され、賠償責任を免れるに至ること明らかであろう。そうとすれば、被告の本件各通知行為は、取消訴訟の対象となる行政処分には当らないとしても、なお、叙上のような不利益をもたらし、結局、原告の優先権侵害し、ひいて原告の特許権の範囲をも制限するに至るものとして、現行行政事件訴訟法の下では、まさに取消訴訟の対象となる事実的行為に該当するというべきである。
(二) 本件各訴の利益についてこの点に関する被告の主張は全部争う。
原告の本件各訴には訴の利益がある。その理由は次のとおりである。
1 被告の本件各通知行為は、前記のように、原告の権利としての請求である優先権の主張を却下したものであるから、それ自体、既に原告の権利もしくは法律上の地位について直接、侵害を与えたものというべきである。したがつて、本件各訴は、右侵害の排除を目的とする点で、訴の利益があるこというまでもないが、なおそのほかに、被告の本件各通知行為により原告が不利益を被つたこと前叙のとおりであるから(前記(一)、1(3)参照)、右不利益を免れる点にも本件各訴の利益があるものというべきである。
2 次に、優先権を否定されて公告、登録された特許権については、一般に特許権の付与自体に対する不服申立方法は勿論、その他なんらの救済手段も認められていない反面、優先権の効力は、特許権が成立した後は当該特許権の内容の一部として特許権の権利範囲を左右するものであるから、優先権を認めるか否かは、単に特許権の権利行使の段階の問題にとどまらず、それ以前の特許査定手続に関する問題にほかならないというべきである。したがつて、優先権の存否の問題は、特許庁が査定した特許権の内容自体に関する問題、すなわち特許権に付与された優先権の効力に限定された、その枠内における、特許権自体の内容に対する処分として、予め裁判所の司法的審査を受ける利益と必要があり、これを否定すべき理由は何もないから、この点にも本件各訴の利益があるものというべきである。
3 更に、特許権は技術の公開に対応して与えられる独占的支配権であるから、本来、同時に不特定多数人が直接支配の相手方となることを予定しているものである。したがつて、優先権を否定された特許権者が優先権を主張する場合は、多数の相手方各人に対しいちいち訴を提起するほかないものであるが、これは、権利者にとり、耐え難い不利益且つ負担であるのみならず、多数人に対するものである関係上、著しく法的安定を害し、また無用の訴訟を頻発させることになつて、国家経済上も有害無益である。それゆえ、特許権者は、不特定多数の相手方に対し、予め優先権の存在を有効に知らしめ、もつて権利者および相手方の不測の損害を予防する必要がある。しかし、その方法は、本件訴訟を認める以外、全くない。そうとすれば、本件各訴は、この点においても、また訴の利益があるものというべきである。
二 予備的請求関係この点に関する被告の主張は全部争う。
原告が本件訴訟において違法確認を求めている被告の行為は、いわゆる不作為の違法確認の訴の対象となり得るものである(前記本位的請求関係の(一)、1、
(2)、(イ)参照)。
立証(省略)
理 由
本件各訴の適否(本案前の主張の当否)についての判断
一 本位的請求関係 まず本件各訴の対象について考えてみると、原告が本件訴訟において取消を求めている被告の行為は、被告が、原告の本件各出願(請求の趣旨記載の各特許出願)についての工業所有権の保護に関する「パリ」同盟条約による各優先権の主張につき、昭和四一年二月四日付書面をもつてした本件各通知行為(請求原因第一項(一)記載の各通知行為)であることは、原告の主張自体により明らかである。
そこで、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分または事実行為であるか否かについて判断する。
(一) 取消訴訟の対象となる行政処分であるか否か 被告の本件各通知行為が、行政庁の、典型的な行政処分の形式をとつておらず、
一見単なる通知であるかのような形式をとつていることは、その外観的形態ないし外部的表示に照らし疑いがない。しかるに、原告は、右行為の実体は、通知という形式により行政処分が行われたもの、すなわち被告が原告の本件優先権の主張を却下しその効力を否認した確認的、公証的行政処分であると主張し、一方被告は、本件各通知行為は、単なる事実行為であつて、なんら法的効果を生じないもの、すなわち原告の優先権の主張が法律上当然に失効した結果を念のために通知した行政上のサービスであると主張する。そこで、被告の本件各通知行為の本質について按ずると、右行為が行政処分であるかまたは事実行為としての失効通知にすぎないかは、単に右行為の形式またはこれに用いられた言葉だけから判断すべきものではなく、広く優先権主張の本質および効果、右主張の適否についての審査権限、右審査の結果、本件失効通知の内容および被告が右通知をした根拠等、諸般の事情を勘案して、実質的に且つ慎重に判断すべきものである。蓋し、本件各通知行為は、一見して、その本質が必ずしも明白であるとは言い難いものであるうえ、原告(出願人)にとつては、ともかく優先権主張の効力に関する重大な要因であり、しかも右行為の本質が行政処分または事実行為のいずれであるかは、原告が事後これに対処するうえできわめて重要な意味をもつものであるからである。よつて、以下この見地から考察する。
1 優先権主張の本質および効果 本件にかかる少くとも「ロンドン」改正時までの優先権は、「パリ」同盟条約加盟のいずれか一国(第一国)において合式の工業所有権保護のための出願をした者またはその承継人が、同一の目的物につき、他の同盟国(第二国)において出願をすることに関し、一定期間内に限り、享有することができる特別な利益(但し、出願に附随する特別な利益)である。
右にいわゆる特別な利益とは、後の出願(すなわち第二国における出願)が、先後願関係や新規性等の判断の場合には、最初の出願(すなわち第一国における出願)の時に出願されたと同じ取扱を受けること、換言すれば、第二国出願について、先後願関係や新規性等の判断の基準日としての出願日を第一国出願の日にさかのぼらせることができるという利益である。ところで、優先権同盟国の第一国における最初の出願によつて発生するが、それだけではいまだ観念的な利益にすぎず、優先期間内に第二国において出願する際、これを主張することによつて始めて現実的な効力を生ずる。したがつて優先権の主張は、「パリ」同盟条約加盟の第一国における最初の出願によつて生じた観念的な優先権を、同条約加盟の第二国における出願の際、現実に発効させ、その利益を享受するための手段である。右手段は、勿論、
第二国への出願を前提とし、該出願を離れては考えることができないから、当然出願手続上の行為である。しかし、それは、最初から第二国出願そのもの、または第二国出願の一部ではなく、本来は、出願とは別個の、出願に附随した手続上の行為であると解するを相当とする。蓋し、優先権自体が、前記のように、出願に附随する特別の利益であるにすぎないからである。
そこで、出願とは別個の、出願に附随した手続上の行為としての優先権主張の本質について考えてみると、右主張は、前記第一国出願により発生した優先権を、第二国出願の際、援用して、現実にその効力を生ぜしめ、もつて直接、前記利益を享受することを目的とする、手続上の単独行為であるというべきである。なんとなれば、優先権の主張は、本来、優先権者の権利行使の手段であつて、それは、直接に、ある効果を生ぜしめることを目的とする独立且つ自足的な性格のものであり、
決して優先権者が特許庁に対し、優先権の効力の発生を請求したり、または右効力が発生したことの確認もしくは優先権者である法律上の地位の確認等を請求する、
他律的且つ間接的な性格のものであるとは解されないからである。ところで、出願手続上の行為としての優先権の主張には、
一定の方式が要求される(「パリ」同盟条約第4条丁、特許法第43条)。したがつて、右方式に従つた適式の優先権主張は、直接に、すなわち特許庁長官または審査官等の、要するに特許庁の応答行為を要せず、直ちに、第二国出願の日が、先後願関係や新規性等の判断の場合には、第一国出願の日にさかのぼるという効果を生ずる。そして、優先権主張は、右効果の発生によつて目的を達成し、爾後は、出願(第二国出願)そのものの中に吸収され、その一部となる。それゆえ、特許庁は、
その後においては、該出願を出願日(但し、先後願関係および新規性等の判断の基準日としての出願日)が第一国出願の日にさかのぼつたものとして審査し、特許査定または拒絶査定をすれば足り、いまさら優先権主張を認めるとか、認めないとかの応答をする必要も、また、その義務もない。
しかしながら、不適式の優先権主張は、それがあつても、直接に前記効果を発生せず、したがつて、依然として、出願とは別個の手続上の行為である性格を失わない。そして、不適式の態様により、次のような評価を受ける。すなわち、(イ)特許法第43条第1項に定める方式に違背した場合は、優先権の主張は無効であり(旧特許法施行規則第40条第1項参照)、(ロ)また、同条第二項に定める方式に違背した場合は、優先権の主張は、同条第四項により、当然に、その効力を失う。―したがつて、特許庁は、この場合も、右優先権の主張に対し、ことさらこれを却下するとか、その効力を否認するとかの応答(行政処分)をする必要も、また、その義務もない。
2 優先権主張の適否についての審査権限 優先権の主張は、本来、出願とは別個の、特許庁に対する単独行為であつて、しかも右主張の手続には一定の方式が定められていること、前記のとおりである。したがつて、優先権の主張に対しては、特許庁における手続上は、出願とは別個に、
該主張の適否について審査をする必要がある。ところが、この場合、何人が優先権主張の適否につき審査をするのかについては、なんら法令上、明文の規定がない。
ただ、特許法第43条第1項に、優先権を主張する者はその旨ならびに第一国出願の日および第一国の国名を記載した書面を特許庁長官に提出すべきこと、また同条第二項に、優先権の主張をした者はいわゆる優先権証明書を特許庁長官に提出すべき旨が規定されているだけである(なお、実用新案法第9条第1項、意匠法第15条第1項および商標法第13条第1項参照)。しかし、右各条項は、単に優先権主張の申立書および優先権証明書の提出先を特許庁長官と規定したにすぎないもので、なんら実質的に優先権主張の適否についての審査権限が特許庁長官にあることを定めたものではないというべきである。蓋し、優先権の主張は、出願とは別個の手続上の行為である反面、結局は、出願日いかんの問題として、出願そのものと一体になるべきことを目的とする、出願に附随した行為であるというべきところ、右出願においては、これを審査する権限は専ら審査官にあるにもかかわらず、その願書は特許庁長官に提出すべき旨定められているものであるからである(特許法第47条第36条、実用新案法第10条第5条、意匠法第16条第6条、商標法第14条第5条参照)。
そこで、特許庁における優先権主張の適否についての審査権限の所在について考えてみると、右審査の内容には、一応、次の二つのものが考えられる。すなわち、
第一が優先権主張の実体上の要件の審査であり、第二が右主張の手続上の要件の審査である。第一の点は、いわゆる出願人が同一か否か、目的物が同一か否か、および第二国における出願が優先期間内になされたものであるか否かの審査であり、第二の点は優先権主張の手続が「パリ」同盟条約第4条丁第一号、第三号、第四号および特許法第43条第1項、第二項に定められた方式を履践しているか否かの審査である。しかしながら、後者の審査は、主として前者の審査の前提関係にあるものであつて、結局は前者の審査に奉仕するものといつて妨げなく、しかも、方式の審査も、また、一般には、特許法第47条にいわゆる審査の一種であることを免れないうえ、優先権の主張は、要するに実体的には、発明、考案等の新規性喪失および先願主義の例外事由等にかかわるもので、且つ手続的には、出願に附随した行為であるにすぎないこと前記のとおりである。そうとすれば、優先権主張の適否については、その実体上および手続上の要件とも、すべて、特許出願等の審査権者として、発明、考案等の新規性の有無および先後願関係等につき審理判断をする職責を有する審査官に、これを審査させるのが最も合理的且つ法律上の根拠あるものというべきである(特許法第47条第49条第1号第29条第39条、実用新案法第10条第11条第1号第3条第7条、意匠法第16条第17条第1号第3条第9条、商標法第14条第15条第1号第8条参照)。したがつて、特許庁において、優先権主張の適否につき審査をする場合、その権限は、専ら審査官、ひいてまた審判官にあるものと解するのが相当である。
3 優先権主張についての審査の結果 優先権主張についての審査官の審査は、勿論、当該出願の審査の際なされるが、
右審査の結果、優先権主張が、その手続上の要件および実体上の要件とも、すべて、これを適法に具備する場合には、右主張は、直接に、第二国出願の日が、先後願関係や新規性等の判断の際には、第一国出願の日にさかのぼるという効果を生じ、爾後、審査官は、当該出願を右各判断の基準日としての出願日が第一国出願の日にさかのぼつたものとして審査し、特許等の査定または拒絶査定をすることになる。そして、他方、特許庁長官も、出願公告の場合には、特許公報等に右公告の内容として優先権の主張を掲載し(「パリ」同盟条約第4条丁第二号、特許法第51条第3項第6号、実用新案法第13条等参照)、また、特許権等の設定登録をする場合には、特許登録原簿等に優先権の主張を記録すること(特許法第27条、特許登録令第10条第16条第1号、特許登録令施行規則第28条第2項、実用新案登録令施行規則第3条第3項等参照)が各義務づけられているものである。もつとも、特許庁長官が右出願公告および特許登録原簿等に優先権の主張を掲載または記録することは、主として、一般公衆に最初の出願国および出願日を知らしめることによつて、不測の損害の発生を防止し、併せて特許異議の申立または特許無効の審判の請求等をするにつき便宜を与えるためであるから、前記掲載または記録の点を捉えて、逆に、優先権の主張は、特許庁に対し、出願公告(特許公報)および特許登録原簿等に第一国出願の国名および出願の年月日を掲載または記録することを請求する申立であるとか、または優先権の主張には当然に右請求が包含されているとか、解することは到底できない。
これに反し、優先権主張が、その手続上の要件を適法に具備しない場合には、右主張は、その不適式の態様により、無効または失効すること前叙のとおりであり、
また優先権主張が、その手続上の要件は適法に具備するけれども、実体上の要件を適法に具備しない場合には、右主張は勿論、無効であるというほかないから、以上の各場合には、審査官は、優先権の主張にかかわらず、これがなかつたものとして、当該出願につき特許等の査定または拒絶査定をすれば足るものというべきである。したがつて、他方、特許庁長官も、右各場合には、出願公告をする際、特許公報等に右公告の内容として優先権の主張を掲載し、また特許権等の設定登録をする際、特許登録原簿等に優先権の主張を記録する義務がないことはいうまでもない。
4 本件各失効通知の内容および被告が右通知をした根拠 本件各失効通知の内容は、要するに、被告が原告に対し、原告の本件各優先権の主張は、昭和三八年(一九六三年)二月二七日付「フランス」国出願に基くことを前提として、特許法第43条第2項に定められた期間内に右主張に合致したいわゆる優先権証明書を提出しなかつたため、同法同条第四項によつて当然に失効したから、その旨通知するというにあることは、右通知の文言により明らかである。そして、本件弁論の全趣旨によれば「被告は、従来このような場合、すなわち優先権の主張が特許法第43条第4項によつてその効力を失つたと認められる場合には、当該出願を審査する審査官の判断とは別に、独自の立場で、出願人に対し、行政上のサービスをする認識で、本件のような通知を行い、もつて優先権主張が出願の審査の段階で認められないおそれがあることを前もつて注意し、予め出願人にその対策を準備する機会を与える慣例であつたこと、および特許庁の実務においては、右失効通知がなされたときでも、いわゆる優先権証明書はこれを受理し、審査官に回付して、被告の判断とは別に、審査官が優先権主張の適否につき自由な判断をすることができるようにしてあること」を認めることができる。なお、法令上、被告に対し、出願人にあて本件のような優先権主張の失効通知をなすべき旨命じている規定は勿論ない。
以上の検討を綜合すると、被告の本件各通知行為は、どの点から考えても、被告の原告に対する行政処分、すなわち被告が原告の本件各優先権の主張を却下し、その効力を否認した確認的、公証的行政処分を、通知という形式で行つたものとは到底解することができず、むしろ、右行為は、文字どおり、被告が原告に対し、原告の優先権の主張が法律上当然に失効したという意見を、右主張について、審査する権限を有する審査官の判断とは別に、被告独自の立場から、出願人に対する行政上のサービスとして、注意的に通知したもの、すなわち被告が法に基きその権限の行使としてした処分ではなく、単なる事実行為としての失効通知をしたにすぎないもので、原告の権利、義務(本件優先権主張の効力)につきなんら変動を及ぼさないものと解するを相当とする。したがつて、被告の本件各通知行為は、取消訴訟の対象となる行政処分ではないものというべきである。
もつとも、
1 成立に争いない甲第四号証および弁論の全趣旨によれば「被告は本件各通知行為に対する原告の請求原因第一項(三)記載の各異議申立につき、決定をする際、
本件各通知行為の性質が前記のように単なる事実行為として失効通知にすぎないならば、右行為は行政不服審査法第6条による異議申立の対象とならないこと明らかであるから(同法第2条第1項参照)、当然被告は同法第47条第1項により前記異議申立を却下すべきであつたにもかかわらず、これをなさないで、漫然本件各通知行為が同法第6条による異議申立の対象となるものと認め、右各異議申立につき実体上の判断をして、同法第47条第2項により、これを棄却する旨の決定をしたこと」が認められるが、右決定をしたからといつて、被告の本件各通知行為の本質が他のものになる訳のものでないこというまでもないから、右事実の存在は、いまだ前記判断の妨げにならないものというべきである。
2 また、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分でないとすれば、原告の本件各優先権の主張が、当該出願の審査の際、前記のように無効または失効したものとして扱われた場合には、これを争い、原告の利益を擁護するためには、優先権主張につき独立の救済手段を設けていない現行法の下においては、原告は、当該出願についての拒絶査定もしくは特許に対する不服申立または権利侵害訴訟等が提起された際、すなわち、優先権主張が認められないまま当該出願につき拒絶査定を受けた場合には、右査定に対する不服申立の手段である審判および訴訟等の際、また、優先権主張は認められないとされながらも特許査定を受けた場合には、第三者に対する特許権の侵害訴訟もしくは右特許に対する第三者からの無効審判および訴訟等の際に、それぞれ、審査官の優先権主張に対する判断の違法性を指摘して、再度優先権主張の有効性を主張するほかないものであるが、かくては、出願人たる優先権主張者の権利救済に迂遠且つ間接的であること明らかである。これに対し、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分であるとすれば、
優先権を主張した原告は、直ちに、すなわち当該出願についての拒絶査定または特許査定を待たず、前記異議申立を経由したうえ、右行為の取消訴訟を提起して、出願審査の早い段階で、簡明且つ直截に権利救済を受け得ること明らかであるから、
この点きわめて合理的な結果を生むものというべきである。しかしながら、優先権主張が認められなかつた場合の救済手段が合理的であるか、そうでないかとの一事により、いわば或る結果の良否だけから考えて、その他の面からの考察、特に本質論からの考察を無視し、本件各通知行為の本質を断定することはできないから、前記事情の存在は、優先権主張につき独立の救済手段を設けよとの立法論を提唱する契機となるは格別、これだけでは、いまだ前記判断を覆すに足りないものというべきである。
(二) 取消訴訟の対象となる事実行為であるか否か 行政事件訴訟法第3条および行政不服審査法第2条の趣旨に照らすと、取消訴訟の対象となる事実的行為とは、行政庁のすべての事実行為を指すものではなく、行政庁が公権力の行使として、法に基き、特定の行政目的達成のため、国民の身体または財産等に実力を加える事実上の行為のうち、国民の権利自由に対する侵害の可能性が大きいもの、特に人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するものに限られると解するを相当とする。しかるに、被告の本件各通知行為は、行政処分でないことは勿論、事実行為としても、前記侵害の可能性のない、単なる事実上の失効通知にすぎないこと、前認定のとおりである。そうとすれば、被告の本件各通知行為は取消訴訟の対象となる事実行為にもまた該当しないものというのほかない。
以上の点に関する原告の主張は、要するに、取消訴訟の対象となる事実行為の概念ならびに被告の本件各通知行為の本質およびその効果についての誤解に基くものであるから、深く立ち入るまでもなく、採用できない。
(三) 以上のとおりであるから、原告の各本位的請求は、爾余の点につき判断をするまでもなく、不適法であるというべきである。
二 予備的請求関係 原告が本件訴訟において違法確認を求めている被告の行為、すなわち予備的請求の対象は、要するに、被告が、原告の本件各特許出願についての前記各優先権の主張につき、可否の決定をしないことであることは、原告の右請求における主張自体により明らかである。しかるに、被告は右優先権の主張に対し、その可否を決定すべきなんらの権限もまた義務も有しないことは、既に説明した優先権主張の本質および効果、右主張の適否についての審査権限ならびに右審査の結果等に照らし、今更多言をするまでもない。そうとすれば、被告の前記不作為は、いわゆる不作為の違法確認の訴の対象とはなり得ないものというべきである。したがつて、予備的請求もまた不適法であるというのほかない。
結論
よつて、原告の本件各訴は、本位的請求および予備的請求とも、いずれも、これを不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 荒木秀一
裁判官 古川純一
裁判官 牧野利秋