運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ25576特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17ワ10524特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成19ワ11981特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成16ワ20636特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17ワ11037特許権侵害差止請求権不存在確認請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的範囲 /  抵触 /  文言解釈 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  同一の作用効果 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  侵害 /  販売数量(販売数) /  不法行為(民法709条) /  実施許諾(実施の許諾) /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 16年 (ワ) 12945号 損害賠償請求事件
原告A
被告 株式会社オーエスケー
訴訟代理人弁護士 青海利之 大川治
訴訟代理人弁理士 大西正夫
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2005/03/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は、原告に対し、金560万円及びこれに対する平成16年12月10日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、電子レンジ用容器に係る発明の特許権者である原告が、被告に対し、被告の別紙物件目録記載の食品用容器を製造販売する行為は原告の有する特許権を侵害すると主張して損害賠償を請求するとともに、同特許権に関し原告と被告との間でなされた交渉等における被告の行為が不法行為に該当すると主張して慰謝料を請求している事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は、以下の特許権(甲10。以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」といい、その願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)を有している。
発明の名称 電子レンジ用容器 出願日 昭和63年11月26日 公開日 平成1年9月26日 登録日 平成9年11月7日 登録番号 特許第2714828号 特許請求の範囲 別紙特許公報(甲10)該当欄記載のとおり (2) 本件発明を構成要件に分説すると次のとおりである。
A 高周波によって誘電加熱されない材料からなる容器本体及び蓋体と、
B 容器本体の開口端と蓋体との間に配設され且つ高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなるパッキングとを具備し、
C 該パッキングによって蓋体と容器本体とを一体化する電子レンジ用容器において、
D 上記蓋体に貫通孔を設け、
E 該貫通孔に、上記パッキング又は高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなる弁を、外面から当接させた F ことを特徴とする電子レンジ用容器。
(3) 被告物件 ア 別紙物件目録記載の食品容器 被告は、別紙物件目録記載のロ号ないしム号及びノ号物件の食品容器を製造販売している(以下、イ号ないしノ号物件すべてを総称するときは「被告物件」といい、各別に検討する場合には、「イ号物件」等と表記する。)。なお、被告は、イ号物件の製造販売は平成12年7月までであり、ウ号及びヰ号物件は製造販売していないと主張している。
イ 被告物件の構成 被告物件は、蓋体と容器本体、止め具等からなる食品用容器であり、蓋体の形状(平面視の形状、表面に凹凸等が存在するか等)及び模様、容器本体の形状(平面視の形状、一段式か二段式か等)及び色彩、止め具の形状(縦横比率、中央部分の孔の有無等)等はそれぞれ異なるが、いずれも次の構成を有するものである(別紙図1ないし5参照)。
容器本体10は、上面が開口した容器である。開口部11の周りにはフランジ部12が形成されている(別紙図1参照)。
蓋体20は容器本体10の開口平面と同じ大きさであり、外縁部に沿って下向きに形成された縁部21と、裏面上の縁部21に沿って形成されたリブ部22と、断面略円形のガイド孔23とを有している(別紙図1参照)。
ガイド孔23の内周面にはガイド孔の軸心方向に断面半円状の貫通溝231、232、233、234が90°ピッチ間隔で設けられている(別紙図2参照)。
蓋体20の裏面上には、貫通溝231、233に連通して断面半円状の裏面溝235、236がガイド孔の直径方向に形成されており、蓋体20の表面上には貫通溝232、234に連通して断面半円状の表面溝237、238がガイド孔の直径方向に形成されている(別紙図3)。
ガイド孔23には、弁体50が装着される。弁体50は外周面に溝51が形成された弾性を有する円板形状である。弁体50の上側弁部52により貫通溝231〜234の上側開口の全部及び表面溝237、238の一部がふさがれる。
弁体の下側弁部53により貫通溝231〜234の下側開口の全部及び裏面溝235、236の一部がふさがれる。(以上、別紙図3及び4参照)。
パッキング30は蓋体20の縁部21とリブ部22との間の隙間に装着される弾性を有したリング状体である(別紙図1参照)。
止め具40は、蓋体の20の長2辺に相当する両側にヒンジにより回動自在に取り付けられた板状体であり、その裏側には容器本体10のフランジ12の下側に係合する係止片が形成されている(別紙図1、5参照)。
ウ イ号物件は構成要件A、B、D及びFを充足し、ロ号ないしム号及びノ号物件)は構成要件A、B及びDを充足している。
(4) 本件特許権に関する原告と被告の交渉経過等 原告は、本件特許権の技術的範囲に属する食品用容器を製造販売する被告の行為は原告の特許権を侵害するものであると主張して、被告に対し、その旨及び実施許諾の申入れを記載した平成10年9月1日付けの「通知書」(甲1)を送付した。
被告は、平成10年9月11日付けの「回答書」(甲2)を返信した。また、被告は交渉者としてB弁理士を指名し、同弁理士は原告に対して平成11年6月21日付け「連絡書」(甲3。以下「本件連絡書」という。)を送付した。本件連絡書には、被告が原告に対して契約金50万円及び協力金年額10万円を支払う旨の提案が記載されていた。
しかし、結局原告と被告の間では本件特許権に関する合意は成立しなかった。また、被告は原告に対して契約金等を支払わなかった。
そこで原告は、大阪簡易裁判所に調停の申立て(同裁判所平成16年(メ)第54号事件。以下「本件調停」という。)をした。本件調停において、被告は、
平成16年9月3日付け準備書面(甲7。以下「本件準備書面」という。)を提出している。本件調停においても当事者間で合意が成立せず、調停は成立しないものとして終了した。
2 争点 (1) 本件特許権に基づく請求に関して ア 被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか。
イ 原告に生じた損害 (2) 不法行為に基づく請求に関して ア 被告が本件連絡書記載の金員を支払わない行為及び本件調停において本件準備書面を提出した行為は、原告に精神的苦痛を生じさせる不法行為といえるか。
イ 原告に生じた精神的損害
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件特許権に基づく請求に関して) 【原告の主張】 (1) 争点(1)ア(被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか) 原告の主張は概ね次のようなものと解される。
構成要件C充足性について 構成要件Cは、「該パッキングによって蓋体と容器本体とを一体化する電子レンジ用容器」である。
被告物件は、パッキングによって、ガイド孔(本件発明の「貫通孔」に相当)が弁体(本件発明の「弁」あるいは「弁部材」に相当)によって密閉されている蓋体と、容器本体とが一体化されている。また、被告物件は電子レンジ用容器である。
したがって、被告物件は構成要件Cを充足する。
被告は、本件発明では、パッキングの弾性力により蓋体と容器本体とが一体化されるが、被告物件では、一対の止め具の係止力により蓋体と本体が一体化されており、両者は相違すると主張する。しかし、ハ号及びタ号物件を用いて実験したとおり(甲11、12)、被告物件はパッキングの弾性力により蓋体と容器本体とが一体化されている。
構成要件E充足性について 構成要件Eは、「該貫通孔に、上記パッキング又は高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなる弁を、外面から当接させた」である。
被告物件は、蓋体のガイド孔(本件発明の「貫通孔」に相当)に、高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなる弁体を、外面から当接させている。
したがって、被告物件は、構成要件Eを充足する。
被告は、本件発明では弁がガイド孔に外面から当接されているのに対し、被告物件では表面・裏面溝が弁体の上側弁部及び下側弁部によってその一部しか塞がれていないから相違すると主張する。
しかしながら、被告物件は、ガイド孔、貫通溝、表面・裏面溝及び弁体によって、容器内部の圧力(温度)の変化を調節し、加圧時には蒸気圧を外に逃がし、減圧時には密閉して食品保存を可能とするという、本件発明の本質的な作用効果を有する構成を採っている。したがって、仮に構成に若干の相違があるということができるとしても、本件発明の作用効果が生じている以上、その相違は本件発明の均等の範囲内のものにすぎないというべきである。被告が主張する構成の相違は、構成要件E充足性を否定するものではない。
なお、被告は、弁体が吸気機能を有しており、表面・裏面溝等を通じて吸気作用が生じると主張する。しかし、容器本体内の圧力が大気圧よりも大きくなるときは、容器内の水蒸気が貫通孔等を通じて排気され、外から容器内に吸気されることはない。容器本体内の圧力が大気圧よりも小さくなるときは、貫通孔等が上側弁部によって塞がれるため、やはり吸気されることはない。したがって、弁体が吸気機能、吸気作用を有しているということは絶対にない。
構成要件F充足性について 被告物件は、容器本体、蓋体、蓋体の止め具、容器本体の開口端と蓋体との間のパッキング等において、高周波によって誘電加熱されない材料が使用されている電子レンジ用の容器である。したがって構成要件Fを充足する。
(2) 争点(1)イ(原告に生じた損害) 原告は、被告物件の製造販売行為という被告の本件特許権侵害行為によって原告に発生した損害の一部として500万円の支払を求める。
【被告の主張】 (1) 争点(1)ア(被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか) ア 構成要件C非充足性 (ア) 別紙特許公報(甲10。以下「本件公報」という。)によれば、構成要件Cの「該パッキングによって蓋体と容器本体とを一体化」することの意義は、@容器本体の開口端とそれを覆う蓋体との間に配設された弾性材料からなるパッキング自体の弾性力によって容器本体と蓋体を挟持して一体化し、かつA容器本体を蓋体により施蓋した状態において、容器本体の内圧が大気圧と等しい状態から大気圧を超える「第一の圧力の蒸気圧状態」、そして電子レンジ用容器の破壊を防止する「第二の設定圧力」まで上昇する間、蓋体を施蓋状態に保持できるというべきである。
(イ) これに対して、被告物件(製造販売していないウ号及びヰ号物件を除く。)は、容器本体の開口端と蓋体との間にシリコンゴムにより構成されるパッキングが配設されているが、これは単に容器本体と蓋体との間の密閉度を高めるためのものである。被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)は、蓋体に回動自在に取り付けられた止め具によって容器本体と蓋体とが一体化される構成になっている。
止め具を使用せずに蓋体を容器本体に施蓋してもそれは載置された状態にすぎず、
この状態で容器本体内に食品を収めて電子レンジで加熱調理するならば、容器本体の内圧が蒸気によって大気圧を超えて蓋体の荷重では支えられなくなった時点で、
直ちに容器本体と蓋体との施蓋状態が解除されてしまう。したがって、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)では、蓋体と容器本体とが一体化して、大気圧を超える所定の第一圧力を維持することで、容器内部に収められた食品を加熱調理することはない。
(ウ) このように、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)は、パッキング自体の弾性圧力により容器本体と蓋体を挟持して一体化することはできないから、構成要件Cを充足しないことが明らかである。
構成要件E非充足性 (ア) 本件公報によれば、構成要件Eは、次のような作用効果を奏するものと解することができる。
@ 容器本体内に食品を収め、蓋体により施蓋した状態で電子レンジにて加熱すると、容器本体と蓋体との間に配設されたパッキングの弾性力により、容器本体の内圧が容器の破壊を防止する「所定の第二の設定圧力」に至るまで、容器本体と蓋体とが一体化されているため(構成要件Cの効果)、容器本体の内圧は、
食品からの蒸気圧により、大気圧とほぼ等しい状態から「大気圧以上の第一の圧力の蒸気圧状態」にまで上昇する。
A 上記所定の第一の圧力は、大気圧よりも高いため、食品を高温加熱することができる。
B 加熱調理の過程で容器本体の内圧が所定の第一の圧力を超えたときは、蓋体に設けた貫通孔を介して同貫通孔の外方面に当接された弾性材料からなるパッキング又は弁部材に蒸気圧がかかり、同パッキング又は弁部材の弾性力に抗して、上記貫通孔を開状態とする。これにより容器本体内部の圧力が低下し、所定の第一の圧力に復すれば、上記パッキング又は弁部材がその弾性力により上記貫通孔を閉状態とする。加熱調理中、上記貫通孔の開閉が繰り返されることにより、容器本体内部を所定の第一の圧力に維持することができ、安定した食品の高温加熱が可能となる。
C 加熱調理が終了し(又は加熱調理された食品を容器本体に収めた上で蓋体を施蓋し)、容器本体内の食品の温度が低下すると、容器本体の内圧が降下するが、上記パッキング又は弁部材は、上記貫通孔の外方面から当接されているため、弾性力及び容器本体の外部の大気圧の作用により、同貫通孔を閉状態とする。
これにより、容器本体の内部を大気圧より低い状態に維持するため、食品の保存に適した減圧状態とすることができる。
(イ) 被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)は、シリコンゴムから構成された吸排気作用のある弁を備えているから、高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなる弁を有しているという限りで本件発明と共通している。
しかし、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)は、吸排気作用のある弁がガイド孔に装着され、吸排気作用のある弁の上側弁部及び下側弁部がガイド孔の周りに形成された貫通溝や吸気用の表面溝、排気用の裏面溝を全部又は部分的に塞いでいる点で本件発明と相違している。また、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)においては、吸排気作用のある弁の上側弁部により蓋体裏面の排気用の裏面溝と連通する貫通溝の上側開口が塞がれているから、蓋体の「外面」から弁を当接していると評価できるかもしれないが、蓋体表面に設けられ、貫通溝に連通する吸気用の表面溝については、吸排気作用のある弁の上側弁部によりその一部が塞がれているだけであり、吸排気作用のある弁の下側弁部によって貫通溝の下側開口が塞がれているにすぎないから、これを「外面から当接させた」ということはできない。
被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)の吸排気作用のある弁は、@容器本体の食品を収め、蓋体を施蓋して止め具により一体化した上で、外部から加熱される際、食品からの蒸気圧により大気圧より上昇する容器内の圧力を制限するため、蓋体裏面に設けられた排気用の裏面溝からこれに連通する貫通孔を通じて吸排気の作用のある弁の上側弁部に蒸気圧が作用し、同弁部を開状態として蒸気を容器外部に放出するものである一方、A加熱調理が終了し(あるいは加熱した食品を容器本体内に収めて施蓋し)、食品の温度が低下したときに、容器本体の内圧が減圧されることによって蓋体の取外しが困難になることを防ぐため蓋体表面に設けられた吸気用の表面溝からこれに連通する貫通溝を通じて吸排気作用のある弁の下側弁部に大気圧が作用し、同弁部を開状態として外気を容器本体内に導入する。そうすると、容器本体の圧力を食品の保存に適した減圧状態にすることができないという点において、本件発明の構成要件Eの作用効果と決定的に相違している。
なお、ロ号ないしム号及びノ号物件の場合は、後記ウのとおり、蓋体及び止め具の材質が電子レンジによる加熱処理を行う際の温度に耐えられないため、容器本体と蓋体とを一体化して電子レンジにより加熱処理することが予定されていない。電子レンジによる加熱処理が予定されていないにもかかわらずロ号ないしム号及びノ号物件において蓋体に存在する弁体の作用効果は、止め具によって蓋体が容器本体に取り付けられた状態で、食品等の保有温度により容器本体の内圧が上昇して大気圧より大きくなったとき、排気機能を有する弁が開状態となり食品等の温度低下に伴って容器本体の内圧が大気圧より小さくなったとき、吸気機能を有する弁が開状態となることによって、容器本体の内圧を大気圧に近い値に常に維持させることができ、これに伴って蓋体を容器本体から容易に取り外すことが可能となる、というものである。
(ウ) したがって、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)は構成要件Eを充足しない。
構成要件F非充足性 被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)のうち、イ号物件は、容器本体及び蓋体を含めた容器の全体を電子レンジに入れ、容器本体内に収めた食品等を高周波により誘電加熱することができる製品である。
しかし、ロ号ないしム号及びノ号物件は、蓋体及び止め具の材質がイ号物件と比較して耐熱性に劣るAS樹脂及びABS樹脂(いずれも耐熱温度80℃まで)で構成されているため(容器本体が二段式となっている製品の中蓋部分は耐熱温度60℃までのポリエチレン製)、容器本体のみを電子レンジに入れ、同容器内に収めた食品等を高周波により誘電加熱できるにすぎず、蓋体を止め具によって容器本体と一体化させた状態で電子レンジに入れ、加熱調理することは予定されていない(無理に電子レンジに入れると誘電加熱された食品の温度により蓋体及び止め具が損傷する。)。
したがって、ロ号ないしム号及びノ号物件は、「電子レンジ用」容器ということができないから、構成要件Fを充足していない。
エ 原告は、被告物件が本件発明の構成要件を文言上充足しないことを前提としてか、均等論が適用されるべきであると主張する。しかし、被告物件が本件発明と均等であるということはできない。
(ア) 構成要件Cは、パッキング自体の弾性力により容器本体と蓋体とを一体化し、容器本体の破壊を防止する所定の第二の圧力に至るまで容器本体と蓋体とを挟持するという点において、本件発明が解決しようとする課題である「食品加熱状態の容器内の蒸気圧を高くできる電子レンジ用容器の提供」を実現する上で不可欠な構成というべきであり、本件発明の本質的部分であるというべきである。
これに対し、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)のいずれにおいても、パッキング自体によって容器本体と蓋体とを一体化することはできず、止め具による係止力によって初めてこれらを一体化することができる。しかも、イ号物件においては止め具により一体化した状態で電子レンジにより加熱し、容器本体の内圧が異常に上昇したときであっても、本件発明のようにパッキングが開蓋状態になって安全弁的機能を果たすことができない(ロ号ないしム号及びノ号物件が蓋体を施蓋した状態で電子レンジによる加熱調理の用に供することができないことは前述したとおりである。)。
したがって、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)の構成では、本件発明の構成要件Cの目的を達することができず、同一の作用効果を奏することができないから、被告物件と本件発明とが均等ということはできない。
(イ) 構成要件Eの「貫通孔に外面から当接される弁」という構成については、本件公報のフロントページに参考文献として掲げられている実開昭62-67523号実用新案公開公報において、電子レンジ用調理容器本体の蓋の外面に排気弁を設けて調理容器本体内の圧力を調整する発明が開示されていることから、本質的部分といい得るかどうか疑義がある。しかし、この点を措くとしても、被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。)における吸排気作用のある弁50は、ガイド孔に外面から当接されるものではなく、容器本体の内圧が減少した際にそれを維持して食品の保存に適した減圧状態とするという作用効果を奏することができないものであるから、被告物件は本件発明と均等ということはできない。
(2) 争点(1)イ(原告に生じた損害) 否認する。
2 争点(2)(不法行為に基づく請求に関して) 【原告の主張】 (1) 争点(2)ア(被告が本件連絡書記載の金員を支払わない行為及び本件調停において本件準備書面を提出した行為は、原告に精神的苦痛を生じさせる不法行為といえるか) ア 原告は、被告に対し、被告の食品用容器の製造販売行為は本件特許権の侵害行為であるとして「通知書」(甲1)を送付した。これに対し、被告は、本件連絡書によって、契約金及び協力金を支払うと約束した。
しかしながら、被告は原告に対して契約金や協力金を支払わないばかりか、その後原告が何度も催促したにもかかわらず、何度も上記約束による契約金及び協力金の支払を拒んだ。
イ 原告は、本件調停において、提出物、実験写真や説明文書を提出して、
イ号物件等が本件特許権の技術的範囲に属するものであることを鮮明にした。
しかし、被告は、本件準備書面において、原告が提出した提出物や実験写真等について、不当な解釈や不審な文体を用いて反論した上、証明趣旨が不明であるなどと述べて一笑に付した。
(2) 争点(2)イ(原告に生じた精神的損害) 前記(1)ア及びイの被告の行為により、原告は精神的苦痛を被った。この精神的苦痛を金員に換算するなら60万円が相当である。
【被告の主張】 (1) 争点(2)ア(被告が本件連絡書記載の金員を支払わない行為及び本件調停において本件準備書面を提出した行為は、原告に精神的苦痛を生じさせる不法行為といえるか) ア 被告が本件連絡書において契約金等を支払う旨の提案をしたのは、早期解決のためであり、その支払を確約したものではない。また、その後の原告からの請求は、平成14年11月の通知書の送付のみであり、原告が被告に対し催促の通知を何度もしたとの事実はない。
イ 本件調停において、被告物件が本件特許権の技術的範囲に属することが証明された事実はない。被告は本件調停において、本件準備書面を提出し、原告の主張を否認し争ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。
(2) 争点(2)イ(原告に生じた精神的損害) 否認する。
当裁判所の判断
1 争点(1)(本件特許権に基づく請求に関して)ア(被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか)について (1) 本件発明における「パッキング」や「弁」の意義について検討するに、本件公報(甲10)によれば、本件明細書には次のような記載があるものと認められる。
ア 容器内に食品等を入れて電子レンジ等で誘電加熱すると、加熱によって食品から水蒸気が発生し、水蒸気圧によって容器内に圧力変化が生じる。従来は、
「円錐面または回転曲線面を有する頭部と、当該円錐面または回転曲線面の中心においてこの頭部から延びる柄部と、この柄部の下端より斜立する複数個の弾性突起とを可撓性材料で一体に成形してなる」(本件公報2欄4行ないし8行)気密栓を食品容器に使用していた。この場合の気密栓の機能は、「容器を加熱することによって水蒸気を発生せしめ、その蒸気圧によって食品容器内の空気を排出」し、その結果、「頭部の上面に大気圧が作用し、頭部の下部を円孔の上縁に圧着させ、真空状態を維持することができる」(同2欄11行ないし3欄1行)というものである。
しかし、頭部、柄部及び柄部の下端より斜立する複数個の弾性突起とからなる気密栓では、「形態が複数であり、空気が排出された食品容器内の圧力にバラツキが生じる」ほか、「電子レンジで加熱する際には、食品容器の蓋を閉鎖して行なうことができるものの、食品加熱状態の蒸気圧が大気圧に略等しくなるため、
食品の加工時間が短くなるものではない」という問題があった(同3欄7行ないし13行)。本件発明は、「簡単な構造で、しかも、食品加熱状態の容器内の蒸気圧を高くできる電子レンジ用容器の提供」を課題とするものである(同3欄14行ないし16行)。
イ 本件発明は、上記課題を解決するために、「高周波によって誘電加熱されない材料からなる容器本体及び蓋体と、容器本体の開口端と蓋体との間に配設され且つ高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなるパッキングとを具備し、
該パッキングによって蓋体と容器本体とを一体化する電子レンジ用容器において、
上記蓋体に貫通孔を設け、該貫通孔に、上記パッキング又は高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなる弁を、外面から当接させたことを特徴とする電子レンジ用容器」(同3欄18行ないし26行)という構成を採る。
ここにいうパッキング又は弁は、「容器本体の内圧が設定された、所定の大気圧以上の第一の圧力状態のとき、容器本体の内圧を所定の圧力に低下させ」、また、「容器本体の内圧が大気圧より低い状態のとき、容器本体と蓋体との間を封止状態とするものでもある」(同3欄27行ないし31行)。
ウ このような構成を採る結果、本件発明では、「容器本体内に収容した食品が、例えば、電子レンジ等の超高周波によって誘電加熱されるとき、蓋体に設けた貫通孔の外面に当接する弾性材料からなる弁部材は、容器本体の内部を所定の第一の圧力状態より低い内圧状態に維持し、大気圧よりも高い高圧状態で食品を高温加熱する。容器本体が所定の第一の圧力状態以上の内圧状態になったとき、容器本体の内圧を低下させ、容器本体の内部を所定の第一の圧力状態とする。また、容器本体内の食品の温度降下等で内圧が所定の第一の圧力以上に低下すると、容器本体と蓋体との間を封止状態とする」。その結果、「食品加熱状態の容器内の圧力を大気圧以上に高くでき、食品加熱温度を上昇させることができる。または、一旦、加熱した容器内の食品の温度を低下させることによって、容器内の圧力を容易に低下状態にさせる事も出来得るので、保存に適する減圧状態にもなる」という作用が生じる(同3欄33行ないし49行)。
エ 本件明細書には、実施例1として、蓋体20の突出部21に単数又は複数の内部から外側に貫通した貫通孔23が設けられ、当該貫通孔に、弾性に富み且つ高周波によって誘電加熱されないシリコンゴム等からなるパッキング30を外面から当接している構成が記載されている。この構成の食品容器に食品を収納して電子レンジ等に入れ、高周波によって誘電加熱すると、「容器本体10内の食品温度が上昇し、容器本体10内の蒸気圧が上昇する。このとき発生する蒸気圧では上記蓋体20の突出部21に装着したパッキング30の断面略く字状の封止部32の頂部は、容器本体10の開口端の内側の凸条部11と蓋体20の突出部21との間の弾性力により、両者は密に接触した封止状態を維持する」(同4欄49行ないし5欄4行)。そして、「容器本体10内の蒸気圧が上昇すると、前記蓋体20の覆部22と突出部21との境界に設けた貫通孔23によって、蓋体20の覆部22とパッキング30の挟圧部31との間に、容器本体10内の蒸気圧を導く。したがって、前記蓋体20の覆部22とパッキング30の挟圧部31との間の挟圧力以下の容器本体10内の蒸気圧によって、封止状態が解除され、容器本体10内の蒸気圧が蓋体20の覆部22とパッキング30の挟圧部31との間を通って排出される。
このときの容器本体10内の蒸気圧は蓋体20の覆部22とパッキング30の挟圧部31との間の挟持力及びパッキング30の弾性力によって決定され、大気圧以上の所定の第一の圧力となる。即ち、通常の加熱状態では、容器本体10内の蒸気圧が上昇しても大気圧以上の所定の第一の圧力状態となり、この第一の圧力状態で容器本体10内の食品が加熱される。故に、容器本体10内の食品は高圧及び高温度条件下で加熱調理或いは加熱加工等を行なうことができる」。また、「容器本体10内の食品は高圧及び高温度条件下で加熱調理或いは加熱加工等を行なった後、電子レンジ等の高周波による誘電加熱を停止すると、容器本体10内の蒸気圧は低下する」。このとき「容器本体10と蓋体20には大気圧が加わり、容器本体10内の蒸気圧の低下により、蓋体20の覆部22とパッキング30の挟圧部31との間の挟圧力が大きくなり、容器本体10外の大気圧と容器本体10内の蒸気圧との差圧によって、容器本体10と蓋体20とはパッキング30を介して封止状態になる。したがって、容器本体10内の食品が冷却された状態では、容器本体10内の圧力を減圧状態とすることができ、容器本体10内の食品の長期保存に好適な状態とすることができる」。「蓋体20の覆部22と突出部21との境界に設けた貫通孔23のみの排出では、容器本体10内の蒸気圧が低下せず、容器本体10内の蒸気圧が異常に上昇すると、前記蓋体20の覆部22とパッキング30の挟圧部31との間の挟圧力以上の容器本体10内の蒸気圧によって封止状態が解除され、容器本体10の開口端に装着されている蓋体20が開蓋状態となり、容器本体10内の蒸気圧が蓋体20に取付けたパッキング30の挟圧部31と容器本体10の開口端との間を通って排出される。即ち、このときの容器本体10内の蒸気圧を所定の第二の設定圧力とし、好ましくは、この第二の設定圧力を容器本体10及び蓋体20が破壊に至ることのない圧力で、しかも、蓋体20を飛出させることのない圧力とする」。したがって、「容器本体10内の蒸気圧が所定の第一の設定圧力を越えて異常に上昇すると、第二の設定圧力で容器本体10の開口端に装着されている蓋体20が開蓋状態となり、容器本体10の内部の圧力上昇を解除するから、この実施例の電子レンジ用容器の安全弁として機能することができる」。(以上本件公報5欄8行ないし6欄5行)。
また、実施例8として、パッキング30とは別に弁部材40が存在し、
蓋体20Dの貫通孔26に当該弁部材40を外面から当接する構成が記載されている。この構成の食品容器に食品を収納して電子レンジ等に入れ、高周波によって誘電加熱すると、貫通孔26に密接する弁部材40の上面弾性部41により、容器本体が維持できる所定の大気圧以上の第一の圧力の蒸気圧状態が設定される。「このように構成した本実施例の電子レンジ用容器は、パッキング30は蓋体20Dの覆部22の外周部に配設され、挟圧部31と上面弾接部36の弾性によって挟持されているから、パッキング30が蓋体20Dから容易に離脱し難くなる。また、このとき、パッキング30の弾性力を大きくしても、弁部材40はそれとは独立しており、貫通孔23b(26の誤記)の端部に弾接する上面弾接部41の弾性力を変化させないから、容器本体10の内部蒸気圧は、弁部材40の上面弾接部41が蓋体20Dの上面に弾接する弾性力として独立に設定でき、所定の大気圧以上の第一の圧力の蒸気圧設定が極めて容易となる」。また「本実施例の電子レンジ用容器では、容器本体10の内部圧力を大きく減圧した場合には、貫通孔26の端部に弾接する弁部材40の上面弾接部41の端部を持ち上げることによって、容器本体10の内部に大気を導くことができるから、減圧状態の解除が容易となる」。(以上本件公報11欄44行ないし12欄22行) オ 発明の効果として、次のように記載されている(本件公報15欄3行ないし16欄21行)。
「以上のように、本発明の電子レンジ用容器は、高周波によって誘電加熱されない材料からなる容器本体及び蓋体と、容器本体の開口端と蓋体との間に配設され且つ高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなるパッキングとを具備し、該パッキングによって蓋体と容器本体とを一体化する電子レンジ用容器において、上記蓋体に貫通孔を設け、該貫通孔に、上記パッキング又は、高周波によって誘電加熱されない弾性材料からなる弁を、外面から当接させたことを特徴とする電子レンジ用容器において、上記、弁又はパッキングは容器本体の内圧が設定された所定の大気圧以上の圧力状態のとき、容器本体の内圧を所定の圧力に低下させ、容器本体の内圧が大気圧より低い状態のとき、容器本体と蓋体との間を封止状態とするものである」。「したがって、容器本体内に収容した食品が加熱されるとき、容器本体の開口端とそれを覆う蓋体との間に配設された弾性材料からなるパッキングは、容器本体の内部を容器本体が維持できる所定大気圧以上の第一の圧力の蒸気圧状態に維持し、容器本体の内部を所定の第一の圧力の蒸気圧状態で食品を高温加熱できる。また、容器本体内の食品の温度降下等で内圧が低下すると、容器本体と蓋体との間を封止状態とすることができる。故に、食品加熱状態の容器本体内の圧力を所定以上に高くでき、食品加熱温度を上昇させることができる。また、一旦、加熱した容器本体内の食品の温度を低下させることによって、容器本体内の圧力を容易に低下状態にでき、保存に適する減圧状態となる」。「本発明の電子レンジ用容器は、高周波によって誘電加熱されない構成部材からなる容器本体と、前記容器本体の開口端を覆う高周波によって誘電加熱されない構成部材からなる蓋体と、前記容器本体の開口端とそれを覆う蓋体との間に配設された弾性材料からなるパッキングと、前記蓋体の取手付近に設けた貫通孔と、前記蓋体の取手に配設した前記貫通孔の外面に当接する弾性材料からなる弁部材とを具備する電子レンジ用容器において、前記弁部材は容器本体の内圧が設定された所定の大気圧以上の圧力状態のとき、容器本体の内圧を所定の圧力に低下させ、容器本体の内圧が大気圧より低い状態のとき、容器本体と蓋体との間を封止状態とするものである」。「したがって、
容器本体内に収容した食品が加熱されるとき、蓋体に設けた貫通孔の外方面に密接する弾性材料からなる弁部材は、容器本体の内部を容器本体が維持できる所定の大気圧以上の第一の圧力の蒸気圧状態に維持し、容器本体の内部を所定の第一の圧力の蒸気圧状態で食品を高温加熱できる。また、容器本体内の食品の温度降下等で内圧が低下すると、容器本体の外部の圧力が大気圧状態のとき、容器本体と蓋体との間を封止状態とする。故に、食品加熱状態の容器本体内の圧力を所定以上に高くでき、食品加熱温度を上昇させることができる。また、一旦、加熱した容器本体内の食品の温度を低下させることによって、容器本体内の圧力を容易に低下状態にでき、保存に適する減圧状態となる」。「又は、本発明においては、容器本体が所定の第一の圧力状態以上の内圧状態となり、それ以上の内圧に設定した所定の第二の設定圧力以上になると、それまで容器本体と蓋体との間を封止状態としていたパッキングが内圧を排出できる開蓋状態になるものであるから、前記所定の第二の設定圧力を容器本体及び蓋体の耐圧以上に設定することにより電子レンジ用容器の安全弁として機能させることができる」。
(2) 以上の記載によれば、本件発明における「パッキング」及び「弁」は、次のような意義を有するものであるということができる。
ア 食品を入れて電子レンジ等で誘電加熱する際に使用される電子レンジ用容器として、従前、気密栓を用いることにより容器内に真空状態を形成するものが存在していたが、気密栓の形態により食品容器内の圧力にばらつきが生じたり、食品加熱状態の蒸気圧が大気圧に略等しくなるため食品の加工時間が短くならないとの問題があった。
そこで、本件発明は、簡単な構造で、かつ、食品加熱状態の容器内の蒸気圧を一定圧力(第一の圧力)まで高くした状態(第一の圧力状態)で食品を加熱加工することを課題とし、そのために、蓋体に貫通孔を設け、該貫通孔の外面にパッキング又は弁を当接させる構成を採用するものである。
イ 本件公報の特許請求の範囲には、貫通孔の外面に当接されるパッキング又は弁部材は高周波によって誘電加熱されない弾性部材であることが明記されている。
また、本件明細書によれば、パッキング又は弁は、さらに次のような限定を有する構成であることが認められる。
(ア) 本件発明は、@食品を加熱して水蒸気を発生させ、その蒸気圧によって容器内を大気圧より高く一定の圧力(第一の圧力)よりも低い内圧状態(第一の圧力状態)を維持することによって食品を高温加熱する、A加熱後の食品の温度低下により容器内の圧力が低下する場合に、減圧状態を維持することによって食品の保存に適した状態を創り出す、B容器内が、第一の圧力状態を超え、所定の圧力(第二の圧力)以上の状態になったときには、容器本体と蓋体との間を封止状態としていたパッキングが蓋体を開蓋状態とすることによって、圧力上昇を解除し、その結果容器本体と蓋体の破壊が回避される(この意味で第二の圧力以上の状態においてパッキングは安全弁の役割も果たすことになる。)との作用効果を有するものである。
以上の作用効果を、蓋体の貫通孔に当接する、弾性力のあるパッキング又は弁(あるいは弁部材)を用いて生じさせることが、本件発明の本質的部分といえる。
(イ) 以上によれば、パッキングは、蓋体の貫通孔に外面から当接するのが弁であってもパッキングであっても、いずれもその弾性力を利用して、容器内圧力が第一の圧力を超えて所定の第二の設定圧力以上になるときに、容器本体と蓋体との間の封止状態を解除して内圧を放出し、蓋体を開蓋状態とすることによって圧力上昇を停止させ、容器本体と蓋体の破壊を回避させるものでなければならない。
また、パッキングが蓋体の貫通孔に外面から当接する場合には、パッキングは、大気圧より大きい第一の圧力状態になるまで貫通孔を密閉し、第一の圧力を超えた場合には貫通孔を開く状態にする程度の弾性力をもって、「当接」する構成ではなければならない。
(ウ) 蓋体の貫通孔に外面から当接するのが弁の場合は、弁は、弾性力によって第一の圧力に至るまでは貫通孔を塞ぎ、第一の圧力を超える場合には開状態となって容器内圧を低下させなければならない。ただし、第二の圧力以上になった場合について特段の作用を生じさせる構成である必要はない。また、本件明細書の実施例8によれば、容器内圧が大きく減圧したときには、弁部材(本件発明の「弁」と同旨)の「端部を持ち上げる」ことによって、減圧状態の解除を容易にさせることが予定されているが、容器内圧が大気圧よりも低下する状態では、弁部材の弾性力も容器外の大気圧も、弁部材を貫通孔内へ押しつける方向にしか働き得ないから、この「弁部材の端部を持ち上げる」作用は、容器外の人力等によってなされていると解さざるを得ない。
そうすると、本件発明における弁は、貫通孔に外面から当接させるものであり、容器内が第一の圧力以上となった場合には、貫通孔から内部の水蒸気を逃がすように外に向かって開く状態になる程度の弾性力を有している必要があるが、それ以外の場合には、容器内圧力が低下した場合も含め、人力等の外力が働かない限り、貫通孔を密閉し続けるように「当接」するものでなければならない。
(3)ア 被告物件のうち、ウ号及びヰ号物件は被告がその製造販売を否定しているところ、被告がウ号及びヰ号物件を製造販売していると認めるに足りる証拠はない。
イ 証拠(甲19、検乙1、2の1及び2)及び前記第2、1、(3)、イ記載の事実によれば、次の事実が認められる。
被告物件(ウ号及びヰ号物件を除く。以下同じ。)は、蓋体にガイド孔23が設けられ、ガイド孔23の内周面にガイド孔の軸心方向に蓋体を貫通する貫通溝231〜234が90°ピッチ間隔で設けられている。蓋体裏面には、貫通溝231と233に連通して、断面半円状の裏面溝235と236が形成され、蓋体表面においては、貫通溝232と234に直通して、断面半円状の表面溝237と238が設けられている。ガイド孔23に弁体50を装着すると、弁体50はガイド孔23を若干上下に移動し、ガイド孔の内周に設けられた貫通溝231〜234が空気通路として確保される。貫通溝231〜234は、上面開口部は弁体の上側弁部52によって、下面開口部は弁体の下側弁部53によって、全部塞がれている。裏面溝235及び236は弁体の下側弁部53によってその一部が塞がれ、表面溝237及び238は弁体の上側弁部52によってその一部が塞がれる。
容器内が加圧状態となり、水蒸気が発生した場合には、裏面溝235及び236の下側弁部53によって塞がれていない部分を通って貫通溝231及び233に蒸気圧が作用し、弁体の上側弁部52を押し上げることによって蒸気を放出し、これによって容器内の圧力の上昇を抑える。また、容器内が減圧状態になった場合には、表面溝237及び238の上側弁部52によって塞がれていない部分を通って貫通溝232及び234に大気圧が作用し、弁体の下側弁部53を押し下げることによって、容器内の圧力低下を押さえる。
ウ 上記イ記載の被告物件の構成と、前記(2)記載の本件発明の「パッキング」や「弁」の意義を比較すると、とりわけ構成要件Eとの関係では次のようにいうことができる。
被告物件には、蓋体の貫通溝213〜234(本件発明における「貫通孔」に相当する。)を塞ぐための弁体50(本件発明における「弁」あるいは「弁部材」がこれに相当する。)が存在し、この弁体50は、本件発明の「弁」あるいは「弁部材」の構成、すなわち、容器内が水蒸気圧により加圧されて第一の圧力状態になるまでは、その弾性力によって貫通孔を塞ぎ、それ以上に加圧されるときに初めて貫通孔を開状態とすることで容器内の圧力の上昇を抑えるという構成を採っていると認められる。
しかし、被告物件は、容器内が減圧するときには表面溝237、238及び貫通溝232、234を通る大気圧の作用によって貫通溝232、234を開の状態として圧力の下降を抑えるという構成を有している。したがって、被告物件の弁体50は、本件発明において「パッキング」あるいは「弁」が備えるべき構成、すなわち、第一の圧力を超える場合以外は貫通孔を密閉するように「当接」するとの構成を有していないことになる。
そうすると、被告物件は本件発明の構成要件Eを充足していないといわざるを得ない。
エ 原告は、被告物件の弁体50も、加圧されて第一の圧力状態になるまでは貫通溝231、233を塞ぐことによって容器内を高温加圧の状態下に置き、第一の圧力を超えるときには内部の蒸気圧によって貫通溝231、233を開状態にする作用があるから構成要件Eを充足し、表面溝等の存在により容器内が減圧される際に空気が容器内に入ることによって蓋体の密着を解除させ、蓋体を取り易くさせる効果があるとしても、上記作用が否定されない以上は付加された構成も本件発明と均等であると評価できるとし、また、被告物件における表面溝や貫通溝は吸気作用を生じさせるものではない、と主張する。
しかしながら、被告物件における表面溝や貫通溝が、容器内の減圧時には吸気作用を生じさせることは、前記イにおいて認定説示したとおりである。
また、特許発明均等というためには、相違する部分が本件発明の本質的部分ではないことや、当該部分を置き換えても特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏することなどが要件となる(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。この点、前記(2)イ(ア)で認定説示したとおり、本件発明では容器内が減圧状態にあるときに貫通孔を弁部材で塞ぐことにより食品保存に適した減圧状態を保つこともまた本質的部分であり、被告物件のように減圧状態において外部から空気を流入させて減圧状態を解除する構成を採ることは本質的部分に変更を加えることになる上、本件発明の作用効果と同一の作用効果を奏し得ない。そうすると、被告物件は本件発明と均等ということはできない。
したがって、原告の主張は失当である。
(4) よってその余の争点を検討するまでもなく、原告の、本件特許権に基づく損害賠償請求には理由がない。
2 争点(2)(不法行為に基づく請求に関して)ア(被告が本件連絡書記載の金員を支払わない行為及び本件調停において本件準備書面を提出した行為は、原告に精神的苦痛を生じさせる不法行為といえるか)について (1) 証拠(甲1ないし4、7、8の1ないし3、甲11及び12)、前記第2、1、(3)、イ記載の事実及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、被告が製造販売する食品用容器が、本件発明の技術的範囲に属するものと判断し、平成10年9月1日付けで、被告に対し、「以前より貴社に於きまして製作発売されてます商品の中に当方所有の右特許権に、抵触する虞のものがあると、思料されます。(中略)つきましては、当方所有する特許権をご理解頂き貴社製品の実施につき、早急に、ご検討賜りまして本件に関する誠意有る貴意を平成十年九月十七日迄に、文書にて御回答下さいますよう、お願い申し上げる次第です。また、本件権利につきましては、実施許諾の用意がありますので、この段併せて御検討賜りたく存じます。」と記載した「ご通知」と題する内容証明郵便(甲1)を送付した。これに対し、被告は、原告に対し、平成10年9月11日付けで、特許の内容等が不明であるので、回答できない旨記載した「回答書」と題する内容証明郵便(甲2)を送付した。
原告と被告は、その後、内容証明郵便等を互いに送付し、また平成11年6月13日には、被告側が原告方を訪問して話合いを行った。被告は、このときの話合いの結果を踏まえ、同月21日付けの本件連絡書を原告に対して送付した。
本件連絡書には、原告から提示された条件を検討した結果として、契約金50万円及び協力金年額10万円を支払うとの提案と共に、「このご提案の有効期限は平成11年6月30日(水曜日)です。この期限までに、本件が前進しない場合には、
このご提案は白紙撤回させて頂くことになります。」との記載があった。なお、同提案を行うまでの交渉過程において、被告が、原告に対し、被告の製造販売する食品用容器が本件発明の技術的範囲に属することを認める旨明示的に述べたことはない。
イ 本件連絡書が送付された後、原告は、病気で入院するなどの事情が生じたと称して、被告に対して連絡等を行うことができなかった。原告は、平成14年11月4日ころに至り、改めて被告に対し、契約金等を支払うよう催促した。
これに対し、被告は、平成14年11月20日付けで「回答書」と題する内容証明郵便(甲4)を原告に対して送付した。同回答書において、被告は、被告物件の製造販売行為が原告の特許権侵害行為に該当するとは考えないこと、平成11年6月13日に原告宅においてなされた話し合いの後、原告からの連絡がなかったこと、しかし、被告物件の販売個数は極めて少ないので、紛争を回避する方向で再度話合いをしたいことなどを述べた。
原告は、被告物件が本件発明の技術的範囲に属しないとの被告の上記回答に納得できなかったため、被告の間で合意を成立させるには至らなかった。
ウ 原告は、平成16年4月、大阪簡易裁判所に本件調停を申し立てた。
本件調停において、被告の製造販売する食品用容器のパッキングが蓋体と容器本体とを一体化するものではないとの被告の主張に対し、原告は、これに反論すべく、止め具を解除した状態であっても、蓋体に設置されている止め具を持ち上げると蓋体と容器本体とが一体となって上昇している状態を写したとする写真(甲11、12)を証拠として提出した。これに対し、被告は、本件発明におけるパッキングについては、「蓋体と容器本体とを一体化するものと文言解釈するのではなく、容器本体の破壊を防止する所定の力で容器本体と蓋体とを挟持して一体化するものであると限定解釈すべき」である旨、原告が本件調停において提出した証拠(甲11、12)では、「対象物件のパッキングがその弾性力により容器本体の破壊を防止する程度の力で容器本体と蓋体とを挟持しているか否かまで証明されていないのは明らか」である旨、当該証拠は「如何なる状況等の下で実験された写真であるのか何ら説明されておらず、具体的に何を証明する意図で行ったものであるのか全く不明であ」る旨記載した本件準備書面を提出した。
(2) 以上の認定事実によれば、次のようにいうことができる。
ア(ア) 被告は、原告から被告の製造販売する食品用容器が本件発明の技術的範囲に属するとの指摘を受け、必ずしもそのようには考えなかったが、同商品の製造販売数量が少なかったため、原告との間で本件特許権の侵害の有無等を検討する交渉を重ねるよりも、一定の金額を支払うことによって円満解決する方が得策であると判断した。
そこで被告は、原告に対し、被告物件が本件発明の技術的範囲に属することを明示的に認めることなく、本件連絡書において、契約金と協力金を支払う旨の提案を行った。ただし、同提案について有効期限(平成11年6月30日まで)を設定し、期限経過後は提案を白紙撤回する旨明示的に述べていた。これに対し、原告は、病気等と称して回答せず、漫然と有効期限を3年余りも経過させたのであって、そのため、被告は同提案が白紙撤回されたものと判断したものというべきである。したがって、被告が本件連絡書記載の金員の支払を拒絶したのは当然といえる。
(イ) そうすると、原告からその後被告にどの程度の頻度で契約金等の支払請求があったのか不明であるが、原告が上記期限経過後に本件連絡書に記載された提案事項に基づく契約金等の支払請求を行ったことに対し、被告が、被告物件等は本件発明の技術的範囲に属さず、同提案が白紙撤回されたとの前提の下、原告の請求を拒んだとしても、原告と被告との上記交渉過程からすれば特段不誠実あるいは不当な行為であるということはできないし、原告においても十分予測され得る事態であったというべきである。その他本件において期限内に原告が被告に対して回答しなかったにもかかわらず被告が同提案が白紙撤回されたと判断すべきではなかった事情等は本件証拠上認められないから、被告の本件連絡書記載の契約金等の支払拒絶行為には違法性がなく、原告に対する不法行為を構成するということはできない。
イ(ア) 被告は、その製造販売する食品用容器が本件発明の技術的範囲に属さず、特に構成要件Cの意義については、「パッキングが蓋体と容器本体とを一体化する」との文言どおりに解釈されるべきではなく、「容器本体の破壊を防止する所定の力で容器本体と蓋体とを挟持して一体化するものであると限定解釈すべき」との見解を有していた。そのため、文言通りに解釈することを前提として、蓋体と容器本体とが蓋体に設定されている止め具によって一体化されていなくても止め具を持ち上げると蓋体と容器本体とが共に上昇する状態を写した写真を原告が証拠として提出したとしても、被告の主張を前提とするような実験条件等の設定がない以上は、被告の主張を否定したことにはならないと考えていた。
被告は、これを被告の主張として記載した本件準備書面を本件調停において提出したものであり、正当な訴訟活動であるといえる。
(イ) なお、原告が、本件準備書面において自らの主張や証拠の価値を否定されたことにより、不快感を持つに至ったであろうことは、容易に推測される。
しかし、本件調停を含む民事訴訟手続では、当事者双方が互いに自らの主張を展開し、これを支持する証拠を提出し、あるいは相手方の主張や証拠の価値を否定する訴訟活動の経過の中で、真実が発見され、適切な判断がなされ得るものである。したがって、一方当事者のした主張立証が相手方に不快感を生じさせるものであるとしても、それが専ら相手方を故意に誹謗中傷する目的をもって著しく不相当な表現によるものであるなど特段の事情のない限り、そのような主張立証も民事訴訟手続上十分に尊重しなければならないのであって、民法上の不法行為を構成するものではないというべきである。
本件準備書面の記載内容が専ら相手方を故意に誹謗中傷する目的をもって著しく不相当な表現によるものであるなど、上記特段の事情に当たるような記載内容を含むものとは到底認められないから、被告の本件準備書面の提出行為が原告に対する不法行為を構成するとはいえない。
ウ 以上のとおり、被告の、本件連絡書記載の金員を支払わない行為及び本件調停において本件準備書面を提出した行為は、いずれも違法性を有さず、原告に対する不法行為を構成するということはできないから、その余の点を検討するまでもなく、原告の不法行為に基づく慰謝料請求には理由がない。
3 よって、原告の主張はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
追加
別紙物件目録イ号物件名称:食品用容器、品番:OP-20ロ号物件名称:食品用容器、品番:BL-6H特徴:蓋部分に菱形が4つと英文字の複合デザインがある一段式弁当箱ハ号物件名称:食品用容器、品番:PCR-1特徴:蓋部分にイチゴのデザインがあるニ号物件名称:食品用容器、品番:BLW-7H特徴:蓋部分に格子風のデザインがある二段式弁当箱ホ号物件名称:食品用容器、品番:BL-6H特徴:蓋部分に格子風のデザインがある一段式弁当箱ヘ号物件名称:食品用容器、品番:BL-6H特徴:蓋部分に「HARDROAD」と記載されている一段式弁当箱ト号物件名称:食品用容器、品番:BLW-7H特徴:蓋部分に「HARDROAD」と記載されている二段式弁当箱チ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-1、特徴:容量500ml、白色リ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-3、特徴:容量650ml、白色ヌ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-5、特徴:容量800ml、白色ル号物件名称:食品用容器、品番:PCL-1、特徴:容量500ml、灰色オ号物件名称:食品用容器、品番PCL-3、特徴:容量650ml、灰色ワ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-5、特徴:容量800ml、灰色カ号物件名称:食品用容器、品番:BL-6HIヨ号物件名称:食品用容器、品番:BLW-7H特徴:蓋部分に縞と英文字の複合デザインがあるタ号物件名称:食品用容器、品番:BLW-8HSレ号物件名称:食品用容器、品番:PCR-1特徴:蓋部分にクローバーのデザインがあるソ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-1特徴:蓋部分にフリーフラワーのデザインがあるツ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-1特徴:蓋部分に花と蝶のデザインがあるネ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-1特徴:蓋部分にピーターラビットのデザインがあるナ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-3特徴:蓋部分にフリーフラワーのデザインがあるラ号物件名称:食品用容器、品番:PCL-3特徴:蓋部分に花と蝶のデザインがあるム号物件名称:食品用容器、品番:PCL-3特徴:蓋部分にピーターラビットのデザインがあるウ号物件名称:食品用容器、品番:BLW-12HLヰ号物件名称:食品用容器、品番:BL-11ノ号物件名称:食品用容器、品番:BL-6HXC(別紙特許公報は省略)図1図2図3図4図5
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 中平健
裁判官 大濱寿美・