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事件 昭和 46年 (ワ) 4758号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1975/05/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告(一) 被告リヨービ印刷機販売株式会社は、別紙第一図及び第一図の説明記載の間接採字装置を有する写真植字機並びに別紙第二図及び第二図の説明記載の間接採字装置を有する写真植字機を販売してはならない。
(二) 被告株式会社リヨービは、別紙第一図及び第一図の説明記載の間接採字装置を有する写真植字機並びに別紙第二図及び第二図の説明記載の間接採字装置を有する写真植字機を製造してはならない。
(三) 訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 被告ら 主文同旨の判決並びに被告ら敗訴の場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。
当事者の主張
一 請求原因(一) 原告の特許権 原告は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)を有する。
特許番号 第二六八九八一号 出願日 昭和三一年一〇月四日(特願昭三一ー二五四三二号)公告日 昭和三五年六月一一日(特公昭三五ー六九三七号)発明の名称 写真植字機における間接採字装置本件特許明細書の特許請求の範囲の項の記載は、別添特許公報(以下単に「公報」という。)の該当欄記載のとおりである。
(二) 本件特許発明1 本件特許発明は、従来の写真植字機における直接採字方式の欠点を除去する目的でされたものである。
すなわち、直接採字方式は、文字盤の下方から光線をあて、これによつて生じる文字の影像を肉眼で目視しながら所要の文字を所定の位置にセツトするよう文字盤を移動させる方式であるが、この方式には次のような欠点があつた。
(1) 文字盤が裏返しになつていること、採字文字が文字盤移動によつてそのつど位置を変えること、採字文字を移動中の文字盤から選ばなければならないこと、
直接に採字用の光線が目に入ることなどの理由から、採字速度をにぶくし、疲労を多くする。
(2) 直接採字においては、文字盤の文字を余り小さくすることができないから、機械の床面積を小さくすることができず、また文字盤を目視する関係上文字盤の位置、形状に制約がある。
本件特許発明の課題は、これらの欠点を補い、採字の作業をより有利にし、かつ、文字盤の形状、大きさ等の改良をより自由に行うことを可能ならしめるために、新たな採字装置を案出することにある(公報一頁左欄七行ないし二二行)。
2 本件特許発明は、右の課題の解決として、次の特徴を有する間接採字装置を案出した(公報参照。特に、そのうち特許請求の範囲)。
(a) 文字盤、又は、仮想文字盤の各文字に対応するように文字を記した採字盤が、機体の一部に直接取り付けられていること。
(b) 文字盤枠、又は、仮想文字盤枠に指示針を取り付けるなり、あるいはまた、バンタグラフ的機構等により、文字盤の運動と指示針の運動とを関連付けるなりして、両者が、互に一定の関係をもつて、採字盤に対し、相対運動を行うようにしてあること。
(c) 指示針が、文字盤上の一定範囲の文字に対応する採字盤上の文字を指示するよう、文字盤を運動させた場合は、文字盤上の必要文字が、印字に必要なセツト位置にあるようにしてあること。
(d) 前記範囲内の一定範囲と、文字盤の配列が等しく、かつ、文字の大きさ又は書体を異にする、文字盤の前記一定範囲外の範囲にわたる採字を、前記指示針位置以外の位置に指示針を取り付けることによつて、前記採字盤を使用して行うことを可能ならしめていること。
(e) 任意の交換可能な文字盤の交換に伴い、これに対応する採字盤範囲を交換可能ならしめていること。
本件特許発明の間接採字装置は、右(a)ないし(d)の特徴(要部)を有することにより、「採字速度を高め作業者の疲労を軽減せしめうる」という効果及び文字盤の文字を小さくすることを可能ならしめるという効果を有する。右(e)の特徴は、あらかじめ文字盤に配置しきれない種類の文字を使用するために、文字盤の一部を交換した場合においても、間接採字を可能ならしめるためのものであるから、補助的な要件である。
なお、被告らは、右(e)の「文字盤」に関し、公報第1図の文字盤1と同義に解する見解を述べているが、これは特許請求の範囲の記載の文脈を無視した謬論である。「(第1図の文字盤に相当する)文字盤」(公報一頁右欄三五行)上の「一定範囲の文字に対応する」(公報一頁右欄四〇行、四一行)文字を有する「採字盤」(公報一頁右欄四一行)が、「第1図の文字盤1に相当する)文字盤の「前記範囲外の範囲に亙る採字」(公報一頁右欄四四行)をも行う採字装置を請求している文章の中で、「任意の交換可能な文字盤の交換に伴ないこれの範囲に対応する採字盤範囲を交換可能ならしめる」(公報二頁左欄二行ないし右欄一行)と記載されているのであつて、この「文字盤」が第1図の「文字盤部分6」に相当するものであることは紛れる余地もなく明らかである。第1図の文字盤1に対応する採字盤範囲などというものはありえないのであるから、「これに対応する採字盤範囲」(公報二頁左欄三行ないし右欄一行)の中で指示している「これ」、すなわち、「文字盤」は、第1図の文字盤1に相当するものではなく、その一部を意味することは明白であるからである。被告らの主張は、字面だけで文章の解釈を行なおうとするものであり、初歩的な誤りを犯したものといわざるをえない。
そもそも、当業者にとつては、第1図の最小の桝目に入る盤も文字盤であり、この盤が五枚三列並んだ組も文字盤である。それぞれが文字盤として販売されていたのである。このような常識があり、文章を、内容を理解しつつ読むならば、原告らのような解釈がとうてい成立しえないことは自明であるといわなければならない。
(三) 被告らの行為 被告株式会社リヨービ(以下「被告リヨービ」という。)は、別紙第一図及び第一図の説明記載の間接採字装置(以下「被告ら第一装置」という。)を有する写真植字機並びに別紙第二図及び第二図の説明記載の間接採字装置(以下「被告ら第二装置」という。)を有する写真植字機を製造し、被告リヨービ印刷機販売株式会社(以下「被告リヨービ販売」という。)は、これらを販売している。
(四) 侵害の成立 被告ら第一、第二装置は、次に述べるとおり、本件特許発明技術的範囲に属し、被告らの前記各行為は、本件特許権を侵害するものである。
1 被告ら第一装置は、本件特許発明技術的範囲に属する。
被告ら第一装置は、その説明に記載されているとおり、次の特徴を有する。
(a)′ 文字盤(1)は、一つの書体からなる文字を配列したA(符号及び番号は、被告ら第一装置については、別紙第一図及び第一図の説明表示のものを指す。
以下同じ。)の部分と、これと書体又は大きさを異にする文字をAの部分と同一に配列した部分Bとその他の文字を収容しうるCの部分とから構成されている。
(b)′ 採字盤(2)は、機体に取り付けられており、そのDの部分は、文字盤(1)のA又はBの部分の各文字に対応するように各文字が配列されており、Eの部分は、文字盤(1)のCの部分の各文字に対応するように各文字が配列されている。
(c)′ 文字盤枠(5)には、指示針(3)及び(4)が取り付けられており、
これらは、文字盤(1)の前後左右の運動と一体に運動する。
(d)′ 文字盤枠(5)を動かして、指示針(3)が採字盤(2)上のD又はEの必要文字を指示するようにした場合は、文字盤(1)のA又はCの部分の必要文字を所定の位置にセツトすることができる。
(e)′ 文字盤(1)のBの部分の文字の採字は、指示針(4)によつて採字盤(2)上のDの部分を使用して行うことができる。
(f)′ 文字盤(1)のCの部分は、必要によりその一部を交換することが可能であり、これに対応する採字盤部分Eの各部分も必要により交換することができる。
右のうち(a)′及び(b)′は、前記の本件特許発明の特徴(a)に、(c)′は同じく(b)に(d)′は同じく(c)に、(e)′は同じく(d)に、
(f)′同じく(e)に、それぞれ該当する。したがつて、被告ら第一装置は、本件特許発明技術的範囲に属する。
2 被告ら第二装置も、本件特許発明技術的範囲に属する。
(1) 被告ら第二装置は、その発明に記載されているとおり、次の特徴を有する。
(a)″ 文字盤(1)は、一つの書体からなる文字を配列したA(符号及び番号は、被告ら第二装置については、別紙第二図及び第二図の説明表示のものを指す。
以下同じ。)の部分と、これと書体又は大きさを異にする文字をAの部分と同一に配列した部分Bと、その他の文字を収容しうるCの部分とから構成されている。
(b)″ 採字盤(2)は、機体に取り付けられており、そのDの部分は、文字盤(1)のA又はBの部分の各文字に対応するように各文字が配列されており、Eの部分は、一部を除き、文字盤(1)のCの部分の各文字に対応するように各文字が配列されている。
(c)″ 文字盤枠(5)には、溝(3)′及び(4)′によつて指示針(3)が仮固定され、これらは、文字盤(1)の前後左右の運動と一体に運動する。
(d)″ 文字盤枠(5)を動かして、溝(3)′の位置に仮固定された指示針(3)が採字盤(2)上の必要文字を指示するようにした場合は、文字盤(1)のA及びCの部分(Cの部分については一部を除く)の必要文字を所定の位置にセツトすることができる。
(e)″ 文字盤(1)のBの部分の文字の採字は、指示針(3)を溝(4)′の位置に仮固定することによつて採字盤(2)上のDの部分を使用して行うことができる。
(2) 右のうち、(a)″及び(b)″は、前述の本件特許発明の特徴(a)に該当する。
被告ら第二装置の特徴(b)″の採字盤(2)のEの部分の一部に文字が記されていない部分があることは、微差にすぎず、右の結論を左右するものではない。すなわち、それは、ごく一部に加えられた改悪でしかなく(Eの部分で文字が記されていない部分に対応する文字盤部分の占める面積は、文字盤全部の面積の約一二分の一であり、しかも、後述するように、この部分の文字の使用頻度は、低いものである。)、全体として、本件特許発明と同一の使用効果を失わせるものではないからである。
(3)右のうち、(c)″は、前述の本件特許発明の特徴(b)に、(d)″は同じく(c)に、(e)″は同じく(d)に該当する。
指示針が一本であることも、右の結論を左右するものではない。
すなわち、本件特徴発明の特徴の一つは、複数の同一配列の文字盤からの採字を、一個の採字盤を用いて行う点にあり(このようなことは、和文タイプや鋳植機の前例にはみられない)、そのために、指示針の取付位置が複数であること自体が、要件とされているのである。指示針の取付位置が複数であることを前提に、指示針の数が一個である場合を排斥し(あるいは公知であるとしてこれを改良し)、
指示針を複数設けることを案出したというわけでは決してない。
したがつて、指示針が単数か複数か、指示針を固定させるか移動させるかなどはさして重要ではなく、いずれであつても差支えのないことである。植字は、必ず一文字づつ行うのであつて、A書体の文字盤とB書体の文字盤とから同時に採字するなどということは、絶対ありえないのであり、要は、A書体の部分から採字を行うときは、その位置に、B書体から採字を行うときは、別のB書体用の位置に、指示針が存在すれば足りうるのである。
このことは、本件特許明細書の記載から明らかである。
特許請求の範囲の項の「前記指示針位置以外の位置に指示針を取りつける」(公報一頁右欄四四行ないし二頁左欄一行)という記載は、指示針を取り付ける位置が、複数存在することを示しており、指示針が複数存在しなければならないかどうかは、何ら要件とはされていない。もし、複数指示針が要件であるとするならば、
この特許請求の範囲の項の記載は、「前記指示針位置以外の位置に前記指示針以外の指示針(あるいは「別個の指示針」)を取りつける」というようなものでなければならないはずである。更に、指示針が複数に限定されていないことは、本文中の「この際指示針は3は一個のみである必要はなく、必要に応じて複数取りつけてもよい。」(公報一頁左欄二六、二七行)との記載及び「前者は指示針の位置を変えることにより……全く同様に採字して行くことが可能となるのである。」(公報一頁右欄二六行ないし三一行)との記載からも明らかである。後の文章は、採字すべき文字盤が複数の場合に指示針を移動させて同一の採字盤を使用して採字することを示し、前の文章は、公報第1図の例、つまり、同一配列の文字盤が複数存在する場合について、指示針は、一個でも複数でもよいことを示したものであり(一個の場合は、当然移動させることになる。)、いずれも、指示針の数は問題ではなく、
それを取り付ける位置が、問題であることを示したものである。
被告らは、公報一頁左欄二三行目以下同右欄八行目までの記載につき、文字盤が単一書体の文字配列の場合であるというが、この記載が第1図の例についての記載であることは明らかであり、第1図の例が同一配列の文字盤の組が複数存在する場合であることも、採字盤の大きさと文字盤上の大きさとを対比すれば一見して明らかである。まして、「この際指示針3は一個のみである必要はなく、必要に応じて複数個取りつけてもよい。」(公報一頁左欄二六行、二七行)との記載は、同一配列の文字盤の組が複数存在することをぬきにしては考えられないことであつて、被告らの主張は、全く理由がない。また、前述の公報一頁右欄二六行ないし三一行の記載は、指示針位置を変えることを問題にしており、別個の指示針を用いなければならないことは全然述べていないのであつて、この点の被告らの主張も理由がない。
被告らは、この点について誤まつた解釈のもとに、当初二個あつた指示針(被告ら第一装置)を一個に変更し、必要に応じてこれを摺動させる装置とし(被告ら第二装置)、本件特許権に対する侵害を免れようと試みたのであるが、その前提とする解釈自体が誤つているのである。しかも、被告ら第二装置は、被告ら第一装置に比し、書体変更の都度指示針を移動させる手数を要するという不利な結果をもたらしたのみであつて、指示針を取り付ける位置が、複数存することの故に、一個の採字盤により同一配列の複数の書体の採字を行うことが可能である点は、本件特許発明と全く同じであるから、被告ら第二装置も、本件特許発明の権利範囲から脱することはできないのである。
(4) 被告ら第二装置は、採字盤の一部を交換するようにはなつておらず、前記の本件特許発明の特徴(e)とは若干の相違がみられる。しかし、この特徴(e)は、常用範囲外の、使用頻度の少ない文字について間接採字を行うための補助的な要件である。例えば、これまでの文字の使用頻度についての多数の調査結果が知られているが、昭和四四年に共同通信社が新聞記事一〇〇万字について行なつた調査によれば、高頻度の七〇字があれば、新聞記事の文字の五〇%をまかなうことができ、同様に二五〇字あれば七五%、九一〇字あれば九五%、一五〇〇字あれば九九%、約二二〇〇字あれば約九九・九%をまかなうことができると報告されている。
一方、写真植字機の文字盤の常用範囲(一書体分)には頻度の高い約五〇〇〇字が配されているので、通常の文はほとんど常用範囲内の文字で十分まかなうことができるのであり、したがつて、文字盤、採字盤の交換は、例外的、補助的な要件であることは明らかである。
かかる補助的要件が欠けており、そのために例外的に間接採字が行えないことがあるとしても、被告ら第二装置は(a)ないし(d)の特徴を備えている以上、本件特許発明の要部を使用するものであり、常用範囲の文字については、間接採字が行えるのであるから、実質的に本件特許発明の作用効果をも具備している。被告ら第二装置は、本件特許権に対する侵害を免れるためにささいな改悪を加えたものにすぎず、依然として本件特許発明の権利範囲に属するものと評価されるものである。
(5) したがつて、被告ら第二装置も本件特許発明技術的範囲に属する。
(五) 差止請求 よつて、原告は、被告らに対し、被告らの前記各行為の差止を請求する権利を有するので、第一当事者の求めた裁判の項一、(一)、(二)、(三)記載の判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 請求原因に対する被告らの答弁及び主張(一) 請求原因(一)は認める。
(二) 同(二)のうち、写真植字機における直接採字方式の欠点は知らない、本件特許発明が、原告主張の課題の解決として案出されたとする点及び(a)ないし(d)が要部で、(e)が補助的な要件であるという点は否認する。ただし、
(a)ないし(e)が特許請求の範囲の記載に基づくものであることは認める。
1 写真植字機の操作においては、間接採字は、可読性の向上の利点を有するとする点において無視しえないが、組版を行う際は、ほかに特殊文字盤の取扱いによるプレート数量が大部となるため、その取扱いが、大きな課題とされ、これについては、プレートが少量におさまる直接採字のメリツトは極めて大きい。
従来から、欧文文字、数字、記号、旧字体(旧漢字)及び略字体等の特殊文字盤について、通例印字に当つては、文字盤は、文字盤枠へ差換えて使用するものであるが、間接採字方式では、右文字盤の文字の差換えとこれに伴つて採字盤上の採字プレートの差換えと二重の手数を余儀なくされるもので、これは次に述べる使用頻度の点と関連して、相当大きな問題となる。この点、直接採字方式は、文字盤だけの差換えで十分であり、手数が省けることになる。また、右差換えに関し、保存管理すべき文字盤及び採字プレートの枚数は、間接採字の場合は、当然文字盤のほか、同書体の採字プレートを準備せざるをえず、直接採字の場合は、文字盤のみで足り、保存管理の手数がかなり省けることになる。
ちなみに、通常組版を行う場合、写真植字機一台の設備としては、約五・六〇種類の特殊文字盤を必要とされるもので、一頁数百字の組版中に特殊文字一個を必要としても、文字盤、採字盤の差換えを要するもので、差換え手数は、想像外に大きいものである。これらの差換え並びに保存管理についての直接採字のメリツトは、
極めて大きいものといわなければならない。
原告は、特殊文字盤の占める面積は、文字盤全部の約一二分の一であると主張するが、これは、採字の使用頻度と無関係である。すなわち、特殊文字である数字だけで数十頁にわたる組版を作つたりする場合(例えば、対数表等)、文字盤の面積と文字の頻度は無関係であり、特殊文字盤の使用は、頻繁に差換えを余儀なくされる印刷においては大きな問題であり、この点、直接採字は、間接採字に追従を許さない長所を有し、被告らの複合採字装置は、両方の長所を採り入れて、可読性の向上、差換え・管理の省力の二点を意図した方式で、単なる本件特許権に対する侵害を免れるためではなく、当初から直接採字をも目的とし、ほぼ等しい割合で、直接採字、間接採字が行われている万能型に属するものである。
2 間接採字の思想は、何ら目新しいものではない。間接採字は、古くから広く採字を必要とする和文タイプライター及び活字鋳造機の採字に用いられ、その間接的な文字選択の技術的思想は、確立されていたものである。
また、写真植字機は、原告も主張しているように、写真のタイプライターといわれて、特許庁の写真植字機の発明の審査にあたつては、和文タイプライターの引用文献が引用審査されていた(乙第一一号証の一、二及び第一二号証の一、二参照)。
3 本件特許発明は、原告主張のように(a)ないし(e)の五つの要件に別けられるのではなく、(い)間接採字構造、(ろ)文字盤の一定範囲外における採字は第一指示針以外にとりつけた第二指示針により行われること及び(は)それぞれの文字盤及び採字盤部分が交換可能であることの三要件に要約されるものである。既に、間接採字は先行技術として、あるいは文献において公知で、発明の要部たりえず、右(ろ)、(は)の要件が本件特許発明の要部といわざるをえない。
(三) 同(三)のうち、被告らが、被告ら第一装置を有する写真植字機を現に製造販売している点は否認し、その余の事実は認める。
被告ら第一装置を有する写真植字機は、市場の反響をみるための試作品であつて、原告から、この差止警告をうけて後、直ちに改造して、現在は、製造販売していない。また、今後製造販売する意図もない。
(四) 同(四)は争う。
1(本件特許発明新規性) 前述のように、写真植字機は、写真タイプライターの別名を持ち、和文タイプライターは、活字の打込みにより用紙に印字させるのに対し、写真植字機は、カメラによりフイルムに印字するもので、文字を使つての印字の思想は、全く同じである。原告は、写真植字機の効用を詳細に述べているが、それは、写真植字機そのものの発明の際主張せらるべきもので、本件においては、写真植字機の間接採字装置が問題となつているもので、それとは無縁な主張である。もし、写真植字機の説明が間接採字装置のために必要だとしても、写真植字機の技術的思想は、本件特許発明の出願当時ザ・インランド一三四巻五号(乙第八号証の二ないし四)にみられる文献において広く世人に知られていたものである。
原告主張の間接採字特有の作用効果であるという、可読性の向上自身、既に、昭和の初頭から知られ実施されてきたもので、何ら目新しいものではない。むしろ、
直接採字には、直接採字なりのメリツトのあることは、既に述べたとおりで、被告らの製品である複合採字装置は、そのいずれをも兼ね備えたものとして高く評価されなければならないものである。
2 本件特許発明と被告ら第二装置との比較 本件特許発明構成要件は、(a)ないし(e)よりなるものではなく、(a)ないし(c)は、間接採字機構を示すものであつて、一つの構成要件としてとらえるべきものである。
(間接採字機構の点) 従来より間接採字機構として、数々の先行技術及び公知文献があり、間接採字の思想は、本件特許発明の要部ということにはならない。被告ら第二装置は、複合採字方式をとつているため、直接採字が可能であり、その際は、採字盤(2)と文字盤(1)との一定の関係をもつて相対運動を行うことは無用で、文字盤(1)に対応する採字盤(2)は不要である。採字盤(2)のEの一部であつて文字が記されていない部分は、単なる微差ではなく、複合採字方式の特徴で、その際は、指示針(3)でもつて一定範囲の文字に対応する採字盤(2)上の文字を指示することも要せず、右装置は、文字盤(1)上における必要文字の直接選択による採字で、必要にして十分なものである。間接採字の場合は、採字盤と文字盤の一定関係の下で、指示針をもつて文字盤上の必要文字をセツトするため、指示針(3)で指示することはあるが、これらは、公知技術として特に目新しいものはない。
(指示針の点) 本件特許発明において、特許請求の範囲の項に、「採字を前記指示針位置以外の位置に指示針を取りつけ」(公報一頁右欄最後の行ないし二頁左欄一行)と記載され、この説明として、発明の詳細なる説明の項には、
「前指示針3の位置以外の場所に指示針4をとりつける」(公報一頁右欄一〇行、
一一行)と記載されており、指示針は、二本であることを明らかにしており、原告主張のような指示針取付位置が複数存在するとの記載は、どこにも見当らない。現に、原告は、昭和四六年二月二五日付印刷新聞の広告(乙第一三号証)において、
「文字盤上に明朝体とゴシツク体等のように二書体入つていても採字盤は一つで足ります。指示針は二つ必要になりますか……。」と述べている。これは、原告の主張する本件特許発明の特徴として、複数の同一配列の文字盤からの採字を、一個の採字盤を用いて行うとき、固定指示針が、二つ必要であることを示している。
原告の主張するように、発明の詳細な説明の項には、指示針の取付位置が複数存在することを示すようにもとれる記載(公報一頁左欄二六、二七行、右欄二六行目ないし三一行目)はあるが、正確に本件特許発明の明細書を読むと、これによつて被告ら第二装置の場合のように一本の指示針を摺動させて兼用使用する場合を含むということにはならず、原告の右主張は理由がない。すなわち、(1)公報一頁左欄二三行ないし同右欄八行までの説明は、文字盤が単一書体の文字配列の場合(すなわち、「文字盤と書体等を異にする他の範囲の文字盤を兼ね備えない場合」をさす)の説明であり、(2)同右欄八行から同二〇行までが、書体を異にする文字盤範囲の場合の説明であることが、「なお同一文字盤上で前記範囲以外の一定範囲に亙る文字の配列(書体、大きさ等は異つてもよい)」(公報一頁右欄八行ないし一〇行)との記載から判明し、(3)同二一行ないし三一行までは、同一平面上に配列された文字盤からの採字のみでなく、「例えば、複数個の平面上に配列された書体、大きさ等は異なつても文字の配列順序が他の平面上の文字盤と等しいような文字盤からの採字」(公報一頁右欄二二行ないし二四行)の記載から、上下異なる平面上に複数の書体を異にする文字を配列した文字盤の場合の説明であつて、それぞれに書き分けていることが明らかである。
発明の詳細な説明の項中、
「この際指示針3は一個のみである必要はなく、必要に応じて複数個取りつけてもよい」(公報一頁左欄二六行、二七行)との記載は、右(1)のとおり単一書体の場合、指示針が一本、又は、二本以上ということを示しており、この記載から、直ちに、右(2)のとおりの複数書体の場合の指示針数が示されているものではない。むしろ、論理的には、単一書体につき一ー二本以上ということは、それが複数書体となつたときは当然倍加し、常に二本以上になるということを意味している。
発明の詳細な説明の項中、「前者は指示針の位置を変えることにより……」(公報一頁右欄二六行)との記載の前者とは、同一平面上に配列された文字盤からの採字ではない。「複数個の平面上に配列された書体、大きさ等は異なつても、文字の配列順序が他の平面上の文字盤と等しいような文字盤からの採字」をさす前述(3)の場合をさし、例えば、文字盤が一個でなくA、B、Cの三個あるとすれば、文字盤Aの文字盤枠に一つの指示針を取り付け、また第二の文字盤B、更に第三の文字盤Cそれぞれの文字盤枠にもそれぞれ指示針を取り付けることを示しており、同一平面上における指示針の位置移動を示しているものではない。
本件特許発明の明細書には、同一文字盤内に書体を異にする二形式の文字盤範囲がある場合には、それぞれの文字盤範囲ごとに指示針3、4を設け、採字盤2はそのまま利用して採字することができる旨読みとれる記載がある(公報一頁右欄八行から一三行)。
更に、従来公知の間接採字の方式においては、すべて一文字盤上に対応した一指示針を有している昭和五年実用新案出願公告第二七三三号公報(乙第一号証)が存するが、これは単一書体の範囲しか持たないためである。
公報の記載及び従来方式からみても、一書体文字盤範囲に対し、一指示針を使用する記載と解すべきであり、したがつて、本件特許発明では、複数書体文字盤には複数指示針というのが要件であると解さざるをえないのである。
しかしながら、被告ら第二装置は、常に指示針は一本であつて、指示針移動用軸を介して二か所以上において指示針を介し採字盤上で採字することが意図されているものである。この指示針の移動用軸を介する思想は、本件特許発明にない技術的思想である。すなわち、本件特許発明の指示針の数は、文字盤採字盤の各書体の範囲ごとに一本ということになつているからである。被告ら第二装置は、指示針に移動用軸の思想を導入した結果、常に指示針は一本で、採字の際よくあるオペレーターの戸惑いという欠点を決定的に排除するに至つている。
(採字盤の交換性の点) 被告ら第二装置は、本件特許発明にある「任意の交換可能な文字盤の交換に伴いこれに対応する採字盤範囲を交換可能ならしむること」(公報二頁左欄二行ないし右欄一行)ができない。直接採字の場合、文字盤のみの交換は可能であるが、この場合は、採字盤とは相関関係にない。原告は、被告ら第二装置における複合採字方式の採字盤部分の欠如について、間接採字を行うことができないから改悪というが、そのようなことはない。活字中一定の簡単な文字、又は、記号については、むしろ直接採字の方がはるかに迅速正確な採字が行われ、その範囲は、原告の主張よりははるかに広いものであり、すべての活字が間接採字に適合しているというのは、実情を無視した議論といわなければならない。
まず、原告は、任意の交換可能な文字盤の交換に伴いこれに対応する採字盤範囲を交換可能ならしめていることを補助的な(e)の要件と主張するが、特許請求の範囲の項にある、交換可能な「文字盤」の交換ということについては、発明の詳細な説明の項の中で全く説明されていない。すなわち、発明の詳細な説明の項中では、文字盤1と文字盤部分6を明確に区別し、交換するのは、文字盤部分6に限られ、文字盤1の交換は記載されていないし、交換可能性の趣旨も汲みとることはできない。原告は、右(e)の要件に関しては、発明の詳細な説明の項の「文字盤部分6」の記載をもつて特許請求の範囲の項の「文字盤」の記載に代えようとするもので、特許法第70条に反して、特許請求範囲に基づかない主張をしているのである。右記載が、訂正審判で訂正されれば格別、そうでない以上、本件特許発明の要件として文字盤部分の交換を主張することは許されない。
被告ら第一装置については、文字盤部分の交換に応じ、採字盤部分の交換は可能であるが、本件特許発明のように文字盤を交換し、採字盤範囲を交換するということはない点、右本件特許発明構成要件を欠いている。
被告ら第二装置については、指示針は、常に一つであり、採字盤は、印刷体で、
交換できる採字盤部分はない。これに対し、本件特許発明は、指示針は、二個、又は、二個以上であり、文字盤の交換に伴い、これに対応する採字盤範囲は交換可能である。
更に、被告ら第二装置の採字盤は、印刷体で、しかもその一部は空白であり、その空白部分に対応する文字盤部分においては、間接採字をすることができず、直接採字をするほかはないという点、本件特許発明構成要件を充足しない。したがつて、被告ら第一、第二装置はいずれも本件特許発明技術的範囲に属しない。
また、原告は、間接採字の特徴が具備されている以上、要部が備わつているから、例外的に、間接採字が行えないことがあつても、実質的に本件特許発明の作用効果を具備しているから権利範囲に属すると主張するが、間接採字の思想が公知であり、本件特許発明の要部たりえない以上、指示針、採字盤の交換性が要部であり、そうすれば、被告ら第二装置の右指示針の移動用軸利用の技術的思想及び採字盤の非交換性、採字盤と無関係な文字盤のみの交換可能性は、要部において本件特許発明と相違し、被告ら第二装置は、本件特許発明技術的範囲に属しないことは明らかである。
(五) 先行技術及び公知文献について1 原告の反論(一)に対して 原告自身が、写真植字機を「写真のタイプライター」と宣伝して来たように、写真植字機は、和文タイプライターにきわめて近似し、和文鋳造機ともども採字については、従来より工夫がこらされ、既に、昭和の初期より文字盤と採字盤とを連動せしめた指示針で指示する間接採字の思想は確立し、実用化されてきたものである(前掲乙第一号証)。特許庁も、具体的に本件特許発明の審査過程において引用したものはなかつたが、一般的に写真植字機の審査には、常にタイプライターの公知文献が引用審査されてきたものである。
写真植字機における間接採字は、被告ら第一、第二装置においては、その一部であり、原告主張の作用効果について、(1)直接採字の場合においても、その構造上採字用の光源が直接目に入るものではなく、ましてや印字用の光源が直接に目に入るものでもない。あくまでも採字の際は直接採字においても右いずれの光源も直接に目に入ることはなく文字が認識されるようになつており、間接採字方式において採字用の光源が目に入らないということは顕著な効果といえず、(2)文字盤の文字を小さくし、したがつて機械の床面積を小さくできるというのは、原告の写真植字機の間接採字方式以前に、写真植字機の作用効果そのものとして認められ、採字方式いかんにかかわらず、文字の拡大縮少、変形ができていたものである。原告主張のように、本件特許発明の「写真植字機における間接採字装置」でそうなつたものではない。その作用効果は、写真植字機自体の作用効果で、その直接採字方式においても、文字盤の文字を小さくし、機械の床面積をいくらでも小さくすることはできるのである。
したがつて、原告の主張する写真植字機機械そのものの作用効果はとも角として、その採字方式の間接採字の思想は、何ら目新しいものではなく、本件特許発明は、本来ならば、特許権として登録されるべきものではなく、登録されたとしたならば、文字盤に対応した複数の指示針を要部として許可されたものとしてみるほかはない。
原告は、写真植字機における間接採字は、本件特許発明を嚆失する趣旨のことを述べているが、写真植字機の間接採字方式は、本件特許出願に先立つ昭和三〇年二月アメリカのザ・インランド・プリンター誌(乙第八号証の一ないし四、第一〇号証の一ないし三)に公開されていたものである。その方式は、円筒状曲面内に配列された文字盤、シリンダー曲面採字盤及び倍率パーから成つており、それが三者連動して採字を容易ならしめているものである。
原告は、右ザ・インランド・プリンター誌記載のものは、間接採字であるとはいつても、本件特許発明とは、方式を異にするものであり、本件特許発明が新規なものであつたことには疑いの余地はないと主張するが、本件特許発明の明細書中、
「円筒状の曲面内に配列された文字盤からの採字等にも利用しうる」、「後者は円筒面状の文字盤を平面に展開したと仮定したときに得られる仮想的文字盤を前記文字盤1と考えることより、また仮想的文字盤と結合すべき文字枠5をラツク、歯車等の連結を用いて全く同様に採字して行くことが可能となるのである。」(公報一頁右欄二四行から三一行)の記載は、右引用文献とほとんど同一で、原告自身、右シリンダー応用方式を間接採字の一方式として認識していたものである。
2 原告の反論(二)に対して 原告は、被告主張の右引用文献の間接採字方式の作用効果について、種々欠点をあげているが、問題は、本件特許発明出願前に、写真植字機の間接採字方式の技術的思想があつたか否かという点で、操作が容易であるか否か等は全く無意味なことである。
原告は、前述のとおり、ザ・インランド・プリンター誌記載のものは、本件特許発明とは方式を異にすると主張するが、理由がない。すなわち、本件特許発明は、
本件特許発明の公報の記載によれば、何ら方式を限定していない。本件特許発明の特許請求の範囲の記載から見る限り、原告が主張する(a)ないし(e)の五要件を具備すれば足り、方式の限定はされていないのである。本件特許発明発明の詳細な説明の項にも、文字盤が複数個の平面上に載置された場合及び文字盤が円筒状の曲面内に配置された場合については記載があるが(公報一頁右欄二二行ないし三一行)、これらの場合についての方式は示されていない。要するに、本件特許発明は、(a)ないし(e)の要件を具備する限りどのような方式の写真機にも権利が及ぶものである。ところで、ザ・インランド・プリンター誌記載のものは、少なくとも原告主張の本件特許発明の主たる構成要件(a)、(b)、(c)の三要件のすべてを具備する。すなわち、その採字盤(5)は、直接機体に取り付けられていて、右(a)要件を具備し、採字盤(5)から倍率バー(指示針)によつて文字を選択すると、文字盤上のネガ文字がカメラレンズ前方に自動的に定置して写植される点では、右(b)、(c)の要件をも具備するものである。原告主張の本件特許発明構成要件(a)、(b)、(c)が、本件特許発明出願前公知であつたことは明らかである。
3 原告は、複合採字方式において直接採字方式は間接採字方式に比し優れた作用効果を有していないと主張するが、その効果は全く無視することはできない。原告が主張する文字の使用頻度についても、印刷文書の種類により一概にいえず、直接採字が多く占める場合も少なくない。また、交換文字盤の貯蔵処理の点にも長所を有することは既述のとおりで、更に、文字を直接に採字することは、原告も認めるとおり直接的であるが故、誤採字は少なく、いずれにせよ、間接採字のほかに直接採字を併用出来ることはきわめて優れた長所である。
原告は、間接採字方式の文字盤を直接に採字することもできると主張するが、それは、たまたま結果的に可能であるだけの話で、被告ら第二装置のように、当初から直接採字方式を組み入れた技術的思想はない。また、この併用方式のため、採字を困難にしたこともないし、改悪でもない。
なお、被告らは、販売開始の際、原告から警告書を受けたものであつて、本格的な販売活動を開始していなかつた。被告らが、被告ら第一装置を展示会にて展示し、あるいは賞金を出して被告ら第一装置のペツトネームを募集することは、まさに新製品の販売のための準備行為とみるのが一般で、試作品に対する顧客の購買反応を探るため、このような展示会を開くことは稀ではなく、そのため、もとより製品自体の展示と価格は、表示されても何らおかしなことではない。
(六) 原告の本件特許権に基づく差止請求は、権利の濫用であつて許されない。
本件特許発明の出願は、昭和三一年一〇月四日で、前述の乙第八号証の二ないし四の文献公開後約一年半後であるが、その時期からいつて、出願人はたまたま外国雑誌で知つた右間接採字の技術的思想を我が国でいち早く特許出願した発明冒用の疑いがきわめて強く、原告は他人の間接採字方式の実施行為を侵害行為云々する権利はないとものといわなければならない。
このように、歴然とした公知技術の特許権化は、万人共有の財産を個人が独占するものといわなければならず、仮に形式的に権利として登録されたとしても、他人の実施差止める権利は与えられていないものといわなければならない。
原告は、本件特許登録以来一度も実施せずに、既に一三年を経過したのであるが、その理由は、原告の直接採字方式の写真植字機及び付属品を含む販売及び訓練が、既に間接採字方式装置に変更できないまでシステム化されたが故に実施しないものと思われる。
本件特許権は、前述のとおり出願前に公知文献があり、実質的な無効原因を有するもので、本来ならば特許権の登録が取消さるべき運命にあつたものである。旧特許法上手続的に無効の主張が制限せられているが、このように権利が名目だけで単なる形骸にすぎない場合は、その運用において、正義と衡平の実現が計られなければならない。
以上の各事実に照らせば、本件特許権に基づく本訴差止請求は、権利の濫用というべきであつて、許されない。
三 被告らの主張に対する原告の反論(一) 公知文献に基づく被告らの主張に対する反論(その一)1 被告らは、乙第一号証を引用し、本件特許発明の特徴のうち(a)、(b)は公知であると主張している。
しかし、被告らの引用するものは、タイプライター又は鋳植機に関するものであつて、写真植字機についての発明であり、かつ、写真植字機について特別の作用効果をもたらすものである本件特許発明の各特徴の新規性を攻撃する根拠とはなりえないものである。以下この点を明らかにする。
2 写真植字機は、活字を用いずに光学的化学的な処理によつて印画紙・フイルムなどの感光物に印字をしていくもので、グーテンベルグ以来約五〇〇年間続いてきた活字による印刷を、根本から変革するものといわれている。この意味で、活版・和文タイプライター・鋳植機等の旧来の活字を用いた分野のものとは、明確に一線を画するものである。すなわち、タイプライターは、活字の文字面をカーボンテープ等を介して紙に押しつけ文字を生成し、鋳植機は、同様に押圧により文字を生成する活版用の活字を鋳造・配列するための機械で、いずれも、いわゆるプレスプリンテイングに属するもので、物理的力を必要としない写真植字機とは全く異なるものである。更に、大きな違いは、写真植字機においては、文字を種々の大きさ・形状に交換できるので、文字盤上の一文字が数百種類の文字に相当し、八千字から九千字を収容した文字盤は、実際には、数百万の文字を収容していることになる。和文タイプライター・鋳植機には、このようなフレキシビリテイはなく、収容された大きさ・形状の文字しか得られず、文字の大きさや形状を変化させるには、活字や母型を交換しなければならない。すなわち、写真植字機に装填される一組の文字盤と同一機能を果させようとするならば、数百万本の母型を必要とする。しかも、書体を種々変換することを考えれば、この差はますます大きくなり、また和文タイプライター・鋳植機では機械的にみても同一機械で写真植字機のように二ミリメートル角程度から六センチメートル角程度の文字を処理できるようなものはない。更に、異なる大きさ・形状の文字を混植する場合の手数などからみても、写真植字機が画期的なものであることは疑いない。このように、写真植字機は、タイプライター・鋳植機の類いと、とうてい同視することのできないものである。
3 写真植字機における間接採字の採用(本件特許発明)は、次のように、タイプライター・鋳植機の場合には見られない特有の作用効果を有する。
(1) 採字用の光源が直接目に入らない。
(2) 文字盤の文字が小さくすることができる。したがつて、機械の床面積を小さくできる。
右(2)の作用効果は、間接採字による可読性の向上(ポジの文字であるための読みとりやすい)によるものである。かくて、採字盤や文字盤も小さくすることができ、せまい視野での採字が可能となり、文字盤の移動距離も少なくて済む。
採字盤・文字盤の占めるスペースも小さくすることができる。写真植字機においては、文字を小さくしても、拡大・縮少・変形できることに変りはないか、大きい文字の場合と全く同一の機能を果すことができる。このようなことは、和文タイプライター・鋳植機等の場合はありえない。それらは、文字を小さくすると、小さな文字しか打てなくなり、機能の変化を伴なわざるをえないからである。右(2)の作用効果が、写真植字機に特有のものであることは明らかである。
右(2)の作用効果は、現在市販されている写真植字機の文字盤を比較すると、
更に明らかになる(甲第四号証の一ないし三は、写真植字機の文字盤の原寸大の写真である。甲第四号証の一は、原告の製品、同号証の二は、訴外株式会社モルサワの製品であり、いずれも、直接採字式の写真植字機において使用するものであるが、同号証の三は被告の製品であり、間接採字式において使用するものである。甲第四号証の一及び二は、長年の経験により直接採字式では限界と思われる大きさ(小ささ)のものであるが、甲第四号証の三は、これよりはるかに小さい。被告の写真植字機が間接採字方式の利点を生かして、植字機能に影響を与えることなく機械の床面積を小さくしていることは疑いがないのである。)4 以上のように、写真植字機における間接採字方式の意義には、和文タイプライター・鋳植機におけるそれとは異なる特有のものがあり、被告らの引用する文献等によつて本件特許発明の各要件の新規性を否定することは失当としなければならないものである。この点については、特許庁における本件特許出願の審査に当つて被告らの引用する文献等が全然引用されなかつたことも、これらが写真植字機についての先行技術となりえないことを示すものということができるのである。
(二) 公知文献に基づく被告らの主張に対する反論(その二)被告らは、一九五五年二月発行のザ・インランド・プリンター誌(乙第八号証の二ないし四)を引用し、同誌掲載のフオトタイプセツターが本件特許発明と同一であるかのように論じ、更には、本件特許発明、右フオートタイプセツターの発明の冒用であると誣いるまでに至つているが、これは、全くの誤りである。
右フオトタイプセツターは、間接採字であるとはいつても、本件特許発明とは方式を異にするものであり、本件特許発明が新規なものであつたことは、疑いの余地はない。このフオトタイプセツターの特徴は、右ザ・インランド・プリンター誌の記載から見て、次のようなものである。
1 マグニフアイングバー(指示針に相当)が機体に直接固定され取り付けられている。
2 ネガテイブレプリカ(文字盤に相当)とインデツクス(採字盤に相当)が、同一シリンダーの上半、下半にそれぞれ取り付けられ、シリンダーの回転によつて両者が、マグニフアイングバーに対し相対運動を行う。
3 ネガテイブレブリカ上のキヤラクター(文字)に対応するインテツクス上のキヤラクターが、マグニフアイングバーに指示されるようインデツクスとネガテイブレブリカとを取り付けたシリンダーを回転運動させた場合に、ネガテイブレブリカの必要キヤラクターが印字に必要なセツト位置にくる。
右のように、ザ・インランド・プリンター誌掲載のものは、指示針(マグニフアイングバー)を機体に固定し、文字盤(ネガテイブレプリカ)と採字盤(インデツクス)を一体となし、採字盤(インデツクス)上の文字を指示針(マグニフアイングバー)位置に持つてくることにより採字をするもので、右1、2、3の特徴を本件特許発明の特徴(a)、(b)、(c)と対比すれば明らかなように、本件特許発明とは方式を全く異にするものである。また、(d)、(e)の特徴については何ら記載がない。
本件特許発明においては、採字盤を固定にして採字文字が常に一定位置にあるようにし、固定の採字盤中より採字文字を選ぶようにして採字を容易にしている。このように採字盤を固定して文字を一定位置にあるようにしてこそ、間接採字の有効性を十分に発揮させることができる。また、採字盤が固定で、採字時に移動させるものは、文字盤と指示針の部分のみであるため、移動部分が重くなることがない。
手動写真植字機においては、これら移動部分の移動は、オペレーターの手により行われるのであるから、移動部分が軽いかどうかということは、採字性・疲労度という点で非常に重要な意味をもつている。これらの点は、本件特許発明に不可欠の事項である。
しかるに、ザ・インランド・プリンター誌掲載のものにおいては、ネガテイブレプリカ(文字盤)とインデツクス(採字盤)とをシリンダーに取り付けて回転移動させており、採字文字がインデツクスの回転によつてその都度位置を変えてしまい、回転中のインデツクスから採字文字を選ばねばならない。これは、従来の直接採字方式が有していた欠点と同じものである。また、ネガテイブレプリカとインデツクスを移動させねばならないので、移動部分は、大きく、かつ、重くなり、このような方式では、採字性、操作性が悪く、オペレーターも疲労しやすい。更に、
ザ・インランド・プリンター誌のものには、本件特許発明に不可欠の特徴のひとつである複数書体等の文字盤について、一つの採字をするというような思想については、全然記されてない。
以上のように、ザ・インランド・プリンター誌のものは、本件特許発明とは方式が異なり、本件特許発明の特徴は、右プリンター誌によつて何ら明らかにされておらず、右プリンター誌のものは本件特許発明の同一先行技術とはいえず、両者は、
全く無関係であつて、被告らの冒用云々という主張は、見当違いもはなはだしいものである。
(三) 被告らのいわゆる複合採字方式について1 被告らは、被告ら第二装置につき、複合採字方式という名称を案出している。
しかし、これは適当ではない。
それは、特殊な文字記号の文字盤に対応する採字盤部分を欠いているにすぎないからである(その文字盤部分の占める面積は、文字盤全部の面積の約一二分の一である。)しかも、間接採字方式において、直接採字を行うことは、もとより可能であるから、採字盤部分を除去することは、直接採字を行うために必要なことではない。無用なことである。
否、むしろ、そのままでは間接採字を行うことができないから、改悪である(ただし、被告らの右装置で対応する採字盤部分を欠く文字盤について、あらかじめ用意した採字板ないし紙を所定位置に置くことによつて、間接採字を行うことは可能である。被告らの装置は、本来間接採字用の装置であつて、指示針と採字盤を備えており、採字盤の一部に文字ないし記号が記されていないだけであるから、その部分に採字用の板なり紙を置けば足りるのである。被告らがユーザーにこのような措置を示唆している疑いもある)。しかし、その改悪は、ごく一部に加えられたにすぎないし、被告らが自ら間接採字の意義が少ないと称している文字ないし記号についてのものである。したがつて、被告らの装置が、全体として本件特許発明の構成と効果を備えていると評価することに何の支障も存しないし、間接採字方式と呼ぶことにも何の問題もないのである。
2 また、被告らは、常用範囲外での直接採字の有効性を強調するが、採字性という点から常用範囲外についても、間接採字の方が優れていることは明らかである。
すなわち、常用範囲外の文字等は、前述のように使用頻度のごく低いものであり、
このような採字しなれていないものを通常の採字方式(間接採字)と異なる採字方式(直接採字)で、しかも、文字等が裏返しになつている文字盤から直接採字することは、かなりオペレーターに負担を強いるものである。例えば、矢印などの場合、左向きのもの(←)を印字したい通常行なつている間接採字の方式で考えれば、素直に左向き(←)のものを採字すれば良いが、これを直接採字方式で採字する場合、文字盤の文字等は、裏返しとなつているので、右向き(→)のものを採字せねばならない。図形、記号、アルフアベツト等ではこのような場合が多々あり、
誤採字をするおそれも多いし、判別に注意を要するため採字時間も長くなつてしまう。漢字についても間接採字から直接採字へ切換えると突然文字が裏返しに、しかもネガ状で、見慣れない文字によるため、同様のことがいえる。このように被告ら第一、第二装置は、採字盤の交換を省き、かえつて採字を面倒なものにしたにすぎない。
3 本件特許発明の(e)の特徴を有するものであつても、採字盤の交換の有無とは関係なしに、文字盤を直接見て直接採字をすることが可能である。すなわち、直接採字は、採字盤いかんにかかわらず実施可能なもので、採字盤が交換不能であるから直接採字ができるというものではなく、採字盤が交換可能であつても、直接採字はできるものであり、本件特許発明と被告ら第二装置は、直接採字ができるかどうかという点では全く同一である。にもかかわらず、被告らが、常用範囲外の文字盤使用例としてあげている。数字だけで数十頁もの対数表等の組版をするような場合には、当然間接採字で採字した方が優れていることは明らかであるにもかかわらず、被告らは採字盤を交換不能にして、わざわざ間接採字ができないようにしているのである。
まれには、常用範囲外の採字文字が一字程度で、オペレーターが文字位置を知つているなどで容易に直接採字でも採字盤ができるような時に、オペレーターが採字盤を見たり交換したりせずに直接採字するようなことがあるとしても、常用範囲を間接採字方式としたならば、常用範囲外も間接採字を可能にしておくことが当然であり、上述のように採字盤を交換不能にして得られた格別の積極的効果はなく、かえつて、採字を難しくしたにすぎず、このような被告ら第二装置は、本件特許権に対する侵害を免れるためにささいな改悪を加えたものにすぎず、依然として本件特許の権利範囲に属するものと評価されるものである。
4 被告らは、当初被告ら第一装置を製造し販売活動を始めていた。被告リヨービ印刷機販売株式会社(旧商号株式会社晃文堂)のカタログ(甲第三号証)は、昭和四六年四月京都の展示会で入手したものであるが、これが試作品についてのパンフレツトであるなどということは、白々しい限りである。同被告会社のリーフレツト(甲第五号証)も同じ被告ら第一装置についてのものであるが、このように賞金を出してペツトネームを募集するなどということを試作品についてやるものはいないであろう。また同被告会社のカタログ(甲第六号証ないし第八号証)は、昭和四六年五月の晴海で行なわれた印刷機械展で、被告らが、広く頒布したものであるが、
これも試作品であるというのであろうか。
試作品に値段を附けるというのはどういうことであろうか。
原告は、かかる被告らの営業活動に対して、昭和四六年二月に警告状を発した。これに対して、被告らは、暫く沈黙した後、三月に至つて、試作品であつたといい出したのである(甲第九号証)。そして被告ら第一装置を基にして採字盤と指示針に僅かな変更を加えた被告ら第二装置の製造販売を開始したのである(被告ら第一装置の販売活動をやめたとはいえない。甲第三号証、甲第六号証ないし第八号証は、
いずれもその後に頒布されたものである)。すなわち、被告ら第二装置は、本件特許権の明らかな侵害品(被告ら第一装置)にささいな変更を加え、権利侵害を免れようとする試みの結果である。
しかし、以上述べたとおり、これも本件特許発明の権利範囲に属することを免れえないのである。
証拠関係(省略)
理 由一 被告リヨービは被告ら第一装置を有する写真植字機を現在製造していることを、被告リヨービ販売は同写真植字機を現在販売していることを争い、今後も製造あるいは販売する意図がない旨主張するので、まずこの点について判断する。
成立に争いがない甲第三号証、第五号証ないし第八号証、第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二、第一三号証によれば、被告リヨービが昭和四五年一一月ころ(旧商号株式会社菱備製作所当時)被告ら第一装置を有する写真植字機の製造を、被告リヨービ販売がそのころ(旧商号株式会社晃文堂当時)その販売を各開始したことが認められるけれども、被告らが現在同写真植字機を製造販売し、あるいは将来製造するおそれがあるとの立証はなく、かえつて証人【A】の証言によれば、被告らは現在同写真植字機を製造販売しておらず、且つ将来これを製造販売する意図も有しないことが認められる。
そうすると、原告の本訴請求のうち被告リヨービに対する同写真植字機の製造、
被告リヨービ販売に対するその販売の各差止めを求める部分は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。
二 次に、被告リヨービが被告ら第二装置を有する写真植字機を現に製造し、被告リヨービ販売がそれを現に販売していることは当事者間に争いがないから、被告らの右行為が本件特許権を侵害するか否かについて検討する。
(一) 原告が本件特許権の特許権者であること、本件特許発明の特許請求の範囲の項の記載が公報の該当項記載のとおりであること及び被告ら第二装置が別紙第二図及び第二図の説明記載のとおりの構造を有する間接採字装置であることは、当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いがない甲第二号証(公報)によれば、本件特許発明は次の構成要件からなるものであると認められる。
(A) 写真植字機において、文字盤又は仮想文字盤の各文字に対応するように記した採字盤が機体の一部に直接取りつけられていること。
(B) 文字盤枠又は仮想文字盤枠に指示針を取り付けるなり、あるいはまたパンタグラフ的機構等により文字盤の運動と指示針の運動とを関連付けるなりして、両者が互に一定の関係をもつて相対運動を行うようにしてあること(C) 指示針が文字盤上の一定範囲の文字に対応する採字盤上の文字を指示し、
文字盤上の必要文字を所定のセツト位置に持つてくるようにしてあること。
(D) 前記範囲内の一定範囲と文字の配列が等しく且つ文字の大きさ、書体を異にする文字盤の前記範囲外の範囲に亙る採字を前記指示針位置以外の位置に指示針を取り付けることによつて、前記採字盤を使用して行うことを可能ならしめていること。
(E) 任意の交換可能な文字盤の交換に伴い、これに対応する採字盤範囲を交換可能ならしめていること。
(F) 写真植字機における間接採字装置であること。
(三) 前認定の本件特許発明構成要件及び被告ら第二装置の構造に基づき、本件特許発明と被告ら第二装置とを対比する。
1 被告ら第二装置においては、採字盤のうち、別紙添付第二図のEの部分の一部は、文字盤のCの対応部分の各文字に対応するように文字が配列されているが、Eの部分の右以外の部分には文字の配列がなく、その文字の配列のない部分を、他の文字の配列のある採字盤部分をもつてきて、これと交換することはできない(上記の点は、原告自身もこれを認めているところである。)。すなわち、被告ら第二装置は、「任意の交換可能な文字盤の交換に伴い、これに対応する採字盤範囲を交換可能ならしめていること」という本件特許発明の前記構成要件(E)を充足しない。被告ら第二装置の採字盤の前記文字の配列のない部分に対応する文字盤部分は、右部分の文字を直接採字することによつて写真植字をすることになる。
原告は、本件特許発明構成要件(E)は常用範囲外の、使用頻度の少ない文字について間接採字を行うための補助的な要件であつて、被告ら第二装置はこの要件を欠いているためにその部分の間接採字ができなくても、本件特許発明の他の構成要件全部を備えているから常用範囲の文字については間接採字が行えるという本件特許発明の要部を使用するものであり、本件特許発明の権利範囲に属するものである旨主張する。しかしながら、本件特許発明構成要件(E)は、特許請求の範囲の項に記載されている事項であつて、公報によれば、本件特許発明の明細書の発明の詳細な説明の項にも、本件特許発明の構成として、「次ぎに交換し得る文字盤部分6の範囲に対応せしめた採字盤部分7を適宜に挿入せしめ得る如く設けたものである。」(公報一頁左欄三一行目ないし三四行目)と記載され、且つ右構成要件を含めた本件特許発明の構成を受けて本件特許発明の作用効果が記載されていることが認められ、反面明細書全体からみても構成要件(E)が本件特許発明技術的範囲を定めるについて除外すべき事項であることをうかがわしめる記載もない。構成要件(E)は本件特許発明の構成に欠くことができない事項として特許請求の範囲の項に記載されたものというべきであり、従つて本件特許発明技術的範囲構成要件(E)を含めた特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきであつて、構成要件(E)を補助的要件であるとしてこれを除外し、それ以外の構成要件のみをもつて本件特許発明技術的範囲を定めることはできないものというべきである。
原告はまた、被告ら第二装置が一部間接採字ができないという構成をとつているとしても、それは本件特許権に対する侵害を免れるためにささいな改悪を加えたものに過ぎないから、被告ら第二装置は本件特許発明の権利範囲に属する旨主張する。
原告の右主張は、本件特許発明構成要件(E)は本件特許発明にとつて補助的な要件であるという主張を前提とするものであると考えられるところ、「補助的」な要件という意味が、なくてもいいということを意味するものであるとすれば、その誤つていることは前に説明したところから明らかであり、またその意味が、本件特許発明の基本思想は写真植字機における間接採字方式そのものであつて、構成要件(E)はこの基本思想に対して補助的なものであり、被告ら第二装置が一部間接採字ができず、その部分は直接採字によるとしても、右装置は全体として本件特許発明を利用しており、一部改悪したに過ぎないとの意味であるとすれば、成立について争いのない乙第八号証の二ないし四、第10条証の二、三《本件特許出願前日本国内に領布されたとの立証はないが、本件特許出願日前である昭和三〇年(一九五五年)二月ごろアメリカ合衆国において領布されたと認められる月刊誌)により、写真植字機における間接採字の技術思想そのものは、本件特許出願前に既にあつたと認められるということ(原告は、本件特許発明における間接採字装置と前記乙号証記載の間接採字装置とはその方式を異にすると主張し、その細部の差異をいうが、細部の差異についてはともかく、右乙号証記載のものが間接採字方式の写真植字機であることは間違いないものと認められる。)、並びに本件特許発明の特許請求の範囲の項に前記(E)の要件の記載があることを併せ考えると、結局原告の右本件特許発明の基本思想は写真植字機における間接採字方式そのものにあり、前記構成要件(E)は補助的な要件に過ぎないとの主張は採用することができないことになる。右(E)の要件は、本件特許発明においての基本的な要件の一つをなすものと考えるべきであり、そうであるから右の要件を欠く被告ら第二装置については、それが本件特許発明の改悪形態をなすものであるかどうかを考えるまでもないと認められる。
原告は、被告ら第二装置では採字盤の一部に文字ないし記号が記されていないだけであるから、対応する採字盤部分を欠く文字盤について、あらかじめ用意した採字板ないし紙を所定位置に置くことによつて間接採字を行うことは可能である旨主張するが可能性があるというのみで、その特定にかかる被告ら第二装置が本件特許発明構成要件(E)を欠くことを自認したうえ、同装置を有する写真植字機の製造販売の差止めを求めるに止まつているものであり、被告らが、現にそのような採字装置を製造販売しているとか、将来するおそれがあるとかの立証をしないから、
原告の主張は採用し得るかぎりではない。
2 右のとおりであつて、被告ら第二装置は本件特許発明構成要件(E)を充足しないものであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件特許発明技術的範囲に属しないものというべきである。
そうすると、原告の本訴請求のうち被告リヨービに対する被告ら第二装置を有する写真植字機の製造、被告リヨービ販売に対する同写真植字機の販売の各差止めを求める部分も理由がない。
三 よつて、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
追加
第一図の説明第一図は、写真植字機における間接採字装置を示す説明図であり、図面中(1)は、文字盤を示し、(2)は機体に取付けられた採字盤を示す。
文字盤(1)は、一つの書体からなる文字を配列したAの部分と、これと書体又は大きさを異にする文字をAの部分と同一に配列した部分Bと、その他の文字を収容し得るC部分とから構成されている。
採字盤(2)のDの部分は、文字盤(1)のAまたはBの部分の各文字に対応するように各文字が配列されており、採字盤(2)のEの部分は、文字盤(1)のCの部分の各文字に対応するように各文字が配列されている。
文字盤枠(5)には、指示針(3)及び(4)が取付けられており、これらは、
文字盤の前後左右の運動と一体に運動し、文字盤枠を動かして指示針で採字盤上の必要文字を指示することにより、文字盤上の必要文字を所定の位置にセツトすることができる。文字盤<11890-001>のA又はCの部分の必要文字のセツトは、指示針(3)で採字盤のD又はEの部分の必要文字を指示することによつて行うことができ、文字盤のBの部分の必要文字のセツトは、指示針(4)で採字盤のDの部分の心要文字を指示することによつて行うことができる。
文字盤のCの部分は、必要によりその一部を交換することが可能であり、これに対応する採字盤部分Eの各部分も必要により交換可能である。
第二図の説明第二図は、写真植字機における採字装置を示す説明図であり、図面中(1)は、
文字盤を示し、(2)は、機体に取付けられた採字盤を示す。
文字盤(1)は、一つの書体からなる文字を配列したAの部分と、これと書体又は大きさを異にする文字をAの部分と同一に配列した部分Bと、その他の文字を収容しうるC部分とから構成されている。
採字盤(2)のDの部分は、文字盤(1)のA又はBの部分の各文字に対応するように各文字が配列されており、採字盤(2)のEの部分は、一部を除き文字盤のCの部分の各文字に対応するように各文字が配列されている。
文字盤枠(5)には、軸(6)が固着されている。この軸の両端部には溝(3)′及び(4)′が設けられており、軸(6)上を移動する指示針(3)を仮に固定する。指示針(3)はこの固定位置において文字盤の前後左右の運動と一体に運動し、文字盤枠を動かして指示針で採字盤上の必要文字を指示することにより、文字盤上の必要文字を所定の位置にセツトすることができる。
文字盤のA又はCの部分の必要文字のセツトは、C部分の一部を除き、溝(3)′の位置に固定された指示針(3)で、採字盤Dの又はEの部分の必要文字を指示することによつて行うことができ、文字盤のBの部分の必要文字のセツトは、溝(4)′の位置に固定された指示針(3)で採字盤のDの部分の必要文字を指示することによつて行うことができる。
<11890-002><11890-003><11890-004><11890-005><11890-006>
裁判官 高林克己
裁判官 清永利亮
裁判官 木原幹郎