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関連審決 無効2003-35042
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11行ケ431審決取消請求事件 判例 特許
平成7ワ23005 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成17行ケ10309審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  寄せ集め /  周知技術 /  公知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  同一の発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  優先権 /  共有 /  抵触 /  援用権(援用) /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  侵害 /  設定登録 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10058号 審決取消請求事件
原告 大機エンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁護士 溝上哲也
同 岩原義則
被告 ダイソー株式会社
訴訟代理人弁護士 滝井朋子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/04/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35042号事件について平成15年11月5日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「酸素発生陽極及びその製法」とする特許第2574699号発明(平成元年4月21日出願,平成8年10月24日設定登録,以下,「本件発明」といい,その特許を「本件特許」といい,本件特許に係る特許出願を「本件特許出願」という。)の特許権者である。
原告は,平成15年2月7日,本件特許につき無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2003-35042号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理した上,同年11月5日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月17日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に350〜550℃の熱分解温度で白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写しのとおり,(@)本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の記載は,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項及び4項(以下「特許法旧36条3項及び4項」という。)に規定する要件を満たさないものであり,(A)本件特許出願は,明細書の要旨を変更する手続補正書が提出された平成4年8月5日にされたとみなすべきであり(注,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条〔以下「特許法旧40条」という。〕),そうすると,本件発明は,その出願前に頒布された刊行物である特開平2-247393号公報(甲10,以下「甲10公報」という。),特開平2-263999号公報(甲11,以下「甲11公報」という。)等に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,(B)仮に,上記明細書の要旨変更がないとしても,本件発明は,(イ)特開昭63-235493号公報(甲4,以下「甲4公報」という。)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)と,特開昭48-40676号公報(甲1,以下「甲1公報」という。),特開昭59-96287号公報(甲2,以下「甲2公報」という。),特開昭53-95180号公報(甲3,以下「甲3公報」という。),特開昭56-71821号公報(甲5,以下「甲5公報」という。)及び昭和62年11月30日東京大学出版会発行,堂山昌男ら編「材料テクノロジー9 材料のプロセス技術[T]」138〜141頁(甲6,以下「甲6文献」という。)に記載された発明とに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり(以下,この主張を「無効理由イ」という。),(ロ)甲1公報に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と,甲3公報,甲5公報及び甲6文献に記載された発明とに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり(以下,この主張を「無効理由ロ」という。)又は,(ハ)甲2公報に記載された発明(以下「甲2発明」という。)と,甲3公報及び甲1公報等に記載された発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(以下,この主張を「無効理由ハ」という。)ので,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるとの請求人(原告)の主張をいずれも排斥して,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件明細書の記載が特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たさないものであることを看過し(取消事由1),また,平成4年8月5日付け手続補正書(甲9,以下「平成4年補正書」という。)等による補正が明細書の要旨を変更するものであることを看過した(取消事由2)結果,甲10公報及び甲11公報は,本件特許出願後に頒布された刊行物であって,それらに基づく特許法29条2項違反の主張は採用することができないとの誤った判断をし,さらに,無効理由イについて,本件発明と甲4発明との相違点(A)及び(B)に関する判断ないし認定判断を誤り(取消事由3,4),無効理由ロについて,本件発明と甲1発明との相違点(b)に関する判断を誤り(取消事由5),無効理由ハについて,本件発明と甲2発明との相違点(@)に関する判断を誤った(取消事由6)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(明細書の記載不備の看過) (1) 本件審判事件において,請求人である原告は,本件明細書の記載においては,@非晶質のタンタルと結晶質のタンタルとの作用の差が不明であり,Aβ-タンタルの形成,効果についての開示ないことから,当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,また,特許を受けようとする発明が,発明の詳細な説明に記載されたものでないとして,明細書の記載不備を主張したのに対し,審決は,上記@及びAのいずれの点についても理由がないとした(審決謄本8頁最終段落〜10頁第2段落)が,以下のとおり,誤りである。
(2) 非晶質のタンタルと結晶質のタンタルとの作用の差が不明である点 本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(甲7,以下「当初明細書」という。甲36はその公開公報である。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,「バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性物質被覆層との間に,金属タンタル又はその合金を主成分とする薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極」というものであった。
その後,審査請求の際,平成4年補正書(甲9)による補正によって,上記請求項1の記載は,「バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性物質被覆層との間に,金属タンタルを主成分とする薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極」(下線は補正部分を示す。この項において同じ。)と補正されたが,平成5年6月16日付け拒絶理由通知(甲12,以下「甲12拒絶理由通知」という。)により,甲10公報記載の「タンタルからなる非晶質層」を有することを特徴とする電解用電極(請求項1,2)の発明と同一であるとして,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由が通知された。そこで,平成4年補正により追加された発明の詳細な説明中の「結晶性の金属タンタル」という記載を根拠として,平成5年9月10日付け手続補正書(甲13,以下「平成5年補正書」という。)による補正によって,上記請求項1の記載は,「バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に白金族金属又はその 酸化物 を含む電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性物質被覆層との間に,スパッタリング法により形成 された 結晶性 金属タンタルを主成分とする薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極」と更に補正された。
以上のように,本件発明は,甲10公報記載の発明との重複を避けるために「金属タンタル」を「結晶性」のものに限定したものであるが,この点について,拒絶査定に対する不服の審判における審判官は,「溶射技術によるもの及び非晶質によるものの各中間層と本願結晶質(スパッタリング法)との電極耐用性のデータが不明」との質問をしたにもかかわらず,「スパッタリングで非晶質タンタル層は形成できず,この点の対比成績が出ない」との応答がされたのみであり,審判官は,結局のところ,「非晶質層と結晶質の作用の差不明の点については理解しなかった」としている(甲14)。すなわち,本件発明については,スパッタリング法により形成するタンタルを,何ら限定のないものから「結晶性金属タンタル」に補正していながら,肝心の非晶質層と結晶質層の作用の差について何ら応答せず,かつ,非晶質層と結晶質層との作用の差が不明なまま,特許請求の範囲の請求項1に「結晶性金属タンタル」との記載がされていることになる。したがって,この点について,当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的,構成及び効果が開示されているということはできず,本件明細書が特許法旧36条3項に規定する要件を満たさないものであることは明らかである。
(3) β-タンタルの形成,効果についての開示がない点 結晶性金属タンタルには,α-タンタル(体心立方構造)とβ-タンタル(正方晶系構造)が存在する(甲17参照)ところ,設定登録に係る本件明細書(甲35,以下「登録明細書」という。)においては,本件発明の実施例として,「α型結晶構造を持つ金属タンタル」(3頁左欄第1段落)を主成分とする薄膜中間層を設けた例が記載されており,また,甲12拒絶理由通知に対する応答として被告が提出した平成5年9月10日付け意見書(甲15,以下「甲15意見書」という。)に添付された]線解析図(甲16,以下「甲16解析図」という。)も,α-タンタルスパッタリング被膜に関するものである。にもかかわらず,登録明細書の特許請求の範囲の請求項1においては,β-タンタルまでもが含まれるかのような「結晶性金属タンタル」との記載がされているから,登録明細書の記載は,特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たさないものというべきである。
そもそも,特開昭58-141509号公報(甲18,以下「甲18公報」という。)に示されるとおり,本件特許出願当時の技術では,基板上に酸素基あるいは水酸基が存在することがβ-タンタルの形成に不可欠であって,特にチタンの基体上には,β-タンタルの形成が困難であった。したがって,仮に,本件発明が,登録明細書に実施例として記載されていないβ-タンタルをも含むものであるとすれば,どのようにしてβ-タンタルを形成させ,その結果,どのような効果を奏するのかをデータの裏付けをもって開示しなければならないというべきであるが,登録明細書の発明の詳細な説明には,この点について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に開示する記載はない。
また,出願人である被告の本件特許出願当時の認識としても,本件発明が,β-タンタルを含むものであると考えていたわけではない。被告は,審査段階で提出した甲15意見書において,「これに対し本願発明において形成される薄膜中間層は結晶性の金属タンタルである点で相違する。真空スパッタリングにより形成される金属タンタルが通常結晶性であることは参考資料1,2(特開昭63-185052号〔注,甲17〕,特開昭58-141509号〔注,甲18公報〕)及び参考資料3〔注,甲16解析図〕(本願発明電極中間層の]線回折図により結晶性を示すピークが認められる)によって明らかである。なお本願明細書(注,登録明細書)中には金属タンタル中間層が結晶性であるとの直接的な記載はないが,上記]線回析図により証明される」(6頁最終段落〜7頁第1段落)と述べているところ,上記引用に係る参考資料2である甲18公報には,従来技術として,「基板上に酸素基あるいは水酸基が存在することがベータタンタルの形成に不可欠な要件であ」った(1頁右下欄第1段落)旨の記載があり,さらに,基板上に酸素基あるいは水酸基が存在することがベータタンタルの形成に不可欠であったという当該課題を解決した甲18公報記載のβ-タンタル薄膜の形成方法の発明においても,「ベータタンタルが生成されなかった唯一の材料はチタンであった」(2頁右上欄第1段落)と記載されているのであるから,被告の本件特許出願当時の認識においては,スパッタリング法により形成されるのは,α-タンタルのみであると考えていたことは明らかである。加えて,被告が甲15意見書に添付した甲16解析図は,α-タンタルのみから成るスパッタリング被膜を対象とするものであると認められるから,被告は,本件発明の中間層となる結晶性タンタルはα-タンタルであると認識し,そのことを前提に補正を行い,意見を述べたとみるほかはない。
さらに,被告が本件特許出願後の平成6年12月26日(優先権主張日平成5年12月24日)に行った特許出願(以下「後願」という。)に係る明細書(甲29,以下「後願明細書」という。)には,「本発明者らは,酸素発生用不溶性電極において,チタン基体と電極活性物質被覆層との問にスパッタリング法によりβ-タンタル中間層を形成した陽極が,α-タンタル中間層タイプの種々の電極,例えばイオンプレーティングやプラズマ溶射,スパッタリング法で被覆したα-タンタル層を有する陽極のみならず,タンタル基板そのものに電極活性物質を被覆した電極よりも優れた機能を持つことを見出し,本発明を完成したものである」(段落【0006】)と記載されているが,この記載は,時期的に見て甲15意見書提出時における被告の認識を端的に表したものであるとみられる。すなわち,被告は,本件特許出願時において,β-タンタル中間層を形成した陽極が,α-タンタル層を有する陽極よりも優れた機能を有することを知見していなかったからこそ,後願を出願したものであり,後願明細書の上記記載は,そのことを被告自らが認めるものといわざるを得ない。
また,被告が,本件無効審判事件において,平成15年6月2日付けで提出した上申書に添付のデータには,100%α-タンタル結晶構造である基盤温度が275℃のデータと100%β-タンタル結晶構造である基盤温度が170℃のデータとが含まれており,このうち,基盤温度が275℃のものの]線解析図は甲16解析図に合致するから,甲15意見書の提出時には,上記平成15年6月2日付け上申書に添付のデータは,既に被告が保有していたものと考えるのが相当である。そうすると,被告は,保有するデータのうち,100%β-タンタル結晶構造である基盤温度が170℃のデータを使用せずに,100%α-タンタル結晶構造である基盤温度が275℃のデータのみを甲15意見書に添付したということになるから,被告は,甲15意見書の提出時点において,本件発明から,β-タンタルを意識的に排除し,α-タンタルに限定する意思を有していたものと理解することができる。
以上によれば,登録明細書の発明の詳細な説明は,β-タンタルの形成,効果について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に開示するものではない上,本件特許出願当時の被告の認識において,本件発明は,β-タンタルを対象とするものでないことが明らかであるにもかかわらず,登録明細書の特許請求の範囲の記載は,後に後願として特許出願したβ-タンタルを含む発明をも本件発明の技術的範囲に含むかのように記載するものであって,登録明細書は,特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たさないものというべきである。
2 取消事由2(補正による明細書の要旨変更の看過) (1) 本件審判事件において,請求人である原告は,平成4年補正書(甲9)及び平成6年1月13日付け手続補正書(甲19,以下「平成6年補正書」という。)における薄膜中間層の厚さを1〜3ミクロンとする補正は,明細書の要旨を変更するものであるので,本件特許出願は,特許法旧40条により,平成4年補正書が提出された平成4年8月5日にされたとみなすべきである旨主張した。これに対し,審決は,当初明細書(甲7,36)に,@「本発明の目的を達成するためには0.5ミクロン更に好ましくは1ミクロン以上の厚みを必要とする」(甲36の3頁左上欄第2段落)と記載され,A実施例1として,高周波スパッタリングにより,「厚さ3ミクロン」(同3頁右下欄第1段落)の金属タンタルを主成分とする中間層が形成されたことが記載されていることなどを考慮すると,「出願当初の明細書(注,当初明細書)には,1ミクロン以上であって3ミクロンまでの厚さの中間層,即ち,『厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層』が実質的に記載されていたと認めることができ,そして,この補正により,発明の構成に関する技術的事項が,実質的に出願当初の明細書に記載された事項の範囲内でないものとなると言うことはできない」(審決謄本10頁下から第2段落)と判断した。
(2) しかしながら,当初明細書の上記(1)@の記載から読み取れるのは,中間層の厚さの下限が「0.5ミクロン以上,好ましくは,1ミクロン以上」ということであって,上限に限定はない。他方,上記(1)Aの記載から読み取れるのは,実施例1が3ミクロンを取っているということであり,上記(1)@で示された数値の範囲内での一実施例を示したにすぎない。したがって,当初明細書の上記(1)の@及びAの記載からは,中間層の厚さの上限値が3ミクロンであることは読み取ることができないというほかはなく,他に,当初明細書には,中間層の厚さの「上限」を3ミクロンとすることに関する記載は全く存在しない。
にもかかわらず,平成4年補正書(甲9)は,発明の詳細な説明に,「通常厚み5ミクロン未満,特に3ミクロン以下が好ましい」(2頁下から第3段落)との記載を挿入し,中間層の厚さについての上限を初めて限定したものである。
(3) ところで,平成4年補正書(甲9)の提出時には,本件特許出願時には公開されていなかった甲10公報及び甲11公報が公開されているところ,当初明細書(甲7,36)の記載のままであれば,本件発明は,甲10公報ないし甲11公報に記載された発明と同一であるとして,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないことが予想されるものであった。このような時期に,出願人である被告は,当初明細書には全く記載されていなかった,金属タンタルが「α型結晶構造を持つ」(甲9の3頁第1段落)という点と,中間層の厚さが「3ミクロン以下」(同2頁下から第3段落)である点とを追加する補正をしたものであって,その意図が,本来,拒絶されるはずの出願を特許として成立させることにあったことは明らかである。すなわち,平成4年補正書による補正は,いわば補正によって未完成の発明を完成に導いたに等しいものである。
特許法旧40条の下において,明細書の補正が要旨変更となるかどうかは,出願当初の記載と補正後の記載を形式的に比較して決すべきではなく,むしろ,実質的に発明の本質ないしは実体に変更があるかどうかを比較すべきである(東京高裁昭和41年8月25日判決・行裁集17巻7・8号934頁参照)ところ,平成4年補正書による補正により追加された上記事項は,当初明細書の記載から自明なものではなく,当初明細書に記載した範囲内の事項ではないというべきであり,実質上,本件発明の要旨となる実施条件を追加する補正として,要旨変更になるとみるべきである。
(4) 以上によれば,要旨変更を認めなかった審決の上記判断は誤りであって,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかというべきである。
3 取消事由3(無効理由イに係る相違点(A)に関する判断の誤り) (1) 構成の容易想到性に関する判断の誤り ア 審決は,本件発明と甲4発明との相違点(A)として認定した,「上記中間層の形成手段について,本件発明ではスパッタリング法により形成されるものであるのに対して,甲第4号証(注,甲4公報)に記載のものでは,イリジウム化合物とタンタル化合物とを含有する溶液を塗布後,酸化性雰囲気中で熱処理して得られるものである点」(審決謄本12頁最終段落〜13頁第1段落)について,「甲第3号証(注,甲3公報)には,本件発明における中間層に相当する『基膜』をタンタルで形成し得ること,及びスパッタリングで形成し得ることが開示されているということができる」(同頁最終段落)と正当に認定しながらも,「甲第3号証の記載を精査すると,同号証に係る発明は,陽極被覆層の上層を構成する『ドーピング膜』と,中間層を構成する『基膜』との両者を,ともに真空中で付着させることを必須とするものであり,しかも,同号証には,当該発明の目的につき『両膜の付着が真空中で行なわれることにより達成される』・・・と,上記両膜を真空中で付着させる必要性が説明されている。してみれば,下地層及び酸化イリジウム層の両者を熱処理で形成する甲第4号証に記載の発明(注,甲4発明)に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証に記載の発明を適用し,もって,上層については甲第4号証に記載の熱処理で形成する一方,中間層については甲第3号証に記載されたスパッタリング等,真空中での付着を選択して行うことを,当業者が容易に想到したとすることはできず,したがって,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行うという,上記相違点(A)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(同14頁第1段落〜第2段落)と判断した。
イ 審決の上記アの判断は,甲3公報記載の発明におけるスパッタリングが「真空中」で行われるものであることを,甲4発明に対し,甲3公報記載の発明を適用することが容易でないことの理由の一つとしているものと解される。
しかしながら,昭和62年4月15日社団法人日本機会学会発行「機械工学便覧」(甲30)に,スパッタ蒸着について,「10-1〜10Pa程度の不活性ガス」中で行われる旨が記載されているとおり,スパッタリング法が,「真空」中で行われることを必須とするものでないことは技術常識であり,また,そもそも,「真空」といっても,「人為的には作り出せず,実際はごく低圧の状態をいう」(甲31)ものである。
他方,登録明細書(甲35)においては,本件発明におけるスパッタリングについて,「高周波スパッタリング装置(〜10-4Torr・アルゴンガス,高周波印加電圧2KVの条件)」(3頁左欄第1段落)を用いる例が実施例として挙げられているところ,133.32Pa=1Torrであるから,本件発明におけるスパッタリングも,「ごく低圧」すなわち「真空」中で行われるものといい得る。
以上によれば,甲3公報記載の発明におけるスパッタリングが「真空中」で行われるものであることが,甲4発明に対し,甲3公報記載の発明を適用することが容易でないとする理由になり得ないことは明らかである。
ウ また,審決の上記アの判断は,甲3公報記載の発明におけるスパッタリングが,「基膜」及び「ドーピング膜」の両者を「ともに真空中で付着させる」ことを必須とするものであることを,相違点(A)に係る本件発明の構成を想到することが容易でないことの理由としており,換言すれば,審決は,本件発明につき,中間層と電極活性物質層の形成方法を異ならせること,すなわち,スパッタリング法により形成させた中間層の表面に電極活性物質層を熱分解により形成させる点が特徴であると判断しているものと理解される。
しかしながら,そうであるならば,審決の理由においても,スパッタリング法と熱分解法とが同等のものではなく,置換が容易想到でないとする理由を示す必要があるというべきである。
仮に,本件特許出願当時,出願人である被告において,本件発明の特徴が中間層と電極活性物質層の形成方法を異ならせることにあるという認識であったとすれば,当然,当初明細書(甲7,36)中に,そうした構成を採用する理由や,その作用効果について記載していなければならないが,そのような記載は一切存在しない。かえって,当初明細書には,「本発明電極は電極基体の表面に金属タンタル又はその合金を主成分とする中間層を形成させるものであるが,金属タンタル又はその合金の薄膜を形成させる方法としては,公知の真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオン注入及び気相メッキ法等を挙げることができる。更に簡便な方法としてはタンタルエチラート等の有機金属化合物や金属塩化物を含むアルコール溶液を電極基体上に塗布し,乾燥後,窒素,アルゴン等の不活性ガス又は水素等の還元ガス雰囲気中300〜600℃に加熱して熱分解し金属タンタル又はその合金の薄膜層を形成させることができる」(甲36の2頁右下欄最終段落〜3頁左上欄第1段落)と,スパッタリング法が他の成膜法と並列的に例示されている。さらに,当初明細書においては,スパッタリング法によりタンタル中間層を形成した例が「実施例1」とされ,熱分解法によりタンタル中間層を形成した例が「実施例2」とされているところ,実施例1については,「200時間後において初期の槽電圧と比較すると約1Vの上昇が認められたものの,未だ安定な電解が可能であった。またこの時点での厚み測定から得られた電極活性物質の消耗量は40%であり,タンタル薄膜中間層によって電極活性物質の電解時における利用効率の向上が認められた」(同4頁左上欄下から第2段落)とされ,実施例2については,「320時間の寿命となり,耐久性の著しい改善が認められた」(同頁左下欄下から第2段落)とされており,両者の効果に大きな差はなく,スパッタリング法でも熱分解法でも同等の結果が開示されているにすぎない。これによれば,本件発明は,当初明細書において同等であるとしていた熱分解法に対し,スパッタリング法が格別の効果を持つことも,その旨のデータも何ら開示しないまま,単に,甲12拒絶理由通知に記載された発明による拒絶査定を回避するためだけに,中間層の成膜法をスパッタリング法に限定し,それによって特許されたにすぎないというべきである。
また,審決は,電極活性物質層の形成方法と中間層の形成方法とが異なることを指摘する。しかしながら,本件特許出願当時,電気メッキに用いられる電極については,登録明細書(甲35)に「従来の技術」として,「チタン及びその合金を基体として,単純に電極活性物質をコーティングした」電極が「広く用いられる」(1頁右欄最終段落)とあるように,どのような導電性の耐食基板の上に,どのような電極活性物質をコーティングするかが問題とされていたのであり,電極自体の構成において共通であれば,被覆方法が相違していたとしても,技術的には意味がない。登録明細書には,電極活性物質の被覆法として,熱分解法を用いるとの記述があるが,熱分解法により被覆する方法は,最も一般的で,広く用いられている方法にすぎない上,中間層の形成方法と異ならせることについては,その技術的意味も作用効果も全く記載されていないから,周知の電極活性物質の被覆方法が中間層の被覆方法と異なることを根拠に,本件発明の進歩性を肯定することはできない。
仮に,審決のいう「電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行う」ことが本件発明の特徴であるとすれば,その点でも登録明細書には記載不備が存在することになるが,そもそも,スパッタリング法によって,緻密な膜,付着強度の大きい膜を形成できることは周知の技術的事項であり(甲6文献),緻密な膜を形成すると内部酸化に対する抵抗性があることは自明の事項であるので,本件発明の効果は,当業者が予測可能なものにすぎないし,電極活性物質層と中間層との形成方法を異ならせることは,甲2公報において開示されている技術的事項にすぎない。すなわち,甲2公報には,「アノード活性層は350℃を越える温度の酸化雰囲気中で加熱することにより作られたものであり」(特許請求の範囲の請求項1,3頁左上欄下から第2段落),「アノード活性層をなす白金属金属または白金族金属酸化物を,膜形成性金属基材に適用する多くの方法があり,それらの方法のうちいくつかでは,被覆を付けた基材に熱を掛けて,その被覆付き基材を空気のような酸素含有雰囲気中で加熱することがなされる。酸素含有雰囲気中での加熱を必要としない外層適用方法もある。このような後者の方法としては,電気メッキ法,圧延または同時押出による金属学的結合法,あるいは真空中で加熱をなすイオンメッキ法のような適用方法がある」(2頁左下欄下から第2段落),「好ましい具体例の電極はニオブ基材に,アノード活性層として白金およびイリジウム含有被覆を与えかつそのニオブ基材と白金およびイリジウム含有層との間に金属状のタンタルの薄膜を設けてなる・・・好ましくは,タンタル層は基材金属に対して金属学的に結合される・・・金属学的結合は,圧延により,同時押出により,拡散結合法により,あるいはその他の適当な方法により形成されうる」(3頁左下欄第2段落),「いずれかの方法により(すなわち圧延結合法,同時押出法,イオンメッキ法,爆発結合法)タンタル層を被覆することができ」(5頁左下欄第1段落)と記載されており,形成方法を異ならせることが可能であることが開示されている。さらにいえば,甲2公報に記載された「イオンメッキ法」(2頁左下欄下から第2段落)は,当初明細書(甲7,36)の「イオンプレーティング」(甲36の2頁右下欄最終段落)と同義であるから,当初明細書に列挙された「公知の真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオン注入及び気相メッキ法等」や「タンタルエチラート等の有機金属化合物や金属塩化物を含むアルコール溶液を電極基体上に塗布し・・・還元ガス雰囲気中・・・加熱して熱分解」する方法(同頁右下欄最終段落〜3頁左上欄第1段落)と,甲2公報に列挙された方法とは同等であるということもできる。
そして,形成方法を異ならせることによって格別な効果が生じるということもないから,これらを組み合わせることが困難であるという事情もない。
エ 以上のとおり,甲4発明は,中間層と電極活性物質層の両者を「熱処理」により形成するものであり,甲3公報記載の発明は,両者を「スパッタリング」により形成するものであるところ,これらに中間層と電極活性物質層との形成方法を異ならせることができることを開示した甲2公報記載の技術的事項(さらに,甲1発明は,中間層を「溶射法」により形成するものであり,中間層の形成方法が多様であることを示している。)を適用すれば,電極活性物質層の形成を「熱分解」で行う一方,中間層の形成は「スパッタリング」で行うという相違点(A)に係る構成を容易に想到し得るものである。
また,本件発明において,中間層の形成方法を様々なものとし得ることは,上記のとおり,出願人である被告自身が当初明細書において自認しているところであり,中間層の形成方法の変更は,当業者が容易に選択し得る設計事項にすぎないというべきである。
したがって,審決の上記アの判断は誤りというべきである。
オ さらに,審決は,甲1公報,甲2公報,甲5公報及び甲6文献の記載について検討した上,「してみれば,これら甲第1〜6号証(注,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献)の記載を検討しても,甲第4号証に記載された発明(注,甲4発明)と,甲第1〜3,5及び6号証に記載された発明とに基いて,導電性金属基体上に熱分解温度で電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリング法により形成された薄膜中間層を設けたとする,上記相違点(A)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(審決謄本15頁第1段落)と判断した。
しかしながら,上記ウ及びエのとおり,熱分解により電極活性物質層を形成する技術や,スパッタリング法によりタンタルの薄膜を形成する技術については,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献において既に開示されていた公知,公用の技術であり,かつ,それらを組み合せることに困難性はないというべきであるから,審決の上記判断も誤りである。
カ 被告は,本件発明は,@中間層が,スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする点と,A中間層はスパッタリング法により形成され,電極活性物質層は熱分解法により形成されるという組合せの点において容易に想到することができない旨主張する。
しかしながら,当初明細書(甲7,36)においては,上記ウのとおり,スパッタリングは,他の成膜方法と同等の技術として列挙されており(甲36の2頁右下欄最終段落〜3頁左上欄第1段落),電極活性物質の被覆法については,「特に限定され」ない(同3頁右上欄第2段落)としているから,上記@及びAの構成が,本件発明の中核であるということはできない。
他方,中間層と電極活性物質層との形成方法を異ならせることが周知技術であることは,甲2公報のほか,特開昭56-112458号公報(甲39,以下「甲39公報」という。)においても,タンタル中間層を溶射法により形成し,電極活性物質層の形成に熱分解法を用いる例が記載されていることから明らかである。また,タンタル層の表面に電極活性物質層を熱分解法によって被覆する技術が周知慣用の技術にすぎないことは,特公昭48-3954号公報(甲40,以下「甲40公報」という。)により明らかである。さらに,「タンタル」で中間層を形成している点についても,甲2公報が引用する英国特許第1274242号明細書(甲38,以下「甲38明細書」という。)が,チタンの基板,タンタルの中間層,白金族金属の電極活性物質層という構成を開示している。
以上によれば,上記@については,スパッタリング法が他の方法と比較して顕著な効果を有するということはない(当初明細書〔甲7,36〕,訴外ティーディーケイ株式会社作成の平成9年7月22日付け特許異議申立書〔甲8〕添付の実験証明書〔以下「甲8実験証明書」という。〕)上,中間層をタンタルとすることは公知の技術であって,その作用効果も知られていた(甲2公報,甲38明細書)ということができる。また,上記Aについては,電解用電極に白金族化合物を熱分解法により被覆することは周知技術にすぎない(甲39公報)ところ,中間層と電極活性物質層との形成方法を異ならせることも公知であり(甲2公報,甲39公報),それによって,顕著な効果が発生することもない(甲8実験証明書)ということができる。したがって,本件発明は,周知ないし公知の技術の寄せ集めにすぎないというべきであり,被告の上記主張は失当である。
(2) 本件発明の効果に関する判断の誤り ア 審決は,「本件発明は,従来,チタン及びその合金の基体上に電極活性物質をコーティングした電極では,発生期の酸素による酸化物層の形成,電極機能の喪失,被覆層の剥離の問題があり,また,中間層を設けて多層化した電極においても,導電性,耐久性,不動態化の点で解決には至らなかったとの課題の下になされたものであり,併せて,本件明細書(注,登録明細書)には,タンタルの酸化物層(Ta2O 5)の中間層は,不働態化現象を防止するのに十分でないことが説明され・・・,そして,スパッタリングで形成した,厚さ3ミクロンのα型結晶構造を持つ金属タンタルを主成分とする中間層をチタン基体上に有する本件発明の電極では,加速電解試験の結果,200時間後においてなお安定な電解が可能であり,金属タンタル中間層により電極活性物質の利用効率の向上が認められたことが説明され(実施例1),これに対し,タンタルを主成分とする中間層を熱分解法で形成した場合は,35時間の短い電極寿命であったことが説明されている(比較例2)」(審決謄本13頁下から第2段落)として,本件発明は,スパッタリング法により中間層を形成したことにより,熱分解法で形成した場合と比較して格別の効果があるかのような説示をしている。
イ しかしながら,当初明細書(甲7,36)では,特許請求の範囲において,「バルブ金属基体又はその合金よりなる導電性金属基体上に,金属タンタル又はその合金を含む金属を・・・被着せしめ」る方法として,「真空蒸着法,スパッタリング法,イオンプレーティング法,イオン注入法,又は気相メッキ法」(請求項5)が並列的に記載され,また,「バルブ金属基体又はその合金よりなる導電性金属基体上に・・・金属タンタルを主成分とする中間被膜層を形成せしめ」る方法として,「有機タンタル化合物又はタンタル塩化物を含む溶液を塗布し非酸化性雰囲気中で加熱」(同請求項4)する熱分解法が記載され,発明の詳細な説明においても,上記のとおり,スパッタリング法により中間層を形成した実施例1と,熱分解法により中間層を形成した実施例2とが記載され,その両者の効果は同等であった。にもかかわらず,その後,平成5年補正書(甲13)による補正によって,中間層の形成方法が「スパッタリング法」のみに限定され,相違点(A)に係る本件発明の構成に至ったものである。
そして,登録明細書には,当初明細書において同等であるとされていた熱分解法を含む他の成膜方法との関係で,スパッタリング法を採用したことが格別の効果を有するものであることも,その旨のデータも何ら開示されていない。したがって,審決が,登録明細書の記載を根拠として,スパッタリング法が熱分解法と比較して格別の効果があるかのような説示をしたことは,明らかに誤りである。
ウ 被告は,加速試験において,本件発明の構成を欠く電極では約70時間で通電不能となったのに対し,本件発明に係る電極は200時間超で,なお安定的な通電が可能であった(登録明細書〔甲35〕の3頁左欄下から第2段落〜最終段落)として,本件発明が格別の効果を有する旨主張する。
しかしながら,被告主張の差異は,タンタル中間層を設けたものと,タンタル中間層を設けなかったものとの差異にすぎない。タンタル中間層を設けたものが被告主張の程度の耐久性を有することは,タンタル中間層を設けたこと自体による周知の効果にすぎず,中間層と電極活性物質層の形成方法を異ならせるという本件発明の構成による効果であると見ることはできない。
そして,当初明細書(甲7,36)によれば,タンタル中間層をスパッタリング法で形成した実施例1と,タンタル中間層を熱分解法で形成した実施例2とでは,その耐久性に大差がないとの実験結果が示されている。また,タンタル中間層をスパッタリング法で形成し,電極活性物質層を熱分解法で形成するとの構成に顕著な効果がないことは,甲8実験証明書によっても明らかにされている。
エ 被告は,審判段階において提出した「溶射法によるタンタル中間層との比較データ」(甲37,以下「甲37データ」という。)を援用して,本件発明の構成に基づく効果を主張するが,当初明細書及び甲8実験証明書によれば,このような主張が失当であることは,上記ウのとおりである。また,甲37データにおいては,スパッタリング法によるものの膜厚を2μm,溶射法によるものの膜厚を50μmとしているが,これは,技術的には,両者の膜厚を同じにすることができるにもかかわらず,あえて膜厚を異ならせてデータを収集したものであるから,信用性に乏しいとみるべきである。
4 取消事由4(無効理由イに係る相違点(B)に関する認定判断の誤り) (1) 相違点(B)の認定の誤り 審決は,本件発明と甲4発明との相違点(B)として,「上記中間層の構成成分について,本件発明では,結晶性金属タンタルを主成分とするものであるのに対して,甲第4号証(注,甲4公報)に記載のものでは,イリジウム50〜90モル%及びタンタル50〜10モル%を含有する酸化イリジウムと酸化タンタルとから成るものである点」(審決謄本13頁第2段落)を認定した。
しかしながら,甲4公報には,No.7の電極として,下地層のイリジウムモルが0%,すなわち,下地層がタンタルのみから形成される例が比較例として挙げられている(5頁右上欄第2表)から,この点を考慮していない上記認定は誤りである。
(2) 相違点(B)に関する判断の誤り ア 審決は,「本件明細書(注,登録明細書)には,従来例(特開昭57-192281号公報)として,中間層としてタンタルの導電性酸化物層を設けた電極の場合,タンタルの酸化物層(当該公報の記載によると,Ta2O 5を意味する。)は不働態化現象を防止するのに十分でないと説明され(本件特許掲載公報〔注,甲35〕第3欄第24〜30行参照。),そして,酸化タンタルを成分とする下地層を有する甲第4号証(注,甲4公報)に記載された電極は,この従来例に相当するものと認められる」(審決謄本15頁第2段落)とする。
しかしながら,登録明細書(甲35)における従来例の記載は,「チタン又はチタン合金を基材とし,金属酸化物よりなる電気被覆を有する電極において,その中間層としてタンタル及び/又はニオブの導電性酸化物層を設けた酸素発生を伴う電解用電極が提案されているが,タンタル又はニオブの酸化物層は酸素による不働態化現象を防止するのに十分なものとは言えない」(2頁左欄第4段落)であり,甲4公報のものは,「酸化イリジウムと酸化タンタルとから成る下地層」(特許請求の範囲の請求項1)であって,後者が前者に相当するとは直ちにいうことができないはずであるから,審決の上記判断は誤りである。
イ また,審決は,甲3公報について,「上記『相違点(A)について』の欄に記載したと同様,本件発明における中間層に相当する『基膜』につき,タンタルで形成し得ること,及びスパッタリングで形成し得ることが開示されているといえるが,その発明は,陽極被覆層の上層を構成する『ドーピング膜』と,中間層を構成する『基膜』との両者を,ともにスパッタリング等真空中での付着を必須とするものであり,当該真空中での付着により結晶性金属タンタルを主成分とする中間層が形成されること,及び,結晶性金属タンタルを,熱分解法による電極活性物質被覆層と導電性基体金属との間に設けることを開示する記載は見当たらない」(審決謄本15頁下から第3段落)とする。
しかしながら,審決の上記判断が誤りであることは,上記3(1)のとおりであり,下地層及び酸化イリジウム層の両者を熱処理によって形成する甲4発明について,甲1〜3及び甲5公報並びに甲6文献記載の技術的事項を適用して,当業者が,相違点(B)に係る構成を容易に想到し得たことは明らかである。
ウ 以上によれば,「下地層及び酸化イリジウム層の両者を熱処理で形成する甲第4号証に記載の発明(注,甲4発明)に対して,甲第3号証(注,甲3公報)に記載の発明,ないし甲第1,2,5及び6号証(注,甲1公報,甲2公報,甲5公報及び甲6文献)に記載された発明を適用しても,上記相違点(B)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(審決謄本15頁最終段落〜16頁第1段落)とした審決の判断は誤りである。
5 取消事由5(無効理由ロに係る相違点(b)に関する判断の誤り) (1) 構成の容易想到性に関する判断の誤り ア 審決は,本件発明と甲1発明との相違点(b)として認定した,「本件発明における中間層は,詳しくは『スパッタリングにより形成された結晶性金属タンタルを主成分とする』ものであるのに対して,甲第1号証(注,甲1公報)に記載の中間層はタンタルを主成分とし,『導電性物質を溶射してなる』ものである点」(審決謄本17頁第4段落)について,無効理由イに係る相違点(A)に関するものと同旨の理由付け(同頁下から第2段落〜18頁第1段落)に加えて,「なおかつ,甲第1号証(注,甲1公報)の記載を精査すると,甲第1号証には,溶射法による溶射面(第3図)は表面粗化が優れており,この溶射面上の白金の付着性が例中最も優れている・・・と記載されており,したがって,甲第1号証には,溶射に代えて,あえて他の形成手段を用い,スパッタリングを採用することの開示があるとすることはできない」との説示(同頁第2段落,以下「溶射法との置換阻害事由に関する説示」という。)をした上,「中間層を構成する導電性物質を溶射により形成する甲第1号証に記載の発明(注,甲1発明)に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証(注,甲3公報)に記載の発明を適用したとしても,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成についてはスパッタリングで行って結晶性金属タンタルを主成分とする中間膜を形成するという,上記相違点(b)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(同頁第3段落)と判断した。
イ しかしながら,審決の上記判断のうち,無効理由イに係る相違点(A)に関する判断と同旨の部分が誤りであることは,上記3(1)のとおりである。
ウ また,溶射法との置換阻害事由に関する説示については,甲1公報の該当部分の記載は,第1図が「チタン板の表面を化学的にエッチングしたものの60倍の顕微鏡写真」(4頁左下欄最終段落),第2図が「チタン板の表面をサンドブラストしたものの60倍の顕微鏡写真」(同頁最終段落〜右下欄第1段落),第3図が「チタン板の表面にタンタル粉末をプラズマジェット溶射した面の60倍の顕微鏡写真」(同頁右下欄第2段落)であり,甲1公報の各図は,「プラズマジェット溶射」が,「エッチング」及び「サンドブラスト」よりも優れていることを示してはいるものの,スパッタリングを含む他に選択し得るすべての製法と比較して溶射法が優れていることを示すものではない。したがって,溶射法との置換阻害事由に関する説示は誤りであり,甲1公報が溶射法が最も優れていることを示すものでない以上,他の形成手段としてスパッタリング法を採用することも,当業者にとって容易に想到し得るものというべきである。
エ 以上によれば,審決の上記アの判断は誤りというべきである。
オ さらに,審決は,甲2公報,甲4公報,甲5公報及び甲6文献の記載を検討した上,「してみれば,これら甲第1〜6号証(注,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献)の記載を検討しても,甲第1号証に記載された発明と,(注,甲1発明)甲第3,5及び6号証に記載された発明,なおかつさらに甲第2,4号証に記載された発明(注,甲2発明,甲4発明)に基いて,導電性金属基体上に熱分解温度で電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリングにより形成された結晶性金属タンタルを主成分とする薄膜中間層を設けたとする,上記相違点(b)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(審決謄本18頁最終段落〜19頁第1段落)と判断した。
しかしながら,審決の甲1公報〜甲5公報及び甲6文献に対する理解が誤りであることは,上記イ及びウのとおりであるから,審決の上記判断も誤りである。
(2) 本件発明の効果に関する判断の誤り ア 審決は,「なお,被請求人(注,被告)が,本件出願に係る拒絶査定不服審判(審判平5-23446号)の手続き中において,平成8年5月13日の審判官との対応・・・に際し提示した,『溶射によるタンタル中間層との比較データ』(今回,平成15年6月2日付け「上申書」に添付して再提出。)(注,甲37データ)には,熱分解による電極活性層を有する電極について,スパッタリングの中間膜を用いた場合は,溶射の場合に比して,優れた電極寿命を有することが示されており,そして,上記甲第1,3,5及び6号証(注,甲1公報,甲3公報,甲5公報,甲6文献)のいずれにも,かかる本件発明の効果を開示する記載は見当たらない」(審決謄本18頁下から第3段落)と判断した。
イ しかしながら,審決の上記アの判断のうち,「スパッタリングの中間膜を用いた場合は,溶射の場合に比して,優れた電極寿命を有することが示されており」という点は,明らかに,当初明細書(甲7,36)の記載と矛盾している。当初明細書には,上記3(1)ウのとおり,スパッタリング法が他の成膜法と並列的に例示され,さらに,スパッタリングによりタンタル中間層を形成した実施例1と熱分解層によりタンタル中間層を形成した実施例2との効果には大きな差はなく,スパッタリング法でも熱分解法でも同等の結果が開示されているにすぎない。つまり,本件発明は,当初明細書において同等であるとしていた熱分解法に対し,スパッタリング法が格別の効果を持つことも,その旨のデータも何ら開示しないまま,単に,甲12拒絶理由通知に記載された発明による拒絶査定を回避するためだけに,中間層の成膜法をスパッタリング法に限定し,それによって特許されたにすぎないものなのである。
6 取消事由6(無効理由ハに係る相違点(@)に関する判断の誤り) (1) 審決は,本件発明と甲2発明との相違点(@)として認定した,「本件発明では,金属タンタルを主成分とする薄膜中間層が,『スパッタリング法により形成』され,『結晶性金属タンタルを主成分とする』ものであるのに対して,甲第2号証(注,甲2公報)にはその記載が見あたらない点」(審決謄本20頁第3段落)について,無効理由イに係る相違点(A)に関するものと同旨の理由付け(同頁下から第2段落)により,「してみれば,アノード活性物質層を酸化雰囲気中での加熱により形成する甲第2号証に記載の発明に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証に記載の発明を適用したとしても,電極活性物質の被覆を熱分解で行う一方,中間層の形成についてはスパッタリングで行い,結晶性金属タンタルを主成分とする中間膜を形成するという,上記相違点(i)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(同頁最終段落〜21頁第1段落),「他の証拠を検討しても,甲第2号証に記載された発明(注,甲2発明)と他の証拠に記載された発明に基づき,上記相違点(@)に係る構成を容易とする根拠は見あたらない」(同頁第2段落)と判断した。
(2) しかしながら,審決の上記判断が誤りであることは,上記3(1)のとおりである。
なお,審決は,甲2公報について,「結晶性金属タンタルを主成分とする」との記載が見当たらないとするが,スパッタリング法で形成するタンタル層が結晶性であることは明らかであるから,甲3公報ないし甲6文献に記載された技術的事項を適用して,スパッタリング法によりタンタル層を形成することとすれば,当然に,「結晶性金属タンタル」層が形成されることになるものである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(明細書の記載不備の看過)について (1) 非晶質のタンタルと結晶質のタンタルとの作用の差が不明である点について 本件発明は,登録明細書(甲35)の特許請求の範囲に記載されたとおりの構成をもつ酸素発生陽極であって,特許を受けようとする発明を特定するために必要な事項はすべて明確に記載されている。また,その発明の詳細な説明の項には,当業者がこの本件発明を実施するのに必要十分な技術が明確に開示されている。
以上のほか,原告が主張する「非晶質タンタルと結晶性タンタルとの作用の差」などを本件明細書に記載しなければならない理由はない。また,本件特許出願当時スパッタリング法により形成される金属タンタル薄膜層はすべて結晶質であって非晶質のものは知られていなかったから,両者の作用の差についての情報を求めることは,非晶質のスパッタリング膜が存在することを前提とする点で誤った事実に依拠しているということもできる。
したがって,この点に関する原告の主張は失当である。
(2) β-タンタルの形成,効果についての開示がない点について 上記第2の2のとおり,本件発明における中間層は,「結晶性金属タンタル」を主成分とするものであるところ,登録明細書(甲35)の発明の詳細な説明においては,実施例として,α型結晶性金属タンタルを用いた場合の技術的詳細が開示されている。
原告は,「結晶性金属タンタル」には,α型,β型両結晶性のものが包含されているが,登録明細書においては,β型結晶性金属タンタルについての技術開示がされていない旨主張しているものと解される。
しかしながら,本件特許出願当時,「結晶性金属タンタル」には,α型,β型の二つの型のものが存在すること,いずれの型のものもチタンなどのバルブ金属上にスパッタリング法を用いて薄膜を形成し得ること及びその技術,並びに,このようにして形成されたα型,β型両型のスパッタリング膜は,同じ結晶性金属タンタルのスパッタリング膜として本件発明の目的を達するに必要な性質,作用を共有していることは,いずれも技術知識であり,公知の事項であった(乙4)。他方,もとより,明細書に実施例として記載するものが,特許請求の範囲に記載された全技術を漏れなくカバーしていなければならないものでないことはいうまでもない。
確かに,登録明細書の記載上は,実施例として,α型結晶性金属タンタルのスパッタリング膜を作成する具体的技術とその効果が示されているのみであるが,以上のようなことから,α型,β型両型結晶性金属タンタルを共に包含している概念である「結晶性金属タンタル」についての技術開示として十分であると判断された結果,特許されることとなったものである。
したがって,この点に関する原告の主張も失当である。
2 取消事由2(補正による明細書の要旨変更の看過)について 当初明細書(甲7,36)には,「0.5ミクロン更に好ましくは1ミクロン以上の厚み」という記載があり,実施例として3ミクロンの厚みのものが具体的に示されているのであるから,「厚さ1〜3ミクロン」を当然に含んでいると解される。したがって,これを補正により明記,限定することは,何ら問題がないというべきである。
3 取消事由3(無効理由イに係る相違点(A)に関する判断の誤り)〜取消事由6(無効理由ハに係る相違点(i)に関する判断の誤り)について (1) 構成の容易想到性に関する判断の誤りについて ア 審決が本件発明と各公知技術との間の相違点として抽出した点は,結局のところ,@中間層が,スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする点と,A中間層はスパッタリング法により形成され,電極活性物質層は熱分解法により形成されるという組合せの点とを示すものであるということができる。
発明の新規性,進歩性を論じるに当たっては,その個々の構成要素についての公知性のみを論じることはほとんど意味がない。個々の構成要素がいかに陳腐ないし公知であっても,その組合せや用い方の意外性によって画期的な作用効果を生み出す発明は,高い進歩性があると評価されるべきである。
本件発明についても,その新規性,進歩性の中核となる構成は,上記@及びAの点にあり,それらについて,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献からは容易に想到することができないとした審決の判断に誤りはない。
イ 本件発明と甲4発明との基本的な差異は,甲4発明では,中間層を酸化タンタル及び酸化イリジウムで形成しているに対し,本件発明では,金属タンタルで形成している点である。
他方,甲3公報には,基膜(中間層)としてタンタル-タングステン等の金属をスパッタリング法により形成させる発明が記載されている。甲3公報記載の電極は,中間層のみならず,その表面層(ドーピング膜)をも同じくスパッタリング法により形成させるもので,その目的は緻密な膜の形成と良好な付着であり,基膜と基材との間のみならず,基膜とドーピング膜との間においても酸化膜の形成を防ぐことにある。これに対し,本件発明の主旨は,中間層に緻密な金属タンタルを形成するとともに,表面層(電極活性物質層)は熱分解法により形成させるという点にある。本件発明は,中間層と電極活性物質層との形成方法を異ならせることにより電極の活性化と長寿命化を図ったものであり,甲3公報記載の発明とは異なる技術的思想を有するものである。
原告は,中間層及び表面層を同じく熱分解法で形成する甲4発明における中間層を,甲3公報記載のスパッタリング法により形成される金属タンタルによって置換することは容易である旨主張する。
しかしながら,甲4発明の中間層は,タンタル酸化物,イリジウム酸化物という,本件発明の金属タンタルと全く異なる物質から構成されるものであるところ,それらを置換し得るとする根拠は存在しない。また,本件発明における表面層の形成手段が公知ないし周知のものであるとしても,スパッタリング法により形成される金属タンタルより成る中間層との組合せにおいて酸素発生電極として顕著な効果を生じる以上,本件発明の進歩性を否定することはできない。
なお,原告は,「真空」の意義についてるる主張しているが,「真空」という語が,完全な真空に限らず,ごく低圧の状態を含むことは技術常識である。
もとより,審決が,当該技術常識を前提に,甲3公報には電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行うという構成は開示されていない旨説示していることは明らかであって,この点に関し,審決には何ら誤りはない。
ウ 原告は,本件発明の進歩性を否定する根拠として,当初明細書の記載を挙げるが,そもそも,本件発明の進歩性は,原則として,登録明細書の記載に基づいて判断されるべきものであるから,失当である。
また,本件発明の新規性,進歩性の中核となる上記アの@及びAの構成並びにその効果は,当初明細書以来,終始一貫して完全に開示されていたものであり,その点には何らの問題もない。
エ 原告は,中間層と電極活性層との形成方法を異ならせることは,甲2公報に開示されているとした上,甲4発明及び甲3公報記載の発明に,甲2公報記載の当該技術的事項を適用すれば,電極活性物質の形成を「熱分解」で行う一方,中間層の形成は「スパッタリング」で行うという相違点(A)に係る構成を容易に想到し得る旨主張する。
しかしながら,本件発明が中間層の形成にスパッタリング法を採用したのは,他の方法に比べて非常に有利であることに着目したものであるから,原告の上記主張は誤りである。甲2公報に記載された圧延,押出,爆発結合,拡散結合等の各方法は,中間層として厚味の大きい金属タンタル(高価な金属である。)を必要とするのに対し,スパッタリング法は1〜3ミクロンという極薄のタンタル膜を均一につくることができるという工業的長所がある。また,スパッタリング法は,蒸着法に較べて膜の密着性,強度に優れるという特徴を有する。
(2) 本件発明の効果に関する判断の誤りについて ア 本件発明の電極は,従来のこの種電極との比較において,驚くべき抜群の耐久性を取得し得たものである。すなわち,加速試験において,上記(1)アの@及びAの構成を欠く電極では約70時間で通電不能となったのに対し,本件発明に係る電極は200時間超で,なお安定的な通電が可能であった(登録明細書〔甲35〕の3頁左欄下から第2段落〜最終段落)。
また,溶射法によりタンタル中間層を形成した場合との耐久性の差は,甲37データにより明らかである。
イ 原告は,甲8実験証明書を援用するが,甲8実験証明書におけるサンプルBは,そのタンタル中間層の厚さが1mm(1000ミクロン)であって,サンプルAのものに比べ,500倍もの厚さを有する。タンタル中間層の厚さにおける大差を無視して,電極の寿命の長さのみを比較することは,経済的にはもちろん,技術的にも全く意味がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(明細書の記載不備の看過)について (1) 原告は,登録明細書(甲35)の記載は,@非晶質のタンタルと結晶質のタンタルとの作用の差が不明である点及びAβ-タンタルの形成,効果についての開示がない点において,特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たさないものであるとし,上記@及びAのいずれの点についても理由がないとした審決の判断(審決謄本8頁最終段落〜10頁第2段落)は誤りである旨主張するので,以下,検討する。
(2) 非晶質のタンタルと結晶質のタンタルとの作用の差が不明である点について ア 登録明細書(甲35)には,特許請求の範囲の請求項1に,上記第2の2のとおり,「バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に350〜550℃の熱分解温度で白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極」と記載されているところ,原告の上記(1)の@に係る主張は,上記請求項1の「スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層」との構成について,発明の詳細な説明において,「非晶質」の金属タンタルではなく,「結晶性」の金属タンタルを中間層の主成分としたことによる作用効果が記載されていないことをもって,明細書の記載要件違反であると主張するものであると解される。
イ そこで検討すると,本件明細書の記載要件について適用される特許法旧36条3項は,発明の詳細な説明においては,当業者の技術常識に照らし,当業者が容易に発明実施をすることができる程度に,その発明の目的,作用及び効果を記載しなければならないと定めているところ,登録明細書(甲35)の発明の詳細な説明には,@「発明が解決しようとする課題」として,「本発明の目的のスズ,亜鉛,クロム等の電気メッキ用陽極として検討されている酸素発生用不溶性陽極において問題とされている基体の不働態化を経済的に有利な方法で防ぎ,長寿命の電極を提供することにある」(2頁左欄下から第3段落),A「作用」として,「本発明電極における中間層すなわち金属タンタルを主成分とする薄膜層の不働態化抑制効果は論理的には必ずしも明らかでないが,表面被覆層をなすルチル型構造の電極活性物質と焼成を行うと,X線回折では表面被覆層と中間層との境界面はタンタル及び一般に最も安定とされている5価のタンタル酸化物(Ta2O 5)の回折パターンは殆んど認められない。すなわちこの境界面では金属的な導電性を持つルチル型構造の4価のタンタル酸化物(TaO2)が生成し,電極活性物質と化学的に安定な状態を保っているものと思われる。また中間層自体は殆んど金属タンタルの状態にあるため,不良導体でかつ非ルチル構造の5価のタンタル酸化物と異なる良好な導電性を保つものと思われる」(2頁右欄下から第3段落),B「発明の効果」として,「本発明電極は金属タンタルを主成分とする薄膜中間層を設けることにより,従来問題視されていた電極基体と電極活性物質層との間に生じる不働態化現象を防ぎ電極活性物質の利用効率を改善することができ,工業電解用陽極,例えば硫酸酸性溶液等の酸素発生陽極としての利用価値は大である」(3頁右欄最終段落)との記載があり,また,C「実施例1」として,「厚さ3ミクロンのα型結晶構造を持つ金属タンタルを主成分とする中間層」(3頁左欄第1段落)を有するもの,「比較例1」として,「タンタル薄膜中間層を設けなかった以外は同様の処理」(同頁左欄第4段落)をしたもの,「比較例2」として,「酸化タンタルを主成分とする中間層を形成させた」(同頁右欄第2段落)ものがそれぞれ掲げられ,比較例1では,「70時間後に槽電圧の急激な上昇が認められ通電が不能となった」(同頁左欄下から第2段落)が,実施例1では,「200時間後において初期の槽電圧と比較すると約1Vの上昇が認められたものの,未だ安定な電解が可能であ」(同頁左欄最終段落)り,比較例2は「35時間の寿命となった」(同頁右欄下から第2段落)ことが記載されている。
ウ 他方,登録明細書(甲35)の発明の詳細な説明において,原告主張に係る非晶質の金属タンタルと結晶性の金属タンタルとの作用効果の差の点が記載されていないことは,当事者間に争いがない。
しかしながら,登録明細書の発明の詳細な説明には,上記イCのとおり,「実施例1」として,「厚さ3ミクロンのα型結晶構造を持つ金属タンタルを主成分とする中間層」を有するもの,すなわち,結晶性の金属タンタルを主成分とする中間層を有するものが掲げられ,それが,比較例1及び比較例2との比較において,電極の耐久性等の点で有利な効果を示すことも明記されているものと認められるから,当業者は,当該記載に基づき,本件発明を容易に実施することができたものと解され,そのほかに,「非晶質」の金属タンタルではなく,「結晶性」の金属タンタルを中間層の主成分としたことによる作用効果の点も記載されていなければ,本件発明を実施することが困難となるという事情は格別うかがわれない。かえって,原告自身,取消事由6(無効理由ハに係る相違点(@)に関する判断の誤り)に係る主張ではあるが,スパッタリング法によりタンタル層を形成することとすれば,当然に,「結晶性金属タンタル」層が形成されることになる(上記第3の6(2))ことを自認していることからすれば,登録明細書に接した当業者は,スパッタリング法により形成される本件発明の中間層における金属タンタルは,当然に,「結晶性」のものであって,「非晶質」のものではないことを,その技術常識によって理解するものと認められ,そうであるとすれば,登録明細書の発明の詳細な説明に,「非晶質」の金属タンタルではなく,「結晶性」の金属タンタルを中間層の主成分としたことによる作用効果の点が記載されていなくとも,当業者による本件発明の実施が困難となるものでないことは明らかというべきである。
エ したがって,この点に関する原告の主張は,採用の限りではない。
(3) β-タンタルの形成,効果についての開示がない点について ア この点について,原告は,結晶性金属タンタルには,α-タンタル(体心立方構造)とβ-タンタル(正方晶系構造)が存在するところ,登録明細書(甲35)には,本件発明の実施例として,「α型結晶構造を持つ金属タンタル」を主成分とする薄膜中間層を設けた例のみが記載されているにもかかわらず,特許請求の範囲の請求項1においては,β-タンタルまでもが含まれるかのような「結晶性金属タンタル」との記載がされているなどとして,登録明細書の記載は,特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たさない旨主張する。
イ そこで検討すると,原告の上記主張に係る,@結晶性金属タンタルには,α-タンタルとβ-タンタルとの2種類があること,A登録明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の実施例として,「α型結晶構造を持つ金属タンタル」を主成分とする薄膜中間層を設けた例のみが記載されていること,及びB登録明細書の特許請求の範囲の請求項1には,β-タンタルをも含み得る概念である「結晶性金属タンタル」との記載がされていることについては,いずれも当事者間に争いがない。
しかしながら,登録明細書(甲35)の発明の詳細な説明には,上記(2)イの各記載があるほか,「課題を解決するための手段」として,「本発明はバルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に350〜550℃の熱分解温度で白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極である」(2頁左欄最終段落)と,特許請求の範囲の請求項1に規定された発明と同一の発明が記載されている。他方,実施例(実施例1)として,「α型結晶構造を持つ金属タンタル」を主成分とする薄膜中間層を設けた例のみが記載されていることは原告主張のとおりであるが,もとより,「α型結晶構造を持つ金属タンタル」も「結晶性金属タンタル」であるから,上記請求項1に規定された発明の実施例に該当することはいうまでもないし,発明の詳細な説明に記載した「実施例」が,必ずしも,特許請求の範囲に規定された発明のすべてをカバーしなければならないものでないことも,その性質上当然であるというべきである。
そうすると,実施例の記載が「α型結晶構造を持つ金属タンタル」に関するもののみであるという一事をもって,発明の詳細な説明において対象とされた発明が,「α型結晶構造を持つ金属タンタル」を主成分とする薄膜中間層を設けたものに限定されると解することはできず,少なくとも登録明細書の記載上は,そのように限定して解すべき根拠は格別見当たらないというほかはない。
ウ これに対し,原告は,甲18公報の記載を根拠に,本件特許出願当時の技術では,基板上に酸素基あるいは水酸基が存在することがβ-タンタルの形成に不可欠であって,特にチタンの基体上には,β-タンタルの形成が困難であったとした上,仮に,本件発明が,登録明細書に実施例として記載されていないβ-タンタルをも含むものであるとすれば,どのようにしてβ-タンタルを形成させ,その結果,どのような効果を奏するのかをデータの裏付けをもって開示しなければならない旨主張する。
しかしながら,本件特許出願当時,チタンの基体上におけるβ-タンタルの形成が困難であったこと等の原告主張の上記技術常識自体,反対の趣旨の証拠(乙4)の存在に照らし,必ずしも明らかであるということはできない。また,仮に,当該技術常識が存在したとしても,登録明細書(甲35)の特許請求の範囲の請求項1の「結晶性金属タンタル」の技術的意義を解釈するに当たり,当該技術常識に基づき,「α型結晶構造を持つ結晶性金属タンタル」と限定して解釈すべきであるとの結論が導かれ得ることは格別,直ちに,登録明細書の記載が特許法旧36条3項及び4項に違反するとまでは解されないから,いずれにしても,原告の上記主張を採用することはできない。
エ さらに,原告は,出願人である被告の本件特許出願当時の認識としても,本件発明が,β-タンタルを含むものであると考えていたわけではない旨主張し,審査段階で提出された甲15意見書の記載や,被告が本件特許出願後に出願した後願明細書(甲29)の記載を援用する。
しかしながら,仮に,出願人である被告の主観的認識が,原告主張に沿うものであったとしても,そうした事情が,侵害訴訟等において本件発明の技術的範囲(特許法70条)を認定する際に参酌され得ることは格別,特許法旧36条3項及び4項に規定する明細書の記載要件に関する判断は,登録明細書の記載及び当業者の技術常識に基づいて客観的に行うべきであって,出願人の主観的認識によって左右されるものではないから,原告の上記主張は採用の限りではない。
(4) 以上によれば,登録明細書の記載不備をいう原告の取消事由1の主張は,いずれも理由がない。
2 取消事由2(補正による明細書の要旨変更の看過)について (1) 原告は,平成4年補正書(甲9)及び平成6補正書(甲19)における薄膜中間層の厚さを1〜3ミクロンとする補正は,明細書の要旨を変更するものであるので,本件特許出願は,特許法旧40条により,平成4年補正書が提出された平成4年8月5日にされたとみなすべきであるとし,「出願当初の明細書(注,当初明細書)には,1ミクロン以上であって3ミクロンまでの厚さの中間層,即ち,『厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層』が実質的に記載されていたと認めることができ,そして,この補正により,発明の構成に関する技術的事項が,実質的に出願当初の明細書に記載された事項の範囲内でないものとなると言うことはできない」(審決謄本10頁下から第2段落)とした審決の判断は誤りである旨主張する。
(2) そこで検討すると,原告の主張に係る平成4年補正書(甲9)及び平成6年補正書(甲19)による補正においては,薄膜中間層の厚さに関する補正として,まず,平成4年補正書による補正により,発明の詳細な説明に,「通常厚み5ミクロン未満,特に3ミクロン以下が好ましい」との記載が挿入され,その後,平成6年補正書による補正によって,特許請求の範囲の請求項1の「スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする薄膜中間層」との記載が,「スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする厚さ1〜3ミクロン の薄膜中間層」(下線は補正部分を示す。)と補正されたものであると認められる。
明細書の補正が要旨変更(特許法旧40条,41条)に当たるか否かについては,補正の結果,特許請求の範囲に記載した技術的事項や,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に関する技術的事項等が,願書に最初に添付した明細書に記載した技術的事項の範囲外のものになった場合には,その補正は明細書の要旨を変更するものであると解される。そして,当初明細書(甲7,36)には,薄膜中間層の厚さに関し,@「中間層は・・・本発明の目的を達成するためには0.5ミクロン更に好ましくは1ミクロン以上の厚みを必要とする」(甲36の3頁左上欄第2段落)こと,A実施例1において,高周波スパッタリング装置を用いた処理により,「厚さ3ミクロンの金属タンタルを主成分とする中間層」(同3頁右下欄第1段落)が形成されたことがそれぞれ記載されており,当初明細書に,本件発明に係る薄膜中間層の構成に関する技術的事項として,「厚さ1〜3ミクロン」の範囲のものが開示されていたことは明らかであるから,平成4年補正書及び平成6年補正書による薄膜中間層の厚さに関する上記補正は,明細書の要旨変更には当たらないというほかはない。
これに対し,原告は,当初明細書の上記記載からは,中間層の厚さの上限値が3ミクロンであることは読み取ることができないというほかはなく,他に,当初明細書には,中間層の厚さの「上限」を3ミクロンとすることに関する記載は全く存在しない旨主張する。しかしながら,当初明細書において,中間層について,厚さの上限を限定せず,「0.5ミクロン更に好ましくは1ミクロン以上」のものが開示され,「厚さ3ミクロン」の実施例が示されている以上,当該範囲内で「厚さ3ミクロン」との上限を設定することは,他に特段の事情のない限り,当初明細書に記載した技術的事項の範囲内での限定にすぎないというべきであるから,原告の上記主張は採用の限りではない。
(3) さらに,原告は,平成4年補正書(甲9)による補正は,本来,甲10公報ないし甲11公報に記載された発明に基づき拒絶されるはずの出願を特許として成立させることを意図したものであり,いわば補正によって未完成の発明を完成に導いたに等しいものであるなどとして,当該補正は要旨変更になる旨主張する。
しかしながら,仮に,出願人である被告の意図が,原告主張のとおり,甲10公報ないし甲11公報記載の発明との抵触を避けることにあったとしても,そのことのみを理由として,要旨変更に該当するということができないことは明らかであり,他に,平成4年補正書及び平成6年補正書(甲19)による補正によって,特許請求の範囲に記載した技術的事項が当初明細書に記載した技術的事項の範囲外のものになったと認めるべき特段の事情はうかがわれないから,原告の上記主張は失当であるというほかはない。
(4) 以上によれば,明細書の要旨変更をいう原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(無効理由イに係る相違点(A)に関する判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲4発明との相違点(A)として認定した,「上記中間層の形成手段について,本件発明ではスパッタリング法により形成されるものであるのに対して,甲第4号証(注,甲4公報)に記載のものでは,イリジウム化合物とタンタル化合物とを含有する溶液を塗布後,酸化性雰囲気中で熱処理して得られるものである点」(審決謄本12頁最終段落〜13頁第1段落)について,「甲第3号証(注,甲3公報)には,本件発明における中間層に相当する『基膜』をタンタルで形成し得ること,及びスパッタリングで形成し得ることが開示されているということができる」(同頁最終段落)が,「甲第3号証の記載を精査すると,同号証に係る発明は,陽極被覆層の上層を構成する『ドーピング膜』と,中間層を構成する『基膜』との両者を,ともに真空中で付着させることを必須とするものであり,しかも,同号証には,当該発明の目的につき『両膜の付着が真空中で行なわれることにより達成される』・・・と,上記両膜を真空中で付着させる必要性が説明されている。してみれば,下地層及び酸化イリジウム層の両者を熱処理で形成する甲第4号証に記載の発明(注,甲4発明)に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証に記載の発明を適用し,もって,上層については甲第4号証に記載の熱処理で形成する一方,中間層については甲第3号証に記載されたスパッタリング等,真空中での付着を選択して行うことを,当業者が容易に想到したとすることはできず,したがって,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行うという,上記相違点(A)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(同14頁第1段落〜第2段落)と判断した。
これに対し,原告は,審決の上記判断のうち,「甲第3号証(注,甲3公報)には,本件発明における中間層に相当する『基膜』をタンタルで形成し得ること,及びスパッタリングで形成し得ることが開示されているということができる」とする点は正当であるが,その余は誤りである旨主張するので,以下,検討する。
(2) 甲3公報には,@「無機化学および有機化学分野において使用可能であり,電解液中において耐性である基材(例えばチタン)と,この基材表面上の基膜(例えばタングステン,タンタルおよび鉄の混合物,またはタングステン,タンタルおよび鉄と,例えば硼素または炭素との化合物)と,貴金属(例えばロジウム)製のドーピング膜とからなる電極,なかんずく電気分解用陽極の製造方法において,前記両膜の付着が真空中で行なわれることを特徴とする方法」(特許請求の範囲の請求項1),A「前記両膜が蒸着により形成されることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の方法」(同請求項2),B「前記両膜がイオン鍍金により形成されることを特徴とする特許請求の範囲第1項,または第2項に記載の方法」(同請求項3),C「前記両膜が陰極スパッタリングにより形成されることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の方法」(同請求項4)と記載され,さらに,D「第1実施例」として,「タンタル/タングステン(重量パーセント50/50)からなる混合膜が5ミクロンの厚さに蒸着される。その後500オングストロームの厚さにロジウム膜が蒸着される」(3頁左下欄)との例が示されている。
上記の各記載によれば,確かに,甲3公報記載の発明において「基膜」として用いられる「タングステン,タンタルおよび鉄の混合物」(上記@)につき,「タンタル」を主成分とするように調製した上,当該基膜を「陰極スパッタリング」(上記C)により形成することとすれば,相違点(A)に係る本件発明の構成に至るといい得るから,審決の説示するとおり,甲3公報の上記各記載から,本件発明における中間層に相当する「基膜」を金属タンタルを主成分として形成し得ること,及び,当該基膜をスパッタリングにより形成し得ることを読み取ることは不可能ではないというべきである(ただし,特許請求の範囲の記載は,飽くまで,「タングステン,タンタルおよび鉄の混合物」であり,実施例として示されたものも,「タンタル/タングステン(重量パーセント50/50)からなる混合膜」であるから,本件発明に係る金属タンタルを主成分とする薄膜中間層が積極的に示唆されているとまではいうことができない。)。
しかしながら,甲3公報に,「よく知られているように,前記過電圧の増大は主として前記基材の表面上での非導電性酸化物・・・の形成,乃至は成長に起因する」(2頁右上欄第1段落),「ここにおいても,ドーピング膜とその下の膜との間の酸化が過電圧解消の意味で可能な限り防止されなければならない」(同頁左下欄第1段落),「それゆえ本発明の目的は前述の欠点を解消し,電極のより優れた製造方法を提供することである。なかんずく主要境界面における酸化膜は実際上完全に除去されるべきである。この目的は本文冒頭において述べた方法において前記両膜の付着が真空中で行なわれることにより達成される」(同第2段落)と記載されていることから明らかなとおり,甲3公報記載の発明においては,基材と基膜との間及び基膜とドーピング膜との間における酸化膜の形成を排除するため,基膜(本件発明の中間層に相当)及びドーピング膜(本件発明の電極活性物質層に相当)を形成する際に,酸素を排除する雰囲気を採用することとしたものであって,「両膜の付着が真空中で行なわれること」(特許請求の範囲の請求項1)を必須とするものであると解するのが相当である。
そうすると,相違点(A)に係る本件発明の構成のように,中間層と電極活性物質層を形成するに当たり,前者を酸素を排除する雰囲気下で実施されるスパッタリング法によって形成し,後者を酸素含有雰囲気下で実施される熱分解法によって形成することを,甲3公報記載の発明は,積極的に排除しているものと解されるから,上記のとおり,甲3公報の上記各記載から,本件発明における中間層に相当する「基膜」を金属タンタルを主成分として形成し得ること,及び,当該基膜をスパッタリングにより形成し得ることを読み取ることが不可能ではないとしても,当該技術的事項を甲4発明に適用して,相違点(A)に係る本件発明の構成を得ることには,阻害事由があるといわざるを得ない。
したがって,「下地層及び酸化イリジウム層の両者を熱処理で形成する甲第4号証に記載の発明(注,甲4発明)に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証に記載の発明を適用し,もって,上層については甲第4号証に記載の熱処理で形成する一方,中間層については甲第3号証に記載されたスパッタリング等,真空中での付着を選択して行うことを,当業者が容易に想到したとすることはできず,したがって,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行うという,上記相違点(A)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」とした審決の上記判断に誤りはないというべきである。
(3) これに対し,原告は,当初明細書(甲7,36)においては,「本発明電極は電極基体の表面に金属タンタル又はその合金を主成分とする中間層を形成させるものであるが,金属タンタル又はその合金の薄膜を形成させる方法としては,公知の真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオン注入及び気相メッキ法等を挙げることができる。更に簡便な方法としてはタンタルエチラート等の有機金属化合物や金属塩化物を含むアルコール溶液を電極基体上に塗布し,乾燥後,窒素,アルゴン等の不活性ガス又は水素等の還元ガス雰囲気中300〜600℃に加熱して熱分解し金属タンタル又はその合金の薄膜層を形成させることができる」(甲36の2頁右下欄最終段落〜3頁左上欄第1段落)と,スパッタリング法を他の成膜法と並列的に例示する記載があり,また,スパッタリング法によりタンタル中間層を形成した「実施例1」と,熱分解法によりタンタル中間層を形成した「実施例2」との効果に大きな差はなく,スパッタリング法でも熱分解法でも同等の結果が開示されているにすぎない旨指摘する。
原告の上記指摘は,当初明細書において,スパッタリング法は,熱分解法を含む他の成膜法と並列的なものとして記載され,かつ,中間層をスパッタリング法で形成したものも,中間層を熱分解法で形成したものも効果において大差がないとされていたことを根拠に,相違点(A)に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到し得たものであると主張するものであると解される。しかしながら,そもそも,仮に,当初明細書の記載事項を根拠として,本件発明の構成の容易想到性を肯定するとすれば,それは,本件特許出願に係る開示事項自体によって,本件発明の進歩性を否定するに等しく,そのような判断が許されないことは明らかである。原告の主張をあえて善解するとすれば,当初明細書の上記記載に係る技術的事項は,本件特許出願当時における当業者の技術常識であったとしつつ,その傍証として当初明細書の記載を援用したものと解することになろう(後に補正により削除されたとはいえ,当初は特許出願されていた技術的事項であるから,当初明細書を技術常識であったことの証拠とすることは背理ともいい得るが,その点はしばらく措く。)が,そのように解したとしても,当初明細書の記載以外には,当該技術常識の存在を示す証拠は何ら存在しないから,当該技術常識の存在を認めるに足りないというほかはなく,いずれにしても,原告の上記指摘ないし主張は採用の限りではない。
(4) 原告は,甲2公報には,電極活性物質層と中間層との形成方法を異ならせることが開示されているとした上,甲4発明は,中間層と電極活性物質層の両者を「熱処理」により形成するものであり,甲3公報記載の発明は,両者を「スパッタリング」により形成するものであるところ,これらに甲2公報記載の上記技術的事項を適用すれば,電極活性物質層の形成を「熱分解」で行う一方,中間層の形成は「スパッタリング」で行うという相違点(A)に係る構成を容易に想到し得るものである旨主張する。
しかしながら,原告も自認するとおり,甲2公報において開示されたタンタル層の被覆方法は,「被覆を付けた基材に熱を掛けて,その被覆付き基材を空気のような酸素含有雰囲気中で加熱すること」(2頁左下欄下から第2段落),「電気メッキ法,圧延または同時押出による金属学的結合法,あるいは真空中で加熱をなすイオンメッキ法のような適用方法」(同),「金属学的結合は,圧延により,同時押出により,拡散結合法により,あるいはその他の適当な方法により形成されうる」(3頁左下欄第2段落),「いずれかの方法により(すなわち圧延結合法,同時押出法,イオンメッキ法,爆発結合法)タンタル層を被覆することができ」る(5頁左下欄第1段落)というものであり,甲2公報中には,スパッタリング法によってもタンタル層を被覆し得ることについての開示は見られない。また,原告は,タンタル中間層の形成方法を異ならせることができることの証拠として,甲1公報及び甲39公報をも援用するが,いずれも溶射法により中間層を形成するものであって,中間層の形成方法としてスパッタリング法によることを開示するものでないことは,甲2公報と同様である。
そうとすれば,甲2公報,甲1公報及び甲39公報を総合しても,せいぜい,電極活性層は熱分解法で形成し,中間層は上記各公報記載の方法によって形成することが可能であるという意味において,「電極活性物質層と中間層との形成方法を異ならせること」が開示されているといい得るにすぎず,他に,スパッタリング法が上記各公報記載の方法と同等のものであって,それらと置換可能であると認めるに足りる証拠がない以上,結局,甲2公報等に開示された技術的事項は,上記(2)の判断を左右するに足りないというべきである。
なお,原告は,甲6文献を援用して,スパッタリング法によって緻密な膜,付着強度の大きい膜を形成できることは周知の技術的事項であるとも主張するが,そもそも,甲6文献は,広く一般的な技術分野を対象とするもの(139頁の表4.12参照)であって,電子工業における膜形成について,タンタル(Ta)を材料とするスパッタリング法が採用し得ること(同表の「電子工業」の欄の「その他」の項参照)は開示されているといい得るにしても,本件発明に係る酸素発生陽極のタンタル中間層の形成について,スパッタリング法を適用し得ることまでが示唆されているとはいい難いものである。また,スパッタリング法がいかに周知慣用の技術であるとしても,周知技術であるということのみから,相違点(A)に係る本件発明の構成のように,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行うことが,当業者にとって容易想到となるものではないことは当然であり,そのことは,甲2公報,甲1公報及び甲39公報に開示された技術的事項を考慮しても,同様というほかはない。
また,原告は,本件発明において,中間層の形成方法を様々なものとし得ることは,上記のとおり,出願人である被告自身が当初明細書において自認しているところであり,中間層の形成方法の変更は,当業者が容易に選択し得る設計事項にすぎないとも主張するが,当初明細書の開示事項を根拠に,本件発明の進歩性を否定することが失当であることは,上記(3)のとおりである。
(5) 原告は,スパッタリング法が他の方法と比較して顕著な効果を有するということはない(当初明細書〔甲7,36〕,甲8実験証明書)上,中間層をタンタルとすることは公知の技術であって,その作用効果も知られていた(甲2公報,甲38明細書)ということができる,電解用電極に白金族化合物を熱分解法により被覆することは周知技術にすぎない(甲39公報)ところ,中間層と電極活性物質層との形成方法を異ならせることも公知であり(甲2公報,甲39公報),それによって,顕著な効果が発生することもない(甲8実験証明書)などとして,本件発明は,周知ないし公知の技術の寄せ集めにすぎない旨主張する。
しかしながら,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成はスパッタリングで行うという相違点(A)に係る本件発明の構成が,容易に想到し得るものでないことは,上記(2)のとおりであり,そうとすれば,スパッタリング法が他の方法と比較して顕著な効果を有するか否かを検討するまでもなく,本件発明は,その構成において容易想到でないというべきであるから,原告の上記主張は採用の限りではない。
(6) なお,原告は,審決の上記(1)の判断は,甲3公報記載の発明におけるスパッタリングが「真空中」で行われるものであることを,甲4発明に対し,甲3公報記載の発明を適用することが容易でないことの理由の一つとしているものと解されるとした上,「真空」の意義等について,るる主張しているが,「真空」といっても,「人為的には作り出せず,実際はごく低圧の状態をいう」(甲31)ものであることは,いうまでもなく技術常識に属する事柄であり,審決の該当箇所も,当然にそれを前提に判断していることは明らかであるから,原告の上記主張は,審決を正解しないまま独自の見解を述べるにすぎないものである。
また,原告は,本件特許出願当時,電気メッキに用いられる電極については,どのような導電性の耐食基板の上に,どのような電極活性物質をコーティングするかが問題とされていたのであり,電極自体の構成において共通であれば,被覆方法が相違していたとしても,技術的には意味がないなどとも主張する。この原告の主張は,本件特許出願当時における当該技術分野での技術的課題等の状況を前提に,相違点(A)に係る本願発明の構成が,技術的に無意味な設計的事項である旨主張するものとも解されるが,そもそも,原告主張の前提となる技術的課題等の状況を認めるに足りる的確な証拠はない上,本件発明においては,中間層の形成方法としてスパッタリング法を採用した相違点(A)に係る構成が,中間層の構成成分において,「結晶性金属タンタルを主成分とする」との相違点(B)に係る構成と結び付いているものと認められるから,これを技術的意味がないとする主張が当を得ないものであることは明らかである。
(7) さらに,原告は,熱分解により電極活性物質層を形成する技術や,スパッタリング法によりタンタルの薄膜を形成する技術については,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献において既に開示されていた公知,公用の技術であり,かつ,それらを組み合せることに困難性はないというべきであるから,「してみれば,これら甲第1〜6号証(注,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献)の記載を検討しても,甲第4号証に記載された発明(注,甲4発明)と,甲第1〜3,5及び6号証に記載された発明とに基いて,導電性金属基体上に熱分解温度で電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリング法により形成された薄膜中間層を設けたとする,上記相違点(A)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(審決謄本15頁第1段落)とした審決の上記判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,甲1公報〜甲4公報及び甲6文献の記載によっては,相違点(A)に係る本件発明の容易想到性を肯定することができないことは,上記のとおりであり,さらに,甲5公報の記載を検討しても,その判断を左右するに足りる事情は認められないというほかはないから,原告の上記主張も採用の限りではない。
(8) 以上のほか,原告は,本件発明の効果に関する審決の判断の誤りについてもるる主張するが,一般に,発明の構成について容易想到性が否定されるときは,作用効果を論じるまでもなく,進歩性が肯定されるから,上記判示のとおり,相違点(A)に係る本件発明の構成について,無効理由イに係る容易想到性が否定される以上,本件発明の作用効果を論じる意味はないというべきであるが,原告の主張にかんがみ,念のため,その点についても検討する。
ア 本件発明の作用効果に関する原告の主張は,要するに,当初明細書(甲7,36)においては,スパッタリング法により中間層を形成した実施例1と,熱分解法により中間層を形成した実施例2とが記載され,その効果は同等であったことを根拠に,本件発明が格別な効果を奏することが立証されていない旨を主張するものであると解される。
しかしながら,上記(3)において判示したのと同様,ここでも,仮に,当初明細書の開示事項を根拠に,本件発明の効果を否定するとすれば,本件特許出願に係る開示事項自体によって,本件発明の進歩性を否定するに等しく,そのような判断は許されないというべきである。このことは,仮に,上記実施例2に当たる発明と対比した場合に,本件発明の効果がそれと同等ないしそれ以下のものであったとしても,従来の公知技術と比較して,本件発明が顕著な効果を奏するものであれば,本件発明が特許されるべきことは当然であると考えられることからも明らかである。
そして,登録明細書(甲35)によれば,本件発明は,従来の公知技術に当たる比較例1ないし比較例2との対比において,耐久性の点で効果を有するものであることが認められ(3頁左欄下から第2段落〜最終段落,右欄下から第2段落),他方,当初明細書に記載された実施例2に当たる発明が,本件特許出願当時,公知であったと認めるに足りる証拠はないから,結局,原告の上記主張は採用の限りではないというべきである。
イ また,原告は,本件発明の効果を否定する証拠として,甲8実験証明書を援用する。
確かに,甲8実験証明書によれば,タンタル中間層をスパッタリング法で形成した本件発明に相当するサンプルAの電極の寿命が1400時間であるのに対して,タンタル中間層を圧延法で形成したサンプルBの電極の寿命は2650時間と,約2倍の寿命を有することが示される。しかしながら,上記サンプルBは,タンタル中間層の厚さが1mm(1000ミクロン)であるのに対し,サンプルAのタンタル中間層の厚さは2ミクロンであって,その厚さの差は500倍にも達することからすれば,上記の寿命の差は,主として中間層の厚さの物理的な差に起因するものであるとも推認されるところである。そうとすれば,甲8実験証明書に係る実験は,中間層の製造方法に係る対比実験として,前提となる適切な実験条件の設定を欠くものというほかはないから,本件発明の効果を否定するに足りないというべきである。
(9) 以上によれば,原告の取消事由3の主張は,いずれも理由がない。
4 取消事由5(無効理由ロに係る相違点(b)に関する判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲1発明との相違点(b)として認定した,「本件発明における中間層は,詳しくは『スパッタリングにより形成された結晶性金属タンタルを主成分とする』ものであるのに対して,甲第1号証(注,甲1公報)に記載の中間層はタンタルを主成分とし,『導電性物質を溶射してなる』ものである点」(審決謄本17頁第4段落)について,無効理由イに係る相違点(A)に関するものと同旨の理由付け(同頁下から第2段落〜18頁第1段落)に加えて,溶射法との置換阻害事由に関する説示(同頁第2段落)をした上,「中間層を構成する導電性物質を溶射により形成する甲第1号証に記載の発明(注,甲1発明)に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証(注,甲3公報)に記載の発明を適用したとしても,電極活性物質の形成を熱分解で行う一方,中間層の形成についてはスパッタリングで行って結晶性金属タンタルを主成分とする中間膜を形成するという,上記相違点(b)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(同頁第3段落)と判断した。
(2) これに対し,原告は,審決の上記判断のうち,無効理由イに係る相違点(A)に関する判断と同旨の部分が誤りであることは,取消事由3に係る主張と同様であるとした上,溶射法との置換阻害事由に関する説示も誤りである旨主張する。
しかしながら,取消事由3に係る原告の主張を採用することができないことは,上記3において判示したとおりであるから,付加的な説示である溶射法との置換阻害事由に関する説示の当否について検討するまでもなく,原告の上記主張は採用の限りではない。
(3) また,原告は,上記(2)と同様の理由により,「してみれば,これら甲第1〜6号証(注,甲1公報〜甲5公報及び甲6文献)の記載を検討しても,甲第1号証に記載された発明と,(注,甲1発明)甲第3,5及び6号証に記載された発明,なおかつさらに甲第2,4号証に記載された発明(注,甲2発明,甲4発明)に基いて,導電性金属基体上に熱分解温度で電極活性物質を被覆した電極において,該基体と電極活性被覆層との間に,スパッタリングにより形成された結晶性金属タンタルを主成分とする薄膜中間層を設けたとする,上記相違点(b)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(審決謄本18頁最終段落〜19頁第1段落)とした審決の判断は誤りである旨主張するが,この主張が採用の限りでないことは,上記(2)のとおりである。
(4) さらに,原告は,ここでも,本件発明の効果に関する審決の判断の誤りを主張するが,一般に,発明の構成について容易想到性が否定されるときは,作用効果を論じるまでもなく,進歩性が肯定されるから,上記判示のとおり,相違点(b)に係る本件発明の構成について,無効理由ロに係る容易想到性が否定される以上,本件発明の作用効果を論じる意味はないというべきである。また,原告の当該主張は,当初明細書(甲7,36)の記載を根拠とするものであるところ,そうした主張が採用の限りでないことも,上記3(8)において判示したとおりである。
(5) 以上によれば,原告の取消事由5の主張はいずれも理由がない。
5 取消事由6(無効理由ハに係る相違点(i)に関する判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲2発明との相違点(@)として認定した,「本件発明では,金属タンタルを主成分とする薄膜中間層が,『スパッタリング法により形成』され,『結晶性金属タンタルを主成分とする』ものであるのに対して,甲第2号証(注,甲2公報)にはその記載が見あたらない点」(審決謄本20頁第3段落)について,無効理由イに係る相違点(A)に関するものと同旨の理由付け(同頁下から第2段落)により,「してみれば,アノード活性物質層を酸化雰囲気中での加熱により形成する甲第2号証に記載の発明に対して,『基膜』及び『ドーピング膜』の両者を真空中で付着させることを必須とする甲第3号証に記載の発明を適用したとしても,電極活性物質の被覆を熱分解で行う一方,中間層の形成についてはスパッタリングで行い,結晶性金属タンタルを主成分とする中間膜を形成するという,上記相違点(i)に係る構成を,当業者が容易に想到し得たとすることはできない」(同頁最終段落〜21頁第1段落),「他の証拠を検討しても,甲第2号証に記載された発明(注,甲2発明)と他の証拠に記載された発明に基づき,上記相違点(@)に係る構成を容易とする根拠は見あたらない」(同頁第2段落)と判断した。
(2) これに対し,原告は,審決の上記判断が誤りであることは,取消事由3に係る主張のとおりである旨主張するが,取消事由3に係る原告の主張を採用することができないことは,上記3において判示したとおりであるから,原告の上記主張も採用の限りではない。
(3) 以上によれば,原告の取消事由6の主張は理由がない。
6 以上のとおり,原告主張の取消事由1〜3,5及び6はいずれも理由がないから,原告主張の取消事由4について判断するまでもなく,原告の主張及び証拠方法によっては,本件発明に係る特許を無効とすることはできないとした審決の結論に誤りはなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 早田尚貴
裁判官 古城春実