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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ16635「窒素磁石」に係る発明の対価請求事件 判例 特許
平成16ネ35職務発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ4867「窒素磁石」に係る発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成15ワ29850職務発明等に対する相当対価等請求事件 判例 特許
平成16ワ10514職務発明の対価等請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  業務範囲 /  相当の対価(相当な対価) /  時効 /  援用権(援用) /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  侵害 /  設定登録 /  対価 / 
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事件 平成 16年 (ワ) 11261号 職務発明の対価請求事件
原告A
訴訟代理人弁護士 堺充廣藤原孝洋
被告 住友化学株式会社
訴訟代理人弁護士 松本司山形康郎井上義隆
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2005/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成16年10月19日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,被告の元従業員である原告が,被告在職中に発明した別紙特許目録記載の特許発明(以下「本件発明」といい,その特許発明に係る特許権を「本件特許権」という。)に係る特許を受ける権利職務発明として被告に承継されたとして,特許法35条3項に基づく相当の対価の支払(一部請求)及び附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成16年10月19日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提となる事実(争いがある旨記載した部分,認定の根拠となる証拠を記載した部分以外は,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 被告は,合成樹脂,合成ゴムその他化学製品及び高分子化合物等の製造,加工及び販売等を業とする株式会社である。
イ 原告は,昭和42年3月にB大学理学部大学院修士課程を卒業後,同年5月,被告に入社し,被告の中央研究所に配属され,その後,高槻研究所,千葉研究所,筑波研究所を経て,平成2年4月,被告の関連会社であるC株式会社へ出向し,平成12年7月,同社へ移籍し,平成14年3月,同社を退職した。
(2) 本件発明 原告は,昭和54年8月ころ,本件発明をした(ただし,本件発明の発明者が原告のみであるか否かについては,後記争点(1)に関する当事者の主張のとおり争いがある。)。本件発明は,その性質上被告の業務範囲に属し,かつ本件発明をするに至った行為が被告における原告の職務に属するものであって,特許法35条1項所定の職務発明に該当する。
(3) 特許を受ける権利の譲渡及び特許の設定登録 原告は,昭和54年8月ころ,被告に本件発明の特許を受ける権利を譲渡し,被告は,同月8日,本件発明について特許出願し,昭和61年10月29日,本件特許権の設定登録を受けた。
(4) 従業員の発明に関する被告の定め等 ア 昭和59年12月31日までは,被告の社内規程には,職務発明についての特許を受ける権利承継手続及び対価に関する規程が存在せず,職務発明をしてその特許を受ける権利を被告に承継させた者については,「技術表彰」という表彰が行われるだけであった。(弁論の全趣旨) イ 昭和60年1月1日には,発明等に対する表彰を「技術表彰」から「功績表彰」に改めた社員表彰規程(以下「表彰規程85」という。乙第1号証の4の1)が施行されるとともに,職務発明についての特許を受ける権利承継手続及びその対価を定めた発明考案取扱規程(以下「発明規程85」という。乙第2号証の1)が施行された。(乙第1号証の4の1,乙第2号証の1,弁論の全趣旨) 本件発明の特許を受ける権利を被告に譲渡したことに対する対価については,発明規程85が適用される。
ウ 発明規程85には,権利の承継について,「職務発明は,その権利を会社が承継する。ただし,会社が承継の必要がないと認めた場合はこの限りでない。」(第4条)と定められ,権利の譲渡義務について,「発明者は,前条の規定により,会社が承継を決定した発明について,その権利を会社に譲渡しなければならない。」(第5条)と定められていた。(乙第2号証の1) エ 発明規程85には,職務発明についての特許を受ける権利を被告に承継させたことに対する対価について,特許出願をした場合に支払われる出願補償(第6条)のほか,実施補償について,次のとおり定められていた。(乙第2号証の1) 「(実施補償) 第7条 会社が特許権を取得した発明であって,次の各号の1に該当する場合には実施補償を行う。
1. 実施効果があって会社業績に貢献したと認められる場合 2. 会社が特許権を他に譲渡し,もしくは実施させて利益を収めた場合 A 前項にかかわらず,事情により,特許権を取得しなかった発明であっても前項1号,2号に該当するものについては実施補償を行う。
B 実施補償は,社員表彰規程ならびに同細則の定める功績表彰に関する規程を適用してこれを実施する。ただし,特にこれにより難い事情があると認めた場合は特別の取扱いをすることがある。」 (5) 功績表彰 ア 原告は,平成13年6月26日,功績表彰の所長賞を受け,副賞3万円を授与され,平成14年10月4日,功績表彰の社長賞を受け,副賞12万円を授与された。(弁論の全趣旨) イ 上記アの功績表彰は,いずれも,平成11年10月1日施行の社員表彰規程(以下「表彰規程99」という。乙第1号証の5の1),社員表彰規程細則(以下「表彰規程99細則」という。乙第1号証の5の2)に基づいて行われた。
(乙第1号証の5の1,2,弁論の全趣旨) なお,上記アの功績表彰が行われた当時,被告においては,平成10年4月1日施行の発明考案取扱規程(以下「発明規程98」という。乙第2号証の3の1)が運用されていた。(乙第2号証の3の1,弁論の全趣旨) (6) 被告の実施状況 ア 被告は,遅くとも昭和63年1月31日から本件発明を実施していた。
(弁論の全趣旨) イ 被告は,米国のゼネラルエレクトリック社(以下「GE社」という。)に対し,本件発明ほか1件の発明(特願昭54-124574号)に係る米国特許権(US4315086号)の侵害について,米国デラウェア州連邦地方裁判所に訴えを提起したが,平成9年10月24日,和解が成立した。同和解により,被告は,GE社から和解金として300万ドル(当時の為替レートで約3億6000万円)を受領し,GE社から原料物質であるポリフェニレンオキシドを12年間購入することとなり,上記米国特許権の実施をGE社に許諾した。(弁論の全趣旨) (7) 消滅時効援用 被告は,原告に対し,平成16年11月15日の本件の第1回口頭弁論期日において,本件発明の特許を受ける権利を被告に承継させたことに対する特許法35条3項に基づく対価の請求権(以下,この対価を「職務発明対価」といい,この請求権を「対価請求権」ということがある。)の消滅時効援用する旨の意思表示をした。
3 争点 (1) 職務発明相当の対価の額 (2) 対価請求権の消滅時効 ア 消滅時効期間の起算点 イ 消滅時効完成後の債務承認の成否
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(職務発明相当の対価の額)について (1) 原告の主張 ア 本件発明に係る米国特許権の侵害をめぐる訴訟の和解(前記第2,2(6)イ)により,被告は,GE社から300万ドル(約4億円)の支払を受けるとともに,ポリフェニレンエーテル(PPE)を安価に購入できるようになり,それによって得た利益は,年額1ないし2億円であり,10年間では少なくとも10億円を下らない。したがって,被告が本件発明により受けた利益は,14億円を下ることはない。
イ 本件発明は,原告が単独でアイデアを発案し,研究を進め,完成したものであり,本件発明の発明者は原告のみである。被告においては,特許出願の願書の記載事項である発明者に,研究グループの上司である主任研究員の名を加える慣例があったので,この慣例に従ってDの名が加えられたにすぎず,原告は,Dから特別な助言,指導を受けていない。したがって,本件発明についての被告の貢献は,研究施設を提供したことのみであり,本件発明についての原告の貢献度は50%を下ることはない。
ウ したがって,本件発明について原告が受けるべき相当の対価は7億円を下ることはない。
(2) 被告の主張 原告の主張は争う。
本件発明は,原告が一人で完成させたものではなく,原告の上司であったDとともに完成させたものである。
2 争点(2)(対価請求権の消滅時効)ア(消滅時効期間の起算点)について (1) 被告の主張 ア 発明規程85の7条には,実施補償の支払日は明記されておらず,会社による特許権の取得(登録)以外に期限に関する事項は定められていない。同条1項1号,2号は,支払条件を定めているにすぎない。したがって,消滅時効期間の起算点は,本件特許権の登録時(昭和61年10月29日)である。
イ 仮に上記アのとおりでないとしても,発明規程85の7条が「実施補償」と規定していることから,特許権の登録後,少なくとも被告が実施を開始したときに対価の支払期限が到来すると解釈することになる。被告が本件発明の実施を開始したのは遅くとも昭和63年1月31日であるから,消滅時効期間の起算点は,遅くとも同日である。
ウ また,発明規程85の7条によって対価の支払時期をあえて確定するならば,同条1項1号の場合は,特許権を取得し,かつ発明を実施したことが前提であるから,支払時期は実施開始時である昭和63年1月31日であり,同条1項2号の場合は,実施は前提でないから,支払時期は登録時である昭和61年10月29日であって,消滅時効期間の起算点は,それらの各支払時期に当たる日である。
対価請求権の消滅時効期間の起算点は,昭和61年10月29日であり,仮にそうでなくとも昭和63年1月31日であるから,いずれにしても,10年の経過により消滅時効が完成した。
(2) 原告の主張 ア 被告の主張は争う。
イ 原告が本件発明を完成した当時,被告社内においては,職務発明についての特許を受ける権利を被告に承継させるのは当然のこととされていたが,対価の請求方法は説明されていなかった。また,その当時から,被告は,職務発明対価に代替するものとして表彰制度を設け,年間1億円以上の営業利益を上げることを表彰の基準としていた。したがって,本件発明については,原被告間において,被告が一定の営業利益を上げるまで対価請求権の行使を留保することが合意されていた。
本件において,被告が一定の営業利益を上げることによって原告による対価請求権行使の障害が除去された時期,又は原告の対価請求権の支払期限が到来した時期は,米国において和解が成立し,GE社から一時金が支払われるとともにPPEを安価に購入できることが確定的になった平成9年10月24日以降である。
ウ 発明規程85の7条1項1号及び2号は,条件ではなく期限を定めたものであり,同条3項本文によれば,同条1項1号又は2号に該当するのは,功績表彰が行われた平成13年6月26日であり,そのときに支払期限が到来したものである。
また,仮に発明規程85の7条1項1号及び2号が条件を定めたものであるとしても,それは停止条件であり,条件成就の時期は,功績表彰が行われた平成13年6月26日である。
エ したがって,対価請求権の消滅時効期間の起算点は平成9年10月24日又は平成13年6月26日であり,いずれにしても消滅時効は未だ完成していない。
3 争点(2)イ(消滅時効完成後の債務承認の成否)について (1) 原告の主張 ア 前記第2,2(5)アのとおり,原告は,平成13年6月26日,功績表彰の所長賞を受け,副賞3万円を授与され,平成14年10月4日,功績表彰の社長賞を受け,副賞12万円を授与された。
イ(ア) 発明規程85の7条3項本文によれば,社員表彰規程及び同細則は,実施補償の細目と位置づけられている。
(イ) 表彰規程99は,功績表彰を実施するための要件や手続だけでなく,副賞の金額まで定めており,功績表彰は,被告が利益を得た時点で従業員個人又はそのグループが申請することにより運用されていた。また,副賞としては,被告の得た利益に応じた金額が支払われており,功績表彰は善行表彰と区別されていた。
(ウ) 発明規程85による出願補償や実施補償の支払は,その他の規程による職務発明対価の支払を妨げるものではないから,職務発明対価として,発明規程85に基づいて実施補償を受けるとともに表彰規程99に基づいて功績表彰の副賞として金銭の授与を受けることは,自然である。
(エ) したがって,功績表彰の副賞として授与された金銭は,職務発明対価としての性質を有する。
ウ 仮に対価請求権の消滅時効が,昭和61年10月29日又は昭和63年1月31日から起算して10年の経過によって完成していたとしても,被告は,その後,原告に対し,職務発明対価としての性質を有する功績表彰の副賞としての金銭を授与したから,対価請求権の消滅時効完成後に,対価請求権に係る債務を承認したものである。
したがって,被告は,対価請求権に係る債務について,その完成した消滅時効援用をすることは許されない。
(2) 被告の主張 ア 原告の主張は争う。
イ 表彰規程99は,功績表彰とともに善行表彰を定めている。また,職務発明対価は,懲戒解雇が行われた場合でも支払われるべきであるところ,表彰規程99は,懲戒解雇その他特別の事情がある場合は,功績表彰を行わないことができる旨定めており(12条),職務発明対価の支払基準を定めた発明規程とは性格を異にする。
また,功績表彰は,職務発明を行った従業員だけではななく,発明,改善又は業務革新等を行った従業員であれば,営業部門,生産部門などの従業員も表彰対象とされている(3条)。したがって,発明,改善又は業務革新等に該当する同一の案件について,発明規程98に基づいて職務発明対価の支払を受けたが表彰規程99に基づく表彰を受けなかった者,発明者でないために発明規程98に基づく職務発明対価の支払を受けなかったが表彰規程99に基づく表彰を受けた者が存在する。
表彰規程99の副賞の金額は,職務発明対価である出願補償,実施補償の金額とは連動していない。
ウ したがって,表彰規程99に基づく功績表彰の副賞として授与された金銭は,職務発明対価としての性質を有しておらず,その授与は,対価請求権の消滅時効完成後の債務承認とはならない。
当裁判所の判断
1 争点(2)(対価請求権の消滅時効)ア(消滅時効期間の起算点)について検討する。
(1) 特許法35条3項は,「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ(中略)たときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定しており,勤務規則等で職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させることを義務付けている場合には,そのような勤務規則等の定めに従って,従業者が使用者に職務発明についての特許を受ける権利承継させたときに,従業者は相当の対価を受ける権利を取得することになる。そして,勤務規則等に対価の支払時期の定めがある場合には,その定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないものというべきである(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
これを本件についてみると,被告には発明規程85が存在し,同規程は,被告における職務発明について,被告が承継の必要がないと認めた場合でない限り,特許を受ける権利を被告に譲渡することを義務付けるとともに,その補償として,出願補償が支払われるほか,実施補償も支払われる場合があることは,前記第2,2(4)のとおりである。
実施補償に関する規定は発明規程85の7条のとおりであり,同条1項1号によれば,実施補償は,実施効果があって会社業績に貢献したと認められる場合に支給するものと規定されるにとどまっており,一義的に明確な支払回数や支払時期の定めがあるとはいえない。
ところで,職務発明についての特許を受ける権利を使用者に承継させた場合に従業者が受けるべき相当の対価請求権は,前記のとおり,承継のときに発生するものである。この相当の対価の額は,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」(特許法35条4項)ものであるところ,相当の対価の額の算定に当たって,当該特許発明実施したこと等により使用者等が得た利益など,承継後の事情が判明するときにこれを参酌することは可能であるが,特許法35条4項の定める「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,対価請求権の発生時において,客観的に見込まれる額を算定することが可能であり,対価請求権の発生時に客観的に対価の額も定まっているというべきである。
上記のとおり,勤務規則等による支払時期の定めは,発生時に客観的に対価の額が定まっている対価請求権を行使するに際しての法律上の障害であり,そのことを考慮すると,被告の発明規程85の7条1項1号による実施補償の支払時期は,特許権の登録後,被告が発明を実施したときに到来するものと解するのが相当である。そうであるとすると,本件発明の相当の対価の支払時期は,被告が本件発明を実施したときであり,被告は,遅くとも昭和63年1月31日から本件発明を実施していたから,同日が支払時期となると認められる。
(2) 以上によれば,原告の対価請求権の消滅時効期間の起算点は,その支払時期が到来した昭和63年1月31日であるものと認められる。
したがって,対価請求権は,消滅時効期間の起算点である昭和63年1月31日から10年の経過によって,時効によって消滅したものというべきである。
2 争点(2)イ(消滅時効完成後の債務承認の成否)について検討する。
(1)ア 表彰規程99(乙第1号証の5の1)によれば,表彰の種類は,その内容により功績表彰及び善行表彰の2種類とされ(2条),功績表彰は,「社員が,優れた創意をもって発明,改善または業務革新等を行い,業績に貢献した場合は,審査のうえ功績表彰を行う。」(3条)とされ,善行表彰は,「社員が,災害の未然防止,他人の危急の救助,その他特に篤行または功労があり,会社の名誉または他の社員の模範になると認めた場合は,審査のうえ善行表彰を行う。」(6条)とされている。そして,功績表彰の審査基準については,「功績表彰の審査は経済効果,技術水準,本人の創意,努力等を総合勘案して行うこととし,細目については,細則に定める。」(5条)とされている。また,表彰の方法については,「表彰は,1件ごとに賞状を授与して行い,審査の結果必要がある場合は,副賞を授与することがある。」(10条)と定められ,退職者等に対する賞状,副賞の授与については,「この規程による賞状ならびに副賞は,退職しまたは解雇された場合においても本人または遺族に授与する。ただし,懲戒解雇その他特別の事情がある場合は,この限りではない。」(12条)と定められている。
表彰規程99細則(乙第1号証の5の2)には,表彰規程99第5条に定める功績表彰の審査基準の細目として,社長賞,所長賞の1ないし5級につき,経済効果の金額等が定められており(細則6条),表彰規程10条の副賞の金額の基準も定められていた(細則8条)。
イ 乙第4号証によれば,発明,改善又は業務革新等に該当する同一の案件について,発明規程98に基づいて職務発明対価の支払を受けたが表彰規程99に基づく表彰を受けなかった者,発明者でないために発明規程98に基づく職務発明対価の支払を受けなかったが表彰規程99に基づく表彰を受けた者が存在することが認められる。
(2) 前記(1)ア,イの認定事実によれば,表彰規程99に基づく功績表彰は,優れた創意をもって発明を行い,業績に貢献したことによって与えられる場合があり,功績表彰の審査は,経済効果,技術水準,本人の創意などを勘案して行われていたから,功績表彰の副賞として金銭を授与することは,発明の功労に金銭をもって報いるという面があったことは否定し得ない。
しかし,表彰規程99において,功績表彰は,善行表彰とともに規定されており,発明を行った場合のみならず,優れた創意をもって改善又は業務革新等を行い,業績に貢献した場合にも授与されるものである(表彰規程99第3条)。また,職務発明対価であれば,たとえ懲戒解雇を受けた場合でも対価請求権は失われないと解されるところ,功績表彰は,懲戒解雇の場合は授与されない場合があり得る(表彰規程99第12条)。さらに,表彰規程99とは別に,職務発明対価について定める発明規程98が存在し,発明規程98に基づいて職務発明対価の支払を受けたが表彰規程99に基づく表彰を受けなかった者,発明者でないために発明規程98に基づく職務発明対価の支払を受けなかったが表彰規程99に基づく表彰を受けた者が存在する。このような事実を考慮すると,功績表彰及びその副賞は,職務発明発明者に与えられる場合があったとしても,その性質は,元来,恩恵的な表彰というべきものであって,功績表彰の副賞として授与される金銭は,職務発明対価としての性質を有するものとは認められない。
(3)ア 原告は,発明規程85の7条3項本文によれば,社員表彰規程及び同細則は実施補償の細目と位置づけられており,功績表彰の副賞として授与された金銭は,職務発明対価としての性質を有する旨主張する。
発明規程85の7条3項本文には,「実施補償は,社員表彰規程ならびに同細則の定める功績表彰に関する規程を適用してこれを実施する。」と定められている(前記第2,2(4)エ)。しかし,どのような場合に実施補償を行うかということは,発明規程85の7条1項,2項に定められており,同条3項は,実施補償が行われることを前提として,これを社員表彰規程及び同細則の定める功績表彰に関する規程に基づいて行うことを定めるにとどまるものであって,同条3項の定めから,逆に,社員表彰規程及び同細則に基づく表彰又は副賞としての金銭の授与が実施補償としての性質を有すると解する根拠はないというべきである。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ 原告は,表彰規程99は功績表彰を実施するための要件や手続だけでなく副賞の金額まで定めていること,功績表彰は被告が利益を得た時点で従業員個人又はそのグループが申請することにより運用されていたこと,その副賞が被告の得た利益に応じた金額が支払われていたこと,功績表彰が善行表彰と区別されていたことなどから,功績表彰の副賞として授与された金銭は,職務発明対価としての性質を有する旨主張する。
前記(2)認定のとおり,功績表彰は,優れた創意をもって発明を行い,業績に貢献したことによって与えられる場合があり,副賞としての金銭の授与は,発明の功労に金銭をもって報いるという面があることは否定し得ない。しかし,発明者に対し,職務発明対価の支払とは別に,発明の功労に報いる趣旨で表彰の副賞として金銭を授与することは,優れた発明を奨励するなどの目的に照らして合理性があり,また,会社は営利を目的とするものであるから,表彰の副賞として会社の得た利益に応じた金額が支払われることにも合理性があると認められる。したがって,功績表彰において,発明の功労に報いる趣旨で金銭が授与されること,会社の得た利益に応じた金額が支払われることをもって,直ちに,そのような金銭が職務発明対価であるということはできない。また,功績表彰が善行表彰と区別されていることをもって,功績表彰の副賞として授与される金銭が職務発明対価としての性質を有するということはできない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 原告は,発明規程85による出願補償や実施補償の支払は,その他の規程による職務発明対価の支払を妨げるものではないから,職務発明対価として,発明規程85に基づいて実施補償を受けるとともに表彰規程99に基づいて表彰の副賞として職務発明対価たる金銭の授与を受けることは自然であると主張する。
確かに,発明規程85は,職務発明対価の支払をその他の規程によって行わない旨を明記してはいない。しかし,発明規程85は,その文言,内容からして,職務発明についての特許を受ける権利等の承継対価の支払を明らかにするために制定されたものと認められるから,職務発明対価の支払に関して発明規程85の特則を設ける旨を明文で定める規程等が存在しない限り,被告における職務発明対価の支払に関しては,発明規程85がそのすべてを定めていると解すべきである。原告が表彰を受けた当時は,前記第2,2(5)のとおり,発明規程98が施行され,運用されていたが,発明規程98(乙第2号証の3の1)についても,その文言,内容からして,同様に解すべきである。表彰規程99は,前記2(1)アのとおりの内容であり,職務発明対価の支払に関して発明規程の特則を設ける旨を明文で定めているものではないから,上記のような発明規程の位置づけに照らしても,表彰規程99が職務発明対価の支払を規定したものと解することはできず,その表彰の副賞として授与された金銭を職務発明対価と解することはできないというべきである。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 以上によれば,被告が原告に対して表彰規程99による功績表彰の副賞として金銭を授与したことは,職務発明対価を支払ったことにはならず,対価請求権の消滅時効完成後の債務承認に該当しないものと認められ,被告が対価請求権の時効による消滅を主張することは,妨げられないものというべきである。
3 結論 以上の認定,判断によれば,原告の職務発明対価請求権は,時効により消滅したというべきであり,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 中平健,同大濱寿美