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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 4年 (ワ) 7157号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1995/06/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
一 被告は、別紙目録(一)記載の抽出液を製造し、別紙目録(二)記載の製剤を製造し、該製剤を販売し、かつ、これらを宣伝広告してはならない。
二 被告は、別紙目録(一)記載の抽出液及び別紙目録(二)記載の製剤について薬事法に基づいて取得している各製造承認並びに別紙目録(二)記載の製剤について健康保険法に基づいて収載を受けている薬価基準をそれぞれ取り下げねばならない。
三 被告は、別紙目録(一)記載の抽出液及び別紙目録(二)記載の製剤について被告が薬事法に基づいて取得している各製造承認を他に承継せしめ、又は譲渡してはならない。
四 被告は、被告の所有する別紙目録(一)記載の抽出液及び別紙目録(二)記載の製剤を廃棄せよ。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 仮執行の宣言
事案の概要
一 原告の権利1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第1項記載の特許発明を「本件発明」又は「本件特許方法」という。)を有している(甲第一号証、第二号証、第一九号証)。
(一) 発明の名称 生理活性物質測定法(二) 出願日 昭和六二年九月八日(特願昭六二―二二五九五九号)(三) 出願公告日 平成四年三月一一日(特公平四―一四〇〇〇号)(四) 登録日 平成五年一月一九日(五) 登録番号 第一七二五七四七号(六) 特許請求の範囲「1 動物血漿、
血液凝固第]U因子活性化剤、
電解質、
被検物質、
から成る溶液を混合反応させ、次いで該反応におけるカリクレインの生成を停止させるために、生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加え、生成したカリクレインを定量することを特徴とする被検物質のカリクレイン生成阻害能測定法。
2 カリクレインに対する合成基質を用いて生成したカリクレインを定量する特許請求の範囲第1項記載の測定法。
3 動物血漿がヒト血漿である特許請求の範囲第1項記載の測定法。
4 ヒト血漿が加クエン酸血漿又は凍結乾燥品である特許請求の範囲第3項記載の測定法。
5 動物血漿が家畜又は実験用動物の血漿である特許請求の範囲第1項記載の測定法。
6 動物血漿がウシ、ヒツジ、ブタ、ウマ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、ラット又はマウスの血漿である特許請求の範囲第5項記載の測定法。
7 動物血漿を5乃至10倍希釈して用いる特許請求の範囲第1項記載の測定法。
8 0℃乃至4℃の反応温度下でカリクレイン生成反応を行う特許請求の範囲第1項記載の測定法。
9 血液凝固第]U因子活性化剤がカオリンである特許請求の範囲第1項記載の測定法。
10 電解質が一価の正電荷イオンを含む化合物である特許請求の範囲第1項記載の測定法。
11 一価の正電荷イオンがナトリウムイオンである特許請求の範囲第10項記載の測定法。」(別添特許公報〔以下「公報」という。〕参照)2 本件発明の構成要件 本件発明の構成要件は、以下のとおり分説するのが相当である(甲第一号証)。
(1) 動物血漿、血液凝固第]U因子活性化剤、電解質、被検物質、から成る溶液を混合反応させ、
(2) 次いで該反応におけるカリクレインの生成を停止させるために、生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加え、
(3) 生成したカリクレインを定量すること(4) を特徴とする被検物質のカリクレイン生成阻害能測定法。
3 本件発明の明細書の記載 本件発明の明細書には、発明の詳細な説明の欄に以下の記載がある(甲第一号証)。
(従来の技術)の項「 カリクレインは種々の動物の血漿中並びに組織に広汎に存在するタンパク分解酵素であり、カリクレイン・キニン系なる酵素系が知られている。
このカリクレイン・キニン系は生体内において、他の様々な酵素反応系、例えばレニアン・アンジオテンシン系、血液凝固系、線溶系、補体系やプロスタグランジン、ロイコトリエン、トロンボキサンを中心とするアラキドン酸カスケード並びにカテコールアミン等と密接な関連性をもって作用しており、生体内の機能調節に重要な意義を有している。従って、カリクレイン・キニン系は、他の酵素系と関連することにより血圧調節作用、血液凝固―線溶―補体系を通じての作用、或いはアラキドン酸カスケードにより生成する種々の生理活性物質による生体調整作用や末梢循環改善作用等に深く関わっているものである。カリクレイン・キニン系の生成産物であるキニン類は、末梢血管拡張に伴う降圧、血管透過性の亢進、平滑筋の収縮或いは弛緩、初痛、白血球の遊走、副腎皮質からのカツコールアミンの遊離作用など種々の生理活性を有するほか、アレルギー反応を含めた急性炎症のメディエーターとしても知られており、生体内における存在意義は大きい。従って、カリクレインの生成に作用する質、即ちカリクレインの生成を抑制或いは促進する物質の作用を簡便、且つ正確に測定する方法を確立することは、上記のような生体機能の調整に役立つ作用を知るうえで又かかる薬剤を開発する上で非常に有用な手段となるものである。尚、カリクレイン・キニン系自身は以下のような一連の酵素反応の上に成立するものである。即ち、この酵素系には血液凝固第]U因子(ハーゲマン因子、以下F]Uと略す)が重要な役割を果しており、血漿中のF]Uはガラス、カオリン、エラジン酸等の負に荷電した物質、若しくはコラーゲン、ホモシスチン、
血小板膜、硫酸化糖脂質等の生体内に存在する物質と接触することにより、或いは組織に対する侵害刺激等により活性化される。この活性化されたF]U(F]Ua)は同じく血漿中に存在するプレカリクレインに作用して、これをカリクレインへと変換し、このカリクレインが血漿中の高分子キニノーゲンに作用してノナペプチドであるブラジキニンを遊離させるという一連の反応が引き起こされることになる。さらに引き続いて、遊離されたキニン類は、前述のような作用により直接的には炎症、痛みやアラキドン酸カスケードに対する作用を引き起こすなど種々の影響を及ぼすことになる。本発明者らは、このようなカリクレイン・キニン系に関連する一連の酵素反応系を踏まえ、これらの反応を試験管内にて再構成することにより、本発明の反応系が作用物質の測定法として極めて有用で且つ信頼性が高く、
又、操作も簡便であることを見出し本発明を完成した。」(公報3欄14行〜4欄24行)(問題点を解決するための手段)の項「 好ましい態様としては、動物血漿、血液凝固第]U因子活性化剤、電解質、被検物質、から成る溶液を混合反応させた後、該反応におけるカリクレインの生成を停止させるために、生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加え、(以下第一次反応という)、
次いでこの第一次反応液を、カリクレインに対する基質、緩衝液、から成る第二次反応液と複合反応させ(以下第二次反応という)、生成したカリクレインによる分解産物を定量する方法が挙げられる。本発明における反応系は、前期のように(「前記のように」の誤記と認める。裁判所注記)二段階の反応により構成されるものであり、第一次反応は血漿にカオリン等のF]U活性化剤を添加して活性型F]Uとすることにより、該血漿中のプリカリクレインからカリクレインを生成させる反応系である。引き続いて行われる第二次反応は、第一次反応で生成したカリクレインを定量する反応系であり、例えば、カリクレインの活性(生成量)をカリクレインに対する特異的基質を用いて測定する方法で行うことができる。」(公報5欄5行〜33行)「 第一次反応の反応時間は、第一次反応液中に加えた血漿の量、F]U活性化剤、被検薬の濃度或いは反応液のpH等によって変化するが、反応時間と生成したカリクレイン量(カリクレイン活性)との間に直線的な関係が成立する時間内に設定することが必要である。なぜならば、本発明測定法はカリクレイン生成に影響を与える生理活性物質の作用を、生成カリクレイン活性で定量する方法が好ましいため、カリクレイン活性が飽和してしまう時間前の直線部分で行わねばならないからである。しかしながら、実際の測定操作上の観点より15乃至30分の間に反応時間を制定することが実際的で好ましい。第一次反応の停止は、活性型F]Uのみを特異的に阻害してさらに余分のカリクレインが生成しないようにし、且つ第二次反応においては測定するカリクレイン活性には実際的に無影響な阻害剤を第一次反応系に添加することで行うことができる。このような阻害剤として、LBTI(Lima Bean Trypsin Inhibitor:リマ豆由来のトリプシンインヒビター)或いはCHFI(Corn Hageman Fragment Inhibitor:トウモロコシ由来のハーゲマンフラグメントインヒビター)等が挙げられる。」(公報6欄42行〜7欄22行)(実施例)の項「 実施例1動物血漿として、ヒト血漿を用いた場合についての実施例を以下に詳細に説明する。
(1) ヒトクエン酸加血漿の調整 健常な成人より常法に従い、ヒト血液:三・八%クエン酸ナトリウム(9:1)となるように採血した後遠心分離し、ヒトクエン酸加血漿(以下単にヒト血漿という)を上清として得た。
(2) 第一次反応ヒト血漿 〇・一mlカオリン懸濁液 〇・五ml塩化ナトリウム水溶液 被検薬水溶液 蒸留水 〇・四ml(中略) 上記反応液を氷水浴中20分間反応させた後、〇・五mlのLBTI溶液〔45mg/ml・50mMトリス塩酸緩衝液(pH8.0)〕を加え反応を停止した。」(公報8欄43行〜9欄24行)「(3)第二次反応第一次反応液 〇・一ml合成基質 〇・一ml緩衝液 〇・二ml(中略) 反応に際しては、上記反応液を30℃で20分間反応させた後、一%クエン酸〇・八mlを加え、必要に応じて遠心分離して懸濁物を除去した後、p―ニトロアニリンの四〇五nmにおける吸光度を測定した。」(公報9欄28行〜39行)(作用)の項「 実施例1の反応系を用いて、インドメタシン、ケトプロフエン、モルヒネ、アミノピリン等の各種鎮痛剤のカリクレイン生成阻害活性を測定した。尚、これらの被検薬は中性付近の水溶液に調整して使用した。結果の一例を第1図に示す。第1図より明らかなように、鎮痛作用の一因がブラジキニンの遊離抑制作用であるインドメタシンやケトプロフエンは本発明測定法により顕著なカリクレイン生成阻害作用が観察されたが、中枢神経系に作用する鎮痛剤であるモルヒネやアミノピリンはカリクレイン生成阻害作用をほとんど示さなかった。さらに、本発明測定系において、最終生成物である発痛・起炎物質ブラジキニンの被検薬による遊離抑性作用を等べた結果の一例を第2図に示す。第2図より明らかなように、第1図で顕著なカリクレイン生成阻害作用を示した薬剤は、同様に優れたブラジキニン遊離抑制作用を有することが示された。以上のように、カリクレイン生成阻害(第1図)とブラジキニン遊離抑制(第2図)とは良く相関関係を示し、従って、本発明測定法はカリクレイン―キニン系に関与する生理活性物質の測定法として信頼性が高いものである。」(公報15欄10行〜34行)4 本件発明の概要(但し、本件発明の技術的範囲については後に判示する。) 本件発明の明細書の記載を総合すると、以下のとおり認められる。
(一) カリクレインは、種々の動物の血漿中及び組織に広汎に存在する蛋白質を分解する触媒機能を有する酵素蛋白質の一種であるが、動物の血漿中でこのカリクレインが生成する過程は一連の酵素反応(カリクレイン・キニン系)である。すなわち、別紙参考図に示すとおり、動物の血漿中にカオリン等の血液凝固第]U因子活性化剤を添加すると、血漿中に存在する血液凝固第]U因子(ハーゲマン因子F]U)は活性化されて活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)に変化する。この活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)は、同じく血漿中に存在するプレカリクレインに作用してこれをカリクレインに変換し、更にこのカリクレインが血漿中の高分子キニノーゲンに作用してノナペプチドであるブラジキニンを遊離させる。
そして、この遊離されたブラジキニンが炎症、痛み及びアラキド酸カスケードに対する作用を引き起こす。
(二) 本件発明における反応系は、動物血漿、血液凝固第]U因子活性化剤、電解質、被検物質から成る溶液を混合反応させた後、カリクレインの生成を停止させるために、カリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間(例えば反応開始から一五〜三〇分間)内に、すなわちカリクレイン活性が飽和してしまう時間前の直線部分で、血漿中に残存している活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)の活性のみを特異的に阻害して余分のカリクレインが生成しないようにし、かつ、生成したカリクレイン活性には実質的に無影響なLBTIのような阻害剤を添加し(以上、第一次反応)、次いで第一次反応液をカリクレインに対する基質及び緩衝液から成る第二次反応液と混合反応させる(以上、第二次反応)という二段階の反応により構成されている。そして、第一次反応及び第二次反応は一連の酵素反応に基づくものであり、これら酵素反応系における酵素量は物質量として表わされるものではなく、単位時間当たりに当該酵素によって生成される反応生成物量(酵素活性)として測定されるものであって、結局、本件発明における被検物質のカリクレイン生成阻害能の測定は、第一次反応で生成したカリクレインを第二次反応において定量することにより行うものとされる。
二 原告のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びそれを有効成分とする製剤(注射剤)の医薬品製造承認及び製造販売 原告は、別紙目録(一)記載の抽出液及びそれを有効成分とする別紙目録(二)記載の製剤(注射剤)について、昭和二八年九月五日、承認番号(阪薬)第八一三四号により厚生大臣から薬事法に基づく製造承認を受け、昭和五一年九月一日健康保険法に基づく薬価基準の収載を受け、同年一一月一日から右抽出液を製造して、
一管三ミリリットル中右抽出液三・六ノイロトロピン単位を含有する水性注射液として製剤のうえ、「ノイロトロピン特号3cc」の商標の下に鎮痛・鎮静・抗アレルギー剤として販売している(以下、右抽出液及び製剤をまとめて「原告医薬品」という。)。原告は、昭和六二年一一月二〇日付で厚生大臣に対し、原告医薬品について薬事法14条4項の規定により医薬品製造承認事項一部変更承認を申請し(以下「一部変更申請」という。)、平成四年五月一一日付で厚生大臣から承認を受けた。なお、原告は、昭和六二年一〇月二日付で別紙目録(一)記載の抽出液を有効成分とする錠剤(ノイトロピン錠)について厚生大臣から薬事法に基づく製造承認を受けた(甲第一六号証、第一七号証、乙第一〇号証、第一七号証、弁論の全趣旨)。
三 被告のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びそれを有効成分とする製剤(注射剤)の医薬品製造承認及び製造販売 被告は、別紙目録(一)記載の抽出液(FN原液「フジモト」)及びそれを有効成分とする別紙目録(二)記載の製剤(注射剤)について、昭和六二年一一月一三日付で厚生大臣に対し、先発医薬品である原告医薬品と規格が同等又はそれ以上である後発医薬品として、薬事法14条1項の規定により医薬品製造承認申請をし、
平成四年二月二一日、厚生大臣から承認を受け、同年七月一〇日付で右製剤(注射剤。商品名「ローズモルゲン注」)について、健康保険法に基づく薬価基準の収載を受け(以上、争いがない。)、同年一〇月上旬からこれを販売している(弁論の全趣旨。以下、右抽出液及び製剤をまとめて「被告医薬品」という。)。
四 医薬品の規格及び試験方法に関する法制の概略と原告医薬品及び被告医薬品におけるカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の実施1 医薬品製造業者は、厚生大臣に対し医薬品の製造承認を申請する際には、薬事法14条1項薬事法施行規則17条に基づき、様式第十(一)による医薬品製造承認申請書に申請に係る医薬品の「規格及び試験方法」を記載することが義務づけられており、厚生大臣から製造承認が与えられるときは、医薬品製造承認書の一部として右医薬品製造承認申請書が添付されることになる。この医薬品製造承認申請書の「規格及び試験方法」欄の記載方法については、「医薬品の製造又は輸入の承認申請に際し添付すべき資料の取扱い等について」(昭和五五年五月三〇日薬審第七一八号・都道府県衛生主管部〔局〕長あて・厚生省薬務局審査課長、同生物製剤課長通知)3(4)ア8により、「確認試験」の項目が設定されなければならないものとされている(甲第七号証の2四一八頁)。そして、財団法人日本公定書協会編「医薬品製造指針(一九九一年版)」(平成三年九月一七日株式会社薬業時報社発行)第U部第1章「7 承認申請書の記載要領」の「(8)規格及び試験方法」欄によれば、確認試験は、当該医薬品が目的物であるか否かを確認するために必要な試験であり、原則としてすべての有効成分について記載することが必要であるとされている(甲第一一号証の4七二頁)。
薬事法に基づいて定められた「医薬品の製造管理及び品質管理規則」(昭和五五年厚生省令第三一号)によれば、医薬品の製造業者は、製造所における医薬品の製造管理及び品質管理を適切に行うため、医薬品の品目ごとに、製造承認事項、製造手順その他必要な事項について記載した製品標準書を当該医薬品の製造に係る製造所ごとに作成しなければならないとされ(3条)、さらに、製造所における医薬品の品質管理を適切に行うため、製造所ごとに、検体の採取方法、試験検査結果の判定方法その他必要な事項を記載した品質管理基準書を作成しなければならず(6条)、品質管理責任者に、製品標準書又は品質管理基準書に基づき、試験検査実施計画書を作成して原料及び製品についてはロットごとに、資材については管理単位ごとに試験検査を行うのに必要な検体を採取し、その記録を作成し、採取した検体について、ロットごと又は管理単位ごとに試験検査を行い、その記録を作成すること、試験検査結果の判定を行い、その結果を医薬品製造管理者及び製造管理責任者に対して文書により報告すること、試験結果に関する記録を記録の日から三年間保存することなどの医薬品の品質管理に係る業務を適切に行わせなければならない(7条)、とされている。
2 別紙目録(二)記載の製剤に有効成分として含まれている別紙目録(一)記載のワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液は生体の皮膚組織から抽出された成分未詳の天然物質であり、化学合成医薬品のように化学構造によってそれを構成している化合物を特定することができないから、原告及び被告は、原告医薬品、
被告医薬品の製造承認を申請する際、右抽出液の品質規格の検定のために医薬品製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に多項目にわたる規格及び試験方法のうちの一項目としてカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法を記載することを法律上義務づけられており、現実に業として原告医薬品、被告医薬品を製造する際にも確認試験を実施している(争いがない。)。
五 被告が現実に業として実施している被告製品のカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法 被告が被告医薬品の品質規格の検定のために、多項目にわたる規格及び試験方法のうち一項目としてカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験を実施していることは前示のとおり当事者間に争いがないが、その方法(以下「イ号方法」という。)の具体的な内容については当事者間に争いがあるところ、この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
1 原告主張のイ号方法 原告が主張するイ号方法の具体的な内容は別紙目録(三)記載のとおりであり、
これは以下のとおり分説するのが相当である。
(1) ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を被検物質として、これに塩化ナトリウム等の電解質及びヒト血漿を加え、次いでこれにカオリン懸濁液等の血液凝固第]U因子活性化剤を加えて反応させた後、
(2) リマ豆トリプシンインヒビター等の活性型血液凝固第]U因子に対する特異的阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加えてカリクレインの生成を停止させ、
(3) 生成したカリクレインを合成基質を用いて定量する(4) 前記被検物質のカリクレイン産生阻害能測定方法。
2 被告主張のイ号方法 被告が主張するイ号方法の具体的な内容は別紙目録(四)記載のとおりであり、
これは同目録のA〜Eのとおり分説するのが相当である。
六 原告の請求本件は、原告が、原告医薬品や被告医薬品のようなワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法としては、現在までに本件特許方法が唯一知られているだけであるところ、被告主張のイ号方法は、カリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定法ではなくて単なる定性的測定法にすぎず、しかもカリクレイン・キニン系の反応において、LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いておらず、また、その方法中のエタノール処理によりワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するので、
本件特許方法のようなカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないから、被告医薬品が原告医薬品と同等又はそれ以上の薬効を有する後発医薬品として厚生大臣から医薬品製造承認を受けた以上、被告医薬品の製造承認申請書中の「規格及び試験方法」の欄にはカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として本件特許方法に該当する原告主張のイ号方法が記載されているに相違なく、現実に被告が業として実施している被告医薬品の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の試験方法も原告主張のイ号方法以外にはあり得ない、
と主張し、このことを前提に、
@ 被告が被告医薬品を製造販売すれば必然的に本件発明を実施することになり本件特許権を侵害することになると主張して、別紙目録(一)記載の抽出液の製造、
別紙目録(二)記載の製剤の製造、該製剤の販売及びそれらの物の宣伝広告の停止を求めるとともに、
A 被告が原告主張のイ号方法を医薬品製造承認申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載して被告医薬品につき厚生大臣の製造承認を受けたことは、本件特許方法に該当する原告主張のイ号方法を実施する準備行為であるから除去されねばならず、健康保険法に基づく薬価収載によって取得している被告医薬品の製造販売に関する資格を喪失させる必要があると主張して、本件特許権の侵害の予防のため特許法100条2項に基づき、被告が被告医薬品について薬事法に基づいて取得している各製造承認及び別紙目録(二)記載の製剤について健康保険法に基づいて収載を受けている薬価基準の各取下げを、
B 被告が被告医薬品の製造承認によって得ている地位(それは本件特許方法に該当する「規格及び試験方法」の定めを含むものである。)を第三者に承継せしめ、
又は譲渡すること(薬事法施行規則21条の6参照)により本件特許権侵害が更に拡散することを防止する必要があると主張して、右承継、譲渡の禁止を、
C 被告の所有する被告医薬品の廃棄を各求めたものである。
七 争点 本件の争点は、被告が被告医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として(本件特許方法に該当する)原告主張のイ号方法を実施しているか否かという点に尽きるが、この点を判断するためにより具体的に以下の点が争いとなっている。
1 本件特許方法は、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるか。
2 被告主張のイ号方法は、本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないか。すなわち、
(一) 被告主張のイ号方法は定性的試験方法か、定量的試験方法か。
(二) LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いない被告主張のイ号方法は、生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないか。
(三) 被告主張のイ号方法中のエタノール抽出処理により、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するか。
3(一) 原告が原告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法。
(二) 被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品である被告医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は、先発医薬品である原告医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ、厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)(三) 右(二)の方法と、被告が現実に業として被告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法とは、必ず同じ方法でなければならないか(医薬品の製造業者は、現実に業として医薬品を製造する際、当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許されるか。)
争点に関する当事者の主張
一 本件特許方法は、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるか(争点1)。
【原告の主張】1 被告医薬品の製造承認申請時及びこれに対する厚生大臣の製造承認時はもちろん、現在においても、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液の品質規格を検定するためのカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定方法(カリクレインの産生量をいかほど阻害するかということを測定する。)としては、本件特許方法が唯一知られているだけであり、それ以外の方法は知られていない。そして、本件特許方法は、昭和六一年一二月二〇日発行の「基礎と臨床」第二〇巻第一七号所載の「血漿カリクレイン様物質産生阻害能を評価するin vitro測定法」と題する論文(原告の生物活性科学研究所豊巻芳男ら。甲第三号証の添付資料4)によって既に公表済みであった。したがって、被告は、昭和六二年一一月一三日厚生大臣に対し被告医薬品の製造承認を申請した後、厚生省の指導を受けて本件特許方法に該当する原告主張のイ号方法によるカリクレイン様物質産生阻害活性の測定試験を行い、その試験結果のデータを添えて右方法を被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載して、製造承認を受けたものと推定する外はない。
2 被告は、被告医薬品につき厚生大臣から製造承認を受けた「規格及び試験方法」中にカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法が含まれていることは争わず、それが本件特許方法に該当する方法であることを否認しているが、単に否認するにとどまり、製造承認を受けた方法がいかなるものであるかについては主張せず、医薬品製造承認申請書の提出も拒んでいるから、前記の推定を覆すことはできない。
3 被告は、右のように被告医薬品につき厚生大臣から製造承認を受けたカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法を明らかにしないまま、被告医薬品の製造に当たっては被告主張のイ号方法を実施しているとし、それが本件特許方法と同等性のあるものである旨主張しているが、その主張の趣旨は必ずしも明確ではない。
被告医薬品の製造承認申請に当たり、被告主張のイ号方法をもって承認を受けることが、本件特許方法との同等性のゆえに可能であったことを主張するものであるとすれば、被告主張のイ号方法をもって製造承認を受けたとの主張を伴わなければ無意味である。
本件特許方法に該当する方法によって被告医薬品の製造承認を受けたが、実際の製造に当たっては被告主張のイ号方法を実施することが両者の同等性のゆえに許されることを主張するものであるとすれば、本件特許方法に該当する方法により製造承認を受けた旨の主張がない以上、主張としての体をなさない。医薬品の製造に当たっては、製造承認に係る方法自体又はその方法と同等性のある方法の外は実施することができないからである。
あるいは、本件特許方法がカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定方法として唯一のものであり、これと同等ないしこれより優れた定量的なカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法は存在しない旨の原告の主張に対する単なる積極否認であり、
同等性のある測定方法として被告主張のイ号方法が存在する旨を主張しているにすぎないのであれば、被告は、被告が被告主張のイ号方法を実施していることの正当性の主張を放棄しているものといわなければならない。けだし、被告主張のイ号方法が仮に本件特許方法と同等性のある方法であるとしても、製造承認を受けた方法と無関係に被告がこれを実施し得るものではないので、製造承認を受けた方法を明らかにしない以上、被告が被告主張のイ号方法を実施することの正当性を認めるに由ないからである。
【被告の主張】1 ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液の品質規格を特定するためのカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定方法としては、本件特許方法が唯一知られているだけであり、それ以外の方法は知られていない、との原告の主張には二つの誤りがある。
第一の誤りは、カリクレイン様物質産生阻害活性の試験方法は本件特許方法以外に知られていないとする点である。原告は、被検薬のカリクレイン様物質産生阻害能であるカリクレイン様物質産生阻害活性は、被検薬の非存在下における血漿中のカリクレイン生成量を対照基準値とし、これと被検薬の存在下における血漿中のカリクレイン生成量との差によって求められるとするが、その具体的な操作はカリクレイン活性の測定そのものである。しかして、カリクレインは酵素であり、その生成量を測定することは、すなわちカリクレイン活性の強さを測定することである。
一般に行われる発色性合成基質を用いるカリクレイン測定法は、カリクレイン活性に対し特異性のある合成基質を使用し、吸光度を測定するというものであり、現実の操作としては、比色計の表示した数値を読み、吸光度の値を知るのである。本件特許方法はカリクレイン活性の測定のため、LBTI等の阻害剤を添加することを特徴としているが、右阻害剤を添加してカリクレイン活性の測定を行うのは、本件特許出願前の公知の技法である(乙第四号証)。
原告の主張は、本件特許方法が唯一の「正確」かつ「定量的な」測定方法であるとも言い換えられている(後記二2【原告の主張】(一))。原告も、被告主張のイ号方法がカリクレイン様物質産生阻害活性の定性的測定方法であること自体は認めているのであるから、そのような主張に後退せざるを得ないのである。結局のところ、原告の「本件特許方法以外には知られていない」との主張の実質は、本件特許方法は他の方法よりもより正確にカリクレイン様物質産生阻害活性を測定できる方法であるというにすぎず、原告主張の破綻は明白である。そして、その正確性についても、LBTIを用いた本件特許方法による測定結果とこれを用いない測定方法による結果とは科学的に同等であることが実証されているのである(乙第九号証、第一五号証、第一九号証)。
原告の主張の第二の誤りは、本件特許方法を、「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液の品質規格を検定するためのカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定方法」であるとする点である。本件特許方法は、医薬品の品質規格を検定するための試験方法の操作の一部ではあるが、右試験方法そのものではない。医薬品の品質規格を検定するための試験としては、カリクレイン活性を測定する操作すなわちカリクレイン様物質産生阻害活性を測定する操作だけでは足りず、被検薬の前処理、対照基準の設定等の多くの操作や条件設定が必要である。しかるに、甲第一七号証添付の公証人の認証文言ある原告医薬品の昭和六二年一一月二〇日付医薬品製造承認事項一部変更承認申請書の抄本は、原告医薬品の「規格及び試験方法」のうち前処理から始まるほとんどの操作や実験条件を秘匿しており、被告が被告主張のイ号方法を開示したことに対応する誠実な態度とは到底いえない。しかも、その僅かに開示された部分をみても、右「規格及び試験方法」が本件特許方法そのものと異なることは明らかである。
二 被告主張のイ号方法は、本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないか(争点2)。
1 被告主張のイ号方法は定性的試験方法か、定量的試験方法か(争点2(一))。
【原告の主張】(一) 本件特許方法が定量的測定方法であるのに対して、
被告が現実に業として実施していると主張する被告主張のイ号方法は、定性的試験方法であるにすぎず、しかも、定性的試験方法としても信頼に値する方法ではないから、本件特許方法と同等又はそれ以上の方法ではあり得ず、本件特許方法に代替し得る方法とはなり得ない。
被告は、被告主張のイ号方法が定性的試験方法であることは認めながら、原告が原告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性確認試験も定性的試験方法である旨主張するが、原告の実施している方法は、被告主張のイ号方法のように試料溶液を操作して得られる試験比色液について吸光度を測定してその測定値とカリジノゲナーゼ標準品を操作したものの吸光度との大小を比較するにとどまらず、試料比色液と対照比色液との吸光度の差が一定の数値以上あること(P―ニトロアニリン標準溶液の波長四〇五nmにおける吸光度〇・一〇より大きいこと)を確認するものであるから、定量法である。
(二) 被告は、被告主張のイ号方法の操作は乙第二号証(臨床化学第一〇巻第二号〔一九八一年〕所載の【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文)記載の方法を応用したものである旨主張するが、右乙第二号証記載の方法は単なる血中カリクレインの測定法にすぎず、カリクレイン様物質産生阻害活性能の測定については全く触れるところがないから、被告主張のイ号方法が測定の目的及び対照を異にする乙第二号証の方法を応用したものという余地はない。
また、被告は、被告主張のイ号方法は被検物質のカリクレイン様物質産生阻害活性の存在を確認することを目的としたものであって、右阻害活性能の定量自体を目的とするものではないと主張するが、先発医薬品たる原告医薬品につき右阻害活性能を定量的に測定し得る方法が開示されていたのであるから、これと同等又はそれ以上の厳密な確認試験が要求されることになる後発医薬品たる被告医薬品の製造承認に当たって、右阻害活性の定量的な測定ができないような、精度の劣る確認試験の方法を厚生大臣が認めるとは考えられない。
【被告の主張】(一) 被告主張のイ号方法の操作は、乙第二号証(「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文)記載の方法を応用したものであって、本件特許方法で必須とされるLBTIのような活性型血液凝固第]U因子に対する特異的阻害剤を使用していない。
また、被告主張のイ号方法は、被検物質のカリクレイン様物質産生阻害活性の存在を確認することを目的としたものであって、右阻害活性能の定量自体を目的とするものではない。
(二) 原告は、本件特許方法が定量的測定法であるのに対して被告主張のイ号方法は定性的測定法であるとの理由で、被告主張のイ号方法は本件特許方法に代替し得るものではない旨主張するが、直接的に対比することのできない本件特許方法と被告主張のイ号方法とを、定量的測定法と定性的測定法という一見単純な対比に置き換えて誤導しようとするものであって不当である。
被告主張のイ号方法中の吸光度測定操作は、具体的な測定値を得るのであるから、定量的測定法であるが、確認試験たる被告主張のイ号方法は、被告医薬品がカリクレイン様物質産生阻害活性を有するときに品質規格に適合するとする確認試験、すなわち、試料吸光度(AT)から試料ブランク吸光度(ATB)を引いた値と、カリジノゲナーゼを用いた標準溶液の標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(ASB)を引いた値とを比較し、前者の値が後者の値よりも小さいときは(すなわち一定以上の差があれば)規格に適合するとするものであるから、定性的試験方法である。原告が原告医薬品について実施しているというカリクレイン様物質産生阻害活性確認試験も、吸光度測定操作を取り上げれば定量的測定方法であるが、確認試験それ自体は「試料比色液と対照比色液の吸光度差がp―ニトロアニリン標準溶液の深長四〇五nmにおける吸光度よりも大きい」とき(すなわち一定以上の基準を満たせば)品質規格に適合するとするものであり(甲第一七号証)、カリクレイン様物質産生阻害活性の存在を確認する定性的試験方法である。本件特許方法と対比の対象となるのは、被告主張のイ号方法中の吸光度測定操作の部分であって、被告主張のイ号方法そのものではない。
2 LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いない被告主張のイ号方法は、生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないか(争点2(二))。
【原告の主張】(一) 本件特許方法は、LBTIを使用することによって初めて、被検薬剤のカリクレイン産成阻害能を正確かつ定量的に測定することに成功したものである。
(二) 被告主張のイ号方法は、LBTIのような阻害剤を全く用いない点で本件特許方法と相違しているが、LBTIのような阻害剤を全く用いずにカリクレイン様物質産生阻害能を定量的に測定することは不可能である。
この点は、甲第二二号証(大阪大学歯学部教授【B】作成の平成五年三月二九日付「カリクレイン産生阻害能の測定法に関するコメント」と題する書面)、甲第三四号証(原告の生物活性科学研究所生化学部生化学研究室医学博士【C】〔以下「【C】」という。〕作成の平成六年九月一〇日付陳述書(T))、甲第三七号証(九州大学名誉教授【D】作成の平成六年九月三〇日付陳述書)及び甲第三八号証(神戸学院大学薬学部薬理学教室教授【E】〔以下「【E】」という。〕作成の平成六年一〇月五日付「コメント」と題する書面)によって明らかである。右甲号各証の要旨を摘記すると以下のとおりである。
(1) 被検薬のカリクレイン様物質産生阻害能であるカリクレイン様物質産生阻害活性は、被検薬の非存在下における血漿中のカリクレイン生成量を対照基準値とし、これと被検薬の存在下における血漿中のカリクレイン生成量との差を求めることによって測定される。
(2) しかし、血漿中に存在するカリクレインの前駆物質であるプレカリクレインの量はもともと有限であり、カリクレイン生成反応の進行に伴ってその量が減少するため、単位時間当たりに生成するカリクレインの量も反応時間の経過とともに減少していく。したがって、被検薬のカリクレイン様物質産生阻害能であるカリクレイン様物質産生阻害活性を測定するには、
カリクレインの生成量と反応時間との間に正比例の直線的増加関係が成立する反応時間内においてカリクレインの生成量が測定されなければならない。それ故、この測定は、右の直線的増加関係が成立する反応時間内に一定の測定点を定め、該測定点における生成カリクレインの量を正確に測定することができなければ成り立たない。そのためには、該測定点において生成したカリクレインの量及びその生成カリクレインの活性には影響を与えることなく、しかもカリクレインの生成反応を確実に測定点で停止する手段が講じられねばならない。
(3) この目的のために添加するのがLBTI(リマ豆由来のトリプシンインヒビター)であって、LBTIの添加により、活性型血液凝固第]U因子が特異的に阻害され、カリクレインの生成反応は完全に停止し、その時点におけるカリクレインの生成量が増減なく特定される。LBTIを添加しなければ、測定点におけるカリクレインの生成量を特定することができず、前記の被検薬の非存在下と存在下における血漿中のカリクレイン生成量の差を求めることはできない。
すなわち、LBTIのような阻害剤を使用しなければ、@ 一定反応時間後においてもカリクレイン生成反応が停止せず連続して進行することとなり、測定点におけるカリクレインの生成量を特定することができず、A まして、定量的測定法に必須の前提条件たる「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間」が何時から何時までかということを確認することができず(乙第二号証の図1において、反応時間五分と一〇分との二つの測定点が示されておりこの二点が線分〔直線〕で結ばれているが、測定点を増加してより細かい時間間隔で測定しそれらの測定点をプロットしたうえで結べば、直線で結ばれていた部分も決して直線とならないのである。)、B 生成カリクレインの定量に用いられる合成発色基質は活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)によっても分解され、カリクレインと同様に発色するので、反応系中で生起するこのような副次的な反応をトリプシンインヒビターのような阻害剤によって抑制しない限り、右のような直線的な関係が成立する正確な定量的カリクレインの産生検量線を求めることは不可能である。
(三) これに対して、被告は、乙第二号証(「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文)、乙第九号証(大阪薬科大学教授医学博士【F】〔以下「【F】」という。〕作成の平成五年四月二六日付実験報告書)等を引用し、被告主張のイ号方法は乙第二号証記載の方法を応用したものであるので、阻害剤を全く用いなくても被検薬のカリクレイン様物質産生阻害能を測定することは可能である旨主張するが、以下のとおり誤りである。
(1) 乙第二八号証(被告の社員【G】〔以下「【G】」という。〕及び【H】〔以下「【H】」という。〕作成の平成六年八月三一日付「乙第二号証のプレカリクレイン定量法(変法)の追試報告書(Table2の被検物質を用いて)」)は、乙第二号証にTable2(一四五頁)として記載されている方法の変法と称する方法を用いた実験とその結果であるというが、その「考察」の項(六頁)の、
「ヘパリンナトリウムの濃度が濃くなることにより、阻害率が高くなり、100U/mlにおいてカリクレイン様物質産生をほとんど阻害することが判った。」、
「乙第二号証のプレカリクレイン定量法で合成基質S―2302を用いて容易にカリクレイン様物質産生阻害活性が測定できることが判った。」、「乙第二号証のTableのデータでカリクレイン様物質産生阻害活性が測定されていることが確認できた。」との記載は全くの誤りである。
(2) 確かに、乙第二号証のTable2には抗凝固剤としてヘパリンナトリウムを用いた場合におけるSpontaneous(血漿中にもともと存在する)カリクレインの量やプレカリクレインの量が、クエン酸ナトリウムやEDTA―2Naを用いた場合の量と対比して記載されている。そして、乙第二〇号証の1〜4(大阪薬科大学第一分析学教室教授【I】作成の平成六年八月二五日付報告書)には、このヘパリンナトリウムを用いた場合におけるプレカリクレインの量とクエン酸ナトリウムやEDTA―2Naを用いた場合のプレカリクレインの量との差は、
ヘパリンナトリウムのカリクレイン様物質産生阻害能を示している旨の記載がある(乙第二〇号証の1三頁)。
しかし、甲第四二号証(Journal of Laboratory and Clinical Medicine第七六巻第五号〔一九七〇年〕所載の「コンドロイチン硫酸、ヘパリン、キチン硫酸及びヒト関節軟骨によるキニン様物質の産生‥その病態生理学的意味について」と題する論文)に、「ヘパリンは7.5U/ml以上の濃度において、正常ヒト血小板欠乏血漿からキニン様活性の産生を誘発させた」(七九四頁)との記載があり、また、甲第四三号証(Thrombosis Research第七巻第一号〔一九七五年〕所載の「アンチスロンビンV及びヘパリンによる精製血漿カリクレインの阻害」と題する論文)に、「血漿カリクレイン活性は、ヘパリン又はアンチスロンビンVと共に保温すると阻害作用は認められなかった。しかしながら、へパリン及びアンチスロンビンVの両方が保温溶液中に共存すると、カリクレインは急速に活性を失った。」(二二五頁)との記載があるように、
@ ヘパリンは、乙第二〇号証の1〜4や乙第二八号証に記載されているようにカリクレインの産生を阻害するのではなく、プレカリクレインを活性化して、逆に、
カリクレインの産生を促進する。Table2においてプレカリクレインの量が減少しているのは、プレカリクレインの活性化によってカリクレインの産生が促進されたことによるのである。
A また、このようにして産生したカリクレインは、血漿中のアンチスロンビンVとヘパリンとの協同作用によって活性を失うのであって、決してヘパリンがカリクレインの産生を阻害するのではない。
それ故、乙第二号証には、どこにもカリクレイン様物質産生阻害能を測定し得る方法が記載されていないのであり、乙第二〇号証の1における「そのクエン酸ナトリウム添加時の産生したカリクレイン値とヘパリンナトリウム添加時の産生したカリクレイン値の差は、ヘパリンナトリウムが示すカリクレイン様物質産生阻害能といえます。」との結論は誤りであり、したがって、乙第二八号証において、同号証記載の実験データをもって「乙第二号証のTableのデータでカリクレイン様物質産生阻害活性が測定されていることが確認できた。」(乙第二八号証六頁)としている結論もまた誤りである。
(四) 被告主張のイ号方法を追試したという乙第八号証(【G】・【H】作成の平成五年三月二日付「イ号方法による追試実験報告書」)には被告主張のイ号方法の実験条件が記載されているが、被告主張のイ号方法が決して正確かつ定量的なカリクレイン産生阻害活性の測定方法であり得ないことは、甲第三五号証(【C】作成の平成六年九月二〇日付陳述書(U))により明らかである。
(五) 乙第一九号証(【F】作成の平成五年一二月二〇日付実験報告書U)が誤りであることは、甲第三八号証(【E】作成の平成六年一〇月五日付「コメント」と題する書面)及び甲第三九号証(大阪大学名誉教授【B】作成の平成六年一〇月七日付「実験報告書Uに対するコメント」と題する書面)により明らかである。なお、甲第三二号証(原告の【C】及び同じく生物活性科学研究所生化学部生化学研究室医学博士【J】〔以下「【J】」という。〕作成の平成六年九月九日付実験報告書(T))及び甲第三三号証(同人ら作成の同日付実験報告書(U))にも同様の批判が述べられている。
【被告の主張】(一) 被告主張のイ号方法は乙第二号証記載の方法を応用したものであるので、
阻害剤を全く用いなくても被検薬のカリクレイン様物質産生阻害能を測定することが可能である(乙第八号証、第九号証、第一三号証)。
(二) 原告は、LBTIのような阻害剤を使用しなければ、一定反応時間後においてもカリクレイン生成反応が停止せず連続して進行することとなり、測定点におけるカリクレインの生成量を特定することができない旨主張するが、一般に行われているカリクレイン測定法においても、二次反応中に少量のカリクレインが生成したり、活性型血液凝固第]U因子、血漿中の別の酵素活性等諸因子の影響も受けると考えられ、被告主張のイ号方法に対する原告の論難がそのままあてはまるはずである。しかし、実際には、実験目的から無視できるものとされたり、補正により処理されており、特異的阻害剤を用いることなしにカリクレイン測定は広く実施されている。
第二次反応中にカリクレインの生成があるとしても、また、活性型血液凝固第]U因子による合成基質の分解が生じるとしても、第一次反応から第二次反応への移行を直ちに行うことによりその影響を無視できるのである。
また、被告主張のイ号方法で使用される合成基質(D-Pro-Phe-Arg-pNAS-2302)は、他の合成基質と比較してカリクレインに対する特異性が極めて高く、活性型血液凝固第]U因子による影響は他の合成基質よりも僅少であり、右因子の存在が被告主張のイ号方法による測定を不可能ならしめることはない。
原告は、LBTIの添加により、カリクレインの生成反応は完全に停止し、その時点におけるカリクレインの生成量が増減なく特定されると主張するから、原告の主張に従えば、一次反応終了後に反応液を放置し時間が経過しても、生成したカリクレイン量は安定的に維持されるはずであるが、以下のとおり、原告の主張は単なる理論的な仮説にすぎず、誤りであることが実証されている。
(1) 乙第二一号証(【G】・【H】作成の平成六年八月二三日付「カリクレイン様物質産生阻害活性測定法の追試実験報告書(リマ豆トリプシンインヒビターについての検討)」)の実験結果によれば、一定時間の経過によりLBTI存在下でも三〇分ないし二時間放置すると、カリクレイン量は時間により大幅に変動し、決して安定してはいないことが確認された。
甲第三二号証(【C】・【J】作成の平成六年九月九日付実験報告書(T))の実験では、LBTI添加後0℃の条件下で二〇分経過まではカリクレイン活性は安定しているとし、乙第二一号証の実験において検討された放置時間及び温度等の実験条件の設定はおよそあり得ない常識の範囲を逸脱したものであるとしているが、
乙第二一号証の実験は室温及び0℃の条件下で三〇分経過後のカリクレイン活性を測定した結果変動していることを確認しているのであるから、甲第三二号証の実験結果は乙第二一号証とは実験条件が異なり、同号証の実験結果を揺るがすものではない。本件明細書の実施例では、二次反応は三〇℃の条件下で行われているのであるから、三〇℃の条件下での実験結果でなければ反証として不十分である。
(2) 乙第二九号証(【G】・【H】作成の平成六年一〇月三一日付「追試実験報告書(LBTI添加による産生された血漿カリクレイン活性の保持)」)は、LBTIを添加し、乙第二一号証とも甲第三二号証とも異なる条件下で、すなわち、
二±一℃の条件下で二〇分経過後のカリクレイン活性を測定したものであるが、これにより、原告の仮説に反し、LBTIを添加した場合でもカリクレイン活性は変動し、安定していないことが確認された(酵素活性の測定は氷水浴中で行われることが多いが、氷水自体は0℃であっても、試験管内は甲第三二号証の実験のように0℃の条件下とはならず、二+-一℃の条件となる。本件発明の明細書の実施例では一次反応は氷水浴中で行われている。)。
(三) 原告は、LBTIのような阻害剤を使用しなければ、「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間」が何時から何時までかということを確認することができないと主張するが、失当である。
「直線的な関係が成立する時間」とはカリクレイン生成と反応時間との間に正比例関係が成立するとみなすことができる酵素化学的意味での直線関係が認められる時間を意味するのであって、幾何学的な意味での直線ではない。原告は、乙第二号証の図1において、反応時間五分と一〇分との二つの測定点が示されておりこの二点が線分(直線)で結ばれているが、測定点を増加してより細かい時間間隔で測定しそれらの測定点をプロットしたうえで結べば、直線で結ばれていた部分も決して直線とならない旨主張するが、誤りは明白である。プリカリクレインが活性化することによりカリクレインが生成するが、特異的阻害剤を用いることなく、カリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間は明確に示されているのである。
乙第三〇号証(【G】及び【H】作成の平成六年一一月四日付「実験報告書〔イ号方法における二次反応の反応時間による直線性〕」)の実験により、LBTIを添加しない条件下(被告主張のイ号方法の特徴である。)で、第二次反応進行時に、生成したカリクレインが反応時間の経過に伴って直線的関係をもって合成基質を水解することが確認された。すなわち、LBTIを用いなくても、被告主張のイ号方法の第二次反応により、安定的にカリクレイン測定ができ、カリクレイン様物質産生阻害活性を測定できることが実証されたのである。
(四) LBTIのような特異的阻害剤を用いなくても被検薬のカリクレイン様物質産生阻害活性を測定することは可能であり、右阻害剤を用いた場合と同等の測定結果が得られることは、乙第八号証(【G】・【H】作成の平成五年三月二日付「イ号方法による追試実験報告書」)、乙第九号証(【F】作成の平成五年四月二六日付実験報告書)、乙第一五号証(【G】・【H】作成の平成六年三月二五日付「イ号方法追試実験報告書〔他社製品での検討〕」)、乙第一九号証(【F】作成の平成五年一二月二〇日付実験報告書U)によって実験的に確認されているところである。
(五) 原告は、甲第四二号証、第四三号証を引用して、乙第二号証(「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文)記載の方法によりへパリンナトリウムのカリクレイン様物質産生阻害活性を測定したとする乙第二〇号証の1及び乙第二八号証は誤りである旨主張する。
(1) しかし、甲第四三号証(「アンチスロンビンV及びヘパリンによる精製血漿カリクレインの阻害」と題する論文」)は、その表題に示されているとおり、精製された試薬を用い、それ以外の酵素等生体由来物質の存在しない条件下のものであり、ヒト血漿自体を使用した実験による乙第二号証の実験条件とは全く相違する。ヒト血漿中には様々な生体由来物質が存在するのであるから、生体内におけるカリクレインの挙動をみるためには、甲第四三号証の右のような条件だけでは不十分である。
(2) 甲第四三号証中原告が訳文を提出しなかった箇所(乙第三二号証)には、
「今日では、血奬カリクレイン活性は、内在性凝固系の開始段階の正常な活性化に必須であることが認められており、これらの結果は、試験管内(in vitro)において、おそらく血液凝固第]U因子の活性化はヘパリンを添加した血奬で阻害され、生体内(in vivo)においてもその可能性がヘパリン投与中にあることを意味している。」(二二五頁)との記載があり、ヘパリンを血奬に添加したとき、血液凝固第]U因子(ハーゲマン因子)の活性化を阻害することが知られているのである。血液凝固第]U因子が活性化した活性型血液凝固第]U因子が、
血奬中のプレカリクレインを転化してカリクレインを産生するのであるから、ヘパリンが血奬中で血液凝固第]U因子の活性化を阻害することは、すなわちカリクレインの産生を阻害することである。このようにヘパリンはカリクレインの産生を阻害するものであり、クエン酸ナトリウムやEDTA―2Naを用いた場合のカリクレインの測定値とのの差は、カリクレイン様物質産生阻害活性とみることができる。
(3) 本件特許方法においても被告主張のイ号方法においても、カリクレイン様物質産生阻害活性の測定は、被検薬の存在下と非存在下でのカリクレイン活性の測定値の差を計算する方法によっている。厳密にいえば、測定値の差が存在しても、
その差は、プレカリクレインの活性化を阻害してカリクレインの量が低下したことによるのか、一旦生成したカリクレインを分解等により阻害してカリクレインの量が低下したことによるのかは確定できず、当該測定法自体では判らないということになる。原告の主張は、ヘパリンにはカリクレイン様物質産生阻害活性がないのでこれを測定できないというものであるから、そのように仮定したとしても、乙第二号証の方法によって他の被検薬のカリクレイン様物質産生阻害活性を測定することができる事実は動かない。
3 被告主張のイ号方法中のエタノール抽出処理により、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するか(争点2(三))。
【原告の主張】 被告主張のイ号方法は、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液につきエタノール抽出処理を行うものであるため、右抽出液中のカリクレイン様物質産生阻害活性を示す成分が失活する(甲第一三号証〔原告の生物活性科学研究所第一天然有機部部長【K】作成の平成五年一二月一七日付陳述書〕、甲第一四号証の1・2〔厚生省薬務局新医薬品課長作成の平成五年一一月一〇日付証明書〕)という欠陥を有しており、被告主張のイ号方法によって被告医薬品(ローズモルゲン注)につきカリクレイン様物質産生阻害活性を確認することができたとする実験結果(乙第八号証)は、右のエタノール抽出処理により注射薬である被告医薬品中の塩化ナトリウムが試料溶液中に溶出し、その結果、試料溶液の最終塩濃度がカリクレイン様物質産生反応のための至適塩濃度の範囲を外れることによる影響ではないかと考えられ、定性的な確認試験の方法としても信頼性を欠くものといわなければならない(甲第九号証の1・2〔【E】作成の平成五年九月二日付実験報告書〕、甲第二三号証〔同人作成の平成六年五月一四日付陳述書〕、甲第三八号証〔同人作成の平成六年一〇月五日付「コメント」と題する書面〕)。
この点は、乙第一三号証、第一五号証の試験においても共通にみられるところである。
【被告の主張】 原告は、被告主張のイ号方法中のエタノール抽出処理によりワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液中のカリクレイン様物質産生阻害活性を示す成分が失活する旨主張するが、塩化ナトリウムはエタノールに極めて溶けにくく、エタノール抽出は脱塩のために行うものであるから、原告の主張は失当である。エタノール抽出は前処理であって、被告主張のイ号方法が本件特許権と抵触するか否かの判断とは無関係な操作であり、必要であれば、エタノール抽出に代わる脱塩方法を実施することも可能なのである。また、原告が自らの確認試験の前処理の内容を秘匿したまま、被告主張のイ号方法を論難するのは公正ではない。原告自身も脱塩のためにエタノール抽出処理をしているかもしれないからである。
原告の主張は、要するに被告主張のイ号方法ではエタノール抽出処理により、塩化ナトリウムの濃度が上昇してカリクレイン活性の測定に影響を及ぼし、カリクレイン様物質産生阻害活性の測定ができなくなるというものであるが、乙第三一号証(【G】・【H】作成の平成六年一二月五日付実験報告書〔脱塩操作の違いによるカリクレイン様物質産生阻害活性の検討〕)の実験では、被告医薬品をエタノール抽出により脱塩した試料と、マイクロ・アシライザーにより脱塩した試料(原告の主張する塩化ナトリウム濃度の上昇は起きない。)のそれぞれについて、カリクレイン様物質産生阻害活性を測定したところ、エタノール抽出により脱塩した試料とマイクロ・アシライザーにより脱塩した試料とにおいて同等のカリクレイン様物質産生阻害活性の存在が確認された。このように乙第三一号証の実験により、エタノール抽出により脱塩してもカリクレイン様物質産生阻害活性を正確に測定できることが立証され、また、マイクロ・アシライザーにより脱塩した試料について、LBTIを用いることなくカリクレイン様物質産生阻害活性が測定できることも立証されたのである。
三1 原告が原告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(争点3(一))【原告の主張】 原告は、原告医薬品の製造承認事項一部変更申請に当たり、本件特許方法によるカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法を適用した試験データを添付し、本件特許方法により定量的にカリクレイン様物質産生阻害活性を測定する方法を一部変更申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載して申請し、厚生大臣から承認を受けた(甲第一五号証、第一七号証)。したがって、一部変更申請書中に記載の原告医薬品の確認試験の方法は本件特許方法と同じである。
【被告の主張】 原告援用の甲第一五号証、第一七号証は、前処理の方法、各種試薬の具体的データのほとんどが秘匿されているから、客観的な追試が不可能であり、これらによっても一部変更申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法が本件特許方法と同じであることが証明されたとはいえない。
2 被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品である被告医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は、先発医薬品である原告医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ、厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)(争点3(二))【原告の主張】(一) 一般論として言えば、「医薬品の確認試験方法については、その目的に照らし、先発医薬品の製造承認書記載の『規格及び試験方法』と同等又はそれ以上の精度のものであることが証明できるものであれば、異なる試験方法を採用しても差し支えない。したがって、後発医薬品製造承認を受けるためには、その製造承認申請書記載の『規格及び試験方法』が先発医薬品のそれと同一内容である必要はない。」との見解は決して誤りではない。
(二) しかし、前記のとおりワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びそれを有効成分とする医薬品の「規格及び試験方法」としては、原告医薬品の製造承認事項一部変更申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載した方法すなわち本件特許方法以外には、その「力価規格」の決定を可能とする試験方法は存在しない。すなわち、先発医薬品である原告医薬品の一部変更申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載した方法と「同等又はそれ以上の精度をもつ試験方法」は存在していないから、本件では、右(一)の見解の適用される余地はあり得ず、結局、後発医薬品である被告医薬品は、その製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」が先発医薬品である原告医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と同一でなければ、製造承認を受けることができない、ということになる。
(三) 被告は、カリクレイン様物質産生阻害活性試験は力価を決定するためのものではないと主張するが、原告医薬品(ノイトロピン特号3CC)において、その製剤中の原薬定量法としてはSARTストレスマウスの鎮痛係数より求めたED50値が力価として使用されているものの、原薬そのものの力価を測定するためには、更にカリクレイン様物質産生阻害活性の測定値が使用されているのである(改訂した医薬品インタビューフォームである甲第三一号証参照)。
【被告の主張】(一) 被告が本訴で開示した被告主張のイ号方法は、被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄の「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験に係る記載内容については何ら言及したものではなく、被告は被告主張のイ号方法と右申請書の記載内容とが実質的に同一であると主張するものではない。
(二) 被告は、被告医薬品の製造承認申請書の右記載内容を開示する意思はない。医薬品の製造業者にとって医薬品の製造承認申請書の内容は重要な営業上の秘密とされている。その中には、特許を受けることができるような発明であっても公開を欲しないために敢えて特許出願をしていない技術事項もあれば、そうでなくとも製造上の様々な秘訣(ノウハウ)も含まれている。また、それ自体は一般に知られた技術であっても、当該技術を採用することにより厚生大臣から医薬品製造承認を受けたということが重要な営業秘密に当たる場合もある。
一般に、医薬品の製造業者は、厚生大臣から医薬品の製造承認を受けるために多大の時間、労力及び費用を投入しており、当初の申請内容のままで製造承認されることはむしろ稀であって、実際には厚生省の係官から様々な指導や注文がなされ、
資料を追加提出し、申請書の記載内容の補充・訂正を重ねた上でようやく承認にこぎつけているのである。ところが、民事訴訟記録は第三者も閲覧することが可能であるから、本件訴訟において被告が被告医薬品の製造承認申請書の記載内容を開示し第三者がこれを知った場合、それに基づき時間、労力及び費用を要せずに被告医薬品と類似の医薬品について厚生大臣から製造承認を受けることができるのである。しかも、原告医薬品の製造承認申請書の記載内容については、被告も全く知らされてはいない。
なお、被告主張のイ号方法の内容も、本訴の判断に必要かつ十分な限度でこれを開示したものにすぎず、現実にこれを業として実施する際には更に詳細な条件設定が必要であることはいうまでもない。
(三) 一般に、医薬品の確認試験方法については、その目的に照らし、先発医薬品の製造承認書記載の「確認及び試験方法」と同等又はそれ以上の精度のものであることが証明できるものであれば、異なる試験方法を採用しても差支えないのである。原告も、一般論としてこのことを認めている。
そのうえで、原告は、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液及びそれを有効成分とする医薬品の「規格及び試験方法」としては、原告医薬品の製造承認事項一部変更申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載した方法すなわち本件特許方法以外には、その「力価規格」の測定を可能とする試験方法は存在しないと主張するが、乙第一七号証(原告作成の医薬品インタビューフォーム)の記載に照らしても誤りであることが明らかである(カリクレイン様物質産生阻害活性試験は原告医薬品〔ノイトロピン特号3CC〕の多項目から成る確認試験の一項目であって、力価を決定するためのものではない。)。
3 被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法と、被告が現実に業として被告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法の内容とは、必ず同じ方法でなければならないか(医薬品の製造業者は、現実に業として医薬品を製造する際、当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許されるか。)(争点3(三))【原告の主張】 厚生大臣による医薬品の製造承認に当たり製造承認事項の一項目として確認試験の方法が特定されている場合、医薬品の製造業者は、医薬品の製造に当たり、当該方法を実施することが義務づけられる。
もっとも、当該方法と同等又は同等以上であることが十分に確認される場合には、当該方法と異なる方法を実施することが許される。しかしながら、原告医薬品について定められているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法と同等又は同等以上と認められる右阻害活性の測定方法がないのであるから、被告は、被告医薬品の製造承認事項として定められているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(これは、原告医薬品の製造承認事項として定められているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法と同一の方法、すなわち本件特許方法に該当するものと推定する外はない。)を実施する外なく、したがって、現実にこれを業として実施しているものとみなければならないのである。
【被告の主張】 乙第一四号証(株式会社薬事日報社昭和六〇年一〇月二八日発行の厚生省薬務局監視指導課監修「GMP事例集」医薬品の製造管理及び品質管理に関する基準事例集一九八五年版)によれば、製造承認書記載の確認試験方法は、異なる試験方法で代用できることが明記されている。例えば、そのS3―17の問答(四七頁)によれば、「製造承認書記載の確認試験方法と異なる試験方法を、相関性等を十分に確認した上で原料の確認試験方法として用いてもよいか(例えば、赤外吸収スペクトルで官能基の確認試験が代替できる場合や薄層クロマトグラムのRf値で、成分の確認試験に代替する場合等)。」との問に対し、「用いてもよい。ただし、根拠等を製品標準書等に明記しておくこと。」との答がなされている。この外、S3―18、19、20、22(四七頁〜四九頁)等の問答からも同様に製造承認書記載の確認試験方法の変更が許されることが明らかである。確認試験は医薬品に含有されている主成分などの特性に基づいて確認するための試験であるから、代替方法を用いることも許されているのである。
したがって、被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法の内容と、被告が現実に業として被告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法の内容とは、必ず同じ方法でなければならない、ということはない。
争点に関する判断
一 本件特許方法は、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるか(争点1)。
1 本件発明の出願前に次の(一)ないし(六)の文献が刊行されており、当該文献にはそれぞれ以下のような記載がある。
(一) 昭和五二年一〇月三〇日発行の「薬理と治療」第五巻臨時二号(乙第一号証)所載の【L】らの「序論―Kallikrein-Kinin Systemの最近の知見」と題する論文「 Kallikreinは糖を含有する蛋白質で、作用上からproteaseに分類されるenzymeである。薬理作用は、Kallikrein自体には降圧作用はないが、血中のKininogenに作用して活性peptide(kallidin)を遊離し、末梢血管抵抗を減じて降圧作用を示すことが知られている。Kallikreinはその起源(種・部位)によって性質や基質特異性が異なることが報告されている。またブタ膵臓からは、KallikreinA、B、
イヌの尿からは、KallikreinB1〜B4などのisoenzymeも報告されている。Kallikreinに関する詳細な研究は、膨大な報告があり、
それらを集大成した綜説にゆずる。」(3頁)「第]U因子(最上位酵素として作用)はHageman factorで、血中Kallikreinの活性化も合わせて司どることが知られている。」(6頁)(二) 昭和五六年六月二五日発行の臨床化学第一〇巻第二号所載の【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文(乙第二号証)の緒言「 血中カリクレインは通常不活性な前駆体であるプレカリクレインとして存在し、生体の変化によってハーゲマン因子が活性化を受け、次いでプレカリクレインがカリクレインに活性化される。
血中カリクレインはγ―グロブリン画分の高分子キニノーゲンに作用し、ブラジキニンを作成することが知られるが、最近は血液凝固・線溶系への関与や、プロレニンの活性化に関与することが示唆されている。近年Fletcher factor(プレカリクレイン)の欠損症、キニノーゲン欠損症(Flaujeac trait)が発見され、血中カリクレイン―キニン系の生理学的、病理学的な役割りに関する研究が注目され、血中カリクレイン活性の簡便な測定法の開発が要望される。
従来、血中カリクレインの測定はエステル合成基質(tosylarginine methylester:TAME)を用いる方法、p-nitroanilideにペプタイドを結合させた合成基質(H・D・propyl-phenyl-alanyl-arginine-p-nitroanilide)を用いる方法が利用されているが、特異性において未だ十分であるとは言い難い。
本報では、【M】らにより報告された血中カリクレインに特異性の高いペプタイド結合蛍光合成基質(Carbobenzoxy-phenylalanyl-arginine-7-methyl coumarin amide:Z-phe-arg-MCA)を用い、簡易な血中カリクレイン、プレカリクレイン測定法の基礎的検討を行い、血中カリクレイン活性測定法を確立したので報告する。」(三) 昭和五八年六月一五日発行の臨床科学第一九巻第六号所載の【A】らの「カリクレイン活性」と題する論文(乙第三号証)の「測定法」の項「 カリクレインの測定法は従来より種々の方法が報告されている(表2)。ここでは酵素化学的定量法で、血中と尿中用のペプチド合成基質(Pro-Phe-Arg-MCA、Z-Phe-Arg-MCA)を用いた測定法を紹介する。(中略)2 血中カリクレイン測定法 血中カリクレインは、通常、大部分が不活性のプレカリクレインとして存在している。そこで活性化されているカリクレイン活性と、活性化操作を行って活性化されてくるプレカリクレインを分離定量する。」(四) 昭和五五年六月一日発行の「血液と脈管〈日本血栓止血学会誌〉」第一一巻第二号所載の【N】らの「蛍光基質を用いたヒト血漿中プレカリクレインの測定法とその応用」と題する論文(乙第四号証)の「方法」の項「 プレカリクレインの測定法を図示すると、図1に示すように活性化とアミド分解の二段階より成る。ヒト血漿はプラスチック試験管に1/10容量の三・八%クエン酸ナトリウム液で採血後、二〇〇〇gで一五分間遠心し分離後ただちに使用するか、または-70℃に保存し、使用直前に融解して用いる。
1)プレカリクレインのアセトン・カオリンによる活性化:五〇μlの血漿を八五〇μlのアセトン、Buffer T混液(一五〇μlのアセトンと七〇〇μlのBufferTを混じたもの)によく混和室温(25°)に一〇分置く。BufferT;0.02M+tris・HC1―0.15MNacT,pH8.0.次いでカオリン混濁液(10mg/ml in BufferT)一〇〇μlを加え一五秒間良く攪拌する。室温で三〇、六〇、一二〇分放置後二〇μlをとって次の操作を行う。
2)amidolysis:試験管Aには四〇μgの大豆トリプシンインヒビターを含む5×10のマイナス5条MのZ・phe-arg-MCA液(BufferU:0.05M tris・HCl,0.1M Nac,0.02M Cacl2,pH8.0に溶解)一mlをあらかじめ加え、試験管Bには四〇μgのリマ豆トリプシンインヒビターを含む基質液一mlを加えておく。先の反応後二〇μlをおのおのに加え、三七℃で一〇分incubate後、二mlの一七%酢酸溶液を加え反応を止める。生成されたアミノメチルクマリン(AMC)量を蛍光光度計を用い、380(excitation)、460(emission)nmで測定する。AとBの読みの差をプレカリクレインの値とする。活性はlunit=10のマイナス7乗M AMC/10minとして表す。」(二三五頁〜二三六頁)(五) 昭和四九年九月一五日発行の日本薬学会「ファルマシア」第一〇巻第九号所載の【O】の「ヒト血漿プレカリクレイン研究の最近の進歩」と題する論文(乙第六号証)の「活性測定法」の項「 カリクレインの活性測定法に関しては、既に多くの方法が開発されているので、プレカリクレインの測定は活性化後、これに倣って行なわれている。即ち、プレカリクレインをトリプシンやハーゲマン因子(またはそのフラグメント)で活性化して生じたカリクレインを、1 生物学的に又は、2 合成基質を用いて化学的に測定する。前者には頸動脈血圧下降度測定法、血流増加測定法、摘出平滑筋による方法などがあり、信頼性の高い測定法ではあるが、高度の技術と経験を要するという欠点がある。後者の化学的測定法は、N-αほbenzoylarginine ethyl ester(BAEE)やN-α-tosylarginine methyl ester(TAME)等の合成基質を用いてエステラーゼ活性を測定するもので精製された酵素活性の測定には簡便で応用範囲も広い。Colmanらは血漿とカオリンとを接触させるとカリクレイン活性が出現し、その活性が共存するインヒビターによって速やかに失活して行く過程をTAMEを基質としたエステラーゼ活性を指標に追跡しそれを血漿プレカリクレインの活性測定に応用した。」(六六五頁)。
(六) 昭和五〇年八月二〇日発行の日本生化学会編「生化学実験講座5 酵素研究法(上)」(乙第七号証)の「プレカリクレイン活性化酵素(ハーゲマン因子)の測定法」の項「 血中でプレカリクレインを活性化してカリクレインに変換する酵素は、内因系の血液凝固をひき起こすハーゲマン因子(第]U因子)と同じであり、したがってキニン遊離活性からも、血液凝固活性からも測定できることになる。ハーゲマン因子は、ガラス、カオリンやエライジン酸などで活性化されるほか、トリプシンやプラスミン、カリクレインによっても活性化される。ヒトのハーゲマン因子の場合、
トリプシンなどの作用により、分子量三万の活性のあるフラグメントになり、これはもとの分子量約九万のハーゲマン因子に比べてプレカリクレインを活性化する活性が、血液凝固活性よりも強いとされている。ハーゲマン因子の活性を血液凝固活性で測定するには、ハーゲマン因子を欠く血漿を用いる必要があり、この患者は比較的まれであるので、入手の点で難点がある。プレカリクレインを基質として用いる場合は、活性化されたカリクレインをすでに記した方法で測定することができる。またかなり精製した活性化ハーゲマン因子を用いると、エステラーゼ活性があるので、カリクレイン同様、合成基質を用いて測定することもできる。
プレカリクレインを用いる方法 プレカリクレインはヒトおよびウシの血漿から精製されている。図7・6に、ウシのハーゲマン因子によるウシのプレカリクレインの活性化曲線を示した。ハーゲマン因子の量を変えて、〇・一五単位(TAMEを基質としたときのエステラーゼ単位)のプレカリクレインと、〇・四Mトリス―塩酸緩衝液(10のマイナス5乗Mエライジン酸を含む)〇・九ml中で反応させ、三七℃で放置後、リママメトリプシンインヒビター四〇μgを加えて、活性化ハーゲマン因子を失活させる。活性化されたカリクレインの活性はヒドロキシルアミン法で測定する。」(九六頁〜九七頁)。
2 右各文献の記載に照らすと、本件発明の出願当時本件発明と全く同じ技術思想に基づいて被検物質のカリクレイン生成阻害能を測定する方法が当業者間に知られていたかどうかは別として、ヒト血漿中のカリクレイン活性の測定法として種々の方法が報告されており、しかも、カリクレイン活性に対し特異性のある発色性又は蛍光性合成基質や、反応を抑止するために酸やリマ豆トリプシンインヒビターなどのような阻害剤を使用して、最終的に反応液中に遊離生成するpNA(p―ニトロアニリン)の吸光度を測定すること、あるいは遊離生成するMCA(7―アミノ―4―メチルクマリンアミド)の蛍光を測定することによって、生成したカリクレイン活性を測定する方法も既に知られていたことが認められる。
そして、本件発明の明細書によれば、本件発明における被検物質のカリクレインの生成阻害能の測定は、直接カリクレインの生成阻害能を測定するというものではなく、第一次反応で生成したカリクレインを第二次反応において定量することにより行うものとされるが、その生成カリクレインの定量の方法についてはこれを直接定義するような記載は存在せず、カリクレインの活性(酵素量)を血漿中に存在する高分子キニノーゲン、合成基質等、カリクレインに対する特異的基質を用いて測定する方法が好ましいものとされ(公報7欄30行〜8欄33行)、実施例では、
発色性合成基質D-Pro-Phe-Arg-pNAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するpNA(p―ニトロアニリン)の四〇五nmにおける吸光度を測定する方法、及び蛍光性合成基質Z-Ph-Arg-MCAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するMCA(7―アミノ―4―メチルクマリンアミド)の蛍光(Ex-380nm,Em460nm)を測定する方法が示されている(なお、pNAの遊離量〔発色量〕から酵素活性を求める方法には、基質分解に伴う吸光度変化を連続的に観察し、一分間の吸光度変化量を求める方法〔初速度法又はレートアッセイ法〕と、吸光度が直線的に増加している範囲内で一定時間反応させた後、五〇%(V/V)酢酸などを用いて酵素反応を停止してから吸光度を測定し、一分間当たりの変化量を求める方法〔エンドポイント法〕とがあるが〔甲第一八号証・昭和五七年七月一日株式会社講談社発行の講談社サイエンティフィク「カリクレイン・キニン」二三七頁、二三八頁〕、前示のとおり本件発明の第一次反応も酵素反応であって、測定点はカリクレイン活性が飽和してしまう前の、カリクレイン生成と反応時間との間に実質的な直線関係が成立する時間内に設定されるから、生成カリクレインの活性をエンドポイント法で測定するものということができる。)。
一方、原告が原告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験法方法」の欄に記載した原告医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法は、甲第一五号証(原告の研究開発本部薬事企画部部長【P】作成の平成六年三月四日付報告書)及び甲第一七号証(原告作成の昭和六二年一一月二〇日付医薬品製造承認事項一部変更承認申請書による申請のとおり承認する旨の厚生大臣作成の平成四年五月一一日付医薬品製造承認事項一部変更承認書)によれば、「本品一〇〇mlを正確に量り取り、水二〇mlを正確に加えた後、この液一〇〇mlを正確……、水を加えて正確に二〇mlとし、試料溶液とする。試料溶液〇・二mlと〇・五M塩化ナトリウム溶液〇・二mlをガラス製以外の試験管にとり、氷水中で冷却した後、これにあらかじめ氷水中で冷却した乾燥人血漿希釈液〇・一mlを正確に加えて振り混ぜ、直ちにあらかじめ氷水中で冷却したカオリン懸濁液〇・五mlを正確に加えて振り混ぜ、
氷水中で正確に二〇分間放置する。この液〇・四mlを、あらかじめリマ豆トリプシンインヒビター溶液〇・二mlを正確に量り氷水中で冷却した試験管に正確に加えて振り混ぜ、氷水中に保存する。この液〇・一mlを、あらかじめ発色性合成基質溶液〇・三mlを正確に量り、三〇+-〇・五度の水浴中で加湿した遠沈管に正確に加えて振り混ぜ、三〇+-〇・五度の水浴中に正確に二〇分間放置した後、クエン酸溶液(一↓一〇〇)〇・八mlを正確に加えて振り混ぜる。氷冷した後、遠心分離し、上澄液を試料溶液とする。別に試料溶液の代わりに水を用いて、試料溶液と同様に操作して、対照比色液とする。得られた試料比色液及び対照比色液につき、水を対照として波長四〇五nmにおける吸光度を測定するとき、試料比色液と対照比色液の吸光度差は、p―ニトロアニリン標準溶液の波長四〇五nmにおける吸光度よりも大きい。ただし、試料比色液及び対照比色液はそれぞれ二検体ずつ調製し、その平均値をそれぞれの吸光度とする(カリクレイン様物質産生活性)。」というもの、すなわち、被検物質を加えた条件下で得られた試料比色液と被検物質を加えない条件下で得られた対照比色液の吸光度差をp―ニトロアニリン標準溶液の波長四〇五nmにおける吸光度と対比することにより被検物質のカリクレイン生成阻害能を測定するものであることが認められるが、本件発明の明細書には、そのように試料比色液と対照比色液の吸光度差をp―ニトロアニリン標準溶液の波長四〇五nmにおける吸光度と対比することにより被検物質のカリクレイン阻害能を測定するという技術思想は全く開示されておらず、実施の一例として、第二次反応で遊離生成するp―ニトロアニリンの四〇五nmにおける吸光度を測定するまでが示されているにすぎない。また、本件明細書の第1図(本件発明の測定法によって種々の鎮痛剤のカリクレイン生成阻害活性を測定した結果を示したグラフ)には、カリクレイン生成阻害率(%)と被検薬濃度(mM)との関係が示されているが、右のカリクレイン生成阻害率(%)の算出方法に関する技術的事項は全く開示されていない。
したがって、本件発明の生成カリクレインの定量方法自体は、結局、第二次反応において最終的に遊離生成するp―ニトロアニリンの波長四〇五nmにおける吸光度を光学的に測定することに外ならないのであって、従来のカリクレイン活性測定技術と異ならないといわざるを得ず、前記原告医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法においては、更にそのようにして定量した試料比色液と被検物質を加えない条件下で得られた対照比色液の吸光度差をp―ニトロアニリン標準溶液の波長四〇五nmにおける吸光度と対比することにより被検物質のカリクレイン産生阻害能を測定する方法が行われるものの、これは、本件発明によって定量した生成カリクレインの吸光度測定値をどのように評価するかという評価方法の問題であって、
本件発明自体には含まれないものといわなければならず、従来のカリクレイン活性測定法であっても、精度の点はさておき、カリクレイン産生阻害能を測定(定量)すること自体は可能であったと認められる(精度の点については、後記二2説示のとおり)。
3 この点について、
甲第三七号証(九州大学名誉教授【D】作成の平成六年九月三〇日付陳述書)中には本件特許方法は従来の公知の単なるカリクレイン測定法ではない旨の記載があるが、それは血漿カリクレイン様物質産生阻害能という概念を定立した点の新規性について言及しているにすぎないものと認められるから、前記2の認定判断を動かすものではない。
また、原告は、被告が被告医薬品につき厚生大臣から製造承認を受けたカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法がいかなるものであるかについては主張せず、
医薬品製造承認申請書の提出も拒んでいることについて種々論難するが、医薬品の製造業者にとって営業秘密に属するとみられる医薬品製造承認申請書の記載内容についてまで主張又は証拠提出をすべき義務を課せられる法律上の根拠は見い出し難い(原告も、本訴において原告医薬品につき製造承認を受けたカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法がいかなるものであるかについてその内容を全面的に開示しているわけではないし、その医薬品製造承認申請書の全体を証拠として提出しているものでもない。)。被告が現に業として実施している被告医薬品の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法については、原告に主張立証責任があるのであるから、原告の右論難は当を得たものとはいえない。
4 したがって、本件特許方法はワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるとする原告の主張は、採用することができない。
二 被告主張のイ号方法は、本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないか(争点2)。
1 被告主張のイ号方法は定性的試験方法か、定量的試験方法か(争点2(一))。
(一) 被告主張のイ号方法は、別紙目録(四)及び乙第八号証(被告の【G】・【H】作成の平成五年三月二日付「イ号方法による追試実験報告書」)によれば、
「A 試料溶液に生理食塩液で希釈したヒト正常血漿溶液を加えた後、緩衝液(〇・〇五Mトリス塩酸緩衝液)で調製したカオリン懸濁液を加えて混和し、氷水中に二〇分間放置する(以上、第一次反応)。直ちに、この反応液を、水浴中で三〇℃に保温した緩衝液(〇・一Mトリス塩酸緩衝液)と合成基質溶液(H-D-Pro-L-Phe-L-Arg-pNA・2HCl)との混液に加えて、二〇分間反応させた後、一%クエン酸溶液を加えて反応を停止させて遠心分離を行い、その上澄液の波長四〇五nmにおける吸光度を測定して試料吸光度(AT)を求める。
B 一方、試料溶液の代わりに〇・二五M塩化ナトリウム溶液を、カオリン懸濁液の代わりに緩衝液(〇・〇五Mトリス塩酸緩衝液)を用いて、前記の場合と同様に操作して、吸光度を測定して試料ブランク吸光度(ATB)を求める(以上、第二次反応)。C 別にカリジノゲナーゼ(別名、カリクレイン)標準品に緩衝液(〇・〇五Mトリス塩酸緩衝液)を加えて溶かし標準溶液とする。この標準溶液を、水浴中で三〇℃に保温した緩衝液(〇・一Mトリス塩酸緩衝液)と合成基質溶液(H-D-Pro-L-Phe-L-Arg-pNA・2HCl)との混液に加えて、以下前記の第二次反応と同様に操作して、吸光度を測定して標準吸光度(AS)を求める。D 一方、標準溶液の代わりに緩衝液(〇・〇五Mトリス塩酸緩衝液)を用いて、標準溶液の場合と同様に操作して、吸光度を測定して標準ブランク吸光度(ASB)を求める。D 前記各々の吸光度につき、試料吸光度(AT)から試料ブランク吸光度(ATB)を引いた値と、標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(ASB)を引いた値とを比較し、前者の値が後者の値より小さいときは、本品は規格に合格とする。」というもの、すなわち、試料吸光度(AT)から試料ブランク吸光度(ATB)を引いた値(AT―ATB)と、標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(ASB)を引いた値(AS―ASB)を算出して両者の大小を比較することにより品質規格適合の有無を判定するものであることが認められる。
(二) しかして、本件発明の構成要件(3)にいう「定量」の意義については、
前示のとおり本件発明の明細書にはこれを直接定義するような記載は存在せず、カリクレインの活性(酵素量)を高分子キニノーゲン、合成基質等、カリクレインに対する特異的基質を用いて測定する方法が好ましいものとされ、実施例では、発色性合成基質D-Pro-Phe-Arg-pNAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するpNA(p―ニトロアニリン)の四〇五nmにおける吸光度を測定する方法、及び蛍光性合成基質Z-Phe-Arg-MCAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するMCA(7―アミノ―4―メチルクマリンアミド)の蛍光(EX-380nm,Em460nm)を測定する方法が示されているにとどまるのであり、したがって、本件発明の構成要件(3)にいう「定量」とは、結局、第二次反応において最終的に生成するpNAの吸光度又はMCAの蛍光を測定することを意味し、前記原告医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法における、試料比色液と対照比色液の吸光度差をp―ニトロアニリン標準溶液の波長四〇五nmにおける吸光度と対比するという評価の方法は含まないというべきである。
してみれば、被告主張のイ号方法の構成のうち本件発明に対応する部分である構成Aも、試料溶液の波長四〇五nmにおける吸光度を測定するものであるから、被告主張のイ号方法も、本件発明のいう意味では定量法であるということになる(但し、被告主張のイ号方法は、本件発明の構成要件(2)を欠くから、この点で本件発明の技術的範囲に属しないことはいうまでもない。)。
(三) もっとも、このようにして測定した試料溶液の吸光度測定値の評価方法において、被告主張のイ号方法と前記原告医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法とは異なるが、最終的に遊離生成するp―ニトロアニリンの吸光度を一定値と対比することによりカリクレイン様物質産生阻害活性を判定している点は共通するから、右原告医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法を定量的試験方法と言うのであれば、被告主張のイ号方法もまた定量的試験方法と言って差し支えないものというべきである。
いずれにしても、被告主張のイ号方法をもって定性的試験方法と言うか定量的試験方法と言うかは、用語の問題に過ぎず、要は被告主張のイ号方法が本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法となり得ないかどうかであるから、次の2以下で検討する問題に帰着することになる。
2 LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いない被告主張のイ号方法は、生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないか(争点2(二))。
(一) 被告主張のイ号方法では、カリクレインの生成を停止させるために、LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加える、という本件発明の構成要件(2)を欠いていることは明らかである。
原告は、この点について、LBTIのような阻害剤を使用しなければ、@ 一定反応時間後においてもカリクレイン生成反応が停止せず連続して進行することとなり、測定点におけるカリクレインの生成量を特定することができず、A まして、
定量的測定法に必須の前提条件たる「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間」が何時から何時までかということを確認することができず(乙第二号証の図1において、反応時間五分と一〇分との二つの測定点が示されておりこの二点が線分〔直線〕で結ばれているが、測定点を増加してより細かい時間間隔で測定しそれらの測定点をプロットしたうえで結べば、直線で結ばれていた部分も決して直線とならないのである。)、B 生成カリクレインの定量に用いられる合成発色基質は活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)によっても分解され、カリクレインと同様に発色するので、反応系中で生起するこのような副次的な反応をトリプシンインヒビターのような阻害剤によって抑制しない限り、右のような直線的な関係が成立する正確な定量的カリクレインの産生検量線を求めることは不可能である旨主張する。
(二) まず、@及びBの主張について検討するに、第二次反応については、被告主張のイ号方法においても原告医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法においても、酸(クエン酸)を阻害剤として添加することにより測定時点以降の反応の進行を停止させてカリクレイン活性を測定していることからみても、第一次反応においても、測定時点以降の反応の進行を停止させた方が測定時点での反応生成物の量をより正確に測定できることは明らかである。したがって、第一次反応における測定時点で活性型血液凝固第]U因子F]Uaの作用を停止させないと、第一次反応の測定時点以降第二次反応の測定時点までの間に余分なカリクレインが生成されることになるので、カリクレイン活性の測定値は実際の値よりも大となるし、またF]Uaの発色性合成基質に対する影響によってもカリクレイン活性の測定値は実際の値よりも大となると解されるから、LBTIのような阻害剤を用いた場合に最終的に遊離生成するp―ニトロアニリン(pNA)の吸光度の測定値よりも、これを用いない場合に最終的に遊離生成するp―ニトロアニリン(pNA)の吸光度の測定値の方が大きくなることは明らかであって、LBTIのような阻害剤を用いない場合には、これを用いて場合よりも第一次反応の測定時点におけるカリクレイン生成量の測定の正確度において劣るものと解される。
乙第八号証、第九号証によっても右判断は左右されない。
(三) 次に、Aの主張について検討するに、前記乙第二号証(昭和五六年六月二五日発行の臨床化学第一〇巻第二号所載の【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文)及び乙第三号証(昭和五八年六月一五日発行の臨床科学第一九巻第六号所載の【A】らの「カリクレイン活性」と題する論文)に記載された従来の測定方法は、被検物質の活性を測定するのではなく単に血漿中のカリクレイン量を測定する方法であるが、第一次反応における測定時点でLBTIを用いずに第二次反応を行って活性測定をしていること、乙第二号証に、「カオリン懸濁稀釈活性化法では六・二五mg/mlで二〇分後に最高活性を示し」(一四二頁右欄)との記載があり、乙第二号証の図1からカリクレイン活性の飽和時間を読み取ることができることが認められる。また、乙第四号証(昭和五五年六月一日発行の「血液と脈管〈日本血栓止血学会誌〉」第一一巻第二号所載の【N】らの「蛍光基質を用いてヒト血漿中プレカリクレインの測定法とその応用」と題する論文)及び乙第七号証(昭和五〇年八月二〇日発行の日本生化学会編「生化学実験講座5 酵素研究法(上)」)によれば、従来の測定技術でも第一次反応の測定時点でLBTIを用いて第一次反応を停止させる場合があると認められるけれども、乙第四号証に、
(基質Z-phe-arg-MCAは)「このように血漿カリクレインに対し特異性が高い基質であるが、amidolysisの時に大豆トリプシンインヒビターとリマ豆トリプシンインヒビターを加え、血奬カリクレインに対する特異性をさらに高めた(血漿カリクレインは大豆トリプシンインヒビターにより抑制されるがリマ豆トリプシンインヒビターでは抑制されない)。」(二三六頁右欄)と記載されているように、LBTIをカリクレインの発色基質特異性を増すため(つまり正確なカリクレイン生成量を測定するため)に用いる旨記載されていることからみて、
LBTIを用いないがカリクレインの生成量を定量することは(LBTIを用いた場合より正確度において劣るものの)可能と考えられるから、第一次反応における測定時点の設定も可能というべきである。
原告は、前記乙第二号証の図1において、反応時間五分と一〇分との二つの測定点が示されておりこの二点が線分(直線)で結ばれているが、測定点を増加してより細かい時間間隔で測定しそれらの測定点をプロットしたうえで結べば、直線で結ばれていた部分も決して直線とならない旨主張するが、右原告張事実を認めるに足りる証拠はない。
(四) 以上のように、被告主張のイ号方法では、先発医薬品である原告医薬品の品質規格指定のための確認試験の方法のようにLBTIのような阻害剤を用いた場合よりも、第一次反応の測定時点におけるカリクレイン生成量の測定の正確度において劣るものと解されるが、LBTIのような阻害剤を用いた場合に比べ、最終的に遊離生成するp―ニトロアニリン(pNA)の吸光度が大となる、すなわちカリクレイン活性が大となり、被検物質の活性が劣る数値を示すことになるのであるから、被告主張のイ号方法でも、比較対象となる標準吸光度(AS)の値の設定いかんによっては、被検物質につき原告医薬品と同等又はそれ以上のカリクレイン様物質産生阻害活性を有するものと判断し得る可能性はあると考えられる。
したがって、LBTIのような阻害剤を用いなくとも実用に耐え得る生成カリクレイン定量の方法が存在する可能性があるから、原告主張のようにLBTIのような阻害剤を用いない被告主張のイ号方法は生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないとまで断定することはできない。
3 被告主張のイ号方法中のエタノール抽出処理により、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するか(争点2(三))。
(一) 甲第九号証の1(【E】作成の平成五年九月二日付実験報告書)の「W考察・判定」の項には、「今回の実験結果から、試験方法Aにより処理・測定した場合、ノイロトロピン群とコントロール群の吸光度差の大部分が、実際上の対照群とも言える生理食塩液群でも認められた。従って、ノイロトロピンを試験方法Aにより処理・測定した場合は、ノイロトロピン由来の血漿カリクレイン様物質産生抑制作用がほとんど認められず、本抑制作用を評価するための試験法としては、試験方法Aは適当ではないと判断できる。」との記載がある。また、甲第一三号証(原告の生物活性科学研究所第一天然有機部部長【K】作成の平成五年一二月一七日付陳述書)は、ノイトロピン錠の医薬品製造承認申請に際し原告が昭和六一年九月八日厚生省に提出した「ノイロトロピン錠指示事項回答概要(2)」(甲第一四号証の2)に掲載したNSP(ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液)のエタノール分画実験の結果について説明したものであるが、その中には、「測定の結果、NSP中のKPI活性はエタノール易溶性のT―3画分に移行せず、エタノール難溶性画分であるT―2画分に移行し、その間にその活性(量)はNS画分に比べ顕著に低減していました(同二三頁)。また、『図3再混合による活性回収率の変動』(同二三頁)に示す通りT―1、T―2及びT―3画分を再混合しても元のNS画分のKPI活性に回復しなかった(同二三頁)ことから、NSPのKPI活性はエタノール抽出により失活すると結論づけました。『NSPのKPI活性はエタノール分画によって失活する』という私共の実験結果は、カリクレイン―キニン系領域の研究で著名な神戸学院大学薬学部【E】教授の『実験報告書』(甲第九号証)の実験結果によっても裏付けられています。」との記載がある。
(二) 原告は、これらの記載を根拠に、被告主張のイ号方法はワクシニアイウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液につきエタノール抽出処理を行うものであるため、右抽出液中のカリクレイン様物質産生阻害活性を示す成分が失活するという欠陥を有しており、被告主張のイ号方法によって被告医薬品(ローズモルゲン注)につきカリクレイン様物質産生阻害活性を確認することができたとする実験結果(乙第八号証)は、右のエタノール抽出処理により注射薬である被告医薬品中の塩化ナトリウムが試料溶液中に溶出し、その結果、試料溶液の最終塩濃度がカリクレイン様物質産生反応のための至適塩濃度の範囲を外れることによる影響ではないかと考えられる旨主張する。
しかし、乙第三一号証(被告の【G】・【H】作成の平成六年一二月五日付実験報告書〔脱塩操作の違いによるカリクレイン様物質産生阻害活性の検討〕)によれば、エタノール抽出により脱塩した試料溶液とマイクロ・アシライザーにより脱塩した試料溶液とにおいて同等のカリクレイン様物質産生阻害活性の存在が確認されたことが認められ、また、右甲第一三号証の図A(エタノール分画法)の操作と図B(エタノール抽出操作〔イ号方法〕)の操作とは、エタノール処理に至る過程が異なり、厳密にはエタノール処理自体も異なるものであるから、右主張は採用することができない。
三 原告が原告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(争点3(一))、被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品である被告医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は、先発医薬品である原告医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ、厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)(同(二))、右(二)の方法と、被告が現実に業として被告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法とは、必ず同じ方法でなければならないか(医薬品の製造業者は、現実に業として医薬品を製造する際、当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許されるか。)(同(三))。
1 以下の事実は本件訴訟手続上明らかである。
(一) 原告は、平成五年三月六日付調査嘱託の申出書により、原告は、被告医薬品の薬事法に基づく医薬品製造承認書中の「規格及び試験方法」の欄に原告主張のイ号方法が記載されていることを確認するために、平成四年六月一〇日弁護士法23条の2に基づき東京弁護士会を通じて厚生省薬務局審査課長に照会したが、それに対する回答は、「医薬品製造(輸入)承認申請は、申請者が薬事法に基づく承認を受けるためのものであり、薬事法により義務付けられている表示事項以外の内容については回答することはできない。本事項については、当該製造業者に直接照会されたい。」というものであり、一方、被告は本件訴訟において被告医薬品の製造承認において承認を受けた試験方法は被告主張のイ号方法であると主張しているので、右承認を受けた方法は被告主張のイ号方法であるか原告主張のイ号方法であるかにつき、厚生省薬務局に調査の嘱託をするよう申出をした。
(二) 当裁判所は、平成五年三月一七日、右調査嘱託の申出を採用し、厚生省薬務局に対し民訴法262条に基づき次の事項につき調査の嘱託をしたが、厚生省薬務局審査課長は、同年四月二二日付で、右嘱託については、「申請者が承認審査のために提出したものであり、その内容に関する資料は、国家公務員法(昭和二二年法律第一二〇号)100条1項の「職務上知ることのできた秘密」に該当すると考えられるので、回答できない。」旨回答した。
(調査嘱託事項) 被告株式会社フジモト・ダイアグノスティックスが、薬事法第14条第1項に基づいて取得した「ローズモルゲン注」並びにその有効成分たる「FN原液『フジモト』」の医薬品製造承認書中、「規格及び試験方法」の項に記載されている測定方法は、
(1) 別紙(四)記載の方法(被告主張のイ号方法)ですか、別紙(三)記載の方法(原告主張のイ号方法)ですか。
(2) 右いずれでもないときは、どのような方法ですか。
(三) 原告は、平成五年六月一一日付文書提出命令申立書及び同年九月一四日付訂正補充書により、次の各文書(記載部分)は被告が本件訴訟において民訴法312条1号所定の引用をした文書に該当するとして文書提出命令の申立をしたが、当裁判所は、平成六年一月一八日、右各文書(記載部分)は同条同号所定の文書に該当するとは認められないとして原告の右申立を却下した。
販売名「ローズモルゲン注」に係る厚生大臣の平成四年二月二一日付「医薬品製造承認書」中、添付の「医薬品製造承認申請書」の「規格及び試験方法」欄表示の「別紙(1)」中、「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験に係る記載部分 販売名「FN原液『フジモト』」に係る厚生大臣の平成四年二月二一日付「医薬品製造承認書」中、右同様の記載部分(四) 当裁判所は、平成六年一月一二日、被告に対し、以下の三点について釈明を求めた。
「(1) 被告主張のイ号方法は、原告指摘の被告医薬品に係る医薬品製造承認申請書の規格及び試験方法欄表示の別紙(1)中「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験に係る記載のものと実質的に同一であるという主張か。
(2) 前項が否定の場合、被告は、右医薬品製造承認申請書記載の方法を開示する意思はあるか。
(3) 前二項とも否定の場合、被告が被告主張のイ号方法を開示したことの意義は何か(本件訴訟においていかなる意味があるのか。何ら意味がないことではないか。)。
これに対し、被告は、平成六年一月一八日付第六準備書面で、以下のとおり釈明した。
「(1) 実質的に同一であると主張するものではない(詳細は第三の三2【被告の主張】(一)記載のとおり)。
(2) 被告は、現時点においては、右医薬品製造承認申請書記載の方法を開示する意思はない(詳細は同(二)記載のとおり)。
(3) 被告によるイ号方法の開示は、被告が本件特許方法を実施しているとの原告主張に対する積極否認の意義を有するとともに、本件特許方法がカリクレイン様物質産生阻害活性能の唯一の測定法であるとの原告主張についての積極否認の意義をも有する。」(五) 当裁判所は、平成六年一月一八日、当事者双方に対し、次の見解の可否について意味を求めた。
「【見解】ローズモルゲン注(被告医薬品)がノイロトロピン特号3cc(原告医薬品)と同等性のある医薬品であることを、次記の方法により一応証明することができる。但し、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液は両者とも同一の方法で作成した同一濃度のものとする。
記 本件特許公報二三六頁以下に記載の実施例1又は実施例2に記載の方法を基本的に適用するが(各場合とも被検薬以外は同1条件に設定)、但し、@同方法にある、LBTI溶液(生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤)関係の物質は添加しないこととし、A被検薬水溶液として、原告医薬品を〇・一ml、〇・二ml、〇・三ml、
〇・四ml、〇・五ml・・・、・、被告医薬品を〇・一ml、〇・二ml、〇・三ml、〇・四ml、〇・五ml・・・とする場合に分け、各反応時間を一五分、
二〇分、三〇分・・・とする場合に分け反応させて、各場合のカリクレイン生成量を、各対応の数値毎に対比し、そのいずれの場合も被告医薬品が原告医薬品と同等と評価できることが判明する場合。」 これに対し、原告は、平成六年三月一五日付回答書で、被告主張のイ号方法も、
釈明の「記」に記載されている方法も、先発医薬品たるノイロトロピン特号3ccにつき承認されたカリクレイン様物質産生阻害活性測定法とは全く異質の方法であって、得られた結果が同じであるからといって、これをもって異質の測定法に基づく測定結果を比較することは意味がなく、まして医薬品の同等性を云々することはできない旨釈明した。
一方、被告は、平成六年三月一四日付第七準備書面で、右【見解】は正当であるが、右【見解】が妥当するのは、カリクレイン様物質産生阻害活性以外の規格及び試験方法を総合して、同等と評価されていることが前提である旨釈明した。
(六) 当裁判所は、平成六年二月二五日、当事者双方に対し、次の二点について釈明を求めた。
「(1) ノイロトロピン特号3cc(原告医薬品)の製造承認申請に際し、本件「カリクレイン様物質産生阻害活性測定法」を適用してカリクレイン様物質産生阻害活性が測定確認されたこと及びその具体的測定値を示して承認を受けたことを明らかにする証拠が、当審に提出されているかどうか。提出されている場合はその証拠番号。
(2) 前回平成六年一月一八日付求釈明書の【見解】中の但書「但し、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液は両者とも同一の方法で作成した同一濃度のものとする。」を削除した場合に、同書面「記」についての意見」 これに対し、原告は、平成六年三月一五日付第二回の回答書で、(1)の点については、甲第三号証により明確になっているが、今回新たに甲第一五号証を提出する(第三の三1【原告の主張】参照)、(2)の点については、平成六年一月一八日付求釈明書の「記」に記載されている試験方法は被告医薬品の「規格及び試験方法」として成立の余地のない方法である旨釈明した。
一方、被告は、平成六年三月一四日付第七準備書面で、(1)の点については、
原告は、そのような証拠は提出していない、(2)の点については、平成六年一月一八日付求釈明書に示された【見解】は、但書を削除した場合でも、正当である旨釈明した。
(七) 当裁判所は、平成六年三月一八日、原告の平成六年三月一五日付第二回の回答書中の「(1) 『後発医薬品たる被告の『ローズモルゲン注』は、その先発医薬品たる『ノイロトロピン特号3cc』の『規格及び試験方法』に合致したが故に後発品として承認されたものである。・・・『ローズモルゲン注』が『ノイロトロピン特号3cc』と同一の医薬品であるか否かを確認する唯一の試験方法は、『ノイロトロピン特号3cc』の製造承認申請書の『規格及び試験方法』の欄に記載されている試験法(それはとりもなおさず本件特許方法である)でなければならない。」との記載について、
原告に対し、
「右記載は、被告の『ローズモルゲル注』の製造承認申請書の『規格及び試験方法』が、その先発医薬品たる『ノイロトロピン特号3cc』の製造承認申請書の『規格及び試験方法』の欄に記載されているものと全く同一の規格及び試験方法でなければ、製造承認されないとの趣旨か。それとも、それが最も製造承認を得られ易い方法であるから、被告もそのようにしたに違いないとの趣旨か。前者の場合は、何故製造承認され得ないかその理由を明らかにされたい。」と、
被告に対し、
「被告は、原告主張の右記載を事実と認めるか。認めない場合は、その理由。」と各釈明し、
「(2) 『LBTIの如きトリプシンインヒビターが用いられなければ、『カリクレイン生成と反応時間の間に直線的な関係が成立する時間』(特許請求の範囲の記載参照)が何時から何時までかということを確認することができないので、生成カリクレインを定量するための測定法にはならない。他方、
生成カリクレインを定量するために用いられるD-Pro-Phe-pNAの如き発色基質は活性型第]U因子によっても分解され、カリクレイン同様発色する。反応系中で生起するこのような副次的反応を、トリプシンインヒビターの如き阻害剤によって抑制しない限り前記の如き『直線的な関係が成立する』精確な定量的カリクレインの産生検量線を求めることは不可能である。」との記載について、
原告に対し、
「生成カリクレインを定量するために用いられるD-Pro-Phe-pNAの如き発色基質は活性型血液凝固第]U因子によっても分解され、カリクレイン同様発色する、ということは、トリプシンインヒビターの如き阻害剤によって抑制しない場合には、一定量の活性型血液凝固第]U因子を一定量のヒト血漿に加えたとき、
反応開始時でカリクレインが全く生成していないものも、カリクレインが十分に生成したものも、生成カリクレインを定量するためのD-Pro-Phe-pNAの如き発色基質による測定では同一の測定結果となり、測定結果に差異は出ないということか。」と、
被告に対し、
「被告は、原告主張の右記載を事実と認めるか。認めない場合は、その理由。」と各釈明した。
これに対し、原告は、平成六年四月二一日付第三回回答書で、(1)の点については、被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」が、先発医薬品たる原告医薬品の製造承認書中の「規格及び試験方法」の記載と同一でなければ、被告医薬品は製造承認を受けることができない、との趣旨である、(2)の点については、第三の二2【原告の主張】(二)の末段記載と同旨の釈明をした。
一方、被告は、平成六年四月二〇日付第八準備書面で、(1)の点については、
原告主張事実は否認する(詳細は第三の三3【被告の主張】のとおり)、(2)の点については、原告主張は誤りである(詳細は第三の二2【被告の主張】(三)及び(二)第三段参照)旨釈明した。
(八) 当裁判所は、平成六年四月二五日、当事者双方に対し、「当裁判所は、職権で、本件につき、厚生省薬務局に対し、次の事項につき調査嘱託をする予定である。」として、右調査嘱託をすることについて意見を求めた。
(調査嘱託事項)「当該医薬品がワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液のような有効成分が明確でない医薬品の場合、後発医薬品が、先発医薬品と同等のものと認められ、製造承認を受けるための実務上の取扱いに関して、次の見解が対立している。いずれの見解が正しいか。なお、両説とも正しくないときは、貴局の取扱いを御教示下さい。
(甲説) 後発医薬品製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」が、先発医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と同一でなければ、後発医薬品製造承認を受けることができない。なお、ここにいう、「同一の規格及び試験方法」とは、右製造承認申請書又は製造承認書記載の「規格及び試験方法」が同文であることまでは必要としないが、「規格」としても、「試験方法」としても内容が同じでなければならないという意味である。
(乙説) 一般に、医薬品の確認試験方法については、その目的に照らし、先発医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と同等又はそれ以上の精度のものであることが証明できるものであれば、異なる試験方法を採用しても差し支えない。
したがって、後発医薬品製造承認を受けるためには、その製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」が先発医薬品のそれと同一内容である必要はない。」 これに対し、原告は、平成六年五月九日付求意見に対する意見書により、一般論として言えば、乙説は決して誤りではないが、本件では乙説の適用される余地はあり得ず、甲説が正当である旨述べた(詳細は第三の三2【原告の主張】(一)及び(二)記載のとおり)うえ、それ故嘱託書記載の調査嘱託事項は次の(1)及び(2)記載の事項に改められるべきである、とした。
「(1) 被告主張のイ号方法は、原告医薬品の製造承認申請書中の「規格及び試験方法」に記載されている検定方法と「同等又はそれ以上の精度のもの」に該当するか否か。
(2) 後発に係るワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液又はそれを有効成分とする後発医薬品製造承認申請に当たってカリクレイン様物質の産生阻害活性を検定する方法として申請書の「規格及び試験方法」に記載されている方法としては、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を有効成分とする先発医薬品たる「ノイロトロピン特号3cc」あるいは「ノイロトロピン錠」の製造承認申請に当たって申請書の「規格及び試験方法」に記載されている方法と異なる検定法を記載することで承認が得られるか。」 一方、被告は、平成六年五月九日付意見書により、原告は前記平成六年五月九日付意見書により乙説の正当性を承認し、この点について当事者間に争いがなくなったので、右調査嘱託についてはその必要性がない旨の意見を述べた。
(九) 当裁判所は、職権により、平成六年五月九日付で厚生省薬務局に対し前項記載の事項について民訴法262条に基づき調査の嘱託をし、同年七月一五日付書面により回答予定日の照会もしたが、厚生省からは現在に至るまで回答がない。
2 株式会社薬事日報社昭和六〇年一〇月二八日発行の厚生省薬務局監視指導課監修「GMP事例集」医薬品の製造管理及び品質管理に関する基準事例集一九八五年版(乙第一四号証)は、医薬品の製造管理及び品質管理規則等の各条文等に関する具体的な運用事例について、問答形式で解説を加えたものであるが、そのS3―17の問答(四七頁)には、「製造承認書記載の確認試験方法と異なる試験方法を、
相関性等を十分に確認した上で原料の確認試験方法として用いてもよいか(例えば、赤外吸収スペクトルで官能基の確認試験が代替できる場合や薄層クロマトグラムのRf値で、成分の確認試験に代替する場合等)。」との問に対し、「用いてもよい。ただし、根拠等を製品標準書等に明記しておくこと。」との答が記載されており、製造承認書記載の確認試験方法は異なる試験方法で代用できることが明記されている。
また、平成五年三月改訂・作成の原告医薬品(ノイロトロピン特号3cc)の医薬品インタビューフォーム(乙第一七号証)の「原薬の確認試験法」の欄(3頁)には、「*日局・1 アミノ酸クロマトグラフ法による〔アミノ酸〕 *日局・12 吸光度測定法〔紫外部吸収物質、λmax268〜272nm〕 *モリブデン酸アンモニウム/1―アミノ―2―ナフトール―4―スルホン酸〔リン〕 *HPLC法(オクタデシルシリル―シリカゲル/0.01Mリン酸二水素カリウム・pH5.5)〔核酸塩基〕 *カリクレイン様物質産生阻害活性試験」との記載があり、「原薬の純度試験法」の欄(4頁)には、「*日局・23 重金属試験法・第2法 *日局・40 ヒ素試験法・第3法・装置Aを用いる方法 *塩化第二鉄試験〔フェノール〕*トリクロル酢酸溶液(1↓5)〔たん白質〕」との記載があり、「製剤中の原薬確認試験」の欄(6頁)には、「*日局・1 アミノ酸クロマトグラフ法による〔アミノ酸〕 *日局・12 吸光度測定法〔紫外部吸収物質、
λmax268〜272nm〕 *モリブデン酸アンモニウム/1―アミノ―2―ナフトール―4―スルホン酸〔リン〕 *HPLC法(オクタデシルシリル―シリカゲル/0.01Mリン酸二水素カリウム・pH5.5)〔核酸塩基〕 *カリクレイン様物質産生阻害活性試験」との記載があり、「製剤中の原薬定量法」の欄(6頁)には、「SARTストレスマウスを用いて鎮痛係数を求める生物検定法による3―3用量検定法」との記載がある。
3 以上によれば、争点3(一)については、原告が原告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法は前記一2説示のとおりであると認められるものの、争点3(二)の、被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品である被告医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は、先発医薬品である原告医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ、厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)については、証拠上不明という外はない。
争点3(三)については、前記2前段認定の事実によれば、被告が被告医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法と、被告が現実に業として被告医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法とは、必ずしも同じ方法であることを要しない(医薬品の製造業者は、現実に業として医薬品を製造する際、当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許される)ものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
結語
以上のとおりで、被告が被告医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として(本件特許方法に該当する)原告主張のイ号方法を実施しているとの事実は、本件全証拠によるも認められないから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却を免れない。
別紙 省略