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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 6年 (ネ) 3292号
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裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 1996/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、別紙目録一記載の形質転換されているチャイニーズ・ハムスター卵巣細胞を用いて組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を製造してはならない。
三 被控訴人は、別紙目録二記載の組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。
四 被控訴人は、別紙目録三記載の方法を用いて同目録記載の組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。
五 被控訴人は、別紙目録四記載の粉末状注射用製剤を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。
六 被控訴人は、その所有する別紙目録一記載の形質転換されているチャイニーズ・ハムスター卵巣細胞、同目録二記載の組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子及び同目録四記載の粉末状注射用製剤を廃棄せよ。
七 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
八 控訴人が被控訴人のために一億円の担保を供したときには、この判決第二ないし第六項は仮に執行することができる。
事実及び理由
控訴人の権利
(A特許権) 控訴人は、次の特許権を有する。
○ 発明の名称 組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子○ 出願日 昭和58年5月6日(特願昭58-79205)○ 優先権主張(1)1982年(昭和57年)5月5日 米国特許出願374860号(2)1982年(昭和57年)7月14日 米国特許出願398003号(3)1983年(昭和58年)4月7日 米国特許出願483052号の各アメリカ合衆国特許出願に基づく優先権主張(注)以下、(1)を「米国第一特許出願」、
(2)を「米国第二特許出願」、(3)を「米国第三特許出願」と表記する。
○ 出願公告日 昭和62年4月15日(特公昭62-16931)○ 特許登録日 平成3年1月31日○ 登録番号 第1599082号○ 特許請求の範囲「1 ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性‥1) プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2) フィブリン結合能を有する3) ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4) クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5) 一体鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るを有する、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子であって、以下の部分的アミノ酸配列を含んでいる活性化因子‥(注)(注) 特許請求の範囲には、ここに上記の「以下の」に対応する第一審判決別紙目録六の69番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
2 ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAで形質転換されたヒト細胞以外の宿主細胞を、該DNAの発現可能な条件下で培養して、以下の特性‥1) プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2) フィブリン結合能を有する3) ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4) クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5) 一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るを有し、以下の部分的アミノ酸配列‥(注)(注) 特許請求の範囲には、ここに上記の「以下の」に対応する第一審判決別紙目録六の69番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
を含んでいる組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を産生させ、次いで該組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を回収することを特徴とする、
ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造方法
3 ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性‥1) プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2) フィブリン結合能を有する3) ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4) クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5) 一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るを有し、以下の部分的アミノ酸配列‥(注)(注)特許請求の範囲には、ここに上記の「以下の」に対応する第一審判決別紙目録六の69番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
を含み、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の治療上有効量を、薬剤上許容し得るキャリヤーと混合して含有する血栓症治療剤。」(B特許権) 控訴人は、次の特許権を有する。
○ 発明の名称 ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された宿主細胞○ 出願日 昭和58年5月6日(特願昭58-79205の分割出願。特願昭61-185427)○ 優先権主張 A特許権と同じ○ 出願公告日 平成1年7月20日(特公平1-34596)○ 特許登録日 平成6年6月21日○ 登録番号 第1852721号○ 特許請求の範囲「形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞中に於いて、下記のアミノ酸配列1〜527を有するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞‥(注)」(注) 特許請求の範囲には、ここに上記の「下記の」に対応する第一審判決別紙目録六の1番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
明細書
(A発明) A発明の明細書(A特許明細書)及び図面は、特許出願公告公報に掲載の明細書及び図面の記載内容に、昭和63年12月15日付け手続補正書(特許異議答弁書提出時及び平成2年7月5日付け手続補正書(拒絶査定不服審判請求時)による補正があったものである。補正箇所は、発明の名称「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」が「組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」と改められているほか、
第一審判決別紙特許公報訂正箇所指摘書の直線で四角に囲った箇所である。補正の内容は同書の「訂正後」欄に記載のとおりであり、補正後のA特許明細書の第5A〜C図は、第一審判決別紙目録六記載のとおりである。
(B発明) B発明の明細書及び図面の記載内容は、特許出願公告公報に記載のとおりで、出願公告後の補正はない。
A発明及びB発明の概要と被控訴人の行為
第一審判決に記載のとおり(12頁から28頁にかけての三、四の項。知的裁集26巻3号1207頁から1214頁にかけての三、四の項)。被控訴人は平成7年5月19日、tーPA製剤(イ号製剤=別紙目録四記載の血栓症治療用製剤)の市販を開始した(弁論の全趣旨)。
ただし、第一審判決27頁の2(知的裁集1214頁の2)の冒頭の「被告」は、「英国法人ザ・ウェルカム・ファンデーション・リミテッド」(第一審判決の他の箇所では「ウェルカム社」と表記)の誤記。
控訴人の請求の概要
控訴人は、イ号物件(別紙目録二記載の組織プラスミノーゲン活性化因子)、イ号方法(別紙目録三記載の方法)及びイ号製剤(別紙目録四記載の血栓症治療用製剤)がA発明の技術的範囲に属すること、イ号細胞(別紙目録一記載の細胞)がB発明の技術的範囲に属し、これを用いて組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を製造することはB発明の技術的範囲に属することを理由に、A特許権及びB特許権に基づき、その侵害の停止又は予防(イ号細胞を用いた組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造、イ号物件の製造、販売、イ号方法を用いたイ号物件の製造、販売及びイ号製剤の製造、販売の停止)、侵害予防に必要な行為(上記各販売のための宣伝、広告、並びにイ号細胞、イ号物件及びイ号製剤の廃棄)を請求したのに対し、第一審判決は控訴人の請求を棄却した(ただし、B発明については、
特許付与の前段階の仮保護の権利であることが前提とされた)。
そこで、控訴人は第一審判決取消しとともに、当審で更に上記の給付判決を求めた。
主な争点(付、特許無効の主張と判断)
イ号物件のアミノ酸配列は、別紙目録五に記載のとおりであり、N末端から二四五番目の部位のアミノ酸残基がメチオニン残基(Met)である点において、その部位のアミノ酸残基がバリン残基(Val)であるA、B発明のt-PAのアミノ酸配列と相違しており、イ号物件はA、B発明におけるアミノ酸配列をそっくりそのままを含むものではない。
以下において、「被控訴人のt-PA」というときは、別紙目録五記載のように、A、B発明のt-PAにおけるアミノ酸残基中、上記のN末端から245番目の部位のアミノ酸残基がメチオニン残基(Met)であるtーPAを指し、「met-t-PA」とも称することにする。これに対し、A、B発明のtーPAを「val-t-PA」とも称することにする。
この点は当事者間に争いがないので、主な争点は、イ号物件、イ号方法、イ号製剤及びイ号細胞がA、B発明の技術的範囲に属するか否か、すなわち、イ号物件、
イ号方法、イ号製剤及びイ号細胞はA及びB特許請求の範囲の記載文言そのままのアミノ酸配列を構成としてはいないが、A、B発明と実質上同一若しくは均等であると評価すべきか否か、の点に集約される。
被控訴人は、A特許に特許無効の審判を受けるべき事由がある旨主張するが、この点に関する当事者の主張の骨子は、大阪高等裁判所平成3年(ネ)第2485号事件について、当部が平成6年2月25日に言い渡した判決(判例時報1492号25頁、判例タイムズ842号232頁)に摘示のところとほぼ同様のものとなっている。そして、当裁判所としても、A特許につき特許無効の審判を受けるべき事由があるとは認められないか、又はそのようには明らかに認められない(進歩性欠如の点)と判断するものであって、その理由は上記判決が示しているとおりであり、理由の要点は、次に示すとおりである。
なお、被控訴人は、平成3年7月11日、A発明の特許の無効審判請求をしていたが、同6年8月9日、同審判請求不成立の審決があった。同審決に対しては被控訴人から審決取消請求を求める訴えが東京高等裁判所に提起され、係属中であるが(同裁判所平成六年(行ケ)第220号)、審決においても、進歩性欠如に関する被控訴人の主張を採用できないものとしているので、なおさら、A発明の明白な進歩性欠如が認められないとの当侵害訴訟裁判所の判断は動かない。
大阪高裁平成3年(ネ)第2485号判決の要点1 新規性 新規性欠如に関して被控訴人が引用する公知技術は、1982年1月4日発行のEuropean Journal of Biochemistry Vol.121所収の“Messenger RNA for Human Tissue Plasminogen Activator”「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対するメッセンジャーRNA」と題する報文である(乙22)。
しかし、そこには、ボ-ズメラノーマ細胞由来のt-PAmRNAをアフリカツメガエルの卵母細胞中に注入し、その翻訳生成物がt-PAとしての活性を有することを確認したことが記載されているけれども、同報文上からも、このmRNAが純粋な全長の物が単離して使用されたとは認められない。また、同報文には、産生が確認された物質が天然t-PAないしA発明のt-PAと同一の構造及び同一の特性@ないしD全部を有するt-PAであるとの確認もされていない。その上この物質は、卵母細胞中のt-PAのmRNAが翻訳する(すなわちmRNAが持つ遺伝情報に対応して、アミノ酸から蛋白質が生合成される)ものに限られることからみて、その産生量は微量かつ限定的であって、cDNAをクローン化した場合のようにt-PAを大量生産することは困難である。さらに、同報文中には、単離したmRNAからcDNAを調製して組換DNA技術を用いてこれをクローン化するための具体的な試みは何ら記載されていない。
結局、上記報文をもってしても、ヒト以外の宿主細胞が産生するt-PAの糖鎖が公知であったとすることはできず、A発明が明らかに新規性を欠如するものと認めることはできない。
2 進歩性 本件優先権主張日ないし特許出願日当時における組換DNA技術で産生された蛋白質に関する発明についての進歩性判断に、控訴人らが援用する従来の化学物質に関する特許の運用基準を当てはめることができるか否か、仮にこれを肯定することができるとして、その程度ないし態様は、本件でも当事者間で重大な争点となっているように、当時にあってはもちろんのこと、現在においてもなお最先端技術の分野に属する組換DNAの技術分野における発明の特許要件一般の問題にかかわることとして、極めて困難な側面を有し、しかく一義的には決定することができない問題である。本件では、蛋白質の一種であるt-PAの物の発明ないしその製法の発明、医薬の発明の進歩性の欠如の有無が争点とされているが、侵害訴訟を審理してきた当裁判所としては、A発明の進歩性の明白な欠如を認めることはできない。
3 優先権主張 A発明で優先権主張の基礎となった米国第一、第二特許出願の明細書に記載のアミノ酸配列とA発明の明細書に記載のアミノ酸配列とでは、3箇所においてアミノ酸の種類が相違している。被控訴人は、このことをもって、A発明の上記優先権主張は許されないと主張する。
しかしながら、米国第一特許出願及び第二特許出願に記載されていたクレーム中の前記アミノ酸配列の記載は誤記にすぎないと認めるべきである。そして、t-PA活性を持つ物質を産生させたことが、A発明の核心をなすものというべきであるし、この産生の過程は米国第一特許出願及び第二特許出願の明細書に開示されているところなので、このような誤記があったとしても、各米国特許出願においてA発明の開示があったと考えるのに差し支えはない。
以上のほか、被控訴人は、米国第三特許出願中にされた、プラスミドの「pt-PAtrp12」との記載の削除及びそれに至った理由からみて、米国第二特許出願による優先権を主張できないと上記無効審判請求で主張し、本訴でもこの主張を援用している。しかし、上記審決では、米国第三特許出願以降において、プラスミドの名称が「pEPAtrp12」から「pt-PAtrp12」に変更されたにすぎないものであり、米国第二特許出願には、天然t-PAの1番から527番のアミノ酸配列を有する大腸菌由来の蛋白質が開示されていると認定されているところ(甲126の56頁)、本訴においては、この認定を左右するに足りる証拠はない。被控訴人の上記主張も採用することができない。
控訴人の主張の整理と当裁判所の判断方針
控訴人は、第一次的に、被控訴人のt-PA(met-t-PA)はA、B発明のt-PA(val-t-PA)と実質的に同一であると主張し、第二次的に、被控訴人のt-PA(met-t-PA)はA、B発明のt-PA(val-t-PA)と均等のもであると主張した。
控訴人は、met-t-PAとval-t-PAとが実質的に同一とされるためには、前者が後者から容易に推考し得たとの要件は不要であると主張し、このことを前提として、実質的同一性を第一次的主張としているようである。しかしながら、当該技術が特許発明実質的に同一のものとされるためには、構成を異にしている部分が特許発明にとって非本質的なものであって、その構成の相違が単なる慣用手段の適用に当たるとか、単なる設計上の微差にすぎないものである必要などがあり、これまでこれらが肯定されてきたのには、成熟した技術手段の単なる適用の場面が想定されていたといえる。
本件においては、現在においても先端技術に属する組換DNA技術の発明との対比における実質的同一性が主張されていて、実質的同一性の有無を判断する際に当てはめる技術手段等もまた先端技術分野に属するものが多い。本訴の当事者双方の主張並びに専門学者の意見書を含む証拠等に照らしても、この技術分野における特許発明実質的同一性の判断基準が、当業者の間で大方の認識に至っているまでに定立されているものとはにわかに断じ難い。
控訴人は、「t-PAの遺伝子は、ヒトゲノム中ただ一個しか存在しないことが知られている。
met-t-PAもval-t-PAも同一の遺伝子に由来する。分子生物学の研究者は、同一の遺伝子に由来する蛋白質はたとえクローニングによりアミノ酸が若干異なることになっても、定義により全く同一であると考えている。」と主張し、
被控訴人のt-PAであるmet-t-PAは、A、B発明のval-t-PAと実質的に同一のものであるとする。しかしながら、実質的同一性の判断基準は特許法におけるものであって、上記の自然科学上の見解から直ちに特許発明の同一性の範囲を画するものと速断することはできない。特許出願発明の新規性の判断基準に密接にかかわってくることでもあり、成熟した技術分野ならばともかくとして、先端技術分野においての発明の実質的同一性の存否いかんについては、侵害訴訟を審理する当裁判所だけで軽々に判断を下せないところである。
次に示す均等の判断は、被侵害物等との対比で個々の事件ごとに行われる特許発明技術的範囲の認定の手法であり、侵害訴訟裁判所の本領ともいうべき分野に属するところ、控訴人の均等の主張が認められるのならば、被控訴人のt-PAとA、B発明のt-PAとの間に、控訴人が上記のように主張するような意味での、
すなわち、特許発明と対比して容易想到性の要件を不要とする意味においての実質的同一性が認められるかの判断は必要がなくなるので、まずは控訴人が第二次的に主張する均等についての判断に移行する。
均等
7.1 控訴人の主張7.1.1 置換可能性容易想到性 均等の認められる要件は、置換可能性容易想到性である。
被控訴人のt-PAはアミノ酸配列の245位のアミノ酸残基がバリン残基からメチオニン残基に変わっていることを除けば、A特許の特許請求の範囲に記載の他の要件(特性)をことごとく満たしていることからすると、置換可能性の要件を充足する。
次の事実関係からすると、容易想到性の要件も充足している。
(1) 1982年以前においてアミノ酸の置換による蛋白質の機能への影響は予測できた。
(2) 1982年当時既に、Val、Met両アミノ酸の側鎖の疎水性が定量的に測定されており、互いに似た値であることが知られていた。
(3) 疎水性を示すパラメーターはValが1.5、Metが1.3と互いに近いので、両者が蛋白質の立体構造形成の上で、近似の挙動を取ることが予測できた。
(4) t-PAはセリンプロテアーゼの一種であるが、セリンプロテアーゼについても、エラスターゼ、トリプシン、キモトリプシンの間でVal→Met中立変異が1970年代から知られていた。
これらのセリンプロテアーゼの近似性からトリプシンなどにこの変異を施しても、機能を損ねないと予測できる。この予測は一九七〇年代に既に可能であった。
(5) 酵素蛋白質のアミノ酸残基の大部分は、活性部位を構成している各部分を適正な位置に保って、一定の立体構造を保持するという消極的な役割を果たしているにすぎない。
(6) 球状構造の内部に存在しているアミノ酸は主として分子の全体の形を保持し、それによって活性に寄与するアミノ酸残基を空間的に適正な相互位置に保つという役割を果たしている。
(7) バリンからメチオニンへの変化は分子の内部での変化であり、したがってt-PA活性を発現するための必須部位と考えられているセリンプロテアーゼ領域やクリングル領域の活性部位には、何ら影響を与えない。
(8) 245位という位置は、t-PAの立体構造を固定する役割を果たしているシスチン結合(S-S)に関与している243位のアミノ酸残基(システイン残基)のすぐ隣に位置しているので、この置換により、t-PA分子の内部の構造ですら有意な影響を受けるとは考えられない。
(9) t-PAのH鎖にあるクリングル中の245位のバリン残基が活性中心に属しないこと、そのバリン残基がt-PAのプロテアーゼ活性の発現に決定的な重要性を持たないことは、容易に推定できた。
(10) バリンは、フィブリンとの結合に決定的に重要なアミノ酸残基ではないと推定することができた。
そうすると、被控訴人のt-PAは、A発明の特許請求の範囲に記載のt-PAと置き換えても、その発明の目的を達成することが可能であり(置換可能)、かつ当業者ならばその置換容易に想到し得る(容易想到)ということができる。
均等であるか否かの考察の対象となるものは、本件においては別紙目録二記載の物にほかならないところ、別紙目録二の記載を離れて、A発明の特許請求の範囲に記載されているt-PAのアミノ酸配列中245位のアミノ酸残基たるバリン残基をメチオニン残基に変換した場合に、A特許の特許請求の範囲に記載のt-PAが備えている物性を有しているか否かを容易に想到し得るかということは論じる必要はない。
組換DNA技術を含むバイオテクロノジーに関する発明において、アミノ酸残基の配列を含む蛋白質の特許請求の範囲に関して、蛋白質のアミノ酸残基の配列の変異が起こる可能性を容易に予測することができ、その変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを予測することが容易である場合には、容易想到性があるといえる。変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを予測することが必ずしも容易とはいえない場合でも、変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを検証することが容易にできるときには、容易想到性がある。
A、B発明はパイオニア発明である。先端技術の分野において第三者の予測の容易性について厳格な判断をすると、容易想態性が否定されることが多くなり、この分野の発明について均等論が認められない場合が多くなる。このような解釈は、先端技術分野の発明であることから生じやすい特許請求の範囲の不完全な記載の救済を否定し、先端技術分野におけるパイオニア発明に対するインセンティヴを損ない、特許制度の目的を達し得ない結果をもたらすおそれがある。
7.1.2 出願経緯 A、B発明の特許出願の経緯をもってしても、均等は否定されるべきでない。
控訴人がA、B発明の特許出願当時、その技術的範囲を現在主張しているような改変物質(変異体や誘導体)を含む広範なものとして認識していたことは明細書の記載から明らかである。
控訴人は出願過程において、A、B発明のt-PAをアミノ酸配列によって特定せよという審査官と再三にわたって面接し、組換DNAの技術分野においては、t-PAのアミノ酸配列をコードするDNA配列が開示されると、1又はそれ以上のアミノ酸の置換、挿入、削除を試みることによって、実質的にそのt-PAと同じ生理活性を持った変異体を製造することが極めて容易となるにかかわらず、A、B発明のt-PAをアミノ酸配列で特定すれば、かかる変異体がA、B発明の技術的範囲には含まれないという危険性を生じ、その権利は無に等しくなると主張した。
しかし、特許庁審査官は、特許請求の範囲に記載された「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体及びアレル変異体」なる用語は明細書の開示に比べて広範に過ぎるとしたので、控訴人は、やむなく特許請求の範囲においてアミノ酸配列を限定したものである。この限定は行政指導によるものであり、意識的限定ではない。
特許庁審査官は他方で、B発明の特許出願手続における控訴人の出願代理人の技術説明者等との面接において、控訴人が主張するようなアレル変異体又は誘導体が含まれることは、裁判所において均等論をもって争うべきである、とも述べている。
7.1.3 独自開発 そもそも、偶然に又は意図的に特許発明技術的範囲に属するものが作り出されたか否かは特許権侵害の決定とは無関係である。
しかも、被控訴人のmet-t-PAは、A、B発明とは独自に開発されたものではない。
すなわち、被控訴人のmet-t-PAの開発元であるジェネティックス・インスティテュート(GI社)のt-PA開発年代記(乙53)を精査すると、1982年7月には、いまだにcDNAのクローニングにプライマー延長法を用いる試みが続けられていたことが明らかである。
しかるにその直後、【A】博士(A、B発明の発明者の一人)が、同年7月23日にオリゴヌクレオチドプローブ法を用いてt-PAcDNAのクローニングに成功したことを、ローザンヌ会議において発表すると、GI社は翌8月初め、
にわかにオリゴヌクレオチドプローブ法によるクローニングに実験の方針を転換した。その際、プライマー延長法の実験は結果を得るに至っていなかったのに、途中で放棄されているのである。
開発の面からいえば、いかに適切な方法を選択するかということこそ最も大切なことであり、GI社の開発が、控訴人の発表による影響を受けたことは明らかである。
7.2 被控訴人の主張7.2.1 置換可能性欠如 控訴人は、アミノ酸残基の配列を含む蛋白質の特許請求の範囲を持つ特許に関して、特定のアミノ酸残基が置換しあるいは欠落しているが、発明の目的に関する特性の異ならないものは置換可能性がある、としているが、本件の場合、特にA特許の場合には、その出願経緯からみて、アミノ酸配列を特定することによって初めて特許として認められたものであり、特許請求の範囲の1) プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2) フィブリン結合能を有する3) ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4) クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5) 一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るとの記載は、天然t-PAの一般的性質を記載したものにすぎないから、上記特性を有するか否かのみをもって、発明の目的に関する特性の有無を判断してはならない。
7.2.2 容易想到性欠如 被控訴人t-PAは容易想到性の要件を具備しない。
そもそも、特許請求の範囲に記載されたアミノ酸配列とアミノ酸配列の異なるt-PAについては技術的思想が異なり、均等論を適用すべきものではない。
仮に、控訴人の主張するような容易想到性に関する説が成り立つとしても、本件において、その要件が充足されることにはならない。
(1) 蛋白質において、たとえアミノ酸残基が一個異なったとしても、それが機能に影響を与えて、その蛋白質の生物学的性質を変化させることがあることが、米国第一、第二特許出願当時知られていた。
(2) 蛋白質におけるアミノ酸一個の変化によって、その蛋白質の生物学的な性質に影響を与える場合があること、そしてかような影響を与えないアミノ酸残基は蛋白質のどの部分に該当するかは、実験により確認しなければ判明しないという技術状況は、今日においてもまだ変わっていない。
(3) t-PAを組換DNA技術によって製造する場合に、アミノ酸配列の異なった蛋白質が得られることはほかにもあるが、その原因は解明されていない。
(4) アミノ酸配列の差異はもともと存在するものなのか、クローニングの過程で発生するのか、そのアミノ酸の変化は配列のどの部分で発生するのかという点は、A、B発明の明細書には全く開示はなく、現在においてもまだ解明されていない。
(5) 甲106(【B】大阪バイオサイエンス研究所長・日本学士院会員・京都大学名誉教授と、【C】九州大学理学部教授の共同意見)は、天然t-PAの245位のアミノ酸バリンがメチオニンに変わっても、セリンプロテアーゼ領域には変化がなくまたクリングル領域は残存しているから、プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能及びフィブリン結合能がなくなるとは考えられないが、フィブリン結合能が変化する可能性はある旨述べている。
しかし、この意見では、なぜクリングル領域は残存していると予測できるのか、
なぜ触媒能及びフィブリン結合能がなくなってしまうとは考えられないと予測できるのか、なぜフィブリン結合能が変化する可能性があると予測できるのかについて、その根拠が示されていない。
t-PAのフィブリン結合能がどこにあるかは1982年当時分かっていなかったので、245位のアミノ酸残基が機能に直接関与するアミノ酸残基か否かを予測することはできない。
バリン残基とメチオニン残基のような「保存的(保守的)置換」と呼ばれるものについても、「いわゆる『保守的』なアミノ酸置換であってもそれが機能にかかわるアミノ酸であるために、明らかな機能の異常が見られる場合がある」(「蛋白質核酸酵素」誌1980年13号=乙89の1、2の1059頁)から、245位のアミノ酸残基がバリンからメチオニンに変わった場合において、その生物学的性質に変化が生じるかどうか(場合によっては機能を失うこともある)を予測することは、米国第一特許出願当時には困難であった。
7.2.3 変異した蛋白質に関する容易想到性の反論 控訴人は、A、B発明のようなパイオニア発明においては、変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを予測するのが必ずしも容易とはいえない場合でも、変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを検証することが容易にできる場合には、容易想到性があると主張している。
しかし、パイオニア発明であるからといって、容易想到性の幅を広げることは不当である(後記7.2.4)。したがって、本件において、被控訴人t-PAが容易想到性の要件を具備するかどうかを検討する必要があるとしても、それは、1982年当時、t-PAの245位のバリン残基がメチオニン残基に置換されても、
t-PAの性質に変化が生じるか否かを予測できたかが問題とされねばならない。
t-PAの245位のアミノ酸残基が重要な部位かどうかを予測できたことが、
245位がバリン残基からメチオニン残基に変わっても、t-PAの性質に影響を与えるかどうかが予測できたことの前提となる。しかしながら、下記の理由から上記予測は困難であった。
(1) 米国第一特許出願当時には、245位のアミノ酸残基が存在するクリングル領域のどのアミノ酸残基が機能に直接関与するのかについては、何も分かっていなかったのであるから、245位が機能に直接関与するアミノ酸残基ではないと予測できる根拠は何もない。
(2) 「構造的にcriticalな部位」のように、機能に直接関与しない部位のアミノ酸残基の相違であっても、蛋白質の性質に影響を与えるかどうかを、米国第一特許出願当時はもちろん、現在においても、実験等による確認を行わないで予測できたとするのは困難である。
(3) 蛋白質分子の内部のアミノ酸残基のような、蛋白質の機能に直接関与しないと控訴人が主張しているアミノ酸残基についても、その変化により、蛋白質の性質に影響を与えないとの予測は困難である。
【D】東京工業大学教授の意見書(甲80)には次のことが記載されており、同様の意見は【D】教授の意見書その2(甲96)、同教授と【E】東京大学名誉教授との共同意見書(甲102)にもある。
○ オクタロニー拡散法は、構造の類似した蛋白質の間の(例えば、ウシとブタなど異なる生物種に由来する同一酵素での)わずかな免疫原性の違いを検出するための方法である。
○ オクタロニー拡散法を用いれば、t-PA抗原決定基のほんの一部に変化が出た程度でも免疫原性の差異を測定することはできる。
しかし、オクタロニー拡散法の実験原理から考えれば、抗原決定基が1箇所異なるという意味での「ほんの一部に変化が出た程度」の場合には、それによる免疫原性の差異を見いだすことができないし、また、アミノ酸残基1個の違いが生じている場合には、抗原決定基が1箇所のみ異なる可能性を否定できない。仮に、オクタロニー拡散法で免疫原性に差が出なかったとしても、それはその測定に用いた血清を採取した動物(ウサギ等)、すなわちヒトt-PAを異物として認識する動物における免疫原性の差異を証明したものにすぎないのであって、ウサギ等の動物とは抗原を認識する機能が全く同じとは考え難いヒトにおいて、ウサギ等の動物と同様に免疫原性に差が生じるか否かは実際にヒトに投与してみないと分からない。
val-t-PAとmet-t-PAとでは比活性が異なり、被控訴人の直接比較実験においては、met-t-PAは高PAI-1濃度における血栓溶解能がval-t-PAより高いとの結果を得ている。仮に、高PAI-1濃度におけるこのような差異が、控訴人の主張するように両t-PAの比活性の差異に起因するものであるとしても、両t-PAの比活性の差異が予測もつかない新たな性質を生み出したものと解されるのであり、このような生物学的な差異が、両t-PAをヒトに用いた場合に具体的にどのような差異をもたらすかは、臨床による直接的な比較試験を行わなければ分からない。
以上のように、ヒトに投与した場合に抗体を産生するかという意味での免疫原性の差異は、米国第一特許出願日当時に存在した方法では容易にそれを調べることはできなかった。したがって、仮に、容易想到性の要件につき、「変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを検証することが容易にできる場合には、容易想到性がある」という立場に依拠するとしても、被控訴人t-PAのmet-tPAはその要件を具備しない。
7.2.4 パイオニア発明性 控訴人は、パイオニア発明について容易想到性の判断の基準を広げるべきであるとしている。
しかし、A、B発明がパイオニア発明と認定されるかどうかは別にして、パイオニア発明であるからといって、特許発明技術的範囲の認定に当たって容易想到性(置換自明性)の判断の基準が広くなるという理由はない。
パイオニア発明であるからとして均等論における容易想到性の判断の基準を広くすることは、特許請求の範囲の記載から当業者が容易に想到できる範囲を超えた技術的範囲を認めることにつながるから、第三者である公衆の利益を害することになる。
そもそも、A、B発明はパイオニア発明ではない。組換DNA技術をt-PAに適用することの困難性が背景にあるとしても、天然t-PAが公知であり、さらに基本的な組換DNA技術が公知であり、また、t-PAを組換DNA技術を用いて製造するというのは自明の課題であって、組換t-PAの製造はいわゆる時間の問題であった以上、A、B発明がパイオニア発明に該当するとは考えられない。
7.2.5 出願経緯 A、B発明の特許出願経緯からすると、アミノ酸配列を限定した補正は、出願当時にその生物活性を予測できず、また明細書に技術的裏付けを伴って記載されていないとされた、69番目から527番目までのアミノ酸配列の改変されたものを除外するためにされたものとしか解することはできない。
このような経緯によって補正されたことにより特許請求の範囲外とされたものについて、「アミノ酸配列の相違した蛋白質において、その生物学的性質を予測できる」とか、「本特許の明細書には、アミノ酸配列の改変されたものについて記載がある」といった理由で拡張解釈を行うことはまさしく禁反言の法理に抵触するものである。
控訴人は、特許出願当時、A、B発明の技術的範囲を現在主張しているような改変物質を含む広範なものとして認識していたことは、その明細書の記載から明らかであると主張している。しかし、認識していたとするには、特許請求の範囲より広範なものについて、出願当時の技術水準から容易に予測可能であるか、又は明細書に技術的裏付けを伴うものとして記載されているとの認識を有していたと認定される根拠を、控訴人が有していたかどうかが問題とされなければならない。しかしながら、その根拠とした明細書の記載は、技術的裏付けのない抽象的な記載にとどまっている。控訴人指摘の明細書の記載は、控訴人の願望的な主張にすぎない。
B発明の特許異議決定では、「特許請求の範囲にはt-PAがそのアミノ酸配列により明確に特定されているので、発明の詳細な説明の『アレル変異体』及び『誘導体』に関する記載は特許請求の範囲を何ら不明瞭にするものではなく、この出願が、特許法36条3、4項に規定される要件を満たしていることは明らかである」としており、審査官が前記文言の挿入を認めたのが、B特許の特許請求の範囲にアレル変異体及び誘導体が含まれることを認めたのでないことは明らかである。
控訴人は審査官との面接の際の説明を主張するが、審査官は出願人の作成した特許請求の範囲について審査し、特許を付与するかどうかを判断するのであって、出願人に意見を述べることはあっても、特許請求の範囲を決定する権限はないはずである。面接時の不明な事実によって特許請求の範囲に示される技術的範囲が変わり、均等の判断が左右されるということは、第三者である公衆の利益を害し許されない。
7.2.6 独自開発 均等論が衡平の観念に基礎を置き、かつ例外的なものである以上、独自開発の事実は、均等を否定する方向に働く。
組換DNA技術によってt-PAを製造する際に必須のt-PAの全アミノ酸配列が初めて公表されたのは、1983年1月20日発行のnature誌に掲載された報文である(乙17)。しかし、コールドスプリングハーバー(CSH社)及びジェネティックス・インスティテュート(GI社)が共同開発で被控訴人のt-PAのクローニングに成功し、その発現を確認した経緯を開示した乙53によると、CSH社及びGI社は、控訴人が発明の本質と考えているt-PAのクローニングの手法と、その結果であるcDNA配列及びそれから推定されるアミノ酸配列が公表される以前に、被控訴人t-PAのcDNAクローニングに成功し、組換DNA技術によるt-PAの発現を確認していた。
オリゴヌクレオチドプローブ法が、mRNAの濃度が低い場合においても適用できるスクリーニング方法であることは公知であったのであり(乙55、乙56、乙129)、これらの乙号各証には具体的適用において困難性があるとの記載は一切ない。すなわち、被控訴人t-PAを開発したGI社は、ローザンヌ会議以前に、
t-PAcDNAのスクリーニング方法にオリゴヌクレオチドプローブ法を選択することを決定し、発表の前後を問わず、一貫してオリゴヌクレオチドプローブ法によるt-PAcDNAのスクリーニングを試みていた。その結果、GI社はnature誌の発表以前に、t-PAcDNAのクローニングに成功し、t-PAの発現を確認していたものである。
オリゴヌクレオチドプローブ法は、mRNAが少ないときにも有用な方法であり、t-PAのように精製品が得られている場合には、部分的アミノ酸配列が解析できれば他のスクリーニング法よりも確実な方法であることが、本件優先権主張日当時知られていた。したがって、【A】博士が1982年7月23日にローザンヌで発表し、その会議にGI社の技術者が出席し質問したという事実はあっても、その内容は、当業者がt-PAをクローニングするに当たりオリゴヌクレオチドプローブ法を選択するについて、何ら利益となる情報ではない。
オリゴヌクレオチドプローブ法をGI社が選択したことに、A、B発明の模倣となる要素はない。
7.3 均等についての当裁判所の考え方 前記のように、met-t-PAを構成とする発明とval-t-PAを構成とする発明とは、特許法の観点からみて実質的に同一のものと直ちに認めることはできないが、met-t-PAを構成とする技術が、val-t-PAを構成とする発明との対比において、特許法70条にいう技術的範囲に属するか否かを考える際には、発明が自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度のものをいうことからすれば、当該技術の専門家(当業者)の見解、意見を十分に参酌しなければならないのであり、専門家からみても特許請求の範囲の記載のとおりその特許発明技術的範囲が一律に決定できる場合は別として、すべての場合にわたって当該発明の特許請求の範囲の記載文言のみから、特許発明技術的範囲が一律に決定されるべきものではない。無体財産権である特許権の対象となる発明の内容は特許請求の範囲に記載されるところに表されるが、ここで記載されるのは発明の要旨であり、発明の内容そのものである。発明が無体物であることから、その内容は文言によって構成が説明されなければならないが、特許法70条では、特許発明技術的範囲は、特許請求の範囲の記載から認められる発明の内容を基準にして定められるものとしていて、特許発明技術的範囲を特許請求の範囲の記載そのものに限定すべきものとはしていないことが留意されなければならない。ここで技術的範囲と規定されているところからも明らかなように、また、文言によって発明の構成を説明するといっても、無体のものであることからくる構成の説明の制約がおのずと想定されることからしても、特許権に基づき差止め等を求め得る範囲は、特許請求の範囲の記載を基準とするある程度の柔軟性のあるものが予定されているというべきである。特許権侵害と主張された技術などが特許発明技術的範囲に属するか否かの認定判断は、侵害とされるものとの対比における特許発明技術的範囲の外延の確定作業に帰し、当該特許権の侵害の有無を判断する裁判所にゆだねられているものと解される。
そして専門家からみて、特許請求の範囲に記載の発明に相当するもので、したがって特許発明技術的範囲に属する技術と一見して明らかに理解できるものは、たとえそれが特許請求の範囲の文言を字義解釈そのままに充足するものでなくても、
すなわち、特許請求の範囲構成要件をそのままのものとして充足するものでなくても、その技術を、特許発明均等のものと認めるべきであることは、特許発明技術的範囲の認定の手法として、特許法も予定しているものというべきである。
ただし、特許請求の範囲の記載に従って特許発明技術的範囲を理解している第三者の信頼との調和は十分に考慮されなければならず、特許請求の範囲の記載の構成そのままでない技術が特許発明技術的範囲に属するものと認めるには、一定の判断基準が定立されなければならないのも当然のことである。学説などにおいて、
均等の要件として、置換可能性容易想到性などが論じられているのも、この判断基準の定立の試みとして理解し得るところであり、本件当事者双方の主張においても、この二つの要件の存否を中心として争われているところである。この二つの要件は均等の積極的要件と理解されるのであるが、一方、個々の事案では、特許出願時の事情などにおいて、均等のものであるとして技術的範囲に属することを肯定するのに障害となる事由の存することも考えられる。本件において、被控訴人のt-PAに係るmet-t-PAが、A、B発明のval-t-PAと均等のものか否かを判断する際にも、これらの積極的要件、消極的要件の存否のすべてに配慮しつつ、均等と認定することが、特許請求の範囲の記載を信頼する第三者の利害と調和するものか否かが見極められなければならない。
7.4 均等の積極的要件に関する判断7.4.1 A、B発明のt-PAと被控訴人のt-PAとは、両者のアミノ酸配列のうち245位が、前者はバリン(Val)なのに対し、後者がメチオニン(Met)であるという点で両者が相違することは前記のとおりであり、その他、A、
B発明の特許請求の範囲に記載の特性において両者に差異がないことは、被控訴人も争わないところである。したがって、両者は特性が同一であるから、作用効果が同一であって、A、B発明のt-PAのバリンから被控訴人のt-PAのメチオニンへの置換は、置換可能性の要件を満たしているものと認められる。
7.4.2 次に、A、B発明のt-PAのバリンと被控訴人のt-PAのメチオニンとの置換につき、容易想到性が認められるか否かが判断されなければならないが、まず、t-PAのアミノ酸配列の置換に関する専門家の意見を通覧することにする。
◇ 甲114(【F】京都大学理学部教授の意見) 1982年当時、蛋白質の一つのアミノ酸を別のアミノ酸で置換した場合、どのような機能の変化が生じると予測できたか、また、このような一つのアミノ酸置換が蛋白質中でよく生じることは知られていたかについて、次のように考える。
蛋白質の機能にとって、重要な部位のアミノ酸が変化すると、固有の機能が維持されなくなると予測できる。
このような重要な部位としては次の部位がある。
1) 蛋白質の活性中心2) 他の分子と相互作用する部位3) 構造的にcriticalな部位 分子進化学の立場からは、蛋白質の機能にとって重要な部位のアミノ酸は保存されるといえる。上記した部位以外のアミノ酸は、自由には変われないが、性質の似た別のアミノ酸には置換することができ、この場合その機能はほとんどが変化しないと分子進化学の立場から予測できた。蛋白質の一アミノ酸置換により、機能が大きく変化しない、いわゆる中立変異がしばしば生じることは、当時よく知られていた。
t-PAの遺伝子は染色体中に一個しかないこと、また、val-t-PAとmet-t-PAの二つのt-PAは、その機能に実質的に差のないことから、分子進化的な立場からみて、異なるというよりも同一であるという方が自然である。
ここで、上記の「性質の似たアミノ酸」とは、甲73(ATLAS of PROTEIN SEQUENCE and STRUCTURE)の97頁の図91-1に示されているグループ内のアミノ酸同士を指す。アミノ酸相互間の類似度は、甲101の1(サイエンス誌日本版1986年2月)の89頁にも記載されており、バリンとメチオニンとは、類似度がかなり高いものとして示されている。
◇ 甲80(【D】東京工業大学教授の意見) 1982年当時既にVal、Met両アミノ酸の疎水性が定量的に測定されており、互いに似た値であることが知られていた。疎水性を示すパターンはValが1.5、Metが1.3と互いに近いので、両者が蛋白質の立体構造形成の上で近似の挙動をとることが予測できる。
1972年代において、中立変異の諸例の中でVal→Met変異は頻度が高く、大きな違いを与えないものの一つと考えられていた。
t-PAについては、245位のValをMetに置換することがt-PA分子の構造に影響を与えていないことを簡単に確かめることは、1982年の時点で可能であった。
245位の二つ先の243位のCys残基は201位のCys残基とS-S結合を形成しているが、S-S結合の形成には、両方のCys残基の側鎖が厳格な位置に保たれていることが必要で、243位と201位とのS-S結合が依然として形成されているなら、Val→Met置換はt-PAの構造を変化させていないと結論できる。そして、S-S結合が形成されているか否かは1982年以前でも簡単に調べることができた。
◇ 甲96(【D】東京工業大学教授の意見) Val残基からMet残基への置換は最も頻度の高い組合せの一つである。Val残基からMet残基への置換の頻度が最も高いとは、ある蛋白質の機能が保持される範囲で頻度が高いということである。
val-t-PAとmet-t-PAのようなアミノ酸残基一個の違いが生じている場合にも、それが、抗原決定基(アミノ酸残基5個程度)を構成するアミノ酸残基である場合には複数の抗体が生じ得るので、オクタロニー拡散法を用いて免疫原性の差異を測定することができる。
◇ 甲102(【E】東京大学名誉教授と、【D】東京工業大学教授の共同意見) Val残基は種々のアミノ酸残基中で最も疎水性の高い残基に属し、球状蛋白質の内部の疎水性領域内に埋没している可能性の極めて高い残基である。また、Met残基も蛋白質分子の内部に埋没している可能性の極めて高いアミノ酸残基である。そして、Val残基とMet残基とは蛋白質分子の立体構造を変化させることなく、極めて容易に置換されることが知られている。
1982年当時の技術常識に従えば、その当時【G】博士が「単一のアミノ酸置換(t-PAの245位のVal残基→Met残基の置換)は蛋白の疎水性領域内に埋没し、抗体産生を生じさせ得る分子表面には露出していないと信じられると」と証言したのはむしろ当然で、私達も1982年当時、【G】博士と同一の所見を持ったと思う。
◇ 甲32(【E】東京大学名誉教授の意見) t-PAは、セリンプロテアーゼ領域やクリングル領域という活性部位を持っている。しかし、t-PA分子のすべての部分が生物活性に直接関与しているのではない。バリンからメチオニンへの変化は分子の内部での変化であり、t-PA活性を発現するための必須部位と考えられているセリンプロテアーゼ領域やクリングル領域の活性部位には何ら影響を与えるものではない。
245位という位置は、t-PAの立体構造を固定する役割を果たしているシスチン結合(S-S)に関与している243位のアミノ酸残基(システイン残基)のすぐ隣に位置しているので、この置換により、t-PA分子の内部の構造ですら有意な影響を受けるとは考えられない。
245位のバリン残基は分子表面に存在するのではなく、分子内部を構成する疎水性領域内に埋没した位置にあり、しかも、t-PAの構造を固定する役割を果たしているシスチン結合を構成している243位のシステイン残基のすぐ隣に位置しているので、このバリン残基を、同じく疎水性アミノ酸であるメチオニン残基で置き換えても、t-PA分子の立体構造に変化を与えず、またその生物活性は変化しないと予測できる。バリンからメチオニンへの変化が「検出可能な範囲での生物活性に影響を与えなかった」のは、このような理由によるもので、当然である。
このようなt-PAの活性に本質的な影響を与えない程度のアミノ酸配列のわずかな変異は、精査すれば少なからず見つかるもので、われわれ生化学者は、その一つ一つを別のものとして取り扱わない。それらはアミノ酸残基の一つが異なっているとはいえ、いずれもt-PAという同一の酵素であることに変わりはないからである。
◇ 甲106(【B】大阪バイオサイエンス研究所長・日本学士院会員・京都大学名誉教授と、【C】九州大学理学部教授の共同意見) 天然t-PAの245位のアミノ酸バリンがメチオニンに変わってもセリンプロテアーゼ領域には変化がなく、またクリングル領域は残存しているから、プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能及びフィブリン結合能がなくなってしまうとは、1982年当時考えなかったと思う。ただし、フィブリン結合能が変化する可能性があるとは考えたと思う。
245位がメチオニンであるt-PAも、天然t-PAと同じ酵素に分類されると考えてよい。
◇ 甲112(【H】北海道大学免疫科学研究所教授の意見) 245位での機能的に重要でない部分の変異は、その蛋白分子の特性をほとんど変えることはないと考えられる。この場合、そのような蛋白分子は生物学的には元の分子と何ら変わるものではなく、同じと考えるのが当然である。
◇ 甲146(【I】大阪大学医学部教授・大阪バイオサイエンス研究所分子生物学部門研究部長の意見) 1982年当時、t-PAcDNAの配列が公表されれば、t-PAcDNAを作製し、その一部の塩基配列を変換して結果的にアミノ酸残基が置換、欠失又は付加したt-PA変異体を生産することができた。
◇ 甲38(【J】大阪大学細胞生体工学センター教授の意見) mRNAからcDNAを合成する際に用いられる逆転写酵素は、しばしば転写ミスをすることが知られている。
GI社(ジェネティックス・インスティテュート)のクローニングしたヒトt-PAcDNAとジェネンテック社(控訴人)のクローニングしたヒトt-PAcDNAの違いは、逆転写酵素による転写ミスによる可能性が極めて高いと考えられる。
この点については、【G】も米国訴訟の証言中でクローニングエラーによって生じたと述べている。
組換DNA技術を用いるヒトt-PAの製法に関しては、GI社の用いた方法と得られた結果は、ジェネンテック社の用いた方法と得られた結果に比べて何ら新規性は見いだせない。
◇ 甲105(【K】京都大学医学部教授の意見) DNAには遺伝情報が保持されており、DNAは生命体の設計図である。遺伝情報は、個体によって若干の変化が起こることがあるが、生物にとっての設計図としては同じものである。
t-PAの遺伝子は、ヒトゲノム中ただ一個しか存在しないことが知られている。したがって、met-t-PAもval-t-PAも同一の遺伝子に由来する。
分子生物学の研究者は、同一の遺伝子に由来する蛋白質はたとえクローニングによりアミノ酸が若干異なることになっても、定義により全く同一であると考えている。これは、一遺伝子一蛋白質という、1950年代からの分子生物学が確立した基本的原則の範囲内の問題である。
同一の遺伝子に由来するものは、たとえ機能が若干変化しても物としては同じものである。したがって、in vitro(試験管内)のプロセスで1ヌクレオチドの変化が生じ、その結果、一アミノ酸が異なることになったmet-t-PAも、分子生物学の立場からみてval-t-PAと同一の物といえる。
クローニングエラーによって得られたt-PAが異なるものであるという主張は間違いである。
◇ 甲29(【J】大阪大学細胞工学センター教授の意見) クローニングした遺伝子を組み換えることにより、宿主細胞にこれを導入してt-PA活性を持つ物質が産生したことが、組換t-PAの発明のエッセンスである。
t-PA遺伝子が発現したといえるためには、t-PAの一番重要な生物活性が確認されることが必要である。したがって、t-PAの発現を確認したというためには、組換t-PAの産生物が抗体と反応したこと及び血塊を溶解したことで十分と考えられる。
◇ 甲33(【L】京都大学医学部教授の意見) 本件発明の本質は次の三点にある。
(1) 世界で初めてt-PAcDNAのクローニングに成功した。
(2) このcDNAの塩基配列の解析を行い、t-PAmRNAの塩基配列を決定し、これによってt-PAのアミノ酸配列を明らかにした。
(3) 組換DNAを発現させることにより、生理活性のある組換t-PAを産生させることを可能にした。
組換DNA技術を用いて初めてt-PAのcDNAクローニングと合成に成功した研究者の業績は、その開示に従ってt-PAのcDNAクローニング及び合成を追試することに比べると、科学的観点からみて両者の評価には雲泥の差がある。この開示に基づいて一部のアミノ酸を改変させたt-PAを合成することは、t-PAの構造・活性相関の研究には役立つが、改変されたt-PAの活性・安定性等の特性がこの開示に従って合成されたt-PAの特性を著しく凌駕しない限り、改変の実用的価値はない。
7.4.3 以上の専門家の意見を総合してみると、1982年当時を基準にして、次のように認められる。
(1) バリンとメチオニンとは、蛋白質の立体構造形成の上で近似の挙動をとる。
(2) タンパク質のアミノ酸配列におけるバリン↓メチオニン変異は、蛋白質の機能に変化を与えない変異(中立変異)として頻度の高いものである。
(3) t-PAの245位は立体構造的に蛋白質の疎水性領域内に埋没し、t-PAの生物活性にとって重要な部位ではない。
(4) t-PAのアミノ酸配列が分かれば、t-PAcDNAを製造し、その一部の塩基配列を変換して、アミノ酸残基が置換、欠失又は付加したt-PA変異体を製造することができる。
(5) A、B発明の本質は、t-PAcDNAを発現させて、生理活性のある組換t-PAを産生させたことにある。
(6) 組換DNA技術を用いて初めてt-PAcDNAクローニングと合成を行うことと、その開示に従ってt-PAcDNAのクローニングと合成を行うこととの間には、科学的観点からみてその評価には大きな差異がある。
(7) t-PAのアミノ酸配列が開示に基づいてt-PA変異体を合成することは、それが元のt-PAの特性を著しく改善しない限り改変の実用的価値はない。
(8) クローニングエラーはしばしば生じること、そして、クローニングエラーは、ほとんどの場合、そのアミノ酸の変異が蛋白質の機能に影響を与える重要な部位に起こるのではなく、重要でない部位において類似度の高いアミノ酸残基が置き換わることによって起こること、クローニングエラーによって得られた蛋白質が元の蛋白質と同等の効果を奏する場合には、クローニングエラーは蛋白質の機能に影響を与えない重要でない部位に類似度の高いアミノ酸残基が置き換わることによって起こったのであり、このため、このような変異が生じた蛋白質が元の蛋白質と同等の効果を奏するのであることは、それぞれ当業者の通常の知識に属するものであった。
7.4.4 ここで、A、B発明の技術的課題をみると、次の事実が認められる。
米国第一、第二特許出願当時、天然t-PAに関しては、
(1) ヒトメラノーマ(黒色腫)セルライン(細胞株)がt-PAを分泌すること、
(2) メラノーマ由来のt-PAは免疫学的及びアミノ酸組成において正常組織から単離されたt-PAと区別し得ない特性を有すること、
(3) 比較的純粋な形態で単離されたt-PAは高い活性を有する線維素溶解因子であること、
(4) メラノーマセルラインから精製したt-PAはウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子(略称u-PA)に比較し、線維素に対してより高い親和力を有していること、
(5) t-PAは、血液、組織抽出物、血管灌流液及び細胞培養物中には非常に低濃度でしか存在していないため、血栓溶解剤としての可能性を更に深く研究することは困難であること、
(6) ヒト由来の他のタンパクを実質的に含まない高品質のヒトt-PAを必要充分な量で製造するために最も有効な方法は、組換DNA技術の適用であること、
が認識されていた(A発明の特許出願公告公報4欄19行〜5欄2行。第一審判決別紙公報)。
当時t-PAは血栓溶解剤として有用な蛋白質であることが確認されていたものの、ヒトの組織を細胞培養して得られる天然t-PAを入手することができるにすぎず、また、その得られる量が極めて少ない上に、t-PAが非常に長い鎖構造であるために、血栓溶解剤としての研究開発を進めることが困難であったと認められる。
一方、当時技術開発に進歩が著しかった組換DNA技術を用いて有用な蛋白質を生産することが実現しつつあり、世界各国においてt-PAなどの有用物質の開発競争が繰り広げられていた(乙76、弁論の全趣旨)。しかし、当時、組換DNA技術によってある種の有用蛋白質を生産できることが知られていても、天然t-PA自体からして微量しか入手できないことや、t-PAのmRNAはその濃度が極めて低い上に、非常に長い鎖構造であることなどの困難な技術的課題があったことから、t-PAが組換DNA技術によって生産できることを確実に予測することは困難であった(甲29〜31、33、53の1)。
このような状況下において、A、B発明の技術的課題は、t-PA及び組換DNA技術に関する公知の知見を基にして、組換DNA技術によるt-PAの充分な量の生産及びt-PAの血栓溶解剤としての開発にあったものである。
以上のとおり認められるところ、A、B発明が技術的課題を解決した経緯について明細書の記載から認められるところは、第一審判決122頁末行以下(知的裁集1259頁以下)の三の項に示されているとおりである。すなわち、A、B発明は、組換DNA技術によってt-PAを製造する際に必須のt-PAの全アミノ酸配列を解明し、当業者であれば天然t-PAに代えて組換DNA技術によって充分な量のt-PAを実際に入手できる具体的な技術情報を開示し、医薬品(血栓溶解剤)としての市場認可に先立って必要とされる動物実験及び臨床実験を遂行するのに充分な質及び量のt-PAを製造することを実施可能にし、技術的課題とした事項を解決したものと認められる。
7.4.5 そうすると、A、B発明は組換DNA技術により得られたt-PAという物の発明を基礎とするものであり、そのように組換t-PAを得たという点に、A、B発明の本質があるものと認めるべきである。各特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列は、組換DNA技術によるt-PAを特定し、発明者がそのアミノ酸配列を解明したことを宣言したものと理解されるのであり、他の構成要件の記載と相まって、A、B発明のt-PAが組換DNA技術によるt-PAであると規定されていることになる。
そして、A、B発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を見る当業者は、そこに記載の効果を有する組換DNA技術によって産生されるt-PAの製造方法等を理解し、これに当業者の知識を併せてみることにより、組換DNA技術によって、従来法では入手できなかった十分な量のt-PAを容易に得ることができるようになったものと認められる。
ところで、本件優先権主張日当時においては、t-PAのアミノ酸配列が分かれば、そのt-PAの変異体を製造することが可能であったことは、7.4.3において認定したところであり、t-PAの特性を測定する方法も、A、B発明の明細書に開示されていることが認められる(A発明の特許出願公告公報41欄20行ないし45欄16行、B発明の特許出願公告公報45欄25行ないし49欄40行。
第一審判決別紙公報及び甲6)。
A、B発明の明細書には、「組換DNA技術を使用して、例えば、基本となるDNAの特定の部位に突然変異を誘発することにより、一個又は複数のアミノ酸の置換、欠失、付加又は転位によって種々変性された種々のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子誘導体を製造することが可能である。本明細書中で特に説明するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の一般的特性である必須のクリングル(kringle)領域とセリンプロテアーゼ領域とを維持しているが他の部分は前記の如く変性された誘導体の製造も可能である。ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子中の前記の如きアレル変異及び変性は、全て本発明の範囲内に包含される。」と記載され(A発明の特許出願公告公報8欄2行〜15行、B発明の特許出願公告公報11欄6行〜19行。第一審判決別紙公報及び甲6)、B発明の特許出願公告公報には更に、「それ故、本願発明の『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA』なる用語は、前記したヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のアレル変異体および誘導体をコードしているDNAをも包含している。」と記載されているが(甲119、乙38)、これは上記の事実に対応するものであり、出願人においても、変異体の製造が可能であることを認識してこれを開示し、このような変異体も、A、B発明の技術的範囲内のものであることを宣言しているものということができる。
そうすると、当業者は、A、B発明の明細書の開示及び本件優先権主張日当時の通常の知識に基づいて、より優れた特性を有するt-PAの探索等をする目的で、
特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列中の一部のアミノ酸残基を変異させることによって、容易に別異のアミノ酸配列を有するt-PAを製造し得ることができるようになったものと認められ、前記7.4.3の(6)、(7)で認定した事実によると、このような変異体は、それが変異前のt-PAに比して格別の優れた特性を有する場合を除いては、科学的観点からみると格別の実用的意味はないものと認められるのである。
そして、t-PAにおいては、245位の部位はt-PAの機能にとって重要な部位でなく、バリンとメチオニンとの変異は蛋白質の機能に影響を及ぼさない変異であって、かつ、変異体を製造することは容易にできるのであるから、245位のバリンをメチオニンに変異させることにより、A、B発明のt-PAと同等程度の機能を有するt-PAが得られるであろうという高い予測可能性が、本件出願時(本件優先権主張日)当時にあったものと認められる。
7.4.6 ところで、被控訴人のmet-t-PAが得られた経緯については、
甲20(米国デラウェア連邦地方裁判所における、本訴の控訴人ほかを原告とし、
ザ・ウェルカム・ファンデーション・リミテッドほかを被告とする特許権侵害訴訟における1990年3月20日の証言記録)によれば、ウェルカム社における開発部門の責任者であった【G】自身が、同訴訟において、met-t-PAはクローニングエラーで得られたもので、計画された設計による変化により得られたものではないと証言し、合わせて、「置換されたメチオニン残基は、クリングル領域中にはあるが、蛋白質の疎水性領域に埋没し、抗体産生を生じさせ得る分子表面には露出していないし、t-PAの内部の非常につつみこまれたクリングル構造群の一つに位置しているので、検出可能な範囲での生物活性に影響を与えなかった。」との事実を肯定する証言をしていることが認められる。
このことからすると、被控訴人のmet-t-PAは、クローニングエラーによって得られたものであり、しかも、t-PAの機能に影響のない部位での変異のものであると、その開発者自身が認識していたことになる。
被控訴人のmet-t-PAがこのようにして得られたものであるので、これを前提にして検討すると、上記7.4.3の(8)で認定したところから明らかなように、クローニングエラーによって得られた蛋白質については、その蛋白質が元の蛋白質と同等程度の効果を奏するものであるときには、そのような蛋白質は、蛋白質の機能に影響を与えない部位において類似度の高いアミノ酸残基が置換することによって得られたものであり、そのようなクローニングエラーが生じることは、当業者にとって、十分に予測可能であったものということができる。このことに、
A、B発明の明細書中に「組換DNA技術を使用して、例えば、基本となるDNAの特定の部位に突然変異を誘発することにより、一個又は複数のアミノ酸の置換
欠失、付加又は転位によって種々変性された種々のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子誘導体を製造することが可能である。」との記載があり、クローニングエラーがあっても同等の効果を奏するt-PAが得られ、A、B発明の技術的範囲に含まれることを出願人は認識し表明していることも勘案すると、機能に影響を与えない部位であることが知られている(すなわちt-PAの機能に影響を与えない置換が生じる可能性が高い部位であることが予測される)245位に、バリンと置換しやすくしかも機能に影響を与えないことが予測されるメチオニンが、クローニングエラーで置換して、変異前のt-PAであるA、B発明のt-PAと同一の特性を有するものとして得られた被控訴人のmet-t-PAについては、本件優先権主張日当時を基準として、A、B発明のt-PAからの容易想到性を認めるべきものであることが明らかである。
7.4.7 被控訴人は、米国第一、第二特許出願当時には蛋白質におけるバリン残基とメチオニン残基の差異が蛋白質の性質に与える影響について次の公知文献があった、と主張する。
(1) 乙134(nature誌210号915〜916頁) 「……β鎖の98位のバリンがメチオニンに置換することはヘモグロビン分子の安定性に大きい影響をもたらす……」(アミノ酸1個の違いで性質に変化が生じた例といえる(乙85、22頁)。)(2) 乙105(THE JOURNAL OF CLINICAL INVESTIGATION誌52巻342〜349頁) ヘモグロビンオリンピアに関する。β鎖の20位のバリン残基がメチオニン残基に変化することにより、そのヘモグロビンを有している人は多血症になる。β鎖の20位はヘモグロビンの特別な機能に何等貢献しておらず、それゆえなぜこのような変化が生じたのかはっきりしていない(乙85、23頁)。
(3) 乙109(THE JOURNAL OF CLINICAL INVESTIGATION誌53巻329〜333頁) β鎖の109位のアミノ酸残基がバリン残基からメチオニン残基に変化し、その結果生じるヘモグロビンの機能的異常により、これを有している人は多血症になり、頭痛、めまい等を訴えるようになる。アミノ酸変化部位であるβ鎖の109位は直接には蛋白質の機能に重要な役割を果たしていないが、しかし空間的にすぐ近くには、α鎖との結合部位があり、そこで109位がバリン残基からメチオニン残基に置換されることでα鎖との結合部位を構成しているアミノ酸残基の立体構造に微小な変化が生じて、その結果蛋白質の性質に影響が出たと推測される(乙85の22頁)。
被控訴人はこのように、米国第一、第二特許出願当時、バリン残基とメチオニン残基との違いにより、病気を引き起こすような著しい性質上の差異が蛋白質に生じた例が報告されていた、と主張する。
7.4.8 しかしながら、甲80(【D】東京工業大学教授の意見書)によれば、被控訴人が主張しているバリン残基とメチオニン残基との違いによる蛋白質の著しい性質上の差異は、置換された残基が、活性中心近傍であったりオリゴマータンパク質の会合面(サブユニット接触面)やその近傍にあるために、機能に直結する部位を占めている場合のものであることに起因するものであることが否定できないものと認められる。val-t-PAの245位のバリン残基がメチオニン残基に置換した被控訴人のt-PAが、A、B発明のt-PAで必須とされている特性を有するものである以上、被控訴人の主張に係る上記の事実関係をもってしても、
被控訴人のtーPAがA、B発明のt-PAと同等の特性を有することを予測できたとの前記認定を覆すことはできない。
なお、甲34(【M】ほか「急性心筋梗塞に対するGMK-527(alteplase:rt-PA)の静脈内持続投与の臨床的有用性に関する検討 ウロキナーゼを対照薬とした多施設共同二重盲検比較試験」と題する「医学のあゆみ」vol.156No.61991.2.9所載の報文)に記載の、控訴人が米国で市販しているA発明の実施品たるt-PA製剤についての臨床試験報告と、甲35(【N】ほか「急性心筋梗塞に対するSM19527(duteplase;t-PA)の静脈内投与の臨床的有用性に関する検討-ウロキナーゼを対照とした多施設二重盲検比較試験-」と題する「臨床評価」17巻3.4号所載の報文)に記載の被控訴人のt-PA製剤についての臨床試験報告には、血栓によって閉塞した冠動脈が、それぞれのt-PA製剤の投与によりどの程度に血栓が溶解されて動脈が開通するかということを、「TIMI(Thrombolysis In Myocardial Infarction)基準」を用いた「再開通率」で評価した結果が記載されており(甲34の図5、甲35のFig.2)、これらによると、
両t-PA製剤の示した閉塞冠動脈の「再開通率」が近似しており、両t-PAの血栓溶解能(線溶活性)が近似するものであることが推認される。
そして、甲63(【O】岡崎国立共同研究機構長(東京大学名誉教授)の意見)には、「控訴人のt-PAと被控訴人のt-PAのように、薬剤の効果を直接比較できない状況では、充分に確立された既存の薬剤を基準としてその効果を比較するのが、科学的にも合理的な最善の方法であり、薬剤検定の常道であるところ、上記甲34と35の報告記載からすると、両t-PAが臨床効果の上で有意な差があるとは認められない。in vitro(試験管内)のどのようなデータも今のところこの事実を覆すことはできない。」との趣旨の記載がある。
また、A、B発明の明細書には比活性(注1)についての言及がないことが認められることからすると、被控訴人が前記のように主張する両t-PAの比活性の差も、また、この主張を裏付けるかのような書証の記載も、met-t-PAとval-t-PAとの間での効果の相違を認めるに足りず、他に、met-t-PAがA、B発明が技術的課題としたt-PAの効果を有しないことを認めるに足りる証拠はない。
被控訴人は、met-t-PAとval-t-PAとでは、1箇所のアミノ酸残基が異なるだけなので、オクタロニー拡散法(注2)では両者の免疫原性に差があってもそれを検出することができず、たとえ検出できたとしても、ヒトに投与した場合に免疫原性に差が生じるか否かは実際にヒトに投与してみないと分からないとも主張するが、被控訴人のmet-t-PAも、前記のようにA、B発明の特許請求の範囲に記載されている特性を有するのであるから、被控訴人のこの主張をもってしても、met-t-PAとval-t-PAの間の効果の相違があるものとすることはできない。
(注1) 比活性(specific activity)とは、25℃において酵素の蛋白質1mg当たり1分間に変換される基質のμmol数を意味する(甲94の1〜3)。
(注2) オクタロニー拡散法とは、二重免疫拡散法型の沈降反応で、寒天平板内を抗原として抗体が拡散して反応し、最適化のところに沈降線が形成されるのを観察する方法である(甲75の2)。
7.4.9 ほかには、被控訴人のmet-t-PAが、A、B発明のval-t-PAに比して格別の優れた特性を有することの主張立証はないので、特段の消極的要件(障害事由)が認められない限り、被控訴人のmet-t-PAはA、B発明のval-t-PAと均等のものであると認めるべきである。そこで、以下には、均等に関する消極的要件の存否について判断を加える。
特許出願の経緯
8.1 A発明の特許出願経緯 A発明の特許出願経緯は次のとおりと認められる(甲2、12〜15、19、乙1、8、9、弁論の全趣旨)。
8.1.1 A発明の特許出願の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)には、特許請求の範囲として、「ヒト由来の他のタンパクを実質的に含有しないヒト組織プラスミノーゲン活性化因子。」に始まる15項が記載されていたが、その後控訴人の提出した昭和61年8月8日付け手続補正書により、特許請求の範囲が「ヒト由来の他のタンパクを実質的に含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子。」に始まる12項に補正され(乙8)、特許庁審査官は、昭和62年1月13日付けで補正後の特許請求の範囲の記載に基づき、A発明の特許出願について出願公告すべき旨の決定をした。
出願公告後合計28件の特許異議の申立てがあり、控訴人は、昭和63年12月15日付け手続補正書(甲2)により、特許請求の範囲を、
ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性を有する、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子‥1) プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2) フィブリン結合能を有する3) ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4) クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5) 一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る。
に始まる3項のものに補正した。控訴人が特許庁審査官あてに提出した同日付の上申書には、「請求に係る組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を明確にするため、該因子の生物学的並びに理化学的性状を特許請求の範囲に記載した。」との記載がある(乙9)。
8.1.2 しかし、特許庁審査官は、平成2年3月30日付けで特許異議の申立ては理由があると決定するとともに(甲13)、同日付でA発明の特許出願について特許異議の決定に記載した理由によって拒絶すべきものと認める旨の拒絶査定をした(甲12)。特許異議の決定では、次のように認定判断されている。
出願人も答弁書の中で、「(組換t-PAが(天然t-PAと基本的に同じ生理活性を有するものであるか否かも予測することができなかった。」と述べているように、糖蛋白質についてはそのアミノ酸部分が同一で、その糖鎖部分のみが相違しただけであっても、目的とする糖蛋白質の生物学的性質(すなわち、生理活性等)を予測することは困難であった。まして、糖蛋白質の生物学的性質の重要な部分を占めていると考えられている蛋白質部分(アミノ酸配列の部分)が相違する場合には、その生物学的性質を予測することはなおのこと困難であった。
(中略) 明細書中には、天然t-PAの527個のアミノ酸配列のうち69番目から527番目までのアミノ酸配列を有し糖鎖部分を有さない蛋白質が、天然t-PAと同種の生物学的性質を有していることを確認した旨の記載がなされているが、69番目から527番目までのアミノ酸配列を部分的に改変した蛋白質を現に製造し、その生物学的性質についての知見を得たことを認めるに足りる記載を明細書中に見いだすことはできない。
(中略) そして、69番目から527番目までのアミノ酸配列の改変されたものについては、明細書中には何も具体的な説明がなされておらず、そのような蛋白質を現に製造し、その生物学的性質を確認したとも認められないので、その生物学的性質を予測することはできず、結局、該改変された蛋白質については技術的裏付けを伴って明細書中に開示されているものとは認められない。
(中略) 特許請求の範囲各項の記載によれば、そこにいう「組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」とは、上記(1)〜(5)の特性、すなわち、天然t-PAの有する性質として知られている特性を有するものならば、ヒト細胞以外の宿主細胞を用いて遺伝子組換技術により製造されたものである限り、いかなるアミノ酸配列を有するものであってもことごとく包含するものであって、(中略)天然t-PAの69番目から527番目のアミノ酸配列を含むものばかりでなく、天然t-PAの69番目から527番目のうちのアミノ酸配列の改変された蛋白質をも包含することが明らかである。したがって、発明の詳細な説明の項に技術的な裏付けを伴って記載されていない発明が特許請求の範囲に記載されているものと認められるので、本件出願は特許異議申立人の主張するとおり、特許法36条4項に規定する要件を満たしていないものと認められる。
8.1.3 そこで、控訴人は、平成2年7月5日付けで審判請求をするとともに(甲14)、同日付けで手続補正書を提出し(甲15)、特許請求の範囲を、「ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性‥(1)〜(5)……を有する、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子であって、以下の部分的アミノ酸配列を含んでいる活性化因子‥(69〜527番目のアミノ酸配列を記載)」に始まる3項のものに補正し、「A発明は、発明の詳細な説明の項に技術的な裏付けを伴って記載されていない発明が特許請求の範囲の項に記載されていると認められるので特許法36条4項に規定する要件を満たしていない、という理由で拒絶査定を受けたものであるが、請求人(控訴人)は同日提出の手続補正書により、特許請求の範囲の補正を行った。これにより、拒絶査定の理由は解消したものと信じる。」と主張した。
8.1.4 その結果、平成2年8月24日付けで、特許庁審査官により、拒絶査定の取消しとともにする特許査定があった。
8.2 B発明の特許出願経緯 B発明の特許出願経緯は次のとおりと認められる(甲107、乙30〜35、37〜40、弁論の全趣旨)。
8.2.1 B発明の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)には、特許請求の範囲として、「(1)ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしている配列を含有するDNA配列。」に始まる7項が記載されており、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子についてアミノ酸配列の限定要件はなかったが(乙30)、控訴人は、昭和61年10月13日付け手続補正書により、特許請求の範囲の記載を、「(1)実質的に、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA配列からなるDNA単離物。」に始まる7項に補正した(乙31)。
8.2.2 しかし、特許庁審査官は、昭和62年8月28日付けで控訴人に対し、次の内容の拒絶理由を通知した(乙33)。
この出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備と認められるから、特許法36条3ないし5項に規定する要件を満たしていない。
記1 特許請求の範囲において、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA配列が、“物質”として特定して記載されてない。
2 特許請求の範囲1項の「実質的に」は不明瞭である。
3 特許請求の範囲には「形質転換微生物」、「形質転換細胞」及び「形質転換された微生物または細胞」とあるが、明細書の開示に比べて広範に過ぎる。(例えば糸状菌や植物細胞など)4 B発明において用いられる、出発材料(starting material)としての種々のプラスミドが、本件出願前当業者において容易に入手し得るものであることが明らかにされていない。
5 B発明におけるATCC寄託微生物について、ATCCが発行するブタペスト条約第七規則に基づく受託証(国際様式)の写しが提出されていない。
6 明細書66頁におけるプラスミドpΔRTexsrcとpSRCex16とpΔRISRCとの関係が不明瞭である。
8.2.3 そこで、控訴人は昭和63年3月22日付け手続補正書により、特許請求の範囲を、
(1) 第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体をコードしているDNA。
(2) 第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはそのアレル変異体をコードしているDNA。
(中略)(7) 形質転換された糸状菌を除く微生物又は形質転換された無脊椎若しくは脊椎動物細胞に於いて第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された糸状菌を除く微生物又は無脊椎若しくは脊椎動物細胞。
(8) 形質転換された糸状菌を除く微生物又は形質転換された無脊椎若しくは脊椎動物細胞に於いて第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはそのアレル変異体をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された糸状菌を除く微生物又は無脊椎若しくは脊椎動物細胞。
(後略)と補正するとともに(乙34)、同日付け意見書を提出し、「出願人は、組換技術により天然のt-PAと実質的に同一の活性を持った物質を大量に生産し世に提供するというB発明の思想の範囲内にあり、かつ、第5図に示されたアミノ酸配列及びDNA配列に基づいて容易に達成し得る他人の実施は、B発明の権利範囲に入ると解釈すべきであると考えているにすぎない。(中略)このような理念を具体化したのが、特許請求の範囲一項に記載の『第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体をコードしているDNA』であり、
極めて妥当な権利範囲であると信ずる。」と主張した(乙35)。8.2.4 これに対し、特許庁審査官は昭和63年8月9日付けで、控訴人に対し、次の内容の拒絶理由を通知した(乙37)。
特許請求の範囲に記載された発明は、その出願前国内において頒布された下記一の刊行物に記載された発明と認められるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。この出願は、明細書及び図面の記載が下記(イ)〜(ハ)の点で不備と認められるから、特許法36条3、4項に規定する要件を満たしていない。
記一 Nature Vol.301(1983.1.20)P214〜221 第5図に記載されたt-PAのDNA配列及びこれに対応するアミノ酸配列と、
優先権主張に係る米国第一特許出願及び米国第二特許出願に記載された配列とは、
175、178及び191位のアミノ酸において相違し、前記第5図に記載された配列は、優先権主張に係る米国第三特許出願において、初めて開示されたものである。したがって、第5図を引用するB発明において、第一及び第二米国特許出願に基づく優先権主張は認められず、当該優先日は米国第三特許出願の出願日と認められる。よって、米国第三特許出願の出願日前に頒布された上記引用刊行物は特許法第29条1項3号の「刊行物」に相当する。
(イ) 特許請求の範囲に記載された「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体」及び「アレル変異体」は明細書の開示に比べて広範に過ぎる。(1、3及び7項の「誘導体」に関して、具体的実施例を伴った十分な裏付けが、詳細な説明中に認められない。また、2、4及び8項の「アレル変異体」がB発明のt-PAに関して存在することが明細書の記載から確認できない。)(ロ) 本件特許請求の範囲7及び8項の「糸状菌を除く微生物又は無脊椎若しくは脊椎動物細胞」という記載は明細書の開示に比べて広範に過ぎる。(本出願前の技術水準において、宿主-ベクタ-系が確立され、B発明のt-PA遺伝子が発現可能と認められる適切な宿主域を記載されたい。)(ハ) B発明において用いられるプラスミド(pE342、pEHER、pE342HBVE400.D22)が本出願前当業者において容易入手し得るものであることが依然として明らかにされていない。(これらのプラスミドが出願日前に頒布された文献中の記載において公知であるのみならず、第三者が容易に入手し得る状態にあったことが説明されなければならない。)8.2.5 そこで、控訴人は、平成1年2月1日付け手続補正書を提出し、特許請求の範囲を、「1 形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞中に於いて、
下記のアミノ酸配列1〜527を有するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞‥(アミノ酸配列1〜527位の記載)」と補正するとともに(乙38)、同日付け意見書を提出し、「同時提出の手続補正書により、特許請求の範囲から指摘の用語『誘導体』及び『アレル変異体』を削除した」と主張した(乙39)。
特許法29条1項3号に基づく拒絶理由に対しては、同意見書で、米国第一、第二特許出願とB発明の特許出願との間には要旨の変更がないとの意見を述べ、各米国特許出願に基づく優先権の主張をすることができると主張した。
8.2.6 その結果、特許庁審査官は、平成1年4月25日付けでB発明の特許出願について出願公告すべき旨の決定をし、被控訴人からの特許異議の申立てがあったものの(乙40)、平成6年1月31日特許査定があった(甲107)。
8.3 明細書の記載 他方で、以上の拒絶理由通知拒絶査定のあった経緯においても、A、B発明明細書の発明の詳細な説明に次の記載が維持され、あるいは挿入されて、特許査定に至っている。
8.3.1 A、B発明の明細書では、次の記載が維持されている。
「本発明により産生されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子タンパクは、決定されたDNA遺伝子及び推定アミノ酸の配列決定によって定義されている。各個体毎に天然のアレル変異体が存在し及び/又は発生することは理解されよう。これらの変異は、
全配列に於ける1個以上のアミノ酸の相違、又は配列中の1個以上のアミノ酸の欠失、置換、挿入、転位もしくは付加によって示される。更にグリコシル化の位置及び程度は宿主細胞環境の性質に依存するであろう。組換DNA技術を使用して、例えば、基本となるDNAの特定の部位に突然変異を誘発することにより、一個又は複数のアミノ酸の置換、欠失、付加又は転位によって種々変性された種々のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子誘導体を製造することが可能である。本明細書中で特に説明するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の一般的特性である必須のクリングル(kringle)領域とセリンプロテアーゼ領域とを維持しているが他の部分は前記の如く変性された誘導体の製造も可能である。ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子中の前記の如きアレル変異及び変性は、全て本発明の範囲内に包含される。」(A発明の特許出願公告公報7欄35行〜8欄15行、B発明の特許出願公告公報10欄39行〜11欄19行。第一審判決別紙公報及び甲6) 「更に、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の本質的特徴である活性が実質的に維持されている限り、物理的及び生物学的に類似した他の近縁のヒト外因性(組織型)プラスミノーゲン活性化因子も本発明の範囲内に包含される。」(A発明の特許出願公告公報8欄15〜19行、B発明の特許出願公告公報11欄19〜23行。第一審判決別紙公報及び甲6)8.3.2 B発明の明細書では、拒絶査定通知後の手続補正により、平成1年2月1日、発明の詳細な説明に次の記載が挿入されている(甲119、乙38)。
「それ故、本願発明の『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA』なる用語は、前記したヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のアレル変異体および誘導体をコードしているDNAをも包含している。」8.4 判断 以上の経緯からすると、特許請求の範囲にアミノ酸配列が特定して記載されるに至ったのは、特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列からの変異体を含むt-PAについては実際の発現を得たものではなく、その実際の効果の記載が明細書の発明の詳細な説明になかったことから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることなどを必要とする特許法36条の要件に適合させようとした趣旨にあったものと認められる。
新規性進歩性の要件を欠く場合に特許請求の範囲の記載を限定するときには、限定されたものを超えると新規性進歩性の要件を欠くことになり、権利主張する段階でこの超える部分を技術的範囲と主張することが許されないのであるが、上記のような経緯で補正された特許請求の範囲の記載により特許を付与された場合においては、発明の構成を特定する趣旨で特許請求の範囲の記載を明確にしたからといって、特許権侵害訴訟において、特許発明技術的範囲を特定の特許請求の範囲の記載の技術そのままだけのものとしてしか主張できないものではないというべきである。
特許庁審査官が発した拒絶理由通知も、アミノ酸配列が改変されたt-PA一切が、特許請求の範囲に記載のt-PAの技術的範囲に含まれるものでないとの前提に立つものでないことは、その通知内容から明らかである。
したがって、出願経緯の事実関係も、前記の均等の認定判断を覆すものではない。また、控訴人が本件でしている技術的範囲に関する主張が禁反言に反するものということもできない。
被控訴人のt-PA(met-t-PA)の独自開発の主張について
9.1 そもそも、特許発明とは独自に発明をしたとしても、結果的に特許発明技術的範囲に属するものとなったとするならば、その実施は特許権侵害となる。置換可能性容易想到性が認められるなどの場合に当該技術、発明が特許発明均等のものだとすると、模倣したとの点は、この二要件のいずれかを事実上推認させる要素となるものといえよう。反面においていえば、模倣したのではなく独自開発したとの被告側の主張は、特許権者から上記の推認させる間接事実が主張されたときの、これを覆すべき反対事実の主張として位置づけられることになる。そして、特許権侵害の有無は、被控訴人の意図いかんにかかわるものではないことからみると、独自開発の主張は、被控訴人の技術が特許発明均等のものでないとすることを裏付けるべき被告側の独立した主張にはなり得ないことになる。
本件において、原告側の控訴人の方からは、被告すなわち被控訴人のmet-t-PAがA、B発明のval-t-PAと均等のものであることの裏付けとして、
被控訴人のmet-t-PAの開発元であるジェネティックス・インスティテュート(GI社)においてA、B発明を模倣したとの主張がされているわけではない。
したがって、GI社のmet-t-PAの開発は、A、B発明とは別に独自にされたものであるとの被控訴人の主張は、その前提となる事実関係に入るまでもなく、
理由がないといわなければならない。
9.2 のみならず、仮に独自開発の主張が均等であるとすることを覆す独立の事実主張となるものとしても、次のとおり、GI社のt-PAは独自に開発したものとは認められない。
まず、A、B発明の本質はt-PAcDNAを発現させた点にあると認められるところ(前記7.4.3)、t-PAcDNAを発現させるには、その前段階として、cDNAのスクリーニングによってt-PAcDNAを同定することが不可欠なのは自明の理である。
ここで、GI社のt-PAの開発経緯をみると、次のように認められる。
乙53は、控訴人と英国法人ザ・ウェルカム・ファンデーション・リミテッドとの間でA、B発明のt-PAに係る特許の有効性が争われた英国の特許侵害訴訟において、GI社とコールドスプリングハーバー(CSH社)の共同開発にて、被控訴人のmet-t-PAのクローニングに成功した経緯を開示した年代記であるが(ウェルカム社から提出)、これによると、次の事実が認められる。
(1) 1982年6月8日 【P】がプローブをデザインするのに充分なN末端のアミノ酸配列を得た。
(2) 1982年6月21日〜24日 【Q】が3種の17マーから成る(オリゴヌクレオチドの)プールを8プール作った。
(3) 1982年7月 【R】が(上記)プールを用いてプライマー延長実験を行い、7月末にプール[を同定する。
(4) 1982年12月 t-PAcDNAが【S】の研究室で大腸菌用のベクターに、【T】の研究室で酵母用のベクターに組み込まれる。また【U】が、動物細胞に対する適切なベクターに、t-PAcDNAを組み込んだ。
(5) 1983年1月13日 【R】が、大腸菌によるt-PAコード配列の最初の発現を観察した。
(6) 1983年1月14日 COS細胞(サルの腎臓細胞)が(t-PAcDNAで)形質転換された。
(7) 1983年1月17日 COS細胞における最初の(t-PA)発現を確認した。
(8) 1983年1月19日 (大腸菌による)t-PAの発現が抗体抑制反応により確認された。
(9) 1983年3月 【U】がCHO細胞において、最初のt-PAの発現を確認した。
(10) 1983年8月 【U】が0.05μM MTX抵抗性で、3.5mU/細胞/日のt-PAを生産するCHO細胞株を得た。
以上のGI社のt-PAの開発経緯をみると、GI社が最初にt-PAの発現を観察したのは1983年1月13日であり、A、B発明の優先権主張日である米国第一特許出願日の1982年5月5日、及び【A】博士がオリゴヌクレオチドプローブ法を用いてt-PAcDNAのクローニングに成功したことを報告したスイス国ローザンヌでの会議の開催日(1982年7月23日)に比べると半年近く以上遅れている。
また、A、B発明の優先権主張日当時、t-PAcDNAのスクリーニング法としては、オリゴヌクレオチドプローブ法のほかにも、抗体スクリーニング法、ハイブリッド選択法、プライマー延長法などがあったことが認められるところ(甲105、甲122)、前記年代記によれば、前記の【A】博士の報告の日(1982年7月23日)当時においても、GI社の【R】博士はプライマー延長法を実施していたことが明らかである。そして、【A】博士によるローザンヌでの会議の発表の場にジェネティック・インスティテュート(GI社)の研究者も出席していたことは当事者間に争いがなく、上記年代記及び甲110(【R】博士の宣誓供述書)によれば、この発表後の1982年8月には、【R】博士がプライマー延長実験の完了を待たずにプール[をプローブに用いてcDNAライブラリーのスクリーニングに取り掛かり、翌年1月13日にt-PAの最初の発現を観察したという経緯にあることが認められる。
そうすると、1982年7月時点では、GI社にとって、オリゴヌクレオチドプローブ法はいくつかのスクリーニング方法のうちの単なる一つの選択肢にすぎず、
いかなる手段が特に有効なスクリーニング手段として採用し得るかはいまだ確定段階に至っていなかったものと認められる。そして、【A】博士の発表後に実施中のプライマー延長法の実験の完了を待たずにオリゴヌクレオチドプローブ法によるスクリーニングに取り掛かり、翌年の1月にt-PAの最初の発現をみたという事実経緯からすれば、【A】博士の発表が、GI社にオリゴヌクレオチドプローブ法を用いればt-PAcDNAの同定が可能であるとの確信を抱かせ、その後の研究に大きな方向付けを与え、その結果として実験の成功が導かれたものと認めざるを得ない。
以上のことを勘案すると、GI社はA、B発明の優先権主張日当時においてmet-t-PAを独自に開発していたとすることはできないというべきであり、GI社のmet-t-PAの開発経緯をもって、均等を肯定することの障害事由とすることはできない。
第10 結論 以上示したところ以外には、均等を認めるに際して障害となるべき事実関係は認められず、結局、被控訴人のmet-t-PAをA、B発明のval-t-PAと均等のものと認めても、第三者の信頼を損なうものとは認められないというべきである。両t-PAは均等のものと認められる。
そして、イ号物件がA発明のうち特許請求の範囲1項に記載の発明の、イ号方法がA発明のうち特許請求の範囲2項に記載の発明の、イ号製剤がA発明のうち特許請求の範囲3項に記載の発明の、イ号細胞がB発明の、それぞれ技術的範囲に属するものとすべき他の構成要件の具備については、被控訴人も明らかに争わないものと認められるので、上記の各イ号はそれぞれの特許発明技術的範囲に属するものというべきである。
被控訴人が、イ号細胞を培地で培養し、イ号方法を用いてイ号物件を製造、販売しようとし、イ号製剤を製造、販売していることは前記のとおりである。これらの被控訴人の行為は上記のようにA、B発明の特許権を侵害するものであり、控訴人が求める差止請求、廃棄請求はすべて理由がある。
よって、本訴請求を棄却した原判決を取り消して控訴人の請求を認容すべく、訴訟費の負担につき民訴法96条89条を、仮執行宣言につき同法196条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
追加
事案の概要及び当裁判所の判断第1控訴人の権利(A)特許権)控訴人は、次の特許権を有する。
○発明の名称組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子○出願日昭和58年5月6日(特願昭58-79205)○優先権主張(1)1982年(昭和57年)5月5日米国特許出願374860号(2)1982年(昭和57年)7月14日米国特許出願398003号(3)1983年(昭和58年)4月7日米国特許出願483052号の各アメリカ合衆国特許出願に基づく優先権主張(注)以下、(1)を「米国第一特許出願」、(2)を「米国第二特許出願」、
(3)を「米国第三特許出願」と表記する。
○出願公告日昭和62年4月15日(特公昭62-16931)○特許登録日平成3年1月31日○登録番号第1599082号○特許請求の範囲「1ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性:1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2)フィブリン結合能を有する3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るを有する、
ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子であって、以下の部分的アミノ酸配列を含んでいる活性化因子:(注)(注)特許請求の範囲には、ここに上記の「以下の」に対応する第一審判決別紙目録六の69番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
2ヒト組織プラスミノーゲン活性因子をコードしているDNAで形質転換されたヒト細胞以外の宿主細胞を、該DNAの発現可能な条件下で培養して、以下の特性:1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2)フィブリン結合能を有する3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るを有し、以下の部分的アミノ酸配列:(注)(注)特許請求の範囲には、ここに上記の「以下の」に対応する第一審判決別紙目録六の69番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
を含んでいる組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を産生させ、次いで該組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を回収することを特徴とする、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造方法
3ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性:1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2)フィブリン結合能を有する3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るを有し、以下の部分的アミノ酸配列:(注)(注)特許請求の範囲には、ここに上記の「以下の」に対応する第一審判決別紙目録六の69番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
を含み、
ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の治療上有効量を、薬剤上許容し得るキャリアーと混合して含有する血栓症治療剤。」(B特許権)控訴人は、次の特許権を有する。
○発明の名称ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された宿主細胞○出願日昭和58年5月6日(特願58-79205の分割出願。特願昭61-185427)○優先権主張A特許権と同じ○出願公告日平成1年7月20日(特公平1-34596)○特許登録日平成6年6月21日○登録番号第1852721号○特許請求の範囲「形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞中に於いて、
下記のアミノ酸配列1〜527を有するとヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAを発現し得る組換発現ベクターまで形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞:(注)」(注)特許請求の範囲には、ここに上記の「下記の」に対応する第一審判決別紙目録六の1番から527番までのとおりのアミノ酸配列が記載されている。
第2明細書(A発明)A発明の明細書(A特許明細書)及び図面は、特許出願公告公報に掲載の明細書及び図面の記載内容に、昭和63年12月15日付け手続補正書(特許異議答弁書提出時)及び平成2年7月5日付け手続補正書(拒絶査定不服審判請求時)による補正があったものである。補正箇所は、発明の名称「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」が組織ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」と改められているほか、
第一審判決別紙特許公報訂正個所指摘書の直線で四角に囲った箇所である。補正の内容は、同書の「訂正後」欄に記載のとおりであり、補正後のA特許明細書の第5A〜C図は、第一審判決別紙目録六記載のとおりである。
(B発明)B発明の明細書及び図面の記載内容は、特許出願公告公報に記載のとおりで、出願公告後の補正はない。
第3A発明及びB発明の概要と被控訴人の行為第一審判決に記載のとおり(12頁から28頁にかけての三、四の項。
知的裁集26巻3号1207頁から1214頁にかけての三、四の項)。被控訴人は平成7年5月19日、t-PA製剤(イ号製剤=別紙目録四記載の血栓症治療用製剤)の市販を開始した(弁論の全趣旨)。
ただし、第一審判決27頁の2(知的裁集1214頁の2)の冒頭の「被告」は、「英国法人ザ・ウェルカム・ファンデーション・リミテッド」(第一審判決の他の箇所では「ウェルカム社」と表記。
第4控訴人の請求の概要控訴人は、イ号物件(別紙目録二記載の組織プラスミノーゲン活性化因子)、イ号方法(別紙目録三記載の方法)及びイ号製剤(別紙目録四記載の血栓症治療用製剤)がA発明の技術的範囲に属すること、イ号細胞(別紙目録一記載の細胞)がB発明の技術的範囲に属し、これを用いて組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を製造することはB発明の技術的範囲に属することを理由に、A特許権及びB特許権に基づき、その侵害の停止又は予防(イ号細胞を用いた組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造、イ号物件の製造、販売、イ号方法を用いたイ号物件の製造、販売及びイ号製剤の製造、販売の停止)、侵害予防に必要な行為(上記各販売のための宣伝、広告、並びにイ号細胞、イ号物件及びイ号製剤の廃棄)を請求したのに対し、第一審判決は控訴人の請求を棄却した(ただし、B発明については、
特許付与の前段階の仮保護の権利であることが前提とされた)。
そこで、控訴人は第一審判決取消しとともに、当審で更に上記の給付判決を求めた。
第5主な争点(付、特許無効の主張と判断)イ号物件のアミノ酸配列は、別紙目録五に記載のとおりであり、N末端から245番目の部位のアミノ酸残基がメチオニン残基(Mer)である点において、その部位のアミノ酸残基がバリン残基(Val)であるA、B発明のt-PAのアミノ酸配列と相違しており、イ号物件はA、B発明におけるアミノ酸配列をそっくりそのままわ含むものではない。
以下において、「被控訴人のt-PA」というときは、別紙目録五記載のように、A、B発明のt-PAにおけるアミノ酸残基中、上記のN末端から245番目の部位のアミノ酸残基がメチオニン残基(Mert)であるt-PAを指し、「met-t-PA」とも称することにする。これに対し、A,B発明のt-PAを「val-t-PA」とも称することにする。
この点は、当事者間に争いがないので、主な争点は、イ号物件、イ号方法、イ号製剤及びイ号細胞がA,B発明の技術的範囲に属するか否か、すなわち、イ号物件、イ号方法、イ号製剤及びイ号細胞はA及びB特許請求の範囲の記載文言そのままのアミノ酸配列を構成としてはいないが、A,B発明と実質上同一若しくは均等であると評価すべきか否か、の点に集約される。
被控訴人は、A特許に特許無効の審判を受けるべき事由がある旨主張するが、この点に関する当事者の主張の骨子は、大阪高等裁判所平成3年(ネ)第2485号事件について、当部が平成6年2月25日に言い渡した判決(判例時報1492号25頁、判例タイムズ842号232頁)に摘示のところとほぼ同様のものとなっている。そして、当裁判所としても、A特許につき特許無効の審判を受けるべき事由があるとは認められないか、又はそのようには明らかに認められない(進歩性欠如の点)と判断するものであって、その理由は上記判決が示しているとおりであり、理由の要点は、次に示すとおりである。なお、被控訴人は、平成3年7月11日、A発明の特許の無効審判請求をしていたが、同6年8月9日、同審判請求不成立の審決があった。同審決に対しては被控訴人から審決取消請求を求める訴えが東京高等裁判所に提起され、係属中であるが(同裁判所平成6年(行ケ)第230号)、審決においても、進歩性欠如に関する被控訴人の主張を採用できないものとしているので、なおさら、A発明の明白な進歩性欠如が認められないとの当侵害控訴裁判所の判断は動かない。
大阪高裁平成3年(ネ)第2485号判決の要点1新規制新規制決如に関して被控訴人が引用する公知技術は、
1982年1月4日発行のEuropeanJoumalofBiochemistryVol.121所収の“MesengerRNAforHumanTissuePlasminogenActivator”「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対するメッセンジャーRHA」と題する報文である(乙22)。
しかし、そこには、ボーズメラノーマ細胞由来のt-PAmRNAをアフリカツメガエルの卵母細胞中に注入し、その翻訳生成物がt-PAとしての活性を有することを確認したことが記載されているけれども、同報文上からも、このmRNAが純粋な全長の物が単離して使用されたとは認めない。また、同報文には、産生が確認された物質が天然t-PAないしA発明のt-PAと同一の構造及び同一の特性@ないしD全部を有するt-PAであるとの確認もされていない。その上この物質は、卵母細胞中のt-PAのmRNAが翻訳する(すなわちmRNAが持つ遺伝情報に対応して、アミノ酸から蛋白質が生合成される)ものに限られていることからみて、その産生量は微量かつ限定的であって、cDNAをクローン化した場合のようにt-PAを大量生産することは困難である。さらに、同報文中には、単離したmRNAからcDNAを調製して組換DNA技術を用いてこれをクローン化するための具体的な試みは何ら記載されていない。
結局、上記報文をもってしても、ヒト以外の宿主細胞が産生するt-PAの糖鎖が公知であったとすることはできず、A発明が明らかに新規制を欠如するものと認めることはできない。
2進歩性本件優先権主張日ないし特許出願日当時における組換DNA技術で産生された蛋白質に関する発明についての進歩性判断に、控訴人らが援用する従来の化学物質に関する特許の運用基準を当てはめることができるか否か、仮にこれを肯定することができるとして、その程度ないし態様は、本件でも当事者間で重大な争点となっているように、当時にあってはもちろんのこと、
現在においてもなお最先端技術の分野に属する組換DNAの技術分野における発明の特許要件一般の問題にかかわることとして、極めて困難な側面を有し、しかく一義的には決定することができない問題である。本件では、蛋白質の一種であるt-PAの物の発明ないしその製法の発明、医薬の発明の進歩性の欠如の有無が争点とされているが、侵害訴訟を審理してきた当裁判所としては、A発明の進歩性の明白な欠如を認めることはできない。
3優先権主張A発明で優先権所長の基礎となった米国第一、第二特許出願の明細書に記載のアミノ酸配列とA発明の明細書に記載のアミノ酸配列とでは、3箇所においてアミノ酸の種類が相違している。被控訴人は、このことをもって、A発明の上記優先権主張は許されないと主張する。
しかしながら、米国第一特許出願及び第二特許出願に記載されていたクレーム中の前記アミノ酸配列の記載は誤記にすぎないと認めるべきである。そして、t-PA活性を持つ物質を産生させたことが、A発明の核心をなすものというべきであるし、この産生の過程は米国第一特許出願及び第二特許出願の明細書に開示されているところなので、このような誤記があったとしても、各米国特許出願においてA発明の開示があったと考えるのに差し支えはない。
以上のほか、被控訴人は、米国第三特許出願中にされた、プラスミドの「pt-PAtrp12」との記載の削除及びそれに至った理由からみて、米国第二特許出願による優先権を主張できないと上記無効審判請求で主張し、本訴でもこの主張を援用している。しかし、上記審決では、米国第三特許出願以降において、プラスミドの名称が「pEPAtrp12」から「pEPAtrp12」に変更されたにすぎないものであり、米国第二特許出願には、天然t-PAの1番から527番のアミノ酸配列を有する大腸菌由来の蛋白質が開示されていると認定されたいるところ(甲126の56頁)、本訴においては、この認定を左右するに足りる証拠はない。被控訴人の上記主張も採用することができない。
第6控訴人の主張の整理と当裁判所の判断方針控訴人は、第一次的に、被控訴人のt-PA(met-t-PA)はA、B発明のt-PA(valt-PA)と実質的に同一であると主張し、第二次的に、被控訴人のt-PA(mett-PA)と均等のものであると主張した。
控訴人は、Met-t-PAとval-t-PAとが実質的に同一とされるためには、前者が後者から容易に推考し得たとの要件は不要であると主張し、このことを前提として、実質的同一性を第一次的主張としているようである。しかしながら、当該技術が特許発明実質的に同一のものとされるためには、構成を異にしている部分が特許発明にとって非本質的なものであって、その構成の相違が単なる慣用手段の適用に当たるとか、単なる設計上の微差にすぎないものである必要などがあり、これまでこれらが肯定されてきたのには、成熟した技術手段の単なる適用の場面が想定されていたといえる。
本件においては、現在においても先端技術に属する組換DNA技術の発明との対比における実質的同一性が主張されていて、実質的同一性の有無を判断する際に当てはめる技術手段等もまた先端技術分野に属するものが多い。本訴の当事者双方の主張並びに専門学者の意見書を含む証拠等に照らしても、この技術分野における特許発明実質的同一性の判断基準が、当事者の間で大方の認識に至っているまでに定立されているものとはにわかに断じ難しい。
控訴人は、「t-PAの遺伝子は、ヒトゲノム中ただ1個しか存在しないことが知られている。met-t-PAも同一の遺伝子に由来する。分子生物学の研究者は、同一の遺伝子に由来する蛋白質はたとえクローニングによりアミノ酸が若干異なることになっても、定義により全く同一であると考えている。」と主張し、被控訴人のt-PAであるmat-t-PAは、A、B発明のval-t-PAと実質的に同一のものであるとする。しかしながら、実質的同一性の判断基準は特許法におけるものであって、上記の自然科学上の見解から直ちに特許発明の同一性の範囲を画するものと速断することはできない。特許出願発明の新規性の判断基準に密接にかかわってくることでもあり、成熟した技術分野ならばともかくとして、先端技術分野においての発明の実質的同一性の存否いかんについては、侵害訴訟を審理する当裁判所だけで軽々に判断を下せないところである。
次に示す均等の判断は、被侵害物等との対比で個々の事件ごとに行われる特許発明技術的範囲の認定の手法であり、侵害訴訟裁判所の本領ともいうべき分野にぞくするところ、控訴人の均等の主張が認められるのならば、被控訴人のt-PAとA、B発明のt-PAとの間に、控訴人が上記のように主張するような意味での、
すなわち、特許発明と対比して容易想到性の要件を不要とする意味においての実質的同一性が認められるかの判断は必要がなくなるので、まずは控訴人が第二次的に主張する均等についての判断に移行する。
第7均等7.1控訴人の主張7.1.1置換可能性容易想到性均等の認められる要件は、置換可能性容易想到性である。
被控訴人のt-PAはアミノ酸配列の245位のアミノ酸残基がバリン残基からメチオニン残基に変わっていることを除けば、A特許の特許請求の範囲に記載の他の要件(特性)をことごとく満たしていることからすると、置換可能性の要件を充足する。
次の事実関係からすると、容易想到性の要件も充足している。
(1)1982年以前においてアミノ酸の置換による蛋白質の機能への影響は予測できた。
(2)1982年当時概に、Val、Met両アミノ酸の側鎖の疎水性が定量的に測定されており、互いに似た値であることが知られていた。
(3)疎水性を示すパラメーターはvalが1.5、Metが1.3と互いに近いので、両者が蛋白質の立体構造形成の上で、近似の挙動を取ることが予測できた。
(4)t-PAはセリンプロテアーゼの一種であるが、セリンプロテフーゼについても、エラスターゼ、トリプシン、キモトリプシンの間でVal→Met中立変異が1970年代から知られていた。
これらのセリンプロテアーゼの近似性からトリプシンなどにこの変位を施しても、機能を損ねないと予測できる。この予測は1970年代に概に可能であった。
(5)酵素蛋白質のアミノ酸残基の大部分は、活性部位を構成している各部分を適正な位置に保って、一定の立体構造を保持するという消極的な役割を果たしているにすぎない。(6)球状構造の内部に存在しているアミノ酸は主として分子の全体の形を保持し、それによって活性に寄与するアミノ酸残基を空間的に適正な相互位置に保つという役割を果たしている。
(7)バリンからメチオニンへの変化は分子の内部での変化であり、したがって、t-PA活性を発現するための必須部位と考えられているセリンプロテアーゼ領域やクリングル領域の活性部位には、何ら影響を与えない。
(8)245位という位置は、t-PAの立体構造を固定する役割を果たしているシスチン結合(S-S)に関与している243位のアミノ酸残基(システイン残基)のすぐ隣に位置しているので、この置換により、t-PA分子の内部の構造ですら有意な影響を受けるとは考えられない。
(9)t-PAのH鎖にあるクリングル中の245位のバリン残基が活性中心に属しないこと、そのバリン残基がt-PAのプロテアーゼ活性の発現に決定的な重要性を持たないことは、容易に推定できた。
(10)バリンは、フィブリンとの結合に決定的に重要なアミノ酸残基ではないと推定することができた。
そうすると、被酵素人のt-PAは、A発明の特許請求の範囲に記載のt-PAと置き換えても、その発明の目的を達成することが可能であり(置換可能)、かつ当事者ならばその置換容易に想到し得る(容易想到)ということができる。
均等であるか否かの考察の対象となるものは、本件においては別紙目録二記載の物にほかならないところ、別紙目録二の記載を離れて、A発明の特許請求の範囲に記載されているt-PAが備えている物質を有しているか否かを容易に想到し得るかということは論じる必要はない。
組換DNA技術を含むバイオテクロノジーに関する発明において、アミノ酸残基の配列を含む蛋白質の特許請求の範囲に関して、蛋白質のアミノ酸残基の配列の変異が起こる可能性を容易に予測することができ、その変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを予測することが容易である場合には、容易想到性があるといえる。変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを予測することが必ずしも容易とはいえない場合でも、変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを容易にできるときには、容易想到性がある。
A、B発明は、パイオニア発明である。先端技術の分野において第三者の予測の容易性について厳格な判断をすると、容易想到性が否定されることが多くなり、この分野の発明について均等論が認められない場合が多くなる。このような解釈は、
先端技術分野の発明であることから生じやすい特許請求の範囲の不完全な記載の救済を否定し、先端技術分野におけるパイオニア発明に対するインセンティヴを損ない、特許制度の目的を達し得ない結果をもたらすおそれがある。
7.1.2出願経緯異A、B発明の特許出願の経緯をもってしても、均等は否定されるべきでない。
控訴人がA、B発明の特許出願当時、その技術的範囲を現在主張しているような改変物質(変異体や誘導体)を含む広範なものとして確認していたことは明細書の記載から明らかである。
訴訟人は出願過程において、A、B発明のt-PAをアミノ酸配列によって特定せよという審査官と再三にわたって面接し、組換DNAの技術分野において、t-PAのアミノ酸配列をコードするDNA配列が開示されると、1又はそれ以上のアミノ酸の置換、挿入、削除を試みることによって、実質的にそのt-PAと同じ生理活性を持った変異体を製造することが極めて容易となるにかかわらず、A、B発明のt-PAをアミノ酸配列で特定すれば、かかる変異体がA、B発明の技術的範囲に含まれないという危険性を生じ、その権利は無に等しくなると主張した。
しかし、特許庁審査官は、特許請求の範囲に記載された「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体及びアレル変異体」なる用語は明細書の開示に比べて広範に過ぎるとしたので、控訴人は、やむなく特許請求の範囲においてアミノ酸配列を定したものである。
この限定は行政指導によるものであり、意識的限定ではない。
特許庁審査官は他方で、B発明の特許出願手続における非行訴人の出願代理人の技術説明者等との面接において、控訴人が主張するようなアレル変異体又は誘導体が含まれることは、裁判所において均等論をもって争うべきである、とも述べている。
7.1.3独自開発そもそも、偶然に又は意図的に特許発明技術的範囲に属するものが作り出された否かは特許権侵害の決定とは無関係である。
しかも、被こうそにんのmet-t-PAは、A、B発明とは独自に開発されたものではない。
すなわち、被控訴人のmet-t-PA開発年代記(乙53)を精査すると、
1982年7月には、いまだにcDNAのクローニングにプライマー延長法を用いる試みが続けられていたことが明らかである。
しかるにその直後、【A】博士(A、B発明の発明者の一人)が、同年7月23日にオリゴヌクレオチドブローブ法を用いてt-PAcDNAのクローニングに成功したことを、ローザンヌ会議において発表すると、GI社は翌8月初め、にわかにオリゴヌクレオチドプローブ法によるクローニングに実験の方針を転換した。その際、プライマー延長法の実験は結果を得るに至っていなかったのに、途中で放棄されているのである。
開発の面からいえば、いかに適切な方針を選択するかということこそ最も大切なことであり、GI社の開発が、控訴人の発表による影響を受けたことは明らかである。
7.2被控訴人の主張7.2.1置換可能性欠如控訴人は、アミノ酸残基の配列を含む蛋白質の特許請求の範囲を持つ特許に関して、特定のアミノ酸残基が置換しあるいは欠落しているが、発明の目的に関する特性の異ならないものは置換可能性がある、としているが、本件の場合、特にA特許の場合には、その出願経緯からみて、アミノ酸配列を特定することによって初めて特許として認められたものであり、特許請求の範囲の1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2)フィブリン結合能を有する3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得るとの記載は、天然t-PAの一般的性質を記載したものにすぎないから、上記特性を有するか否かのみをもって、発明の目的に関する特性の有無を判断してはならない。
7.2.2容易想到性欠如被控訴人t-PAは容易想到性の要件を具備しない。
そもそも、特許請求の範囲に記載されたアミノ酸配列とアミノ酸配列の異なるt-PAについては技術的思想が異なり、均等論を適用すべきものではない。
仮に、控訴人の主張するような容易想到性に関する説が成り立つとしても、本件において、その要件が充足されることにはならない。
(1)蛋白質において、たとえアミノ酸残基が1個異なったとしても、それが機能に影響を与えて、その蛋白質の生物学的性質を変化させることがあることが、米国第一、第二特許出願当時知られていた。
(2)蛋白質におけるアミノ酸1個の変化によって、その蛋白質の生物学的な性質に影響を与える場合があること、そしてかような影響を与えないアミノ酸残基は宅泊質のどの部分に該当するかは、実験により確認しなければ判明しないという技術状況は、今日においてもまだ変わっていない。
(3)t-PAを組換DNA技術によって製造する場合に、アミノ酸配列の異なった蛋白質が得られることはほかにもあるが、その原因は解明されていない。
(4)アミノ酸配列の差異はもともと存在するものなのか、クローニングの過程で発生するのか、そのアミノ酸の変化は配列のどの部分で発生するのかという点は、A、B発明の明細書には全く開示はなく、現在においてもまだ解明されていない。
(5)甲106(【B】大阪バイオサイエンス研究所長・二本学士院会員・京都大学名誉教授と、【C】九州大学理学部教授の教導意見)は、天然t-PAの245位のアミノ酸バリンがメチオニンに変わっても、セリンプロテアーゼ領域には変化がなくまたクリングル領域は残存しているから、プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能及びフィブリン結合能がなくなるとは考えられないが、フィブリン結合能が変化する可能性はある旨述べている。
しかし、この意見では、なぜクリングル領域は残存していると予測できるのか、
なぜ触媒能及びフィブリン結合能がなくなってしまうとは考えられないと予測できるのか、なぜフィブリン結合能が変化する可能性があると予測できるのかについて、その根拠が示されていない。
t-PAのフィブリン結合能がどこにあるかは1982年当時分かっていなかったので、245位のアミノ酸残基が機能に直接関与するアミノ酸残基か否かを予測することはできない。
バリン残基とメチオニン残基のような「保存的(保守的)置換」と呼ばれるものについても、「いわゆる『保守的』なアミノ酸置換であってもそれが機能にかかわるアミノ酸であるために、明らかな機能の異常が見られる場合がある」(「宅泊質核酸酸素」誌1980年13号=乙89の1、2の1059頁)から、245位のアミノ酸残基がバリンからメチオニンに変わった場合において、その生物学的性質に変化が生じるかどうか(場合によっては機能を失うこともある)を予測することは、米国第一特許出願当時には困難であった。
7.2.3変異した蛋白質に関する容易想到性の反論控訴人は、A、B発明のようなパイオニア発明においては、変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを予測するのが必ずしも容易とはいえない場合でも、変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを検証することが容易にできる場合には、容易想到性があると主張している。
しかし、パイオニア発明であるからといって、容易想到性の幅を広げることは不当である(後記7.2.4)。したがって、本件において、被控訴人t-PAまが容易想到性の要件を具備するかどうかを検討する必要があるとしても、それは、1982年当時、t-PAの245位のバリン残基がメチオニン残基に置換されても、t-PAの性質に変化が生じるか否かを予測できたかが問題とされねばならない。
t-PAの245位のアミノ酸残基が重要な部位かどうかを予測できたこととが、245位がバリン残基からメチオニン残基に変わっても、t-PAの性質に影響を与えるかどうかが予測できたことの前提となる。しかしながら、下記の理由から上記予測は国難であった。
(1)米国第一特許出願当時には、245位のアミノ酸残基が存在するクリングル領域のどのアミノ酸残基が機能に直接関与するのかについては、何も分かっていなかったのであるから、245位が機能に直接関与するアミノ酸残基ではないと予測できる根拠は何もない。
(2)「構造的にCriticalな部位」のように、蛋白質の性質に影響を与えるかどうか米国第一特許出願当時はもちろん、現在においても、実験等による確認を行わないで予測できたとするのは困難である。
(3)蛋白質分子の内部のアミノ酸残基のような、蛋白質の機能に直接関与しないと控訴人が主張しているアミノ酸残基についても、その変化により、蛋白質の性質に影響を与えないとの予測は困難である。
【D】東京工業大学教授の意見書(甲80)には次のことが記載されており、動揺の意見は【D】教授の意見書その2(甲96)、同教授と【E】東京大学名誉教授との教導意見書(甲102)にもある。
○オクタロニー拡散法は、構造の類似した蛋白質の間の(例えば、ウシとブタなど異なる生物種に由来する同一酵素での)わずかな免疫原性の違いを検出するための方法である。
○オクタロニー拡散法を用いれば、t-PA抗原決定基のほんの一部に変化が出た程度でも免疫原性の差異を測定することはできる。
しかし、オクタロニー拡散法の実験原理から考えれば、抗原決定基が1箇所異なるという意味での「ほんの一部に変化が出た程度」の場合には、それによる免疫原性の差異を見いだすことができないし、また、アミノ酸残基1個の違いが生じている場合には、抗原決定基が1箇所のみ異なる可能性を否定できない。仮に、オクタロニー拡散法で免疫原性に差がでなかったとしても、
それはその測定に用いた血清を採取した動物(ウサギ等)、すなわちヒトt-PAを異物として認識する動物における免疫原性の差異を証明したものにすぎないのであって、ウサギ等の動物とは抗原を認識する機能が全く考え難しいヒトにおいて、
ウサギ等の動物と同様に免疫原性に差が生じるか否かは実際にヒトに投与してみないと分からない。
val-t-PAとmet-t-PAとでは比活性が異なり、被控訴人の直接比較実験においては、net-t-PAは高めPAI-1濃度における血栓溶解能がval-t-PAより高いとの結果を得ている。仮に、高PAI-1濃度におけるこのような差異が、控訴人の主張するように両t-PAの比活性の差異に起因するものであるとしても、両t-PAの比活性の差異が予測もつかない新たな性質を生み出したものと解されるのであり、このような生物学的な差異が、両t-PAをヒトに用いた場合は具体的にどのような差異をもたらすかは、臨床による直接的な比較試験を行わなければ分からない。
以上のように、ヒトに投与した場合に抗体を産生するかという意味で免疫原性の差異は、米国第一特許出願日当時に存在した方法では容易にそれに調べることはできなかった。したがって、仮に容易想到性の要件につき、「変異した蛋白質が特許発明の目的に関する特性を有することを検証することが容易にできる場合には、容易想到性がある」という立場に依拠するとしても、被控訴人t-PAのmet-t-PAはその要件を具備しない。
7.2.4パイオニア発明性控訴人は、パイオニア発明について容易想到性の判断の基準を広げるべきであるとしている。
しかし、A、B発明がパイオニア発明と認定されるかどうかは別にして、パイオニア発明であるからといって、特許発明技術的範囲の認定に当たって容易想到性(置換自明性)の判断の基準が広くなるという理由はない。
パイオニア発明であるからとして均等論における容易想到性の判断の基準を広くすることは、特許請求の範囲の記載から当業者が容易に想到できる範囲を超えた技術的範囲を認めることにつながるから、第三者である公衆の利益を害することになる。
そもそも、A、B発明はパイオニア発明ではない。組換DNA技術をt-PAに適用することの困難性が背景にあるとしても、組換DNA技術をt-PAが公知であり、さらに基本的な組換DNA技術が公知であり、また、t-PAを組換DNA技術を用いて製造するというのは自明の課題であって、組換t-PAの製造はいわゆる時間の問題であった以上、A、B発明がパイオニア発明に該当するとは考えられない。
7.2.5出願経緯A、B発明の特許出願経緯からすると、アミノ酸配列を限定した補正は、出願当時にその生物活性を予測できず、また明細書に技術的裏付けを伴って記載されていないとされた、69番目から527番目までのアミノ酸配列の改変されたものを除外するためにされたものとしか解することはできない。
このような経緯によって補正されたことにより特許請求の範囲外とされたものについて、「アミノ酸配列の相違した蛋白質において、その生物学的性質を予測できる」とか、「本特許の明細書には、アミノ酸配列の改変されたものについて記載がある」といった理由で拡張解釈を行うことはまさしく禁反言の法理に抵触するものである。
控訴人は、特許出願当時、A、B発明の技術的範囲を現在主張しているような改変物質を含む広範なものとして認識していたことは、その明細書の記載から明らかであると主張している。しかし、認識していたとするには、特許請求の範囲より広範なものについて、出願当時の技術水準から容易に予測可能であるか、又は明細書に技術的裏付けを伴うものとして記載されているとの認識を有していたと認定される根拠を、控訴人が有していたかどうかが問題とされなければならない。しかしながら、その根拠とした明細書の記載は、技術的裏付けのない抽象的な記載にとどまっている。控訴人指摘の明細書の記載は、想訴人の願望的な主張にすぎない。
B発明の特許異議決定では、「特許請求の範囲にはt-PAがそのアミノ酸配列により明確に特定されているので、発明の詳細な説明の『アレル変異体』及び『誘導体』に関する記載は特許請求の範囲を何ら不明瞭にするものではなく、この出願が、特許法36条3、4項に規定される要件を満たしていることは明らかである」としており、審査官が前記文言の挿入を認めたのが、B特許の特許請求の範囲にアレル変異体及び誘導体が含まれることを認めたのでないことは明らかである。
被控訴人は審査官との面接の際の説明を主張するが、審査官は出願人の作成した特許請求の範囲について審査し、特許を付与するかどうかを判断するのであって、
出願人に意見を述べることはあっても、特許請求の範囲を決定する権限はないはずである。面接時の不明な事実によって特許請求の範囲に示される技術的範囲が変わり、均等の判断が左右されるということは、第三者である公衆の利益を害し許されない。
7.2.6独自開発均等論が衡平の観念に基礎を置き、かつ例外的なものである以上、独自開発の事実は、均等を否定する方向に働く。
組換DNA技術によってt-PAを製造する際に必須のt-PAの全アミノ酸配列が初めて公表されたのは、1983年1月20日発行のNature誌に掲載された邦文である(乙17)。しかし、コールドスプリングハーバー(CSH社)及びジェネティックス・インスティテュート(GI社)が共同開発で被控訴人のt-PAのクローニングに成功し、その発現を確認した経緯を開示した乙53によると、CSH社及びGI社は、控訴人が発明の本質と考えているt-PAのクローニングの手法と、その結果であるcDNA配列及びそれから推定されるアミノ酸配列が公表される以前に、被控訴人t-PAのcDNAクローニングに成功し、組換DNA技術によるt-PAの発現を確認していた。
オリゴヌクレオチドプローブ法が、mRNAの濃度が低い場合においても適用できるスクリーニング方法であることは公知であったのであり(乙55、乙56、乙129)、これらの乙号各証には具体的適用において困難性があるとの記載は一切ない。すなわち、被控訴人t-PAを開発したGI社は、ローザンヌ会議以前に、
t-PAcDNAのスクリーニング方法にオリゴヌクレオチドプローブ法を選択することを決定し、発表の前後を問わず、一貫してオリゴヌクレオチドプローブ法によるt-PAcDNAのスクリーニングを試みていた。その結果、GI社はnature誌の発表以前に、t-PAcDNAのクローニングに成功し、t-PAの発現を確認していたものである。
オリゴヌクレオチドプローブ法は、mDNAが少ないときにも有用な方法であり、t-PAのように精製品が得られている場合には、部分的アミノ酸配列が解析できれば他のスクリーニング法よりも確実な方法であることが、本件優先権日当時知らされていた。したがって、【A】博士が1982年7月23日にローザンヌヌで発表し、その会議にGI社の技術者が出席し質問したという事実はあっても、その内容は、当業者がt-PAをクローニングするにあたりオリゴヌクレオチドプローブ法を選択するに付いて、何ら利益となる情報ではない。
オリゴヌクレオチドプローブ法をGI社が選択したことに、A、B発明の模倣となる要素はない。
7.3均等についての当裁判所の考え方前記のように、met-t-PAを構成する発明とval-t-PAを構成とする発明とは、特許法の観点からみて実質的に同一のものと直ちに認めることはできないが、met-t-PAを構成特許権とする技術が、val-t-PAを構成とする発明との対比において、特許法70条にいう技術的思想創作のうち高度のものをいうことからすれば、当該技術の専門家(当業者)の見解、意見を十分に参酌しなければならないのであり、専門家からみても特許請求の範囲の記載とおりその特許発明技術的範囲が一律に決定できる場合は別として、すべての場合にわたって当該発明の特許請求の範囲の記載文言のみから、特許発明技術的範囲が一律に決定されるべきものではない。無体財産権である特許権の対象となる発明の内容は特許請求の範囲に記載されるところに表されるが、ここで記載されるのは発明の要旨であり、発明の内容そのものである。発明が無体物であることから、その内容は文言によって構成が説明されなければならないが、特許法70条では、特許発明技術的範囲は、特許請求の範囲の記載から認められる発明の内容を基準にして定められるものとしていて、特許発明技術的範囲を特許請求の範囲の記載そのものに限定すべきものとはしていないことが留意されなければならない。ここで技術的範囲と規定されているところからも明らかなように、また、文言によって発明の構成を説明するといっても、無体のものであることからくる構成の説明の制約がおのずと想定されることからしても、特許権に基づき差止め等を求め得る範囲は、特許請求の範囲の記載を基準とするある程度の柔軟性のあるものが予定されているというべきである。特許権侵害と主張された技術などが特許発明技術的範囲に属するか否かの認定判断は、侵害とされるものとの対比における特許発明技術的範囲の外延の確定作業に帰し、当該特許権の侵害の有無を判断する裁判所にゆだねられているものと解される。
そして、専門家からみて、特許請求の範囲に記載の発明に相当するもので、したがって特許発明技術的範囲に属する技術と一見して明らかに理解できるものは、
たとえそれが特許請求の範囲の文言を字義解釈そのままに充足するものでなくても、すなわち、特許請求の範囲構成要件をそのままのものとして充足するものでなくても、その技術を、特許発明均等のものと認めるべきであることは、特許発明技術的範囲の認定の手法として、特許法も予定しているものというべきである。
ただし、特許請求の範囲の記載に従って特許発明技術的範囲を理解している第三者の信頼との調和は十分に考慮されなければならず、特許請求の範囲の記載の構成そのままでない技術が特許発明技術的範囲に属するものと認めるには、一定の判断基準が定立されなければならないのも当然のことである学説などにおいて、この判断基準の定立の試みとして理解し得るところであり、本件当事者双方の主張においても、この二つの要件の存否を中心として争われているところである。この二つの要件は均等の積極的要件と理解されるのであるが、一方、個々の事案では、特許出願時の事情などにおいて、均等のものであるとして技術的範囲に属することを肯定するのに生涯となる事由の存することも考えられる。本件において、被控訴人のt-PAに係るmet-t-PAが、A、B発明のval-t-PAと均等のものか否かを判断する際にも、これらの積極的要件、消極的要件の存否のすべてに配慮しつつ、均等と認定することが、特許請求の範囲の記載を信頼する第三者の利害と調和するものか否かが見極められなければならない。
7.4均等の積極的要件に関する判断7.1.1A、B発明のt-PAと被控訴人のt-PAとは、両者のアミノ酸配列のうち245位が、前者はバリン(Val)なのに対し、後者がメチオニン(Met)であるという点で両者が相違することは前記のとおりであり、その他、A、
B発明の特許請求の範囲に記載の特性において両者に差異がないことは、被控訴人も争わないところである。したがって、両者は特性が同一であるから、作用効果が同一であって、A、B発明のt-PAのバリンから被酵素は人のt-PAのメチオニンの置換は、置換可能性の要件を満たしているものと認められる。
7.4.2次に、A、B発明のt-PAのバリンと被控訴人のt-PAのメチオニンとの置換につき、容易想到性が認められるか否かが判断されなければならないが、まず、t-PAのアミノ酸配列の置換に関する専門家の意見を通覧することにする。
◇甲114(【F】京都大学理学部教授の意見)1982年当時、蛋白質の一つのアミノ酸を別のアミノ酸で置換した場合、どのような機能の変化が生じると予測できたか、また、このような一つのアミノ酸置換が蛋白質中でよく生じることは知られていたかについて次のように考える。
蛋白質の機能にとって、重要な部位のアミノ酸が変化すると、固有の機能が維持されなくなると予測できる。
このような重要な部位としては次の部位がある。
1)蛋白質の活性中心2)他の分子と相互作用する部位3)構造的にCriticalな部位分子進化学の立場からは、
蛋白質の機能にとって重要な部位のアミノ酸は保存されるといえる。上記した部位以外のアミノ酸は、自由には変われないが、性質の似た別のアミノ酸には置換することができ、この場合その機能はほとんどが変化しないと分子進化学のたちばから予測できた。蛋白質の-アミノ酸置換により、機能が大きく変化しない、いわゆる中立変異がしばしば生じることは、当時よく知られていた。
t-PAの遺伝子は染色体中に1個しかないこと、また、val-t-PAとmet-t-PAの二つのt-PAは、その機能に実質的に差のないことから、分子進化的な立場からみて、異なるというよりも同一であるという方が自然である。
ここで、上記の「性質の似たアミノ酸」とは、甲73(ATLASofPROTENSEQUENCEandSTRUCTURE)の97頁の図9-11に示されているグループ内のアミノ酸同士を指す。アミノ酸相互間の類似度は、
甲101の1(サイエンス誌日本版1986年2月)の89頁にも記載されており、バリンとメチオニンとは、類似度がかなり高いものとして示されている。
◇甲80(【D】東京工業大学教授の意見)1982年当時概にVal、Met両アミノ酸の疎水性を示すパターンはValが1.5、Metが1.3と互いに近いので、両者が蛋白質の立体構造形成の上で近似の挙動をとることが予測できる。
1972年代において、中立変異の諸例の中でVal→Met変異は頻度が高く、大きな違いを与えないものの一つと考えていた。
t-PAについては、245位のValをMetに置換することがt-PA分子の構造に影響を与えないことを簡単に確かめることは、1982年の時点で可能であった。
245位に二つの243位のCys残基は201位のCya残基とS-S結合を形成しているが、S-S結合の形成には、両方のCys残基の側鎖が厳格な位置に保たれていることが必要で、243位と201位とのS-S結合が依然として形成されているなら、Val→Met置換はt-PAの構造を変化させていないと結論できる。そして、S-S結合が形成されているか否かは1982年以前でも簡単に調べることができた。
◇甲96(【D】東京工業大学教授の意見)Val残基からMet残基への置換は最も頻度の高い組合せの一つである。Val残基からMet残基への置換の頻度が最も高いとは、ある蛋白質の機能が保持される範囲で頻度が高いということである。
val-t-PAとmet-t-PAのようなアミノ酸残基1個の違いが生じている場合にも、それが、抗原決定基(アミノ酸残基5個程度)を構成するアミノ酸残基である場合には複数の抗体が生じ得るので、オクタロニー拡散法を用いて免疫原性の差異を測定することができる。
◇甲102(【E】東京大学名誉教授と、【D】東京工業大学教授の共同意見)Val残基は種々のアミノ酸残基中で最も疎水性領域内に埋没している可能性の極めて高い残基である。また、Met残基も蛋白質分子の内部に埋没している可能性の極めて高いアミノ酸残基である。そして、Val残基とMet残基とは蛋白質分子の立体構造を変化させることなく、極めて容易に置換されることが知られている。
1982年当時の技術常識に従えば、その当時【G】博士が「単一のアミノ酸置換(t-PAの245位のVal残基→Met残基の置換)は蛋白疎水性領域内に埋没し、抗体産生を生じさせ得る分子表面には露出していないと信じられると」と証言したのはむしろ当然で、私達も1982年当時、【G】博士と同一の所見を持ったと思う。
◇甲32(【E】東京大学名誉教授の意見)t-PAは、セリンプロテアーゼ領域やクリングル領域という活性部位を持っている。しかし、t-PA分子のすべての部分が生物活性に直接関与しているのではない。バリンからメチオニンへの変化は分子の内部での変化であり、t-PA活性を発現するための必須部位と考えているセリンプロテアーゼ領域やクリングル領域の活性部位には何ら影響を与えるものではない。
245位という位置は、
t-PAの立体構造を固定する役割を果たしているシスチン結合(S-S)に関与している243位のアミノ酸残基(システイン残基)のすぐ隣に位置しているので、この置換により、t-PA分子の内部の構造ですら有意な影響を受けるとは考えられない。
245位のバリン残基は分子表面に存在するのではなく、分子内部を構成する疎水性領域内に埋没した位置にあり、しかも、t-PAの構造を固定する役割を果たしているシスチン結合を構成している243位のシステイン残基のすぐ隣に位置しているので、このバリン残基を、同じく疎水性アミノ酸であるメチオニン残基で置き換えても、t-PA分子の立体構造に変化を与えず、またその生物活性は変化しないと予測できる。バリンからメチオニンへの変化が「検出可能な範囲での生物活性に影響を与えなかった」のは、このような理由によるもので、当然である。
このようなt-PAの活性に本質的な影響を与えない程度のアミノ酸配列のわずかな変異は、精査すれば少なからず見つかるもので、われわれ生化学者は、その一つ一つを別のものとして取り扱わない。それらはアミノ酸残基の一つが異なっているとはいえ、いずれもt-PAという同一の酵素であることに変わりはないからである。
◇甲106(【B】大阪バイオサイエンス研究所長・二本学士院会員・京都大学名誉教授と、【C】九州大学理学部教授の共同意見)天然t-PAの245位のアミノ酸バリンがメチオニンに変わってもセリンプロテアーゼ領域には変化がなく、またクリングル領域は残存しているから、プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能及びフィブリン結合能がなくなってしまうとは、1982年当時考えなかったと思う。ただし、フィブリン結合能が変化する可能性があるとは考えたと思う。
245位がメチオニンであるt-PAも、天然t-PAと同じ酵素に分類されると考えてよい。
◇甲112(【H】北海道大学免疫科学研究所教授の意見)245位での機能的重要でない部分の変異は、その蛋白質分子の特性をほとんど変えることはないと考えられる。この場合、そのような淡白分子は生物学的には元の分子と何ら変わるものではなく、同じと考えるのが当然である。
◇甲146(【I】大阪大学医学部教授・大阪バイオサイエンス研究所分子生物学部門研究部長の意見)1982年当時、t-PAcDNAの配列が公表されれば、t-PAcDNAを作製し、その一部の塩基配列を変換して効果的にアミノ酸残基が置換、欠失又は付加したt-PA変異体を生産することができた。
◇甲38(【J】大阪大学細胞生体工学センター教授の意見)mRNAからcDNAを合成する際に用いられる逆転写酵素は、しばしば転写ミスをすることが知られている。
GI社(ジェネティックス・インスティテュート)のクローニングしたヒトt-PAcDNAとジェネンテック社(控訴人)のクローニングしたヒトt-PAcDNAの違いは、逆転写酵素による転写ミスによる可能性が極めて高いと考えられる。
この点については、【G】も米国訴訟の証言中でクローニングエラーによって生じたと述べている。
組換DNA技術を用いるヒトt-PAの製法に関しては、GI社の用いた方法と得られた結果は、ジェネンテック社の用いた方法と得られた結果に比べて何ら新規性は見いだせない。
◇甲105(【K】京都大学医学部教授の意見)DNAには遺伝情報が保持されており、DNAは生命体の設計図である。遺伝情報は、個体によって若干の変化が起こることがあるが、生物にとっての設計図としては同じものである。
t-PAの遺伝子は、ヒトゲノム中ただ1個しか存在しないことが知らさせている。したがって、Met-t-PAもVal-t-PAも同一遺伝子に由来する。
分子生物学の研究者は、同一の遺伝子に由来する蛋白質はたとえクローニングによりアミノ酸が若干異なることになっても、定義により全く同一であると考えている。これは、-遺伝子-蛋白質という、1950年代からの分子生物学が確立した基本的原則の範囲内の問題である。
同一の遺伝子に由来するものは、たとえ機能が若干変化しても物としては同じものである。したがって、
invitro(試験管内)のプロセスで1ヌクレオチドの変化が生じ、その結果、-アミノ酸が異なるものあるという主張は間違いである。
◇甲29(【J】大阪大学細胞工学センター教授の意見)クローニングした遺伝子を組み換えることにより、宿主細胞にこれを導入してt-PA活性を持つ物質が産生したことが、組換t-PAの発明のエッセンスである。
t-PA遺伝子が発現したといえるためには、t-PAの一番重要な生物活性が確認されることが必要である。したがって、t-PAの発現を確認したというためには、組換t-PAの産生物が抗体と反応したこと及び血塊を溶解したことで十分と考えられる。
◇甲33(【L】京都大学医学部教授の意見)本件発明の本質は次の3点にある。
(1)世界で初めてt-PADNAのクローニングに成功した。
(2)このcDNAの塩基配列の解析を行い、t-PAmRNAの塩基配列を決定し、これによってt-PAのアミノ酸配列を明らかにした。
(3)組換DNAを発現させることにより、生理活性のある組換t-PAを産生させることを可能にした。
組換DNA技術を用いて初めてt-PAのcDNAクローニングと合成に成功した研究者の業績は、その開示に従ってt-PAのcDNAクローニング及び合成を追試することに比べると、科学的観点からみて両者の評価には雲泥の差がある。この開示に基づいて一部のアミノ酸を改変させたt-PAを合成することは、t-PAの構造・活性相関の研究には役立つが、改変されたt-PAの活性・安定性等の特性がこの開示に従って合成されたt-PAkの特性を著しく凌駕しない限り、改変の実用的価値はない。
7.4.3以上の専門家の意見を総合してみると、1982年当時を基準にして、次のように認められる。
(1)バリンとメチオニンとは、蛋白質の立体構造形成の上で近似の挙動をとる。
(2)タンパク質のアミノ酸配列におけるバリン→メチオニン変異は、蛋白質の機能に変化を与えない変異(中位変異)として頻度の高いものである。
(3)t-PAの245位は立体構造的蛋白質の疎水性領域内に埋没し、t-PAの生物活性にとって重要な部位ではない。
(4)t-PAのアミノ酸配列が分かれば、t-PAcDNAを製造し、その一部の塩基配列を変換して、アミノ酸残基が置換、欠失又は付加したt-PA変異体を製造することができる。
(5)A、B発明の本質は、t-PAcDNAを発現させて、生理活性のある組換t-PAを産生させたことにある。
(6)組換DNA技術を用いて初めてt-PAcDNAクローニングと合成を行うことと、その開示に従ってt-PAcDNAのクローニングと合成を行うこととの間には、科学的観点からみてその評価には大きな差異がある。
(7)t-PAのアミノ酸配列が開示に基づいてt-PA変異体を合成することは、それが元のt-PAの特性を著しく改善しない限り改変の実用的価値はない。
(8)クローニングエラーはしばしば生じること、そして、クローニングエラーは、ほとんどの場合、そのアミノ酸変異が蛋白質の機能に影響を与える重要な部位に起こるのではなく、重要でない部位において類似度の高いアミノ酸残基が置き換わることによって起こること、クローニングエラーによって得られた蛋白質が元の蛋白質と同等の効果を奏する場合には、クローニングエラーは蛋白質の機能に影響を与えない重要でない部位に類似度の高いアミノ酸残基が置き換わることによって起こったのであり、このため、このような変異が生じた蛋白質が元の蛋白質と同等の効果を奏するのであることは、それぞれ当業者の通常の知識に属するものであった。
7.4.4ここで、A、B発明の技術的課題からみると、次の事実が認められる。
米国第一、第二特許出願当時、天然t-PAに関しては、
(1)ヒトメラノーマ(黒色腫)セルライン(細胞株)がt-PAを分泌すること、
(2)メラノーマ由来のt-PAは免疫学的及びアミノ酸組成において正常組織から単離されたt-PAと区別し得ない特性を有すること、
(3)比較的純粋な形態で単離されたt-PAは高い活性を有する繊維素溶解因子であること、
(4)メラノーマセルラインから精製したt-PAはウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性因子(略称U-PA)に比較し、繊維素に対してより高い親和力を有していること、
(5)t-PAfは、血液、組織抽出物、血管灌流液及び細胞培養物中には非常に低濃度でしか存在していないため、血栓溶解剤としての可能性を更に深く研究することは困難であること、
(6)ヒト由来の他のタンパクを実質的に含まない高品質のヒトt-PAを必要充分な量で製造するために最も有効な方法は、組換DNA技術の適用であること、
が認識されていた(A発明の特許出願公告公報4欄19行から5欄2行。第一審判決別紙公報。
当時はt-PAは血栓溶解剤として有効な蛋白質であることが確認されていたものの、ヒトの組織を細胞培養して得られる天然t-PAを入手することができるにすぎず、また、その得られる量が極めて少ない上に、t-PAが非常に長い鎖構造であるために、血栓溶解剤としての研究開発を勧めることが困難であったと認められる。
一方、当時技術開発に進歩が著しかった組換DNA技術を用いて有用な蛋白質を生産することが実現しつつあり、世界各国においてt-PAなどの有用物質の開発競争が繰り広げられていた(乙76、弁論の全趣旨)。しかし、当時、組換DNA技術によってある種の有用蛋白質を生産できることが知られていても、天然t-PA自体からして微量しか入手できないことや、t-PAのmRNAはその濃度が極めて低い上に、非常に長い鎖構造であることなどの困難な技術的課題があったことから、t-PAが組換DNA技術によって生産できることを確実に予測することは困難であった(甲29〜31、33、53の1)このような状況下において、A、B発明の技術的課題は、t-PA及び組換DNA技術に関する公知の知見を基にして、組換DNA技術によるt-PAの充分な量の生産及びt-PAの血栓溶解剤としての開発にあったものである。
以上のとおり認められるところ、A、B発明が技術的課題を解決した経緯について明細書の記載から認められるところは、
第一審判決122頁末行以下(知的裁集1259頁以下)の三の項に示されてているとおりである。すなわち、A、B発明は、組換DNA技術によってt-PAを製造する際に必須のt-PAの全アミノ酸配列を解明し、当業者であれば天然t-PAに代えて組換DNA技術によって充分な量のt-PAを実際に入手できる具体的な技術情報を開示し、医薬品(血栓溶解)としての市場認可に先立って必要とされる動物実験及び臨床実験を遂行するのに充分な質及び量のt-PAを製造することを実施可能にし、技術的課題とした事項を解決したものと認められる。
7.4.5そうすると、A、B発明は組換DNA技術により得られたt-PAという物の発明を基礎とするものであり、そのように組換t-PAを得たという点に、A、B発明の本質があるものと認めるべきである。各特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列は、組換DNA技術によるt-PAを特定し、発明者がそのアミノ酸配列わ解明したことを宣言したt-PAを特定し、発明者がそのアミノ酸配列を解明したことを宣言したものと理解されるのであり、他の構成要件の記載と相まって、A、B発明のt-PAが組換DNA技術によるt-PAであると規定されていることになる。
そして、A、B発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を見る当業者は、そこに記載の効果を有する組換DNA技術によって産生されるt-PAの製造方法等を理解し、これに当業者の知識を併せてみることにより、組換DNA技術によって、従来方では入手できなかった十分な量のt-PAを容易に得ることができるようになったものと認められる。
ところで、本件優先権主張日当時においては、t-PAのアミノ酸配列が分かれば、そのt-PAの変異体を製造することが可能であったことは、7.4.3において認定したところであり、t-PAの特性を測定する方法も、A、B発明の明細書に開示されていることが認められる(A発明の特許出願公告公報41欄20行ないし45欄16行、B発明の特許出願公告公報45欄25行ないし49欄40行。
第一審判決別紙公報及び甲6)。
A、B発明の明細書には、「組換DNA技術を使用して、例えば、基本となるDNAの特定の部位に突然変異を誘発することにより、一個又は複数のアミノ酸の置換、欠失、付加又は転位によって種々変性された種々のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子誘導体を製造することが可能である。本明細書中で特に説明するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の一般特性である必須のクリングル(Kringle)領域とセリンプロテアーゼ領域とを維持しているが他の部分は前記の如く変性された誘導体の製造も可能である。ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の前記の如きアレル変異及び変性は、全て本発明の範囲内に包含される。」と記載され(A発明の特許出願公告公報8欄2行から15行、B発明の特許出願公告公報には更に、「それ故、本願発明の『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA』なる用語は、前記したヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のアレル変異体および誘導体をコードしているDNAをも包含している。」と記載されているが(甲119、乙38)、これは上記の事実に対応するものであり、出願人においても、変異体の製造が可能であることを認識してこれを開示し、このような変異体も、A、B発明の技術的範囲内のものであることを宣言しているものということができる。
そうすると、当業者は、A、B発明の明細書の開示及び本件優先権主張日当時の通常の知識に基づいて、より優れた特性を有するt-PAの探索等をする目的で、
特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列中の一部のアミノ酸残基を変異させることによって、容易に別異のアミノ酸配列を有するt-PAを製造し、得ることができるようになったものと認められ、前記7.4.3の(6)、(7)で認定した事実によると、このような変異体は、それが、変異前のt-PAに比して格別の実用的意味はないものと認められるのである。
そして、t-PAにおいては、245位の部位はt-PAの機能にとって重要な部位でなく、バリンとメチオニンとの変異は蛋白質の機能に影響を及ぼさない変異であって、かつ、変異体を製造することは容易にできるのであるから、245位のばりんをメチオニンに変異させることにより、A、B発明のt-PAと同等程度の機能を有する(本件優先権主張日)当時にあったものと認められる。
7.4.6ところで、被控訴人のmet-t-PAが得られた経緯については、
甲20(米国デラウェア連邦地方裁判所における、本訴の控訴人ほかを原告とし、
ザ・ウェルカム・ファンデーション・リミテッドほかを被告とする特許権侵害訴訟における1990年3月20日の証言記録)によれば、ウェルカム自身が、同訴訟においても、met-t-PAはクローニングエラーで得られたもので、計画された設計による変化により得られたものではないと証言し、合わせて、「置換されたメチオニン残基は、クリングル領域中にはあるが、蛋白質の疎水性領域に埋没し、
抗体産生を生じさせ得る分子表面には露出していないし、t-PAの内部の非常につつみこまれたクリングル構造群の一つに位置しているので、検出可能な範囲での生物活性に影響を与えなかった。」との事実を肯定する証言をしていることが認められる。
このことからすると、被控訴人のmet-t-PAは、クローニングエラーによって得られたものであり、しかも、t-PAの機能に影響のない部位での変異のものであると、その開発者自身が認識していたことになる。
被控訴人のmet-t-PAがこのようにして得られたものであるので、これを前提にして検討すると、上記7.4.3の(8)で認定したところから明らかなように、クローニングエラーによって得られた蛋白質については、その蛋白質が元の蛋白質と同等程度の効果を奏するものであるときには、そのような蛋白質は、蛋白質の機能に影響わ与えない部位において類似度の高いアミノ酸残基が置換することによって得られたものであり、そのようなクローニングエラーが生じることは、当業者にとって、十分に予測可能であったものということができる。このことに、
A、B発明の明細書中に「組換DNA技術を使用して、例えば、基本となるDNAの特定の部位に突然変異を誘発することにより、一個又は複数のアミノ酸の置換
欠失、付加又は転位によって種々変性された種々のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子誘導体を製造することが可能である。」とのきさいがあり、クローニングエラーがあっても同等の効果を奏するt-PAが得られ、A、B発明の技術的範囲に含まれることを出願人は認識し表明していることも勘案すると、機能に影響を与えない部位であることが知られている(すなわちt-PAの機能に影響を与えない置換が生じる可能性が高い部位であることが予測される)245位に、バリンと置換しやすくしかも機能に影響を与えないことが予測されるメチオニンが、クローニングで置換して、変異前のt-PAであるA、B発明のt-PAと同一の特性を有するものとして得られた被控訴人のmet-t-PAについては、本件優先権主張日当時を基準として、A、B発明のt-PAからの容易想到性を認めるべきものであることが明らかである。
7.4.7被控訴人は、米国第一、第二特許出願当時には蛋白質におけるバリン残基とメチオニン残基の差異が蛋白質の性質に与える影響について次の公知文献があった、と主張する。
(1)乙134(nature誌210号915から916頁)「......β鎖の98位のバリンがメチオニンに置換することはヘモグロビン分子の安定性に大きい影響をもたらす......」(アミノ酸1個の違いで性質に変化が生じた例といえる(乙85、22頁。)(2)乙105(THEJOURNALOFCLINICALINVESTIGATION誌52巻342〜349頁)ヘモグロビンオリンピアに関する。β鎖の20位のバリン残基がメチオニン残基に変化することにより、そのヘモグロビンを有している人は多血症になる。β鎖の20位はヘモグロビンの特別な機能に何等貢献しておらず、それゆえなぜこのような変化が生じたのかはっきりしていない(乙85、23頁)。
(3)乙109(THEJOURNALOFCLINICALINVESTIGATION誌53巻329〜333頁)β鎖の109位のアミノ酸残基がバリン残基からメチオニン残基に変化し、その結果生じるヘモグロビンの機能的異常により、これを有している人は多血症になり、頭痛、めまい等を訴えるようになる。アミノ酸変化部位であるβ鎖の109位は直接には蛋白質の機能に重要な役割を果たしていないが、しかし空間的にすぐ近くには、α鎖との結合部位があり、そこで109位がバリン残基からメチオニン残基に置換されることでα鎖との結合部位を構成いているアミノ酸残基の立体構造に微小な変化が生じて、その結果蛋白質の性質に影響が出たと推測させる(乙85の22頁)。
被控訴人はこのように、米国第一、第二特許出願当時、バリン残基とメチオニン残基との違いにより、病気を引き起こすような著しい性質上の差異が蛋白質に生じた例が報告されていた、と主張する。
7.4.8しかしながら、甲80(【D】東京工業大学教授の意見書)によれば、被控訴人が主張しているバリン残基とメチオニン残基との違いによる蛋白質の著しい性質上の差異は、置換された残基が、活性中心近傍であったりオリゴマータンパク質の会合面(サブユニット接触面)やその近傍にあるために、機能に直結する部位を占めている場合のものであることに起因するものであることが否定できないものと認められる。val-t-PAの245位のバリン残基がメチオニン残基に置換した被控訴人のt-PAが、A、B発明のt-PAで必須とされている特性を有するものである以上、被控訴人の主張に係る上記の事実関係を持ってしても、
被控訴人のt-PAと同等の特性を有することを予測できたとの前記認定を覆すことはできない。
なお、甲34(【M】ほか「急性心筋梗塞に対するGMK-527(alteplase:rt-PA)の静脈内持続投与の臨床的有用性に関する検討ウロキナーゼを対照薬とした多施設共同二重盲検比較試験」と題する「医学のあゆみ」vol.156No.61991.2.9所載の報文)に記載の、控訴人が米国で市販しているA発明の実施品たるt-PA製剤についての臨床試験報告と、
甲35(【N】ほか「急性心筋梗塞に対するSM-9527(duteplase,t-PA)の静脈内投与の臨床的有用性に関する検討-ウロキナーゼを対照とした多施設二重盲比較試験-」と題する「臨床評価」17巻3.4号所載の報文)に記載の被控訴人のt-PA製剤についての臨床試験報告には、血栓によって閉塞した冠動脈が、それぞれのt-PA製剤の投与によりどの程度に血栓が溶解されて動脈が開通するかということを、「TIMI(ThrombolysisInMyocardialInfarction)基準」を用いた「再開通率」で評価した結果が記載されており(甲34の図5、甲35のFig.2)、これらによると、両t-PA製剤の示した閉塞冠動脈の「再開通率」が近似しており、両t-PAの血栓溶解能(線容活性)が近似する者であることが推認される。
そして、甲63(【O】岡崎国立共同研究機構長(東京大学名誉教授)の意見)には、「控訴人のt-PAと被控訴人のt-PAのように、薬剤の効果を直接比較できない状況では、充分に確率された既存の薬剤を基準としてその効果を比較するのが、科学的にも合理的な最善の方法であり、薬剤検定の常道であるところ、上記甲34と35の報告記載からすると、両t-PAが臨床効果の上で有意な差があるとは認められない。invitro(試験管内)のどのようなデータも今のところの事実を覆すことはできない。」との趣旨の記載がある。
また、A、B発明の明細書には比活性(注1)についての言及がないことが認められることからすると、被控訴人が前記のように主張する両t-PAの比活性の差も、また、この主張を裏付けるかのような書証の記載も、met-t-PAとval-t-PAとの間での効果の相違を認めるに足りず、他に、met-t-PAが、.B発明が技術的課題としたt-PAの効果を有しないことを認めるに足りる証拠はない。
被控訴人は、met-t-PAとval-t-PAとでは、1箇所のアミノ酸残基が異なるだけなので、オクタロニー拡散法(注2)では両者の免疫原性に差があってもそれを検出することができず、たとえ検出できたとしても、ヒトに投与した場合に免疫原性に差が生じるか否かは実際にヒトに投与してみないと分からないとも主張するが、被控訴人のmet-t-PAも、前記のようにA、B発明の特許請求の範囲に記載されている特性を有するのであるから、被控訴人のこの主張をもってしても、met-t-PAとval-t-PAの間の効果の相違があるものとするこてはできない。
(注1)比活性(specificactivity)とは、25℃において酵素の蛋白質1mg当たり1分間に変換される基質のμmol数を意味する(甲94の1-3)。
(注2)オクタロニー拡散法とは、二重免疫拡散法型の沈殿反応で、寒天平板内を抗体が拡散して反応し、最適化のところに沈降線が形成されるのを観察する方法である(甲75の2)。
7.4.9ほかには、披控訴人のmet-t-PAがA、B発明のval-t-PAに比して格別の優れた特性を有することの主張立証はないので、特段の消極的要件(障害事由)が認められない限り、被控訴人のmet-t-PAはA.B発明のval-t-PAと均等のものであると認めるべきである。そこで、以下には、
均等に関する消極的要件の存否について判断を加える。
第8特許出願の経緯8.1A発明の特許出願経緯A発明の特許出願経緯は次の通りと認められる(甲2、12-15、19、乙1、8、9、弁論の全趣旨)。
8.1.1A発明の特許出願の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)には、特許請求の範囲として、「ヒト由来の他のタンパクを実質的に含有しないヒト組織プラスミノーゲン活性化因子。」に始まる15項が記載されていたが、その後控訴人の提出した昭和61年8月8日付け手続補正書により、特許請求の範囲が「ヒト由来の他のタンパクを実質的に含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性因子。」に始まる12項に補正され(乙8)、特許庁審査官は、昭和62年1月13日付けで補正後の特許請求の範囲の記載に基づき、A発明の特許出願について出願広告すべき旨の決定をした。
出願広告後会計28件の特許異議の申立てがあり、控訴人は、昭和63年12月15日付け手続補正書(甲2)により、特許請求の範囲を、
ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する。以下の特性を有する、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子:1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する2)フイブリン結合能を有する3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す4)くりんぐる領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る。
に始まる3項のものに補正した。控訴人が特許庁審査官あてに提出した同日付の上申書には、「請求に係る組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を明確にするため、該因子の生物学的並びに理化学的性状を特許請求の範囲に記載した。」との記載がある(乙9)。
8.1.2しかし、特許庁審査官は、平成2年3月30日付けで特許異議の申立ては理由があると決定するとともに(甲13)、同日付でA発明の特許出願について特許異議の決定に記載した理由によって拒絶すべきものと認める旨の拒絶査定をした(甲12)。特許異議の決定では、次のように認定判断されている。
出願人も答弁書の中で、「(組換t-PAが)天然t-PAと基本的に同じ生理活性を有するものであるが否かも予測することができなかった。」と述べているように、糖蛋白質についてはそのアミノ酸部分が同一で、その糖鎖部分のみが相違しただけであっても、目的とする糖蛋白質の生物学的性質(すなわち、生理活性等)を予測することは困難出会った。まして、糖蛋白質の生物学的性質の重要な部分を占めていると考えられ手いる蛋白質部分(アミノ酸配列の部分)が相違する場合には、その生物学的性質を予測することはなおのこと困難であつた。
(中略)明細書中には、天然t-PAの527個のアミノ酸配列のうち69番目から527番目までのアミノ酸配列を有し糖鎖部分を有さない蛋白質が、天然t-PAと同種の生物学的性質を有していることを確認した旨の記載がなされているが、69番目から527番目までのアミノ酸配列を部分的に改変した蛋白質を現に製造し、その生物学的性質についての知見を得たことを認めるに足りる記載を明細書中に見いだすことはできない。
(中略)そして、69番目から527番目までのアミノ酸配列の改変されたものについては、明細書中には何も具体的な説明がなされておらず、そのような蛋白質を現に製造し、その生物学的性質を確認したとも認められないので、その生物学的性質を予測することはできず、結局、該改変された蛋白質については技術的裏付けを伴って明細書中に開示されているものとは認められない。
(中略)特許請求の範囲各項の記載によれば、そこにいう「組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」とは、上記1)〜5)特性、すなわち、天然t-PAの有する性質として知られている特性を有するものならば、ヒト細胞以外の宿主細胞を用いて遺伝子組換技術により製造それたものである限り、いかなるアミノ酸配列を有するものであつてもことごとく包含するものであって、(中略)天然t-PAの69番目から527番目のアミノ酸配列を含むものばかりでなく、天然t-PAの69番目から527番目のうちのアミノ酸配列の改変された蛋白質も包含することが明らかである。したがって、発明の詳細な説明の項に技術的な裏付けを伴って記載されていない発明が特許請求の範囲に記載されているものと認められるので、本件出願は特許異議申立人の主張するとおり、特許法36条4項に規定する要件を満たしていないものと認められる。
8.1.3そこで、控訴人は、平成2年7月5日付けで審判請求をするとともに(甲14)、同日付けで手続補正書を提出し(甲15)、特許請求の範囲を、
「ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性:1)〜5)・・・・・・を有する、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子であって、以下の部分的アミノ酸配列を含んでいる活性化因子:(69〜527番目のアミノ酸配列を記載)」に始まる3項のものに補正し、「A発明は、発明の詳細な説明の項に技術的な裏付けを伴って記載されていない発明が特許請求の範囲の項に記載されているとみとめられるので特許法36条4項に規定する要件を満たしていない、という理由で拒絶査定を受けたものであるが、請求人(控訴人)は同日提出の手続補正書により、特許請求の範囲の補正を行った。これにより、拒絶査定の理由は解消したものと信じる。」と主張した。
8.1.4その結果、平成2年8月24日付けで、特許庁審査官により、拒絶査定の取消しとともにする特許査定があった。
8.2Bの発明の特許出願経緯B発明の特許出願経緯は次のとおりと認められる(甲107、乙30〜35、37〜40、弁論の全趣旨)。
8.2.1B発明の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)には、特許請求の範囲として、「(1)ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしている配列を含有するDNA配列。」に始まる7項が記載されており、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子についてアミノ酸配列の限定要件はなかったが、(乙30)、控訴人は、昭和61年10月13日付け手続補正書により、特許請求の範囲の記載を、「(1)実質的に、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA配列からなるDNA単離物。」に始まる7項に補正した(乙31)。
8.2.2しかし、特許庁審査官は、昭和62年8月28日付けで控訴人に対し、次の内容の拒絶理由を通知した(乙39)。
この出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備と認められるから、特許法36条3ないし5項規定にする要件を満たしていない。
記1特許請求の範囲において、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA配列が、“物質”として特定して記載されてない。
2特許請求の範囲1項の「実質的に」は不明である。
3特許請求の範囲には「形質転換微生物」、
「形質転換細胞」及び「形質転換された微生物または細胞」とあるが、明細書の開示に比べて広範に過ぎる。(例えば糸状菌夜食物細胞など)4B発明において用いられる、出発材料(startingmaterial)としての種々のプラスミドが、本件出願前当業者において容易に入手し得るものであることが明らかにされていない。
5B発明におけるATCC寄託微生物について、ATCCが発行するブタペスト条約第七規則に基づく受託証(国際様式)の写しが提出されていない。
6明細書66頁におけるプラスミドp△RTexsrcとpSRCex16とp△RISRCとの関係が不明瞭である。
8.2.3そこで、控訴人は昭和63年3月22日付け手続補正書により、特許請求の範囲を、
(1)第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体をコードしているDNA。
(2)第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはそのアレル変異体をコードしているDNA。
(中略)(7)形質転換された糸状菌を除く微生物又は形質転換された無脊椎若しくは脊椎動物細胞に於いて第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された糸状菌を除く微生物又は無脊椎若しくは脊椎動物細胞。
(8)形質転換された糸状菌を除く微生物又は形質転換された無脊椎若しくは脊椎動物細胞に於いて第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはそのアレル変異体をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された糸状菌を除く微生物又は無脊椎若しくは脊椎動物細胞。
(後略)と補正するとともに(乙34)、同日付け意見書を提出し、「出願人は、
組換技術により天然のt-PAと実質的に同一の活性を持った物質を大量に生産し世に提供するというB発明の思想の範囲内にあり、かつ、第5図に示されたアミノ酸配列及びDNA配列に基づいて容易に達成し得る他人の実施は、B発明の権利範囲に入ると解釈すべきであると考えているにすぎない。(中略)このような理念を具体化したのが、特許請求の範囲1項に記載の『第5図に記載のアミノ酸配列1〜527で示されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子またはヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体をコードしているDNA』であり、極めて妥当な権利範囲であると信ずる。」と主張した(乙35)。
8.2.4これに対し、特許庁審査官昭和63年8月9日付けで、控訴人に対し、次の内容の拒絶理由を通知した(乙37)。
特許請求の範囲に記載された発明は、その出願前国内において頒布された下記1の刊行物に記載された発明と認められるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。この出願は、明細書及び図面の記載が下記(イ)〜(ハ)の点で不備と認められるから、特許法36条3、4項に規定する要件を満たしていない。
記1NatureVol.301(1983.1.20)P214〜221第5図に記載されたt-PAのDNA配列及びこれに対応するアミノ酸配列と、
優先権主張に係る米国第一特許出願及び米国第二特許出願に記載された配列とは、
175.178及び191位のアミノ酸において相違し、前記第5図に記載された配列は、優先権主張に係る米国第三特許出願において、初めて開示されたものである。したがって、第5図を引用するB発明において、第一及び第二米国特許出願基づく優先権主張は認められず、当該優先日は米国第三特許出願の出願日と認められる。よって、米国第三特許出願の出願日前に頒布された上記引用刊行物は特許法第29条1項3号の「刊行物」に相当する。
(イ)特許請求の範囲に記載された「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の特性を有するその誘導体」及び「アレル変異体」は明細書の開示に比べて広範に過ぎる。(1、3及び7項の「誘導体」に関して、具体的実施例を伴った十分な裏付けが、詳細な説明中に認められない。また、2、4及び8項の「アレル変異体」がB発明のt-PAに関して存在することが明細書の記載から確認できない)。
(ロ)本件特許請求の範囲7及び8項の「糸状菌を除く微生物又は無脊椎若しくは脊椎動物細胞」という記載は明細書の開示に比べて広範に過ぎる。(本出願前の技術水準において、宿主-ベクター系が確立され、B発明のt-PA遺伝子が発現可能と認められる適切な宿主域を記載されたい。)(ハ)B発明において用いられるプラスミド(pE342、pEHER、pE342HBVE400.D22)が本出願前当業者において容易入手し得るものであることが依然として明らかにされていない。(これらのプラスミドが出願日前に頒布された文献中の記載において公知であるのみならず、第三者が容易に入手し得る状態にあつたことが説明されなければならない。)8.2.5そこで、控訴人は、平成1年2月1日付け手続補正書を提出し、特許請求の範囲を「1形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞中に於いて、下記のアミノ酸配列1〜527を有するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAを発現し得る組換え発現ベクターで形質転換された細菌、酵母または哺乳動物細胞:(アミノ酸配列1〜527位の記載)」と補正するとともに(乙38)、同日付け意見書を提出し、「同時提出の手続補正書により、特許請求の範囲から指摘の用語『誘導体』及び『アレル変異体』を削除した」と主張した(乙39)。
特許法29条1項3号に基づく拒絶理由に対しては、同意見書で、米国第一、第二特許出願とB発明の特許出願との間には要旨の変更がないとの意見を述べ、各米国特許出願に基づく優先権の主張をすることができると主張した。
8.2.6その結果、特許庁捜査官は、平成1年4月25日付けでB発明の特許出願について出願公告すべき旨の決定をし、被控訴人からの特許異議の申立てがあつたものの(乙40)、平成6年1月31日特許査定があつた。(甲107)。
8.3明細書の記載他方で、以上の拒絶理由通知拒絶査定のあつた経緯においても、A、B発明明細書の発明の詳細な説明に次の記載が維持され、あるいは挿入されて、特許査定に至っている。8.3.1A、B発明の明細書では、次の記載が維持されている。
「本発明により産生されるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子タンパクは、決定されたDNA遺伝子及び推定アミノ酸の配列決定によって定義されている。各個体毎に天然のアレル変異体が存在し及び/又は発生することは理解されよう。これらの変異は、全配列に於ける1個以上のアミノ酸の相違、又は配列中の1個以上のアミノ酸の欠失、置換、挿入、転位もしくは付加によって示される。更にグリコシル化の位置及び程度は宿主細胞環境の性質に依存するであろう。組換DNA技術を使用して、例えば、基本となるDNAの特定の部位に突然変異を誘発するとにより、
一個又は複数のアミノ酸の置換、欠失、付加又は転位によつて種々変性された種々のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子誘導体を製造することが可能である。本明細書中で特に説明するとヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の一般的特性である必須のクリングル(Kringle)領域とセリンプロテアーゼ領域とを維持しているが他の部分は前記の如く変性された誘導体の製造も可能である。ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子中の前記の如きアレル変異及び変性は、全て本発明の範囲内に包含される。」(A発明の特許出願公告公報7欄35行〜15行、B発明の特許出願公告公報10欄39行〜11欄19行。第一審判決別紙公報及び甲6)「更に、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の本質的特徴である活性が実質的に維持されている限り、物理的及び生物学的に類似した他の近縁のヒト外因性(組織)プラスミノーゲン活性化因子も本発明の範囲内に包含される。」(A発明の特許出願公告公報8欄15〜19行、B発明の特許出願公告公報11欄19〜23行。第一審判決別紙公報及び甲6)8.3.2B発明の明細書では、拒絶査定通知後の手続補正により、平成1年2月1日、発明の詳細な説明に次の記載が挿入されている(甲119、乙38)「それ故、本願発明の『ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNA』なる用語は、前記したヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のアレル変異体および誘導体をコードしているDNAをも包含している。」8.4判断以上の経緯からすると、特許請求の範囲にアミノ酸配列が特定して記載されるに至ったのは、特許請求の範囲に記載のアミノ酸配列からの変異体を含むt-PAについては実際の発現を得たものではなく、その実際の効果の記載が明細書の発明の詳細な説明になかったことから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることなどを必要とする特許法36条の要件に適合させようとした趣旨にあったものと認められる。新規性進歩性の要件を欠く場合に特許請求の範囲の記載を限定するときには、限定されたものを越えると新規性進歩性の要件を欠くことになり、権利主張する段階でこの超える部分を技術的範囲と主張することが許されないのであるが、上記のような経緯で補正された特許請求の範囲の記載により特許を付与された場合においては、発明の構成を特定する趣旨で特許請求の範囲の記載を明確にしたからといつて、特許権侵害訴訟において、特許発明技術的範囲を特定の特許請求の範囲の記載の技術そのままだけのものとしてしか主張できないものではないというべきである。
特許庁審査官が発した拒絶理由通知も、アミノ酸配列が改変されたt-PA一切が、特許請求の範囲に記載のt-PAの技術的範囲に含まれるものでないとの前提に立つものでないことは、その通知内容から明らかである。
したがって、出願経緯の事実関係も、前記の均等の認定判断を覆すものではない。また、控訴人が本件でしている技術的範囲に関する主張が禁反言に反するものということもできない。
第9被控訴人のt-PA(met-t-PA)の独自開発の主張について9.1そもそも、特許発明とは独自に発明をしたとしても、結果的に特許発明技術的範囲に属するものとなったとするならば、その実施は特許権侵害となる。置換可能性容易想到性が認められるなどの場合に当該技術、発明が特許発明均等のもとだとすると、模倣したとの点は、この二要件のいずれかを事実上推認させる要素となるものといえよう。反面においていえば、模倣したのではなく独自開発したとの被告側の主張は、特許権者から上記の推認させる間接事実が主張されたときの、これを覆すべき反対事実の主張として位置づけられることになる。そして、特許権侵害の有無は、被控訴人の意図いかんにかかわるものではないことからみると、独自開発の主張は、被控訴人の技術が特許発明均等のものでないとすることを裏付けるべき被告側の独立した主張にはなり得ないことになる。
本件において、原告側の控訴人の方からは、被告すなわち被控訴人のmet-t-PAがA、B発明のval-t-PAと均等のものであることの裏付けとして、
被控訴人のmet-t-PAの開発元であるジェネティックス・インスティテュート(GI社)においてA、B発明を模倣したとの主張がされているわけではない。
したがって、GI社のmet-t-PAの開発は、A、B発明とは別に独自にされたものであるとの被控訴人の主張は、その前提となる事実関係に入る間でもなく、
理由がないといわなければならない。
9.2のみならず、仮に独自開発の主張が均等であるとすることを覆す独立の事実主張となるものとしても、次のとおり、GI社のt-PAは独自に開発したものとは認められない。
まず、A、B発明の本質はt-PAcDNAを発現させた点にあると認められるところ(前記7.4.3)、t-PAcDNAを発現させるには、その前段階として、cDNAのスクリーニングによつて、t-PAcDNAを同定することが不可欠なのは自明の理である。ここで、GI社のt-PAの開発経緯をみると、次のように認められる。
乙53は、控訴人と英国法人ザ・ウェルカム・ファンデーション・リミテッドとの間でA、B発明のt-PAに係る特許の有効性が争われた英国の特許侵害訴訟において、GI社とコールドスプリングハーバー(GSH社)の共同開発にて、被控訴人のmet-t-PAのクローニングに成功した経緯を開示した年代記であるが(ウェルカム社から提出)、これによると、次の事実が認められる。
(1)1982年6月8日【P】がブローブをデザインするのに充分なN末端のアミノ酸配列を得た。
(2)1982年6月21日〜24日【Q】が3種の17マーから成る(オリゴヌクレオチドの)プールを8プール作った。
(3)1982年7月【R】が(上記)プールを用いてプライマー延長実験を行い、7月末にプールGを同定する。
(4)1982年12月t-PAcDNAが【S】の研究室で大腸菌用のベクターに、【T】の研究室で酵母用のベクターに組み込まれる。また【U】が、動物細胞に対する適切なベクターに、t-PAcDNAを組み込んだ。
(5)1983年1月13日【R】が、大腸菌によるt-PAコード配列の最初の発現を観察した。
(6)1983年1月14日COS細胞(サルの腎臓細胞)が(t-PAcDNAで)形質転換された。
(7)1983年1月17日COS細胞における最初の(t-PA)発現を確認した。
(8)1983年1月19日(大腸菌による)t-PAの発現が抗体抑制反応により確認された。
(9)1983年3月【U】がCHO細胞において、最初のt-PAの発現を確認した。
(10)1983年8月【U】が0.05μMMTX抵抗性で、3.5mU/細胞/目のt-PAを生産するCHO細胞株を得た。
以上のGI社のt-PAの開発経緯をみると、GI社が最初にt-PAの発現を観察したのは1983年1月13日であり、A、B発明の優先権主張日である米国第一特許出願日の1982年5月5日、及び【A】博士がオリゴヌクレオチドプローブ法を用いてt-PAcDNAのクローニングに成功したことを報告したスイス国ローザンヌでの会議の開催日(1982年7月23日)に比べると半年近く以上遅れている。
また、A、B発明の優先権主張日当時、t-PAcDNAのスクリーニング法トシテハ、オリゴヌクレオチドプローブ法のほかにも、抗体スクリーニング法、ハイブリッド選択法、プライマー延長法、などがあったことが認められるところ(甲105、甲122)、前記年代によれば、前記の【A】博士の報告の日(1982年7月23日)当時においても、GI社の【R】博士はプライマー延長法を実施していたことが明らかである。そして、【A】博士によるローザンヌ出の会議の発表の場にジェネティック・インスティテュート(GI社)の研究者も出席していたことは当事者間に争いがなく、上記年代記及び甲110(【R】博士の宣誓供述書)によれば、この発表後の1982年8月には、【R】博士がプライマー延長実験の完了を待たずにプールをGをプローブに用いてcDNAライブラリーのスクリーニングに取り掛かり、翌年1月13日にt-PAの最初の発現を観察したという経緯にあることが認められる。
そうすると、1982年7月時点では、GI社にとって、オリゴヌクレオチドプローブ法はいくつかのスクリーニング方法のうちの単なる一つの選択肢にすぎず、
いかなる手段が特に有効なスクリーニング手段として採用し得るかはいまだ確定段階に至っていなかったものと認められる。
そして、【A】博士の発表後に実施中のプライマー延長法の実験の完了を待たずにオリゴヌクレオチドプローブ法によるスクリーニングに取り掛かり、翌年の1月にt-PAの最初の発現をみたという事実経緯からすれば、【A】博士の発表が、GI社にオリゴヌクレオチドプローブ法を用いればt-PAcDNAの同定が可能であるとの確信を抱かせ、その後の研究に大きな方向付けを与え、その結果として実験の成功が導かれたものと認めざるを得ない。
以上のことを勘案すると、GI社はA、B発明の優先権主張日当時においてmet-t-PAを独自に開発していたとすることはできないというべきであり、GI社のmet-t-PAの開発経緯をもつて、均等を肯定することの障害事由とすることはできない。
第10結論以上示したところ以外には、均等を認めるに際して障害となるべき事実関係は認められず、結局、被控訴人のmet-t-PAをA、B発明のval-t-PAと均等のものと認めても、第三者の信頼を損なうものとは認められないというべきである。両t-PAは均等のものと認められる。
そして、イ号物件がA発明のうち特許請求の範囲1項に記載の発明の、イ号方法がA発明のうち特許請求の範囲2項に記載の発明の、イ号製剤がA発明のうち特許請求の範囲3項に記載の発明の、イ号細胞がB発明の、それそれ技術的範囲に属するものとすべき他の構成要件の具備については、被控訴人も明らかに争わないものと認められるので、上記の各イ号はそれぞれの特許発明技術的範囲に属するものというべきである。
被控訴人が、イ号細胞を培地で培養し、イ号方法を用いてイ号物件を製造、販売使用とし、イ号製剤を製造、販売していることは前記のとおりである。これらの被控訴人の行為は上記のようにA、B発明の特許発現を確認した。
(10)1983年8月【U】が0.05μMMTX抵抗性で、3.5mU/細胞/目のt-PAを生産するCHO細胞株を得た。
以上のGI社のt-PAの開発経緯を見ると、GI社が最初にt-PAの発現を観察したのは1983年1月13日であり、A、B発明の優先権主張日である米国第一特許出願日の1982年5月5日、及び【A】博士がオリゴヌクレオチドプローブ法を用いてt-PAcDNAのクローニングに成功したことを報告したスイス国ローザンヌでの会議の開催日(1982年7月23日)に比べると半年近く以上遅れている。
また、A、B発明の優先権主張日当時、t-PAcDNAのスクリーニング法トシテハ、オリゴヌクレオチドプローブ法のほかにも、抗体スクリーニング法、ハイブリッド選択法、プライマー延長法などがあったことが認められるところ(甲105、甲122)、前記年代記によれば、前記の【A】博士の報告の日(1982年7月23日)当時においても、GI社の【R】博士はプライマー延長法を実施していたことが明らかである。そして、【A】博士によるローザンヌでの会議の発表の場にジエネテイツク・インステイテユート(GI社)の研究者も出席していたことは当事者間に争いがなく、上記年代記及び甲110(【R】博士の宣誓供述書)によれば、この発表後の1982年8月には、【R】博士がプライマー延長実験の完了を待たずにプールGをプローブに用いてcDNAライブラリーのスクリーニングに取り掛かり、翌年1月13日にt-PAの最初の発現を観察したという経緯にあることが認められる。
そうすると、1982年7月時点では、GI社にとって、オリゴヌクレオチドプローブ法はいくつかのスクリーニング方法のうちの単なる一つの選択肢にすぎず、
いかなる手段が特に有効なスクリーニング手段として採用し得るかはいまだ確定段階に至っていなかったものと認められる。
そして、【A】博士の発表後に実施中のプライマー延長法の実験の完了を待たずにオリゴヌクレオチドプローブ法によるスクリーニングに取り掛かり、翌年の1月にt-PAの最初の発現をみたという事実経緯からすれば、【A】博士の発表が、GI社にオリゴヌクレオチドプローブ法を用いれば、t-PAcDNAの同定が可能であるとの確信を抱かせ、その後の研究に大きな方向付けを与え、その結果として実験の成功が導かれたものと認めざるを得ない。
以上のことを勘案すると、GI社はA、B発明の優先権主張日当時においてmet-t-PAを独自に開発していたとすることはできないというべきであり、GI社のmet-t-PAの開発経緯をもって、均等を肯定することの障害事由とすることはできない。
第10結論以上示したところ以外には、均等を認めざるに際して障害となるべき事実関係は認められず、結局、被控訴人のmet-t-PAをA、B発明のval-t-PAと均等のものと認めても、第三者の信頼を損なうものとは認められないというべきである。両t-PAは均等のものと認められる。
そして、イ号物件がA発明のうち特許請求の範囲1項に記載の発明の、イ号方法がA発明のうち特許請求の範囲2項に記載の発明の、イ号製剤がA発明のうち特許請求の範囲3項に記載の発明の、イ号細胞がB発明の、それぞれ技術的範囲に属するものとすべき他の構成要件の具備については、被控訴人も明らかに争わないものと認められるので、上記の各イ号はそれぞれの特許発明技術的範囲に属するものというべきである。
被控訴人が、イ号細胞を培地で培養し、イ号方法を用いてイ号物件を製造、販売しようとし、イ号製剤を製造、販売していることは前記のとおりである。これらの被控訴人の行為は上記のようにA、B発明の特許権を侵害するものであり、控訴人が求める差止請求、廃棄請求はすべて理由がある。
目録一ボーズメラノーマ細胞から取り出したmRNAより、cDNAライブラリーを作成して、天然ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のアミノ酸配列解析より得られた第一二番目から第一七番目のアミノ酸配列に対応する一七ヌクレオチドをプローブとしてスクリーニングを行い、その結果得られたcDNA断片をプローブとして更にスクリーニングを行うことを繰り返して得られた、目録五記載のアミノ酸配列を有する組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているcDNA及び翻訳されないマウスのDHFRcDNAを含み、二個のSV40由来の転写促進因子とアデノウィルス由来のプロモーターを有する発現ベクターと、マウスのDHFRをコードしているcDNAを含み、アデノウィルス由来のプロモーターを有する発現ベクターとによりチャイニーズ・ハムスター卵巣DUKXーB11細胞を同時形質転換して得られる組換チャイニーズ・ハムスター卵巣AJ19細胞目録二目録一記載の細胞を培養して得られた、目録五記載のアミノ酸配列を有し、以下の特性を有する組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子1プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する、
2フィブリン結合能を有する、
3ヒト子宮細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す、
4クリンル領域及びセリンプロテアーゼ領域として、目録五記載のアミノ酸配列を有する、
5主として二本鎖タンパクとして存在する。
目録三目録一記載の細胞を培地で培養して、目録二記載の組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を得て、次いでこれを単離精製する、組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造方法目録四目録二記載の組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の塩酸塩を含有する紛末状注射用製剤
裁判官 上野茂
裁判官 竹原俊一
裁判官 塩月秀平