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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成15ワ29850職務発明等に対する相当対価等請求事件 判例 特許
平成11ワ101特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ネ1567損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成11ワ8434特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  方法の発明 /  物を生産する方法 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実質的に同一 /  警告 /  実施料相当額 /  時効 /  援用権(援用) /  存続期間 /  出願経過 /  参酌 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  業として /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 9年 (ワ) 24711号 損害賠償請求事件
原告 ノーザン・テレコム・リミテッド右代表者 【A】 右訴訟代理人弁護士 奥野泰久
同 内田公志
同 西村光治
同 土井悦生右補佐人弁理士 【B】
被告 日本サムスン株式会社右代表者代表取締役 【C】 右訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 田中克幸
同 那須健人右補佐人弁理士 【D】
同 【E】
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/01/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は、原告に対し、金一〇二億三七三九万二〇〇〇円及び、うち金一億九〇四四万円に対する平成二年一月一日から、うち金二億三九二五万円に対する平成三年一月一日から、うち金三億一七五八万円に対する平成四年一月一日から、うち金四億六三四二万八〇〇〇円に対する平成五年一月一日から、うち金七億九四八八万円に対する平成六年一月一日から、うち金一九億七四八二万二〇〇〇円に対する平成七年一月一日から、うち金三五億八七〇四万円に対する平成八年一月一日から、うち金二六億六九九五万二〇〇〇円に対する平成九年一月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
一 争いのない事実等1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明」という。)を有していた。
特許番号 第一二五七一七五号 発明の名称 アルミニウムと酸化アルミニウムの気体エッチング方法 優先権主張 一九七六年(昭和五一年)八月一六日 出願日 昭和五二年八月二日 登録日 昭和六〇年三月二九日 存続期間満了日 平成九年八月二日 特許請求の範囲第1項「酸化アルミニウムの表面層を有するアルミニウムの気体エッチング方法において: 気体状三塩化ホウ素の存在中でプラズマエッチングすることによって、該酸化アルミニウムの表面層を除去する最初の工程の後に、気体エッチングでアルミニウムをエッチングすることを含むことを特徴とする気体エッチング方法。」2 本件発明の構成要件は、次のとおりに分説できる。
A 酸化アルミニウムの表面層を有するアルミニウムの気体エッチング方法に関するものであること。
B 気体状三塩化ホウ素の存在中でプラズマエッチングすることによって、該酸化アルミニウムの表面層を除去する最初の工程を含むこと。
C 右Bの最初の工程の後に、気体エッチングでアルミニウムをエッチングすることを含むこと。
3 被告は、大韓民国法人三星電子株式会社(以下「サムソン」という。)の日本における子会社であり、サムソンが製造した半導体製品を業として日本に輸入し販売している。
二 本件は、原告が、被告が輸入販売している半導体製品はサムソンが本件発明の気体エッチング方法を使用して製造したものであるから、被告による右輸入販売は本件特許権を侵害すると主張し、不法行為による損害賠償又は不当利得の返還(選択的)として、前記第一(請求)記載の金員の支払を求める事案である。
争点及び当事者の主張
一 サムソンが半導体製品の製造工程において行っているアルミニウムのエッチング方法が本件発明の技術的範囲に属するかどうか。
1 原告の主張(一) サムソンは、半導体製品の製造工程において、別紙第一目録記載のとおりに特定されるアルミニウムのエッチング方法(以下「原告主張方法」という。)を行い、半導体製品を製造しているところ、原告主張方法は、本件発明の技術的範囲に属する。
(二) 本件発明の「プラズマエッチング」なる用語にイオンの物理的衝撃によるエッチングを伴うエッチング方法を排除する意味がないことは、その文言上一義的に明確である。また、本件特許権に係る特許出願(以下「本件特許出願」という。)の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には、本件発明の「プラズマエッチング」からイオンの衝突を伴う場合が排除されることを示す具体的な記載はなく、逆に「高周波電力がイオン衝撃によりフォトレジストに打撃を与えない程十分に低いこと」等、イオンの衝突があることを前提とする記載がある。このように、本件発明の「プラズマエッチング」なる用語にイオンの物理的衝撃によるエッチングを伴う場合のエッチング方法を排除する意味がないことは本件明細書の記載により一義的明確に解釈できるから、その解釈に当たり本件特許出願の出願経過参酌することは許されない。
(三) 原告は、本件特許出願の審査過程において、「プラズマエッチング」の用語を、イオンの衝突が伴う場合のエッチング方法を排除する趣旨で用いたことはないから、出願経過参酌したとしても、本件発明の「プラズマエッチング」からイオンの衝突を伴う場合が排除されると解釈することは誤りである。
(四) 本件特許出願について、特願昭五一・四〇九四三号(昭和五一年四月一三日出願、昭和五二年一〇月一八日に特開昭五二・一二三九三八号公開特許公報により公開)の最初の明細書に記載された発明(以下「富士通先願」という。)が先願としての地位を有しているとしても、富士通先願においては、エッチャントとして抽象的にハロゲン化合物を指定し、発明の詳細な説明中において、ハロゲン化合物の例示の末尾に三塩化ホウ素が見られるにすぎず、ハロゲン化合物の中における三塩化ホウ素固有の作用効果は一切開示されていない。これに対し、本件発明は、従来、アルミニウムをエッチングするのにプラズマエッチングもスパッタエッチングも時間がかかり、商業的に可能でないと考えられていたのを、エッチャントとして三塩化ホウ素を用いて酸化アルミニウムをエッチングすることにより、極めて早いエッチングを可能にしたものであり、酸化アルミニウムのためのエッチャントとして特に三塩化ホウ素が優れた作用効果を有することを明らかにしたものである。
このように、本件発明と富士通先願とは、技術的課題、作用効果及び構成が全く異なるから、富士通先願に、反応性スパッタエッチング(イオン衝突の物理的衝撃によるエッチングと化学反応によるエッチングが併存している気体エッチング)においてハロゲン化合物をエッチャントとする技術が開示されているからといって、
本件発明の「プラズマエッチング」がイオン衝突を伴う場合を排除することにはならない。
2 被告の主張(一) サムソンが半導体製品の製造工程において原告主張方法を行っていることは否認する。
サムソンが半導体製品の製造工程において行っているアルミニウムのエッチング方法は、別紙第二目録(以下「被告目録」という。)記載のとおりに特定されるエッチング方法(以下「被告主張方法」という。)である。
(二) 本件発明の「プラズマエッチング」なる用語は、文言上、化学反応を利用したエッチング方法を意味するものと解釈され、イオンの衝突という物理的衝撃を利用するスパッタエッチング(そのうち、物理的衝撃のみを利用し、化学反応を利用しない場合を「狭義のスパッタエッチング」という。)とは明確に区別される。また、本件明細書には「高周波電力がイオンの衝撃によりフォトレジストに打撃を与えない程十分に低いこと」との記載があり、これによると、本件発明の「プラズマエッチング」からは、イオンの物理的衝撃を利用したエッチング方法が明確に排除されているといえる。
このような「プラズマエッチング」の用語の解釈は、特許出願人である原告が、
本件特許出願の審査過程において、狭義のスパッタエッチング及び反応性スパッタエッチングとプラズマエッチングとは、イオンの衝突を伴うか否かという基準により明確に区別されると主張していたことからも基礎付けられる。
さらに、本件特許権に関しては、富士通先願が先願としての地位を有しているところ、富士通先願には、反応性ガスを使用したスパッタエッチング(反応性スパッタエッチング)が開示されており、また、その公開特許公報には、不活性ガス(反応しにくい気体)を利用した高周波スパッタエッチング(狭義のスパッタエッチング)が従来技術として述べられている。後願である本件特許権が先願である富士通先願の権利範囲に属する技術や公知技術を含むことはあり得ないから、本件発明の「プラズマエッチング」には、狭義のスパッタエッチング及び反応性スパッタエッチングは含まれないというべきである。
以上のとおり、本件発明の「プラズマエッチング」は、イオンの衝突という物理的衝撃を利用しない純然たる化学反応を利用したエッチング方法を意味し、狭義のスパッタエッチング及び反応性スパッタエッチングというイオンの物理的衝撃を利用するエッチング方法は右の「プラズマエッチング」に含まれないと解釈される。
(三) 被告主張方法は、イオンの衝突という物理的衝撃を利用して酸化アルミニウムをエッチングする方法であるから本件発明の技術的範囲に属さない。
(四) また、仮にサムソンが原告主張方法を行っているとしても、原告主張方法における酸化アルミニウムのエッチング方法は、イオンの衝突という物理的衝撃によるエッチングと化学反応によるエッチングが併存する反応性スパッタエッチングであるから、サムソンが行っているアルミニウムのエッチング方法は、本件発明の「プラズマエッチング」には当たらず、したがって、本件発明の技術的範囲に属さない。
二 本件発明が「物を生産する方法の発明」であるかどうか。
1 原告の主張 本件発明は、半導体デバイスないし装置を生産する方法の発明である。
発明が物を生産する方法の発明であるためには、その実質が物を生産する方法の発明であることが必要であり、かつそれで十分であって、特許請求の範囲に生産物が記載されていることは必ずしも必要でない。
本件明細書には「本発明は、・・・半導体デバイスの製造の際に・・・エッチングする方法に関する」と明記され、本件発明は、もっぱら半導体装置の製造工程において用いられている。
したがって、本件発明は、物を生産する方法の発明であるから、本件発明を使用して生産された物を輸入販売する行為は、本件発明の実施に当たる。
2 被告の主張 方法の発明には、いわゆる単純方法の発明物を生産する方法の発明があるが、
特許請求の範囲の記載について、「物を生産する方法の発明」では、「原材料、生産工程、生産条件(化合物、組成物の製造法の発明のときは、温度、圧力、時間など)、生産物を順を追って記載する。」とされているのに対し、単純方法の発明では、「加工、処理、操作の条件及びそれに関連する物を記載する。」とされている。
本件明細書の特許請求の範囲には、プラズマエッチング方法という処理方法とそれに関連する物質が記載されているだけであるから、本件発明は、物を生産する方法の発明ではなく、単純方法の発明である。
単純方法の発明は、その方法を我が国で使用する行為のみが発明の実施に当たり、外国で本件発明を使用して生産された物を輸入販売する行為は、本件発明の実施に当たらない。
三 原告の損害額(被告の不当利得額) 1 原告の主張(一) 被告は、原告主張方法を用いて製造された半導体製品を輸入し、販売しているところ、その販売額は次の金額を下回らない。
期 間 販売額(百万円) 平成元年 六、三四八 平成二年 七、九七五 平成三年 一〇、五八六 平成四年 一五、四四七・六 平成五年 二六、四九六 平成六年 六五、八二七・四 平成七年 一一九、五六八 平成八年 八八、九九八・四 合 計 三四一、二四六・四(二) 本件発明の実施料は、右販売額の三パーセントを下回らないから、被告は原告に対し、少なくとも次の実施料相当額の損害賠償義務がある。
期 間 実施料相当額(千円) 平成元年 一九〇、四四〇 平成二年 二三九、二五〇 平成三年 三一七、五八〇 平成四年 四六三、四二八 平成五年 七九四、八八〇 平成六年 一、九七四、八二二 平成七年 三、五八七、〇四〇 平成八年 二、六六九、九五二 合 計 一〇、二三七、三九二(三) 被告は、原告主張方法を使用して製造された半導体製品の輸入販売により、
右(二)の実施料相当額の利得を法律上の原因なくして得ており、原告は同額の損失を被った。被告の右利得と原告の右損失の間には因果関係がある。
四 消滅時効の成否 1 被告の主張 被告は、遅くとも平成五年までに、原告のライセンシーであった三洋電機株式会社から本件特許権の侵害についての警告を受けており、本訴提起の日である平成九年一一月一八日より三年以上前の不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅している。
被告は、右時効援用する。
2 原告の主張 原告の主張を争う。
当裁判所の判断
一 争点一について1 証拠(甲二の一ないし三、甲五、二一、乙四ないし七、九ないし一二)と弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 一般的な技術文献である「絵でわかる半導体とIC」のドライエッチングの項に、「ドライエッチングには、プラズマエッチング、スパッタエッチング、反応性イオンエッチングの三種類があります。」との記載に続き、プラズマエッチングについて、「プラズマエッチングは、反応しやすい気体をプラズマでイオンにして、エッチングしたい材料と化学反応を起こさせて気体とともに除去する方法です。」、スパッタエッチングについて、「スパッタエッチングは、不活性ガス(反応しにくい気体)をイオンにして試料に衝突させ、その衝撃でエッチング部分を物理的に削り取る方法です。」、反応性イオンエッチングについて、「反応性イオンエッチングは、RIE(Reactive Ion Etching)といわれ、プラズマエッチングとスパッタエッチングの中間の性質をもちます。反応性の気体と、不活性の気体を合わせてエッチングに使います。」と記載されている。
(二) 一般的な技術文献である「薄膜作製応用ハンドブック」のプラズマエッチングの項に、「ドライエッチングといえばプラズマエッチングのことをいうぐらい、
プラズマエッチングは加工ではなじみのある技術となっている。反応はプラズマによる分解生成された活性な分子(注:物理化学的な厳密な定義からは離れるが、化学的に活性であることから、ラジカルと一般にいわれている)による化学的効果と基板表面に形成されるイオン・シースで加速されたイオンによる物理的効果とその相乗効果によっている。」と記載されている。
(三) 本件明細書の発明の詳細な説明には次の記載がある。
(1) 「プラズマエッチングにおいて、エッチング用気体分子は高周波プラズマ中で分解されて加工物と反応する化学的に活性の基になる。エッチングが生じ、そして反応生成物が揮発性であるならば、反応は反応物の一つ又はそれぞれ以上が完全に除去されるまで続く。」(特許公報(甲二の一)3欄一九行ないし二四行)(2) 「プラズマのパラメータの拘束条件は、高周波電力がイオン衝撃によりフォトレジストに打撃を与えない程十分に低いこと、」(同公報5欄二一行ないし二四行)(3) 「BCl3を選択したのは次の仮定に基づいている。すなわち、プラズマ中においてBCl3はBCl2とCl基に分離し、BCl2は多分揮発性塩素酸を経由してAl2O3を除去する強い還元剤であり、Clは揮発性AlCl3を経由してアルミニウムエッチングのために利用できるという仮定である。」(同公報5欄四四行ないし6欄六行)(四) 本件明細書には本件発明の「プラズマエッチング」の用語を直接定義した記載はない。
(五) 本件特許権の出願経過は次のとおりである。
(1) 原告は、昭和五二年八月二日、本件特許出願を行い、本件特許出願は、昭和五七年九月二七日、出願公告された。特許請求の範囲第1項は、「最初の工程で気体状三ハロゲン化物の存在中でプラズマエッチングすることを特徴とするアルミニウムと酸化アルミニウムの気体エッチング方法。」というものであった。
(2) これに対して、富士通株式会社は、同年一一月二七日、本件特許出願に係る発明は昭和五一年四月一三日に同社が出願し、昭和五二年一〇月一八日、特開昭五二・一二三九三八号公開特許公報により出願公開された富士通先願と実質的に同一であるから特許法29条の2に該当し、同法49条1号により拒絶されるべきであるとして特許異議を申し立てた。
右公開特許公報には、次の記載がある。
@ 特許請求の範囲「真空容器内にエッチング用ガスを流通させながら、該容器内に配設された電極に高周波電圧を印加することにより、被処理物体をスパッタエッチングする処理方法において、前記エッチング用ガスとしてハロゲン化合物を用いることを特徴とするスパッタエッチング処理方法。」A 発明の詳細な説明「本発明は、スパッタエッチング処理方法に関し、特に各種の半導体(例えばSi、GaAs等)、絶縁物(たとえば、SiO2、Si3N4 、Al2O3等)、金属(たとえばAl、Pt、Au等)のエッチング処理方法に関するものである。」「従来の高周波スパッタエッチングはエッチング速度が遅く、処理に長時間を要するという欠点がある。したがって、本発明はこのような従来のスパッタエッチング処理方法の欠点を除去することを目的としている。かかる目的に沿って、本発明者等は・・・エッチング用ガスとして、従来一般に用いられているアルゴンのような不活性ガスに代えて、ハロゲン化合物のガスを用いることにより優れた効果が得られることを見出し、本発明を完成した。」「本発明方法では、各種のハロゲン化合物が用いられるが、その代表的なものを例示すれば次の通りである:A)ないしF) 省略G) SiCl4 SiCl2H2 BBr3 BCl3ハロゲン化合物が、エッチング用ガスとして不活性ガスより優れた効果を発揮するのは、不活性ガスでは不活性ガス原子の加速イオンが試料表面原子をスパッタして単に物理的にその表面を削り取るだけであるのに対し、ハロゲン化合物ではこの物理作用と同時に化学作用が加わり、一種の化学エッチングも行われるためと考えられる。」(3) 原告は、昭和五八年八月一二日付けの手続補正書により、特許請求の範囲第1項の記載を「最初の工程で気体状三塩化ホウ素の存在中でプラズマエッチングすることを特徴とするアルミニウムと菌(酸の誤記)化アルミニウムの気体エッチング方法。」とした。
(4) 特許庁審査官は、本件特許出願に係る明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明が富士通先願と実質的に同一であるから特許法29条の2に該当するとして、右特許異議の申立は理由があるものと決定し、本件特許出願について拒絶査定をした。
(5) 原告は、昭和五九年八月一三日、右拒絶査定に対する審判を請求し、同年九月一二日付け手続補正書により、特許請求の範囲第1項の記載を、前記第二の一1のようにした。その後、原告は、右審判手続において、同年一〇月三〇日付け(第1)審判請求理由補充書を提出し、右補正後の本件特許出願に係る発明(本願発明)と富士通先願とが同一でない理由を、(@)プラズマエッチング及びスパッタエッチング、(A)酸化アルミニウムと三塩化ホウ素、(B)酸化アルミニウムの表面を有するアルミニウムの三点から主張した。(@)プラズマエッチング及びスパッタエッチングでは、「プラズマエッチングは、プラズマ中の遊離基(ラジカル)と被加工物を反応せしめ、揮発性の高い成分を生成し、被加工物の一部を除去するエッチングである。従って、これは、化学的手法である。・・・これに対して、スパッタエッチングは、イオンを被加工物に衝突せしめ、被加工物の表面の原子をスパッタし(はじき出し)、被加工物の一部を除去するエッチングである。これは、化学的反応を共なうことでもあるが、一応物理的手法であると言える。」として、それぞれのエッチング方法の違いを指摘し、さらに、「スパッタエッチングにおいては、イオンを被加工物に衝突せしめるため、ウエハーを損傷せしめてしまうという危険性がある。・・・これに対して、プラズマエッチングにおいては、イオンの衝撃ということを利用しないので、ウエハーを損傷せしめるということが少ない。」として、プラズマエッチングでは、イオンの衝撃を利用しないことによる利点があるとしたうえで、「上記した通り、プラズマエッチングとスパッタエッチングとは、全く別個のエッチングであり、両者は明確に区別される。」と結論づけた。そして、これに続けて、「本願発明においては、酸化アルミニウムを気体状三塩化ホウ素の存在中でプラズマエッチングすることを含む」のに対し、「先願には、スパッタエッチング乃至は、反応性スパッタエッチングが開示されている。そして、先願には、イオンの衝突を共なわないプラズマエッチングについては全く記載を示唆もなされていない。したがって、上記の通りの特徴を含む本願発明と先願発明とが同一であるとは言えない。」と主張した。(A)酸化アルミニウムと三塩化ホウ素、(B)酸化アルミニウムの表面を有するアルミニウムにおいても、右(@)のプラズマエッチングとスパッタエッチングとの違いを述べて、本願発明と富士通先願とが同一でないことを主張する記載が存する。
(6) 昭和五九年一二月四日、本件特許出願について登録査定がされた。
2 右1(一)、(二)のとおり、ドライエッチングの一種である「プラズマエッチング」なる用語は、一般の技術文献上その意味が一義的に定まるものということはできないから、本件発明の「プラズマエッチング」の意味は、文言上一義的に明確であるとはいえない。
本件明細書の発明の詳細な説明(甲二の一ないし三)には、右1(四)のとおり、
「プラズマエッチング」に関する直接の定義はないが、本件発明の「プラズマエッチング」においては、三塩化ホウ素が高周波プラズマ中で分解されて化学的に活性な基を生じ、これが酸化アルミニウムと化学反応して揮発性化合物を生じ、これによって、酸化アルミニウムがエッチングされ、化学反応によってアルミニウムがエッチングされる旨記載されており(右1(三)(1)、(3))、イオンの衝突による物理的衝撃によりエッチングが行われるとの記載はない。
また、本件明細書の発明の詳細な説明には、イオンの衝撃があるとしても、それはフォトレジストに打撃を与えない程十分に低い旨記載されている(右1(三)(2))ところ、この記載は、イオンの衝撃があるとしても、それは十分低いので、フォトレジストに損傷を与えない趣旨と解される。弁論の全趣旨によると、フォトレジストは酸化アルミニウムよりも軟らかいと認められるから、本件発明の「プラズマエッチング」は、イオンの衝突が起こるとしても、それはその衝突による物理的衝撃によりエッチングが生じない程度のものであると理解することができる。この点について、原告は、本件明細書の発明の詳細な説明中の右記載は、フォトレジストに下地まで露出貫通するような損傷を与えないという趣旨であり、イオンの衝撃が、
フォトレジストに下地まで露出貫通するような損傷を与えないからといって、酸化アルミニウムにエッチングが生じないということはできないと主張するが、「打撃を与えない程十分に低い」との文言を、原告が主張するように限定して解することは困難であるから、原告の右主張を採用することはできない。
さらに、前記1(五)(5)のとおり、原告は拒絶査定に対する審判手続において、プラズマエッチングは化学反応によるエッチングであり、イオンの衝撃を利用しないのに対し、スパッタエッチングはイオンの衝突による物理的衝撃によるエッチングであり、両者は全く別個のエッチングであって明確に区別されると述べ、これを前提として、本件発明は、酸化アルミニウムを気体状三塩化ホウ素の存在中でプラズマエッチングすることを含むことを特徴とするのに対し、富士通先願には、スパッタエッチング又は反応性スパッタエッチング(弁論の全趣旨によると、これは、前記1(一)の文献にいう「反応性イオンエッチング」と同義と認められる。)が開示されているが、イオンの衝突を伴わないプラズマエッチングについては全く記載も示唆もないから、本件発明と富士通先願とが同一であるとはいえないなどと説明している。
以上述べたところを総合すると、本件発明の「プラズマエッチング」なる用語は、右1(一)の文献にいうプラズマエッチングの意味で使用されているものと認められ、化学反応によるエッチングにイオンの衝突による物理的衝撃によるエッチングが伴うエッチング方法(反応性スパッタエッチング)は本件発明の「プラズマエッチング」には含まれないというべきである。
なお、原告は、本件発明と富士通先願とは、技術的課題、作用効果及び構成が全く異なるから、富士通先願に、反応性スパッタエッチングにおいてハロゲン化合物をエッチャントとする技術が開示されているからといって、本件発明の「プラズマエッチング」がイオン衝突を伴う場合を排除することにはならないと主張する(前記第三の1(四))が、右認定のとおり、本件発明の「プラズマエッチング」なる用語は、反応性スパッタエッチングを含まないと解されるのであって、本件発明が富士通先願と実質的に同一であるか否かは、右認定を左右しないというべきである。
3 原告は、サムソンが半導体製品の製造工程において行っているアルミニウムのエッチング方法は原告主張方法のとおりであると主張する。
証拠(甲三、六)と弁論の全趣旨を総合すると、サムソンが半導体製品の製造工程において行っているアルミニウムのエッチング方法は、帯電したイオンの衝突による物理的衝撃によるエッチングを含むもの(化学反応によるエッチングが存するとしても、反応性スパッタエッチングである)と認められるから、サムスンの行っているエッチング方法が本件発明の「プラズマエッチング」に当たるとは認められず、他にサムスンが本件発明の「プラズマエッチング」を行っていたことを認めるに足りる証拠はない。
二 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 榎戸道也
裁判官 杜下弘記