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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ26092特許権侵害差止請求事件 判例 特許
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平成13ワ24120特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 10年 (ワ) 4498号 特許権侵害行為差止等請求事件
原告 住友ゴム工業株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 小松陽一郎
同 池下利男
同 村田秀人右補佐人弁理士 【B】
被告 セイコー株式会社右代表者代表取締役 【C】 右訴訟代理人弁護士 古城春実
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2000/06/08
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
事実及び理由は、別紙「事実及び理由」のとおりであり、それによれば、原告の請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(平成一二年三月一三日口頭弁論終結)
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(別紙)事実及び理由第1請求1被告は、別紙イ号目録、ロ号目録、ハ号目録及びニ号目録記載のゴルフクラブを製造し、販売し、販売の申出をし、又は販売のために展示してはならない。
2被告は、前項記載のゴルフクラブを廃棄せよ。
3被告は、原告に対し、金2435万4000円及びこれに対する平成10年5月15日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要(争いがないか弁論の全趣旨により明らかに認められる。)1原告の特許権原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
(1)発明の名称打球具(2)出願日昭和60年6月12日(特願昭60-127752)(3)出願公告日平成5年5月18日(特公平5-33071)(4)登録日平成9年7月4日(5)登録番号第2130519号(6)特許請求の範囲本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の平成9年2月26日付手続補正書の該当欄記載のとおりである(以下、同特許請求の範囲中請求項1記載の発明を「本件発明」という。なお、本判決添付の特許公報を「本件公報」という。)。
2本件発明の構成要件の分説本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
(1)全体の形態がゴルフクラブであって、
(2)ゴルフボールを打撃するクラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときの該クラブヘッドのメカニカルインピーダンスが、一次の極小値を有するように構成し、
(3)該一次の極小値が、前記ゴルフボールのメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数の近傍の周波数領域に有り、
(4)さらに、該クラブヘッドのメカニカルインピーダンスが、周波数領域600Hz〜1600Hzに於て、一次の極小値を有すること(5)を特徴とする打球具。
3被告の行為被告は、別紙イ号目録ないし二号目録記載の各商品名のゴルフクラブ(以下、各目録記載の商品名のゴルフクラブを「イ号製品」等といい、全体を併せて「被告製品」という。)を製造し、販売し、販売の申出をし、及び販売のために展示している。
第3原告の請求本件で、原告は、被告に対し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属するから、それらの製造、販売等は本件特許権を侵害するとして、@本件特許権に基づき、被告製品の製造、販売等の差止め及び廃棄を請求するとともに、A平成9年11月16日から平成10年5月15日までの被告製品の製造、販売等によって原告は2435万4000円の損害を受けたとして、本件特許権の侵害に基づく損害賠償を請求した。
第4争点被告は、本件において、@被告製品は本件発明の構成要件(3)を充足しない、A被告製品は本件発明の構成要件(4)を充足しない、B本件発明は実施不能であるから被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない、C被告製品は本件発明の作用効果を奏しないから本件発明の技術的範囲に属しないとして、被告製品が本件発明の技術的範囲に属することを争ったほか、D原告による損害額の主張も争ったが、本件において当事者が主たる争点として主張・立証を集中したのは、Aの争点についてである。
第5主たる争点に関する当事者の主張【原告の主張】1被告製品は、いずれも別紙イ号目録ないし二号目録記載の構成を有し(甲4ないし6)、それによれば、いずれもクラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが、周波数領域600Hz〜1600Hzの範囲内において一次の極小値を示すから、いずれも本件発明の構成要件(4)を充足する。
2構成要件(4)における「メカニカルインピーダンス」の意義について、被告は、一般的な学術的定義に基づく主張を展開する。しかし、本件発明における「メカニカルインピーダンス」の意義は、本件明細書の記載から当業者が容易に理解できる意味に解釈されなければならない。すなわち、
(1)本件明細書では、加振力をF、応答速度をVとすると、メカニカルインピーダンスZを「Z=F/V」と定義した上、速度Vは打球具1の加速度A2を積分して速度V2を求める一方、加振力Fは直接測定するものではなく、加振機12の加速度A1をまず測定し、そこから加振力F1を求めるものとしている。
したがって、特許請求の範囲の記載に用いられる「メカニカルインピーダンス」の意義は、加振機12の加速度A1から求められた加振力F1を用いて得られるメカニカルインピーダンスであると解釈しなければならない。
次にA1をF1に換算しインピーダンスZを求める必要があるが、本件明細書には換算方法は特に記載されていない。しかし、かかる換算式としてニュートンの運動方程式であるF=mA(mはゴルフクラブヘッドの質量、Aは加速度)が用いられるべきことは当業者の常識であり、また明細書の記載全体からも必然である。
(2)被告は、F=mAを使用することはメカニカルインピーダンスの求め方として誤っていると主張する。
アしかし、まず、本件発明の特徴は、加速度A1を直接測定して得られるメカニカルインピーダンス(mA1/V2)の一次の極小値の現れる周波数を検出し、これをゴルフボールのメカニカルインピーダンスの一次の極小値が現れる周波数に近づけることで反撥性を向上させるというところにあるから、ここで意味があるのはメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す「周波数」であり、メカニカルインピーダンスの絶対値ではない。この周波数は、右運動方程式のmの値によって変化しないから、例えばm=1、したがってZ=A1/V2として説明できる。したがって、本件発明は、A1をまず測定し、ゴルフクラブのA1/V2の周波数特性を求めることが前提になっており、当業者であれば、本件発明のメカニカルインピーダンスは、加速度A1と速度V2の比に定数mをかけたものとして理解し得ることは自明である。
仮に被告が主張するような所定のモデルを想定して、複雑な換算式でA1からF1の換算をしたとしても、不正確なメカニカルインピーダンス値しか得られず、加速度A1の測定より得られる周波数特性(A1/Vと周波数の関係)を変えてしまうことになるので、当業者であればこのような理解はしない。
イまた、本件発明の目的を達するには、一端固定他端自由の境界条件下でメカニカルインピーダンスを測定・評価する必要があると考えられるところ、一端固定他端自由の場合のメカニカルインピーダンスの極小値を示す周波数については、一端を固定して加振を行った場合の力Fを直接測定してもよいが、両端自由のままで加振を行った場合の加振機の加速度Aを測定してもよく、いずれの場合にも同じ極小値の周波数が測定される。したがって、原告主張にかかるメカニカルインピーダンスの測定方法は、技術的に誤ったものでは決してなく、むしろかかるメカニカルインピーダンスは、一端固定他端自由の境界条件下でのメカニカルインピーダンスを評価するものであって、ゴルフクラブとゴルフボールの打撃時の反撥係数を評価する適切な物理量である。
【被告の主張】1別紙イ号目録ないし二号目録の記載のうち、被告製品のクラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数領域についての部分はいずれも否認する。
メカニカルインピーダンス(Z)は、本件明細書にも記載されているとおり、「Z=F(力)/V(速度)」の式で求められる値であるが、その周波数特性(加振の周波数に対応してメカニカルインピーダンスがどのような値をとるか)を測定する代表的な方法の1つである加振法による測定では、インピーダンスヘッドを用いるのが一般的であり、この場合、被検物を固定したインピーダンスヘッドで加振力F及び測定点の加速度Aを計測して、FFTアナライザによる積分演算により得られる速度Vの値を出し、その数値を高速フーリエ変換器に入力して、演算結果Z(F/V)を得る。そして、この一般的な方法による測定結果(乙1)によれば、被告製品のクラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数領域は、いずれも600Hz〜1600Hzの範囲内にはない。したがって、被告製品は、いずれも本件発明の構成要件(4)を充足しない。
2原告は、本件発明における「メカニカルインピーダンス」は、加振力Fを直接測定するものではなく、取付台13の加速度A1をまず測定し、これから加振力F1を求めるものであるとし、加速度A1から加振力F1を求めるのにはF1=mA1という演算式を用いると主張する。
(1)しかしまず、本件明細書では、加速度A1から加振力F1を求めるための演算式を示していないから、原告の主張は、明細書の記載に何らの根拠を持たない。
(2)また、被告の測定(乙1)は、測定方法として一般的なインピーダンスヘッドを使用するメカニカルインピーダンスの測定方法を採用しているが、原告の測定チャート(甲6)と全く異なる様相を呈している。メカニカルインピーダンスは、振動系に固有の物理量であるから、測定方法の違いによって誤差の範囲を超えて異なるはずがない。2つの測定方法で全く異なった結果が出れば、どちらか一方が間違っているのである。
本件のごとく、インピーダンスヘッドを用いて測定したメカニカルインピーダンスの周波数特性と、加速度ピックアップの出力(加速度A1)から加振力F1を演算し、その演算結果に基づいて得られたメカニカルインピーダンスの周波数特性とが完全に喰い違っている場合には、直接的でない後者に誤りがあると考えるのが合理的である。
(3)原告主張のニュートンの運動方程式F=mAは、重力の作用しない真空中で自由状態にある質点の運動にのみ適合するものであって、現実の自然界における物体の運動を考えるときは、物体が外力に抗してその位置をとどめようとして働く復元力、物体とそれを取り巻く空気等の粘性による粘性抵抗力を考慮しなければならない。これらの要素を考慮するときは、物体を一自由度系と呼ばれる単純かつ理想的な質点とみなしたとしても、その運動方程式は、F=mA1+kx1+cv1と表すのが一般的である(mは質量、kは復元力に関する弾性係数、cは粘性抵抗力に関する粘性係数、x1は加速度観測点の位置、v1は加速度観測点の速度、A1は加速度観測点の加速度)。
さらに、ゴルフクラブのような複雑な形状構造の物体の振動解析には、多自由度系と呼ばれる、より複雑な運動方程式を用いる必要があり、加速度A1からヘッドに加えられた加振力F1を算出するには、加振されたフェースの変位によって生じる反力等を考慮しなければならない。そして、加振された物体から加振側が受ける反力が加振周波数に応じてどのように変化するかは、それぞれの物体(振動系)によって異なり、反力の変化の仕方いかんによって、メカニカルインピーダンスには特定の周波数で極小値が現れたり、極大値が現れたりする(振動系の種類によっては、極小値、極大値のいずれか一方のみが現れ、あるいはどちらも現れない場合もある。)。したがって、原告の演算式はこれを全く考慮していない点で誤っており、原告の測定結果はメカニカルインピーダンスZ(F/V)を示すものではない。
(4)原告は、原告主張のメカニカルインピーダンスの測定方法は、一端固定他端自由の境界条件下でのメカニカルインピーダンスを評価するものであると主張する。しかし、本件明細書に示された測定図(FIG3A〜3G)は両端自由境界条件の測定モデルであり、明細書中の説明も、右の図についての説明であるから、両端自由境界条件におけるメカニカルインピーダンスの測定を説明したものである。
一端固定他端自由の境界条件におけるメカニカルインピーダンスについて本件明細書は一言も触れていないのであって、原告の主張は本件明細書の記載に基づかない主張である。
第6当裁判所の判断1本件発明の構成要件(4)の「メカニカルインピーダンス」の意義を明らかにするに当たっては、「願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する」(特許法70条2項)必要があるところ、明細書の「発明の詳細な説明」は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない」(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項)とされている。
そこで、以下、「メカニカルインピーダンス」の語が当業者間で一般に有する意味を検討し、それと本件明細書で使用されている意味との異同を検討する。
2「メカニカルインピーダンス」の一般的意義について(1)後掲各証拠によれば、一般的な技術文献において、「メカニカルインピーダンス」の語は、次のような意味で使われていることが認められる。
ア乙2(岩波書店「理化学辞典」第3版増補版・1985年2月15日発行)「機械インピーダンス」の見出しの下に、「機械振動系に作用する交番力とその点の振動速度の力の方向の成分の比で複素量である。」イ乙3(日本工業規格の機械振動・衝撃用語JISB0153-1985年)「機械インピーダンス」の見出しの下に、「単振動をする機械系のある点の力と、同じ点又は異なる点の速度との複素数比。」「自己インピーダンス、駆動点インピーダンス」の見出しの下に、「単振動をする機械系の同一点の力と速度との複素数比。」「伝達インピーダンス、相互インピーダンス」の見出しの下に、「単振動をする機械系のある点の力と他の点の速度との複素数比。」ウ乙4(「工業振動学」第2版・1986年4月11日発行))「機械インピーダンス」の項において、「機械インピーダンスを次のように定義することができる。Z…=励振力の複素振幅/定常振動の速度の複素振幅」エ乙5(「振動工学ハンドブック」昭和51年11月20日発行)「機械インピーダンスは、試験体を小形振動発生機で励振したときの励振力をF、その結果生じた速度をVとすると、z=F/Vで与えられる。通常、
図14・27のように振動発生機と試験体との間にインピーダンスヘッド(impedancehead)と呼ばれる変換器を挿入し、これを介して励振力が伝達されるようにする。
インピーダンスヘッドの出力として、励振力Fおよび加速度Aを得る。これらの信号を・・・対数変換する。対数変換された信号を演算し、
logz=logF/V(14・54)」オ乙6(株式会社國際機械振動研究所発行「IMVVIBRATION&TESTQUARTERLY」No.3・1972年)「駆動点メカニカルインピーダンス;外力Fと外力が加わった点のメカニカルインピーダンスZを次のように定義する。Z=F/V」「伝達メカニカルインピーダンス;外力F1を加えたとき、系の任意の一点の速度をV2とすれば、伝達メカニカルインピーダンスは次のように定義される。Z12=F1/V2」(2)これらの文献によれば、振動工学の分野で「メカニカルインピーダンス」という場合は、通常Zの記号が当てられ、物体に外力(励振力)Fを加えたときに振動によって物体に生じる速度をVとした場合に、Z=F/Vで表される概念を意味し、外力Fが加えられた点に生じる速度を考える駆動力メカニカルインピーダンスと、外力Fが加えられた点以外の点に生じる速度を考える伝達メカニカルインピーダンスの2種類があるという点で一義的かつ明確であり、これ以外の意味で使用されることがあることを認めるに足りる証拠はない。
また上記(1)エからすると、メカニカルインピーダンスは、通常、インピーダンスヘッドを用いて加振機の励振力Fと加速度Aを測定し、加速度Aから積分により速度Vの値を求めてF/Vを計算することによって測定されるものであることが認められる。
3本件明細書における「メカニカルインピーダンス」の意味内容について(1)甲2によれば、まず、本件明細書では、本件発明のメカニカルインピーダンスの一般的意義についての説明として、次の記載がある。
「まず、機械系のメカニカルインピーダンスについて説明すると、『ある点に作用する力の大きさと、この力が作用した時の他の点の応答速度の大きさとの比である』と定義される。即ち、外部から加えられる力をF、応答速度をVとすると、メカニカルインピーダンスZは、Z=F/Vで定義される。」(本件公報4欄20ないし28行目)この記載によるメカニカルインピーダンスの定義は、先に見た振動工学における一般的なメカニカルインピーダンスの意義と同一であり、他に本件明細書において本件発明の「メカニカルインピーダンス」の一般的意義について上と異なる説明した記載は認められない。
(2)次に、甲2によれば、「上記メカニカルインピーダンスZの測定方法を示す」(本件公報5欄9ないし10行目)として、次の記載がある。
「即ち、12は加振機械であり、…打球具1としてゴルフクラブ8…を、その供試体取付台13に取付ける。具体的に言えば、この打球具1を構成する部材の内で、ボールを打撃する打撃部3を、その供試体取付台13に取付けて、該打撃部3に振動を伝える。…加振機12の供試体取付台13に第1加速度ピックアップ14を固着し、さらに、打球具1の打撃部3…には第2加速度ピックアップ15を固着する。第1加速度ピックアップ14からは、加振機12の取付台13の加速度A1-即ち外部から打球具1…に加えられ加速度-が出力され…る。第2加速度ピックアップ15からは、供試体であるところの…打球具1の加速度A2が出力され…る。
…打球具1…に加えられる加速度A2を1回積分すると速度V2が求められる。他方、加振機12の加速度A1から加振力F1が求められ、周波数領域で演算してメカニカルインピーダンスZが、Z=F1/V2によって求められる。」(本件公報5欄10ないし44行目)この記載におけるメカニカルインピーダンスの測定方法を、先に一般文献の記載として述べたインピーダンスヘッドを用いて測定する方法と比較すると、加振によって生じた打球具の加速度A2を測定し、加速度A2から反応速度V2を積分計算により求める点は同じである。しかし、加振機の加速度A1をまず測定し、
そこから加振機の加振力F1を求めることとされている点においては異なっており、しかも、加振機の加速度A1から加振力Fを求める方法については特に記載されていない。
(3)この方法について原告は、当業者であればF1=mA1(mはゴルフクラブの質量)によって加振力F1を求めていると容易に理解できるとし、それを前提として、本件発明における「メカニカルインピーダンス」とは、一般の学術的定義にかかわらず、このような測定方法によって得られるものを意味すると解すべきであると主張する。
しかし、まず、メカニカルインピーダンスの測定において、加速度A1を測定し、そこから加振力F1を求めるという方法が、当業者の間で一般的に知られている方法であるとは認められない(少なくとも本件で提出された技術文献の中で、このような方法によってメカニカルインピーダンスを測定することを記載したものはない。)から、F=mAというニュートンの運動方程式自体は周知の事項であっても、メカニカルインピーダンスを測定する過程でそれを使用することが当業者にとって自明であるとはいえない。
また、加振機の加振力F1がゴルフクラブに与えられた場合の振動系は、
クラブヘッドのクラブフェース中心部(取付治具の取付部)、その周辺部及びクラウン部の3慣性系(加振機の稼働部を含めると4慣性系)から構成されるモデルとして把握するのが適切であり、振動解析を行う場合にはそれを考慮した運動方程式を用いることが必要であると認められる(乙8)ところ、ゴルフクラブの振動解析を行う場合にどのような運動方程式を用いるべきであるかが当業者の間で周知の事項であったと認められる証拠はないものの、ゴルフクラブのような複雑な形状の物体の振動解析を行う際に、少なくともニュートンの運動方程式のような完全な剛体を前提とする単純な式を用いることが適切でないことは、当業者であれば容易に理解し得ることであると解される。したがって、この点からすればむしろ、明細書中に明確に記載されていない限り、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、
F1=mA1の式を用いると当業者が容易に理解するとは認められないというべきである。
さらに、先に見たように、ゴルフクラブの振動解析を行う場合には、3慣性系を前提とする運動方程式を用いることが適切であることからすれば、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いた場合には、一般的意義のメカニカルインピーダンスとは異なる指標を求めたことになる。しかし、
これでは、先に(1)で見たような本件明細書におけるメカニカルインピーダンスの一般的定義の記載と整合しなくなるから、この点からしても、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いると当業者が容易に理解するとは認められないというべきである。
以上からすれば、本件明細書において、加振機の加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いるとされているとは認めることができない。
(4)また原告は、本件発明において重要なのはメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す「周波数」であり、メカニカルインピーダンスの絶対値ではないのであって、本件発明の「メカニカルインピーダンス」は、A1をまず測定し、A1/V2に定数mを乗じたものとして理解し得ることは当業者にとって自明であると主張する。
確かに本件発明は、ボールを打撃したときの反撥係数を増加し、ボール初速を最大に近づける打球具を提供することを目的とし(本件公報の目的欄参照)、
そのために、打球具の打撃部のメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数を、ボールのメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数に近似させることによって、最大の反撥を得るという点にその特徴がある(本件公報の作用欄参照)ことからすれば、本件発明において重要なのはメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す「周波数」であり、メカニカルインピーダンスの絶対値ではないとの点は原告が主張するとおりである。
しかし、それらの本件明細書の記載からしても、本件発明で重要な「周波数」は、「メカニカルインピーダンス」(F1/V2)が一次の極小値を示す周波数であって、「A1/V2」が一次の極小値を示す周波数ではないことは明らかである。
もっとも、この点について原告は、本件発明におけるメカニカルインピーダンスが一次の極小値を示す周波数は、一端固定他端自由の境界条件の下でのものを測定すべきであるところ、同境界条件の下でのメカニカルインピーダンス(F1/V2)の一次の極小値を示す周波数は、両端自由の境界条件の下での「A1/V2」の一次の極小値を示す周波数と等しくなるから、本件明細書では、後者を測定することによって、前者を測定しているのであると主張する。そして甲8及び13にはこれに副う記述がある。
しかし、まず、本件発明の「メカニカルインピーダンス」が一端固定他端自由の境界条件の下で測定すべきものであることを示す記載は、本件明細書には存しないし、当業者間において周知となっていたことを認めるに足りる証拠もない。
かえって、本件明細書においてメカニカルインピーダンスの測定方法を示す図とされているFIG.3Bでは、クラブヘッドを両端自由の状態で加振機に取り付けていると認められるから、本件発明の「メカニカルインピーダンス」は、両端自由の境界条件下で測定するものと理解するのが通常であると考えられる。
また、一端固定他端自由の境界条件の下でのメカニカルインピーダンス(F1/V2)と両端自由の境界条件下での「A1/V2」の一次の極小値を示す周波数とが等しくなるということについて、本件明細書中には何らの記載もないし、当業者間において周知の事項となっていたことを認めるに足りる証拠もないから、本件明細書では、後者を測定することによって前者を測定するとされていると容易に理解することもできない。
したがって、やはり、本件明細書において、加速度A1から加振力F1を求めるに当たって、F1=mA1の式を用いるとされているとは認めることができない。
(5)そして、他にこの点を明らかにする記載が本件明細書にあるとは認められないし、当業者の自明な事項として存すると認めるに足りる証拠はないから、結局、前記(2)の本件明細書におけるメカニカルインピーダンスの測定方法に関する記載は、当業者が容易に理解できる内容を記載したものとはいえない。したがって、
本件明細書の同記載部分において、本件発明固有の「メカニカルインピーダンス」の意義が示されているとの原告の主張は採用できない。
そして他に、本件明細書において、本件発明固有の「メカニカルインピーダンス」の意義を明らかにする記載は認められないから、結局、本件発明における「メカニカルインピーダンス」の意義は、前記(1)で見たことから、前記2での一般的意義と同じものとして解するほかなく、その測定方法も、インピーダンスヘッドを用いた一般の測定方法が適用されると解するほかはない。
4被告製品の構成要件(4)充足性について被告製品のメカニカルインピーダンスの周波数特性を実験した証拠としては、甲4及び6と、乙1が提出されている。
このうち甲4及び6は、原告主張に係る測定方法によって測定したものであるから、前記説示に照らして、本件発明におけるメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す周波数を認定するための根拠とすることはできない。
他方、乙1(チャート1-1、1-2、2-1、2-2、3-1、3-2、
4-1、4-2)は、前記のインピーダンスヘッドを用いて、両端自由の境界条件の下で、励振力Fおよび加速度Aを測定し、加速度Aから速度Vの値を求めてF/Vを計算することによってメカニカルインピーダンスを測定する一般的方法によるものであって、本件発明におけるメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す周波数を認定するための根拠とするのに適切であると認められるところ、それによれば、被告製品においてメカニカルインピーダンスの一次の極小値を示す周波数は、いずれも600Hz〜1600Hzの範囲外にあると認められる。
したがって、被告製品はいずれも本件発明の構成要件(4)を充足しない。
5以上によれば、その余の争点について検討するまでもなく、被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属しない。
イ号目録商品名「SーYARDT、301forgedTitanium1」からなり、ヘッドが鍛造チタン合金(β型チタン)製のゴルフクラブであり、クラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが、周波数領域一二〇〇Hz〜一五〇〇Hzにおいて、一次の極小値を示すもの。
ロ号目録商品名「SーYARDT、301NFforgedTitanium1」からなり、ヘッドが鍛造チタン合金製のゴルフクラブであり、クラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが、周波数領域一〇〇〇Hz〜一二〇〇Hzにおいて、一次の極小値を示すもの。
ハ号目録商品名「SーYARDT、501forgedTitanium1」からなり、ヘッドが鍛造チタン合金(β型チタン)製のゴルフクラブであり、クラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが、周波数領域一三〇〇Hz〜一五〇〇Hzにおいて、一次の極小値を示すもの。
ニ号目録商品名「SーYARDT、601forgedTitanium1」からなり、ヘッドが鍛造チタン合金(β型チタン)製のゴルフクラブであり、クラブヘッドのフェース面を加振機で加振したときのメカニカルインピーダンスが、周波数領域一三〇〇Hz〜一五〇〇Hzにおいて、一次の極小値を示すもの。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 高松宏之
裁判官 水上周