運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議1999-71259
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  上位概念 /  下位概念 /  分割出願 /  参酌 /  意識的除外(意識的に除外) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  取消決定 /  異議申立 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (行ケ) 360号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社サーキットデザイン代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 【B】
被告 特許庁長官【C】
指定代理人 【D】
同 【E】
同 【F】
同 【G】
同 【H】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2000/09/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第71259号事件について平成11年9月30日にした取消決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「エンジン始動装置」とする特許第2807434号の発明(平成元年9月25日に出願した実願平1-111976号の分割出願である実願平8-2094号が、平成8年3月25日に特許出願に変更され、平成10年7月24日に設定登録されたものである。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
本件発明の特許請求の範囲請求項1ないし8に係る特許について、中央発條株式会社等から特許異議の申立てがあり、特許庁は、この申立てを平成11年異議第71259号事件として審理した結果、平成11年9月30日、「特許第2807434号の請求項1ないし8に係る特許を取り消す。」との決定をし、平成11年10月25日、その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面参照) 【請求項1】 搭載バッテリからの給電によりセルモータを駆動してエンジンを始動するエンジン始動装置において、
前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えており、前記エンジン始動検出動作の検出期間が前記セルモータの駆動期間よりも長いことを特徴とするエンジン始動装置。
【請求項2】 請求項1に記載のエンジン始動装置において、前記エンジン始動検出手段は、前記搭載バッテリの給電圧の前記セルモータを起動する直前での値を前記検出期間に亘って保持するサンプルホールド手段と、前記搭載バッテリの給電圧が当該サンプルホールド手段で保持されている保持値よりも超過したことを判別する判別手段とを有して成ることを特徴とするエンジン始動装置。
【請求項3】 請求項1又は請求項2に記載のエンジン始動装置において、前記エンジン始動検出手段は、前記検出期間内に前記搭載バッテリの前記電圧超過を捉えないときは前記セルモータの再起動と共に前記エンジン始動検出動作を行うことを特徴とするエンジン始動装置。
【請求項4】 請求項1乃至請求項3のいずれか一項に規定するエンジン始動装置は、前記エンジン始動検出手段を有する車載用受信機と、エンジン始動指令信号を送信する携帯用送信機と備えた無線式エンジン始動装置であることを特徴とするエンジン始動装置。
【請求項5】 請求項1乃至請求項3のいずれか一項に規定するエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とするエンジン車。
【請求項6】 請求項1乃至請求項3のいずれか一項に規定するエンジン始動検出手段を有する車載用受信機に対してエンジン始動指令信号を送信する送信機を備えて成ることを特徴とする携帯用エンジン始動指令装置。
【請求項7】 搭載バッテリからの給電によりセルモータを駆動してエンジンを始動するエンジン始動装置であって、
少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とするエンジン始動装置。
【請求項8】 請求項7に記載のエンジン始動装置において、前記エンジン始動検出手段は、前記搭載バッテリの給電圧の前記セルモータを起動する直前での値を検出期間に亘って保持するサンプルホールド手段と、前記搭載バッテリの給電圧が当該サンプルホールド手段で保持されている保持値よりも超過したことを判別する判別手段とを有して成ることを特徴とするエンジン始動装置。
3 決定の理由 別紙決定書の理由の写しのとおり、本件出願に関して平成10年4月8日付け手続補正書によりなされた補正(以下「本件補正」という。)は、出願当初の明細書又は図面(以下、これらをまとめて「当初明細書等」という。)に記載されていない事項を追加するものであって、明細書又は図面(以下、これらをまとめて「明細書等」という。)の要旨を変更するものであるから、本件発明に係る特許出願(以下「本件出願」という。)は、本件補正の日である平成10年4月8日に出願されたものとみなすべきである、と認定し、これを前提として、本件発明の特許請求の範囲請求項1ないし8に係る発明は、本件出願の公開特許公報である特開平8-254171号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明と同一である、と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由T(手続の経緯)は、本件補正により図面が補正されたとの点を争い、その余は認める。同U(平成10年4月8日付け手続補正書の要旨の変更について)は、3頁16行ないし6頁9行(「のみであり、」まで)、6頁18行(「『セルモータ」から)ないし7頁6行、及び7頁14行(「上記記載は、」から)ないし8頁末行を争い、その余は認める。同V(特許異議申立てについての判断)は、12頁8行ないし12行、及び20頁15行ないし17行を争い、その余は認める。同W(むすび)は、「本件請求項1〜8に係る発明は、上記刊行物1に記載された発明と同一であり」との認定判断を認め、その余を争う。
決定は、本件発明の特許請求の範囲請求項7(以下「本件請求項7」という。)の発明(以下「本件発明7」という。)の要旨の認定を誤り(取消事由1)、当初明細書等に記載された発明を誤認した(取消事由2)ものであって、この誤りが結論に影響することは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明7の要旨認定の誤り) 決定は、「請求項7に係る発明は、その特許請求の範囲の第7項に記載された事項により特定されるとおりの『搭載バッテリからの給電によりセルモータを駆動してエンジンを始動するエンジン始動装置であって、少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とするエンジン始動装置。』である。」(3頁5行〜15行)と本件発明7の要旨を正しく認定しながら、本件請求項7の記載事項の内容が格別不明瞭であるわけでもないのに、「請求項7の記載からみて、請求項7に係る発明の記載は『セルモータ駆動期間中から連続してセルモータ駆動の停止直後まで、搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えるエンジン始動装置』(判決注・以下「例示1発明」という。)のみならず、
『セルモータ駆動の停止直後のみ、搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えるエンジン始動装置』(判決注・以下「例示2発明」という。)までも、意味するものであることは明らかである。」(3頁16行〜4頁7行)として、派生的で個別具体的な種々の態様のエンジン始動装置を相互ばらばらに導き出している。しかし、このような発明の要旨の認定は、まとまりのある一つの技術的思想を把握したものではないから、誤りである。
(1) 例示1発明は、請求項7の必須構成要件のみで成り立つものではなく、これに、時間的連続性の要件たる「連続して」と、時間的終期要件たる「まで」を付加することにより初めて成り立つものと認められる。そうすると、そこには、請求項7の必須構成要件への新たな構成要件の追加があることになるから、もはや本件発明7と同値ではない。また、例示2発明は、請求項7の必須構成要件のみで成り立つものではなく、これに、停止直後以外の時点を積極的に排除するという負の要件を付加することにより初めて成り立っており、これまた、本件発明7と同値とはいえない。
(2) 例示2発明は、停止直後以外の時点を正の要件として具備するところの例示1発明とは、互いに相容れない、真っ向から対立する関係(属性)を持つ下位概念技術的思想である。
(3) したがって、例示2発明が本件発明7の下位概念技術的思想であるとすれば、例示1発明と例示2発明とを含む技術的思想とは、一つのまとまりのある技術的思想ではなく、単に、相対立する下位概念技術的思想である「例示1発明」と「例示2発明」との集合体に成り下がってしまい、下位概念同士は各々ばらばらとなり、有機的一体性がないものとならざるを得ないのである。
2 取消事由2(当初明細書等に記載された発明の誤認) 当初明細書等の「バッテリ電圧のホールド期間△Tは、セルモータの駆動期間以上の期間となるように設定するのが適切である。」(段落【0029】)という記載(以下「0029の記載」という。)に関して、決定は、「上記記載は、明らかに、『セルモータ駆動期間中から連続してセルモータ駆動の停止直後まで、搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉える』ことを示唆するものであって、上記記載から直ちに、『セルモータ駆動の停止直後のみ、搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉える』点が自明であるとは認められない。」(7頁14行〜8頁3行)と判断したが、誤りである。
(1) 決定は、0029の記載という複文的特記事実について、そこから、「バッテリ電圧のホールド期間△Tは、セルモータの駆動期間以上の期間となるように設定する」との一部分(主節)だけを抜き出して判断し、これと密接不可分に結合した、比較評価の基準を含意するところの、従属節「のが適切である。」の意味の判断を遺脱したうえ、原告が自明事項として主張した本件発明7の特許請求の範囲の記載である「少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉える」点ではなく、これとは全く別意であるところの「セルモータ駆動の停止直後のみ、搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉える」点を、判断の対象として取り上げ、これが自明ではないとしており、原告が主張した自明事項の判断を遺脱している。
ア 0029の記載の「・・・のが適切である」とは、「・・・の方が適切である」の意味であるから、適切でない方の態様を意識した表現となっており、適切でない方と適切である方を比較して評価した結果の表現である。したがって、0029の記載には、(イ)当業者に対する発明実施上の教示、(ロ)適切でない方「駆動期間以下」と適切である方「駆動期間以上」の存在、(ハ)比較の客観的基準「駆動停止」、(ニ)話者の程度性評価「適切と適切でない」、の示唆があることが明らかである。そして、上記の示唆により、適切である方の「駆動期間以上」の中には適切でない方の「駆動期間以下」が含まれていることは暗示されており、
故に、実質的に、真により適切なる期間が駆動期間を除いた「停止以降の期間」であること(最終理解)も自明の理である。
まして、当業者が客観的に判断すれば、当然、最終的には、技術的理解力に基づく合理的評価を行うのであり、しかも、当初記載事項の目印「・・・のが適切である」との技術的評価の観点の示唆が明らかにある以上、それに呼応触発されて、真により適切な期間が駆動期間を除いた重み付けのある「停止以降の期間」にあることを、新たな技術的知識や推測を何も交えることなく、ただ発明の目的と文脈に沿って読解すれば、自己再帰的に、いともたやすく理解し、「のが適切」の実動的意義を合点するはず、とまで言い切っても決して不自然とはいえない。当業者が重要性を理解できるものなら、「実質的にその重要性も記載されているといい得る」のは明らかである。当初明細書等に上記の最終理解(重要性)の暗示までもがある以上、高々の「少なくとも」の付加は、もはや取るに足りないものである。
よしんば、当業者が発明の目的上の上記最終理解に到達するか否かを度外視するとしても、「少なくとも」には、副助詞「のみ」のような、停止直後の時点に排他的に限定し、停止直後以外の時点を排除するという積極的否定(負)の含意がなく、
上記「・・・のが適切である」に通底するところの比較評価の基準の含意が確かにあるものである以上、「少なくとも」は、「停止直後以外の時点があっても構わないという許容性」のプラス的アスペクト(言相)を有するものであり、むしろ、
「少なくとも」を付さない上記単純限定の表現(停止直後に限定し、停止直後以外の時点を無限定(不定)とすること自体により、間接的に把握されると曲解される虞れのある停止時点での切出し性のニュアンス)に比べ、その切出し性(時刻連続の分断性)をあえて避けて(希釈化して)みごと停止時点での連続性(時刻的拡がり)を許容する表現形になっているからこそ、上記単純限定の表現よりも明細書等の要旨変更の虞れを招かない「安全弁」を担保したものというべきものである。
イ 本件請求項7の記載のうち、程度副詞「少なくとも」を削除した表現、
すなわち、「セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを駆動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えるエンジン始動装置。」(以下「【β】」という。)が当初明細書等に記載されているといい得るか否かを検討する。
当初明細書等には0029の記載がある。同記載の「上記の例」とは「本発明の一実施形態」(段落【0017】)の意味であるから、そこには、他の実施形態のあることが示唆されている。
0029の記載における、「バッテリ電圧のホールド期間ΔT」とは、
図2に図示する制御信号(B)の高レベル時間に対応しており、エンジン始動の検出動作を行う「検出期間」に相当するものである。「セルモータの駆動期間」とは、「セルモータの起動時点から駆動停止時点までの期間」を意味し、「セルモータの駆動期間以上の期間」とは、「セルモータの起動時点から駆動停止時点までのみならず、引き続き駆動停止時点よりそれ以降の時点までの期間」を指すものである。「・・・設定するのが適切である」とは、検出期間を駆動期間以下の期間にする方よりも、駆動期間以上の期間にする方が適切(発明の目的の達成上ふさわしい)であるというものである。他方、本件請求項7の「停止直後における」とは停止直後の時点を指す。
したがって、当初明細書等の前記記載事項からして、そこには【β】は当初明細書等に記載されているということができる。
そして、そこには、もちろん「セルモータの駆動期間中から駆動停止まで捉える」こと(以下「【α】」という。)は記載されている。さらに、前記記載事実からして、「セルモータの駆動期間中から駆動停止まで捉えることのみならず、停止直後において捉えること」【α+β】も記載されているのであるから、
「停止直後において捉えることのみならず、セルモータの駆動期間中から駆動停止まで捉えること」【β+α】も記載されていることは同値的に疑いようがない。
他方、本件請求項7の、「少なくとも」の意味は停止直後以外の時点を積極的に排除する負の要件を具備しないものであるから、単純限定「停止直後において捉えること」【β】⊆「少なくとも停止直後において捉えること」⊆加重的限定「停止直後において捉えることのみならず、セルモータの駆動期間中から駆動停止まで捉えること」【β+α】、との捉える時点についての外延関係が確かに成立し、したがって、当初明細書等には、羽交い絞めされたところの「少なくとも停止直後において捉えること」が実質的に記載されているといわなければならない。
ウ 確かに、当初明細書等の記載事項中には、「少なくとも」なる記号自体の明記はない。しかし、当初明細書等の上記単純限定の表現につき、負の要件を具備せず、論理的構造に実質的に無関係なアスペクトに係わる「少なくとも」の程度副詞を冠するか否かは、「特許請求の範囲」たる立ち入り禁止区域を自ら画して発明を全うに記載すべき、特許請求権を行使する出願人の意思のみに基づく専権事項に属するものである。さらに、背理的にみても、「停止直後のみ」のように、「少なくとも」の含意と相対峙し、「停止直後以外の時点」を積極的に排除するとの意識的除外事項が当初明細書等には全く見当たらないため、「記載してなかったことに相当すると推認できる」との確実な示唆もない。
よって、本件請求項7の「少なくとも」は、上記「・・・のが適切である」という、「なお書き」の形式的かつ技術的意味に基づき、記載してあったことに相当すると認められる自明な事項である。
(2) 決定は、本件補正については、要旨変更であると判断した。ところが、決定は、他方では、本件発明7と刊行物1記載の発明を比較して、「後者は、『少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行う』という前者(判決注・本件発明7)の構成を具備するものである。」(19頁17行〜20頁1行)としている。これは、本件発明7と当初明細書等に係る公開特許公報である刊行物1記載の発明が同一であるとの認定判断により、実質的に本件補正が明細書等の要旨を変更するものでないことを自認したものにほかならない。してみると、決定は、要旨の変更の認定判断において相容れない二つの判断をしたものであって、誤りであることが明らかである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本件発明7の要旨認定の誤り)について 本件請求項7の「少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉える」との記載を普通に解釈すれば、本件発明7には、例示1発明及び例示2発明という下位概念の発明のいずれもが含まれる。そこで、決定は、本件発明7を、例示1発明及び例示2発明のいずれをも包含する「搭載バッテリからの給電によりセルモータを駆動してエンジンを始動するエンジン始動装置であって、少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とするエンジン始動装置。」という、まとまりのある一つの技術的思想として把握し、そのように認定しているのである。このような例示を行ったからといって、本件発明7をばらばらに分解することになるわけのものではない。
2 取消事由2(当初明細書等に記載された発明の誤認)について (1) 当初明細書等には、0029の記載がある。同記載にいう「セルモータの駆動期間以上の期間」が、セルモータの駆動期間に所定の延長期間を加えた期間を意味することは明らかであるから、当初明細書等には、バッテリ電圧のホールド期間△Tに関し、
@バッテリ電圧のホールド期間△Tを、セルモータの駆動期間中の期間と設定すること、
Aバッテリ電圧のホールド期間△Tを、セルモータの駆動期間に所定の延長期間を加えた期間と設定すること、
B上記@とAとを比較すれば、@よりもAの方がより適切であること、
という技術事項が記載されているということができる。
また、当初明細書等における「更に、本発明において、電圧超過を捉える上記一定期間(検出期間)がセルモータの駆動期間以上の期間となっている場合、
セルモータ駆動停止直後にエンジンが完爆する場合もあるので、始動未完として検出する誤検出の頻度を減少させることができる。また、セルモータの駆動停止によりバッテリ消費が止んだ以後に電圧超過が捉えられるようになっているため、電圧超過が確実に起こるので、エンジン始動の検出精度が高くなる。」(段落【0015】)との記載(以下「0015の記載」という。)をも参酌すれば、当初明細書等には、バッテリ電圧のホールド期間△Tに関し、上記@〜Bに加え、
C上記Aの所定の延長期間を、セルモータの駆動停止から駆動停止直後までの期間とすること、
も、実質的に記載されているということができる。
しかし、当初明細書等をみても、バッテリ電圧のホールド期間△Tを、セルモータの駆動期間を含まない、セルモータの駆動期間以外の期間に設定する点についての記載はない。また、この点が自明の事項であることを根拠付ける資料もない。したがって、例示2発明は、当初明細書等には記載されておらず、また、当初明細書等の記載から自明であるともいえない。
一方、本件補正がされた後の発明である本件発明7は、例示2発明を包含する発明である。
したがって、特許請求の範囲に、「搭載バッテリからの給電によりセルモータを駆動してエンジンを始動するエンジン始動装置であって、少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とするエンジン始動装置」を追加した本件補正は、当初明細書等の要旨を変更したものである。
(2) 本件発明7は、例示1発明を包含するものである。例示1発明が当初明細書等に記載された事項であることは、原告も認めるとおりである。したがって、本件発明7が刊行物1記載の発明と同一であるとの決定の判断に誤りはない。一方、
本件補正が明細書又は図面の要旨を変更するものであることは、前述のとおりである。上記同一性と、上記要旨変更とは相容れないものではない。両者を認定した決定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明7の要旨認定の誤り)について (1) 審決は、本件発明7の要旨を、特許請求の範囲に基づいて、「搭載バッテリからの給電によりセルモータを駆動してエンジンを始動するエンジン始動装置であって、少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に比べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とするエンジン始動装置。」(3頁7行〜15行)と認定しており、この認定に誤りはない。
(2) 本件発明7の要旨の「少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉える」とは、セルモータ駆動の停止直後において、搭載バッテリの給電圧がセルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるという構成(以下「構成1」という。)を備えることを要件とし、セルモータ駆動の停止までの期間について、搭載バッテリの給電圧がセルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるという構成(以下「構成2」という。)を備えることは要件としない、という技術内容と解される。
(3) そして、当業者が、上記技術内容から、例示1発明だけでなく、例示2発明をも、認識し把握し得るものであることは、明らかである。
原告は、例示1発明と例示2発明を把握することについて、まとまりある一つの技術的思想を把握したものではないと主張する。しかし、上記技術内容が「構成1を備えることを要件とし、構成2を備えることは要件とはしない」という一つのまとまった技術的思想であることは明らかであるから、原告の主張は失当である。
他にも、上記判断の妨げとなる資料はない。
2 取消事由2(当初明細書等に記載された発明の誤認)について (1) 甲第2号証(本願書及び当初明細書等)によれば、当初明細書等には、
「構成2を備えることを要件とし、これに加えて構成1をも備えることを要件とする」との発明は記載されているものの、「構成1を備えることを要件とし、構成2を備えることは要件としない」との発明は、記載されていないし、これを示唆する記載もないものと認められる。
(2) 原告は、0029の記載の「・・・のが適切である」を根拠として、本件補正が要旨の変更ではないと主張するので、検討する。
甲第2号証によれば、当初明細書等には、「本発明は、セルモータの駆動後一定期間(検出期間)内に、搭載バッテリの給電圧がセルモータを駆動開始する直前での値に較べて超過した時点を捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えて成ることを特徴とする。」(段落【0008】)、「次に、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて説明する。」(段落【0017】)、「コンパレータU1の反転入力端子、即ち点Eには、このコンデンサC1によって保持されている定格電圧12Vのバッテリ電圧(セルモータ起動前のバッテリ電圧)の第1の分圧が現れている。」(段落【0022】)、「時点T1での定格12Vバッテリ電圧の分圧値がコンデンサC1に保持される。時点T1の直後の時点T2で、セルモータが起動される」(段落【0023】)、「コンパレータU1においては、その反転入力端子には時点T1でサンプルホールドされた定格12Vバッテリ電圧の第1の分圧値(E)が供給され続けており、また、その非反転入力端子には、上記のような立ち上がり変動するバッテリ電圧の第2の分圧(D)が供給されているため、時点T3において、第1の分圧(D)がホールド電圧(E)を超えると、このコンパレータU1の出力信号(F)は反転して、高レベルに立ち上がり、
この高レベル出力によって、エンジン始動が検出される。」(段落【0024】)、「なお、上記の例において、バッテリ電圧のホールド期間ΔTは、セルモータの駆動期間以上の期間となるように設定するのが適切である。セルモータの駆動を停止すると、必然的にバッテリ電圧は上昇回復するものであるが、その直後、
エンジンが完爆していると、オルタネータの本格発電によりバッテリ電圧が更に上昇しセルモータ起動直前の値よりも超過するが、エンジン始動が未完に終わると、
バッテリ電圧は上昇回復するも、超過しない。このため、セルモータ駆動停止直後にエンジンが始動(完爆)する場合もあるので、誤検出の頻度を減少させることができる。」(段落【0029】)との記載があることが認められる。
上記事実によれば、0029の記載にいう「上記の例」においては、セルモータが起動される時点T2の直前時点であるT1以降、コンパレータU1の反転入力端子にはコンデンサC1の保持電圧が入力され、非反転入力端子には立ち上がり変動するバッテリ電圧の第2の分圧(D)が供給され、したがって、時点T1以降(セルモータ起動時点であるT2以降を含めて)、常にコンパレータU1は「搭載バッテリの給電圧がセルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉え」るべく機能しているものであることが認められる。そうすると、0029の記載は、セルモータの起動後、セルモータ駆動の停止までの期間について、搭載バッテリの給電圧がセルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるという構成(構成2)を要件とすることを当然の前提として、構成2に構成1をも加えた方が、構成2のみにとどめこれに構成1を加えない場合と比較して誤検出の頻度を減少させることができるから「適切である」、という趣旨の記載と解するほかはない。
そうである以上、当業者であると否とを問わず、0029の記載を、構成2を備えずに構成1を備えることが適切であるという趣旨に理解することはできないから、原告の主張は、採用することができない。
(3) 原告は、@0029の記載を根拠として【β】が当初明細書等に記載されており、A【α】も記載されているから、【α+β】も記載されている、したがって、【β+α】も記載されている、Cそして、「停止直後において捉えること」【β】⊆「少なくとも停止直後において捉えること」⊆加重的限定「停止直後において捉えることのみならず、セルモータの駆動期間中から駆動停止まで捉えること」【β+α】であるから、D「少なくとも停止直後において捉えること」が実質的に記載されていると主張する。
しかし、前認定のとおり、0029の記載は、構成2を要件とすることを当然の前提として、構成2に構成1をも加えた方が、構成2のみにとどめこれに構成1を加えない場合と比較して誤検出の頻度を減少させることができるから適切である、という趣旨の記載である。
そうである以上、原告主張に係る【β】、すなわち、「セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを駆動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行うエンジン始動検出手段を備えるエンジン始動装置。」が、「構成1を備えることを要件とし、構成2を備えることは要件としない」という意味であれば、それは、0029の記載により開示されているものでも、示唆されているものでもないというほかはない。原告の主張は、前提を欠くものである。
また、原告主張に係る【β】が、「構成1の要件を備えることを要件とし、構成2を備えることを要件としない」という意味ではなく、それ以外のもの、
例えば、「構成1も、構成2も備えることを要件とする」ものでもよいという意味であれば、そのような「【β】」が、当初明細書等に開示されているとしても、そのことは、「構成1を備えることを要件とし、構成2を備えることは要件としない」という発明が、当初明細書等に記載されていることに結びつくものではない。
例えば、本件発明7から把握される例示2発明は、0029の記載の「構成1も、
構成2も備えることを要件とする」(「【β】」を「構成1も、構成2も備えることを要件とする」ものでもよいと規定すれば、これも「【β】」の一種であることになる。)ことからは把握することができないし、「停止直後において捉えることのみならず、セルモータの駆動期間中から駆動停止まで捉えること」(【β+α】)からも把握することができない。このように、本件発明7の下位概念である例示2発明が把握できないのは、当初明細書等に【β】と【β+α】が記載されていても、本件発明7が記載されていないことの証左にほかならない。
なお、原告は、0029の記載の「上記の例」との記載から、他の実施形態のあることが示唆されていると主張するが、その「他の実施形態」が例示2発明であると認めるに足りる証拠はない。
(4) 原告は、本件発明7の要旨の「少なくとも」の文言について、0029の記載の「・・・のが適切である」という、「なお書き」の意味に基づき、記載してあったことに相当すると主張する。しかし、0029の記載は、構成2を要件とすることを当然の前提として、構成2に構成1をも加えた方が、構成2のみで構成1を加えない場合と比較して誤検出の頻度を減少させることができるから適切であるという趣旨の記載であるから、本件発明7の要旨の一部分である「少なくとも」という言葉の有無の問題を論ずるまでもなく、0029の記載には、本件発明7についての記載も示唆もないというほかはない。
(5) 原告は、決定が、本件補正については要旨の変更であると判断しながら、
本件発明7と当初明細書等に係る公開特許公報である刊行物1記載の発明が同一であるとの認定判断をしたことについて、相容れない2つの判断をしたものであって、誤りであると主張する。
しかし、明細書等の要旨の変更の有無は、補正後の明細書等に記載された発明が当初明細書等の記載の範囲内であるか否かによって決せられるものであり、
補正によって当初明細書等に記載のものの上位概念とすることも、下位概念とすることも、それらの上位概念又は下位概念が当初明細書等に記載されているか、又は当初明細書等から自明の事項でない限り許されないのに対し、新規性の有無は、出願前に頒布された刊行物に記載された発明が、出願された発明の構成要件を充足するか否かによって決せられるのであり、出願された発明が、出願前に頒布された刊行物に記載された発明の上位概念である場合には新規性が否定されるものであって、両者は判断基準を異にするものである。
したがって、決定が、本件発明7の新規性の判断において、刊行物1記載の発明が例示1発明であることから、「『少なくとも前記セルモータ駆動の停止直後における前記搭載バッテリの給電圧が前記セルモータを起動する直前での値に較べて超過したか否かを捉えるエンジン始動検出動作を行う』という前者(判決注・本件発明7)の構成を具備するものである。」(19頁17行〜20頁1行)と認定判断したことは、本件補正を要旨変更と判断したことと相反するものではない。
原告の主張は、採用することができない。
3 以上のとおりであるから、 原告主張の決定取消事由は理由がなく、その他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事
件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 山田知司
裁判官 宍戸充