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関連審決 審判1999-365
関連ワード 29条の2(拡大された先願の地位) /  上位概念 /  下位概念 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  実施 /  交換 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 205号 審決取消請求事件
原告 富士重工業株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 小橋信淳
同 岩城全紀
同 小原英一
被告 特許庁長官【B】
指定代理人 【C】
同 【D】
同 【E】
同 【F】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第365号事件について平成11年5月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和61年3月12日、発明の名称を「車両用電子制御装置」(補正前の発明の名称「エンジン制御装置」)とする発明について特許出願をし、平成7年2月22日に出願公告(特公平7-15425号)されたものの、平成10年10月7日拒絶査定を受けたので、平成11年1月13日、上記査定に対する不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成11年審判第365号事件として審理した結果、平成11年5月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成11年6月9日にその謄本を原告に送達した。
2 本願発明の特許請求の範囲(請求項1。以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。) 「エンジン、トランスミッション等の駆動系、あるいはサスペンション系等を電子制御する車両用電子制御装置において、車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段とを備えたことを特徴とする車両用電子制御装置」(別紙図面(1)参照) 3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本願発明は、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭60-95218号(特開昭61-253512号公報)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願明細書等」という)に記載された技術(以下「先願発明」という。)と同一であるから、特許法29条の2第1項に該当し特許を受けることができない、としたものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、T(審決書2頁2行〜14行)、U(同2頁15行〜3頁17行)は認める。V(同3頁18行〜5頁12行)、W(同5頁13行〜6頁2行)は争う。
先願明細書等に、「車載される制御装置対象に対応した識別コードを記憶する手段(ROM)を有する車載用電子的制御装置に対して外部装置(50)を接続し、外部装置(50)に対して設定されるスタートスイッチを押すと、外部装置(50)は前記手段に記憶された識別コードが入力され、それを読み取って表示するようにした、車載用電子的制御装置の自己診断装置。」(審決書3頁10行〜17行、
別紙図面(2)参照)との技術(先願発明)が記載されていること、本願発明と先願発明とを比較すると、本願発明の「エンジン、トランスミッション等の駆動系、あるいはサスペンション系等を電子制御する車両用電子制御装置」が先願発明の「車載用電子的制御装置」に、本願発明の「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段」が先願発明の「車載される制御装置対象に対応した識別コードを記憶する手段(ROM)」に、本願発明の「外部接続装置」が先願発明の「外部装置(50)」にそれぞれ相当していることは、認める。
審決は、本願発明における送信対象の認定を誤り(取消事由1)、また、引用発明に「双方向通信手段」が開示されていると誤認し(取消事由2)、その結果、本願発明は先願発明と同一であると誤った結論を導いたものであるから、審決は、違法なものとして、取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明における送信対象の誤認) 審決は、本願発明の「双方向通信手段」とは、車両用電子制御装置1は、ラインエンドチェッカ3から送信要求があれば識別データ(ID番号)を送出するにすぎず、それ以上の特異性を有しないと認定し(審決書4頁17行〜5頁3行)、
この認定を前提として、先願発明は、本願発明の「記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段」を具備していると判断した。しかし、上記判断の前提となっている本願発明の送信対象の認定は、誤りである。
(1) 出願公告後の平成8年1月22日付け手続補正書により適法に補正された明細書及び図面(以下「本願明細書等」という。)をみると、「先ず、ステップ210において、ラインエンドチェッカ3から双方向通信手段としての通信インターフェイス105を介して、ROM101の所定アドレス101aに書込まれたID番号の送信要求信号があったか否かをチェックし、送信要求があればステップ202へ進み、通信インターフェイス105を介してID番号をシリアル通信方式により送出し、次いでEXITする。一方、ステップ201において、外部からID番号送信要求信号がなかった場合には、ステップ203へ進み、故障診断結果などの通常の送信データを送出し、EXITする。このように、完成車4の外部からの要求により、通常データの送出をID番号から切換って送出するので、容易に通常データもID番号も読出すことが可能となる。こうして、検査員はコネクタ5の接続のみ行えば、ラインエンドチェッカ3と完成車4に搭載された車両用電子制御装置1との間で相互に通信を行えるようになり、完成車4のラインエンドにおけるチッックを確実にかつ効率的に行うことができる。」(5欄23行〜6欄7行)などという記載があり、上記記載によれば、本願発明の車両用電子制御装置1は、ラインエンドチェッカ3から、ID番号の送信要求信号がなかった場合、つまり送信要求が「ID番号でない」ときは、故障診断結果などの通常の送信データを、ラインエンドチェッカ3へ送出するというプログラムになっているものである。
そうすると、本願発明においては、@ラインエンドチェッカ3から、ID番号の送信要求信号があれば、車両用電子制御装置1に記憶されたID番号を、ラインエンドチェッカ3へ送出し、Aラインエンドチェッカ3からの送信要求が、ID番号でない場合には、車両用電子制御装置1に記憶された他の、故障診断結果などの通常データを、ラインエンドチェッカ3へ送出する、という構成となっていることが、明らかである。
要するに、車両用電子制御装置1とラインエンドチェッカ3との間において、車両用電子制御装置1に記憶されている「ID番号」のほかに、車両用電子制御装置1にあらかじめ用意されている故障診断メニューに基づいて行った故障診断結果(通常データ)も、その双方向通信のデータ授受の対象となっているものである。本願発明では、以上のように構成されたものを「双方向通信手段」といっているのである。
(2) 被告は、本願発明の「双方向通信手段」が、「識別データ」(ID番号)を送出することに加え、さらに「通常データ」を、車両用電子制御装置から外部接続装置へ送出するものと解釈することはできないと主張する。
しかし、本願発明の特許請求の範囲の「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、」の文言は、記憶手段が「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶している」ことを示している記載であるのに対し、「上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段と、」の文言は、双方向通信手段が、「上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する」ことを示している記載である。後者において構成要素とされているのは、「上記記憶手段に記憶された情報」であり、この「情報」には、
「識別データ」のほか、それ以外の他の情報(車両用電子制御装置に記憶された他の故障診断結果などの通常データ)も含まれる。このことは、特許請求の範囲の記載において、「上記記憶手段に記憶された情報」となっており、「識別データ」に限定された記載となっていないことからも明白である。
また、「情報」とは、データの集団又は事実やデータの集合を意味する用語であり(甲第7、8号証参照)、この用語は、もともと複数の事実や、複数のデータを含む意味に理解されているものである。そうすると、通常の用語知識を有した当業者であれば、本願発明の特許請求の範囲に記載された「情報」には、複数の事実や、複数のデータが含まれていると理解し、「双方向通信手段」の送信対象としては、本願明細書の「発明の詳細な説明」に記載された実施例を参酌して、その送信対象として、「ID番号」(識別データ)と故障診断結果などの「通常データ」の両者を含む意味に理解するのが通常である。
(3) 以上によれば、審決が、本願発明の「双方向通信手段」とは、車両用電子制御装置1は、ラインアンドチェッカ3から送信要求があれば識別データ(ID番号)を送出するにすぎず、それ以上の特異性を有しないとしたのは、重大な認定の誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消しを免れないものである。
2 取消事由2(先願発明に「双方向通信手段」が開示されているとの誤認) 審決は、先願発明において、「外部装置(50)に対して設定されるスタートスイッチを押すと、外部装置(50)は記憶された識別コードが入力され、それを読み取って表示するようにしているのであるから、外部装置50と、車載用電子的制御装置本体(制御ユニット16)の間の通信は、双方向に行われるものであり、」(審決書4頁10行〜16行)と認定し、この認定を前提として、先願発明は、本願の発明の「双方向通信手段」を具備していると判断した。しかし、上記判断の前提となっている先願発明に「双方向通信手段」が開示されているとの認定は、誤りである。
(1) 先願発明は、制御ユニット16と外部装置50との相互間においてみると、外部装置50から制御ユニット16への入力信号は、スタートスイッチの状態が「オン状態」、「オフ状態」の信号として入力されるのみであり、外部装置50から制御ユニット16に対して、制御ユニット16に記憶されたROM識別コードの要求信号は、入力されておらず、また、他に記憶されたデータの交換を示唆する双方向通信の信号は、外部装置50より制御ユニット16に対して一切送信されていないことが明らかである。
他方、先願発明においては、制御ユニット16からの出力信号により、ROMコード信号、エラーコード信号が外部装置50に入力される。外部装置50に対して入力されるROMコード信号、エラーコード信号は、外部装置50からのデータ要求に基づいて制御ユニット16から出力されたものではなく、一方的に制御ユニット16から出力され、一方的に外部装置50に入力されるものである。
結局、ROMコード信号、エラーコード信号が、外部からのデータ要求に基づかずに、一方的に制御ユニット16から外部装置50に入力されるものであって、この信号の伝送関係は、「一方向の通信」というべきものである。
(2) 被告は、外部装置50への信号の送出は、外部装置50から制御ユニット16にスタートスイッチのオン信号を送った結果であることが明らかであり、そのオン信号は、まさに識別コードやエラーコードに対する送信要求信号であるという。
しかし、先願発明でのスタートスイッチのオン信号は、相手側に対する要求が、単数であり、複数の要求を選択的に判断して要求するという考えは全くないこと、スイッチ・オンの結果は、いつも同じ動作(返信)しか得られないことを考慮すると、先願発明におけるスタートスイッチのオン信号は、送信(返信)機能のスタート動作にすぎず、これを「送信要求信号」ということはできない。
(3) 以上によれば、審決が、先願発明において、外部装置50と車載用電子的制御装置本体(制御ユニット16)の間の通信は双方向に行われるとしたのは、重大な認定の誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
被告の反論の要点
審決の認定判断は、いずれも正当であって、審決には、取り消されるべき理由はない。
1 取消事由1(本願発明における送信対象の誤認)について (1) 原告は、「ラインエンドチェッカ3の送信要求が、ID番号の要求ではない場合には、」と主張して、あたかもラインエンドチェッカ3がID番号の送信要求ではない何らかの要求信号を出しているかのように言い替えている。しかし、ID番号の送信要求信号以外に通常データの送信要求信号があることは、本願明細書等に一切記載がないのであって、なぜ上記のように言い替えうるのか理解し難い。
本願発明の実施例において、ID番号のほかに通常データを送出する記載があるのは事実である。しかし、本願発明の「双方向通信手段」が、「識別データ」(ID番号)を送出することに加え、さらに「通常データ」を、車両用電子制御装置から外部接続装置へ送出するものと解釈することはできない。なぜなら、特許請求の範囲には、「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段と」とされているから、「識別データ」(ID番号)のみを構成要素としていることは明らかである。
このことは、本願明細書の【発明の効果】の欄に、「本発明によれば、外部接続装置が要求信号を出力すると、これに応じて双方向通信により車両用電子制御装置は、車種に応じた電子制御装置の仕様としての識別データを出力するので、」(甲第2号証の3、1頁24行〜26行)と記載されていることからも明らかである。
(2) 本願発明の特許請求の範囲の「情報」とは、「識別データ」の上位概念の用語であり、この「情報」が「通常データ」を含むか否かにかかわらず、下位概念の「識別データ」を包含しているのである。仮に、原告主張のとおり、「情報」に「通常データ」が含まれることがあるとしても、本願発明の「情報」は、先願発明の「識別コード」と同一であることに変わりがない。
2 取消事由2(先願発明に「双方向通信手段」が開示されているとの誤認)について 先願明細書によれば、外部装置50への信号の送出は、外部装置50から制御ユニット16にスタートスイッチのオン信号を送った結果であることが明らかであり、そのオン信号は、まさに識別コードやエラーコードに対する送信要求信号である。「双方向通信手段」の意味は、「送り手と受け手が相互に情報を交換することができる通信のこと」である(甲第4、5号証参照)。先願発明において、外部装置50から制御ユニット16に送られる信号も、制御ユニット16から外部装置50に送られる信号も、いずれも情報であり、双方向通信の一形態ということができるから、原告のいう「一方向通信」というのは当たらない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明における送信対象の誤認)について (1) 原告は、本願発明の「双方向通信手段」の送信対象としては、本願明細書の「発明の詳細な説明」に記載された実施例を参酌して、その送信対象として、
「ID番号」(識別データ)と故障診断結果などの「通常データ」の両者を含む意味に理解するのが通常である旨主張し、これに対して、被告は、本願発明の「双方向通信手段」が、「識別データ」(ID番号)を送出することに加え、さらに「通常データ」を、車両用電子制御装置から外部接続装置へ送出するものと解釈することはできない旨主張する。
(2) 本願発明の特許請求の範囲に、「エンジン、トランスミッション等の駆動系、あるいはサスペンション系等を電子制御する車両用電子制御装置において、車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段とを備えたことを特徴とする」との記載があることは、前記(第2、2)のとおりである。
本願発明の「記憶手段」は、「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶し」ていることが明らかであるものの、そもそも、本願発明は、
「エンジン、トランスミッション等の駆動系、あるいはサスペンション系等を電子制御する車両用電子制御装置」なのであるから、その「記憶手段」には、当然に、
「識別データ」のほか、車両用電子制御装置の本来の情報も記憶されていることは、論ずるまでもないことである。
そして、特許請求の範囲に「上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する」と記載され、外部接続装置に出力するのが「情報」であり、「識別データ」としていないことからすれば、「車両用電子制御装置」から「外部接続装置」に出力されるものは、「識別データ」のほか、車両用電子制御装置の本来の情報を含んでいることが明らかである。
(3) 被告は、特許請求の範囲には、「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段」とされているから、「識別データ」(ID番号)のみを構成要素としている旨主張する。
しかしながら、本願発明は、「エンジン、トランスミッション等の駆動系、あるいはサスペンション系等を電子制御する車両用電子制御装置」であり、
「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段とを備えたことを特徴とする」というものである。被告の指摘する「車種に応じた電子制御装置の仕様を識別データとして記憶した記憶手段と、上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段と」との記載は、「車両用電子制御装置」である本願発明における特徴となる構成を示しているにすぎないのであり、本願発明は、上記特徴とは別に、「車両用電子制御装置」としての本来の機能を有しているのである。したがって、本願発明の「双方向通信手段」が、「識別データ」(ID番号)のみを出力するものである、などということは、およそあり得ないことである。
被告の上記主張は、採用できない。
(4) そうすると、本願発明の「双方向通信手段」とは、車両用電子制御装置1は、ラインアンドチェッカ3から送信要求があれば識別データ(ID番号)を送出するにすぎず、それ以上の特異性を有しないとした審決の認定(審決書4頁17行〜5頁3行)は、仮に、その意味が被告の主張するようなものであるとすれば、それは誤りである。しかし、たといそうであったとしても、上記誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものではない。すなわち、次のとおりである。
先願発明が、「車載される制御装置対象に対応した識別コードを記憶する手段(ROM)を有する車載用電子的制御装置に対して外部装置50を接続し、外部装置50に対して設定されるスタートスイッチを押すと、外部装置50は前記手段に記憶された識別コードが入力され、それを読み取って表示するようにした、車載用電子的制御装置の自己診断装置」との構成のものであることは、当事者間に争いがない(別紙図面(2)参照)。
先願発明の「記憶する手段(ROM)」が、「車載される制御装置対象に対応した識別コードを記憶」していることは明らかであるものの、そもそも、先願発明は、「車載用電子的制御装置の自己診断装置」であるから、その「記憶する手段(ROM)」には、当然に、「識別コード」のほか、車載用電子的制御装置の自己診断装置の本来の情報も記憶されていることは、論ずるまでもないことである。
そうすると、本願発明と先願発明とは、「識別データ」(先願発明では「識別コード」)及びそれ以外の車両用電子制御装置(先願発明では「車載用電子的制御装置」)の本来の情報を送信対象としている点で変わるところがない。
本願発明の送信対象として、「ID番号」(識別データ)と故障診断結果などの「通常データ」の両者を含む意味に理解すべきであることは、原告の主張のとおりである。しかし、このことは、先願発明にも同じようにいえることであって、先願発明の送信対象も、「識別コード」のほかに、車載用電子的制御装置の自己診断装置の本来の情報を含んでいるのである。
本願発明の送信対象についての審決の認定を非難しつつ、先願発明もこれと同様であることを考慮に入れない原告主張の取消事由1は、首尾一貫しておらず、結局のところ理由がないことが明らかである。
2 取消事由2(先願発明に「双方向通信手段」が開示されているとの誤認)について (1) 原告は、先願発明におけるスタートスイッチのオン信号は、送信(返信)機能のスタート動作にすぎず、これを「送信要求信号」ということはできないとし、これを前提に、先願発明は、ROMコード信号、エラーコード信号が、外部からのデータ要求に基づかずに、一方的に制御ユニット16から外部装置50に入力されるものであって、この信号の伝送関係は、「一方向の通信」というべきものである旨主張する。
(2) 甲第4号証によれば、昭和58年8月1日発行「ニューメディア用語辞典」(日本放送出版協会編)には、「双方向通信」について「送り手と受け手が相互に情報を交換することのできる通信のこと。」との記載が、甲第5号証によれば、昭和57年4月12日電波新聞社発行「マイコン用語辞典」には、「デュプレックス」の解説において、「2重と訳され、普通は双方向通信方法のことをいう。
この通路では、データを両方向に自発的に伝送することができる。通路は分離された複数個を用いる場合と、多重の単線を用いる場合の両方がある。」との記載があることが認められる。
「双方向通信手段」については、本願発明の特許請求の範囲には、「上記記憶手段に記憶された情報を外部接続装置に出力する双方向通信手段とを備えた」との記載があるのみであり、また、甲第2号証の2(本願発明に係る特許公報)及び甲第2号証の3(平成8年1月22日付け手続補正書)によれば、本願明細書等の他の部分にも、「双方向通信手段」の情報の種類、態様等について格別の限定を加える記載はないことが認められる。そうだとすれば、本願発明においては、「双方向通信手段」は、「エンジン、トランスミッション等の駆動系、あるいはサスペンション系等を電子制御する車両用電子制御装置」であることから求められる制約があり得ることは別として、それ以外には格別の限定のない、広い技術的意味を有するものというべきである。
(3) 甲第3号証によれば、先願明細書等には、「第12図に示す実施例にあっては、制御ユニット16に対して外部装置50を接続設定している。すなわち、制御ユニット16の前記テストスイッチ24の入力端子Tに対して外部装置50を接続するもので、この外部装置50からの出力信号によってテスト診断モードが設定されるようにする。このようにすると、このマイクロコンピュータ制御ユニット16と外部装置50の同期を取ることが容易となり、テストモード出力制御が簡易化される。上記外部装置50はマイクロコンピュータによって構成されるものであり、第13図はこの外部装置50を構成するマイクロコンピュータの動作状態の流れを示している。このルーチンは例えば4ms毎に起動されるもので、制御ユニット16からの出力信号Wからハード的およびソフト的にノイズを除去したものを用いる。すなわち、外部装置50に対して設定されるスタートスイッチを押すとすると、ステップ501で制御ユニット16に対する入力端子Tがオン状態と判断され、このオン状態と判断された結果ステップ502に進み、まずROM識別コードを入力する。そして、このROMコードが入力された状態でステップ503によってこの読み取られたROMコードに対応するエラーコード表を選択する。・・・そして、ROMコードに続いてエラーコードまたは正常コードを読み取り、選択されたエラーコード表にしたがってコード内容を選択し、外部装置50に対して設定される例えばLEDを点灯制御する。また、ROMコードやエラーコード、または正常コードが入力されない場合には、通信エラー表示のLEDを点灯させる。上記外部装置50に対しては、読み取ったROMコードを確認用に表示する表示部が設けられる。」(5頁左下欄3行〜右下欄16行)との記載があり、第12図には、一方で、外部装置50からエンジン制御ユニット16に向かう線が矢印で示され、他方で、エンジン制御ユニット16から外部装置50に向かう線が矢印で示されている図が記載されていることが認められる。
先願明細書等に、上記のとおり、「この外部装置50からの出力信号によってテスト診断モードが設定されるようにする。」(5頁左下欄7行〜8行)、
「すなわち、外部装置50に対して設定されるスタートスイッチを押すとすると、
ステップ501で制御ユニット16に対する入力端子Tがオン状態と判断され、」(5頁左下欄19行〜右下欄2行)との記載があることからすると、外部装置50から制御ユニット16に信号を送り、この信号によって、制御ユニット16にテスト診断モードが設定されることが明らかである。
また、上記のとおり、「上記外部装置50はマイクロコンピュータによって構成されるものであり・・・制御ユニット16からの出力信号Wからハード的およびソフト的にノイズを除去したものを用いる。」、「ステップ501で制御ユニット16に対する入力端子Tがオン状態と判断され、このオン状態と判断された結果ステップ502に進み、まずROM識別コードを入力する。・・・上記外部装置50に対しては、読み取ったROMコードを確認用に表示する表示部が設けられる。」との記載があることからすると、制御ユニット16から外部装置50にROM識別コードを送り、この信号によって、外部装置50が読み取ったROMコードを確認用に表示することが明らかである。
スタートスイッチを押すことによって「オン状態」とし、これが制御ユニット16に伝えられることが、要求信号であること以外の何物でもないことは自明の事柄というべきであり、先願明細書等自体も、「この外部装置50からの出力信号によってテスト診断モードが設定されるようにする。」(5頁左下欄7行〜8行)というように「出力信号」と扱っているのである。
したがって、先願発明において、車載される制御装置対象に対応した識別コードを記憶する手段(ROM)を有する制御ユニット16において、外部装置50から制御ユニット16にオン状態を示す信号が出力され、これに対して、制御ユニット16から外部装置50にROM識別コードが出力されるという構成が、本願発明にいう「双方向通信」と異なるところがないことは明らかである。
(4) 原告は、他に記憶されたデータの交換を示唆する双方向通信の信号は、外部装置50より制御ユニット16に対して一切送信されていないとか、制御ユニット16からの出力信号によりROMコード信号、エラーコード信号が外部装置50に入力されるものであるとか、外部装置50に対して入力されるROMコード信号、エラーコード信号は、外部装置50からのデータ要求に基づいて制御ユニット16から出力されたものではなく、一方的に制御ユニット16から出力され、一方的に外部装置50に入力されるなどと主張する。しかし、上記認定に照らせば、失当であることは明らかである。
また、原告は、先願発明でのスタートスイッチのオン信号は、相手側に対する要求が、単数であり、複数の要求を選択的に判断して要求するという考えは全くないこと、スイッチ・オンの結果は、いつも同じ動作(返信)しか得られないことを考慮すると、先願発明におけるスタートスイッチのオン信号は、送信(返信)機能のスタート動作にすぎず、これを「送信要求信号」ということはできないとも主張する。
しかしながら、本願発明において、「双方向通信手段」の情報の種類、態様等について格別の限定がされていないことは、前述のとおりであり、また、先願発明における制御ユニット16にROM識別コードの出力を求めるオン信号が「送信要求信号」でないといえないことは自明である。原告の主張は、失当というほかない。
3 以上によれば、原告主張の審決取消事由は、理由がないことが明らかであり、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸