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関連審決 異議1999-70074
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  容易に実施 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 335号 特許取消決定取消請求事件
原告 旭硝子株式会社代表者代表取締役 【A】
原告 オプトレックス株式会社代表者代表取締役 【B】
両名訴訟代理人弁理士 萩原亮一
同 安西篤夫
同 内田明
被告 特許庁長官【C】
指定代理人 【D】
同 【E】
同 【F】
同 【G】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/02/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成11年異議第70074号事件について平成11年8月25日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは、発明の名称を「液晶表示素子」とする特許第2775823号(平成元年3月28日出願、平成10年5月1日設定登録。以下、この発明を「本件発明」といい、その請求項2に係る発明を「本件発明2」、その請求項3に係る発明を「本件発明3」という。)の特許権者である。日東電工株式会社は、平成11年1月12日、本件特許につき異議の申立てをし、特許庁は、この申立てを平成11年異議第70074号事件として審理した結果、同年8月25日、「特許第2775823号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年9月13日、原告らに送達された。
2 本件発明の要旨 【請求項1】ほぼ平行に配置され配向制御膜を有する一対の透明電極付きの基板間に挟持された施光性物質を含有した誘電異方性が正のネマチック液晶によるねじれ角が160〜300゜の液晶層と、この液晶層を挟持する上下の基板の透明電極間に電圧を印加する駆動手段とを有し、この液晶層の外側に一対の偏光板を設置し、液晶層の両外側であって一対の偏光板の内側に一対の複屈折板を配置した液晶表示素子において、液晶層での液晶の屈折率異方性△n1と液晶層の厚みd 1との積△n 1・d 1が0.4〜1.5μmとされ、各複屈折板が3方向で屈折率が異なる複屈折板であって、3個の主屈折率をnx、n y、n zとし、n x、n yを複屈折板面内方向の屈折率とし(nx>n y)、n zを複屈折板の厚み方向の屈折率とした場合、n x>nz>n yであることを特徴とする液晶表示素子。
【請求項2】各複屈折率が2軸延伸フィルムであることを特徴とする請求項1記載の液晶表示素子。
【請求項3】nx>n z>n y≧1.5818であることを特徴とする請求項1または2記載の液晶表示素子。
【請求項4】各複屈折板の屈折率が(nz-n y)/(n x-n y)≧0.1とされることを特徴とする請求項1、2または3記載の液晶表示素子。
【請求項5】各複屈折板の屈折率異方性△n2とその厚みd 2との積△n 2・d2が、液晶層の△n 1・d 1の大きさのほぼ半分の値か、それよりも少し小さめであることを特徴とする請求項1、2、3または4記載の液晶表示素子。
3 本件決定の理由の要旨 本件決定の理由は、別添決定書写し記載のとおり、本件発明の「nzがn xとn yの間の値を取る(n x>n z>n y)2軸延伸フィルム」の製法等は、本件出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)及びその図面に記載も示唆もされておらず、本件出願の時に当業者に周知又は自明の事項でもないから、
本件発明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、特許明細書の発明の詳細な説明に記載されているとすることができず、特許法36条4項の規定に違反して特許されたものであり、本件特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるとして、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項及び2項の規定により、請求項1ないし5に係る本件特許を取り消した。
原告ら主張の決定取消事由
1 本件決定は、本件出願当時において当業者にとって周知又は自明の事項についての認定を誤り(取消事由)、ひいては、本件発明が当業者において容易にその実施をすることができる程度に明細書の発明の詳細な説明に記載されているとすることができないとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(周知又は自明の事項についての認定の誤り) (1) 本件決定は、「本件発明1〜5の”nzがn xとn yの間の値を取る(n x>n z>n yの)2軸延伸フィルム”の製法等は、本件特許明細書及び図面に何ら記載されておらず、本件発明1〜5の出願の時に当業者に周知又は自明の事項でもない。」(決定書13頁12行目〜16行目)と認定するが、誤りである。
すなわち、いずれも本件出願前に公知である特開昭56-62126号公報(以下「公報1」という。)、特開昭53-49050号公報(以下「公報2」という。)、特開昭53-104644号公報(以下「公報3」という。)及び特公昭53-16433号公報(以下「公報4」という。)には、「nx、n yを複屈折板内方向の屈折率とし(nx>n y)、n zを複屈折板の厚み方向の屈折率とした場合、nx>n z>n yである」(以下「本件屈折率」という。)2軸延伸フィルムの製法が開示されている。このように、本件出願当時、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法等は、公知であった。当業者にとって本件発明2が容易に実施をすることができたというためには、本件出願当時、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが使用可能な状況にあれば足りるところ、公知の物質であれば、明細書にその製造方法を記載しなくとも、使用可能であるということができるから、当業者が容易に本件発明2の実施をすることができたということができる。
(2) 被告は、当業者にとって本件発明が容易に実施をすることができたというためには、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法等が当業者にとって周知又は慣用のものであったことを要するとした上、複数の公知文献があったとしても、
その発見にかなりの時間を要するような文献に記載されている技術事項は、当業者に周知又は慣用のものということはできないから、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが本件出願前の公知文献に記載されているからといって、それが当業者にとって周知又は慣用の技術事項であったとはいえないと主張する。
しかしながら、本件出願当時、本件発明が当業者にとって容易に実施をすることができたというためには、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが公知であれば足りるというべきである。また、これが周知であるだけでは足りず、当業者に周知又は慣用の技術であることを要するとしても、公報1〜4の内容及びその刊行された時点等に照らすと、本件出願当時、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムは、当業者にとって周知又は慣用の技術であったと認められ、このような出願当時の技術水準を踏まえると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明2について当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されているというべきである。
被告は、原告らによる公報1〜4の提出が遅れたことから、本件出願当時、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムは、当業者にとって周知又は慣用の技術であったとは認められないと主張するが、原告らは、特許庁及び裁判所に提出済みの証拠により、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが公知又は慣用の技術であることが立証可能であると判断していたため、公報1〜4の調査を行わなかったにすぎない。
(3) 本件発明3は、2軸延伸フィルムの屈折率が「nx>n z>n y≧1.5818」であることを特徴としている。ところで、公報1には、ポリフェニレンスルフィド(以下「PPS」という。)から成る2軸延伸フィルムが記載されているところ、本件出願後の文献である「Quantitative Characterization of Optical Anisotropy in High Refractive Index Fi1ms」(S.S.HARDAKER, S.MOGHAZY, C.Y.CHA, and R.J.SAMUELS著、Journa1 of Polymer Science: Part B: Polymer Physics. Vol.31, 1951-1963(1993) )(甲第14号証)には、PPSの屈折率が、
最も小さい軸でも1.6973であることが記載されている。そこで、公報1の2軸延伸フィルムが本件屈折率を有し、屈折率が最も小さい軸であるnβの屈折率が1.6973であるとすると、nγ>nα>nβ=1.6973となり、この2軸延伸フィルムは、本件発明3の要件(nx>n z>n y≧1.5818)を満たす。
被告は、上記の文献が本件出願後のものであることを主張するが、出願後に頒布された文献であっても、出願時の技術水準を立証するために提出することは許されるのであり、上記の文献により、本件出願当時、本件発明3の要件を満たす2軸延伸フィルムが公知であったことが認められる。
被告の反論
1 本件出願当時において当業者にとって周知又は自明の事項についての本件決定の認定は正当であり、原告ら主張の決定取消事由は理由がない。
2 取消事由(周知又は自明の事項についての認定の誤り)について (1) 本件発明は、複屈折板として2軸延伸フィルムを使用するものを含んでいるから、その使用をする場合についても、当業者が容易に実施をし得る程度に本件明細書に記載されていなければならない。そして、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法等は、本件明細書に記載も示唆もされておらず、また、当業者にとって周知又は慣用の技術事項でもないから、本件明細書の記載に基づいて本件発明2を当業者が容易に実施をすることはできない。
原告らの主張する公報1〜4には、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法等は記載されておらず、また、これら公報に記載された屈折率の計算によって本件屈折率が導き出されるとしても、これによって、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法等が記載されているということはできない。
また、仮に、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが公報1〜4に記載されて公知であるとしても、このことは、本件出願当時、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが存在したということを意味するにすぎず、その製法等が当業者にとって周知又は慣用の技術であったことを意味するものではない。
(2) 本件発明の発明者らは、平成元年、「P2-15 Film Compensated STN-LCDs with Wide Viewing Angle」(JAPAN DISPLAY '89)(乙第5号証)において、当業者にとって本件屈折率を有する2軸延伸フィルムを容易に製造することができないと記載しており、当時は、本件発明の発明者らにおいてすら、このように認識していたことになるから、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法が当業者にとって周知又は慣用の技術事項でなかったことは明らかである。
特許法36条4項にいう「容易にその実施をすることができる程度」とは、出願時の技術常識からみて、出願に係る発明が正確に理解及び再現することのできる程度をいうものであり、技術常識とは、当業者に一般的に知られている技術又は経験則から明らかな事項であるから、単に複数の公知文献に記載があったとしても、その発見にかなりの時間を要するような文献に記載されている技術的事項は、当業者にとって一般的に知られている技術事項であるということはできない。
(3) 公報1〜4は、本件決定の異議事件の取消理由通知から1年以上、原告らにおいて発見、提出することができなかったものであり、また、原告らは、本件訴訟の第2回弁論準備手続期日において、「本件出願時における2軸延伸フィルムの周知例を立証する予定はない。」と陳述し、第3回弁論準備手続期日において、
「これまで2軸延伸フィルムの例は発見できなかったが、今回改めて調査をしたところ、例を発見したので、甲第12ないし14号証として提出する。」と陳述しているのであって、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが当業者に周知又は慣用の技術事項でないことは、このことからも裏付けられる。
(4) 公報1〜4には、本件発明3における「nx>nz>ny≧1.5818の2軸延伸フィルム」の製法等は記載も示唆もされていないから、これら公報に記載された本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの記載に基づいても、当業者が容易に本件発明3の実施をすることはできない。原告らの主張する「Quantitative Characterization of Optical Anisotropy in High Refractive Index Fi1ms」(S.S.HARDAKER, S.MOGHAZY, C.Y.CHA, and R.J.SAMUELS著、Journa1 of Polymer Science: Part B: Polymer Physics. Vol.31, 1951-1963(1993))は、本件出願日の後に発行された文献であるから、当業者は、本件出願当時、公報1に記載された2軸延伸フィルムの屈折率がnx>n z>n y≧1.5818であると知ることはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由(周知又は自明の事項についての認定の誤り)について (1) 本件明細書の記載 本件明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲【請求項1】には、本件屈折率を有する複屈折板が記載され、また、発明の詳細な説明には、「このような複屈折板としては、2軸延伸フィルムや雲母、石膏、硝石等の2軸性結晶を用いれば良い。」(8欄10行目〜11行目)との記載があり、複屈折板の例として2軸延伸フィルムが挙げられているものの、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法は、記載されていない。
(2) 公報1〜4の記載 しかしながら、公報1〜4には、以下の記載がある。
ア 公報1 昭和56年5月27日に公開された公報1(甲第12号証)には、2軸延伸操作で3方向の屈折率の関係を調整する方法が記載されており(2頁右上欄10行目〜左下欄10行目)、しかも、nα(厚み方向の屈折率)がnβ(短軸方向の屈折率)とnγ(長軸方向の屈折率)の間の値をとるPPSから成る2軸延伸フィルムが記載されている。すなわち、公報1記載の発明の実施例3(9頁左上欄)には、PPSポリマを溶融成形して得たフィルムを、延伸装置で長手方向と幅方向に延伸して2軸延伸フィルムを形成することが記載され、その表-3(9頁下欄)には、2軸延伸フィルムの特性が記載されているところ、その試料記号A-8-1の2軸延伸フィルムは、厚み方向の屈折率nαが短軸方向の屈折率nβと長軸方向の屈折率nγの間の値をとることが明らかであり、本件発明の複屈折板として使用できるものであることが開示されている。
イ 公報2 昭和53年5月4日に公開された公報2(甲第13号証)には、Nz(厚み方向の屈折率)がNx(長さ方向の屈折率)とNy(幅方向の屈折率)の間の値をとる、ポリアミド含有エチレン・酢酸ビニル共重合体から成る2軸延伸フィルムが記載されている。すなわち、表2(19頁左上欄)のNo.17の2軸延伸フィルムは、その屈折率NzがNxとNyの間の値をとるという関係を有していることは明らかであり、したがって、この2軸延伸フィルムは、本件屈折率を有することが明らかである。
ウ 公報3 同年9月12日に公開された公報3(甲第15号証)の第1表(4頁左下欄)のフィルムDは、厚さ500μのアイソタクチックポリプロピレンの未延伸フィルムをフィルムAと同じ延伸条件で延伸したフィルムであり(4頁左上欄16行目〜18行目)、すなわち、140℃でMD(縦方向)に1.2倍延伸した後、TD(横方向)に3倍延伸し、次いで155℃で10秒間熱処理したもの(同1行目〜3行目)であって、Ny(幅方向の屈折率)>Nz(厚み方向の屈折率)>Nx(長さ方向の屈折率)の関係を有することが分かる。
エ 公報4 同年6月1日に公告された公報4(甲第16号証)の表-3(8頁)の実験番号3-7のフィルムは、PP/PE/EPC=35/30/35(重量比)のフィルムをMD(縦方向)に1.2倍延伸して固定し、TD(横方向)に25.0倍延伸した(15欄1行目〜4行目及び16欄1行目〜3行目)ものであって、Ny(幅方向の屈折率)>Nz(厚み方向の屈折率)>Nx(長さ方向の屈折率)の関係を有することが分かる。
(3) 本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法 本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法についても、公報1(甲第12号証)には、「実施例3 (1) PPSポリマの準備・・・(2) 溶融成形・・・(3) 二軸延伸・・・(4) 熱処理・・・A-8-1を得た。」(9頁左上欄1行目〜18行目)と記載され、公報2(甲第13号証)には、「エチレン含量27モル%・・・のEVOHにナイロン6・・・を15wt%ブレンドし・・・各種フィルムを作った(表3)。」(18頁右下欄1行目〜9行目)と記載され、公報3(甲第15号証)には、「実施例1.・・・比較のためアイソタクチックポリプロピレンを厚さ500μの未延伸フィルムに成形し、(A)と同じ延伸条件で延伸してフィルムD・・・を得た。」(3頁右下欄16行目〜4頁左上欄19行目)と記載され、また、公報4(甲第16号証)には、「実施例3 実施例2で用いたのと同一の重合体を用い・・・MD延伸倍率を1.2倍に固定し、TD延伸倍率は表-3に示した範囲で各々設定し・・・フィルムを得、さらに粘着テープとした。」(15欄1行目〜4行目及び16欄1行目〜3行目)と記載されているから、これらの記載によれば、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法は、公報1〜4において開示されているということができる。
(4) そうすると、本件出願日である平成元年3月28日の10年以上前から、
本件屈折率を有する2軸延伸フィルム及びその製法は、公報において繰り返し開示されていたことが認められる。また、公報1(甲第12号証)表-3(9頁)において、本件屈折率を有する試料記号A-8-1のものは、同表の備考欄に「比較例」と記載され、公報2(甲第13号証)表2(19頁)にはNo.17が比較例である旨記載され、公報3(甲第15号証)第1表(4頁)に記載のフィルムDが「本発明」でなく「比較」の欄に記載され、また、公報4(甲第16号証)表-3(8頁)の実験番号3-7は、「発明の内外の表示」の欄が「外」と記載されている。
これらの公報の記載は、すべて、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムが、これら公報の明細書が作成された時点において既に、新たに発明されたものとしてではなく、比較のために従来から存在した技術として記載されているというほかはない。
(5) 以上を総合すると、本件屈折率を有する2軸延伸フィルム及びその製法は、本件出願当時において、当業者にとって周知又は慣用の技術であったと認めることができる。
(6) 発明者らの論文 被告は、本件発明の発明者らの論文である「P2-15 Film Compensated STN-LCDs with Wide Viewing Angle」(JAPAN DISPLAY '89)により、平成元年当時、本件発明の発明者らでさえ、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムを製造することは当業者にとって容易ではなかったと認識していた旨主張する。
しかしながら、上記論文(乙第5号証)には、「フィルム補償STN液晶表示素子は、そのフィルムが単軸性に近い場合により広い視角を有することが確認される。しかしながら、反対の特性、すなわちnz/n y>1を有する2軸性フィルムを用いた場合にはどのようなことが起こるかという疑問が生じる。そこで我々は、コンピュータシュミレーションによりこの場合の傾向を調査した。・・・nz/n y値を適切な値に選択すると非常に広い視角が得られるということが予想される。しかしながら、このような種類のフイルムを三次元の光学異方性をコントロールして商業的に製造することは現状では非常に困難であると考えられる。」(336頁右欄下から7行目〜337頁左欄14行目の訳文)との記載がある。したがって、本件発明の発明者らは、本件屈折率を有する2軸延伸フィルムを商業的に製造することが困難であると述べているものであって、その製造自体が困難であると述べているわけではないから、上記論文の記載は、本件屈折率を有する2軸延伸フィルム及びその製法が当業者にとって周知又は慣用の技術であったとする上記認定を左右するものではない。
(7) 公報1〜4の提出時期 また、被告は、審判及び本件訴訟における公報1〜4の提出が遅れたことを主張するが、一般に、技術関係文献を調査、発見するために要する時間は、調査者の調査技術の巧拙、調査体制の整備状況等の要因によっても左右されるところである。確かに、本件屈折率を有する2軸延伸フィルム及びその製法が本件出願当時に当業者にとって周知又は慣用の技術であったとの上記認定に照らすと、公報1〜4が本件訴訟における弁論準備手続の後半段階に至って初めて提出されたということは、原告らの調査が拙劣又は怠慢であったうらみを免れず、仮に、これら公報が審判の審理段階において適時に提出されていたとすれば、審決の結論が異なったものとなった可能性が高い。しかしながら、本件屈折率を有する2軸延伸フィルム及びその製法が本件出願当時に当業者にとって客観的に周知又は慣用の技術であったという事実は、これら公報の内容から認定されるべきであって、原告らの調査の手続等に問題があったために文献調査に多くの時間を要し、その提出が遅れたからといって、上記認定が左右される筋合いのものではない。
(8) 本件発明3の要件 被告は、公報1及び2には、本件発明3の「nx>n z>n y≧1.5818の2軸延伸フィルム」の製法等は記載も示唆もされていないと主張するが、本件決定は、本件発明3の「nx>n z>n y≧1.5818の2軸延伸フィルム」の実施可能性については何ら判断していないから、本件訴訟においてこの点につき主張することは許されない。
(9) したがって、本件発明の本件屈折率を有する2軸延伸フィルムの製法等が本件出願時に当業者にとって周知又は自明の事項でないとする本件決定の認定は、
誤りである。
2 以上のとおりであるから、原告ら主張の決定取消事由は理由があり、この誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件決定は取消しを免れない。
よって、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男