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事件 平成 12年 (ネ) 2909号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 ハタノヤ株式会社
訴訟代理人弁護士 五藤昭雄
同 芦川淳一
補佐人弁理士 小林正治
被控訴人 日本繊食有限会社
訴訟代理人弁護士 小林淳郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/06/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、金300万円及びこれに対する平成8年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
本件は、こんにゃく等の製造機械の製造販売を業とする控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が、控訴人から購入した筋組織状こんにゃく製造用の目皿を使用して筋組織状こんにゃくを製造し、販売するこんにゃく製造業者らに、被控訴人の特許権を侵害するおそれがあるとして、その製造販売行為を中止するよう求める書面を送付したことが、平成11年法律第33号による改正前の不正競争防止法(以下、単に「不正競争防止法」という。)2条1項11号所定の不正競争に当たるとして、同法4条本文に基づき損害賠償を請求する事案である。
原判決は、筋組織状こんにゃくの製造方法及び製造装置に係る上記特許の特許請求の範囲に記載された構成中に、上記目皿を使用する筋組織状こんにゃくの製造方法及び製造装置と異なる部分が存在するものの、上記目皿を使用する筋組織状こんにゃくの製造方法及び製造装置は、上記特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、上記特許発明技術的範囲に属するから、上記書面に記載された事実が虚偽であるとはいえないとして、控訴人の請求を棄却した。
1 前提となる事実 (1) 当事者 控訴人はこんにゃく等の製造機械装置の製造販売を業とする会社であり、
被控訴人はこんにゃく製品の製造販売を業とする会社である。(争いがない。なお、控訴人は、被控訴人がこんにゃく製造機械の製造販売をも業とすると主張する。) (2) 控訴人による控訴人目皿の製造販売 (ア) 控訴人は、遅くとも平成7年2月ころから、筋組織状こんにゃくを製造するための連通孔目皿(以下「控訴人目皿」という。)を製造してこんにゃく製造業者に販売し、控訴人目皿を購入したこんにゃく製造業者は、これを用いて筋組織状こんにゃくを製造し、販売している。(争いがない。なお、被控訴人は、控訴人目皿の製造販売開始時期を平成6年6月と主張する。) (イ) 控訴人目皿の形状には、原判決別紙@〜Nの各図面表示のものがあった。(控訴人目皿の形状に原判決別紙A図面表示のものと同@図面表示のものとがあったことは争いがない。その余については甲第13号証の3〜15、原審における控訴人代表者尋問の結果) (3) 本件謹告書の送付 被控訴人は、平成7年4月ころから、控訴人目皿を購入使用していた者を含むこんにゃく製造業者及び控訴人目皿を購入使用したこんにゃく製造業者から筋組織状こんにゃくを仕入れて販売していた者を含むこんにゃく販売業者らに対し、
葉書又は封書によって、「謹告 弊社は、こんにゃくの製造方法とその装置に関し、特許第一九一二三四三号の権利を所有しております。貴社が製造、販売しておられます商品・・・は、弊社の権利を侵害しているおそれがありますので、当行為を中止されるよう求めます。権利侵害でないと認識される場合は、その旨、理由をご回答くださいますようお願い致します。なお、弊社は、争いを好むものではなく平穏な解決を望みますが、この書状到着後、貴社の侵害が継続していると考えられる場合は、法的措置を取る場合もありますのでその旨ご承知おきください」等と記載された書面(以下「本件謹告書」という。)を送付した。(本件謹告書の送付先に控訴人目皿を購入使用していた者が含まれることにつき、甲第14号証、原審における控訴人代表者尋問の結果、その余は争いがない。) (4) 本件特許権 (ア) 被控訴人の代表取締役であるB(以下「被控訴人代表者」という。)は、下記特許権(以下「本件特許権」といい、その発明のうち、後記本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1記載の筋組織状こんにゃくの製造方法の発明を「本件製造方法発明」と、同請求項2記載の筋組織状こんにゃくの製造装置の発明を「本件製造装置発明」といい、本件製造方法発明と本件製造装置発明とを併せて「本件発明」という。)を有しており、被控訴人は被控訴人代表者から本件特許権につき専用実施権の設定を受けて、平成8年4月22日にその設定の登録を経た。
(専用実施権の設定、登録につき乙第8号証、原審における被控訴人代表者尋問の結果、その余は争いがない。) 番 号 特許第1912343号 発明の名称 筋組織状こんにゃくの製造方法及びそれに用いる製造装置 出願日 昭和61年3月1日 出願公告日 平成6年5月18日 設定登録日 平成7年3月9日 特許請求の範囲 別紙特公平6-36727号公報写しに掲載された本件発明に係る明細書(以下「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲欄記載のとおり (イ) 本件発明の構成要件は次のとおり分説される。(争いがない。) (a) 本件製造方法発明について A こんにゃく粉に適度の水を加えて膨潤させ、これにゲル化剤を加えて得られたこんにゃくのりを、
B 押出直後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接するようにノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下とした多孔のノズルで押出し、
C 加熱処理前又は加熱処理と同時に一体化する D ことを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造方法 (b) 本件製造装置発明について A ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出装置において、
B 前記ノズルを平行ノズルとしてその押出し孔間隙(a)を3o以下に小、又はノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間(c)が3o以下の小さい傾斜ノズルとし、
C 押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するようにしてなる D ことを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造装置 (5) 本件実用新案 被控訴人代表者は、下記実用新案(以下「本件実用新案」という。)の登録出願をし、平成10年12月11日にその設定登録を受けた。(設定登録につき乙第45号証、その余は争いがない。) 考案の名称 表面筋状薄肉こんにゃく 出願日 昭和63年9月24日 出願公告日 平成7年2月1日 実用新案登録請求の範囲 個々に独立した多数個のノズルが1〜2列に連設された押出ノズルから、太さ3o以下に押出された糸状こんにゃくを即横幅方向へ一体化して、長手方向に多数の凹条(2)と凸条(3)を表面に有し、凸条(3)部分の厚肉部が3o以下であって、凹条(2)部分の薄肉部が半透明の縞模様を形成してなる表面筋状薄肉こんにゃく。
2 争点及び争点に関する当事者の主張 (1) 争点1 被控訴人がこんにゃく製造機械の製造販売をも業とするかどうか、また、
これを業とするものではないとした場合に、控訴人が、被控訴人にとって、不正競争防止法2条1項11号所定の「競争関係」にある場合に当たるかどうか。
(控訴人の主張) 被控訴人はこんにゃく製造機械の製造販売も業とする会社である。
仮に、そうでないとしても、被控訴人は、こんにゃくの製造方法及び製造装置に係る本件特許権の実施権者であって、控訴人に本件特許権につき実施契約の締結を求めるなどしており、また、こんにゃくの製造から販売に至る全過程を業とするものである。そして、特定の商品についてその製造から販売に至る全過程の一部において競争関係にある場合には不正競争防止法2条1項11号所定の「競争関係」にある場合に当たるものと認められるべきであり、控訴人は、被控訴人にとって、こんにゃく及びその製造機械装置に関して「競争関係」にある場合に当たるものというべきである。
(被控訴人の主張) 被控訴人は、目皿その他のこんにゃく製造機械装置の製造販売を業とするものではない。
また、特定の商品についてその製造から販売に至る全過程の一部において競争関係にある場合には不正競争防止法2条1項11号所定の「競争関係」にある場合に当たるものと認められるべきであるとしても、その場合の特定の商品とは、
控訴人の製造販売する商品である目皿その他のこんにゃく製造機械装置をいうものであり、その製造販売に携わっていない被控訴人にとって、控訴人と「競争関係」にないことは明白である。
(2) 争点2 本件謹告書に記載された事実が虚偽の事実であるかどうか。すなわち、控訴人目皿を使用した筋組織状こんにゃくの製造方法(以下「控訴人製造方法」という。)及び控訴人目皿を使用した筋組織状こんにゃくの製造装置(以下「控訴人製造装置」という。)が、それぞれ本件製造方法発明及び本件製造装置発明の技術的範囲に属するかどうか。
(被控訴人の主張) (ア) 控訴人製造方法は、次のとおり特定される。
a こんにゃく粉に適度の水を加えて膨潤させ、これにゲル化剤を加えて得られたこんにゃくのりを、
b 押出し直後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接するように、
ノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下とし、かつ、ジグザグ状に配置した孔間を0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズルで押出し、
c 加熱処理前又は加熱処理と同時に一体化する d ことを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造方法 (イ) また、控訴人製造装置は、次のとおり特定される。
a ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出装置において、
b 前記ノズルをジグザグ状に0.5o幅のスリットで連結した並行ノズルとしてその押出し孔間隙を約0.6o(原判決別紙@図面表示の控訴人目皿を使用した製造装置については約0.5o)に小とし、
c 押出し直後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するようにしてなる d ことを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造装置 (ウ) 上記のとおり、控訴人製造方法は、本件製造方法発明の構成要件Bの「多孔のノズル」に「ジグザグ状に配置した孔間を0.5o幅のスリットで連結し」との構成を付加したほかは、本件製造方法発明の構成要件を充足する。
また、控訴人製造装置は、本件製造装置発明の構成要件Bの「平行ノズル」とした「前記ノズル(多孔のノズル)」に、「ジグザグ状に0.5o幅のスリットで連結した並行ノズルとし」との構成を付加したほかは、本件製造装置発明の構成要件を充足する。
そして、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の「多孔のノズル」において、上記のとおり付加された、ジグザグ状に配置した孔間を(並行に配置した孔間をジグザグ状に)0.5o幅のスリットで連結する構成は、何らの技術的意義をも有するものではない。
すなわち、控訴人は、控訴人製造方法及び控訴人製造装置が、多孔のノズルの各孔から押し出されるこんにゃくのりと、各孔間のスリットから押し出されるこんにゃくのりとが、当初の段階から一体に形成されて押し出される旨主張するが、ノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下とする控訴人製造方法及び押出し孔間隙を3o以下とする控訴人製造装置において、多孔のノズルの各孔から押し出されるこんにゃくのりは、元来、押出し直後の圧力開放により直ちに膨張して、こんにゃくのり同士が接して一体化するものである。また、そもそも、塑性流動体の特性上、0.5o幅の細いスリットからは、粘性のあるこんにゃくのりはごくわずかしか押し出されず、スリットから押し出される薄肉こんにゃくは形成されないのである。したがって、孔間を0.5o幅のスリットで連結する構成は明らかに不要なものであって、何らの作用効果をも奏するものではない。
(エ) したがって、控訴人製造方法及び控訴人製造装置は、それぞれ本件製造方法発明及び本件製造装置発明と実質同一又は均等なものとして、その各技術的範囲に属するものというべきであるから、本件謹告書に記載された事実が虚偽の事実であるとはいえない。
(控訴人の主張) (ア) 控訴人製造方法は、次のとおりのものである。
こんにゃく粉に適度の水を加えて膨潤させ、これにゲル化剤を加えて得られたこんにゃくのりを、控訴人目皿の押出し孔と、当該押出し孔間を連通する細い切込み(スリット)とから一緒に押し出して、押出し孔から押し出される糸状こんにゃくと細い切り込みとから押し出される薄肉こんにゃくとが一列に連結されて一体化されている筋状こんにゃくを得、その筋状こんにゃくを加熱処理する筋組織状こんにゃくの製造方法
(イ) 控訴人製造装置は、次のとおりのものである。
こんにゃくのりを控訴人目皿から押し出して、糸状こんにゃくと薄肉こんにゃくとが一列に連結されて一体化された筋組織状こんにゃくを製造する装置であり、控訴人目皿が糸状こんにゃくが押し出される多数の押出し孔と、押出し孔間を連通し、かつ、薄肉こんにゃくが押し出される細い切込み(スリット)とで形成された目皿であることを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造装置。
(ウ) 本件製造方法発明及び本件製造装置発明は、孔間隙が3o以下の個々に独立した多孔のノズルからこんにゃくのりを押し出し、押し出された糸状こんにゃくのりが圧力開放によって膨張して(なお、こんにゃくのりのように粘弾性流体が流路管出口から大気中に吐き出されたときに、管の径より流体の径の方が大きくなる現象をバラス効果という。)、外力を加えることなく接して一体化するというものである。これに対し、控訴人製造方法及び控訴人製造装置は、多孔のノズルの各孔から押し出されるこんにゃくのりと、各孔間の細い切込み(スリット)から押し出されるこんにゃくのりとが、当初の段階から一体に形成されて押し出されるものであり、したがって、控訴人製造方法及び控訴人製造装置においては、糸状こんにゃくのりがバラス効果によって接合し一体化する工程は存在しないし、厳密には糸状こんにゃくのりとして存在する段階も存在しない。
このことは、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の技術思想と、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の技術思想とに本質的な相違があることを意味するものである。
のみならず、本件製造方法発明及び本件製造装置発明において、独立孔から押し出された糸状こんにゃくのりは、吐出後、バラス効果による膨張よりも、
こんにゃくのりの自重による引張力のため、その径はむしろ細くなる。吐出後の糸状こんにゃくのりが接合するのは、圧力開放によって糸状こんにゃくのりが膨張するためではなく、圧力開放された糸状こんにゃくのりが揺動することによるものである。
(エ) 上記のとおり、控訴人製造方法及び控訴人製造装置は、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の各構成要件を充足するものではないのみならず、技術思想に本質的な相違があり、各孔間の細い切込み(スリット)は独自の作用効果を奏するものであるから、本件製造方法発明及び本件製造装置発明と均等なものとして、その各技術的範囲に属するものということはできない。したがって、本件謹告書に記載された事実は虚偽の事実である。
(オ) なお、被控訴人は、本件実用新案の登録出願中に、拒絶理由通知に応じて実用新案登録請求の範囲を補正した考案が、こんにゃくのりを孔間に切込みのない単独孔から押し出したものであって、引用例の一体型凹凸穴を有するノズルから、1本のリボン状に押し出したものと製造工程が異なることを強調した意見書を提出し、設定登録を受けた経過がある。このことにかんがみれば、被控訴人が、本件製造方法発明及び本件製造装置発明に関しても、孔間に細い切込みのあるノズル(控訴人目皿)を使用する控訴人製造方法及び控訴人製造装置が本件製造方法発明及び本件製造装置発明に均等なものとして、その各技術的範囲に属すると主張することは、禁反言の法理に照らし許されない。
(3) 争点3 本件謹告書の記載が控訴人の営業上の信用を害するかどうか。
(控訴人の主張) 被控訴人が本件謹告書を送付した相手には、控訴人から控訴人目皿を購入し、使用している業者が含まれているのであるから、本件謹告書に控訴人名が摘示されていなくとも、これらの業者が本件謹告書の記載によって、控訴人が他人の特許権を侵害する製品を販売する悪質なメーカーであると認識するものであって、本件謹告書の記載が控訴人の営業上の信用を害することは明白である。
(被控訴人の主張) 本件謹告書には、控訴人名も控訴人目皿についても記載されておらず、また、本件謹告書の受取人を一方的に権利侵害者と決め付けているわけでもない。なお、被控訴人は、本件謹告書を送付したこんにゃく製造業者の販売品が、本件発明によって製造されたものと同一であることから、それが本件発明により製造されたものと判断して、本件謹告書を送付したものであって、その送付当時、これを送ったこんにゃく製造業者が、だれの製造したどのような目皿を使用しているかについては知らなかった。
(4) 争点4 本件謹告書の送付について被控訴人に故意又は過失があるか。
(控訴人の主張) 被控訴人代表者は、本件謹告書発送前に、控訴人代表取締役織田昭弘(以下「控訴人代表者」という。)から、控訴人が、平成7年3月以降は、控訴人製造装置の目皿を細い切込み(スリット)のある控訴人目皿に切り替えて製造販売しており、その販売先であるこんにゃく製造業者も控訴人製造装置の目皿を控訴人目皿に切り替えて使用していることを知らされていたにもかかわらず、控訴人代表者から受領した控訴人製造装置の販売先であるこんにゃく製造業者のリストに基づき、
同製造業者らが使用する控訴人製造装置の目皿が控訴人目皿であるかどうかの調査をしないまま漫然と本件謹告書の送付をしたものである。
したがって、被控訴人は、本件謹告書が虚偽の事実を内容とするものであり、これを受領したこんにゃく製造業者において、控訴人が他人の特許権を侵害する製品を製造販売しているものと誤認し、控訴人に対する問合わせや控訴人との取引の中止に及ぶおそれがあって、控訴人の営業上の信用が害されることにつき、故意又は過失がある。
(被控訴人の主張) 被控訴人代表者が、控訴人代表者から、控訴人製造装置の目皿をスリットのある控訴人目皿に切り替えたとか、販売先であるこんにゃく製造業者が控訴人製造装置の目皿を控訴人目皿に切り替えて使用しているなどと知らされたこと、控訴人製造装置の販売先であるこんにゃく製造業者のリストを受領したことは否認する。
被控訴人代表者は、本件謹告書の送付先であるこんにゃく製造業者の工場を、その送付前に調査することが不可能であったので、市販品等を集めて自社製品との比較調査を行い、それらが本件製造方法発明の技術的範囲に属する方法によって製造されたものと同一であって、当該方法により製造されたとの判断に達した(特許法104条参照)ことにより、本件謹告書の送付を行ったものである。したがって、被控訴人に故意又は過失はない。
ただし、被控訴人代表者は、本件謹告書の送付当時、その送付先であるこんにゃく製造業者が、だれの製造したどのような目皿を使用しているかについては知らなかったから、本件謹告書には控訴人名も控訴人目皿についても記載されておらず、また、本件謹告書の受取人を一方的に権利侵害者と決め付けているわけでもない。
(5) 争点5 控訴人に生じた損害の額はいくらか。
(控訴人の主張) 本件謹告書の送付によって、営業上の信用が害されたことによる控訴人の損害を回復するためには、300万円の支払いを受けることが相当である。
(被控訴人の主張) 本件謹告書の送付により控訴人の営業上の信用が害された事実はなく、したがって、控訴人に損害は生じていない。
当裁判所の判断
1 争点2(本件謹告書記載事実の虚偽性)について (1) まず、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の特定につき検討する。
(ア) 本件特許明細書(乙第2号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の「ノズル」は、筋組織状こんにゃくの製造装置における押出し装置の先端に設置し、これに設けた孔からこんにゃくのりを大気中に押し出すための「目皿」をいうものであることが認められる。
そして、控訴人製造方法が、「こんにゃく粉に適度の水を加えて膨潤させ、これにゲル化剤を加えて得られたこんにゃくのりを多孔のノズル(目皿)から押出す」構成、「押し出されたこんにゃくのりの一体化後に加熱処理をする」構成及び「筋組織状こんにゃくの製造方法」の構成を有することは当事者間に争いがない。
また、控訴人製造装置が「こんにゃくのりを多孔のノズル(目皿)から押し出す押出装置」によって成る「筋組織状こんにゃくの製造装置」の構成を有することは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、ホッパー又はこれに相当する部材中に投入されたこんにゃくのりが、多孔のノズル(目皿)から押し出されるものであることが認められる。
(イ) 前示のとおり、原判決別紙@〜Nの各図面表示の形状のものがあったものと認められる控訴人目皿は、円形状(原判決別紙A〜Nの各図面表示のもの)又は短冊状(同@の図面表示のもの)の目皿に、同一直線上に(同@の図面表示のもの)、若しくは同一直線上若しくは平行に(同A及びNの各図面表示のもの)、
又は放射状に(同B〜Mの各図面表示のもの)、それぞれが12〜14個の(ただし、同Mの図面表示のものは21個の、同Nの図面表示のものは5個の)略円形状の孔から成る全体として直線状の孔群を複数個形成し、各孔群においては、各孔を2列として、それぞれの列の各孔の中心を結ぶ直線が平行線となり、かつ、それぞれの列上の孔が等間隔を置いて並び、一方の列上の孔の中心から他列の孔の中心を結ぶ直線に下ろした垂線の足が当該他列上の孔間の間隙の中央に位置するよう、互い違いに孔を配置した上、各孔とその直近の他列上の孔との間に直線状のスリット(切込み)を設けて、当該スリットにより各孔がジグザグ状に連通するようにしたものである。そして、本判決添付別表のとおり、控訴人目皿の上記スリットの幅は0.5o(同@〜C、F、G、J、Kの各図面表示のもの)、0.4o(同D、
E、H、I、Lの各図面表示のもの)又は0.2o(同M、Nの各図面表示のもの)に形成されており、また、上記@〜Nの各図面に表示された孔径(同表(a)欄)、同一列の隣接した孔の中心間距離(同表(b)欄)、各列の孔の中心を結ぶ直線間の距離(同表(c)欄)に基づいて算出した、ある孔と同一列に属する隣接した孔との間隙の長さは同表の(x)欄の、ある孔とその直近の他列上の孔との間隙は同表の(y)欄のとおりとなる。
(ウ) こんにゃく製造工程に関する事実実験公正証書(甲第17号証)によれば、平成12年10月27日、控訴人は、公証人に検分を嘱託した上、複数の孔から成り孔間にスリットを設けた孔群によって形成される目皿(以下「連通孔目皿」という。)及び複数の孔から成り孔間にスリットのない孔群によって形成される目皿(以下「単独孔目皿」という。)を用いて、こんにゃくのりを押し出し、その吐出されたこんにゃくのりの形状、挙動を観察する実験(以下「公正証書実験」という。)を施行したことが認められるところ、上記事実実験公正証書(甲第17号証)、公正証書実験の状況を撮影したビデオテープ(検甲第4号証)及び弁論の全趣旨によれば、公正証書実験につき、下記の事実が認められる。
@ 各目皿(ノズル)は押出し装置先端に水平に設置され、孔が鉛直方向を向く平行目皿とされたこと、
A 単独孔目皿は2種類用意され、その一つは、12個の孔を6個ずつ2列の平行直線上に並べ、かつ、その孔の位置が互い違いになるように孔を配置して一つの孔群を形成し、孔径を1.2o、ある孔とその直近の他列上の孔との間隙を0.52oとしたもの(目皿A)であり、他の一つは、6個の孔を直線上に配置して孔群を形成し、孔径を1.2o、ある孔と隣接した孔との間隙を0.545oとしたもの(目皿B-B)であること、
B 連通孔目皿も2種類用意され、その一つは、12個の孔を6個ずつ2列の平行直線上に並べ、かつ、その孔の位置が互い違いになるように孔を配置して一つの孔群を形成するとともに、各孔とその直近の他列上の孔との間に直線状のスリットを設けて、当該スリットにより各孔がジグザグ状に連通するようにし、孔径を1.09o、ある孔とその直近の他列上の孔との間隙(スリットの長さに当たる。)を0.63oとしたもの(目皿@、なお、スリット幅は不明)、他の一つは、6個の孔を直線上に配置して一つの孔群を形成するとともに、隣接した孔間の間隙にスリットを設け、孔径を1.2o、スリット幅を0.5o、ある孔と隣接した孔との間隙(スリットの長さに当たる。)を0.654oとしたもの(目皿B-A)であること、
C こんにゃくのりの押出しは、目皿の位置を水温65℃の温水の水面上5p、同0.5p、同温水中の3通りに設定して行われたところ、2種類の連通孔目皿を使用したときには、いずれの目皿の場合でも、目皿の位置が水面上5pに設定された場合には、こんにゃくのりが6筋の帯状で目皿から吐出され、目皿の位置が水面上0.5pに設定された場合には、こんにゃくのりが6筋の帯状で目皿から吐出され、水中でもばらばらの糸状とならず、目皿の位置が温水中に設定された場合にも、こんにゃくのりが6筋の帯状で目皿から吐出されたこと、
なお、目皿の位置が水面上5pに設定された場合に、6筋の帯状で目皿から吐出されたこんにゃくのりが水中でどのような挙動を示すかは、前掲各証拠において必ずしも明確に示されてはいないが、前掲事実実験公正証書に特段の記載がないことに照らして、水中でも帯状のままでばらばらの糸状とならなかったものと推認される。
D 2種類の単独孔目皿を使用したときには、いずれの目皿の場合でも、
目皿の位置が水面上5pに設定された場合には、こんにゃくのりが6筋の帯状で目皿から吐出され、目皿の位置が水面上0.5pに設定された場合には、こんにゃくのりが6筋の帯状で目皿から吐出されたものの、水中でばらばらの糸状となり、目皿の位置が温水中に設定された場合には、こんにゃくのりは目皿から糸状となって吐出されたこと、
なお、目皿の位置が水面上5pに設定された場合に、6筋の帯状で目皿から吐出されたこんにゃくのりが水中でどのような挙動を示すかは、前掲各証拠において必ずしも明確に示されてはいないが、前掲事実実験公正証書に、目皿の位置が水面上0.5pに設定された場合に関しては「水中でばらばらになり糸状のこんにゃくができた」との記載があるのに、目皿の位置が水面上5pに設定された場合については水中での挙動につき特段の記載がないから、水中でも帯状のままで、
ばらばらの糸状とならなかったものと推認される。
(エ) 公正証書実験において、上記(ウ)のAの単独孔目皿は、2種類とも、
本件製造方法発明の「ノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下とした多孔のノズル」との構成及び本件製造装置発明の「ノズルを平行ノズルとしてその押出し孔間隙(a)を3o以下に小・・・とし」との構成を充足すると認められる。他方、上記(ウ)のBの連通孔目皿のうち目皿@の孔群は、スリット幅が不明である不備があるものの、12個の孔を6個ずつ2列の平行直線上に並べ、かつ、
その孔の位置が互い違いになるように孔を配置して一つの孔群を形成するとともに、各孔とその直近の他列上の孔との間に直線状のスリットを設けて、当該スリットにより各孔がジグザグ状に連通するようにし、孔径を1.09o、ある孔とその直近の他列上の孔との間隙を0.63oとした点で、控訴人目皿、とりわけそのうちの原判決別紙A〜C、H、Jの各図面表示のものの孔群と近似しており、実質上、控訴人目皿を使用した場合に目皿から吐出するこんにゃくのりの挙動は、公正証書実験における目皿@から吐出したこんにゃくのりの挙動と同様であると考えることができる。
(オ) しかるところ、公正証書実験において、2種類の単独孔目皿を使用したときの吐出こんにゃくのりの上記各挙動に照らすと、吐出した糸状こんにゃくのりが一体化した場合(目皿の位置を65℃の温水の水面上5pに設定した場合)と一体化が妨げられた場合(目皿の位置を同温水の水面上0.5pに設定した場合及び同温水中に設定した場合)との条件の相違は、こんにゃくのりが目皿から吐出した後、温水に浸漬するまでの落下時間の差異のみであるから、目皿の位置を温水の水面上0.5pに設定した場合及び温水中に設定した場合には、吐出した糸状こんにゃくのり同士が、一体化する暇なく温水に浸漬したことにより一体化が妨げられたのに対して、目皿の位置を温水の水面上5pに設定した場合においては、こんにゃくのりが目皿から吐出した後5p落下して温水に浸漬するまでの間に、それぞれ単独孔から押し出されたにもかかわらず、糸状こんにゃくのり同士が接合して一体化し、温水に浸漬しても糸状に戻らならなかったことが認められる。
すなわち、本件製造方法発明の「ノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下とした多孔のノズル」との構成及び本件製造装置発明の「ノズルを平行ノズルとしてその押出し孔間隙(a)を3o以下に小・・・とし」との構成を充足する単独孔目皿を使用したときには、こんにゃくのりは、短時間のうちに(長くとも吐出後5p落下するまでの間に)、外力を加えることなく糸状こんにゃくのり同士が接合して一体化するところ、その要因としては、各孔から押し出された糸状こんにゃくのりが、押出し直後の圧力開放により直ちに膨張したことによるものと推認することが自然である。
この点につき、工学院大学非常勤講師A作成の「連通孔目皿(A)及び単独穴目皿(B)を流れるこんにゃくのりのVTRによる流動挙動に関する所見」と題する書面(甲第16号証)には、「単独穴目皿(B)ではバラス効果によるこんにゃくのりの膨張(同写真で見る限り)はそれほど顕著なものではなく、吐出口においてこんにゃくはそれぞれ独立して流出していて、膨張による接合挙動は認められない。単独目皿によるこんにゃくが接合するのは吐出した後、管壁とこんにゃくのりとの間の摩擦によるせん断力の不均一分布が原因で発生する前後左右の揺動、すなわち、こんにゃく自体の揺らぎに基づく衝突によるものであると推定されます」(3頁18行目〜23行目)との記載がある。しかしながら、同「所見」の「単独穴目皿(B)」に形成された孔群の構成、その他同「所見」が考察の対象とするこんにゃくのりの吐出に係る前提条件が、公正証書実験におけるそれと同視し得るものと認めるに足りる証拠はなく、また、同「所見」には、「連通孔目皿(A)からのこんにゃくのりの流動挙動は明らかなバラス効果による膨張が見られ・・・直径が約25%バラス効果によって膨張した事になります」(同頁10行目〜15行目)との記載があるが、連通孔目皿から吐出したこんにゃくのりにバラス効果による膨張があるのに、単独穴目皿(B)から吐出したこんにゃくのりにそれがないことの理由が明らかではない。この点につき、控訴人は、バラス効果による膨張よりも、こんにゃくのりの自重による引張力のため、その径が細くなると主張するが、そうであれば、連通孔目皿から吐出したこんにゃくのりについても同様のことがあってしかるべきであり、単独穴目皿(B)から吐出したこんにゃくのりのみにバラス効果による膨張がないことの根拠にはなり得ない。そうすると、同「所見」における単独穴目皿(B)から吐出したこんにゃくのりのみにバラス効果による膨張がないとの観察結果自体に疑念を差しはさむ余地があり、同「所見」の上記記載は、目皿から吐出した糸状こんにゃくのり同士が接合し一体化するのが、
吐出直後の圧力開放により直ちに膨張することによるものであるとの上記推認を覆すに足りない。
(カ) 他方、上記公正証書実験において、連通孔目皿のうち目皿@を使用し、目皿の位置を65℃の温水の水面上0.5pに設定した場合及び上記温水中に設定した場合の吐出こんにゃくのりの挙動を、単独孔目皿を使用し、目皿を同様の位置に設定した場合における吐出こんにゃくのりの挙動と対比すると、単独孔目皿から吐出した場合には水中でばらばらの糸状となったこんにゃくのりが、目皿@から吐出した場合には、水中でもばらばらの糸状とならず、帯状となって、一体化されていたのであるから、目皿@のスリット部分からも、孔部分から吐出する糸状こんにゃくのりを幅方向で結ぶ薄肉こんにゃくを形成する程度のこんにゃくのりが吐出するものと推認される。そうであれば、上記(エ)のとおり、控訴人目皿を使用した場合に目皿から吐出するこんにゃくのりの挙動は、公正証書実験における目皿@から吐出したこんにゃくのりの挙動と同様であると考えることができるから、控訴人目皿のスリット部分からも、同程度のこんにゃくのりが吐出するものと推認することができる。
被控訴人は、塑性流動体の特性上、0.5o幅の細いスリットからは、
粘性のあるこんにゃくのりはごくわずかしか押し出されず、スリットから押し出される薄肉こんにゃくは形成されないと主張するが、上記のとおり、スリットからこんにゃくのりはごくわずかしか押し出されないとする点で誤りである。
しかしながら、公正証書実験における2種類の単独孔目皿の各孔(その孔と孔との間隙は、上記(ウ)のAのとおり、0.52o又は0.545oである。)から押し出されたこんにゃくのりが、押出し直後の圧力開放により直ちに膨張することによって、短時間のうちに外力を加えることなく糸状こんにゃくのり同士が接合して一体化するものであることは、上記(オ)のとおりである。そして、公正証書実験における目皿@や控訴人目皿を使用した場合においても、単独孔目皿を使用した場合と同様、孔の部分から押し出されたこんにゃくのりは、当然押出し直後の圧力開放により直ちに膨張するところ、公正証書実験における目皿@の孔と孔との間隙が、上記(ウ)のBのとおり0.63oであり、また、控訴人目皿における孔と孔との最短間隙(ある孔とその直近の他列上の孔との間隙)が、本判決添付別表(y)欄記載のとおり、0.42o〜0.74oであって、いずれも公正証書実験における上記2種類の単独孔目皿の孔と孔との間隙の値と大差ないことにかんがみると、その場合に、こんにゃくのりの膨張により、短時間のうちに外力を加えることなく糸状こんにゃくのり同士が接合して一体化するものと推認され、そうであれば、スリット部分から吐出したこんにゃくのりが、孔の部分から押し出された糸状こんにゃくのりを幅方向に結ぶ薄肉こんにゃくを形成しようとしても、膨張する糸状こんにゃくのりによって、当該薄肉こんにゃくがいわば押し潰されてしまい、結局、吐出当初から、あるいは吐出後、膨張によって一体化する暇のない程度に極めて短い時間のうちに(例えば、公正証書実験で実施したように、吐出後0.5pの落下で)温水に浸漬するような場合を別とすれば、目皿@や控訴人目皿を使用した場合においても、糸状こんにゃくのり同士は、スリット部分から吐出したこんにゃくのりで形成される薄肉こんにゃくによるのではなく、押出し直後の圧力開放により糸状こんにゃくのり自体が直ちに膨張することによって、短時間のうちに外力を加えることなく接合して一体化するものと認めるのが相当である。
(キ) なお、被控訴人代表者作成の「技術検討書3 こんにゃく糊の吐出挙動」と題する書面(乙第53号証)には、各3種類ずつの単独孔目皿と連通孔目皿を使用して行ったこんにゃくのりの吐出膨張挙動を観察する実験の結果が記載されているところ、同書面に記載された実験結果(吐出したこんにゃくのりの平均径及びこれに基づいて算出した吐出膨張率)は、その平均径の測定の方法が、実験を撮影したビデオテープ(検乙第1号証)の静止画像の写真(乙第64〜69号証)上のこんにゃくのりの径を計測したものであって、正確性の観点から多少問題があると考えられるものの、同ビデオテープ(検乙第1号証)及び同各写真(乙第64〜69号証)によって、単独孔目皿と連通孔目皿のいずれを使用した場合であっても、目皿から吐出したこんにゃくのりが吐出直後に膨張することを目視することができ、このことは、公正証書実験に基づく上記(オ)及び(カ)の各認定を裏付けるものというべきである。
(ク) そして、弁論の全趣旨によれば、控訴人目皿を使用した控訴人製造方法及び控訴人製造装置においても、通常のこんにゃく製造方法及びその装置においても、温水中で目皿からこんにゃくのりを押し出す構成や、目皿から押し出されたこんにゃくのりがわずか0.5p程度落下して温水に浸漬するような構成が採用されていることはないものと認められる。また、そうであれば、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の構成要件中の「短時間のうちに」との構成が、こんにゃくのりが目皿から吐出して0.5p落下するまでの間のような極めて短い時間まで含むものと解する根拠もない。
(ケ) 以上によれば、控訴人目皿を使用した控訴人製造方法は、次のように特定される。
a こんにゃく粉に適度の水を加えて膨潤させ、これにゲル化剤を加えて得られたこんにゃくのりを、
b 押出し直後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接するように、
ノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を0.42〜0.74oとし、
かつ、ジグザグ状に配置した孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズルで押出し、
c 加熱処理前に一体化する d ことを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造方法 (コ) また、以上によれば、控訴人目皿を使用した控訴人製造装置は、次のように特定される。
a ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出装置において、
b 前記ノズルを平行ノズルとして、ジグザグ状に配置した押出し孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した押出し孔の間隙を0.42〜0.74oに小とし、又はジグザグ状に配置した押出し孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結したノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を0.42〜0.74o以下の小さい傾斜ノズルとし、
c 押出し直後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するようにしてなる d ことを特徴とする筋組織状こんにゃくの製造装置 (なお、押出し孔間隙が0.42〜0.74oのノズル(目皿)を傾斜ノズルとした場合には、ノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間が0.42〜0.74o以下となることは自明である。) (2) ところで、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の各構成要件において規定される「多孔のノズル」が、孔がジグザグ状に、すなわち、孔が2列の列状に、かつ、孔の位置が互い違いになるように配置されたものを除外する理由はないが、本件特許明細書(乙第2号証)の発明の詳細な説明及び図面の各記載に徴して、その「孔(押出し孔)」は、孔間にスリットを設けたものを含まないと認めるのが相当である。
そして、このことを前提とすると、上記特定に係る控訴人製造方法は、上記(1)の(ケ)のbのうちの「孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズル」との構成部分が、本件製造方法発明の構成要件Bのうちの「(孔間にスリットのない)多孔のノズル」の構成と異なるほかは、本件製造方法発明の構成要件を充足し、また、上記特定に係る控訴人製造装置は、上記(1)の(コ)のbのうちの「押出し孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した押出し孔」の構成部分が、本件製造装置発明の構成要件Bのうちの「(孔間にスリットのない)押出し孔」の構成と、又は「押出し孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結したノズル」の構成部分が、本件製造装置発明の構成要件Bのうちの「(孔間にスリットのない)ノズル」の構成と異なるほかは、本件製造装置発明の構成要件を充足すると認められる。
(3) そうすると、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の各構成のうち本件製造方法発明及び本件製造装置発明と異なる部分は、結局、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の各構成の「(孔間にスリットのない)多孔のノズル」が、控訴人製造方法及び控訴人製造装置において「孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズル」に置換されている点で異なることに帰着するところ、被控訴人は、この相違する部分が本件製造方法発明及び本件製造装置発明と均等なものとして、その各技術的範囲に属する旨主張するので、この点について検討する。
まず、本件特許明細書(乙第2号証)の発明の詳細な説明の「こんにゃくの風味、歯切れ等を改良する試みは更になされ、糸状こんにゃくを集束することにより、従来得られなかった製品を得る方法が提案されている」(3欄12行目〜14行目)、「糸状こんにゃくの集束一体化のうちでも、各糸状こんにゃくを接触する部分でのみ接着させて一体化させたもの及びその製法は、・・・歯切れ等を良くする一手段として次第に評価されつつある」(同欄25行目〜29行目)、「しかし・・・従来技術はいずれも製法及びそのための装置が複雑であった」(同欄30行目〜31行目)、「ノズルの一般的な構造は孔径1〜3oφ、孔間隔10o程度である。」(同欄39行目〜40行目)、「本発明者は・・・このような複雑な工程及び装置によらずとも糸状こんにゃくを一体化可能な方法及び装置について検討し、ここに本発明の完成をみたのである。その特徴とする点は、ノズル押出し直後の多数本の糸状こんにゃくのり同志が押出し圧力の開放により膨張しゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接するように、ノズル押出し孔間隙を小、又はノズル押出し直後の成形体間のすき間を小さくしたことにある。ノズルが平行ノズルの場合は押出し孔の間隙は3o以下がよく、又、傾斜ノズルの場合にはノズル押出し直後の成形体間のすき間が3o以下となるように出口押出し孔間隙(a)を設けるとよい」(3欄47行目〜4欄11行目)、「本発明の方法及び装置によると、多数本の糸状こんにゃくのり同志がノズル加圧押出し直後の圧力開放により膨張しゲル化前の短時間のうちに接して、何ら外力を加えなくとも互いに接着する作用をし、これを加熱処理するとゲル化し、一体化強度が大な筋組織状こんにゃく製品が得られる。また、従来のように糸状こんにゃく表面の水を取る工程も必要としないので、工程及び装置の簡略化が可能となる」(4欄17行目〜24行目)との各記載によると、本件発明は、多数本の糸状こんにゃくを接触する部分でのみで接着させて集束一体化することにより、風味、歯切れ等が改良されたこんにゃくを得る製造方法及び製造装置につき、従来技術が複雑であったのを改良して簡略化することを課題とし、従来、孔径1〜3oφ、孔間隔10o程度であった一般的なノズルの孔間隙又はノズル押出し直後の成形体間のすき間を3o以下と小さくする構成を採用したことにより、多数本の糸状こんにゃくのり同士が、ノズル加圧押出し直後の圧力開放により膨張し、ゲル化前の短時間のうちに接して、何ら外力を加えなくとも互いに接着するようにし、加熱処理を経て一体化強度が大きい筋組織状こんにゃく製品が、簡略な工程及び装置によって得られるとの作用効果を奏するものであることが認められる。
これによれば、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の本質的部分は、
こんにゃくのりを押出し孔間隙が3o以下の、又は押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間を3o以下とした多孔のノズルで押し出す点にあり、控訴人製造方法及び控訴人製造装置と異なる部分、すなわち、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の当該ノズルに、孔間を連結する0.2〜0.5o幅のスリットがないことは、本件発明の本質的部分ではないというべきである。
次に、上記(1)の(カ)のとおり、控訴人製造方法及び控訴人製造装置において、スリット部分から吐出したこんにゃくのりが薄肉こんにゃくを形成しようとしても、孔の部分から押し出された糸状こんにゃくのりの膨張によっていわば押し潰されてしまい、糸状こんにゃくのりの接合一体化は当該膨張によって果たされるものと認められるから、「孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズル」の構成は特段の作用効果を奏するものではなく、技術的意義を見いだすことができない。そうであれば、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の「(孔間にスリットのない)多孔のノズル」を、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の上記構成に置換したとしても、本件発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏することは明らかである。
また、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の各構成は、平成6年5月18日発行の特公平6-36727号公報(本件特許明細書、乙第2号証)に掲載されたものであること、控訴人代表者の陳述書(甲第14号証)及び原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、控訴人は、その当時、スリットのない独立孔を設けた目皿の製造販売をしていたことが認められること、上記のとおり、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の「孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズル」の構成が特段の作用効果を奏するものではないことを併せ考えれば、
控訴人が控訴人目皿の製造販売を開始した平成6年6月ないし平成7年2月当時、
控訴人目皿を使用して、本件製造方法発明及び本件製造装置発明の「(孔間にスリットのない)多孔のノズル」を、控訴人製造方法及び控訴人製造装置の上記構成に置換することは、当業者が容易に想到することのできたものというべきである。
さらに、控訴人製造方法及び控訴人製造装置が、本件発明の特許出願時である昭和61年3月1日当時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に想到することができたものであると認めるに足りる証拠はない。
また、控訴人製造方法及び控訴人製造装置における「孔間を0.2〜0.5o幅のスリットで連結した多孔のノズル」との構成が、本件発明に係る特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情の存在を認めるに足りる証拠もない。この点につき、控訴人は、被控訴人が、本件実用新案の登録出願中に、拒絶理由通知に応じて実用新案登録請求の範囲を補正し、引用例の一体型凹凸穴を有するノズルから、1本のリボン状に押し出したものと製造工程が異なることを強調した意見書を提出したことにより、控訴人製造方法及び控訴人製造装置が本件製造方法発明及び本件製造装置発明と均等なものとして、その各技術的範囲に属すると主張することが禁反言の法理に反する旨主張するが、本件実用新案と本件発明に係る特許とは別個の出願手続を経たものであるから、本件実用新案の登録出願中に生じた事由が、本件発明について均等の主張をすることの妨げになるということはできない。
(4) したがって、控訴人製造方法及び控訴人製造装置は、それぞれ本件製造方法発明及び本件製造装置発明の構成と均等なものであって、その各技術的範囲に属するものというべきであるから、本件謹告書に記載された事実が虚偽の事実であると認めることはできない。
なお、被控訴人が本件謹告書の送付を始めた平成7年4月当時、既に本件特許権は設定登録により発生していたものの、その特許権者は被控訴人代表者であり、被控訴人の専用実施権設定登録を経ていなかったから、本件謹告書の「弊社(注、被控訴人)は、こんにゃくの製造方法とその装置に関し、特許第一九一二三四三号の権利(注、本件特許権)を所有しております」との記載は正確であるとはいえないが、本件謹告書全体の記載に照らして、上記記載は、厳密に被控訴人が本件特許権に係る特許権者又は専用実施権者である場合だけではなく、自らの代表取締役である特許権者との緊密な関係に基づき、被控訴人自体が、業として本件発明の実施をする権利を専有するとの本件特許権の効力に基づく利益を、事実上であれ、享有し得る立場にあることを含めて述べた趣旨であると解され、また、本件謹告書の送付を受けたこんにゃく製造業者等の理解においても、そのような場合が除かれるとは認められないから、上記記載に不正確な点があるからといって、そのことの故に本件謹告書に記載された事実が虚偽の事実であるということはできない。
2 以上によれば、控訴人の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法61条67条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利