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関連審決 異議1999-74610
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 456号 特許取消決定取消請求事件
原告 富士写真フイルム株式会社
訴訟代理人弁理士 柳田征史
同 佐久間 剛
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 菅原道晴
同 小川謙
同 小林信雄
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成11年異議第74610号事件について平成12年10月19日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成元年9月11日に出願され、平成11年3月26日に設定登録された、名称を「放射線画像処理方法および装置」とする特許第2903224号発明(以下、この特許を「本件特許」といい、この発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ、平成11年異議第74610号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成12年6月26日、願書に添付した明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求をした(以下、この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」といい、この訂正請求に係る訂正明細書(甲第2号証添付)を単に「訂正明細書」という。)。
特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理した上、平成12年10月19日に「特許第2903224号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同年11月7日、原告に送達された。
2 本件訂正前の明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】放射線照射野を有する放射線画像を表わす照射野認識用画像データに基づいて前記放射線照射野を認識し、前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てることを特徴とする放射線画像処理方法。 【請求項2】放射線照射野を有する放射線画像を表わす照射野認識用画像データに基づいて前記放射線照射野を認識する照射野認識部、および前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てるデータ操作部を備えたことを特徴とする放射線画像処理装置。
3 訂正明細書の特許請求の範囲の記載(下線部が訂正部分である。以下、この記載の請求項1に係る発明を「訂正発明1」と、同請求項2に係る発明を「訂正発明2」という。) (1) 放射線照射野を有する放射線画像を表わす照射野認識用画像データのデータ値の位置 における 分布状態 に基づいて前記放射線照射野を認識し、前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てると共に、前記画像再生用画像 データ に前記放射線照射野内 の画像 が観察適性 の優れたものとなるように 画像処理 を施すことを特徴とする放射線画像処理方法。
(2) 放射線照射野を有する放射線画像を表わす照射野認識用画像データにのデータ 値の位置 (注、「照射野認識用画像データのデータ値の位置」の誤記であることにつき当事者間に争いがない。)における分布状態 に基づいて前記放射線照射野を認識する照射野認識部、および前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てると共に、前記画像再生用画像 データ に前記放射線照射野内 の画像 が観察適性の優れたものとなるように 画像処理 を施すデータ操作部を備えたことを特徴とする放射線画像処理装置。
4 本件決定の理由 本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、@本件訂正につき、訂正発明1、2は、いずれも本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭63-259538号公報(甲第3号証、以下「刊行物1」といい、そこに記載された発明を「刊行物発明」という。)及び特開昭64-59294号公報(甲第4号証、以下「刊行物2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正は、同法120条の4第3項で準用する126条4項の規定(注、「平成6年法律第116号附則6条1項が、同法の施行前にした特許出願に係る特許の願書に添付した明細書又は図面の訂正については、なお従前の例によるとすることにより、平成11年法律第41号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する同法126条4項が読み替えられて準用される平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定」の趣旨と解される。)に適合しないので、認められないとし、A本件発明の要旨を、本件訂正前の明細書の特許請求の範囲の記載のとおり認定した上、本件発明は、刊行物1、2にそれぞれ記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明についての特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号に該当し(注、「本件発明についての特許は特許法29条2項の規定により拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであって、平成6年法律第116号附則14条に基づく平成7年政令第205号4条2項の規定により」の趣旨であると解される。)、
取り消されるべきものであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
1 本件決定の理由中、訂正発明1、2の要旨の認定、刊行物1、2の記載を摘記した部分(決定謄本2頁26行目〜5頁5行目)の認定、訂正発明1と刊行物発明との一致点及び相違点の各認定は認める。
本件決定は、本件訂正の適否の判断において、課題設定の困難性及び刊行物2の記載事項を誤認したことにより、訂正発明1と刊行物発明との相違点についての判断を誤って(取消事由)、訂正発明1が刊行物1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨誤って判断し、同様に訂正発明2についても、刊行物1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨誤って判断した結果、訂正発明1、2が独立特許要件を欠くとして本件訂正を認めず、ひいては、本件発明の要旨の認定を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(訂正発明1と刊行物発明との相違点についての判断の誤り) (1) 本件決定は、本件訂正の適否の判断において、訂正発明1と刊行物発明との相違点として認定した「訂正明細書の請求項1に係る発明(注、訂正発明1)が、『前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てる』のに対し、刊行物1に記載された発明(注、刊行物発明)は、そのような割り当てを行うことを明示していない点」(決定謄本5頁24行目〜29行目)につき、刊行物発明において「照射野外の領域が高輝度もしくは低濃度で再生される結果、照射野内の再生画像が見づらくなることは当業者に明らかなことであるから、放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという目的は、格別のものでなく、当業者が容易に設定し得るものである」(同6頁2行目〜6行目)とした上で、「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除するために、フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域のデータ値をゼロとしてそれら領域を暗く表示させるようにすることが刊行物2に記載されているように公知である・・・から、上記目的を達成するための構成を『前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てる』ようにすることは、
当業者が容易に想到し得ることである」(同頁7行目〜15行目)とした。
しかしながら、以下のとおり、刊行物1(甲第3号証)の記載から、「放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという目的」が当然に導き出せるものではなく、上記目的(課題)の設定が容易であるとすることは誤りであり、また、刊行物2(甲第4号証)には、「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除する」目的や、「放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てる」ことは、記載も示唆もされていないから、刊行物2の記載を参酌して、刊行物発明において相違点に係る訂正発明1の構成にすることが当業者に容易であるとすることも誤りである。
(2) 課題設定の困難性の誤認 刊行物発明において、照射野外の領域が高輝度又は低濃度で再生される結果、照射野内の再生画像が見づらくなることは事実であるとしても、それらのことが刊行物1に直接記載されているわけではなく、刊行物1の記載から当業者に当然に導出される自明の事項でもない。しかも、刊行物発明は、専ら照射野内の被写体画像信号値の状態そのものと関連した観察読影適性の向上を図るものであって、照射野外からの光との関係における見にくさや見やすさとは全く関係のない発明である。そうとすると、当業者が、刊行物1に接しても、照射野外の領域が高輝度又は低濃度で再生される結果、照射野内の再生画像が見づらくなることに思いを至らせる必要はなく、また、思いを至らせる契機となるような記載もない。
さらに、放射線画像の読影は医師が行うものであり、当業者である技術者がこれを行うことはない。照射野外からの光は照射野内画像の微妙なコントラストの読影に悪影響を及ぼすものであって、このような悪影響は読影の専門家である医師であって初めて認識し得るものであり、読影の素人である当業者は通常認識し得るものではない。
したがって、当業者が、刊行物1の記載から、刊行物発明において、照射野外の領域が高輝度又は低濃度で再生される結果、照射野内の再生画像が見づらくなることに当然に気付くものではなく、まして、「放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという」目的(課題)を容易に想到するものではない。本件決定が、上記目的(課題)の設定が容易であるとしたことは誤りである。
被告は、この点につき、読影対象の近傍に高輝度のものが存在すると読影対象が見づらくなることは、放射線画像の読影の際に常に起こり得ることであって、刊行物2に記載された発明はそのような問題を解決しようとするものであると主張するが、刊行物2には照射野外の領域に関しては何らの記載も示唆もないから、上記課題を想起させる契機とはなり得ない。
(3) 刊行物2の記載事項の誤認 刊行物2には、「フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域のデータ値をゼロとしてそれら領域を暗く表示させるようにすること」は記載されているが、その上位概念的な「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除する」目的は記載されていない。また、「フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域」と「照射野外の領域」とは全く異なる概念である。
さらに、訂正発明1は、被写体外が低輝度又は高濃度に表示されるもの、
すなわち、いわゆるネガ表示であるのに対し、刊行物2に記載された発明は、被写体外が高輝度又は低濃度に表示されるもの、すなわち、いわゆるポジ表示であるから、仮に刊行物2に記載された発明について放射線照射野外の領域を想定したとすれば、その領域は、訂正発明1とは逆に、当初から低輝度又は高濃度になり、「低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値」に置き換える必要性は存在しない。
したがって、刊行物2は、「放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データ」に「低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てる」ことを何ら示唆するものではなく、そのような刊行物2の記載を参酌しても、刊行物発明において、放射線照射野外の領域に対応する画像データに、低輝度又は高濃度に対応するデータ値を割り当てることを、容易に想到することはできない。
(4) なお、本件決定は、「訂正明細書の請求項2に係る発明(注、訂正発明2)は、訂正明細書の請求項1に係る発明(注、訂正発明1)の放射線画像処理方法を放射線画像処理装置として表現したものにすぎないから、それについての判断は、上述と同様である」(決定謄本6頁16行目〜18行目)としたが、上記のとおり、本件決定の訂正発明1についての刊行物発明との相違点についての判断、したがって、進歩性の判断に誤りがある以上、訂正発明2についての上記判断も誤りであることは明らかである。
被告の反論
1 本件決定の認定及び判断は正当であり、原告主張の本件決定取消事由は理由がない。
2 取消事由(訂正発明1と刊行物発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 課題設定の困難性の誤認について 原告は、当業者が、刊行物1の記載から、刊行物発明において照射野外の領域が高輝度又は低濃度で再生される結果、照射野内の再生画像が見づらくなることに当然に気付くものではなく、まして、放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという目的(課題)を容易に想到するものではないから、本件決定が、上記課題の設定が容易であるとしたことは誤りである旨主張する。
しかしながら、刊行物1には、本件決定が記載クとして認定した「以上説明した実施例においては、微分処理の方向の起点となる照射野内の点をシート中心Oとしているが、この点はシート中心点に限らず、放射線照射野内に存在する点ならばどのような点が利用されてもよい。例えば放射線照射野が極めて小さく絞られる場合は、シート中心点が照射野外に位置することもあるので、その場合は蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、さらには画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等、必ず照射野内に存在することになる点を利用するのが望ましい」(決定謄本4頁8行目〜14行目)との記載がある(以下、刊行物1のこの記載を「記載ク」という。)。そして、この記載によれば、刊行物発明において、蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、さらには画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等が、必ず放射線照射野内に存在するものであり、言い換えれば、放射線がほとんど照射されない照射野外が最低濃度(最高輝度)となること、すなわち、ネガ表示となることは明らかであって、このことは当業者において直ちに理解するところである。
他方、刊行物発明は、再生画像をモニタやフィルムに可視画像として出力するものであるが、刊行物1(甲第3号証)に、「本発明の放射線照射野認識方法によれば・・・本読みの読取条件や画像処理条件を最適に設定することができる。
したがって本発明方法によれば、常に観察読影適性の優れた放射線画像を再生することが可能となる」(8頁右上欄11行目〜18行目)との記載があるとおり、観察読影適性の優れた放射線画像を再生することを意図したものであるから、刊行物発明においてどのような可視画像が再生されるかを考慮することは、当業者にとって当然のことであって、刊行物発明が、照射野外からの光との関係における見にくさや見やすさと全く無関係の発明であるということはできない。
そうすると、上記のとおり、刊行物発明1において照射野外が最低濃度(最高輝度)となることは当業者が直ちに理解するものであるところ、読影対象の近傍に高輝度のものが存在すると読影対象が見づらくなるようなことは、よく経験するところであり、放射線画像の読影の際に常に起こり得ることであって、示唆されなければ気付かないようなものではないのみならず、刊行物2に記載された発明自体、そのような問題を解決しようとするものと認められる。
原告は、照射野外からの光は照射野内画像の微妙なコントラストの読影に悪影響を及ぼすものであって、このような悪影響は読影を行う医師であって初めて認識し得るものであり、読影の素人である当業者は通常認識し得ないと主張するが、「読影」を、診断まで含めた意味にとれば、医師しか行い得ないものであるとしても、単に放射線画像の再生画像を見ることはだれにでもできることであり、刊行物発明1の放射線画像の再生画像を目にすれば、読影対象の近傍に高輝度のものが存在する結果、読影対象が見づらくなるということは、当業者にも経験されることである。
したがって、本件決定が、放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという課題の設定が容易であるとしたことに誤りはない。
(2) 刊行物2の記載事項の誤認について 本件決定が、「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除するために、フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域のデータ値をゼロとしてそれら領域を暗く表示させるようにすることが刊行物2に記載されているように公知である・・・から、・・・『・・・画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てる』ようにすることは、当業者が容易に想到し得ることである」(決定謄本6頁7行目〜15行目)と判断したことに対し、原告は、刊行物2には、「フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域のデータ値をゼロとしてそれら領域を暗く表示させるようにすること」は記載されているが、「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除する」目的は記載されておらず、また、「フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域」と「照射野外の領域」とは異なる概念であると主張する。
しかしながら、フイルムが存在しない部分は元々画像が存在しない部分であって読影対象外の高輝度に表示される部分であり、被写体が存在しない部分も読影対象外の高輝度に表示される部分であることは明らかである。刊行物2記載の発明は、原告主張のとおり、そのようなフィルムが存在しない部分又は被写体が存在しない部分を暗く表示させるようにする発明であるから、それらに共通する事項として、「読影対象外の高輝度に表示される部分を暗くする」という考え方に基づいているのである。すなわち、刊行物2記載の発明の目的及びその目的に対応した実施例の解決方法を勘案すれば、刊行物2は、「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除するため」という直接的な記載がなくとも、「読影対象でない不必要な高輝度の表示部分の影響を排除するために、フィルムが存在しない領域や被写体の外側の領域のデータ値をゼロとしてそれら領域を暗く表示させるようにする」ことを十分に示唆しているのであり、したがって、そのことが刊行物2に記載されているように公知であるとした本件決定に誤りはない。
また、原告は、訂正発明1がネガ表示であるのに対し、刊行物2に記載された発明はポジ表示であって、その放射線照射野外の領域は当初から低輝度又は高濃度になり、「低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値」に置き換える必要性は存在しないから、刊行物2の記載を参酌しても、刊行物発明において、放射線照射野外の領域に対応する画像データに、低輝度又は高濃度に対応するデータ値を割り当てることを、容易に想到することはできない旨主張する。
確かに、訂正発明1はネガ表示であるのに対し、刊行物2に記載された発明はポジ表示である。しかし、ネガ表示であろうとポジ表示であろうと、高輝度で非常に明るく表示された部分が眼に刺激を与えて、表示画面が見づらく、読影しにくいという問題は存在するのであるから、刊行物発明1における課題を解決するために刊行物2記載の発明を適用することは当業者が容易にし得ることであり、本件決定の相違点についての判断に誤りはない。
(3) なお、上記のとおり、本件決定の訂正発明1についての刊行物発明との相違点についての判断、したがって、進歩性の判断に誤りはないから、本件決定が、
訂正発明2につき、「訂正明細書の請求項1に係る発明(注、訂正発明1)の放射線画像処理方法を放射線画像処理装置として表現したものにすぎないから、それについての判断は、上述と同様である」(決定謄本6頁16行目〜18行目)としたことにも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由(訂正発明1と刊行物発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 課題設定の困難性の誤認について ア 被告は、刊行物発明において、放射線がほとんど照射されない照射野外が最低濃度(最高輝度)となること、すなわち、ネガ表示となることは明らかであり、このことは当業者において直ちに理解するところであるとした上、このことを前提として、本件決定が、放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという課題の設定が容易であるとしたことに誤りはない旨主張する。
そこで、まず、刊行物発明において、放射線がほとんど照射されない照射野外が最低濃度(最高輝度)となるか、すなわち、ネガ表示となるかどうかにつき検討する。
なお、ここでいう「輝度」及び「濃度」の意義は、訂正明細書(甲第2号証添付)の「『低輝度もしくは高濃度』とは、CRT等の表示画面上に輝度分布として可視画像を表示する場合は低輝度をいい、フイルム等に濃度分布として可視画像を再生する場合は高濃度をいう」(6頁17行目〜19行目)との記載に係る用例と同様、CRT等の表示画面上に輝度分布として可視画像を表示する場合の輝度及びフィルム等に濃度分布として可視画像を再生する場合の濃度を意味するものであることは明らかである。
イ 刊行物1に、記載ク、すなわち、「以上説明した実施例においては、微分処理の方向の起点となる照射野内の点をシート中心Oとしているが、この点はシート中心点に限らず、放射線照射野内に存在する点ならばどのような点が利用されてもよい。例えば放射線照射野が極めて小さく絞られる場合は、シート中心点が照射野外に位置することもあるので、その場合は蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、さらには画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等、必ず照射野内に存在することになる点を利用するのが望ましい」(決定謄本4頁8行目〜14行目)との記載があることは当事者間に争いがない。
そして、被告は、この記載クのうちの「蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、さらには画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等、必ず照射野内に存在することになる点」との部分を根拠として、蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、さらには画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等が、必ず放射線照射野内に存在するとすれば、放射線がほとんど照射されない照射野外が最低濃度(最高輝度)となること、すなわち、ネガ表示となることは明らかである旨主張するところ、本件決定には、この被告主張と同旨の「刊行物1に記載された発明(注、刊行物発明)は、蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、高濃度側領域の重心等が照射野内に存在するようにしている(上記ク参照。なお、蓄積性蛍光体シートは画像を濃度として記録するものではなく、エネルギーとして記録するものであるから、この濃度は、再生される画像におけるものと認められる。)から、放射線を受けない照射野外の領域が高輝度もしくは低濃度となるように画像が再生されるものと認められる」(決定謄本5頁32行目〜6頁1行目)旨の説示が存在する。
本件決定の上記説示の括弧書き部分のうち、「蓄積性蛍光体シートは画像を・・・エネルギーとして記録するものである」こと自体は、刊行物1(甲第3号証)の「ある種の蛍光体に放射線(X線、α線、β線、γ線、電子線、紫外線等)を照射すると、この放射線エネルギーの一部が蛍光体中に蓄積され、この蛍光体に可視光等の励起光を照射すると、蓄積されたエネルギーに応じて蛍光体が輝尽発光を示すことが知られており、このような性質を示す蛍光体は蓄積性蛍光体・・・と呼ばれる」(1頁右下欄10行目〜16行目)との記載に照らして、誤りではないものと認められる。しかし、そうであるからといって、同括弧書きのうちの「この濃度は、再生される画像におけるものと認められる」との部分が誤りではない、すなわち、記載クにおける「濃度」の語が、フィルム等に濃度分布として可視画像を再生する場合の濃度を意味するものであると直ちに認めることはできない。
なぜならば、刊行物1の上記記載中の「蓄積されたエネルギーに応じて蛍光体が輝尽発光を示す」ということは、同一の蓄積性蛍光体シートであっても、
強い放射線が照射されて大きなエネルギーが蓄積された部分と、弱い放射線が照射されて小さいエネルギーが蓄積された部分とが存在することを前提とするものと解され、そうであれば、大きなエネルギーが蓄積された部分を、小さなエネルギーが蓄積された部分に対して、「エネルギーの濃度が高い」と表現したとしても、格別不自然であるということはできず、したがって、蓄積性蛍光体シートが画像をエネルギーとして記録するものであっても、記載クにおける「濃度」の語は、フィルム等に濃度分布として可視画像を再生する場合の濃度の意味ではなく、蓄積性蛍光体シートにおける各部分のエネルギー濃度の意味と解することもできるからである。
ウ ところで、刊行物1(甲第3号証)には、「可視像の出力に先立って放射線画像の蓄積記録情報を把握する方法として、特開昭58-67240号に開示された方法が知られている。この方法は、観察読影のための可視像を得る読取り操作(以下、『本読み』という。)の際に照射すべき励起光よりも低いレベルの励起光を用いて、前記本読みに先立って予め蓄積性蛍光体シートに蓄積記録されている放射線画像の蓄積記録情報を把握するための読取り操作(以下、『先読み』という。)を行ない、放射線画像の蓄積記録の概要を把握し、本読みを行なうに際して、この先読み情報に基づいて読取ゲインを適当に調節し、収録スケールファクターを決定し、あるいは信号処理条件を決定するものである」(2頁左上欄末行〜右上欄13行目)との記載があるところ、記載ク(7頁左上欄16行目〜右上欄6行目)の後に、「なお以上説明したような『先読み』は、通常『本読み』におけるよりも粗い画素単位で行なわれる」(同頁左下欄1行目〜3行目)との記載があるから、記載クは、先読み情報に基づいて、微分処理の方向の起点となる照射野内の点として、「蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点、さらには画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等、必ず照射野内に存在することになる点を利用する」ことを述べたものであり、その「濃度」は先読み情報の一部であるものと解することができる。
そして、刊行物1の上記記載によれば、「先読み」は、観察読影のための可視像を得る読取り操作である「本読み」に先立って行われる操作であって、先読み情報は、読取りゲインを適当に調節し、収録スケールファクターを決定し、あるいは信号処理条件を決定するものであり、先読み情報に基づき可視像が再生されるとはされていない。そうすると、上記のとおり、先読み情報の一部と解される記載クの「濃度」は、フィルム等に濃度分布として可視画像を再生する場合の濃度を意味するものではなく、蓄積性蛍光体シートにおける各部分のエネルギー濃度を意味するものと解するのが合理的である。
また、記載クには「蓄積性蛍光体シート内の濃度最大点、濃度重心点」との表現があり、その「濃度」が、再生される画像におけるものではなく、蓄積性蛍光体シート内のものとして記載されているが、このことに照らしても、その「濃度」が蓄積性蛍光体シートにおける各部分のエネルギー濃度を意味することが首肯される。
さらに、記載クには「画像濃度を2値化した際の」との表現があるところ、仮に、この「画像濃度」が可視画像を再生する場合の濃度を意味するものとすれば、「画像濃度を2値化」するとは、再生した可視画像の濃度を2値化(0又は1の信号の割当て)するという趣旨になるが、再生した可視画像について改めてそのような処理をする必要性は、通常、想定することができない。記載クにかんがみれば、「画像濃度を2値化」するとの文言は、微分処理の方向の起点を必ず照射野内に存在する点に決定するために、蓄積性蛍光体シートにおける各部分のエネルギー濃度に応じて0又は1の信号を割り当てるという趣旨にとらえたときに、初めて意味があるものというべきであるから、この記載も、記載クにおける「濃度」が蓄積性蛍光体シートにおける各部分のエネルギー濃度を意味することを裏付けるものということができる。
エ 以上のとおり、記載クにおける「濃度」は、蓄積性蛍光体シートにおける各部分のエネルギー濃度を意味するものと解され、それが再生される画像における濃度を意味するとの本件決定の認定は採用することができない。そうとすれば、
記載クに、濃度最大点、濃度重心点、画像濃度を2値化した際の高濃度側領域の重心等が、必ず放射線照射野内に存在することが記載されているからといって、照射野外が、再生される画像における濃度の意味における「最低濃度」となるということはできない。すなわち、記載クを根拠として、「刊行物1に記載された発明(注、刊行物発明)は・・・放射線を受けない照射野外の領域が高輝度もしくは低濃度となるように画像が再生されるものと認められる」(決定謄本5頁32行目〜6頁1行目)とした本件決定の認定は誤りであり、これと同旨の被告の主張も誤りといわざるを得ない。
刊行物1(甲第3号証)には、他に、刊行物発明において照射野外が最低濃度(最高輝度)となること、すなわち、ネガ表示となることを認めるに足りる記載を見いだすことができないから、結局、刊行物1の記載によっては、刊行物発明がネガ表示されるものであるのか、ポジ表示されるものであるのかは不明であるというほかはない。
そして、仮に、刊行物発明がポジ表示されるものであるとすれば、その放射線照射野外の領域は当初より最低輝度(最高濃度)で表示されるものであるから、「照射野外の領域が高輝度もしくは低濃度で再生される結果、照射野内の再生画像が見づらくなること」(決定謄本6頁2行目〜3行目)はあり得ず、そうであれば、放射線照射野外の領域からの強い光が眼に入射して観察の妨げとなることがない可視画像を得ることができるようにしようという目的(課題)の生ずる余地がないことは明らかである。したがって、ネガ表示されるものであるか、ポジ表示されるものであるか不明である刊行物発明に基づいて、そのような課題の設定が容易であるとした本件決定の判断は誤りであるといわざるを得ない。
(2) そうすると、本件決定の「上記目的を達成するための構成を『前記放射線画像を表わす画像再生用画像データに基づいて再生された可視画像の前記放射線照射野外の領域が低輝度もしくは高濃度となるように、前記画像再生用画像データのうち前記放射線照射野外の領域に対応する画像再生用画像データに前記低輝度もしくは高濃度に対応するデータ値を割り当てる』ようにすることは、当業者が容易に想到し得ることである」(決定謄本6頁11行目〜15行目)との判断は、前提である目的(課題)を欠くから、その余の点につき検討するまでもなく、誤りというべきである。
(3) また、本件決定は、「訂正明細書の請求項2に係る発明(注、訂正発明2)は、訂正明細書の請求項1に係る発明(注、訂正発明1)の放射線画像処理方法を放射線画像処理装置として表現したものにすぎないから、それについての判断は、上述と同様である」(決定謄本6頁16行目〜18行目)としたが、上記のとおり、本件決定の訂正発明1についての刊行物発明との相違点についての判断、したがって、進歩性の判断に誤りがある以上、訂正発明2についての上記判断も誤りである。
2 以上のとおり、本件決定がした、訂正発明1、2が刊行物1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの判断は誤りであり、したがって、当該判断に基づき、訂正発明1、2が特許出願の際独立して特許を受けることができないとした判断も誤りである。そして、この瑕疵が、本件訂正の適否の判断、ひいては本件発明の要旨の認定に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件決定は違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利