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関連審決 審判1998-35433
異議1998-74857
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  下位概念 /  技術的範囲 /  同一の発明 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  国内優先権 /  権利の濫用(権利濫用) /  優先日 /  置換 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 平成 10年 (ワ) 5715号 特許権侵害差止等請求事件
原告 日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 山上和則
同 吉利靖雄
同 野上邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
補佐人弁理士 豊栖康弘
同 青山葆
同 河宮治
同 石井久夫
同 豊栖康司
同 田村啓
同 北原康廣
被告 豊田合成株式会社
訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 黒田健二
同 吉村誠
補佐人弁理士 樋口武尚
同 糟谷敬彦
同 平田忠雄
同 岡本芳明
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/02/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
被告は,原告に対し,金2億5000万円及びこれに対する平成13年10月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件の審理の経過等 (1) 原告は,平成10年(ワ)第5715号事件において,@窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権(特許番号第2735057号。以下「本件特許権」という。)に係る明細書の【特許請求の範囲】請求項1記載の発明,A同請求項14記載の発明(後記の「本件特許発明」),及び,B窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の実用新案権(実用新案登録番号第2566207号。以下「本件実用新案権」という。)に係る明細書の【実用新案登録請求の範囲】請求項1の考案に基づき,被告が製造・販売する合計5種の発光ダイオードチップ及びこれらを組み込んだLED製品の製造・販売の差止等及び損害賠償を請求していた。
このうち,本件実用新案権の請求項1の考案(上記B)に基づく請求については,弁論を分離した上で,特許庁平成10年異議第74857号実用新案異議事件の決定が確定するまで訴訟手続が中止された(平成12年8月28日付け決定)。また,本件特許権の請求項1の発明(上記@)に基づく請求についても,弁論を分離した上,特許庁平成10年審判第35433号無効審判事件の審決が確定するまで訴訟手続が中止された(平成13年6月18日付け決定)。そして,同特許権の請求項14の発明(上記A)に基づく請求のうち,差止等請求に係る部分については原告の請求減縮(平成13年10月15日付け請求の趣旨変更の申立書等。第16回弁論準備手続期日において被告が同意)により取り下げられた。この結果,同特許権の請求項14の発明(上記A)に基づく損害賠償請求に係る部分のみが,審理されている状況にあった。
(2) 本件(標記平成10年(ワ)第5715号A事件)は,前記(1)記載の経過が示すとおり,当初の平成10年(ワ)第5715号事件から,弁論が分離された上で中止決定のされた請求及びその後に請求減縮された請求に係る部分を控除した請求に係る部分であり,その内容は,本件特許権の請求項14の発明に基づく損害賠償請求である。
本件において,原告は,被告の製造・販売する別紙物件目録1ないし5記載の各発光ダイオードチップ(以下,これらをそれぞれの目録番号に従い「被告チップ1」などといい,総称して「被告チップ」という。),及び,同目録5記載のLED製品(以下「被告LED製品」という。)は,いずれも,原告が有する本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の【特許請求の範囲】請求項14記載に係る発明(以下「本件特許発明」という。)の技術的範囲に属しており,その製造・販売は同特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法102条2項に基づく総額243億7995万9355円の損害のそれぞれ一部として,被告チップ1ないし5につき各2500万円,被告LEDにつき1億2500万円の合計2億5000万円の損害賠償を求めている。
2 前提となる事実関係(1) 原告は,下記の特許権(本件特許権)を有している。
特許番号 第2735057号 発明の名称 窒化物半導体発光素子 出願日 平成7年12月12日 登録日 平成10年1月9日 優先権主張番号 特願平6-320100 優 先 日 平成6年12月22日 優先権主張国 日本(2) 本件特許権に係る明細書の請求項14の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。本判決末尾添付の特許公報(甲4の4)参照。
なお,本件明細書の特許請求の範囲請求項1ないし18(以下,それぞれ単に「請求項1」などという。)記載に係る各発明については,特許異議手続において,平成12年12月18日に,訂正を認めて各発明の特許を維持する旨の決定(甲61)がされて,確定しているが,本件(A事件)における請求の根拠である請求項14については,訂正の対象となっていないので,訂正前の記載が掲載された前記特許公報(以下「本件公報」という。)をそのまま添付する。)。
「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,この活性層の第1の面に接して,活性層よりもバンドギャップが大きく,かつn型InyGa 1-y N(0<y<1)よりなる第1のn型クラッド層を備え,該活性層の第2の面に接して,p型AlbGa 1-b N(0特許発明については,国内優先権主張の基礎となる平成6年12月22日付けの出願がなされているので,以下,この出願を「本件優先権出願」といい,同出願時に添付された明細書(乙7)を「本件優先権明細書」という。
(3) 本件特許発明構成要件を分説すれば,次の@ないしC記載のとおりである(以下,分説した各構成要件をその番号に従い「構成要件@」のように表記する。)。
@ インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,A この活性層の第1の面に接して,活性層よりもバンドギャップが大きく,かつn型InyGa 1-y N(0<y<1)よりなる第1のn型クラッド層を備え,B 該活性層の第2の面に接して,p型AlbGa 1-b N(0特許発明は,従来技術との対比において,次のような作用効果を有する。
従来の窒化物半導体発光素子においては,InGaNからなる活性層をAlGaNからなるクラッド層で挟んだ構造(いわゆるダブルヘテロ構造)が一般的であったが,AlGaNは結晶として硬い性質を有するため,発光特性を良くするために活性層を薄くすると,AlGaNクラッド層とInGaN活性層に多数のクラックが生じるという問題点があった。
本件特許発明においては,上記InGaN活性層を,同層よりもバンドギャップの大きいInGaN層で挟むことにより,発光出力が飛躍的に向上する。InGaNは結晶の性質として柔らかい性質を有しているので,AlGaNクラッド層とInGaN活性層との格子定数不整及び熱膨張係数差から生じる結晶欠陥を吸収する働きがあると考えられ,この働きによって,InGaN活性層の結晶性が飛躍的に良くなって,発光出力が増大するものと考えられる。
(5) 被告は,平成10年2月20日から同12年1月31日までの間,被告チップ1ないし4及びこれらを組み込んだ被告LED製品を製造・販売していた。また,同年2月1日から平成13年4月30日までの間,被告チップ5及びこれを組み込んだ被告LED製品を製造・販売していた。
被告チップは,いずれも,InGaN層とGaN層を交互に重ねた多層膜構造の層を,p型AlGaN層とn型InGaN層で挟んだ構成を有している。この多層膜構造の層の両端にあるのは,いずれもGaN層であり,これら2つの最外層のGaN層が,それぞれ,上記p型AlGaN層及びn型InGaN層と接している。また,正孔と電子の再結合により実際に発光するのは,上記多層膜構造中の各InGaN層である(別紙物件目録1ないし5の図面及び[構成の説明]欄の記載参照。なお,同目録中の各発光ダイオード模式断面図における「活性層」「クラッド層」の記載は,一応原告の主張に従って記載してあるが,各層の機能については,被告との間で争いがある。)。
3 争点(1) 被告チップはいわゆる多重量子井戸構造(なお,ここでいう「多重量子井戸構造」とは,半導体発光素子の活性層を形成する際に,InGaNを井戸層とし,GaN層を障壁層として,これら2つの層を何層か交互に重ね合わせた構造のことを指すものとする。)の活性層を有するところ,構成要件@ないしBの「活性層」には,このような多重量子井戸構造からなるものも含まれるか(争点(1))。
(2) 仮に,上記「活性層」に多重量子井戸構造のものも含まれる場合,被告チップのように最外層がGaN層であるものが,これに含まれるか(争点(2))。
(3) 本件特許発明には明白な無効理由があり,本件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないか(争点(3))。
当事者の主張
1 前記争点(1)(構成要件@ないしBの「活性層」には,多重量子井戸構造からなるものも含まれるか)について(原告の主張)ア 本件明細書の【特許請求の範囲】欄の請求項14には,「量子井戸構造」なる文言そのものは存在しないが,量子井戸構造自体は本件優先権出願以前から周知であり,本件優先権明細書(乙7)には乙8(雑誌「Appl.Phys.Lett.67,1868(1995)」登載のA外3名による論文)に記載された単一量子井戸構造を有する発光素子に関する記載が含まれていた。請求項14は,本件優先権明細書における実施例4から本件特許発明の必須要件のみを抽出したものである。
したがって,請求項の下位概念である単一量子井戸構造及び多重量子井戸構造がそこに含まれていることは,明らかである。
イ 被告は,本件優先権明細書(乙7)には発光素子を構成する特定の層を多層構造とすることが開示されていながら,活性層を多重量子井戸構造とすることについては記載も示唆もされていないから,そこでは多重量子井戸構造が意識的に排除されている旨を主張する。
しかし,本件優先権明細書(乙7)に記載されているのは,発光素子の層内に半導体層を積層した多層膜を光反射層として設けるという新規な構造であり,このような構成は窒化ガリウム系化合物半導体では全く知られていなかったため,本件優先権明細書に記載されたのである。一方,多重量子井戸構造は周知の構成であったのだから,このような構成を明細書に記載していなかったからといって,権利の範囲から除外されるものではない。
ウ また,被告は,多重量子井戸構造の活性層においては,井戸層のバンドギャップエネルギー,障壁層のバンドギャップエネルギー,及び,いわゆる量子サイズ効果によって形成されるエネルギー準位に基づき導き出されるバンドギャップエネルギーとが並存しており,バンドギャップの意義を一義的に決めることができず,構成要件Aの「活性層よりもバンドギャップが大きく」という文言の関係で構成要件そのものが不明確になるから,その観点からも,「活性層」に多重量子井戸構造を含むと解することはできない旨を主張する(後記(被告の主張)エ参照。)。
しかしながら,B教授作成の平成13年3月16日付け鑑定書(甲64)に記載されているとおり,発光素子の活性層が多重量子井戸構造である場合の活性層のバンドギャップエネルギーとは,電子及び正孔が存在できる最も低いエネルギー間隔であり,伝導帯側の量子準位と価電子帯側の量子準位の差のことと定義できる(甲64の図1のb参照)。
したがって,被告の上記主張は当を得ていない。
(被告の主張)ア 本件優先権明細書(乙7)には,多重量子井戸構造で活性層を構成することについての記載がない上に,本件優先権出願(平成6年12月22日)後,本件特許権の出願(平成7年12月12日)前に,活性層を量子井戸構造でないものから同構造のものに置換した発光素子に関する発明が公知になっている(前記乙8参照)。
したがって,出願人である原告が,本権優先権出願に基づく優先権を主張する以上,本件明細書中の特許請求の範囲の請求項14に記載された発明(すなわち,本件特許発明)の技術的範囲を画するにあたっては,多重量子井戸構造で活性層を構成したものは,そこに含まれないと解すべきである。
イ 本件優先権出願当時,多層膜からなる光反射層を形成する技術は既に公知であり(乙47〜50の各特許公開公報参照),また,InGaNからなる井戸層及び障壁層を交互に積層し,2つの最外層を井戸層とする多層膜構造からなる多重量子井戸構造の活性層も公知であった(乙12の公開特許公報参照)。
しかるところ,本件明細書には,クラッド層とコンタクト層の間に多層膜構造の光反射層を設けた発光素子の構成が具体的に記載されている(本件特許公報段落【0026】)一方で,多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子に関する具体的な記載はない。
したがって,そこでは,活性層を多重量子井戸構造とする技術的思想が積極的に排除されていたとみるべきである。
ウ 本件特許発明における「活性層」は,「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりな」る(構成要件@)ことが要件であるところ,被告チップにおける多重量子井戸構造はInGaN井戸層とGaN障壁層とを交互に積層してなるものであり,このうちGaN障壁層は,正孔と電子が再結合して実際に発光するInGaN井戸層において,いわゆる量子サイズ効果に基づく量子準位を形成するために必要不可欠な層である。ところが,このように活性層にとって必須の層であり,活性層の一部であるにもかかわらず,GaN層はインジウムを含んでいない。
よって,被告チップが上記「インジウムとガリウムとを含む」との要件を充たさず,本件特許発明技術的範囲に属さないことは明らかである。
エ 本権優先権明細書のみならず,本件明細書中にさえ,量子井戸構造からなる活性層のバンドギャップの数値を具体的にどう確定すればよいのかを示唆する記載は見当たらない。
そうである以上,「活性層」には多重量子井戸構造のものは含まれないと解すべきである。そうでないと,構成要件充足性を判断するための要件である「バンドギャップ」(構成要件A)という文言の意味が不明確となり,本件特許発明に特許法36条違反の無効理由が存することになってしまう。
2 前記争点(2)(仮に,構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造のものも含まれる場合,被告チップのように最外層がGaN層であるものが,これに含まれるか)について (原告の主張) ア 本件特許発明の本質は,InGaN活性層をn型InGaNクラッド層とp型AlGaNクラッド層で挟んだ構成を採ることにより,InGaN活性層をn型AlGaNクラッド層とp型AlGaNクラッド層で挟んだ従来の構造に比して,活性層の結晶性が良くなり,発光出力が格段に向上する点にある。すなわち,上記従来の構造においては,AlGaNクラッド層の結晶が硬いため,例えばInGaN活性層の厚さを200Å(オングストローム)未満にすると,AlGaNクラッド層とInGaN活性層に多数のクラックが生じて発光出力が低下するという問題点があった。これに対し,本件特許発明においては,結晶として柔らかい性質を有するInGaN層をクラッド層として挿入しているので,同層が活性層と外側の層とのバッファ層として機能し,そのことによって,量子井戸構造を含む膜厚の薄い活性層を実現することができ,発光波長の半値幅が狭くなって,発光出力も増大するのである(甲61〔本件特許権に係る特許異議の申立についての決定〕参照)。このような作用効果は,多重量子井戸構造の最外層を井戸層にしようが障壁層にしようが変わるものではない。そのことは,原告が,InGaN井戸層とGaN障壁層を積層した多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子について実施した実験結果にも示されている(甲71〔原告作成の実験報告書〕参照)。したがって,構成要件にいう「活性層」に含まれる多重量子井戸構造とは,被告が主張するように最外層が井戸層のものに限定されるものではない。
被告は,本件明細書の【0017】段落に,「多重量子井戸構造とは,井戸層と障壁層を交互に積層した多層膜構造を指す。この多層膜構造において,両側の2つ最外層は,それぞれ井戸層により構成される。」との記載があることをもって,仮に構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造のものが含まれるとしても,それは,最外層が井戸層のものに限定されると主張する。
しかし,本件明細書の上記記載は,多重量子井戸構造の好ましい実施形態を記載したものにすぎず,その構成を限定したものではない。
イ 被告は,被告チップにおける多重量子井戸構造の最外層にあたるGaN層は,InGaN層よりもバンドギャップが大きく,クラッド層として機能するものであって,活性層の一部ではない旨を主張する。
しかしながら,上記GaN層は4〜19nm(ナノメーター)の膜厚しか有しないところ,正孔を例にとると,前記膜厚は正孔の拡散長よりはるかに薄いので,正孔は,活性層内においては,いわゆるトンネル効果により隣のInGaN井戸層に達するが,n型InGaN層側の最外層であるGaN層においては,隣にある同InGaN層の方がバンドギャップが大きく,エネルギー準位的にみて禁制帯内にあってトンネルすることができないので,上記最外層にとどまることになる。
したがって,クラッド層として機能しているのは,あくまで上記n型InGaN層である。原告が,被告チップと同じ構造を有するLEDにつき,n型クラッド層の上に第2のInGaN井戸層を設けたものと,同クラッド層の下に第2のInGaN井戸層を設けたものとを作成し,それぞれについて電流を流して実験してみたところ,前者については第2の井戸層の発光が明瞭に観測された一方で,後者については全く発光がなかった(甲80〔原告の実験結果報告書〕参照)。この実験結果は,被告チップにおいてp層から供給された正孔を実質的にせき止める機能を果たしているのは,多重量子井戸構造の最外層であるGaN層ではなく,その下側に隣接してなるn型InGaN層であることを示している。さらにいえば,被告自身の出願に係る発明においても(甲68の公開特許公報の段落【0023】【0024】【0047】等参照),井戸層をInGaN層とし障壁層をGaNとする多重量子井戸構造が形成された後,形成されたMgドープのp型AlGaN層がクラッド層と認識されていることがうかがわれる。
以上からすれば,被告の上記主張は誤りである。
ウ また,被告は,被告チップにおける多重量子井戸構造の最外層をInGaN層にすると,最外層がGaN層のものと比較して約60%の発光出力しか得られなかった旨の結果を記載した乙19(C教授作成の平成13年2月20日付け「見解書」)を引用し,被告チップにおいて上記最外層をGaN層にすることには積極的な意義があり,本件特許発明とは別個の技術思想が用いられている旨を主張する。
しかし,乙19に記載された実験を原告が再現し,被告チップの多重量子井戸構造において最外層にGaN層がある場合とない場合とのLEDチップの各発光出力を比較してみたところ,発光出力に差異はない旨の結果が示されており(甲71〔原告作成の実験報告書〕参照),被告による実験の結果は信用することができない。
また,本件明細書の特許請求の範囲請求項1以下をみればわかるとおり,そもそも,そこでなされた発明の本質は,InGaNクラッド層を活性層に接して形成することによって薄い膜厚の活性層を実現し,単一量子井戸構造や多重量子井戸構造を用いて発光出力を向上させることにある。そして,請求項14記載の本件特許発明においては,n型クラッド層の上にInGaNを含む活性層を積層し,さらにその上にp型AlGaNクラッド層を積層することにより,活性層の発光出力を増大させているのである。しかるところ,被告チップは,現に,n型InGaNクラッド層を形成することによってInGaNを含む活性層の結晶性を良くし,その膜厚を薄くして量子井戸構造を採用することを可能にし,発光出力を向上させているのであるから,仮に,前記最外層がInGaN層であるものに比べて発光出力が60%であったとしても,被告チップが本件特許発明の作用効果を利用していることに変わりはない。
エ なお,被告の議論は,おしなべて,各層の膜厚を捨象してなされており,その点においても不正確である。
例えば,被告チップ5についてみると,同チップの多重量子井戸構造におけるn型InGaN層側の最外層であるGaN層はわずか100Åにも満たない厚さである一方,その外側の上記InGaN層は約1500Åの厚さがある(甲69〔原告作成の分析結果報告書〕参照)。このn型InGaN層こそが,全体として活性層の結晶性を良くし,AlGaN層とInGaNを含んでなる活性層との間の格子不整合と熱膨張係数差から生じる歪みを緩和して,発光出力を向上させているのだから,実際に発光するInGaN井戸層に,100Åにも満たない上記GaN層が直接に接しているからといって,被告チップが本件特許発明の本質を利用していないかのようにいう被告の主張は誤りである。
(被告の主張) ア 仮に構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造を有するものが含まれると解したとしても,本件特許発明における「活性層」には,「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりな」る(構成要件@)という明確な限定があるのだから,「活性層」に含まれるのは,単一のInGaN層又はインジウムの組成比の異なる複数のInGaN層を積層したものに限られ,被告チップのようにInGaN層とGaN層を積層したものは含まれないと解すべきである。
また,たとえInGaN層とGaN層を積層したものを含むと解したとしても,本件明細書の【0017】段落には,「多重量子井戸構造とは,井戸層と障壁層を交互に積層した多層膜構造を指す。この多層膜構造において,両側の2つ最外層は,それぞれ井戸層により構成される。」と明記されており,その一方で,井戸層で始まり井戸層で終わる多層膜構造を有する活性層の両側に障壁層と同一組成の層(GaN層)を形成することは,記載も示唆もされていないのだから,「活性層」に含まれる多重量子井戸構造は,最外層がInGaN井戸層であるものに限定されるというべきである。
イ 被告チップの多層膜構造部分において,原告が「活性層」の一部であると主張している2つの最外層(GaN層)は,その内側のInGaN井戸層より明らかにバンドギャップが大きく,n型InGaN層側のGaN層は正孔を,p型AlGaN層側のGaN層は電子を,それぞれ内側のInGaN井戸層に閉じ込める機能を有している。よって,これらのGaN層は,構成要件中の用語でいえば「活性層」ではなく,「クラッド層」に該当するものである(平成13年2月20日付け被告第8準備書面添付の各[バンド図]参照)。
そうすると,原告が「第一のn型クラッド層」に該当すると主張する上記n型InGaN層は,正孔を活性層に閉じ込める機能を果たしているものではないから,「クラッド層」ではないことになり,同様に,原告が「p型クラッド層」に該当すると主張している上記AlGaN層も,電子を活性層に閉じ込める機能を果たしているものではないから,やはり「クラッド層」ではないことになる。また,In(インジウム)を含む上記n型InGaN層は,多層膜中のGaN層よりバンドギャップエネルギーが小さいことが明らかであるから,「活性層よりバンドギャップが大き」い(構成要件A)とはいえず,いずれにしても,被告チップは構成要件を充足しないことになる。
ウ 原告は,被告チップにおけるn型InGaN層と隣接する最外層のGaN層の関係につき,p型AlGaN層側から注入された正孔は,トンネル効果により上記GaN層まで達するものの,上記InGaN層の方がバンドギャップが大きく,エネルギー準位的にみて禁制帯内にあってトンネルすることができず,そこにとどまることになるから,クラッド層として機能しているのはn型InGaN層である旨を主張している。
しかしながら,仮にトンネル効果により正孔が上記最外層のGaN層に達し,そこにとどまったとしても,正孔は最外層のGaN層をトンネルしておらず(そのことは,原告も争わない。),したがって,正孔を直接に井戸層に閉じ込めているのは,あくまで同GaN層ということになる。したがって,最外層のGaN層がクラッド層であることは明らかである。仮に,n型InGaN層がクラッド層の役割を果たすことがあったとしても,最外層のGaN層が直接正孔(又は電子)を井戸層に閉じ込めている第1のクラッド層であることに変わりはなく,n型InGaN層はいわば第2のクラッド層として機能しているにすぎない。
なお,原告は,上記最外層のGaN層の膜厚が6〜18nmであり,n型InGaN層よりかなり薄いことをもって,同層は障壁層であり,クラッド層ではないと主張するかのようである。
しかし,原告自身の出願にかかる複数の発明の明細書において,膜厚が1nm以上(乙63),50Å(5nm。乙53,乙54),あるいは,特に限定しない(乙52)GaN層をn型クラッド層とする発光素子が開示されている。このことからわかるとおり,ある層がクラッド層であるか否かは,正孔又は電子を井戸層に閉じ込める機能を有するか否かで決まるのであり,膜厚によって決まるものではない。したがって,被告チップにおける最外層のGaN層が,膜厚6〜18nmという薄い層であっても,正孔又は電子を井戸層に閉じ込めている以上クラッド層なのであり,原告の上記主張は意味をなさない。
エ 本件優先権出願(平成6年12月22日)から本件特許出願(平成7年12月12日)までの間の平成7年11月24日に出願された,原告自身の特許出願にかかる明細書(乙32の公開特許公報参照)には,「InGaNからなる井戸層と,井戸層よりもバンドギャップの大きいInGaNよりなる障壁層を積層した多重量子井戸構造」を活性層とする半導体発光素子につき,「本発明の発光素子では活性層に接して少なくともAlを含むp型の窒化物半導体,好ましくは三元混晶若しくは二元混晶のAlZGa 1-Z N(0 そして,原告は,このような認識に立った上で,本件特許権に係る無効審判申立事件(特許庁平成10年審判第35433号)の答弁書(乙30)においても,「本件明細書には記載していないが,p型のAlGaNは,活性層に接して形成することにより,活性層の分解防止層として作用して,InGaN活性層のInNの分解を防止して,結晶性を維持できる。請求項14に係る発明においてはInGaNクラッド層,InGaN活性層,p型AlGaN層を積層した構造において,活性層にInGaN以外の窒化ガリウム系化合物半導体層,この場合AlGaN層が必ず一か所ヘテロ接合している。」と述べ,本件特許発明においては,p型AlGaNクラッド層とInGaN活性層が接していることが必要である旨を主張して,本件特許権の維持を図った。
以上の経緯に照らし,原告が,本件訴訟において,InGaN活性層に直接に接するのがp型AlGaNクラッド層ではなく,GaN層である被告チップにつき,このような層構成のものも本件特許発明技術的範囲に属すると主張することは,著しく信義則に反し,許されないというべきである(禁反言の法理)。
3 前記争点(3)(本件特許発明には明白な無効理由があり,本件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないか)について (被告の主張) 本件特許発明には,下記のとおり明白な無効理由があり,本件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用に当たるものとして許されない(平成13年10月12日付け被告第20準備書面末尾添付の「無効理由一覧表」参照。以下,争点(3)についての当事者双方の主張は,必ずしも十分に整理されているとはいえない点もあるが,双方の主張内容をそのまま摘示する。)。
新規事項の追加(無効理由@) 本件特許権は平成7年の出願であり,補正が厳格に制限されるいわゆる平成6年改正特許法が適用されるところ,同法の下では,補正が許されるのは,当初明細書及び図面に記載された事項そのものか,あるいは,その記載事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項に限られる(乙17参照)。
しかるに,請求項14記載に係る発光素子,すなわち,インジウムとガリウムとを含む活性層の第1の面に接してn型InGaNクラッド層を備え,活性層の第2の面に接してp型AlGaNクラッド層を備える構成のみからなる発光素子は,本件優先権明細書(乙7)には全く記載されておらず,かつ,同明細書の記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項でもない。
したがって,上記請求項14に記載された事項(すなわち,本件特許発明の内容)は,手続補正書(乙16)により追加された新規事項というべきである(特許法17条の2第2項違反)。
イ 明細書にサポートなし(無効理由A) 本件特許発明の本質は,AlGaNクラッド層とInGaN活性層の間に挿入されたInGaNクラッド層が,これら2つの層のバッファ層として機能することにある。実際に,本件明細書記載の実施例1ないし6をみても,p型ないしn型の少なくとも1つのInGaNクラッド層の外側にAlGaNクラッド層を設けた構成が開示されている。
しかるに,請求項14の記載そのものに対応した実施例,すなわち,InGaN活性層を挟んでp型AlGaNクラッド層とn型InGaNクラッド層が存在するのみで,InGaNクラッド層の外側にAlGaNクラッド層が存在しない構成の発光素子は記載されていない。
そうすると,請求項14記載に係る本件特許発明には,いわゆる明細書にサポートなしの無効理由が存することになる(特許法36条違反)。
ウ 記載不備ないし実施不能(無効理由B) 多重量子井戸構造の活性層においては,井戸層のバンドギャップエネルギー,障壁層のバンドギャップエネルギー,及び,いわゆる量子サイズ効果によって形成されるエネルギー準位に基づき導き出されるバンドギャップエネルギーとが並存しており,バンドギャップの意義を一義的に決めることができない。
したがって,仮に,構成要件にいう「活性層」に多重量子井戸構造のものも含むと解した場合には,構成要件Aの「バンドギャップ」の意義が技術的に不明瞭ないし実施不能となり,無効理由が存することになる(特許法36条違反)。
進歩性欠如その1(無効理由C) 本件特許発明より先願の技術(乙33〔特開平4-68579号公報〕)においては,n型InGaNを含んだ活性層をp型GaN層及びn型InGaNクラッド層で挟んだ構成の発光素子が開示されており,ここに記載された発明が本件特許発明と実質的に相違するのは,p型クラッド層がGaN層であるかAlGaN層であるかという点のみである。ところが,n型InGaN活性層上のp型GaNクラッド層をp型AlGaNクラッド層に置換することは,本権優先権出願当時,既に周知の技術であった(乙41ないし43の公開特許公報参照)。
したがって,上記乙33記載の発明におけるp型GaNクラッド層をp型AlGaNクラッド層に置換することは,当業者にとって容易想到であったということができる(特許法29条2項違反)。
進歩性欠如その2(無効理由D) 本件特許発明より先願の技術においては,本件で問題になっている窒化ガリウム系化合物半導体発光素子についてのものではないにせよ,(ア)電子と正孔のオーバーフローを抑えるため,p型クラッド層とn型クラッド層を異なった材料で構成する技術(乙44〔特開平1-217986号公報〕)や,(イ)電子のオーバーフローを抑えるため,p型クラッド層をn型クラッド層よりバンドギャップエネルギーの大きな材料で構成することにより,電子に対するヘテロバリアの増大を図る技術(乙45〔特開平4-87378号公報〕)が開示されている。そして,平成6年(1994年)に発行された文献(乙46〔D編著「V-X族化合物半導体」〕)には,窒化ガリウム系化合物半導体発光素子にも,他の材料系で開発された技術が応用されていく旨記載されている。
そうすると,同発光素子においても,電子のオーバーフローを抑えるため,上記乙33記載の発明におけるp型GaNクラッド層を,よりバンドギャップの大きなAlGaNクラッド層で置換して本件特許発明に想到することは,当業者にとって容易だったというべきである(特許法29条2項違反)。
新規性欠如または進歩性欠如その3(無効理由E) 既に述べたとおり(前記1(被告の主張)ア),本件優先権出願(平成6年12月12日)後,本件特許権の出願(平成7年12月12日)の前に,請求項14の「活性層」を単一量子井戸構造の活性層で置換した発明(乙8〔雑誌「Appl.Phys.Lett.67,1868(1995)」登載のA外3名による論文〕)が公知になっている。この発明と乙11(雑誌「J.Appl.Phys.74,3911(1993)」登載のA外4名による論文)または乙12(特開平6-268257号公報)記載の発明とを組み合わせれば,上記単一量子井戸構造の活性層を,組成比を異にするInGaN層を重ねた多層膜で置換して多重量子井戸構造にすることは当業者にとって容易だったというべきである(特許法29条1項3号違反)。
また,上記乙8記載の発明と本件特許権出願日前に公知であった別の発明(乙6〔無効審判請求書添付の特開平5-235622号公報〕)とを組み合せれば,上記単一量子井戸構造の活性層を,InGaN層とGaN層を重ねた多層膜で置換して多重量子井戸構造にすることも当業者にとって容易だったというべきである(同法29条2項違反)。
進歩性欠如その4(無効理由F) 本件優先権出願当時,乙33(特開平4-68579号公報),乙6(無効審判請求書添付の特開平5-291618号公報及び特開平5-235622号公報)等に示されるように,発光素子の隣接する層同士を同一の材料または格子定数の近い材料で構成し,格子定数をできるだけ整合させ,結晶欠陥を減少させて発光効率を向上させる技術は周知であった。また,乙33の第3図,乙6〔無効審判請求書添付の特開平5-235622号公報〕の図4等が示すとおり,ダブルヘテロ構造を用いた発光素子も周知であった。すなわち,乙33等記載の各発光素子においては,発光効率向上のために,格子整合化技術にさらにダブルヘテロ構造という技術が重畳的に用いられていたのである。
他方,本件特許発明の本質は,(ア)InGaN活性層とAlGaNクラッド層との間に新たにInGaN層を挿入することにより,InGaN活性層とAlGaNクラッド層との格子定数不整及び熱膨張係数差から生じる結晶欠陥を吸収し,活性層の結晶性を良くして発光出力を向上させるとともに,(イ)ダブルヘテロ構造を形成することにより,電子や正孔を活性層内に閉じ込めて発光効率を向上させることにある。
しかるに,上記(ア)は,格子整合化と思想的に共通する技術であるから,結局,本件特許発明は,本件優先権出願当時にいずれも周知であった格子整合化技術及びダブルヘテロ構造をそのまま利用したにすぎない(特許法29条2項違反)。
進歩性欠如その5(無効理由G) 前記エで述べたとおり,本件特許発明より先願の乙33(特開平4-68579号公報)に記載された発明は,p型クラッド層がGaN層であるか,あるいはAlGaN層であるかという点のみにおいて,本件特許発明と実質的に相違する。しかるに,乙23(特開平2-229475号公報)の第13図等が示すとおり,半導体発光素子の形成に通常使用されるAlGaNの格子定数は,GaNの格子定数とほとんど変わらないということができる。
したがって,n型InGaN活性層上のp型GaNクラッド層をp型AlGaNクラッド層に置換することは,乙33記載の発明の技術思想の範囲内にあったというべきであり,本件特許発明は,この観点からも,当業者にとって容易想到であったということができる(特許法29条2項違反)。
新規性欠如または進歩性欠如その6(無効理由H) 本件特許発明より先願の乙58(特開平6-21511号公報)記載にかかる発明においては,活性層と成長基板との間に特定の構造の層を設けることや,バンドギャップの大小関係が規定された特定の構造の層を接して設けることなどを要件として,InGaN,AlGaN,InAlN及びInAlGaNの4種類の窒化化合物の層を重ねて構成した半導体発光素子が開示されているところ,上記各要件を充たしつつ,InGaN活性層の上にp型AlGaNクラッド層を,下にn型InGaNクラッド層をそれぞれ設けて,請求項14記載にかかる構造と全く同一の構造の発光素子を構成することが可能であるから,本件特許発明は,乙58記載の発明と同一である(特許法29条1項3号違反)。
仮に,乙58において,活性層の両側のクラッド層の組成を非対称に(すなわち,片方をp型に,もう片方をn型にして,伝導型が異なるように)選択することが記載されていないと解したとしても,前記オで述べたとおり,乙44,乙45及び乙61(E雄「工学選書4・半導体レーザと応用技術」)各記載の技術思想に乙46の記載内容を総合して考えれば,本件優先権出願当時,窒化ガリウム系の半導体発光素子においても,活性層を挟むクラッド層を非対称にすること,とりわけp型クラッド層をn型クラッド層よりバンドギャップが大きくなるようにAlGaNを材料に選択して構成することは,当業者にとって容易想到であったといえる(同法29条2項違反)。
新規性欠如または進歩性欠如その7(無効理由I) 本件特許発明より先願の乙62(特開平4-242985号公報)の請求項4記載に係る発明においては,Al,Ga及びInの組成比を一定の要件の下で定めた窒化化合物で各層を形成することを前提とした上,このようにして形成された活性層の両側を,p型の層とn型の層とで挟んだ構造の接合を有する窒化ガリウム系化合物半導体レーザーダイオードが開示されている。しかるところ,上記組成比に関する要件の範囲内で,InGaN活性層の上にp型AlGaNクラッド層を,下にn型InGaNクラッド層を設けた発光素子を構成することができる。したがって,本件特許発明は,上記乙62記載にかかる発明と同一というべきである(特許法29条1項3号違反)。
仮に,乙62において,活性層の両側のクラッド層の組成を非対称に選択することが記載されていないとしても,前記ケで述べたのと同じ理由により,本件優先権出願当時,窒化ガリウム系の半導体発光素子においても,活性層を挟むクラッド層を非対称にすることは,当業者にとって容易に想到し得たというべきである(同法29条2項違反)。
(原告の主張) ア 無効理由@に対する反論 平成13年6月5日に特許庁がした無効不成立の審決(甲78)においては,本件明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】及び段落【0005】には,本件優先権明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】及び段落【0005】と同様の記載があり,同明細書の段落【0003】【0011】の各記載にも照らすと,そこには,活性層を挟むクラッド層のうち片方のみをInGaN層とし,もう片方を従来用いられていたのと同じAlGaN層にしてもよいことが開示されているから,InGaN活性層をn型InGaN層とp型AlGaN層で挟んだ請求項14の構成も開示されているというべきであり,また,本件特許発明が第2のn型及びp型クラッド層を必須の要件としていないことは,明細書の記載から明らかであるから,結局,請求項14記載にかかる本件特許発明構成要件は,明細書において開示されていた旨の判断が示されている。
本件特許発明が本件優先権明細書にも本件明細書にも記載されておらず,手続補正書において新規に追加された事項である旨の被告の主張が誤りであることは,上記特許庁の判断が示すとおりである。
イ 無効理由Aに対する反論 既に述べたとおり(前記2(原告の主張)ア),本件特許発明の本質は,従来のAlGaNクラッド層に代えて,結晶として柔らかい性質を有するInGaNからなるn型クラッド層を構成することにより,InGaN活性層の結晶性を良くし,発光出力を向上させることにある。他方,上記アの特許庁の判断においても触れられているとおり,第2のn型及びp型クラッド層の存在は本件特許発明の必須の要件ではない。
したがって,本件特許発明の本質が,AlGaNクラッド層とInGaN活性層の間に挿入されたInGaNクラッド層が,これら2つの層のバッファ層として機能することにある旨の被告の理解は誤りであり,この点に関する被告の無効主張は前提を欠いている。
ウ 無効理由Bに対する反論 既に述べたとおり(前記1(原告の主張)ウ),多重量子井戸構造の活性層においても,そのバンドギャップエネルギーとは,電子及び正孔が存在できる最も低いエネルギー間隔であり,伝導体側の量子準位と価電子帯側の量子準位の差のことであると定義することができる(甲64〔B教授作成の鑑定書〕参照)。
したがって,構成要件の「バンドギャップ」の意義が技術的に不明瞭ないし実施不能である旨の被告の主張には理由がない。
エ 無効理由Cに対する反論 被告は,乙33(特開平4-68579号公報)においては,n型InGaNを含んだ活性層をp型GaN層及びn型InGaNクラッド層で挟んだ構成の発光素子が開示されていると主張するが,被告の議論は,格子を完全に整合させたタイプの発光素子の一部を構成する3層のみを取り上げて,しかも,明細書に記載されていない「クラッド層」,「活性層」という用語を用いてなすものであり,前提において不正確である。その上,乙33の第5図記載の発光素子につき,各層の組成に照らして,被告が「クラッド層」とする層のバンドギャップエネルギーが「活性層」とされる層のそれより小さいという矛盾が存在する。
そもそも,乙33記載の発明は,格子不整合をできる限り避け,格子を完全に整合させたタイプの素子を実現することに技術思想の本質があるところ,GaNよりも格子不整合性が大きくなることが明らかなAlGaNを,わざわざGaNに代えて使用するようなことは当業者であれば行わない。したがって,InGaN活性層上のp型GaNクラッド層をp型AlGaNクラッド層に置換することは,当業者にとって容易想到であった旨の被告の主張は誤りであり,被告が主張するような無効理由は存在しない。
オ 無効理由Dに対する反論 被告は,また,電子のオーバーフローを抑えるため,乙33の第5図におけるp型クラッド層をバンドギャップエネルギーの大きいAlGaNクラッド層に置換することも容易想到であったと主張する。
しかしながら,上記エで述べたとおり,そもそも,乙33記載の発明は,格子整合型の発光素子の実現を目的としているのであり,電子のオーバーフローを抑えることを目的にしているのではないから,この発明に被告が主張するような技術思想を適用する契機が存在しない。また,同発明においては,その発明の目的に沿うべく,格子不整合をできる限り避けるように各層が積層されているのであるから,GaN層に代えて,同層よりも格子不整合が大きくなることが明らかなAlGaN層を使用することなど,当業者にとって考えられない。
よって,この点に関する被告の無効主張にも理由がない。
カ 無効理由Eに対する反論 被告は,本件優先権明細書には量子井戸構造の活性層をもつ発光素子が開示されていないことを前提に,本件優先権出願(平成6年12月12日)後,本件特許権出願(平成7年12月12日)の前に,請求項14の「活性層」を単一量子井戸構造の活性層で置換した発明(乙8〔雑誌「Appl.Phys.Lett.67,1868(1995)」登載のA外3名による論文〕)が公知になっていると主張した上,この発明と他の幾つかの技術とを組み合せて,容易想到等の無効論を展開している。
しかしながら,量子井戸構造は,本件優先権出願当時には,活性層の膜厚が一般に100Å以下であると認識されていた既に周知の構造であり,量子井戸構造で構成したInGaN活性層も周知であった(乙11,乙12)。したがって,当時の技術水準からすれば,200Å以下のInGaN活性層及びそれに含まれる量子井戸構造の活性層は,優先権明細書に記載されていたに等しく,乙8記載の発明は,本件特許発明を検討する上で先行技術になり得ない。被告の上記主張はその前提において誤っている。
キ 無効理由Fに対する反論 被告は,本件優先権出願当時,格子整合化技術とダブルヘテロ化技術はともに周知であって,乙33(特開平4-68579号公報)において重畳的に採用されており,本件特許発明はこれらの技術をそのまま利用したにすぎない旨主張する。
しかし,本件特許発明は,結晶として柔らかい性質を有するInGaNでクラッド層を形成することにより,格子不整からくる歪みを緩和し,InGaN活性層の結晶欠陥を少なくして,発光出力を飛躍的に向上させるものであり,InGaNでクラッド層を形成する点に本質的な特徴がある。他方,乙33に開示された技術思想は,基板から順次積層される各層間すべてについて格子整合化を図ることにより,結晶性のよい層を形成し,発光効率を高めようとするものであって,本件特許発明がこのような技術を利用していないことは明らかである。
なお,被告がダブルヘテロ構造が採用されている例として引用する乙33の当該部分は,InGaN活性層をZnO層とGaN層で挟んだ層構成をもつ実施例に関する記載であり,InGaN活性層を挟む層としてのInGaN層は全く開示されていない。したがって,上記実施例の発光素子につき,格子整合化技術とダブルヘテロ化技術が重畳的に採用された素子であるとする被告の理解は誤りである。
ク 無効理由Gに対する反論 被告は,通常使用されるAlGaNは格子定数がGaNとほとんど変わらないのだから,当業者にとって,格子整合型である乙33の第5図記載の発光素子におけるp型GaNをp型AlGaNで置換することは容易である旨主張する。
しかしながら,前記エ等で既に述べたとおり,乙33記載の発明は,格子整合型素子の実現を目的とするものであり,乙33の図5記載の素子において被告が「クラッド層」とする層は「n型伝導層」と記載されていて,クラッド層であることの記載も示唆もないばかりか,そのバンドギャップエネルギーは隣接する発光層よりも小さく,「活性層よりもバンドギャップエネルギーが大きいn型InGaN層」を構成要素とする本件特許発明とは相容れない構成を採っている。また,同図のp型GaN層をp型AlGaNクラッド層に置換することは記載も示唆もされていないばかりか,格子不整合性が大きくなる方向に作用するこのような置換は,そもそも,乙33記載の発明の本質に反する。さらに,乙33及び本件明細書の各記載からすると,本件特許発明実施した発光素子は,乙33記載の発光素子の約60倍の光度を有すると認められるところ,あえて前記のような置換を行ったと仮定しても,光度が約60倍も向上するような顕著な効果が,乙33から予想できるはずもない。
以上によれば,被告の上記容易想到の主張は誤りというべきである。
ケ 無効理由Hに対する反論 被告は,乙58(特開平6-21511号公報)の請求項2の記載に基づき,そこにはInGaN活性層をn型InGaNクラッド層とp型AlGaNクラッド層で挟んだ構成の層が開示されているから,本件特許発明は乙58記載の発明と同一である旨主張する。
しかしながら,本件特許発明は,InGaN活性層に接してn型InGaNクラッド層(及びp型AlGaNクラッド層)を設けることによって活性層の結晶性を良くし,発光出力を向上させるものである。一方,乙58記載の発明は,発光層と成長基板との間にGaN,AlGaN又はAlNのいずれかの層を設けることによって発光層の結晶性を向上させ,発光特性を良くしようとするものである。したがって,発光層に接してn型InGaNクラッド層を設けることにより発光出力を向上させるという本件特許発明の技術思想は,乙58には全く記載されておらず,これらが同一の発明でないことは明らかといわなければならない。
また,被告は,仮に乙58において発光層の両側のクラッド層の組成を非対称に選択することが記載されていないとしても,p型クラッド層のバンドギャップエネルギーがn型クラッド層のそれより大きくなるように,p型クラッド層の材料としてAlGaNを選択することには何の困難性もなかったのであるから,本件特許発明は乙58記載の発明から容易想到であると主張する。
しかし,乙58に開示された技術思想に照らし,結晶性の悪いInGaN層をInGaN活性層に接して設けることは開示されていないと解されるから,乙58の記載から活性層に接したInGaNクラッド層の存在を導き出す被告の議論は,その前提において誤っている。
コ 無効理由Iに対する反論 被告は,本件特許発明が乙62(特開平4-242985号公報)記載の発明と同一であるか,又は同発明から容易想到であると主張するが,乙62記載の発明は,電子線照射を行うことによりp型のAlGaNができたので,実施例に示されたGaN活性層をAlGaNクラッド層で挟んだレーザーダイオードができたというだけの発明であって,乙62の段落【0004】の記載からわかるとおり,アルミニウムやガリウム(あるいはその両方)と組み合せて組成した窒化インジウムは,半導体レーザを実現するための材料の候補の1つとして挙げられているにすぎない。
そうすると,そこには,青色,紫色領域あるいは紫外光領域での発光が可能な半導体レーザダイオードとして,GaN活性層をAlGaNクラッド層で挟んだ層構成の素子がかろうじて開示されているとはいえても,InGaNクラッド層をInGaN活性層に接して設けることにより発光出力を増大させることを本質とする本件特許発明が,その技術思想の内容が実施できる程度に開示されているとは到底いえない。したがって,被告の上記主張には理由がない。
当裁判所の判断
1 争点(1)について ア 本件明細書を検討すると,まず,「現在実用化されている青色,青緑色LEDの発光チップは,基本的には,サファイア基板の上に,n型GaNよりなるn型コンタクト層と,n型AlGaNよりなるn型クラッド層と,n型InGaNよりなる活性層と,p型AlGaNよりなるp型クラッド層と,p型GaNよりなるp型コンタクト層とが順に積層された構造を有している。」(段落【0003】)と従来技術の代表的な実施例が紹介された上で,「短波長LDの実現,さらに高輝度なLEDを実現するためには,さらなる発光出力の向上が望まれている」(段落【0004】)ところ,「本発明者らは,窒化物半導体で形成されるダブルへテロ構造においてInとGaを含む窒化物半導体よりなる活性層を挟むクラッド層について鋭意研究した結果,少なくとも一方の,好ましくは両方のクラッド層をInとGaとを含む窒化物半導体で形成することにより,発光素子の出力が飛躍的に向上することを新たに見出し,本発明をなすに至った。」とされている。
そして,上記「本発明」(ここでは,特許請求の範囲請求項1ないし18各記載の発明を総称して用いられているので,以下,その例にならう。)によれば,(ア)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項1ないし3参照),(イ)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項4ないし6参照),及び,(ウ)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備え,該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項7ないし13参照)がそれぞれ提供されるとして,本発明を実施した発光素子の基本的な構造が開示されている(段落【0006】ないし【0008】)。
その上で,図1に即して【本件特許発明実施形態】が説明されており,同図における活性層6(構成要件@ないしBの「活性層」に対応する。)について,好ましい組成や膜厚に関する記載がされ(段落【0014】【0015】),それに続いて,「ところで,活性層6を量子井戸構造(単一量子井戸構造または多重量子井戸構造)とすることにより,発光波長の半値幅がより狭くなり,発光出力も向上することがわかった。」(段落【0016】),「ここで,量子井戸構造とは,ノンドープの活性層構成窒化物半導体(好ましくはInXGa 1-X N(0 以上からすれば,本件明細書においては,活性層を量子井戸構造にすると発光出力向上に資するとの発明者の認識が示された上で,量子井戸構造の定義がなされ,同構造には,単一の井戸層から構成される単一量子井戸構造と,井戸層と障壁層を交互に積層して構成される多重量子井戸構造の2種類があることが明確に示されているということができる。
しかも,上記記載に続いて,「活性層6を多重量子井戸構造とすると,単一量子井戸構造の活性層よりも発光出力が向上する。」と,多重量子井戸構造が単一量子井戸構造よりも望ましい活性層の構造であることが記載され,以下,多重量子井戸構造を採った場合の井戸層及び障壁層の望ましい各膜厚について,数Åないし数十Å(オングストローム)単位で具体的な数値が開示されている(以上,段落【0017】)。
イ 以上のような本件明細書の記載の体裁及び内容からすると,発明者らは,本件明細書を記載した当時,活性層を構成する層構造としての量子井戸構造の存在を明確に意識していただけでなく,量子井戸構造の中でも,多重量子井戸構造を,本件特許発明の作用効果を高めるとりわけ望ましい構造として認識し,同構造の活性層を実施する場合の井戸層及び障壁層の望ましい膜厚まで具体的に開示しているのであるから,そこには,活性層を構成する特定の層構造としての多重量子井戸構造が,本件特許発明の技術思想を具体的に実施できる程度に開示されているということができる。
したがって,請求項14の記載においては,単に「活性層」という言葉が用いられており,特許請求の範囲の記載自体からは,量子井戸構造からなる活性層が「活性層」に含まれるか否かが必ずしも明らかでないにしても,上記のような【発明の詳細な説明】欄の記載を斟酌すれば,当業者であれば,特許請求の範囲の「活性層」に単一量子井戸構造及び多重量子井戸構造を有するものが含まれることは容易に理解することができるというべきである。したがって,本件特許発明構成要件にいう「活性層」には多重量子井戸構造を有するものも含まれるものと認めるのが相当である。
なお,被告は,本件明細書には,クラッド層とコンタクト層の間に多層膜構造の光反射層を設けた発光素子が具体的に開示されている(段落【0026】)一方で,多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子に関する具体的な構成は開示されていないから,同構造で活性層を構成する技術思想は積極的に排除されていたとみるべきである旨主張する(前記第3の1(被告の主張)イ)。
たしかに,本件明細書には,多重量子井戸構造の活性層を有する発光素子の図や実施例こそ存在しないが,上記アで摘示したとおり,多重量子井戸構造そのものについては,十分に詳細な記載がされている上に,本件明細書の記載全体を子細に検討すると,被告の指摘に係る上記の光反射層を設けた発光素子が素子全体の層構成と共に採り上げられているのは,クラッド層とコンタクト層の間に半導体層を積層した多層膜を光反射層として挿入することにより,活性層における発光を同層内に閉じこめてレーザ発振を容易にするという当時新規な構造に関するものであったからとも考えられる(前記第3の1(原告の主張)イ参照)。よって,被告の上記主張を採用することはできない。
ウ 被告は,仮に「活性層」に多重量子井戸構造のものが含まれると解したとしても,本件特許発明における「活性層」には「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体よりな」るという限定があるから,「活性層」に含まれるのは,単一のInGaN層又は組成比の異なる複数のInGaN層を積層したものに限られ,被告チップのようにInGaN層とGaN層を積層したものは含まれないと解すべきであると主張する(前記第3の2(被告の主張)ア)。
しかしながら,「インジウムとガリウムとを含む窒化物半導体」という要件が,半導体発光素子の活性層を構成するすべての層が,インジウム,ガリウム及び窒素の3種類の元素を含んでいることまで要請しているのかどうかは特許請求の範囲の記載自体からは定かではなく,明細書の記載全体からすると,従来技術においては,活性層の材料としてInGaNを用いるのが通常であったことを受けて,単に本件特許発明においてもInGaNを主体として活性層を構成する趣旨であると解する余地がある。そして,前記のとおり,【発明の詳細な説明】欄には,それと符合するように,「多重量子井戸構造の活性層は,例えばInGaN/GaN,InGaN/InGaN(組成が異なる)等の井戸層/障壁層の組み合わせからなり,これら井戸層および障壁層を交互に積層した薄膜積層構造である。」との記載があるのだから,構成要件における「インジウムとガリウムとを含む窒化物化合物よりな」るとの文言は,必ずしも,活性層を構成する全ての層がインジウム,ガリウム及び窒素を含んでいなければならないことを意味するものではなく,活性層の主たる組成要素が窒化インジウムガリウム(InGaN)であれば足りる趣旨をいうものと理解することができる(なお,被告チップを含め,InGaNとGaNを積層した多重量子井戸構造で活性層を構成する発光素子において,実際に正孔と電子が結合して発光する層はInGaN層であり,そのことは被告も争わない。)。
よって,被告の前記主張は採用することができない。
エ また,被告は,本件優先権明細書のみならず,本件明細書にも,量子井戸構造からなる活性層のバンドギャップを具体的にどのように確定すればよいのかを示唆する記載は見当たらず,「活性層」に多重量子井戸構造のものも含まれると解すると,「活性層よりバンドギャップが大き」い(構成要件A)という文言の意味を確定できなくなってしまうから,この観点からも「活性層」に多重量子井戸構造のものが含まれると解することはできないと主張する(前記第3の1(被告の主張)エ)。
たしかに,理論的には,多重量子井戸構造の活性層においては,井戸層のバンドギャップエネルギー,障壁層のバンドギャップエネルギーと,いわゆる量子サイズ効果によって形成されるエネルギー準位に基づき導き出されるバンドギャップエネルギーとが併存する可能性があり,バンドギャップの意義を一義的に定めるのは困難であるかのようにみえる。
しかしながら,上記ウで触れたとおり,窒化物半導体発光素子の従来技術においては,活性層の材料としてInGaNを用いるのが通常であったところ,InGaNとInGaN,InGaNとGaNを積層して構成する多重量子井戸構造の活性層は,少なくとも材料選択の観点からは,上記従来技術の延長線上にあったとみることができ,活性層の主要な組成要素は依然としてInGaNであると考えることが可能である。また,多重量子井戸構造において実際に発光するのはあくまで井戸層であるInGaN層であり,障壁層であるGaN層はいわゆる量子サイズ効果を導いて井戸層の発光効率を高める働きをしているにすぎない。以上からすれば,多重量子井戸構造におけるバンドギャップエネルギーとは,実際に発光するInGaN層とその発光のメカニズムに着目して,井戸層内に閉じ込められた電子及び正孔が存在できる最も低いエネルギー間隔(伝導体側の量子準位と価電子体側の量子準位の差)のことと定義することが可能である(前記第3の1(原告の主張)ウ参照。なお,弁論の全趣旨に照らせば,実際に,このようにして定義したバンドギャップエネルギーよりも,活性層を挟んでクラッド機能を果たす層のバンドギャップエネルギーの方が大きければ,素子全体が発光素子として機能することに妨げはないものと認められ,被告もその点は争わない。)。
よって,この点に関する被告の主張も採用の限りでない。
オ 以上によれば,構成要件@ないしBの「活性層」には,多重量子井戸構造からなるものも含まれると解するのが,相当である。
2 争点(2)について ア 前記1アにおいて説示したとおり,請求項14においては,単に「活性層」という言葉が用いられている一方で,本件明細書の【発明の実施の形態】欄においては,図1の活性層6につき,「ところで,活性層6を量子井戸構造(単一量子井戸構造または多重量子井戸構造)とすることにより,発光波長の半値幅がより狭くなり,発光出力も向上することがわかった。」,「ここで,量子井戸構造とは,ノンドープの活性層構成窒化物半導体(好ましくはInXGa 1-X N(0 【特許請求の範囲】から【発明の詳細な説明】にわたるこれらの記載を素直に読む限り,発明者らは,活性層を構成する層構造として多重量子井戸構造をも念頭に置いていたが,InGaN層とGaN層を積層した場合には,InGaN層が井戸層として,GaN層が障壁層としてそれぞれ機能するものであることを前提にして,同構造における両側の2つの最外層はInGaN井戸層で構成されると理解していたとみるのが自然である。
他方,本件明細書及び本件優先権明細書を精査しても,上記の事情を覆し,構成要件にいう「活性層」に,InGaN層とGaN層を積層した多重量子井戸構造からなり,かつ,最外層がGaN障壁層からなるものまで含まれると解すべき根拠となる記載は見当たらない。また,原告は,「両側の2つ最外層は,それぞれ井戸層により構成される。」との前記記載が,多重量子井戸構造の好ましい実施形態を記載したものにすぎず,その構成を限定したものではないと主張するが(前記第3の2(原告の主張)ア),そのように解すべき具体的な根拠を見出すこともできない。
イ 前記1アで摘示したとおり,本件明細書の段落【0006】ないし【0008】においては,(ア)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項1ないし3参照),(イ)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項4ないし6参照),及び,(ウ)InとGaとを含む窒化物半導体よりなり,第1の面と第2の面とを有する活性層を有し,該活性層の第1の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むn型窒化物半導体よりなる第1のn型クラッド層を備え,該活性層の第2の面に接して活性層よりもバンドギャップが大きく,かつInとGaとを含むp型窒化物半導体よりなる第1のp型クラッド層を備えることを特徴とする窒化物半導体発光素子(請求項7ないし13参照)という,本発明を実施した発光素子に関する基本的な3種類の構造が開示されており,それらにおいては,いずれも,InとGaとを含むp型あるいはn型の窒化物半導体からなるクラッド層が,同じくInとGaとを含む窒化物半導体からなる活性層に接する構成とされている。
また,本件明細書の段落【0011】の【作用】欄には,「従来の窒化物半導体発光素子はInGaNよりなる活性層をAlGaNよりなるクラッド層で挟んだ構造を有していた。一方,本発明では新たにこのInGaNよりなる活性層を,その活性層よりもバンドギャップの大きいInGaNで挟むことにより発光出力が飛躍的に向上することを見いだした。これは新たなInGaNクラッド層がInGaN活性層とAlGaNクラッド層との間のバッファ層として働いているからである。InGaNは結晶の性質として柔らかい性質を有しており,AlGaNクラッド層とInGaNとの格子定数不整と熱膨張係数差によって生じる結晶欠陥を吸収する働きがあると考えられる。このため新たに形成したInGaNクラッド層が,これら結晶欠陥を吸収してInGaN活性層の結晶欠陥が大幅に減少するので,InGaN活性層の結晶性が飛躍的に良くなるので発光出力が増大するのである。」と記載されており,新たに形成したInGaNクラッド層がInGaN活性層の結晶欠陥を吸収することが,本件特許発明の本質的な作用効果であることが開示されている。
そして,本件明細書の段落【0050】には,【発明の効果】として「以上説明したように,本発明の発光素子は,InGaN活性層の両側またはその一方に接してInGaNクラッド層を形成することにより,活性層の結晶性が良化して発光出力が格段に向上する。………従来では活性層のインジウム組成比を大きくすると結晶性が悪くなって,バンド間発光で520nm付近の緑色発光を得ることは難しかったが,本発明によると活性層の結晶性が良くなるので,従来では困難であった高輝度な緑色LEDも実現できた。」と記載されている。
以上の各記載に,本件優先権出願当時及び本件特許権出願当時,当業者が,窒化物半導体発光素子の実用化に関して抱えていた技術的課題(弁論の全趣旨から認められる。)を併せ考慮すると,本件特許発明が達成しようとした課題とは,要するに,いかに薄く,かつ結晶性の良いInGaN活性層を形成するかということであり,そのために,本件特許発明は,InGaN活性層に接して同じ組成のInGaNクラッド層を形成する構成を採用し,InGaN活性層の結晶性を良くするとともに,活性層にかかる歪みを緩和したものと考えられる。したがって,ここでのInGaN活性層は,その結晶性を良くするために形成されるInGaNクラッド層に結晶レベルで接していることが必要である。言い換えれば,InGaN活性層に接して形成される層は,機能的にクラッド層であることはもちろんのこと,活性層と同じInGaNから組成される(同じ組成からなる層同士が隣接していれば,少なくとも理論的には格子定数不整が生じない。)ことを要するものと考えられる。
そうすると,本件特許発明においては,発光素子中のInGaN活性層が,InGaNという同じ物質からなる結晶のレベルにおいて,InGaNクラッド層と直接に接していることが必要というべきである。すなわち,構成要件@ないしBの「活性層」には,多重量子井戸構造のものも含まれるが,活性層の2つの面のうち第1のn型クラッド層と接する第1の面,すなわち多重量子井戸構造の2つの最外層のうち「第1のn型クラッド層」(構成要件A)と接するものがInGaN層であるものに限られると解するのが相当である。
これに対して,被告チップにおいては,「第1のn型クラッド層」(構成要件A)に該当するn型InGaN層に接している多重量子井戸構造の最外層は「InGaN層」ではなく,「GaN層」である。
ウ 原告は,被告チップの多重量子井戸構造において最外層にGaN層がある場合とない場合とのLEDチップの各発光出力を比較してみたところ,差異はない旨の実験結果(甲71)が出たとして,本件特許発明の作用効果は,多重量子井戸構造の最外層をInGaN井戸層にしようがGaN障壁層にしようが変わるものではなく,「活性層」に含まれる多重量子井戸構造は,最外層がInGaN井戸層のものに限定されないと主張する(前記第3の2(原告の主張)ア)。
しかし,上記実験結果については,実験の条件や手法・精度等の詳細が必ずしも明らかでない上に,実験のための発光素子の改変が発光効率にどのような影響を与えたのか,発光出力に関係する他の要因がどのように影響したのかなどの諸条件が,証拠上一切不明であるから,原告が主張するように,被告チップの多重量子井戸構造における最外層がInGaN井戸層であってもGaN障壁層であっても発光出力は変わらないとの事実を,直ちに認めることはできない。また,仮に原告による実験結果(甲71)を前提としても,そもそも特許発明は具体的な構成ないし組成によって表された技術思想について成立するものであって,特定の作用効果について与えられるものではないから,対象物件が特許発明同一の作用効果を奏しているということのみをもって,直ちに当該対象物件が特許発明と同一の技術思想を用いているということはできない。したがって,本件においても,仮に多重量子井戸構造の最外層がInGaN層である素子の発光出力が,最外層がGaN層である素子のそれと同じであったとしても,そのことによって,本件明細書の特許請求の範囲発明の詳細な説明における記載内容にかかわらず,最外層がGaN層である量子井戸構造のものが本件特許発明技術的範囲に含まれるものと直ちに判断することはできない。
以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
エ また,原告は,例えば,被告チップ5の多重量子井戸構造におけるn型InGaN層側の最外層であるGaN層は100Åに満たない厚さである一方,その外側の上記n型InGaN層は10倍以上の約1500Åの厚さがあることをもって,このn型InGaN層こそが,クラッド層として機能するとともに,活性層の結晶性を良くし,AlGaN層と活性層との間の歪みを緩和して,発光出力を増大させているのだから,実際に発光するInGaN井戸層に直接に接しているのが,100Åにも満たない上記GaN層であるからといって,本件特許発明の本質を利用していないかのようにいう被告の主張は誤りであるとする(前記第3の2(原告の主張)エ)。
しかしながら,被告の指摘するとおり(前記第3の2(被告の主張)ウ),証拠(乙53,54,63)によれば,原告自身の出願に係る発明においても,1nm(10Å)以上,あるいは50Åなどという薄い膜厚のGaN層がクラッド層とされているものであり,このことからもわかるとおり,ある層がクラッド層であるか否かは,正孔や電子を井戸層に閉じ込める機能を有するかどうかで決まるのであり,膜厚によって決まるものではないし,また,既に説示したとおり,本件特許発明においては,InGaN活性層が直接InGaNクラッド層と接していることにより格子定数不整及び熱膨張係数差によって生じる結晶欠陥を回避しているものであるから,上記被告チップにおいて,InGaN活性層に直接接する層として,膜厚が100Åに満たないとしても,GaN層が存在する以上,これを本件特許発明と同視することはできない。
3 結論 前記1,2のとおり,構成要件@ないしBの「活性層」には,多重量子井戸構造のものも含まれるが,活性層の2つの面のうち第1のn型クラッド層と接する第1の面,すなわち多重量子井戸構造の2つの最外層のうち「第1のn型クラッド層」(構成要件A)と接するものがInGaN層であるものに限られると解すべきところ,被告チップにおいては,「第1のn型クラッド層」(構成要件A)に該当するn型InGaN層に接している多重量子井戸構造の最外層は「InGaN層」ではなく,「GaN層」である(第2の1(6))。
したがって,被告チップは,構成要件Aにいう「第1の面」を備える活性層を備えているとは認められないから,被告チップはいずれも本件特許発明技術的範囲に属しないものであり,したがって,被告チップ及びこれを組み込んだ被告LED製品は,いずれも本件特許権を侵害するものではない。
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録1下記のとおりの発光ダイオードチップ[図面符号の説明]1窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光ダイオードチップ2サファイア単結晶からなる基板3AlNからなるバッファ層41Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層(n電極形成層)43n型InGaNからなる層5InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層6MgがドープされたAlGaNからなる層7-1Mgが高濃度でドープされたp型GaN層(p電極形成層)7-2Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層8V及びAlからなるn電極層9Au及びCoからなる薄膜のp電極層10Au及びNiを含む台座電極11シリコン酸化物からなる膜12保護レンズ13,14リードフレーム81,101ボール82,102ワイヤー[構成の説明]図面に示すとおり,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層41,Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4,及び,n型InGaNからなる層43を順次形成する。
その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおりの活性層5を形成し,さらに,MgがドープされたAlGaNからなる層6,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層7-2,及び,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層7-1を順次形成し,前記層4の表面にV及びAlからなるほぼ矩形のn電極層8を設け,他方,前記層7-1のほぼ全面に透明かつ導電性を有し,Au及びCoからなる薄膜のp電極層9を設けて,その表面にAu及びNiを含むワイヤボンディング用の台座電極10を形成する。
そして,p電極層9からp電極形成層7-1の全面に電流が注入されるように構成し,4ないし6,7-1,7-2,9及び10の各層をシリコン酸化物からなる膜11で覆い,前記p電極層9の側を発光観測面とする窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光素子。
積層図図1、図4図2、図3(別紙)物件目録2下記のとおりの発光ダイオードチップ[図面符号の説明]1窒化ガリウム系化合物半導体青色発光ダイオードチップ2サファイア単結晶からなる基板3AlNからなるバッファ層41Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層(n電極形成層)43n型InGaNからなる層5InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層6MgがドープされたAlGaNからなる層7-1Mgが高濃度でドープされたp型GaN層(p電極形成層)7-2Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層8V及びAlからなるn電極層9Au及びCoからなる薄膜のp電極層10Au及びNiを含む台座電極11シリコン酸化物からなる膜[構成の説明]図面に示すとおり,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層41,Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4,及び,n型InGaNからなる層43を順次形成する。
その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおりの活性層5を形成し,さらに,MgがドープされたAlGaNからなる層6,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層7-2,及び,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層7-1を順次形成し,前記層4の表面にV及びAlからなるほぼ矩形のn電極層8を設け,他方,前記層7-1のほぼ全面に透明かつ導電性を有し,Au及びCoからなる薄膜のp電極層9を設けて,その表面にAu及びNiを含むワイヤボンディング用の台座電極10を形成する。
そして,p電極層9からp電極形成層7-1の全面に電流が注入されるように構成し,4ないし6,7-1及び7-2の各層をシリコン酸化物からなる膜11で覆い,前記p電極層9の側を発光観測面とする窒化ガリウム系化合物半導体青色発光素子。
積層図(別紙)物件目録3下記のとおりの発光ダイオードチップ[図面符号の説明]1窒化ガリウム系化合物半導体青色発光ダイオードチップ2サファイア単結晶からなる基板3AlNからなるバッファ層4n型窒化ガリウム系化合物半導体層4-1Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4-2Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4-3n型InGaNからなる層4-4InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層5p型窒化ガリウム系化合物半導体層5-1Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-2Mgがドープされたp型GaNからなる層6V及びAlからなるn電極7Au及びCoからなる薄膜の透光性電極8Auを含む台座電極81,101ボール82,102ワイヤー9シリコン酸化物からなる膜[構成の説明]図面に示す窒化ガリウム系化合物半導体青色発光ダイオードチップは,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4-1,Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4-2,及び,n型InGaNからなる層4-3を順次形成する。
その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおりの活性層4-4を形成し,さらに,Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-1,及び,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層5-2を形成する。
そして,前記層5-2に,Au及びCoからなる薄膜の透光性電極層7,及び,Auを含むワイヤーボンディング用の台座電極8を設ける一方で,層5及び層4の一部をエッチング除去して露出された前記層4-2の表面に,V及びAlからなるn電極6を形成する。
金線からなるワイヤー102をボンディングした台座電極8と,金線からなるワイヤー82をボンディングしたn電極6との通電により,透光性電極7の下にある層5-1及び5-2に均一に電流が広がるので,発光面において,ほぼ均一な青色発光が観測されることになる。なお,前記電極8の上にあるボール101,及び,同電極6の上にあるボール81は,いずれも,それぞれのワイヤーを電極にボンディングする際にできるものである。
積層図(別紙)物件目録4下記のとおりの発光ダイオードチップ[図面符号の説明]1窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光ダイオードチップ2サファイア単結晶からなる基板3AlNからなるバッファ層4n型窒化ガリウム系化合物半導体層4-1Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4-2Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4-3n型InGaNからなる層4-4InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層5p型窒化ガリウム系化合物半導体層5-1Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-2Mgがドープされたp型GaNからなる層6V及びAlからなるn電極7Au及びCoからなる薄膜の透光性電極8Auを含む台座電極81,101ボール82,102ワイヤー9シリコン酸化物からなる膜[構成の説明]図面に示す窒化ガリウム系化合物半導体緑色発光ダイオードチップは,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,次いで,Siが低濃度でドープされたn型GaNからなる層4-1,Siが高濃度でドープされたn型GaNからなる層4-2,及び,n型InGaNからなる層4-3を順次形成する。
その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおりの活性層4-4を形成し,さらに,Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-1,及び,Mgが低濃度でドープされたp型GaNからなる層5-2を形成する。
そして,前記層5-2に,Au及びCoからなる薄膜の透光性電極層7,及び,Auを含むワイヤーボンディング用の台座電極8を設ける一方で,層5及び層4の一部をエッチング除去して露出された前記層4-2の表面に,V及びAlからなるn電極6を形成する。
金線からなるワイヤー102をボンディングした台座電極8と,金線からなるワイヤー82をボンディングしたn電極6との通電により,透光性電極7の下にある層5-1及び5-2に均一に電流が広がるので,発光面において,ほぼ均一な青色発光が観測されることになる。なお,前記電極8の上にあるボール101,及び,同電極6の上にあるボール81は,いずれも,それぞれのワイヤーを電極にボンディングする際にできるものである。
積層図(別紙)物件目録5下記のとおりの発光ダイオードチップ[図面符号の説明]1窒化ガリウム系化合物半導体発光ダイオードチップ2サファイア単結晶からなる基板3AlNからなるバッファ層4n型窒化ガリウム系化合物半導体層4-2Siがドープされたn型GaNからなる層4-3n型InGaNからなる層4-4InGaN及びGaNの各層を重ねてなる活性層5p型窒化ガリウム系化合物半導体層5-1Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-2Mgがドープされたp型AlGaNからなる層(層5-1よりもAlの含有量が少ない)6n電極7透光性電極8電極[構成の説明]図面に示す発光ダイオードチップは,サファイア単結晶からなる基板2の上に,まず,AlNからなるバッファ層3を形成し,次いで,Siがドープされたn型GaNからなる層4-2,及び,n型InGaNからなる層4-3を順次形成する。
その上に,InGaN及びGaNの各層を重ねてなる下記「積層図」のとおりの活性層4-4を形成し,さらに,Mgがドープされたp型AlGaNからなる層5-1,及び,Mgがドープされた層5-1よりAlの含有量が少ないp型AlGaNからなる層5-2を形成する。
そして,前記層5-2に,透光性電極層7及び電極8を設ける一方で,層4の一部をエッチング除去して露出された前記層4-2の表面に,n電極6を形成する。
n電極6,透光性電極7及び電極8は,別紙模式平面図に示す位置関係にあり,n電極6と電極8の間に電流を流すことにより,波長が430〜530nm付近の青色ないし緑色を発光する。
積層図(別紙)物件目録6前記物件目録1ないし5各記載の発光ダイオードチップを組み込んだ「TGLEDシリーズ」製品
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之