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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ11856損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  同一の作用効果 /  特許発明 /  実施 /  権原 /  加工 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  販売数量(販売数) /  知らないで /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 8906号 特許権侵害差止等請求事件
原告 ユミックス株式会社
訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
補佐人弁理士 高木義輝
被告 株式会社富士テクニカ
訴訟代理人弁護士 石川幸吉
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/07/04
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の物件を製造販売してはならない。
2 被告は、原告に対し、金2億円及びこれに対する平成13年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「薄板の成形方法とその成形型」に関する特許発明の特許権者である原告が、被告に対し、特許権に基づき、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の板材のプレス成形装置(以下、併せて「被告装置」という。)の製造販売の差止めを求めるとともに、損害賠償を請求した事件である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。) (1) 本件特許権 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲第2項記載の発明を「本件発明」という。)を有する。
特許番号 第1491321号 発明の名称 薄板の成形方法とその成形型 出 願 日 昭和59年2月9日(特願昭59-23743号) 公 開 日 昭和60年8月29日(特開昭60-166122号) 公 告 日 昭和63年8月18日(特公昭63-41652号) 登 録 日 平成元年4月7日 特許請求の範囲 別紙特許公報(以下「本件公報」という。甲1)記載のとおり (2) 本件発明は、次の構成要件に分説することができる。
A 第1型に第2型を直線方向に移動させて衝合して成形する際負角になる成形部を有する成形型であって、
B 周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け、
C カム部材の溝縁部に負角成形部を形成し、負角成形部を有するカムを前記カム部材に対向させて第2型に設け、
D 成形後ワークが第1型より取り出せる状態までカム部材を回転後退させる自動復帰装置を第1型に設けた ことを特徴とする成形型。
(3) 被告は、別紙ロ号物件目録記載の「シーソー運動カムベンド成形装置」(以下「ロ号物件」という。)を製造、販売している。
(4) 原告は、被告が別紙イ号物件目録記載の成形型(以下「イ号物件」という。)を製造販売していると主張するが、被告はこれを否認している。
イ号物件とロ号物件は、リンクカム3が断面略L字状に形成されている点では共通しているが、スライダー衝合体5を案内する案内機構(ロ号物件目録記載のウェアプレート52)が、リンクカムと一体に形成されているか(イ号物件)、
リンクカムと別体の衝合体案内基台54に形成されているか(ロ号物件)という点で相違する。
2 争点 (1) 被告はイ号物件を製造販売しているか。
(2) 被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するか。
構成要件A充足性 イ 構成要件B、C充足性 ウ 構成要件D充足性 (3) 本件特許は無効理由を有することが明らかか。
ア 本件特許は、平成2年法律30号による改正前の特許法(以下「昭和62年法」という。)36条3項及び4項に違反してされたものか。
進歩性欠如(特許法29条2項違反) ウ 特許法29条の2違反 (4) 原告の損害額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告は、イ号物件を製造販売しているか)について 【原告の主張】 被告は、業として、イ号物件を製造販売している。
被告は、原告主張のイ号物件については、製造販売の事実を争うが、
(1) イ号物件について特許出願していること(乙1)、
(2) 訴訟前の交渉過程で、「同特許を利用した金型を数多く製作し」ていることを自認していること(甲5)、
(3) 被告主張の案内機構に変更する利点は特になく、かつ同機構はスライダー衝合体の荷重を支えるについて技術的に無理があること、
(4) 図面や写真で、簡単に原告の疑問に答えられるはずなのに提出がないこと、
等の事情によれば、被告がイ号物件を製造販売した可能性がある。
【被告の主張】 被告は、イ号物件を製造販売していない。
2 争点(2)(被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するか)について (1) 同ア(構成要件A充足性)について 【原告の主張】 被告装置の「上型」、「下型」は、それぞれ本件発明の構成要件Aにいう「第2型」「第1型」と同一である。また、本件発明の構成要件Aにいう「直線方向」とは、「上型9が下型3に対し下降すること」(本件公報4欄28〜30行)を意味し、プレス金型についての当業者であれば容易に理解できるところ、被告装置は、上型1が下型2に向けて下降し、スライダー衝合体5はリンクカム3に衝合するものであるから、構成要件Aを充足する。
【被告の主張】 本件発明の構成要件Aにいう「第1型」「第2型」は本件明細書の発明の詳細な説明中に記載されておらず、どの部分を指称するのか不明であるが、仮に原告が主張するように「下型」「上型」を指すとしても、被告装置の上型と下型は、
上型が下型に対して垂直方向に移動することはあっても直接衝合することはなく、
直線方向に移動することもない。また、上型には成形する際、負角になる成形部は存在しないので、被告装置には、構成要件Aを具備する余地はない。
(2) 同イ(構成要件B、C充足性)について 【原告の主張】 被告装置の「断面が略L字状に形成され、支軸31を中心としてシーソー作動するリンクカム3」は、本件発明の構成要件Bにいう「回転自在の円柱状のカム部材」と同一である。被告装置のリンクカム3は、支軸31の回りに回転自在に支持されており、同リンクカム3は、スライダー衝合体5の成形雄型51を受け入れる成形型(リンクカムの先端)33が形成されており、これらは、本件発明のカム部材2、受動カム11、負角成形部4等の構成・作用と同じであるから、被告装置は、本件発明の構成要件B、Cを充足する。
【被告の主張】 被告装置の下型には円柱状のカム部材が存在しないので、被告装置は本件発明の構成要件Bを充足しない。また、被告装置には円柱状のカム部材が存在しない以上、これを前提としたカム部材の溝縁部も存在し得ず、これに対応する負角成形部を設けることも不可能である。そうすると、被告装置は、本件発明の構成要件Cを具備する余地がない。
(3) 同ウ(構成要件D充足性)について 【原告の主張】 被告装置は、昇降機構(リンクカムの尾端支持昇降軸)6のピストン(リンクカムの尾端対等昇降軸の案内筒)61がリンクカム3に連結されているから、
第1型(下型)が自動復帰装置を備えており、本件発明の構成要件Dを充足する。
【被告の主張】 被告装置の下型に円柱状のカム部材自体が存在しない以上、その存在を前提としたカム部材を回転後退させる自動復帰装置を設ける余地はなく、被告装置が本件発明の構成要件Dを具備する余地はない。
3 争点(3)(本件特許は無効理由を有することが明らかか)について (1) 同ア(本件特許は、昭和62年法36条3項及び4項に違反してされたものか)について 【被告の主張】 本件特許は、次のとおり、特許請求の範囲の記載と明細書の発明の詳細な説明の記載とが一致せず、矛盾するものである。
ア 第1型に第2型を直線方向に移動させて衝合して成形する際負角になる成形部を有する成形型であること(構成要件A) 本件明細書の発明の詳細な説明には、第1型と第2型のことは全く記載されておらず、第1型と第2型が発明の詳細な説明中のどの部分を指称するのかは不明である。仮に、第1型が下型、第2型が上型であるとすれば、本件発明の上型と下型は上型が下型に対して直線方向に移動することがあったとしても直接衝合することはなく、上型には成形する際、負角になる成形部は存在しないので、構成要件Aは明細書の発明の詳細な説明の記載と矛盾する。
イ 周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設けたこと(構成要件B) 本件明細書の発明の詳細な説明には「溝1を周壁軸方向に刻設した円柱状のカム部材2を下型3に回転自在に設ける。」(本件公報3欄39〜40行)との記載があり、下型に円柱状のカム部材が存在しない被告装置が構成要件Bを具備していると解するのであれば、構成要件Bは明細書の発明の詳細な説明の記載と矛盾する。
ウ カム部材の溝縁部に負角成形部を形成し、負角成形部を有するカムを前記カム部材に対向させて第2型に設けること(構成要件C) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、構成要件Cにより「カム部材に対向させて第2型に設け」られるのはスライドカム10であるが、第2図によれば、負角成形部12が設けられているのは回動プレート8でありスライドカム10ではない。回動プレート8についての記載は「カム部材2の他方の溝1縁部に固着した」(本件公報4欄3〜4行)、「受動カム11の下面がカム部材2の負角成形部4に干渉することなく回動プレート8に当接」(同4欄28〜30行)しかなく、他に回動プレート8の構成を示すものは第2図と第5図しかない。しかし、第2図と第5図の関係については発明の詳細な説明中に記載がなく、当業者といえども、明細書から回動プレート8の全体構成と作用を理解することはできない。
エ 成形後ワークが第1型より取り出せる状態までカム部材を回転後退させる自動復帰装置を第1型に設けたこと(構成要件D) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載(本件公報3欄43行〜4欄5行)によれば、自動復帰装置5はカム部材を回転後退させるものではなく、回動プレート8を回動させるものであるから、構成要件Dは本件明細書の発明の詳細な説明と矛盾する。
以上によれば、本件特許は、昭和62年法36条3項、4項1号に違反してされたものであり、同法123条1項3号により無効理由を有することが明らかである。
【原告の主張】 本件明細書の「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」の記載とに矛盾はない。本件特許は、昭和62年法36条3項、4項に該当せず、同法123条1項3号によって無効となることはない。
(2) 同イ(特許法29条2項違反)について 【被告の主張】 本件発明は、特許出願前に日本国内又は外国において頒布された米国特許第4002049号公報(乙2)及び実開昭55-171418号公開実用新案公報(乙4)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものとして、特許法123条1項2号の無効理由を有することが明らかである。
【原告の主張】 本件発明は、乙4、乙2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明し得るものではなく、特許法29条2項に違反しない。
(3) 同ウ(特許法29条の2違反)について 【被告の主張】 本件発明は、その出願日(昭和59年2月9日)より約10か月前の昭和58年4月21日に特許出願され(特願昭58-71001号、以下「先願」という。)、本件特許出願後である昭和63年3月11日に出願公告(特公昭63-11089号)された特許出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(その特許公報が乙6)に記載された「プレス用金型」についての発明(以下「先願発明」という。)と同一であり、かつ、その発明をした者が本件発明の発明者と同一の者ではなく、本件特許出願の時にその出願人と前記他の特許出願の出願人とが同一の者でもない。よって、本件特許は、特許法29条の2の規定に違反してされたもので、
特許法123条1項2号の無効理由があることが明らかである。
【原告の主張】 本件発明は、次のとおり先願発明にない新たな技術を開示しており、先願発明と同一ではない。
(1) 先願発明がプレス用金型に限定しているのに対し、本件発明は板金やプラスチック等のあらゆる薄板を成形できる。
(2) 先願発明は、下型に回転カムを、上型に吊りカムを設けるものに限定されるのに対し、本件発明は、下型に回転するカム部材を設けたり、あるいは上型にもカム部材を設けることができる。
(3) 先願発明ではプレス方向が上下方向のみであるのに対し、本件発明は、
「上下、横、斜方向等あらゆる方向で」加工するものに適用できる。
4 争点(4)(原告の損害額)について 【原告の主張】 (1) 被告は、遅くとも平成7年ころから現在までの間、被告装置が本件特許権を侵害することを知りながら、又は過失により知らないで、被告装置を少なくとも20台以上、単価2500万円以上で製造販売し、合計売上金額金5億円以上を得ている。
(2) 原告は、本件発明の実施品を「ロータリーカム」の商品名で販売しており、被告の上記行為がなければ同数の販売数量を得ることができた。そのため、上記売上金額5億円の少なくとも40%である金2億円の得べかりし利益を失った。
よって、原告の損害額は金2億円を下らない。
【被告の主張】 争う。
当裁判所の判断
1 争点(1)(被告はイ号物件を製造販売しているか)について 原告は、被告がイ号物件を製造販売等している旨主張するが、その事実を認めるに足りる的確な証拠はない。原告は、被告がイ号物件を製造販売した可能性がある裏付けとして前記第3、1【原告の主張】記載のような事情を挙げるところ、
乙1によれば、被告が平成5年12月に「ベンド成形方法と成形装置」の発明について特許出願をしている事実が認められるが、そうだとしても、そもそも特許出願人が特許出願の明細書に記載したとおりの製品を実際に製造販売しているとは限らないし、原告が挙示するその他の事情も、被告がロ号物件のほかに現実にイ号物件を製造販売したことの裏付けとするには不十分である。したがって、被告がイ号物件の製造販売をしている事実を認めることはできない。
2 争点(2)(被告装置は、本件発明の技術的範囲に属するか)について (以下、イ号物件も含めた被告装置について判断する。) (1) 同イ(構成要件B、C充足性)について ア 本件発明の構成要件Bは、「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け」であり、カム部材の形状を「円柱状」に明確に限定するものである。「円柱」とは、「@まるい柱。A一つの円のすべての点から円の平面外の直線(母線)に平行に引いた直線によってつくられた曲面(円柱面)と、
この曲面を切る互いに平行な二平面に囲まれた立体。」(三省堂「大辞林」)の意義を有する語であるから、本件発明の構成要件Bにいう「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材」は、カム部材の断面の基本的形状が円形を呈するものをいい、周壁軸方向の「溝」の存在により円の一部が欠けることがあるとしても、断面の外縁の相当部分が円弧状であることを要するものと解される。これに対し、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録の各記載によれば、被告装置のリンクカム3は、いずれも断面が略L字状に形成されており、断面の外縁はすべて直線により構成され円弧状の部分が全く存在しないから、本件発明の構成要件Bにいう「円柱状のカム部材」とは構成を異にするものである。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には、構成要件Bにいう「円柱状のカム部材」について、次の記載がある。
(ア) 従来技術及びその問題点として、「板金やプラスチック等の薄板の負角成形は通常スライドカムを用いて行われている。」(本件公報1欄25〜26行)、「従来の薄板製品の負角成形加工は下型上にワークを載置し、上型を垂直下方に下降させて下型の受動カムを上型の作動カムにて駆動し横方向から加工し、加工が完了し上型が上昇すると受動カムをスプリングにより後退させていた。」(同2欄2〜7行)、「ワークが載置される下型の成形部はワークを加工完了後下型から取り出さなければならないので、下型の負角になる部分を分割し後退させるかあるいは負角になる部分を削除しワークの取出しを可能としなければならない。」(同2欄10〜14行)との各記載がある。なお、ここでいう「負角成形」とは、
「下型に載置したワークを上型を垂直方向に下降させて衝合して成形する際、上型の加工軌跡より下型内に入り込む成形部を有する成形」(同1欄27行〜2欄2行)を意味する。
(イ) 課題解決手段として、「本発明は上記の問題点を解消するために、
プレスの上下方向の直線運動を回転運動に変換するという従来に全くない斬新なアイデアに基づいてこれ等の問題点を解決しようとするものである。」(同3欄11〜15行)との記載がある。
(ウ) 実施例について、「上型9が下降し始め、先ず最初に受動カム11の下面がカム部材2の負角成形部4に干渉することなく回動プレート8に当接し、
カム部材2を第2図において右回りに回転させ、上型9がなお下降し続けると型の外側方向に付勢されている受動カム11はコイルスプリング17の付勢力に抗して、カムの作用によって横方向、第2図において左方へ移動し、第2図に実線で示す状態となり回動したカム部材2の負角成形部4とスライドカム10の負角成形部12とでワークWを負角成形する。」(同4欄28〜38行)、「負角成形後は上型9が上昇し始める。…カム部材2は、拘束していた受動カム11が上昇するため、自動復帰装置5により第2図において左方へ回転し2点鎖線で示す状態となり、負角成形したワークWの下型3よりの取出しの際、ワークWがカム部材2の負角成形部4と干渉することなく取り出せる。」(同4欄38行〜5欄3行)との各記載がある。
(エ) 発明の効果について、「本発明は、上述のように直線運動を回転運動に変換して負角成形部を加工するようにしたものであって、薄板製品の負角成形加工、特に、負角部が大きい場合、また、薄板製品が細長い枠状で三次元曲面を有する幅狭の場合でも加工が可能である。」(6欄1〜6行)との記載がある。
(オ) 実施例を示す本件公報第2図には、断面の外縁がほぼ4分の3の円周の円弧状を呈し、残る約4分の1の部分が溝として直角に切り取られたカム部材2が示されている。第1型(下型)に円柱体の直径と殆ど同径の円筒状空洞を設け、そこへカム部材を嵌入した図が示されている。
以上の記載によれば、本件発明は、従来のスライドカムを用いた薄板の負角成形方法に、加工完了後にワークを下型から取り出す際に、負角成形後に下型の負角部を分割又は削除する必要があるとの問題点が存在したことから、この課題を解決するため、第1型(本件公報第2図の「下型」)に「円柱状のカム部材」を「回転自在」に設け、第1型と第2型を用いたプレスの直線運動を回転運動に変換することにより、負角成形後に干渉なしにワークを取り出すことができるという作用効果を奏し得るようにした発明である。これによれば、本件発明においては、プレスの直線運動を回転運動に変換すること、すなわち、第1型(下型)と第2型(上型)の直線運動の速さ及び大きさに応じて、円柱形のカム部材の回転運動の速さ及び大きさを自在に変化させるために、負角成形部を備えたカム部材を円柱状にしたという具体的構成に最大の特徴があり、負角成形後に干渉なしにワークを取り出すことができるということは、このような具体的構成を採用したことにより得られる効果にすぎない。
原告は、被告装置の「断面が略L字状に形成され、支軸31を中心としてシーソー作動するリンクカム3」は本件発明の構成要件Bにいう「回転自在の円柱状のカム部材」と同一であると主張するが、原告の上記主張は、単に、被告装置が本件発明と同一の作用効果を奏し得ること(負角成形後に干渉なしにワークを取り出すことができるということ)に基づき、本件明細書の特許請求の範囲に記載された「円柱状のカム部材」と異なる構成である「断面略L字状の回転型」を用いた被告装置が本件発明の技術的範囲に属すると主張するにすぎないものであり、採用できない。
ウ そうすると、被告装置は、本件発明の「円柱形のカム部材」を充足せず、構成要件Bを充足しない。
(2) 以上によれば、被告装置は、その余の点について判断するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属しない。
3 争点(3)(本件特許は無効理由を有することが明らかか)について (1) 同ウ(特許法29条の2違反)について 前記1によれば、原告の請求は既に理由がないが、念のため、本件特許に、特許法29条の2の規定に違反してされた(特許法123条1項2号)という無効理由があることが明らかかどうかについて判断する。
ア 乙6によれば、特願昭58-71001号の特許出願(先願)は、本件発明に係る特許出願(以下「本件出願」という。)の特許出願の日(昭和59年2月9日)よりも前の日である昭和58年4月21日にダイハツ工業株式会社により出願され、本件出願の日より後である昭和59年11月8日に特開昭59-197318号として出願公開された発明の名称「プレス金型」についての特許出願であることが認められ、先願発明の発明者は、本田哲也及び藤原保人の2名とされており、本件公報において本件発明の発明者とされている松岡光男とは異なる。
先願は、昭和63年3月11日に出願公告され、特公昭63-11089号特許公報(乙6、以下「先願公報」という。)が発行されたものであるが、弁論の全趣旨によれば、先願公報の記載は、その特許出願に係る願書に最初に添付した明細書及び図面と同じであると認められ、その特許請求の範囲は、「1 上部に素材を保持するための保持部を有し、且つ内方に当該保持部と連なる円弧面からなるカム溝を有する下型と、下型に設けたカム溝に回動自在に挿入された、一端に寄曲げ部を有する回転カムと、下型に設けた保持部の上方に昇降自在に配置されたパッドと、回転カムの上方に昇降自在に且つ横方向にスライド自在に配置された、先端に寄曲げ刃を有する吊りカムとからなり、吊りカムの下降に共なって回転カムが素材を挟持する方向に回動し、且つ吊りカムの回転カムへの接触後、吊りカムが回転カムの寄曲げ部に向ってスライドするようにしたことを特徴とするプレス用金型。」というものであった。
イ 先願公報の発明の詳細な説明のうち、「実施例」の項には、「第5図乃至第8図は、本発明に係るプレス用金型を示す図面である。」(同4欄20〜21行)との記載があり、添付第7図には、下型20の略中央部に設けた円弧面を有するカム溝22に円柱形の回転カム23を回動自在に配置し、回転カム23の一端に寄曲げ刃25を設ける一方、下型20の上方に昇降自在に上型ホルダー30を配置し、上型ホルダー30に、パッド31を設けるとともに、先端に寄曲げ刃35を有する吊りカム33をスライド台34を介してスライド自在に設けたプレス用金型が示されている。先願公報の第7図は、本件公報の第2図とほぼ同一の構成を有するプレス成形型を示した図面であり、二つの図面を対比すると、先願発明の「下型20」は本件発明の「第1型(下型)3」に、「上型ホルダー30」、「パッド31」及び「スライド台34」は、「第2型(上型)9」に、「カム溝22」は「溝1」に、「回転カム23」は「カム部材2」に、「回転カム23の寄曲げ刃25」は「カム部材の負角成形部14」に、「吊りカム33」は「カム10(スライドカム)」に、「吊りカム33の寄曲げ刃35」は「カムの負角成形部12」にそれぞれ相当すると認められる。
そこで、以下、先願公報の記載により表される発明と、本件発明の構成とを対比することにより、先願発明と本件発明が同一発明といえるかどうかについて検討する。
(ア) 先願公報の発明の詳細な説明の「実施例」の項には、「下型20の上方に位置する上型ホルダー30を下降させる」(同5欄15〜16行)、「上型ホルダー30が下降すると、パッド31と同時に吊りカム33も下降するため、吊りカム33の下面が回転カム23のスライド板24と接触し、スライド板24を下方に押圧するため、回転カム23はスプリング29の弾性力に抗して図中矢印U方向に回動する。」(同5欄20〜25頁)、「回転カム23が所定量回動した後、
上型ホルダー30とパッド31間に位置するスプリング32を圧縮しながら上型ホルダー30が更に下降すると、上型ホルダー30にスライド台34を介してスライド自在に支持されている吊りカム33は、スライド板24に接触した状態で下方に押圧されるため、スライド板24に沿って図中矢印V方向にスライドする。そして、吊りカム33の先端に固定した寄曲げ刃35がピラーAを押圧し、ピラーAを所定形状に折曲形成する(第7図参照)。」(同5欄30行〜40行)との各記載がある。これらの記載には、「第1型(下型)に第2型(上型)を直線方向に移動させて(下降する)衝合して成形する際負角になる成形部を有する成形型であって」という本件発明の構成要件Aと同一の構成が示されている。
(イ) 同「実施例」の項には、「当該下型20の上面…その略中央部には当該保持部21と連なる円弧面を有するカム溝22を設けてある。23は上記カム溝22に回動自在に挿入した回転カムであり、この回転カム23は図示の如くその一部分を略L字状に切欠いてある。」(同4欄21〜28行)との記載がある。この記載には、「周壁軸方向に溝を刻設した円柱状のカム部材を第1型に回転自在に設け」という本件発明の構成要件Bと同一の構成が示されている。
(ウ) 同「実施例」の項には、「又(回転カムの)他端には…吊りカム33に固定した寄曲げ刃35と共同してピラーAを所定形状にプレス成形するための寄曲げ部25を形成してある。」(同4欄30〜33行)との記載があり、構成要件Cのうち「カム部材の溝縁部に負角成形部を形成し」という構成と同一の構成が示されている。また、前記記載と「33は上型ホルダー30に…支持された、先端に寄曲げ刃35を有する吊りカムである。」(同5欄3〜6行)との記載を併せると、構成要件Cのうち「負角成形部を有するカムを前記カム部材に対向させて第2型に設け」という構成と同一の構成が示されている。
(エ) 同「実施例」の項には、「26は下型20内に設けた孔27内スライド自在に挿入され、且つその一端がレバー28を介して回転カム23と連結したカムリフターであり、当該カムリフター26は孔27内に圧入されたスプリング29によって常時上方に押圧されている。」(同4欄33〜38行)、「ピラーAの折曲形成が終了し、上型ホルダー30が上昇を開始すると、先ず吊りカム33がスライド台34上の元の位置まで戻った後、吊りカム33が回転カム23のスライド板24から離れるため、回転カム23はスプリング29の弾性力によって図中矢印T方向に回動し、回転カム23の寄曲げ部25は下型に設けた開口部22の内方に後退する。」(同5欄40行〜6欄3行)との各記載がある。これらの記載を総合すると、構成要件Dの「成形後ワークが第1型より取り出せる状態までカム部材を回転後退させる自動復帰装置を第1型に設け」という構成と同一の構成が示されているといえる。
(オ) そうすると、先願の出願当初明細書及び図面には、本件発明の構成要件がすべて記載されているといえる。
ウ 原告は、後願である本件発明は、@成形の対象が板金やプラスチック等のあらゆる薄板であること、A下方に回転するカム部材を設けたり、あるいは上型にカム部材を設けることができること、B上下、横、斜方向等あらゆる方向で加工するものに適用できることを開示している点で、先願発明に開示されていない新たな技術を開示しており、先願発明と同一ではないと主張する。
しかしながら、本件発明において、@成形の対象が板金やプラスチック等あらゆる薄板であるということは、先願発明における「プレス成形」を含むこととなり、A下方に回転するカム部材を設けたり、上型に回転するカム部材を設けることができるということは、先願発明における「下型に回転するカム部材を設けた」ものを含むこととなり、B上下、横、斜方向等あらゆる方向で加工するものに適用できるということは、先願発明における「上下方向」のみで加工するものを含むこととなると解される。そうすると、本件発明は先願発明を含むものとして、先願発明と同一であるといわざるを得ない。
また、後願の請求項に係る発明と先願の引用発明が同一であるか否かという特許法29条の2該当性の判断においては、両者の発明を特定するための事項に相違点がある場合であっても、後願の発明を特定するための事項が、先願の発明を特定するための事項に対して周知技術、慣用手段の付加、削除、転換等を施したものに相当し、かつ、新たな効果を奏するものでない場合には、その相違点は実質同一であり、先願の発明と後願の発明は同一であると判断されるべきところ、原告が主張する前記@ないしBの点は、いずれも先願の発明を特定するための事項に対して周知技術、慣用手段の付加を施したものにすぎず、しかも、これらの事項を加えることによって、新たな作用効果を加えるものともいえない。
そうすると、本件発明において、成形の対象が自動車の板金部品に限定されないこと、第1型及び第2型が上型にも下型にも斜め型にもなり得ることなど、原告主張の事実をもって、本件発明が先願発明と同一でないとすることはできない。
エ 以上によれば、本件発明は、先願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された発明と同一であり、かつ、両発明の発明者は同一であるといえないから、本件特許は、特許法29条の2の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由を有することが明らかである。
(2) そうすると、被告主張のその余の無効理由について判断するまでもなく、
原告の本件特許権に基づく本訴請求は、特段の事情がない限り権利の濫用として許されず(最高裁判所平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)、本件において特段の事情があるとも認められないから、原告の請求は権利の濫用に当たるというべきである。
4 よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がない。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝