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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ12410損害賠償請求事件 判例 特許
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平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15ワ4285損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 新規性 /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  同一の発明 /  技術的手段 /  発明の詳細な説明 /  模倣 /  権利の濫用(権利濫用) /  特許出願日 /  対象製品 /  出願経過 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  非容易 /  意識的除外(意識的に除外) /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 10170号 特許権侵害差止等請求事件
原告 有限会社アマノエンジニアリングサービス
訴訟代理人弁護士 三山峻司
補佐人弁理士 谷昇
被告 ダイゲン工業株式会社
被告 有限会社河崎精工
被告ら訴訟代理人弁護士 佐伯照道
同 中森亘
同 荒川 雄二郎
被告ら補佐人弁理士 横井健至
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/10/03
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告ダイゲン工業株式会社(以下「被告ダイゲン工業」という。)は、被告イ号物件目録記載の物件を製造、販売してはならない。
2 被告ダイゲン工業は、被告イ号物件目録記載の物件を廃棄せよ。
3 被告有限会社河崎精工(以下「被告河崎精工」という。)は、被告イ号物件目録記載の物件を使用してはならない。
4 被告河崎精工は、被告イ号物件目録記載の物件を廃棄せよ。
5 被告ダイゲン工業は、原告に対し、金1500万円及びこれに対する平成12年9月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告河崎精工は、原告に対し、金475万円及びこれに対する平成12年9月24日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「輪体のローリング成形装置」の特許発明の特許権者である原告が被告らに対し、被告らが製造販売ないし使用する金属リングの冷間成形装置は同特許発明技術的範囲に属すると主張して、その製造販売等の差止めと損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等(証拠の掲記のないものは当事者間に争いがない。) (1) 原告は、次の特許権を有している(以下「本件特許権」といい、その請求項1の特許発明を「本件発明」という。)。
ア 発明の名称 輪体のローリング成形装置 イ 特許番号 第2825792号 ウ 出 願 日 平成8年7月10日(特願平8-201175号) エ 公 開 日 平成10年1月27日(特開平10-24338号) オ 登 録 日 平成10年9月11日 カ 特許請求の範囲は、別紙訂正明細書(以下「本件訂正明細書」という。)の該当欄記載のとおりである。
(2) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
A 中央周面に輪体成形部(9a)を形成した成形ローラ(9)と、中央周面に輪体成形部(13a)が形成されると共に、この輪体成形部の両側周面に転動面(13b、13b)を形成し、該輪体成形部が成形ローラと対向して配設されたマンドレル(13)と、このマンドレルを基準として上記成形ローラとは反対側に、マンドレルの各転動面と対向して配設された左右一組の加圧ローラ(11a、
11b)とで構成され、
B 上記成形ローラ(9)が固定枠(4)に軸支され、
C また、マンドレルは平行な複数本のガイド軸(5c、5d)に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠(8)に軸支され、
D さらに、加圧ローラが平行な複数本のガイド軸(5a〜5d)に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠(7)に軸支されてなり、
E 成形ローラを回転されると共に、加圧ローラをガイド軸に沿って摺動せしめてマンドレルの転動面を介し、該マンドレルを成形ローラに対し押圧移動することにより、マンドレルの輪体成形部に通挿保持されたワーク(W)をマンドレル(13)と成形ローラとの間で成形加工することを特徴とする F 輪体のローリング成形装置。
(3) 本件発明の訂正の経過は、次のとおりである。
ア 本件特許権は、平成10年9月11日にその設定登録がされたが、設定登録時の特許請求の範囲は、別紙「設定登録時の特許請求の範囲」記載のとおりであった(以下、設定登録時の別紙特許公報(甲2)を「本件訂正前公報」といい、
その明細書を「本件訂正前明細書」という。)。なお、弁論の全趣旨によれば、本件特許出願時の明細書は本件訂正前明細書と同じ内容であると認められる。
イ その後、平成11年5月7日に共栄精工株式会社より請求項1及び2に係る特許について、また、同月17日に山本昭より請求項1に係る特許についてそれぞれ特許異議の申立て(平成11年異議第71851号)がなされた(乙2、
3)。
ウ 特許庁は、同特許異議の申立ての審理において、平成11年7月29日付で、原告に対し、次の各理由による特許の取消しの理由を通知した(乙3。以下「本件取消理由通知」という。)。
(ア) 請求項1及び請求項2に係る発明は、本件特許権の出願前の公知文献である特開平4-91839号公開特許公報(乙4。以下「乙4公報」という。)、特開平3-198939号公開特許公報(乙5。以下「乙5公報」という。)、特公平2-29414号特許公報(乙6。以下「乙6公報」という。また、同特許に係る特開昭62-176627号公開特許公報(甲13)を「甲13公報」という。)の発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものであり、特許法29条2項により特許を受けることができないとの理由 (イ) 本件特許権の出願前に出願され同出願後に公開された特願平7-221902号明細書(特開平9-57383号公開特許公報〔乙7。以下「乙7公報」という。〕)には、請求項1に係る発明と同一の発明が記載されていることから、請求項1の発明は、特許法29条の2により特許を受けることができないとの理由 エ 原告は、上記のとおり本件取消理由通知を受けたことから、同年10月12日、特許請求の範囲を別紙「本件訂正請求に係る特許請求の範囲」記載のとおりとすることを含む訂正の請求をし(甲3の1・2。以下「本件訂正請求」という。)、平成11年11月25日に、特許庁は、「訂正を認める。請求項1ないし2に係る特許を維持する。」との決定をした(甲4、乙1)。
オ 被告ダイゲン工業は、平成13年2月23日、請求項1〜3に係る本件特許を無効とする旨の無効審判を請求し(無効2001-35080号。乙11)、特許庁は、平成13年10月11日、「請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。請求項3に係る発明についての特許の審判請求は成り立たない。」との審決をした(乙27)。
これに対し、原告は、平成13年11月16日、東京高等裁判所において、同審決中の請求項1及び2に係る発明に関する部分の取消しを求める訴えを提起した(甲18)。
カ 原告は、平成13年12月8日、特許請求の範囲の請求項1を別紙「訂正審判に係る特許請求の範囲」記載のとおり訂正することを含む訂正審判を申し立てた(甲19の1・2)。
(4) 被告ダイゲン工業は、別紙イ号物件目録記載の金属リングの冷間成形装置(以下「被告装置」という。)を製造、販売している。
また、被告河崎精工は被告装置を使用している。
(5) 被告装置は、構成要件A、B及びFを備えている。
2 争点 (1) 被告装置は、「(マンドレルの支持枠が)平行な複数本のガイド軸に嵌挿されている」(構成要件C)、「(加圧ローラの可動枠が)平行な複数本のガイド軸に嵌挿されている」(構成要件D)、「加圧ローラをガイド軸に沿って摺動せしめる」(構成要件E)との構成を備えているか。
(2) 被告装置は、本件発明の構成と均等なものとして、その技術的範囲に属するか。
(3) 権利濫用(明白な無効理由) (4) 損害の発生及び額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(構成要件C〜Eの充足性)について 〔原告の主張〕 (1) 被告装置は、マンドレル13の支持枠8が2本のガイドレール5c、5dに取り付けられ、加圧ローラ11a、11bを軸支する可動枠7が4本のガイドレール5a〜5dに取り付けられているが、このガイドレール5a〜5dは、本件発明にいう「マンドレル」及び「加圧ローラ」をそれぞれ軸支する「支持枠」と「可動枠」を前後方向へ直線状に安定して移動させるためのガイド部材(手段)としての「ガイド軸」に文言上含まれる。
そして、「嵌挿」とは文字どおり「挿入して嵌めること」を意味するが、
被告装置は、ガイドレールの端部から「挿入」してガイドレールと直動ブロックを結合し、摺動可能に取り付けており、この取付態様は「嵌挿」そのものである。
(2) 本件発明の移動手段としての「ガイド軸」を、被告装置においてはガイド部材として公知の「ガイドレール」を用いているが、これは単なる設計変更あるいは構造上の微差にすぎないものである。
このことは、後記争点(2)〔原告の主張〕(1)記載のとおり、本件発明の本質(特徴)的部分が、マンドレルの支持枠(8)を2本のガイド軸(5c、5d)により支持し(構成要件C)、さらに加圧ローラの可動枠(7)を上下左右に配置した4本のガイド軸(5a〜5d)によって支持する(構成要件D)という構成にあり、被告装置が、上記構成をそっくりそのまま模倣していることからも明らかである。
(3) したがって、被告装置は、「(マンドレルの支持枠が)平行な複数本のガイド軸に嵌挿されている」(構成要件C)、「(加圧ローラの可動枠が)平行な複数本のガイド軸に嵌挿されている」(構成要件D)、「加圧ローラをガイド軸に沿って摺動せしめる」(構成要件E)との構成を備えている。
(4) なお、被告らは、構成要件C、Dの「嵌挿」の意味を「通挿」の意味に限定して解釈すべきであると主張する。
「嵌挿」を「通挿」の意味に解釈するのは、明らかな縮小限定である。本件訂正前明細書の【発明の実施の形態】の項の【0014】には「通挿する」との言葉が使用されているが、これは【特許請求の範囲】にある「嵌挿」の一具体的実施形態を説明するために使用したのである。被告らの主張は、【発明の詳細な説明】の項の用語をもって特許請求の範囲を解釈するものであって、理由がない。
〔被告らの主張〕 (1) 「軸」とは、通常円形の物又は巻く物の中心に通じている棒あるいは物体の位置、形状、運動などの中心となる特定の直線を指し、「嵌挿する」とは、通常ある物をある物に嵌め込んでその中に挿し入れることを指すから、構成要件C〜Eにおける「ガイド軸」とは「棒状のガイド軸」のことをいうと解すべきである。
そして、本件訂正前明細書の【0014】に、「4本の平行なガイド軸5a、5b、5c、5dに(この「に」は「を」の誤記と考えられる。)通挿することにより、……可動枠7が夫々摺動可能に支持されていると共に、……下方2本のガイド軸5c、5dを通挿することにより支持枠8が前後摺動自在に軸支されているのである。」と記載されているとおり、本件訂正明細書の「嵌挿する」に対応する部分は「通挿する」と記載されているのであって、「通挿する」以外の表現は本件訂正前明細書中には存在しない。したがって、構成要件C、Dの「嵌挿する」とは、「通挿する」、すなわち棒状のガイド軸を支持枠及び可動枠に通すことにより挿入することであると解すべきである。
(2) 被告装置のマンドレル13は、下部壁面体72に固設した左右平行な2本のガイドレール5c、5dに、直動ブロック26を介して拘束状に取り付けた支持枠8に軸支されている。また、被告装置の加圧ローラ11a、11bは、上下の壁面体71、72に各平行に固設した4本のガイドレール5a〜5dに、直動ブロック24、24を介して拘束状に取り付けた可動枠7に軸支されている。
したがって、被告装置は、「(マンドレルの支持枠が)平行な複数本の(棒状の)ガイド軸に嵌挿(通すことにより挿入)されている」(構成要件C)、
「(加圧ローラの可動枠が)平行な複数本の(棒状の)ガイド軸に嵌挿(通すことにより挿入)されている」(構成要件D)、「加圧ローラを(棒状の)ガイド軸に沿って摺動せしめる」(構成要件E)との構成をいずれも備えていない。
(3) 原告は、本件発明の「ガイド軸」(構成要件C、D、E)との構成に対し、被告装置が「ガイドレール及び直動ブロック」との構成を採っていることについて、単なる設計変更あるいは構造上の微差にすぎないと主張する。
しかし、本件発明では、複数本のガイド軸の両端が固定枠によって固着され、全体として平行な複数本のガイド軸による軸組み構造を形成するものである。
これに対し、被告装置は、上下の壁面体71、72からなる拘束枠体にガイドレールが一体となって取り付けられており、全体として壁面体構造を形成している。
したがって、本件発明と被告装置とは、その構造上根本的な差異を有しており、全く構造の異なるものというべきであるから、原告の上記主張は理由がない。
2 争点(2)(均等の成否) 〔原告の主張〕 以下のとおり、被告装置は、均等論の適用要件をすべて充足するから、本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。
(1) 非本質的部分について ア 本件発明にあっては、成形ロールと加圧ロールの中間に位置するマンドレルの支持枠(8)は、前後から挟圧されるため下部左右の2本のガイド軸(5c、5d)に支持されることで足りるのに対し、作用時に強大な負荷のかかる可動枠(7)については、ガタつきを防止するため上下左右に配置した4本のガイド軸(5a〜5d)によって支持されることが作用の安定と装置全体の耐久性を図る上から好ましいのであって、支持枠(8)を2本のガイド軸(5c、5d)により支持し(構成要件C)、さらに可動枠(7)を上下左右に配置した4本のガイド軸(5a〜5d)によって支持する(構成要件D)という構成が、本件発明の本質的部分、つまり本件発明特有の作用効果を生じさせるための中核をなす特徴的部分であると解すべきである。
イ このことは、構成要件Aの構成が甲13公報、特公平5-45338号特許公報(甲14)等により公知の構成であり、構成要件B、Eの各構成が乙7公報に記載されていること、本件発明の本質的部分と捉えるべき上記の構成が上記各公報や乙4〜乙6公報等に全く示されていないものであること、前記第2の1(3)記載のとおり本件取消理由通知を受けて申し立てた本件訂正請求が認められた経緯に照らせば明らかである。
ウ ガイド軸あるいはガイドレールというのは、いずれも「ガイド部材」に属しているのであって、これはブロックなどの移動手段(機構)として一般の産業機械などに広く用いられているのであって、本件発明の本質的部分ではない。
エ 被告装置は、マンドレル13の支持枠8は、下方の2本のガイドレール5c、5dに取り付けられ、加圧ローラ11a、11bを軸支する可動枠7は、上下左右の4本のガイドレール5a〜5dに取り付けられているから、本件発明の本質的部分を備えており、ガイド軸とガイドレールという差異部分は本質的部分には当たらない。
(2) 置換可能性について ガイド軸を被告装置のようにガイドレールに置き換えても、本件発明の「成形ローラに対する上記支持枠ならびに可動枠の機台上での移動を各部に生じる負荷の増減、変化にかかわらず可及的に安定した体勢で行わせうるのである」という作用をし、「各枠を円滑に摺動させると共に、装置全体の耐久性が高められることにより、自動的に良好に保たれることになって成形品の加工精度が可及的に向上し、真円度の秀れた輪体を成形しうる」といった効果を奏する。
したがって、被告装置においても、本件発明の目的を達成することができ、かつ本件発明と同一の作用効果を奏するといえる。
(3) 容易想到性について 被告装置の製造時に公知であった乙7公報には、「……サポートロール6を回転可能に軸支するサポートブロック7(本件発明の可動枠に相当)をマンドレル5の移動方向にのみスライダ8を介して移動させる手段としてガイドレール(無符号)を用いる技術」が記載されている。したがって、本件発明の「ガイド軸」に換えて被告装置のような「ガイドレール」を用いることは当業者が容易に想到することができたものというべきである。
(4) 公知技術からの容易推考性について 被告装置が採用する「可動枠7を上下左右の4か所でガイドレール5a〜5dに支持させる」構成は、本件発明の出願時における公知技術と同一ということもできないし、当業者が同出願時に公知技術から容易に推考することができたものであるということもできない。
(5) 意識的除外について ア 出願人たる原告が、輪体のローリング成形装置においてガイド部材としてのガイドレールを採用する構成を、出願経過等において意識的に除外したような事情は全くない。
イ 被告らは、原告が本件特許出願時ないし本件訂正請求時において、ガイドレール及び直動ブロックを用いる構成を意識的に除外したと主張するが、以下のとおり被告らの同主張は理由がない。
(ア) 本件特許出願時の明細書について 原告提出の第2回準備書面(平成13年1月18日付)において「……『ガイドレール』その他『あり溝』などのガイド部材あるいはガイド機構は、一般の産業(工作)機械はもとより、本件発明が属する圧造成形装置に広く用いられているのである。」と述べているのは、被告らが主張しているように、「あり(ばち形)構造を採用した架台(摺動ブロック)」と、被告装置のガイドレールと直動ブロックを用いた構成を何ら区別していないからではなく、これらのガイド部材あるいはガイド機構はいずれも公知の構成であることを述べているにすぎない。
ガイド機構としての「あり(溝)構造」は本件訂正明細書の【0003】の項の後段にも述べているように「摺動時にがたつき」が生じやすい欠点を有しているのに対し、被告装置の「ガイドレール及び直動ブロック」は、高精度で安定した直線運動が得られるのであって、「あり(溝)構造」と「ガイドレール及び直動ブロック」の両者は、機構(構造)上はもとより使用箇所によって起用や作用が峻別されて理解されている。
したがって、本件発明が、この「あり構造」を除外しているからといって、被告装置の「ガイドレール及び直動ブロック」からなる構成を除外しているという被告らの主張は理由がない。
(イ) 本件訂正請求における明細書の訂正経過について 本件訂正請求において、原告は、「支持せしめてなる」を具体的に摺動自在に「嵌挿」という用語を使用して明瞭にしたが、「嵌挿」なる用語の意味は、「挿入して嵌めること」であり、「通挿」や「貫通」のみに限定した特別の構成の支持態様に限定したものではない。
〔被告らの主張〕 (1) 非本質的部分ついて ア 本件発明が特許を認められたのは、「マンドレルは平行な複数本のガイド軸に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠に軸支され」(構成要件C)、「加圧ローラが平行な複数本のガイド軸に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠に軸支されてなり」(構成要件D)との構成が、公知文献や先願発明には開示されていない構成であり、公知文献や先願発明の技術と同一とはいえないだけでなく、当業者が容易に発明することができたとすることもできないと認められたからである。
本件発明は、このような特有の構成を備えることによって、「成形ローラに対するマンドレルならびに各回転軸のバランスが、複数本のガイド軸の案内により可動枠および支持枠によりそれぞれ前後動させられるようにされ、各枠を円滑に摺動させると共に、装置全体の耐久性が高められることにより、自動的に良好に保たれることになって成形品の加工精度が可及的に向上し、真円度の秀れた輪体を成形しうるのである。」という効果を奏するものと認められたからであることは明らかである。
イ 以上の事実からすれば、本件発明の本質的部分は、「マンドレルは平行な複数本のガイド軸に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠に軸支され」(構成要件C)、「加圧ローラが平行な複数本のガイド軸に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠に軸支されてなり」(構成要件D)との構成にある。
ウ 原告は、本件発明の本質的部分が、支持枠(8)を2本のガイド軸(5c、5d)により支持し(構成要件C)、さらに可動枠(7)を上下左右に配置した4本のガイド軸(5a〜5d)によって支持する(構成要件D)との構成にあると主張する。
しかし、本件訂正明細書の【発明が解決しようとする課題】【課題を解決するための手段】【作用】のいずれの項目においても、「ガイド軸」の「本数」の作用効果に関する記載は一切なく、逆に「平行な複数本のガイド軸」が記載されているのであって、「ガイド軸」の本数に関する記載は、わずかに【発明の実施の形態】のうちの【0023】の段落に「……前記可動軸7は上下左右のコーナ部に貫通させた4本のガイド軸5a〜5dにより、そして支持枠8は下方左右の2本のガイド軸5c、5dによって夫々前後に摺動案内されるので、これらの各枠は円滑に進退しうると共に移動時のがたつきが少なく長期にわたり安定して使用しうるのである。」と記載されているのみである。
したがって、本件発明の本質的部分が、支持枠及び可動枠を支持するガイド軸の本数(2本及び4本)にあるとする原告の主張は理由がない。
エ 本件発明の本質的部分が構成要件C、Dに認められる以上、被告製品と本件発明は、その本質的部分において相違するものである。
(2) 置換可能性について ア 本件発明と被告装置の間の置換可能性を判断するに際し、置換の対象となるべきは、原告が主張するように「ガイド軸」と「ガイドレール」なのではなく、「ガイド軸」と「ガイドレールと一体となった壁面体」である。
被告装置は、上下前後の壁面体によって構成された剛性の高い拘束枠体を形成し、マンドレル及び加圧ローラは、壁面体と全長にわたって一体となっているガイドレールに取り付けられた直動ブロックにそれぞれ支持されていることから、両端を固定枠によって固着されているほかは、空中に剥き出しの軸構造となっているガイド軸のように、軸そのものの伸縮、撓み、歪み、ねじれによる製品の加工精度への悪影響という問題の発生する余地がなく、本件発明の「軸」と比較して大きく加工精度を向上させるのである。
よって、置換可能性、すなわち作用効果の同一性は認められない。
イ なお、仮に、置換可能性が認められるとしても、同一の作用効果を達成する技術的手段が多様に存在するときに、同一の作用効果を奏する新たな技術手段を開発した場合、当該特許発明とは別の技術思想と評価されるべきである。
(3) 容易想到性について 上記のとおり、本件発明の「ガイド軸」と被告装置の「ガイドレールと一体となった壁面体」を比較すべきところ、従来の同種の成形装置においては本件発明と同じく軸構造であったから、これを高い剛性を有する壁面体構造とした被告装置の置換は、当業者が容易に推考できたものではない。
(4) 公知技術からの容易推考性について 原告は、本件発明と被告装置との差異部分を「ガイド軸」と「ガイドレール」の差と捉えて公知技術からの想到非容易性について主張するが、その主張の前提が誤っており、原告の主張は理由がない。
(5) 意識的除外について ア 本件特許出願時の明細書について 本件特許出願時の明細書(本件訂正前明細書と同じ内容である。)の【発明の詳細な説明】の【発明が解決しようとする課題】の項には「上記成形ローラを軸支する架台(摺動ブロック)は前記特開昭62-176627号〔甲13公報〕の第6図に記載のように機台に対して摺動時にがたつきの生じ易いあり(ばち形)構造を採用しているので耐久性を損ね、しかも製品の成形精度を著しく低下されるのである。」(【0003】)、「本発明は、このような弊害に鑑みなしたもので、前記成形ローラを定位置に固定し、…加工精度を可及的に向上させると共に、構成を簡素となして各部の耐久性を高めることを課題とする。」(【0004】)、そのため、「本発明の請求項3記載の発明は、前記成形ローラに対して進退するようにされた前記マンドレルの支持枠および加圧ローラを支持する可動枠を、前記各ローラの回転軸心と直交した方向に架設した複数本のガイド軸に支持せしめてなることを特徴(とする)」(【0007】)等と記載されている。
こうした記載からすれば、原告は、そもそも本件発明の出願時において、製品の加工精度の向上と装置の簡素化による耐久性の向上を目的として、マンドレルの支持枠及び加圧ローラを支持する可動枠を軸支する手段・方法として、
「あり(ばち形)構造を採用した架台(摺動ブロック)」はこれを除いているのである。
そして、原告提出の第2回準備書面には、「……『ガイドレール』その他『あり溝』などのガイド部材あるいはガイド機構は、一般の産業(工作)機械はもとより本件発明が属する圧造成形装置に広く用いられているのである。」とされており、原告自身が、「あり(ばち形)構造を採用した架台(摺動ブロック)」と被告装置のガイドレールと直動ブロックを用いた構成を何ら区別していないから、
本件発明の構成から「ガイドレール」及び「直動ブロック」を用いる構成を意識的に除外していることは明らかである。
イ 本件訂正請求における明細書の訂正経過について 原告は、特許異議の手続において、特許庁から本件訂正前明細書の特許請求の範囲の請求項1、2の発明が進歩性を欠くことを理由とする本件取消理由通知を受けて、特許の取消しを回避するため、特許請求の範囲減縮を目的として、
本件訂正明細書のとおり訂正したものである。
原告は、本来であれば、本件訂正請求後の請求項1について、単に「マンドレルの支持枠を複数本のガイド軸(5c、5d)に支持せしめてなり」、「加圧ローラを支持する可動枠7を複数本のガイド軸(5a〜5d)に支持せしめてなり」とすれば十分な減縮となるにもかかわらず、あえて、「マンドレルは平行な複数本のガイド軸(5c、5d)に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠(8)に軸支され」(構成要件C)、「加圧ローラが平行な複数本のガイド軸(5a〜5d)に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠(7)に軸支されてなり」(構成要件D)と訂正しているのである。
すなわち、単に「支持せしめて」とすると、甲13公報の第6図に示されているような「あり(ばち形)構造を採用した架台(摺動ブロック)」による軸支の構成も本件発明の技術的範囲に当然に含まれることになるし、また逆に、そのような従来技術から進歩性を欠くと判断されるおそれがあるため、本件発明の技術的範囲からそのような構成を明確に除外する趣旨で、支持枠あるいは可動枠が、ガイド軸によって「通挿」あるいは「貫通」されていることを意味する「嵌挿された」という構成を付加したものにほかならない。
ウ したがって、原告は、本件発明の技術的範囲から、「あり(ばち形)構造を採用した架台(摺動ブロック)」を用いる構成、すなわち被告装置のガイドレール及び直動ブロックを用いる構成を意識的に除外していることは明らかである。
3 争点(3)(権利濫用(明白な無効理由))について 〔被告らの主張〕 以下のとおり、本件特許権には明白な無効理由が存するから、本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たる。
(1) 乙8公報による新規性進歩性の欠如 ア 本件発明の出願前の公知文献である乙4〜6公報や、本件発明の出願前に出願され本件発明の出願後に公開された乙7公報からすれば、輪体のローリング成形装置において、加圧ローラ、マンドレル、成形ローラという3つの回転要素が存在し、加圧ローラがマンドレルを押圧移動することによって、マンドレルと成形ローラの間にあるワークを成形加工するという技術自体は、新規性のない公知技術であるというべきである。
イ そして、前記争点(2)の〔被告らの主張〕(1)に記載のとおり、本件発明の本質は、構成要件C、Dの構成、すなわち「平行な複数本のガイド軸」「嵌挿された支持枠」「嵌挿された可動枠」といった構造を有することによって、成形品の加工精度が向上するという効果を奏することにあるというべきであるが、同効果を奏する技術は、本件発明の出願前の刊行物である乙8公報(バードドゥーベン社の出願に係るもの)に記載されているものである。
ウ そうすると、本件発明は、全体として新規性進歩性を欠くことが明白であるというべきである。
(2) 公然実施されたバードドゥーベン社製品による進歩性の欠如 ア 西島鐵工所(現在の社名は「西島株式会社」)は、日本におけるバードドゥーベン社の販売代理店として、平成7年に製造されたバードドゥーベン社製品「URWA100」(乙8公報の実施品)を、デモンストレーション用の製品として平成7年4月21日に輸入し、輸入後、同社の社屋内に展示していたほか、東京、名古屋及び大阪で開かれた見本市に随時出品していた。西島鐵工所は、平成9年5月ころ、この「URWA100」を株式会社オー・エス・テックに売却した。
したがって、「URWA100」は、本件特許出願日より前の平成7年4月21日に、日本国内において公然実施された発明である。
イ 「URWA100」は、本件発明の構成要件をすべて備えている。なお、「URWA100」は成形ローラ、マンドレル及び加圧ローラの3つの回転要素を上下に配置した縦型の装置であるが、仮に、縦型の装置であることから本件発明の構成要件の一部を備えていないと解されるとしても、本件特許出願当時、縦型の装置を横型に置き換える程度のことは、当業者が容易に想到し得る事項にすぎない。
ウ したがって、本件発明は、公然実施された発明から容易に想到できたものであり、少なくとも進歩性を欠くことが明らかである。
〔原告の主張〕 (1) 乙8公報の技術は、「形状ロール」(「成形ローラ」に相当)を支持している「ブラケット」が可動する構造であるから、「成形ローラは固定枠に軸支される」(構成要件B)との構成を備えていない。
また、乙8公報の技術は、「支持枠」及び「可動枠」という2つの枠を備えておらず、マンドレルは「支持枠」のような部材を介して支柱に支持されていないから、「支持枠はマンドレルを軸支する」(構成要件C)との構成を備えていない。
さらに、本件発明は「ガイド軸」が水平であることを前提とするものであるところ、乙8公報の技術は「ガイド軸」が縦置の構造となっている(乙8公報の実施品であるバードドゥーベン社製品「URWA100」も同じ。)。
なお、被告らが本件発明の出願前に公然実施された製品であると主張するバードドゥーベン社製品「URWA100」は、被告ら提出の証拠によっても、具体的な構造及び各部の作用の把握が困難である。
(2) したがって、乙8公報及び「URWA100」の技術を理由として新規性進歩性を欠くことが明白であり、本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たるとの被告らの主張は理由がない。
4 争点(4)(損害の発生及び額)について 〔原告の主張〕 (1) 被告ダイゲン工業は、平成9年から平成11年にかけて、被告河崎精工外の業者から受注を受け、少なくとも3台を製造し、1台当たり2000万円で販売、納品した。
被告ダイゲン工業は、被告装置3台の販売により1500万円(1台当たり500万円)の利益を得ている。
原告は、被告ダイゲン工業による被告装置の販売行為により、1500万円の損害を被ったものと推定される(特許法102条2項)。
(2) 被告河崎精工は、平成9年6月に被告装置を購入し、これを使用して、ベアリングの内外輪を月間5000個加工し、1個当たり25円の加工賃利益を得ている。
被告河崎精工は、平成9年7月から平成12年8月末日までの38か月間に475万円の上記加工賃利益を得た。
原告は、被告河崎精工による被告装置の使用行為により、475万円の損害を被ったものと推定される(特許法102条2項)。
〔被告らの主張〕 被告ダイゲン工業が、平成9年から平成11年にかけて被告河崎精工外の業者から受注を受け、少なくとも3台を製造しこれを販売納品したこと、被告河崎精工が、平成9年6月に被告装置を購入しこれを使用していることはいずれも認めるが、その余の各主張事実は争う。
争点に対する判断
1 争点(1)(構成要件C〜Eの充足性)について (1) まず、構成要件C、Dにおける「ガイド軸」の解釈について検討する。
ア 「ガイド軸」とは、マンドレルの支持枠及び加圧ローラの可動枠をガイドする「軸」を意味すると解されるところ、「軸」の一般的な語義をみると、「広辞苑」〔第五版〕(岩波書店)には「車の心木(しんぎ)。巻く物の中心にする丸い棒。中心線のまわりに回転する棒状の部材。」などと記載され、「大辞林」(三省堂)には「車の左右二つの車輪をつないでいる棒。車の心棒。巻物や掛物の心にする丸い棒」などと記載されている。
イ また、本件訂正明細書において実施例を示す図として引用する図1〜5(本件訂正前公報参照)によれば、いずれも「ガイド軸」(5a〜5b)に相当する部材が丸棒状のもので構成されており、その他、本件訂正明細書及び図面中に、
「ガイド軸」が、丸棒状以外の形態を備えたものを含むと解すべきことを示唆するような記載は見当たらない。
ウ そうすると、「ガイド軸」とは、丸棒状の形態を備えたガイド部材と解すべきである。
そして、こうした解釈は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項3において「ガイド軸……を同一軸心に配列させる」と記載されていることにも合致する。
(2) 被告装置は、当事者間に争いがない別紙イ号物件目録の記載によれば、マンドレル13の支持枠8及び加圧ローラ11a、11bの可動枠7が、上下の壁面体71、72に固設されたガイドレール5a〜5dに直動ブロック24を介して拘束状に取り付けられていて、ガイドレールは同目録記載のとおり断面が非円形の細長い鋼材であり、しかも機壁に固設されているものであって、上記のとおり丸棒状の「ガイド軸」との構成を備えるものではない(なお、「軸」を断面円形の丸棒状のものに限定せず、棒状の部材をいうと解釈できるとしても、被告装置のガイドレールは「ガイド軸」の範ちゅうに入るものとはいえない。)。
(3) 原告は、被告装置のようなガイドレールも、ガイド部材としての「ガイド軸」に含まれる、単なる設計変更あるいは構造上の微差にすぎないと主張する。
しかし、本件訂正明細書の【発明の詳細な説明】の【作用】、【発明の効果】の項には、請求項1の発明の奏する作用効果として、複数本のガイド軸を用いた構成により、各枠を円滑に摺動させうるとともに装置全体の耐久性を高めしめうるという点についても記載されていることからすると(詳細は、後記2(1)ウ参照)、本件発明の構成は、ガイド部材としてのガイド軸自体が装置全体の強度を支える軸組み構造の構成部材としての機能を果たしているといえるのに対し、被告装置の構成は、ガイド部材としてのガイドレールは装置全体の強度を支える部材としての機能を果たしていない。
したがって、本件訂正明細書に記載されている作用、効果の点を考慮すれば、「ガイドレール」と「ガイド軸」の差異が、単なる設計変更あるいは構造上の微差にすぎないということはできない。
(4) 以上によれば、被告装置は、「(マンドレルの支持枠が)平行な複数本のガイド軸に嵌挿されている」(構成要件C)、「(加圧ローラの可動枠が)平行な複数本のガイド軸に嵌挿されている」(構成要件D)、「加圧ローラをガイド軸に沿って摺動せしめる」(構成要件E)という本件発明の特許請求の範囲の文言上の構成を備えているとはいえない。
2 争点(2)(均等の成否) 上記のとおり、被告装置は、マンドレル13の支持枠8及び加圧ローラ11a、11bの可動枠7が、ガイドレール5a〜5dに直動ブロックを介して取り付けられている点で、本件発明の「(マンドレルの支持枠が)ガイド軸に嵌挿されている」(構成要件C)、「(加圧ローラの可動枠が)ガイド軸に嵌挿されている」(構成要件D)、「加圧ローラをガイド軸に沿って摺動せしめる」(構成要件E)との構成と文言上異なることになる。
しかるところ、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、@同部分が特許発明の本質的部分ではなく、A同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、
同一の作用効果を奏するものであって、B上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C対象製品等が、
特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、
特許発明技術的範囲に属するものと解される(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
(1) 上記要件のうちのD(意識的除外)について、まず検討することとする。
均等が成立するための要件として、「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことが挙げられているのは、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないという趣旨に基づくものと解される。以下、本件発明の出願経過について検討する。
イ 本件発明の出願経過は、前記第2の1(3)記載のとおりであるが、まず、
本件訂正請求前後の各明細書の記載における特許請求の範囲の記載について検討する。
(ア) 原告が本件請求の根拠としている訂正明細書の請求項1の発明は、
本件訂正前明細書における請求項1を引用する請求項3(「成形ローラ(9)に対して……各支持せしめてなることを特徴とする請求項1又は2に記載の輪体のローリング成形装置。」〔別紙「設定登録時の特許請求の範囲」参照〕)の発明に対応するものである。一方、訂正前明細書の請求項1、2には、「ガイド軸」については全く記載されていなかった。
(イ) そして、構成要件C、Dに対応する構成は、本件訂正前明細書の請求項3における「成形ローラ(9)に対して進退するようにされた前記マンドレル(13)の支持枠(8)および加圧ローラ(11a、11b)を支持する可動枠(7)を、前記各ローラの回転軸心と直交方向に架設した複数本のガイド軸(5c、5d)、(5a〜5d)に各支持せしめてなる」との記載に対応するものであるが、本件訂正前明細書においては、支持枠及び可動枠が「複数本のガイド軸に各支持せしめてなる」とされていたのが、本件訂正請求後には、「マンドレルは平行な複数本のガイド軸(5c、5d)に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠(8)に軸支され」(構成要件C)、「加圧ローラが平行な複数本のガイド軸(5a〜5d)に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠(7)に軸支されてなり」(構成要件D)との記載に訂正されている。
ウ さらに、本件訂正請求前後の各明細書の【発明の詳細な説明】の記載を検討する。
(ア)a 本件訂正前明細書の【発明の詳細な説明】の【作用】の項には、
請求項1及び請求項3の発明が奏する作用について、次の記載がある。
(a) 請求項1については、「上記請求項1記載の発明によれば、固定枠に支持され、かつ所定速度で回転する成形ローラに対し、中央の輪体成形部にワークを保持させたマンドレルを該マンドレルの両側に形成した転動面へ背後から回転状態で転接させるようにした加圧ローラにより押圧させるのであるから、従来のように、左右2ケ所で支持させたマンドレルに対し中央正面から成形ローラで押圧する場合に比較して、前者の方がマンドレルに調心作用が自動的に生じてバランスが良好に保たれることになるのである。これは一般に弥次郎兵衛(釣合人形)として知られている重心の理論を応用した「やじろべい振子の理論」に共通するのであって、すなわち軸受各部に若干(許容範囲内)の誤差を有していても各ローラ、特にマンドレルに生じる振れ、がたつきなどは左右可及的平均に是正されて自動調心が適切、良好に保たれることにより前記従来装置に比較して圧造加工のバラつきを少なくして製品の精度を向上させ、真円度の高い輪体が得られるのである。」(4欄37行〜5欄4行)と記載されている。
(b) 請求項3については、「さらに、請求項3記載の発明によれば、
マンドレルの支持枠および加圧ローラを軸支する支持枠は夫々の回転軸心と直交した方向に架設した複数本のガイド軸へ摺動自在に支持させているので、成形ローラに対する上記支持枠ならびに可動枠の機台上での移動を各部に生じる負荷の増減、
変化にかかわらず可及的に安定した体勢で行なわせうるのである。」(5欄19〜25行)と記載されている。
b また、【発明の効果】の項には、請求項1及び請求項3の発明が奏する効果について、次の記載がある。
(a) 請求項1については、「本発明の請求項1記載の発明は、成形ローラに対するマンドレルならびに各回転軸のバランスが自動的に良好に保たれることになって成形品の加工精度が可及的に向上し、真円度の秀れた輪体を成形しうるのである。」(8欄47行〜9欄1行)と記載されている。
(b) 請求項3については、「さらに、本発明の請求項3記載の発明は、機台上の可動枠および支持枠は複数本のガイド軸の案内により前後動させるようにしているので各枠を円滑に摺動させうると共に、装置全体の耐久性を高めしめうるのである。」と記載されている。
(イ) 本件訂正明細書における【発明の詳細な説明】の【作用】の項の【0008】、【発明の効果】の項の【0025】には、本件訂正請求後の請求項1の発明が奏する作用効果について、本件訂正前明細書の請求項1及び請求項3の各作用効果を合わせた内容が記載されている。
エ そうすると、本件訂正前明細書においては、請求項1の発明は、自動調心作用により真円度の秀れた輪体を成形し得るという作用効果を奏し、請求項3の発明は、複数本のガイド軸を用いた構成により、各枠を円滑に摺動させ得るとともに装置全体の耐久性を高めしめ得るという作用効果を奏していたところ、原告は、
請求項1及び請求項2に係る発明は乙4〜乙6公報の発明に基づいて当業者が容易に想到し得る(特許法29条2項違反)、先願発明である乙7公報には請求項1に係る発明と同一の発明が記載されている(同法29条の2違反)との本件取消理由通知を受けて、こうした取消理由を避けるため、「ガイド軸」以外の構成からなる発明を除く趣旨で、「ガイド軸」との構成を含む請求項3の構成を合わせて、請求項1としたものと解される。
オ(ア) もっとも、「ガイド軸」に係る構成が本件訂正前明細書の請求項3に記載されていたものであり、その構成がそのまま本件訂正明細書の請求項1に引き継がれているとみることができる場合には、本件訂正請求前の請求項3の発明をそのまま残したものにすぎず、その発明の技術的範囲を限定する趣旨ではないと認めるべき場合もあり得ると解される。
そして、そうした場合には、本件訂正請求前の請求項3の発明の技術的範囲が、均等論を含めて解釈すると「ガイドレール及び直動ブロック」からなる構成もその技術的範囲に属すると判断されれば、そうした請求項3の発明における均等論を含めた技術的範囲が、そのまま本件訂正請求後の請求項1に引き継がれるとの解釈が可能となる余地がある。
(イ) しかしながら、本件訂正請求においては、前記イ記載のとおり、本件訂正前明細書の請求項3においては、「(支持枠及び可動枠が)複数本のガイド軸に各支持せしめてなる」と記載されていたところ、本件訂正明細書の請求項1においては、「マンドレルは平行な複数本のガイド軸(5c、5d)に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠(8) に軸支され」(構成要件C)、「加圧ローラが平行な複数本のガイド軸(5a〜5d)に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠(7)に軸支されてなり」(構成要件D)との記載に訂正されている。
「特許技術用語集」(特許技術用語委員会編・日刊工業新聞社発行)には、「嵌挿」とは「挿入して嵌めること。(例)差し込みをコンセントに嵌挿する。ピン孔に抜け止めピンが嵌挿される。」と記載されており(甲20)、本件訂正明細書の請求項1は、「嵌挿」という用語を用いたことにより、本件訂正前明細書の記載と比較すると、「ガイド軸」への支持態様を具体的に限定したものになっている。
(ウ) そして、前記第2の1(3)記載のとおり、原告は、請求項1及び請求項2に係る発明は乙4〜乙6公報の発明に基づいて当業者が容易に想到し得る(特許法29条2項違反)、先願発明である乙7公報には請求項1に係る発明と同一の発明が記載されている(同法29条の2違反)との本件取消理由通知を受けたものであるところ、乙4公報及び乙5公報においては、加圧ローラ、マンドレル、成形ローラを軸支する部材の支持方法についての記載はないが、乙6公報の実施例に記載の技術は、成形ローラを軸支する摺動ブロックが、機台に設けられたあり溝構造のガイド部により前後方向に摺動可能に支持されていること、乙7公報の実施例に記載の装置は、サポートロール(本件発明の「加圧ロール」に相当)を軸支するサポートブロックが、スライダを介してベッド(機台)に支持されていることが認められる。
カ そうすると、本件取消理由通知に引用された公知技術及び先願発明において、あり溝構造のガイド部により摺動可能に支持するものや、スライダを介して機台に支持するものが存在していること、原告が本件取消理由通知を受けて請求項1に付加した請求項3記載の構成は、マンドレル及び加圧ローラを軸支する部材の支持方法に関するものであること、原告は同支持方法に関する請求項3記載の構成を本件訂正請求後の請求項1にそのまま引き継いだものではなく、更に具体的に限定を加えた訂正をしていることからすると、少なくとも、本件訂正請求の経緯を外形的に見た場合には、原告は、被告装置のように「ガイドレール及び直動ブロック」から構成され文言上「ガイド軸」との構成を充足しない発明を、本件発明の対象から意識的に除外したと解される行動をとったものというべきである。
(2) したがって、被告装置が本件訂正請求において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たると解すべき特段の事情があるというべきであるから、その余の均等の要件について判断するまでもなく、原告の均等の主張は理由がない。
3 以上によれば、被告装置は本件発明の技術的範囲に属さないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
追加
(別紙)設定登録時の特許請求の範囲【請求項1】中央周面に輪体成形部(9a)を形成した成形ローラ(9)と、この成形ローラと対向して、中央周面に輪体成形部(13a)を、両側周面に転動面(13b)を各形成したマンドレル(13)と、このマンドレルの上記成形ローラとは反対がわに対設され、かつ該マンドレルの転動面と対接する左右一組の加圧ローラ(11a、11b)との3つの回転要素を平面上に平行として夫々回転可能に軸支した輪体のローリング成形装置において、
上記成形ローラ(9)は固定枠(4)に軸支させ、該成形ローラに対し上記マンドレル(13)を加圧ローラ(11a、11b)により押圧移動させるようにしたことを特徴とする輪体のローリング成形装置。
【請求項2】前記加圧ローラ(11a、11b)の駆動部に一方向クラッチ(27)を介設すると共に、該加圧ローラを成形ローラ(9)の回転速度より低速度で回転させるようにしたことを特徴とする請求項1に記載の輪体のローリング成形装置。
【請求項3】成形ローラ(9)に対して進退するようにされた前記マンドレル(13)の支持枠(8)および加圧ローラ(11a、11b)を支持する可動枠(7)を、前記各ローラの回転軸心と直交方向に架設した複数本のガイド軸(5c、5d)、(5a〜5d)に各支持せしめてなることを特徴とする請求項1又は2に記載の輪体のローリング成形装置。
【請求項4】請求項1に記載の輪体のローリング成形装置において、該成形装置(1、1)の2台を夫々のガイド軸(5a〜5d)を同一軸心に配列させるようにして各端部枠(3、3)が前後背中合わせとなるよう対設させ、加圧ローラ(11a、11b)を各軸支する前後の可動枠(7、7)をこれら両可動枠間に介設せしめた復動型油圧シリンダ(30)の各ピストンロッド(31、31)により前後方向へ交互に進退させるようにしたことを特徴とする請求項1、2又は3に記載の輪体のローリング成形装置。
(別紙)本件訂正請求に係る特許請求の範囲【請求項1】中央周面に輪体成形部(9a)を形成した成形ローラ(9)と、中央周面に輪体成形部(13a)が形成されると共に、この輪体成形部の両側周面に転動面(13b、13b)を形成し、該輪体成形部が成形ローラと対向して配設されたマンドレル(13)と、このマンドレルを基準として上記成形ローラとは反対側に、マンドレルの各転動面と対向して配設された左右一組の加圧ローラ(11a、11b)とで構成され、
上記成形ローラ(9)が固定枠(4)に軸支され、また、マンドレルは平行な複数本のガイド軸(5c、5d)に沿って摺動自在に嵌挿された支持枠(8)に軸支され、さらに、加圧ローラが平行な複数本のガイド軸(5a〜5d)に沿って摺動自在に嵌挿された可動枠(7)に軸支されてなり、成形ローラを回転されると共に、加圧ローラをガイド軸に沿って摺動せしめてマンドレルの転動面を介し、該マンドレルを成形ローラに対し押圧移動することにより、マンドレルの輪体成形部に通挿保持されたワーク(W)をマンドレルと成形ローラとの間で成形加工することを特徴とする輪体のローリング成形装置。
【請求項2】前記加圧ローラ(11a、11b)の駆動部に一方向クラッチ(27)を介設すると共に、該加圧ローラを成形ローラ(9)の回転速度より低速度で回転させるようにしたことを特徴とする請求項1に記載の輪体のローリング成形装置。
【請求項3】請求項1又は2に記載の輪体のローリング成形装置において、該成形装置(1、1)の2台を夫々のガイド軸(5c、5d)又は(5a〜5d)を同一軸に配列させるようにして各端部枠(3、3)が前後背中合わせとなるように対設させ、加圧ローラ(11a、11b)を各軸支する前後の可動枠(7、7)をこれら両可動枠間に介設せしめた復動型油圧シリンダ(30)の各ピストンロッド(31、31)により前後方向へ交互に進退させるようにしたことを特徴とする請求項1又は2に記載の輪体のローリング成形装置。
(別紙)訂正審判に係る特許請求の範囲【請求項1】中央周面に輪体成形部(9a)を形成した成形ローラ(9)と、中央周面に輪体成形部(13a)が形成されると共に、この輪体成形部の両側周面に転動面(13b)を形成し、該輪体成形部が形成ローラと対向して配設されたマンドレル(13)と、このマンドレルを基準として上記成形ローラとは反対側に、マンドレルの各転動面と対向して配設された左右一組の加圧ローラ(11a、11b)の3つの回転要素を平面上に平行として夫々回転可能に軸支した輪体のローリング成形装置において、
前記成形ローラは固定枠(4)に軸支され、
前記マンドレルは支持枠(8)に軸支され、
前記加圧ローラは可動枠(7)に軸支されると共に、
該可動枠は、その上下左右において嵌挿させた、前記回転要素の各軸心と直交方向に架設した4本のガイド軸(5a〜5d)により摺動自在とされ、
前記支持枠は、これに嵌挿させた、前記4本のガイド軸における下方2本のガイド軸(5c、5d)により摺動自在とされてなり、
成形ローラを回転させると共に、可動枠をガイド軸に沿って支持枠側へ摺動せしめて加圧ローラでマンドレルを成形ローラに対し押圧移動させることにより、マンドレルの輪体成形部に通挿保持されたワーク(W)をマンドレルと成形ローラとの間で成形加工することを特徴とする輪体のローリング成形装置。
(下線部は訂正部分を示す。)(別紙)イ号物件目録イ号図面訂正明細書
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝