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事件 平成 12年 (行ケ) 492号 審決取消請求事件
原告 マツダ株式会社
訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 吉田和彦
訴訟代理人弁理士 大塚文昭
同 竹内英人
同 西島孝喜
同 須田洋之
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 舟木進
同 栗田雅弘
同 大野克人
同 大橋良三
被告補助参加人 トヨタ自動車株式会社
訴訟代理人弁理士 渡辺丈夫
同 小林茂雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第39095号事件について平成12年11月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「自動変速機の制御装置」とする特許第1928400号(昭和61年6月10日特許出願(以下「本件出願」という。),平成7年5月12日登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
補助参加人は,平成10年1月23日,本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,これを平成10年審判第35035号事件として審理し,その結果,平成11年3月2日,「特許第1928400号発明の特許を無効とする。」との審決をした。原告は,同年4月12日,同審決の取消しを請求する訴訟を提起した(当庁平成11年(行ケ)第102号)。
原告は,平成11年11月19日,特許庁に対し,本件特許の願書に添付した明細書(以下,願書添付の図面をも含めて「訂正前明細書」という。)を訂正することについて審判を請求した(以下,上記訂正を「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書と上記図面とを併せて「訂正明細書」という。)。特許庁は,これを平成11年審判39095事件として審理し,その結果,平成12年11月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月27日にその謄本を原告に送達した。
2 本件訂正の内容 (1) 特許請求の範囲の訂正 ア 本件訂正前 「車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と,該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに,車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置と,車両の現在位置を検出する現在位置検出手段と,該現在位置検出手段の出力を受け,車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。」(以下,この発明を「訂正前発明」という。) イ 本件訂正後(訂正箇所に下線部を付する。) 「車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と,該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに,車両の目的地への (判決注・以下「訂正事項a」という。)走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置と,車両の現在位置を検出する現在位置検出手段と,該現在位置検出手段の出力を受け,車両の目的地 への走行誘導 を行いながら 車両走行 する 場合 において (判決注・以下「訂正事項b」という。),車両前方の道路情報 を含む(判決注・以下「訂正事項c」という。)車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。」(以下,この発明を「訂正発明」という。) (2) 発明の詳細な説明の訂正 本件明細書中の発明の詳細な説明において, 「また,上記実施例では,ナビゲーション装置50により目的地への走行誘導を行いながら,車両走行する場合について説明したが,その他,その表示器66への道路情報の表示を停止した状態でも,少なくともCD-ROM57をCDプレーヤー58に装填すれば,同様に変速段を車両走行状態と車両周囲の道路状況とに応じて適切に制御することができる」(本件広告公報8欄22行ないし28行)とあるのを, 「以上,実施例では,ナビゲーション装置50により目的地への走行誘導を行いながら車両走行する場合について説明した。」 と訂正する(以下「訂正事項d」という。)。
3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,@本件訂正は,特許法126条1項ただし書1号ないし3号,2項の規定に適合しない,A訂正発明は,その出願前に頒布された刊行物である,特開昭60-146948号公報(甲第6号証。
以下「刊行物1」という。),特開昭53-137376号公報(甲第7号証。以下「刊行物2」という。),特開昭60-169330号公報(甲第8号証。以下「刊行物3」という。),特開昭61-99748号公報(甲第9号証。以下「刊行物4」という。),特開昭53-35866号公報(甲第10号証。以下「刊行物5」という。)特開昭58-89434号公報(甲第11号証。以下「刊行物6」という。)に記載された各発明(以下,「刊行物1発明」,「刊行物2発明」などということがある。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許出願の際独立して特許を受けることができない,というものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「T.手続の経緯」,「U.審判請求の要旨」(審決書2頁6行〜3頁15行)は認める。
「U.当審の判断」のうち,「1.訂正の目的の適否,新規事項の有無及び拡張変更の存否」の「(1)訂正事項aについて」(審決書3頁18行〜4頁33行)中,訂正審判請求書の記載を引用する部分(審決書3頁30行〜33行)及び意見書の記載を引用する部分(審決書4頁6行〜20行)は認め,その余は争う。「(2)訂正事項bについて」(審決書4頁34行〜5頁9行)は認める。
「(3)訂正事項cについて」(審決書5頁10行〜6頁17行)は争う。
「(4)訂正事項dについて」(審決書6頁18行〜8頁5行)中,訂正審判請求書の記載を引用する部分(審決書6頁19行〜27行),意見書の記載を引用する部分(審決書6頁30行〜32行,7頁35行〜39行)は認め,その余は争う。
「2.独立特許要件」(審決書8頁6行〜16頁22行)中,「(1)本件訂正明細書に係る発明の要旨」,「(2)本件発明の技術的課題(目的),構成及び作用効果」「(3)訂正拒絶理由に引用された刊行物」(審決書8頁7行〜10頁18行)は認める。「(4)引用された刊行物に記載された事項等」(審決書10頁19行〜14頁2行)中,11頁14行ないし24行,12頁38行ないし14頁2行は争い,その余は認める。「(5)本件発明と公知発明Aとの対比・判断」,「(6)独立特許要件のむすび」,「V.全体のむすび」(審決書14頁3行〜16頁26行)は争う。
審決は,本件訂正が特許法126条1項,2項の訂正要件を欠くか否かの判断に当たり,誤って欠くと判断し(誤りの1),かつ,訂正発明が独立特許要件を満たしているか否かの判断に当たり,誤って,本件出願前に公知のものとして存在していたとはいえない「公知発明A」を創作・認定し(誤りの2の(1)),あるいは,訂正発明と公知発明Aとの相違点についての検討において,訂正発明の認定あるいは刊行物6発明の認定を誤ることにより相違点のについての判断を誤った(誤りの2の(2)),ものであり,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして,取り消されるべきである。
1 特許法126条1項,2項の訂正要件についての判断の誤り (1) 訂正事項aについて 審決は,「訂正事項aを含む訂正は,明りょうでないとすることができない記載を,文言を一部付加して同じ意味の記載にするものであると認められるから,特許法第126条第1項ただし書きの第3号に規定される「明りょうでない記載の釈明」を目的とした明細書の訂正に該当しないばかりか,同条同項第1及び2号に規定される事項のいずれかを目的とした明細書の訂正にも該当するものではない。」(審決書3頁末行〜4頁5行)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
訂正前明細書の「車両の走行を誘導する」との記載は,単に,ナビゲーション装置の表示画面に,地図とその地図上の自車の現在位置を表示するだけではなく,目的地に到達するために走行すべき道筋を,自車の現在位置を基準に地図上に表示して,運転者がその表示された道筋を通れば目的地に到達するように,運転者を案内することを意味する。このことは,訂正明細書中の発明の詳細な説明において,「走行すべき道筋」を「走行軌跡」という用語で表すことによって示されている。特許請求の範囲中の「車両の走行を誘導する」を「車両の目的地への走行を誘導する」と変える訂正事項aは,訂正前明細書の「車両の走行を誘導する」との記載が,上記の意味であることを明りょうにすることを目的とするものである。
仮に,「車両の走行を誘導する」との記載が,単に地図の表示と当該地図上における自車位置の表示とのみを行う場合も含むのであれば,訂正事項aは「特許請求の範囲減縮」として認められるべきである。
(2) 訂正事項cについて 審決は,「訂正事項cを含む訂正は,訂正前の願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,特許法第126条第2項の規定に適合しない。」(審決書6頁15行〜17行)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
訂正前明細書においては,第9図の説明として,まずステップS4において「現在位置周りに関する道路情報のナビゲーション装置からの読出し」が行われ,この読み出された道路情報に基づいて,ステップS5において「平地かどうか」の判定がなされ,ステップS7において「前方カーブかどうか」の判定がなされ,さらにステップS10において「走行路が低μ路かどうか」の判定がなされる,と記載されている。
この記載から,ステップS4においてナビゲーション装置から読み出された「現在位置周りに関する道路情報」は,「平地かどうか」,「前方カーブ路かどうか」及び「走行路が低μ路かどうか」の判定のいずれにも使用されることが分かる。そして,訂正前明細書の「車両前方の道路がカーブ路か否かを上記ステップS1(判決注・S 4の誤記であると認める。)で読み込んだ道路情報に基いて判別し」(甲第2号証4頁7欄2行〜3行)との記載から明らかなように,この「現在位置周りに関する道路情報」が車両前方の道路情報を含むものであることは疑問の余地がない。しかも,上記のとおり,この車両前方の道路情報を含む,現在位置周りに関する道路情報は,「前方カーブ路かどうか」の判定だけでなく,他の判定にも使用されているのである。
以上の点を総合すると,訂正事項cにおける「車両前方の道路情報」は,訂正前明細書の記載から直接的かつ一義的に導き出せるものであることが明らかである。
(3) 訂正事項dについて 審決は,「訂正事項dを含む訂正は,特許法第126条第1項ただし書きの第3号に規定される「明りょうでない記載の釈明」を目的とした明細書の訂正に該当しないばかりか,同条同項第1及び2号に規定される事項のいずれかを目的とした訂正にも該当するものではない。同時に,この訂正事項dを含む訂正は,実質上特許請求の範囲変更するものに該当し,特許法第126条第2項の規定に適合しない。」(審決書7頁29行〜34行)と判断した。しかし,審決のこの判断は,誤りである。
訂正前明細書中の,「その他,その表示器66への道路情報の表示を停止した状態でも,少なくともCD-ROM57をCDプレーヤ58に装填すれば,同様に変速段を車両走行状態と車両周囲の道路状況とに応じて適切に制御することができる。」(甲第2号証4頁8欄24行〜28行)との記載(訂正事項dに係る訂正により削除された記載)は,訂正前明細書中の他の部分に何ら具体的に記載されていない,「目的地への走行誘導を行わずに車両走行する場合」について記載するものであり,その記載内容は,訂正前明細書中の他の部分の記載と整合しないものである。
このように,訂正事項dに係る訂正前の記載は明りょうでない記載であり,訂正事項dに係る訂正はこれを明りょうにするものであるから,特許法第126条第1項ただし書きの第3号に規定に該当するものである。
訂正事項a及び訂正事項bに係る訂正は,本件発明が目的地への走行誘導を行うものであることを明らかにすることを意図するものであるから,上記訂正事項dに係る記載を残しておくこととすると,訂正発明は「目的地への走行誘導を行わずに車両走行する場合」までをも含むこととなり,訂正事項a及び訂正事項bの目的と矛盾することになる。
このように,訂正事項dは,そのまま放置しておくと特許請求の範囲の記載と矛盾することとなる発明の詳細な説明中の記載を削除するにすぎないものであるから,これが,特許請求の範囲変更することになることはあり得ない。
2 独立特許要件についての認定判断の誤り (1) 「公知発明A]の創作 審決は,特開昭60-146948号公報(刊行物1,甲第6号証),特開昭53-137376号公報(刊行物2,甲第7号証),特開昭60-169330号公報(刊行物3,甲第8号証),特開昭61-99748号公報(刊行物4,甲第9号証),及び特開昭53-35866号公報(刊行物5,甲第10号証)の開示内容に基づいて,「本件発明の出願前に次のような発明(以下,「公知発明A」という。)が公知であると認めることができる。 <公知発明A> 車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と,該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに, 車両の現在位置の道路状況を検出するセンサ又は他の目的のセンサ等と,該センサ又は他の目的のセンサ等の出力を受け,車両の現在位置の道路状況に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。」(審決書11頁15〜24行)と認定した。しかし,審決のこの認定は誤りである。
刊行物1ないし5には,それぞれ「登坂路」(刊行物1),「坂路」(刊行物2),「曲路」(刊行物3),「路面摩擦係数」(刊行物4)及び「エンジンブレーキを必要とする状態」(刊行物5)に関する開示はあっても,そこから,上位概念である「道路状況」を引き出すことに関しては,何らの記載も示唆もない。
上記各刊行物に記載されている発明は,そこに記載されている「登坂路」等に関する技術的課題を解決する手段であるにすぎず,そこには,その課題解決手段を他の種類の技術的課題に適用しようとする思想はない。
審決は,現実には存在しない「公知発明A」を,刊行物1ないし5に記載された各発明の構成を任意に取捨選択して組み合わせることにより,訂正発明に不当に近づけて創作したものである。
(2) 訂正発明の認定の誤りあるいは刊行物6発明の認定の誤り 審決は,「公知発明Aと,・・・刊行物6発明とを示す公知文献に接した当業者であれば,公知発明Aへ刊行物6発明の技術思想を適用して上記相違点に係る本件発明の構成とすることは,容易に想到できるものと認められる。」(審決書16頁13行〜17行)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
ア 刊行物6発明が訂正発明の「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」を備えるとした認定の誤り 審決は,「甲第6号証(判決注・「刊行物6」の誤記と認める。)に記載の・・・「車両の走行地域の地図等の表示情報を予め格納している外部メモリ」は・・・本件発明の・・・「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」に相当する。」(審決書12頁38行〜13頁5行)と認定した。しかし,審決のこの認定は,誤りである。
訂正発明の構成要件である「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」にいう,「車両の走行の誘導」とは,使用者が目的地を入力したとき,ナビゲーション装置がその目的地までの推奨できる経路を検索し,その経路を表示画面の地図上に表示して運転者にその経路に沿った走行を促すことである。
このことは,訂正明細書(甲第3号証参照)の「CPU51は,現在位置認識装置65で検出した車両の現在位置と,操作スイッチ55で設定された目的地とを含む道路情報をRAM52から読出すと共に,車両の走行軌跡を演算記憶して,これらを上記表示制御回路67に出力して表示器66にこれら道路情報を表示する機能を有している。」(6頁25行〜30行),「車両の目的地を操作スイッチ55で設定した後は,この目的地への走行過程で,車両の現在位置周りの地図や走行軌跡等がナビゲーション装置50の表示器66に表示されて,目的地への車両走行が簡易に誘導される。」(10頁3行〜7行)との記載から明らかである。
上記記載中の「車両の走行軌跡」とは,「現在位置」と「目的地」についての情報から演算され,記憶されるものであるから,「現在位置」から「目的地」までの経路,すなわち,車両がこれから走行すべき道筋以外のものではあり得ない。ここにいう「走行軌跡」が,車両が現在までに通ってきた道筋を意味するものであるならば,その経路は「現在位置」と「出発地」から演算されていなければならないはずである。「車両の走行軌跡」を「現在位置」と「目的地」から演算しないのであれば,「目的地」を設定する意味は全くない。
これに対し,刊行物6発明の「車両の走行地域の地図等の表示情報を予め格納している外部メモリ」は,単に現在地点の周りの地図を表示する機能を備えるのみのものであるから,訂正発明の「走行誘導機能を備えたナビゲーション装置」に相当するものではない。
イ 刊行物6発明が「現在位置検出手段の出力を受け,車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御する」とした認定の誤り 審決は,刊行物6発明が「現在位置検出手段の出力を受け,車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御する」(審決書13頁38行〜14頁1行)ものである,と認定した。しかし,審決のこの認定は誤りである。
刊行物6には,「外部メモリ10に格納されている地図等の表示データ及び走行路の走行環境に応じた車両各部制御状態を指示するための制御モードデータをRAM20に転送し且つ表示部7に走行地域の地図を描出させる」(甲第11号証2頁右上欄15行〜19行),「車両の現在地に応じた各種の制御モードをRAM20より読み出し,各コントローラ50-1,50-2,50-3に出力する。」(同2頁左下欄1行〜3行)と記載されている。これらの記載によれば,刊行物6発明の「外部メモリ」に記憶されているのは,「地図等の表示情報」及び「走行環境・・・に応じて車両各部を最適制御するための制御モード」であって,「車両の現在位置の周囲に関する・・・道路情報」を記憶するものではないというべきである。すなわち,刊行物6発明は,車両の現在の走行位置に対応する制御モードを外部メモリから読み出し出力し,この現在の走行位置に対応する「制御モード」に基づいて車両各部を制御するものである。
これに対し,訂正発明は,車両の現在の走行位置に対応する制御モードを記憶するものではない。訂正発明においては,ナビゲーション装置による走行経路に沿った誘導の結果として得られる,車両の前方の状態をも含む「車両の現在位置の周囲に関する・・・道路情報」から,どのように自動変速段の制御パターンを変更すべきか車両走行中に判断して,それに応じて,変更手段により自動変速段の制御パターンを変更するものである。
したがって,例えば,ある道路の前方に直線道路と左にカーブする道路に分かれる分岐点がある場合に,車両が,分岐点付近に達したとき,刊行物6発明においては,車両がどちらに曲がるかについて車両自体は知るすべがないから,カーブを曲がることを予期して,変速を禁止することはできない。これに対し,訂正発明では,ナビゲーション装置が,車両を誘導しているため,車両がカーブ路を選択することを,あらかじめ車両自体が認識しているから,分岐点の手前の段階で,変速を禁止することができる。
審決は,刊行物6発明の認定を誤った結果,刊行物6発明と訂正発明との間に存するこのような決定的な相違点を看過している。このような相違点がある以上,刊行物6発明と「公知発明A」とを組み合わせたからといって,訂正発明に容易に想到できるはずはないのである。
ウ 刊行物6発明における「コントローラ」が自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」ではないことについて 審決は,「刊行物6には,・・・車速コントローラが自動変速機を含むと明確に記載されていないものの,刊行物6発明の「ナビゲーション装置」を公知発明Aに適用することを阻害する特段の事情があるとする根拠も見当たらなく」(審決書15頁37行〜16頁1行)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
刊行物6において,自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」が開示されていると解される可能性がわずかながら存することを示すのは,甲第11号証2頁左下欄9行の「車速コントローラ」という記載である。しかしながら,刊行物6に開示されているのは,自己が走行している場所の「制限速度」という「走行環境」が変わった場合に,「車速を制御する車速コントローラ」により,車両各部の制御をするということだけである。そのためには,スロットルの開閉による車速の加減速,又はブレーキによる減速が通常であり,補助的に変速機が使用されるとしても,自動変速機でもマニュアル変速機でもよいものである。したがって,この車速コントローラが,自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」でないことは明白である。
このように,刊行物6発明の「車速を制御する車速コントローラ」は,自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」ではない。「公知発明A」と刊行物6発明との間に,自動変速機ないしその制御パターンの変更という点において共通点がない以上,両者を結びつけても,訂正発明は得られず,また仮に得られると仮定しても,当業者が両者を結びつける動機付けを得ることはできない。当業者は,刊行物6発明を「公知発明A」に適用することを,着想することができないのが通常である。
被告の反論の要点
1 原告の主張1(特許法126条1項,2項の訂正要件についての判断の誤り)について (1) 訂正事項aについて 「走行軌跡」という用語は,通常,「走行すべき道筋」でなく「既に走行した道筋」を意味するものである。「走行すべき道筋」を演算して表示するためには「自動経路探索機能」を奏する部材が必要であるにもかかわらず,訂正前明細書には,この点について,何も記載がない。本件出願時の技術水準からみて,「自動経路探索機能」を奏する部材の記載を省略しても,「走行すべき道筋」を演算して表示する発明が開示されていたと解することはできない。そうである以上,訂正前明細書の「車両の走行軌跡を演算記憶」とは,車両の 「すでに走行した道すじ」を意味する走行軌跡を演算記憶することであると解釈することに不都合はない。
原告自身の出願に係る特開昭60-135817号公報(乙第4号証)において,それまでに走行した経路を意味するものとして,「走行軌跡」という用語が用いられていることからしても,原告は本件出願に当たっても,「走行軌跡」の用語をその意味に使用していたとみるのが合理的である。
原告の,「訂正前明細書に記載されている「走行軌跡」は「走行すべき道すじ」を意味する」との主張は,誤りである。
訂正事項aについての原告の主張は,訂正前発明も訂正発明も,目的地に到達するために走行すべき道筋を,自車の現在位置を基準に地図上に表示するものである,ということを前提とするものであるから,上記のとおり,この前提が誤りである以上,成り立ち得ない。
(2) 訂正事項cについて 「車両前方の道路情報」という用語は,「車両の現在地周りと目的地との間にある道路情報」を含むものであることが明らかである。
そうだとすると,訂正事項cを含む訂正により,訂正発明は,「車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段」,「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」及び「車両の現在位置を検出する現在位置検出手段」といった他の構成要件との特定の関連において,「車両前方の直線路とカーブ路とを区別する道路情報に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段」の外に,「同じく車両前方の平地と高地を区別する道路情報に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段」,「車両の現在地周りと目的地との間にある道路情報に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段」を含む「自動変速機の制御装置」となったことは明らかである。
ところが,訂正前明細書では,「ステップS 4で上記RAM52から車両の現在位置に関する道路情報を読込んだのち,ステップS5で車両の現在位置が平地か否かを判別し,・・・ステップS7で変速制御の可能時か否か,つまり車両前方の道路がカーブ路か否かを上記ステップS1で読込んだ道路情報に基いて判別し,・・・ステップS10で現在走行中の道路が低μ路か否かを判別し」(甲第2号証6欄43行〜7欄14行)との記載にみられるように,「車両現在位置の道路情報」と「車両前方の道路情報」とは,明確に区別されている。「車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段」,「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」及び「車両の現在位置を検出する現在位置検出手段」といった他の構成要件との特定の関連において,「自動変速機の制御装置」の構成要素として用いられるのは,「車両前方の直線路とカーブ路とを区別する道路情報に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段」のみであって,「車両前方の平地と高地を区別する道路情報に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段」,「車両の現在地周りと目的地との間にある道路情報に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段」などの記載は全くない。
したがって,「訂正事項cを含む訂正は,訂正前の願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,特許法第126条第2項の規定に適合しない。」とした審決の判断に誤りはない。
(3) 訂正事項dについて 審決の認定判断に誤りはない。
2 原告の主張2(独立特許要件についての認定判断の誤り)について (1) 「公知発明A」の創作について 原告は,審決は,現実には存在しない「公知発明A」を不当に創作したものであるから,この「公知発明A」と刊行物6発明との組合わせによって,訂正発明の進歩性を否定した審決は,取り消されるべきである,と主張する。
しかしながら,「公知発明A」が備えているとされる各手段に相当する機能若しくは具体的な手段は,刊行物1ないし5に記載されているのであるから,審決の認定した「公知発明A」は,訂正発明の出願前に知られていたということができる。換言すれば,審決は,刊行物1ないし5のそれぞれに記載されている本件出願前に公知となっていた発明を総括的に「公知発明A」として表現したものであり,「公知発明A」は訂正発明の出願前に一つの技術思想として存在していたというべきである。
原告は,刊行物1ないし5に記載のある「登坂路」,「坂路」,「曲路」,「路面摩擦係数」及び「エンジンブレーキを必要とする状態」からその上位概念の「道路状況」を引き出すことに関して何の示唆もない,と主張する。しかし,原告自身,訂正明細書(甲第3号証参照)において,「訂正発明」における「道路状況」として「曲路」や「路面摩擦係数」を挙げているのであるから,刊行物1ないし5に記載されている道路の状態あるいは路面の状況を「道路状況」と包括的に言い表すこと,あるいは包括的に把握することに何ら不自然な点はない。通常の知識をもってすれば,刊行物1ないし5に記載されている道路あるいは路面の状態を「道路状況」と包括的に把握することに特別な契機を必要とするとは,到底考えられない。
(2) 訂正発明の認定の誤りあるいは刊行物6発明の認定の誤りについて ア 刊行物6発明が訂正発明の「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」を備えるとした認定が誤りである,との主張について 本件出願当時において,目的地までの推奨走行経路を検索する機能やその推奨経路を表示する機能を備えていないナビゲーション装置は,「カーエレクトロニクス 168頁」(乙第1号証),特開昭57-211510号公報(乙第2号証),特開昭58-10780号公報(甲第14号証),及び実願昭57-92866号(実開昭58-195821号)のマイクロフィルム(乙第3号証)にみられるように多数存在する。さらに,原告の出願に係る特開昭60-221900号公報(甲第12号証)には,「車両の走行誘導装置」が記載され,走行誘導の機能は,地図上に車両の現在位置を表示することにより達成されるように記載されている。原告の出願に係る特開昭60-224022号公報(甲第13号証)にも,同様の記載がある。これらの公報等における「車両の走行誘導」の概念には,目的地の入力およびその目的地までの推奨走行経路の検索ならびにその表示機能は含まれていないのである。このように本件出願当時,ナビゲーション装置として,目的地までの推奨走行経路を検索する機能やその推奨経路を表示する機能等を備えていないナビゲーション装置が多数存在しており,地図情報と現在位置とを表示するものであって,それ以上に推奨走行経路の検索などの機能がないとしても,車両の走行誘導を行うナビゲーション装置である,ということができる状態にあった。
訂正発明について,訂正明細書中には,当該目的地までの経路を検索し,決定した上で,走行の誘導を行う,という機能やそのための具体的な手段の記載は存在しない。訂正発明の「ナビゲーション装置」が,目的地までの推奨できる経路を検索し,その経路を表示画面の地図上に表示するものである,との原告主張は,訂正明細書の記載に基づかないものであって,失当である。
原告は,訂正明細書に記載されている「走行軌跡」が,「現在位置」から「目的地」までの経路であると主張する。しかし,前述のとおり,走行軌跡とは,現在までに通ってきた経路であり,前方の走行路ではない。
刊行物6発明においては,表示部7に車両走行地域の地図が表示されるとともに,出発地点を入力することによりその地図上に車両の現在位置が表示されるので,その後どの道路を走行すればよいか判断できる。このように刊行物6発明も車両の走行誘導を行うナビゲーション装置である,といい得る。前記のとおり,訂正発明が目的地までの推奨できる走行経路を検索,決定して表示することにより走行の誘導を行う機能を有するものと認められない以上,「車両の走行誘導」の点において,訂正発明と刊行物6とは異ならない。
イ 刊行物6発明を「現在位置検出手段の出力を受け,車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御する」ものであるとした認定は,誤りである,との主張について (ア) 刊行物6発明が,「現在の走行位置に対応する制御モードを読み出す」ように構成されているとしても,その制御モードを読み出す根拠となる走行環境は,「各区間」ごとに読み出されるのであって,少なくともその「各区間」に入った時点では,その「各区間」内での前方の走行環境に基づいた制御モードが設定される。刊行物6発明が,「現在」の位置に限定された制御を行っている,と断定することはできない。また,訂正発明の「車両前方の道路情報」についても,設定された目的地までの走行経路における車両前方との記載はなく,表示されている地図の範囲での「前方」と解釈すべきである以上,得ることのできる「車両前方」の「道路情報」は,刊行物6発明によるものと変わるところはない。
訂正後の特許請求の範囲には,「車両の目的地への走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」と記載されているだけであり,制御モードの記憶の形態やナビゲーション装置がコントローラを有していること,そのコントローラが制御パターンの変更を判断することなどは,訂正発明の構成要件とはなっていない。
(イ) 原告は,訂正発明によれば,ある道路の前方に直線道路とカーブの道路とに分かれる分岐点付近に車が達した場合,分岐点の手前で,すでに変速を禁止することができる,とも主張する。しかし,訂正発明が,このような作用を奏することは,訂正明細書に一切記載されていないばかりか,訂正発明の「ナビゲーション装置」は経路検索機能を備えるものではないから,そのような変速禁止の作用は生じない。原告の主張は失当である。
ウ 刊行物6発明の「コントローラ」は,自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」ではない,との主張について (ア) 審決は,刊行物6発明の「車速を制御する車速コントローラ」の制御対象が自動変速機の制御パターンである,と認定しているのではなく,「刊行物6には,刊行物6発明の車速コントローラが自動変速機を含むと明確に記載されていない」とした上で,訂正発明は「公知発明A」に刊行物6発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであると判断しているものである。原告の主張は失当である。
(イ) そもそも,訂正発明の課題及びその解決手段は,「このように道路状況に応じた変速制御を行う場合,車両の走行路面の状況を検出して変速制御を行う構成を採用することが考えられるが,この考えでは,路面状況を検出する多くのセンサを必要として,価格性の点で欠点が生じる。本発明は斯かる点に鑑みてなされたものであり,特に車両の走行を誘導するためのナビゲーション装置があることに着目し,その目的は,上記ナビゲーション装置に予め記憶されている道路情報に基づいて,自動変速機の車両走行状態に応じた変速制御を補正することにより,多くのセンサを要することなく,自動変速機の変速段を車両走行状態に路面状況との双方でもって良好に変速制御することにある。」(訂正明細書2頁11行〜23行)とされている。
刊行物6には,「従来のこの種の車両用制御装置にあつては現在の車両の走行環境を各種センサの検出出力により判定し,この判定結果に基づいて車両各部の制御を行つていた。しかしながらセンサ出力は一般に誤差が大きくセンサの検知できない環境要因も多いため走行環境に応じた車両各部の最適制御は困難であるという欠点があつた。本発明の目的は現在の走行環境を検出することなく車両各部を最適状態に制御することが可能な車両用制御装置を提供することにある。」(甲第11号証1頁左下欄18行〜右下欄9行)との記載により,訂正発明と共通する技術的課題及びその解決手段が示されており,公知発明Aにおける各種の走行環境の各種センサに代えて,ナビゲーション装置の道路情報を用いることが示唆されているのであるから,公知発明Aに刊行物6発明を適用して訂正発明のようにすることは当業者にとって容易に想到することができることであったのである。
審決の,「してみると,自動的に自動変速機の制御パターンを変更するに必要な道路情報を直接的又は間接的に検出又は知得する手段として「センサ」を含めて多様なものがあることを示す公知発明Aと,車両の各部を最適に制御するために「センサ」を用いることなく「ナビゲーション装置」を用いた刊行物6発明とを示す公知文献に接した当業者であれば,公知発明Aへ刊行物6発明の技術思想を適用して上記相違点に係る本件発明の構成とすることは,容易に想到できるものと認められる。」(審決書16頁11行〜17行)との判断に誤りはない。
(ウ) 原告は,「車速コントローラ」が,自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」でないことは明白である,と主張する。
しかし,本件出願前においては,車速コントローラといえば,エンジンコントロール(アクセル開度),自動変速機の変速,自動変速機の変速パターン変更等を含む技術であると認識されていたのであり,刊行物6に接した当業者は,そこにいう車速コントロールという技術の内容は,エンジンコントロール(アクセル開度)や,自動変速機の変速や,自動変速機の変速パターン変更等,あるいはそれらの組合せであるものと認識したのである。
被告補助参加人の主張
1 原告の主張1,2の(2)については,被告の主張と同じである。
2 原告の主張2(「公知発明Aの創作」)について 審決は,刊行物1ないし5の記載から「公知発明A」を創作したものではなく,刊行物1ないし5のそれぞれに記載されている公知発明を個別に記載することに替えて,「公知発明A」として総括的に言い表したにすぎないものである。原告の主張は当たらない。
当裁判所の判断
1 原告の主張2(独立特許要件についての認定判断の誤り)の(1)(「公知発明A」の創作)について (1) 審決は,「これら刊行物1ないし刊行物5に記載された発明からみて,本件発明の出願前に次のような発明(以下「公知発明A]という。)が公知であると認めることができる。」(審決書11頁14行〜16行)とした。そこで「公知発明A」とされているのは,「車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と,該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備えるとともに,車両の現在位置の道路状況を検出するセンサ又は他の目的のセンサ等と,該センサ又は他の目的のセンサ等の出力を受け,車両の現在位置の道路状況に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する変更手段とを備えたことを特徴とする自動変速機の制御装置。」(審決書11頁17行〜24行)である。そして,審決は,その後で,公知発明Aと呼んだ上記装置と訂正発明とを対比して,両者の一致点と相違点とを認定した上,相違点について検討し,この検討の結果に基づき,訂正発明には独立特許要件が欠けているとした。
原告は,審決は,現実には存在しない「公知発明A」を,刊行物1ないし5に記載された各発明の構成を任意に取捨選択して組み合わせることにより,不当に創作したものであるから,上記認定は誤りである,と主張する。
(2) ある発明の進歩性が否定されるのは,その発明が特許法29条2項に該当するときに限られる。同項に該当するためには,当該発明が「前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明することができた」ことが必要である。したがって,ある発明の進歩性の検討に当たって,出発点になるべきものは,同条1項各号のいずれかに該当する発明でなければならない。そこで,ある発明の進歩性を検討するに当たっては,一般に,まず,1項各号のいずれかに該当する発明を認定し,これと問題とされる発明とを対比して,両発明の一致点と相違点とを認定した上,前者を出発点として,相違点を克服して後者(問題とされる発明)に至ることが当業者にとって容易であったかどうかを検討する,という手法が,合理的なものとして認められ,採用されてきている。容易であったかどうかについての上記検討においては,上記出発点となった発明以外の発明であって1項各号のいずれかに該当する発明及び当業者にとっての周知事項が判断資料として用いられる。「公知発明」という用語は,一般に,進歩性の有無の判断のために行われる上記作業において用いられる1項各号のいずれかに該当する一つ又は複数の発明を意味するものとして用いられており(狭義では1号に該当する発明に用いられる。),これが1項各号のいずれかに該当する発明を基に,何らかの方法で行われる思考作業を通して認識される発明を意味するものとして用いられることはない。
上述したところを前提にすると,(1)に述べた審決の検討方法には,二つの意味で問題があることが明らかである。一つは,1項各号のいずれにも該当しないものを「公知発明」と呼んだことであり,他の一つは,1項各号のいずれにも該当しないものを,格別の検討を加えることなく,進歩性の検討において一般に採用されている手法における公知技術(これは1項各号のいずれかに該当する発明である。)と同視して,これを訂正発明と対比するという作業に進んだことである。審決が訂正発明の進歩性についての検討において採用した手法には,少なくとも,特に,進歩性の検討において一般に採用されている手法との関係において,問題がある,という限度においては,原告の主張は正当である。
そこで,次に,上記二つの点につき,審決の行ったところを誤りということができるか否か,誤りということができるとして,それが進歩性判断の結論に影響するか否か,につき検討する。
(3) 1項各号のいずれにも該当しないものを「公知発明」と呼ぶ用法は,「公知」という用語に一般的に与えられている意味に照らしても,進歩性判断の作業において一般に採用されている用法に照らしても,少なくとも誤解を招きやすい不正確な用法である。論理を正しく進めるため,言葉の用い方には極めて注意深くあらなければならない審決としては,採用すべきものではなかった,というべきである。しかしながら,審決が「公知発明A」としたものが,一般に「公知発明」とされているもの,すなわち1項各号のいずれかに該当するものではないこと,換言すれば,審決が「公知発明A」を1項各号のいずれかに該当するとしているわけではないことは,審決の説示自体で明らかである。審決は,「公知発明A」を「刊行物1ないし刊行物5に記載された発明」から認定されるものとし,また,訂正発明の進歩性についての認定判断のまとめとして,「本件発明は,刊行物1ないし5に記載された発明及び刊行物6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると認められる。」として,結局のところ,訂正発明の進歩性を否定する根拠とされるのは,刊行物1発明ないし刊行物6発明(いずれも,1項3号に該当することが明らかである。)であることを明らかにしているからである(審決書11頁14行〜16行,16頁13行〜17行参照)。そうであるとすると,審決が「公知発明A」という用語を採用したこと自体は,好ましくないことであったとはいえても,これをもって,進歩性判断の結論に影響を及ぼす誤りとすることができないことが,明らかである。
(4) 審決は,「公知発明A」を,1項各号のいずれかに該当する発明そのものであるとはしていないものの,そのような発明と同様に扱うことが許されるとの判断をして,それを前提に論を進めている。このことは,審決が,前述のとおり,「これら刊行物1ないし刊行物5に記載された発明からみて,本件発明の出願前に次のような発明(以下,「公知発明A」という。)が公知であると認めることができる。」(審決書11頁14行〜16行)とし,その上で,これを訂正発明と対比する作業に入っている(審決書14頁3行以下参照)ことから,明らかである。
「公知発明A」が1項各号のいずれにも該当しないものであることは,上述のとおりであるから,1項各号のいずれにも該当しない発明である限り,これを訂正発明と対比して進歩性の有無を決めるという手法を採用することはおよそ許されない,ということになれば,審決の採用した手法は,それ自体,誤りという以外にない。しかしながら,特許法29条2項は,1項各号のいずれかに該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたことを進歩性を否定するための要件として定めてはいるものの,1項各号のいずれかに該当する発明に基づいて容易に発明をすることができた,といい得るか否かを判断する手法については,何らの制限も設けてはいない。そうである以上,ある発明の進歩性を否定する判断は,それが,1項各号のいずれかに該当する発明に基づくものであり,かつ,進歩性判断の目的に照らして許容される範囲の合理性を有するものである限り,必ずしも,一般に採用されている上記手法による必要はないものというべきである。ただ,上記一般に採用されている手法は,永年の経験により,手法自体としては,少なくとも大部分の場合に,合理性のあるものとして適用が可能である,といい得ることが検証されているものであるのに対し,それ以外の手法については,そのようにいうことができないから,これを採用するに当たっては,手法自体に合理性が認められる余地があるか,あるとしてどのような条件の下においてか,が確かめられなければならないことになるのは,当然というべきである。審決が,一般に採用されている上記手法とは異なる手法を採用しておきながら,採用した手法そのものの合理性について,少なくとも明示的には何らの説明も加えないで,論を進めていることについては,その限りで論理の飛躍があるものというべきである。
上述の立場に立って,審決の採用した手法が進歩性判断の目的に照らして許容される範囲の合理性を有するか否かを検討する。
審決の採用した手法においては,刊行物1ないし刊行物5に記載された発明から「公知発明A」に至り,次に,「公知発明A」から訂正発明に至る,ということの容易性が問われることになり,一般的に採用されている上記手法において公知発明から問題とされる発明に至ることの容易性のみが問われる場合と比べると,一般的に採用される手法における出発点に相当するものに到達するまでに,同手法にはない過程を経なければならないことになるから,「公知発明A」に相当する発明が通常の意味における公知発明として存在する場合に比べると,容易であるとの判断は,それだけしにくくなるということになる。けれども,出発点とする発明から問題となる発明に至ることが容易であるか否かは,結局のところ,至るまでに経なければならない個々の過程を経ること自体の容易さ・困難さの度合い,経なければならない過程の総数,個々の過程同士の関係(論理的には多数の過程があることになる場合であっても,現実に行われる人の思考・判断過程においては,同時にあるいはほとんど同時に行われることも少なくない。)等を総合的に考慮して決める以外にない事柄であり,結論に至るまでに経なければならない過程が増えるということは,必ずしも全体として,容易であるという結論に至ることを不可能とするものではない。このことは,出発点となる発明と問題となる発明との相違点の数が一つであっても容易でないとされることがあり,複数であっても容易であるとされることがあることからも,明らかというべきである。
(5) 刊行物1ないし5に記載された発明から,「公知発明A」に至ることの容易さ・困難さの度合いについてみる。
ア 刊行物1ないし5に,次の内容の発明についての記載があることは,当事者間に争いがない。
@ 刊行物1(甲第6号証) 「自動車の変速装置をスロットル開度と車速の関係から自動的に切換えるものであって,特殊なセンサ類も追加せずにECTマイクロコンピュータのプログラム変更だけで登坂路を検出して,変速パターンを自動的に切換える自動変速制御装置に関する発明」(審決書10頁21行〜24行) A 刊行物2(甲第7号証) 「エンジンのスロットル開度と車速とを検出して自動変速するものであって,水銀スイッチを坂路検出手段として,自動変速機の変速点を変更するようにした自動変速機用変速制御装置に関する発明」(審決書10頁26行〜28行) B 刊行物3(甲第8号証) 「車両の走行状態を検出し,それに対応して予め定めた変速パターンにより変速比を制御するものであって,角速度センサより曲路走行の有無を判定する検出手段の曲路検出信号に応じて変速パターンを補正するようにした自動変速制御装置に関する発明」(審決書10頁30行〜33行) C 刊行物4(甲第9号証) 「ワイパースイッチ,雨滴センサや路面状態判断手段を路面摩擦係数の低下を知得する知得手段として,自動変速機の変速点を低μ路パターンと高μ路パターンに変更させるようにした変速制御装置に関する発明」(審決書10頁35行〜37行) D 刊行物5(甲第10号証) 「車速,エンジンの負荷の大きさ等の変速条件を検出してエンジンと走行車輪間の回転伝達比を制御するものであって,車両の傾斜度の検出を不要にし,運転者の操作態様によりエンジンブレーキを必要とする状態が検知されたとき自動変速機の減速比が大きくなるように指令を発するようにした自動車の自動変速機用制御装置に関する発明」(審決書11頁1行〜5行) イ 刊行物1ないし刊行物5の上記記載によれば,刊行物1発明ないし刊行物5発明は,いずれも,自動車の「自動変速機」の制御装置に関する発明であることが明らかであり,当然に,公知発明Aにいう,「車両の走行状態を検出する走行状態検出手段と,該走行状態検出手段で検出した車両の走行状態に応じて自動変速機の変速段を制御する制御手段とを備える」発明に該当する発明である,ということができる。
上記の刊行物1発明の「登坂路を検出」する手段,刊行物2発明の「坂路検出手段」,刊行物3発明の「曲路走行の有無を判定する検出手段」,刊行物4発明の「路面摩擦係数の低下を知得する知得手段」,及び刊行物5発明の「エンジンブレーキを必要とする状態」を検知する手段は,いずれも,公知発明Aにおける「車両の現在位置の道路状況を検出するセンサ又は他の目的のセンサ等」の一態様である,ということができる。
刊行物1発明の「変速パターンを自動的に切換える」こと,刊行物2発明の「自動変速機の変速点を変更する」こと,刊行物3発明の「変速パターンを補正する」こと,刊行物4発明の「変速点を低μ路パターンと高μ路パターンに変更させる」こと,及び刊行物5発明の「自動変速機の減速比が大きくなるように」することは,いずれも,公知発明Aにおける「センサ又は他の目的のセンサなどの出力を受け,車両の現在位置の道路状況に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する」ことの一態様である,ということができる。
以上に述べた状況の下では,公知発明Aの方からみれば,刊行物1発明ないし刊行物5発明は,いずれも公知発明Aをより具体化した発明,すなわち,公知発明Aの下位概念に当たる発明に当たるということができ,逆に,これらの発明の方からみれば,これらに接した当業者が,これらから,それらに共通する要素,すなわち,道路状況を検出して,検出した道路状況に応じて自動変速機の制御パターンを変更する手段を備えた装置という要素を抽出してそのようなものとして把握し,公知発明Aのような形の認識に至ることは,事柄の性質上,極めて容易になし得たことというべきである。審決が「これら刊行物1ないし5に記載された発明からみて,本件発明の出願前に次のような発明「以下,「公知発明A」という。)が公知であると認めることができる。」(審決書11頁14行〜16行)としたのは,表現が適切でないものの,刊行物1発明ないし刊行物5発明に接した当業者が,それらから共通の要素を抽出し抽象化して公知発明Aのように認識することは極めて容易であるため,公知発明Aをあたかも通常の意味での公知発明であるかのように扱うことができる,との趣旨として理解することができ,そうだとすれば,あながちこれを誤りとすることもできないというべきである。
ウ 原告は,刊行物1ないし刊行物5にそれぞれ挙げられた「登坂路」,「坂路」,「曲路」,「路面摩擦係数」及び「エンジンブレーキを必要とする状態」のそれぞれを,上位概念である「道路状況」としてとらえることはできない,と主張する。
訂正発明の進歩性についての判断において審決が採用した手法は,許されないわけではないことは前述のとおりであるものの,採用するに当たっては,その手法に内在する危険を認識し,その危険が現実化しないように細心の注意を払う必要がある。そうでないと,問題となる発明はまだ存在するに至っていない時点に立って,同発明が存在しないことを前提に行うべき,当業者の思考・判断についての検討をするに当たり,無意識のうちにも,当該発明の方から従来技術をみて,同発明の構成要素となっている抽象的概念の下位概念に該当するものを集めてきて,本来,これらのものを一つの概念の下にまとめて考察すること自体の容易性・困難性こそが問題とされるべきであるにもかかわらず,このことを忘れて,その判断を経ないままに,これらの下位概念から上記抽象的概念に至ることは容易であるとする,というような誤りを犯すことになりかねないからである。
しかしながら,上述したところを前提にしても,本件においては,刊行物1発明ないし刊行物5発明の各要素を下位概念としてそこから上位概念である公知発明Aの各要素(その中に「道路状況」も含まれる。)に至ることを,上記危険の現実化したものということは,できないというべきである。
原告の主張は,一方で,自動車の自動変速という事柄の性質を忘れ,他方で,当業者が有するものとして想定すべき,物事の必要に応じて抽象化して把握し認識する能力を余りに低く設定するものというべきであり,採用することができない。
2 原告の主張2の(2)(訂正発明の認定の誤りあるいは刊行物6発明の認定の誤り)について (1) 刊行物6発明が訂正発明のナビゲーション装置を備えるとした認定の誤り,の主張について ア 原告は,訂正発明の「ナビゲーション装置」は,目的地までの推奨できる経路を検索し,その経路を表示画面の地図上に表示して運転者にその経路に沿った走行を促すものである,と主張する。
しかしながら,訂正発明の特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであり,そこには,「ナビゲーション装置」が何をするものであるかについては,「車両の目的地への走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」,「現在位置検出手段の出力を受け,車両の目的地への走行誘導を行いながら車両走行する場合において,車両前方の道路情報を含む車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて上記制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する」との記載があるのみであり,原告の主張するような,経路検索機能を有するとの記載はない。
原告は,ここにいう「車両の目的地への走行誘導」とは,使用者が目的地を入力したとき,ナビゲーション装置がその目的地までの推奨できる経路を検索し,その経路を表示画面の地図上に表示して運転者にその経路に沿った走行を促すことである,と主張する。
しかしながら,甲第12号証によれば,特開昭60-221900号公報(昭和59年出願)には,「車両の走行誘導装置」という名称の発明について,「車両現在位置演算部3によって車両の現在位置P0が演算され,該車両の現在位置P0に対応する地図Mが,記憶部7の地図記憶装置8から読み出されて表示装置1の表示画面1aに表示されるとともに,該表示画面1aに表示された地図M上に上記車両の現在位置P0が表示され,該地図Mと車両現在位置P 0との照合により車両の走行誘導が行われる。」(3頁左上欄15行〜右上欄2行)との記載があること,同公報中には,推奨走行経路の検索やその表示の機能を有する旨の記載はないこと,が認められる。上記公報の上記記載状況によれば,同公報記載の「車両の走行誘導装置」という名称の発明は,推奨走行経路の検索やその表示をすることなく,車両の現在位置に対応する地図を車両の現在位置とともに表示することによって,車両の走行誘導を行うものであるということができる。
甲第14号証,乙第2号証によれば,特開昭57-211510号公報(昭和56年出願)には,「車載用ナビゲータ」という名称の発明について,「車両の走行距離を検出する距離検出手段と,車両の進行方向を検出する方向検出手段と,前記距離検出手段と方向検出手段からの信号に基づいて車両の走行に対する現在位置を演算する演算手段と,この演算手段からの信号に基づいて現在位置を道路地図の表示面上に表示する表示手段とを備えた車載用ナビゲータ」(乙第2号証特許請求の範囲),「本発明は車両の現在位置を道路地図の表示面上に表示する車載用ナビゲータに関するものである。」(同号証1頁左下欄18行〜19行)との記載があること,特開昭58-10780号公報(昭和56年出願)には「車載用ナビゲータ」という名称の発明について「車両の走行地区の道路地図を表示させるための地図データを記憶している記憶手段と,複数の画素にて構成される表示面を有する表示手段と,前記記憶手段から地図データを読出し前記表示手段に表示面上の画素を用いて道路地図を表示させ,車両の走行に対する現在位置情報を得るとともにこの情報による現在位置を前記表示面上の道路地図表示に複数画素を用いた所定周期の点滅にて付加表示させる制御手段とを備える車載用ナビゲータ。」(甲第14号証特許請求の範囲)との記載があること,これらの各公報中には,推奨走行経路の検索やその表示の機能を有する旨の記載はないこと,が認められる。上記各公報中の「車載用ナビゲータ」は,「車両の現在位置を道路地図の表示面上に表示する」ものであるから,上記特開昭60-221900号公報(甲第12号証)について認定したところによれば,車両の走行を誘導するものであるということができる。「ナビゲータ」の語は,「ナビゲーション装置」の語と同義であることは,当裁判所に顕著である。そうすると,これらの公報に記載された発明も,推奨走行経路の検索やその表示をすることなく,車両の現在位置に対応する地図を車両の現在位置とともに表示することによって,車両の走行誘導を行うものであるということができる。
このように,本件出願当時(昭和61年),推奨走行経路の検索やその表示をすることなく,車両の現在位置に対応する地図を車両の現在位置とともに表示することによって,車両の走行を誘導するナビゲーション装置が,比較的近い時期に出願され公開された公知例として複数存在していたのであるから,訂正発明の特許請求の範囲の「車両の目的地への走行を誘導する」,「車両の目的地への走行誘導」との記載自体から,使用者が目的地を入力したとき,ナビゲーション装置がその目的地までの推奨できる経路を検索し,その経路を表示画面の地図上に表示して運転者にその経路に沿った走行を促すことを意味する,と解することができないことは明らかである。
上記の特許請求の範囲の記載中,「目的地への」,「車両の目的地への走行誘導を行いながら車両走行する場合において」との記載は,本件訂正により付加されたものである。しかし,「目的地への」との記載については,同記載の有無にかかわらず,車両は目的地に向かって走行するものであり,「走行誘導」とは目的地へ誘導するものであることは明らかであるから,上記各記載が加わっても,「走行誘導」の意味は変化しない,というべきである。
審決は,刊行物6発明の認定において,「目的地への」との限定については何も述べていない(審決書13頁37行〜14頁2行参照)。しかしながら,「目的地への」との限定の有無は技術的に無意味であり,「走行誘導」の解釈に影響を及ぼさないことは上記のとおりであるから,そのことを審決の結論に影響を及ぼす瑕疵とすることはできない。
原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであるというほかない。
原告は,訂正明細書発明の詳細な説明中に,目的地への経路を検索する機能を有するナビゲーション装置についての記載がある,と主張する。
訂正明細書中には,「CPU51は,現在位置認識装置65で検出した車両の現在位置と,操作スイッチ55で設定された目的地とを含む道路情報をRAM52から読み出すと共に,車両の走行軌跡を演算記憶して,これらを上記表示制御回路67に出力して表示器66にこれら道路情報を表示する機能を有している。」(甲第3号証中の訂正明細書6頁25行〜30行),「車両の目的地を操作スイッチ55で設定した後は,この目的地への走行過程で,車両の現在位置周りの地図や走行軌跡等がナビゲーション装置50の表示器66に表示されて,目的地への車両走行が簡易に誘導される。」(同10頁3行ないし7行)との記載がある。
しかしながら,ここには,車両の現在位置を検出すること,目的地を設定すること,車両の走行軌跡を演算記憶すること,車両の現在位置周りの地図や走行軌跡等を表示することが個別に記載されているだけであって,経路検索を行うことも,その結果推奨されるこれからの経路を表示することも記載されていない。
この点につき,原告は,「車両の走行軌跡」は,「現在位置」と「目的地」についての情報から演算されるとされている以上,「現在位置」から「目的地」までの経路,すなわち,車両がこれから走行すべき道すじを意味するものであり,それ以外のものではあり得ない,と主張する。しかし,乙第1号証によれば,「電子化ブックス カーエレクトロニクス」(昭和59年7月20日発行)には「4 ナビゲーションシステム・・・目的地・・・を入力すると,走行中,・・・ディスプレイ上に目的地までの残距離と方向が継続的に表示される。」(168頁左欄上部,右欄8行〜11行)との記載があることが認められ,この記載によれば,目的地の設定はナビゲーション装置において,経路検索とは無関係に有効な手段と認識されていたということができるから,目的地を設定することが,直ちに経路検索を行うこと,及びこれから走行すべき道すじを表示すること意味するものでないことは明らかである。また,乙第4号証によれば,特開昭60-135817号公報には,「自動車の走行案内装置」という名称の発明につき,「軌跡演算手段の出力により地図と走行軌跡とを表示する表示手段」(1頁右下欄3〜5行),「軌跡演算手段12においては前回の受信位置から今回の受信位置までの軌跡データが演算され」(3頁左下欄末行〜右下欄2行)との記載があることが認められ,同記載によれば,同公報において「走行軌跡」の語は,「現在までに通ってきた経路」を意味する語として用いられているということができる。「軌跡」とは,「@車輪のとおったあと。わだち。A先人の言動のあと。また,その人やある物事のたどってきたあと。」(大辞林参照)を意味する語であり,上記公報の「走行軌跡」の用法は,通常の日本語の用法とも一致するものである。訂正発明において,「走行軌跡」をこれと異なる意味に解さねばならない事情は見当たらない。
以上のとおり,訂正明細書中の発明に詳細な説明中にも,経路検索機能を有するナビゲーション装置についての記載があると認めることはできない。
原告の主張は採用することができない。
イ 甲第11号証によれば,刊行物6には,「加算器8は・・・車両の現在位置を示す現在位置信号100を出力する。また10は車両の走行地域の地図等の表示情報・・・が走行路の各位置に対応して記憶されている外部メモリであり,・・・表示部7に走行地域の地図を描出させる」(2頁左上欄14行〜右上欄19行),「車両の現在位置P1,P2……を示す現在位置信号を・・・表示部7に出力する。」(3頁左上欄2行〜4行)との各記載があることが認められる。上記認定の刊行物6の記載によれば,刊行物6発明は,車両の現在位置に対応する地図を車両の現在位置とともに表示するものであり,地図と現在位置を表示することのみによっても車両の誘導が行われるといい得ることは前記のとおりであるから,刊行物6発明における外部メモリに記憶された地図は,「車両の走行を誘導するための道路情報」にほかならず,刊行物6発明の外部メモリは訂正発明の「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」に相当するということができる。
ウ 以上のとおりであるから,「甲第6号証(判決注・刊行物6の誤記と認める。)に記載の・・・「車両の走行地域の地図等の表示情報を予め格納している外部メモリ」は,・・・本件発明の・・・「車両の走行を誘導するための道路情報を予め記憶するナビゲーション装置」に相当する。」(審決書12頁下から2行〜13頁5行)とした審決の認定には,誤りはないということができる。
(2) 刊行物6発明が「現在位置検出手段の出力を受け,車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御する」とした認定の誤り,の主張について ア 原告は,刊行物6発明の外部メモリに記憶されるのは,車両の現在の走行位置に対応する「制御モード」であって,訂正発明における車両の前方の状態を含む車両の現在位置の周囲に関する「道路情報」ではない,と主張する。
甲第11号証によれば,刊行物6には,「また10は車両の走行地域の地図等の表示情報及び走行環境,即ち走行路の各区間における制限速度,道路状態(舗装状態),あるいは工場地帯,見通しが悪い山岳部等の外部環境に応じて車両各部を最適制御するための制御モードが走行路の各位置に対応して記憶されている外部メモリであり」(2頁左上欄18行〜右上欄3行)との記載があることが認められる。この記載によれば,刊行物6発明の「外部メモリ10」は,車両の走行地域の走行環境に応じて車両各部を最適制御するための制御モードを記憶するものであり,「制御モード」は走行環境に応じて定まるものであるから,制御モードを記憶することと走行環境を記憶することとの間に違いはない。刊行物6中に「外部メモリは・・・予め走行環境,制御モード等を記録した形式で提供してもよい」(甲第11号証2頁右上欄5行〜8行)との記載があることからも,刊行物6発明は,外部メモリ10の記憶対象として,走行環境とそれに応じて定まる制御モードとを同列に扱っているということができる。したがって,刊行物6発明の外部メモリ10は,「走行環境」を記憶するものということができる。上記認定によれば,刊行物6発明における「走行環境」とは「走行路の各区間における制限速度,道路状態(舗装状態),あるいは工場地帯,見通しが悪い山岳部等の外部環境」のことであるから,訂正発明にいう「道路情報」と同じである。そして,刊行物6発明は,走行環境を「走行路の各区間」において記憶しており,車両の現在位置はその「各区間」のうちの一点にすぎず,「各区間」は,車両の現在位置よりも前方を含むものである。
そうすると,「走行路の各区間」において「走行環境」を記憶することは,「車両前方の道路情報を含む車両の現在位置の周囲に関する道路情報」を記憶することにほかならない,というべきである。刊行物6記載の「車両各部を最適制御する」ことは,「車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御する」ことと同じである。
以上のとおりであるから,刊行物6発明は,「現在位置検出手段の出力を受け,車両の現在位置の周囲に関する上記ナビゲーション装置の道路情報に応じて車両の制御したい各部を予め決められた態様で制御する」(審決書13頁下から2行〜14頁2行)ものであるとした審決の認定に誤りはない,ということができる。
イ 原告は,ある道路の前方に直線道路と左にカーブする道路に分かれる分岐点がある場合を想定し,訂正発明によれば,車両がカーブ路を選択することを,あらかじめ車両自体が認識しているため,分岐点の手前で,すでに変速を禁止することができる,と主張する。しかし,訂正発明が経路検索を行うものであるとは認められないことは,前記(1)で説示したとおりである。経路検索を行わない以上,訂正発明において,車両の変速制御の基となる「車両前方の道路情報」には,分岐点がある場合に,運転者がこれから走行することを予定している道路の道路情報に限定されない,と解するのが相当である。このことを前提としての「車両前方の道路情報」であれば,刊行物6発明の「走行路の各区間」において記憶した情報と異ならない。
原告の主張は,訂正発明が経路検索・経路誘導を行うものであることを前提とした主張であり,この前提が誤りであることは,前に述べたとおりである。
原告の主張は採用することができない。
(3) 刊行物6発明の「コントローラ」が自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」ではない,との主張について ア 原告は,刊行物6には,車両の現在位置の道路状況に応じて制御手段による自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」は,まったく開示されていない,として,公知発明Aに刊行物6発明を適用することは容易でない,と主張する。
甲第11号証によれば,刊行物6には,「従来この種の車両用制御装置にあつては現在の車両の走行環境を各種センサの検出出力により判定し,この判定結果に基づいて車両各部の制御を行つていた。しかしながらセンサ出力は一般に誤差が大きくセンサの検知できない環境要因も多いため走行環境に応じた車両各部の最適制御は困難であるという欠点があつた。本発明の目的は現在の走行環境を検出することなく車両各部を最適状態に制御することが可能な車両用制御装置を提供することにある。」(1頁左下欄19行〜右下欄9行),「10は車両の走行地域の地図等の表示情報及び走行環境,即ち走行路の各区間における制限速度,道路状態(舗装状態),あるいは工場地帯,見通しが悪い山岳部等の外部環境に応じて車両各部を最適制御するための制御モードが走行路の各位置に対応して記憶されている外部メモリであり」(2頁左上欄18行〜右上欄3行)との記載があることが認められる。刊行物6のこれらの記載によれば,刊行物6発明は,車両各部の制御を行うに当たり,それに必要な情報を各種センサの検出出力により得ることの欠点を認識した上,それに代わるものとして,「ナビゲーション装置」(外部メモリ)に走行路の各区間における道路情報を記憶しておき(刊行物6発明が道路情報を記憶するものであることは(1)で述べたとおりである。),車両の現在の走行位置に対応する道路情報を得るものであるということができる。
公知発明Aにおける「車両の現在位置の道路状況」,例えば,刊行物1発明における,現在走行中の道路が登坂路であるかどうか,というような種類のことをセンサにより検出する場合には,刊行物1に「所定のスロットル開度以上に走行中に一定の減速率を越える車速低下が検出されたときは」(甲第6号証の特許請求の範囲)とあることから分かるように,走行実績に基づいて登坂路であるかどうかを判定するのであるから,現在走行中の道路であっても,現在位置よりも先の道路についての情報を得ることは困難である。現在位置までは平坦であった道路が,現在位置から先では登坂路となっていたり,その逆であったりすることはよくあることであるから,このような場合に,現在位置から先の道路情報を得ることができれば有用であることは自明のことである。
このような,現在位置から先の道路情報が刊行物6に記載された「センサの検知できない環境要因」に相当することは疑い得ないことであり,そのような情報を「ナビゲーション装置」に記憶させ,そこから得ることを開示する刊行物6発明を公知発明Aに適用することは,極めて自然なことである。例えば,登坂路であるかどうかといったような種類の情報は,道路により定まる固定的な情報であり,あらかじめ記憶しておくことが可能な情報であるから,上記の適用は容易であるというべきである。
イ 原告は,公知発明Aに刊行物6発明を適用することを困難とする事情として,刊行物6に,自動変速機の制御パターンを変更する「変更手段」が開示されていないことを挙げる。
しかしながら,公知発明Aに刊行物6発明を適用することが容易であるとされるのは,刊行物6発明が「ナビゲーション装置」を備え,その「ナビゲーション装置」により,現在位置を含む区間の道路情報を得るという技術思想に基づく発明であること,公知発明Aにおける「車両の現在位置の道路状況」(例えば,刊行物1発明でいえば,登坂路であるかどうか)の中には,あらかじめ記憶しておくことのできない情報もあるものの,あらかじめ記憶しておくことのできる情報もあることによるものであって,問題とされる個々の制御対象や制御内容が何であるかは,一切関係がないことというべきである。
結論
以上のとおりであるから,訂正発明の独立特許要件についての原告主張は,いずれも理由がなく,その他にも,訂正発明の独立特許要件についての審決の認定判断に,その結論に影響を及ぼす瑕疵は見当たらない。そこで,その余の原告主張について判断することなく,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久