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関連審決 審判1997-21439
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 公然知られ(29条1項1号) /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  交換 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  審決確定(審決が確定) /  確定審決の登録 /  同一事実(同一の事実) / 
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事件 平成 13年 (ワ) 26063号 特許権侵害差止請求事件
反訴原告(以下「原告」という。) 三菱マテリアル株式会社
訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
同 梅澤健
反訴被告(以下「被告」という。) 株式会社神戸製鋼所
訴訟代理人弁護士 本間崇
補佐人弁理士 蟹田昌之
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙物件目録記載の銅管内面溝付加工装置(以下「被告装置」という。)を製造し,使用してはならない。
2 被告は,前項の銅管内面溝付加工装置を廃棄せよ。
事案の概要
本件は,銅管内面溝付加工装置を製造,使用する被告の行為が,原告の有する特許権を侵害するとして,原告が被告に対して,その差止め等を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有する。
特許番号 特許第2590568号 出願年月日 平成元年8月30日 発明の名称 金属管内外面加工装置 登録年月日 平成8年12月19日 (2) 本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
「金属管を縮径する縮径装置と,該縮径装置の後段に配置された該縮径装置によって加工された前記金属管の内外面にさらに所定の形状を付与する金属管内外面加工機とを具備し,前記縮径装置は,前記金属管の外面に圧接するダイスと,前記金属管の内部で前記ダイスに対応する位置に浮遊するフローティングプラグとからなり,前記金属管内外面加工機は,前記金属管の外面に圧接される複数の回転体と,該複数の回転体をそれぞれ前記金属管を中心にして公転させる駆動機構と,前記フローティングプラグに回転自在に連結され前記金属管内の前記複数の回転体に対応する位置に浮遊するマンドレルとからなり,前記駆動機構は,磁気軸受で回転自在に支持され前記複数の回転体を公転駆動する駆動軸を備えており,この駆動軸は内部に前記金属管を挿通可能なように円筒状に形成され,その軸心が前記回転体の公転中心に一致されていることを特徴とする金属管内外面加工装置。」 (3) 本件発明の構成要件は,次のとおり分説される。
A 金属管を縮径する縮径装置と, B 該縮径装置の後段に配置された該縮径装置によって加工された前記金属管の内外面にさらに所定の形状を付与する金属管内外面加工機とを具備し, C 前記縮径装置は,前記金属管の外面に圧接するダイスと,前記金属管の内部で前記ダイスに対応する位置に浮遊するフローティングプラグとからなり, D 前記金属管内外面加工機は,前記金属管の外面に圧接される複数の回転体と,該複数の回転体をそれぞれ前記金属管を中心にして公転させる駆動機構と, E 前記フローティングプラグに回転自在に連結され前記金属管内の前記複数の回転体に対応する位置に浮遊するマンドレルとからなり, F 前記駆動機構は,磁気軸受で回転自在に支持され前記複数の回転体を公転駆動する駆動軸を備えており, G この駆動軸は内部に前記金属管を挿通可能なように円筒状に形成され,その軸心が前記回転体の公転中心に一致されていることを特徴とする H 金属管内外面加工装置 (4) 被告は,エアコン等に使用される熱交換器用の銅管を製造,販売している。被告の製造,販売する銅管の内面には熱移動媒体との接触面積を増加させて熱交換効率を上げるために多数の溝が形成されており,この銅管は,内面溝付銅管と呼ばれている。被告は,この溝を形成するために,被告の製造に係る被告装置を用いて銅管の内面溝付加工を行っている。
2 争点及び当事者の主張 (1) 被告装置の磁気軸受は,本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」に該当するかどうか。
(原告の主張) 構成要件Fの「磁気軸受」は,受動型磁気軸受に限定すべきでなく,駆動軸の吸引力を制御して駆動軸を基準位置に一定に保つ能動型磁気軸受を含むものと解すべきである。
すなわち,本件明細書には,本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」を受動型に限定する記載もなければ,能動型を除外するとの記載もない。また,能動型磁気軸受は,駆動軸の位置を基準位置に一定に保持するものではなく,能動型磁気軸受においてもロータは外力の変化に追従して変位できる。そして,被告装置においては,駆動軸は,該駆動軸に外力が作用すると,駆動軸が外力の向きに変位し,その変位量に対応した大きさの磁力が生じるように制御されている能動型磁気軸受によって支持されているから,溝付加工される銅管の軸心と転造ボールの公転中心(駆動軸の軸心)が加工中にずれた場合には,駆動軸の軸心は転造ボールの公転中心と銅管の軸心が一致する方向に変位する(甲1,2)。
したがって,被告装置の磁気軸受は,能動型であっても,回転体の公転中心と金属管の軸心とがずれても駆動軸が変位して回転体の公転中心と金属管の軸心とを一致させるという本件発明の作用効果を奏するものであるから,本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」に該当する。
(被告の反論) ア 構成要件Fの「磁気軸受」は,以下のとおりの理由から,受動型磁気軸受に限定すべきであり,駆動軸の吸引力を制御して駆動軸を基準位置に一定に保つ能動型磁気軸受を含まないものと解すべきである。
(ア) 磁気軸受には,能動型磁気軸受と受動型磁気軸受とがある。
能動型磁気軸受では,ステータに電磁石,ロータに強磁性体である軟鉄板の積層体が設置され,ロータの位置を検知する非接触式の位置センサが設けられている。そして,能動型磁気軸受においては,ロータはステータの電磁石の吸引力によって保持され,位置センサの信号を用いてステータの電磁石に流す電流を変化させてロータの吸引力を調節し,ロータ位置を常に基準位置に保持するように制御が行われる。
他方,受動型磁気軸受では,反発力を利用する場合及び吸引力を利用する場合ともロータとステータに使用されている磁石は永久磁石あるいは一定励磁電流の電磁石であって,その磁力は常に一定であり,磁力の大きさを制御するものではないため,ロータに対して負荷が加えられた場合にロータは負荷の向きに変位し,またバランスする位置は,その磁力と負荷の力との大きさによって自然に決定されることとなり,そのバランスする位置を,能動型磁気軸受のように常に一定に保つことはできない。
(イ) 本件発明は,回転体の公転中心と金属管の軸心とが半径方向にずれても,その心ずれ量だけ該駆動軸が変位して該ずれ量を吸収することにより,金属管の軸心が回転体の公転中心に一致されているように構成されている。すなわち,本件発明では,駆動軸が変位できることが必須であるため,駆動軸を支持する磁気軸受としては,電磁石を用いて電流を変えることによって駆動軸の吸引力を制御し,駆動軸の位置を常に基準位置に保持する能動型磁気軸受ではなく,常に磁力は一定であるけれども,負荷に応じて駆動軸が変位することのできる受動型磁気軸受が予定されているといえる。
したがって,構成要件Fの「磁気軸受」は,受動型磁気軸受に限定して解釈すべきであり,駆動軸の吸引力を制御して駆動軸を基準位置に一定に保つ能動型磁気軸受を含まない。
イ これに対して,被告装置においては,加工ヘッドがモータ内蔵型磁気軸受スピンドルの駆動軸によって駆動され,その駆動軸は,該駆動軸に外力が作用しても常に基準位置を保って回転するように制御されている能動型磁気軸受によって支持されている。したがって,被告装置の磁気軸受は,本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」には該当しない。
(2) 被告装置は,構成要件Gの「その軸心が前記回転体の公転中心に一致されている」を充足するかどうか。
(原告の主張) 被告装置の駆動軸は,ラジアル磁気軸受に支持され,銅管の軸心が半径方向に変位したときに,加工ヘッドの転造ボールの回転中心は,銅管の軸心と一致するように変位することができる。被告は,被告装置の駆動軸は基準位置に保持されると主張するが,実際は,駆動軸の位置が変動している(甲1ないし3)。
したがって,被告装置は,本件発明の構成要件Gの「その軸心が前記回転体の公転中心に一致されている」を充足する。
(被告の反論) 被告装置の駆動軸は,能動型磁気軸受により支持されており,常に基準位置に保持されるから,銅管の軸心が半径方向に変位したときにも,加工ヘッドの転造ボールの回転中心は,銅管の軸心と一致するように変位することはない。
(3) 本件発明は特許法29条1項1号又は同条2項の無効理由があることが明らかであり,原告が本件特許権に基づき権利の行使をすることは権利の濫用に当たり許されないかどうか。
(被告の主張) ア 仮に,本件発明の「磁気軸受」が能動型磁気軸受を含むと解釈するとすれば,本件発明は,以下の理由により,無効理由があることが明らかである。
(ア) 仮に,本件発明の「磁気軸受」が能動型磁気軸受を含むと解釈するとすれば,本件特許出願時に公知であった能動型磁気軸受スピンドル(乙3の7)を,同じく公知であった金属管内面溝付加工装置(乙3の2)に適用することは,本件特許出願時に当業者が容易に想到することができるというべきであり(乙3の3,5,6,乙8),本件発明には,同条2項所定の無効理由が存在することになる。
(イ) 仮に,本件発明の「磁気軸受」が能動型磁気軸受を含むと解釈するとすれば,@日本磁気ベアリング株式会社の「VHS磁気軸受スピンドルB20/750・B25/500」のカタログ(乙3の3)中に,同スピンドルは,銅管内面加工等に適用されてきた旨の記載,A本件特許出願前の平成元年4月24日ころには,上記VHS磁気軸受スピンドルB20/750・B25/500は公然知られたものとなり,神鋼電機株式会社において,これを銅管内面溝付加工用に採用する概略見積もりが検討された際に用いられたカタログ(乙3の5),B古河電気工業株式会社において,本件発明の金属管内外面加工装置と同義の内面溝付管ボール転造加工機に使用することが検討された際に用いられたカタログ(乙3の6),Cまたその他の当業者においても内面溝付銅管加工装置用として日本磁気ベアリング社の販売する能動型磁気軸受スピンドルを導入することを予定していた経緯(乙8)等を総合すれば,金属管内外面加工装置に能動型磁気軸受を使用するという本件発明は,本件特許出願時に公然知られたものとなっていたというべきであり,本件発明には,同条2項所定の無効理由が存在することになる。
イ したがって,仮に本件発明の「磁気軸受」が能動型磁気軸受を含むと解釈するとすれば,本件発明は,特許法29条1項1号,2項の無効理由を有することが明らかであるから,原告が被告に対し本件発明に基づいて被告装置の使用につき差止請求権を行使することは,権利の濫用であって許されない。
(原告の反論) 被告が無効理由の基礎として依拠している文献は,既に被告自身が請求した無効審判において検討され,請求不成立の審決が確定し,この審決は登録されている(乙5及び乙1の8番の登録事項参照)。
他方,特許法167条により,何人も,無効審判の確定審決の登録があったときは,同一の事実及び証拠に基づいて審判を請求することができないから,同条の趣旨に照らして,被告の主張が失当であることはいうまでもない。
また,被告は,無効審判で提出されていない証拠として,議事録(乙8)を提出しているが,そこには,「スピンドルの説明,内面溝付管を製造している他メーカーが導入予定のこと」と記載されているだけで,何ら,技術的な具体性はなく,本件発明が公知になった証拠とは認められない。
したがって,被告の権利濫用の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件Fの充足性)について (1) 受動型磁気軸受と能動型磁気軸受 ア 磁気軸受の種類 磁気軸受には大別して受動型磁気軸受と能動型磁気軸受とがある(乙6,7)が,それぞれの構成,特徴等は以下に述べるとおりである。
イ 受動型磁気軸受 「能動型磁気軸受の原理,特徴,応用例」(乙9)には,受動型磁気軸受に関して,以下のとおりの記載がある。
(ア) 受動型磁気軸受の原理について,「受動型磁気軸受は,永久磁石または一定励磁電流による電磁石を使って,その反発力または吸引力によって軸受機能を得ようとするものである。そのやり方としてはつぎのような二通りの方法がある。」(1頁20行〜21行) (イ) 磁石の反発力を利用した受動型磁気軸受について,「同極性の二つの磁石を対向させて配置すれば自重の数十倍の力を発生させることができるので,簡単な一自由度支持が可能である。(図1)」(1頁23行〜24行) (ウ) 磁石の配置の利用について,「磁石をうまく配置することにより安定したラジアル軸受を構成することができる。(図2)ロータにはラジアル方向に着磁されたリング状永久磁石が固定されており,その両側には同様にラジアル方向に着磁されたリング状永久磁石がありステータに固定されている。両者は吸引力によりラジアル方向には安定点があり,ラジアル軸受として機能させることができる。」(1頁26行〜2頁2行) 以上の各記載によれば,受動型ラジアル磁気軸受においては,反発力を利用する場合及び吸引力を利用する場合とも,ロータ(駆動軸,以下同じ。)とステータに使用されている磁石は永久磁石あるいは一定励磁電流の電磁石であって,その磁力は常に一定であり,磁力の大きさを制御するものではないため,ロータは,外力が作用しなければ,ステータとの間の反発力又は吸引力によって決定される力学的に安定な位置で回転するが,例えば,ロータに下向きの外力が加わると,ロータは安定な位置から,加えられた外力と,ロータとステータとの反発力が釣合う位置まで変位し,その位置で回転し,この外力が除かれるとロータは上記の安定位置に復帰するものであるといえる。すなわち,受動型ラジアル磁気軸受においては,ロータに対して負荷が加えられた場合にロータは負荷の向きに変位し,またバランスする位置は,その磁力と負荷の力との大きさによって決定されることとなり,そのバランスする位置を,能動型磁気軸受のように常に一定に保つことはできない。
ウ 能動型磁気軸受 前記「能動型磁気軸受の原理,特徴,応用例」には,能動型磁気軸受に関して,以下のとおりの記載がある。
(ア) 能動型ラジアル磁気軸受の構成について,「ロータの位置は四つ(またはそれ以上)の位置センサにより検出され,基準位置との差が誤差信号として制御回路に入り,電磁石に流すべき電流,即ち,磁界の強さを修正してロータを基準位置に戻す。」(2頁29行〜33行) (イ) 制御回路として,「制御回路の役目は,位置センサからの情報をもとに電磁石へ流すべき電流を変えてロータ位置を制御することである。(図6)位置センサからの信号はロータの基準位置を定めている基準信号と比較される。もし基準信号がゼロならばロータは基準位置としてステータの中央になるように制御されることになる。・・・誤差信号はその瞬間のロータ位置と基準位置との差を示しており,・・・誤差信号に対する制御信号の比は伝達関数と呼ばれるが,高い剛性によってロータを基準位置に精度良く保つよう,また外乱によってロータに変位が生じようとすれば適正な減衰によって基準位置にすぐ戻すようこの伝達関数が選ばれる。」(4頁18行〜34行) 以上の各記載からすれば,能動型磁気軸受においては,ロータの位置が位置フィードバック制御で制御されているため,ロータが基準位置において支持されている状態において,ロータに対して,例えば上から下方向への負荷が加わり,ロータが下方へ移動した場合,そのロータの位置変位を変位センサが検出し,その変位した位置からロータを基準位置に戻すために必要な磁力を各ステータの電磁石が発し得るだけの電流が各ステータの電磁石へ送られ,その結果,上から下方向への負荷が加えられてもロータは瞬時に基準位置に復帰し,さらに,その負荷が継続してもロータはその基準位置における回転を維持し続けることとなるものであるといえる。
(2) 本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載(乙2) 「発明の詳細な説明」には,以下のとおりの記載がある。すなわち, ア 「発明が解決しようとする課題」として,近年開発された金属管の外面に圧接しながら該金属管の軸心を中心にして公転する複数の回転体を備えた加工機を用いた場合,「回転体の公転中心と金属管の軸心とが加工中に多少ずれるため,この心ずれに起因して振動が発生する。この振動は,回転体を高速で公転させればさせるほど急激に増大して,回転体を公転駆動する駆動軸のベアリングに大きな負荷の変動が作用し,該ベアリングの寿命を著しく低下させることになる。また,上記振動が増大すると,金属管に対する回転体の面圧が大きく変化し,この際,面圧が著しく高くなったときの油切れにより金属管に凝着が生じることがある。このため,回転体の公転速度としては,所定の公転速度以上にすることができず,転造能率の上限が制限されていた。」(3欄9行〜21行)また,「本発明は,上記事情に鑑みてなされたものであり,加工時の回転体の公転中心と金属管の軸心とのずれの影響を少なくして,該回転体をより高速で公転させることのできる金属管内外面加工装置を提供することを目的としている。」(3欄22行〜26行) イ 「課題を解決するための手段」として,本発明は,上記目的,すなわち,加工時の回転体の公転中心と金属管の軸心とのずれの影響を少なくするという目的を達成するため,「駆動機構は,磁気軸受で回転自在に支持され前記複数の回転体を公転駆動する駆動軸を備えており,この駆動軸は内部に前記金属管を挿通可能なように円筒状に形成され,その軸心が前記回転体の公転中心に一致されているものである。」(3欄39行〜44行) ウ 「作用」として,「本発明においては,駆動軸が磁気軸受の磁気力によって浮遊した状態で支持されているため,回転体の公転中心と金属管の軸心とがずれても,その心ずれ量だけ該駆動軸が変位して,該ずれ量を吸収する。このため,心ずれに伴う振動が抑えられ,回転体を高速で公転することが可能になる。」(3欄46行〜4欄1行) エ 「実施例」の項に,「転造過程で銅管1の軸心と金属管内外面加工機20の軸心とが変化した場合には駆動軸41に半径方向の力が作用するが,その際には,ラジアル磁気軸受47,48のエアーギャップの範囲内で駆動軸41がずれ,金属管内外加工機20の軸心が自動的に銅管1の軸心に一致するように作用するので,心ずれによる振動が抑えられる。」(7欄15行〜20行) オ 「発明の効果」として,「本発明によれば,駆動軸を磁気軸受により非接触で支持しているから,回転体の公転中心と金属管の軸心とがずれても,磁気軸受のエアーギャップの範囲内で駆動軸が変位して,回転体の公転中心が金属管の軸心に一致するようになる。このため,上記心ずれに伴う振動を抑えることができ,また,従来のギヤ列に起因する機械損失がなくなるため,従来より回転体を高速で公転させることができ,金属管を転造する能率を向上させることができる。」(8欄45行〜9欄3行) と,それぞれ記載されている。
(3) 本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」の意義 ア 本件明細書の前記(2)の各記載によれば,本件発明に係る金属管内外面加工装置は,駆動軸が磁気軸受の磁気力によって浮遊した状態で支持されているため,回転体の公転中心と金属管の軸心とがずれても,その心ずれ量だけ駆動軸が変位して該心ずれ量を吸収するものであると解される。すなわち,本件発明に係る金属管内外面加工装置は,金属管が半径方向に変位することによって生じる半径方向の力によって,駆動軸が半径方向に移動し,その結果,回転体の公転中心が金属管の軸心に一致するように構成されているものである。したがって,構成要件Fの「磁気軸受」は,駆動軸に負荷が加わった場合に,駆動軸が当初位置から変位した位置(負荷と釣り合った位置)で回転を継続し得るような磁気軸受であることが必須である。
イ そうすると,本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」は,受動型磁気軸受(ロータに対して負荷が加えられた場合にロータは負荷の向きに変位し,その磁力と負荷の力の大きさによってバランスする位置で回転するものであるから,駆動軸に負荷が加わった場合に,駆動軸が当初位置から,負荷とバランスした位置に変位して回転を継続し得る磁気軸受)のみを指すものと解すべきであって,能動型磁気軸受(ロータに負荷が加えられてもロータは瞬時に基準位置に復帰し,更に,その負荷が継続してもロータはその基準位置における回転を維持し続ける磁気軸受)を含むものと解することはできない。
(4) 被告装置との対比 これに対して,被告装置の磁気軸受は,能動型磁気軸受である(当事者間に争いがない)から,本件発明の構成要件Fの「磁気軸受」に該当しない。
したがって,被告装置は,本件発明の構成要件Fを充足しない。
(5) 原告の主張に対する判断 原告は,被告装置における能動型磁気軸受においても,その磁気軸受は,駆動軸の位置を基準位置に一定に保持するものではなく,ロータは外力の変化に追従して変位することができ,その駆動軸は,該駆動軸に外力が作用すると,駆動軸が外力の向きに変位し,その変位量に対応した大きさの磁力が生じるように制御されている能動型磁気軸受によって支持されているから,溝付加工される銅素管の軸心と転造ボールの公転中心(駆動軸の軸心)が加工中にずれた場合には,駆動軸の軸心は転造ボールの公転中心と銅素管の軸心が一致する方向に変位すると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。
すなわち,能動型磁気軸受が,ロータに負荷が加えられてもロータは瞬時に基準位置に復帰し,さらにその負荷が継続してもロータはその基準位置における回転を維持し続けるものであることは,前記(1)認定のとおりである。また,甲1によれば,原告において,能動型磁気軸受(S2M社製B25/500)を使用して溝付管(銅管)を製造したときのロータの動きを測定したところ,ロータの中心は基準位置からずれたまま時々刻々その位置を変動させていたとの結果が得られたことが認められるが,これは,ロータの幾何学的中心の位置が変動していることを示すにすぎず,工業的に使用される銅管内面溝付装置においては,ロータの幾何学的中心と重心とが一致しないことは不可避であることを考慮すると,甲1の示すような測定結果があったとしても,能動型磁気軸受の原理,特徴等に関する前記(1)の認定判断を左右するものとはいえない。
結局,原告の前記主張は採用できない。
2 争点(2)(構成要件Gの充足性)について (1) 構成要件Gの「その軸心が前記回転体の公転中心に一致されている」の意義 本件明細書の前記1(2)の各記載によれば,本件発明は,駆動軸が磁気軸受の磁気力によって浮遊した状態で支持されているため,回転体の公転中心と金属管の軸心とがずれても,その心ずれ量だけ該駆動軸が変位して,回転体の公転中心が金属管の軸心に一致するようになり,該ずれ量を吸収するという技術に係るものである。そうすると,構成要件Gにおける「その軸心が前記回転体の公転中心に一致されている」とは,「金属管が半径方向に変位することによって生じる半径方向の力によって,駆動軸(駆動軸と一体となっている回転体の公転中心)が半径方向に移動し,その結果,金属管の軸心が回転体の公転中心に一致されている」ことを意味するものと解される。
これに対し,原告は,本件発明の特許請求の範囲には「その軸心が前記回転体の公転中心に一致されている」と記載されているだけであるから,金属管の変位と駆動軸の変位とのいずれが原因でいずれが結果であるかということ(因果関係)は特許請求の範囲とは無関係であると主張する。
しかし,本件明細書の前記記載に加え,原告が本件特許の無効審判事件(平成9年審判第21439号)における審判事件答弁書(乙4)の中で,「本件特許発明における磁気軸受の構成は,このような一般的な軸受や甲第2号証等に開示の磁気軸受とは技術思想が根本的に異なり,金属管内外面加工装置において加工される金属管の移動に軸を追従させるようにしたものである。」(4頁12〜15行),「本件特許発明は,駆動軸内を挿通する金属管の軸心が回転体の公転中心に一致されるように該駆動軸を磁気軸受によって支持したもので,駆動軸を磁気軸受のエアーギャップの範囲内で変位可能にして,金属管のずれに対する回転体の追従を円滑にしたものである。」(4頁下から7〜4行)と述べていることを併せ考慮すると,本件発明は,金属管のずれ(変位)に回転体の公転中心を追従させた技術に係るものであると理解するのが相当であるから,原告の上記主張は採用できない。
(2) 被告装置との対比 前示のとおり,被告装置の能動型磁気軸受は,駆動軸に負荷が加えられても駆動軸は瞬時に基準位置に復帰し,さらに,その負荷が継続しても駆動軸はその基準位置における回転を維持し続けるものであるから,被告装置においては,銅管の軸心が半径方向に変位したときに,これに追従して加工ヘッドの転造ボールの回転中心が銅管の軸心と一致するように変位するとはいえない。
したがって,被告装置は,構成要件Gの「その軸心が前記回転体の公転中心に一致されている」とはいえないから,構成要件Gを充足しない。
(3) なお,甲2によれば,原告において,原告が使用する銅管内面溝付加工装置によって溝付管を製造したときの銅管,転造カセット及びロータの変位を測定したところ,銅管の変位と転造カセットの変位との間に強い相関関係があるとの結果が得られたことが認められる。しかし,甲2の測定結果からは,銅管の変位によって転造カセットの変位が生じたとは認められないのみならず,かえって,乙13によれば,被告装置においては,銅管なしの場合,加工ヘッドの変位の周期が,ロータ(駆動軸)の回転周期と一致し,かつ,ロータ(駆動軸)の回転周期を変化させた場合,加工ヘッドの変位の周期もそれにつれて変化し,銅管ありの場合にも,その関係が維持されていることが認められるから,加工ヘッドはロータ(駆動軸)の回転に起因して変位しており,加工ヘッド付近の銅管は,加工ヘッドの変位に追従して変位しているということができる。
したがって,被告装置においては,銅管の軸心が転造ボールの回転中心に一致されているとはいえず,甲2は,被告装置が構成要件Gを充足しないとの前記判断を左右するものではない。
3 結論 以上のとおり,被告装置は,本件発明の構成要件F及びGを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属しない。よって,原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信