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関連審決 審判1999-35483
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成10行ケ401審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10006審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ67特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成12ネ1016特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成16行ケ86審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術的手段 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 337号 審決取消請求事件
原告 日清製粉株式会社
訴訟代理人弁護士 丹羽一彦、嶋末和秀、田中克幸、北谷典香、吉田ゆう子
同 弁理士 有賀三幸、高野登志雄
被告 日本製粉株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男、吉田和彦、渡辺光
同 弁理士 小川信夫、大塚裕子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が平成11年審判第35483号事件について平成13年6月25日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「茹うどんの製法」とする特許第2866690号の発明(平成2年1月12日出願、同10年12月18日設定登録。以下、「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成11年9月7日、原告を被請求人として、特許庁に対し本件発明について無効審判の請求をした(平成11年審判第35483号事件)。その審判係属中に、原告から平成11年12月6日付けで訂正の請求がされたが、特許庁は、
平成13年6月25日、「特許第2866690号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本を同年7月6日原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1)登録時の明細書(本件特許明細書)の記載【請求項1】 小麦粉を主体とする穀粉に対してα化されておらず、かつ油脂加工されていないタピオカ殿粉を内割で5〜40重量%配合した原料粉を用いて製麺し、これを茹でてその茹歩留りを220%ないし260%未満に調整することを特徴とする流通販売用茹うどんの製造法。
(2)訂正請求書に添付された訂正明細書の記載【請求項1】 小麦粉を主体とする穀粉に対してα化されておらず、かつ油脂加工されていないタピオカ殿粉を内割で5〜40重量%配合した原料粉を用い、
生地混練を減圧下 で行って 製麺し、これを茹でてその茹歩留りを220%ないし260%未満に調整することを特徴とする流通販売用茹うどんの製造法。
(以下、この発明を「本件訂正発明」という。下線部は訂正箇所) 3 審決の理由の要旨 審決の理由は、別紙審決の写しのとおりである。その要点は、次のとおり。
(1) 本件訂正発明は、引用例(特公昭62-49018号公報:甲第6号証、審判甲第2号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、平成11年12月6日付けの訂正は、特許法134条5項で準用する同法126条4項の規定に適合しないので、当該訂正は認められない。
(2) 本件特許明細書の請求項1に記載された発明(本件発明)は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
原告主張の取消事由の要点
審決は、本件訂正発明と引用例記載の発明との対比・判断において、相違点に関する判断を誤ったため、本件訂正発明の構成の容易想到性を認め(取消理由1)、
本件訂正発明の効果の顕著性を誤って否定した(取消理由2)ことにより、本件訂正発明が引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるとしてその独立特許要件を否定し、これを前提として本件発明の容易想到性を認めたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)1-1. 相違点(i)についての判断の誤り (1)審決は、本件訂正発明と引用例記載の発明との相違点(i)として、「前者は、生地混練を減圧下で行って製麺するのに対して、後者には、生地混練を減圧下で行って製麺することについて記載されていない」(審決5頁下1行〜6頁1行)と正しく認定しながら、「生地混練を減圧下で行って製麺すること、及びかかる製麺方法を実施することにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が良好な茹麺が得られることは、本件特許の出願前に当業者において周知の事実である」(審決6頁9行〜11行)と誤って認定したものである。
審決は、本件訂正発明が「α化されておらず、かつ油脂加工されていないタピオカ澱粉」を配合した原料粉を用いている、「流通販売用」の「茹うどん」の製造法に関するものであるという前提を無視し、甲第16〜第33号証(審判時の参考資料1〜18)の記載内容や頒布日を検討することを怠った結果、これらの文献には本件訂正発明とは分野を異にする麺に関する記載、すなわち特許庁の審査基準等に採用されている「論理付け」を妨げる要因(阻害要因)となる記載が数多く含まれていることや本件特許の出願後に頒布された文献(甲第25号証)が存在することを看過している。
(2)「減圧下」としたからといって、必ずしも「滑らかさ、粘弾性等の食感が良好な茹麺が得られる」とは限らず、「生地混練を減圧下で行って製麺する・・・方法を実施することにより、・・・食感が良好な茹麺が得られること」が原料や工程、目的のいかんにかかわらず、周知であったとはいえない。
所望の効果を得るためには工程の組合せが重要であり(甲第22、24、26、
28、33号証)、格別の効果が得られない場合も少なくなく(甲第17、20、
23、28号証)、むしろ品質の悪化を危惧させる文献(甲第18、20号証)すら存在し、「減圧下」で行うことが必ずしも通常とはいえないとされている(甲第16号証)。これらに鑑みると、「製麺に際し生地混練を減圧下で行うことは当業者が容易に想到し得ることである」などと到底いえるものではない。
1-2. 相違点(A)、(B)についての判断の誤り (1)審決が、本件訂正発明と引用例記載の発明との相違点(A)として、
「前者は、茹うどんの茹歩留りを220%ないし260%未満に調整するのに対して、後者は、茹うどんの水分量を75%に調整する」(審決6頁2行、3行)と正しく認定したとおり、引用例は茹うどんの水分量を75%(茹歩留まりに換算すると342%)に調整することを基準(スタンダード)としているのであり、茹歩留りを本件訂正発明よりかなり高くしておくことを奨励している。
したがって、引用例からは、本件訂正発明のように茹歩留りを220%ないし260%未満に調整してみようとする動機(発想)は生じない。
(2)審決は、「茹うどんを包装して流通販売に供する際に、消費者の嗜好、喫食形態(例えば、つけうどん、煮込みうどん等)などを考慮して、うどんの茹歩留り(水分量)を調整することは、当業者なら当然に行う」(審決6頁15行〜17行)としているが、そもそも引用例には、審決も相違点(B)として認定しているとおり、「流通販売用」に供するということが示されていない。このように引用例に何ら記載のない「流通販売に供する」という課題を想定して、引用例記載の発明の「改変」を考えることには、無理があり、審決はその論理に飛躍があるといわざるを得ない。
(3)茹歩留りをどの程度に調整するのが好適かは、原料粉や麺の種類等によって異なり得る。たまたま茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹麺それ自体が知られていたとしても、原料粉や麺の種類等を異にする引用例記載のものを「改変」することの動機を与えるものではない。
現に、審決が周知資料であるとする甲第53号証(審判時の参考資料38)、甲第54号証(審判時の参考資料39)においても、水分量としては、上記数値範囲外のものも記載されている。特に、甲第54号証には、「水分含量と食味との関係はとくにみられなかった」と記載されており、茹うどんを包装して流通販売に供する際に、消費者の嗜好、喫食形態などを考慮して、うどんの茹歩留り(水分量)を調整することは当業者なら当然に行う、という審決の認定とは矛盾する知見が示されている。
(4)審決は、歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹うどんが記載されている「周知例」として、甲第5号証(特開昭63-79569号公報)、乙第1号証(「ジャパンフードサイエンス」28巻5号)、並びに、甲第53号証及び甲第54号証(審判時の参考資料38及び39)に言及しているが、これらは、「減圧下」で行うことと「低歩留り」とすることの組合せを記載も示唆もしていない。
(5)審決は、「流通販売用の茹うどんを消費者が喫食する際に、加熱調理をすることでうどんの水分量が増えることを考慮して、茹うどんの水分含量を低めにしておくこと、言い換えると流通販売用茹うどんの製造において、水分含量を低めにしておき、消費者が家庭などで加熱調理するときに茹うどんが水分を吸収することで、喫食時に最もおいしく食べられるようにすることは、本件特許の出願前当業者において周知の事実である」(審決6頁23行〜28行)とも述べるが、前記のとおり、そもそも引用例には「流通販売用」に供するという課題は示されていないのであるから、かような引用例自身に何ら記載のない課題を前提に引用例の「改変」を論ずること自体、誤りである。
加えて、甲第53号証に「茹麺の方がα化度も高く、食味も滑らかであり、そのまま食べられるが、蒸麺は『ボソボソ』で滑らかさに欠け、二次的調理を必要とする」(67頁16、17行)と記載されているとおり、茹うどんを含む茹麺は、二次的調理を必要としないものである。審決は、二次的調理としての加熱調理や当該調理による水分の吸収を当然の前提としている点においても、誤りを犯している。
(6)審決が、相違点(A)に関して、「加熱調理をすることでうどんの水分量が増えることを考慮して、茹うどんの水分含量を低めにしておく」ことが周知であるとして挙げた甲第56〜60号証(審判時の参考資料41〜45)における「茹うどんの水分含量を低めにしておく」ことの技術的意義として審決の認定するところは、「加熱調理をすることでうどんの水分量が増えることを考慮」したというものである。これに対し、本件訂正発明は二次的調理としての加熱調理や当該調理による水分の吸収を前提とするものではない(甲第66、76号証)。また、本件訂正発明における茹歩留り条件の技術的意義は、甲第56〜60号証の技術的意義と同じではなく、甲第56〜60号証は、本件訂正発明の特定の組合せと顕著な作用効果の結びつきを示唆するものではない。
1-3. 構成要件の組合せについての判断の誤り 所望の効果を得られるか否かは原材料、工程その他の条件の組合せに左右されることは、審決が周知資料とする文献にさえ記載されていることであり、技術常識である。のみならず、本件訂正発明は、製造法に関するものであって、各構成が独立して所望の効果を奏するという性質のものではない。どのような条件(原料粉、製造工程、茹で工程)をどのように組合せるかは、仮に個々の条件それ自体が知られているとしても、無限の可能性(組合せ)が考えられるのであり、本件発明者が所望の効果を奏する組合せを見出したことは、まさに技術的思想創作であって、発明そのものである。
よって、審決の「各構成A〜Cのもつ各効果の総和を期待して、構成A〜Cを組み合わせることは、当業者において格別困難なことではな(い)」(審決7頁15行〜16行)という判断は誤りである。
2 取消事由2(顕著な効果の看過) (1)構成自体の想到困難性との関係 審決は、本件訂正発明の効果それ自体は認めながら、それを当業者が予測し得る範囲とし、顕著性を否定したものであるが、そもそも本件訂正発明の構成の組合せ自体が想到困難であるから、その効果も予測し得るものではない。
(2)審決の論理自体の誤り 審決が「流通販売用茹うどんは、通常茹上げ後時間が経過して消費者の手に渡るものであり、このような流通販売用茹うどんにとって、茹上げ後に時間が経過しても外観、食感等の品質低下が少ないことは当然に求められることであり、茹上げ後一定時間が経過したときの外観、食感等の品質を評価することは当業者であれば当然に行うことであるから、被請求人の主張する上記効果は、当業者が予測し得る範囲内のものである」(審決8頁10行〜15行)と述べていることは、明らかに誤りである。
当業者が外観食感等を評価することが当然であることと、評価の結果が優れたものとなるか否かは、全く別の話である。
(3)確立した特許庁のプラクティスとの矛盾 外観、食感等の官能検査により、本件訂正発明と同程度の評価結果が得られた場合、顕著な効果と認めて特許権が付与された例は多数存在する。甲第63〜65号証(審判乙第3〜5号証」)のほか、甲第67〜75号証はその例である。
本件訂正発明と同程度の官能評価結果が得られれば、これを顕著な効果と認めて特許権を付与することは、麺に関する発明の分野における特許庁の確立したプラクティスであるにもかかわらず、審決は、原告の本件特許についてのみ、殊更これと異なる取扱いをしようとするものであって、法の下の平等の原則にも反するというべきである。
(4)本件訂正発明は、「流通販売用」の茹うどんの製造法に関するものであり、茹上げ後時間が経過しても、粘弾性、滑らかさ等の食感等の低下の少ない茹うどんを得ることを課題にしている。本件訂正発明によって製造される茹うどんが、
引用例記載の発明によって製造される茹うどんと比較して、茹上げ後時間が経過しても、粘弾性、滑らかさ等の食感等の低下が少ないこと、すなわち、「経時変化による食感等の低下の防止」という視点での顕著な相違は、極めて重要な作用効果の相違であるというべきである。
本件訂正明細書に記載された試験結果(官能評価)は、本件訂正発明の実施例(「例14(実施例)」が、引用例に近似する「例6(対照)」と比較したときに、茹上げ直後において、外観、粘弾性、滑らかさのいずれにおいても「1ランク」程度向上していること、また、茹上げ後1日経過しても、外観、粘弾性、滑らかさの評価が低下していないこと(例6(対照)では「1ランク」低下した。)を示している。 また、甲第61、62号証の実験成績証明書によっても、本件訂正発明は、麺の外観、粘弾性、滑らかさのいずれにおいても優れており、茹上げ後時間が経過してもその評価がほとんど低下しないことが示されている。
被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)に対して1-1.相違点(i)についての判断の誤りに対して 公開年月日が本件特許の出願後である甲第25号証を除いても、甲第16号証から甲第33号証には、通常の一般的な製麺から、特定の原料小麦粉を使う製麺、特定の物質を生地に配合する製麺、特定の茹で工程を採用する製麺、さらには冷凍麺の製麺方法に至る多種多様な製麺において、減圧下での生地混練を採用することが開示されており、また、その作用効果として麺の滑らかさや良好な粘弾性などが示されている。さらに、甲第17、19、20、27、29、31号証には、減圧下での生地混練を実施するための製麺用真空ミキサーが開示されている。
これらの証拠から、本件特許の出願前、製麺業界で減圧下で生地混練する技術が周知であり、また、その作用効果が知られていたことは明らかである。
したがって、「生地混練を減圧下で行って製麺すること」、及び、減圧下の生地混練により「滑らかさ、粘弾性等の食感が良好な茹麺が得られること」が本件特許の出願前に当業者において周知の事実であるとした審決の認定に誤りはない。
1-2. 相違点(ii)、(iii)についての判断の誤りに対して (1)引用例(甲第6号証)は、その2頁4欄24〜25行に「生うどんを茹でて麺中の水分が75%になった時点をもって茹上がりとした。」と記載しているだけであって、引用例は茹歩留りを本件訂正発明よりかなり高くしておくことを奨励しているわけではない。「引用例からは、本件訂正発明のように茹歩留りを220ないし260%未満に調整してみようとする動機(発想)は生じない」という原告の主張は、「茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹麺も、
本件特許の出願前に当業者において周知のものである。」という審決の判断に対する指摘になっていない。
のみならず、甲第5号証からは、茹歩留り220%から260%未満の範囲内にある茹麺が知られるだけでなく、タピオカ澱粉を原料粉に配合することも、知られる。乙第1号証には、タピオカ澱粉を原料粉に配合することと、茹歩留りを220%ないし260%未満の範囲にすることとの組合せが示されている。甲第53号証には、市販の茹うどんの水分含量が示されており、それらの水分含量から換算すると茹歩留りが220%〜260%の範囲内に入るものが多数存在したことが分かる。
(2)審決は、引用例に何ら記載のない「流通販売に供する」ことを殊更想定しているわけではなく、また、引用例記載の発明の改変を考えてなされたものではない。審決は、「茹うどんを流通販売に供することは本件特許の出願前ごく普通に実施されていること、及び引用例には、製造された茹うどんを流通販売に供することを否定する記載はないことを合わせ考えると、・・・」(審決6頁下3行〜末行)とあるように、出願当時の技術水準に基づいて判断しているのである。製麺業界にとって、製麺工場で麺類を製造し、それらは生麺、乾麺、茹で麺、蒸し麺、冷凍麺などの形態で、例えば卸販売店、小売販売店などの流通過程にのせて、飲食店や個人消費者へ販売することが極めて普通である。そして、製麺業界関係者にとって、
流通販売を目的とした生麺、乾麺、茹で麺、蒸し麺、冷凍麺などの麺類に向けた製麺技術は、研究開発の対象である。
よって、茹うどんを流通販売に供する際に、消費者の嗜好、喫食形態などを考慮してうどんの茹で歩留まり(水分量)を調整することは当業者なら当然に行うことである、という審決の判断に論理の飛躍はない。
(3)原告は、「茹歩留りをどの程度に調整するのが好適かは、原料粉や麺の種類などによって異なり得るものであり、たまたま茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹麺それ自体が知られていたとしても、原料粉や麺の種類等を異にする引用例記載のものを「改変」することの動機を与えるものではない。」と主張するが、審決は、「茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹麺も、本件特許の出願前に当業者において周知のものである。」(審決6頁16行〜22行)と判断して、タピオカ澱粉を特定量配合した原料粉を用いて流通販売用の茹うどんを製造する際に、その茹歩留りを「220%ないし260%未満」とすることは、当業者において格別の創意を要することではない(同6頁下8行〜下5行)、と結論しているのである。
茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹うどんは、本件特許の出願前に当業者において周知のものであり、茹でうどんを製麺するに当たって、茹歩留りを220%ないし260%未満とすることは、本件特許の出願前に極めて普通になされていたことである。
(4)甲第53、54号証に上記数値範囲外のものも記載されているからといって、茹歩留り220〜260%の周知性が否定されるわけではない。また、甲第54号証中に「水分含量と食味との関係はとくにみられなかった」と記載されているからといって、茹うどんを流通販売に供する際に茹歩留り(水分量)を調整することへの動機付けが否定されるわけではない。
(5)審決は、前記のとおり、引用例に何ら記載のない「流通販売に供する」ことを殊更想定しているわけではなく、また、引用例記載の発明の改変を考えてなされたものではない。出願当時の技術水準として、製麺工場で麺類を製造し、それらを生麺、乾麺、茹で麺、蒸し麺、冷凍麺などの形態で、例えば卸販売店、小売販売店などの流通過程にのせて、飲食店や個人消費者へ販売することが極めて普通なのであって、消費者が調理する際の水分の吸収を考慮して、流通販売用麺類の製造に際し水分含量を少な目にしておくことがよく知られている(甲第56〜60号証、
審判時の参考資料41〜45)のであるから、審決は上記の判断をしているのである。
また、原告は、二次的調理としての加熱調理や当該調理による水分の吸収を当然の前提としている点においても誤りを犯している、と主張するが、その根拠として原告の指摘する甲第53号証は、「茹麺は・・・・・そのまま食べられる」と記載しているだけで、「二次的調理」が不要であることを述べたものではない。消費者が購入した茹でめんを家庭で食する際に、鍋を使って湯やつゆの中で加熱しながら麺をほぐすことは極めて普通に行われていることである。しかも、本件訂正発明によって製造された茹うどんが「二次的調理」を必要としない、などとは本件特許の出願当初の明細書に一切記載されていない。
(6)原告は、甲第56〜第60号証(審判時の参考資料41〜45)における「茹うどんの水分含量を低めにしておく」ことの技術的意義は、本件訂正発明における茹歩留り設定の技術的意味とは異なると主張し、さらに、本件訂正発明は二次的調理としての加熱調理や当該調理による水分の吸収を前提にするものではなく(甲第66、76号証参照)、本件訂正発明における茹歩留まり条件の技術的意義は、審決の認定にかかる甲第56〜60号証の技術的意義とは同じではないと主張する。
しかし、本件訂正発明は、常温又は冷蔵保存される茹うどんであり、これは冷凍うどんとは異なり、凍結されたものではないから、保存中に麺線内部の水分移動が起こり、麺線内部で水分が均一化し、茹上げ直後に麺線内部に形成された水分勾配は保存中に失われてしまう。また、一旦α化されたうどんもβ化(生澱粉)されてしまう。このため、食する場合にはこれを加熱調理して再度α化するとともに、再度水分勾配を形成して食感を向上させることが必要である。このためには、本件訂正発明の実施例において行われているように例えば、熱湯に3分間浸漬する等の加熱調理が必要となる。このように熱湯に浸漬すると水分を吸収して茹歩留まりが高くなる。そこで本件訂正発明では、加熱調理をすることでうどんの水分量が増えることを考慮して、茹うどんの水分含量を低めにしておくことが必要になるのである。
したがって、流通販売用茹うどんの製造において、水分含量を低めにしておき、
消費者が家庭などで加熱調理するときに茹うどんが水分を吸収することで、喫食時に最もおいしく食べられるようにすることが周知の事実であるとした審決の判断に誤りはない。
1-3. 構成要件の組合せについての判断の誤りに対して 「タピオカ澱粉を内割で5〜40重量%配合した原料粉」(構成A)は引用例(甲第6号証)をはじめとして製麺分野で周知の技術であり、また、「茹うどんの生地混練を減圧下で行って製麺すること」(構成B)も甲第16〜33号証の記載から周知技術であり、「茹歩留りを220%ないし260%未満に調整すること」(構成C)も甲第5、53,54号証及び乙第1号証から周知技術である。確かに原告がいうように、原材料、工程その他の条件の組合せによって効果が左右され得ることは技術常識であるが、各構成A〜Cは、良好な茹うどんの製造につながる周知の技術的手段であることが認識されているのであって、それらを組合せてみることを阻害する要因はない。
従って、審決の「各構成A〜Cのもつ各効果の総和を期待して、構成A〜Cを組合せてみることは、当業者において格別困難なことではない」(甲第1号証7頁15行〜16行)という判断に誤りはない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)に対して (1)本件訂正発明の構成の組合せは、前記のとおり想到容易であり、その効果も予測可能である。
(2)本件訂正発明の実施例である例14と、例6(タピオカ澱粉を配合しているが、常圧下で生地混練がなされ、茹歩留りが300%である。)とを比較すると、本件訂正発明では、例6との比較から、各項目で5点満点とすると+0.8〜+2.0程度の向上があり、総合すると+0.93、+1.6ほどの向上があることが分かる。
一方、甲第28号証には、常圧下又は減圧下で生地混練して茹でうどんを製造した実験及び評価が記載されている。本件訂正発明と甲第28号証に係る発明とは構成が異なり、また、それらの実験は別個になされているのであるから、両者を直接比較することはできないが、甲第28号証は原告自身の出願に係る公開特許公報であって出願人が本件と同じであるし、双方の実験はパネラーにより官能的評価がなされている点で共通するので、条件的な差異が比較的少ないと考えて両者の評価結果をあえて比較してみると、甲第28号証からの生地混練の条件という1要素による向上度+2.1と比較して、生地混練の条件と茹歩留りとの2要素による+0.93、+1.6といった向上度が顕著に高いとはいえない。
(3)原告はさらに、確立した特許庁のプラクティスとの矛盾を主張している。
しかしながら、特許庁のプラクティスにおいては、官能検査による評価結果のみを判断して特許権が付与されるわけではない。発明の進歩性の有無は、発明の構成の容易想到性及び作用効果を総合して勘案し、判断されているのであり、審決が「発明の進歩性については、構成の容易性と効果の顕著性を総合して判断するのであり、本件訂正発明とは全く構成の異なる乙第3〜5号証に記載の発明に関する進歩性の判断は、本件訂正発明の進歩性の判断に何らの影響を与えるものではなく、・・・・・」(甲第1号証8頁24行〜27行)と述べているとおりである。
原告の主張は失当である。
(4)引用例には、引用例記載の発明の茹うどんが、従来の麺類に比べて、麺類の食味として重要な茹上げ後における麺類の性質である滑らかさ及び粘弾性についても非常に優れた効果を示し、しかもこの食味は茹上げ後1日以上放置しても実質的に劣化しないことを明確に記載している。さらに、引用例の第1表に示されるように、タピオカ澱粉を使用した茹うどんの滑らかさ及び粘弾性は茹上げ直後と茹上げ後1日経過において10点評価法でいずれも10点満点であり、本件訂正発明とその作用効果(経時変化が少ないこと)において何ら異なるところはない。
本件訂正発明の作用効果は、本件訂正明細書に記載された他の例である例3,4,9,10,11(元は本件発明の実施例であったが、訂正により本件発明の実施例ではなくなったものも含む)と比較しても、格別に優れたものとはいえない。
本件訂正発明の唯一の実施例である例14の「経時変化による食感等の低下」の程度、つまり、茹上げ直後に対する1日経過後の品質評価の低下度(差)は0.4であるのに対して、他の例(元の実施例)においてもその低下度は0.4又は0.5であり、他の例と比較して格別顕著な作用効果であるとは到底いえない。なお、他の「例」は、本件訂正前の明細書において「実施例」として記載されていたものであり、無効審判において提示された従来技術からみて特許性がないことを認めた原告が訂正請求により「実施例」から「例」に変更したものである。本件訂正発明の実施例である例14の「経時変化による食感等の低下」の程度は、従来技術に対して特許性のない他の「例」の「経時変化による食感等の低下」の程度と同程度であり、「経時変化による食感等の低下の防止」という視点での顕著な相違は、極めて重要な作用効果の相違であるという原告の主張を裏付けるものではない。
甲第61、62、66号証の発明品1、3、4及び5、及び甲第76号証の発明品1、3及び5の品質評価の低下度(差)は、本件訂正明細書の他の「例」(特許性がないことを原告が認めている元の実施例)における品質評価の低下度(差)である0.4又は0.5よりも大きいものであり、本件訂正発明に係る茹うどんの「経時変化による食感等の低下」が従来品と対比してむしろ劣るものであって、格別に顕著であるとは到底いえない。
(5)市販の茹うどん製品は、所定期間の保存後に喫食されるものであるため、保存中に消失した水分勾配を再構築して優れた食感を得るために、再茹でによる水分吸収を前提として固めに茹でておくのが普通である。
茹うどんの主成分である澱粉質はα化(糊化)されて麺のボディを形成し良好な食感を与え且つ消化・吸収が可能となる。茹うどんは喫食されるまで冷蔵保存(5〜10℃)されるが、その間α化状態の澱粉は老化してβ化(生澱粉)が進む。このβ化した茹うどんを再度茹でると、β化した澱粉が再度α化されて茹上げ直後に近い状態になり、再び消化・吸収が可能となる。固めに茹上げたうどんは普通の茹うどんに比べて長めに再茹でするので、再α化され易く、この点でも茹上げ直後に近い状態になる。タピオカ澱粉は小麦澱粉より老化が遅く、糊化開始温度が低いため、α化し易い。従って、タピオカ澱粉を小麦粉に加えて製造したうどんは、茹時間を短縮することでき、冷蔵保存後の再茹時間も短縮される。しかし、澱粉の量が増え、相対的に小麦粉の量が少なくなると、小麦グルテンの量が少なくなり、麺のつながりが悪くなる。例えば、20%を超えて澱粉を添加すると、麺が切れやすくなる。したがって、20%を超えて澱粉を添加する場合には、小麦グルテンを添加して、麺線が切れにくくする必要がある。
甲第76号証の追試結果を示した乙第7号証によれば、茹でる方法とは無関係に、グルテンの添加により食感が明らかに向上すること、及び茹上げ後の経時変化が少なくなること、グルテンを含む場合も含まない場合も袋から取り出して茹でた方が食感が優れ、茹上げ後の経時変化も少ないことが分かる。原告が提出した甲第76号証の実験結果が極めて信憑性に欠けるものであることを強く示唆している。
茹うどんをビニール袋に入れたまま茹でた場合には、保存中に消失した水分勾配が再構築されることがなく、したがって、茹上げ直後の麺に近い食感を得ることはできないこと、また、麺線周囲の空気とビニール袋とにより熱伝導が劣るため、老化した澱粉の再α化も困難となり、水分勾配のあるおいしい茹上げ直後の優れた食感を有する茹うどんは得られないことが分かる。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について1-1. 相違点(i)についての判断の誤りについて (1)原告は、審決が、「生地混練を減圧下で行って製麺すること、及びかかる製麺方法を実施することにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が良好な茹麺が得られることは、本件特許の出願前に当業者において周知の事実である。」と認定したことは誤りであると主張するので、検討する。
ア 甲第16号証(小田聞多編「めんの本」食品産業新聞社、1986年5月10日、54〜57頁)には、「脱気ミキサーは一般的マカロニ、スパゲッチの製造に使用されているが、この場合は連続して脱気状態のまま押し出して整形するもので、機械装置も高度なものとなり、加水量の少ない硬目の生地に適しており、
一般の製麺では使用されていない。しかし、脱気の効果は必ずしも整形時まで脱気せずとも、ミキシング中のみ脱気して、その後は大気中でロール製麺してもそれなりに得られる。この場合、麺質は密度が高いため通常のものに比べて硬目の食感のものになる。この観点から一般製麺用ミキサーとしてバッチ型の脱気ミキサーが開発(島田屋本店HAミキサー)され、硬目の食感が必要とされる生中華麺や蒸麺の製造に利用されている。」(57頁上段12行〜中段7行)と記載されている。
この記載によれば、ミキシング中に脱気すると硬目の食感のものができあがるという観点から、一般製麺用ミキサーとしてバッチ型の脱気ミキサーが開発されたことが認められるから、「硬目の食感が必要とされる生中華麺や蒸麺の製造に利用される」は、硬目の食感が必要とされる麺の例として生中華麺や蒸麺を単に例示として挙げたにすぎないものと解するのが相当である。したがって、甲第16号証は、
硬目の食感を得ることを目的として、当該脱気ミキサーを、茹うどんを含む他の麺へ適用することを示唆するものということができる。
イ 甲第17号証(「ジャパンフードサイエンス」23巻6号、1984、
前2頁、39〜42頁)には、「HA方式による製めん技術」について記載されており、「HA方式とはHigh Agingの頭文字をとったもので、名称の通り高熟成めんを製造することを目的として開発されたものである。方法論としては小麦粉に加水して混練する際にミキサー内の気圧を減圧し、そのまま混練を行うもので、原理は極めて簡単なことである。」(39頁左欄15〜19行)、「このように各設定条件によって現われる現象には、若干の差異が生じるが、HA方式の現象的特性をまとめると次のようになる。[中略](10)ゆで後のめんの弾力が強まる。(11)ゆで後のめんのツヤ、光沢が増し、滑らかになる。」(40頁左欄下3行〜右欄12行)と記載されている。
これらの記載によれば、減圧して混練することにより、めんの弾力、滑らかさなど、食感に関係する特性が向上することが認められる。
原告は、甲第17号証について、「反面、ふっくらとしたソフトなうどんも、条件設定次第で可能」との記載(42頁右欄6行〜8行)をとらえて、「減圧下」にすれば常に「滑らかさ、粘弾性等の食感が良好」となるとされているわけではないと主張するが、前記40頁左欄下3行〜右欄12行の記載は、設定条件により差異は生じるが、減圧すれば、一般的に「(10)ゆで後のめんの弾力が強まる。(11)ゆで後のめんのツヤ、光沢が増し、滑らかになる。」という特性が現れることを意味していると認めるのが相当である。
ウ 甲第18号証(「ジャパンフードサイエンス」24巻8号、1985、
23〜27頁)には、「真空ミキサーは、マカロニ、スパゲッティの製造には不可欠のものとして使用されているが、生ゆでめん業界にも昭和58年頃から導入され始め、一説によると、現在300台程度が業界で使用されているという。[中略]@弾性が増し、コシのしっかりしためんができる。A透明感がでる。B表面が滑らかになる。以上のような効果がもたらされると考えられる。実際に真空ミキサーを使用して作ったうどん、中華めんの性状について、参考までに1例として次に記す。@うどん[中略]ヘ)食感は歯応えがあり、しっかりしている。」(26頁右欄2〜25行)と記載されている。
この記載によれば、真空ミキサーを用いることにより、歯応えのある食感のうどんができることが認められる。
原告は、甲第18号証には、「真空ミキサーを使用して作っためんはうまくない、あるいは味がないという声も聞こえる。これは脱気することにより、小麦粉のもっている風味、あるいはかんすいの香りも同時に取り除かれてしまうためなのかもしれない。」と記載され(26頁右欄下6〜下2行)、減圧下で行うと、めんの食感が悪化することが示されていると主張するが、この記載は、その直前の「A中華めん」に関する「ニ)食感はしっかりしており、ゆで伸びが遅い。ホ)かんすいの風味が乏しい。」との記載からも明らかなように、食感の低下を意味するものではなく、風味の低下を意味しているにすぎない。
エ 甲第20号証(「食品と科学」30巻8号、昭和63年、107〜111頁)には、「真空ミキサーの製めんへの応用」と題する論文が記載されており、
「真空ミキサーの特長をまとめると、脱気することにより、水和効果、熟成効果が出て、非常に締りのあるめんができる。」(109頁下段末行〜110頁上段2行)、「(2)茹でうどんについて[中略]溶出については、表面がなめらかになるので、茹でめん時の溶出は非常に少ない。[中略]経時変化については、常法では、茹でて一〜二日おくと、スイトン状になるが、真空ミキサーを使用すると、味は釜上げ時と同じにはいかないけれど、コシは相当残っている。加水については、
あまり多くない方が、経時変化は少ない。もちろん、茹で時間を多少早めに茹で上げた方が、経時変化は少ない。」(111頁上段3〜25行)と記載されている。
この記載によれば、真空ミキサーを用いて製造した茹でうどんは、なめらかでコシがあり、経時変化も少ないことが認められる。
原告は、甲第20号証には、減圧にしても格別な効果は得られずむしろめんのつながりの悪化が危惧されることが示されていると主張するが、甲第20号証には、
前記のように、真空ミキサーを用いて製造した茹でうどんは、なめらかでコシがあり、経時変化も少ないという効果を奏するものであることが記載されており、原告の指摘する甲第20号証中の記載、「日持ち、および、アルコール添加の場合を比較してみた場合、日持ちは良くなることはない。しかしバクテリア、カビ等の発生は遅くなる。アルコール添加の場合は、常法製造とほとんど変わらなかった。むしろ少し高い数値が出る傾向である。」(110頁上段28行〜中段2行)は、減圧にすることにより、常法のものに比べ日持ちが悪化することを意味するものではなく、また、「真空ミキサーにあまりあわない条件として[中略]B澱粉を多く入れた場合。添加澱粉を多く入れた場合、つながりが悪くなる。」(110頁中段4〜14行)との記載も、めんのつながりの悪化は澱粉を多く入れた場合に生じることを示しており、一般的に減圧によりめんのつながりが悪化することを示すものでもない。
オ 甲第24号証(特開昭60-176554号公報)には、「生めん類を、加圧環境下でかつ100℃を越える温度の水でゆで上げる方法において、前記生めん類が真空度略600mmHg以下の減圧環境下で混練されためん生地より製造されたものであることを特徴とするゆでめん類の製造方法。」(特許請求の範囲)が記載され、3頁右上欄表1には、茹で条件を温度100℃としたとき、混練時の真空度760mmHgでは外観性状(表面の肌荒、タテ割及び崩壊)が±(ほぼ良好〜普通)であるのに対して、250mmHgでは-(かなり〜極めて良好)であり、食味性(歯応え、歯切れ、こし、滑らかさ等)についても、真空度760mmHgではやや良好であるのに対し、250mmHgでは良好であったと記載され、また、4頁左上欄の表2に示された結果においても、混練時の真空度760mmHgでは外観性状が+(劣る)であるのに対して、380mmHgでは±(ほぼ良好〜普通)であり、食味性についても、真空度760mmHgではやや劣るであるのに対し、380mmHgでは良好であったと記載されている。
したがって、減圧下で生地混練することにより、食味性(歯応え、歯切れ、こし、滑らかさ等)が向上することが認められる。
原告は、甲第24号証は「ゆでうどんの含水量が72重量%」であり、本件訂正発明よりも歩留りが大きいと主張するが、原告が指摘する記載は、実験例1でゆでうどんの評価をする際に含水率72重量%となる時間を適性ゆで時間としたことを示すだけであり、このことは、減圧下で生地混練することにより、食味性(歯応え、歯切れ、こし、滑らかさ等)が向上するとの前記認定に何ら影響するものではない。
カ 甲第28号証(特開昭60-244269号公報)には、「麺類の製造法において、小麦粉、水およびその他の必要な副原料、添加物を減圧下で混合、混捏し、次いで、減圧下でロール圧延により麺帯成形することを特徴とする麺類の製造法。」(特許請求の範囲)が記載されており、常圧下で混合・混捏して生うどんを得る対照区@に比べ、混合・混捏を300mmHgの環境下で行って生うどんを得る対照区Aは、麺帯反発力、麺線切断力、食感において評価が高いことが記載されている(4頁表1、表2)。
この記載によれば、減圧下の混合・混捏により、食感が向上したうどんが得られることが認められる。
原告は、甲第28号証には「ただし、上記官能テストは上記5点の生うどんを一定水分(75%)になるまでゆであげ」とあり、本件訂正発明よりも歩留りが大きいと主張するが、ゆでうどんの評価をする際に一定水分75%となるまでゆであげたことは、減圧下の混合・混捏により、食感が向上したうどんが得られるとの前記認定に何ら影響するものではない。
キ 甲第31号証(特開昭59-213373号公報)には、「本発明は上記多加水麺を含め、熟成、展延前の混練の段階において特殊処理を施すことにより、結果的に空気含有量が少なくて容出量も少なく、適度にコシが強くて歯応えのある極めて美味な麺類を得るための麺生地等の混練方法及び混練装置を提供することを目的とするものである。本発明の第1は、減圧において混練することを特徴とする麺生地等の混練方法であり、本発明の第2は、上記第1の発明を実施するための装置であって、粉、水等の供給口と麺生地等の出口とを有していて、上記両口が閉鎖している間は密封状態を保持するミキサーを設け、該ミキサーに真空ポンプを配備してなるものである。」(1頁右下欄下4行〜2頁左上欄11行)と記載されている。
この記載によれば、減圧下で混練することにより、適度にコシが強くて歯応えのある極めて美味な麺類を得られることが認められる。
ク 甲第33号証(特開昭58-51859号公報)には、「日本のいわゆる麺類とは異質の特徴を示すマカロニ類の場合、混合(ミキシング)を終えた生地を、混ねつ(ニーティング)の直前に真空装置によって粒子と粒子の間に混在する空気を全部抜き取り、押し出し整形工程前まで真空環境にすることによりコンパクトで均一な製品が得られることは古くから公知である。真空のきいたマカロニ類の特徴は内部が緻密で断面がガラス状で透明度が良く、又強度、弾性が強いことが掲げられる。[中略]マカロニ類に比べ、本発明対象のうどん、中華麺、日本そば、
皮類は強度や弾性が強すぎては不可で、粘りや柔軟性とのバランスが重視される。
[中略]従って前記麺類の製造工程で減圧混練を組み入れることは本発明の高品質の麺を製造する目的とは背反すると考えるのが常識であるが、驚くべきことに減圧混練により、マカロニ類の如き強度や弾性のみが強化されず、粘りや柔軟性とのバランスが良好な特性を生じ、その後の工程で熟成工程を省略又は短縮が可能になることが分かったのである。」(1頁右下欄下5行〜2頁右上欄6行)と記載されている。
この記載によれば、減圧混練を行ってうどん等を製造すると、強度や弾性と粘りや柔軟性とのバランスが良好な特性を得られることが認められる。
(2)また、甲第19、21〜23、26、27、29、30、32号証には、
以下の記載が認められる。
・甲第19号証(「食品と科学」29巻6号、昭和62年、94〜97頁):「めん業界の機械の進歩と小麦粉の適性」と題する論文が記載され、「製麺ラインに対する見方は、より厳しくなり、総需要の頭打ち、品質の差別化が、いかに図れるかといった時代背景の中で、新たなラインが要求され、次のような装置開発が行われていった。[中略]Aミキサー:連続加湿機、真空ミキサー、バリニーダー、アームミキサー、等。」(95頁上段2〜11行)・甲第21号証(特開昭59-156260号公報):「タピオカ澱粉を配合した製麺原料粉を、真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、以下常法通り製麺することを特徴とする手延べ風麺類の製造法。」(特許請求の範囲)・甲第22号証(特開昭56-78570号公報):「第1粉、第2粉とから成る原料粉の総重量を基準にして、第1粉として20%〜50%の小麦粉に、小麦粉以外の穀粉類およびデン粉類から成る群から選択される第2粉を80%〜50%配合して混合し、食塩、かん水その他の麺質改良剤を必要に応じて溶解した水と共に減圧下で混ねつし、次いで常圧下で圧延して麺帯とし、次いで該麺帯を水蒸気を用いた蒸し器中を通過させ、しかる後、これを水分が25〜35%となるまで熱風で乾燥させ、その後切刃で切り出して麺線とすることから成る麺類の製造方法。」(特許請求の範囲)・甲第23号証(特開昭58-190362号公報):「小麦粉由来の蛋白質が約7重量%以上含まれる、小麦粉とその他の副原料、材料等との混合粉体に、該混合粉体の混練物中の含水率が約31〜38重量%になるように水を加え、真空度約600mmHg以下の減圧環境下で混練し、次いで常圧下で常法製めんして生めんを調製し、該生めんを包装後約10℃以下に保持することを特徴とするめん類の製造及び品質保持法。」(特許請求の範囲)・甲第26号証(特開昭61-177955号公報):「エチルアルコールを製めん原料に加配して製出する生めん類に保存性を付与する方法において、原料粉に対する加水率を32重量%以上とし、かつ、製めん原料の混練を真空度600mmHg以下の減圧環境下で行うことを特徴とする包装生めん類の保存法。」(特許請求の範囲)・甲第27号証(特開昭61-28334号公報):「製麺用減圧自動ミキサー」に関する発明が記載されている。
・甲第29号証(特開昭60-87726号公報)には真空ポンプに接続された製麺用ミキサが記載されている。
・甲第30号証(特開昭60-75244号公報):「・・・製めん原料の混練を真空度600mmHg以下の環境下で行うことを特徴とするめん類の製造法。」(特許請求の範囲)。
・甲第32号証(特開昭59-2666号公報):「ミキサーで小麦粉と水をその他の通常の添加物とともに混合、混捏する工程において、減圧又は真空雰囲気下で混合、混捏し、その後これを常法に従ってロール製麺することを特徴とする手打風麺用生地の製造方法」(特許請求の範囲) (3)以上甲第16〜24、26〜33号証から、うどんを含む種々の麺の製造において、生地混練を減圧下で行って製麺することは、本件出願時において周知であることが認められ、甲第16、17、18、20、24、28、31、33号証から、生地混練を減圧下で行うことにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が向上することも、本件出願時において周知であると認められる。
したがって、審決が、相違点(i)について、「生地混練を減圧下で行って製麺すること、及びかかる製麺方法を実施することにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が良好な茹麺が得られることは、本件特許の出願前に当業者において周知の事実である」と認定した点に誤りはない。
なお、審決が上記認定をする際に引用した参考資料1〜18の中に、本件出願後に公知となった参考資料10(甲第25号証)が含まれているとしても、上記審決の認定に誤りがないことは、他の参考資料(甲第16〜24、26〜33号証)から明らかである。
1-2. 相違点(ii)、(iii)についての判断の誤りについて (1)原告は、引用例(甲第6号証)は歩留まりを本件訂正発明よりかなり高くしておくことを奨励しているから、引用例からは、本件訂正発明のように茹で歩留まりを220%ないし260%未満に調整してみようとする動機付けは生じないと主張する。
しかしながら、引用例の実施例1について原告が指摘する記載「・・・生うどんを製造し、下記評価基準に従って比較試験した。評価基準(A)滑らかさ、(B)粘弾性、(C)煮崩れ率、(D)茹上げ時間 生うどんを茹でて麺中の水分が75%になった時点をもって茹上がりとした。」は、生うどんの評価をする際に水分75%の時点を茹上がりとしたことを意味するにすぎないものであり、水分75%を奨励することを意味するものとは認められないから、引用例は茹で歩留まりを本件訂正発明よりかなり高くしておくことを奨励しているとの原告の主張は理由がない。
(2)原告は、引用例には「流通販売用」に供するという課題は示されていないにもかかわらず、「茹うどんを包装して流通販売に供する際に、消費者の嗜好、喫食形態(例えば、つけうどん、煮込みうどん等)などを考慮して、うどんの茹歩留り(水分量)を調整することは、当業者なら当然に行う」と、引用例に何ら記載のない「流通販売に供する」ことを殊更想定して、引用例記載の発明の「改変」を考える審決の論理には飛躍があると主張する。
ア 甲第6号証によれば、引用例の実施例には、生うどんを製造しこれを茹上げて茹うどんとすることが記載され、「従来の麺類に比べて優れた食味を呈し、
しかもこの食味は茹上げ後1日以上放置しても実質的に劣化しない」(2欄下2行〜3欄1行)と記載されていることも認められるが、茹うどんを流通販売用に供することについては、記載されていない。
しかし、甲第5号証(特開昭63-79569号公報)には、「穀粉50〜95部、澱粉5〜50部、糖アルコール1〜10部に、必要により適量の食塩、かん粉、色素、植物たん白等の副資材を添加し、加水して混捏した生地より製造した生麺を、麺の水分含量が70%以下となるよう茹で上げまたは蒸し上げることを特徴とする麺類の製造方法。」(特許請求の範囲)が記載され、「本来、おいしい麺は生麺を熱加工してアルファ化したものを直ちに食することであるが、通常、市販されている麺類は流通過程に長時間を必要とするため、この間に食感が著しく劣ってしまうのが実情であった。通常の簡易包装茹麺類の流通期間は製造後4日程度が一般的であるが、前記ワキシーコーンスターチなどの澱粉類を用いて製造した茹麺は、製造直後は滑らかで弾力性のある食感になるが、30〜60分経過すると品質の劣化が急激に起こり、その優れた食感特性は殆ど失われてしまう。また、前記特開昭61-31054号公報記載の方法は茹で上げ直後の食感を長時間維持するという効果の点ではみるべきものがあるが、操作が煩雑である欠点があった。本発明は前記の問題を解決し、食感がソフトで、特に長時間にわたって製造直後の食感を維持することができる良好な品質の麺類の製造を可能とするものである。」(2頁左上欄10行〜右上欄7行)と記載されており、これらの記載によれば、生麺を茹で上げて茹麺としたものを流通販売用に用いることは、普通に行われており、流通販売用茹麺用途においては茹で上げ後の食感を長時間維持するという課題も知られていたことが認められる。
そうすると、引用例には、茹麺を流通販売用に供することについて明示されてはいないものの、前記認定のとおり、生うどんを茹で上げて茹うどんとすることが記載され、優れた食味が茹で上げ後1日以上放置しても実質的に劣化しないということが記載されている以上、引用例に記載された茹うどんを流通販売用に用いてみることは、当業者が当然に想起することと認められる。
したがって、相違点(iii)について、「引用例に記載の茹うどんを流通販売用とすることは、当業者なら容易に想到し得ることである。」とした審決の判断に誤りはない。
イ また、甲第5号証には、「本発明の対象となる麺類としては、茹でうどん、・・・等各種麺類を挙げることができるが、特にうどんのような比較的太い麺線の製品に好適である。」(2頁右上欄末行〜左下欄5行)、「以上により得た生麺は、沸騰水に生麺を投入して茹上げるか、または適宜散水しつつ水蒸気と接触させ蒸上げるのであるが、いずれの場合も、処理後まもない麺の水分含量が50%以上、70%以下、より好ましくは56〜65%となるように行うことがよい。水分含量が70%を越えると麺の弾力が失われ、食味・食感とも著しく劣ったものとなる。」(3頁左上欄4〜11行)、「表3にみられるように、特に茹上げ時の麺の水分が56〜65%の範囲のものが、茹上げ後長時間に渉って良好な食味・食感を維持しうることが明らかとなった。」(3頁右下欄10〜13行)と記載されており、これらの記載によれば、水分含量は、茹で上げ直後及び茹で上げ後時間が経過した後の食味食感に関係することが理解される。
また、本件訂正明細書(甲第4号証の3、3頁2行)によれば、茹麺の歩留りは、一般に 茹麺の歩留り(%)=茹麺類の重量/原料粉の重量×100 と計算されることが認められ、また甲第15号証によれば、
茹歩留り(%)=(100-a)×100/(100-x) (aは原料分の水分含量(%)を表し、xは茹麺の水分含量(%)を表す)であることが認められるから、本件訂正発明における茹歩留りは、水分含量の指標であることが認められる。
したがって、引用例記載の茹うどんにおいて、茹で上げ直後及び茹で上げ後時間が経過した後の食感をさらに向上するために、水分含量、すなわち茹歩留まりに着目し、茹歩留りの最適な数値範囲を決定することは、当業者が容易に想到することである。
また、甲第20号証には、「もちろん、茹で時間を多少早めに茹で上げた方が、
経時変化は少ない。」(111頁上段23〜25行)と記載されており、茹で時間を少なくすれば茹歩留りが小さくなることは自明である(甲第5号証の表3における、茹で時間と茹で麺水分の関係を参照)から、このことからも、経時変化を防止するために茹歩留りに着目し、最適な数値範囲を決定することは、当業者が容易に行うことであると認められる。
さらに、乙第1号証(「ジャパンフートサイエンス」28巻5号、1989、22〜24頁)には、
「3-2 茹うどん 色相は生うどんとほぼ同じ傾向。食感の差別化を図るため、小麦粉は専用銘柄が増え、利用されている。多加水、熟成、短時間茹の製法が多くなり、製品水分は下がってきている。十数年前に農林省食品総合研究所で調査した茹めん製品水分の平均値は約76%であった。約7〜8年前に当社で関東地区を調査した結果は、平均約74%で、比較的食感が良かったものの水分は約72%であった。最近は手打式、手打風めん(多加水製法)が増えてきており、水分は68〜70%程度になっている。デンプン特性と製めん適性の研究は進み、デンプン利用で食感の差別化を強調している製品の水分は更に低く、約65%となっている。」(23頁右欄28〜末行)と記載されており、茹うどんの水分65%は、甲第15号証によれば、原料粉の水分含量を14.5%とした場合の茹歩留り244.3%に相当する。そうすると、
澱粉を配合した茹うどんにおける茹歩留りとして、一般的な数値と認められる244.3%を含む「220%ないし260%未満」という茹歩留りの数値範囲を決定することが困難なことであるとも認められない。
ウ 以上のとおりであるから、相違点(ii)について、「茹うどんを包装して流通販売に供する際に、消費者の嗜好、喫食形態(例えば、つけうどん、煮込みうどん等)などを考慮して、うどんの茹歩留り(水分量)を調整することは、当業者なら当然に行うことであり、また茹歩留まりが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹麺も、本件特許の出願前に当業者において周知のものである。」ことを前提として、「タピオカデンプンを上記特定量配合した原料粉を用いて流通販売用の茹うどんを製造する際に、うどんの茹歩留まりの最適な範囲を実験により決定し、その茹歩留まりを「220%ないし260%未満」とすることは、当業者において格別の創意を要することではない。」とした審決の判断の結論に誤りはない。
(3)原告は、たまたま茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内にある茹麺それ自体が知られていたとしても、原料粉や麺の種類等を異にする引用例記載のものを「改変」することの動機を与えるものではなく、現に、審決が周知資料とする甲第53号証(審判時の参考資料38)においても、甲第54号証(審判時の参考資料39)においても、水分量としては、上記数値範囲外のものも記載されていると主張する。
しかしながら、前述した乙第1号証は、「技術面からみた、生・茹めんの最近の傾向」との論文タイトルからも明らかなように、特定の原料粉を用いためんに限定して記載したものではなく、茹めんの一般的な傾向について記載した論文であるから、原料粉や麺の種類等が相違する引用例記載のものを改変する動機付けを与えるものということができ、甲第53、54号証に茹歩留り「220%ないし260%未満」の範囲外のものが記載されていたとしても、そのことによって茹歩留りが「220%ないし260%未満」の範囲内のものが周知でなかったということはできない。
また、原告は、甲第54号証には、「水分含量と食味との関係はとくにみられなかった」(64頁左欄23行〜30行)と記載され、審決の「茹うどんを包装して流通販売に供する際に、消費者の嗜好、喫食形態(例えば、つけうどん、煮込みうどん等)などを考慮して、うどんの茹歩留り(水分量)を調整することは、当業者なら当然に行う」との認定とは矛盾ないし相反する知見が示されているとも主張するが、同号証には、上記記載に続けて「当調査範囲では水分含量と食味との関係はとくにみられなかった。」(64頁左欄31〜32行)と記載されていることから、甲第54号証中の原告指摘箇所の記載は、この文献において調査した検体の範囲内における結果を述べたものにすぎないと認められる。そして、既に検討したように、甲第5号証、甲第20号証に水分含量と食感、食感の経時変化との関係が示されているのであるから、審決の上記認定に誤りはない。
(4)原告は、甲第5号証、乙第1号証には、減圧下で行うことと低歩留りとすることとの組合せが示されていない等として、これらが契機となって当業者が経時変化による食感等の劣化を防ぐために引用例の改変を行うことは考えられないと主張するが、減圧下混練により、食感が向上することは、甲第16、17、18、20、24、28、31、33号証に記載されている周知の事項であって、乙第1号証には、茹歩留りが茹で上げ直後及び茹で上げ後時間が経過した後の食感に関係することが示され、甲第5号証にはデンプンを配合した茹でうどんの水分含量が65%(茹歩留り244.3%に相当)となっていることが示されているのであるから、甲第5号証、乙第1号証に減圧下で混練することが記載されていないからといって、経時変化による食感などの劣化を防ぐために引用例の改変を行う動機付けがないとはいえない。
(5)原告は、審決が、「流通販売用の茹うどんを消費者が喫食する際に、加熱調理をすることでうどんの水分量が増えることを考慮して、茹うどんの水分含量を低めにしておくこと、言い換えると流通販売用茹うどんの製造において、水分含量を低めにしておき、消費者が家庭などで加熱調理するときに茹うどんが水分を吸収することで、喫食時に最もおいしく食べられるようにすることは、本件特許の出願前当業者において周知の事実である」と認定した点について、甲第66、76号証実験成績証明書を提示して、本件訂正発明は二次的調理としての加熱調理や当該調理による水分の吸収を前提とするものではなく、また、審決が周知として挙げた甲第56〜60号証も、本件訂正発明の特定の組合せと顕著な作用効果の結びつきを示唆するものでない等と主張する。
甲第56号証(「食品と科学」28巻12号、昭和61年、43頁)には、「ゆでめんの動向と品質について」と題する論文が記載されており、「調理めんの構成要素である「ゆでうどん」の品質について、一食用パックを中心に調査したので紹介したい。調査方法としては、三鷹市・武蔵野市周辺のスーパーより購入した、十一社十三商品を対象とした。」(43頁2段11〜16行)、「また、水分が七一%前後と「うどん」としては少ないものが多かった。これは、「ゆでうどん」をおいしく食べさせるために、消費者の調理時間(表示としては半数であったが、例えば、今回試食したように一分三〇秒湯もどしすると、水分は三〜四%増え、めんに弾力がでてくる)まで考慮して、製造していると考えられる。」(43頁下段17〜25行)と記載されている。また、甲第58号証(特開昭60-259154号公報)には、「本発明は半調理麺製品及びその製造方法に関し、更に詳細には、生麺線を短時間加熱処理した後、必要に応じて水冷するかおよび/または酸溶液処理して水分含量65%以下にすることを特徴とする冷蔵流通に適し、しかも家庭で短時間加熱調理することにより、生麺線を茹で上げた直後の優れた食感および外観が得られる半調理製品及びその製造方法に関する。」(1頁左下欄下8〜末行)、
「小麦粉100重量部に対して、水50重量部、食塩3重量部を混捏して製造した3.0/3.8mmの太さの生麺を時間を変えて短時間ボイルし、下記の表に示すような茹で上げ後水分含量50〜72%とした麺A、を包装し、冷蔵し、3日後に調理(ボイル)して水72〜74%に調整しザルうどんとして試食に供した。」(2頁右下欄下5行から3頁左上欄1行)と記載されている。さらに、甲第59号証(特開昭61-31054号公報)には、水分含量が50〜65重量%の茹麺が記載されており、「発明が解決しようとする問題点」として「本来、美味しい茹麺は生麺から茹で上げたものをすぐに食することであるが、通常、販売されている茹麺は、流通過程があるため、茹で上げ後、長時間経過しており、食感が著しく劣ってしまうのが現状である。」(2頁左上欄9〜13行)と記載され、「本発明の製品である茹麺は茹麺水分含量が通常の茹麺より低いため、喫食できる茹麺水分含量の73〜76%程度になる迄、2〜4分間調理(湯戻し)するのである。」(3頁左下欄末行〜右下欄4行)とも記載されている。
これらの記載によれば、家庭において短時間調理することを前提に製造された流通販売用の茹うどんはよく知られており、当該調理により水分含量が増加することも、周知であることが認められる。したがって、審決が「流通販売用の茹うどんを消費者が喫食する際に、加熱調理をすることでうどんの水分量が増えることを考慮して、茹うどんの水分含量を低めにしておくこと、言い換えると流通販売用茹うどんの製造において、水分含量を低めにしておき、消費者が家庭などで加熱調理するときに茹うどんが水分を吸収することで、喫食時に最もおいしく食べられるようにすることは、本件特許の出願前当業者において周知の事実である」と認定した点に誤りはない。
そして、家庭において短時間調理することを前提に製造された流通販売用の茹うどんがよく知られていることは、前示のとおりであるところ、甲第4号証の3によれば、本件訂正明細書においても、「外観および食感の判定は、上記茹うどんを熱湯に3分間浸漬してから行った。」(4頁15〜16行)と記載され、家庭における短時間調理と同様の処理を施していることが認められ、加熱調理をしないで使用することについては記載されていないから、本件訂正発明は二次的調理としての加熱調理や当該調理による水分の吸収を前提とするものではないとの原告の主張は、
明細書の記載に基づかないものであり、採用することができない。
また、後述するように、本件訂正発明は、構成の特定の組合せにより顕著な作用効果が奏されるものではないから、審決が周知として挙げた文献が本件訂正発明の特定の組合せと顕著な作用効果の組合せを示唆していないとの原告の主張も理由がない。
1-3.構成要件の組合せについての判断の誤りについて 原告は、所望の効果を得られるかどうかは条件の組合せに左右されるものであり、所望の効果を奏する組合せを見出したことは技術的思想創作であって発明そのものであるから、審決が「各構成A〜Cのもつ各効果の総和を期待して、構成A〜Cを組み合わせることは、当業者において格別困難なことではない」とした点は誤りであると主張する。
しかしながら、1-1.で説示したように、生地混練を減圧下で行うことにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が向上することは周知であり、1-2.で説示したように、流通販売用の茹でうどんにおいて茹で上げ後の食感を長時間維持することが課題とされているところ、適当な茹歩留りを選択すれば、茹で上げ直後及び茹で上げ後時間が経過した後において所望の食感が得られることが知られているのであるから、これらの効果の総和を期待して構成を組み合わせることは、当業者が容易に想到することであり、審決の上記認定に誤りはない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について (1)原告は、本件訂正発明の構成の組合せ自体が想到困難であるから、この効果も予測し得るものではないと主張するが、1.で検討したとおり、構成の組合せは当業者が容易に想到し得るものであるから、原告の主張は理由がない。
(2)原告は、本件訂正発明によって製造される茹うどんが、引用例記載の発明によって製造される茹うどんと比較して、「経時変化による食感等の低下の防止」という点で、作用効果の相違があると主張している。
ア 本件訂正明細書(甲第4号証の3)には、「・・・市場に流通、販売されている茹麺類では、茹上げ直後のものを入手することは極めて困難であり、茹上げ後1日またはそれ以上経過したものを入手し喫食しているのが現状である。ところで、茹麺類においては茹上げ後時間が経過するにつれて粘弾性、滑らかさ等の食感が劣ったものになることはよく知られており、かかる点から茹上げ後に時間が経過しても食感等の低下の少ない茹麺が求められている。一方、本出願人は、小麦粉等の穀粉にタピオカ殿粉を配合して製麺すると、タピオカ殿粉を配合しない場合や、またはワキシーコーンスターチ、馬鈴薯殿粉、小麦殿粉、コーンスターチ等の他の殿粉またはα化したタピオカ殿粉を配合した場合に比べて、茹上げ時間が短くてすみ、煮くずれが少なく、しかも食感のよい麺類が得られることを見出して先に出願した(特公昭62-49018号[注:甲第6号証=引用例に相当])。しかし、そこでは茹麺類の歩留りと茹上げ後の時間経過が食感に及ぼす影響については注目されていない。本発明者等は、茹上げ後に時間が経過しても食感等の低下の少ない茹うどんを製造すべく更に研究を続けたところ、原料粉として小麦粉の穀粉とタピオカ殿粉を使用するとともに、減圧下生地混練して製麺し、通常よりも低い特定の歩留りに茹上げると、得られた茹うどんは茹上げ後に時間が経過しても茹上げ直後の食感等をほとんどそのまま保持し得ることを見出した。」(1頁15行〜2頁5行)、
と記載されていることが認められ、本件訂正発明の目的が、茹上げ後に時間が経過しても食感等の低下の少ない茹うどんを製造することにあることが認められる。
一方、引用例(甲第6号証)には「本発明方法は穀粉中の蛋白質含量を調整する必要がなく、従来の麺類に比べて優れた食味を呈し、しかもこの食味は茹上げ後1日以上放置しても実質的に劣化しない」(2欄下3行〜3欄1行)と記載されていることが認められる。
そうすると、本件訂正発明と引用例とは、茹上げ後に時間が経過しても食感等の低下の少ない茹うどんを製造するという同質の効果を目指しているものということができる。
イ また、原告は、本件訂正発明の実施例に相当する例14は、引用例に近似する例6に比べて、茹上げ後1日経過しても、外観、粘弾性、滑らかさのいずれの点においても非常に良好な状態が保たれていると主張する。
1-1.で説示したように、生地混練を減圧下で行うことにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が向上することは周知であり、また、甲第20号証の「経時変化については、常法では茹でて一〜二日おくと、スイトン状になるが、真空ミキサーを使用すると、味は釜上げ時と同じにはいかないけれど、コシは相当残っている。」(111頁上段18〜21行)との記載は、生地混練を減圧下で行うことにより経時変化が少ないことを示唆していると認められ、さらに、1-2.で説示したように、適当な茹歩留りを選択すれば、茹で上げ直後及び茹で上げ後時間が経過した後において所望の食感が得られることが知られているのであるから、減圧と適当な茹歩留りの組合せにより、本件訂正明細書に記載された効果が得られることは、当業者が当然に期待することである。
そして、本件訂正明細書(甲第4号証の3)の6頁表-2には、
例3(常圧で混練、歩留り240%のもの)において、
茹上げ直後の外観4.4、粘弾性4.0、滑らかさ4.0、
1日経過後の外観4.1、粘弾性3.9、滑らかさ4.0であり、
例6(常圧で混練、歩留り300%のもの)において、
茹上げ直後の外観4.0、粘弾性3.9、滑らかさ4.0、
1日経過後の外観3.3、粘弾性2.8、滑らかさ3.4と記載されているから、例3と例6とを対比すると、歩留まりを適切な範囲にすることで、1日経過後の特性の低下をいくらか抑制し得ることが認められる。
また、本件訂正明細書の9頁表-4には、
例14(600mmHg減圧で混練、歩留り238のもの)において、
茹上げ直後の外観4.8、粘弾性5.0、滑らかさ4.9、
1日経過後の外観4.7、粘弾性4.8、滑らかさ4.8と記載されているから、例14と例3とを対比すると、減圧することにより、茹で上げ直後の特性がいくらか向上していることが認められる。
そうすると、本件訂正発明の実施例に相当する例14の、引用例に近似する例6と比較した効果は、まさに、生地混練を減圧下で行うことにより、滑らかさ、粘弾性等の食感が向上し、適当な茹歩留りを選択することにより、茹で上げ直後及び茹で上げ後時間が経過した後において所望の食感が得られるとの、当業者が期待するとおりのものであるということができる。
したがって、本件訂正発明は、引用例記載のものに比べて、当業者が予測し得ない格段に優れた効果を奏するものであると認めることはできない。
(3)原告は、甲第61号証、甲第62号証実験成績証明書によっても、本件訂正発明は、外観、粘弾性、滑らかさのいずれにおいても優れており、茹で上げ後時間が経過してもその評価はほとんど低下しないと主張している。
甲第61号証は、@の方法として本発明法、Aの方法としてタピオカ澱粉を添加しない方法、Bの方法として歩留まりを高めに設定した方法について試験した結果を示すものである。
しかしながら、引用例はタピオカ澱粉を添加した方法であるから、@の方法による効果をAの方法による効果と対比しても、本件訂正発明の引用例と対比した効果が明らかになるわけではない。また、甲第61号証において、
@の方法(600mmHg減圧で混練、歩留り241%のもの)では、
茹上げ直後の外観4.6、粘弾性4.9、滑らかさ4.9、
1日経過後の外観4.4、粘弾性4.7、滑らかさ4.7 4日経過後の外観4.1、粘弾性4.0、滑らかさ4.5であり、
Bの方法(600mmHg減圧で混練、歩留り340%のもの)では、
茹上げ直後の外観1.2、粘弾性2.0、滑らかさ1.5、
1日経過後の外観1.1、粘弾性1.6、滑らかさ1.4、
4日経過後の外観1.0、粘弾性1.2、滑らかさ1.2と記載されている。上記の結果は、適当な茹歩留りとすることで、茹で上げ直後の食感を向上するとともに時間経過後の特性の低下を抑制することができるという、
当業者が予想し得る効果を示したものにすぎない。
また、甲第62号証は、@本発明の方法(600mmHg減圧で混練、歩留り243%)、A高歩留り(600mmHg減圧で混練、263%)、B低歩留り(600mmHg減圧で混練、215%)について試験した結果として、
@の方法では、
茹上げ直後の外観4.7、粘弾性4.9、滑らかさ5.0、
1日経過後の外観4.5、粘弾性4.6、滑らかさ4.8、
4日経過後の外観4.2、粘弾性4.2、滑らかさ4.5、
Aの方法では、
茹上げ直後の外観4.2、粘弾性4.4、滑らかさ4.8、
1日経過後の外観4.0、粘弾性4.1、滑らかさ4.6、
4日経過後の外観3.7、粘弾性3.5、滑らかさ4.2、
Bの方法では、
茹上げ直後の外観4.7、粘弾性4.2、滑らかさ4.4、
1日経過後の外観4.5、粘弾性3.9、滑らかさ4.2、
4日経過後の外観4.2、粘弾性3.4、滑らかさ3.9と記載されている。上記の結果は、適当な茹歩留りとすることで、茹で上げ直後の食感をいくらか向上することができるという、当業者が予想し得る効果を示したものにすぎない。
(4) 審決が「被請求人の主張する上記効果は、当業者が予測し得る範囲内のものである」との判断をするに際し、「流通販売用茹うどんは、通常茹上げ後時間が経過して消費者の手に渡るものであり、このような流通販売用茹うどんにとって、茹上げ後に時間が経過しても外観、食感等の品質低下が少ないことは当然に求められることであり、茹上げ後一定時間が経過したときの外観、食感等の品質を評価することは当業者であれば当然に行うことである」ことを根拠にした点については、当業者が外観食感等を評価することが当然であることと優れた評価結果が得られることとは、本来別の問題であるから、十分な理由が示されているとはいえないものの、(2)(3)で示した理由により、本件訂正発明の効果は当業者が予測し得るものであるから、審決の効果に関する判断は結論において誤りとはいえない。
(5)原告は、甲第63〜75号証を提示して、本件訂正発明と同程度の官能評価結果が得られれば、顕著な効果と認めて特許権を付与するのが、確立した特許庁のプラクティスであり、審決の判断はこのようなプラクティスと矛盾すると主張している。
しかしながら、進歩性の判断は、構成の容易想到性と構成によりもたらされる効果とに基づいて行われるものである。甲第63〜75号証は、出願日も発明の構成も本件訂正発明とは異なっていることから、本件とは異なる従来技術と対比して構成の容易想到性が判断され、さらに官能試験の結果が判断されたものであって、官能評価結果が同程度であるから本件訂正発明が甲第63〜75号証と同様に特許されるべきであるという、原告の主張は理由がない。
3 むすび 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由がなく、
審決には取り消すべき理由が見当たらない。よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実