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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ2473損害賠償等請求事件 判例 特許
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平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成13ワ24051特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  協議 /  創作性(創作) /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  加工方法 /  新規性 /  公然実施(29条1項2号) /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術的手段 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  実質的に同一 /  共有 /  警告 /  クレーム /  抵触 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  間接侵害 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  逸失利益 /  実施料 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  混同 /  目的の範囲 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 9年 (ワ) 24064号 特許権侵害差止請求権不存在確認等請求事件
平成 11年 (ワ) 19166号 特許権侵害差止等請求事件
原告(反訴被告) 株式会社サタケ
訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同 鈴木修
同 伊藤玲子
同 木村 耕太郎
補佐人弁理士 増井忠弐
被告(反訴原告) 株式会社東洋精米機製作所
被告 財団法人雑賀技術研究所
被告ら訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
同補佐人弁理士 柳野隆生
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/12/12
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本訴原告の別紙物件目録2記載の機器の製造・販売につき,本訴被告らが特許番号第2615314号の特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
2 本訴被告らは,別紙物件目録2記載の機器の製造・販売及びこの稼働によって得られる同目録1記載の米の第三者による製造・販売が,特許番号第2615314号の特許権を侵害するとの事実を文書又は口頭で,第三者に告知又は流布してはならない。
3 本訴被告株式会社東洋精米機製作所は,本訴原告に対し,200万円及びこれに対する平成9年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 本訴原告の本訴被告らに対するその余の本訴請求のうち,確認請求のその余の部分を却下し,その余の請求を棄却する。
5 反訴原告(本訴被告)の反訴被告(本訴原告)に対する反訴請求のうち,確認請求を却下し,その余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,これを4分し,その1を本訴原告(反訴被告)の,その2を本訴被告(反訴原告)株式会社東洋精米機製作所の,その余を本訴被告財団法人雑賀技術研究所の,各負担とする。
事実及び理由
請求
(本訴請求) 1 本訴原告の別紙物件目録2記載の機器の製造・販売につき,本訴被告らが特許番号第2602090号又は第2615314号の特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
2 本訴被告らは,別紙物件目録2記載の機器の製造・販売及びこの稼働によって得られる同目録1記載の米の第三者による製造・販売・使用が,特許番号第2602090号又は同第2615314号の特許権を侵害するとの事実を文書又は口頭で,第三者に告知又は流布してはならない。
3 本訴被告株式会社東洋精米機製作所は,本訴原告に対し,1000万円及びこれに対する平成9年11月28日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,本訴被告らの負担とする。
5 第3項につき仮執行宣言(反訴請求) 1 別紙物件目録1記載の米が,特許番号第2615314号の特許権の権利範囲に属することを確認する。 2 反訴被告(本訴原告)は,別紙物件目録2,3記載の各機器を製造・販売してはならない。
3 反訴被告(本訴原告)は,反訴原告(本訴被告)株式会社東洋精米機製作所に対し,1億円及びこれに対する平成11年8月31日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,反訴被告(本訴原告)の負担とする。
5 第2項及び第3項につき仮執行宣言
事案の概要
本訴原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)は,別紙物件目録2,3記載の各機器を製造・販売している(以下,これらの機器をそれぞれ「ロ号物件」「ハ号物件」といい,併せて「原告設備」と総称する。また,これらの機器において用いられている精米方法を「原告方法」という。)。
本訴被告(反訴原告)株式会社東洋精米機製作所(以下,単に「被告東洋」という。)及び本訴被告財団法人雑賀技術研究所(以下「被告雑賀」という。また,被告東洋と併せて「被告ら」という。)は,後記1(1)ア,イの各特許権を共有している。
本件本訴請求は,原告が,被告らに対して,@原告が製造・販売するロ号物件について,原告方法が後記1(1)アの特許権を侵害すること又はロ号物件により製造される米(以下,この米を「イ号物件」という。)が後記1(1)イの特許権を侵害し,ロ号物件が当該米の製造のみを目的とするものであること(特許法101条1号)を理由として被告らが製造・販売の差止めを求める権利を有しないことの確認を求め,併せて,A不正競争防止法に基づき,被告らがロ号物件及びイ号物件が被告らの上記各特許権を侵害する旨を告知・流布することの禁止を求め,また,B被告東洋に対して,同被告が上記のような虚偽事実の告知・流布をしたことによる信用毀損の損害賠償の支払を求めている事案である。
本件反訴請求は,後記1(1)イの特許権の共有者である被告東洋が,原告に対し,@イ号物件が同特許権の権利範囲に属することの確認を求め,併せて,A精米機である原告設備(ロ号物件及びハ号物件)が,イ号物件の製造にのみ使用されるものであるとして,後記1(1)イの特許権に基づき,これらの精米機の製造・販売の差止め並びにその製造・販売による損害賠償を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 被告らは,次の特許権(以下,アの特許権を「本件第1特許権」といい,イの特許権を「本件第2特許権」という。併せて「本件各特許権」ということがある。)を共有している。
ア 特許番号 第2602090号 発明の名称 洗い米の製造方法 出願年月日 平成元年3月14日 出願番号 特願平1-62648号 出願公開年月日 平成2年9月27日 登録年月日 平成9年1月29日 特許権者 被告東洋及び被告雑賀 イ 特許番号 第2615314号 発明の名称 洗い米及びその包装方法 出願年月日 平成元年3月14日 分割の表示 特願平1-62648号の分割 出願公開年月日 平成5年11月19日 登録年月日 平成9年3月11日 特許権者 被告東洋及び被告雑賀 (2) 上記(1)アの特許権(本件第1特許権)に係る願書に添付した明細書(ただし,訂正請求前のもの。以下これを「本件第1明細書」といい,この明細書を掲載した特許公報を「本件第1公報」という。本判決末尾添附)の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件方法の発明」という。)。
「精白米を水に浸け,洗滌,除糠を行い,吸水部分が主に米粒の表層部である洗い米を得,更に除水工程において洗滌水と表面付着水の除水を行い,洗い米を製造する方法であって,水中への浸漬から除水までの工程を米粒の吸水量が極くわずかであるうちに完了し,水の浸透を主に米粒の表層部でとどめるようにし,かつ米粒の含水率が除水した時点でほぼ16%を超えないことを特徴とする米粒に亀裂を有さない洗い米の製造方法。」 (3) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件a」のようにいう。)。
a 精白米を水に浸け,洗滌,除糠を行い, b 吸水部分が主に米粒の表層部である洗い米を得, c 更に除水工程において洗滌水と表面付着水の除水を行い, d 洗い米を製造する方法であって, e 水中への浸漬から除水までの工程を米粒の吸水量が極くわずかであるうちに完了し, f 水の浸透を主に米粒の表層部でとどめるようにし, g かつ米粒の含水率が除水した時点でほぼ16%を超えない h 以上を特徴とする米粒に亀裂を有さない洗い米の製造方法
(4) 上記(1)イ(本件第2特許権)の特許権に係る願書に添付した明細書(以下「本件第2明細書」といい,この明細書を掲載した特許公報を「本件第2公報」という。本判決末尾添附)の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件洗い米の発明」という。(2)の発明と併せて「本件両発明」ということがある。)。
「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる,米肌に亀裂がなく,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された,平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米。」 (5) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。)。
A 洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる, B 米肌に亀裂がなく, C 米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された, D 平均含水率が約13%以上16%を超えないこと E 以上を特徴とする洗い米。
(6) 原告は,別紙目録記載のロ号物件及びハ号物件を,業として製造・販売している。ロ号物件及びハ号物件を購入した精米業者等は,イ号物件を業として製造している。
(7) 原告方法は,ロ号物件及びハ号物件において用いられている方法である。
ロ号物件及びハ号物件は,イ号物件の製造にのみ用いられる機器であり,原告方法の実施にのみ用いられる機器である。
(8) イ号物件は,本件洗い米の発明の構成要件BないしEを充足する。
2 イ号物件及び原告設備の構成についての当事者の主張 (1) イ号物件 ア 原告の主張する構成 「精白米に対して,その重量の約15%に相当する水を添加してその表面に付着させ,米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精し,米粒に吸収された水分が極くわずかであるうちに,米粒から剥離された糠が混入している付着水の大部分を遠心脱水によって取り除き,この米粒を温風でもって乾燥させて,これに引き続き冷却することにより,残りのわずかな付着水と米粒に吸収された水分相当分を除去して得られる,米肌にほとんど亀裂がなく,この無洗米を研ぐと濁度50ppmないし70ppm程度に米肌面の糠分が一部除去された平均含水率が16%を超えないことを特徴とする無洗米。」 イ 被告らの主張する構成 「米肌にほとんど亀裂がなく米肌面の糠分がほとんど除去された平均含水率が16%を超えないことを特徴とする無洗米。」 (2) ロ号物件 ア 原告の主張する構成 別紙図面(第2図・第2'図は,縮尺率が約100分の8の模式図)及びその説明に記載の製品は,「スーパージフライス設備SJR2A」型(ロ号物件)である。別紙図面第2図及び説明中の鍵括弧部分は同型の旧型であり,第2'図及び説明中の二重鍵括弧部分は同型の改造型・新型である。
(ア) 図面の簡単な説明 第1図は,原告設備の全体を示す左側面図(ただし,側板を外した状態で支柱及び梁の一部を破断してある。),第2図(第2'図も含む)は第1図における米粒処理部及び遠心脱水部の拡大縦断面図,第3図は温風乾燥部の一部破断断面図,第4図は通風冷却部の一部破断断面図,第5図は原告設備の作用を示す流れ図である。
(イ) 符合の説明 A…米粒処理・脱水装置 B…乾燥装置 C…冷却装置 1…米粒処理部 2…遠心脱水部 3…温風乾燥部 4…通風冷却部 5…米粒投入口 6…送風機 7…ヒーター 8…主軸 9…送込み螺旋 10…撹拌翼 11…逆送板 12…送出し螺旋 13…米粒処理室 14…下部筒体 15…「水供給管」『給水口』 16…「水供給管取付孔」『中空部』 17…主軸用被動調車 18…主軸用電動機 19…主軸用駆動調車 20…主軸ベルト 21…上部横送螺旋 22…上部螺旋用電動機 23…下部横送螺旋 24…下部螺旋用電動機 25…固定筒体 26…回転筒 27…多孔壁除糠脱水筒 28…縦送螺旋 29…螺旋軸用被動調車 30…螺旋軸用駆動調車 31…両軸電動機 32…螺旋軸 33…被動調車部 34…軸受部 35…回転筒ベルト 36…駆動調車 37…外筒 38…排風筒 39…ドレン孔 40…送風筒 41…排米樋 42…上部筒体 43…供給用開口 44…螺旋軸ベルト 45…連絡用開口 46…吐出口 47…排風路 48…送風路 49…サイクロン分離器 50…傾斜連絡樋 51…排出樋 52…バイブレーター 53…排風路 54…ロータリーシフター 55…ネット回転用電動機 56…ネット 57a,57b…送風口 58…排風口 59…投入口 60…排米口 61…ケース 62…搬送板 63…排風口 64…水供給管 (ウ) 構造の説明 @ 全体の構成 米粒処理・脱水装置Aは,第1図の右側に位置し,米粒処理部1と遠心脱水部2とからなる。乾燥装置Bは米粒処理・脱水装置Aの下方に位置し,温風乾燥部3からなる。温風乾燥部3の下流側に通風冷却部4からなる冷却装置Cを配設してなり,第1図左側には前記温風乾燥部3に温風を供給するための送風機6及びヒーター7が設けられ,送風機6と温風乾燥部3との間には送風路48が配管される。
A 各装置の構成 T 米粒処理・脱水装置A @ 米粒処理部1 立設した上部筒体42内に主軸8を回転自在に挿通する。主軸8には板状の一対の撹拌翼10を取り付ける。撹拌翼10の下方に,主軸8の回転軸に米粒を上方へ押し戻すように湾曲させた一対の逆送板11を取り付ける。撹拌翼10及び逆送板11を囲む下部筒体14内を米粒処理室13としている。米粒処理室13の上部は断面正六角形で,その下部は円形である。撹拌翼10より上方の主軸8には送込み螺旋9を,逆送板11よりも下方の主軸8には送出し螺旋12をそれぞれ取り付ける。下部筒体14の下端は小径に絞られ,かつその上端も小径の上部筒体42に接続しているため,米粒処理室13は,上下の両端が細く絞られた形状になっている。主軸8の上端には被動調車17を軸着する。被動調車17と主軸用電動機18の駆動軸に軸着した駆動調車19に主軸ベルト20を懸架する。送込み螺旋9付近の上部筒体42に供給用開口43を設ける。供給用開口43には,上部螺旋用電動機22で作動する上部横送螺旋21の先端を臨ませる。上部横送螺旋21の上方には精白米を供給する穀粒投入口5を臨ませる。なお,主軸の回転数は調節可能となっている。
「下部筒体14の上端部付近に一対の水供給管取付孔16を穿設し,これらに水供給管15を取り付ける。水供給管15は図外の吸水ポンプ,水量メーター,電磁弁及びレギュレータなどを介して給水設備に連絡している。」(旧型) 『主軸8にはその上端より撹拌翼10付近まで延びる中空部16を設ける。中空部16の下端は撹拌翼10付近に穿設した給水口15に連通される。
中空部16上端の開口部には水供給管70が接続され,水供給管70は図外の吸水ポンプ,水量メーター,電磁弁及びレギュレータなどを介して給水設備に連絡している。』(新型) A 遠心脱水部2 米粒処理部1の主軸8の軸心より外れた位置にこれと並行の軸心を有する螺旋軸32を回転自在に立設する。螺旋軸32には縦送螺旋28を形成する。縦送螺旋28の上部側にはこれを覆って固定筒体25を設ける。固定筒体25の下端はこれに接して回転筒26を設ける。回転筒26は,その下端の被動調車部33を介して多孔壁除糠脱水筒27と一体的に接続される。回転筒26は軸受部34によって回転自在に支持する。被動調車部33と両軸電動機31の一方の軸端に取り付けた駆動調車36に回転筒ベルト35を懸架する。螺旋軸32上端に取り付けた被動調車29と両軸電動機31の他方の駆動調車30に螺旋軸ベルト44を懸架する。固定筒体25上端よりの連絡用開口45と米粒処理部1下端の吐出口46とは,下部螺旋用電動機24によって駆動する下部横送螺旋23を介して連絡する。多孔壁除糠脱水筒27を覆って外筒37を設け,外筒37には送風筒40と排風筒38とを装着する。排風筒38はサイクロン分離器49を介して図外の吸引機に連絡してある。外筒部37の底部にドレン孔39を設ける。遠心脱水部2下端には次工程の温風乾燥部3の投入口59に連通する排米樋41を設ける。
U 乾燥装置B 乾燥装置Bは温風乾燥部3を有する。温風乾燥部3は,ほぼ密閉されたケース内に,ネット回転用電動機55によって連絡された送風路48の送風口57a,57bを臨ませる。送風機6付近の送風路48にはヒーター7を装着する。ケース底部に排風口58を設け,この排風口58は排風路47により図外の集塵装置に連絡する。ケース上部には米粒の投入口59を設け,この投入口に,米粒処理・脱水装置Aの遠心脱水部2の吐出口から延びる排米樋41を接続する。ケース側面には排米口60を設け,この排米口60は傾斜連絡樋50を介して次工程の通風冷却部4のケース61内に連絡する。
V 冷却装置C 冷却装置Cは通風冷却部4からなる。通風冷却部4には,バイブレーター52によって振動するケース61を設ける。ケース61の内部に搬送板62を装着する。この搬送板62は繊網によって形成する。ケース61の一側に傾斜連絡樋50を接続し,他側には排出樋51を接続する。ケース61上部に排風口63を設け,この排風口63は排風路53により図外の集塵装置に連絡する。搬送板62の一端は傾斜連絡樋50の下方に臨ませ,他端は排出樋51の上方に臨ませる。
(エ) 作用の説明 T 米粒処理・脱水装置A @ 米粒処理部1 ここでの作用に関する説明は,後記ウ及びエのとおり。
A 遠心脱水部2 吐出口46から排出された精白米は,下部螺旋用電動機24によって回転駆動する下部横送螺旋23により開口45から固定筒体25内に供給される。ここで,両軸電動機31により縦送螺旋28が毎分約2100回転で駆動される。また,これと同一方向で,両軸電動機31により多孔壁除糠脱水筒27が毎分1500回転で駆動する。精白米は多孔壁除糠脱水筒27に押しつけられて遠心脱水作用を受けるとともに縦送螺旋28によって下方へ搬送され,その表面の付着水及びこれに含まれる糠分が除去される。多孔壁除糠脱水筒によって脱水された,糠の混入した水は,外筒37底部の送風筒40から流入する毎分約10m3の気流と共に排風筒38へ運ばれ,サイクロン分離器49によって気流と分離して回収される。遠心脱水部2の通過所要時間は約2秒である。
遠心脱水部2の排米樋41における精白米の水分(60分後測定)は,原料時に比して2.0〜2.5%増加となる。
U 乾燥装置B 脱水された精白米は,排米樋41から投入口59を経て回転するネット56上に供給される。ネット56上の精白米は,上方から下方へ通過する温風を浴びて乾燥作用を受ける。温風の温度は,機外の気温及び湿度によって決定され,例えば,機外の湿度が低ければほとんど機外の温度のままでもよく,逆に,機外の湿度が高ければ最高55℃まで昇温させる。温風は,送風機6に取り入れられた外気を,送風路48に装着したヒーター7によって加温して得られる。温風は送風口57a,57bから噴風・供給され,ネット56を通過して排風路から排風される。熱風乾燥された精白米は,排米口60から傾斜連絡樋50を介して排出される。乾燥装置Bの通過所要時間は,約7秒である。温風乾燥部3の排米口60における精白米の水分は,該温風乾燥部3で1.3%ないし1.6%減少する結果,原料時に比して約0.7%増加となる。
V 冷却装置C 温風乾燥され,ほとんど仕上がり水分値となった精白米は,傾斜連絡樋50から搬送板62上に投入される。搬送板62上の精白米はバイブレーター52による振動作用を受け,排出樋51側へ搬送される。精白米は,この搬送過程で搬送板62上方の排風口63から排風路53へ吸引される室温風により冷却されるとともに,通風により水分が0.1〜0.2%減少する。また,このとき,精白米中に混入する糠粉などの微粉は搬送板62から落下するか,又は排風路53内へ吸引・除去される。こうして,微粉が除去されてその穀温がほぼ室温にまで冷却された精白米は,原料時より約0.5%高い含水率となって排出樋から排出される。
この排出された米粒には,発生した約1%の砕米が混入している。冷却装置Cの通過所要時間は約20秒である。通風冷却部4の排出樋51における精白米の水分は,該通風冷却部4で0.1〜0.2%減少する結果,原料時に比して約0.5%増となる。
イ 被告らの主張する構成 (ア) 各部の名称は,以下のように読み替えられるべきである。
Aの「米粒処理装置」は「洗米装置」,1の「米粒処理部」は「洗米部」,13の「米粒処理室」は「洗米室」,14の「下部筒体」は「洗米筒」。
(イ) 「(エ) 作用の説明」について a 「T 米粒処理(洗米)・脱水装置A A 遠心脱水部2」の冒頭の「吐出口46から排出された精白米は,」は,「吐出口46から水と共に排出された精白米は,」と改められるべきである。
b 同所5行目の「精白米は多孔壁除糠脱水筒27に押しつけられて」は,「水及び精白米は多孔壁除糠脱水筒27に押しつけられて」と改められるべきである。
c 同所7行目の「,その表面の付着水及びこれに含まれる糠分が除去され」は削除されるべきである。
d 同所末尾の「遠心脱水部2の排米樋41における精白米の水分(60分後測定)は,原料時に比して2.0〜2.5%増加となる。」は,「遠心脱水部2の排米樋41における精白米には少量の水が付着し,その水分は(この精白米を60分後に測定すると,),原料時に比して3%前後増加となる。」と改められるべきである。
e 「U 乾燥装置B」の末尾「1.3%ないし1.6%減少する」は「乾燥させる」に置換されるべきである。
f 「V 冷却装置C」の10行目「この排出された米粒には,発生した約1%の砕米が混入している」は削除されるべきである。
ウ 米粒処理部の作用に関する原告の主張 (ア) 精白米は穀粒投入口5へ連続的に投入され,上部螺旋用電動機22によって回転駆動する上部横送螺旋21で搬送されて供給用開口43から上部筒体42内に供給される。原料精白米の流量は,通常,時間当たり1.95トンであるが,上部螺旋用電動機22の回転数をインバータにより変更させ,1.8〜2.0トンの幅で調節可能となっている。主軸用電動機18を駆動して駆動調車19,主軸ベルト20及び主軸用被動調車17を介して主軸8を毎分約360回転で駆動する。主軸8の回転数は調節可能となっている。上部筒体42内に供給された精白米は,送込み螺旋9により下方側へ搬送されて米粒処理室内に至る。下部筒体14の米粒処理室13では,米粒処理室13に連続して供給されてくる精白米に対し,その重量の約15%に相当する水を「一対の水供給管15から連続的に添加する。」(旧型),『水供給管70及び中空部16を介して給水口15から連続的に添加する。』(新型) 水供給管15は電磁弁,レギュレータ及び水量メータに接続されており,外水量メータを見ながらレギュレータにより給水量を調節する。この調節幅は,原料精白米の重量に対し0〜30%である。米粒処理室13において,精白米の重量の約15%に相当する水を添加された米粒群は,立設した断面平六角形の同室内において,毎分約360回転で駆動する主軸8に取り付けた撹拌翼10によって撹拌され,かつ主軸8に取り付けた逆送板11により,米粒処理室内を通過しようとする米粒群は撹拌翼10側へ向かう力を受け,これにより米粒の処理が行われる。
(イ) 上記撹拌翼10による押圧力の強弱は,略次のとおりである。精白米と水は,米粒処理室13内始端部にてまず,遠心力を受けるが,比重1.4と水より大きい精白米は外周部において,密度を増しながら偏積し,水はこの偏積した精白米の空隙に部分的に入り込み,水を介在しながら精白米は凝集・拡散を繰り返す。
撹拌翼10が六角形の辺の中央に至ったときには,筒内面と撹拌翼先端部との隙間が5oと狭く,撹拌翼10が六角形の角に至ったときには,筒内角面と撹拌翼先端部との隙間が約18.5oと広くなっていることから,定常負荷運転時において,各部の最大圧力,最少平均圧力,最大最少圧力差及び最大変動周期は,次のとおりとなる(甲28)。
辺(最少間隙) 角(最大間隙) 最大圧力 220gf/cu 130gf/cu 最少平均圧力 15gf/cu 10gf/cu 最大最小圧力差 205gf/cu 120gf/cu 最大変動周期 0.083秒 0.083秒 上記のように,定常負荷運転時において,最大圧力と最少平均圧力との最大最小圧力差は辺において205gf/cu,角において120gf/cuに達していることから,撹拌翼10の回転によって,米粒処理(洗米)室13における米粒間圧力が瞬間的に上昇していること,それも角部より辺部の方が85gf/cu高いことがうかがわれる。そして,この圧力上昇の最大変動周期が0.083秒間隔となっていることは,撹拌翼10の回転数が毎分360回転であることに符合する。このように,米粒処理(洗米)室13内に設けられた撹拌翼10の回転によって米粒と米粒との間の押圧力に脈動を生じさせ,米粒間の押圧力の強弱によって,付着水を介しての粒々摩擦により精白過程を経ても米粒自体に残っている糠,すなわち食味を低下させる要因となる米粒表面の一部残留糊粉層や縦溝部の果種皮を専ら削り取るといった加水搗精が行われる。該処理によって精白米より取り除かれた糠は付着水に混入する。米粒処理部1において,精白米は約2%歩留減となり,精白米が穀粒投入口5へ投入された時を起点として,約6秒後に送出し螺旋12によって吐出口46から排出される。
エ 米粒処理部の作用に関する被告らの主張 ロ号物件に関する上記説明のとおり,回転数及び給水量をオペレーターが自在に変えられるにもかかわらず,その回転数を低速の毎分360回に設定し,給水量も,原告が行った実演会では30%給水しているのに,15%給水に設定した状態でのロ号物件の説明は,実際の作用状態を表したものではない。しかも,ロ号物件の洗米加工方法を特許出願した乙28の1と同様に,米粒処理部を通過後,更に再洗滌のために,上記15%の給水とは別に,遠心脱水部2の螺旋軸32の上下端2個所より脱水部内に総量2%の注水をしていること(乙92)は隠されている。さらに前述のとおり,精白米が穀粒投入口5へ投入された時を起点として約6秒後に送り出し螺旋によって吐出口46から排出されるとされているが,その「約6秒」は「約2秒」である。原告が行った甲30とのつじつま合わせのために,実際の「約2秒」を変えている。また,原告の説明では,先に米が供給され,それから水が給水されているが,実際は逆で,洗米室13に給水されてタイマーにより5秒後に米の供給が始まる(乙92)。さらに「水を添加する」と記されているが,「水を注水する」と記す方が実態に即している。被添加物から溢れるほどの加水は,「添加」ではない。すなわち米粒群は不動状態でも,9.5%しか付着できず(乙46),撹拌中ならなおさら付着できず,給水量の大半が付着しきれないからである。しかも,ロ号物件では「水供給管15」又は『給水口15』により米粒処理室13内に直接的に「水を注いでいる」から,なおさら「注水」というべきである。さらに,「精白米と水は,米粒処理室13内始端部にてまず,遠心力を受け水は偏積した精白米の空隙に部分的に入り込み,水を介在しながら,精白米は凝集・拡散を繰り返す」とされているが,肝心の「精白米の空隙部に入りきれなかった水」のことについての記述がされていない。すなわち,必然的に米粒に付着しきれなかった大半の水が,米粒処理室の内面壁付近に遠心力によって貯水され,「その水の中」で,「精白米を凝集・拡散を繰り返し,米肌の糠をその水に浮遊させる」ことが,記載漏れといわねばならない。百歩譲って,仮に貯水域がないとしても,付着しきれなかった水量が粒間を通過するため,一時的に「水に浸けた」状態が生じ,その際に米肌の糠が水に移され「洗滌」される。
(3) ハ号物件 ハ号物件は,ロ号物件の小型機であり,@ロ号物件が1時間当たり2トンの処理能力を持つのに対し,ハ号物件では0.5トンの処理能力であること,Aロ号物件では立設している遠心脱水部が,ハ号物件では横設していること,Bロ号物件の通風乾燥は,温風乾燥部と通風冷却部の2段階で行われているが,ハ号物件では温風乾燥部だけで通風乾燥が行われていること,の3点以外はロ号物件と同じで,構成要件の充足性の観点からは差異がないから,説明は省略する。
3 争点 (1) 原告のロ号物件の製造・販売につき,被告らが本件第1特許権(本件方法の発明に係る特許権)に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める訴えに,確認の利益が存在するか(争点1)。
(2) イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属し,イ号物件の製造・販売が本件第2特許権を侵害するか(争点2)。
(3) 原告方法が本件方法の発明技術的範囲に属し,原告方法が本件第1特許権を侵害するか(争点3)。
(4) 本件第1特許権及び本件第2特許権に無効事由があり,被告らが本件各特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか(争点4)。
(5) 被告らの不正競争行為の成否(争点5) (6) 原告の損害等 (争点6) (7) 被告東洋の損害等(争点7)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告のロ号物件の製造・販売につき,被告らが本件第1特許権(本件方法の発明に係る特許権)に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める訴えに,確認の利益が存在するか) (1) 原告の主張 原告は,被告らがロ号物件が本件第1特許権を侵害する旨を主張していたことから,本件訴訟の提起に及んだものであり,確認の利益が存在する。すなわち,イ号物件及びこれを製造するロ号物件が本件各特許権を侵害しないにもかかわらず,被告東洋は,全国の集中精米工場,炊飯業者,外食産業等11社に対し,本件各特許権を侵害する旨を通知したものであり,被告雑賀は被告東洋と一体として事業を行っているものである。
(2) 被告らの主張 被告東洋が通知をしたのは,原告の挙げる11社のうち洗い米業者4社のみであり,しかも通知の内容は本件第2特許権に関してだけである。
なお,本件訴訟においては,ロ号物件及びハ号物件がイ号物件の製造のみに用いられる機器であることは当事者間に争いがない。したがって,イ号物件が本件第2特許権に抵触していれば,ロ号物件及びハ号物件は,本件第1特許権に抵触するか否かにかかわらず,本件第2特許権の間接侵害となる。また,本件各特許権の特許請求の範囲を比較すれば,イ号物件が本件第2特許権の技術的範囲に属していなければ,ロ号物件が本件第1特許権を侵害することはないことが分かる。したがって,本件訴訟においても,被告らは,イ号物件が本件第2特許権を侵害することを,中心的に主張しているものである。
2 争点3(原告方法が本件方法の発明技術的範囲に属し,原告方法が本件第1特許権を侵害するか)について (1) 原告の主張 ア 原告方法は,概略次のとおりのものである。
@ 精白米を筒体内で上方から下方へ向けて移動する過程において,一定の部位から,そこを通過する米粒に対し,その重量の約15%に相当する水を添加して米粒に付着させ, A 米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精し,米粒自体に残っている糠,即ち糊粉層を削り取り(「加水搗精方式」),これと米粒に付着している糠粉とを付着水に混入させ, B 表面から米粒内へ少量の水分が吸収された状態の除糠した精白米を得, C 遠心脱水作用によりほとんどの付着水を米粒の表面から除去し, D 米粒を温風によって乾燥させ,残りの付着水及び米粒内に吸収された水分の一部を取り除き,引き続き冷却させた後, E 砕粒を除去し, F 無洗米を製造する方法であって, G 水の添加から遠心脱水までの工程を米粒の吸水量が少量であるうちに完了し, H かつ,乾燥・冷却された時点で米粒の含水率が16%を超えない, I 米粒にほとんど亀裂を有しない無洗米の製造方法
イ 本件方法の発明構成要件と原告方法との対比 本件方法の発明は,大量の水を高速撹拌させ,精白米を洗う方式(いわゆる「水洗い方式」)を採用しているところ,原告方法は,極めて少量の水を精白米に添加し,精白米を撹拌させ,付着水を介した米と米との粒々摩擦により精白米を搗精する方式(「加水搗精方式」)を採用しているのであり,両者は精白米表面の糠分を取り除く方式において基本的に異なる。以下,各構成要件の解釈とともに,個別に述べる。
構成要件aについて 本件方法の発明構成要件aには,「精白米を水に浸け」とあり,重量比において精白米よりはるかに多い水に精白米を浸漬するというプロセスを採用しているのに対し,原告方法においては,精白米に対しその重量の約15%に相当する水を添加するというプロセスを採用しているから,原告方法は本件方法の発明構成要件aを充足しない。
また,本件方法の発明においては,「洗滌,除糠を行い」とあり,水を高速撹拌させ精白米表面の糠粉を水で洗い流すというプロセスを採用しているのに対し,原告方法においては,米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精し,米粒自体に残っている糠,すなわち糊粉層を削り取り,この糠と米粒に付着している糠粉とを付着水に混入させるというプロセスを採用していることから,この点でも原告方法は本件方法の発明構成要件aを充足しない。
(ア) 「精白米を水に浸け」の意味 (a) 構成要件aにおける「精白米を水に浸け」は,用語の意味としては,精白米を水の中に入れたり,水面下に沈めるといった状態を意味する。本件第1明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「精白米の表面には肉眼では見えない無数で微細な陥没部があり,それに入り込んでいる澱粉粒や糠粉を除去するには,やはり,どうしても米粒群を水の中にザブンと漬けて少なくとも30回以上は撹拌して洗米する必要がある。」(本件第1公報6欄43行ないし47行) 「又『洗米』又は,『水洗』の意味は,米粒群を水中に漬かる程の大量の水の中で撹拌して洗うことを指称するのである。」(同7欄31行ないし33行) これらによると,米粒群は漬かるほどの大量の水の中で,少なくとも30回以上は撹拌して洗米されるものである。このように,構成要件aの「精白米を水に浸け」の意味は,米粒群を大量の水の中にザブンと入れたり,水面下に沈めるという状態を意味する。
(b) 上記考察からは,水の量の方が米粒群より多いかどうかという両者の量的関係は必ずしも明らかでない。同じく発明の詳細な説明の項には,前記記載に引き続き,次のような記載がある。
「糠粉等が入り込んでいる陥没部は,開口面よりも深みが長く,然も大半はミクロン単位の狭い開口面だから,その奥の方に入り込んでいる糠粉等を除去するには,水中に浸して激しく撹拌されている間に,糠粉等を水に浮遊させて洗い流す以外にない。」(同6欄47行ないし8欄2行)。
この記載から,陥没部の奥の方に入り込んでいる糠粉を水に浮遊させて洗い流すという効果を達成するためには,米粒は,水中に浸された状態において,水の激しい撹拌作用を受けることが必須となる。
(c) ところで,本件方法の発明と本件洗い米の発明とでは,後者が前者の分割出願であるから,明細書における「洗滌」とか「除水」という用語の意味は,両者で同一のはずである。本件洗い米の発明の明細書における「洗條」の際の水の量に関する記載は,次のとおりである。
「本発明の洗い米は次の(1)〜(4)に示すような効果を有するものである。」(本件第2公報13欄末行ないし14欄1行) 「(3)本発明品の米は洗米歩留りがよいので社会的に有益である。これは従来の米の洗米は手作業でも機械式でも高圧でゴシゴシとやるので,本来米肌に残って欲しい物質も剥離され流失してしまうが,本発明品では洗米槽の水を高速撹拌で洗米するので,米粒には圧力がかからず,その結果,食味を低下させる残存糠以外の物質の剥離は少ない。」(同15欄9行ないし16欄3行)。
本件洗い米の発明の効果に関する上記箇所の記載に着目すれば,本件方法の発明における「洗滌」とは,機械式に米粒と米粒を高圧でゴシゴシと摩擦して洗米するものでないことが明白である。けだし,高圧でゴシゴシと摩擦して米粒を洗米すると,米肌に残ってほしい物質(精白米の主成分たる澱粉粒)が摩擦力によって削り取られて剥離してしまうからである。そうなっては,洗米歩留が低下することにより社会的に有益とならない。機械式で米粒に直に圧力をかけながら米粒同士の粒々摩擦(上記の「高圧でゴシゴシ」に相当する。)によって洗米すると,米粒の表面に一部残留している糊粉層のみならず,この「米肌」すなわち米の表面において有効成分を構成している澱粉貯蔵細胞,すなわち最外層にあるアミロプラスト(第1層澱粉複粒体,被告東洋の説明によれば,米のうまみの基になるアリューロン層下底圏も含む。)の一部が削られて,本来上記の「残ってほしい物質」も剥離・流失してしまうというデメリットが認められる。そこで,本件洗い米の発明では,有効成分(「残ってほしい物質」)の剥離・流失を防止するために,水を高速撹拌する方式,すなわち「洗う」操作のみを採用して,米粒に直に圧力をかけて粒々摩擦するという方式,すなわち研ぐ操作,換言すれば水中搗精する方式を意図的に除外したのである。
(d) 上記引用した記載によれば,洗米槽の中で高速撹拌している水に漬けられた米粒と米粒は,圧力が生じるような形で相互に接触しているのではなく,米粒と米粒との空間に水が充満していることが推察される。したがって,米粒相互間での圧力が生じるような形での接触を阻害するために,上記のような米粒群を水の中にザブンと漬けられるだけの水の量とか,米粒群が漬かる程の大量の水が,洗米槽の中に存在することが必要となる。そうだとすると,糠粉除去のためには,米粒相互間に自由に動ける空間が必要であり,米粒と米粒のこの空間に水が充満して,この充満した水に撹拌作用が生起することが必須であるから,少なくとも水は米粒群よりも量的に多くなければならない。けだし,水が量的に米粒群よりも少なければ,水の撹拌作用を生じさせることは困難だからである。
(イ) 「洗滌」の意義 (a) まず,「洗滌」とは,「液体を用いて汚染要因物を化学的に溶解し,又は,機械的に除去する」(日本工業規格用語Z8122)こと,「(汚れを)洗い去る」こと(岩波国語辞典第3版)などと定義されている。この定義を本件に当てはめると,水を用いて糠粉を機械的に除去することと解すべきである。
次に,「機械的に除去」の手段・方法であるが,本件第1明細書には,「洗滌方法及び除水方法は短時間で効率よく除糠できる方法であれば特に限定されない。」(4欄48行及び49行)と記載されている。ここにおける「洗滌」とは,前記ウ(ア)(b)において引用する明細書の箇所にあるように,陥没部に入り込んで付着したミクロン単位の糠粉を除去することを目的としたものであるから,その目的の範囲内において,短時間で効率よく除糠・除水できる方法であれば,「洗滌方法」は特に限定されないという趣旨に理解すべきである。
(b) 本件第1明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「本発明の洗滌過程では公知の連続洗米機を用いることもできるが,一部改造の要がある。即ち,洗米槽を小径となし回転数も毎分600回転以上が可能となるように改造するのが望ましい。洗米機で洗滌する場合の機械の回転数や槽径は処理量との関係で定まるものだが,要は供給された精白米が槽内で充分な洗米に必要な撹拌回数を受けるだけの時間を経て」(本件第1公報4欄49行ないし5欄6行) 「米粒が水中で撹拌される回数が少ないと,必要最小限の洗米効果が得られないから‥‥短い在槽時間内で,充分な洗米に必要な数だけ撹拌を行なおうとすれば,洗米機の撹拌体の回転数を速くする必要がある。」(5欄37行ないし41行) これらに,上記(ア)(a)及び(b)で引用した箇所を総合すると,構成要件aにおける「洗滌」とは,「大量の水の撹拌作用によって糠粉を浮遊させて洗い流す」ことと解すべきであり,精白米に一部残留している糊粉層及び縦横部に残留している果種皮を水を介した粒々摩擦によって搗精して取り去るという意味を包含するものではない。
(ウ) 「除糠」の意味 (a) 通常の精米行程において,精白作用(研削もしくは摩擦によって米粒の表面に存する果皮,種皮,胚芽及び糊粉層等を削り取ることから,歩留率が減少する作用)により,米粒から,糠の主成分たる果皮,種皮,胚芽及び糊粉層等がいったん剥離されるものの,この剥離されたもののうち,ミクロン単位の一部糠粉が精白米の米肌面に存する無数で微細な陥没部もしくは小さな洞窟状の胚芽の抜け跡に入り込んで付着し,この付着したものを糠粉という。この糠粉を浮遊させて洗い流すことが,本件方法の発明の「洗條」の目的である「除糠」である。ところで,玄米には通常その両側部に2列の縦溝があり,糊粉層は,側部で1層,腹面では1〜2層,背面の多いところでは5〜6層からなっている。したがって,現在までの精米技術では,歩留率を70%以下まで搗精する酒造精米等のように,糊粉層をすべて削り取って胚乳部のみにしたものでは,糊粉層の残留は一切認められないが,歩留率91%前後まで搗精する精白米には,通常その背面に一部の糊粉層が残留し,また上記縦溝内にも糊粉層が一部残留している。
(b) 「除糠」の対象となる糠については,本件第1明細書の発明の詳細な説明の項に次のような記載がある。
「ここに云う充分な洗米とは,そのまま炊飯した場合,飯が糠臭くない程度,即ち,現在一般的に消費者で洗米している程度を意味するものであり,物理的には精白米表面にある肉眼では見えない無数微細な陥没部や,胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉等をほとんど除去している程度,すなわち,再びそれを洗米した場合,洗浄水がほとんど濁らない程度を指すものである。」(本件第1公報5欄44行ないし6欄1行) これらと上記(ア)(a)及び(b)で引用した箇所とを総合すると,除去の対象である糠は,無数微細な陥没部や胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉であって,精白工程において米粒から一度削り取られ,糠粉となったものの一部が精白米に再付着したものということができる。
(c) 前記本件方法の発明が達成すべき課題である,「炊き上がった飯は糠粉をほとんど除去されているので,糠の臭みもなく,」(本件第1公報10欄16行ないし18行)という効果を奏する程度に,すなわち,「それは再び水に漬けて洗米しても水が濁らず,濁度76P.P.M以下である。‥‥『76P.P.M以下』と表現しているところは,従来の測定方法では測定できないくらい,桁違いに濁度が低いのだということに意味しているのであり,かなりの下を意味した『以下』なのである。」(同7欄11行ないし24行)という程度,具体的には濁度が1桁台のppmになるよう糠粉等を除去するものである。
以上述べたところによれば,構成要件aの「除糠」とは,精白米に未だ一部残留している糊粉層及び縦溝部に残留している果種皮を削り取ることではなく,陥没部に入り込んで付着しているミクロン単位の糠粉(澱粉粒も含む。)を取り去り,その結果,再度洗米しても濁度が1桁台のppmになることを意味する。
(エ) 上記からすれば,構成要件aの「精白米を水に浸け,洗滌,除糠を行い,」という語句の意味については,「米粒相互間に自由に動ける空間が必要であり,米粒と米粒のこの空間に水が充満して,撹拌体により高速撹拌させ,これによって発生する水流の動きに米粒を追随させながら,水の撹拌作用を通じて,米肌面に無数に存する陥没部に入り込んでいる糠粉(澱粉粒も含む。)を水に浮遊させて洗い流し,その結果,この洗い米を再び水に漬けて洗米しても,濁度が1桁台のppmに達するくらいにまで米を洗うこと」と解釈すべきことになる。
(オ) 原告方法との対比 原告方法は次のとおりである。米粒処理部1の構成は,一対の撹拌翼10の下方に,米粒を上方へ押し戻すように湾曲させた一対の逆送板11を取り付け,米粒処理室13の上部は断面正六角形で,下部筒体14の下端は小径に絞られ,かつその上端も小径の上部筒体42に接続しているため,米粒処理室13は,上下の両端がやや細く絞られた形状になっている。また,上部筒体42の米粒処理室13に臨む内径と送出し螺旋12を内装する筒体の内径は同じで,これらの構成によって,重量比において約15%の水を添加された米粒群は,立設した断面正六角形の同室内において,毎分約360回転で駆動する主軸8に撹拌翼10によって撹拌され,その回転によって,米粒処理室13内における米粒間圧力が瞬間的に上昇し,米粒と米粒との間の押圧力に脈動を生じさせ,米粒間の押圧力の強弱によって,付着水を介しての粒々摩擦により精白過程を経ても米粒自体に残っている糠,すなわち食味を低下させる要因となる米粒表面の一部残留糊粉層や縦溝部の果種皮を専ら削り取る加水搗精が行われる。該処理によって精白米より取り除かれた糠は付着水に混入する。米粒処理部1において,精白米は約2%歩留減となり,この処理後の米粒の濁度は50ないし70ppmである。
このように構成要件aは,水の撹拌作用による水洗い方式を採用し,これにより洗い米の濁度を1桁台のppmに押さえるのに対し,原告設備の無洗米製造法は,加水搗精方式を採用し,これにより無洗米の濁度をせいぜい50ないし70ppmにしか押さえることができないという差異があるので,原告方法は構成要件aを充足しない。
構成要件bについて (ア) 「表層部」について (a) 本件方法の発明構成要件bにおいては,「吸水部分が主に米粒の表層部である洗い米を得」るとあるところ,本件洗い米の発明の出願経過を考慮すると,構成要件Aにおける「洗滌」を,極めて短い時間で行われる,というような時間概念により定義付けることは誤りであって,「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに」という製法規定方式による特徴付けを重視すべきである。そうすると,「表層部」は本件両発明において,非常に重要な概念というべきである。
(b) もともと,本件方法の発明の特許出願の際の当初の明細書(以下「本件第1当初明細書」という。甲17)においては,請求項2は「精白米を,水中にて撹拌洗米する行程と,該水洗行程の直後に設けた除水行程とを具備し,該水洗行程及び除水行程を通過せしめた時の米粒の含水率が16%以下になるよう,短時間に水中洗米と除水を行うことを特徴とする乾燥洗い米の製造方法」となっていたのが,拒絶査定において審査官により,「水中洗米と除水に要する時間は製品の特性等を考慮して適宜特定できるものである。また『短時間』との構成は,時間を明確に特定するものではないので格別の意味があるものとは認められない。」とされた。このため,被告東洋は平成4年6月12日付けで補正書を提出し,本件第1特許権の特許請求の範囲を,「精白米を水に浸け,洗滌,除糠を行い,吸水部分が主に米粒の表層部である洗い米を得,更に除水工程において洗滌水と表面付着水の除水を行い,乾燥洗い米を製造する方法であって,水中への浸漬から除水までの時間が数分以内であり,かつ米粒の含水率が除水した時点でほぼ16%を超えないことを特徴とする乾燥洗い米の製造方法。」と改めた。これについても上記同様な理由で拒絶査定を受けたので,同被告は拒絶査定不服審判を請求し,その中で「本願発明は米粒に水を吸収させないで洗うことを可能にして亀裂及び味の問題を解決しようとするものである。本発明者はこのことを可能にすべく研究を重ねた結果,米の水中での洗滌及び除水工程を従来とは桁違いに短い時間で行えば米粒は僅かしか含水しないこと,また許容される洗米時間は洗滌条件によって変わるが,水の浸透が米粒の心部まで行われないうちに洗滌,脱水すれば米粒に亀裂が入らないこと,を見出し本発明を完成した。」と主張した。更に補正書で特許請求の範囲の該当部分を「水中への浸漬から除水までの工程を超え米粒の吸水量が極くわずかであるうちに完了し,水の浸透を主に米粒の表層部でとどめるようにし,」と改め,所要時間を手掛りとする限定を断念して,吸水部位の明確な限定という観点から「米粒の表層部でとどめ」という特徴付けを行ったものである。
本件洗い米の発明の原明細書(同発明に関する分割出願当初の明細書。甲39)においては,特許請求の範囲請求項1は,「精白米を水中で洗滌,除糠を行い,更に除水を行い,この間米粒の主な吸水部は米粒の表層部であり,かつ水中に浸してから除水までが数分以内に行われてなる‥‥」とされ,「表層部」という概念と処理所要時間に関して数値的限定を行った「数分以内」という概念とが併用されている。これに対しても時間による限定が不適当とされて,拒絶理由通知がされ,被告東洋は補正により現在の特許請求の範囲に改めた。
本件第1明細書及び本件第2明細書には,「表層部」の文言が随所にあるが,「水の浸透を主に米粒の表層部でとどめるようにし,」(本件第1明細書の発明の特許請求の範囲),「16%以下であると洗米過程における米粒の吸水部が主に米粒の表層部である内に洗滌が行い得るからである。含水率が16%を超えるときは洗滌過程において水が表層部から米粒内部にまで浸透している。」(本件第1公報4欄21行ないし24行)などの記載からすると,米粒の「表層部」(もしくは「表面部」)とは,「米粒内部」(もしくは「深層部」)に対する概念であり,吸水が「米粒内部」にまで到達すると亀裂発生の原因になることから,本件両発明においては,「米粒内部」の吸水は原則として許容されておらず,「表層部」の吸水のみが許容されていることが明白である。以上によれば,本件両明細書において,「表層部」とは,「米粒内部」に対する対義語としてしか定義されておらず,吸水が具体的にいかなる深さにまで達することが許容されているか明確でない。
(c) 被告東洋は,本件における被告補佐人をダミーとして,株式会社躍進機械製作所出願の平成6年特許出願公告第51120号についての異議申立事件における平成8年4月12日付弁駁書(甲3の2)において,本件第1当初明細書「には,『水分の増加が1%を超えない範囲まで脱水する脱水工程』の構成,及び,『処理する精白米に応じ全工程が第一層澱粉複粒体列より深部に水が侵入しない短時間でなされる。』構成が実質的に記載されており,」と述べ,躍進機械製作所の無洗米発明の「第一層澱粉複粒体列より深部に水が侵入しない」は,本件第1当初明細書の「米粒の内部にはほとんど水が浸透しない」と同等の意味とした。そうすると,躍進機械製作所の無洗米発明の深部ではない「第一層澱粉複粒体列」と,本件両発明の「米粒内部」に対する対義語である「表層部」とは同一のものと理解すべきである。
(d) このような出願経過等を考慮すると,構成要件bの「表層部」とは,「第1層澱粉複粒体列」もしくは米粒の最外層のアミロプラスト(澱粉小粒が複数集まって構成される澱粉粒)を意味し,その厚さは米粒の表面から約10μのところまでを指すというべきである。この点は,本件洗い米の発明における「表層部」も同じである。
(イ) 原告方法との対比 ロ号物件及びハ号物件は,精白米を原料時に比して約2%搗精するものであるところ,これを原料精白米の表面から搗精された厚みに換算すると,約10.7μとなる(別紙1計算書参照)。前記(ア)のように,「表層部」とは,「第1層澱粉複粒体列」もしくは米粒の最外層のアミロプラストを意味し,その厚さは米粒の表面から約10μのところまでを指すというべきである。したがって,本件洗い米の発明の「表層部」という部位は,原告設備による加工後の米粒には搗精されてもはや存在しない。原告設備により製造される無洗米の最外層は,この「表層部」の次層に位置していたアミロプラストであって,この第2層のアミロプラストが米粒の表面に露出し,吸収された水分はこの第2層のアミロプラスト表面より約10μを超えた内部(深層部)にまで到達するものである。
したがって,原告設備は,本件方法の発明構成要件bの「吸水部分が主に米粒の表層部である洗い米を得」もしくは同fの「水の浸透を主に米粒の表層部でとどめるようにし」を充足するものではない。また,これにより製造されるイ号物件は,本件洗い米の発明の構成要件Aの「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部(原料精白米の第1層アミロプラスト)にとどまっているうちに強制的に除水して得られる」を充足しない。
構成要件cについて 本件方法の発明構成要件cにおいては,「更に除水工程において洗滌水と表面付着水の除水を行い」とあるところ,この「除水」という概念は遠心脱水のみに限定され,温風による乾燥は排除されるものである。これに対し,原告方法においては,第1段階として,遠心脱水作用によりほとんどの付着水を米粒の表面から除去し,第2段階として,米粒を温風によって乾燥させることにより,米粒表面に残っている付着水及び米粒に吸収された水分を取り除くというプロセスを採用していることから,原告方法は本件方法の発明構成要件cを充足しない。
(ア) 「除水」の意味について (a) 「除水」とは,「水を排除すること」(「広辞苑」第1版第15刷)などとされ,一般用語としての意味は,貯水槽や機械装置等から液体としての水を抜く,すなわち「排水」することである。
本件第1明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「除水とは米粒表層部に付着吸収した水分を除去することであって,米粒がもともと有している水分を乾燥させることではない。」(本件第1公報4欄17行ないし19行) (b) 「米粒の表層部」の語は,構成要件bにも存するが,米粒の表面には無数のミクロン単位の陥没部があって,表面は凹凸となっており,表面といっても一定の幅があることから,この幅のある凹凸の表面をいうものと解される(この解釈は,本件方法の発明の無効審判事件において,被告が自認したものである。甲10)したがって,「表層部に付着吸収した水分」とは,米粒表面の陥没部の凹凸に付着して入り込んだ水分,すなわち米粒の外部水分のことを意味し,米粒の表面に近い薄い層たる内部に吸収された水分のことを意味するのではない(仮にそうでないとしても,米粒の「表層部」は,米粒の表面を含みかつ米粒の内面であって表面に近い薄い層を意味するとも解されるので,米粒表面に付着した水分と表面に近い薄い層に吸収された水分とが「除水」の対象となるものとも考えられる。しかし,それでは,除水の対象となるのは「洗滌水及び表面付着水」である旨クレームに明言されている趣旨と齟齬することになるので,クレームの文言を基準として解釈することを優先すべきである。そうすると,やはり内部水分を取り除くことはこれに含まれないというべきである。)。
(c) 本件第1当初明細書の公開公報(甲17)においては,「除水」の技術的意味内容に関して,次のとおり記載されていた。
「除水行程によって洗滌水と表面付着水の除水を行なう」(3頁右上欄7行及び8行) 「次行程の除水装置に入るが,ここで洗滌水及び付着水が除去されて除水装置より排出される。」(4頁右下欄3行ないし5行) 「除水後,即ち付着水分を除かれた時の水分,いわゆる内部含水率が16%以下の含水率になっているように(洗米機が)設計される」(5頁右上欄14行ないし16行) 「除水装置にて,洗滌水は勿論のこと,米粒表面に付着している付着水をも除去するのである。」(6頁左上欄10行ないし12行) 「除水装置は,洗滌水及び付着水を除去出来る機能さえあれば公知の機器でよい。」(6頁左上欄12行及び13行) 「除水装置より排出されたときには16%以下の(約13%〜16%を超えない)含水率になっており」(6頁右上欄5行及び6行) これらの記載によれば,本件第1当初明細書において本件方法の発明に直接関連した「除水」とは,「除水行程」を担う「除水装置」によって行われるものであり,「除水」の対象となるものは米粒の内部水分ではなく,外部水分たる「洗滌水及び付着水」に限定されていたことが明白である。そして,本件方法の発明は,このような外部水分たる「洗滌水及び付着水」を除去することによって,米粒の「内部含水率が16%以下の含水率」の状態にするものである。以上述べたように,本件第1当初明細書における発明に直接関連した「除水」とは,外部水分たる「洗滌水及び付着水」を除去することであって,決して内部水分を取り除くことではなかったものであるから,このような出願経過から見ても,本件方法の発明クレーム上の文言たる「除水」とは,「洗滌水及び表面付着水」を取り除くことに限定されるべきである。
(イ) 除水の手段について クレームには,除水の手段について何ら言及がない。本件第1明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「除水装置は,洗條水及び付着水を除込出来る機能さえあれば公知の機器でよいが,只,洗滌水の除去に時間がかかるものではいけない。何故ならば,折角洗米工程で,米粒への吸水を制限したのに,除水工程にて,洗滌水等の除去に時間がかかり洗滌水等が米粒内部に吸収されては無意味だからである。尤も公知の除水装置の中には,吸水の要因となる洗滌水等の大部分を,瞬間に近い短時間に除去出来るものがあるから,それを選べばよいと云うことである。」(本件第1公報6欄7行ないし15行) 本件方法の発明の出願時存在していた「公知の除水装置」は遠心脱水機のみであった。温風乾燥機もしくは通風乾燥機では,「洗滌水の大部分を瞬時に近い短時間に除去」できず,長時間かかるのが常であったからである。ちなみに,除水手段が遠心力脱水法に限定されることについて,被告東洋自身も,本件における被告補佐人をダミーとして,本件第1公報に記載された「実施例1及び実施例2での公知の回転式連続洗米機を用いた脱水(除水)工程は,遠心力を用いたもの」と述べ(株式会社躍進機械製作所出願の平成6年特許出願公告第51120号についての異議申立事件における平成8年4月12日付弁駁書5頁14行及び15行。
甲3の2),これを自認していたものである。
さらに,甲18ないし21の文献によれば,遠心脱水(もしくは遠心力)によって物体の表面に付着している液体は除去されることが明白である。結局,前述したことを総合考慮すれば,本件方法の発明の「除水」は外部水分たる「洗滌水及び付着水」を除去するものである以上,当業者であれば,内部水分を除去する「乾燥」という手段ではなく,外部水分を除去する遠心脱水という手段によるものと解するのが通常である。また,本件方法の発明の出願当時,洗い米に付着した水分を除去する方法として,甲21,甲23及び甲24による方法が周知であり,かつ,水に漬けた精白米を強制乾燥によって蒸発等の気化させること,すなわち内部水分を除去することは,亀裂発生の原因と考えられていたから,当業者は「除水手段」として温風送風や通風送風等の強制乾燥手段の採用を躊躇する傾向にあった。原告の行った甲25ないし甲27の実験によっても,遠心脱水により洗滌水及び表面付着水の一部を除去して,米粒の含水率を16%以内に抑えることが充分可能であることが導き出された。
(ウ) 原告方法との対比 構成要件cにおける「除水」とは,上記のように遠心脱水を利用したものに限定され,これにより構成要件gの「米粒の含水率が‥‥16%を超えない」ものにするものである。これに対し,原告方法は,ロ号物件の遠心脱水部2では洗滌水及び表面付着水の一部しか除去されず,米粒の含水率は16%を超えたものになっている。それゆえ,原告方法は,構成要件c及びgを充足しない。
構成要件dについて 構成要件dは,「洗い米を製造する方法であって」と,これまでのプロセスのまとめ的表現をしているが,原告方法は,上記のように,構成要件aのプロセスによって米を洗うのではなく,水を添加して粒々摩擦により米を搗精する加水搗精により無洗米を製造する方法であるから,原告方法は構成要件dを充足しない。
構成要件eについて 構成要件eは,「水中への浸漬から除水までの工程を米粒の吸水量が極くわずかであるうちに完了し」とあるところ,原告方法は,「水中への浸漬」ではなく,米粒の重量の約15%に相当する水を添加するというプロセスを採用していることから,原告の無洗米製法は構成要件eを充足しない。
ク 本件方法の発明構成要件fにおいては,「水の浸透を主に米粒の表層部でとどめるようにし」とあるところ,原告方法においてもほぼ同様であることから,原告方法は,本件方法の発明構成要件fを充足する。
構成要件gにおいては,「かつ米粒の含水率が除水した時点でほぼ16%を超えない」とあるところ,原告方法においては,含水率14%から15%の通常の精白米を原料とした場合,上記「除水」装置に該当する遠心脱水部2を通過した精白米の含水率は16%を超えており,その後,乾燥及び冷却というプロセスを経ることによって,初めて16%内の含水率となるものであるから,原告方法は本件方法の発明構成要件gを充足しない。
構成要件hについて 本件方法の発明構成要件hにおいては,「以上を特徴とする米粒に亀裂を有さない洗い米の製造方法」というまとめ的表現がなされているところ,原告方法にあっては,前述したように,「洗い米」ではなく「加水搗精方式」による無洗米であるから,原告方法は本件方法の発明構成要件hを充足しない。
(ア) 「米粒」の意味 構成要件hにいう「米粒」は,本件方法の発明の特許公報の産業上の利用分野の項で示すとおり,水を入れるだけで直ちに炊飯できる洗い米であり,ある一定量の米の集合体をいい,1粒を意味しない。したがって,本件方法の発明の「米粒に亀裂を有さない」とは,集合体としての米粒において亀裂を有するものがないということであって,1粒の米粒に存在する亀裂やその数ではない。
(イ) 「米粒に亀裂を有さない」の意味 構成要件hの「米粒に亀裂を有さない」という文言を字句どおりに解すれば,米粒群には100%亀裂が存在しないことを意味する。
「米粒に亀裂を有さない」について,本件第1当初明細書(甲17)及び本件第1明細書では,共に,発明の詳細な説明実施例2で示すように,「又亀裂の入った米粒は1粒もなく(当初からの亀裂米を除く),勿論,砕粒にもならず(当初からの砕粒は除く)元の整粒群のままであった。」(甲17の5頁左上欄19行ないし同頁右上欄2行。甲1の8欄46行ないし48行)と記載され,当初からの亀裂米を除いたものは特許請求の範囲発明の詳細な説明の記載と整合性を有しており,構成要件hの「米粒に亀裂を有さない」は発明の詳細な説明の記載を参酌しても,米粒には100%亀裂が存在しないことをいうと解される。したがって,本件方法の発明実施例は実施例2で示す「亀裂の入った米粒は1粒もなく」のみであり,たとえ実施例2で示す「亀裂の入った米粒は1粒もなく」を「当初からの亀裂米を除く」ものであるとしても,洗滌,除糠,除水処理によって亀裂が生じることがあるにもかかわらず,実施例2の記載はきわめて優れた洗滌・除糠,除水処理を行った結果得られる高品位な洗い米を意味すると解せられる。これに対して,前記本件第1当初明細書及び本件第1明細書の発明の詳細な説明実施例1には,共に,「又10粒に1粒の割合でしか亀裂が入らず(元の精白米が約50粒に1粒の割合で亀裂の入った米であった),又砕粒化もなく,(当初からの砕粒は除く),元の整粒群のままであった。」(甲17の4頁右下欄11行ないし同欄15行。甲1の8欄21行ないし同欄24行)と記載されているので,実施例1は本件方法発明の実施例ではない。また,構成要件hの「米粒に亀裂を有さない」という構成要件を,発明の詳紬な説明に記載の実施例1で示す,「又10粒に1粒の割合でしか亀裂が入らず(元の精白米が50粒に1粒の割合で亀裂の入った米であった),」を参酌して,米粒に亀裂を有してもよいと解することはできない。
(ウ) 原告方法との対比 構成要件hにおける「米粒に亀裂を有さない」とは,上記のように,米粒群に1粒も亀裂がなくかつ砕米が存在しないことをいう。これに対し,原告方法によって製造される無洗米には,数%の亀裂米及び砕米が含まれているから,原告方法は構成要件hを充足しない。
サ 以上のように,原告方法は,本件方法の発明構成要件aないしe,g,hをいずれも充足しないことから,その技術的範囲に属さない。
(2) 被告らの主張 前記1(2)において主張したとおり,本件訴訟において,ロ号物件及びハ号物件がイ号物件の製造のみに用いられる装置であることは当事者間に争いがない。
したがって,イ号物件が本件第2特許権に抵触していれば,ロ号物件及びハ号物件は,本件第1特許権に抵触するか否かにかかわらず,本件第2特許権の間接侵害となる。また,本件各特許権の特許請求の範囲を比較すれば,イ号物件が本件第2特許権の技術的範囲に属していなければ,ロ号物件が本件第1特許権を侵害することはないことが分かる。したがって,本件訴訟において,被告らは,イ号物件が本件第2特許権を侵害することを,中心的に主張しているものである。
そこで,まず本件第1特許権特有の文言について構成要件の解釈を述べ,本件各特許権に共通の文言については後記3(2)において述べる。
構成要件aの「水に浸け」について 本件洗い米の発明においては,本件第2明細書の特許請求の範囲の記載から明らかなように,「水に浸け」ることは要件になっていない。また,本件各特許権の両明細書には,いずれも,米粒を水に漬けっぱなしで洗米処理するとか,貯まっている水の水面以下にザブンと沈めて洗うなどとは一言も記載されていない。
要するに,洗米処理中に一時的にでも撹拌中の米粒群の粒と粒の間に水が充満しながら通り抜けることでも「米粒が浸かる」ことになり,それによりその水に糠分を浮遊させ除糠できるのである。
イ 濁度(構成要件aの「洗滌」及び「除糠」)について 原告は,本件両発明の「洗滌」は,濁度が従来とは「桁違い」の1桁台のppmになるまで米を洗っているが,イ号物件の濁度は70〜50ppmもある,したがって両者の洗米の度合いに差異があり,それは洗米の仕方が異なるからである,と主張する。
「濁度」とは,米粒と水をある一定の条件の下で混合撹拌させ,その水の濁り度合いを示すものであり,米粒に糠付着量が多いほど水が濁り,濁度のppm数値が高くなる。本件方法の発明の特許出願当時の精米工業会の濁度測定方法による数値巾は,上限が470ppm,下限が76ppmであった(乙71)。また,その測定方法による当時の一般的な精白米の濁度数値は,大体200ppm前後で,少し濁度の低いものでも136〜150ppmであった(乙72)。したがって,原告が引用する本件第1明細書の7欄10行ないし24行の部分は,76ppm以下の濁度数値は,それらの従来レベルと比べ,正に「比較にならぬほど」に低い数値だと述べているのである。また,「かなりの下を意味した『以下』なのである」も,1〜2ppmレベルの下でなく,もっと下を意味した「以下」,だと述べているのである。したがって,「桁違い」とは,従来の数値(約200ppm)とは比較にならぬほど違うといっているのであって,原告の主張のように「1桁」になるまでの桁違いだというのではない。上記原告主張は独自の見解にすぎない。
さらに,原告は,イ号物件の濁度数値は70〜50ppmであると主張するが,実際は58ppmである(乙73)。もちろん,原告が主張している最大値の70ppmでも本件両明細書の実施例に記される「76P.P.Mよりかなりの下」に該当し,濁度数値も本件洗い米の発明の洗い米と差がない。
構成要件hの「米粒に亀裂を有さない」について 原告は,訴状において,本件洗い米の発明の構成要件BないしEについてはイ号物件もこれを充足していると主張し,構成要件Cの「米粒に亀裂を有さない」について充足していることを自認していた。しかるに原告は,本件方法の発明につき,イ号物件には亀裂があると主張しているが,これは前記自認をひるがえすものである。そもそも本件方法の発明の「米粒に亀裂を有さない洗い米」も,本件洗い米の発明の「米肌に亀裂がなく」も同じものであり,後者の充足を認めながら前者を充足しないというのも矛盾しているというほかない。
また,本件第1明細書の実施例にも,わずかに亀裂が生じることが記載されており,「米粒に亀裂を有さない」とは,1粒も亀裂米が混入されていないということではない。
3 争点2(イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属し,イ号物件の製造・販売が本件第2特許権を侵害するか。)について (1) 原告の主張 ア 構成要件の解釈について 構成要件Aの「洗滌」,「表層部」,「除水」については,本件方法の発明について述べたとおりである。
イ 原告設備によって製造される無洗米(イ号物件) イ号物件は,以下のとおりの構成を有するものである。
(一) 精白米に対して,その重量の約15%に相当する水を添加してその表面に付着させ, (二) 米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精し, (三) 米粒に吸収された水分が極くわずかであるうちに,米粒から剥離された糠分が混入している付着水の大部分を除去し, (四) この米粒を温風によって乾燥させてから冷却することにより,残りのわずかな付着水と米粒に吸収された水分とを取り除き, (五) 砕粒を除去して得られる (六) 米粒にほとんど亀裂がなく米肌面の糠分がほとんど除去された (七) 平均含水率が16%を超えないことを特徴とする無洗米。
ウ 本件洗い米の発明の構成要件とイ号物件との対比 本件洗い米の発明は,大量の水を高速撹拌させ,精白米を洗う方式(いわゆる「水洗い方式」)を採用しているところ,イ号物件は,極めて少量の水を精白米に添加し,精白米を加圧撹拌させ,付着水を介した米と米との粒々摩擦により精白米を搗精する方式(「加水搗精方式」又は「水中搗精方式」)を採用して得られるものであり,両者は精白米表面の糠分を取り除く方式において基本的に異なる。以下,各構成要件の解釈とともに,個別に述べる。
構成要件Aについて (ア) 「洗滌」について 本件洗い米の発明の構成要件Aは,精白米を「洗滌」するものであるところ,この「洗滌」とは,重量比において精白米よりはるかに多い水に精白米を浸漬したうえで,この水を高速撹拌させ精白米表面の糠粉を水で洗い流すということを意味する。これに対し,イ号物件においては,精白米に対しその重量の約15%に相当する水を添加し,米粒と米粒を加圧状態下で撹拌し,付着水を介した米と米との粒々摩擦により精白米を搗精し,米粒自体に残っている糠,すなわち糊粉層を削り取り,この糠と米粒に付着している糠粉とを付着水に混入させるものである。したがって,イ号物件は本件洗い米の発明の構成要件Aを充足しない。
(イ) 「除水」について また,本件洗い米の発明においては,「強制的に除水して得られる」というプロセスを採用しているところ,この「除水」は,前記1(1)オのように遠心脱水のみに限定され,温風による乾燥を排除するものである。これに対し,イ号物件においては,第1段階として,遠心脱水作用によりほとんどの付着水を米粒の表面から除去し,第2段階として,米粒を温風によって乾燥させることにより,米粒表面に残っている付着水及び米粒に吸収された水分を取り除くというプロセスを採用していることから,この点でもイ号物件は本件洗い米の発明の構成要件Aを充足しない。
構成要件BないしEについて 本件洗い米の発明の構成要件BないしEについては,イ号物件もこれを充足している。
(2) 被告らの主張 以下,主に本件洗い米の発明について構成要件の解釈を述べるが,その内容は本件方法の発明についても共通である。
ア 本件洗い米の発明の構成要件A及び本件方法の発明構成要件aの「洗滌」について (ア) 本件洗い米特許の「洗滌時に吸水した水分が‥‥」との語句の解釈は,洗滌時に「吸水した水分」が主語であり,また,その水分が重要であって,「洗滌」がどのような手段で行われるかということは要件とならない。本件洗い米の発明において,洗滌は,米粒表面の糠を水に移し,その混合液を取り去ることであり,洗米が行われている全時間にわたり,米粒が水に浸かっていることまでに限定しているわけでない。
(イ) 原告の主張する「加水搗精」について 原告は,本件両発明では,洗滌(洗米)によって糠分を除去するのに対し,原告方法は,「加水(又は水中)搗精」によって「糊粉層」並びに「果皮及び種皮」を取り去るものであって,両者は異なると主張する。しかし,原告方法によって処理している内容も,さらにはそれによって除去された物も,本件第1明細書及び本件第2明細書の実施例を含めた従来の洗米機で洗米していることと同じである。このことは無洗米に関する他者の発明の特許公報にも「‥‥米を研ぐ場合,米を手の平で押し付けて反転させ,また押し付けというような人間の手の平による「水中搗精」による研ぎ方‥‥」(甲3の1。10欄8行ないし11行)と記されているように,原告のいう「搗精」は,一般的に用いられている単なる「洗米」にすぎない。当業界では米をとぎ洗いすることを「水中搗精」とか「加水搗精」といういい方をする場合があるが,これは手動又は洗米機によって,通常の洗米をすることを指すのである。
さらに,原告がいう「糊粉層」とは,一般的に消費者が行っている通常の洗米によって除去される「糠」のことであり,手で5〜6回洗ったら除去できる「糠」のことを原告独特の表現をしているにすぎない。ちなみに,原告のいう「糊粉層」は,精米機により「糠」として除去され,通常の精白米には存しないものである(乙79)。もちろん,「果皮及び種皮」は,糊粉層より外の「外胚乳」の中の層であるから,通常の精白米には存在しない。したがって,原告の「米粒表面の一部残留糊粉層や,縦溝部の果種皮を専ら削り取るといった加水搗精が行なわれる」との主張はこじつけであり,仮にそのような作用があったしても,何もロ号物件だけの特徴でなく,また余りにも枝葉末節の問題にすぎない。
イ 本件洗い米の発明の構成要件A並びに本件方法の発明構成要件b及びfの「表層部」について 米粒からの糠の剥離は,既に精米工程でされているため,洗米工程においてはそれ以上の剥離は無用であるばかりか,「うまみ層」を剥離させ,食味を著しく低下させることになる。したがって,洗米工程ではあくまでも付着している糠の除去が目的である。それでも従来からの通常の洗米歩留減は3.5〜6%もある。原告は,ロ号物件及びハ号物件では,原料精白米に比して2%の歩留減があり,米粒表層部の細胞層のほぼ1列を削り取っていると主張するが,原告方法による歩留減が通常より低いことは明白である。したがって,これら原告設備は,このような不経済かつ著しく無洗米の食味の落ちるようなことはしていない。その証拠に,原告自ら,イ号物件の顕微鏡写真についての解説に「遊離糠(糊粉層)をでんぷん細胞を傷つけずに取り去っている様子がよくわかる」(乙95)と記載し,イ号物件のカタログに「お米の表面に傷を付けないように糊粉層(アリューロン層)を取り除く」(乙97)と記載していることから明らかである。
また,原告は,別紙計算書を基に,歩留減の2%は,細胞層が1列削り取られたのに相当するとして,歩留減分のすべてが削り取られた細胞であるとしているが,それでは,乙95ないし97に除去されるとある遊離糠が全くないことになってしまう。また,仮に原告の計算書の計算が正しいとしても,10.7μという数値が細胞層の厚みに相当するとの根拠は全く示されていない。1個当たり10〜40μもある「澱粉複粒」が200個も詰まって「細胞」を構成しているのであるから,上記細胞はもっと巨大なものであり,原告の主張は事実と異なる。
以上より,原告がロ号物件及びハ号物件で行っていることは,「短時間」という以外は通常の洗米をしているだけで,原告の主張するような細胞層を削り取るようなことはあり得ないばかりか,本件第2明細書の実施例2の場合と同様に,高速撹拌(短時間洗米)による効果,すなわち「高圧のゴシゴシ」や「米肌のふやけ」がないところから従来より洗米歩留減少が少ないという効果も奏していることが明らかであるので,本件洗い米の発明における「洗滌」と全く異なるところがない。
ウ 本件洗い米の発明の構成要件A並びに本件方法の発明構成要件c及びeの「除水」について (ア) 原告は,本件両発明の除水とは遠心脱水することである,と主張する。
しかし,本件第1明細書には,そのことは一言も記載がないばかりか,出願段階における被告意見書にも「本件発明の除水には風力を利用した乾燥も含む」ことが述べられている(乙24)。また,このような本件両発明における除水が「乾燥」も含むことは,本件第1当初明細書にも記されている。すなわち,発明の名称,さらには特許請求の範囲には,「乾燥洗い米」,「除水処理した乾燥洗い米」,「洗米と除水を行うことを特徴とする乾燥洗い米の製造方法」が記されている(甲17)。ただし,通風による乾燥以外に水を除く手段もあることから,水を除去することの一切を意味して「除水」と称している。なお,この「乾燥」を,発明の名称や特許請求の範囲から除いたのは,当業界では古くより,収穫直後の高水分米の水分を長時間かけて除くことを「乾燥」といっていたので,それと混同を避けるために手続補正により削除したのである(乙24)。したがって,本件両発明の除水においても,「乾燥」によって米肌の水分を除くことは最も通常の実施手段というべきである。
(イ) 原告の提出する甲18ないし21の文献には,米粒の肌面のような微細な凹凸に入り込んでいる水分まで除去できるとは記載されていない。したがって,まず遠心脱水を行い,その後乾燥するというのが効率的な除水であろう。それらのことは当業者にとっては常識である。例えば,前記甲3の1の特許公報には,次のように記載されている。「水膜が米重量比で3%となる時点で5〜10μの凹凸間に存在する米粒表面水を遠心力だけで分離除去することができない」(甲3の1,10欄23ないし25行),「米粒に付着する水の膜厚10μ程度までは脱水方法として,遠心力を利用するのが有利であり,それ以下,つまり米水比が100:3内になった時点で蒸発させることが不可欠である」(同欄29ないし32行)。
同特許の出願人の代表者川合忠彰氏も,証拠に基づき,洗米後の水を除去するのは,遠心脱水処理をし,その後で乾燥処理するのが「古くからの常識」である旨証言している(乙81の1及び2)。しかも,同証に記される乙16(本件事件の乙81の2)は古くからある文献であり,それには遠心脱水では,粒子表面の付着水分は除去できないこと,したがって遠心脱水機は乾燥機の前処理として用いることが記されている。これは産業界の常識であり,当業界も例外でない。したがって,「除水」に乾燥が含まれるのは当然である。
4 争点4(本件第1特許権及び本件第2特許権に無効事由があり,被告らが本件各特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について (1) 原告の主張 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないが,本件第1特許権及び本件第2特許権のいずれも,以下に述べるような明白な無効事由があり,これに基づく請求は権利の濫用に当たり許されない。
平成14年3月22日,特許庁は,本件第2特許権に対する無効2000-35501号事件につき,請求項1及び2に各記載の発明について,特開昭52-43664号公報(審決書における「刊行物1」,本件における甲33)に記載の発明(以下,この発明を「本件公知例」という。)及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件洗い米の発明(及び本件第2明細書の請求項2に係る発明)の特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたもので,同法123条1項2号に該当し,無効である旨の審決を下した(甲105)。なお,同月25日に,無効2000-35500号事件に関し,本件洗い米の発明と実質的に同一で,製造方法の発明である本件方法の発明に係る発明についての特許を無効とする審決が下されている(甲106)。
進歩性の欠如 本件洗い米の発明及び本件方法の発明には明白な無効事由があり,本件両発明が特開昭52-43664号公報に記載の本件公知例及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,本件両発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号に該当し無効となるべきことが明白である。
(ア) 本件公知例 本件公知例の特許請求の範囲は,「玄米に対する歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米を多孔壁除糠精白筒精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において,その白米中に水または塩水その他水溶液を添加し直ちに精米を行なうと同時に前記多孔壁部を通して急速に除糠除水を行ない前記精白室から排出することを特徴とする混水精米法。」というものである。
(イ) 本件公知例と本件洗い米の発明の相違点 本件第2明細書にも記載されているように,精白米を除糠のために洗滌し,除水して得られる,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された洗い米は,本件出願時当業者において周知のものである。本件洗い米の発明と上記周知の洗い米を対比すると,本件洗い米の発明は,「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる,米肌に亀裂がなく,平均含水率が約13%以上16%を超えない洗い米」である点で,上記周知の洗い米と相違する。
(ウ) 本件公知例と本件洗い米の発明の比較検討 本件第2特許権の特許請求の範囲の請求項1の「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている」とは,「洗滌時に」すなわち洗滌工程中に「吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている」意味であり,「表層部」とは洗滌工程中の米粒の表層部を指すものということができる。本件洗い米の発明は,洗滌対象すなわち出発物質に中途精白米を用いる態様を含む旨本件第2明細書に記載がある(本件第2公報8欄23行ないし25行)が,中途精白米の洗滌工程においては,中途精白米は洗滌の進行につれて精白除糠され,その米粒表面は時々刻々変わっていくものであるが,請求項1の「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている」は,このように時々刻々変わっていく米粒面にあって,そこに残留している糊粉層の残留状態あるいは澱粉層の露出状態がいかなる状態にあるかに関係なく,吸水した水分が主に米粒の表層部の部位にとどまることを特定しているものである。したがって,請求項1の「米粒の表層部」は,中途精白米の洗滌工程中米粒表面に存在している糠層(糊粉層)を含むものというべきである。
そして,請求項1に記載の「米粒の表層部」は,本件第2明細書の記載からみて,吸水の結果生ずる米粒の亀裂発生を,米粒と水分との接触を短時間に抑えることで防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒表層の部位であると解することができる。
これに対し,甲33には,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米量に対して0.1〜3%の範囲で水を添加して,精米(精白)を行うと同時に除糠除水を行う混水精米において,添加水分が表面皮層にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行い,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造することが記載されているものと考えられる。甲33には「亀裂」という用語を用いて説明する記載はないが,「従来は歩留り94%以下の高白度白米に水分を添加すると忽ち水分を粒内質深く浸透して砕米化するのが常識なので,白米に混水して精米するなどは夢想だにしなかったものである。」(2頁左下欄18行ないし左下欄1行)と記載され,亀裂が原因で生ずる「砕米化」が避けられることが甲33に記載され,湿式精米法において,添加水分が米粒皮層あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行えば,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが,本件特許の出願時当業者の技術常識であった(特公昭54-13382号公報,特開昭61-283359号公報,特公昭55-5381号公報,特公昭61-10179号公報)ことからすれば,添加水分が表面皮層にとどまっている20秒内外の短時間のうちに精白除糠,除水を行い,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにすることで砕米化につながる亀裂発生を防止していることが甲33に開示されていることは,当業者であれば直ちに理解できる。
そして,甲33における「表面皮層」及び上記技術における「白米皮層」及び「白米の表面薄層」は,「米粒内質」と対になる概念で表示されており,しかも,吸水の結果生ずる米粒の亀裂発生を,米粒と水分との接触を短時間に抑えることで防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒の表層の部位を指すことから,本件洗い米の発明における「米粒内部」(もしくは「深層部」)に対置して表示される本件洗い米特許の請求項1に記載の「米粒の表層部」に相当する。
以上を踏まえると,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米量に対して0.1〜3%の範囲で水を添加して,精米を行うと同時に除糠除水を行う混水精米において,添加水分が表面皮層(本件洗い米の発明の「表層部」に相当する)にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行い,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造することが甲33に記載されていること,及び湿式精米法において,添加水分が米粒の表面皮層あるいは表面薄層(本件洗い米の発明の「表層部」に相当する)にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行えば,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で,白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが,本件洗い米の発明の特許出願時における当業者の技術常識であったことからすれば,その表面に糠層(糊粉層)が残存している中途精白米を加水量を増やして精白,除糠と除水をする場合,米粒の表面を覆い時間とともに内部に吸収される水分が米粒の表層部にとどまり米粒の内部に浸透するに至らないまでの短時間内に精白,除糠と除水を完了すれば,米肌に亀裂のない洗い米が得られることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。また,濡れた米を除水して,含水量が約13%以上16%を超えない範囲内の所定の含水量になるようにすることは,特開昭57-141257号公報(甲24),特公昭51-22063号公報(甲22),実開昭61-121946号(乙163)のマイクロフイルム等の各記載からすれば,本件洗い米の発明の特許出願時において当業者に周知であった。よって,洗い米の平均含水率を「約13%以上16%を超えない」ように除水することは,当業者が容易になし得ることである。
そして,本件洗い米の発明の効果についても,前記のとおり中途精白米を加水量を増やして精白,除糠と除水をする場合,吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっている短時間のうちに精白,除糠と除水を完了することにより,米肌に亀裂が発生することを防止できることは,甲33及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得ることであるから,本件洗い米の発明の「米肌に亀裂がない」という効果は,当業者が容易に予測できる効果である。
イ 記載不備1 本件第2明細書の「発明が解決しようとする課題」の項に述べられた事項は,従来から当業者に周知の知見にすぎない(特開昭63-84642号公報〔甲68〕,特開昭63-319057号公報〔甲69〕,特開昭61-283359号公報〔甲70〕,特開昭61-85155号公報〔甲71〕等)。このような認識が本件洗い米の発明の特許出願前に当業者の常識であったから,水で精白米を洗滌するに際し,米粒の表面に付着し時間とともに内部に吸収される水分が表層部にとどまり内部に浸透するに至らないまでの短時間に除水してしまうことが技術的に可能であれば,炊飯時美味な飯にならない原因の1つである亀裂の発生が防止できることは,当業者にとって自明の事柄であった。しかるに本件洗い米の発明がこの課題を解決するために選んだ手段は,構成要件Aの「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる」との要件であり,構成要件Bの「米肌に亀裂がなく」との要件は,「精白米の水中での洗滌,除糠工程及び除水工程を従来とは桁違いに短い時間内に行う」ことの結果を記載したものにすぎず,それ以上の技術内容は皆無である。構成要件B,Cも当業者の常識を記載しただけで,何らの技術的意義創作を認めることができない。要するに,本件洗い米の発明は,構成要件Dに示される従来公知の洗い米につき,当業者の常識ともいうべき構成要件AないしCを加えたにすぎない。そのうえ,本件洗い米の発明は,このような洗い米を,実施可能なものとして実現したということができるものではない。本件第2明細書には,これを達成するための具体的な手段の開示が全くないのである。被告東洋自身,別件の和歌山事件の大阪高裁判決(平成10年(ネ)第2799・2800号事件〔甲65〕)において認定されたように,本件洗い米の発明及び本件方法の発明実施できる技術的手段である装置を有していなかった。
このように,本件両発明は未完成もしくは実施不能のものであり,発明の実体としておよそ空虚なものであって,本件第1明細書及び本件第2明細書は,当業者が実施できる程度に記載されていない。
ウ 記載不備2 被告らは,本件洗い米の発明及び本件方法の発明が分割される前の,両発明を含む原出願に対し,「早期審査に関する事情説明書(甲77)」を提出し,その中で,被告東洋(出願人)は,「クレームに記載した方法で製造した乾燥洗い米をクレームに記載した包装をもって製品として発売している」と述べ,資料1ないし19を併せて提出した。そのうち,資料1及び4(甲78,79)には,本件洗い米の発明及び本件方法の発明を含めた本件原発明の内容は「糠で糠を取る方法」と説明されているのに対し,本件第1当初明細書以降,補正された明細書を通じ,本件第1明細書及び分割された本件第2明細書のいずれにも,糠で糠を取ることが本件洗い米の発明にかかる洗い米の製造に用いられるということは,一言たりとも述べられていない。本件洗い米の発明の洗い米の製造方法すなわち本件方法の発明は,被告らの新たに開発した「糠で糠を取る」方式にあるというべきで,このことと,公知装置によってごく短時間の撹拌による水洗によっては除糠することが不可能であることを考え併せるならば,本件洗い米の発明及び本件方法の発明における「洗滌」は,糠による糠の除去という第1工程を経ることが不可欠である。しかしながら,本件第2明細書にも本件第1明細書にも,この工程の技術的手段の明確な具体的開示が示されていない以上,本件洗い米の発明及び本件方法の発明は,当業者に実施不能というほかなく,本件両明細書における記載不備は明らかである。
新規性の欠如 本件洗い米の発明の原明細書(同発明に関する分割出願当初の明細書,甲39)及び本件第1当初明細書においては,「除水」の対象は「洗滌水及び表面付着水」であったが,その後の平成8年7月3日付け補正書により,米粒に吸収された水分もこれに含むとされたことは除水概念の拡大であり,要旨の変更に当たる。それゆえ,同発明の出願日は上記補正の日まで繰り下がる。この繰り下がった出願日前において,このような洗い米は世間に広く出回っていたから,公然実施されていたものということができる。
(2) 被告らの主張 本件第1特許権,本件第2特許権のいずれにも無効事由は存在しない。
ア 原告の主張アについて 特開昭52-43664号公報(甲33)に記載の本件公知例と,本件洗い米の発明とは,以下に述べるように,全く異なった発明である。
本件公知例が採っている「加湿研磨方式」自体は,本件両明細書に従来技術として記載され,審査官・審判官に知られる状況にありながら,登録に至るまでの間,審査官・審判官から先行技術として全く引用されなかった。また,本件両発明は,出願公開されて以降,原告初め多くの当業者から,特許登録を阻むため,多数の情報提供(特許法施行規則13条の2)が行われ,殊に本件公知例の出願人である原告からは2度の情報提供が行われ,提出された刊行物の総件数は14件にもなった。しかしその中に,本件公知例の公報などの「加湿精米」に関するものは1件もなかった。登録後の異議,審決取消訴訟でも同様であり,本件第2特許権に関する別件の大阪高裁判決(平成12年(ネ)第1016号事件。乙147)でも,「本件特許発明による問題解決手段が公知であると認めるに足りる証拠はない。」と認定されている。このことから,当業者も,本件洗い米の発明は「加湿精米」から思いつくものと考えていなかったことが,明らかである。
(ア) 加湿精米について 米粒の糠層は数層から成り立っているが,その最深層の,胚乳(澱粉層)と接している糊粉層は,他の糠層と異なり精米時の剥離効率が悪く,しかも米粒に数本縦走する「縦溝」は米粒同士の粒々摩擦が強く作用しないため,その剥離に時間がかかる。そこで糊粉層が露出し始めた6分搗き以上に精米された中途精白米を最終精白するまでの間,加湿精米により,米粒に微量の水を加え,この糊粉層を湿潤軟化させると,剥離が容易となり,さらに表面をなでつけると滑面となり,光沢が出て商品価値を高められる。ただし,この加湿精米の場合,米粒に亀裂が生じないためには,次の@ABの3要件をすべて具備することが絶対不可欠となっている。
@中途精白の米粒表面の糠層のみが湿潤,つまり「糠層のみに水分を含む」ようにわずかの水量しか加水しないよう,加水量を制限する。
A澱粉層に水を添加すると亀裂の発生を招くから,6分搗き以上の中途精白米を対象とし,その残存糠層のみに吸水させる。
B湿潤させた糠層(糊粉層)の水分が,更に内質の澱粉層に吸水されぬよう,短時間のうちにその含水糠(米粒から剥脱されると粉状の湿った糠になっている。)を排除する。そのために,風を噴射して精白筒の多孔壁より排除する。
(イ) 洗米について 消費者が行う「洗米」の場合には,洗米後の米粒を乾燥させず,すぐに炊くから亀裂の問題を生じないが,無洗米(消費者が洗米しなくても炊ける米)にするためには,米粒を洗米したまま放置すれば含水して腐敗し,また除水(乾燥)しようとすれば亀裂発生は必定である。したがって,洗米後,除水(乾燥)させた洗い米の実用品が存在しなかったのであり,原告及び無効審決が掲げる特開昭57-141257号公報(甲24),特開昭61-115858号公報(甲49),特公昭51-22063号公報(甲22),実開昭61-121946号(乙163)のマイクロフイルムによる洗い米は,いずれも亀裂が発生し,それを炊いたときは人間が到底食べられないほど食味の悪いものにしかならなかった。したがって,当然のことながら,これらの発明はいずれも実用化されていない。
上記先行技術の洗い米にしても,本件洗い米の発明にしても,米粒を洗滌するとなると,米粒を水にザブンと漬けるほどの加水,すなわち少なくとも米粒表面には自由に移動できる液状の水に覆われるだけの加水量がなくてはならない。
(ウ) 本件洗い米について 本件洗い米の生産には,「洗滌」が不可欠な手段である。「洗滌」の工程なくして本件洗い米を生産することは不可能である。本件洗い米の発明の構成要件Aには,「洗滌時に‥‥」と記載されているように,同発明では「精米時に‥‥」や「研磨時に‥‥」であっては絶対にならないのである。けだし,多量の水の中に米粒をザブンと漬けても,亀裂の発生を防げる本件洗い米の発明の効果は「洗滌」だから実現できることであり,加湿精米では粒々摩擦が強いため摩擦熱が発生し,吸水性を助長するから不可能なのである。
また,本件洗い米の発明の「洗滌」に必要な加水量は,最少の場合でも,除去目的物たる米肌の陥没部に入り込んでいる糠を水液に取り込んだときでも,なお「液状」が維持できる加水率であること,つまり米粒の表面は常に「自由に移動できる液状の水」に覆われていることが最低限必要である。
(エ) 本件洗い米の発明と本件公知例の対比は,別紙「[表1]本件発明と刊行物1との対比」記載のとおりである。このように,本件洗い米の発明は,従来の加湿精米とは,目的,構成,作用,効果がいずれも異なり,当業者が加湿精米から,本件洗い米の発明を容易に思いつくということはあり得ないのである。
(オ) 前記大阪高裁判決は,本件洗い米の発明が課題を解決するために採用した本件第2明細書の「課題を解決するための手段」の項記載の手段について,「上記構成による問題解決手段が公知であると認めるに足りる証拠はない。」と明確に認定している。このことは,「搗精(精米・研米)」又は「調湿」と「洗米」は根本的に異なるものであること,水を用いる点では共通するところもあるものの,精米装置と洗米装置はそれぞれ目的に合わせた構造になっていること,それら事実からもそれぞれの作用効果が根本的に異なることが明確に認定判断された結果である。
イ 原告の主張イについて (ア) 本件洗い米の発明が当業者の常識であるとの主張に対して 本件洗い米の発明は,有史以来夢とされてきた「研がずとも炊ける米」を実現した発明であり,それだけでも到底誰でも考えられるものではない。しかも当業界では,昔から米粒から水分を除去するには長時間かけるほど亀裂が生じないとの常識が支配していたため,本件洗い米の発明のように1分の間に米を洗滌し,ほぼ元の水分まで急激に乾燥させるなどは,それを聞いただけで誰もがとんでもないと考えたのである。本件洗い米の発明は常識の全く逆の発想によって生み出された画期的な発明であった。原告の主張のように,当業者の常識とか,誰でも思いつくようなものでは決してない。
(イ) 具体的な手段が開示されていないため実施不能との主張に対して 本件第1明細書には,洗米に関して「本発明の洗滌過程では,公知の連続洗米機を用いることもできるが,一部改造の要がある。即ち,洗米槽を小径となし回転数も毎分600回以上が可能となるように改造するのが望ましい。」(4欄49行ないし5欄2行),と記されており,当業者はその記載だけで,「公知の連続洗米機」とは,乙21,93,94のようなものであると理解し得る。すなわち,当業者は連続洗米機を知っているので,その洗米槽を小径にしたり,高速回転させればよいことなどを簡単に理解できる。
さらに同明細書の実施例1の説明文中には, @「公知の構造の回転式連続洗米機の撹拌体を毎分600回転となし」 A「その出口のところに連続して除水装置を取り付けてなる水洗工程と除水工程を構成し,」 B「該洗米機に3℃の水を注入し乍ら水分14.2%の‥‥精白米を連続的に毎分1sペースで投入する。」, C「精白米は洗米機の洗米槽の中で運動している注入水の中にザブンと入り,水中で撹拌され乍ら洗米機の出口より洗滌水と共に排出され,直ちに次行程の除水装置に入る」 D「ここで洗滌水及び付着水が強制的に除去されて除水装置より排出される」 E「その間,即ち1粒当りの精白米が洗米槽の水に漬かった時から除水装置より排出されるまでの時間は45秒(大半は除水工程での時間が占めている)であった。除水工程から出たての米は水分15.9%になって居り,」 と記されている。
また,実施例2の説明文中には, F「上記洗米機の回転数を1800回転となし,」 G「除水装置を高性能にした除水工程を構成し,」 H「25℃の水を注入し乍ら‥‥精白米を連続的に毎分10sペースの速さで投入する。」 I「精白米が洗米槽の水に漬かった時から,除水装置から排出されるまでの時間は約5秒であった。」 J「除水工程より出たての米は含水率14.5%になって居り,」 と記されている。
これら@ないしJの記載から当業者には,次のことが具体的に分かる。
イ 洗米機(器)には,水圧で容器の中の水を水流させて洗米するタイプと,機械的に何らかのものを回転させるタイプがあるが,前記@には「回転式」と記されているから後者であること。
ロ 洗米機にはバッチ式(洗米機に一定の米を入れたり出したり入れ替えるタイプ)と連続式(洗米機に一方から米が連続して入り,他方から連続して排出されるタイプ)があるが,前記@には「連続洗米機」と記されているから後者のタイプであること。
ハ 前記@に「撹拌体を毎分600回転となし」と記されているから,洗米機で回転させるものは撹拌体であり,またCに「洗米槽の中で‥‥撹拌されながら」と記されているから,撹拌体を洗米槽内で回転させる構成であること。
ニ 前記Bには,「精白米を投入する」と記されているから,洗米機には精白米を投入する投入口が設けられた構成であること。
ホ 前記BCEの記載から,撹拌体には投入された精白米を出口に短時間に送る送米螺旋(スクリュー)が設けられていること。
へ そのような洗米機には,停止中でも水を洗米槽内に溜めるタイプと,運転中の洗米槽に注水させるタイプがあるが,前記Bに「水を注入し乍ら」と記されているから,注水口より米粒に注水しているタイプであること。
ト 前記Cの記載から,米粒は注水された水と共に洗米槽の中を撹拌体の回転によって撹拌されながら,洗滌水と共に排出される構成であること。
チ 前記Cの記載から,排出された米粒及び洗滌水は直ちに次工程の除水装置に入れる構成であること。
リ 前記BCEIから,米粒が洗米機の投入口から短時間に出口に出られる構成であること。
ヌ 前記@Fから,撹拌体を高速回転させても米が飛散したりしないのは,撹拌体の周囲が洗米槽で囲まれているタイプであること。
ル 前記Cから,実施例1の場合では,米粒が洗米槽の中で水と共に撹拌されるタイプであること。
ヲ 前記FHから,洗米機の構造及び水の注入量を実施例1のままにして,実施例2では,洗米機の回転数だけを高めて,米の投入量を10倍にしても洗米できるタイプであること。つまり,実施例1の加水率が,実施例2では10分の1に減少して洗米していること,が明らかにされている。
以上のとおり,当業者にとっては,前記イないしヲによって,本件第2明細書の実施例の公知の洗米機は,乙21,93,94に示されるような,最も一般的な,通称「撹拌式洗米機」に属するタイプであること,しかも,この種の「撹拌式洗米機」は古くから周知であり(乙135),その中でも本件洗い米の発明の実施例に示す「注水」するタイプは乙21のようなものであること,が理解できる。
さらに「除水装置」についても,本件第1明細書には,「除水装置は,洗滌水及び付着水を除込できる機能さえあれば,公知の機器でよいが,只,洗滌水や付着水の除去に時間がかかるものではいけない。何故ならば,せっかく洗米工程で,米粒内部に吸水させないようにしたのに,除水工程にて,洗滌水や付着水の除去に時間がかかり洗滌水や付着水が米粒内部に吸収されて無意味だからである。尤も公知の除水装置の中には,吸水の要因となる洗滌水や付着水の大部分を,瞬間に近い短時間に除去できるものがあるから,それを選べばよいと云うことである。」(6欄23行ないし32行)と記され,本件洗い米の発明を具現するための除水装置の必要な要件を開示し,さらにそのためにどのような除水装置を選ぶべきかまで示唆し,さらにそのうえ,実施例の前記説明文により,当該実施例の除水装置を次のとおり開示している。
イ 前記ACDの記載から,当該除水装置は,精白米と共に入ってきた洗滌水及び付着水を連続的に除去する,いわゆる連続式(バッチ式ではない除水装置)であること。
ロ 前記BEJの記載から,洗滌水及び付着水を極めて短時間に,しかもぼたぼたに濡れている精白米をほとんど元の状態の含水率14.5〜15.9%(サラサラに乾いた状態)まで水分除去する装置であること。
ハ 前記Gの記載から,当該除水装置は実施例1よりも除水性能を高めることが可能なタイプであること。
ニ 前記BHの記載から,流量が自由に変えられる除水装置であること。
ホ 前記Aの記載から,当該除水装置は洗米機の米の出口のところに,連続して設けていること。
が明らかにされている。したがって,当業者にとっては,イないしホによって,本件第2明細書の実施例の除水装置の,少なくともその最終工程は,当業界では周知の,水分を蒸発させて除去する通風乾燥が最もポピュラーな方式であること,それもそれが単独か,もしくは遠心脱水機と組み合わされて用いられていることが,把握できるのである。なぜならば,@遠心脱水を連続的に行なう装置(いわゆる連続式遠心脱水機)では,せいぜい水分18%程度にしか除水できないことは,当業界では常識化していること,したがって,遠心脱水した場合は,その後に乾燥手段が必要なことを当業者は知っている。Aさらに前記ハのように,除水性能を自由に高められるのは,風速,湿度,温度を自由に変えることによって,いわゆる乾燥条件(除水性能)を高められる乾燥手段が最も知られている(遠心脱水機では,回転を早くしても,除水性能を高めることはわずかしかできず,それも米粒が傷んでできない。)。B乾燥手段を用いた装置も種々のタイプがあるが,前記ニに示されるとおり,流量が自由に変えられる機構の通風乾燥機としては,当業界では周知の送り速度を自由に替えられる通気バンド乾燥機が最も当業者の頭に浮かぶ。
C以上により,当業者は本件明細書の実施例の洗米機は乙21,93,94,135に類するタイプであること,また,実施例の除水装置は単独,もしくは併用のいずれの場合でも,最終工程は乾燥装置が用いられていることを知ることができる。
また,洗米機と除水装置との組合せの構成は,洗米機の出口から排出された米が除水装置に直ちに入るように組み合わされていることも,前記ホで知ることができるのである。
以上のとおりであるから,本件第1,第2明細書には具体的な手段が開示されていないとの原告の主張は誤りである。
ウ 原告の主張ウについて 本件洗い米の発明には,洗滌の前に粘着糠を除糠することなど要件でないし,被告東洋はこれまで1度もそれが要件である旨述べたことはない。原告が示す甲77ないし81に示されている「糠で糠を取る」は,本件洗い米の発明の実施によるものではなく,同発明を実施することにより生じる汚水の発生に対処するための措置である。同発明が汚水の処理までの技術を含まないことは明らかである。
被告東洋においては,この汚水問題の解決のため,とぎ汁中に含まれる混入成分を短時間に水中から分離除去する装置を古くから開発していたが,一部の混入成分だけはどうしても分離できなかった。それが,この除去困難な成分が水中に溶け込むまでに,すなわち精白米を本件洗い米の発明により洗滌するまでに,事前に除去することで,同発明の実施によって生じる米のとぎ汁処理が,分離装置で汚水を一滴も排出することなく全排水を清水にして,洗い米を生産できるようになった。その洗滌前の除去が糠を利用して除去することであり,その技術的手段はノウハウであるため公開できないが,被告東洋代表者雑賀が古くから開発してきた糠をもって糠を除去する技術を更に飛躍的に進化させたものである。
要するに,この「糠で糠を取る」発明は,本件洗い米の発明とは全然別のものであり,これにより本件洗い米の発明に重要な要件が記載されていないということにはならない。
エ 原告の主張エについて 本件第2明細書の「米粒表層部に付着吸収した水分を除去する」との記載内容は,原明細書や本件第1当初明細書に記載されていなかったものを補正により全く新たに追加したものではないので,要旨変更には当たらず,無効事由は存しない。
(ア) 米粒の表面部(表層部)の厚さは0.1oしかない極めて薄いものであり,その薄い表面部(表層部)に吸収された水分は,表面付着水の除去の際,共にいくらかは除去される。これは当然の自然現象である。この点,本件第1当初明細書に,「除水後,即ち付着水分が除かれた時」(甲17。5頁右上欄14ないし15行)と,「除水」が「もの(米粒の表層部)に含まれている水分」の除去すなわち米粒表層部に吸収された水分を除去することが示されている。
(イ) このようにして表面付着水が除去される際,必然的に表面部(表層部)に吸収された水分も除去されるが,短時間処理のため,表面部(表層部)のうち,表面寄りでない部分に吸収されている水分まで除去されるとは限らず,むしろほとんどは残留する。その吸収水分の残留した層の厚さは,1枚の紙ほど薄い表面部から,更に水分が除去された表面寄りの部分を差し引いた極めて薄い部分であるから,本件第1当初明細書にも「表面部の含水率の高い部分は極めて薄いものであり」(甲17,6頁右上欄12ないし13行)と記載されているのである。このことからも,原明細書や本件第1当初明細書に,表面部(表層部)のうち,表面寄りの部分の吸収水が除去されることが示されていることが明らかである。
そのほかにも,原明細書や本件第1当初明細書に,表面寄りの部分の吸収水が除去されることが示されていることが明らかである箇所があり,上記補正は要旨変更に当たらず,無効事由はない。
5 争点5(被告らの不正競争行為の成否)について (1) 原告の主張 ア 競争関係 原告は,主として食糧加工機(特に精米機)の開発・製造・販売を事業目的としているものであり,被告東洋は,食品加工機(精米機も含む)の製造・販売を事業目的としているものであり,被告雑賀は被告東洋と一体となって食品加工機等の製品開発を事業目的としているものである。原告と,被告東洋及び被告雑賀とは,精米機の開発・製造・販売の事業の分野において競争関係にある。
イ 被告東洋の不正競争行為 (ア) 前記のように,原告設備に採用された無洗米の製造方法及びこの稼動によって得られるイ号物件は,被告らの本件第2特許権及び本件第1特許権の技術的範囲に属しない。それにもかかわらず,被告東洋は,平成9年8月初旬ころより,原告設備の潜在的ユーザーたる全国の集中精米工場,イ号物件の潜在的使用者たる炊飯業者や外食(弁当)業者計11社に対し,原告設備の稼動によってイ号物件を製造・販売することは,被告らの前記両特許を侵害するものであるとか,また,購入したイ号物件を使用して炊飯米を販売することは,被告東洋の本件第2特許権を侵害するものである旨,虚偽の事実を書面もしくは口頭により通知した。
(通知先) @ 岡山県経済農業協同組合連合会(現全国農業協同組合連合会) A 三多摩食糧卸協同組合 B 株式会社宮崎米商 C 幸福米穀株式会社 D 大阪米穀株式会社 E 山城食糧株式会社(現株式会社京山) F 食協株式会社 G 神北食糧販売協同組合 H 十勝米穀株式会社 I 広島県東部食糧協同組合 J 千葉食糧株式会社 上記行為は,不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に当たる。
(イ) 被告東洋の代表者である雑賀慶二は,被告雑賀の創立者であって,現在,その会長に就任しており,被告雑賀を事実上主宰しているものである。したがって,被告雑賀においても,いつ被告東洋と同様の前記のような虚偽の通知を出すか分からないような状況下にあり,差止めの必要性がある。
(2) 被告らの主張 被告東洋が通知及び交渉をしたのは,原告の挙げる11社のうち洗い米業者4社のみであり,しかも通知及び交渉の内容は本件第2特許権に関してだけである。被告東洋は,洗い米業者4社との交渉において,決して被告東洋の特許権を「侵害するものである」と断定しておらず,同被告の考えを述べ,それに対する相手の見解を求め,公害を出さないよう要請したにすぎないもので,原告の主張するような無謀な振る舞いはしていない。
また,被告東洋が上記洗い米業者4社と交渉せざるを得なかったのは原告のせいである。すなわち,同被告は,洗い米業者との上記交渉に入る数か月前から,原告と円満交渉を求め,しかもその交渉さえできれば,原告設備の使用者である洗い米業者とは交渉しないと約束したにもかかわらず,結局原告は応じなかった。それでやむなく,被告東洋は,洗い米業者4社と交渉したのである。しかも,彼らは,いずれも現に同被告の特許権を実施して洗い米を製造・販売し又は準備している直接侵害者である。
さらに,すでに繰り返し述べたように,原告設備は本件第2特許権を侵害するものであるから,原告の請求は理由がない。
5 争点6(原告の損害)について (1) 原告の主張 被告東洋の前記のような虚偽の通知により,原告設備の潜在的ユーザーたる全国の集中精米工場から原告に,特許問題につき説明するようにとの要望が殺到し,原告はこの対応に忙殺された。のみならず,原告設備の導入を積極的に検討していた幾つかの集中精米工場は,生起した複雑かつ煩瑣な特許問題に巻き込まれることを嫌い,原告設備の導入を断念した。
上記のような虚偽の特許侵害の通知により,原告の営業上の信用が著しく毀損された。これによる損害は,1000万円を下らない。
(2) 被告らの主張 上記原告の主張はこれを争う。
6 争点7(被告東洋の損害)について (1) 被告東洋の主張 ア 特許法102条1項に基づく主張 被告東洋は,原告の侵害品の競合品というべき無洗米製造装置である「BG無洗米製造装置」を製造・販売又は使用しており,原告による特許権侵害行為によって,現実に損害が発生している。被告東洋が上記装置をユーザーに売り渡す場合の売価,製造原価,利益額は次のとおりである。
1トン型の「BG-1000」の売価は4500万円,製造原価は1323万円である。これを,原告が同被告の特許権を侵害して参入してきたため,値引販売せざるを得ず,実販売価格は3465万円となった。これにこの実販売価格の15%に当たる営業経費519万7500円を要するので,これを控除すると,純利益は,値引きなしの場合は2657万2500円,値引きした場合は1622万2500円となる。
4500万-1323万-3465万×15%=2657万2500 3465万-1323万-3465万×15%=1622万2500 原告は少なくとも,ロ号物件を35台,ハ号物件を32台,製造・販売した。被告東洋の上記製品は毎時1トン型であるのに対し,原告設備は,毎時2トン型(ロ号)と0.5トン型(ハ号)とがあり,単純に台数のみで比較できない。
同被告の製品の毎時能力当たりの利益を算出し,販売された原告設備の販売台数の合計毎時能力にこれを乗じると,以下のとおりとなる。
毎時2トン型×35台+0.5トン型×32台=86トン 86トン×2657万2500=22億8523万5000円 値引きした場合は,86トン×1622万2500=13億9513万5000円 この金額が,被告東洋の得べかりし利益である。この内金として1億円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 特許法102条2項に基づく主張(予備的主張) ロ号物件のプラントの価格は,見積額で1億4988万8900円である。これに,営業仕入金額(製造原価に一般管理費を加えた額)の割合を原告主張の28.96%とし,営業経費を実販売価格8628万6300円の15%とすると,原告の同設備1基当たりの純利益は2993万5530円となる。
8628万6300-1億4988万8900×28.96%-8628万6300×15%=2993万5530円 また,ロ号物件のみの価格は3800万円であり,これに対し,ハ号物件のみの価格は2200万円である。したがって,ハ号物件における1基当たりの純利益は1733万1096円となる。
2993万5530÷3800万×2200万=1733万1096 したがって,原告のロ号物件の純利益総額は,販売台数35台を乗じ, 2993万5530×35=10億4774万3550円 ハ号物件の純利益総額は,販売台数32台を乗じ, 1733万1096×32=5億5459万5072円 となる。この総合計16億0233万8622円が,原告が侵害行為によって得た利益の総額であり,被告東洋の逸失利益である。よって,被告東洋は,原告に対し,特許法102条2項に基づき,損害賠償として,上記金額の内金として1億円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
ウ 特許法102条3項に基づく主張(予備的主張) 前記原告の売上に対し,実施料率は30%が相当である。本件のような無洗米製造設備について実施許諾契約の実例はまだない。しかしながら,業務用精米機器においては,需要者は精米事業者という少数者に限られ,特に無洗米機を導入する業者となるとなおさら少ない。よって販売台数が少ないことから,研究開発費を回収するため実施料が高額となることはやむを得ず,30%は相当な料率である。原告主張の売上総額9億1600万円にこの割合を乗じた金額は2億0150万円となるが,そのうち損害賠償として1億円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
エ 原告の主張に対する反論 原告は,被告東洋は本件洗い米の発明を実施していないので,特許法102条2項を適用する余地がないと主張する。しかし,市場に出回っている多くの無洗米は,水洗式(本件洗い米の発明の実施品)とBG式しか存せず,その双方を開発した同被告が創業者利益を得られるはずであった。同被告は,当初本件洗い米の発明を実施していたが,それより更に優れたBG式を発明し現在それを実施しているにすぎず,被告の過去の実施を無視した原告の主張は当を得ていない。
(2) 原告の主張 原告は,ロ号物件及びハ号物件を含む無洗米製造プラントを63台顧客に販売した。ロ号物件及びハ号物件単体としての売上総額は9億1600万円である。
ア 被告東洋の主張アについて 被告東洋は,その製造する「BG無洗米製造装置」を販売などしておらず,販売はただ1例あるだけであるから,これを前提とした逸失利益の算定は誤ったものである。また,同被告の挙げる実販売価格などの数値も実体を表すものでない。
イ 被告東洋の主張イについて 被告東洋の主張イにつき,本件においては,被告東洋はそもそも本件第2特許権を実施していないので,填補されるべき損害が発生していない。同被告が無洗米を製造する際使用している方法は,「糠で糠を取る」というBG精米法なる方法であって,本件洗い米の発明による方法ではない。したがって,本件においては,特許法102条2項の適用がない。
また,ロ号物件及びハ号物件は,いずれもプラントとして販売されており,単体で販売されたことはない。したがって,単体での利益率を算出することは困難である。原告の損益計算書を基にロ号物件及びハ号物件を含むプラント全体での利益率を算出すると,2.96%であり,同被告が主張するような30%という高率なものではない。そうすると,原告がロ号物件及びハ号物件を販売して得た利益は,2711万3600円となる。
9億1600万×2.96%=2711万3600円 ウ 被告東洋の主張ウについて 被告東洋の主張ウについては,30%という高額な実施料率を示す証拠はない。
争点に対する判断
1 争点1(原告のロ号物件の製造・販売につき,被告らが本件第1特許権(本件方法の発明に係る特許権)に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める訴えに,確認の利益が存在するか)について 原告は,被告らがロ号物件が本件第1特許権を侵害する旨を主張していたことから,本件訴訟の提起に及んだものであるとして,具体的には,被告東洋は,全国の集中精米工場,炊飯業者,外食産業等11社に対して,イ号物件及びこれを製造するロ号物件が本件各特許権を侵害する旨を通知したこと,被告雑賀は被告東洋と一体として事業を行っているものであることを,主張する。
しかしながら,後記4(1)において認定されているとおり,被告東洋は,株式会社宮崎米商,食協株式会社,幸福米穀株式会社,千葉県経済農業協同組合連合会の4社に対して,通知をしているところ,その内容は,これら各社が導入を検討していた原告設備により製造された米が,同被告の有する本件第2特許権(洗い米の発明に係る特許権)に抵触する旨をいうものであり,本件第1特許権(本件方法の発明に係る特許権)については全く言及されていない。
そして,本件においては,被告らは,主としてイ号物件の本件第2特許権の侵害を主張しているところ,被告らの指摘するように,ロ号物件及びハ号物件がイ号物件の製造のみに用いられる装置であることは当事者間に争いがないから,イ号物件が本件第2特許権に抵触していれば,ロ号物件及びハ号物件は,本件第1特許権に抵触するか否かにかかわらず,本件第2特許権の間接侵害となるし,また,本件各特許権の特許請求の範囲を比較すれば,イ号物件が本件第2特許権の技術的範囲に属していなければ,ロ号物件が本件第1特許権を侵害することもない。
上記によれば,本件においては,原告のロ号物件の製造・販売につき,被告らが本件第1特許権(本件方法の発明に係る特許権)に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める訴えに,確認の利益が存在するということはできない。
したがって,原告の本訴請求のうち,被告らに対して上記の確認を求める部分は,確認の利益を欠く不適法な訴えとして却下を免れない。
2 争点2(イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属するかどうか)について 前記1において述べたとおり,本件においては,ロ号物件及びハ号物件が,イ号物件の製造にのみ用いられる機器であることには争いがないので,イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属するのであれば,それにより原告設備は,同特許権を侵害する製品ということになる(特許法101条1号)。また,本件各特許権の特許請求の範囲を比較すれば,イ号物件が本件第2特許権の技術的範囲に属していなければ,ロ号物件が本件第1特許権を侵害することもない。そこで,まずイ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属するかにつき検討する。
(1) 「洗滌」について ア 本件における「洗滌」の意味 (ア) 一般的な国語上の意味として,「洗滌」とは,「洗いすすぐこと,洗浄」(広辞苑第5版),「(汚れを)洗い去る」こと(岩波国語辞典第3版)などと定義されている。
(イ) 本件第2明細書には,構成要件Aの「洗滌」につき,「本発明の洗い米を得るための洗滌方法は短時間で効率よく除糠,除水できる方法であれば特に限定されない。精白米の洗滌に当たっては,公知の連続精米機を用いることもできる‥‥」(本件第2公報5欄9行ないし13行)と記載されている。また,本件第1明細書には,「洗滌方法及び除水方法は短時間で効率よく除糠できる方法であれば特に限定されない。本発明の洗滌過程では公知の連続精米機を用いることもできる‥‥」(本件第1公報4欄48行ないし50行)と記載されている。。また,「洗米」について,「ここに云う充分な洗米とは,そのまま炊飯した場合,飯が糠臭くない程度,すなわち,現在一般的に消費者で洗米している程度を意味するものであり,物理的には精白米表面にある肉眼では見えない無数微細な陥没部や,胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉等をほとんど除去している程度,すなわち,再びそれを洗米した場合,洗浄水がほとんど濁らない程度を指すものである。」(本件第2公報6欄10行ないし17行。本件方法の発明につき,本件第1公報5欄44行ないし6欄1行。)との記載もある。そして,これらに反して,「洗滌」の意味について,通常の方法と異なったものを指すような記載は本件第2明細書にも,本件第1明細書にも存在しない。
(ウ) また,本件第2明細書の「課題を解決するための手段」の項には,「本発明は,洗米後も亀裂が入らず,炊いた米飯の食味も優れている洗い米を得るべく鋭意研究を重ねた結果,精白米の水中での洗滌,除糠工程及び除水工程を従来とは桁違いに短い時間内に行えば,米粒に亀裂が入らず炊飯に適する洗い米が得られることを見出し,発明を完成した。」(本件第2公報4欄16行ないし21行。
本件方法の発明につき,ほぼ同旨,本件第1公報4欄2行ないし8行。)との記載がある。さらに,「本発明の洗い米は精白米を水中で洗滌,除糠を行い,この間米粒の主な吸水部は米粒の表層部にとどまり,水への浸漬から洗滌,除糠,除水までの数分以内に行ったもので,」(本件第2公報4欄22行ないし25行。本件方法の発明につき,ほぼ同旨,本件第1公報4欄9行ないし14行。),「洗滌,除水の各工程での米粒の吸水部が米粒の表層部であるうちに洗滌と除水を行えば除水後に亀裂は入らない。」(本件第2公報4欄35行ないし37行),「吸水部が米粒の表層部である時間巾は,洗滌法,洗滌条件等によって変わるが数分以内である必要がある。数分以内とは大体3分〜4分より短い時間であり,」(本件第2公報4欄41行ないし43行。本件方法の発明につき,ほぼ同旨,本件第1公報4欄38行ないし46行。)との記載もある。
そのほか,「除水装置は,洗條水及び付着水を除去出来る機能さえあれば公知の機器でよいが,只,洗滌水や付着水の除去に時間がかかるものではいけない。何故ならば,せっかく洗米工程で,米粒内部に吸水させないようにしたのに,除水工程にて,洗滌水や付着水の除去に時間がかかり洗滌水や付着水が米粒内部に吸収されて無意味だからである。尤も公知の除水装置の中には,吸水の要因となる洗滌水や付着水の大部分を,瞬間に近い短時間に除去出来るものがあるから,それを選べばよいと云うことである。」(本件第2公報6欄23行ないし32行。
本件方法の発明につき,本件第1公報6欄7行ないし15行。)との記載もある。
(エ) 本件両明細書のこれらの記載部分からすると,本件両発明の本質は,短時間に洗米(及び除水)処理を行うことによって米粒内質に水分が吸収される前に処理を終え,これまでなかったような,米粒に亀裂が入らず炊いた米飯の食味が低下しない洗い米を得ようとする点にあると考えられる。このことをも併せ考えると,上記「洗滌」は,その手段を問うものでなく,短時間に効率よく処理できる方法であればよいと解される。
(オ) さらに,本件洗い米の発明の各構成要件は,構成要件Aを行うことによって同BないしEを実現しようとするという構成になっていることが明らかであり,発明の要点ともいうべき部分は構成要件Aにあるということができる。このことからも,同構成要件の「洗滌」は,構成要件Cの「米肌面にある陥没部の糠粉がほとんど除去された」を達成する(それは,前記の明細書の記載から,公知の連続洗米機あるいは消費者により,従来行われている程度に糠分を除去し,再びそれを洗米した場合,洗浄水がほとんど濁らない程度にすることを意味する。)ものであり,「洗滌」の通常の用語の意味から大きく異ならないものでありさえすれば,その方法は問わないものと解される。
イ 原告の主張について この点に関し,原告は,「洗滌」を,「大量の水の撹拌作用によって糠粉を浮遊させて洗い流す」ことと限定解釈すべきであり,精白米に一部残留している糊粉層及び縦横部に残留している果種皮を水を介した粒々摩擦によって搗精して取り去るという意味を包含していない,と主張する。そして,本件洗い米の発明は,「洗う」操作のみを採用して,米粒に直に圧力をかけて粒々摩擦するという方式,すなわち研ぐ操作,換言すれば水中(又は加水)搗精する方式を意図的に除外したものである,と主張する。
そのうえで,原告方法は,極めて少量(15%)の水を精白米に添加し,精白米を加圧状態下で撹拌させ,付着水を介した米と米との粒々摩擦により精白米を搗精する方式(「水中又は加水搗精方式」)を採用しているから,構成要件Aを充足しない,と主張する。
ウ 前記原告の主張は,本件第2明細書に,次のような記載があることを根拠とする。
@「発明の効果」の項として,「本発明の洗い米は次の(1)ないし(4)に示すような効果を有するものである。」(本件第2公報13欄末行及び14欄1行),「(3)本発明品の米は洗米歩留りがよいので社会的に有益である。これは従来の米の洗米は手作業でも機械式でも高圧でゴシゴシとやるので,本来米肌に残って欲しい物質も剥離され流失してしまうが,本発明品では洗米槽の水を高速撹拌で洗米するので,米粒には圧力がかからず,その結果,食味を低下させる残存糠以外の物質の剥離は少ない。」(同15欄9行ないし16欄3行)。
A「精白米の表面には肉眼では見えない無数で微細な陥没部があり,それに入り込んでいる澱粉粒や糠粉を除去するには,やはり,どうしても米粒群を水の中にザブンと漬けて少なくとも30回以上は撹拌して洗米する必要がある。」(同7欄40行ないし49行) B「又,『洗米』又は,『水洗』の意味は,米粒群を水中に漬かる程の大量の水の中で撹拌して洗うことである。」(同8欄25行ないし27行) そこで検討するに,本件第2明細書の記載中,上記のA及びBからは,本件洗い米の発明における「洗滌」が,比較的大量の水を使用するものであることが見て取れる。しかしながら,その水の量というものは,明細書全体の記載によっても必ずしも明らかでないし,その量が多いということも,米の量に比して大量であることが明らかとはいえない。要するに,米粒が十分に水に浸るだけの水の量があればよいと解される。この点,上記明細書には,従来技術として,「精白米に微量の水分を添加しながら研米を行い除糠して得られた研磨米」等が紹介されているが(同3欄15行ないし17行),上記明細書の記載A及びBにいう比較的大量の水は,この研磨米との比較では多いという趣旨に理解することもできないではない。
そして,上記アに引用した本件第2明細書の記載部分が,「洗滌」の仕方に特段の限定を加えていないことなど,本件第2明細書全体の体裁からすれば,上記明細書の記載@のみから,本件洗い米の発明が,「洗滌」の意味に限定を加え,上記水中搗精を意図的に除外したと解することはできない。
原告の主張は,採用できない。
(2) 「表層部」について ア 原告は,米粒の「表層部」とは,「第1層澱粉複粒体列」もしくは米粒の最外層のアミロプラストを意味し,その厚さは米粒の表面から約10μのところまでを指すと主張する。原告の主張は,構成要件Aにいう,「水の浸透を主に米粒の表層部でとどめる」ことは,米粒の内部にはほとんど水が浸透しないようにすることと同等の意味と解されるとしつつ,その「表層部」が,「第1層澱粉複粒体列」であると限定解釈し,これより深部に水が侵入しない」ようにすることと解するものである。
構成要件Aは,「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる」であるから,「表層部」も除水時において考える必要がある。本件第2明細書全体の記載から見れば,「表層部」とは,米粒の表面から深部に向けての表面の層を意味する(原告もそのような趣旨で当初は主張していた。)というべきで,除水時における米粒の表面から深部に向けての表面の層を「表層部」と解するのが相当である。
そもそも,上記のように構成要件Aが定められたのは,「一般的に,洗米によって含水してから乾燥させた米に先ず亀裂が入る原因は,ひずみに弱い特性を有する米粒が吸水,除水の際,その都度,部分的(米粒表面と深層部)に膨張と収縮が生じ,ひずみが出来るから」,「洗米時や除水時に,ひずみの因子となる膨張と収縮が生じない程度の,僅かの給水量,及び除水量に押さえることが出来れば,精白米をたとえ水中へ漬けて洗米し,乾燥させても亀裂が生じないことになる」(本件第2公報7欄14行ないし22行)という知見からである。すなわち,洗米時及び除水時,特に「除水したときにひずみを生じさせないようにするために」「水の浸透を主に米粒の表層部にとどめる」ようにするのであるから,「表層部」は機能的に解する必要がある。そうすると,「表層部」については,吸水の結果生じる米粒の亀裂発生を防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒の表層の部位を指すものと解すべきである。したがって,上記のように,除水時における米粒の表面から深部に向けての表面の層を,「表層部」と解すべきこととなる。
また,被告東洋が,本件第2特許権の出願経過において,「表層部」の解釈を限定するような補正等をした事実も認められない。
上記によれば,「表層部」につき「第1層澱粉複粒体列」もしくは米粒の最外層のアミロプラストを意味し,その厚さは米粒の表面から約10μのところまでを指すとの原告の主張は,採用できない。
(3) 「除水」について ア 除水の方法 本件第2明細書の発明の詳細な説明の項には,次のような記載がある。
「除水装置は,洗條水及び付着水を除去出来る機能さえあれば公知の機器でよいが,只,洗滌水の除去に時間がかかるものではいけない。何故ならば,折角洗米工程で,米粒への吸水を制限したのに,除水工程にて,洗滌水等の除去に時間がかかり洗滌水等が米粒内部に吸収されては無意味だからである。尤も公知の除水装置の中には,吸水の要因となる洗滌水等の大部分を,瞬間に近い短時間に除去出来るものがあるから,それを選べばよいと云うことである。」(本件第2公報6欄23行ないし32行) 前記(1)において述べたのと同様に,本件両発明の本質は,短時間に洗米及び除水処理を行うことによって,これまでなかったような,米粒に亀裂が入らず炊いた米飯の食味が低下しない洗い米を得ようとする点にあると考えられる。このことをも併せ考えると,上記「除水」も,その手段を問うものでなく,公知の機器を用いる方法でも,短時間に効率よく処理できる方法であればよいと解される。そして,証拠(乙81の1及び2)によれば,遠心脱水と乾燥は,いずれも古くから米粒の水分を除くのに用いられてきた一般的な方法であることが認められ,このような方法で短時間に処理を行うことが含まれるのは当然である。そして上記引用部分以上に,同明細書に,「除水」の意味を限定する記載は存しないので,原告が主張するように,「除水」の方法を遠心脱水のみに限定する理由はない。
また,原告は,「除水」の対象を洗滌水及び米粒の表面付着水に限定すべきであり,米粒の内部に吸収された水分を除くことは含まれないとも主張する。
しかしながら,上記(2)で検討したように,本件洗い米の発明の特徴が,「除水したときにひずみを生じさせないようにするために」「水の浸透を主に米粒の表層部にとどめる」ようにすることにある以上,表層部に吸収された水分を除くことが除外されていると解すべき理由はない。原告の主張は,採用できない。
イ 原告は,「除水」を上記のように限定解釈する結果,イ号物件が原告方法により製造される過程では,遠心脱水を行ったのみでは米粒の含水率が16%を超えているから,イ号物件は本件洗い米の発明の構成要件Dを充足しない旨を主張する。しかしながら,上記アのように,「除水」の内容は遠心脱水のみに限定されないから,遠心脱水及び乾燥を経た時点での含水率を問題とすべきである。そして,原告方法でのその段階における含水率が16%を超えていないことは原告も認めているところであるから,原告主張の理由により非充足ということはできない(なお,そもそも,原告は,訴状において,イ号物件が本件洗い米の発明の構成要件BないしEを充足していることを認めており,その後も,前記訴状における先行自白を撤回する旨の主張を行っていないから,本件洗い米の発明の構成要件BないしEの充足性は,当事者間に争いがないものであり,この点からすれば,本来,構成要件Dについても,上記のような検討を行う必要はないが,一応,念のためにその充足性につき判示したものである。)。
(4) イ号物件との比較 ア イ号物件は「洗滌」を行っているか 本件洗い米の発明においては,公知の連続洗米器によって行われる洗米方法であれば「洗滌」に含まれることは前記(1)で述べたとおりである。ところで,公知の連続洗米機には,次のようなものがあることが認められる。
@ 特公昭27-91号公報記載の「穀類洗滌装置」(乙135) 特許請求の範囲を「多孔筒内に移送撹拌翼を具備する豫備脱水機の一端を洗滌又は水中搗精機に又其の他端を遠心脱水機の多孔筒内に夫々連絡せしめ該多孔筒内に清水噴出管を装備したることを特徴とする穀類洗滌装置」とし,その明細書に「出水槽1内に貯溜せる水は多孔筒2の通孔を経て多孔筒内に流入し廻轉體の廻轉に伴い起る機械的摩擦並に麥粒相互の粒々摩擦に使りて洗滌するを得べく其の重錘5の位置を代へて口蓋4の壓力を強化すれば水中搗精するを得べし」(1頁右欄12行ないし17行)との記載がある。
A 特公昭30-1315号公報記載の「穀類水中処理装置」(乙93) 特許請求の範囲を「水が流通する多孔筒を水槽に架設し該多孔筒内に装備した転軸部の一側に移送螺旋を又その他側に数多の突起を螺旋状に鋳出しそのピッチを前の移送螺旋の夫れよりも大に構成した撹拌移送翼を設けたことが特徴である穀類水中処理装置」とし,その明細書に「突起4と多孔筒2間に起こる摩擦並に圧力蓋5の圧力により麥粒相互の粒々摩擦と相俟って水中搗精する」(1頁右欄16行ないし18行)との記載がある。
イ号物件は,米粒に対し,原告の主張によればその重量の約15%に相当する水を添加して米粒に付着させ,米粒と米粒とを加圧状態下で撹拌し,付着水を介しての粒々摩擦によって搗精したものであるところ,上記@及びAの記載より明らかなように,原告がここで「水中搗精」と称しているものは,上記のような公知の連続洗米機により行われている処理にすぎないといえる。そして,本件洗い米の発明がこのような処理を短時間で行うことに特徴があることも前記(1)に判示したとおりであり,原告が上記の,原告設備において行っている処理をごく短時間に行っていることは原告も争わないところであるから,原告の行っている「水中(又は加水)搗精」は本件洗い米の発明にいう「洗滌」を充足するというべきである。
イ 表層部について 原告は,イ号物件では精白米を原料時に比して約2%搗精すると主張し,別紙1計算書では,この2%すべてが米粒から削られるとの前提で計算を行っている。そして,本件洗い米の発明の「表層部」は,イ号物件では搗精されて存在しないから,イ号物件が構成要件Aを充足しないと主張する。
しかしながら,原告の主張する「表層部」の解釈を採り得ないことは,前記(2)に判示したとおりである。
仮に,原告の主張するように,イ号物件が原料精白米に対して2%の歩留減があるとしても,その歩留減の内容は必ずしも明らかでないといわざるを得ない。むしろ,この歩留減のかなりの部分を遊離糠が占めているとも考えられ,実際に厚みにして約10.7μもの米粒の表面剥離を行ってはいないと考えるのが技術常識に適う。したがって,仮に「表層部」の解釈に関する原告の主張を前提としたとしても,イ号物件がこれを充足することを否定することはできない。
ところで,原告は,当初,本件洗い米の発明についてはこの「表層部」の充足性を争わず,ただ本件方法の発明につき,充足を認めながら,「表層部」の解釈によって,後日,充足性に問題が生じることもあり得る,と主張していた(訴状)。さらに,その後提出した準備書面(其の七)においては,本件方法の発明の「吸水部分が主に米粒の表層部である洗い米を得」という構成要件について,原告方法によって製造される無洗米は,略同一のことを達成しているので,イ号物件はこれを充足する,と主張した。したがって,原告の上記(2)で検討した「表層部」の解釈が採り得ない以上,イ号物件がほぼこれを達成していることは争いがないというべきである。 上記によれば,イ号物件は,本件洗い米の発明の構成要件Aにいう「表層部」の要件を充足しているというべきである。
ウ 除水について イ号物件は,搗精後,付着水の大部分を遠心脱水により取り除き,この米粒を温風で乾燥させて,引き続き冷却することにより残りのわずかな付着水と米粒に吸収された水分を除去するものであるところ,前記(3)に判示したように,除水の方法は遠心脱水に限定されず,これを温風乾燥させたうえ,冷却することも通常の除水方法であるから,構成要件Aにいう「除水」に含まれないとする理由はない。また,同じく(3)に判示したように,表層部に吸収された水分を除くことが除外されているとは解されないから,この点でも,イ号物件はこれを充足するというべきである。さらに,このような処理を短時間で行うことに本件洗い米の発明の特徴があること,原告が上記処理をごく短時間に行っていることを争わないことはいずれも前記アに判示したのと同様であり,この点でも上記文言を充足する。
(5) 小括 以上によれば,イ号物件は,本件洗い米の発明の発明の構成要件Aをすべて充足する。また,イ号物件が構成要件BないしEを充足することは,当事者間に争いがない。
なお,原告は,本件方法の発明構成要件hにおける「米粒に亀裂を有さない」の解釈を争い,本件第1明細書の記載から,同構成要件は,米粒群に1粒も亀裂がなく砕米を有しないことであるとして,原告方法がこれを充足しないと主張する。しかし,原告は本件洗い米の発明については同様の主張をしていないから,この点は検討することを要しないというべきである。なお,仮に,原告が本件洗い米の発明についても同様の主張をしていると解するとしても,原告が第3,2(1)コ(イ)において指摘する本件第1明細書の部分は,実施例にすぎず,構成要件の解釈を限定するものとはいえないから,原告の主張は採り得ない。すなわち,米粒群に1粒も亀裂がないことは,望まれる理想的な状態を述べたものにすぎないことが明らかであって,数%の亀裂米及び砕米を生じるという程度であってもイ号物件が本件洗い米の発明の構成要件Bを充足することは,疑問の余地がない。
したがって,イ号物件は,構成要件AないしEをすべて充足するから,本件洗い米の発明の技術的範囲に属する。また,ロ号物件及びハ号物件がイ号物件の製造にのみ用いられる機器であることは,当事者間に争いがないので,ロ号物件及びハ号物件を製造・販売する行為はいずれも,本件第2特許権を侵害するものである(特許法101条1号)。
3 (本件第1特許権及び本件第2特許権に無効事由があり,被告らが本件各特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。そこで,本件各特許権に無効事由が存在するかどうかを検討する。
(1) 本件各特許権の特許出願前の刊行物 ア 特開昭52-43664号公報(甲33)には,発明の名称を「混水精米法」とし,特許請求の範囲を「玄米に対する歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米を多孔壁除糠精白筒精白室により更に精白して精白度を進行させる過程において,その白米中に水または塩水その他水溶液を添加し直ちに精米を行なうと同時に前記多孔壁部を通して急速に除糠除水を行ない前記精白室から排出することを特徴とする混水精米法。」とする発明(本件公知例)が記載されている。
同公報には,次のような記載がある。
「本発明は94%以下の歩留率になった高白度白米に対し,なるべく最終仕上歩留率に近い過程において混水し,通常米量に対し0.1〜3%の範囲で適量の加水を行ない白米粒の表面だけを湿潤して軟化し直ちに精白作用により精米すると糠を発生して含水糠となるので糠と水が同時に多孔壁部を通して精白室外に排除され,澱粉質の多い糠なので白米粒面に糠の附着が少なく除糠作用が容易となり,添加水分が米粒内質に吸収浸透されないように米粒内質を保護するとともに,‥‥」(同公報1頁右下欄18行ないし2頁左上欄8行) 「本発明は添加水分を成るべく短時間に精白に利用し迅速に精白室外に糠と共に排除することを原則とするので,精白転子その他の通風作用を利用して,発生糠と添加水分の精白室外排除を促進して,米粒内質の水分変化を防止する効果が得られる。」(同2頁左上欄12行ないし17行) 「本発明は米粒総量に対する水分添加率こそ0.1〜3%であるが,せいぜい20秒内外の短時間処理なので,米粒面は水でベタ付き換言すれば米粒表面の細胞に対しては100%に近い水分添加と見てよいのである。要するに,調湿とは逆に飽くまで内質に水分が及ばないようにし,表面だけを湿潤するのが立て前であって,表面皮層だけの軟質化を目的とするのである。これによって米粒表面に固着している糊粉層も難なく剥離され米粒全面が均一な高白度の白米となり粒面が高密度の光沢平滑面に仕上がるのである。」(同2頁右上欄6行ないし17行) 「従来は歩留り94%以下の高白度白米に水分を添加すると忽ち水分を粒内質深く浸透して砕米化するのが常識なので,白米に混水して精米するなどは夢想だにしなかったものである。」(同2頁左下欄18行ないし右下欄1行) ここには,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米の量に対し0.1〜3%の範囲で適量の水を添加して,精米(精白)を行うと同時に除糠除水を行なう混水精米において,添加水分が表面皮層にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行ない,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造する技術が記載されている。
イ 特公昭54-13382号公報(乙168)は,「加湿精米機における流量調節装置」の名称の発明を掲載したものであるが,同公報には,以下のような記載がある。
「混水の米粒接触時間が長いと米粒内質に奥深く浸入し精白完了後において空中に曝すと著しく亀裂を生じ砕米になる危険が伴うので米粒と水液の接触時間は超短時間であることが必須要件であり」(同公報2欄10行ないし14行) 「例えば玄米に対する歩留93%以下の白米中に0.5〜1.5%位の範囲で混水を施し,‥‥白米表面の薄層を軟質化し,しかも白米は吸水性に富むから水液が白米粒に接触する時間,米流(「米粒」の誤りか。)の濡れる時間は糊粉層の剥脱可能な軟質化の条件において,短い程亀裂に対しては安全率が大である。」(同2欄27行ないし35行) 上記によれば,少量の水を添加する湿式精米法において,添加水分が米粒表皮あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行うことにより,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが,本件各特許権の特許出願時における技術常識であったと認められる。
(2) 本件公知例と本件洗い米の発明との対比 本件公知例と本件洗い米の発明とを比較すると,主な相違点として, @ 本件公知例は精米に関する発明であるのに対して,本件洗い米の発明は「洗い米」を製造するものであること, A 本件洗い米の発明では,米肌に亀裂がないことを要件としていること, B 本件洗い米の発明においては,洗い米の平均含水率が13%以上16%を超えないことを要件としていること, の各点を挙げることができる。
それ以外の,米粒に水分を添加して撹拌し,短時間のうちに急速に除糠除水を行なう点では一致している。
そこで,以下これらの相違点につき検討する。
ア 上記@の相違点について (ア) 本件公知例と本件洗い米の発明は,いずれも米粒に水分を添加するものであるが,前者が米の量に比して少ない量の水分を添加するのに対し,後者は,被告らの主張によっても,米粒が漬かるほど大量である必要はないが,比較的多い量の水分を米に添加するものである。また,精米と洗い米の製造という,発明の目的の相違から,各発明による処理を行う前の米粒の表面は,前者が糠で覆われているのに対し,後者では精白されて澱粉質が露出しているとも考えられる。
ところで,本件公知例における「米粒表面」あるいは「表面皮層」といった文言は,同発明の明細書における「添加水分が米粒内質に吸収浸透されないように」(特開昭52-43664号公報2頁左上欄6行ないし同7行)などの文言からすると,米粒内質と対になる概念として用いられていると認められる。すなわち,吸水の結果生じる米粒の亀裂発生を米粒と水液が接触する時間の短時間化で防止しようとするとき,この吸水が許容される米粒の表層の部位を指すと認められる。前記(1)イの刊行物における「白米表面の薄層」も同様な意味と解される。この場合,本件公知例においては,水分の添加及び搗精という処理は,糊粉層の除去を目的として,糊粉層を湿潤させて取り除きやすくするために行われるものであり,したがって,ここでいう「表面皮層」などは,具体的には,糊粉層を指すものと解されなくもない。しかしながら,本件公知例の処理にかけられる米粒も,「歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米」であるから,多くはその表面の状況は,糊粉層が残存している部分と澱粉層が露出している部分が混在するものと考えられる。
他方,本件洗い米の発明における「米粒の表層部」も,既に前記1(2)において判示したように,同様に吸水が許容される米粒の表層の部位を指すと解される。こちらの処理にかけられる米粒は,精白米であるが,本件第2明細書に「更に『精白米』の意味であるが,完全精白米は勿論のこと,過剰精白米や中途精白米をも含めて指すのである。」(本件第2公報8欄23行ないし25行)とあるとおり,その対象を限定していないので,本件公知例にいう「歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米」も対象とされ,等しい部分がある。そして,本件洗い米の発明の処理にかけられる前の米粒の表面の状況も,糊粉層が残存していたり,澱粉層が露出していたりと様々であると考えられる(甲108参照)。したがって,本件洗い米の発明における「表層部」と本件公知例の「米粒表面」あるいは「表面皮層」の指すものは,異ならないというべきである。
(イ) 添加水分の量について 前記のように,本件公知例と本件洗い米の発明は,前者が米の量に比して少ない量の水分を添加するのに対し,後者は比較的多い量の水分を米に添加するものである点が相違する。しかしながら,洗米を多い量の水で行うことは周知技術であり(「充分な洗米とは,‥‥現在一般的に消費者が洗米している程度を意味するものであり,」(本件第2公報6欄10行ないし13行)),当業者が当然に想い到るものであるから,この点は大きな相違とはいえない。
イ 上記Aの相違点について 本件洗い米の発明は米肌に亀裂がないことを要件としているが,この点は,本件公知例も上記(1)アに引用した「従来は歩留り94%以下の高白度白米に水分を添加すると忽ち水分を粒内質深く浸透して砕米化するのが常識なので‥‥」とある部分(特開昭52-43664号公報2頁左下欄18行ないし右下欄1行)など,これを意識して,砕米化の防止を掲げていることが明らかである。したがって,「米肌に亀裂がないこと」も本件公知例において開示されているというべきである。
ウ 上記Bの相違点について 本件洗い米の発明においては,洗い米の平均含水率が13%以上16%を超えないことを要件としている。この点,特開昭57-141257号公報(甲24)は,発明の名称を「飯米のパック方法」とする発明であるが,「精米処理のみを施した米の含水量は通常12.4%であるが,上記米は含水量14.7%まで含水したところで真空パックの専用機3にかけて」(1頁右下欄17行ないし2頁左上欄2行)とあり,含水量を14.7%に調節された米が開示されている。また,特公昭51-22063号公報(甲22)は,発明の名称を「耐熱性密封袋中で炊飯する方法」とする発明であるが,「白米を水洗いして円心分離機に入れて水切を行い水分15〜16%程度に仕上げる。」(2欄3行及び4行)とあり,含水率15〜16%の米が掲載されている。したがって,通常の精米処理を施した米よりも,加水処理を施したことによって多少含水率が高くなって13%以上16%となった米が保存に耐えることも本件各特許権の特許出願時における公知技術であったと認められる。
(3) 本件公知例から本件洗い米の発明の推考容易性 以上によれば,本件公知例には,歩留率94%もしくはそれ以下の白米すなわち6分搗きもしくはそれ以上の精白度の白米に,米の量に対し0.1〜3%の範囲で適量の水を添加して,精米(精白)を行うと同時に除糠除水を行なう混水精米において,添加水分が表面皮層(本件洗い米の発明にいう「表層部」に該当する。)にとどまっている20秒内外の短時間のうちに急速に除糠除水を行ない,添加水分を米粒内質まで浸透させないようにして,米肌に亀裂がない白米を製造することが開示されており,かつ,湿式精米法において,添加水分が米粒表皮あるいは米粒表面の薄層にとどまっている短時間のうちに精白除糠,除水を行うことにより,すなわち水分と精白米との接触時間の短時間化で白米の亀裂発生,砕米化を防止できることが本件各特許権の特許出願当時における技術常識であったのであるから,その表面に糠層(糊粉層)が残存している中途精白米を加水量を増やして精白,除糠と除水をする場合,米粒の表面を覆い時間とともに内部に吸収される水分が米粒の表層部にとどまり米粒の内部に浸透するに至らない短時間内に精白,除糠と除水を完了すれば,米肌に亀裂のない洗い米が得られることは当業者であれば容易に想到し得ることというべきである。
また,本件洗い米の発明の明細書の特許請求の範囲に記載されているのは,上記の技術によって得られる「米肌に亀裂がなく,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された平均含水率が13%以上16%を超えない」洗い米であるが,これは上記のような当業者が容易に想到できる程度の抽象的な技術理念及びそれにより実現されるべき理想的な洗い米の状態が掲げられているだけであって,それ以上の具体的な技術手段,すなわち米粒の内部に水分が浸透するに至らない短時間内に精白,除糠と除水を完了するための具体的な手段については,同明細書の発明の詳細な説明にも,一切これを開示する記載が存在しない(被告東洋は,第3,4(2)イ(イ)において,実現の手段が具体的に開示されているとして本件第2明細書の多くの記載部分を掲げるが,いずれも具体的なものとは到底いい得ない。)。
これらの点を併せて考慮すると,当業者が,本件公知例及び本件各特許権の特許出願時における上記の公知ないし周知の技術に基づいて,本件洗い米の発明を推考することは容易であったものと認めるのが相当である。
(4) 被告らによる本件各特許権に基づく請求の可否 ア 上記によれば,本件洗い米の発明は,その出願前に頒布された刊行物に記載された技術に基づいて容易に発明することができたもので,特許法29条2項により特許を受けることができないものというべきであるから,同特許は,無効であることが明らかというべきである。
したがって,本件第2特許権に基づく請求は,権利の濫用に当たり,許されない。
イ 本訴請求について そうすると,原告の本訴請求における確認請求のうち,被告東洋が原告に対し本件第2特許権に基づいて,ロ号物件の製造・販売の差止めを求める権利を有しないことの確認を求める部分は,理由があるというべきである。
ウ 反訴請求について 被告東洋は,反訴請求において,原告に対し,イ号物件(洗い米)が本件第2特許権の権利範囲に属することの確認を求めるとともに,精米機である原告設備(ロ号物件及びハ号物件)がイ号物件の製造にのみ使用されるものであるとして,本件第2特許権に基づき原告設備の製造・販売の禁止並びに原告設備の製造・販売による損害賠償を求めている。
上記の請求のうち,確認請求は,イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属することの確認を求めるものであるが,紛争の解決のためには,その結果として生ずる当事者間の法律関係の確認を求めることがより直接的であり,有効適切であるから,本件における被告東洋の確認請求は,即時確定の利益を欠くものとして,不適法といわなければならない。
そして,本件においては,原告は原告設備の製造・販売をするものであるが,自らこれを用いてイ号物件の製造をしているものではないから(このことは,当事者間に争いがない。),被告東洋は原告に対してイ号物件(洗い米)の製造・販売の差止めやそれを理由とする損害賠償を求めることはできない。しかし,他方,原告設備がイ号物件の製造のみに用いられる機器であることは当事者間に争いがないから,イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属するときには,原告設備は本件第2特許権の間接侵害となり(特許法101条1号),被告東洋は,原告設備(ロ号物件及びハ号物件)の製造・販売の差止め及びその製造・販売を理由とする損害賠償を求めることができることになる。そうすると,被告東洋としては,原告を相手方として確認の訴えを提起するのであれば,本来,イ号物件が本件洗い米の発明の技術的範囲に属することの確認ではなく,それにより被告東洋と原告との間に生ずる法律関係である,原告設備(ロ号物件及びハ号物件)の製造・販売の差止請求権又はその製造・販売を理由とする損害賠償請求権の存否の確認を求めるべきものである。
しかしながら,本件では,被告東洋は,反訴請求において,原告に対して,給付請求として,まさに原告設備(ロ号物件及びハ号物件)の製造・販売の差止め及びその製造・販売を理由とする損害賠償を求めているのであるから,これに加えて上記のような請求権の存否の確認を求める利益は,存在しない。したがって,被告東洋の反訴請求のうち,確認請求は,確認の対象をどのように訂正したとしても,訴えの利益を肯定する余地はないというべきである。
上記によれば,被告東洋の反訴請求のうち,確認請求は,確認の利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。
また,被告東洋の反訴請求のその余の部分,すなわち本件第2特許権の間接侵害を理由として原告設備(ロ号物件及びハ号物件)の製造・販売の差止め及びその製造・販売を理由とする損害賠償を求める請求については,前記のとおり,本件第2特許権には明白な無効事由があり,同特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たるものとして許されないのであるから,理由がないものとして棄却すべきものである。
4 争点5及び争点6(被告らの不正競争行為の成否,原告の損害)について (1) 本件における事実経過 証拠(甲3ないし9,乙2ないし16)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
本件第2特許権の設定登録後,平成9年7月ころから,被告東洋は,原告が原告設備を販売する行為が本件各特許権の侵害になるので(ただし,双方の特許権を侵害することをいう趣旨かはどうかは,必ずしも明らかでない。),これを購入してこれを使用して製造される無洗米を販売する精米業者等の行為は違法行為となる,その点につき話合いをしたい旨を申し入れる通知書を,原告に対して送付した。その後,同年9月ころまでの間に,被告東洋と原告との間に,何回か書簡のやりとりがあった。その中で,同被告は,原告の原告設備(原告設備)を実際に見分しながら特許侵害かどうかを議論したい旨求めたのに対し,原告がこれを拒絶したことから,書簡による話合いは具体的な解決を見ることなく終了した。この間,書簡の中で,被告東洋が原告の取引先である精米業者等に対し権利行使するような口ぶりを示したのに対し,原告は,特許法101条を根拠に精米機の製造業者である原告に対して権利行使すれば足りることだから差し控えられたい旨を申し入れた。
被告東洋もいったんこれを了承する趣旨の回答をしたが,前記のように,話合いが進展しなかったことから,同被告は,次のような行動に出た。
すなわち,同年10月ころから平成10年1月ころにかけて,被告東洋は,精米業者である株式会社宮崎米商,食協株式会社,幸福米穀株式会社,千葉県経済農業協同組合連合会に対し,これら各社が導入を検討していた原告設備により製造された米が,被告東洋の有する本件第2特許権に抵触すると考えるので,そのような米を販売する行為は違法行為となる,したがって,話合いをしたいあるいは導入を再考されたいといった内容を記載した通知書を送付した。上記通知書の送付を受けた上記各精米業者の対応は,当社に特許権侵害のことをいわれても判断できない,この問題は原告との間で話合いをされたい,というものであった。精米業者は,上記の通知書の送付を受けたことを原告に連絡して原告と対応を協議し,なかには精米業者に代わって原告の代理人弁護士が対応した例や,精米業者が原告に対して特許侵害かどうかを複数の弁理士に判定させるように求めた例もあった。
また,他の精米業者に先駆けてロ号物件を導入した岡山県経済農業協同組合連合会(現全国農業協同組合連合会)に対しては,被告東洋は,平成9年9月9日,岡山地裁に,本件第2特許権の侵害を理由としてイ号物件の製造・販売の差止め等を求める訴訟を提起した。
これに対して,原告は,同年11月11日に,東京地裁に,被告両名を相手方として,本件各特許権に基づくロ号物件の製造・販売の差止請求権の不存在確認等を求める本件本訴を提起した。
(2) 不正競争防止法2条1項14号の趣旨 不正競争防止法2条1項14号は,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為を不正競争行為の一類型として規定する。これは,営業者にとって重要な資産である営業上の信用を虚偽の事実を挙げて害することにより競業者を不利な立場に置くことを通じて,自ら競争上有利な地位に立とうとする行為は,不公正な競争行為の典型というべきであることから,これを不正競争行為と定めて禁止したものである。
このような同規定の立法趣旨に照らせば,競業者に特許権等の知的財産権を侵害する行為があるとして,競業者の取引先等の第三者に対して警告を発し,あるいは競業者による侵害の旨を広告宣伝する行為は,その後に,特許庁又は裁判所の判断により当該特許権等が無効であるか,あるいは競業者の行為が当該特許権等を侵害しないことが確定した場合には,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。
しかしながら,他方,特許権等の知的財産権を行使する行為は,正当行為として許されるものであるところ,特許法は,物の発明について,その物を生産する行為のみならず,その物を使用し,譲渡する行為等をも,発明の実施としていること(特許法2条3項1号)などから,特許権者は,競業者のみならず,その取引先に対しても,特許権に基づく権利行使をすることが可能である。
そこで,競業者が特許権侵害を疑わせる行為を行っている場合において,特許権者が競業者の取引先に対して,特許権侵害に関する告知をする行為が,虚偽の事実の告知として不正競争行為に該当することがあるかどうかが,問題となる。
このような場合において,特許権者が競業者の取引先に対して行う告知は,競業者の取引先に対して特許権に基づく権利を真に行使することを前提として,権利行使の一環として警告行為を行ったのであれば,当該告知は知的財産権の行使として正当な行為というべきであるが,外形的に権利行使の形式をとっていても,その実質がむしろ競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであるときには,当該告知の内容が結果的に虚偽であれば,不正競争行為として特許権者は責任を負うべきものと解するのが相当である。そして,当該告知が,真に権利行使の一環としてされたものか,それとも競業者の営業上の信用を毀損し市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものかは,当該告知文書等の形式・文面のみによって決すべきものではなく,当該告知に先立つ経緯,告知文書等の配布時期・期間,配布先の数・範囲,告知文書等の配布先である取引先の業種・事業内容,事業規模,競業者との関係・取引態様,当該侵害被疑製品への関与の態様,特許侵害争訟への対応能力,告知文書等の配布への当該取引先の対応,その後の特許権者及び当該取引先の行動等,諸般の事情を総合して判断するのが相当である。
(3) 本件における検討 本件においては,前記(1)における認定事実に証拠(甲3ないし9,76,乙2ないし16)及び弁論の全趣旨によれば,もともと被告東洋は,業界における競業者として原告を強くライバル視していたものであり(そのことは,被告東洋代表者の別件訴訟における本人尋問調書(甲76)の内容からも容易にうかがわれる。),本件においても,当初から原告の製造・販売する原告設備を問題視して,特許法上の間接侵害の規定を意識する前から,原告に対して,原告設備により製造される洗い米が本件各特許権侵害の疑いのある旨を通知して,話合いを申し入れており(被告東洋から当初原告に対して発送された平成9年7月22日付け書簡(乙2)には,「単に無洗米の製造機械の製造・販売をされているだけで,無洗米そのものの製造・販売をされていないと思われる貴社は,法的には右特許権の直接の侵害者にはならないかも知れません。しかし乍ら,‥‥それらの業者に右行為(引用者注・特許権侵害行為を指す。)を行わしめる虞れのある右装置を貴社が製造・販売されることは如何なものかと思い,取敢えずご連絡申し上げるものであります。」との記載がある。),原告に原告設備の製造・販売を断念させることを強く求めていたところ,原告から満足のいく対応を得られなかったことから,上記(1)認定のとおり,原告から,特許法上の間接侵害の規定により原告のみを相手とすれば足りるとの趣旨の回答を得ていたにもかかわらず,一転して,原告の取引先である精米業者に対して上記(1)記載の通知書を発送したものである。被告東洋のこれらの通知書の発送先は,当時原告設備の導入を検討していた中小規模の精米業者であって,原告設備をいまだ保有しておらず,また技術面での能力からも,被告東洋の主張する特許権侵害の成否を自ら判断することは不可能な状況にあった。これらの点に照らせば,被告東洋が原告の取引先の精米業者に上記の通知書を送付した行為は,これらの精米業者に対する権利行使の一環として行われたというよりも,むしろ,原告の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものと認めるのが相当である。
そうであれば,前記3において判示したとおり,本件第2特許権には無効事由があることが明らかであり,同特許権に基づく権利行使は権利濫用に当たるものとして許されないのであるから,結局,前記の通知書については,原告設備により製造された米を販売する行為が被告東洋の有する本件第2特許権に抵触し違法行為となる旨の記載は虚偽の記載といわざるを得ないものであって,被告東洋が原告の取引先の精米業者に同通知書を送付した行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。また,本件第2特許権の無効事由の存否に配慮することなく,前記通知書の送付に及んだものであるから,過失責任を免れないというべきである。
(4) 被告らに対する差止請求について 原告は,本訴請求において,被告らに対して,ロ号物件の製造・販売及びこの稼働によって得られるイ号物件の第三者による製造・販売・使用が,被告らの本件第1特許権又は本件第2特許権を侵害するものであるとの事実の第三者への告知又は流布の差止めを求めている。
原告は,被告雑賀は被告東洋と一体であるとして,本訴請求において,被告雑賀に対しても被告東洋に対するのと同様の内容の差止請求をしている。たしかに,被告雑賀については,原告の取引先等に対して通知書を送付して特許権侵害警告したような事実は認められないが,被告らは,被告東洋の代表者が以前に被告雑賀の代表者であったものであり,また,現在も事実上関連会社として行動しているほか,本件各特許権を共有しているものであるから,被告雑賀は被告東洋と同様に差止請求の相手方となり得るものというべきである。
しかしながら,前記(1)において認定したとおり,被告東洋は,株式会社宮崎米商,食協株式会社,幸福米穀株式会社,千葉県経済農業協同組合連合会の4社に対して,通知をしているところ,その内容は,これら各社が導入を検討していた原告設備により製造された米が,同被告の有する本件第2特許権(洗い米の発明に係る特許権)に抵触する旨をいうものであり,本件第1特許権(本件方法の発明に係る特許権)については全く言及されていない。
したがって,原告の被告らに対する差止請求については,ロ号物件の製造・販売及びこの稼働によって得られるイ号物件の第三者による製造・販売が,被告らの本件第2特許権を侵害するものであるとの事実の第三者への告知又は流布の差止めを求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
(5) 被告東洋に対する損害賠償請求の額について 上記(1)の認定事実によれば,被告東洋の前記通知書の送付先は精米業者4社にとどまっているものであること,通知書の内容は,本件第2特許権の侵害をいうものであって,本件第1特許権については言及しておらず,また,特許権侵害であることを説明させていただきたい,話合いをしたいという穏やかな文面であること,などの事情が認められるものであり,これらの諸般の事情を考慮すれば,被告東洋の上記虚偽事実の告知行為により原告の信用が毀損された損害としては,200万円をもって相当と認める。
5 結論 以上によれば,原告の本訴請求のうち確認請求については,原告のロ号物件の製造・販売につき,被告らが本件第2特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める限度で理由があるが,その余は,確認の利益を欠く不適法なものとして却下すべきである。
原告の本訴請求のうちその余の部分,すなわち不正競争防止法2条1項14号に基づく請求については,被告らに対してロ号物件の製造・販売及びこの稼働によって得られるイ号物件の第三者による製造・販売が本件第2特許権を侵害するものであるとの事実の第三者への告知又は流布の差止めを求め,被告東洋に対して損害賠償として200万円の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
本訴請求のうち不正競争行為による損害賠償を求める部分についての仮執行宣言は,相当でないので,これを付さない。
また,被告東洋の反訴請求については,確認請求については確認の利益を欠く不適法なものとして却下すべきであり,その余の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之