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関連審決 無効2004-80071
関連ワード 創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  特許の有効性 /  先行技術 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10265号 審決取消請求事件
原告 株式会社ニプロン
訴訟代理人弁理士 柳野隆生
同 森岡則夫
被告 デンセイ・ラムダ株式会社
訴訟代理人弁理士 牛木護
同 清水榮松
同 外山邦昭
同 吉田正義
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2004-80071号事件について平成17年1月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「無停電性スイッチングレギュレータ」とする特許第3013776号(平成8年3月18日出願(以下「本件出願」という),平成11年12月17日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成16年6月8日,本件特許を請求項1につき無効にすることについて審判の請求をした。
特許庁は,これを無効2004-80071号事件として審理した上,平成17年1月26日,「特許第3013776号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年2月7日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 【請求項1】 「交流電源からの交流を整流する整流回路と, この整流回路の出力側に高周波トランスの一次巻線と一次側スイッチング素子とが直列に接続された,高周波トランスに対して高周波パルス電圧を発生させるための一次側回路と, 前記高周波トランスの二次巻線に整流,平滑回路が接続された,負荷に対して直流出力電力を供給する二次側回路と, 高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接続し,この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し,これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続するとともに,二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制御回路を設けることによって,前記直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行う充電回路と,前記三次巻線の巻き終わり極性側と二次電池の負極の間であって,前記充電回路の充電電流路の外側に設けた,前記一次側スイッチング素子と同期して作動する三次側スイッチング素子と,前記二次電池の負極側から三次側スイッチング素子を通って三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオードとを備え, 前記交流電源の電圧が正常範囲内にある時には,前記三次側スイッチング素子がON状態であっても,前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大であるため,前記三次巻線の巻き始めから二次電池,定電流検出抵抗,直列ドロッパー制御用素子,逆流防止ダイオードを経由し,三次巻線の巻き終わり端に電流が流れて,該二次電池が充電され,前記交流電源の電圧が低下もしくは停止すると,前記三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため,二次電池の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオード,三次側スイッチング素子を通って該二次電池の負極に流れ,負荷に対して出力が供給されることを特徴とする無停電性スイッチングレギュレータ。」(以下,この発明を「本件発明」という。) 3 審決の理由 (1) 別紙審決書の写しのとおり。
審決の理由は,要するに,本件発明は,本件出願前に頒布された特開平6-205546号公報(平成6年7月22日公開。甲1。審決における甲第1号証。以下「引用刊行物」という。)に記載の後記の発明(以下「引用発明」という。)及び後記の周知技術1及び周知技術2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号に該当するというものである。
(引用発明) 「交流電源からの交流を整流する整流回路3と, この整流回路3の出力側に高周波トランス4の一次巻線と一次側FET6とが直列に接続された,高周波トランス4に対して高周波パルス電圧を発生させるための一次側回路と, 前記高周波トランス4の二次巻線に整流,平滑回路が接続された,負荷に対して直流出力電力を供給する二次側回路と, 高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と電気2重層コンデンサ15の正極側を接続し,この電気2重層コンデンサ15の負極側にチョークコイル16と高周波整流ダイオード17とを直列に接続し,電気2重層コンデンサ15の正極側と,チョークコイル16と高周波整流ダイオード17との接続点とをフライホイールダイオード18を介して接続してなる充電回路と, 前記三次巻線の巻き終わり極性側と電気2重層コンデンサ15の負極の間であって,前記充電回路の充電電流路の外側に設けた,前記一次側FET6と同期して作動する三次側FET19と,前記電気2重層コンデンサ15の負極側から三次側FET19を通って三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流阻止ダイオード20とを備え, 前記交流電源の電圧が正常範囲内にある時には,前記三次側FET19がON状態であっても,前記三次巻線に誘起される電圧が電気2重層コンデンサ15の電圧よりも大であるため,前記三次巻線の巻き始めから電気2重層コンデンサ15,チョークコイル16,高周波整流ダイオード17,三次巻線の巻き終わり端,又はチョークコイル16,フライホイールダイオード18,電気2重層コンデンサ15へと電流が流れて,該電気2重層コンデンサ15が充電され,前記交流電源の電圧が低下もしくは停止すると,前記三次巻線に誘起される電圧が電気2重層コンデンサ15の電圧よりも小になるため,電気2重層コンデンサ15の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流阻止ダイオード20,三次側スイッチング素子を通って該電気2重層コンデンサ15の負極に流れ,負荷に対して出力が供給されることを特徴とする無停電性スイッチングレギュレータ。」 (周知技術1) 「蓄電装置を備えた充放電回路において,充電専用のラインに充電方向とは逆方向の電流が流れるのを阻止し,トランジスタなどの素子破壊,充電ラインにおける蓄電装置の放電を防止するべく逆流防止ダイオードを設けること」 (周知技術2) 「二次電池に対し急激な充電・放電を頻繁に繰り返し行うことにより二次電池の寿命・劣化が早くなることを防止するために,二次電池を定電圧定電流制御にて充電する制御方法,及び定電流検出抵抗や直列ドロッパー制御用素子などを備え,直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行う回路」 (2) 審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,本件発明と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
(一致点) 「交流電源からの交流を整流する整流回路と, この整流回路の出力側に高周波トランスの一次巻線と一次側スイッチング素子とが直列に接続された,高周波トランスに対して高周波パルス電圧を発生させるための一次側回路と, 前記高周波トランスの二次巻線に整流,平滑回路が接続された,負荷に対して直流出力電力を供給する二次側回路と, 高周波トランスの三次巻線を含む充電回路と, 前記三次巻線の巻き終わり極性側と蓄電装置の負極の間であって,前記充電回路の充電電流路の外側に設けた,前記一次側スイッチング素子と同期して作動する三次側スイッチング素子と,前記蓄電装置の負極側から三次側スイッチング素子を通って三次巻線の巻き終わり端へ電流が流れることを阻止するための逆流防止ダイオードとを備え, 前記交流電源の電圧が正常範囲内にある時には,前記三次側スイッチング素子がON状態であっても,前記三次巻線に誘起される電圧が蓄電装置の電圧よりも大であるため,前記三次巻線の巻き始めから蓄電装置を経由し,三次巻線の巻き終わり端に電流が流れて,該蓄電装置が充電され,前記交流電源の電圧が低下もしくは停止すると,前記三次巻線に誘起される電圧が蓄電装置の電圧よりも小になるため,蓄電装置の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が前記逆流防止ダイオード,三次側スイッチング素子を通って該蓄電装置の負極に流れ,負荷に対して出力が供給されることを特徴とする無停電性スイッチングレギュレータ」である点。
(相違点) 本件発明の充電回路は,蓄電装置が「二次電池」であるとともに「逆流防止ダイオード」を備え,さらに充電回路の構成要素のうち,高周波トランスの三次巻線,二次電池及び逆流防止ダイオード以外の充電要素は,充電用定電圧定電流制御回路,定電流検出抵抗及び直列ドロッパー制御用素子から構成され,充電回路は「高周波トランスの三次巻線の巻き始め極性側と二次電池の正極側を接続し,この二次電池の負極側に定電流検出抵抗と直列ドロッパー制御用素子とを直列に接続し,これを逆流防止ダイオードのアノード側に直列接続するとともに,二次電池の両極間に充電用定電圧定電流制御回路を設けることによって,前記直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行う」ものであり,充電電流は「三次巻線の巻き始めから二次電池,定電流検出抵抗,直列ドロッパー制御用素子,逆流防止ダイオードを経由し,三次巻線の巻き終わり端に電流が流れ」るのに対し, 引用発明の充電回路は,蓄電装置が「電解2重層コンデンサ15」であるとともに,「逆流防止ダイオード」を備えておらず,また充電要素は,チョークコイル16,高周波整流ダイオード17及びフライホイールダイオード18から構成され,本件発明の如く充電用定電圧定電流制御回路,定電流検出抵抗及び直列ドロッパー制御用素子を備えていないため,充電電流は,定電流検出抵抗,直列ドロッパー制御用素子,逆流防止ダイオードを経由しない点。
原告主張の取消事由の要点
本件発明と引用発明との相違点に関する審決の判断には誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから,審決は取消しを免れない。
1 本件発明の蓄電装置が「二次電池」であるとともに「逆流防止ダイオード」を備えている点について (1) 引用発明の電気2重層コンデンサに代えて二次電池を採用することについては,引用刊行物に「なお,この電気2重層コンデンサ15に代えて2次電池を用いてもよい。」との記載があり,この記載から,引用発明における電気2重層コンデンサに代えて二次電池を用いることは容易であることは認められる。また,その際に,周知技術2の回路の適用も検討できるかもしれない。しかしながら,引用刊行物には,二次電池を用いた充電回路についての具体的回路例の記載がない以上,引用発明の電気2重層コンデンサに代えて二次電池を用いる際に,周知技術2の回路を検討できたとしても,さらに充電回路に充電方向とは逆方向の電流が流れるのを阻止する逆流防止ダイオードと,充電時に二次電池の負極側からスイッチング素子を通って三次巻線の負極側へ電流が流れることを阻止する逆流防止ダイオードとの2つの逆流防止ダイオードを組み合わせる点についてまでは示唆されてはおらず,この点までも容易に想到することはできない。
(2) 本件発明は,先行技術である特開昭63-217931号公報,特開平6-335176号公報(乙3)記載の発明等との比較において,汎用の2つの逆流防止ダイオードを組み合わせた点に進歩性が認められて特許として成立したものである(原告が審査過程において提出した意見書(甲10)参照)。
この点に関しては,引用発明との関係についても同様である。すなわち,本件発明と引用発明とは,交流電源からの交流を整流する整流回路と,この整流回路の出力側に高周波トランスの一次巻線と一次側スイッチング素子とが直列に接続された一次側回路と,高周波トランスの二次巻線に接続されて負荷に直流出力電力を供給する二次側回路と,前記一次側スイッチング素子と同期して動作する三次側スイッチング素子,二次電池,二次電池を充放電させる充放電回路を備えた三次側回路を備えた無停電性スイッチングレギュレータである,という基本的構成においては一致し,またこの構成により,交流電源の電圧が正常範囲内にある時には,三次側スイッチング素子がON状態であっても,三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも大であるため,前記三次巻線の巻き始めから二次電池を経由し,三次巻線の巻き終わり端に電流が流れて,該二次電池が充電され,交流電源の電圧が低下もしくは停止すると,三次巻線に誘起される電圧が二次電池の電圧よりも小になるため,二次電池の正極から三次巻線の巻き始めから巻き終わり方向に向かう電流が逆流防止ダイオード,三次側スイッチング素子を通って二次電池の負極に流れ,負荷に対して出力が供給されて,負荷を駆動する,という動作原理的においても一致する。
このように,本件発明は,引用発明と同一の基本構成及び動作原理を有しながらも,汎用の2つの逆流防止ダイオードを組み合わせた点に進歩性が認められて特許として成立したものである。
(3) しかるに,審決では,このような本件発明の特徴部分を看過し,「蓄電装置を備えた充放電回路において,充電専用のラインに充電方向とは逆方向の電流が流れるのを阻止し,トランジスタなどの素子破壊,充電ラインにおける蓄電装置の放電を阻止するべく逆流防止ダイオードを設けることは,‥‥‥従来周知の技術‥‥‥に過ぎない。」(審決書12頁8行〜12行)として,逆流防止ダイオードを設けることは,従来周知の技術にすぎないとしている。
しかし,本件発明のように2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることについては,引用発明及び各周知技術のいずれにも開示や示唆がない。引用発明の電気2重層コンデンサにおいては,逆流防止ダイオードを採用する必要は全くないのであるから,電気2重層コンデンサを二次電池に置き換えるに際し逆流防止ダイオードを設けることはもちろんのこと,ましてや前記のように2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることまでも容易に想到することができたとは到底いえない。
2 本件発明の蓄電装置が「定電圧定電流充電回路」を備えている点について (1) 審決は,「引用発明の電気2重層コンデンサに代えて二次電池を採用する際,チョークインプット型整流回路に代え周知技術2の回路とすることに格別の困難性はない。」(13頁36行〜38行),「充電回路を構成するドロッパートランジスタ,電流検出用抵抗,逆流防止ダイオード,蓄電装置などの回路要素の接続態様は種々の変形例が考えられるところ‥‥‥どの接続態様を採用するかは,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない。」(審決書14頁1行〜5行)とし,更に「被請求人は,甲第1号証(判決注:引用刊行物を指す。以下,審決の引用部分につき,同様である。)の図1の回路に,甲第2号証(判決注:米国特許第4644247号明細書)の図4に示すような定電圧定電流充電回路を適用した場合,チョークコイルを設けることから,整流用のダイオード,交流を直流に交換するためのコンデンサ,このコンデンサに並列に接続した抵抗などの多数の部品が必要となる旨主張するが,甲第1号証に記載された発明のチョークインプット型整流回路に代え,周知技術2の定電圧定電流充電するための回路とすることに格別の困難性がないことは,上記‥‥‥にて説示したとおりである。したがって,前記被請求人の主張は採用することができない。」(審決書14頁28行〜35行)としているが,誤りである。このことは,審決が,引用発明の回路要素を本件発明の回路要素にすることが設計事項であるという理由を示していないことからも明らかである。
(2) 引用刊行物に係る発明の出願時において,出願人(原告)は,チョークコイルを他のものに置き換えることについて何も思い付いていなかったのが実状である。つまり前記のようにチョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることを全く思い付いていないことから,実施例としての具体的な回路が思い付かなくてその回路の記載をしなかったものである。チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることが容易に想到できない理由について述べると,当業者であれば直列ドロッパー制御用素子のロスが少なくなるように平滑する目的でチョークコイルを取り外さないで残しておくことに先に着目することから,単にチョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることが容易に思いつかないことであるといえる。
原告は,引用発明におけるチョークコイル16を省略することを思い付き,これによってコンデンサ30や電力消費回路31を省略できることになり,さらにフライホイールダイオード18をも省略することによって,本件発明に至ったものである。このことから,引用発明から一挙に本件発明を容易に想到できたものではないことが明らかである。したがって,本件出願時には,チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることが容易に想到できないことになり,審査段階において引用刊行物の存在が明らかになっていたとしても,本件発明に進歩性がないとはいえないのである。
(3) また,チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることが容易に想到できないのであるから,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることも容易でないことになる。
3 本件発明の効果に関する判断の誤り 審決は,「本件発明を全体としてみても,引用発明,周知技術1及び周知技術2から予測される以上の格別の効果を奏するとも認められない。」(審決書14頁9〜10行)としている。
しかしながら,本件発明は,引用発明のチョークインプット型整流回路について,電気2重層コンデンサを二次電池に置き換え,更に2つの逆流防止ダイオードを組み合わせた定電圧定電流充電するための回路とする構成を採用することにより,充電と放電の切り替えをスイッチなどを用いることなく,汎用の2つの逆流防止ダイオードを組み合わせただけの極めて簡素な回路構成で充電と放電とを切り替え可能としたものであり,この効果は,たとえ当業者といえども引用発明並びに周知技術1及び周知技術2から予測できたとはいえない。
上記のとおり,「本件発明を全体としてみても,引用発明,周知技術1及び周知技術2から予測される以上の格別な効果を奏するとも認められない。」との審決の判断は明らかに誤りである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
1 本件発明の蓄電装置が「二次電池」であるとともに「逆流防止ダイオード」を備えている点について (1) 原告は,「引用発明の電気2重層コンデンサに代えて二次電池を採用することについては,引用刊行物に『なお,この電気2重層コンデンサ15に代えて2次電池を用いてもよい。』との記載があり,この記載から,引用発明における電気2重層コンデンサに代えて二次電池を用いることは容易であることは認められる。」と述べているが,引用刊行物の特許請求の範囲には「電気二重層コンデンサ又は2次電池」と明確に記載されており,電気二重層コンデンサと二次電池は選択的構成要素とされている。したがって,引用刊行物の特許発明は電気二重層コンデンサを使用したものだけでなく,二次電池を使用したものも該当する。
原告は,引用刊行物には二次電池を用いた充電回路についての具体的回路例の記載がない旨を主張し,そのことを前提として,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせる点について容易に想到することができたとはいえないと主張しているが,上記原告の主張は明らかに誤りである。審決においても,引用刊行物に二次電池を用いた充電回路についての具体的回路例の記載がない,とは認定していない。
審決は,「甲第1号証には,2次電池を用いた場合に好適な充電回路について具体的回路例の記載はないが,一般に,‥‥‥」(審決書12頁27行〜29行)と認定しているにすぎない。好適な充電回路についての具体的回路例の記載がないだけであって,二次電池を用いた充電回路についての具体的回路例の記載がない,ということではない。
また,原告は,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせる点についてまでは示唆されておらず,この点までも容易に想到することができたとすることはできない旨を主張するが,かかる原告の主張は,進歩性の判断主体が当業者であることを無視したものであると指摘せざるを得ない。引用刊行物には,放電回路には逆流防止ダイオード20が存在する。また,充電回路には逆流防止ダイオードという名称ではないものの,符号17,18のダイオードが存在する。これらのダイオードは,整流平滑を主目的とするものであり,放電時の逆流防止を主目的とするものではないが,これらのダイオードの配置からすれば,放電時において放電電流が充電回路要素に流れるのを防止する機能を果たしていることは明らかである。したがって,当業者であれば,蓄電装置として二次電池を用いる際,引用発明に周知技術1,すなわち「蓄電装置を備えた充放電回路において,充電専用のラインに充電方向とは逆方向の電流が流れるのを阻止し,トランジスタなどの素子破壊,充電ラインにおける蓄電装置の放電を防止するべく逆流防止ダイオードを設けること」(審決書12頁8行〜11行)を適用して本件発明の構成とすることは容易に想到し得たものである。
また,充電回路における逆流防止ダイオードの有無は本件発明と引用発明との相違点ではあるものの,本件発明と引用発明とは,充放電時の電流の流れ方に関して結果的に同様の効果を奏するものであり,効果において顕著な差もない。原告の主張は当業者が容易に想到できたことを否定する理由たり得ない。
(2) 原告は,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせたことが本件発明の特徴であり,本件発明はこの点に進歩性が認められて特許として成立したものである旨を主張している。
そもそも特許無効の審決に対する取消訴訟において,審査段階で進歩性が認められたとの主張は,審決を違法として取消すべき理由たり得ないものである。
しかも,引用発明は,審査過程で引用された特開昭63-217931号公報や特開平6-335176号公報(乙3)に記載の発明とは構成を異にしているのである。すなわち,特開平6-335176号公報(乙3)記載の発明について言えば,同発明は,充電と放電の切り替えをスイッチで行なう構成であり,2つの逆流防止ダイオードを設けて電流の流れを制御しているものでない。一方,引用発明は,充電と放電の切り替えをスイッチを用いることなく行なう構成であり,しかも2つではないが,逆流防止ダイオードを設けて電流の流れを制御しているものである。このように,引用発明は,審査過程で引用された刊行物記載の発明とは構成を異にしているのであるから,たとえ,本件発明がこれらの発明との比較において2つの逆流防止ダイオードを組み合わせた点に進歩性が認められて特許として成立したものであったとしても,審査段階において引用刊行物の存在が明らかになっていたなら,上記原告の進歩性に関する主張は認められなかったことは明白である。
(3) 原告は,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることについては,引用発明及び各周知技術のいずれにも開示や示唆がないと主張する。しかし,審決は,放電回路に設けられた逆流防止ダイオードについては引用発明に記載されていることから,充電回路に設けられた逆流防止ダイオードについて周知技術にすぎないと認定し,本件発明と引用発明との相違点について判断しているものである。引用発明には放電回路に逆流防止ダイオード20が存在することから,充電回路に逆流防止ダイオードを設けることについて周知技術にすぎないと認定されれば,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることは,当業者にとって容易に想到し得た発明ということになるのは当然である。
また,原告は,引用発明の電気2重層コンデンサにおいては逆流防止ダイオードを採用する必要は全くないのであるから,電気2重層コンデンサを二次電池に置き換えるに際し逆流防止ダイオードを設けることはもちろんのこと,ましてや2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることまでも容易に想到することができたとは到底いえない旨を主張する。
しかし,電気2重層コンデンサにおいて逆流防止ダイオードを設けることは不要であり,二次電池において逆流防止ダイオードを設けることが必要であるとするなら,電気2重層コンデンサに代えて二次電池を採用する際,必要に応じて適宜逆流防止ダイオードを設けることは当業者にとって,容易に想到できることにすぎない。原告の主張は,失当である。
2 本件発明の蓄電装置が「定電圧定電流充電回路」を備えている点について (1) チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることと,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることは別の議論である。
審決においても異なる相違点として認定され,各々容易想到性が検討されているものであり,その判断に誤りはない。
原告は,審決に,引用発明の回路要素を本件発明の回路要素にすることが設計事項であるという理由が示されていないというが,審決は本件発明と引用発明との相違点が周知技術にすぎないことを証拠に基づいて判断しており,審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,引用刊行物に係る発明の出願時において,出願人である原告はチョークコイルを他のものに置き換えることについて何も思い付いていなかったなどと主張するが,特許法29条2項において規定されている進歩性判断の基準時は引用刊行物に係る発明の出願時ではない。また,主体的基準は引用刊行物に係る発明の出願人(原告)ではなく,いわゆる当業者である(そもそも原告は法人であり,創作能力を有さず主体的基準たり得ない。)。原告の主張は,特許法の規定を無視したものであって,失当である。
3 本件発明の効果に関する審決の判断について 原告は,本件発明は,汎用の2つの逆流防止ダイオードを組み合わせただけの極めて簡素な回路構成で充電と放電とを切り替え可能としたものであり,この効果は引用発明並びに周知技術1及び周知技術2から予測できたとはいえない旨を主張する。
しかし,充電と放電の切り替えをスイッチによることなく,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせて行なうことは,当業者が引用発明に周知技術1を適用して容易に想到し得たものであり,その効果についても,引用発明,周知技術1及び周知技術2から予測される以上のものではない。審決の判断は正当であって,何ら誤りはない。
当裁判所の判断
1 本件発明の蓄電装置が「二次電池」であるとともに「逆流防止ダイオード」を備えている点について (1) 原告は,引用刊行物には,二次電池を用いた充電回路についての具体的回路例の記載がない以上,引用発明の電気2重層コンデンサに代えて二次電池を用いる際に,充電回路に2つの逆流防止ダイオードを組み合わせる点についてまでは示唆されてはおらず,この点までも容易に想到することはできない旨を主張する。
そこでまず,引用発明の構成(甲1の図1の回路構成)を検討するに,「高周波トランス4」の「3次側回路」において,「放電回路は,前記3次巻線N3及び電気二重層コンデンサ15と,3次側FET19と,逆流阻止ダイオード20とからなって」(甲1,段落【0015】)おり,「逆流防止ダイオード」と同義の「逆流阻止ダイオード20」が存在し,一方で,「充電回路は,3次巻線N3と電気二重層コンデンサ15とチョークコイル16と高周波整流ダイオード17とフライホイールダイオード18とからなって」(甲1,段落【0014】)おり,ダイオードとしては「高周波整流ダイオード17」及び「フライホイールダイオード18」が存在する。
ここにおいて,@「高周波整流ダイオード17」及び「フライホイールダイオード18」については,充電電流の整流平滑が主目的であるとはいえ,「高周波整流ダイオード17」は,その接続配置(アノードとカソードの配置)から,充電電流とは逆方向の電流(すなわち,放電電流)が流れることを阻止(防止)する機能を有していることは明らかである。また,A「高周波整流ダイオード」はスイッチングにより発生する高周波を整流するためのダイオードであるところ,そもそも「ダイオード」とは,整流作用のある半導体2端子素子であって,順方向の電流(アノード側からカソード側への電流)を流し,逆方向の電流(カソード側からアノード側への電流)を流さない特性を有するものであるから,当該高周波整流ダイオード17が,逆方向の電流を阻止する機能を有することも明らかである。
上記@及びAによれば,引用刊行物(甲1)には,放電回路のみならず,充電回路にも逆流防止の機能を果たすダイオードをそれぞれ設けた構成が記載されているといえる。してみれば,周知技術1の内容(当事者間に争いがない。)に照らせば,引用刊行物には,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせる点についての阻害要因が存在しないばかりか,かえって,これを示唆する記載があるというべきである。また,これら逆流防止機能を奏する2つのダイオードは,充電時と放電時のそれぞれ時間的に重複しない個別事象において,それぞれ独立して逆流防止機能を奏するものであって,互いに関連して機能を奏するものではないことから,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせるという点に格別の技術的困難性があると認めることはできない。
上記によれば,引用発明の構成に逆流防止機能を奏する2つのダイオードの組合わせを適用することは,当業者であれば何らの困難性なく想到するところと認められる。
(2) そしてまた,審決は,引用発明において3次巻線側の「電気2重層コンデンサ」を蓄電手段として認定したが,引用刊行物(甲1)においては,特許請求の範囲に「電気二重層コンデンサ又は2次電池」とされている上,実施例を説明した段落【0013】にも「なお,この電気2重層コンデンサ15に代えて2次電池を用いてもよい。」と記載されているものであって,この点に照らせば,蓄電手段として「電気2重層コンデンサ」に代えて「2次電池」とすることには何ら阻害要因はなく,かえって,これを明示的に示唆する記載があるものである。
(3) 上記のとおり,高周波トランスの3次巻線側の蓄電手段として2次電池を用いた充放電回路において,本件発明のように,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることは,当業者であれば容易に想到することができたものであるから,審決の判断に誤りはない。
(4) なお,原告は,特許出願の審査過程において従来技術の存在にもかかわらず本件発明が特許されたことを挙げて,「汎用の2つの逆流防止ダイオードを組み合わせた点に進歩性が認められて特許として成立したものである」旨を主張するが,審判の前審である審査段階における特許庁の判断内容は,本件特許の有効性を争う無効審判手続における特許庁の判断の当否を判断する上においては意味のないものであって,主張自体失当というべきである。
2 本件発明の蓄電装置が「定電圧定電流充電回路」を備えている点について (1) 次に,「チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすること」の容易想到性について検討する。
まず,引用刊行物(甲1)に記載された「第1実施例」(図1)においては,審決においても引用されているように,「3次側回路は,電気二重層コンデンサ15の充電回路と放電回路とからなる。なお,この電気2重層コンデンサ15に代えて2次電池を用いてもよい。」(段落【0013】),「整流器3の直流出力の脈流電圧のレベルが図2中Aで示すようにスライスレベルSを越えている区間Pでは,1次側FET6がONしている時の1次側回路に流れる電流I1によって,図3に示すように,3次側回路に電圧E1が誘起されて3次巻線N 3に図3中実線の矢印で示す方向に電流I3が流れる。この電流I 3がチョークコイル16によって平滑された電流I4が電気二重層コンデンサ15を充電する。」(段落【0019】)との各記載があることに照らせば,3次側回路において構成される充電回路のチョークコイル16は,電気2重層コンデンサ15又は2次電池への充電電流を平滑化するためのものであり,これにより充電に際しての急激な電流変化を改善するためのものと認められる。
一方,一般に,二次電池に対し急激な充電・放電を頻繁に繰り返し行うと,二次電池の寿命・劣化が早くなることは,当業者にとって周知の事項であり(当事者間に争いがない。),また,それを防止するために二次電池を定電圧定電流制御にて充電する制御方法,及び定電流検出抵抗や直列ドロッパー制御用素子などを備え,直列ドロッパー制御用素子の抵抗を変化させて充電中の定電圧定電流制御を行う回路が周知技術であるところ(周知技術2。当事者間に争いがない。),これは,その定電圧定電流制御により定電流充電するものであり,これにより過充電等の問題を改善するためのものである。
してみれば,「チョークインプット型整流回路」も「定電圧定電流充電するための回路」も,二次電池に対する充電時の急激な電流変化を改善するという点で共通するものであるから,チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。
なお,原告は,審決は,引用発明の回路要素を本件発明の回路要素にすることが設計事項であるという理由を示していないというが,審決は,本件発明と引用発明の一致点及び相違点(当事者間に争いがない。)に基づき,該相違点については,まず,「引用発明の電気2重層コンデンサに代えて二次電池を採用する際,チョークインプット型整流回路に代え周知技術2の回路とすることに格別の困難性はない」とし,「充電回路を構成するドロッパートランジスタ,電流検出用抵抗,逆流防止ダイオード,蓄電装置などの回路要素の接続態様」に関しては,周知技術1及び周知技術2(いずれも当事者間に争いがない。)を裏付ける,審決記載の各刊行物に記載された種々の回路に基づいて適宜に設計し得るとして,「当業者が適宜選択し得る設計事項」の範囲内と認めたのであるから,審決が設計事項であるという理由を示していないということはできない。
(2) 原告は,引用刊行物に係る発明の出願時において,出願人である原告はチョークコイルを他のものに置き換えることについて何も思い付いていなかったなどと主張するが,特許法29条2項の規定を無視した主張であって,採用の限りでない。
(3) また,原告は,チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることが容易に想到できないのであるから,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせることも容易でないとも主張する。
しかしながら,そもそも,充電回路部分の構成を「チョークインプット型」に代えて「定電圧定電流回路」に置き換えることにより,充電回路部分の逆流防止のためのダイオードが不要になるわけでも,該ダイオードの接続関係が変わるわけでもないから,「チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすること」が「2つの逆流防止ダイオードを組み合わせること」の判断に影響を及ぼすものとは認められないし,また,上記のとおり,チョークインプット型整流回路に代えて定電圧定電流充電するための回路にすることは当業者が容易に想到できることであるから,原告の主張は,採用できない。
3 本件発明の効果に関する審決の判断について 原告は,本件発明は,汎用の2つの逆流防止ダイオードを組み合わせただけの極めて簡素な回路構成で充電と放電とを切り替え可能としたものであり,この効果は引用発明並びに周知技術1及び周知技術2から予測できたとはいえない旨を主張する。
しかし,充電と放電の切り替えをスイッチによることなく,2つの逆流防止ダイオードを組み合わせて行なうことは,当業者が引用発明に周知技術を適用して容易に想到し得たものであることは上記において説示したとおりであり,その効果も,当該構成を採用することに伴い当然に奏するものであって,当業者において予測し得る範囲のものにすぎない。原告の主張は,失当というべきである。
4 結論 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二