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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  請求の範囲 /  釈明 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 24171号 特許権侵害差止等請求事件
原告 株式会社三協精機製作所
訴訟代理人弁護士 新保克芳
被告 日本電産コパル電子株式会社
訴訟代理人弁護士 中津晴弘
同 島田康男
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/01/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,別紙目録記載のモーターを製造,販売してはならない。
2 被告は,その占有に係る前項記載のモーターを廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,5250万円及びこれに対する平成13年11月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,動圧気体軸受装置の特許権を有する原告が,別紙目録記載のモーターは上記特許権に係る発明の技術的範囲に属しており,被告が上記モーターを製造・販売する行為は同特許権を侵害すると主張して,その差止め及び損害賠償を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,下記の特許権を有している(以下,この特許権を「本件特許権」という。本判決末尾添付の本件特許権に係る特許公報〔甲2の1〕及び訂正公報〔甲2の2〕各参照。なお,上記特許公報を以下「本件特許公報」という。)。
登録番号 第2137365号 発明の名称 動圧気体軸受装置 出 願 日 昭和62年(1987)3月20日 登 録 日 平成10年(1998)7月17日 (2) 平成8年5月17日付け手続補正書による補正前の本件特許権に係る明細書(以下「補正前明細書」という。)における,特許請求の範囲の請求項1の記載は以下のとおりである。
「回転軸と,この回転軸を支持する軸受とからなる動圧気体軸受装置において,上記回転軸の表面とこの回転軸の表面に対向する軸受の表面の何れか一方の表面は耐摩耗性皮膜で被覆され,他方の表面は上記耐摩耗性皮膜とは異なる材料からなる潤滑性皮膜で被覆されていることを特徴とする動圧気体軸受装置。」 (3) 平成8年5月17日付け手続補正書による補正後の本件特許権に係る明細書(以下,この補正を「本件補正」といい,同補正後の明細書を「本件明細書」という。本判決末尾添付の本件特許公報及び訂正公報を参照。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「1 回転軸と,この回転軸を支持する軸受とからなる動圧気体軸受装置において, 上記回転軸の表面とこの回転軸の表面に対向する軸受の表面の何れか一方の表面は耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆され,他方の表面は潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されていることを特徴とする動圧気体軸受装置。」 (4) 本件特許発明構成要件を分説すれば,下記AないしDのとおりである(以下,分説した各構成要件を,その記号に従い「構成要件A」などという。)。
A 回転軸と,この回転軸を支持する軸受とからなる動圧気体軸受装置において, B 上記回転軸の表面とこの回転軸の表面に対向する軸受の表面の何れか一方の表面は耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆され, C 他方の表面は潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されていることを特徴とする D 動圧気体軸受装置 (5) 被告は,別紙目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造・販売している。
(6) 被告製品の構成を,本件特許発明構成要件の分説(上記(4))に即して記載すれば,下記aないしdのとおりである(以下,下記の各構成を,その記号に従い「被告製品構成a」などという。)。
a 回転軸と,この回転軸を支持する軸受とからなる動圧気体軸受装置において, b 上記軸受の表面は,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキで被覆されており, c 上記回転軸の表面は,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆されていることを特徴とする d 動圧気体軸受装置 上記のとおり,被告製品構成aは構成要件Aと,被告製品構成dは構成要件Dとそれぞれ同一であり,被告製品は,本件特許発明構成要件A及びDをいずれも充足する。
2 争点 (1) 被告製品が,構成要件Bを充足するか。すなわち,被告製品の軸受の表面は,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキで被覆されているところ(被告製品構成b),これが,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆され」たものに該当するか(争点1)。
(2) 被告製品が,構成要件Cを充足するか。すなわち,被告製品の回転軸の表面は,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆されているところ(被告製品構成c),これが,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆され」たものに該当するか(争点2)。
(3) 原告の損害額(争点3)
争点に関する当事者の主張
1 争点1及び2について (原告の主張) ア 本件特許発明以前の動圧気体軸受装置においては,回転軸及び軸受表面の双方に耐摩耗性処理を施していたため,互いの表面を傷つけて摩耗粉を発生し,回転異常等を起こすという問題があった。補正前明細書の(問題点を解決するための手段)欄に,「本発明は,回転軸の表面とこの回転軸の表面に対向する軸受の表面の何れか一方の表面は耐摩耗性皮膜で被覆され,他方の表面は潤滑性皮膜で被覆されていることを特徴とする。」と,(作用)欄に,「起動,停止時に回転軸の表面と軸受の表面とが互いにこすれ合っても,一方の表面が耐摩耗性皮膜で被覆され,他方の表面が耐摩耗性皮膜とは異なる材料からなる潤滑性皮膜で被覆されているので,摩擦係数が減少し,摩耗粉の発生がない。」と,それぞれ記載されていることから分かるとおり,本件特許発明のそもそもの着想は,上記問題の解決のため,回転軸と軸受の各表面を,耐摩耗性被膜と,それと異なる材料を用いた潤滑性被膜の組み合わせとした点にある。本件補正は,耐摩耗性被膜の材料として無電解ニッケルメッキを,潤滑性被膜の材料として無電解ニッケルメッキと異なるアルマイト被膜を,それぞれ特定したものであるが,アルマイト自体は潤滑性被膜ではないので,潤滑化処理を施すことを意味するものとして,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されている」(構成要件C)との文言を用いたにすぎない。
上記のとおり,本件特許発明は,軸受と軸の一方に,耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ被膜を選び,他方に潤滑性被膜を施したアルマイトを選んだことにその本質があり,これら各被膜の構成や方法に特段の限定はない。
イ しかるところ,無電解ニッケルメッキは,それ自体が耐摩耗性を有しており,これを耐摩耗性被膜として用いることは,当業者ならば容易に理解できる。たとえ被告製品のようにテフロンを含有していたとしても,無電解ニッケルメッキの持つ基本的な耐摩耗性が変化するものではない。したがって,被告製品における,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキで被覆された軸受の表面(被告製品構成b)は,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆され」(構成要件B)たものということができる。
被告は,テフロンの含有が無電解ニッケルメッキの耐摩耗性に影響を与えるものではないにもかかわらず,被告製品におけるテフロンを含有した無電解ニッケルメッキは,耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキに該当しない旨を主張しているが(後記(被告の主張)ウ),失当である。
ウ 他方,アルマイト被膜も基本的には耐摩耗性を有する被膜であるが,潤滑化処理の仕方によって様々な程度の潤滑性を持たせることができるところ,本件特許発明は潤滑性の程度を問うものではないし,被告製品において用いられているフッ素は代表的な潤滑処理剤である。したがって,被告製品における,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆されている回転軸の表面(被告製品構成c)は,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されている」(構成要件C)ものといえる。
エ なお,被告は,被告製品におけるフッ素シリコーン被膜は,アルマイト被膜の上に,訴外信越化学工業株式会社のシリコーン表面改質剤KP-801Mをシランカップリングさせたものであるとした上,この表面改質剤は,撥水,撥油及び離型性を得ることを目的とした撥水・撥油剤,離型剤,防汚剤であるから,上記フッ素シリコーン被膜は潤滑性被膜ではない旨主張する(後記(被告の主張)エ)。
しかし,信越化学作成の資料(甲5)に記載されているとおり,上記表面改質剤は,潤滑剤としても用いられるものであるから,被告の主張はその前提を欠いている。
また,被告は,補正前明細書の特許請求の範囲(前項1(2))及び本件明細書の発明の詳細な説明における実施例に関する部分(本件特許公報4欄3行以下及び第5図等)の各記載において開示されているのは,一層構造の被膜からなる構成のみであるから,本件特許発明における「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されている」(構成要件C)との文言は,アルマイト被膜に潤滑化処理を施した,層としてはあくまで一層構造の被膜を指すものであり,被告製品のような,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆された二層構造のものは含まれないと解すべきである旨主張する(後記(被告の主張)イ,ウ)。
しかしながら,被告が上記主張の根拠として挙げる本件特許公報第5図は,アルマイトの表面の孔に潤滑剤が入り込んだ,潤滑化処理が理想的に行われた状態を模式的に示すにすぎず,アルマイトを潤滑化する方法・構造を限定するものではない。現に,本件特許公報第4図は,まず陽極酸化によってアルマイト被膜を施し,次に潤滑化処理を行って潤滑性被膜を施すことを開示するのみで,その方法や完成した被膜の構造を何ら限定していない。したがって,被告製品のように,アルマイト被膜の上にフッ素シリコーン被膜が形成された二層構造を有し,表面にのみ潤滑剤(フッ素シリコーン被膜)が存在する場合であっても,当然,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されている」場合に当たるというべきである。
オ 以上のとおり,被告製品は,構成要件B及びCをいずれも充足する。
(被告の主張) ア 本件特許発明は,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」(構成要件B)と「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」(同C)の組み合わせを発明の構成要件とするところ,「無電解ニッケルメッキ」は,共析材料・含有材料によって,潤滑性被膜,潤滑性と耐摩耗性を兼ね備えた被膜,あるいは,耐摩耗性にすぐれた被膜のいずれにもなり得るものであり,他方,「アルマイト被膜」は,一般的には耐摩耗性を有するものであるが,潤滑化処理の仕方(含有材料)によって,様々な程度の潤滑性及びその他の特性を持たせることができるものである。「耐摩耗性被膜」及び「潤滑性被膜」が抽象的かつ相対的な概念であることに加え,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」及び「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」は,上記のとおり,処理方法によってその性質が変化するものであるから,これら両者の組み合わせが文言として開示されていても,当業者がそこから特定の組み合わせを一義的に把握できるものではない。
また,本件明細書の(作用)欄には,「起動,停止時に回転軸の表面と軸受の表面とが互いにこすれ合っても,一方の表面が耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆され,他方の表面が潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されているので,摩擦係数が減少し,摩耗粉の発生がない」と記載されているが,かかる本件特許発明の作用効果に関する記載からも,上記の組み合わせを具体的に特定することはできない。
そうである以上,本件特許発明技術的範囲は,本件明細書において実施例として開示された,(ア)SiCを含有した無電解ニッケルメッキ,及び,WC(タングステンカーボン),TiC(チタンカーボン)あるいはダイヤ粉末を含有した無電解ニッケルメッキ(本件特許公報4欄3行以下及び22行以下)と,(イ)潤滑アルマイト(アルマイトの孔にMoS2〔二硫化モリブデン〕を電解析出法で充填したもの。同公報4欄32行以下及び第5図)との組み合わせに限定して解釈されるべきである(なお,同公報第6図等に開示された,潤滑剤としてBN〔窒化モリブデン〕やテフロン粒子を含有した無電解ニッケルメッキの実施例は,本件補正に基づき,「潤滑性皮膜で被覆され」の文言が「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆され」に限定されたことにより,本件特許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきである。)。
イ また,本件においては,本件補正の経緯からも,上記アの限定解釈が妥当ということができる。
すなわち,原告は,本件補正により,「耐摩耗性皮膜」を「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」に,「潤滑性皮膜」を「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」に,それぞれ補正したものであるところ(第2,1(2),(3)),補正前の特許請求の範囲で用いられていた「耐摩耗性皮膜」及び「潤滑性皮膜」なる用語は,一層構造の被膜を指すものと解するのが自然である。また,補正前明細書の(実施例)欄は補正の対象となっておらず,補正の前後を通じて,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」の実施例としては,上記ア記載の(ア)(すなわち,SiCを含有した無電解ニッケルメッキ,及び,WC,TiCあるいはダイヤ粉末を含有した無電解ニッケルメッキ)が,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」の実施例としては,同(イ)(すなわち,アルマイトの孔にMoS2〔二硫化モリブデン〕を電解析出法で充填した,いわゆる潤滑アルマイト)が,それぞれ一貫して記載されているところ,これらは,いずれも一層構造の被膜からなる構成を開示するものである。上記によれば,補正前には,「耐摩耗性皮膜」及び「潤滑性皮膜」は一層構造であることが当然の前提であったというべきであるから,補正によって,このような各被膜に,二層構造のものも含まれることになったと解釈することは許されない。したがって,一層構造であることに特に争いのない「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」(構成要件B)はもちろんのこと,文言上,潤滑性被膜とアルマイト被膜の二層構造も含まれると解する余地のある「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」(同C)についても,上記各実施例に開示されたとおりの一層構造のものに限定されると解すべきである。
ウ 上記のとおり,本件特許発明技術的範囲は,本件明細書において実施例として開示された,前記ア記載の(ア)及び(イ)の組み合わせに限定されると解すべきであり,したがって,構成要件Bの「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」との文言は,上記(ア)の実施例に,構成要件Cの「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」との文言は,上記(イ)の一層構造の実施例に,それぞれ限定して解釈すべきものである。
エ しかるに,被告製品の軸受の表面は,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキで被覆されたもので,上記(ア)に該当するものではない。
また,被告製品の回転軸の表面は,アルマイト被膜で被覆され,さらに,信越化学工業株式会社のシリコーン表面改質剤KP-801Mをシランカップリングさせた二層構造のものであるところ,この表面改質剤は,撥水,撥油及び離型性を得ることを目的とした撥水・撥油剤,離型剤,防汚剤であるから,同改質剤からなるフッ素シリコーン皮膜は,構成要件Cの「潤滑性被膜」に該当するものではない。また,上述のとおり,構成要件Cは,一層構造の実施例に限定して解釈されるべきものであるから,そもそも,二層構造である点において,上記回転軸の表面の構成(被告製品構成c)は,構成要件Cを充足しない。
オ 以上から分かるとおり,被告製品は,構成要件B及びCをいずれも充足しない。
2 争点3について (原告の主張) 被告製品の販売開始以来の販売個数は,7万個を下回ることはなく,他方,原告が本件特許発明実施した製品を販売して得ていた利益は,1台当たり750円を下回ることがない。
したがって,被告が被告製品を販売した行為により原告に生じた損害は,5250万円を下らない(特許法102条1項)。
(被告の主張) 原告の上記主張は,否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点1及び2について ア 本件特許発明は,動圧気体軸受装置における回転軸及び軸受のうち,いずれか一方の表面を「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」(構成要件B)で被覆し,他方の表面を「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」(同C)で被覆したことを,発明の構成要件とするものである。
上記構成要件の文言のみをみれば,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」とは,無電解ニッケルメッキが耐摩耗性を有するものであることを前提に,同メッキを施すことを意味するものであり,他方,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」とは,アルマイト被膜が耐摩耗性を有することを前提に,さらに,潤滑性被膜を形成したものであるかのように受け取れるが,本件明細書の特許請求の範囲の記載だけからでは,被告製品における,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキが,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」に含まれるのか(争点1),あるいは,同製品における,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆された構成が,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」に含まれるのか(争点2)は,必ずしも明らかではない。
イ そこで,本件明細書の【発明の詳細な説明】欄をみると,まず,動圧気体軸受装置の従来技術として,回転軸及び軸受の両方の表面に,TiC(チタンカーボン),WC(タングステンカーボン)等の超硬質複合材料をイオンプレーティングによりコーティングし,上記両方の表面の耐摩耗性を高めたものが紹介された上,かかる従来技術においては,回転軸及び軸受の各表面がいずれも耐摩耗性を有しているため,起動・停止時に両者が接触すると,互いに表面を傷つけて摩耗粉を発生し,回転異常等を起こすほか,イオンプレーティングを用いた表面処理は,工程数が多くコスト高になる問題点があったとされている(本件特許公報1欄13行〜2欄13行)。
そして,本件明細書では,上記記載に続いて,本件特許発明は,かかる問題点を解消して,起動・停止時における回転軸と軸受の接触による摩耗粉の発生を防止し,長期にわたり安定した回転状態を維持することのできる動圧気体軸受装置を提供することを目的とするものであり,そのための手段として,回転軸の表面と対向する軸受の表面のいずれか一方を,耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆し,他方の表面を潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆する構成を採用したこと,及び,かかる構成を採ることにより,摩擦係数が減少するので,起動・停止時に回転軸の表面と軸受の表面が互いにこすれ合っても,摩擦粉が発生しないことが記載されている(同公報2欄14行〜3欄15行)。
上記の各記載に加え,補正前明細書の特許請求の範囲においては,「耐摩耗性皮膜」と「潤滑性皮膜」の組み合わせが発明の構成要件とされていたこと(第2,1(2)),及び,本件補正により,「耐摩耗性皮膜」が「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」に,「耐摩耗性皮膜とは異なる材料からなる潤滑性皮膜」が「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」に,それぞれ補正されたこと(前同(3))をも併せ考えると,本件特許発明の本質的特徴が,耐摩耗性を有する被膜と潤滑性を有する被膜の組み合わせにより,摩擦係数を減少させることにあるのは明らかというべきである。
ウ 上記の点を踏まえて,実施例に関する部分の記載をみると,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」については,SiCを含有した無電解複合ニッケルメッキ(本件特許公報4欄3行以下)のほか,TiC(チタンカーボン),WC(タングステンカーボン),ダイヤ粉末等を含有した無電解複合ニッケルメッキ(同公報4欄22行以下)の実施例が開示されている。
SiC,TiC,WC及びダイヤ粉末等はいずれも硬度の高い物質であり,「耐摩耗性」を高めるために加えられた材料であると考えられる上に,これらは,そもそも,「耐摩耗性被膜としての」という明確な限定が付された発明の構成要件実施例として開示されたものである。その一方で,本件明細書には,上記「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」が,耐摩耗性以外の性質(例えば潤滑性)を兼ね備えることがあり得ることを開示する記載も,示唆する記載もない。以上によれば,上記各実施例は,いずれも,耐摩耗性のみを有する被膜として扱われているものというべきである。
エ 他方,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」については,アルミのベース上に,耐摩耗性のある酸化アルマイト層が形成され,その中に潤滑剤であるMoS2(二硫化モリブデン)が規則的に混在する,層としては,あくまで一層構造と考えられる潤滑性被膜が,被膜の断面図である本件特許公報第5図と共に詳しく開示され(本件特許公報4欄32行以下及び38行以下),また,アルミのベース上に,耐摩耗性のあるNi層が形成され,その中に粒子状のBNが混在する,やはり一層構造と考えられる潤滑性被膜が,被膜の断面図である本件特許公報第6図と共に詳しく開示されている(同公報4欄33行以下及び42行以下。なお,同欄34行以下には,上記BNのほか,テフロン粒子を用いて,これを含有した無電解ニッケルメッキで処理してもよい旨が記載されている。)。
そして,@上記実施例に関する第5図及び第6図は,いずれも,耐摩耗性を有する被膜の中に,潤滑剤がその一部を表面に露出させて混在する状態を示しており,素直に考えれば,このようにして形成された被膜の表面は,耐摩耗性と潤滑性を兼ね備えた性質を有すると考えられること,A上記各実施例に関する記載の直後に,「何れにしても,潤滑性処理することにより,耐摩耗性を有する潤滑性被膜が形成される。」(本件特許公報4欄35行〜37行)との記載があること,Bそもそも,本件特許発明の本質的特徴が,耐摩耗性を有する被膜と潤滑性を有する被膜の組み合わせにあること(上記イ)を併せ考えると,これらの実施例は,被膜としては,あくまで潤滑性被膜としての性質を有することを前提に,アルマイト被膜に由来して耐摩耗性をも有するもの,すなわち,耐摩耗性と潤滑性を兼ね備えたものとして扱われているというべきである。
オ 上記のとおり,本件明細書の特許請求の範囲の記載に加え,発明の詳細な説明における各記載,さらには,本件補正の内容・経緯をも総合すると,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」(構成要件B)は,無電解ニッケルメッキが耐摩耗性を有することを前提に,耐摩耗性のみを有する被膜を形成する限定的な手段として,また,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」(同C)は,アルマイト被膜が耐摩耗性を有することを前提に,潤滑性と耐摩耗性を兼ね備えた性質を有する被膜を形成する限定的な手段として,本件補正により,それぞれ発明の構成要件に採り入れられたものというべきである。
したがって,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキで被覆」(構成要件B)とは,無電解ニッケルメッキを施したことにより,その表面が耐摩耗性のみを有する被膜で,回転軸あるいは軸受の表面を被覆することを,また,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆され」(同C)とは,耐摩耗性を有するアルマイトに潤滑性被膜を施したことにより,潤滑性を兼ね備えるようになった被膜で,回転軸あるいは軸受のもう一方の表面を被覆することを,それぞれ意味するものと解すべきである(なお,原告自身も,平成13年12月17日付け第1準備書面において,被告からの求釈明に答え,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆され」(同C)の意義につき,上記と全く同趣旨のことを述べている。)。
カ これを被告製品についてみると,本件においては,構成要件Bを充足するものとして被告製品構成bが主張されているところ,上記エにおいて述べたとおり,本件明細書においては,テフロン粒子を含有した無電解ニッケルメッキが,むしろ潤滑性と耐摩耗性を兼ね備えた被膜の実施例として記載されているから(本件特許公報4欄34行以下),テフロンは,潤滑剤として用いられているものと認めるほかなく,この認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると,被告製品における,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキ(被告製品構成b)は,耐摩耗性のほかに潤滑性をも有する可能性があり,少なくとも耐摩耗性のみを有するものとは認められないから,構成要件Bの「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」に該当するということはできない。
原告は,この点につき,たとえ被告製品のようにテフロンを含有していたとしても,無電解ニッケルメッキの持つ基本的な耐摩耗性が変化するものではないから,被告製品における,テフロンを含有した無電解ニッケルメッキは,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」に該当するものである旨主張する(第3,1(原告の主張)イ)。「無電解ニッケルメッキの持つ基本的な耐摩耗性が変化するものではない」との上記主張が,具体的にどのような内容を意味するものであるのか,必ずしも明らかではないが,いずれにせよ,「耐摩耗性被膜としての無電解ニッケルメッキ」が,耐摩耗性のみを有する被膜の形成方法であると解すべきことは上述のとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。
キ また,本件においては,構成要件Cを充足するものとして,被告製品構成cが主張されているところ,仮に原告が主張するとおり,上記フッ素シリコーン被膜が「潤滑性被膜」(構成要件C)に該当するとしても,被告製品は,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆された二層構造を採っており(そのことは,原告も争わない。),したがって,その表面は潤滑性のみを有するものと考えられ,少なくとも,証拠上,潤滑性と耐摩耗性を兼ね備えたものであるとは認められない。
したがって,被告製品における,アルマイト被膜で被覆され,更にフッ素シリコーン被膜で被覆された上記構成が,構成要件Cの「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜」に該当するということはできない。
原告は,本件特許公報第4図は,陽極酸化によってアルマイト被膜を施し,次に潤滑化処理を行って潤滑性被膜を施すことを開示するのみで,その方法や完成した被膜の構造を何ら限定しておらず,他方,同第5図は,アルマイトの表面の孔に潤滑剤が入り込んだ,潤滑化処理が理想的に行われた状態を模式的に示したにすぎないから,被告製品のように,アルマイト被膜の上にフッ素シリコーン被膜が形成された二層構造を有し,表面にのみ潤滑剤(フッ素シリコーン被膜)が存在する場合であっても,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆されている」場合にあたると主張する(第3,1(原告の主張)ウ,エ)。
しかしながら,「潤滑性被膜を施したアルマイト被膜で被覆され」(構成要件C)とは,アルマイトに潤滑性被膜を施したことにより,耐摩耗性と潤滑性を兼ね備えるようになった被膜で被覆することを意味すると解すべきことは,上述のとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。
ク さらに,念のため付言すると,本件全証拠に照らしても,被告製品構成bが構成要件Cを,被告製品構成cが構成要件Bを,それぞれ充足するものと認めることもできない。
2 結論 以上のとおり,被告製品は,構成要件B及びCをいずれも充足せず,本件特許発明技術的範囲に属するものではない。したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之