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関連審決 審判1998-12809
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10151審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10300審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成22行ケ10221審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  新規性 /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  発明の詳細な説明 /  単一性 /  外国語書面 /  優先権 /  分割出願 /  クレーム /  存続期間 /  発明の要旨認定 /  特許発明 /  侵害 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 /  期間の延長 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 105号 審決取消請求事件
原告 モーセッド・テクノロジーズ・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 青山葆
同 河宮治
同 石野正弘
同 稲葉和久
訴訟復代理人弁護士 布井 要太郎
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 飯田清司
同 斉藤操
同 小林信雄
同 大橋良三
同 涌井幸一
同 高橋泰史
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/02/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第12809号事件につき平成12年10月6日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成7年4月10日,アメリカ合衆国において1994年4月11日にした出願に基づく優先権を主張して,発明の名称を「ダイナミックランダムアクセスメモリ」とする発明(以下「本願発明」という。)について,特許出願(平成7年特許願第84157号,以下「本願出願」という。)をしたところ,平成10年4月20日付けで拒絶査定を受けたため,平成10年8月17日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを平成10年審判第12809号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成10年9月16日付け手続補正書により,本願出願の願書に添付された明細書につき,特許請求の範囲に係る補正をした。特許庁は,審理の結果,平成12年10月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,平成12年11月17日,原告に送達した。
なお,出訴期間として,90日が付加された。
2 審決の理由の要点 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願出願の願書に添付された明細書(上記補正後のもの,以下,同願書に添付された図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項6の 「互いに垂直となるように配置されたビットライン(1)及びワードライン(5)と, 上記ワードライン(5)及び上記ビットライン(1)に関連するデータを格納するための手段(7)と, 上記ワードライン (5)によって イネーブル される アクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され,上記データを全部検出しかつ回復させるビットラインセンスアンプ(3)の配列と, 上記ビットラインセンスアンプ(3)の行との接続のための,上記ビットライン(1)と平行となるように配置された第1データバス(19)と, 上記センスアンプ(3)の少なくとも2つの行を,列配列選択信号に応答して,上記第1データバス対(19)の各々に選択的に接続させるための手段(27,29)とを含んでいることを特徴とする半導体メモリ」 との記載を, 「互いに垂直となるように配置されたビットライン(1)及びワードライン(5)と, 上記ワードライン(5)及び上記ビットライン(1)に関連するデータを格納するための手段(7)と, 配列選択ロジックライン (29)によって イネーブル される アクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され,上記データを全部検出しかつ回復させるビットラインセンスアンプ(3)の配列と, 上記ビットラインセンスアンプ(3)の行との接続のための,上記ビットライン(1)と平行となるように配置された第1データバス(19)と, 上記センスアンプ(3)の少なくとも2つの行を,列配列選択信号に応答して,上記第1データバス対(19)の各々に選択的に接続させるための手段(27,29)とを含んでいることを特徴とする半導体メモリ」 の誤記(判決注・上記各下線は,審決が誤記と認めた部分及びそれを訂正した後の部分を明示するために,本判決において付したものである。)と認め,その上で,本願発明と,特開平4-30385公報(甲第5号証,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)とを比較し,両発明で相違する点として,前者においては第1データバスがビットラインと平行に配置されているのに対し,後者ではその点が明記されていない点のみを認定して,この相違点につき,引用例の第1図の回路図では,上位ビット線306が,ビット線303と同一方向に延びて設けられており,これらを平行に配置することは,当業者なら容易に発明できたものであるから,本件発明は,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,としたものである。
原告の主張の要点
1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り) (1) 審決は,本願発明につき,「本願発明の図面第2図では,アクセストランジスタ(27)のゲートに配列選択ロジックライン(29)を接続していることが記載されているので,「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」は「配列選択ロジックライン(29)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」の誤記と認め,本願の請求項6に係る発明を上記のように認定した。」,とする(審決書2頁7行〜12行)。
(2) 「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」が誤記(以下「本件誤記」という。)であることは認める。しかし,審決による誤記訂正は誤っている。
審決による誤記訂正が正しいとすると,審決が認定したとおり,本願発明の半導体メモリは,「配列選択ロジックライン(29)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」を含むことになる。しかし,本件明細書の第2図(以下「第2図」という。)によれば,ビットラインセンスアンプ(3)の配列は,直接ビットライン(1)に接続されているのであって,アクセストランジスタ(27)を介してビットライン(1)に接続されているのではない。
審決による誤記訂正は本願発明と第2図との間に齟齬を生ずるものであり,このような誤記訂正に基づく本願発明の要旨認定は誤りである。
(3) 原告の主張する誤記訂正 ア 本件誤記は,もともと,当該アクセストランジスタの正しい参照番号「9」を誤って「27」と記載し,「上記ワードライン(5)によってイネーブルされる」との文言と「アクセストランジスタ(27)を介して」(正しくは,「アクセストランジスタ(9)」を介して)との文言の記載順序を取り違える,という二つの単純な誤りにより生じたものである。また,一般に,ワードラインによってイネーブルされるのは,アクセストランジスタではなくビットラインである。
本件誤記を含む「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」は,正しくは,「アクセストランジスタ(9)を介して上記ワードライン(5)によってイネーブルされる上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」と訂正すべきである。
イ 被告は,「イネーブル」は対象物を非動作状態から動作状態にすることを意味する用語である,とした上で,ランダムアクセスメモリの分野では,「イネーブル」の対象はセンスアンプやアクセストランジスタであり,「ビットラインをイネーブルする」としたのでは,その意味が不明であるから,原告による誤記訂正は誤りである,と主張する。
しかし,第2図によれば,ワードライン(5)がオン信号となればアクセストランジスタ(9)がオンとなり,このときビットライン(1)は電荷蓄積コンデンサ(7)に対して電荷の注入又は排出が可能な状態(動作状態)になり,ワードライン(5)がオフ信号となればアクセストランジスタ(9)がオフとなり,このときビットライン(1)は電荷蓄積コンデンサ(7)と遮断され電荷の注入又は排出が不可能な状態(非動作状態)になる。
「イネーブル」が一般に対象物を非動作状態から動作状態にするということを意味するものとして用いられる語であることにかんがみれば,上記事項を示すために,「ビットライン(1)がワードライン(5)によってイネーブルされる」と表現することは可能である。また,甲第15号証(要約,請求項1,[0011],[0012])及び甲第10号証(請求項1,[0037])には,「ビットライン対をイネーブル」,「イネーブルされたビットライン対」等の記載がある。
以上のとおりであるから,「ビットラインをイネーブルする」の意味が不明であるとはいうことはできない。
(4) 被告は,仮に,原告による誤記訂正が正しいとしても,原告による誤記訂正に基づく本願発明の構成は,引用例に記載されているダイナミックランダムアクセスメモリの基本構成にすぎないから,審決による誤記訂正の当否は審決の結論に影響を及ぼすものではない,と主張する。
しかし,審決は,本件誤記を訂正した上で本願発明を認定し,これに基づき拒絶理由の有無を判断して請求棄却の結論を下したのであるから,当該誤記訂正の当否は結論に影響を及ぼす重大な事項である。本件誤記がこのようなものである以上,本来,本件審判手続において,特許法36条違背の拒絶理由を通知するなどして請求人である原告に訂正を求める手続が取られるべきであった。しかし,そのような手続は取られていない。
被告の主張は失当である。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り) 審決は,本願発明と引用発明とは,「互いに垂直となるように配置されたビットライン及びワードラインと,上記ワードライン及び上記ビットラインに関連するデータを格納するための手段と,配列選択ロジックラインによってイネーブルされるアクセストランジスタを介して上記ビットラインに接続され,上記データを全部検出しかつ回復させるビットラインセンスアンプの配列と,上記ビットラインセンスアンプの行との接続のための第1データバスと,上記センスアンプの2つの行を,列配列選択信号に応答して,上記第1データバス対の各々に選択的に接続させるための手段とを含んでいる半導体メモリ」(審決書3頁29行〜36行)の点で一致すると認定する。しかし,この認定は,上記誤りのある本願発明の要旨認定に基づくものであるから,誤りである。
3 取消事由3(請求項6以外の請求項に係る発明についての審理不尽) 審決は,請求項6以外の請求項に係る発明については,特許性を有する可能性があるにもかかわらずこれらを審理せず,請求項6に係る発明の特許性の欠陥のみを理由として審決をしたものであり,審理不尽の違法がある。
(1) 改善多項制下の運用基準との不適合 特許庁発行の「改善多項制および特許権の存続期間の延長制度に関する運用基準」の「新規性,進歩性等の特許要件の審査」の項によれば,発明の新規性進歩性等の審査は各請求項ごとになされる。審判は,審査の続審であるから,審査手続におけるのと同一の運用基準が適用されなければならない。そうである以上,審判の審理対象は,拒絶査定の当否ではなく,各請求項の特許要件であるべきである。
特許要件を具備しない請求項が一つでもあれば,他の請求項につき判断する必要はないとする審決は,上記審査手続における運用基準に適合しないものである。
(2) 特許法49条の解釈 ア 確かに,特許法49条を形式的にのみ解釈すれば,拒絶は,請求項単位ではなく出願単位で行われるべきものである,とすることも可能である。しかし,このような形式的な解釈に基づいて,特許性を有する可能性がある発明についての出願を,その特許性の有無の検討すら行わないで拒絶することは,特許法第1条にいう特許法の目的に沿うものではない。特許法49条を形式的にではなく特許法の定める上記目的に沿うように柔軟に解釈して,一つの請求項にでも特許の可能性があるのであれば,当該請求項について特許を獲得する機会を,出願人に与えるべきである。
本願出願の場合,少なくとも請求項11に係る発明には特許性を肯定する合理的な根拠がある。すなわち,請求項11の「上記絶縁手段を介して上記第1データバス(19)に接続され,かつアクセス手段を介して上記第2データバス(11)に接続される第2データバスセンスアンプを含み,これにより,上記絶縁手段のイネーブル又はインヒビットに応じて,上記第1データバスセンスアンプの選択可能な列がイネーブルされてページキャッシュを形成する」との構成及びこれに付随する作用・効果は,拒絶理由通知書に挙げられた全文献(これらのうちの一つが引用例である。)のいずれにも開示されておらず,これらに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。現に,請求項11に係る発明は,米国においては,平成10年4月21日に,米国特許第5742544号として特許権を付与されているのである。
イ 本件事案と同様の争点につき比較的最近判示した東京高等裁判所の三つの判決(平成11年(行ケ)第317号,平成11年(行ケ)第347号,平成11年(行ケ)第188号)は,いずれも,特許法49条が,出願の拒絶は出願を一体としてみてすべきである旨を規定するとの解釈を採用している。しかし,同条は「その特許出願に係る発明が第29条の規定により特許することができないものであるとき・・・」と規定し,「特許することができないもの あるとき・・・」とは規定していないから,上記解釈は誤りである。
ウ 特許法123条1項によれば,各請求項に係る特許発明が無効審判の対象とされる。この規定は,当然,特許法49条の解釈の前提ともなるものでもある。被告の解釈は,特許法123条1項の規定とも矛盾する。
エ 被告は,「工業所有権審議会の答申」の「特許処分については出願ごとに行われ,これにより発生する特許権は一つである」の記載をも根拠にする。しかし,改善多項制の下では,複数の請求項を含む出願は,実質上,複数の出願が存在するものと擬せられるから,上記答申に従えば,むしろ,特許に関する処分は,擬せられた出願ごと(すなわち,請求項ごと)に行われるべきことになるというべきである。
(3) 特許法185条の解釈 特許法185条の「2以上の請求項に係る特許又は特許権について・・・請求項ごとに特許がされ,又は特許権があるものとみなす。」の規定には,適用対象として特許法49条は掲げられていない。しかし,特許法185条は,(平成2年法律30号による改正前の)同法36条4項2号が採用するクレーム多項制の制度上の根本原則を明らかにし,同法185条掲記の各規定の適用に際しては,上記原則が適用されるべき旨を注意的に規定したにすぎず,同条に規定されていない条項について,上記原則が適用されないことを定めたものではない。このことは,「請求項ごとに特許がされ,又は特許権があるものとみなす。」と定める特許法185条が例外規定であるとした場合の,原則規定に対応するものが存在しないことによって裏付けられる。
(4) 欧米における実務 被告は,欧米にも発明(請求項)ごとに特許したり拒絶したりする扱いをしている国は存在しない,と主張する。
ドイツ特許法及びヨーロッパ特許条約においては,出願人には,一つの請求項について特許要件を具備しないと判断された場合において,特許要件を具備するその余の請求項につき特許の付与を求める「予備的申立て(Hilfsantrag)」という手続が認められている。この「予備的申立て」により,特許要件を具備しないとされた請求項が拒絶され特許要件を具備するとされた請求項が特許された場合にも,特許要件を具備しないとされた請求項につき抗告をすることができる。また,米国では,「最終拒絶指令」や「提訴まで分割出願を行うことができる」制度も認められている。このように,欧米においては,出願人の保護を優先する観点に立ち,手厚い保護がなされている。
わが国においてもこれらと同じ扱いになるように早急に実務の改善をすべきである。
(5) 特許付与請求権 ア ドイツ連邦裁判所の判例によれば,特許出願は,特許付与を求める公法上の請求権の行使であり,特許要件を具備している場合には特許が付与されねばならない。上記請求権は特許庁の裁量により左右されるものではない。この点はわが国の法解釈にも当てはまる。
イ 特許付与請求権は憲法29条により保障される財産権に属し,特許庁は,各請求項に係る発明について審査をし,特許要件を具備する請求権に対しては特許付与をなすべき法的義務を負う。特許要件を具備しない請求項が一つでもあれば,他の請求項を判断する必要はないとして,審判請求は成り立たないとする審決は,上記財産権を侵害する行政処分であり,憲法違反を構成する。
ウ 審決取消訴訟においては,審決の判断の違法性のみが争点とされその余の対象については争点とされないがゆえに,審判で審理されなかった請求項の特許要件自体は,およそ審決取消訴訟の対象とはされないことになる。これは,憲法の保障する特許付与請求権を剥奪するものであり,審決が請求項6以外の請求項について審理しなかったのは,この点からも違法である。
エ 我が国には,上記(4)で述べたような予備的申立ての制度がない以上,特許庁は,出願された請求権中に特許性のないものがあると判断しても,他に特許性が認められる可能性のある請求項が含まれる場合,これのみについて特許査定を求めるか否かを出願人に通知すべき行政上の作為義務がある,というべきである。この作為義務を果たさず,請求項の一部について拒絶理由があるとして,出願全部の拒絶査定をした行政処分は,憲法99条に反し,これを維持する審判は,同法98条により無効である,というべきである。
(6) 分割出願による救済 ア 被告は,出願人は,拒絶理由のない発明については分割出願の手続をして特許を受けることができ,特許を受ける権利を保全する途が残されているから,出願人にとって特段の不都合はないと主張する。
しかし,出願人が分割出願をすることができるのは,原則として,審判請求の日から30日以内に限られ,その後は審決を受けるまで不可能である。これで,特段の不都合はないとするのは,出願人に酷というべきである。
イ 被告は,本件の場合,請求項6ないし11についてのみ拒絶査定がされたのであり,出願人は請求項1ないし5については拒絶理由がないことを承知していたはずであるから,分割出願をする機会があったと主張する。しかし,拒絶査定(甲第11号証)には,請求項1ないし5については拒絶理由がない旨の記載はなかったので,出願人に分割出願をする機会があったということはできない。このようなときとりあえず分割出願をするよう求めることは,出願人に高額の出費を不当に強いるものである。この額は,出願手数料,審査請求手数料,代理人(弁理士)に対する手数料を合計すると,請求項が一つとしても,30万円以上となる。
被告の反論の要点
審決には,本願発明の認定,本願発明と引用例記載の発明との対比・判断のいずれにも誤りはなく,かつ審理不尽もないから,審決に違法性はない。
1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)に対して (1) 「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」の記載は,第2図との間に齟齬を生ずるので,誤記であることは明らかである。この点は,原告も認めるところである。
上記誤記を含む「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」の記載について,同記載中, @「ワードライン(5)」が正しいとすると,「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(9)を介して上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」が, A「アクセストランジスタ(27)」が正しいとすると,「上記配列選択ロジックライン(29)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」が, それぞれ誤記訂正後の文言の候補となる。ただし,これらのいずれによったとしても,第2図との間に齟齬を生ずることとなる。
しかし,第2図には,「アクセストランジスタ(27)をイネーブルする配列選択ロジックライン(29)」が記載されていること,また,ビットラインセンスアンプとビットラインの接続構成を明記している本件明細書の段落[0018]の「各ビットラインセンスアンプは,第1データバスの対19に接続され,この対は第1データバスアクセストランジスタ(27)(FET)を介してビットラインに並列に延びている」(段落0018)の記載によると,「アクセストランジスタ(27)」の方が正しく,ワードライン(5)は配列選択ロジックライン(29)の誤記であることは明らかであり,誤記訂正後の文言の候補としては上記候補Aの方がより妥当である。
以上のとおりであるから,審決による誤記訂正に誤りはない。
(2) 原告は,審決による誤記訂正で正しいとすると,本願発明の半導体メモリは,「配列選択ロジックライン(29)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)を介してビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」を含むことになるのであり,このような接続構成は第2図との間に齟齬を生ずると主張する。しかし,審決は,アクセストランジスタ(27)をイネーブルするのは,ワードライン(5)ではなく配列選択ロジックライン(29)であること(本件明細書の第2図の接続構成)から判断して,本件誤記を訂正したものであり,訂正に誤りはない。
(3) 「イネーブル」は,対象物を非動作状態から動作状態にすることを意味する用語であり,イネーブルされる対象物は,一般に,電源電圧を供給することにより動作状態となるセンスアンプや,制御信号により導通状態となるアクセストランジスタである。ビットラインは,本件明細書第3図に記載されているように,これに接続されたプリチャージ回路,メモリセル,センスアンプにより,各期間ごとに特定の状態が設定されるものであり,センスアンプやアクセストランジスタのように動作状態又は非動作状態が設定されるものではない。
原告の主張する,ワードラインによってイネーブルされるのは,アクセストランジスタではなくビットラインである,ということは,その意味が不明であり,これを前提とした原告による誤記訂正の主張も,誤りである。
(4) 仮に,本件誤記は,原告主張のように,「アクセストランジスタ(9)を介して上記ワードライン(5)によってイネーブルされる上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」と訂正すべきものであるとしても,この誤記訂正に対応する第2図記載のワードライン(5),アクセストランジスタ(9),ビットライン(1),ビットラインセンスアンプ(3)の接続構成は,ダイナミックランダムアクセスメモリならば,必ず備えている基本構成であり,引用例にも記載されている。結局,原告による誤記訂正が正しいとしても,審決の結論が左右されるものではない。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)に対して 1において述べたとおり,審決による誤記訂正は正当であるから,一致点の認定に原告主張の誤りはない。
3 取消事由3(請求項6以外の請求項に係る発明についての審理不尽)に対して (1) 改善多項制における,審査基準と審判基準の整合性 改善多項制を導入する過程で,工業所有権審議会は,「なお,特許処分については出願ごとに行われ,これにより発生する特許権は一つである。」と答申している(乙第1号証)。改善多項制の下でも,特許処分が出願ごとに行われる以上,拒絶処分も出願ごとに行われることは明らかである。
改善多項制の下で,審査において,各請求項ごとに新規性進歩性等の審理が行われ,拒絶理由通知も各請求項ごとに明記されるのは,補正等の対応を容易にするためであり,拒絶査定において拒絶理由が解消されていない請求項のすべてを指摘するのも,拒絶査定不服審判の請求時の補正等,出願人によるこれへの対応を容易にするためである。しかし,拒絶査定不服審判では,請求不成立の審決を受けた後は,もはや補正等の機会はなく,各請求項ごとに特許性の判断を示した上で請求不成立の審決をすることには,何の意義もない。請求項ごとに判断を加えることの意義は,このように,拒絶理由通知及び拒絶査定と,審決とでは,大いに異なるのである。
拒絶査定不服審判が審査の続審であることは事実である。しかし,それは,審査においてした手続を土台として審理を続行し,原査定がなお維持できるかどうかを審理する,ということを意味するにすぎない。拒絶査定不服審判において,拒絶査定において指摘された請求項のうち,いずれか一の請求項に係る発明に特許性がなければ,他の請求項に係る発明の特許性に関係なく,原査定は全体として維持されるのであるから,出願全体として拒絶をする旨の処分がなされる点では,審査と審判との間に運用の違いはない。
原査定が維持できないときは,すべての請求項について拒絶理由の有無を調査し,新たな拒絶の理由を発見したときにはこれを通知して,補正等の機会を与えることは当然であり,この点でも審査と審判との間に,運用の違いはない。
以上のとおり,本件における審判を含め,現に一般的に採用されている審判手続が,改善多項制下の審査の運用に適合しないということはない。
(2) 特許法49条の解釈 特許法49条は,その柱書きで,「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と定めており,拒絶は請求項単位ではなく,出願単位で行う旨規定している。したがって,本願出願において,請求項6に係る発明につき特許をすることができないときは,請求項6以外の請求項に係る発明についてその特許要件を検討することなく,出願は拒絶されるべきものであるとした審決に,何ら誤りはない。
改善多項制を採用した法改正に先立ち,昭和61年12月19日に工業所有権審議会が出した答申には,改正の内容に関し,「A出願の単一性の範囲の拡大」の項目中の,改正の趣旨の欄に,「なお,特許処分については出願ごとに行われ,これにより発生する特許権は一つである。」と記載されている。また,上記法改正当時,同改正に関与した者が著した「詳説改善多項制・特許権の存続期間の延長制度」(社団法人発明協会,昭和63年8月25日)には,「なお,出願に係る発明とは,出願人がそれについて特許を受けることによって保護を得ようとする発明のことであるから,特許請求の範囲が多項で記載されている場合には,これは,特許を受けようとする発明の集合体すなわち請求項に係る発明の集合体ということになる」(V.新規性,進歩性等の特許要件の審査 1.新規性,進歩性等の特許要件 1.1 特許要件と出願に係る発明),「新規性,進歩性の特許要件の審査において,特許要件を具備しないと認められる請求項があればその出願は拒絶される。
これは,いずれか一つの請求項に記載された発明に特許性がなければ(たとえ他の請求項に記載された発明に特許性がある場合であっても),出願全体として拒絶されることを意味する。このことは,従来の併合出願の場合において,いずれか一の発明に特許性がなければ(たとえ他の発明に特許性がある場合であっても),出願全体として拒絶される(審決便覧48.02P)との運用と同様のものである。そして,一部の発明に特許性がなければ出願全体として拒絶するという特許庁の実務は,判例においても支持されているところである。仮に一出願に含まれている各発明ごとに又は請求項ごとに公告や特許査定,拒絶査定などをすると,その事務処理はきわめて複雑なものとなるため,特許法はそのような扱いについては全く考慮していないのである。欧米においても,発明(請求項)ごとに特許したり拒絶したりする扱いをしている国は存在しない。しかしながら,このような制度・運用によって出願人が技術的に密接に関連する複数の発明を一出願することを敬遠し,バラバラに数多くの出願をするようになるとすれば,出願・審査の効率化の観点から問題がないとは言えないであろう。このようないずれか一の請求項に対する拒絶理由によって出願全体が拒絶されるという危険性を抑制し,改善多項制を利用しやすいものとするためには,何らかの措置を講ずることが必要となろう。このため,運用基準においては,拒絶理由に対して出願人が補正等により対応し易い拒絶理由通知等の起案を行う必要があるとしている。このような運用により,改善多項制がより一層活用され,ひいては出願件数の減少にも通ずるものとなることが期待される。」(V.新規性,進歩性等の特許要件の審査 2.新規性,進歩性等の特許要件の審査 2.1 新規性,進歩性等の特許要件の審査における基本的態度),「1.1で述べたように,新規性,進歩性等の特許性の判断の対象は,請求項に係る発明であるから,それらに関する拒絶理由通知も各請求項ごとに記載される。そして,改善多項制を十分に活用した出願の出願人に対し,補正の対応がし易くするために,拒絶理由のある請求項と拒絶理由のない請求項との識別が明らかになるように拒絶理由通知がなされることになる。」(同2.2 請求項ごとの拒絶理由通知),「出願人が提出した意見書,補正書等を検討した結果,審査官が拒絶理由通知書において出願人に指摘した拒絶理由が一部でも解消していない場合には,その出願について拒絶査定がなされることになる。・・・拒絶査定の場合には,出願人がどの請求項についてどのような拒絶理由があるために拒絶査定されたのかを知り,拒絶査定不服審判の請求及びそれに伴う補正等の対応がし易くなるように,拒絶理由が解消されていない請求項のすべてが指摘される。」(同2.5 拒絶査定),「その審理の結果,原査定を維持できる場合には,その判断に基づいて審決されることになり,この場合は審決においてその他の拒絶査定時に拒絶理由の存在が指摘されていない請求項については言及されないであろう。」(W.審判 1.拒絶査定不服審判 1.1 特許要件の審理の対象),「審理の結果,原査定の拒絶理由のうちいずれかの請求項についての拒絶理由が妥当であれば,請求は成り立たず原査定維持されることになる。」(同1.2 審理),と記載されている。
これらの記載は,上記解釈が正当なものであることを裏付けるものであり,上記記載にも見られるように,「出願に係る発明」は「請求項に係る発明の集合体」と解釈するのが合理的である。
そうだとすると,いずれか一の請求項に記載された発明が特許をすることができないものであるときはその集合体である特許出願に係る発明も特許をすることができないものとなるから,「特許出願に係る発明が・・・特許をすることができないものであるとき(2号)」に該当するとして,その特許出願全体について拒絶しなければならないことになるのである。
改善多項制の下では複数の請求項を含む出願は実質上は複数の出願が存在するものと擬せられるから,「工業所有権審議会答申」の「特許処分は出願ごとに行われ,これにより発生する特許権は一つである」に従えば,特許処分は請求項ごとに行われるべきである,との原告の主張は,誤っている。
特許法49条1号「新規事項を追加する補正」や同4号「明細書の記載不備」は,特定の請求項に係る発明の特許要件とは関係のない拒絶理由である。このように特定の請求項に係わるものでない事項が拒絶理由とされていること自体,拒絶査定は各請求項ごとにするものではないことを裏付けているというべきである。
(3) 特許法123条と特許法49条について 原告は,特許法123条(無効審判)の規定では,各請求項に係る発明が無効審判の対象とされている,ということを挙げて,特許法49条においても同様になるように解釈すべきである,と主張している。
しかし,特許法123条は,特許後に特許を無効にする手続を扱う条文であり,特許法49条は,特許出願を拒絶する手続(当然のことながら,特許のなされていない段階である。)を扱う条文であって,両者はそれぞれの扱う手続の段階が異なる。扱う対象にこのような違いがある以上,両者において扱いが異なることになっても不合理ではない。
東京高裁昭和49年(行ケ)第97号判決は,改善多項制採用前の併合出願につき,併合出願は,複数の発明が一体となった一個の出願と解すべきものであるから,これに対する特許法上の処分は,特段の規定がない限り,一個のものでなければならないこと,特許法123条1項及び同法185条「特許請求の範囲が二以上の発明に係るものについての特則(発明ごとに特許がされ特許権があるものとみなされる例外の列挙)」は,特許後の法律上の取扱いを特に定めたものであって出願手続に関するものではないことを挙げた上,これらのことから,その特許出願たる併合出願全部について拒絶すべき旨の査定をしなければならないことを判示する。上記判示事項は,直接には改善多項制採用前の併合出願に関するものであるとはいえ,改善多項制下の出願についてもそのまま当てはまる。
特許無効審判を請求項ごとに請求することができるのは,特許法123条に明文の規定があるからであり,拒絶査定を規定する特許法49条には,請求項ごとに査定をすることができる旨の規定はなく,また,特許法185条の「請求項ごとに特許がされ,又は特許権があるものとみなす」例外的場合の列挙にも,特許法49条の拒絶をすべき旨の査定は挙げられていないから,請求項ごとに拒絶をすべき旨の査定をする「特段の規定がない」ことになり,特許法49条は,請求項ごとではなく,特許出願単位で拒絶をすべき旨の査定をしなければならない,と規定していると解すべきである。
要するに,特許法49条は,特許後の手続を規定する特許法123条とは異なり,特許前の手続である拒絶の査定に関する規定であるから,必ずしもこれと同じに解釈する必要はなく,他方,多項出願された二以上の発明も一体として取り扱うのが特許法の趣旨に則るのであるから,特許法123条におけるとは別に解釈すべき理由があることになるのである。
(4) 欧米における実務 欧米においても,発明(請求項)ごとに特許したり拒絶したりする扱いをしている国は存在しない(乙第1号証)。
(5) 分割出願による救済 審決のとおりに解釈しても,出願人にとっては,拒絶理由のない発明について特許出願の分割手続をして,その権利を保全すべき途が残されているのであるから,特段の不都合はない。
本件の場合も,請求項6ないし11についてのみ拒絶査定を受けたのであるから,出願人である原告は,請求項1ないし5には拒絶理由がないことを知っており,拒絶査定不服審判の請求時に,これらにつき分割出願をするか否かという選択肢が残されていたのである。
当裁判所の判断
1 取消事由1について(本願発明の要旨認定の誤り)について (1) 本件誤記の存在,すなわち,請求項6中の「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)を介して上記ビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」の記載中の「上記ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」の部分が誤記であることは,当事者間に争いがない。原・被告とも,上記記載が誤記であるとの判断,及び,誤記訂正後の正しい記載の決定を,それぞれするに当たり,本件明細書第2図に記載されている回路構成を参照すべきであることを当然の前提にして論を進めている。
(2) 審決は,本件誤記を,「配列選択ロジックライン(29)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」と訂正すべきである,としている。
本件明細書,とりわけその第2図によれば,配列選択ロジックライン(29)はアクセストランジスタ(27)のゲートに接続され,同トランジスタ(27)をオン・オフ制御するものであるから,本件誤記「ワードライン(5)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」だけに注目すれば,これを「配列選択ロジックライン(29)によってイネーブルされるアクセストランジスタ(27)」に訂正すること自体は,少なくとも,正しいものである可能性のあるものであると認められる。
しかし,本願発明の構成全体に着目すると,審決による誤記訂正では,本願発明が「アクセストランジスタ(27)を介してビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」という構成を備えることになる。しかし,本件明細書,とりわけ第2図によれば,ビットラインセンスアンプ(3)はビットライン(1)に直接接続されており,「アクセストランジスタ(27)を介して」接続されてはいない。審決による誤記訂正は,本件明細書の記載と整合しないことになる。
したがって,審決による誤記訂正は誤りであり,その結果,この誤記訂正に基づく本願発明の要旨認定は誤っているという以外にない。
(3) 被告は,第2図,及び,ビットラインセンスアンプ(3)とビットライン(1)の接続構成を明記している本件明細書の段落[0018]の「各ビットラインセンスアンプは,第1データバスの対19に接続され,この対は第1データバスアクセストランジスタ27(FET)を介してビットラインに並列に延びている」との記載を根拠として,審決の誤記訂正は正しいと主張する。
段落[0018]の上記記載は,ビットラインセンスアンプ(3)は第1データバスの対(19)に接続されること,及び,第1データバス対はアクセストランジスタ(27)を介してビットラインに並列に延びていることを記述するに過ぎず,ビットラインセンスアンプとビットラインの接続構成を記述しているわけでも,まして,ビットラインセンスアンプとビットラインとがアクセストランジスタ(27)を介して接続される接続構成を記述しているわけでもない。被告の主張は失当である。
(4) 原告は,本件誤記は,もともと,アクセストランジスタの符号「9」を誤って「27」と記載し,「上記ワードライン(5)によってイネーブルされる」との文言と「アクセストランジスタ(27)を介して」(正しくは「アクセストランジスタ(9)を介して」)との文言の記載順序を取り違えるという,二つの単純な誤りにより生じたものであり,また,「ワードラインによってイネーブルされるビットライン」という言い方も公知であるから,本件誤記は,「アクセストランジスタ(9)を介してワードライン(5)によってイネーブルされるビットライン(1)に接続され・・・るビットラインセンスアンプ(3)の配列」に訂正すべきである,と主張する。
本件明細書の記載とりわけ第2図を参照すれば,原告主張の誤記訂正の内容は発明の詳細な説明と一致するものであり,上記誤記訂正の内容自体に誤りはない。
請求項6におけるアクセストランジスタの符号の取り違えは,同符号が,明細書の補助的な記載であること,符号を除いた記載も発明の詳細な説明と整合することから,許容できる誤記であるということができる。「アクセストランジスタ(9)を介して」の記載順序の取り違えについても,本件誤記が発明の詳細な説明と対応しないこと,ワードライン(5)とビットライン(1)との間に介在する回路要素はアクセストランジスタ(9)のみであること,「ビットラインをイネーブルする」の意味は,後記のとおり,明確であることを考慮すると,許容できる程度の記載不備であると言うことができる。
そうすると,請求項6は,原告の主張する誤記訂正によって訂正された内容のものとして理解されるのが相当であるというべきである。
(5) 被告は,「イネーブル」とは対象物を非動作状態から動作状態にするという意味であり,ランダムアクセスメモリの分野では,「イネーブル」の対象はセンスアンプやアクセストランジスタであり,「ビットラインをイネーブルする」としたのでは,その意味が不明であるから,原告による誤記訂正は誤りであると主張する。
甲第10号証及び第15号証によれば,「イネーブル」は,センスアンプやアクセストランジスタに限らず,ビットラインをも対象とする用語であることが明らかである。
第2図によれば,ワードライン(5)がオン信号となればアクセストランジスタ(9)がオンとなり,このときビットライン(1)は電荷蓄積コンデンサ(7)に対して電荷の注入又は排出が可能な状態(動作状態)になり,ワードライン(5)がオフ信号となればアクセストランジスタ(9)がオフとなり,このときビットライン(1)は電荷蓄積コンデンサ(7)と遮断され,電荷の注入又は排出が不可能な状態(非動作状態)になることは明らかである。「ビットラインをイネーブルする」の意味するところが不明確であるということはない。
(6) 以上のとおり,審決の行った本件誤記の訂正は誤りであり,したがって,審決がこれを前提に行った本願発明の認定中,本件誤記を訂正した部分に係るものも誤りである。
しかしながら,審決の行った本願発明の認定に誤りがあるとしても,そのことが,直ちに審決を違法とするわけではない。審決が違法となるのは,審決に誤りがあり,その誤りが審決の結論に影響を及ぼすときに限られるからである。
ところが,原告は,審決の,本件誤記の訂正の誤りとこれに伴う本願発明の認定の誤りが,どのようにその結論に影響を及ぼしたかについては,それが本願発明と引用発明の一致点の認定をもたらしたことをいうだけで(取消事由2),それ以上に具体的な主張をしていない。これは,審決取消訴訟における取消事由の主張として,主張自体失当というべきである。審決が結論を導くに当たり採用している論理構成は,本願発明と引用発明とを対比して一致点・相違点を認定し,引用発明を出発点として相違点を克服して本願発明に至ることが容易か否かを判断するというものであることは,審決の説示自体で明らかであり,この論理構成の下では,相違点がすべて正確に認定され,それについての評価も正しくなされているときは,たとい,一致点の認定自体には誤りがあるとしても,結局は,一致点・相違点が正しく認定された上,相違点についての判断が正しくなされたと仮定した場合と同じ結論にならざるを得ないからである。換言すれば,本願発明の認定の誤りも,それに伴って生ずる一致点認定の誤りも,相違点の認定に関する誤り(典型的には相違点の看過)につながらない限り,審決の結論に影響を及ぼすものではなく,したがってまた,審決を違法にすることもないのである。
(7) 被告は,仮に,原告による誤記訂正が正しいとしても,原告の誤記訂正による本願発明の構成は引用例に記載されているところのダイナミックランダムアクセスメモリの基本構成にすぎないから,審決の誤記訂正の当否は,審決の結論に影響を及ぼすものではないと主張する。
念のために,被告のこの主張の当否について検討する。
ア 引用例(甲第5号証,特開平4-30385号公報)には,以下の記載がある。
(ア) 「本発明はデータをランダムに読み書きする半導体記憶装置に関するものである。」(2頁右上欄6行目〜7行目) (イ) 「第1図において,303はメモリセル301から直接データの読み書きを行うビット線であって,第10図に示すトランジスタTRのドレインに接続されるものである。2本一対のビット線303には,該ビット線303上の微小電位を増幅するために,センス増幅器SAが接続されている。また,各ビット線303の端部には第1のスイッチ素子304の一端が接続され,該第1のスイッチ素子304は前記メモリセル301を含むブロックを選択する信号線305により制御される。
第1のスイッチ素子304の他端には上位ビット線306が接続され,該上位ビット線306の端部には第2のスイッチ素子307の一端が接続され,該第2のスイッチ素子307はメモリセル301の列方向を選択する列デコーダYSにより制御される。」(4頁左下欄9行目〜右下欄4行目) (ウ) 「ワード線302が立ち上がり,メモリセル301からビット線対303に微小電位があらわれ,タイミング1の時にセンス増幅器SAが動作してビット線対303の電位が増幅される。
次に,タイミング2の時にブロック選択信号305が立ち上がり,ビット線対303の電位が上位ビット線対A306,B306に転送される。このとき,上位ビット線対A306に対応するコラム選択信号線A307(第1図における第2のスイッチ素子307のゲート信号)が立ち上がる一方,上位ビット線対B306に対応するコラム選択信号線B307はロウレベルのままである。次に,タイミング3の時にメイン増幅器MAが動作し,上位ビット線対A306の電位が初期の微小電位状態から,電源電圧VccレベルからグランドVssレベルまでの範囲に増幅される一方,上位ビット線B306は初期の微小電位状態のままである。」(4頁右下欄12行目〜5頁左上欄9行目) (エ) 第1図には,1対の上位ビット線306,306が2対のビット線303,303,303,303と同一方向に配置され,各対のビット線につき各ビット線303,303をそれぞれ第1のスイッチ素子304,304を介して各上位ビット線306,306に接続する構成が記載されている。
(オ) 第10図には,トランジスタTRのゲートにワード線が接続されドレインにビット線が接続されソースにキャパシタCSが接続された構成の単位メモリセルの等価回路図が記載されている。
イ 弁論の全趣旨によれば,半導体メモリにおいてビット線とワード線は互いに垂直となるように配置されることは一般的であること,センス増幅器を備える半導体記憶装置では,キャパシタに記憶されたデータ(電荷の有無)がビット線にいったん読み出され,その後ビット線に読み出されたデータがセンス増幅器の増幅作用により電源電位又は接地電位とされ,当該増幅されたデータが検出されるとともにキャパシタには当該増幅されたデータが再び書き込まれて元のデータを回復するという読出し動作をすることが一般的であること(上記記載(ウ)前段の記載もこのことを開示する。)が認められ,これらによれば,引用例記載のセンス増幅器も「データを全部検出しかつ回復させる」ものであると認められる。
ウ アに挙げた引用例の記載及びイの認定によれば,引用例には下記の発明が記載されていると認められる。
「互いに垂直となるように配置されたビット線303及びワード線302と, ワード線302及びビット線303に関連するデータを格納するためのキャパシタCSと, トランジスタTRを介してワード線302によってイネーブルされるビット線303に接続され,上記データを全部検出しかつ回復させるセンス増幅器の配列SA,SAと, 上記センス増幅器SA,SAの行との接続のための上位ビット線対306,306と, センス増幅器SAの少なくとも2つの行を,ブロック選択信号305に応答して,上位ビット線対306,306の各々に選択的に接続させるための第1のスイッチ素子と を含んでいる半導体記憶装置」 エ ここで,引用例の「ビット線303」,「ワード線302」,「キャパシタCS」,「トランジスタTR」,「センス増幅器SA」,「上位ビット線306」,「ブロック選択信号305」,「第1のスイッチ素子304」及び「半導体記憶装置」は,それぞれ本願発明の「ビットライン(1)」「ワードライン(5)」,「データを格納するための手段(7)」,「アクセストランジスタ(9)」,「ビットラインセンスアンプ(3)」,「第1データバス(19)」,「列配列選択信号」,「各々に選択的に接続させるための手段(27)」及び「半導体メモリ」に相当している。
オ 引用例には,上位ビット線306とビット線303とが平行となるように配置されている旨の記載はない。
カ 以上,引用発明についてアないしオで述べたところを前提に,原告主張の誤記訂正による本願発明と引用発明とを比較すると,両発明は, 「互いに垂直となるように配置されたビットライン及びワードラインと,上記ワードライン及び上記ビットラインに関連するデータを格納するための手段と,配列選択ロジックラインによってイネーブルされるアクセストランジスタを介して上記ビットラインに接続され,上記データを全部検出しかつ回復させるビットラインセンスアンプの配列と,上記ビットラインセンスアンプの行との接続のための第1データバスと,上記センスアンプの少なくとも2つの行を,列配列選択信号に応答して,上記第1データバス対の各々に選択的に接続させるための手段とを含んでいる半導体メモリ」である点 で一致し, 本願発明では,「第1データバスがビットラインと平行となるように配置されている」のに対し,引用例には「上位ビット線がビット線ラインと平行となるように配置されている」ことが記載されていない点 で相違する(これ以外に相違する点はない。)ことが明らかである。
そうすると,審決の一致点の認定(審決書3頁29行〜36行)及び相違点の認定(審決書3頁37行〜4頁1行)は,結局のところ,一致点の「配列選択ロジックラインによってイネーブルされるアクセストランジスタを介して上記ビットラインに接続され,・・・ビットラインセンスアンプ」の部分,すなわちビットラインとビットラインセンスアンプの接続の態様に関する部分は誤りであるが,その他の部分は正しいものというべきである。
そして,ビットラインとビットラインセンスアンプの接続の態様についての上記誤りについて,両者が直接接続されることは,引用例にも開示されていることであるから,相違点の看過につながるものではない。結局,審決における一致点の認定には,審決の結論に影響を及ぼすべき実質的な誤りはないというべきである。
(8) 原告は,審決は,本件誤記を訂正した上で,拒絶理由の有無を判断して請求棄却の結論を下したのであるから,本件誤記の訂正の当否は結論に影響を及ぼす重大な事項であること,また,誤記がある場合は,本件審判手続において,特許法36条違背の拒絶理由を通知するなどして請求人に訂正を求めるのが本筋であった,と主張する。
請求項6における本件誤記は,前記のとおり,「誤記の訂正」により処置できるほど軽度の記載不備であって,審決も,この点を特許法36条に違背するほどのものではないと判断して,改めて拒絶理由通知等の手続をすることなく,審決の中で「誤記の訂正」をしたものであると認められる。もっとも,本件誤記が本願発明の認定に直結する特許請求の範囲に係るものであることを考えると,このような「誤記の訂正」といえども,本来であれば,審判請求人に対してその内容につき確認をとるなどの手続を踏むのが相当であるというべきであるから,これをしなかった点について,審理進行上配慮に欠ける点があったことは否めない。しかし,その手続を取らなかったからといって,原告の利益を不当に損なうものであったとは認められない。また,前記のとおり,本件訂正は,誤記訂正に関する原告の主張を採用したとしても,審決の判断に影響を及ぼすことのないような種類のものと認められるものである。
原告の主張は認められない。
2 取消事由2(一致点の認定の誤り)について 前記のとおり,審決による本件誤記の訂正は誤りであるから,本願発明は「配列選択ロジックラインによってイネーブルされるアクセストランジスタを介して上記ビットラインに接続され・・・るビットラインセンスアンプの配列」という構成を備えるものではない。したがって,この構成を一致点の一部とした審決の一致点の認定は,誤りである。しかし,1において述べたとおり,この一致点の認定の誤りは,相違点の認定の誤りに結び付くものではなく,審決の結論の当否を左右するものではない。 3 取消事由3(請求項6以外の請求項に係る発明についての審理不尽)について (1) 特許法49条は,次のとおり規定している。
「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
1 その特許出願の願書に添付した明細書又は図面についてした補正が第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとき。
2 その特許出願に係る発明が第25条,第29条,第29条の2,第32条,第38条又は第39条第1項から第4項までの規定により特許をすることができないものであるとき。
3 その特許出願に係る発明が条約の規定により特許をすることができないものであるとき。
4 その特許出願が第36条第4項若しくは第6項又は第37条に規定する要件を満たしていないとき。
5 その特許出願が外国語書面出願である場合において,当該特許出願の願書に添付した明細書又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にないとき。
6 その特許出願人が発明者でない場合において,その発明について特許を受ける権利承継していないとき。」 この規定によれば,特許出願に係る発明が,特許法29条等の規定により特許をすることができないものとされるときは,審査官は,その特許出願について拒絶査定をしなければならない。このことは,昭和62年の特許法改正前の一発明一出願の制度においては,当然のことであった。同改正により同制度が廃止され,関連する複数の請求項に係る発明を一つの願書で特許出願をすることが認められた後においても,同条は,次に述べる理由により,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明のいずれか一つが,特許法29条等の規定により,特許をすることができないものとされるときは,その特許出願全体を拒絶すべきことを規定しているものと解すべきである。
特許法49条は,前記のとおり,審査官は,「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」は,「その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定している。他方,同法51条は,「審査官は,特許出願について拒絶の理由を発見しないときは,特許をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定している。これらの規定を自然に理解すれば,特許法は,一つの特許出願について,拒絶査定か特許査定かのいずれかの行政処分をなすべきことを規定していることになる,ということができる。そして,昭和62年改正により,一つの特許出願において複数の発明を複数の請求項に記載することができるとの改正がなされたときにも,この点は,何ら変更されていない。そうである以上,他に反対の結論に導く特別の根拠が見いだせない限り,上記自然な理解に従って解釈する以外にないというべきである。ところが,「二以上の請求項に係る特許又は特許権についての特則」の見出しの下に,「請求項ごとに特許がなされ,又は特許権があるものとみなす」べき場合の規定を挙げている185条には,49条51条も含まれておらず,他にも,上記特別の根拠になるべきものは,特許法を始めとする法令中にも,その他にも見いだすことはできない。むしろ,特許法は,特許査定後の特許異議の申立てについては,「二以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」(113条本文)と明文で規定し,特許無効の審判についても,「二以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。」(123条1項本文)と明文で規定し,特許査定という行政処分をなした後には,各請求項ごとに,異議申立てあるいは無効審判の申立てをすることができることを明記しているのであり,これと対比しつつ,前記49条及び51条を読むときは,両条がこれと対照的に「特許出願について」拒絶査定ないし特許査定をすることを明記しているのは,上記解釈が正しいことを明らかにするものというべきである。
特許法が上記のようなものとして49条の規定を設けた制度的な理由は,大量の特許出願について迅速な処理をすべき要請があることにあるであろう。もっとも,他方では,このような制度によると,一つの特許出願における複数の請求項に係る発明の一つについて,特許法29条の規定する特許をすることができない事由がある場合には,状況によっては,その他の請求項に係る発明について,特許付与を受ける機会が奪われることになり,出願人にとって不利益な結果となることが懸念されるところである。しかし,出願人は,もともと請求項ごとに出願する自由も有しているのであり,この場合には,当然のことながら,すべての請求項について判断を受けることができる。このことは別としても,特許法は,審査官に拒絶査定の前に拒絶の理由を通知すべき義務を負わせ(50条),出願人は,拒絶理由通知を受ける前はいつでも,同通知を受けた後は所定の期間内に,明細書又は図面について補正をする機会を与えられているのであり(17条の2第1項,4項),審判においても,同様に拒絶理由の通知の制度(159条2項)と明細書又は図面の補正の機会が与えられている(17条の2第1項,4項)のであるから,出願人は,これにより拒絶理由通知により拒絶されることが予想される請求項に係る発明を補正したり,削除したりすることができ,拒絶自体を避けるために柔軟な対応をすることが可能となるのである。また,特許法は,出願人に分割出願の制度も認めており,出願人は,願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限っては,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができるのである(44条1項)。このように,出願人は,拒絶理由通知の制度,並びに,同通知の前及び同通知の後の所定の期間内における補正又は分割出願の制度により,適切な対応をすることが可能なのであるから,49条についての上記解釈により出願人が不利益を被る結果となることについては,十分な手続的な担保がなされているとみることができる。
(2) 原告は,@改善多項制において,各請求項ごとに新規性進歩性等の審査が行われ,拒絶理由通知は各請求項ごとに明記されること,審判は,審査の続審であることから,審査手続と同一の運用基準で審判もなされるべきであって,審判の審理対象は,各請求項の特許要件であるべきである,A無効審判では,各請求項に係る特許発明が審判の対象となっており(特許法123条1項),特許法49条も同様に解釈されるべきである,と主張する。
拒絶理由通知において,各請求項ごとに理由が明記されるのは,(1)で説示したとおり,その後の補正や分割出願の対応の便宜を図るためであると解することができる。しかし,拒絶査定不服審判で請求不成立の審決を受けた後は,補正の機会はなく,同様に,分割もできないのであるから,それらの便宜を図る必要はない。そうである以上,この点につき,審決を拒絶理由通知と同様に解すべき理由はない。
原告主張のとおり,特許法123条1項は,「二以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。」として,請求項ごとの処理が可能であることを明示している。特許異議の申立てについての同法113条1項も同様である。しかし,(1)で説示したとおり,このことは,拒絶査定に対する審判に関する121条には(49条にも),そのような文言はないとの事実との関係で,むしろ,拒絶査定及びこれに対する審判において,請求項ごとに判断すべきであるとの解釈を否定する根拠となるものというべきである。
原告は,我が国でも,ドイツ特許法及びヨーロッパ特許条約で認められている予備的申立ての制度を実務により採用するなどして,我が国における特許出願人の権利保護を欧米における実務におけると同等にすべきである,と主張する。
原告の主張するような,予備的申立ての制度などが存在すれば,一出願のみに着目する限り,これが,補正や分割出願等現行の法制度や運用実務に比し,特許出願人の権利保護をより手厚いものとする可能性があることは,そのとおりであると認められる。しかし,特許制度のあり方を考えるときは,一出願のみに着目してその出願人の権利・利益の保護をいかにして図るかという観点のみから決することは許されず,出願全体に着目し,一出願の処理の仕方が他の出願の出願人の権利・利益にどのような影響を及ぼすか,という観点から考察することが不可避であり(特定の出願の処理についての処理の遅れは,単に当該出願についてのみでなく,他の出願についての処理の遅れをも必然的に招き,その限りでは,他の出願をした者の利益を損なう。特に,前者の出願が最終的に拒絶されることになるものであり,後者の出願が特許の認められるものである場合を考えると,拒絶されるべき出願のために,認められるべき出願をした者の利益が損なわれることになって,その不都合が明白となる。このような結果の発生は,制度上一定限度では不可避であるとはいえ,極力避けるべきであることは当然である。),また,特許成否の行方に利害関係を持ち,これを注視する第三者の負担をも考慮する必要がある。これらの観点からするときは,一出願についての審理事務の増大・遅延の防止は,他の出願との関係などを含む特許制度全体との関係で,極めて重要であることが明らかである。
そうだとすると,我が国においても,予備的申立てなどの制度を制度として採用しうる余地があるとしても,これを導入するか,これを導入しないで補正や分割の制度を維持するかは,基本的に立法政策の問題であるということができ,したがって,これに沿った処理を本件で取らなかったことが,審決の取消事由となるものではない。 原告は,時間的制約や費用の負担の観点から,分割の制度は出願人に酷な要求をするものであると主張する。しかし,原告主張の時間的制約や費用の負担を,特許を受ける権利を否定することになるほどに厳しいものとすることはできないというべきである。
(3) 以上(1)及び(2)で述べたところに照らすと,現行特許法及びこれについての前記(1)で述べた解釈を,特許を受ける権利を不当に侵害する違法,違憲なものとすることはできないことは,明らかである。
4 結論 以上によれば,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久