運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1999-17560
関連ワード 特許を受ける権利 /  発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術的手段 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  文言解釈 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  追認 /  代理権 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 12年 (行ケ) 437号 審決取消請求事件
原告国代表者法務大臣 森山眞弓
指定代理人 野下智之
同 石原淳一
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 星野浩一
同 藤田節
同 村山隆
同 山口由木
同 高木進
同 涌井幸一
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第17560号事件について平成12年9月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成9年10月31日,発明の名称を「ミニポテト」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成9年特許願第299888号。以下「本願出願」という。)をしたが,平成11年10月5日拒絶査定を受けたので,同年11月4日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成11年審判第17560号として審理し,その結果,平成12年9月26日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年10月18日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載 【請求項1】(以下「本願発明」という。) 「多様な形及び色を有する一口大のミニポテトを製造する方法であって: アンデス原産栽培2倍体バレイショであるソラヌム・ステノトーマム(Solanum stenotomum),ソラヌム・フレヤ(Solanum phureja)およびソラヌム・ゴニオカリックス(Solanum goniocalyx)から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成する工程と, 上記雑種集団を育種栽培し,その際のミニポテトの収量を含む選別基準に基いて選抜することにより,前記雑種集団の再構成を行う工程と, この再構成された雑種集団を実生栽培する工程とを具備し,該実生栽培に際しては,根圏を制御し,短日日長条件下で栽培し,イモの肥大期にはやや低温で管理する方法。」 3 審決の理由の要点 審決は,別紙審決書の写し記載のとおり,本願発明は,刊行物である「ポテトサイエンス,vol.11,p.1-9(1990),米田勉ら訳」(以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。),及び,周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができないから,本願出願は,拒絶されるべきである,と判断した。
本願発明と引用発明との一致点・相違点についての審決の認定は,次のとおりである。
「両者は,多様な形及び色を有するポテトに関するものである点で一致し,前者が, (イ)一口大のミニポテト (ロ)アンデス原産栽培2倍体バレイショであるソラヌム・ステノトーマム(Solanum stenotomum),ソラヌム・フレヤ(Solanum phureja)および ソラヌム・ゴニオカリックス(Solanum goniocalyx)から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成する工程と, (ハ)上記雑種集団を育種栽培し,その際のミニポテトの収量を含む選別基準に基いて選抜することにより,前記雑種集団の再構成を行う工程と, (ニ)この再構成された雑種集団を実生栽培する工程とを具備し, (ホ)該実生栽培に際しては,根圏を制御し,短日日長条件下で栽培し,イモの肥大期にはやや低温で管理する方法であるのに対して,後者ではそのことが記載されていない点で,相違している。」(審決書4頁11行〜24行)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明の技術内容を誤って認定し(取消事由1),本願発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由2),引用発明と本願発明との各相違点についての判断を誤り(取消事由3ないし5),本願発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消事由6),これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明の認定の誤り) (1) 審決は,「請求項1に記載された「一口大のミニポテト」とは,本願明細書の【0036】欄における1.5センチ〜4.0センチの大きさの芋をミニポテトとする旨の記載からして,1.5センチ〜4.0センチの大きさの芋のことを意味するものと認められる。」(審決書3頁31行〜34行)と認定した。しかし,この認定は,誤りである。
本願発明の願書に添付した明細書(以下「本願明細書」という。)の段落【0036】の記載は,栽培試験におけるミニポテトの収量を,いもの大きさに基づいて分類する際,4.0p角の篩を通り抜け,1.5p角の篩上に残るものをミニポテトの収量として量ったものであり,「一口大」のミニポテトのサイズが1.5pないし4.0pであるといっているわけではない。「一口大のミニポテト」とは,本願明細書の段落【0005】に記載されているように,「ミニトマト大のバレイショ」であって,包丁を入れることなくそのまま皮ごと口の中に放り込むことができる,2pないし3p程度の直径のものである。
審決のこの誤りは,審決が相違点(イ)として認定したもの(「一口大のミニポテト」に関するものであるか否か)の把握の誤りをもたらし,それにより,同相違点についての判断をも誤らせたものである。
(2) 被告は,本願発明の「一口大のミニポテト」の大きさが2pないし3p程度の直径のものであるとの原告の主張は,本願明細書に根拠がないものである,と主張する。
しかしながら,本願明細書の上記段落【0036】における記載は,先に述べたように,単に,栽培試験におけるミニポテトの収量を,いもの大きさに基づいて分類する際,4.0cmの篩を通り抜けるが1.5cmの篩上に残るものをミニポテトの収量として量ったものにすぎない。このミニポテトの粒径分布が正規分布であることは当業者の常識であるから,当業者は,実施例に係る上記記載に基づき分類された「一口大」のミニポテトのほとんどが2pないし3p程度の直径のものであると理解するのである。また,一口大のミニポテトが,ほとんど2pないし3p程度の直径のものであることについては,本願明細書の段落【0037】における表1によっても裏づけられる。すなわち,表1は,段落【0036】記載の分類による,栽培試験における試験区当たりのいもの大きさ別収量(kg)を示すものであり,1.5p角の篩を通り抜けた極小イモの収量と4.0p角の篩の上に残った極大イモの収量とを比較した場合に,極小イモの収量(kg)が極大イモの収量(kg)よりも多いことから,数についても極小イモの個数の方が極大イモの個数よりも多いことがわかり,これを正規分布に照らし合わせれば本願発明の一口大のミニポテトは2pないし3p程度の直径のものがほとんどであることが理解できるのである。
2 取消事由2(相違点の看過) 本願発明により得られるミニポテトは,雑種集団でありながら顕著に小さなサイズを有するポテトの集団,すなわち,「多様な形及び色を有する一口大」のミニポテトである。審決は,引用刊行物の記載に基づき,引用発明の「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスは,多様な形及び色を有する小粒なバレイショである」(審決書3頁28行〜30行)と認定した上で,本願発明と引用発明とを,「両者は,多様な形及び色を有するポテトに関するものである点で一致し」(審決書4頁11行)と認定した。しかし,引用発明のこれらの「バレイショ」は,品種ごとに特徴のある色や形を有するものの,同一品種内においては遺伝的均一性を有するものであり,この点において,本願発明により得られるミニポテトとは異なる。したがって,審決が,「多様な形及び色を有する」という点につき,上記のとおり一致点を認定するにとどまるのは,上記相違点を看過するという誤りを犯すものである。
3 取消事由3(相違点(イ),(ロ)(一口大のミニポテト,3種の交配)についての判断の誤り) 審決は,本願発明が,「(イ)一口大のミニポテト」に関するものであり,「(ロ)アンデス原産栽培2倍体バレイショであるソラヌム・ステノトーマム(Solanum stenotomum),ソラヌム・フレヤ(Solanum phureja)およびソラヌム・ゴニオカリックス(Solanum goniocalyx)から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成する工程」(審決書4頁13行〜18行)を有する方法であるのに対し,引用刊行物にはそのことが記載されていない点を,それぞれ本願発明と引用発明との相違点(イ),(ロ)と認定した上で,「刊行物1には,アメリカではカラフルなアンデスポテトが高価で取り引きされていること,各種小型野菜の開発が熱心に行われ小粒でカラフルなポテトの需要が増加していること,及びメイン州でゴルフボール(約4センチ)からビリヤードぐらいの大きさのポテトが大量に販売されたこと等が記載されていることから,小粒なアンデス産ポテトを親とした小型野菜の開発は,当業者が容易に着想し得ることである。」(審決書4頁27行〜32行)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
メイン州で販売されたポテト(ジャガいもである。以下,ジャガいものことを「ポテト」という。)の中に含まれているゴルフボール大のポテトは,生育が悪く未熟なものであり,不規則な形で目が深いという欠点を有するもので,ゴルフボール大の完熟したポテトが安定して供給されているわけではない。したがって,「小粒」なポテトを更に小さくして極小サイズのポテトとすることは,このような欠点をより増幅させることが予想されるのであるから,2pないし3p程度の直径を有する「一口大のミニポテト」を開発することは,当業者にとって,容易に着想し得ることではない。
このように,「一口大のミニポテト」の開発が容易に着想し得ないものである以上,「ソラヌム・ステノトーマム」,「ソラヌム・フレヤ」及び「ソラヌム・ゴニオカリックス」を適宜交配し,その後,「一口大の大きさのミニポテト」を選抜することを,当業者が適宜になし得る設計的事項とはいうことはできない。
4 取消事由4(相違点(ロ),(ハ)(3種の交配,育種栽培と選抜)についての判断の誤り) 審決は,本願発明が,「(ロ)アンデス原産栽培2倍体バレイショであるソラヌム・ステノトーマム(Solanum stenotomum),ソラヌム・フレヤ(Solanum phureja)および ソラヌム・ゴニオカリックス(Solanum goniocalyx)から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成する工程と,(ハ)上記雑種集団を育種栽培し,その際のミニポテトの収量を含む選別基準に基いて選抜することにより,前記雑種集団の再構成を行う工程」(審決書4頁14行〜20行)を有する方法であるのに対し,引用刊行物では,そのことが記載されていない点で相違すると認定した上で,上記相違点(ロ),(ハ)について,「その際,ポテトを作出する手法として,ポテトを交配させた後に選抜する方法は周知慣用の手法(・・・)であることから,刊行物1に記載された小粒なポテト,例えば「ソラヌム・ステノトーマム」,「ソラヌム・フレヤ」および「ソラヌム・ゴニオカリックス」を適宜交配し,その後,一口大の大きさのものを選抜することは,当業者が適宜なし得る設計的事項と認められる。」(審決書4頁33行〜5頁8行)と判断した。しかし,審決の上記判断は誤りである。
審決の上記判断は,本願発明の発明者が,「一口大のミニポテト」を育成するために鋭意研究した結果,アンデス産の多数の種類のポテトの中から,ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスの3種類のポテトを組み合わせることに想到し得たことの困難性を認識していない。
本願発明においてアンデス原産栽培2倍体バレイショである3種から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成したのは,「多様な形及び色を有する一口大のミニポテト」を作出するためであり,その中での前記工程が有する技術的意義は,4倍体のバレイショに比べてサイズが小さい2倍体バレイショを親株として交配を施すことにより,極小サイズのポテトを産する個体を含む可能性がある遺伝的に多様な雑種集団を作り出すためのものである。このような本願発明の方法の技術的意義は重要である。
5 取消事由5(相違点全体についての判断の誤り) 審決は,本願発明が,「(ニ)この再構成された雑種集団を実生栽培する工程とを具備し,(ホ)該実生栽培に際しては,根圏を制御し,短日日長条件下で栽培し,イモの肥大期にはやや低温で管理する方法であるのに対して,後者ではそのことが記載されていない点で,相違している」(審決書4頁21行〜24行),と認定した上で,上記相違点(ニ)について,「実生による栽培は,品種改良を行う際に一般的に採用される方法であり,また栄養繁殖に比べてイモの小さくなることもよく知られたことである。」(審決書5頁10行〜11行)と判断し,相違点(ホ)について,「ポテト等を育苗箱などの容器内で栽培することは,本願出願前に周知(・・・)のことであり,また株間を狭くするほど株当たりの収量の低下することも栽培上よく知られたことであるので,より小粒のアンデス産ポテトを得るために,育苗箱などの容器内で栽培することは,当業者が容易になし得ることと認められる。また,ポテトの芋の形成適温は約17℃であることや芋の発育時はやや短日条件がよいこと等は良く知られた栽培条件(・・・)であることから,当業者が適宜決定し得るものと認められる。」(審決書5頁19行〜30行)と判断し,その上で,「本願発明は,刊行物1に記載された発明及び周知技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものと認められ」(審決5頁下から2〜1行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
本願発明の要旨は,本願特許請求の範囲請求項1に記載のとおりのものであって,まず,ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴリオカリックスの3種を選定し,これを前提に,本願明細書の請求項1に記載された各工程を具備し,これらの工程を組み合わせることにより,本願発明の完成に至ったものである。審決は,上記の各工程に関する技術的手段が周知であるという理由を示すだけで,これら手段を採用し,工程として組み合わせることの困難性を何ら考慮せずに本願発明の進歩性を否定するものであり,誤りである。
6 取消事由6(本願発明の顕著な効果の看過) 審決は,「本願発明の効果についても,刊行物1の記載及び周知技術から予測し得るものと認められる。」(審決書5頁31行〜32行)と判断した。しかし,この判断も誤りである。
本願発明により得られるミニポテトは,雑種集団でありながら,多様な形及び色を有する顕著に小さなサイズの一口大のミニポテトの集団である。本願明細書における実施例の表1(甲第2号証【0037】段落)から算出できるように,本願発明により生産されるポテトのうち,85%以上が一口大のミニポテトとして得られるのであり,そのほとんどは2pないし3p程度の直径のものである。このように,本願発明により,食用のポテトが具備すべき特性を有する極小サイズの完熟ミニポテトを高収量で安定して提供することが可能となったのである。「一口大」であり,切らずに皮ごと食卓に提供されるミニポテトにおいて,本願発明のように多様な形及び色を有するということは,その形,色の多様性を食材として生かすことができるという更なる作用効果を奏するものである。すなわち,本願発明によれば,色,形,そして風味が様々な一口大のサイズのミニポテト一つ一つをスナック菓子の感覚で楽しみながら食することができるのである。本願発明のこのような顕著な効果は,引用刊行物の記載及び周知技術から予測し得るものではない。
また,単に根圏を制限する手法,すなわち,育苗箱などの容器内で栽培する手法によっては,生育自体が抑制されるために,その成果は1個体に付くいも数の減少となって現れる。これに対し,本願発明によって得られるミニポテトは,雑種集団からの選抜と雑種集団の再構成の過程で,根圏の制限による生育抑制がいも数の減少ではなく,いも1個の重量の顕著な減少として現れるよう改善を重ねたものである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について 原告は,本願明細書の段落【0036】の記載は,栽培試験におけるミニポテトの収量を,いもの大きさに基づいて分類する際,4.0p角の篩を通り抜け,1.5p角の篩上に残るものをミニポテトの収量として量ったものであり,「一口大」のミニポテトのサイズが1.5pないし4.0pであるといっているわけではない,「一口大のミニポテト」とは,本願明細書の段落【0005】に記載されているように,「ミニトマト大のバレイショ」であって,包丁を入れることなくそのまま皮ごと口の中に放り込むことができる,2pないし3p程度の直径のものである,と主張するが,失当である。
原告の上記主張は,本願発明の「一口大のミニポテト」は,本願明細書記載の「ミニポテト」の中で特定の大きさのものを指すこと,すなわち「ミニポテト」と「一口大のミニポテト」とを別のものであることを意味する。しかし,本願明細書には,「本発明はミニポテト,即ち,皮ごと一口で食べられるミニトマト大のバレイショを産生する・・・製造する方法に関する。」(甲第2号証段落【0001】)とあり,「ミニポテト,即ち,皮ごと一口で食べられる」と記載されていることから明らかなように,「一口大」はミニポテトを修飾する形容詞にすぎず,「ミニポテト」と「一口大のミニポテト」とは,本願明細書において同一の概念である。そして,1.5pないし4.0pの大きさのものは一口で食べられる大きさである。また,市販のミニトマトにも大きさが1pないし4p程度の種々のものがあり,「ミニトマト大」であることが直ちに2pないし3pの大きさであることを意味するということはできない。本願発明の「一口大のミニポテト」の大きさが2pないし3p程度の直径のものであるとの原告の主張は,本願明細書に根拠がないものである。
2 取消事由2(相違点の看過)について 審決は,「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスは,多様な形及び色を有する小粒なバレイショである」(審決書3頁28行〜30行)と認定した。
アンデス産ポテトに関して,引用刊行物には,「アンデスのバレイショ(各種のSolanum種)の大部分は他の地域の人々が普通に扱っているものとは全く異なっている。これらの芋はしばしばあざやかな黄色や濃い紫色など多様な色の皮と肉をもっている。いくつかは驚くべき形-細長いもの,偏平なもの,しわだらけのもの-をしており,多くは豊かな風味と高い栄養価がある。」(甲第4号証2頁5行〜8行)と記載され,さらに,ソラヌム・ステノトーマムについて「赤,黒,白色を呈しており」(同4頁5行)及び「いくつかの系統はいくらか耐霜性をもっている。」(同4頁9行〜10行),ソラヌム・ゴニオカリックスについて「多くの品種は白花で黄色の芋」(同4頁15行)及びソラヌム・フレヤについて「少なくとも500もの名前のついた品種が知られており,・・・多彩な色(しばしば紫色)で」(同4頁29行〜30行)と紹介されている。
以上の記載を踏まえれば,引用刊行物に記載された「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」は,遺伝的に確立された一つの品種(イネに例えれば,「コシヒカリ」,「ササニシキ」等のこと,トマトでは「桃太郎」等のこと。)を意味するのではなく,いろいろな品種が集まった分類学上の総名称(例えば「イネ」,「トマト」という総称)のことであることが分かる。
審決では,引用刊行物に記載された「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」は,それぞれ一つの品種を意味するのではなく,種々の色や形を有するものの総称であるという意味から「多様な形及び色を有する小粒なバレイショである」(審決書3頁30行)と認定し,本願発明と引用発明とを「両者は,多様な形及び色を有するポテトに関するものである点で一致し」(同4頁11行)と認定したのである。
しかも,引用刊行物には,「彼らは1枚の畑に200もの異なるバレイショを栽培することがある。」(甲第4号証2頁4行〜5行)と記載されており,これらの各種混ざった,あるいは自然交雑された雑種のポテトは,区分けされることなく,多様な色や形を有する雑多な集団として,収穫され利用されていると考えられる。
本願発明のミニポテトの雑種集団が,多様な形及び色を有するのは,「多様な形及び色を有する小粒」の親植物を交配して作出された,複数の雑種の「ミニポテト」が混在した集団の状態になっているからである。上記のとおり,引用発明も「多様な形及び色を有する」雑種集団であり,この点において両発明の間には何らの差異もない。そこで,審決では,本願発明と引用発明との一致点を「多様な形及び色を有するポテトに関するものである点」(審決書4頁11行)と認定したのであり,この認定に誤りはない。
3 取消事由3(相違点(イ),(ロ)(一口大のミニポテト,3種の交配)についての判断の誤り)について 原告は,引用刊行物に記載されたメイン州で販売されていたゴルフボール大のポテトの欠点を挙げて,一口大のミニポテトを開発することは,当業者にとって容易に着想し得ることではない,と主張する。
しかし,アンデス産ポテトを紹介した引用刊行物には,「これらのあまり知られてない作物にはかつてない好機を迎えている。小粒や個性的な芋の新しい市場が出現しつつある。たとえば,北アメリカでは食品産業が小型の野菜の開発に熱心であり,とくに小粒でカラフルなバレイショの需要が増加している。」(甲第4号証2頁13行〜15行)と記載されているのに引き続いて,小粒なポテトや個性的なポテトの新しい市場が出現していることの例示として,メイン州で販売されていたポテトが記載されているのである。すなわち,引用刊行物には,小粒でカラフルなポテトの需要が増加しており,このような小型野菜の開発に,アンデス産ポテトを利用することができることが示唆されているのである。引用刊行物には,「一口大のミニポテト」自体については記載されていないとはいえ,そこに記載されている小粒でカラフルなポテトの需要が増加しているという状況は,より「小粒で多様な色及び形のミニポテト」を作出することの動機付けとしては,十分なものであるということができる。
アンデス産ポテトに着目して新たなポテトを製造することは,当該技術分野においては何ら珍しいことではない。現に,アンデス産ポテトを利用して商品化されたポテトの品種は多数存在し,審決は,その具体的名称も挙げている(審決書5頁1行〜4行)。
そして,細かく切らずに丸ごと,場合によっては皮ごと煮物などに利用される小粒の「新じゃが」や「ミニトマト」等の小型野菜が既に知られていることから,小粒なものとする際の具体的な大きさは,これら小型野菜の大きさ,市場の嗜好等を勘案して適宜決め得るものであり,本願発明が「一口大」の大きさを選択した点に,格別の困難性はない。
4 取消事由4(相違点(ロ),(ハ)(3種の交配,育種栽培と選抜)についての判断の誤り)について 原告は,アンデス産の多数の種類のポテトの中から,ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスの3種類のポテトを組み合わせることに想到することの困難性を主張する。
しかし,引用刊行物に記載されている8種類のアンデス産ポテトの中から,小粒であると記載されたソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤを利用して,新たな小粒でカラフルなポテトを作出しようとすることは,当業者が容易に着想し得ることである。
原告は,本願発明においてアンデス原産栽培2倍体バレイショである3種から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成する技術的意義は重要である,と主張している。
しかし,引用刊行物には,上述のとおり,アンデスでは,種々の異なるポテトを同じ畑で栽培していることが記載されているのであるから,遺伝的変異に富む雑種集団としてポテトを栽培し,雑種集団のまま利用に供することが,格別なことであるとはいえない。
ポテトは,塊茎で繁殖させることが可能な植物である。しかし,新たな形質を持つポテトを作出する手法として,ポテトを交配させた後に選抜することは,審決で例示したように(審決書4頁33行〜5頁1行)周知慣用の手法である。
そして,本願明細書の実施例に示された,母集団の形成方法は,「合計1430個体のアンデス原産の3種類の栽培2倍種を,圃場に無作為に配置し,放任受粉によって得た種子を母集団とした。」(甲第2号証【0012】(I))というもので,三種類のポテトの間で交配を行う際に,交配親を特定をすることなく無秩序に行っており,自然交雑の状態に近く,交配方法に格別の技術的意義を認めることはできない。
したがって,審決が「刊行物1に記載された小粒なポテト,例えば「ソラヌム・ステノトーマム」,「ソラヌム・フレヤ」および「ソラヌム・ゴニオカリックス」を適宜交配し,その後,一口大の大きさのものを選抜することは,当業者が適宜なし得る設計的事項と認められる。」(審決書5頁5行〜8行)と判断した点に誤りはない。
5 取消事由5(相違点全体についての判断の誤り)について 原告は,本願発明は,ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスの3種を選定し,これを前提に,本願明細書の請求項1に記載された各工程を具備し,これらの工程を組み合わせることにより,本願発明の完成に至ったものであって,審決は,上記の各工程に関する技術的手段が周知であるという理由を示すだけで,これら手段を採用し,工程として組み合わせることの困難性を何ら考慮せずに本願発明の進歩性を否定するもので,誤りである,と主張する。
しかし,前に述べたとおり,引用刊行物には,アンデス産ポテトに注目して,小粒でカラフルなポテトを製造することが示唆され,引用刊行物に小粒であると記載されている「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」を交配親として利用して,小粒で多様な色及び形を有するポテトを作成しようとすることは,当業者が容易に着想し得ることである。そして,本願発明の請求項1に記載された各栽培条件は,品種改良により新規なポテトを作出する際に当業者が当然に採用するはずの栽培条件にすぎない。すなわち,審決において文献を挙げて示したように(審決書5頁10行〜17行),実生による栽培は,品種改良を行う際に一般的に採用される方法であり,また栄養繁殖に比べていもの小さくなることもよく知られたことであるから,より小さい粒のポテトの開発を目的として,従来の小粒のポテトを交配してその中から,目的とするポテトを選抜することは,格別困難なことではない。また,育苗箱等の容器等で根圏を制限して栽培すると,地下部の生育が抑制され,いもが小さくなることもよく知られていることであって,小粒のポテトを収穫するために根圏を制御することは,当業者が容易になし得ることである。ポテトのいもの形成適温が約17℃であることやポテトの発育時はやや短日条件がよいこと等は,審決で例示したように(5頁27〜30行),よく知られた栽培条件である。引用刊行物にも,本願発明で用いられる種ではないものの,S.Andigenaにつき,「短日条件下でよく芋を形成する」ことが記載されており(甲第4号証8頁3行〜4行),ポテトが形成されやすい温度や日長条件を調整することは,実験に基づいて適宜になし得る程度のことである。
6 取消事由6(本願発明の顕著な効果の看過)について 原告は,本願発明により,食用のポテトが具備すべき特性を有する極小サイズの完熟ミニポテトを高収量で安定して提供することが可能となったのである,本願発明によれば,色,形,そして風味が様々な一口大のサイズのミニポテト一つ一つをスナック菓子の感覚で楽しみながら食することができるのである,本願発明のこのような顕著な効果は,引用刊行物の記載及び周知技術から予測し得るものではないと主張するが,失当である。
引用刊行物に「小粒」であると記載されている「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」を適宜交配することにより,一口大で多様な色及び形を有するポテトが高収量で安定して得られることは,当業者が予測し得ることである。また,新ジャガなどの小粒のポテトを皮ごとそのまま料理に利用することも,よく知られていることであるので,一口大のミニポテトを,スナック菓子の感覚で食することも,当業者が予測し得る範囲内のことである。
原告は,本願発明によって得られるミニポテトは,根圏の制御による生育抑制がポテトの数の減少ではなく,ポテト1個の重量の顕著な減少として現れるよう改善を重ねたものである,とも主張する。しかし,本願明細書には,ポテトの数については記載されておらず,原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものである。また,仮に,一植物体当たりのポテトの数が減少したとしても,栽植密度を上げることができるのであるから,一定面積当たりの収穫量が減少するとはいえない。本願明細書の実施例においても,収穫量はポテトの数ではなく,ポテトの収量で表示しているのであり(甲第2号証【0037】【表1】),ポテト数の減少が予想されるとしても,密植が可能なのであるから,根圏を制御する栽培方法を採用することが困難であるとはいえない。
当裁判所の判断
1 国有特許に関する出願,不服審判請求及び取消訴訟の行為主体について 本件の特許出願及び拒絶査定に対する不服審判請求の各手続は,神戸大学長により,あたかも,同大学長自身が出願人であり,請求人であるかのような形でなされている。また,本件訴訟も,これと同様の形で提起され,遂行されてきた。しかしながら,本願発明につき特許を受ける権利は,国有財産であり,その帰属主体は国であるから,これにつき特許出願人となり,不服審判の請求人となり,審決取消訴訟の当事者となるべき者は,国自体以外にはあり得ない。のみならず,神戸大学長は,国の機関であって,財産権の主体にはなり得ないから,特許を受ける権利の主体になることは,およそあり得ない。これらのことは,自明のことというべきであるから,本件で神戸大学長によってなされている上記各手続は,同大学長が,国の機関としての立場においてこれらを行う権限を有することから(国有財産法2条1項5号,3条3項,6条,8条1項但書(同法施行令5条1項4号),同条2項,9条1項参照。ただし,後述のとおり,訴訟行為にはこの権限は及ばない。),国自体を主体(当事者)としてなされたものとして把握するのが相当である(この場合には,主体(当事者)としての国は,便宜,これを行う権限を有する機関を示すという形で表示されているとみることになる。)。
ただし,本件訴訟は,国を当事者とする訴訟であるから,「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」1条により,法務大臣が国を代表すべきものであり,法務大臣又は法務大臣によりその代理人とされた者以外の者は,訴訟行為をなし得ない。本件訴訟は,当初,神戸大学長の名前により,神戸大学長により選任された訴訟代理人により提起され,遂行されたものであるため,これらの訴訟行為は,すべて,代理権のない者によってなされたものということになる。しかし,後に,法務大臣により代理人が指定され,同代理人は,これまでの訴訟代理人がなしてきた訴訟行為のすべてを追認した。これにより,本件訴訟の提起も含め,これまでの訴訟代理人がなしてきた訴訟行為は,すべて,さかのぼって有効なものとなると解すべきである。
2 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について 原告は,審決の「請求項1に記載された「一口大のミニポテト」とは,本願明細書の【0036】欄における1.5センチ〜4.0センチの大きさの芋をミニポテトとする旨の記載からして,1.5センチ〜4.0センチの大きさの芋のことを意味するものと認められる。」(審決3頁下から7〜4行)との認定は誤りである,と主張する。
本願発明を特定する特許請求の範囲の請求項1の記載は,前出第2の2のとおりである。そこには,「多様な形及び色を有する一口大のミニポテトを製造する方法であって:」との記載はあるものの,この「一口大のミニポテト」の大きさをより具体的に明らかにする記載はない。その文言解釈からすれば,通常人が一口でそのすべてを口に入れることができる程度の大きさを意味するものと解することは可能である。しかし,同じく通常人といっても,男性と女性,あるいはその年齢層のみならず,各人の顔の造作等によって,その口の大きさやその開き具合は多様であることが明らかであるから,上記のような解釈からは,「一口大のミニポテト」の大きさを明確に理解することは困難である。
そこで,本願発明の発明の詳細な説明を見てみる。
甲第2及び第3号証によれば,「発明の詳細な説明」には,「一口大のミニポテト」を明確に定義した記載はないものの,次の記載があることが認められる。
「【0001】 本発明はミニポテト,即ち皮ごと一口で食べられるミニトマト大のバレイショ・・・ 【0036】 ・・・上記栽培試験において,試験区(24 育苗箱)当たりのイモの大きさ別収量(kg)は下記の通りであった。なお,イモの大きさに基づく分類は,1.5p角の篩と4.0p角の篩とを用い,下記のようにして行った。即ち,1.5pの篩を通り抜けるものを極小イモ,4.0pの篩の上に残るものを極大イモとし,4.0pの篩を通り抜けるが1.5pの篩上に残るものをミニポテトとした。
【0037】 【表1】(省略) 【0038】上記の結果から明らかなように,今回の栽培におけるミニポテトの収量は,何れも略80%以上であった。特に,密植区において,ミニポテトの高い生産量が得られた。
【0039】 【発明の効果】以上詳述したように,本発明によれば,皮ごと一口で食べられるミニポテトを栽培することができ,スナック菓子およびビールのつまみとして有用な食材を提供することができる。」 本願明細書の発明の詳細な説明では,上記のように,「ミニポテト」を「皮ごと一口大で食べられるミニトマト大のバレイショ」と説明した上で,4.0p角の篩を通り抜け,1.5p角の篩上に残るものをミニポテトと,1.5pの篩を通り抜けるものを極小イモ,4.0pの篩の上に残るものを極大イモと定義している。本願明細書の上記記載状況からすれば,本願明細書においては,ミニポテトの中に,一口大のものと,そうでないものとの二種類のものがあるということはできず,段落【0036で】で定義された大きさのミニポテトと,皮ごと一口で食べられるミニポテトすなわち「一口大のミニポテト」と同じ対象を意味するものとして,使用されているものと認められ,そうである以上,本願明細書においては,本願発明の「一口大のミニポテト」とは,4.0p角の篩を通り抜け,1.5p角の篩上に残るもののことであると認めるのが合理的である。
原告は,本願明細書の段落【0005】の「ミニトマト大のバレイショ」との記載,並びに,段落【0036】及び【0037】の記載と,ミニポテトの粒径分布が正規分布であることからすれば,本願発明に係る「一口大のミニポテト」とは,2pないし3p程度の直径のものである,と主張する。しかし,「ミニトマト」は,「トマトの栽培品種。果実は直径二〜三センチメートルの球形で赤く熟す。」(大辞林2332頁)ものであるから,2pないし3p程度のものが多いとしても,「ミニトマト大のバレイショ」とは,「一口大のミニポテト」と同じことをいっているにすぎない。また,原告の主張のとおり,本願明細書の段落【0037】の表1のミニポテト粒径分布が正規分布であり,粒径2pないし3p程度の粒径のミニポテトが多いとしても,それは,収穫されたポテトとして,2pないし3p程度の直径のものが多く収穫されることを意味するにすぎず,本願発明の「一口大のミニポテト」につき,その大きさが2pないし3p程度の直径のものに限定されることにはならないことは当然である。そもそも,発明の目的とするポテトの大きさが2pないし3p程度のものであるならば,通常ならば,4.0p角の篩を通り抜け,1.5p角の篩上に残るものをミニポテトと定義してその収量を量ったりしないで,端的に3p角の篩を通り抜け,1.5p角の篩上に残るものをミニポテトと定義することとなるであろう。本願発明において別に考えるべきことを根拠づける資料は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。原告の上記主張は,採用することができない。
3 取消事由2(相違点の看過)について 原告は,審決が,本願発明と引用発明とにつき,「両者は,多様な形及び色を有するポテトに関するものである点で一致し」(審決書4頁11行)と認定しただけで,本願発明によって得られるミニポテトが雑種集団であるのに対し,引用発明におけるポテト(バレイショ)は同一品種内においては遺伝的均一性を有する,という点を認定していないのは,相違点の看過である,と主張する。
しかし,甲第4号証によれば,引用刊行物には,アンデス産ポテトの全般に関して,「アンデスのバレイショ(各種のSolanum種)の大部分は他の地域の人々が普通に扱っているものとは全く異なっている。これらの芋は,しばしばあざやかな黄色や濃い紫色など多種な色の皮と肉をもっている。いくつかは驚くべき形-細長いもの,偏平なもの,しわだらけのもの-をしており,多くは豊かな風味と高い栄養価がある。」(同2頁4行〜7行)との記載があり,ソラヌム・ステノトーマムについては,「細長く,でこぼこした円筒形で,赤,黒,白色を呈しており,小粒で目が深く,いくつかはらせん形をしている」(同4頁4行〜5行)との記載があり,ソラヌム・ゴニオカリックスについても,「多くの品種は白花で黄色の芋(皮,肉とも)」(同4頁15行)との記載があり,ソラヌム・フレヤについても,「小粒で形は不規則である」(同4頁20行),「少なくとも500もの名前のついた品種が知られており,・・・多彩な色(しばしば紫色)で,らせん状にねじれた形をしている。」(同4頁28行〜29行)との記載があることが認められる。
引用刊行物のこれらの記載からすれば,同刊行物に記載された「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」は,それぞれが遺伝的に確立された一つの品種を意味するのではなく,多数のいろいろな品種が集まった分類学上の総名称のことであることを,容易に理解することができる。
甲第4号証によれば,引用刊行物には,「今でも彼らは1枚の畑に200もの異なるバレイショを栽培することがある。」(同2頁4行〜5行)と記載されていることが認められ,この記載からすれば,アンデス山脈の山中の畑においては,さまざまな品種のバレイショが自然に交雑され,特定の品種ごとに区分けされることなく,多様な色や形を有する雑多な集団として,育成され収穫されているものと認められる。
審決では,引用刊行物に記載された「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」は,それぞれ一つの品種を意味するのではなく,種々の色や形を有する多数の品種の総称であり,かつ,これらが同一の畑で雑多な集団として一緒に栽培され,収穫されることも珍しくないことから,「多様な形及び色を有する小粒なバレイショである」(審決書3頁30行)と認定したものと理解することができる。また,本願発明の「ミニポテトの雑種集団」が,多様な形及び色を有するのは,「多様な形及び色を有する小粒」の親植物を交配して作出された,複数の雑種のミニポテトを混在した集団の状態にしているからである。そうすると,両者は,いずれも,上記の意味で多様な形及び色を有するポテトであるということができ,両者の間に原告主張のような相違は存在しない。審決が,本願発明と引用発明とを「両者は,多様な形及び色を有するポテトに関するものである点で一致し」(審決書4頁11行)と認定しただけで,原告主張の相違点を認定しなかったことに誤りはない。原告の上記主張は採用することができない。
4 取消事由3(相違点(イ),(ロ)(一口大のミニポテト,3種の交配)についての判断の誤り)について 審決は,相違点(イ),(ロ)について,「小粒なアンデス産ポテトを親とした小型野菜の開発は,当業者が容易に着想し得ることである。」(審決書4頁31行〜32行)と判断した。
甲第4号証によれば,引用刊行物には次の記載があることが認められる。
「バレイショがアンデスの山中で,栽培されてきた8,000年もの間,現地の農民はそれぞれの地域のニーズや好みに合いさらに4,000kmにおよぶアンデス山脈のさまざまな環境に適したタイプを選抜・育成してきた。この長い育種作業が何千もの変異を生み出したのである。今でも彼らは1枚の畑に200もの異なるバレイショを栽培することがある。アンデスのバレイショ(各種のSolunum種)の大部分は他の地域の人々が普通に扱っているものとは全く異なっている。これらの芋はしばしばあざやかな黄色や濃い紫色など多様な色の皮と肉をもっている。いくつかは驚くべき形-細長いもの,偏平なもの,しわだらけのもの-をしており,多くは豊かな風味と高い栄養価がある。・・・これらのあまり知られてない作物にはかつてない好機を迎えている。小粒や個性的な芋の新しい市場が出現しつつある。
たとえば,北アメリカでは食品産業が小型の野菜の開発に熱心であり,とくに小粒でカラフルなバレイショの需要が増加している。1986年にはメイン州でゴルフボールからビリヤードボールまでのサイズの芋が,4,000tも売られている。・・・アンデスで進行している農薬開発に伴って近代的な品種が普及し,小粒芋の大半が消えつつあり,そのうちのいくつかは絶滅の危機にあり,これらのバレイショの早急な収集や有効利用が重要である。しかしこれらのアンデスのバレイショを収集し世界に広げるという関心はほとんどない。これらのバレイショの多くは高地の斜面にだけ生育しており,栽培はそのような環境に限られている。そのため普通のバレイショと同じ環境では,生育・収集が悪く芋も小さい。・・・このような環境的な制限はあるが,支配育種・組織栽培や現在の改良された病害検定技術によって農業的に成功する可能性がある。」(同2頁2行〜29行) これらの記載によると,引用刊行物には,アンデスの何千もの種類のポテトを全体としてみると,多様な色の皮と肉,多様な形,豊かな風味と高い栄養価があること,小粒で個性的なポテトは,市場価値があり,北アメリカでは,食品産業が小型の野菜の開発に熱心であり,既に,その開発が進められていること,及び,アンデスの小粒で個性的なポテトの育種により農業的に成功する可能性があることが記載されているものと認められ,そこには,アンデスの小粒で個性的なポテトを利用して,小型なポテトを開発することが明確に記載されている,ということができる。
新たな種の開発技術として,現存する種を親として用いること,その際に,開発の目的とする形質を有する現存の種を用いることが技術常識であることは,当裁判所に顕著である。そうだとすれば,親として小粒のアンデス産のポテトを採用し,小型のポテトの開発を行おうとすることは,当業者が容易に着想し得ることであることは,論ずるまでもないところである。これと同旨の判断をした審決に誤りはない。
原告は,メイン州で販売されたポテトの中に含まれているゴルフボール大のポテトは,生育が悪く未熟なものであり,不規則な形で目が深いという欠点を有するもので,「小粒」なポテトを更に極小サイズのポテトとすることは,このような欠点をより増幅させることが予想されるのであるから,2pないし3p程度の直径を有する「一口大のミニポテト」を開発することは,当業者にとって容易に着想し得ることではない,と主張する。しかし,本願発明に係る「一口大のミニポテト」については,上記説示のとおり,その大きさが2pないし3p程度の直径のものと限定して解すべき理由がないことは,前記のとおりである。また,引用刊行物に記載されているのは,「北アメリカでは食品産業が小型の野菜の開発に熱心であり,とくに小粒でカラフルなバレイショの需要が増加している。」ことであり,メイン州で販売されていたゴルフボールからビリヤードボールまでのサイズのポテトは,その一例にすぎないのであるから,仮に,メイン州のゴルフボール大のポテトに,原告が主張する問題があったとしても(その証拠はない。),引用刊行物の「小粒でカラフルなバレイショ」の需要が増加しているとの記載は,ミニトマトが既に市場に存在していたことも考えると,小型のポテトとして,「ゴルフボールからビリヤードボールのサイズのポテト」から,さらに小さな一口大のミニポテトの生産を着想することの動機付けとして十分であると認められる。原告の上記主張は採用することができない。
5 取消事由4(相違点(ロ),(ハ)(3種の交配,育種栽培と選抜)についての判断の誤り)について 審決は,相違点(ロ),(ハ)について,「その際,ポテトを作出する手法として,ポテトを交配させた後に選抜する方法は周知慣用の手法(・・・)であることから,刊行物1に記載された小粒なポテト,例えば「ソラヌム・ステノトーマム」,「ソラヌム・フレヤ」および「ソラヌム・ゴニオカリックス」を適宜交配し,その後,一口大の大きさのものを選抜することは,当業者が適宜なし得る設計的事項と認められる。」(審決書4頁33行〜5頁8行)と判断した。
(1) 原告は,審決の上記判断は,本願発明の発明者が,「一口大のミニポテト」を育成するために鋭意研究した結果,ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスの3種類のポテトを組み合わせることに想到し得たことの困難性を認識していない,と主張する。
甲第4号証によると,引用刊行物には,次の記載があると認められる(下線付加)。
「 アンデスの種 アンデスのバレイショのほとんどは,他の地域で栽培されている普通栽培種とは全くの別種である。しかし1種は栽培種の祖先である。この1種と他の7種は次の通りである 1 Pitiguina 在来バレイショの原型といわれている。この種(Solanum stenotomum5)の芋は細長く,でこぼこした円筒形で,赤,黒,白色を呈しており,小粒で目が深く,いくつかはらせん形をしている。・・・ 2 Limena アンデスで1imenaやpapa amarilla(黄肉ジャガイモ)として知られているこの種(S.goniocalyx)は,独特の風味のある濃黄肉色の芋をつける。それらはフライにしたり,ペルーのリマの通りでは料専理用として売られている。多くの品種は白花で黄色の芋(皮,肉とも)で,アンデスの多くの国々で昼食の重要な材料であり,またペルーの伝統的料理である風味豊かな黄色スープのべースになっている。この種は2倍体 でpitiquina に近く,変種か亜種といわれている。
この種は非常に美味しいので,アンデスの温帯地域において広く栽培されているが,アンデス以外での栽培はない。種子はつける。
3 Phureja この種(S.phureja )は小粒 で形は不規則ではあるが,味は良好である。・・・この種は2倍体 で・・・ほとんどは目が深く,多彩な色(しばしば紫色)で,らせん状にねじれた形をしている。・・ 4 Andigena ・・・アンデスのバレイショの中で最も大きい芋であり・・・この種は4倍体で稔性があり・・・。
5 Chaucha この種は2つの栽培種であるpitiquinaとandigena・・・との雑種である。・・・不稔性の3倍体 で・・・この 芋は多くの 在来 バレイショ より大きい 傾向 があり ・・・。
6 Ajanhuiri ・・・分類学者や植物育成家には約50年前から知られているが,育種にはまだ広く利用されてはいない。・・・。
7 Rucki ・・・S x juzepczukiiは3倍体 で稔性がなく,S x curtilobumは5倍体 で稔性がある。
8 Solanum hygothermicum・・・この種は非常に数が少なく,絶滅の危機に瀕しており,現在コレクションに入っていない。・・・(4頁1行〜7頁11行)」 アンデス産の上記の各種ポテトの中から,ミニポテトを得るためには,2倍体の小型ポテトであること(3倍体,4倍体,5倍体の相対的にみて大型のポテトは避けること),及び,絶滅の危機にあるような育種に利用しにくいものは避けることは,通常の選択の基準として考えられるところである。上記の記載によると,アンデスのポテトの種類として8種が列挙されている中で,小型の2倍体のポテトで入手が困難でないものは,本願発明で採用された1 Pitiguina(Solanum stenotomum)(ソラヌム・ステノトーマム),2 Limena(S.goniocalyx)(ソラヌム・ゴニオカリックス),3 Phureja(S.phureja)(ソラヌム・フレヤ)の3種類である。すなわち,4 Andigena,5 Chaucha,7 Ruckiは,いずれも3倍体ないし5倍体で大きいものであり,また,6 Ajanhuiriは,育種にはまだ広く利用されていないものであり,8 Solanum hygothermicumは,絶滅の危機に瀕しており,その入手が困難なものである。したがって,アンデス産のポテトから,小粒のポテトを得ようとすれば,本願発明の3種類のポテトを選択することは,容易に想到し得る選択であるということができ,この点が困難であるとの原告の主張は,採用することができない。
(2) 原告は,本願発明においてアンデス原産栽培2倍体バレイショである3種から,混合受粉による交配を行って遺伝的変異に富む雑種集団を形成したのは,「多様な形及び色を有する一口大のミニポテト」を作出するためであり,その中での前記工程が有する技術的意義は,4倍体のバレイショに比べてサイズが小さい2倍体バレイショを親株として交配を施すことにより,極小サイズのポテトを産する個体を含む可能性がある遺伝的に多様な雑種集団を作り出すためのものである,と主張する。
しかし,引用刊行物には,上で述べたように,アンデスでは,種々の異なるポテトを同じ畑で栽培していることが記載されており,アンデスのポテトについて,遺伝的変異に富む雑種集団として栽培し,雑種集団のまま利用に供することが,格別なことであるとはいえない。そして,本願明細書の実施例に示された,母集団の形成方法も,「合計1430個体のアンデス原産の3種類の栽培2倍種を,圃場に無作為に配置し,放任受粉によって得た種子を母集団とした。」(甲第2号証【0012】)というものであり,三種類のポテトの間で交配を行う際に,交配親を特定をすることなく無秩序に行っており,自然交雑の状態に近く,その交配方法に格別は技術的意義を認めることはできない。また,新たな形質を持つポテトを作出する手法として,ポテトを交配させた後に選抜することは周知慣用の技術である(甲第6号証)。
したがって,審決が,「刊行物1に記載された小粒なポテト,例えば「ソラヌム・ステノトーマム」,「ソラヌム・フレヤ」および「ソラヌム・ゴニオカリックス」を適宜交配し,その後,一口大の大きさのものを選抜することは,当業者が適宜なし得る設計的事項と認められる。」(審決書5頁5行〜8行)と判断した点に誤りはない。
6 取消事由5(相違点全体についての判断の誤り)について 原告は,本願発明は,ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・フレヤ及びソラヌム・ゴニオカリックスの3種を選定し,これを前提に,本願明細書の請求項1に記載された各工程を具備し,これらの工程を組み合わせることにより,本願発明の完成に至ったものであって,審決は,上記の各工程に関する技術的手段が周知であるという理由を示すだけで,これら手段を採用し,工程として組み合わせることの困難性を何ら考慮せずに本願発明の進歩性を否定するもので,誤りである,と主張する。
しかし,引用刊行物には,上記認定のとおり,アンデス産ポテトに注目して,小粒でカラフルなポテトを製造することが記載されているのであり,また,引用刊行物は,上記認定のとおり,アンデス産のポテトから,小粒なミニポテトを育成しようとすれば,容易に選択される小粒のポテトである「ソラヌム・ステノトーマム(Pitiguina),ソラヌム・ゴニオカリックス(Limena)及びソラヌム・フレヤ(Phureja)」の3種が記載されているのであるから,これらを交配親として利用して,小粒で多様な色及び形を有するポテトを作成しようとすることは,当業者が引用発明から容易に想到し得ることである。本願明細書の請求項1に記載された各栽培条件は,上記3種のポテトを交配して「一口大のミニポテト」を育成しようとすれば,当業者が当然に採用するはずのよく知られた栽培技術であるにすぎない。
再構成後に実生による栽培をすることは,品種改良を行う際に一般的に採用される方法であり,また,栄養繁殖に比べてイモの小さくなることもよく知られたことであるし(甲第7ないし第10号証),育苗箱等の容器等で根圏を制限して栽培すると,地下部の生育が抑制され,いもが小さくなることもよく知られていることであって(甲第11ないし第17号証),小粒のポテトを収穫するために根圏を制御することは,当業者が容易になし得ることである。ポテトの形成適温が約17℃であることやポテトの発育時はやや短日条件がよいこと等も,よく知られた栽培条件である(甲第18号証)。
上述したところによれば,本願発明のこれらの各工程を組み合わせることが当業者にとって容易であることは,明らかである。審決の判断に,原告主張の誤りはない。
7 取消事由6(本願発明の顕著な効果の看過)について 審決は,「本願発明の効果についても,刊行物1の記載及び周知技術から予測し得るものと認められる。」(審決書5頁31行〜32行)と判断した。
原告は,本願発明により,食用のポテトが具備すべき特性を有する極小サイズの完熟ミニポテトを高収量で安定して提供することが可能となったのである,本願発明によれば,色,形,そして風味が様々な一口大のサイズのミニポテト一つ一つをスナック菓子の感覚で楽しみながら食することができるのである,本願発明のこのような顕著な効果は,引用刊行物の記載及び周知技術から予測し得るものではない,と主張する。
しかし,上記認定の引用刊行物の記載からすれば,アンデス産のポテトは,多様な色及び形を有するものであり,この中から2倍体で小粒であると説明されている「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」の3種を選択して,適宜交配し,これに品種改良として通常採用される,育種栽培,選抜,再構成,実生栽培等の工程と,小粒のポテトを得るために根圏を制御するなどのよく知られた栽培条件を採用することにより,一口大で多様な色及び形を有するポテトが高収量で安定して得られることが,当業者が容易に予測し得ない,予想外の効果であるということはできない。また,新ジャガなどの小粒のポテトを皮ごとそのまま料理に利用することも,よく知られていることであるので,一口大のミニポテトを,皮ごと料理に利用できることも,当業者が予測し得る範囲内の効果であるにすぎない。
原告は,本願発明によって得られるミニポテトは,根圏の制御による生育抑制がポテトの数の減少ではなく,ポテト1個の重量の顕著な減少として現れるよう改善を重ねたものである,と主張する。しかし,本願発明においては,多様な色及び形を有するアンデス産のポテトの中から2倍体で小粒であるとされている「ソラヌム・ステノトーマム,ソラヌム・ゴニオカリックス及びソラヌム・フレヤ」を選択して,適宜交配し,その後,本願明細書の前記請求項1記載の方法により,「一口大のミニポテト」を得ることができたものであり,根圏の制御は,その中の一つの要素にすぎず,これのみによってポテト1個の重量の減少が得られたものではないのであるから,原告の上記主張はその前提において誤っており,理由がない。
8 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久