運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議2001-70027
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  援用権(援用) /  優先日 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (行ケ) 454号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社デンソー
訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦
同 加藤大登
同 伊藤高順
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 沼澤幸雄
同 野田直人
同 高木進
同 涌井幸一
同 高橋泰史
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/04/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2001−70027号事件について平成14年7月23日にした決定中「特許第3060539号の請求項1ないし13に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「セラミックハニカム構造体およびその製造方法」とする特許第3060539号の特許(平成9年8月7日特許出願(優先日平成8年8月7日 日本),平成12年4月28日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし17につき,特許異議の申立てがあり,その申立ては,異議2001-70027号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,平成13年6月25日,本件特許の出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,審理の結果,平成14年7月23日,「訂正を認める。特許第3060539号の請求項1ないし13に係る特許を取り消す。同請求項14ないし17に係る特許を維持する。」との決定をし,同年8月9日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。これにより特定される発明を,以下「本件発明」といい,【請求項1】ないし【請求項13】記載の発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明13」という。) 「【請求項1】互いに隣接する断面多角形の流路を形成する隔壁と,該隔壁の最外周に設けられ該隔壁を一体に保持する周壁とからなるセラミックハニカム構造体であり, 前記隔壁の平均厚さTが0.05mm〜0.13mmであり, 前記周壁の平均厚さが前記隔壁の平均厚さT(mm)よりも大であり, 前記隔壁の平均厚さTと前記隔壁の周壁との平均接触幅w(mm)との関係が, w>T かつ 0.7≧w≧-(T/4)+0.18の関係を満たすことを特徴とするセラミックハニカム構造体。
【請求頂2】前記隔壁と前記周壁との接合部において,前記隔壁にはアール部が形成されることを特徴とする請求項1記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項3】前記アール部の平均半径が0.06〜0.30mmであることを特徴とする請求項2記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項4】前記ハニカム構造体の気孔率は,30%以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項5】前記周壁から前記セラミックハニカム構造体の中心までの距離の1.2%〜15%だけ,前記周壁より,前記セラミックハニカム構造体の中心方向に伸びる領域において,平均厚さが0.1〜0.3mmであり,互いに隣接する断面多角形の流路を形成する隔壁補強部を有することを特徴とする請求項1記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項6】前記隔壁と前記隔壁補強部との境界領域には,テーパ部が形成されていることを特徴とする請求項5記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項7】前記テーパ部は,1つの流路幅の長さであることを特徴とする請求項6記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項8】前記テーパ部は,複数の流路幅の長さであることを特徴とする請求項6記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項9】前記周壁と前記隔壁補強部との間には,アール部が形成されていることを特徴とする請求項5記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項10】前記アール部の平均半径が0.06〜0.30mmであることを特徴とする請求項9記載のセラミック構造体。
【請求項11】前記ハニカム構造体の気孔率は,30%以上であることを特徴とする請求項5乃至10のいずれか1項記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項12】前記セラミック構造体の周壁の厚さが1.1mm以下であることを特徴とする請求項1乃至11のいずれか1項記載のセラミックハニカム構造体。
【請求項13】前記セラミックハニカム構造体は,流路方向に対して直角方向の断面形状が略円形形状をなし,前記隔壁補強部の前記周壁からの領域幅が全周にわたって,略均一であることを特徴とする請求項1乃至12のいずれか1項記載のセラミックハニカム構造体。」 (【請求項14】ないし【請求項17】の記載は省略する。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,本件発明1及び本件発明4は,本件特許出願前に頒布された刊行物である「SAE TECHNICAL PAPER SERIES 960557」Feb.26-29,1996年,147頁ないし156頁(甲第4号証,乙第1号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同一である,本件発明2及び3は引用発明1と同一であるか,あるいは,引用発明1から容易に発明をすることができたものである,本件発明5ないし8は,引用発明1と審決書11頁に記載された引用例4,引用例5から,本件発明9ないし12は,引用発明1と審決書10頁,11頁に記載された引用例2ないし引用例5から容易に発明をすることができたものであり,本件発明13は,引用発明1と審決書10頁,11頁に記載された引用例2ないし引用例6から,それぞれ容易に発明をすることができたものである,と認定判断するものである。
決定が,上記認定判断において,引用発明1として認定したところ,及び,本件発明1と引用発明1との一致点として認定したところは,次のとおりである(前記のとおり,本件発明2ないし本件発明13は,いずれも,本件発明1をその内容に包含するものである。このことから,決定は,本件発明1と引用発明1との一致点の認定を,本件発明2ないし本件発明13と引用発明1との一致点として援用して認定している。)。
引用発明1の認定 「互いに隣接する断面多角形の流路を形成する隔壁と,該隔壁の最外周に設けられ該隔壁を一体に保持する周壁とからなるセラミックハニカム構造体であり,前記隔壁の厚さが0.10mmであり,周壁の平均厚さが0.15mm,平均接触幅が0.30mmであるセラミックハニカム構造体」 一致点 「両者は,共に「互いに隣接する断面多角形の流路を形成する隔壁と,該隔壁の最外周に設けられた該隔壁を一体に保持する周壁とからなるセラミックハニカム構造体」というものである点で一致する。また引用例1発明の隔壁の厚さは「0.10mm」であるから,本件発明1の「平均厚さTが0.05mmから0.13mm」という範囲内のものである。周壁の厚さと隔壁の厚さとの関係についても,引用例1発明は,その周壁の平均厚さが0.15mmであり,隔壁の厚さ0.10mmより大であるから,本件発明1の「前記周壁の平均厚さが前記隔壁の平均厚さT(mm)よりも大であり」という構成を満足するものであり,隔壁の厚さと接触幅との関係についても,引用例1発明は,その平均接触幅が0.30mmであり,隔壁の厚さ0.10mmより大であるから,本件発明1の「前記隔壁の平均厚さTと前記隔壁の周壁との平均接触幅w(mm)との関係が,w>T」という構成を満足するものである。さらに,本件発明1の「0.7≧w≧-(T/4)+0.18」の関係についても,引用例1発明は,「0.7≧0.30≧-(0.10/4)+0.18」のとおり,満足するものである」
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,引用発明1の認定を誤った結果,本件発明1ないし本件発明13と引用発明1との相違点としなければならないものを一致点と認定して相違点を看過したものであり,この誤りが,請求項1ないし13についての決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,決定中上記各請求項に係る部分は,違法として取り消されるべきである。
決定は,刊行物1の「図10には,4milのセラミックハニカム構造体の工程変更前と工程変更後の周縁部の「セル写真」が開示」(決定書10頁18行〜19行)されていると認定した上で,「図10のセル写真の拡大図(参考図1)によれば,この「4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体」の周壁の平均厚さが0.15mm,平均接触幅が0.30mm,隔壁と周壁のアール部の平均半径が0.13mmであると認められる。」(決定書12頁1行〜4行)と認定判断している(判決注・「cpi2又はcpsi」は,「cells per square inch」(1平方インチ当たりのセル数)であり,「mil」は,1ミリインチで,25.4ミリの1000分の1である。)。このように,決定では,刊行物1の図10に,本件発明の構成を満足する数値が開示されているとして,そこに開示されている発明(引用発明1)を認定し,これを前提として,本件発明1が引用発明1と同一である,と判断し,本件発明2ないし本件発明13についても,同様に,引用発明1についての上記認定を前提として,それぞれの発明としての新規性あるいは進歩性を判断しているものである。しかし,決定における引用発明1の上記認定は誤りであるから,決定の上記判断も誤りである。
1 刊行物1は,確かに4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体についての発明を開示するものではある。しかし,刊行物1は,触媒担体としての性能評価を示す論文であり,性能評価との関係で,外から加わる力に対する機械的強度に関する記載も見受けられるものの,ハニカム構造体の欠けを防止するとの本件発明のもののような技術思想は全く開示されていない。
刊行物1には,本件発明にみられる,ハニカム構造体の欠けを防止するとの技術思想,すなわち,隔壁及び周壁に対して内側から外側に向けてかかる力が生じた場合に形成されたミクロ的な欠けが大きな縁欠けを誘因してしまうとの技術思想についての記載は全くない。決定は,刊行物1の図10に記載されたものに,本件発明の構成に含まれる数値が開示されているとして,これを本件発明1と対比すべき引用発明(引用発明1)として認定している。しかし,仮に,刊行物1の図10に,本件発明の構成に含まれる数値が開示されているとしても,それは,たまたま数値が一致しただけのことであり,そこには,本件発明と同一のものの開示はないというべきである。
2 刊行物1の図10に示されたセラミックハニカム構造体においては,本件発明の構成に含まれる数値は開示されていない。
刊行物1における図10の説明は,「図10は,周縁でセル変形の有る構造体と無い構造体の写真を示したものである。」(甲第4号証訳文第3段落)との記載があるのみであり,図10が4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体を示したものである,との記載はない。それどころか,刊行物1の図10が,4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体のセル写真ではないことは,次に述べるところから明らかである。
別紙参考図は,刊行物1の図10の拡大図から隔壁厚さTとセルピッチ(セルの幅)Pとを測定し,隔壁厚さTとセルピッチPとの比を示したものである(隔壁厚さT及びセルピッチPはそれぞれ刊行物1の図6に定義されている方法で測定している。)。この別紙参考図から明らかなとおり,(隔壁厚さT):(セルピッチP)=1:5であり,セルピッチPは隔壁厚さTの5倍となっている。
そうすると,図10に示されたセラミックハニカム構造体の隔壁厚さが0.1mmであるならば,セルピッチはその5倍の0.5mmということになる。しかし,刊行物1の表2には,4mil/400cpi2のセルピッチは1.27mmと記載されている。0.5mmと1.27mmとは2.5倍以上の差があり,写真からの読み取り誤差とすることは到底できない。図10のセルピッチと刊行物1の表2の4mil/400cpi2のセルピッチとは全然一致していないのである。このことは,図10に示されたセラミックハニカム構造体は,4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体ではないということにほかならない。
3 刊行物1の図10は,上記のとおり,4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体を示したものとは認められないから,図10のセラミックハニカム構造体の隔壁厚さが0.10mmであると特定することはできない。このため,隔壁厚さが0.10mmであるとの仮定の下に測定された,周壁の平均厚さ,平均接触幅,隔壁と周壁のアール部の平均半径はすべて根拠を持たない仮想の数値ということになる。すなわち,決定が認定した,周壁の平均厚さ0.15mm,平均接触幅0.30mm,隔壁と周壁のアール部の平均半径0.13mmという具体的な数値は,刊行物1には全く記載されていないのである。
「図10のセル写真の拡大図(参考図1)によれば,この「4mil/400cpi2のセラミックハニカム構造体」の周壁の平均厚さが0.15mm,平均接触幅が0.30mm,隔壁と周壁のアール部の平均半径が0.13mmであると認められる。」とした決定の認定は,誤りであることが明らかである。
被告の反論の要点
刊行物1の図10のセラミックハニカム構造体は,その隔壁厚さが0.1mmであることは,次に述べるとおり,明らかである。
1(1) 刊行物1には,「0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体の生産に成功した。」,「このペーパーは,0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体を使用した触媒体の機械的強度,圧損,速熱性,触媒転換効率,信頼性及び耐久性について報告する。」(乙第1号証訳文3.)と記載されており,刊行物1自体が,0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体を使った触媒体に関する報告書であると明記されているのであるから,刊行物1の図10が,0.10mm(4mil)隔壁厚さのセラミックハニカム構造体の写真であることは当然のことである。
(2) 刊行物1の図9の右側の「28%Porosity」(甲第4号証151頁)の写真は,その写真中に示されたスケール(目盛り)から明らかなように,隔壁厚さが,0.10mm(4mil)である構造体に関するものである。
刊行物1の図10については,確かに,刊行物1の本文中には,「図10は,周縁でセル変形の有る構造体と無い構造体の写真を示したものである。」(甲第4号証訳文第3段落)と記載されているだけである。しかし,図10の左側の写真の説明には「Before The Process Change(工程変更前)」(甲第4号証152頁)と,また右側の写真の説明には「After The Process Change(工程変更後)」(同頁)とそれぞれ記載されており,また,機械的強度の改善状態を示す図11の説明にも,同様に「Before the process change(工程変更前)」(同頁)及び「After the process change(工程変更後)」(同頁)とそれぞれ記載されている。刊行物1の「The Process Change(工程変更)」とは,刊行物1における「材料と成形方法の改善を通して機械的な強度を改善することにより0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体の生産に成功した。」(乙第1号証訳文3.)という記載の「成形方法の改善」や,「周縁部のセル変形を効果的に防ぐ成形工程を確立した。」(甲第4号証訳文第4段落)という記載の「成形工程」を指していることは明らかであるから,図9ないし図11は,いずれもこれらの「成形方法の改善」という事実を報告しているものであることが明らかである。
具体的には,図9は,成形方法の改善である「工程変更」によって隔壁厚さが,0.10mm(4mil)である構造体を実際に生産することができた事実を,図10は,この「工程変更」の前後によって0.10mm(4mil)の隔壁厚さの構造体の周縁部にセル変形が発生するかしないかの事実を,そして,図11は,この「工程変更」によって生産することができた「0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体」が隔壁厚さ0.15mm(6mil)の構造体と同等のアイソスタティック強度を有する事実を,それぞれ報告しているのである。
したがって,刊行物1の図10は,正しく0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体を使用した触媒体に関するものであることが明らかである。
(3) 刊行物1において,図10は,「セル変形」の発生状態を示す唯一の図である。そして,この図10における左右の写真は,「工程変更」の前後の周縁部のセル変形の発生の有無の状態を対比して示すためのものであるから,左右の写真のハニカム構造体は,その成形工程が工程変更前のものであるか工程変更後のものであるかの違いはあるものの,その隔壁厚さには違いがないはずである。刊行物1の報告書の内容は,通常の0.15mm(6mil)/400cpsi構造体に匹敵するだけの機械的強度を持つ薄壁の0.10mm(4mil)/400cpsi構造体の生産を目的とするものであるから,図10の左側の写真のように,工程変更前の通常の成形工程でセル変形が発生するのは,6milの隔壁厚さより更に隔壁を薄くした構造体の場合,すなわち4milの隔壁厚さの構造体の場合しかあり得ない(6milの隔壁厚さの構造体は,「通常の構造体」として,従前の成形工程で既に生産され,汎用されているものであるから,「工程変更」前の通常の工程でも,図10の写真のようなセル変形は発生するはずがない。)。
図10の右側の写真も,刊行物1の報告書の趣旨やさらには左右の写真を対比している趣旨からみて,「0.10mm(4mil)」の隔壁厚さの構造体であることが明らかである。
(4) 刊行物1の「セル変形の防止は,開発上最も困難なものであった。周縁部のセル変形を効果的に防ぐ成形工程を確立した。」(甲第4号証訳文第3,第4段落)という記載によれば,通常の0.15mm(6mil)/400cpsi構造体に匹敵するだけの機械的強度を持つ薄壁の0.10mm(4mil)/400cpsi構造体を生産する上で最も困難な問題は,「セル変形の防止」であるということである。そうだとすると,その最も困難な問題を解決した手段である上記「工程変更」を採用した結果を示す図10の右側の写真が,隔壁の厚さを「0.10mm(4mil)」とする構造体の写真でないなどということは,およそあり得ないことというべきである。
刊行物1には,セラミック製の隔壁厚さの数値例として「4mil」と「6mil」しか記載されていない。「6mil」の構造体は,上述したとおり,通常の構造体として既に生産され汎用されているものであるから,この6milの構造体を生産するためにわざわざ成形工程を改善する必要はなく,これについて,図10の説明において,「工程変更(the process change)」という用語を用いることも,工程変更の前後の写真を対比する必要もない。図10が「6mil」の構造体の写真であるとすれば,図10は,刊行物1の報告書の記載と矛盾し全く意味をなさないことが明らかである。
(5) 以上のとおり,刊行物1に記載されている内容は,一貫して「4mil」の構造体に関するものであるから,図10の右側の写真は,そのセル数はともかくも,その隔壁の厚さを「0.10mm(4mil)」とする構造体を示すものというべきである。
2 図10において,隔壁厚さTとセルピッチPがT:P=1:5でありセルピッチが約0.5mmであることは,図10のセラミックハニカム構造体の隔壁厚さが4milである場合に,そのセル数が400cpi2でなく,「4mil/900cpi2 」かそれ以上のセル数を有するセラミックハニカム構造体であることを推測させるだけであり,図10のセラミックハニカム構造体の隔壁厚さが「4mil」である事実まで否定する根拠となるものではない。
当裁判所の判断
1 刊行物1は,「薄壁(4mil/400cpsi)な構造体を使用した自動車用触媒体の開発」(乙第1号証訳文の1.)と題された文献であり,同刊行物の次の記載から明らかなように,0.10mm(4mil)の隔壁厚さのセラミックハニカム構造体において,周縁部のセル変形を効果的に防ぐ成形工程を確立したことを記載したものである。すなわち,刊行物1には,次の記載がある。
「我々は,材料と成形方法の改善を通して機械的な強度を改善することにより0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体の生産に成功した。・・・このペーパーは,0.10mm(4mil)隔壁厚さの構造体を使用した触媒体の機械的強度,圧損,速熱性,触媒転換効率,信頼性及び耐久性について報告する。」(乙第1号証訳文3.) 「薄壁化により,逆に機械的強度は低下する,機械的強度向上のため工程改良はもちろん材料強度の向上のため種々試験を行った。構造体強度向上のためのコージェライトセラミックス材料の強度向上は,緻密化や気孔率の低下で達成された。・・・壁厚0.10mm(4mil)の構造体と従来の壁厚0.15mm(6mil)の特性の比較を表2に示す。・・・機械的強度は本質的にはセル構造と材料強度で決まる。断面の周縁にセル変形が生じればアイソスタティック強度は急激に低下する。図10は,周縁でセル変形の有る構造体と無い構造体の写真を示したものである。・・・周縁部のセル変形を効果的に防ぐ成形工程を確立した。これは,粘土体の強度向上のためその剛性を最適化するとともに外壁にかかる圧力を最小になるよう制御することにより達成することができた。図11は,工程変更前後のアイソスタティック強度の比較である。本開発工程は,壁厚0.15mm(6mil)と同等のアイソスタティック強度を持つ壁厚0.10mm(4mil)の構造体を可能にする。」(甲第4号証訳文1頁第1〜第4段落) 2 本件発明は,セラミックハニカム構造体において,隔壁厚さを薄く維持しつつ,欠けの発生が抑制されたものを得ることを目的とするものであり,隔壁の平均厚さTを0.05mm〜0.13mmとし,周壁の平均厚さが隔壁の平均厚さTよりも大であり,隔壁と周壁の平均接触幅wを隔壁の平均厚さTよりも大きくし,かつ,0.7≧w≧-(T/4)+0.18とすることをその特徴とする発明である。これに対し,刊行物1には,上記のとおり,壁厚0.15mm(6mil)と同等のアイソスタティック強度を持つ壁厚0.10mm(4mil)の構造体を製造可能にしたことは記載されているものの,隔壁と周壁の厚さ及び隔壁と周壁との平均接触幅については,明示的な記載は何もなされていない(甲第4号証)。
刊行物1の図10は,製造工程変更前の,周縁でセル変形のあるセラミックハニカム構造体と,製造工程変更後の,周縁でセル変形のないセラミックハニカム構造体とを比較した写真ではあるものの,その隔壁の壁厚が0.10mm(4mil)であることは,少なくとも明示的には特定されていない(甲第4号証)。決定は,図10の写真が,隔壁の壁厚が4milのセラミックハニカム構造体であることを当然の前提とした上で(決定書10頁第4段落参照),隔壁の平均厚さが0.10mm(4mil)であり,その周壁の厚さが平均0.15mm,隔壁と周壁との平均接触幅が0.30mmであると認定している(決定書12頁第1段落)。
しかし,刊行物1には,図10が4milのセラミックハニカム構造体の写真であることは,どこにも明記されていない(甲第4号証)。また,図10の写真の拡大図(別紙参考図)によれば,その写真に写されている構造体の隔壁の厚さを1とすれば,セルピッチ(セルの幅,隔壁の中心線と隣の隔壁の中心線との距離)はその5倍であるから,仮に,隔壁の厚さが0.1mmであるとするならば,そのセルピッチは0.5mmとなるはずである。しかし,0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体のセルピッチは,刊行物1においては,1.27mmとされており(甲第4号証,表2),これは,セルピッチが0.5mmのものとは明らかに異なるものである。したがって,刊行物1の図10の写真は,セラミックハニカム構造体について,単に,工程変更前と工程変更後の,周縁のセル変形の状況を撮影したものであるにすぎず,その被写体であるセラミックハニカム構造体は,そのセルピッチが,刊行物1に記載された0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体のセルピッチと明らかに異なる以上,これを0.10mm(4mil)の同構造体であると認定することはできない。
3 被告は,刊行物1は,0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体の製造方法変更することにより,周縁のセル変形を防止したものであるから,図10の写真の被写体が,0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体であることは明らかである,と主張する。
確かに,刊行物1の前記記載内容からすれば,図10の写真の被写体が,0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体であってもおかしくはない。特別のことがなければ,むしろ,そのように考えるのが自然であり,別に考えるのは不自然な理解ということになるであろう。しかし,現実には,図10の写真の被写体の構造体のセルピッチは,刊行物1に0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体のものとして示されているものとは,明らかに異なるという事実があるため,これを0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体である,ということができないことは上記のとおりである。図10の被写体に関しては,セラミックハニカム構造体について,工程変更前のものと工程変更後のものの周縁のセル変形を撮影したものであること以上には明示されておらず,また,刊行物1に明示されている0.10mm(4mil)の隔壁のセラミックハニカム構造体とは明らかに異なるものである以上,その隔壁の厚さをその写真から認定することはできないという以外にないのである。
被告は,図10において,隔壁厚さTとセルピッチPがT:P=1:5でありセルピッチが約0.5mmであることは,図10のセラミックハニカム構造体の隔壁厚さが4milである場合に,そのセル数が400cpi2でなく,「4mil/900cpi2 」かそれ以上のセル数を有するセラミックハニカム構造体であることを推測させるだけであり,図10のセラミックハニカム構造体の隔壁厚さが「4mil」である事実まで否定する根拠となるものではない,と主張する。
しかし,仮に,刊行物1の図10の被写体の隔壁の厚さを0.1mmとし,セルピッチを0.5mmとすると,cpi2 とは1平方インチ当たりのセル数であり,1インチは25.4mmであるから,cpi2 は, (25.4/0.5)2=2580 となる。すなわち,仮に,図10の構造体の隔壁の厚さを0.1mmとすると,図10の構造体は,4mil/2580cpi2となる。しかし,このようなセル数のものを引用発明1として想定することは,そもそも「薄壁(4mil/400cpsi)構造体を使用した自動車用触媒体の開発」という刊行物1の表題と両立し得ないものというべきである。現に,自動車用触媒の実用に供されていると認められるのは,900cpi2以下のセル数のものであって(乙第2号証124頁Table2),2580cpi2のものが自動車用触媒として実用に供されていることを認めるに足りる証拠はない。
以上からすれば,刊行物1の図10についていい得るのは,結局のところ,図10の説明に記載されたとおり,セラミックハニカム構造体において,工程変更前と工程変更後のものの,周縁のセル変形を比較して撮影したものである,ということに尽きる。その写真には基準となるスケール(目盛り)が示されておらず,被写体の隔壁の厚さが明らかとならない以上,これから被写体の周壁の平均厚さ,並びに,隔壁と周壁の平均接触幅を認定することはできないのである。
決定が,刊行物1の図10から,引用発明1セラミックハニカム構造体を,「隔壁の厚さが0.10mmであり,周壁の平均厚さが0.15mm,平均接触幅が0.30mmである」(決定書12頁第1段落)と認定したのは誤りである。
4 以上によれば,原告主張の取消事由は理由がある。そこで,原告の請求を認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸