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関連審決 異議1999-70739
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  上位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 301号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本電池株式会社
訴訟代理人弁理士 西義之
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 綿谷晶廣
同 大橋良三
同 涌井幸一
同 一色 由美子
同 沼澤幸雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/05/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第70739号事件について平成13年6月5日にした特許取消決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「非水電解液二次電池」とする特許第2792373号の特許(平成4年11月30日特許出願(以下「本件出願」という。),平成10年6月19日特許権設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがなされ,その申立ては,平成11年異議第70739号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」といい,訂正後の全文訂正明細書を,願書に添付した図面と併せて「訂正明細書」という。)を請求した。特許庁は,平成13年6月5日に,「特許第2792373号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年6月23日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 本件訂正前 「繰り返し充放電可能な正極と,アルカリ金属イオンを含む非水電解液と,アルカリ金属イオンを吸蔵放出することが可能な炭素材料より成る負極を具備した非水電解液二次電池において, 負極が少なくとも炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,X線広角回折法による(002)面の面間隔が0.337nm未満,C軸方向の結晶子長さ(Lc)が100nm以上,負極での充填密度が1.0g/cm3以上,1.6g/cm3以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。」(以下「本件発明」という。) (2) 本件訂正後(下線部が訂正個所である。) 「繰り返し充放電可能な正極と,アルカリ金属イオンを含む非水電解液と,アルカリ金属イオンを吸蔵放出することが可能な炭素材料より成る負極を具備した非水電解液二次電池において, 負極が少なくとも平均粒径10 〜50 μmの粒子 からなる 炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,X線広角回折法による(002)面の面間隔が0.337nm未満,C軸方向の結晶子長さ(Lc)が100nm以上,負極集電体に圧延後 の充填密度が1 .3g/cm3以上 ,1.6g/cm3以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。」(以下「訂正発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,@訂正発明は,特開平4-196055号公報(甲第4号証の2。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)及び特開平4-337247号公報(甲第4号証の3。以下「刊行物2」という。)記載の発明(以下「刊行物2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるため,特許法29条2項の規定に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないから,本件訂正は認められない,A本件発明は,刊行物1発明及び刊行物2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるため,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができないから,本件特許は取り消されるべきである,というものである。
決定が上記結論を導くに当たり認定した訂正発明と刊行物1発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「繰り返し充放電可能な正極と,アルカリ金属イオンを含む非水電解液と,アルカリ金属イオンを吸蔵放出することが可能な炭素材料より成る負極を具備した非水電解液二次電池において,負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,X線広角回折法による(002)面の面間隔が0.337nm未満,負極支持体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である非水電解液二次電池。」である点 (相違点) (1)「炭素材料の粒径が,訂正発明においては,「平均粒径10〜50μm」であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「粒径2〜10μm」である点」(以下「相違点(1)」という。) (2)「C軸方向の結晶子長さ(Lc)が,訂正発明においては,「100nm以上」であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「200Å(20nm)以上」である点」(以下「相違点(2)」という。) (3)「負極支持体が,訂正発明においては,負極集電体であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「炭素繊維からなる織布」である点」(以下「相違点(3)」という。)
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.手続の経緯」は認める。「2.訂正の適否についての判断」のうち,「2-1.訂正発明」,「2-2.刊行物に記載された発明」は認める。「2-3.対比・判断」(4頁1行ないし5頁下から5行)のうち,刊行物1に記載された発明における「炭素繊維をボールミルにて粒径2〜10μmに粉砕したもの」が,訂正発明における「粒子からなる炭素材料」に相当するとの点(4頁2行〜10行),刊行物1に記載された発明の実施例において,負極の炭素充填密度が1.4g/cm3(1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下)であるとの点(4頁10行〜14行),訂正発明と刊行物1発明とが,負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は負極支持体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である点で一致するとの点(4頁17行〜20行)並びに相違点(1),(3)の認定(4頁20行〜22行,25行〜27行)は争い,その余は認める。
決定は,訂正発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定を誤って相違点を看過し,相違点(3)についての判断を誤り,決定に示された新たな特許取消理由について改めて取消理由通知を行うことなく決定を行った手続上の違法があるものであり,これらの誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 訂正発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定の誤り(相違点の看過) (1) 決定は,刊行物1発明における,「炭素繊維をボールミルにて粒径2〜10μmに粉砕したもの」が訂正発明における「粒子からなる炭素材料」に相当するとした上で,訂正発明と刊行物1発明とは,「負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり」,炭素材料は,「負極支持体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である」点で一致すると認定した。
しかし,決定の上記一致点の認定は,訂正発明と刊行物1発明との相違点を看過したために犯した誤りである。
(2) 訂正発明においては,「平均粒径10〜50μmの粒子からなる炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,・・・負極集電体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である」ものが負極活物質であるのに対し,刊行物1発明においては,「リチウムを吸蔵した粒状または粉末状炭素をリチウムを吸蔵した炭素繊維に担持させた」ものが負極活物質である。
訂正発明と刊行物1発明の負極活物質同士を対比した場合,訂正発明の「平均粒径10〜50μmの粒子からなる炭素材料」(炭素粒子)が後者の「リチウムを吸蔵した粒状または粉末状炭素をリチウムを吸蔵した炭素繊維に担持させた」もの(炭素粒子+炭素繊維)に相当する。
ア 決定は,刊行物1発明の負極活物質は,「粒状または粉末状炭素」であり,これを塗布した「炭素繊維からなる織布」は活物質とは別のものである「負極支持体」であり,この「負極支持体」が訂正発明における負極集電体に相当する,としている。
しかし,刊行物1発明における「炭素繊維からなる織布」は,負極炭素材料である活物質そのものを構成するものであるから,負極支持体でも,負極集電体でもない。
イ 決定は,刊行物1発明において,炭素材料である「前記炭素繊維をボールミルにて粒径2〜10μmに粉砕したもの」の充填密度が1.4g/cm3である,としている。
しかし,刊行物1発明において,1.4g/cm3の炭素充填密度を達成しているのは,炭素繊維からなる織布と炭素粉末とを合わせた全体であり,炭素繊維からなる織布又は炭素粉末の一方だけでは,上記炭素充填密度を達成していない。
これに対し,訂正発明において,1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下の炭素充填密度を達成しているのは,粒子からなる炭素材料である。
両者は,炭素充填密度において重複があるにしても,その充填密度を達成している炭素材料の形態が全く異なる。
2 相違点(3)についての判断の誤り 決定は,相違点(3)(負極支持体が,訂正発明においては,負極集電体であるのに対して,刊行物1に記載された発明においては,「炭素繊維からなる織布」である点)を認定し,これについて「負極支持体として,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用し,刊行物1に記載されているように圧延し負極の炭素充填密度を高めて高容量の非水電解液二次電池を得ることは当業者が容易に想到し得るものと認める。」と判断したが,誤りである。
刊行物1発明において,「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体,例えば,ニッケルエキスパンドメタルを使用すれば,そのメッシュに該炭素繊維を粒径2〜10μm程度に細かくした微小な粒状または粉末状炭素が塗布,圧着された負極が形成されることになる。しかし,この場合,その炭素充填密度は1.1の低いものしか得られないことは,刊行物1に記載された比較例2からも明らかである。
3 手続上の誤り 決定は,相違点(3)(負極支持体が,訂正発明においては,負極集電体であるのに対して,刊行物1に記載された発明においては,「炭素繊維からなる織布」である点)を認定し,これについて「負極支持体として,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用し,刊行物1に記載されているように圧延し負極の炭素充填密度を高めて高容量の非水電解液二次電池を得ることは当業者が容易に想到し得るものと認める。」と判断した。
しかし,上記相違点の認定及びこれについての判断は,訂正拒絶理由通知書(甲第7号証)にも取消理由通知書(甲第3号証)にも示されておらず,原告がこれに対してあらかじめ反論することは不可能であった。
このような理由で判断するのであれば,再度,特許権者である原告に対し,この点を明記した取消理由を通知して,これに対して意見を述べたり,再度の訂正請求をしたりする機会を与えるべきである。このような手続を経ずになされた決定は,特許権者である原告の防御権を奪うものであり,適正な手続に従ってなされたものではないというべきである。
被告の反論の要点
1 訂正発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定の誤り(相違点の看過),の主張について (1) 原告は,刊行物1発明において,「炭素繊維からなる織布」は,負極支持体でも,負極集電体でもなく,負極炭素材料そのものである,と主張する。
決定は,訂正発明の「負極集電体」も,刊行物1の「炭素繊維からなる織布」も,共に,炭素粉末を担持するいわば支持体であって圧延された炭素とともに負極を構成するものである点に着目し,この共通の機能をとらえ,両者を包含し得る上位概念としての「負極支持体」という用語を用いて,これらを表現したものである。
決定における「負極支持体」の意義がこのようなものである以上,「炭素繊維からなる織布」を負極支持体であるとした決定の認定に誤りはない。
(2) 充填密度を達成している炭素材料の形態が,訂正発明においては「平均粒径10〜50μmの粒子からなる炭素材料」のみであるのに対し,刊行物1発明においては「粒径2〜10μmの粒子からなる炭素材料」及び「炭素繊維からなる織布」であり,両発明において異なることは,原告の主張するとおりである。
しかし,決定は,訂正発明の独立特許要件についての判断において,この相違点を織り込んで,刊行物1発明との一致点及び相違点を認定し,相違点について判断をしている。
すなわち,決定の「両者は,「・・・負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,・・・負極支持体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である非水電解液二次電池。」で一致し,」(決定書4頁14行〜20行)との一致点の認定における「充填密度」は,「炭素材料」の充填密度であり,「粒子からなる炭素材料」だけでなく「炭素繊維からなる織布」を含む炭素材料の充填密度をいうものであるから,この一致点の認定に誤りはない。
また,そのような充填密度を達成している炭素材料として,訂正発明については,「平均粒径10〜50μmの粒子からなる炭素材料」が存在すると認定され(決定書4頁20行〜21行),刊行物1発明については,「(1)炭素材料の粒径が・・・刊行物1に記載された発明においては,粒径2〜10μm」である点」(同4頁20行〜22行)及び「(3)負極支持体が,・・・刊行物1に記載された発明においては「炭素繊維からなる織布」である点」(同4頁25行〜27行)という記載にみられるように,「粒径2〜10μmの粒子からなる炭素材料」及び「炭素繊維からなる織布」が存在すると認定されているから,相違点の認定においても誤りはない。
そして,充填密度を達成している炭素材料の形態についての上記の相違点について,決定は,訂正発明の独立特許要件の判断において,当業者が容易に想到し得るものと実質的に判断しているのである。
2 相違点(3)についての判断の誤り,の主張について (1) 決定は,相違点(3)について,「負極支持体として,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用し,刊行物1に記載されているように圧延し負極の炭素充填密度を高めて高容量の非水電解液二次電池を得ることは当業者が容易に想到し得るものと認める。」(決定書5頁26行〜29行)として,刊行物1発明において,充填密度を達成している炭素材料の片方としての「炭素繊維からなる織布」の代わりに周知の負極集電体を使用しつつ,それによる充填密度の低下を圧延等により補い,負極の「粒子からなる炭素材料」の充填密度を訂正発明で規定された範囲内の値に高めることは,当業者が容易に想到し得るものと判断したものである。
「粒子からなる炭素材料」の充填密度を高めることは技術的に可能である。
刊行物1の比較例2においては,「・・・炭素粉末とバインダーとからなるペーストをニッケルエキスパンドメタルに塗布,圧着して負極を形成し」としか記載されていないものの,ペースト式の電極を形成する場合,芯材としてエキスパンドメタルなどの多孔板を用い,これにペースト状の活物質混合物を塗着し,これをローラー(ロール)間を通して,平滑化とともに加圧することは通常行われていることであり(乙第14号証参照),刊行物1の実施例に記載されているようなカレンダーロール掛け(甲第13号証参照)によるロール圧延を採用すれば,剪断力を与えながら圧延すること,芯材が伸延するまで加圧力を高めること,加圧を複数回繰り返すこと等により活物質の充填密度をより高め得ることは周知である(乙第14〜第16号証参照)。ニッケルエキスパンドメタルを使用した場合でも,それら周知の圧延手段を採用することによって,負極の体積を減少させ,粒子からなる炭素材料の充填密度を高めることができる。訂正明細書には,炭素充填密度を高めるための特別な圧延手段は開示されていない。訂正明細書の「低結晶性の炭素材料の結晶状態は,・・・層が乱れたアモルファス部分が混在しているため,圧延により充填密度を高めようとしても,アモルファス部分の影響で1.3g/cm3と低い充填密度しか得られないため・・・」との記載からみて,「1.3g/cm3」という充填密度は,真密度が低い低結晶性の炭素材料であっても,通常の圧延手段を採用して達成することの可能な程度でしかないものであるから,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の炭素繊維でない負極集電体を使用した場合にも,上記周知の圧延手段により「1.3g/cm3」以上の充填密度を達成し得ることは明らかである。
(2) 訂正発明において炭素材料が圧延される対象である「負極集電体」の材料については,発明の詳細な説明中では,実施例において銅箔,その他各種金属材料が例示されている(訂正明細書段落【0023】)。しかし,特許請求の範囲には,「負極集電体」と記載されているだけで,その材質,構造等が限定されているわけではない。そうである以上,訂正発明の負極集電体は,ニッケルエキスパンドメタルなどの金属材料から成るものに限定されず,金属以外の材料から成る周知の集電体を含むことになる。周知の負極集電体としては,金属材料から成るものと並んで,炭素繊維から成る織布,不織布,ウエブ等のシート状物がある(乙第1ないし第4号証参照)。刊行物1発明の「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体である炭素繊維からなる不織布を含む炭素繊維から成るシート状物を使用した場合には,炭素充填密度が,ニッケルエキスパンドメタル等炭素を含まないもののみから成るものを使用した場合と比較して,負極集電体の炭素材料の分だけ高くなることは明らかである。刊行物1発明の「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用することが容易であるとした決定の判断に誤りはない。
仮に,「炭素繊維からなる織布」の代わりに周知の負極集電体一般を使用することが容易でないとしても,訂正発明の負極集電体には「炭素繊維からなる織布」を除くというような限定はないから,刊行物1の「炭素繊維からなる織布」に炭素材料を圧延した負極は,訂正発明にいう「負極集電体に炭素材料を圧延した負極」にほかならい。したがって,相違点(3)は,本来,実質的な相違点には当たらない。
訂正発明の負極集電体に「炭素繊維からなる織布」を除くというような限定がない以上,決定に示した相違点(3)の認定とこれについての判断は,本来,そのような限定がなされた場合を仮定しての「なお書き」として記載すべき事項であった。決定の相違点(3)の認定とこれに対する判断にこの意味で適切さを欠く面があったことは,事実である。
しかし,相違点(3)が実質的な相違点であり得ないことは,上記のとおり技術常識を踏まえれば刊行物1の記載自体から当業者が十分に把握できることであるから,決定における相違点(3)についての判断に不足の点があるとしても,そのことが結論に影響を及ぼすことはない。
3 手続上の誤り,の主張について 訂正拒絶理由通知に,負極支持体という概念が示されておらず,相違点(3)及びこれに対する判断も挙げられていないことは,事実である。
原告は,訂正拒絶理由通知に対する意見書(甲第8号証)において,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」は負極集電体ではなく,訂正拒絶理由における「両者は,・・・『負極集電体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である非水電解液二次電池。』で一致し,」との認定は誤りであるとの主張をしており,訂正明細書にも,負極集電体として金属が例示されている(段落【0023】)ことから,決定は,「負極集電体」が「炭素繊維からなる織布」以外のものであることを前提に,原告の上記主張に対応するように相違点(3)を挙げて判断したものである。決定が相違点(3)を抽出したこと自体に誤りはない。
決定は,その上で,負極集電体が「炭素繊維である織布」以外である場合に対して容易性の判断を示したものである。決定には,負極集電体が「炭素繊維からなる織布」そのものである場合についての判断を明確に記載していないという瑕疵はあるものの,相違点(3)が実質的な相違点でないことは,「負極集電体」に金属材料からなるものと並んで炭素繊維から成る織布,不織布,ウエブ等のシート状物があるという技術常識を踏まえれば,刊行物1から読み取ることができ,これが相違点に当たらないことは訂正拒絶理由に既に示したところであるから,上記の瑕疵は,手続違背を構成するものには当たらないというべきである。
当裁判所の判断
1 訂正発明と刊行物1発明との一致点・相違点の認定の誤り(相違点の看過),の主張について 決定の挙げる,訂正発明と刊行物1発明との一致点は,「繰り返し充放電可能な正極と,アルカリ金属イオンを含む非水電解液と,アルカリ金属イオンを吸蔵放出することが可能な炭素材料より成る負極を具備した非水電解液二次電池において,負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,X線広角回折法による(002)面の面間隔が0.337nm未満,負極支持体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である非水電解液二次電池」というものである。
ア 原告は,決定の上記一致点の認定は,刊行物1発明の負極活物質は「粒状又は粉末状炭素」であって,これを塗布した「炭素繊維からなる織布」は負極活物質ではない別のものである「負極支持体」である,との誤った認定を前提とするものである,刊行物1発明の「炭素繊維からなる織布」は負極活物質そのものを構成するものであるから,これを「負極支持体」ということはできない,と主張する。
刊行物1発明の「炭素繊維からなる織布」が炭素材料であって負極活物質に当たることは,当事者間に争いがない。
しかしながら,決定書4頁1行ないし20行の記載によれば,決定は,刊行物1発明における「炭素繊維をボールミルにて粒径2〜10μmに粉砕したもの」が訂正発明における「粒子からなる炭素材料」に相当するとした上で,これらの粒子から成る炭素材料とバインダー(接合剤)との混合物が圧延される対象として「負極支持体」という語を用いていること,相違点(3)として,負極支持体が訂正発明においては,負極集電体であるのに対し,刊行物1発明においては「炭素繊維からなる織布」である点で相違する,と述べ,「負極支持体」の語を,粒子から成る炭素材料とバインダーとの混合物が圧延される対象となるものであれば,負極活物質でない「負極集電体」であるものも,負極活物質である「炭素繊維からなる織布」であるものも,いずれをも包含するこれらの上位概念として用いていること,が明らかである。刊行物1発明における「炭素繊維からなる織布」が炭素材料である負極活物質であることは,これを上記の意味における上位概念である「負極支持体」と呼ぶことを何ら妨げるものではない。そして,決定における「負極支持体」の語の有する意味がこのようなものであるとすれば,決定には原告主張の上記誤りは存在しないことが,明らかである。
イ 原告は,訂正発明と刊行物1発明とは,その炭素充填密度を達成している炭素材料の形態が全く異なるのに,決定は,この相違点を看過して一致点を認定した,と主張する。
炭素充填密度を達成している炭素材料の形態が,訂正発明においては「平均粒径10〜50μmの粒子からなる炭素材料」であるのに対し,刊行物1発明においては「粒径2〜10μmの粒子からなる炭素材料」及び「炭素繊維からなる織布」であり,両発明において異なることは,当事者間に争いがない。
被告は,決定の上記一致点の認定中の「炭素材料」の語は,「粒子からなる炭素材料」だけではなく,「炭素繊維からなる織布」からなる炭素材料をも含む意味で用いられている,と主張する。
しかしながら,決定が,炭素材料について訂正発明と刊行物1発明との一致点として述べているのは,「負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,X線広角回折法による(002)面の面間隔が0.337nm未満,負極支持体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である非水電解液二次電池」というものである。決定の上記記載によれば,ここにいう「炭素材料」とは合成樹脂バインダーと混合されるもののことであるから,「粒子からなる炭素材料」のことをいっていると解するのが相当である。そうである以上,決定は,この「粒子からなる炭素材料」のみに着目して,負極支持体に圧延された後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である,と述べていると解すべきである。被告の上記主張は採用することができない。
上に述べたところによれば,決定は,実際には,「炭素繊維からなる織布」における炭素をも含めて刊行物1発明における炭素の充填密度を採用しておきながら,これを「炭素繊維からなる織布」を除いた「粒子からなる炭素材料」のみのものとして,訂正発明における炭素の充填密度を達成していると認定している形になっている点において,一致点の認定を誤っている,あるいは,少なくとも,表現が不正確である,という以外にない。
しかしながら,上記一致点の認定の誤りは,決定の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。決定のなした発明の対比,判断において,一致点の認定に誤りがあったとしても,相違点が正しく認定されているならば,一致点の認定の誤りそれ自体は決定の結論に影響を及ぼすものではなく,実際には,決定の行った相違点の認定に誤りはないからである。
決定は,相違点の一つ(相違点(3))として,「負極支持体が,訂正発明においては,負極集電体であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「炭素繊維からなる織布」である点」を挙げ(決定書4頁25行〜27行),この相違点(3)に対する判断において,「負極支持体として,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用し,刊行物1に記載されているように圧延し負極の炭素充填密度を高めて高容量の非水電解液二次電池を得ることは当業者が容易に想到し得るものと認める。」(決定書5頁26行〜29行」と述べている。決定のこれらの説示によれば,決定は,刊行物1発明における「炭素繊維からなる織布」の代わりに負極集電体を使用した場合には,何らかの手段を講じない限り,炭素充填密度が訂正発明に定めるものよりも低下することを前提として,この場合に炭素充填密度を高めることが容易であるかについて検討しているから,決定が刊行物1発明の充填密度として認定した上記「1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下」は,「粒子からなる炭素材料」だけでなくこれに「炭素繊維からなる織布」も加えたものによって達成されるものであり,「炭素繊維からなる織布」を除いたものだけでは訂正発明における炭素の充填密度は得られていないことを当然の前提として判断していることが明らかである。
したがって,決定において,上記のとおり,一致点の認定に誤りないし不正確な表現があることは,決定の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。
原告の主張は採用することができない。
2 相違点(3)についての判断の誤り,の主張について 原告は,決定が相違点(3)について,「刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用し,刊行物1に記載されているように圧延し負極の炭素充填密度を高めて高容量の非水電解液二次電池を得ることは当業者が容易に想到し得るものと認める。」(決定書5頁26行〜29行)と判断したことについて,刊行物1発明の「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体,例えば,ニッケルエキスパンドメタルに粒状の炭素材料を塗布,圧着しても,これによって形成された負極の炭素充填密度は刊行物1の比較例2に示されているように,1.1の低いものしか得られない,と主張する。
しかしながら,決定が,単に刊行物1発明の「炭素繊維からなる織布」を周知の負極集電体に置き換えることだけで訂正発明が得られるとしているのではなく,これに加えて,「粒子からなる炭素材料」を圧延することにより負極の炭素充填密度を高めることをも行うことによって得られるとした上,それぞれの容易性について検討しているものであることは,上記決定の記載から明らかである。原告の主張は,決定の判断を正しくとらえたものとはいえず,その前提において誤っている,というべきである。
訂正明細書には,「粒子からなる炭素材料」についてその炭素充填密度を高めるための特別な圧延手段は開示されていないから,反対に解すべき事情のない限り,圧延により炭素充填密度を高めることは容易であると解するのが相当である。
本件において,上記反対の事情があることについての主張,立証はない。かえって,特開昭60-100367号公報(乙第14号証),特開昭57-46471号公報(乙第15号証),特開昭60-28167号公報(乙第16号証)によれば,電池においてペースト式の電極を形成する場合に,エキスパンドメタルなどの多孔板を用いて,これにペースト状の活物質混合物を塗着すること,これらの活物質の充填密度を圧延により高め得ることは周知の事項であると認めることができる。
3 手続上の誤り,の主張について 原告は,決定の相違点(3)の認定及びこれに対する判断は,訂正拒絶理由通知書(甲第7号証)及び取消理由通知書(甲第3号証)に何ら示されておらず,原告にこれに対する意見を述べ,再度の訂正請求をする機会を与えないままなされたものであるから,決定には手続上の違法がある,と主張する。
決定の相違点(3)についての認定及び判断が訂正拒絶理由通知書及び取消理由通知書に示されていないことは,当事者間に争いがない。
決定手続において,請求人に対し訂正拒絶理由(特許法120条の4第3項,165条)を通知し,意見を述べる機会を与えなければならないとされているのは,予期しない理由で決定をすることによって当事者に不意打ちを与えることを防止するためである。
原告は,訂正拒絶理由通知に対する意見書(甲第8号証)において,訂正拒絶理由通知が訂正発明と刊行物1発明との一致点として挙げた「両者は,『繰り返し充放電可能な正極と,アルカリ金属イオンを含む非水電解液と,アルカリ金属イオンを吸蔵放出することが可能な炭素材料より成る負極を具備した非水電解液二次電池において,負極が炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物からなり,前記炭素材料は,X線広角回折法による(002)面の面間隔が0.337nm未満,負極集電体に圧延後の充填密度が1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下である非水電解液二次電池。』で一致し,」との認定は,誤りであり,刊行物1発明においては,炭素粉末を炭素繊維織布の空隙内に詰め込んだ特殊な負極構造であるため,炭素粒子とバインダーとの混合物を負極集電体に圧延したものではなく,また,圧延後の状態での充填密度を1.3g/cm3以上,1.6g/cm3以下としたものでもない,と主張している。
決定が相違点(3)として,「負極支持体が,訂正発明においては,負極集電体であるのに対し,刊行物1に記載された発明においては,「炭素繊維からなる織布」である点」を挙げたのは,上記原告の意見書での主張に沿ってなされたものであるから,相違点(3)を認定すること自体は,原告において,当然に予想し得ることであって,不意打ちを与えるものでないことが明らかである。
決定は,相違点(3)について,「エキスパンドメタル,箔等の負極集電体を支持体とし,これに,炭素材料と合成樹脂バインダーとの混合物を塗布,圧着して非水電解液二次電池の負極とすることは,刊行物1の比較例2及び刊行物2に示されるように周知であり,また,負極の炭素充填密度が高いと,単位面積当りの容量が大きくなり,二次電池の放電持続時間が長くなることは刊行物1に示されているから,負極支持体として,刊行物1に記載された「炭素繊維からなる織布」の代わりに,周知の負極集電体を使用し,刊行物1に記載されているように圧延し負極の炭素充填密度を高めて高容量の非水電解液二次電池を得ることは当業者が容易に想到し得るものと認める。」(決定書5頁21行〜29行)と述べて,いずれも刊行物1,2(これらが訂正拒絶理由通知に示されていることは当事者に争いがない。)及び周知の事項から容易であると判断したものである。
訂正拒絶理由通知に上記周知の事項及びこれに基づく判断の記載がないことは,原告主張のとおりである。しかし,上記判断は,原告の主張に基づき認定した相違点(3)について判断したものであること,周知の事項は,当業者が当然に知っているべきものであること,原告は,本訴において,上記事項の周知性について争っていないこと,決定の行った上記判断は,いったん相違点(3)が認定されればなされるであろうことが極めて容易に予測できる内容のものであることに照らすと,本件において,上記周知の事項及び判断を通知しなくとも,そのことが,原告に不意打ちを与え,決定の結論に影響を与えることはない,というべきである。
したがって,仮に,決定手続について上記の点を通知しなかったことが,手続上の瑕疵に当たるとしても,その誤りは審決を違法とするものとまではいえないというべきである。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久