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関連審決 審判1997-12278
関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  寄せ集め /  周知技術 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  発明の概要 /  着想 /  模倣 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  交換 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 173号 審決取消請求事件
原告 株式会社イソワ
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 富岡英次
同 渡辺光
訴訟代理人弁理士 宍戸嘉一
同 弟子丸 健
同 松下満
被告 株式会社梅谷製作所
訴訟代理人弁護士 本渡諒一
同 木島喜一
同 伊藤孝江
同 谷口由記
訴訟復代理人弁護士 仲元紹
訴訟代理人弁理士 丸山敏之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/05
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成9年審判第12278号事件について平成13年3月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「段ボールシート用印刷機」とする特許第2534949号(平成4年1月18日特許出願(以下「本件出願」という。),平成8年6月27日登録。以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明を「本件発明」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。被告は,平成9年7月17日,本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,これを平成9年審判第12278号事件として審理し,その結果,平成10年5月29日,「特許第2534949号発明の特許を無効とする。」との審決をした。原告は,これを不服として同審決の取消しを求める訴えを提起した(東京高等裁判所平成10年(行ケ)第215号)。東京高等裁判所は,平成12年3月1日に上記審決を取り消すとの判決をした。特許庁は,改めて上記無効審判請求について審理し,その結果,平成13年3月27日,「特許第2534949号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同年4月11日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(実施例につき,別紙図面1参照) 「印版(42)を装着した版胴(44)と、この版胴(44)に対向配置した圧胴(46)と、前記版胴(44)に対し近接・離間自在に配設され、近接時には該版胴(44)に装着した印版(42)と接触して回転するインキ転移ロール(50)と、このインキ転移ロール(50)に運転中は常に接触して回転し、供給されるインキの量を絞り調整する絞りロール(52)とを備え、前記インキ転移ロール(50)を介して前記印版(42)にインキを転移させると共に、相互に反対方向に回転する前記版胴(44)と圧胴(46)との間に段ボールシート(43)を通過させて、該シート(43)に所要の印刷を行なうよう構成した段ボールシート用印刷機において、前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)における軸方向の両端部に配置され、両ロール(50,52)の間に画成されるインキ貯留部(A)の長手方向両端部を閉成する堰部材(74,74)と、前記インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方に配設されて該ロール(50,52)と平行に移動可能で、前記インキ貯留部(A)への低粘度かつ高度速乾性インキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行なう供給・回収装置(54)とを備え、前記供給・回収装置(54)は、前記インキ貯留部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と、前記保持手段(92)に配設され、可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と、このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され、一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に、他方の開口部(60b)をインキ貯留部(A)に臨ませたチューブであって、その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり、前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯留部(A)に供給し、また該モータ(96)の逆付勢によりインキ貯留部(A)中の残留インキをインキポット(58)に回収するよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機。」 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開平4-7153号公報(審判甲第8号証,本訴甲第11号証。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び実願昭54-10547号公報(審判甲第3号証,本訴甲第6号証。以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)並びに周知技術,技術常識に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,としたものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「印版(42)[甲第8号証(判決注・本訴甲第11号証,引用例1。以下同じ。)における凸部が相当。以下[]の括弧内の記載は甲第8号証のものを指す。]を装着した版胴(44)[版胴(4)]と,この版胴(44)[版胴(4)]に対向配置した圧胴(46)[印圧ロール(7)]と,前記版胴(44)[版胴(4)]に対し近接して配設され,該版胴(44)[版胴(4)]に装着した印版(42)[凸部]と接触して回転するインキ転移ロール(50)[主ロール(1)]と,このインキ転移ロール(50)[主ロール(1)]に運転中は常に接触して回転し,供給されるインキの量を絞り調整する絞りロール(52)[補助ロール(10)]とを備え,前記インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]を介して前記印版(42)[凸部]にインキを転移させると共に,相互に反対方向に回転する前記版胴(44)[版胴(4)]と圧胴(46)[印圧ロール(7)]との間に段ボールシート(43)[段ボールシートS]を通過させて,該シート(43)[段ボールシートS]に所要の印刷を行うよう構成した段ボールシート用印刷機[段ボールシート用の印刷装置]において,前記インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]および絞りロール(52)[補助ロール(10)]における軸方向の両端部に配置され,両ロール(50,52)[主ロール(1),補助ロール(10)]の間に画成されるインキ貯留部(A)[インキ溜り]の長手方向両端部を閉成する堰部材(74,74)[エアーカーテン]と,少なくとも前記絞りロール(52)[補助ロール(10)]の上方に配設されて該ロール(50,52)[主ロール(1),補助ロール(10)]と平行に移動可能で,少なくとも前記インキ貯溜部(A)[インキ溜り]へ低粘度かつ高度速乾性インキの供給を行う移動装置とを備えるよう構成したことを特徴とする段ボールシート用印刷機[段ボールシート用の印刷装置]。」である点 (相違点) (1)「インキ転移ロール(50)[主ロール(1)]が,本件発明では,版胴(44)に対し近接・離間自在に配設され,近接時には該版胴(44)に装着した印版(42)と接触して回転するものであるのに対して,甲第8号証(判決注・引用例1)のものでは,主ロール(1)が版胴(4)に対し近接・離間自在に配設されているのかどうか明記されていない点。」(以下「相違点1」という。) (2)「移動装置について,本件発明では,インキ転移ロール(50)および絞りロール(52)の上方にインキの供給並びに残留インキの回収を選択的に行う供給・回収装置(54)を備え,前記供給・回収装置(54)は,インキ貯溜部(A)に沿って移動自在に配設した保持手段(92)と,前記保持手段(92)に配設され,可逆モータ(96)により正逆付勢されるチュービングポンプ(95)と,このチュービングポンプ(95)に着脱交換自在に介挿され,一方の開口部(60a)を前記保持手段(92)に配設したインキポット(58)中のインキに浸漬させると共に,他方の開口部(60b)をインキ貯溜部(A)に臨ませたチューブであって,その少なくとも前記ポンプ(95)に介挿される部位に可撓性を持たせたチューブ(60)とからなり,前記可逆モータ(96)の付勢によりインキポット(58)中のインキをインキ貯溜部(A)に供給し,また該モータ(96)の逆付勢によりインキ貯溜部(A)中の残留インキをインキポット(58)に回収するものであるのに対して,甲第8号証のものでは,補助ローラ(10)の上方にインキ補給装置(3)を配備し,インキ換えの際には主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まった僅かのインキが無駄になるだけであるとして回収装置を有していない点。」(以下「相違点2」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.手続の経緯」,「2.本件発明」,「3.請求人の主張」,「4.被請求人の主張」,「5.甲各号証の記載内容」は認める。「6.当審の判断」のうち,「6-1.無効理由1について」は争わない。「6-2.無効理由2について」(14頁下から7行ないし20頁24行)は,14頁下から7行ないし15頁下から4行の「あるので,」まで,16頁3行ないし15行の「ものである」まで,16頁下から6行の「謂わば」ないし17頁12行,18頁1行ないし28行,19頁6行ないし13行の「あること」まで,19頁28行の「そして,」ないし31行の「備えていない。」は認め,その余は争う。「7.むすび」は争う。
審決は,本件発明と引用発明1との一致点・相違点の認定を誤り,相違点とすべきところを一致点と認定し(取消事由1,2),相違点2についての検討において,引用発明1と引用発明2との組合せに係る容易推考性の判断を誤り(取消事由3),さらに,多数の技術の組合せに係る容易推考性についての判断を誤った(取消事由4)ものであり,これらの誤りが,それぞれ,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
1 取消事由1(移動装置についての一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,本件発明と引用発明1との移動装置についての一致点として,「少なくとも前記絞りロール(52)[補助ロール(10)。以下、[]の括弧内の記載は甲第8号証(判決注・本訴甲第11号証,引用例1)のものを指す。]の上方に配設されて該ロール(50,52)[主ロール(1)、補助ロール(10)]と平行に移動可能で、少なくとも前記インキ貯留部(A)[インキ溜り]へのインキの供給を行なう移動装置」である点で共通している。」(審決書16頁29行〜33行)と認定した。
しかし,引用例1には、「主ロール(1)及び補助ロール(10)と平行に移動可能な・・・供給を行う移動装置」は、開示されていない。上記一致点の認定は誤りである。
引用例1には,スプレー装置をスライド可能に配備した構成については,「実施例の補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し構成されている。」(甲第11号証3頁右下欄9行〜12行)との記載があるだけである。
上記記載中には,複数基のスプレー装置をロールの軸方向にスライドさせることが可能なように配備することは開示されているが,これを移動するための装置については一切開示されていない。上記記載からは,スプレー装置をスライドさせて適切な箇所に移動して配備することが可能であることがうかがえるにとどまり,これを駆動するための装置が設けられていることも,移動しながらインキを供給することができることについても,読み取ることができない。
段ボールを印刷する際には,印刷される段ボールの種類により,印版の位置が異なっているため,引用発明1のようにスプレー装置を用いて主ロールにインキを供給するタイプのものは,印版のある位置に対応する主ロールの軸方向位置にインキを噴霧する必要がある。引用発明1において,複数基のスプレー装置を,ロールの軸方向にスライドすることが可能なように配備しているのは,上記必要から,印刷開始前において,複数基のスプレー装置のそれぞれを印版のある位置に対応させて軸方向に移動させ,その位置で固定して,印刷を開始するとしたものであると解するべきである。また,引用発明1のスプレー装置は,一基ではなく,複数基設けられているため,これらの複数基のスプレー装置を印刷中に協調制御することは,技術的にも難しく,そのようなものと考えることはできない。
これに対し,本件発明の「移動可能な供給・回収装置(54)」において,供給回収装置が移動されるのは,あくまでも印刷中であり,印刷前に移動させることとは無関係である。
2 取消事由2(インキ貯留部についての一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,本件発明の「インキ貯留部A」と引用発明1「インキ溜り」とが一致すると認定した。
しかし,引用発明1の「インキ溜り」は,本件発明の「インキ貯留部(A)」と一致しない。上記一致点の認定は誤りである。
本件発明においては,インキ転移ロールヘのインキの供給は,両端を堰部材によってせき止められたインキ貯留部に全幅にわたって貯留されたインキのみによって行われるものとされているから,必然的に,インキ貯留部には,十分なインキ量が貯留されなければならないことになる。
これに対し,引用発明1においては,引用例1の発明の詳細な説明中の(作用及び効果)の項に「単位時間当り段ボールシートに付着するインキよりも少し多い量のインキを主ロール(1)に補給する。・・・インキは主ロール(1)表面の微細な凹部に溜まって版胴に受け渡される。余分のインキは主ロール(1)と該ロールに接近して対向配備した補助ロール(10)との間に溜まる。」(甲第11号証2頁右下欄3行〜14行)との記載があり,インキをまず主ロールに直接供給し,その残余が補助ロールとの間に溜まるものであることは明らかである。また,(実施例)の項には,「補助ローラ(10)の上方に主ロール(1)或は補助ロール(10)にインキを補給するインキ補給装置(3)を配備する。実施例のインキ補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し構成されている。」(甲第11号証3頁右下欄7行〜12行)との記載があり,同記載により,初めて,引用発明1における実施可能なインキ供給装置が明らかとなる。さらに,引用発明1におけるインキ溜りのインキの作用及び量について,引用例1には,「このインキ溜りによって,主ロール(1)の表面の微細な凹部に確実にインキが溜まり,・・・主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する。」(甲第11号証2頁右下欄14行〜19行),「主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まるインク量は僅かであって,主ロール(1)の回転によるロールの摩擦によってインクが絶えず攪拌されインキが固まることは防止される。」(同号証3頁左上欄3行〜6行),「インキ変えの際には主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まった僅かの量のインキが無駄になるだけであり」(同欄12行〜14行)との各記載があり,これらの記載によれば,両ロール間のインク溜りに存在するインクの量がわずかであり,常に撹拌されることによって,インキの粘度が上がって固まることが防止される程度のものであることが説明されている。
引用例1のこれらの記載によれば,引用発明1におけるインキの供給方式は,まず,主ロールに「単位時間当り段ボールシートに付着するインキよりも少し多い量のインキ」を直接噴霧等によって万遍なく供給し,インキ溜りに溜まる「余分な」わずかなインキを補充的に主ロールに供給するものであって,このインキ溜りに溜まるインキは,撹拌によって固まることが防止される程度にわずかな量のものでなけれぱならないというべきである。
このような引用発明1におけるインキ溜りに溜まったわずかな量のインキは,本件発明におけるようにインキ転移ロールヘの唯一の供給源として設けられているインキ貯留部に必要なインキの量を満たすものでないことはもちろんである。
引用発明1は,上記のような考え方によって,本件発明におけるインキ貯留部を唯一のインキ供給源とする方式を否定しているものである。
本件発明と引用発明1のインキ供給方式は,この点において本質的に異なるものであるから,本件発明の「インキ貯留部」と引用発明1の「インキ溜り」とは一致しないものというべきである。
3 取消事由3(引用発明1と引用発明2との組合せに係る容易推考性の判断の誤り) 審決は,引用発明1と引用発明2との組合せから,相違点2に係る本件発明の構成が容易に推考できることを導こうとしている。
しかしながら,引用発明1の供給装置を引用発明2の供給装置をもって替えることは不可能であり,当業者がこのようなことに着想するはずがない。
引用発明2は,プリスロ印刷機のインキ供給装置に関する発明であり,オッシレーションロールにインキを供給し,よく練って,均一化した上で版胴にインキを転移させる典型的なプリスロ印刷機のインキ供給装置であり,手でインキを供給することに替えて,遠隔操作により,オッシレーションロールの所望の位置に所望の量のインキを供給するための装置である。
これに対し,引用発明1で使用されるインキの粘度はプリスロインキよりもずっと低いため,同発明においては,インキを噴霧器により直接主ロールに供給することが可能なものであり,また,直接供給しなければ,インキの粘度が高まるか蒸発するかしてしまい,印刷が不能となるものである。
引用発明1においては,主ロールヘのインキ供給は,迅速に,かつ印刷に必要な部分に万遍なく行われる必要性がある。
これに対し,引用発明2のように移動しながら1つの開口部を有するノズルの先端からインキを供給していく方法では,どんなに主ロールの上を素早く移動させたとしても,高速回転する主ロールに万遍なくインキを供給することは不可能である。引用例2の供給装置は,もともとオッシレーションロールによりよく練ったうえでインキ転移ロールに受け渡すものであり,直接にインキ転移ロールに供給するものではない。
仮に,引用発明1において,噴霧しながら移動させて供給する方法を考えて,これを引用発明2と組み合わせようとしても,噴霧するためには,噴射のための圧力が必要であり,チュービングポンプの圧力によりこれを得ることは困難である。後述する回収との関係では,噴射ノズルが先端に装着されていたのでは,インキ溜りの少量のインキに先端を浸漬させて回収することは不可能となる。
したがって,引用発明1の供給装置を引用発明2の供給装置をもって替えることは,当業者において絶対に着想することがあり得ないものである。
4 取消事由4(多数の技術の組み合わせに係る容易推考性の判断の誤り) (1) 審決は,引用発明1と引用発明2の組合せによっても本件発明が得られないため,さらに,以下の3つの技術を周知技術ないし技術常識として追加し,これらを適用すれば当業者が本件発明を容易に推考できる,と判断した。
A 引用例1において,インキを回収しようと考えることは当業者にとって自然なことであり,その具体的手段として,回収のための特別な配管系を設けることのない回収を考えることも自然である。
B 引用例2の供給装置に使用されているチュービングポンプが,可逆転で送液方向が変えられるものであることは,カタログ「イギリスWATSON-MARLOW チュービングポンプ」(審判甲第9号証・本訴甲第12号証。以下「甲第12号証刊行物」という。)にもみられるように技術常識である。
C 特開昭60-192635号公報(審判甲第1号証・本訴甲第4号証。
以下「甲第4号証刊行物」という。)に可逆性チュービングポンプによって同一の管路系でインキの供給と回収をしようとする技術思想があるので,引用発明1におけるインキ供給手段にチュービングポンプを適用することに伴い,そのように変更することは,当業者において何ら発明力を要することとはいえない。
(2) しかしながら,本件発明の回収装置は,引用発明1にも引用発明2にも,開示も示唆も全くなされていないものである。そうである以上,容易推考性の判断において,考慮に入れるべき資料の決定に当たり,周知技術あるいは技術常識としてこれらを補うことが許されるのは,当業者に広く知られたごく常識的な回収装置に限られなければならない。まして,常識的でないような回収装置の技術を,その他の技術とともに引用発明1及び2と組み合せて,これらすべてを一体の有機的な構成として小型にまとめることまでを,当然に推考容易であるとするなどということは,できるはずのないことというべきである。
甲第4号証刊行物に記載された供給回収装置は,原告の出願に係るものであり,フレキソ印刷機において,供給と回収とを同一の管路によって行う構成のものである。このように両者を同一の管路により行うという構成は,極めて特殊なものであり,原告は,結局同発明を実施せず,実際にはこのような印刷機は製造販売されていない。そもそも,同様の供給回収装置を備えた印刷機は,市場には全く普及していない。したがって,段ボール印刷機の分野において,インキの供給と回収とを同一の管路で行う供給回収装置の技術が周知技術あるいは技術常識であるなどとは,到底いうことができるものではない。それゆえ,本来であれば,上記Cの供給回収装置は,引用例として挙げられるべきものであり,これを併せた三つの引用例のほかに,更に上記のA及びBの技術を有機的に組み合わせることによって,初めて,本許発明の構成の概要が得られるものである。
インキの供給と回収とを同一経路で行うということは,インキの回収が終了するまでは,供給用の管路に洗浄水を通して管路を洗浄することができないため,また,ロールの洗浄をこの管路を経由して洗浄水を供給して行う場合には,ロールの洗浄も終了できないため,次の印刷を開始するまでに余分な時間を必要とすることを意味するのであるから,インキの供給と回収とを同一管路により行うということは,当業者にとっては,通常考えられないことである。
当業者にとっては,このような技術は,周知技術でも,技術常識でもなく,もちろん,単なる設計事項でもない。
このように,審決の,引用発明1と引用発明2との組合せという,それ自体誤った組合せを正しいものとして,これを前提としてさえ,本件発明を推考することが容易であるとは到底いえないことが明白である。
(3) 本件発明と引用発明1との相違点のうち,最も重要なものは,回収装置が,前者にあって後者にはないことである。仮に,当業者がごくわずかなインキであっても回収する必要性を感じ,それを回収しようと考えたとすれば,従来のフレキソ印刷機の回収装置を採用しようとしたはずである。その場合に,審決が述べているように,インキを循環させることが不要であるから循環のための管路系を使用しない回収装置を考えたはずであるとすれば,1本のノズルで移動しながら回収するもの(甲第8号証参照)か,固定式の複数のノズルのもの(甲第4号証刊行物参照)を採用することになる。前者の移動しながら回収するものを選択した場合には,引用発明1の移動しない噴射式の供給装置とは全く別の回収装置を設けることとなる。後者の固定式の回収装置を選択した場合には,甲第4号証刊行物記載のものは,チュービングポンプを使用し供給と回収とを同一の管路により行うものではあるものの,引用発明1の噴射式のノズルでは回収を兼用することはできないから,やはり供給と回収とは別の装置となる。
(4) 引用発明1を出発点として本件発明に想到するためには,引用発明1における,インキ溜りに撹拌により固まらない程度のわずかなインキを貯留するという固定観念を脱し,主ロールと補助ロールとの間にできる空間をインキ貯留部とし,これのみを主ロールヘのインキ供給源とするという,全く新たな発想法を採用する必要がある。
そのためには,原告が試行錯誤を繰り返したように,インキの特性についての研究を進める必要性がある。このような新たなインキ供給方式に想到した場合には,1本のノズルで移動しながら回収するタイプのもの(甲第8号証参照)を使用するか,固定式の複数のノズルのもの(甲第4号証参照)で供給と回収とを兼用するものを使用するかの,いずれかを選択することが可能となる。しかし,これらのうちのいずれを選択して引用発明1と組み合わせるのかは,一義的に決まるものではなく,本件発明の組合せに着想することは容易なことではない。
さらに,供給と回収とを,移動しながら,かつ同一の管路により行うことに着想し得たとしても,直ちに本件発明の構成に至るというわけではない。本件発明の構成に至るためには,上記着想に加えて,所望の箇所に所望の量のインキをオッシレーションロール上に供給するために使用する,全く別のタイプに属する引用発明2のインキ供給装置の構成を採用することに着想するという,特別に困難な思考作用が必要である。
本来であれば,ここまで来て,ようやく引用発明2との組合せが問題となるものである。
(5) このように,本件発明は,その中の二つをそれぞれを互いに組み合わせること自体にも発明力を要するような多数の技術を同時に組み合わせることにより,小型で,色替え等の際の時間を大幅に短縮でき,インキを無駄にしないという,個々の技術の寄せ集めでは到底予想できないような有機的な機構を提示したものである。これにより,中小の印刷業者が大きな場所や施設を使用せずに,多種少量の印刷を,作業員の労力を削減しながら実現することが可能となり,原告は,商業的に大きな成功を収め,業界において表彰を受け,さらには,被告にまで模倣されるところとなったのである。
このような発明の進歩性が否定されるとすれば,いわゆる結合発明に進歩性が認められる余地はほとんどない,といっても過言ではない。審決は,このような組合せの困難性を考慮することなく,誤って,本件発明を容易に推考できるとしたものである。
被告の反論の要点
審決の認定,判断は正当であり,審決に,取消事由となるべき誤りはない。
1 取消事由1(移動装置についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,引用発明1について,主ロールに万遍なくインキを供給できる噴霧装置等の供給装置を必要な構成要素としている,と主張する。
引用例1には,供給装置についてのものとしては,「インキ溜りによって主ロール(1)表面の微細な凹部に確実にインキが溜り,又,補助ロール(10)によって余分のインキが掻き取られて,補助ロール(10)を通過した主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する」(甲第11号証2頁右下欄14行〜19行),「補助ローラ(10)の上方に主ロール(1)或は補助ロール(10)にインキを補給する補給装置(3)を配備する。実施例のインキ補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し構成されている。」(同3頁右下欄7行〜12行)との記載があるだけである。
引用発明1のインキは,本件発明と同様な粘性を有するものであって(甲第11号証2頁右下欄6行〜10行),従来のフレキソインキより粘度が高く,インキ溜りの全長にインキを溜めさせるためには,インキ補給装置からのインキの供給はスライドしながら行うことが必要とされる。原告主張のようにスライドさせないで供給すると,インキ溜りにインキむらができ,主ロール全長の凹部への均一なインキの付着は困難となってしまう。
原告は引用例1の開示内容(「実施例の補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し構成されている。」)を問題にする。しかし,本件発明の特許請求の範囲の記載においても,「平行に移動可能で,・・・移動自在に配設した保持手段(92)」と記載されているだけであり,これ以上具体的な移動装置の開示はなされていないにもかかわらず,この表現で保持手段の構成が十分かつ容易に理解することができ,これにより,必要な程度に特定された技術思想の開示がなされているものとされている。「平行に移動可能」ということは,「スライド可能」ということであるから,引用例1においても,本件発明におけるのと同様に,スライドさせるための構成を有することを当然の前提としており,審決はこの構成を「移動装置」と表現したのである。引用発明1においても,本件発明において,特許請求の範囲の上記記載により,駆動装置が設けられていることが理解できるのと同様に,「軸方向にスライド可能に配備する」との記載により,駆動装置が設けられていることが十分理解できるのである。
(2) 引用発明1で用いるインキは,上記のとおり,本件発明で用いるのと同じ低粘度かつ高度速乾性のインキである。また,引用例1には,「このインキ溜りによって,主ロール(1)の表面の微細な凹部に確実にインキが溜り,又,補助ロール(10)によって余分にインキが掻き取られて,補助ロール(10)を通過した主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する」(甲第11号証2頁右下欄14行〜19行),「上記ノズル(31)(31)から噴射されるエアーが,ロールの端部にてエアーカーテンを形成し,主ロール(1)と補助ロール(10)の間に溜まったインキがロールの端部側に垂れ落ちることを効果的に防止する」(同4頁左上欄3行〜7行)と記載され,さらに,4頁左上欄12行には「液面検出器」の記載もある。引用発明1において,原告が主張するようなインキの重点的供給を行う技術的意義も必要性も全くないことは,明らかである。
(3) 以上のとおりであるから,引用例1にいう「スライド可能」が「移動しながら」という趣旨であることは明らかというべきである。引用例1に「主ロール(1)及び補助ロール(10)と平行に移動可能な・・・供給を行う移動装置」は開示されていない,とする原告の主張は,明らかに誤っている。
2 取消事由2(インキ貯留部についての一致点・相違点の認定の誤り)について 原告は,引用発明1の「インキ溜り」は本件発明の「インキ貯留部」と一致するものではない,と主張する。
引用発明1のインキ溜りは,両端において,ノズル(31),(31)がエアーを噴射し,エアーカーテンとなって主ロール(1)と補助ロール(10)との間にインキを貯めるものである。
本件発明のインキ貯留部(A)についても,インキ貯留部の長手方向両端の閉成をエアーカーテンによって行ってもよいことが,明細書(甲第3号証14欄18行〜23行)に記載されている。
本件発明のインキ貯留部の両端の閉成をエアーカーテンによって行った場合,引用発明1と本件発明とは同じ構造になるから,引用発明1のインキ溜りが本件発明のインキ貯留部と同じ作用効果を奏することは,容易に理解することができる。
原告は,引用発明1のインキ溜と関連して,同発明においては,インキは,主ロール(1)へ供給されたものが主体となって印版へ転移される,と主張する。
しかし,引用発明1では,インキ補給装置(3)から補助ロール(10)にインキを補給することも予定されている(甲第11号証3頁右下欄7行〜9行参照)。この場合においては,インキはインキ補給装置(3)から補助ロール(10)へ補給され,補助ロール(10)からインキ溜りに貯溜され,そこから主ロール(1)へ供給されて,印版へ転移されるから,引用発明1のインキ溜りは本件特許発明のインキ貯留部(A)と同じ作用効果を奏する。
原告は,引用発明1は,本件発明のようにインキ転移ロールヘの唯一の供給源として設けられているインキ貯留部に必要なインキの量を満たすものではない,と主張する。しかし,引用例1には,インキ溜りにあるインキの量を限定する記載はなく,廃棄するインキの量についての記載もない。引用発明1では,上述のとおり,インキを補助ロール(10)に供給することをも予定しており,引用例1の請求項2の「ロールにインキを補給するインキ補給装置と」との記載から理解できるとおり,引用例1はインキ溜りに必要量のインキを溜めることを開示しているのである。
さらに,引用発明1は,インキ溜りに対して液面検出器を配備しており,これが,インキ量を一定の量に保つためであることは,いうまでもないところである。そうである以上,同発明が,インキをインキ溜りからインキ転移ロールヘ転移することを当然のこととして予定しており,この一定量でインキを転移させようとするものであること,すなわち,本件発明のインキ貯留部と同じ作用効果を奏する構成であることは,このことからも明らかというべきである。
引用例1のインキ溜りと本件発明のインキ貯留部とが一致するとした審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3(引用発明1と引用発明2との組合せに係る容易推考性の判断の誤り)について 原告は,引用発明2のインキ供給装置を引用発明1に組み合わせる点につき,審決が容易推考とした判断が誤っていると主張する。
プリスロ印刷機とフレキソ印刷機とは,本件出願に係る明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書」という。甲第3号証は,これに対応する特許公報である)にも,引用例1(甲第11号証)にも,共に従来技術として記載され,本件発明も引用発明1も,両印刷機を比較の対象とした発明とされている。両印刷機が同一技術分野に属していることはこのことからも明らかである。そして,発明の課題解決のために,関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内であって,発明の推考容易性(進歩性欠如)を導く要素となるのである。
インキを無駄にせず回収しようとする発明の課題解決のために,プリスロ印刷機である引用発明2のインキ供給装置をプリスロ印刷機とフレキソ印刷機の両方の長所を兼ね備えた印刷機である引用発明1に転用することは,同一技術分野における技術の転用であり,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことであって,その着想に何ら困難性はない。
4 取消事由4(多数の技術の組み合わせに係る容易推考性の判断の誤り)について (1) 原告は,インキの供給と回収とを同一の管路で行う供給回収装置の技術は,周知技術でも技術常識でもないと主張する。しかしながら,供給と回収とを同一の管路で行う技術は,本件出願の6年前に公開されて,当業者間に広く知れ渡り,周知技術ないし技術常識となっていたものである(甲第4号証参照)。
原告は,同一管路で洗浄する場合のことを考えると,同一管路での供給と回収を想到することは不可能である,と主張する。しかし,インキの供給・回収と洗浄とは,推考容易性に関して全く別問題であり,現に,本件発明においても,明細書には,洗浄は別経路で行うと記載されている(甲第3号証6頁9欄12行〜30行)。したがって,洗浄の点を採り上げてインキの供給・回収に関する構成の推考容易性を問題にするのは,誤った前提での議論である。
(2) 原告は,引用例1に回収装置の記載はない,引用発明1の噴射式の供給装置では回収を兼用することはできない,として,引用発明1を出発点にすれば,供給と回収とは別装置になるはずである,と主張する。しかし,引用発明1に引用発明2のインキ供給装置を適用した場合,チュービングポンプ自体の特性により,逆回転させて回収することが可能となる。この技術思想は,甲第4号証刊行物(4頁右上欄19行〜左下欄6行及び第3図)にも示唆されている。
審決は,「引用例1のインキ供給手段をチュービングポンプの適用に伴い,そのように変更することは,当業者において何ら発明力を要することとはいえない」(審決20頁12行以下)と述べているのであるから,「噴射式のノズルでは回収を兼用することができない」という原告の主張は,審決の説示を正しく理解しないでなされているものであり,それ自体失当である。
(3) 原告は,本件発明に想到するためには,「主ロールと補助ロールとの間にできる空間をインキ貯留部とし,これのみを主ロールへのインキの供給源とする全く新たな発想」が必要である,と主張する。しかし,主ロールと補助ロールとの間の空間をインキ貯留部とし,これのみを主ロールへのインキの供給源とすることは,引用例1の補助ロールヘのインキ供給でも示されている公知の方法であって,何ら新たな発想ではない。
(4) 以上のとおり,引用発明2の段ボール印刷機はインキ非循環系のプリスロ印刷機であり,引用発明1のインキの供給手段に引用発明2のインキ供給手段を適用することは当業者が容易に想到し得ることであり,また,インキを回収しようと考えることは当業者において自然なことであり,回収を考えるとき,インキを換える際に無駄となるインキ量が多くなるような特別な配管系は設けない回収を考えることも自然であり,チュービングポンプの特性として可逆転で送液方向が変えられることは技術常識であり(甲第12号証刊行物),インキ循環系を有するフレキソ印刷機において可逆性チュービングポンプによって同一の管路系でインキの供給と回収をしようとする技術思想があるので,引用発明1のインキ供給手段をチュービングポンプの適用に伴い,そのように変更することは当業者において何ら発明力を要することではない。
当裁判所の判断
1 本件発明の概要 本件明細書には,本件発明について,次の記載がある。
(1)「【産業上の利用分野】この発明は,段ボールシート用印刷機に関し,更に詳細には,出願人の新たな開発に係る低粘度で高度の速乾性を有するグリコール系インキを使用するに際し,印刷オーダの変更等に伴い残留する旧オーダのインキを回収して,無駄に廃棄されるインキ量を抑制すると共に,そのインキ替えを迅速に行い得るよう構成した印刷機に関するものである。」(甲第3号証2頁1欄11行〜17行) (2)「【従来技術】従来の段ボールシート用印刷機は,一般にこれを2つの型式に大別することができる。すなわち・・・縦通し輪転印刷機と,・・・フレキソ印刷機とがこれであって,使用するインキの性状に伴い夫々異なる構成が採用されると共に,後述の如く長所及び短所が略相反している。・・・ 先ず縦通し輪転印刷機について述べると・・・業界ではプリスロ印刷機と称しているので,以下この通称に従うものとする。このプリスロ印刷機は,粘度の高いグリコール系インキを使用し,該インキを多くのゴムロールにより練って均一にしてから,版胴に装着した印版に転移させることを内容としている。・・・ 前述したプリスロ印刷機には,固有の長所と短所とがあり,これを列挙すれば以下の通りである。そしてこれら長所及び短所は,基本的に高粘度のグリコール系インキを使用することに起因していると云ってよい。
〈長所〉 (a)シート表面に盛り上げた形で印刷するため,印刷の仕上りに光沢がある。
(b)印版の必要箇所にだけインキを供給すればよいので,インキ消費量が少なくて済む(インキは循環させていない。) (c)色替えに際し,ロール上のインキは掻き取るだけで除去される。従って短時間でオーダチェンジができ,多種少量の小ロット印刷に対応し得る。また後述のフレキソ印刷とは異なり,洗浄廃液は殆ど出ないので,コスト高となる廃液処理設備を設ける必要がない。
〈短所〉 (a)近年のグリコール系インキは,速乾性のものが主流となっており,最近は更にその程度につき改良がなされている。しかし後述のフレキソ印刷に比べると,印刷後の乾燥に未だかなりの時間を要する。従って,後工程におけるダイカッタやフォルダグルワ等に直結し得ない。
(b)高粘度のインキを均一に練る必要があるので,インキ転移のためのロールが多段化して機構が複雑になる。またロールが摩耗した場合は,各ロールの間隔を調整する煩雑な作業を必要とする。
(c)インキ供給時には,シートへのインキ転移量が多いため濃く印刷され,インキが消費されるにつれシートへのインキ転移量が減少して薄く印刷され,従って印刷の濃淡ムラを生じ易い。このためオペレータは,色の濃さ・薄さを常に監視し,色が薄くなった時点でインキを供給する等の煩雑な作業を必要とする。」(2頁1欄19行〜2欄24行) (3)「次にフレキソ印刷機は,プリスロ印刷機とは異なり流動性に富む低粘度の水性インキを使用するものであって,インキ乾燥が極めて速いという特徴を有している。・・・ 前述したフレキソ印刷機の長所と短所とを列挙すれば,以下の通りである。これらの長所および短所も,使用するインキの性状,すなわち低粘度で高度に速乾性である点に起因している。
〈長所〉 (a)速乾性のインキを使用するため,印刷後にダイカッタやフォルダグルワ等の次工程へ直ちに送ることができる。
(b)インキはインキロールおよび絞りロールの間全体に行き渡っているので,印刷時に幅方向の色ムラを生じない。従ってオペレータは,印刷状態を常に監視する必要がない。
(c)インキの転移機構が極めて簡単である。
〈短所〉 (a)インキを常に循環させるシステムを採用しているので,色替えの際は多量の水でロール及び循環系を洗浄する必要がある。従って,インキの完全回収は無理でかなりの損失を生ずると共に,公害防止対策の見地から洗浄廃液の処理設備が必要となってコスト高となる。
(b)色替えに時間を要するため,多種少量の小ロット印刷には不適である。 (c)プリスロ印刷に比べると光沢がない。」(2頁2欄25行〜3頁3欄15行) (4)「【発明が解決しようとする課題】以上に述べた如く,プリスロ印刷機およびフレキソ印刷機は,その使用するインキの性状に応じて,殆ど相反し合う長所と短所とを夫々有している。そして業界では,前述したフレキソ印刷機の長所が着目され,プリスロ印刷機からフレキソ印刷機への転換が広く行われるに至っている。すなわちフレキソ印刷機には固有の欠点はあるものの,それを考慮に入れても,プリスロ印刷機より導入のメリットがある,と業界で認知された結果と云ってよい。
ところで最近の業界は,多品種かつ少量の段ボールシートを加工する小ロット対応に迫られており,その傾向は年を追って顕著なものとなっている。これを印刷機に関して考察すると,多種・少量の段ボールシートの印刷に対応するために,限られた時間内で色替えを行う必要があることを意味する。しかるに前記小ロットの印刷に伴う頻繁なオーダ変更の要請に対しては,先にフレキソ印刷機の短所で述べた如く,色替えに時間を要する対応が不充分である。また,洗浄廃液を処理する問題も内在している。
このような小ロットの印刷に対しては,色替え時間が短いことから,前述したプリスロ印刷機が好適に使用可能である。しかしプリスロ印刷機は,印刷状態を最適に維持するためオペレータに経験と勘が必要とされ,また印刷後の乾燥に時間を要し後工程に直結しない等,先に述べた欠点を有している。従ってユーザーは,最近増大している多種・少量の小ロット印刷に対して,前記プリスロ印刷機を必ずしも満足して使用しているものではなく,フレキソ印刷よりは色替え時間が短いから,という消極的な理由で該プリスロ印刷機を採用しているに過ぎない。
逆に言えば,色替え時間が短縮されて小ロット印刷への対応が充分可能で,印刷中はオペレータによる常時監視を必要とせず,しかも印刷後は後工程に直結し得る機能を備えた印刷機に対するユーザーの旺盛な潜在的需要がある訳であるが,未だ実現されていないのが実情である。このような,謂わばプリスロおよびフレキソ印刷の各長所を備えた印刷機を実用化するためには,前記の仕様を満たすに適したインキの開発がキーポイントとなる(これは,先に述べた両タイプの印刷機が夫々使用されるインキの性状に依存していたのと同様である。)。この点に関して出願人は,前述のユーザーサイドでの潜在需要に応えるべくインキメーカーとタイアップし,インキ自体の改良から根本的に取り組んだ結果,フレキソインキに近い低粘度と速乾性を有するグリコール系のインキを開発するのに成功した。」(3頁3欄17行〜4欄11行) (5)「【発明の目的】この発明は,新開発に係るインキの特性を最大限に引出し得る印刷機を実用化するに際し,殊に印刷オーダの変更等に伴う作業に着目して,インキ転移機構に残留する旧オーダに係るインキが無駄に廃棄されるのを防ぐと共に,インキ替えを迅速に行ない得る印刷機を提供することを目的とする。」(3頁4欄46行〜4頁5欄1行) (6)「【課題を解決するための手段】略(判決注・特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用した旨が記載されている。)」(4頁5欄3行〜32行) (7)「【発明の効果】以上に説明した如く,本発明に係る段ボールシート用印刷機によれば,インキ転移ロールと絞りロールとの間にインキ貯留部を画成し,該貯留部を堰部材により閉成可能に構成したので,該貯留部に必要量のインキを貯留することができる。このため色ムラを生ずることがなく,オペレータは印刷状態を常に監視する必要がない。更に,インキの供給・回収装置をインキ貯留部に沿って移動可能に構成することにより,両ロールの全幅に亘って迅速にインキを供給することが可能となる。しかもインキを常時循環させる必要がないため,機構が簡素化される利点がある。
また印刷オーダの変更等に伴う色替えに際し,インキ貯留部に残留するインキを供給・回収装置を介して回収し得るので,無駄に廃棄されるインキを極めて少なく抑制することができ,インキの節約が図られる。しかも前記の如くインキの常時循環は必要としないために,洗浄廃液は極めて少量となり,インキの大幅な節約が図られると共に公害防止の見地からも極めて有利である。また,インキの練り機構や循環機構を必要としないので省スペースと低コストとを実現し得る。
更に,チュービングポンプを使用してインキの供給と回収とを行うよう構成することにより,色替えに際しては,ポンプ自体の洗浄を行う必要がなく,洗浄により廃棄されるインキの量を少なく抑制することができる。また可撓性チューブはポンプから簡単に取外し得るので,該チューブの洗浄を短時間で容易に行うことができ,色替に要する時間を極めて短縮し得る。また色替に際して予め洗浄済みの可撓性チューブを用意しておけば,これにより更に時間短縮を図ることができる。」(9頁16欄27行〜17欄6行) 本件明細書の以上の記載によれば,@段ボールシート用印刷機として,従来,使用するインキの性状に伴い,異なった特色を有する2種類のもの,すなわち,粘度が高く乾燥に長時間を要するグリコール系インキを使用するプリスロ印刷機と低粘度で乾燥が極めて速い水性インキを使用するフレキソ印刷機とがあったこと,A近年,多種・少量の段ボールシートの印刷に対応するため,色替え時間が短く,印刷中もオペレータによる常時の監視を必要とせず,印刷後速やかに乾燥して後工程に直結し得る機能を備えた印刷機が求められているにもかかわらず,従来のプリスロ印刷機及びフレキソ印刷機は,いずれも,使用するインキの特性に起因する構成上の制約から上記要請に対応し得なかったこと,Bこのため,上記要請を満たす仕様に適した性状を有する新たなインキとして,フレキソインキに近い低粘度と速乾燥性とを有するグリコール系のインキが開発されたこと,C本件発明は,上記の新たに開発された低粘度かつ高度速乾性という特性を有するインキを使用することを前提として,上記要請に対応しようとして,本件特許の特許請求の範囲に記載の構成を採用したものであること,を認めることができる。
2 取消事由1(移動装置についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,審決が,本件発明と引用発明1とは,「少なくとも前記絞りロール(52)[補助ロール(10)]の上方に配設されて該ロール(50,52)[主ロール(1),補助ロール(10)]と平行に移動可能で,少なくとも前記インキ貯留部(A)[インキ溜り]への低粘度かつ高度速乾性インキの供給を行なう移動装置」を備える点で一致する(審決書17頁34行〜38行)と認定したのに対し,引用例1には「主ロール(1)及び補助ロール(10)と平行に移動可能な・・・供給を行う移動装置」は開示されていないから,上記一致点の認定は誤りである,と主張する。
(2) 引用例1(甲第11号証)には次の記載がある(別紙図面2参照)。
ア「@ 表面に微細な凹凸を形成し版胴に接触して配置された主ロ一ル(1)と, 該主ロールに対向して接触配備した補助ロール(10)と, 主ロール(1)にインキを補給するインキ補給装置(3)とで構成され, 補助ロ一ル(10)には回転速度が調節可能な可変回転駆動装置(2)が連繋されている版胴ヘのインキ供給装置。
A 版胴に接触し表面に微細な凹凸を形成した主ロ一ル(1)と, 主ロ一ル(1)に対向して接触配備した補助ロ一ル(10)と, ロ一ルにインキを補給するインキ補給装置(2)と, 両ロ一ル間の両端側に配備されロ一ル間にエアーを噴射するエアー噴射ノズル(31)(31)を配備した版胴へのインキ供給装置。」(特許請求の範囲) イ「(産業上の利用分野) 本発明は,版胴にインキを供給する装置に関するものである。
(従来の技術及びその問題点) 従来,製箱に使用される段ボールシート用の印刷装置として,第4図に示すものと,第6図に示すものの2種類がある。
第4図の印刷装置は,インキの粘度が200〜300センチポイズで,紙シートに付着すれば1秒程度で乾燥する速乾性インキが使用され,・・・又,インクを絶えず流動させなければ固まってしまう。このため,第5図に示す如く,・・・過剰供給のインキを絶えず循環させインキが固まることを防止しなければならない。
この様に,循環管路(9)にて常時インキを循環させると,インキの色変えの際,・・・パイプ内のインキを洗い流さねばならず,多量のインキが無駄になる問題がある。
第6図の装置は,粘度が3000〜3500センチポイズで,紙に付着したインキの乾燥に要する時間は長いが,印刷面に艶があり商品価値の高い印刷が望めるインキを使用するものである。・・・ 上記インキ供給装置は,前記第4図のインキ供給装置の様に多量のインキを循環させる必要はないから,インキ変えの際に無駄となるインキ量は少なくて済む。
しかし,粘度の高いインキを練りながら下流側のロールに順に受け渡すため,版胴(4)が実際にインキ供給を必要とする部分,即ち,版胴(4)の凸部に均一にインキを供給することが出来ず,印刷インキ斑,ロールの左右での色振れ,ゴースト等の問題が生じる。・・・ 本発明は上記実情に鑑み,印刷面が美しく,インキ変えの際のロールの洗浄が容易で,然もインキロスを少なくでき,更にインキ供給量の調整が容易なインキ供給装置を明らかにするものである。」(1頁右下欄4行〜2頁左下欄14行) ウ「インキは,ロール上に付着しているときは乾燥し難く,段ボールシートSに付着した際には速やかに乾燥する特性のインキ,例えば粘度が500〜1000センチポイズで,約10秒で乾燥するものを使用するのが望ましい。
インキは主ロール(1)表面の微細な凹部に溜まって版胴に受け渡される。余分のインキは主ロール(1)と該ロールに接近して対向配備した補助ロール(10)との間に溜まる。このインキ溜りによって,主ロール(1)表面の微細な凹部に確実にインキが溜まり,又,補助ロール(10)によって余分のインキが掻き取られて,補助ロール(10)を通過した主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する。従って,該主ロール(1)からインキが受け渡される版胴(4)の凸部には均一にインキが付着し,印刷の際のインキ斑,色振れ,ゴースト等の問題は生じない。
前記の如く,主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まるインク量は僅かであって,主ロール(1)の回転によるロールの摩擦によってインクが絶えず攪拌されインキが固まることは防止される。又,従来の速乾性インキによる印刷に比べて粘度の高いインキを使用して,印刷面に艶のある美しい印刷が実現できる。
又,速乾性インキの場合の様に,インキを循環管路にて循環させる必要はなく,装置を簡素化できると共に,インキ変えの際には主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まった僅かの量のインキが無駄になるだけであり,更に,主ロール(1),補助ロール(10)及び版胴(4)を洗い流せば可いので段取り変えも迅速に行なうことができる。」(2頁右下欄6行〜3頁左上欄16行), エ「(実施例)・・・補助ローラ(10)の上方に主ロール(1)或は補助ロール(10)にインキを補給するインキ補給装置(3)を配備する。実施例のインキ補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し構成されている。・・・ 前記スプレー装置(30)は,インキを霧状に噴射できるものであれば,スプレー方式は問わない。
第2図,第3図に示す如く,主ロール(1)と補助ロール(10)の両端部間に,エアー噴射ノズル(31)(31)が先端を互いに接近する方向に斜め下向きにして対向配備されている。
上記ノズル(31)(31)から噴射されるエアーが,ロールの端部にてエアーカーテンを形成し,主ロール(1)と補助ロール(10)の間に溜まったインキがロールの端部側に垂れ落ちることを効果的に防止する。
ノズル(31)(31)の間に,ローラ(1)(10)上に溜まったインキの量を検出する検出手段(32)を配備し,前記インキスプレー装置(30)の作動を制御し,適正量のインキをローラに噴射させることもできる。検出手段(32)は電極式の液面検出器,光電管による液面検出,光反射式液面検出器等が実施できる。」(3頁右下欄7行〜4頁左上欄14行) (3) 原告は,@引用例1には,インキの供給装置について,実施例に,「インキ補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し構成されている。」(上記認定エ)との記載があるのみで,その駆動装置や移動しながらインキを供給することについて明示する記載がないこと,A段ボールを印刷する際には,印刷される段ボールの種類により,印版の位置が異なっているため,引用発明1のようにスプレー装置を用いて主ロールにインキを供給するタイプのものは,印版の位置に対応する位置にインキを噴霧する必要があること,B複数基のスプレー装置を印刷中に協調制御することは技術的に難しいこと,からみて,引用発明1は,印刷開始前に,複数基のスプレー装置をそれぞれ,軸方向に印版のある位置に移動させて固定し,印刷を開始するものであって,印刷中にインキ供給装置が移動するものではない,と解すべきである,と主張する。
しかしながら,引用例1の上記認定の記載によれば,引用発明1は,本件発明と同じく低粘度で速乾性のインキを用いており,インキ溜りに溜まった上記低粘度のインキが主ロールの表面に全長にわたって略均一に付着するものであるから,同発明において,プリスロ印刷機におけるように主ロールの特定の位置に重点的にインキを供給することに,技術的意味を認めることはできない。また,主ロール全長の凹部に均一にインキを付着させるためにはインキ溜りの全長にインキを溜める必要があり,そのためには,インキ補給装置をロールの軸方向に移動させながらインキの供給を行うことが適切である。これらのことに照らすならば,引用例1の上記記載中には,インキ補給装置を駆動装置によって駆動しながらインキを供給する場合が,少なくとも含まれると解するべきであり,上記記載から,このような場合を除外して解すべき合理的理由を見いだすことはできない。
審決の上記移動装置についての一致点の認定に誤りはない。原告の主張は採用することができない。
3 取消事由2(インキ貯留部についての一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,本件発明における「インキ貯留部」と引用発明1における「インキ溜り」とは異なるものであり,両者が一致するとした審決の認定は誤りである,と主張する。
しかしながら,本件発明における「インキ貯留部」及び引用発明1における「インキ溜り」は,いずれも,相接する二つのロールの間の空間の長手方向両端をふさいで形成したインキを溜めるための領域であり,そこに溜められたインキが,インキ転移ロールないし主ロールに供給されるものである点において一致する。引用発明1の「インキ溜り」の長手方向両端はエアーカーテンによって閉成されており,本件発明の「インキ貯留部」についても,長手方向両端の閉成をエアーカーテンによって行ってもよいことが本件明細書に示されているから,この点においても,両者は構造を同じくするものであるということができる。
(2) 原告は,本件発明においては,インキ転移ロール(引用発明の主ロールに相当する。)へのインキの供給が「インキ貯留部」に貯留されたインキのみによって行われるため,「インキ貯留部」には十分なインキ量が貯留されるのに対し,引用発明1においては,インキが,まず直接噴霧する等の方法により主ロールに直接供給され,残余のインキが主ロールと補助ロールとの間の「インキ溜り」にわずかな量だけ溜まり,このわずかな量のインキが補充的に主ロールに供給されるものであるため,「インキ溜り」に溜まるインキの量はわずかなものであって,本件発明における「インキ貯留部」に必要なインキの量を満たすものではないから,本件発明における「インキ貯留部」と引用発明1における「インキ溜り」とは異なる,と主張する。
インキ貯留部に溜まるインキの量について,本件特許の特許請求の範囲には,何らの記載もない。本件明細書(甲第3号証参照)の発明の詳細な説明中にも,「インキ転移ロールと絞りロールとの間にインキ貯留部を画成し,該貯留部を堰部材により閉成可能に構成したので,該貯留部に必要量のインキを貯留することができる。このため色ムラを生ずることがなく,オペレータは印刷状態を常に監視する必要がない。」(甲第3号証9頁16欄28行〜33行)として,「必要量のインキ」との記載があるだけで,他にインキ貯留部に貯留されるインキの量についての記載は見当たらない。本件明細書の上記記載状況の下では,本件発明において,インキ貯留部に溜まるインキの量は,それによって段ボールシートの印刷を行うのに必要な量のインキである,と解するのが合理的である。
引用発明1における,インキ溜りに溜まるインキの量について,引用例1(甲第11号証)の特許請求の範囲には,その量を限定する記載はない。引用例1の発明の詳細な説明中には,「単位時間当り段ボールシートに付着するインキよりも少し多い量のインキを主ロール(1)に補給する。・・・インキは主ロール(1)表面の微細な凹部に溜まって版胴に受け渡される。余分のインキは主ロール(1)と該ロールに接近して対向配備した補助ロール(10)との間に溜まる。このインキ溜りによって,主ロール(1)表面の微細な凹部に確実にインキが溜まり,又,補助ロール(10)によって余分のインキが掻き取られて,補助ロール(10)を通過した主ロール(1)の表面には全長に亘って略均一にインキが付着する。従って,該主ロール(1)からインキが受け渡される版胴(4)の凸部には均一にインキが付着し,印刷の際のインキ斑,色振れ,ゴースト等の問題は生じない。・・・主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まるインク量は僅かであって,・・・インキ変えの際には主ロール(1)と補助ロール(10)との間に溜まった僅かの量のインキが無駄になるだけであり,」(甲第11号証2頁右下欄3行〜3頁左上欄14行)として,「余分のインキ」,「僅かの量のインキ」との記載があるだけで,他にインキ溜りに溜まるインキの量についての記載は見当たらない。ここにいう「余分のインキ」とは,主ロールに補給された「単位時間当たり段ボールシートに付着するインキよりも少し多いインキ」が,主ロール表面の凹部に溜められた後の残りのインキのことであることは明らかであるものの,引用例1中には「余分のインキ」の量を限定する記載はない。引用例1中には,上記のとおり,「僅かの量のインキ」との記載がある。しかしながら,前記認定の引用例1の記載に照らすと,「僅かの量のインキ」とは,従来例であるフレキソ印刷機において,速乾性インキを用いているため,多量のインキを絶えず循環させてインキが固まることを防止しなければならず,このようにインキを循環させるとインキの色替えの際にパイプ内のインキを洗い流さねばならず,多量のインキが無駄になることとの比較において,インキを循環させる必要のない引用発明1のインキ溜りのインキがわずかの量であることを述べていると解することができるにとどまり,それ以上に上記記載にインキの量を限定する意味を見いだすことはできない。
原告は,引用発明1においては,インキを,主ロールに直接に供給することが主であって,補助ロールとの間のインキ溜りに溜まるインキは補充的に主ロールに供給されるにすぎないものであるのに対し,本件発明においては,インキ貯留部のみが主ロールへの唯一のインキ供給源とされているから,引用発明1の「インキ溜り」と本件発明の「インキ貯留部」とは異なる,と主張する。
しかしながら,引用発明1におけるインキ供給装置について,引用例1には,前記のとおり,「ロールにインキを補給するインキ補給装置」(特許請求の範囲),「主ロール(1)或は補助ロール(10)にインキを供給するインキ補給装置」(甲第11号証3頁右下欄7行〜8行),「実施例のインキ補給装置(3)は主ロール(1)にインキを噴射する複数基のスプレー装置(30)をロールの軸方向にスライド可能に配備し,構成されている。」(同欄9行〜12行)との記載がある。これらの記載を中心にインキの供給及びインキ溜りに関する前記認定の引用例1の記載全体をみれば,引用例1には,実施例として記載されているのは主ロールに直接インキを供給するものではあるものの,上記実施例のものだけではなく,補助ロールにインキを供給した後,インキ溜りに溜まったインキから主ロールにインキを供給するものも記載されていることが明らかである。後者の場合には,引用発明1における「インキ溜り」は,主ロールへの唯一のインキ供給源である点において,本件発明の「インキ貯留部」と異ならない。原告の主張は,採用することができない。
以上のとおりであるから,引用発明1においてインキ溜りに溜まるインキの量が,本件発明のインキ貯留部に溜められる段ボールシートの印刷に必要なインキの量よりも少ないということはできず,結局両者を区別することはできないというべきである。原告の主張は採用することができない。
(3) 上に述べたところによれば,本件発明と引用発明1とは,インキを溜める部分の構造において差異はなく,そこに溜まるインキの量についても格別の差異はないというべきであるから,本件発明における「インキ貯留部」と引用発明1における「インキ溜り」とが一致するとの審決の認定に誤りはない。
取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(引用発明1と引用発明2との組合せに係る容易推考性の判断の誤り)について 原告は,引用発明2はプリスロ印刷機のインキ供給装置に関する発明であり,引用発明1で使用されるインキの粘度はプリスロ印刷機で用いられるインキよりもずっと低いから,当業者は,引用発明1の供給装置を引用発明2の供給装置をもって替えることに着想するはずがない,と主張する。
引用例1の前記認定の記載によれば,引用発明1は,プリスロ印刷機及びフレキソ印刷機の双方を従来技術として,これらの印刷機がそれぞれ有する問題点を解決することを目的として発明されたものであることが明らかであるから,採用することにより支障が生じるような技術であるなど,特別の事情がない限り,フレキソ印刷機に用いられているものであれ,プリスロ印刷機に用いられているものであれ,それを引用発明1に適用することに,当業者が想到することは容易である,と解するのが相当である。
原告は,引用発明1においては,主ロールヘのインキ供給は迅速にかつ印刷に必要な部分に万遍なく行われる必要性があるのに,引用発明2のような移動しながら一つの開口部を有するノズルの先端からインキを供給していく方法では,どんなに主ロールの上を素早く移動させたとしても,高速回転する主ロールに万遍なくインキを供給することは不可能であるから,引用発明2の供給装置を引用発明1に適用することには支障がある,と主張する。
しかしながら,引用発明1においては,主ロールあるいは補助ロールに供給された後にインキ溜りに溜まったインキが,更に主ロールに供給され,これによって主ロール表面の微細な凹部に確実にインキが溜まるとされており,このようなインキ溜りに,移動しながら一つの開口部を有するノズルの先端からインキを供給することによって,主ロールに万遍なく供給することができることは,本件発明も当然の前提としていることである。すなわち,本件明細書には,「可撓性チューブ60の開口部60bを両ロール50,52の軸方向に移動させることにより,両ロール50,52の全幅に亘って迅速にインキを供給することができる。」(甲第3号証5頁8欄15行〜18行),「インキの供給・回収装置をインキ貯留部に沿って移動可能に構成することにより,両ロールの全幅に亘って迅速にインキを供給することが可能となる。」(9頁16欄33行〜36行)と記載されている。引用発明1の供給装置として引用発明2の供給装置を適用した場合においても,主ロールに万遍なく迅速にインキの供給を行うことができるというべきである。原告の主張は採用することができない。
原告は,引用発明1において,噴霧しながら移動させて供給する方法を考え,これを引用発明2の供給装置と組み合わせようとしても,噴霧するためには,噴射のための圧力が必要であり,チュービングポンプの圧力によりこれを得ることは困難であり,回収との関係でも,噴射ノズルが先端に装着されていたのでは回収が不可能である,と主張する。
しかしながら,引用発明1におけるインキ供給装置について,引用例1には,前記のとおり,「ロールにインキを補給するインキ補給装置」(特許請求の範囲),「主ロール(1)或は補助ロール(10)にインキを供給するインキ補給装置」(甲第11号証3頁右下欄7行〜8行)と記載されているだけで,インキの供給態様は限定されていない。噴霧してインキを供給する方法は,単に実施例として記載されているにすぎない。引用発明1におけるインキ供給装置が噴霧してインキを供給するものであることを前提とする原告の主張は,その前提を欠くものであって失当であり,採用することができない。
仮に,引用発明1の供給装置を噴射ノズルによりインキを噴霧するものであると解したとしても,この引用発明1に引用発明2の供給装置を適用するということは,供給装置を,噴射ノズルにより供給する方式から,チュービングポンプにより供給する方式に置き換えるということである。噴射ノズル方式を前提とした原告の主張は,失当であり,採用することができない。
取消事由3も理由がない。
5 取消事由4(多数の技術の組合せに係る容易推考性の判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,引用発明1と引用発明2との組合せに加え,3つの周知技術ないし技術常識を適用して,本件発明を推考することが容易であると判断したのは,誤りであると主張する。
(2) 審決は,「甲第1号証(判決注・甲第4号証刊行物)には,可逆性チュービングポンプによって同一の管路系でインキの供給と回収をしようとする技術思想がある」(審決書20頁10行〜12行)と認定した。
原告は,インキの供給と回収とを同一管路により行うということは,当業者にとって周知技術でも技術常識でもなく,単なる設計事項でもない,と主張する。
しかしながら,甲第4号証刊行物は,昭和60年10月1日に公開された公開公報であり,本件出願の出願日である平成4年1月18日よりも6年以上前に公知となった刊行物であるから,審決が認定した上記技術思想は,反対の結論に導く事情が認められない限り,本件出願当時において,周知であったと解するのが相当である。
原告は,甲第4号証刊行物は,原告の出願にかかる公開公報であり,そこには,フレキソ印刷機において,供給と回収とを同一の管路によって行う構成が開示されてはいるものの,この構成は,極めて特殊なものであり,原告は,結局同発明を実施せず,実際にはこのような印刷機は製造販売されておらず,同様の供給回収装置を備えた印刷機は市場には全く普及していないので,段ボール印刷機において,インキ供給と回収とを同一の管路で行う供給回収装置の技術は,周知技術とはいえない,と主張する。
しかしながら,審決が周知であったと認定したのは,上記のとおり,「可逆性チュービングポンプによって同一の管路系でインキの供給と回収をしようとする技術思想」であって,甲第4号証刊行物においてこの技術的思想を実現するために採用されている構成そのものではない。ある技術思想が周知であるか否かということと,その技術思想を用いた製品が製造販売されあるいは普及しているか否かということとは関係がない。甲第4号証刊行物記載の構成が印刷機のインキ供給・回収装置として極めて特殊であったとしても,その技術思想が本件出願の6年以上も前に公知となっている以上,上記の事情は,上記技術思想を周知であったと認めることを妨げるものではないというべきである。
原告は,同一管路で洗浄する場合のことを考えると,インキの供給と回収とを同一管路で行った場合,インキの回収が終了するまでは,供給用の管路に洗浄水を通して管路を洗浄することができず,次の印刷を開始するまでに余分な時間を必要とするから,当業者にとっては,インキの供給と回収とを同一管路により行うということは,通常考えられない,と主張する。
しかしながら,本件明細書には,本件発明において,洗浄を,インキの供給及び回収とは別の管路で行うことが記載されている(甲第3号証6頁9欄12行〜30行)。洗浄を,インキの供給・回収と同一管路で行うことを当然の前提とする原告の主張は,前提において既に失当であり,採用することができない。
(3) 原告は,本件発明に想到するためには,引用発明1において,主ロールと補助ロールとの間にできる空間をインキ貯留部とし,ここのみを主ロールヘのインキ供給源とするという,全く新たな発想法を採用する必要がある,と主張する。
引用発明1の「インキ溜まり」と本件発明の「インキ貯溜部」とが,そこに溜めるインキの量において相違するものではなく,この点において両者が一致するものと解すべきことは,前記2で説示したとおりである。
引用例1には,補助ロールにインキを供給してインキ溜りにインキを溜め,ここから主ロールにインキを供給する形態のものが記載されており,この場合には,主ロールへインキを供給するのはインキ溜りのみであるから,引用発明1も,インキ溜りのみを主ロールへのインキ供給源とするものを含んでいることは,前記説示のとおりである。
原告の主張は,引用発明1の「インキ溜り」と本件発明の「インキ貯留部」とが異なることを前提とするものであり,その前提においてそもそも誤っているというべきである。
原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 原告は,インキの回収については,1本のノズルで移動しながら回収する方法,固定式の複数のノズルのもので供給と回収とを兼用する方法があり,これらを組み合わせてどのような構成にするかは一義的に決まるものではなく,さらに,全く別の印刷機に属する引用発明2のインキ供給装置の構成を採用することを着想するという,特別に困難な着想が必要である,と主張する。
引用発明1の供給装置はロールの軸方向に移動しながらインキを供給するものであると解すべきことは,前記1で説示したとおりである。このような引用発明1の供給装置に引用発明2の供給装置の構成を適用してチュービングポンプにより供給する方式に置き換えることに想到することが容易であると解すべきことは,前記3で説示したとおりである。
引用発明1は,インキ溜りに溜まったインキを回収する構成を有しない。
しかしながら,同発明に使用されるインキは,本件発明に使用されるのと同様,フレキソ印刷機用のインキの粘度とプリスロ印刷機用のインキの粘度の中間の粘度を有するインキであり,インキ溜りには,本件発明におけるインキ貯留部と同様に,主ロールの表面に全長にわたって略均一にインキが付着するのに必要な量のインキが貯留されていると解すべきであり,引用発明1のインキ貯留部に溜まるインキがその回収を考える余地のないほどにわずかのものであるということができないことは前記2で説示したとおりである。このような引用発明1を出発点として考える場合,インキ溜りに溜まったインキを無駄にせず,回収しようとすることは,これを廃棄することとの対比において,選択の対象として当然考慮されるべき技術的課題であるというべきである。
そして,段ボール印刷機において,可逆性チュービングポンプを用いてインキの供給と回収とを同一の管路で行う装置が周知の技術であることは前記のとおりであり,甲第12号証刊行物(1988年(昭和63年)7月に印刷されそのころ発行されたと認められるカタログ)には,「世界をリードすするワトソン・マーロウ社のチュービングポンプ」,「特性・・・可逆転で送液方向が変えられます。」との記載があることが認められ,同記載によれば,チュービングポンプはその特性として,可逆転で送液方向が変えられることは技術常識であったというべきであるから,引用発明2の供給装置を適用したチュービングポンプを用いた引用発明1の供給装置にインキを回収する機能を持たせ,インキ供給と回収とを同一の管路で行う,可逆性チュービングポンプを用いた供給回収装置とすることに想到することに困難性はないというべきである。
原告の主張は,採用することができない (5) 上に述べたとおりであるから,取消事由4も理由がない。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久