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関連審決 不服2001-18757
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  上位概念 /  下位概念 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  参酌 /  技術的意義 /  実施 /  業として /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 417号 審決取消請求事件
原告 ソニー株式会社
原告 株式会社タムロン
両名訴訟代理人弁理士 角田芳末
同 磯山弘信
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 末政清滋
同 國島明弘
同 大野克人
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2001−18757号事件について平成14年7月2日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,平成4年3月23日に出願された特願平4-65304号の分割出願として,平成11年3月19日に,発明の名称を「写真システム及び写真フィルム焼付装置」とする発明について,特許出願をした(平成11年特許願第75257号。以下「本願出願」という。請求項の数は6である。)。特許庁は,これにつき,平成13年9月11日に拒絶の査定をした。原告らは,平成13年10月18日にこれに対する不服の審判を請求した。特許庁は,同請求を不服2001-18757号事件として審理し,その結果,平成14年7月2日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年7月16日にその謄本を原告らに送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面A参照) 「【請求項4】 舌状片を無くし写真フィルム先端部をほぼ直線からなるように形成された写真フィルムが複数つなぎ合わされた写真フィルムを給送する給送機構と,前記給送機構により給送された前記写真フィルムの送り量を検出する検出器と,前記給送機構より給送された前記写真フィルムの有効撮影エリアと前記写真フィルムの縁部との間の非撮影エリアに配された光学的位置検出用透孔間に前記写真フィルムに関する情報を有し,前記有効撮影エリア上への画像の露光に伴い,2.5mm幅の前記非撮影エリアに記録された焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号と,焼付けを制御する制御信号とをフィルム給送中に連続して検出し,検出した写真フィルムの送り量に基づいて前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別し,判別した前記コマサイズ信号により指定されるマスクの開口サイズを選択して位置決めして写真フィルムの画像を印画紙に焼付けることを特徴とする写真フィルム焼付装置。」 (審決において直接の考察の対象となったのは請求項4で特定された発明のみである。以下,請求項4記載の発明を「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,平成3年5月2日(分割出願としてなされた本願出願前に対応する原出願の出願日より前である。)に頒布された特開平3-105336号公報(以下,審決と同様に「引用例1」という。)に記載された発明(以下,審決と同様に「引用発明」という。別紙図面B参照。)及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当する,というものである。
審決が上記結論を導くに当たり,本願発明と引用発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「写真フィルムを給送する給送機構と,前記給送機構より給送された前記写真フィルムの有効撮影エリアと前記写真フィルムの縁部との間の非撮影エリアに配された前記写真フィルムに関する情報を有し,前記有効撮影エリア上への画像の露光に伴い,前記非撮影エリアに記録された焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号と,焼付けを制御する制御信号とをフィルム給送中に検出し,検出した前記コマサイズ信号により指定されるマスクの開口サイズを選択して位置決めして写真フィルムの画像を印画紙に焼付けることを特徴とする写真フィルム焼付装置。」 相違点 「相違点1;本願発明は,給送される写真フィルムが,舌状片を無くし写真フィルム先端部をほぼ直線からなるように形成された写真フィルムが複数つなぎ合わされたものであるのに対し,引用発明には,その点の記載がない点。」 「相違点2;本願発明は,給送機構により給送された前記写真フィルムの送り量を検出する検出器を有しているのに対し,引用発明には,その点の記載がない点。」 「相違点3;本願発明は,写真フィルムに関する情報を光学的位置検出用透孔間に有しているのに対し,引用発明には,その点の記載がない点。」 「相違点4;本願発明は,非撮影エリアの幅が2.5mm幅と限定されているのに対し,引用発明には,その点の記載がない点。」 「相違点5;本願発明は,コマサイズ信号と,焼付けを制御する制御信号とをフィルム給送中に連続して検出しているのに対し,引用発明には,「連続して」の記載がない点。」(以下「相違点5」という。) 「相違点6;本願発明は,検出した写真フィルムの送り量に基づいて前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別しているのに対し,引用発明には,その点の記載がない点。」(以下「相違点6」という。)
原告ら主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明と引用発明との一致点でないものを一致点と誤認して,両発明の相違点を看過し,その結果,当該相違点についての判断を怠り(取消事由1ないし3),相違点5及び6についての判断も誤ったものであり(取消事由4,5),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(画角マーク29とコマサイズ信号とを一致点と認定した誤り) 審決は,引用発明の「画角マーク29」を本願発明の「コマサイズ信号」に相当すると認定した(審決書3頁4段)。しかし,この一致点の認定は誤りである。
(1) 本願発明の「コマサイズ信号」は,カメラに付いているコマサイズ設定スイッチ6 により設定されたコマサイズを表す信号であって,例えば,本願明細書の段落【0048】の【表2】に示されるような,HDTVのフルサイズ,NTSCフルサイズ,HDTVハーフサイズ,NTSCハーフサイズのいずれかを表す信号であり,異なった縦横比のサイズを表す信号である。
これに対し,引用発明の「画角マーク29」は,撮影時に液晶パネルに現れたトリミング枠の大きさを表す信号であり,同一の縦横比の大きさを示すマークである。すなわち,引用発明の「画角マーク29」は,引用例1の第3図(A)あるいは(B)のH1〜H3 あるいはV1〜V3の中のいずれかのトリミング枠の大きさを表すマークであり,同一の縦横比の大きさを示すマークである。引用発明においては,写真のフィルムから「コマ」の「サイズ」を検出することは全く示されておらず,単に,トリミング枠の倍率を検出し,焼付装置におけるトリミング枠の倍率を変更することが示されているだけである。
したがって,本願発明の「コマサイズ信号」と引用発明の「画角マーク29」とは技術的に異なる概念であり,本願発明の「コマサイズ」の信号に,引用例におけるトリミング枠の倍率を示すマークである「画角マーク29」を含めるのは無理であるから,引用発明の「画角マーク29」が本願発明の「コマサイズ信号」に相当すると認定した審決の認定は誤りである。
(2) 被告は,引用発明の「画角マーク29」も,本願発明の「コマサイズ信号」も,共に,「焼付けをすべきエリア」を示すマークであるので,審決は,この点をとらえて,両者は一致する,と認定したものである,と主張する。しかし,本願明細書の請求項4には,「焼付けすべきエリアを示す信号」とは記載されていない。
「焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号」と記載されているのである。この「焼付けすべきエリアを示す」という請求項4の記載は,「コマサイズ信号」の内容そのものを示すのではなく,「コマサイズ信号」の一つの機能を示すものであって,「コマサイズ信号」を修飾する言葉であるにすぎない。被告の上記主張は,請求項4の「コマサイズ信号」との文言を無視するものである。
(3) 被告は,原告らが,本願発明の「コマサイズ信号」を,本願明細書の実施例のものに限定して解釈するものである,と主張する。しかし,本願発明の「コマサイズ信号」の「コマサイズ」という言葉が,フィルムの各コマのサイズを意味することは,その字義から,直接的,一義的に理解することができることである。原告らは,特許請求の範囲の記載に基づいて解釈をしているものである。
2 取消事由2(横基準位置マーク28aと焼付けを制御する制御信号とを一致点と認定した誤り) 審決は,引用発明の「横基準位置マーク28a」を本願発明の「焼付けを制御する制御信号」に相当すると認定した(審決書3頁4段)。しかし,この一致点の認定は誤りである。
本願発明の「焼付けを制御する信号」は,例えば,撮影時に付加されたコマの中心を示す中心マーク40aの検出信号であり,HDTVフルサイズ,NTSCフルサイズ,HDTVハーフサイズ,NTSCハーフサイズの4種類のコマでは,コマの端から中心までの距離が異なるため,コマの中心と焼付けの際の中心位置とを合わせるために用いられる制御信号である。
これに対して,引用発明の「横基準位置マーク28a」は,トリミング部分の横位置の中心を示すものである。
両者は,焼付けを行う写真の中心を表わすという点では類似性があるものの,本願発明の「焼付けを制御する信号」は,各コマサイズの中心マークを検出した信号であり,引用発明の「横基準位置マーク28a」は,トリミングの中心位置を表したものであるから,両者は似て非なるものである。
3 取消事由3(トリミングプリントシステムとフィルム焼付け装置とを一致点と認定した誤り) 審決は,引用発明の「トリミングプリントシステム」が本願発明の「フィルム焼付け装置」に相当することも明らかである,と認定した(審決書3頁4段)。
しかし,審決のこの認定は誤りである。
本願発明の「フィルム焼付け装置」は,撮影時にカメラで記録したコマサイズ信号に基づいてコマサイズの異なる写真フィルムの画像を印画紙に連続的に焼き付けるためにマスクの開口サイズを制御するものである。本願発明には,そもそもトリミングという考え方は存在しない。それを示唆するものもない。本願発明がこのようなものであるとき,引用発明におけるトリミング領域の大きさに合わせてペーパーマスク62を制御する「トリミングプリントシステム」をもって,本願発明の「フィルム焼付け装置」に相当する,と認定することはできない。
4 取消事由4(相違点5についての判断の誤り) 審決は,相違点5について,「引用例1においても,「連続して」の明示的記載はないものの,・・・「画角マーク29」,「横基準位置マーク28a」を連続して検出していると解するのが相当である。」(審決書5頁5段)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
引用発明において,「画角マーク29」,「横基準位置マーク28a」を連続して検出している」と認定することは困難である。引用発明では,「画角マーク29」の検出器には「画角マーク29」だけが検出され,「横基準位置マーク28a」の検出器には「横基準位置マーク28a」のみが検出されるのであるから,両者を「連続して」検出することはできないことになるはずであるからである。
引用発明においては,引用例1の第1図から明らかなように,「画角マーク29」は,各コマの上辺の非撮影エリアに設けられ,「横基準位置マーク28a」は各コマの可変の非撮影エリアに設けられており,「画角マーク29」と「横位置基準マーク28a」を検出する検出器は,フィルムの移送方向の同一ライン上には設けられていないことが明らかである。
これに対して,本願発明では,フィルム移送方向の同一ライン上に「コマサイズ信号」の検出器と「中心マーク」の検出器が設けられているため,両方の検出器に「コマサイズ信号」と「中心マーク」のいずれもが検出されてしまうことから,それがいずれであるかを,フィルム送り量を検出することにより判別しているのである。
請求項4には,「前記非撮影エリアに記録された焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号と,焼付けを制御する制御信号とをフィルム給送中に連続して検出し,検出した写真フィルムの送り量に基づいて前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別し,」と記載されている。ここで,「フィルムの送り量に基づいて前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別し」と記載されている意味は,フィルムの移送方向の同一ライン上に「コマサイズ信号」と「焼付けを制御する制御信号」(「中心マーク40a」の検出信号)の両方があることを意味している。
このように,本願発明においては,一つの検出器の下を「コマサイズ信号」が通り,かつ「焼付けを制御する制御信号」(「中心マーク40a」の検出信号)も通るがゆえに,フィルムの送り量に基づいて「前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別」する必要があるのである。この意味で,本願発明では,「コマサイズ信号」と「中心マーク」を「連続して」検出すると記載したのであるから,本願発明における信号検出方法は,引用発明のように,「画角マーク29」と「横位置基準マーク28a」が別々の検出器に検出され,両者を判別する技術的意味及び必要性のない検出方法とは,この点において技術的に全く異なるのである。
5 取消事由5(相違点6についての判断の誤り) 審決は,相違点6について,「送り量に基づいて,信号を判別することは,従来周知(特公昭56-6031号公報,特開昭54-29928号公報,実願昭57-140429号(実開昭59-45667号公報)のマイクロフィルム参照)の技術事項であり,引用発明と組み合わせることに格別の阻害要因はなく,そのようにすることは,当業者にとって容易なことである。」(審決書5頁6段)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
(1) 周知例として挙げられた特公昭56-6031号公報(甲第7号証。以下「甲7文献」という。)には,フィルムに設けたマークを検出する読取装置に関し,特にごみ,傷等のノイズによって誤信号を生じることのない誤信号除去装置であって,一定の大きさのマークをフィルム上の画像駒の側辺に一定間隔で設け,マークを検出したときの読取信号より短い幅の基準信号を発生させ,この基準信号と読取信号を比較して基準信号の時間幅よりも短い時間幅を持つ読取信号をノイズとして除去する誤信号除去装置が,記載されている。
フィルムが一定速度で移送されていることを前提とすれば,甲7文献に記載された誤信号除去に関する技術をもって,送り量に基づいて信号を判別するものといえなくはないであろう。しかし,そうであるとしても,甲7文献に記載された技術と,これとは目的も課題も異なる引用発明とを組み合わせることは,当業者が容易に推考し得る範囲を超えている。
(2) 周知例として挙げられた特開昭54-29928号公報(甲第8号証。以下「甲8文献」という。)には,元帳等を印字位置に送り込むためのインサータのマーク識別装置であって,紙葉面から光電検出した信号の長さを検出し,所定長に達しないものはマークを識別しないようにして紙葉面の欠陥等により非所定位置に紙葉を停止させないようにした,インサータ装置が記載されている。
しかし,甲8文献に記載されたものは,インサータ装置であり,所定長以上と認識されない信号はインサータのマークと認識しないようにするものである。
この技術から,「検出した写真フィルムの送り量に基づいて前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別している」との本願発明の構成を容易に推考することはできない。
(3) 周知例として提示された実開昭59-45667号公報(甲第9号証)には,記録紙の送り量を,紙送りパルス信号を計数し,1頁分の計数値に達すると紙送り動作を停止させることによって調整する,記録装置の紙送りに関する発明が記載されている。しかし,この技術から,「検出した写真フィルムの送り量に基づいて前記検出した信号よりコマサイズ信号を判別している」との本願発明の構成を容易に推考することはできない。
(4) 引用発明においては,「画角マーク29」を検出する際に,それが真の画角マークであるのか,画角マークとはいえない偽の信号であるのかを判別するという必要性はない。すなわち,引用発明の「画角マーク29」の検出手段は,画角マークだけを検出するものであるから,この検出手段で検出した信号が画角マークであるかどうかを判定するためにわざわざフィルム送り量に基づいて判別する手段を設ける必要性は,全くないのである。
これに対して,本願発明は,「コマサイズ信号」の検出器に,中心マークも検出されるために,フィルム送り量に基づいて,それがコマサイズ信号なのか,中心マークの信号なのかを判別することが必要となるのである。本願発明における「検出した写真フィルムの送り量に基づいてコマサイズ信号を判別する」という構成は,同発明にとって必要不可欠であるがゆえにこそ採用されている構成なのであり,そのような必要性が全くない引用発明に,これを当てはめること自体,困難としかいいようのないことである。
審決が引用した上記各周知例は,いずれも,誤動作防止のための信号判別に関するものであり,一つの検出器に検出される2種類の信号をフィルム送り量に基づいて判別するという本願発明に特有の構成については,何も開示しておらず,また,示唆もしてもいない。このような周知技術を引用発明と組み合わせることは,当業者にとって容易ではない。
被告の反論の要点
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(画角マーク29とコマサイズ信号とを一致点と認定した誤り)について (1) 本願明細書の請求項4には,「焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号」と記載されており,「コマサイズ信号」の唯一の機能を示すものとして,「焼付けすべきエリアを示す」との修飾文が付加されているのであるから,「コマサイズ信号」を,原告らが主張するように,フィルムサイズを意味する信号に限定して解釈する理由はない。引用発明の「画角マーク29」も,本願発明の「コマサイズ信号」も,共に,「焼付けをすべきエリア」を示すマークであるので,審決は,この点をとらえて両者を一致する,と認定したものである。審決に,原告ら主張の誤りはない。
(2) 原告らは,「コマサイズ信号」とは,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている「HDTVフルサイズ,NTSCフルサイズ,HDTVハーフサイズ,NTSCハーフサイズ」(甲第10号証【0048】)のいずれかを表す信号であり,異なった縦横比のサイズを表す信号である,と主張する。
しかし,本願発明の構成である「コマサイズ信号」は,「コマ」の「サイズ」を表す「信号」であり,その技術的意義は,一義的に明確に理解することができるものであるから,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の場合に該当しないことは明らかである。原告らの主張は,「コマサイズ信号」を,本願明細書の実施例のものに限定して解釈しようとするものである。また,本願明細書の請求項4においては,「焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号」と規定されており,本願発明の対象は,異なった縦横比のサイズのものの焼付けを行うものに限定されているわけではない。原告らの上記主張は,本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
2 取消事由2(横基準位置マーク28aと焼付けを制御する制御信号とを一致点と認定した誤り)について 特許請求の範囲(請求項4)に記載された「焼付けを制御する制御信号」は,焼付けを制御するすべての制御信号を包含する,極めて広い概念の用語である。
一方,引用発明の「横基準位置マーク28a」も,焼付けの際にフィルムの位置を制御するための信号であるので,「焼付けを制御する制御信号」に含まれることが明らかである。
本願発明の実施例の,「焼付けを制御する制御信号」に相当する「中心マーク40a」と比較した場合でも,両者は,焼付けを行う写真の中心位置を表わすものであり,「横基準位置マーク28a」は「焼付けを制御する制御信号」に相当する,とした審決の認定に誤りはない。
原告らは,本願発明の「焼付けを制御する制御信号」は,各コマの中心と焼付けの際の中心位置とを合わせるための信号であって,引用発明の「横基準位置マーク28a」は,トリミングの中心位置を表わしたものであるから,両者は似て非なるものである,と主張する。しかし,原告らのこの主張は,本願発明の特許請求の範囲の記載の基づかない主張である。
3 取消事由3(トリミングプリントシステムとフィルム焼付け装置とを一致点と認定した誤り)について 引用発明の「トリミングプリントシステム」が,フィルムを焼き付ける装置であることは明らかである。
原告らは,本願発明の「フィルム焼付け装置」には,トリミングという考え方はない,と主張する。しかし,審決は,フィルム焼付け装置の下位概念である引用発明のトリミングプリントシステムが,上位概念である本願発明のフィルム焼付け装置に相当すると認定しているのであって,本願発明にトリミングの概念が入っているか否かは,上記認定の当否とは関係がないことである。
4 取消事由4(相違点5についての判断の誤り)について 原告らは,引用発明においては,「画角マーク29」,「横基準位置マーク28a」を「連続して」検出することはしていない,と主張する。
しかし,引用例1の「標準サイズのプリントのみが続く場合には,ネガフイルム30及びカラーペーパー64を一定速度で移送させて順次プリントを行う。他方,ネガフイルム30の移送中にデータ読み取り装置58によりトリミングマーク(28a,28b,29)を検出した場合には,そのコマを通常のプリント位置にセットし,標準プリントの場合と同様にスキャナー84によって測光した後,基準位置マーク28a,28bの検出結果に基づいてフイルムキャリア44を駆動して,トリミング中心をプリント中心位置に位置合わせする。また,メモリ87aのデータに基づいてズームレンズ60を駆動して焦点距離を調整し,ペーパーマスク62を駆動して焼付け範囲を調整する」(甲第3号証4頁右下欄7行〜末行)との記載は,本願発明の課題に関する本願明細書の「本発明は斯る点に鑑み,連続する写真フィルム内に異種のコマサイズが存在していても自動的に焼付けすることができるようにすることを目的とする。」(甲第10号証【0016】)との記載と軌を一にするものである。引用発明においても,連続する写真フィルム内のマークである「画角マーク29」,「横基準位置マーク28a」を「連続して」検出していると解するのが相当であり,原告らの主張は失当である。
原告らは,引用発明では,「画角マーク29」の検出器には「画角マーク29」だけが検出され,「横基準位置マーク28a」の検出器には「横基準位置マーク28a」のみが検出されるのであるから,両者を「連続して」検出することはできない,と主張する。しかし,本願発明は,その特許請求の範囲(請求項4)において,コマサイズ信号と焼付けを制御する信号とを「連続して検出し」と規定しているだけであるから,引用発明においては,同じ検出器で,両方のマークを検出していない,との原告らのこの主張は,本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
5 取消事由5(相違点6についての判断の誤り)について 引用発明の「トリミングプリントシステム」のように,フィルム状のものを送り,それに付与された信号を読み取り,読み取り信号に基づいて装置の動作を制御する装置において,信号の真偽を正しく判別することは,自明の課題というべきである。
この点は,甲7文献の「この種のマーク読取装置の誤検出防止法として,従来は,一定間隔に付されたマークを検知する為に例えば第2図aに示すようにタイマ回路2とマーク読取回路2を設け,両回路の出力をANDゲート4を通すことにより誤検出を防止する手段が用いられていた。」(甲第7号証1頁左欄下から2行〜右欄4行)との記載からも明らかである。引用発明の「画角マーク29」を「ネガフィルム30」給送中に検出し,検出した画角マークに対応するよう「ペーパーマスク62」を駆動して大きさを制御する「トリミングプリントシステム」についていえば,ネガフィルムの給送中に画角マークの真偽が適正に判別されなければ,ペーパーマスクを正しく制御することができず,引用発明を実施することができないことが明らかである。
当業者であれば,そのような課題を解決するために,周知技術を引用発明に組み合わせることに,何ら困難性はない。原告らの主張は失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(画角マーク29とコマサイズ信号とを一致点と認定した誤り)について (1) 本願発明の「コマサイズ信号」について (ア) 「こま」(齣,コマ)の語は,写真フィルムにおいて用いられるときは,例えば,広辞苑第4版964頁において「@(写真用語)ロール・フィルム・映画フィルムの一画面。」と,大辞林909頁において「@映画のフィルムの一画面。また,それを数える単位。ショット。カット。」と,説明されていることからも分かるとおり,一般に,フィルム上に存在する一連の画面中の一つ一つの画面を指すものとして使用されている語である。したがって,本願発明における「コマサイズ信号」とは,「コマサイズ信号」との用語自体から,別に解すべき特段の事情が認められない限り,写真フィルムの一連の画面中の一つ一つの画面のサイズを表わす信号のことである,と理解するのが相当である。
(イ) 本願発明の「コマ」,「コマサイズ」あるいは「コマサイズ信号」の意味に関して,本願明細書の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある(甲第10号証) 「【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明は異種のコマサイズを連続的に有する写真フィルムを焼付するのに適用して好適な写真システム及び写真フィルム焼付装置に関する。
【0004】 ・・・35mm写真フィルムを,その両端に形成されている従来使用されていた寸法のスプロケット孔を無くすことで,有効撮影エリアをフィルム幅方向に約30mmとし,フィルムの有効使用量を拡大するものが提案されている。
【0006】 そこで,35mm幅の写真フィルム1からパーフォレーション2を除くとともに,そのパーフォレーション2のあった位置までコマのフィルム幅方向の長さを拡大する。すなわち,そのようにすれば,実質的な有効撮影エリアを約40%拡大でき,したがって,それだけ画質を向上できる。
【0007】 そこで,図19Aに示すように,フィルム1の幅は,現行のフィルム幅に等しい35mmとし,パーフォレーションは設けない。そして,有効撮影エリアであるコマ3のフィルム幅方向における長さ及びフィルム長さ方向における長さは,30mm及び40mmとする。
【0014】 【発明が解決しようとする課題】 しかしながら,フィルム内に異種コマサイズが混在するような場合,およびスプライス後の1本のマガジン内に同様に混在する場合,タイミング(ノッチャーパンチャ)においてフィルムの送りを人間が送り制御してノッチ開けを行なう必要が生じ,毎時何千枚の処理を不可能としていた。・・・ 【0015】 この問題は,現像した後でないと,コマサイズが判明しないことによる。・・・ 【0016】 本発明は斯る点に鑑み,連続する写真フィルム内に異種のコマサイズが存在していても自動的に焼付けすることができるようにすることを目的とする。
【0018】 本発明によれば,写真フィルム用カメラで撮影時に記録したコマサイズ信号12a及び制御信号40aに基いて焼付け装置が指定されるマスク48の開口サイズを選択して写真フィルムの画像を印画紙に焼付けるので,異種のコマサイズを連続的に有する写真フィルムであっても,自動的に良好に焼付けができる。
【0020】 斯る本発明によれば写真フィルム1より検出した制御信号40a及びコマサイズ信号12aに基づいてマスク48の開口サイズを選択して写真フィルム1の画像を印画紙46に焼付けるので,異種のコマサイズを連続的に有する写真フィルムであっても自動的に良好に焼付けができる。
【0023】 【発明の実施の形態】 ・・・ 【0047】 ・・・このコマサイズ信号12aとしては例えば表2に示す如きものとする。
【0048】 【表2】 ┌─────────────────┬────────────┐ │ コマサイズ │ コマサイズ信号 │ ├─────────────────┼────────────┤ │ HDTVフルサイズ │ |||| │ ├─────────────────┼────────────┤ │ NTSCフルサイズ │ ||| │ ├─────────────────┼────────────┤ │ NTSCハーフサイズ │ || │ ├─────────────────┼────────────┤ │ HDTVハーフサイズ │ | │ └─────────────────┴────────────┘ 【0077】 【発明の効果】 本発明によれば異種のコマサイズを連続的に有する写真フィルムであっても自動的に良好に焼付けができる利益がある。
「コマ」,「コマサイズ」あるいは「コマサイズ信号」に関する本願明細書の上記各記載は,これらの語を上記(ア)で述べた意味を有するものとする理解の下で,本願発明における「コマ」とはフィルム内の非撮影エリアを除いた個々の有効撮影エリア(各画面)のことであり,本願発明は,連続する写真フィルム内に異種のコマサイズ(異種の画面サイズ)が存在していても自動的に焼付けすることができるようにすることを目的とするものであり,写真フィルム1から検出したコマサイズ信号12a等に基づいて,個々の有効撮影エリアである各コマ(各画面)のサイズに合わせて,マスク48の開口サイズを選択し,個々の有効撮影エリアである各コマ(各画面)上の各画像を印画紙46に焼付けるものである,ということをいうものとして,極めて明確に把握することができる。
(ウ) 本願明細書の特許請求の範囲(請求項4)においても,「・・・前記有効撮影エリア上への画像の露光に伴い,・・・焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号と,焼付けを制御する制御信号とを・・・連続して検出し,・・・判別した前記コマサイズ信号により指定されるマスクの開口サイズを選択して位置決めして写真フィルムの画像を印画紙に焼付けることを特徴とする写真フィルム焼付装置。」と規定されている。このように,写真フィルムの有効撮影エリア上への画像の露光,すなわち,各コマ(画面)への画像の露光に伴って付されたコマサイズ信号を検出して,各コマ(画面)のサイズに合わせて焼付けを行うことにより,異なるコマサイズを連続的に有するフィルムを自動的に焼付けをすることが可能となるものである。したがって,「コマサイズ信号」とは,フィルム上の各有効撮影エリア(各画面)のサイズを表す信号であることは,請求項4の記載自体からも読み取ることができるものである。
(エ) 他にも,本願明細書における「コマ」,「コマサイズ」あるいは「コマサイズ信号」の語についての上記(ア)で述べた解釈を変更すべき特段の事情は,本件全資料によっても認めることができない。
以上のとおりであるから,本願発明の「コマサイズ信号」とは,写真フィルム中の個々の有効撮影エリアである各コマ(画面)のサイズを表わす信号のことである,ということができる。逆に,本願明細書における上記「コマ」等の語をこれと異なる意味を有するものとする理解の下で,本願明細書の上記各記載を合理的に解釈することは,困難である。
(2) 引用発明の「画角マーク29」について 引用例1には,「(従来の技術)フィルム上に記録されたコマを所定の印画紙に露光する写真焼付けにおいては,コマの全体を露光するフルサイズプリントが一般的であるが,必要に応じて特定範囲を拡大して焼き付けるトリミングプリントが行われる。このようなトリミングプリントを行うシステムは,撮影時にフィルム上に所定のトリミングマークを記録するカメラと,プリント時にこのマークを読み取って焼付け条件を調整するプリンタとから構成される。」(甲3号証1頁右欄5〜14行),「本発明においては,撮影時にカメラのファインダーを覗きながらトリミング範囲及びトリミング中心を指定して構図を定め,これらのトリミング条件を予めフィルム上に記録しておく。そして,プリント時にこれら各トリミング情報をデータ読み取り手段によって読み取り,このデータ読み取り手段からの信号に基づき,画角調整手段によって焼付け倍率及びプリント範囲を調整するとともに,プリント位置調整手段によってフィルムを移動させてトリミング中心をプリント中心位置に一致させてトリミングプリントを行う。」(同2頁右上欄2行〜12行),「第1図に示されているように,トリミング中心位置を特定する横基準位置マーク28a,縦基準位置マーク28bと,画角サイズを特定する画角マーク29をネガフィルム30のサイドにプリントする。なお,横基準位置マーク28aと縦基準位置マーク28bは,確定したトリミング枠38の各辺の中心に記録され,容易にトリミング中心位置を検出できるようになっている。」(同2頁左下欄下から2行目〜同右下欄6行)との記載がある。
引用例1のこれらの記載からすれば,引用発明は,一般的に行われる「コマの全体を露光するフルサイズプリント」と異なり,必要に応じて行われる「特定範囲を拡大して焼き付けるトリミングプリント」を対象とするものであり,引用発明においては,「画角マーク29」により特定されて,拡大されて焼き付けられる対象エリアは,有効撮影エリアである各コマ(各画面)中の特定範囲であって,コマ全体を対象とするものではないことが明らかである。すなわち,引用発明の「画角マーク29」は,写真フィルムにおける各コマのサイズを表す信号ではなく,各コマにおいてトリミングすべき枠とその拡大倍率を表す信号であり,トリミングされるべき対象エリアは,各コマの一部である。このようなとき,引用発明における「画角マーク29」を本願発明における「コマサイズ信号」と同視し得ないことは,明らかである。
(3) 以上からすれば,本願発明における「焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号」と引用発明における「画角マーク29」とは,いずれも「焼付けすべきエリア」を示す信号という機能において共通性を有するだけであり,本願発明における,フィルム中の各コマのサイズを示す「コマサイズ信号」と,引用発明における各コマの一部についてトリミングをすべき枠とその拡大倍率を表す信号である「画角マーク29」とは,もともと,その技術的意味及び機能を異にするものである。審決が,特段の説明を示すことなく,引用発明の「画角マーク29」が本願発明の「コマサイズ信号」に「相当する」と認定したことは明らかに誤りである。審決は,本願明細書の請求項4における「焼付けすべきエリアを示すコマサイズ信号」を認定するに際して,「焼付けすべきエリアを示す」との機能的表現のみから,その内容を把握したものであり,「コマサイズ」を表す信号との概念と,「トリミングサイズ」を表す信号との概念が異なることを看過したものという以外にない。審決は,上記相違を相違点として認定した上,この点につき,引用発明における,フルサイズプリントに対する概念である,指定された範囲を拡大して焼き付けるトリミングプリントに必要なトリミング枠とその拡大倍率を表す「画角マーク29」から,本願発明における,異なるコマサイズで撮影されたフィルム中の各コマサイズを認識して自動的に焼付けを行うために必要な,各コマのサイズを表す「コマサイズ信号」に想到することが当業者にとって容易であるかどうかを判断すべきであるのに,この相違点を看過し,その結果,これについての判断をしないままにその結論に至ったものである。審決のこの相違点の看過は,その結論に影響を及ぼす誤りであることが明らかである。
(4) 被告は,引用発明の「画角マーク29」も,本願発明の「コマサイズ信号」も,共に,「焼付けをすべきエリア」を示すマークであるので,審決は,この点に着目して,両者は一致する,と認定したものである,と主張する。確かに,本願発明の「コマサイズ信号」も,引用発明の「画角マーク29」も,写真フィルム中の「焼付けをすべきエリア」を示す信号であることは前述したところから明らかである。したがって,この点に着目して,引用発明の「画角マーク29」が本願発明の「コマサイズ信号」に「相当する」とするのであれば,「相当する」とする語に与える意味によっては,その限りにおいて審決の認定に誤りはない,ということができる。しかし,本願発明の「コマサイズ信号」は,写真フィルム中に異なるコマサイズのコマがある場合でも,各コマサイズを認識して自動的に焼付けを行うために必要な,各コマのコマサイズを表す信号であるのに対し,引用発明の「画角マーク29」は,写真フィルム中の各コマの一部を拡大して焼き付けるトリミングプリントをする必要がある場合に,トリミング枠と拡大倍率を認識して自動的に焼付けを行うために必要な,各コマにおけるトリミング枠とその倍率を表す信号であり,両者は,その概念を異にするものである。このようなとき,引用発明の「画角マーク29」が本願発明の「コマサイズ信号」に「相当する」とするだけで,上記相違を相違点として認定しないままにしたのでは,本願発明の特許性(新規性ないし進歩性)の有無を決定するための不可欠の作業として行われた,両発明の一致点,相違点の認定は,全体としては,相違点として認められるべきものが認められていない,という誤りを伴うものとなる。このような誤りを伴う一致点・相違点の認定を前提に行われた特許性(本願発明の場合は進歩性)を否定する審決の判断は,結論を導く上で必須の技術的評価を怠ったままに得られたものという以外にない(上記相違が,一応の相違にとどまること,すなわち,技術的観点からは,表現上の相違にすぎないもの,あるいは,当業者が適宜それぞれを採用することができる範囲内の事項,などであることが,明らかであるときは,審決には,そのことを明示しなかった点に問題があるだけで,実質上誤りはない,ということができる。しかし,上記相違点がそのような一応の相違にすぎないことは,本件全証拠によっても認めることができない。)。
2 結論 以上に検討したところによれば,その余について判断するまでもなく,審決の取消しを求める原告らの請求には理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸