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関連審決 無効2003-35032
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術常識 /  技術的特徴 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 276号 審決取消請求事件
原告 鉱研工業株式会社
訴訟代理人弁護士 松田政行
訴訟代理人弁理士 三好秀和
同 城下武文
同 中村友之
被告 三菱マテリアル株式会社
訴訟代理人弁護士 近藤恵嗣
同 梅澤健
訴訟代理人弁理士 檜山典子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2003-35032号事件について平成15年5月27日にした審決をすべて取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「リトラクトビット」とする特許第2574705号の特許(平成2年6月6日出願(以下「本件出願」という。),平成8年10月24日設定登録。以下「本件特許」という。登録時の請求項の数は4である。)の特許権者である。
被告は,平成15年1月31日,本件特許を請求項1及び3に関し無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求を無効2003-35032号事件として審理し,その結果,平成15年5月27日,「特許第2574705号の請求項1及び3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を同年6月6日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】ドリルロッドの先端に着脱可能に装着されるビットであって,該ビットは,ケースとビット本体とを具備し,前記ケースは,ドリルロッドに着脱可能に取り付けられ,軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割され,前面にチップが植設された分割体と,該分割体の背面の偏心位置に突出し,前記円孔に回動自在に嵌入する枢軸よりなり,分割体の側面同士が当接して各分割体の回動を係止して,ビット径拡大状態にするようになっていることを特徴とするリトラクトビット。
【請求項3】ドリルロッドの先端に着脱可能に装着されるビットであって,該ビットは,ケースとビット本体とを具備し,前記ケースは,ドリルロッドに着脱可能に取り付けられ,軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割され,前面にチップが植設された分割体と,該分割体の背面の偏心位置に突出し,前記円孔に回動自在に嵌入する枢軸よりなり,分割体の側面同士が当接して各分割体の回動を係止して,ビット径縮小状態にするようになっていることを特徴とするリトラクトビット。」 (以下,【請求項1】及び【請求項3】に係る発明を,審決と同様に,それぞれ「本件発明1」及び「本件発明3」といい,本件発明1及び本件発明3をまとめて呼ぶときには「本件発明」ともいう。別紙図面A参照) 3 審決の理由 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開昭63-11789号公報(本訴甲第3号証,審判甲第1号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。審決がいう「甲第1号証発明」である。別紙図面B参照),及び,英国特許第550100号明細書(1942年)(本訴甲第4号証,審判甲第4号証。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。別紙図面C参照)に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,請求項1及び請求項3のいずれについても,特許法29条2項に違反して特許されたものであるから,無効とすべきである,とするものである。
審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「ドリルロッドの先端に着脱可能に装着されるビットであって,該ビットは,ケースとビット本体とを具備し,前記ケースは,ドリルロッドに着脱可能に取り付けられ,軸対称に穿設された2個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に2個に分割され,前面にチップが植設された分割体と,該分割体の背面の偏心位置に突出し,前記円孔に回動自在に嵌入する枢軸よりなり,分割体の側面同士が当接して各分割体の回動を係止して,ビット径拡大状態にするようになっているリトラクトビット。」 相違点 「本件発明1のビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割されており,したがって,ケースには軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有するのに対し,甲第1号証発明のビット装置は,軸対称に2個に分割され,したがってケースには軸対称に穿設された2個の円孔を有する点。」(以下「相違点1」という。) 審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明3と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「ドリルロッドの先端に着脱可能に装着されるビットであって,該ビットは,ケースとビット本体とを具備し,前記ケースは,ドリルロッドに着脱可能に取り付けられ,軸対称に穿設された2個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に2個に分割され,前面にチップが植設された分割体と,該分割体の背面の偏心位置に突出し,前記円孔に回動自在に嵌入する枢軸よりなっているリトラクトビット。」 相違点 「本件発明3のビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割されており,したがって,ケースには軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有するのに対し,甲第1号証発明のビット装置は,軸対称に2個に分割され,したがってケースには軸対称に穿設された2個の円孔を有する点。」(本件発明1と引用発明1との相違点である相違点1と同じである。以下,同じく「相違点1」という。) 「本件発明3は,「分割体の側面同士が当接して各分割体の回動を係止して,ビット径縮小状態にするようになっている」のに対し,甲第1号証発明では,ビット径縮小状態では,半円形のビット装置の側面同士は当接しておらず,各分割体の回動を係止していない点。」(以下「相違点2」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件発明1及び本件発明3と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),相違点1についての判断を誤り(取消事由2,3),相違点2についての判断も誤ったものであり(取消事由4),取消事由1ないし3の誤りがそれぞれ本件発明1及び本件発明3のいずれについても,取消事由4の誤りが本件発明3について,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,各請求項のいずれについても違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は,「前記ケースは,・・・軸対称に穿設された2個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に2個に分割され」ている点を,本件発明1及び本件発明3と引用発明1との一致点として認定している。しかし,この認定は誤りである。
引用発明1は,ケースは,軸対称に穿設された2個の円孔を有し,ビット装置(本件発明のビット本体ないしはその分割体に当たる。以下同じ。)は,軸対称に2個に分割される,との構成である。これに対し,本件発明1及び本件発明3は,いずれも,「前記ケースは,・・・軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割され」ることを構成要件としている。したがって,審決が本件発明と引用発明1との一致点を上記のとおり認定したことが誤りであることは明らかである。
引用発明1は,2個の半円形状のビット装置が互いに1箇所で当接しているため,掘削抵抗が不安定になった場合に,ビット装置間がしっかりと当接していない状態になりやすい。これに対して,本件発明は,ビット本体の分割体を3個以上設けているため,その分割体が受ける掘削抵抗は枢軸と両側の二つの分割体の合計3点で支持されることになり,分割体が2個であるものとは比較にならないほどに安定化する。審決がこのような差異が生じる構成上の相違点を一致点と認定したことは,その結論に影響する誤りであることが明らかである。
2 取消事由2(引用発明2の認定の誤りによる相違点1についての判断の誤り) 審決は,引用発明2について,「甲第4号証には,地盤に穴を明ける掘削工具として,垂直なカッティングエッジ18を有する4個の扇形片16が記載されており,扇形片16は,垂直軸17を中心に拡径,縮径できるようになっており,拡径時には,互いにその側面が接触してそれ以上拡径するのを阻止して掘削状態となり,縮径時には,互いにその側面が接触してそれ以上縮径するのを阻止して収納状態となることが記載されているといえる。」(審決書5頁5段)と認定し,その上で,相違点1について判断している。しかし,引用発明2の扇形片を本件発明1のビット本体と同様の機能を持つ掘削工具とした審決の認定は誤りであり,このような誤った認定に基づき,相違点1に係る本件発明の構成について,当業者が容易に想到することができる事項にすぎない,とした審決の判断も誤りである。
(1) 刊行物2の記載について 審決において引用された刊行物2(英国特許明細書)は,その発明の名称こそ「Improvements in or relating to Drills for Mixed Excavation(混合掘削用ドリルの改良)」であるものの,審決により引用発明として取り上げられているのは,そこに記載されているもののうち,掘削用ドリルのシリンダー部にある「扇形片」である。刊行物2中の完全明細書には,「本発明におけるドリルビットは,ボーリング或いは切削(cutting)作業をするために,底面に設けたクロスドリルカッターからなる第1の手段と,形成される孔,即ち「煙突」を形作るための(回転と往復動をするマンドレル(mandrel)の形である)第2の手段と,孔とか煙突の円筒形状を円滑にするための第3の手段と,圧縮空気を通すためにドリル本体にある軸方向通路と放射方向通路からなる第4の手段と,更に操作ロッドに工具を着脱自在に結合するための工具の上部に設けた第5の手段を具えている。」(甲第4号証訳文2頁20〜26行)との記載がある。この記載からすれば,引用発明2においては,掘削は工具底面の掘削ビットによりなされ,「扇形片」は,第3の手段として,いわゆる「煙突」の内周面を円滑にすることを目的とするにすぎないものであるとするのが,合理的な理解というべきである。
(2) 刊行物2のFig.3における矢印の意味について 刊行物2のFig.3における矢印がどのような意味を持つかについては,同刊行物にその説明がない。そこで,当業者の技術常識からこの意味を検討する。
「JISハンドブック 18 図記号」(甲第21号証)には,「時計回り」の回転を表すものとして,刊行物2のFig.3と同じ矢印が記載されている。このことからすれば,Fig.3における矢印は,掘削工具の回転方向を表しているものと解するのが合理的である。また,Fig.3は,「扇形片が切削(cutting)位置にある際の第2図の3-3線における横断図(上を見上げた状態の)」(甲第4号証訳文4頁2段)であるから,Fig.2のほぼ中央から右側を指向する形で示されている矢印も,Fig.3と同じ回転方向を示していることになる。一方,Fig.4では,何らの矢印も付されていない。これらのことを素直に見れば,Fig.3及びFig.2における矢印はドリルの回転方向を示しており,Fig.4において矢印がないのはドリルが回転していないことを示しているとみるべきである。ちなみに,刊行物2のFig.5,Fig.6,Fig.7及びFig.9においても矢印が付されており,これらの図における矢印も,同様にドリルの回転方向を示している。
以上のとおり,刊行物2における矢印は,ドリルの回転方向を示すものであることが明らかである。そうすると,引用発明2においては,扇形片に働く切削抵抗は本件発明と全く逆方向に働くのである。扇形片に働く掘削抵抗によって,4枚の扇形片全体の径の拡大・縮小がなされるのであれば,拡大時と縮小時とではドリルの回転方向を,刊行物2の各図面の矢印の方向と逆の方向にする必要がある。
このように,引用発明2は,掘削抵抗によって扇形片全体の径の拡大・縮小がなされるとみることが困難なものなのである。そこに4枚の扇形片が掘削抵抗によって拡大,縮小し互いに規制し合って強固に一体化するという本件発明の構成につながるような示唆を見いだすことはできない。
(3) 扇形片の側面の接触について 引用発明2において,刊行物2のFig.3の矢印の方向とは逆の方向にドリルが回転すると仮定しても,検甲第3号証から明らかなとおり,引用発明2における扇形片の形状は,隣接する扇形片と接触する部分がピボット軸17を中心とする円弧形状となっているため,ピボット軸17を中心として扇形片が回転しても隣接する扇形片にその側面が押し付けられるという関係にならない。このように,引用発明2においては,各扇形片は互いにすれ合う関係にはあっても,押し付け合って強固に一体化するという関係にはならないのであるから,拡径状態における各扇形片の位置が定まらず,非常に不安定な状態になる。
(4) 簡単なメカニズムについて 刊行物2には,「(工具がパイプの下にあるときに)これら扇形片を軸の周りに回転させ,扇形片の垂直な先行(1eading)エッジをパイプの縁(rim)を越えて切削(cutting)位置に持っていき,また工具がパイプの中を上下できるように扇形片を収納状態に戻すための簡単な手段が用意されている。」(甲第4号証訳文3頁9行〜12行)との記載,及び,扇形片16の回動が「簡単なメカニズムで」(同4頁下から2行)行われるとの記載がある。英語の「mechanism」という語は,日本語の「メカニズム」という語よりも機械としてのニュアンスを更に強く持つ語であり,通常,「機械装置」という意味で用いられる(研究社新英和大辞典第5版参照)。このように,引用発明2における扇形片の拡大・縮小は,単純な機械装置によって実現されているのである。刊行物2には,審決が認定したように掘削抵抗によって扇形片の拡大・縮小がなされることについては,その記載もこれを示唆する記載も一切存在しない。
(5) 実施例1と実施例2との関係について 審決は,「被請求人は答弁書において,甲第4号証に記載されたシリンダ45を構成する「扇形16」の機能は「孔もしくは工具で形成された煙突を滑らかにする」にすぎず,穴を真直に,効率よく掘削するためにビット本体を少なくとも3個に分割する技術思想を示唆すらしておらず,Fig.3において図示されている回転方向では,扇形は孔の内面を撫でるだけの機能しか有さない旨主張(答弁書8頁4行〜9頁5行)する。しかしながら,上記(4-1)の(イ)に記載したように,甲第4号証には,図1からFig.4を参照すると,4個の扇形片16は垂直なカッティングエッジ18を有しており,図3に示した拡径位置において掘削するのであるから,この扇形片16は孔の内面を撫でるだけの機能しか有さないとの被請求人の主張は採用できない。(なお,被請求人の引用した部分は,上方円錐台43,シリンダー45・・とされていることから,Fig.5〜9の実施例に関する部分であって,請求人が引用したFig.1〜4の実施例ではない。)」(審決書6頁末段〜7頁2段)と判断し,刊行物2に記載された実施例1(Fig.1〜4に図示されたもの)と実施例2(Fig.5〜9に図示されたもの)とは異なるとして,被請求人(原告)の主張を排斥した。しかし,円筒部の下部にある下部錘台の構成は,実施例1のもの(Fig.2の14)と実施例2のもの(Fig.5の44)とで共通であって,外側に向かって掘削土を押し出すという機能も共通と考えられ,実施例1でも,実施例2におけるのと同様,下部錘台が外側に掘削土を押し出し,その上にある円筒部によって孔壁を滑らかにしているにすぎないと考えるのが自然である。刊行物2に記載されている扇形片の機能は,原文では「cutting」である(甲第4号証5頁52行,6頁18行ほか)。「cutting」とはあくまで切削のことであり(小学館発行・ランダムハウス英和辞典第2版668頁,2001年9月25日・日外アソシエーツ株式会社発行・科学技術45万語英和対訳大辞典460頁),これに掘る(dri11ing又はboring)という意味は含まれない。
(6) 小結 以上のとおり,刊行物2に記載された扇形片は,実施例1のもの(引用発明2)も含めて,岩盤等を掘削する機能は一切なく,穴(煙突)の内周面を円滑にする機能を有するにすぎない。また,扇形片は,シリンダー部であって,ビットを有する円錐台につながる部分にすぎず,その作用は扇形片のもつカッティングエッジが既に穿孔されていた孔の壁面を切削する(穿孔掘削ではない)ことに限られており,土壌岩石などをビット面で穿孔しながら掘削を進めるという過酷な掘削作業を行う本件発明1のビットとは全く異なっている。審決がこのような扇形片を本件発明1のビット本体と同様の機能を持つ掘削工具と認定しているのは,誤りである。
審決の,上記「扇形片16は,垂直軸17を中心に拡径,縮径できるようになっており,拡径時には,互いにその側面が接触してそれ以上拡径するのを阻止して掘削状態とな」る,との前記認定は明らかな誤りである。これに対し,本件発明1において分割体が拡径,縮径するのは,岩盤等を掘削する際の分割体に作用する掘削抵抗により分割体が自動的に回動することによるものである。両者は異質のものなのである。
3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り) (1) 本件発明は,「リトラクトビット」であり,そのビット本体は,ドリルロッドの回転方向に応じて,少なくとも3個に分割された分割体が枢軸を中心に回動し,かつ,ビット本体の拡径状態あるいは縮径状態のいずれかの状態において,中心に形の定まった隙間が形成されるところに技術的特徴がある。本件発明が,ビット本体の縮径状態で中心に多角形の隙間ができ,拡径状態では中心に隙間ができない構成の発明も,また逆に,ビット本体の縮径状態で中心に多角形の隙間ができず,拡径状態で中心に多角形の隙間ができる構成の発明も,共に含んでいることは明らかである。これに対し,引用発明1は,2個に分割された略半円形のビット装置が偏心軸を中心に回動するものではあるものの,縮径状態あるいは拡径状態のいずれかにおいて中心に形の定まった隙間を生ずるというものではない。
(2) 本件発明は,ビット本体を少なくとも3個の分割体に分割して,分割体を円周方向に略均等に配設することにより,大径の穴を真直に掘削することを可能にしたことを特徴とし,掘削すべき穴が大径になるに応じて,ビット本体の分割数を増やして,より大きな径の穴の掘削をも可能にする(甲第2号証6欄1行〜3行参照)とともに,ビット本体の中央部分に流体供給口を設ける(同5欄14行〜16行)ことをも可能にしている。これに対して,引用発明1は,ビット装置の下面に段差を設けて,掘削時に生じるビット装置の横揺れを防止するものであり,そこからは,ビット装置の分割数を増やして大径の穴を真直に掘削するという技術思想も,ビット装置の中央部分の隙間に所定間隔の隙間を確保する手段を備え他の用途に利用するという技術思想も,いずれも読み取ることができない。
(3) このように,本件発明1における,ビット本体を「少なくとも3個に分割」したことが有する技術思想と,引用発明1における,ビット装置を2個に分割したことが有する技術思想は明らかに相違するものである。審決は,両者のこのような技術思想の相違を検討することなく,単純に引用発明1のビット装置と引用発明2の扇形片とが同一の機能をもつものと認定し,しかも,引用発明1のビット装置及び引用発明2の扇形片と本件発明の分割体とで,それらを当接させている力の由来と数の相違,並びにそれによる効果の顕著な相違を看過して,本件発明は,引用発明1に引用発明2を適用することによって当業者が容易に想到できるものと判断したものであり,この判断が誤りであることは明らかである。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り) 審決は,本件発明3と引用発明1との相違点の一つ(相違点2)について,「甲第4号証には,本件発明3の相違点2に係る構成のように,各分割体の側面同士が当接して各分割体の回動を係止して,ビット径縮小状態にする構成が記載されており,甲第1号証発明のビット装置(本件発明1の分割体に対応)に代えて甲第4号証に記載された上記扇形片を適用することにより本件発明3の上記相違点2に係る構成とすることは当業者が容易に想到できる事項にすぎない。」(審決書8頁2段)と判断した。
しかし,引用発明2の「扇形片」が掘削工具に当たらないこと,及び,引用発明2の「扇形片」は,掘削抵抗によって拡径状態及び縮径状態に移行するわけでもないことは,上記のとおりである。これらからすれば,引用発明1に引用発明2を適用することによって,当業者が本件発明3に容易に想到することができる,とすることはできないことが明らかである。審決の上記判断は誤りである。
被告の反論の骨子
審決に,原告主張の誤りはない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 審決が,本件発明の分割体が3個であるのに対して,引用発明1のビット装置が2個であることを相違点として認定し,この相違点について判断していることは,相違点1について審決が判断しているところを読めば明らかである。
2 取消事由2(引用発明2の認定の誤りによる相違点1についての判断の誤り)について 審決の引用発明2の認定に誤りはない。
(1) 扇形片の機能について 刊行物2には,扇形片16に備えられている切り刃に関し,実施例1のカッティングエッジ18については,「拡径された位置つまり切削位置」(甲第4号証訳文4頁下から3行〜2行)と記載されているのに対して,実施例2の円筒部45の機能については,「工具によって形成された孔即ち煙突を滑らかにすることであり,煙突は円筒形となり,それが保たれることとなる。」(同訳文7頁2行〜3行)と記載されている。実施例1のカッティングエッジ18と実施例2の円筒部45とは,それぞれが異なる役割を有するものであることが明らかである。
(2) 刊行物2のFig.3における矢印の意味について 刊行物2のFig.3のカッティングエッジ18は,日本語に訳せば,「切り刃」又は「掘削刃」である。当業者の技術常識を前提としてFig.3を見た場合,先端部分(18)がカッティングエッジであるとの説明があれば,先端部分から中心方向に続く短片部分をすくい面と理解し,先端部分から周辺方向に続く長辺部分が逃げ面であると理解することは当然である。カッティングエッジが掘削を行うためには,工具が同図に示された矢印とは反対方向に回転しなければならないことになるのは,当然である。
刊行物2には,矢印の意味の説明がないので,掘削方向と反対方向の矢印が記載されている理由は不明である。しかし,この矢印が掘削時の回転方向を示すとする原告の主張には,根拠は何もない。原告の主張に沿って解釈すると,掘削時に扇形片にかかる抵抗は矢印とは反対向きになり,この掘削抵抗によって扇形片は垂直軸の回りに左回りのモーメントを受け,何らかのストッパーがない限り,扇形片は収納位置に戻ってしまうことになる。このような結果をもたらす解釈が刊行物2に記載された発明の趣旨に反することは明らかである。
刊行物2には,「工具のシリンダー部は,4個の扇形片16からなり,それら扇形片16は,外側の縁(trailing edge)(原告注・trailing edgeは,研究社リーダーズ英和辞典第2版によれば,trailing edge【空】《翼・プロペラの》後縁;【電】立下がり縁《パルスの後ろの縁》であるから,「後縁」と訳すべきである。)近くで,工具本体に固着されている垂直なボルト17に回転自在に取り付けられている。」(甲第4号証訳文4頁下から8行〜下から6行)と記載されている。このように,ボルト17(判決注・「ピボット軸17」ともいう。)の位置が扇形片の「後縁」(trailing edge)付近と記載されているということは,刊行物2のFig.3において,カッティングエッジ18は扇形片16の前縁に設けられていることを示すものである。このことは,同図における工具が,同図の矢印と反対の方向に回転してカッティングエッジ18によって切削が行われることを示すものである。
(3) 「簡単なメカニズム」について 刊行物2には,「簡単なメカニズム」(甲第4号証訳文4頁下から2行)の具体的な内容も,掘削位置にある扇形片をその位置に保持するメカニズムも,いずれも記載されていない。カッティングエッジは,円錐台よりも外側に張り出しているから,何らかのメカニズムで保持しない限り,円錐台で掘削された穴を更に掘り拡げることは不可能である。したがって,「簡単なメカニズム」は,扇形を掘削位置に保持する機能を奏するものということになる。審決が認定するとおり,刊行物2のFig.3は,扇形片がピボット軸17の回りを回動して拡径した掘削状態を示しており,このとき各扇形片の側面は互いに接触してそれ以上拡径するのを阻止している。この仕組みは,正に,「簡単なメカニズム」により扇形を掘削位置に保持するものである。これに対し,原告が主張するような回転方向でカッティングエッジが穴を掘り拡げるとすれば,「簡単なメカニズム」で掘削位置に保持することは不可能である。刊行物2において,「簡単なメカニズム」についての具体的な説明が全くないこと自体が,審決の認定が正しいことを示している。
3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)について 円形のビット装置を複数の同じ形のブロック(分割体)に分割し,それぞれの対称軸からずれた位置にある軸を中心として回転することにより,拡径状態と縮径状態とを実現することができ,かつ,それぞれの状態においてブロック同士が接触して相互に係止している状態になる。この原理は,ブロックの数とは無関係である。
引用発明1によって,ビット装置をブロックに分割する技術,及び,「偏心」の組合せによる拡径,縮径の原理が示されている以上,ビット装置を何個のブロックに分割するかは,当業者が適宜選択できる設計事項にすぎない。このことは,刊行物2に,カッティングエッジ(掘削刃)を有する4個の分割体が記載されていることからも明らかである。
以上のとおりであるから,本件発明は,引用発明1における略半円形の2個のビット装置に代えて少なくとも3個の略扇形のビット装置(分割体)を用いているものにすぎず,当業者が引用発明1及び引用発明2から容易に想到することができたものである。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について 原告の主張は,取消事由2及び取消事由3の主張を繰り返しているにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は,審決が「前記ケースは,・・・軸対称に穿設された2個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に2個に分割され」ている点を本件発明1及び本件発明3と引用発明1との一致点と認定したことが誤りであることは明らかである,と主張する。
確かに,引用発明1は,ケースが軸対称に穿設された2個の円孔を有し,ビット装置は,軸対称に2個に分割される,との構成である(甲第3号証)のに対し,本件発明は,「前記ケースは,・・・軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割され」る,との構成であるから(甲第2号証・請求項1,請求項3),両者が,「前記ケースは,・・・軸対称に穿設された2個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に2個に分割され」る点で一致するとした審決の認定は誤りである。しかしながら,審決は,本件発明1と引用発明1との相違点として,「本件発明1のビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割されており,したがって,ケースには軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有するのに対し,甲第1号証発明のビット装置は,軸対称に2個に分割され,したがってケースには軸対称に穿設された2個の円孔を有する点。」(相違点1)と認定し,また,本件発明3と引用発明1との相違点についても相違点1として同趣旨の認定をしたうえで,後述のように,この相違点1について,容易想到性の判断をしている。審決が,この相違点を看過して,同相違点についての判断を遺脱したわけではないことは明らかである。審決は,本件発明と引用発明1との一致点を,例えば「軸対称に穿設された複数個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に複数個に分割され」と認定すべきところを上記のように認定したという限りでは誤ってはいるものの,上記の一致点の認定の誤りは,その結論に影響を及ぼさないものであることが,明らかである。
2 取消事由2(引用発明2の認定の誤りによる相違点1についての判断の誤り)について 原告は,引用発明2における扇形片は,穴の内周面を円滑にするものであり,岩盤等を掘削する機能はなく,本件発明のように掘削抵抗によって拡大・縮小がなされるものではないから,審決が,刊行物2には,「地盤に穴を明ける掘削工具として,垂直なカッティングエッジ18を有する4個の扇形片16が記載されており,扇形片16は,垂直軸17を中心に拡径,縮径できるようになっており,拡径時には,互いにその側面が接触してそれ以上拡径するのを阻止して掘削状態となり,縮径時には,互いにその側面が接触してそれ以上縮径するのを阻止して収納状態となることが記載されているといえる。」(審決書5頁5段)と認定判断したことは誤りである,と主張する。
(1) 刊行物2には,第1図から第4図に図示される実施例1と第5図から第9図に図示される実施例2とがあり,実施例1については,「第1図から第4図において,ボーリング工具は全体として,工具のシリンダー部に達する円錐台13の頂部に空洞のシリンダー部分12を持ち,もう一つの円錐台14の底にはその下面にクロスビットカッター15を持ち,また円錐台14の上方に延びる斜面にはカッティング刃(blade)を持っている。工具のシリンダー部は,4個の扇形片16からなり,それら扇形片16は,外側の縁(outer trailing edge)(判決注・正しくは「外側の後縁」と訳すべきである(乙3)。)近くで,工具本体に固着されている垂直なボルト17に回転自在に取り付けられている。夫々の扇形片16は垂直なカッティングエッジ(cutting edge)18を持っていて,工具がパイプの下方にあるときか或いは切削(cutting)に用いられるときには,扇形片16は第3図に示されているカッティングエッジ18が拡径された位置つまり切削位置(cutting position)をとるように(簡単なメカニズムで)垂直なピボット軸17の回りを回転する。また一方,扇形片16は,工具がパイプの中を上下動できるように工具が縮径している第4図の収納状態に戻すことができる。」(甲第4号証訳文4頁18行〜5頁1行)及び「時々,カッティングエッジの再研磨のために工具の撤去をすることが必要となる。カッティングの間,工具の扇形片16はカッティング位置にあるけれども,工具とモーター組立体がパイプ中に引き上げられるときは,扇形片16は図4に示されるようにまず収納される。」(同訳文5頁下から4行〜末行)と記載されている。
刊行物2の上記記載によれば,同刊行物の実施例1は,上記のとおり,下面のクロスビットカッター15により穿孔を開始し,その上方に延びる,斜面にカッティング刃を備えた円錐台14により掘削して穴の径を拡大し,円錐台の上部にある4個の扇形片16のカッティングエッジ18により切削しながら更に穴の径を拡げるものである。すなわち,4枚の扇形片16は,垂直なピボット軸(ボルト)17に回転自在に取り付けられ,それぞれ垂直なカッティングエッジ18を備え,切削時には,Fig.3に示されているように,矢印の方向の掘削抵抗によりカッティングエッジ18が拡径された位置(切削位置)をとるように,ピボット軸17の回りを回転するものであり,工具を引き上げるときは,4枚の扇形片16は,Fig.4に示されるように縮径され,収納されるものである。審決が認定した引用発明2は,この実施例1であることが明らかである。
(2) 原告は,引用発明2における扇形片は,穴の内周面を円滑にするにすぎないものであり,岩盤等を掘削する機能はなく,本件発明のように掘削抵抗によって拡大・縮小がなされるものではない,と主張し,その根拠として,種々の主張をする。しかし,原告が主張するところは,次に述べる理由により,いずれも採用することができない。
(ア) 刊行物2の記載について 確かに,刊行物2には,実施例1及び実施例2についての記載の前に,同刊行物に記載された発明の説明として,「本発明におけるドリルビットは,ボーリング或いは切削(cutting)作業をするために,底面に設けたクロスドリルカッターからなる第1の手段と,形成される孔,即ち「煙突」を形作るための(回転と往復動をするマンドレル(mandrel)の形である)第2の手段と,孔とか煙突の円筒形状を円滑にするための第3の手段と, 圧縮空気を通すためにドリル本体にある軸方向通路と放射方向通路からなる第4の手段と,更に操作ロッドに工具を着脱自在に結合するための工具の上部に設けた第5の手段を具えている。」(同下線付加。甲第4号証訳文2頁5段)との記載がある。
しかし,刊行物2には,同刊行物に記載された発明の説明として,「この発明の特徴は,特に垂直なカッティングエッジを有する扇形状の工具であって,この扇形片は各扇形片の外縁近くに配置された垂直軸によって工具本体に軸支され,(工具がパイプの下にあるときに)これら扇形片を軸の周りに回転させ,扇形片の垂直な先行(1eading)エッジをパイプの縁(rim)を越えて切削(cutting)位置に持っていき,また工具がパイプの中を上下できるように扇形片を収納状態に戻すための簡単な手段が用意されている。」 (甲第4号証訳文3頁3段)との記載もある。また,刊行物2には,少なくとも実施例1と実施例2の二つの発明が記載されていて,そのうちの実施例2については,「シリンダー部分45の機能は,工具によって形成された孔即ち煙突を滑らかにすることであり,煙突は円筒形となり,それが保たれることとなる。」(同訳文7頁1段)との記載があることから明らかなように,そのシリンダー45の機能は,工具によって形成された穴(煙突)を滑らかにするにすぎないものであり,掘削機能を奏しないものであるのに対し,実施例1は,これについての刊行物2の前記(1)の記載から明らかなように,掘削機能を奏するものである。これらのことからすれば,刊行物2に記載された発明についての「第3の手段」についての上記記載は,刊行物2の実施例2に記載された発明の説明であると解する以外にないというべきである。
(イ) 刊行物2のFig.3における矢印の意味について 原告は,刊行物2のFig.3における矢印は,掘削工具の回転方向を表していると解すべきであり,引用発明2の扇形片は,Fig.3に図示された矢印の方向に回転するものであるから,同発明においては,切削抵抗は本件各発明と全く逆方向に働くのであり,掘削抵抗によって扇形片の拡大・縮小がなされることはない,引用発明2の扇形片は,岩盤等を掘削する機能は一切なく,穴(煙突)の内周面を円滑にする機能を有するにすぎない,と主張する。
しかし,JISハンドブックの図記号(ISO4196-1984)には,「1.適用範囲」の項に,「この国際規格は,種々の動き,力又は機能を表示するために,矢印を取り入れた図記号をデザインする際に採用する基本的原則と比率について規定する。矢の頭は,常に表示しようとする動き,力又は機能の方向を指すものとする。」(甲第21号証)と記載されている。この記載によれば,刊行物2のFig.3における矢印は,動き(引用発明2における扇形片の回転方向)を表示するために使用されている可能性もあるものの,力(引用発明2における扇形片に作用する掘削抵抗)又は機能を表示するために使用されている可能性もある,ということができる。
そして,刊行物2のFig.3のカッティングエッジ18の形状からすれば,扇形片が前記のとおり,切削機能を奏するためには,扇形片は,Fig.3における矢印と反対方向に回転しなければならないこと,及び,扇形片がFig.3における矢印と逆方向に回転しなければ,扇形片が切削抵抗を受けて拡径することは困難であることが明らかである。また,前記のとおり,刊行物2には,「扇形片16は,外側の縁(outer trailing edge)(判決注・正しくは「外側の後縁」と訳すべきである(乙3)。)近くで,工具本体に固着されている垂直なボルト17に回転自在に取り付けられている」と記載されている。ボルト17が「外側の後縁」(下線付加)に存在するということは,そのカッティングエッジ18は,扇形片の前方に存在するということを意味するのであり,このことからしても,扇形片がFig.3の矢印と逆方向に回転すると解するのが自然である。これらのことと,刊行物2の実施例1についての前記(1)の記載とからすれば,刊行物2のFig.3及びFig.2の矢印は,扇形片が回転する方向を示すものではなく,扇形片が受ける切削抵抗の力の向きを示すものであると解するのが合理的である。
(ウ) 扇形片の側面の接触について 原告は,刊行物2のFig.3の矢印の方向とは逆の方向にドリルが回転すると仮定しても,検甲第3号証から明らかなとおり,引用発明2における扇形片の形状は,隣接する扇形片と接触する部分がピボット軸17を中心とする円弧形状となっているため,ピボット軸の回りに扇形片が回転しても隣接する扇形片に押し付けられるという関係にならない,引用発明2においては,拡径状態における各扇形片の位置が定まらないため,非常に不安定な状態になる,と主張する。しかし,検甲第3号証は,原告が刊行物2のFig.3及びFig.4を参考にして,その図面上の寸法を計測して作成したものにすぎない。刊行物2のFig.3及びFig.4は,特許明細書の図面であり,「添付した図面は,概略図で,この発明の種々の実施例を説明している。」(甲第4号証訳文4頁4行)ものであって,当業者が引用発明2の内容を理解しやすいようにこれを図示したものにすぎないのであり,引用発明2の実施品製作のための設計図ではないのであるから,当然のことながら,刊行物2に記載された実施例1の寸法は正確に記載されているものではない。したがって,仮に,原告が,Fig.3及びFig.4の図面に記載されたとおりに,検甲第3号証を製作し,検甲第3号証によれば,拡径状態における各扇形片の位置が定まらず,非常に不安定な状態になるとしても,このことにより,刊行物2に記載された実施例1(引用発明2)が,拡径状態における各扇形片の位置が定まらず,非常に不安定な状態になるものと認めることは到底できないことである。原告の主張は失当である。
(エ) 簡単なメカニズムについて 原告は,刊行物2に,「扇形片を収納状態に戻すための簡単な手段」との記載か扇形片16の回動が「簡単なメカニズム」による旨の記載とかがあることから,引用発明2における扇形片の拡大・縮小は,単純な機械装置によって実現されているのであり,掘削抵抗によって拡大・縮小がなされることについては,その記載もこれを示唆する記載も一切存在しない,と主張する。
しかし,刊行物2のFig.3において,扇形片16は矢印と反対方向に回転して,カッティングエッジ18により切削するものであることは前示のとおりであり,扇形片16には,拡径するための別機構を設けなくても,切削時に,カッティングエッジ18に岩盤等の掘削抵抗が作用し,垂直なピボット軸17を支点とした拡径方向の力を受けることになり,また,拡径時に扇形片16を矢印方向に回転させれば,扇形片16は,垂直なピボット軸17を支点とした縮径方向の力を受けて縮径することも明らかである。そして,このような扇形片16及び垂直なピボット軸17の形状・位置関係を前提として,回転方向により拡径・縮径させる態様を,簡単な手段(simple means),単純な仕組み,機械作用(simple mechanism)と表現することに格別の支障がないことは,明らかである。このことに,刊行物2に扇形片を拡径・縮径する別途の機構について具体的構成が記載されていないことをも併せて考えると,上記のような拡径,縮径のメカニズム態様が,刊行物2でいうところの「簡単な手段」,「簡単なメカニズム」に当たると解するのが相当である。
(オ) 以上からすれば,刊行物2に開示された扇形片は,扇形片16とそのカッティングエッジ18及び垂直なピボット軸17の特定の形状・位置関係を前提とし,Fig.3の矢印と逆の回転方向に回転することにより,同矢印の方向の掘削抵抗を受けて,拡径・縮径するという,「簡単な手段」,「簡単なメカニズム」によるものと認められる。審決が,引用発明2が,本件発明と同様に,岩盤等を掘削する際の分割体に作用する掘削抵抗により,分割体が自動的に回動して拡径,縮径するものであると認定したことに誤りはない。原告の主張はいずれも採用することができない。
3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)について (1) 本件発明と引用発明1との相違点は,本件発明の「ビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割されており,したがって,ケースには軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有するのに対し,甲第1号証発明のビット装置は,軸対称に2個に分割され,したがってケースには軸対称に穿設された2個の円孔を有する点。」(相違点1)である。そして,刊行物2には,上記のとおり,本件発明の分割体と同様な,掘削工具としてのカッティングエッジ18を有する4個の扇形片16が,掘削時に岩盤等の掘削抵抗により垂直なピボット17を支点として拡径することが示されており,ビット装置が2個に分割された引用発明1に,ビット装置に相当する扇形片を4個とする引用発明2の技術を適用することが困難であるとする理由は何ら見当たらない。そうである以上,当業者にとって,引用発明1の2個の半円形のビット装置を4個(本件発明の「少なくとも3個」に相当する。)に分割して本件発明に係る構成とすることは,容易に想到し得るものというべきである。
審決の,本件発明1についての,「甲第4号証に記載された扇形片も本件発明1と同様に掘削工具であるから、甲第1号証発明の2個の半円形のビット装置(本件発明1のビット本体、分割体に対応)を少なくとも3個に分割して本件発明1の上記相違点に係る構成のようにすることは当業者が容易に想到できる事項にすぎない。」(審決書6頁5段)との判断,及び,本件発明2についての同様の判断(審決書7頁末行〜8頁1行)に誤りはない。
(2) 原告は,本件発明のビット本体は,少なくとも3個に分割された分割体が回動し,かつ,ビット本体の拡径状態あるいは縮径状態のいずれかの状態において,中心に形の定まった隙間が形成されるところに技術的特徴がある,と主張する。
しかし,本件発明1を特定する請求項1の記載は,「ドリルロッドの先端に着脱可能に装着されるビットであって,該ビットは,ケースとビット本体とを具備し,前記ケースは,ドリルロッドに着脱可能に取り付けられ,軸対称に穿設された少なくとも3個の円孔を有し,前記ビット本体は,軸対称に少なくとも3個に分割され,前面にチップが植設された分割体と,該分割体の背面の偏心位置に突出し,前記円孔に回動自在に嵌入する枢軸よりなり,分割体の側面同士が当接して各分割体の回動を係止して,ビット径拡大状態にするようになっていることを特徴とするリトラクトビット。」というものであって,そこには,中心に形の定まった隙間が形成されるとの構成は規定されていない。また,本件発明3も,同様に,特許請求の範囲(請求項3)において,中心に形の定まった隙間が形成されるとの構成は,規定されていない。したがって,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,理由がない。
仮に,軸対称に分割された3個以上の分割体が偏心位置を支点として回動すれば,少なくとも,拡径状態又は縮径状態のいずれかの状態において,中心に形の定まった隙間が形成され,2個の略半円形の分割体の場合は,拡径状態又は縮径状態のいずれの状態においても,中心に形の定まった隙間が形成されないことが技術的に自明な事項であるとしても,このような差異は,本件発明のビット本体が3個以上であり,引用発明1のビット装置が2個であるとの構成上の相違点(相違点1)に起因して生じる差異であるから,本件発明の進歩性の判断においては,引用発明1の2個に分割されたビット装置を,3個以上に分割された構成とすることが当業者にとって容易かどうかを検討すれば足りることであり,これが容易であることは,上記(1)認定のとおりである。
(3) 原告は,本件発明は,ビット本体を少なくとも3個の分割体に分割して,分割体を円周方向に略均等に配設することにより,大径の穴を真直に掘削することを可能にしたことを特徴とし,掘削すべき穴が大径になるに応じて,ビット本体の分割数を増やして,より大径の穴の掘削をも可能にする,中央部分の隙間に流体供給口を設けることをも可能にするなどの効果を奏する,と主張する。
しかし,原告が主張するこれらの作用効果は,ビット装置を2個から3個以上の構成とすることにより,当業者が通常予想し得る範囲のものであるから,これをもって,本件発明が進歩性を有することの根拠とすることはできない。
4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について 原告の取消事由4における主張は,取消事由2及び取消事由3において主張したものに尽きるから,取消事由2及び取消事由3に理由がない以上,取消事由4にも理由がないことが明らかである。
結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久