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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ワ24051特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成11ワ3012特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ7209製造販売差止等請求事件 平成12ワ14053同請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  製造方法 /  使用方法 /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  実施料相当額 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 16739号 特許権侵害差止等請求事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/01/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告らは,別紙物件目録記載のプラスチック成形品を製造,販売してはならない。
2 被告らは,その所有若しくは占有に係る別紙物件目録記載のプラスチック成形品及び半製品を廃棄せよ。
3 被告らは,原告に対し,連帯して金2億円及びこれに対する平成14年8月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要等
1 争いのない事実等 (1) 当事者 原告は,合成樹脂製品の真空蒸着メッキ加工等を目的とする株式会社である。
被告工立化成株式会社(以下「被告工立化成」という。)は,プラスチックの製造及び加工組立販売を目的とする株式会社であり,同株式会社タカハシ工業(以下「被告タカハシ工業」という。)は,金属塗装及び樹脂塗装の事業等を目的とする株式会社であり,同株式会社大成化工(以下「被告大成化工」という。)は,金属及び樹脂の蒸着メッキ及び加工業務等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の特許権 ア 原告は,次の特許権(以下「甲特許権」という。)を有している。
特許番号 第2688148号 発明の名称 電磁波シールドプラスチック成形品 出願年月日 平成4年9月1日 登録年月日 平成9年8月22日 イ 甲特許権に係る明細書(以下「甲特許明細書」という。)に記載された特許請求の範囲請求項1は,次のとおりである(以下,この特許発明を「甲発明」という。)。
「あらかじめ洗浄することなく,しかもプライマーコート層を配設せずにプラスチック成形品表面に,高周波励起プラズマ雰囲気でアルミニウムをイオン化して0.7〜5.0μmの膜厚のアルミニウム成膜を配設してなる電磁波シールドプラスチック成形品。」 ウ 甲発明の構成要件は,次のとおり分説される(以下,それぞれを「構成要件A」などという。)。
A あらかじめ洗浄することなく,しかもプライマーコート層を配設せずにプラスチック成形品表面に B 高周波励起プラズマ雰囲気で C アルミニウムをイオン化して D 0.7〜5.0μmの膜厚の E アルミニウム成膜を配設してなる F 電磁波シールドプラスチック成形品 エ 原告は,次の特許権(以下「乙特許権」という。)を有している。
特許番号 第2817891号 発明の名称 電磁波シールドプラスチック成形品の製造方法 出願年月日 平成5年11月8日 登録年月日 平成10年8月21日 オ 乙特許権に係る明細書(以下「乙特許明細書」という。)に記載された特許請求の範囲請求項1は,次のとおりである(以下,この特許発明を「乙発明」という。)。
「プラスチック成形品の表面の油を溶剤により除去し,前記プラスチック成形品を真空漕内の高周波励起プラズマ雰囲気に所定時間さらして前記プラスチック成形品の表面をボンバード処理し,更に,前記真空漕内の高周波励起プラズマ雰囲気内で前記表面にアルミニウム膜を成膜することを特徴とする電磁波シールドプラスチック成形品の製造方法。」 カ 乙発明の構成要件は,次のとおり分説される(以下,それぞれを「構成要件G」などという。)。
G プラスチック成形品の表面の油を溶剤により除去し H 前記プラスチック成形品を真空漕内の高周波励起プラズマ雰囲気に所定時間さらして前記プラスチック成形品の表面をボンバード処理し I 更に,前記真空漕内の高周波励起プラズマ雰囲気内で前記表面にアルミニウム膜を成膜することを特徴とする J 電磁波シールドプラスチック成形品の製造方法 (3) 被告らの行為 被告タカハシ工業及び被告大成化工は,被告工立化成の注文と指示に基づき,別紙物件目録記載のプラスチック成形品(以下「被告製品」といい,被告製品の製造方法を「被告方法」という。ただし,別紙物件目録中の「記」以下の記載については当事者間に争いがある。)を製造し,被告工立化成は,これを松下通信工業株式会社に対して販売している。
2 事案の概要 本件は,甲特許権及び乙特許権を有する原告が,被告らに対し,被告製品が甲発明の技術的範囲に属し,被告方法は乙発明の技術的範囲に属するから,被告製品を製造販売する被告らの行為は,甲特許権及び乙特許権を侵害すると主張して,上記各特許権に基づき被告製品の製造販売行為の差止め及び廃棄を請求するとともに,民法709条に基づき損害賠償を請求する事案である。
3 本件の争点 (1) 被告製品が甲発明の技術的範囲に属するか否か。
構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」を充足するか。
構成要件Aの「プライマーコート層を配設せずに」を充足するか。
(2) 甲特許に無効理由が存在することが明らかか否か。
技術的思想創作といえるか。
進歩性の有無 (3) 被告方法が乙発明の技術的範囲に属するか否か。
ア 乙発明の技術的範囲はプライマーコート層を配設しないものに限定されるか。
構成要件Gの「油を溶剤により除去し」を充足するか。
(4) 乙特許に無効理由が存在することが明らかか否か。
公然実施の有無 イ 進歩性の有無 (5) 損害の発生及び数額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(被告製品が甲発明の構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告製品は,製造工程において洗浄が行われているとはいえないから,構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」を充足する。
(1) 構成要件Aの「洗浄」は,アルミニウム成膜という蒸着のために行われる洗浄でなければならないところ,被告製品の製造工程における洗浄は,塗装(下塗り)及びUV塗装(上塗り)に先行して行われるものであって,化粧塗装の前段階での工程手段に過ぎず,アルミニウム成膜という蒸着のために必要とされる工程手段ではない。
(2) 被告製品は,プラスチック成形品の蒸着面を下にし,化粧塗装が行われる面を上にして洗浄機に入れられているから,蒸着面が洗浄されたとはいえない。すなわち,多段に積み重ねたトレイにおいて,トレイの下部にわずかの格子状の隙間があっても,下向きの蒸着面,すなわちアルミニウム成膜のための下向きの面を上方ノズルからの洗浄液によって物理的にシャワー洗浄することはできない。それは,シャワー洗浄液が,下向きの蒸着面に対して直接噴射されることはあり得ないからである。
プラスチック成形品表面の洗浄工程では,必ず洗浄液による洗浄の後にリンス(すすぎ)が行われる。このリンスは,洗浄液が付着したまま残ると洗浄しみが発生し弊害となることから欠かせないものである。しかし,多段に積み重ねたトレイにおいて下部にわずかな格子状の隙間があっても,ノズルからの噴出によるリンスは下向きの蒸着面に対して不可能である。
被告らは下向きの蒸着面に対して蒸気による洗浄が行われていると主張するが,蒸気洗浄の後に不可欠なリンスが行われていないから,信用できない。
したがって,被告製品の製造においてアルミニウム成膜のための洗浄は行われていない。
(3) 被告製品の製造において被蒸着面の洗浄が行われているとしても,この洗浄工程に技術的意義が認められない。すなわち,高周波励起プラズマ雰囲気でのアルミニウム成膜という蒸着のための被蒸着面の洗浄が必要であって,その作用効果も顕著であるとの意義が認められない以上,その実質において構成要件Aの「あらかじめ洗浄をすることなく」を充足する。
(4) 被告らは,塗装工程後のアルミニウム成膜前の段階で洗浄すると成形品はシミだらけになるので化粧塗装の前段階で洗浄していると主張するが,上塗りとしてのUV塗装が行われていれば緻密で硬質,耐摩耗性に優れた被膜が形成され,洗浄によって変質することはないから,理由がない。また,被告らは,塗装時にはアルミニウム成膜面にマスク(検乙3の1)をつけているので成膜面での洗浄の効果は損なわれないと主張するが,上記マスクはプラズマイオンプレーティングによる成膜のためのみのマスク部材ではなく,普通の化粧塗装のための支持部材にすぎないから,理由がない。
〔被告らの主張〕 被告製品は,あらかじめ洗浄して製造されているから,構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」を充足しない。
(1) 被告製品の製造方法は,まず成形品を洗浄機に入れ,洗浄液によって洗浄し,その後,成形品の外側に色出しのための塗装,つや出し及び耐摩耗性のためのUV塗装を行った上で,成形品の内側にプライマー処理を行い,その成形品を蒸着用治具にセットした上で,真空蒸着機の中に入れてアルミニウム成膜を行うというものである。
このうち洗浄の方法は,成形品をトレーに並べ,トレーごと洗浄機に入れて洗浄しているが,トレーの下部は格子状になっており,かつ,洗浄機内の上方及び側方に配置されているノズルからシャワー状に噴出された洗浄液を成形品に全方向から向けて洗浄し,かつ洗浄機内で発生される蒸気を成形品に全方向からあてて,成形品内外面の残油分の洗浄を行うというものであり,下向きの蒸着面まで確実に洗浄される。
(2) テープ剥離実験(乙21,検乙5ないし8の各1ないし3)によれば,塗装面を上にして洗浄した場合でも蒸着面を上にして洗浄した場合でも,テープ剥離の結果に違いはなく,いずれも洗浄の効果が認められるから,被告らの行う洗浄には技術的意義がある。
(3) 原告は,被告製品における洗浄は,化粧塗装の前段階で行われているから真空蒸着のために必要な工程手段ではないと主張するが,塗装後真空蒸着前の段階で洗浄をすると成形品はシミだらけとなって塗装が無意味となるし,被告らは,洗浄後化粧塗装をするときはアルミニウム被膜蒸着箇所のあるケースの裏面にあらかじめマスクをし,蒸着箇所に塗料が付着しないようにして塗装しているので,蒸着のための洗浄の効果は得られている。
2 争点(1)イ(被告製品が構成要件Aの「プライマーコート層を配設せずに」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告製品は,プライマーコート層を配設しているとはいえないから,構成要件Aの「プライマーコート層を配設せずに」を充足する。
(1) 「プライマーコート層」の意味 「プライマーコート層」は,JIS(日本工業規格)H0211-1992(甲28)において定められた「ドライプロセス表面処理用語」が定義する「アンダコート」すなわち「プライマコート」と一致し,それは「膜の密着性の向上などの目的で,成膜前にあらかじめ基板に下地膜を形成すること」を指す。すなわち,「プライマーコート層」は,基板とも,プラズマ蒸着等による成膜とも区別される層であることを意味する。
そして,ここでいう下地膜は,「工業材料」28巻8号(1980年発行,甲30)において,「ベースコート」すなわち「プライマーコート」が7〜10μmという範囲の厚みのある固体層として示されているとおり,厚みのある固体層である。
(2) TEM写真によるアルミニウム蒸着断面の分析 被告製品の透過型電子顕微鏡(TEM)写真(甲10)によっても,上記のようなプライマーコート層の存在を確認することができない。高倍率の透過型電子顕微鏡によっても確認できないプライマーコート層などあり得ず,プライマーコート層の存在が確認できなければプライマー塗布は行っていないものといわざるを得ないから,被告製品は,プライマーコート層を配設していない。
(3) 蒸着部分の色調の比較 ア 被告らがプライマー処理を行ったとして提出したプラスチック成形品(検乙1の1ないし3)におけるアルミニウム蒸着部全面のくすみは異様であり,プラスチック成形品へのイオンプレーティングによるアルミニウム蒸着で観察されることのある部分的なくすみとは本質的に異なる。すなわち,上記のくすみは,そのほとんどが希釈液のシンナーによるものであるが,それはプラスチック成形品の成形原料の注入口近傍での成形樹脂密度の相対的低下に伴う混入ガスや,量産に伴う成形金型の部分腐食の転写等に起因するごく一部分のくすみとは異なる。他方,原告が提出したプラスチック成形品(検甲1ないし3)においては,このようなアルミニウム蒸着面全面が異様にくすんで見えることはなく,光って見えるので,上記検乙1の1ないし3は被告製品とは異なる。
イ 仮に,被告らがプライマー処理を行っているとしても,検甲2,3,検乙5の1ないし3,検乙7の1ないし3の「くすんで見える」プライマー処理した表面部分はその平面状態,面積がばらばらで,その面積割合は全面積の10%程度に過ぎない。検甲1にいたっては,「くすんで見える」プライマー処理部そのものの存在すら確認できない。
携帯電話用プラスチック成形品のアルミニウム成膜は,所要の密着性によって必要とされる電磁波シールド効果を奏することが必須とされているが,このように不均一でもよいことの技術的実体は明らかでなく,信用できない。
(4) 膜厚計,抵抗値計による実験結果 被告らは,被告製品について,ミッチャクロンマルチをシンナーで100倍程度に希釈したものを塗布することによりプライマー処理を行っていると主張するが,ミッチャクロンマルチの塗膜の膜厚検証実験報告書(甲19)及びミッチャクロンマルチ塗膜厚測定サンプル(検甲4)によれば,ミッチャクロンマルチのシンナー100倍希釈液を塗布した場合には,いずれの試験データも膜厚は0であり,しかも導電性があると判定されている。ミッチャクロンマルチの構成部分である有機物がプライマーコート層を形成しているのであれば,絶縁性すなわち導電性がないと判定されるはずである。したがって,被告製品においてはプライマーコート層が存在するとはいえない。
(5) ミッチャクロンマルチ塗布によるプライマー処理への疑問 ア ミッチャクロンマルチ評価実験(甲20,21)及びミッチャクロンマルチ評価試験サンプル(検甲5)によれば,ミッチャクロンマルチのシンナー100倍希釈液からなるプライマーを塗布しなくても,アルミニウム蒸着膜のテープ剥離試験において全く剥離せず,密着性には問題がないことが確認されているから,被告製品におけるミッチャクロンマルチのシンナー100倍希釈液を用いたプライマー塗布は,プライマーコート層を形成するものでも,その役割を果たすものでもない。
ミッチャクロンマルチの使用方法は,原液でスプレー塗布するというものであり(甲14),被告ら主張のようにミッチャクロンマルチをシンナーで100倍に希釈して使用する方法ではプライマーの接着剤としての作用は得られないから,プライマーコート層配設のためのプライマー塗布とはいえない。
なお,乙21におけるテープ剥離試験は,信用できない。
イ 携帯電話機用プラスチック成形品において,電磁波シールドのためのアルミニウム成膜のためのアルミニウム成膜が行われる被蒸着面は,三次元の複雑な凹凸表面形状を有しているため,仮にプライマー塗布がされているのであれば,その後のアルミニウム成膜のためには均一塗布が欠かせないはずである。刷毛による手作業での塗布によっては,プライマーを均一に塗布することができない。また,そもそも多数量の工業製品としての製造において,ミッチャクロンマルチの希釈液を手作業で刷毛で塗ることは,精密電子機器として用いられる電磁波シールドプラスチック成形品の工業生産の工程としては客観的に考えられない。
ウ 被告ら主張の工程には,プライマー塗布後の乾燥工程がないので,プライマー塗布を行っているとはいえない。
エ ミッチャクロンマルチの購入を裏付ける証拠として提出された請求書(乙11の1ないし5)は,いずれも信用することができないから,ミッチャクロンマルチを使用してプライマー塗布をしているとはいえない。
〔被告らの主張〕 被告製品は,プライマーコート層を配設しているから,構成要件Aの「プライマーコート層を配設せずに」を充足しない。
(1) 「プライマーコート層」の意味 甲特許明細書において「プライマーコート層」がどのようなものであるか,また,それがJIS(日本工業規格)H0211-1992において定められた定義と一致するものとして使用されていることは記載されていない。仮に,その定義が工業界においてある程度通用するものであるとしても,その定義には「基板の平滑性の向上,基板からのガス放出の減少,基板から膜への拡散物質の減少,膜の密着性の向上などの目的で,成膜前にあらかじめ基板に下地膜を形成すること」とあるのみで,原告の主張するように基板とも,プラズマ蒸着による成膜とも区別される膜を形成するとは書かれていない。
原告は,甲30にプライマーコートが厚みのある固体層として示されているから,厚みのないプライマーコート層はあり得ない旨主張する。しかし,甲30記載の構造図は,理解を容易にするために各層を厚く表現した構成図であり,このような層構造が電子顕微鏡で確認できるものであるかどうかは不明であるし,あくまでイオンプレーティングとは本質的に異なる真空蒸着法によるアルミ蒸着の場合であり,甲発明のような厚膜ではなく,薄膜の生成の場合であるから,甲発明のイオンプレーティングによってアルミニウムの厚膜を作成した場合にも上記構成図記載のような層構造となるかどうかは不明であり,上記主張は理由がない。
(2) TEM写真によるアルミニウム蒸着断面の分析 TEM写真(甲10)の対象品が被告製品か否かは不明であるし,プライマーコート層は,透過型電子顕微鏡による拡大写真による分析方法では必ず層として確認できるとは限らない。TEM写真(乙3,4)は,ミッチャクロンとシンナーを10対90,50対50,100対1という3種類の割合で混ぜたプライマー液を刷毛で塗布して製造した成形品について,甲10と同様に透過型電子顕微鏡で5万倍に拡大した写真であるが,どの希釈倍率のプライマー液を塗布した場合であっても,ABS樹脂とアルミニウム膜との間に明確なプライマーコート層を確認することは困難である。これは,ABS樹脂の主な成分とプライマー液の主な成分がともに炭素で同一であること,粗面化したABS樹脂の表面にプライマー液の成分が浸透して両者が境界部分で混在した状態となってしまっているものと考えられる。
(3) 蒸着部分の色調の比較 プライマー処理をした成形品とプライマー処理をしていない成形品について,アルミニウム蒸着を行ったものを比較すると,プライマー処理をした成形品はプライマー処理をした箇所がくすんで見えるのに対し,プライマー処理をしていない成形品は光沢があるように見える(検乙1の1ないし3,検乙2の1ないし3,検乙5の1ないし3)。これに対して,市販されている被告製品(検甲1ないし3)には,部分的であれくすみが存在するのであるから,上記検甲1ないし3は,プライマー処理をしているものといえる。
(4) 膜厚計,抵抗値計による実験結果 甲19の実験では,膜厚測定の際,渦電流式膜厚計を用いて測定する関係上,導電性の銅板にミッチャクロンマルチを塗布しているが,実際の被告製品はプラスチックであるから,銅板での実験結果がそのまま被告製品に適用できるとは限らない。また,上記実験は,単にプライマー液を塗布した後にその膜厚を測定しただけであり,プライマー液を塗布した後,イオンプレーティングによりアルミニウム蒸着を行った後に膜厚を測定しているわけではない。したがって,甲19の実験結果から直ちに被告製品にプライマーコート層が存在しないということはできない。 (5) ミッチャクロンマルチ塗布によるプライマー処理 ア 被告製品は,ミッチャクロンマルチという接着剤をシンナーで100倍程度に希釈したものを刷毛で塗布することによりプライマー処理を行っているが,被告らが行っているプライマー処理はその接着剤成分によりアルミニウム被膜と成形品との密着度を高めるとともに,溶剤であるシンナーが成形品の表面を侵して粗面化し,これにより成形品の素材であるABS樹脂内部のガスの放出を助け,アルミニウム成膜時にガスにより被膜の密着度が損なわれるのを防ぐという効果を有するのであるから,プライマーコート層を配設しているといえる。
甲20の実験では,密着性についていかなる実験が行われたのか全く不明であるし,上記実験で使用されたプライマー処理なしのサンプルは甲発明と同様の方法で製造されたサンプルであると思われるが,甲発明は,ある特定の条件下であればプライマー処理なしでも蒸着部の密着が得られるというものであるから,その方法で実験をすればプライマーの有無にかかわらず密着性が得られることは当然であり,上記実験結果は何の意味もない。
他方,乙21のテープ剥離試験によれば,プライマー処理をした成形品については蒸着部に剥離が認められないのに対し,プライマー処理をしていない成形品については蒸着部に剥離が認められており,このことから被告製品の製造工程において行っているプライマー処理によって,プラスチック成形品とアルミニウム膜との間の密着性が高められているといえる。
イ 被告らは,プライマー処理を刷毛で塗る方法で行っているところ,必要な部分にだけ適量のプライマー液を塗布するには熟練した手作業で十分であるし,プライマーの塗布は必ずしも均一性が要求されるものではない。プライマー処理に要求されることは,アルミニウム被膜の密着性を高め,テープによる剥離実験でアルミニウム被膜が剥離しないことである。
上記テープ剥離実験は,通常携帯電話ケースを成形する際のABS樹脂注入口について行われるため,被告タカハシ工業では,この部位に重点的にプライマー液を刷毛で塗るように従業員に指示しており,この作業によって,効率的にプライマー処理を行うことができるとともに有効なプライマー処理の効果が得られていた。
ウ 被告製品の製造工程に乾燥工程がないのは,上記のとおり被告製品の製造工程で行っているプライマー処理は,ミッチャクロンマルチをシンナーで100倍程度に希釈したものを塗布するという方法であるため,乾燥が早く,次の作業までに自然乾燥で十分に乾燥するので,あえて乾燥工程を設ける必要がなかったことによる。また,被告らが使用している蒸着機では,蒸着に1時間程度かかっており,被告らがプライマー処理をした製品を蒸着機に入れる前に先に蒸着機に入れた製品の蒸着が終了するまである程度の時間を待たなければならず,その間に乾燥が行われているともいえる。
エ 被告タカハシ工業は,平成11年ころからプライマー処理のために継続してミッチャクロンマルチを購入しているところ(乙11),同被告及び被告大成化工においては真空蒸着前のプライマー処理の外にはこれを使用する作業はないから,ミッチャクロンマルチを使用してプライマー処理を行っているということができる。
3 争点(2)(甲特許に無効理由が存在することが明らかか否か)について 〔被告らの主張〕 甲特許には,以下のとおり無効理由が存在することが明らかであるから,本件請求は権利濫用に当たり許されない。
(1) 創作性欠如 高周波励起プラズマ雰囲気でアルミニウムをイオン化してアルミニウム成膜を配設する技術は,被蒸着材に負の高電圧をかけて被蒸着材の周りにグロー放電によってプラズマを発生させ,他方で成膜材料であるアルミニウムを加熱して蒸発させ,原子又は分子の状態とした上で,プラズマの中をアルミニウムの原子や分子を通過させることによってイオン化し,これが被蒸着材に付着して膜になるというイオンプレーティングと呼ばれる技術であり,このイオンプレーティング自体は出願以前から公知であった(乙16)。
そして,甲発明は,イオンプレーティングをあらかじめ洗浄せず,しかもプライマー処理もせずに行うというものであり,これは出願前から公知であった既存のイオンプレーティング装置に,出願前から公知であった既存の製品を入れてイオンプレーティングによりアルミニウム被膜を蒸着するだけのことであり,これは既存の公知の装置を使用して既存の公知の製品にイオンプレーティングによりアルミニウム被膜を蒸着する際に誰もが行う初歩的な方法に過ぎず,その蒸着方法に創作性は全くない。
したがって,甲発明は,特許法2条1項の「創作」に該当せず,発明とはいえない。
(2) 進歩性欠如 ア 上記(1)のとおり,高周波励起プラズマ雰囲気でアルミニウムをイオン化してアルミニウム成膜を配設する技術は,イオンプレーティングと呼ばれている技術であり,それ自体は出願前から公知であった(乙16)。
イ 株式会社萬年(以下「萬年」という。)が平成3年12月20日に電磁波シールド事業部を開設したことを取引先に対して知らせるために配布した書面(乙17)には,「本法は電磁波シールド技法の中で,特に軽薄化されていく電気機器のシールドで非常に有効であることが知られている,A?蒸着膜の造膜を目的として開発された真空蒸着技術です。本法の特徴は,シールド効果に最も影響のある膜厚と導電性の向上を目的として,プラズマ気相中において高密度な蒸着を行うところにあります。」と記載されている。すなわち,ここに記載されているプラズマ気相中で行う真空蒸着というものがいわゆるイオンプレーティングであり,かかる方法が平成3年12月20日の時点で短小軽薄化されていく電気機器のシールドで非常に有効であることが広く知られている。
ウ 平成2年版のイオンプレーティング装置のパンフレット(乙9)によれば,この装置がプラスチックの表面にA?真空メッキをイオンプレーティングの方法を用いて行うための方法として紹介されていることからも,この当時既にプラスチック製品に対してイオンプレーティングが用いられていた。
エ 乙22によれば,原告代表者自らイオンプレーティング技術によって,プラスチック表面に「0.7〜5.0μm」の膜厚のアルミニウム膜で電磁波シールドの特性を有するものが実現されたことを公表しているから,出願当時それが予想できず着想することも試みることも考えられなかったとはいえない。
オ 以上によれば,甲発明は,出願前に既に公知であった乙9,16,17及び22に基づいて,その出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるため,進歩性がない発明であり,特許法29条2項,123条1項2号に規定する無効理由が存在することが明らかである。
〔原告の主張〕 甲特許に無効理由は存在しない。
(1) 創作性欠如について イオンプレーティング技術の検討や産業的応用が進む過程においても,甲発明の出願前の段階では,イオンプレーティング技術によってプラスチック成形品表面へのアルミニウムの厚膜,すなわち甲発明における「0.7〜5.0μm」の膜厚での成型で電磁波シールド特性を有する成形品が実現されることは全く予想もできなかったものである。
(2) 進歩性欠如について ア 乙16には,イオンプレーティングによる電磁波シールド成形品に係る甲発明が一切示唆されていない。
イ 乙17は,私的な文書であり,しかもその頒布日や頒布による公知性は不明であり,信用できない。
ウ 乙9には,甲発明にある厚膜アルミニウム成膜による電磁波シールドプラスチック成形品の実現についてその着想はもとより,実現可能性及び作用効果の予測性について一切示唆されていない。
エ 乙22には,真空蒸着によるアルミニウムの厚膜での成膜について開示されているに過ぎず,高周波プラズマの作成とプラズマイオンによるアルミニウム成膜というイオンプレーティング技術は全く開示も示唆もされていない。
オ 以上により,甲発明は進歩性がないとはいえない。
4 争点(3)ア(乙発明の技術的範囲はプライマーコート層を配設しないものに限定されるか)について [被告らの主張〕 乙発明の技術的範囲には,プライマー処理をしないことも当然に含まれるところ,被告方法は,プライマー処理を行うものであるから,乙発明の技術的範囲に属しない。
(1) 原告は,平成10年6月19日,特許庁に提出した意見書の中で,乙発明はプライマーコートを行う方法におけるクラック等の課題を解決するために発見した「プライマーコートを行わないで,且つ緻密な金属膜を密着性よく形成できるイオンプレーティング法」である先願特許をさらに改良したものであるとして,「本願発明も,先願登録と同様にプラスチック成形品の表面にプライマーコートを形成することは行っていません。」と述べており,乙発明について,甲発明と同様にプライマーコートを配設しないこと,すなわちプライマー処理をしないことを当然の前提としている。
したがって,乙発明の技術的範囲には,プライマー処理をしないことも当然に含まれる。
(2) 被告方法は,ミッチャクロンマルチというプライマー液の希釈液を使用し,それを刷毛で塗布してプライマー処理を行っていた。
被告方法においてシンナーで希釈したプライマー液を塗布することは,プライマー液による密着性の向上,シンナーによるプラスチック成形品の表面の粗面化による密着性の向上により,プラスチック成形品とアルミニウムとの密着性を高め,更にはシンナーの速乾性によりプライマー処理後の作業の迅速化と作業性の向上を図るためであって,油の希釈,拡散のための洗浄に使用しているわけではないし,被告らのプライマー処理にはプラスチック成形品とアルミニウム膜との密着性を高める効果が現実に認められる。
(3) よって,被告方法は,プライマー処理を行わないことを特許発明技術的範囲とする乙特許権を侵害しない。
〔原告の主張〕 仮に,乙発明の技術的範囲がプライマーコート層を配設しないものに限定されるとしても,被告方法において,プライマーすなわち接着剤としての作用を果たすことのないミッチャクロンマルチのシンナー100倍希釈液の塗布を行ったことをもって,プライマー処理を行ったとはいえない。
5 争点(3)イ(被告方法が構成要件Gの「溶剤による油の除去」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告らの主張するプライマー処理に使用する希釈液は,実質的にはシンナーそのものであって,油の希釈,拡散のための洗浄作用を有するものにほかならないから,構成要件Gの「溶剤による油の除去」に該当する。
〔被告らの主張〕 「溶剤による油の除去」は,乙特許明細書の発明の詳細な説明実施例にあるとおり,アルコール系の低沸点有機溶剤を用いて油を拭き取り処理することであり,洗浄液を用いた洗浄機による洗浄は含まないものと解される。すなわち,乙発明は先願である甲発明をさらに改良したものであるから,乙発明では甲発明で既に解決した洗浄液の廃液問題を再び生ずることがないようにすることが自明の課題であり,そのためには従来と同じ洗浄方法は採用できないことになる。そして,ここでいう拭き取り処理は,刷毛等により容易に行われる方法である。
よって,被告方法における代替フロンの洗浄液を用いた洗浄機による洗浄は,構成要件Gの「溶剤による油の除去」とは異質の前処理であり,構成要件Gを充足しない。
6 争点(4)(乙特許に無効理由が存在することが明らかか否か)について 〔被告らの主張〕 乙特許には,以下のとおり無効理由が存在することが明らかであるから,本訴請求は権利濫用に当たり許されない。
(1) 公然実施 萬年は,平成3年から三菱電機株式会社のパソコン用プラスチック成形品(T300B328)に電磁波シールド用のアルミニウム蒸着を行ってアルミニウム膜を成膜してきた(乙7)。その際,萬年は,まずプラスチック成形品を洗浄液で洗浄することにより成形品の油分を除去した上で,プライマー処理をしないまま,株式会社昭和真空から購入した真空蒸着装置(乙8)内に入れ,蒸着装置内でイオンプレーティング装置(SIP-1436)(乙9)により高周波励起プラズマ雰囲気に所定時間さらして成形品の表面をボンバード処理し,その真空漕内の高周波励起プラズマ雰囲気内で成形品の表面にアルミニウム膜を成膜した(乙10)。そして,萬年は,工場見学の要請があれば萬年の担当者の立会の下にほぼ全面的に認めて,上記工程を見せていた。
このように,萬年は,乙発明の出願前の平成3年から,不特定多数の知り得る状態で,乙発明と同様の方法によってアルミニウム蒸着を行っていたのであるから,乙発明は出願前から公然実施されていた発明であるから,乙特許権については明らかな無効理由が存在する。
(2) 進歩性欠如 乙発明のうち,事前の洗浄については薄膜を形成する際に事前に洗浄することは常套手段であり(乙18,22),当業者が容易に想到し得るところである。また,ボンバード処理は,イオンプレーティングの前処理として行われるものとして,乙発明が出願される以前から公知の技術であり(乙16,18),実際にイオンプレーティング装置の操作により自動的にボンバード処理がされる。このボンバード処理は表面のクリーニングを行うものであって,これによりイオンプレーティングにより生成する被膜と下地との密着性が高まることも,乙発明が出願される以前からの公知の技術である。そして,プラスチック成形品にイオンプレーティングで電磁波シールドのアルミニウム被膜を蒸着することも乙発明が出願される以前から公知の技術であり(乙9),これらの技術を合わせれば,乙発明は当業者が容易に想到し得たものといえる。
したがって,乙特許にも特許法29条2項,123条1項2号に規定する無効理由が存在する。
〔原告の主張〕 乙特許に無効理由は存在しない。
(1) 公然実施について 乙7は,イオンプレーティングとは本質的に異なる真空蒸着による電磁波シールドのためのアルミニウム蒸着を示しているに過ぎず,乙8には乙発明のイオンプレーティングによる電磁波シールドについて全く示唆がない上,乙7,8の図面を引用した萬年による証明(乙10)は信用できないことから,被告らの主張は理由がない。 (2) 進歩性欠如について 乙16及び乙18には,イオンプレーティングによる電磁波シールドプラスチック成形品の製造方法に係る乙発明を一切示唆していない。また,乙9には,乙発明にある電磁波シールドプラスチック成形品の製造について,その着想はもとより,実現可能性及び作用効果の予測性についての示唆は一切ない。
したがって,乙発明に進歩性がないとはいえない。
7 争点(5)(損害の発生及び数額)について 〔原告の主張〕 被告らは,被告製品を過去3年間に松下通信工業株式会社に少なくとも1600万セットは販売してきており,1セット当たりの納入価格は532円を下らないものと推定される。被告らは,甲特許権及び乙特許権を侵害することにより,少なくともプライマーコート工程を省略することができ,それのみでも1セット当たり13円の制作費節減となり,総額で2億円を下らない利益を得ている。特許権実施料相当額とみても,被告らの得た利益は2億円を下らない。
〔被告らの主張〕 否認する。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(被告製品は構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」を充足するか)について (1) 構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」の意義 ア 甲発明の特許請求の範囲請求項1の記載は,「あらかじめ洗浄することなく,しかもプライマーコート層を配設せずにプラスチック成形品表面に高周波励起プラズマ雰囲気でアルミニウムをイオン化して0.7〜5.0μmの膜厚のアルミニウム成膜を配設してなる電磁波シールドプラスチック成形品」であるから,「あらかじめ洗浄することなく」は,プラスチック成形品表面にアルミニウム成膜を配設する際の準備条件であると認められる。
イ 甲特許明細書には,「洗浄」に関して以下の記載が存在する。
[従来の技術とその課題][0007] 「そして,真空蒸着の場合には,導電性塗料の塗布あるいは無電解メッキの場合に比べてはるかに薬液の使用は少ないものの,それでも,蒸着に先立ってプラスチック成形品の表面をフロン等によって洗浄することや,さらにはその表面にプライマーコート層を設けることが欠かせないため,これらの化学品の廃液,廃ガス処理が考慮されねばならないという問題もあった。」 [課題を解決するための手段][0011] 「(前略)プラスチック成形品は,この発明の場合には,従来のようにフロン洗浄をあらかじめ行う必要は全くない。高周波励起プラズマによる表面ボンバード効果により,成形品に付着している金型油,たとえば摺動油等の洗浄も容易に行われるからである。オゾン破壊の問題によって,その使用が禁止されるフロン,あるいはその代替品に依存する必要は全くない。」 ウ 以上の記載によれば,甲発明における「洗浄」は,アルミニウム成膜を配設する際に準備としてプラスチック成形品の表面をフロン等によって洗浄することであり,その目的は成形品に付着している金型油,例えば摺動油を除去することにあるということができる。
したがって,「あらかじめ洗浄することなく」とは,アルミニウム成膜を配設する前のプラスチック成形品表面に対して,成形品に付着している金型油等を除去するためにフロン等による洗浄を行わないことを意味するものと解される。
(2) 被告製品における洗浄の有無 ア 証拠(甲12,乙1,21)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告製品の製造工程は,関連会社から購入した携帯電話機用のプラスチック成形品にまず洗浄を行い,塗装及びUV塗装の工程を経た後に,プライマー塗布,アルミニウム蒸着を行うものである。
(イ) 洗浄工程における被告製品の洗浄は,成形品をその厚みよりも深い縁があり,かつ底面のほぼ全面に開口部を有するトレイ内に,携帯電話の外面を形成する面が上側になるように収納して行われる。
洗浄装置の側面にはノズルが設けられており,その噴出口の向きはおおむね水平方向である。そして,洗浄は,炭化水素系の洗浄液を使用して,シャワー,リンス,蒸気洗浄を行うものである。
イ 前記認定の事実によれば,被告製品の洗浄工程においては,洗浄装置の側面のノズルから炭化水素系の洗浄液という主として油系の汚れを落とすための洗浄液を使用し,蒸気洗浄という方向性を問わない洗浄方法により洗浄を行うものであり,携帯電話機用のプラスチック成形品の表面と接触するトレイのほぼ全面に開口部があり,上記蒸気洗浄はその成形品の表面にも行われて,これにより成形品に付着している金型油は除去され,塗装面の反対側の成膜面に対しても効果があるものと推認される。また,洗浄工程以降の工程においては,塗装の際にもマスクをして塗料の付着を防止するなど金型油等が付着する工程がないことからすると,被告製品においては,いったん金型油等が除去されれば,アルミニウム成膜を配設する前のプラスチック成形品表面に対しても洗浄の効果が持続しているものと推認される。
ウ よって,被告製品は,アルミニウム成膜を配設する前のプラスチック成形品表面に対して,成形品に付着している金型油を除去するために炭化水素系の洗浄液で洗浄を行っているものと認められる。
(3) 原告の主張について ア 原告は,被告製品の製造工程における洗浄は,アルミニウム成膜のための洗浄とはいえないし,その作用効果も顕著であるとの意義が認められないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,洗浄の目的は成型品に付着している金型油を除去することにあり,それをもって足りるところ,被告製品の製造工程は,前記のとおり,その目的を奏するものである。また,証拠(検乙3の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品の製造工程では洗浄後塗装を行っているが,その際にアルミニウム被膜蒸着箇所のあるケースの裏面にあらかじめマスクをし,蒸着箇所に塗料が付着しないようにしているため,上記蒸着箇所は塗装の際にも影響を受けないので,洗浄の効果に影響を及ぼすものではない。
イ また,原告は,上記マスクはプラズマイオンプレーティングによる成膜のためのみのマスク部材ではなく,普通の化粧塗装のための支持部材にすぎないと主張するが,たとえ化粧塗装のための支持部材であっても,上記のように塗料の付着を防止する役割を果たしていれば十分であるから,原告の上記主張は失当である。
なお,原告は,被告らが蒸気洗浄の後にリンスを行っていないから蒸気洗浄を行っているとの被告らの主張は信用できないと主張するが,蒸気洗浄の後のリンスの技術的意義は明らかではなく,仮にリンスを行っていないとしても,直ちに蒸気洗浄を行っていないことにはならない。また,他に被告らの行っている蒸気洗浄の存在を疑わせる事情はないから,原告の上記主張は理由がない。
(4) よって,被告製品は,構成要件Aの「あらかじめ洗浄することなく」を充足しない。
2 争点(1)イ(被告製品は構成要件Aの「プライマーコート層を配設せずに」を充足するか)について (1) 「プライマーコート層」の意義について ア 甲特許明細書には,「プライマーコート層」の意義に関する記載がない。日本工業標準調査会「ドライプロセス表面処理用語」(甲28)及び日本学術振興会第131委員会編「薄膜ハンドブック」(甲29)によれば,プライマーコート層とは,基板の平滑性の向上,基板からのガス放出の減少,基板から膜への拡散物質の減少,基板と膜との密着性の向上等の目的で,成膜前にあらかじめ基板に下地膜を形成することを意味するものと認められる。
イ 原告は,ここでいう下地膜は固体であるから,下地膜が形成されたことは厚みがあることをもって確認されなければならないと主張する。しかし,下地膜の存在が特に厚みによって確認されなければならない合理的理由はないし,仮に厚みが必要であるとしても,甲特許明細書において具体的程度が定義されているわけではない。「乾式のメッキ法の技術動向」と題する論文(甲30)には,真空蒸着の構成図の中で「ベースコート7〜15μm」又は「ベースコート7〜10μm」との記載があるが,これらは真空蒸着の場合におけるベースコートの一般的厚みを記載したものであり,上記「プライマーコート層」がそれに限られると解する必要はなく,原告の上記主張は理由がない。
(2) 被告製品におけるプライマーコート層 被告製品が上記の意味でのプライマーコート層を形成しないものであるか否かを,原告の主張立証にそって検討することとする。
ア TEM写真によるアルミニウム蒸着断面の分析 原告は,NTTドコモP207のTEM写真(甲10)を提出するが,弁論の全趣旨によれば,市場に存在するNTTドコモP207のうち,被告製品はその7ないし8%に過ぎないものと認められ,他に上記写真が被告製品のものであると認めるに足りる証拠はない。他方,被告らが提出したTEM写真(乙3ないし5)によれば,プライマーを塗布した製品について,プライマーの溶剤希釈率を原液に近くしたものを塗布して,倍率を50万倍にして撮影しても,蒸着層とABS樹脂との界面に明確な層を観察することができないことが認められる。そして,TEMによるプライマー層の存在確認観察に関する結果報告書(乙6)には,蒸着面とABS樹脂の界面に16nm以下の染色層が観察されたとの記載があるが,それがプライマーコート層であると認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり,原告及び被告らがそれぞれ提出したTEM写真によっては,被告製品がプライマーコート層を形成しないものであると認めることはできない。
イ 蒸着部分の色調の比較 証拠(検甲1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品であると認められるNTTドコモP210iの蒸着面は,全体的には光沢のある銀色であるものの,その中央付近に不定形のくすんだ,艶消し状の部分があることが認められる。他方,被告が提出したプライマー処理を行った製品(検乙1の1ないし3,検乙5の1ないし3,検乙7の1ないし3)とプライマー処理を行っていない製品(検乙2の1ないし3,検乙6の1ないし3,検乙8の1ないし3)の蒸着部分とをそれぞれ対比すると,前者はくすんだ銀色であるのに対し,後者は全体的に光沢のある銀色であると認められる。また,ミッチャクロンマルチ評価実験(甲20,検甲5)によれば,洗浄をせずにプライマーであるミッチャクロンマルチをシンナーで100倍に希釈して部分的に刷毛塗りし,高周波イオンプレーティング法によるアルミニウム蒸着したサンプルと,上記のプライマー処理をしないサンプルとを対比した場合,前者のプライマー処理をした箇所の外観は色がくすんでいるのに対し,後者のプライマー処理をしていない箇所の外観はアルミニウム膜の光沢があることが認められる。そして,上記被告製品は,全体的に光沢のある銀色であるという点ではプライマー処理を行っていない製品の蒸着部分の色調と類似しているものの,蒸着面の中央付近に存在する不定形のくすんだ,艶消し状の部分の色調は,むしろプライマー処理を行った製品の蒸着部分の色調に類似していることから,それはプライマー処理によって生じたものであると認められ,被告製品の中央付近の上記部分がプライマーコート層と異なる物質によるものであると認めるに足りる証拠はない。
したがって,検甲1ないし3と上記各検乙号証との対比からは,被告製品がプライマーコート層を形成しないものであるということはできない。
ウ 膜厚計,抵抗値計による実験結果 ミッチャクロンマルチの塗膜の膜厚検証実験報告書(甲19)及びミッチャクロンマルチ塗膜厚測定サンプル(検甲4)によれば,ミッチャクロンマルチの@ 原液,A 50倍希釈液,B 100倍希釈液を銅板に塗布し,その膜厚及び導電性を測定した結果,@については,平均膜厚が1.2μmで,導電性がなく,Aについては,平均膜厚が0.2μmで,導電性を有しており,Bについては,膜厚が0μmで,導電性を有するという結果が得られたことが認められる。
しかし,Aの実験結果についてみると,膜厚の平均は0.2μmであるにもかかわらず,導電性は有るとされており,膜が存在していても導電性があると測定される場合があることからすると,導電性があることをもって塗膜がないことの証明があったということはできない。また,Bの実験結果についてみると,膜厚は0μmとなっているが,上記実験に使用した渦電流式膜厚計の取扱説明書(甲22)によれば,膜厚計の表示単位は0.1μmであるから,膜厚が0.1μm未満である場合には計測不能のため測定値が0となる可能性があるから,これをもって直ちに塗膜が存在しないということはできない。
以上により,上記実験結果によっても,被告製品がプライマーコート層を形成しないものであるということはできない。
エ ミッチャクロンマルチ塗布によるプライマー処理 被告らは,被告製品の製造工程において,ミッチャクロンマルチの100倍希釈液を塗布しており,これによりプライマーコート層が配設されている旨主張し,原告は,以下のとおりこれに疑問を呈し,被告製品にはプライマーコート層が存在しているとはいえないと主張する。
(ア) 原告は,まず,ミッチャクロンマルチの100倍希釈液を塗布しても,アルミニウム蒸着膜の密着性には問題がないから,塗布の事実がないと主張し,甲20及び甲21の実験結果を提出する。
しかしながら,甲20及び甲21は,「密着性に問題がない」というだけの極めて簡単なものであり,その実験では,密着性についていかなる実験が行われ,具体的にどのような結果となったのか十分な立証とはいえない。そして,ミッチャクロンマルチは,強力な密着性を有するものであり,原液のまま使用することができるものではあるが(甲14),これをシンナーで100倍希釈したとしても,微量とはいえミッチャクロンマルチの成分が存在しており,密着性を向上させるために塗布されるものということができる。かえって,乙21のテープ剥離試験によれば,プライマー処理をした成形品については蒸着部に剥離が認められないのに対し,プライマー処理をしていない成形品については蒸着部に剥離が認められており,このことから被告らの行っているプライマー処理によってプラスチック成形品とアルミニウム膜との間の密着性が高められていることが認められる。
(イ) 原告は,次に,電磁波シールドのためのアルミニウム成膜が行われる三次元の複雑な凹凸表面形状を有する蒸着表面には,その後のアルミニウム成膜のためには均一塗布が欠かせないはずであるところ,プライマーを均一に塗布することは,刷毛による手作業では困難である旨主張する。
しかしながら,プライマー処理を均一に行わなければ密着性が失われると認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は,その前提を欠き理由がない。また,被告製品である検甲1ないし3においても,現にプライマーが均一に塗布されているわけではなく,そのことが電磁波シールドのためのアルミニウム成膜において不都合をきたすものとはいえない。
(ウ) 原告は,さらに,被告製品の製造工程には,プライマー塗布後の乾燥工程がない旨主張する。
しかしながら,被告らが行っているプライマー処理は,ミッチャクロンマルチを100倍シンナー希釈して行っているものであるから,乾燥が早く,乾燥工程をあえて設ける必要がないと解される。
(エ) 原告は,その他,ミッチャクロンマルチの購入を裏付ける請求書(乙11の1ないし5)や乙21のテープ剥離試験結果は信用できないことを挙げているが,その信用性に問題があるとまではいえず,これらをもって被告製品がプライマーコート層を配設していないとまではいうことができない。
(3) 以上のとおり,被告製品は,構成要件Aの「プライマーコート層を配設しないで」を充足しない。
3 争点(2)イ(甲特許の進歩性)について 前記1及び2によれば,被告製品は甲発明の技術的範囲に属さないから,原告の請求は理由がないが,念のため,甲特許の進歩性欠如について検討する。
(1) 公知技術について ア 平成2年発行の株式会社昭和真空作成の1990総合カタログには,次の記載がある(乙9。以下「公知技術1」という。)。
(ア) 株式会社昭和真空が製作した量産用大型全自動イオンプレーティング装置は,自動車部品,玩具,日用品,雑貨,家庭電器,一般装飾品に使用される,プラスチックなどの表面に,主としてアルミニウム真空メッキをイオンプレーティングの手法を用いて行うものであり,イオンプレーティングの方法は高周波励起方式によるものである。
(イ) イオンプレーティングによる成膜は,従来の真空蒸着と比べ運動エネルギーが蒸発物質のイオン化(高周波放電によるプラズマの形成)により100ないし1000倍と高く,強固な膜質を得ることができる。
イ 平成2年3月31日発行の「改訂5版 金属便覧」には,次の記載がある(乙16。以下「公知技術2」という。)。
(ア) イオンプレーティングは,1963年,アメリカのMattoxにより発表された方法に始まった。簡単にいうと,減圧の放電中で物質を蒸発させて一部をイオン化し,これに電界を加えて加速し,大きなエネルギーをもって被めっき物へ蒸着させることにより付着性や膜性質を向上させるプロセスとなる。これは,低温プラズマ(ガス温度は低いが電子温度が非常に高く1ないし数万Kにも達する。)の有効利用といえる。イオンプレーティング装置は,真空蒸着装置に直流電源ならびにイオン化プロセスとガス導入口を付属したもので,作業工程も真空蒸着に準ずる。他の物理蒸着法に比べ,よい密着性と優れた膜質,低温反応性を利用した化合物,合金皮膜,コンポジット(Ni-TiC)などの皮膜を効果的に形成することができる。
(イ) イオンプレーティングで用いられるイオン化法としては,放電を利用する方式として,高周波放電(一般には13.56MHzの周波数を利用して放電させる。)がある。
(ウ) イオン化プレーティングの工程には,イオンボンバード処理とイオン化コーティングの工程がある。
イオンボンバード処理は,減圧の不活性ガス放電中(一般にアルゴンガス)で形成された正イオン(Ar+)を負に印加した試料に衝突させ,Ar+によるスパッタ効果で,表面にある付着不純物や薄い酸化皮膜層などを除去する表面浄化方法である。
イオン化コーティングは,イオンボンバード処理による表面清洗浄化後,@ めっき目的金属を種々の方法により蒸発,A 蒸発した金属を種々の方法でイオン化,B 基板(-)と蒸発源(+)にかけて高電圧によりこれを加速させ基板上にめっきするものである。
ウ 昭和51年11月30日発行の「金属表面技術便覧(改訂新版)」には,次の記載がある(乙18。以下「公知技術3」という。)。
(ア) 基板表面の洗浄処理は,薄膜作成には最も重要な処理で,洗浄方法により膜の強度,ピンホールグレード,膜の物理的特性,経年変化などに大きく影響を与える。洗浄方法には,洗剤処理,酸処理,有機溶剤による蒸気洗浄等がある。
(イ) イオンプレーティングは蒸発源に関する限り真空蒸着と全く同じである。
(ウ) イオンプレーティングの前処理として行われるアルゴンイオン衝撃による表面のクリーニングは,それにひきつづくイオンプレーティングで生成した膜の下地との密着性を強固にするのに役だっている。
エ 平成3年発行の「表面技術」所収の原告代表者執筆に係る「真空蒸着法による電磁波シールド」には,次の記載がある(乙22。以下「公知技術4」という。)。
(ア) 電磁波シールドを目的とするプラスチック筐体への真空蒸着法の適用は,コストが高く,さらにUL規格に規定されている粘着テープテストで4Bをクリアーできないと述べられている。しかし,当社で開発した厚膜蒸着法はすでに粘着テープテストにおいて最高位の5Bで認定されているものがあり,ABSのV-O,HBを含めて,20グレードに及んでいる。また,コネクター,ラップトップパソコン,自動車電話機,携帯電話機などの筐体への生産実績を有している。 (イ) 厚膜蒸着法のプロセスは,プラスチック筐体の成形,洗浄,マスキング治具取付,プライマーコーティング,乾燥,厚膜蒸着,マスキング治具取付からなる。このうち,洗浄は筐体の成形の際,その表面に付着している押出ピンなどの摺動油を取り除くために行うものである。
(ウ) プライマーコーティングの役割として,厚膜蒸着への適用を考えるうえで特に重要なことは,@ プラスチック表面からのガス放出を減少させ,さらに表面への析出物を抑えること,A 基板と密着性を向上させることにある。但し,プライマーコーティングを省略して基板と直接蒸発アルミニウムと密着させる方法もある。
(エ) 基板と蒸着膜の密着性を改良する方法が幾つか知られている。例えば,酸化などの手段で薄膜と基板との間に中間層を作る,あるいはイオン衝撃などによって基板を洗浄,粗化したりすることによってアルミニウムと基板の付着力が,時間と共に増大することなどである。
当社においても,PC/ABSテストピースにアルミニウム蒸着膜2.5μmを施し,蒸着直後と2ケ月経過では,鉛筆硬度で調査したところHBかHまでアップした。
プラスチック筐体へのアルミニウム厚膜蒸着において密着性を増大するためのプライマーを施すか,または蒸着前に基板に酸素プラズマで処理し,表面にOH基やCOOH基をつくり密着性を増大させるかのどちらを選択するかは,特に重要であるので,詳しく論ずることにする。
開発当初,筆者は後者の方法を選び,取り組んだが,その考えは断念せざるを得なかった。その理由は次のとおりである。
筐体内面,即ち成形金型のコアー側は複雑な構造になっており,押出ピン,斜傾ピンから摺動油が成形品に付着する。これが,洗浄によって表面は浄化されても,成形品内部に含浸されたものは洗浄できず,真空中でブリードアウトしてアルミニウム蒸着膜の密着を阻害したことがあった。
また,成形性をよくするための成形材料中の添加剤が,表面にブリードアウトして,耐湿試験後の密着性を悪くしたことがあった。
良質のアルミニウム蒸着膜,密着性の信頼度を向上するため,プラスチック内面からのブリードアウトを抑えること,アルミニウム蒸着との密着性をよくするためのプライマーを開発するに至った。
(オ) 厚膜蒸着法による膜厚3μmのシールド特性をみると,他の技術資料と比較してすぐれたシールド効果を示している。
(カ) プライマーレス,化粧塗装レスにすることにより,洗浄,塗装といった工程を省くことができる。地球規模での環境問題が取り上げられている今日,大気汚染の防止には非常に重要であると考える。
(2) 甲発明と公知技術1の対比 前記1(1)ア認定のとおり,公知技術1にはプラスチック成形品表面に高周波励起プラズマ雰囲気でアルミニウムをイオン化してアルミニウム成膜を配設したプラスチック成形品が開示されているところ,甲発明と公知技術1とを対比すると,両者はプラスチック成形品表面に高周波励起プラズマ雰囲気でアルミニウムをイオン化してアルミニウム成膜を配設したプラスチック成形品であることにおいて共通する。
他方,甲発明と公知技術1とは,次の3点において相違点するものと認められる。
ア 甲発明においては,「あらかじめ洗浄することなく,しかもプライマーコート層を配設せずに」アルミニウム成膜を行うのに対し,公知技術1にはこれらの記載がない点。
イ 甲発明においては,アルミニウム成膜を0.7ないし5.0μmの膜厚で行うのに対し,公知技術1にはこの膜厚について記載がない点。
ウ 甲発明は,電磁波シールドプラスチック成形品に係るものであるのに対し,公知技術1は単なるプラスチック成形品である点。
(3) 進歩性の有無 そこで,当業者が公知技術1ないし4から甲発明を容易に想到することができたか否かについて検討する。
ア 上記相違点アについて (ア) 甲特許明細書には,「あらかじめ洗浄することなく,しかもプライマーコート層を配設せずに」の技術的意味に関して次の記載がある。
[0011](前略)「プラスチック成形品は,この発明の場合には,従来のようにフロン洗浄をあらかじめ行う必要は全くない。高周波励起プラズマによる表面ボンバード効果により,成形品に付着している金型油,たとえば摺動油等の洗浄も容易に行われるからである。」 [0012]「さらに,従来は真空蒸着に先立って必須とされていたプラスチック成形品表面へのプライマーコート層の配設も必要がない。このプライマーコート層は,プラスチック成形品表面とアルミニウム成膜との密着性の向上のために欠かせないものであったが,この発明の電磁波シールド成形品の場合には,高周波励起プラズマによるボンバード粗面化効果,および励起イオン種による活性化堆積作用によって,アルミニウム,さらには銅の密着強度は充分となる。」 以上の記載によれば,甲発明における「あらかじめ洗浄することなく,しかもプライマーコート層を配設せずに」の技術的意味は,これまで成形品に付着している金型油,たとえば摺動油等を洗浄するために行われてきた洗浄及びプラスチック成形品表面とアルミニウム成膜との密着性の向上のために欠かせないとされたプライマーコート層の配設を,いずれもイオンプレーティング法における高周波励起プラズマによるボンバード処理によって省略しようとするものということができる。
また,甲発明の特許請求の範囲においては,イオンプレーティング法における特定の成膜条件及びそれによって形成される膜の密着性の程度について記載がないことからすると,プラスチック成形品においては,イオンプレーティングによって形成される膜の密着性の具体的程度は問わないものと解される。
(イ) そして,公知技術2によれば,イオンプレーティング法は,他の物理蒸着法に比べ,よい密着性と優れた膜質が得られること,イオンプレーティングの工程には,アルゴンなどの雰囲気イオンによるイオンボンバード処理工程があり,この処理によって基板表面にある付着不純物や薄い酸化皮膜層などを除去することができること,公知技術3によれば,アルゴンイオン衝撃による表面のクリーニングは,それにひき続くイオンプレーティングで生成した膜の下地との密着性を強固にすることができることがそれぞれ公知であったものと認められる。そして,公知技術4によれば,真空蒸着法においてプライマーコーティングを省略して基板と直接蒸発アルミニウムと密着させる方法があること,基板と蒸着膜の密着性を改良する方法として,イオン衝撃等によって基板を洗浄,粗化したりすることによってアルミニウムと基板の付着力が,時間とともに増大すること,今後の課題としてプライマーレスにすることにより,洗浄,塗装といった工程を省くことができるとの課題があり,これらが公知であったものと認められる。
(ウ) 以上の本件発明の技術的意義,公知技術2ないし4から把握できる甲発明出願前におけるイオンプレーティング法及び薄膜形成における洗浄,プライマー塗布の技術常識からすると,公知技術1におけるイオンプレーティングに際して,イオンボンバード処理の基板と蒸着膜との密着性向上の効果に着目し,単に,洗浄及びプライマーコート層配設を省略することは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。
イ 上記相違点イ及びウについて 甲発明において,アルミニウム成膜の厚みを0.7ないし5.0μmとすることは,甲特許明細書中に「[0010](前略)この発明の電磁波シールドプラスチック成形品は,各種のプラスチックの射出成形,押出成形,注型成形,あるいはそれらの表面成形したものを含み,その目的,用途に応じて,表面に配設する高周波励起プラズマによるアルミニウム,あるいはアルミニウムと銅の成膜の厚みを0.7〜5.0μmの適宜なものとする。[0011]たとえば,16ビットノートパソコン用の成形品の場合には0.7μmでよく,32ビットノートパソコンの場合には3μm以上とすることなどである。」との記載があることからすると,その対象が電磁波シールドプラスチック成形品であることに鑑み,その目的,用途に応じて適宜必要な膜厚を定めているものと認められる。そして,公知技術4によれば,電磁波シールド形成のためにアルミニウム薄膜を真空蒸着法によって設けられること,その膜厚を2.5μm又は3μmとすることは公知であったものと認められる。そして,真空蒸着法も,イオンプレーティング法も,基板に薄膜を形成するための方法として,甲発明出願前から公知であり,前記のとおり,公知技術2ないし4によれば,イオンプレーティング装置は,真空蒸着装置に直流電源及びイオン化プロセスとガス導入口を付属させたものであり,その作業工程も真空蒸着装置に準ずること,真空蒸着において基板と蒸着膜の密着性を改良する方法としてイオンプレーティング法が存在すること,イオンプレーティングは蒸発源に関する限り真空蒸着と全く同じであることからすると,真空蒸着において特定用途の成膜を行うことが記載されている場合に,それをイオンプレーティングに応用することは,当業者であれば適宜行い得るものと認められる。
そうすると,公知技術1に公知技術4を適用してイオンプレーティング法によって電磁波シールドを形成すること及びその際のアルミニウム薄膜厚を成形品に応じて0.7ないし5.0μmと適宜のものとすることは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。
ウ したがって,甲発明は,公知技術1ないし4に基づいて当業者が容易に発明することができたものということができる。甲特許は,特許法29条2項に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号に規定する無効理由が存在することは明らかである。
よって,甲特許権に基づく本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。
4 争点(3)ア(乙発明の技術的範囲はプライマーコート層を配設しないものに限定されるか)について (1) 乙発明の技術的範囲が限定されるか否かについて ア 原告が,乙特許出願に対する拒絶理由通知書に対し,特許庁審査官宛提出した意見書(乙20)には,以下の記載がある。
「即ち,本願にかかわる発明は,電気,電子機器等の短小軽薄なプラスチック成形品の裏面側に,電磁波シールド用の緻密で厚い金属膜を,密着性よく,しかもプラスチック成形品にクラックを発生させずに成膜することを目的としています。そして,従来の加熱式真空蒸着法による金属膜の成形技術では,第1に,電磁波シールドに必要なある程度の膜厚を持つ緻密な膜の形成が困難であり,第2に,密着性向上のためにプライマーコートを形成して蒸着するが,かかる方法では,成形工程でストレスがかけられたプラスチック成形品にプライマーコートの塗料の溶剤によりソルベントアタックが発生してプラスチックにクラックが生じて実用に耐えないという課題が存在していました。そこで,本願の発明者らは,むしろプライマーコートを行わないで,且つ緻密な金属膜を密着性よく形成できるイオンプレーティング法が,プラスチック成形品への電磁波シールド層の形成に好適であることを新たに発見致しました。かかる発見は,先願の登録済み特許(特許第2688148号)にて特許されております。
この先願の特許発明を更に改良して,本願発明は,プラスチックの成形工程での金型に使用されるイジェクトピン等の摺動油が,金型を導入した後の一定期間は,成形品の表面に付着して,そのままイオンプレーティング法を適用すると,金属膜の密着性が悪く部分剥離を招くという課題を解決するために,摺動油を溶剤で除去し,短時間で大部分の表面の摺動油を取り除き,更に,プラスチック表面内に含浸して取り除けない摺動油については,イオンボンバード処理により完全に除去すると共に,そのイオンボンバード処理による表面処理によりその後のイオンプレーティングによる成膜の密着性が向上するということを特徴としています。
従って,本願発明も,先願の登録特許と同様にプラスチック成形品にプライマーコートを形成することは行っていません。」 イ 乙特許明細書には,以下の記載が認められる。
(ア) 従来の技術とその課題 この過程において,発明者は,工業的生産規模においては,射出成形時の成形金型の押出ピン,斜傾ピン,スライドコア等に接しているプラスチック成形品表面周辺部では,金型摺動油の付着が生じることがあり,この付着された摺動油は,電磁波シールド膜の密着性の向上にとって障害になることを見出した。そして,この摺動油の付着は,表層部だけではなく,プラスチック成形品の表面から20〜30μm深さにまで含浸していることがあることも見出した[0010]。
このような付着した摺動油を除去するには,機械的に,たとえばサンドペーパーによって取除くことや,プラズマエッチングにより取除くこと,溶液洗浄後にアンダーコート層を塗布することが考えられる。しかしながら,機械的除去は,面倒で,しかも精度良く取除くことは難しいという問題がある。また,プラズマエッチングでは,表面から1〜2μmの深さ部分程度しか取除けないという限界がある[0011]。
このような事情から,成膜法として優れた特徴を有する高周波励起プラズマによって高性能シールド膜を成膜する際には,プラチック表面の前処理として,プライマーコートを配設することが望しいと考えられる。だが一方で,電子機器などのプラスチック筐体の内壁面は,プリント基板などの電子部品を固定させるインサート金具,アンダーカット形状,リブといた複雑形状を有するため,成形品の成形歪が大きく,プライマーコートを配設した場合,プライマーコートに含まれる有機溶剤により,クラック(ヒビ割れ)が発生したり,落球衝撃(銅球落下テスト)特性がプライマーコートを配設しないものに比較して著しく低下しやすいという問題がある[0012]。
(イ) 実施例1 ポリカーボネート(PC)/ABS樹脂=50/50の組成比の樹脂を含有する成形材料により,携帯電話用ケース成形品を成形し,押出ピン,斜傾ピンおよびスライドコア接触部周辺をアセトン:n-ヘキサン(50:50)の混合溶剤により拭取り処理した[0024]。
続いて真空蒸着槽内で,その到達真空度を3×10-5Torrとし,アルゴンを1×10-4Torrの分圧として導入し,コイル状高周波励起(13.56MHz)電極によって生成させたグロープラズマに5分間放置し,直ちに2×10-4Torrのアルゴン分圧で2.0μm厚のアルミニウムを成膜した。60℃の水中に24時間放置した後においても,アルミニウム膜の外観,密着性および抵抗値の劣化は生じなかった[0025]。
また,アドバンステストによる電磁波測定の結果,無電解メッキ (Cu)1.3μm厚の場合と同等のシールド効果が得られた[0026]。
比較例2 実施例1において,溶剤による拭取りを行うことなく,アクリルエマルジョン型のプライマーコートを行い,続いてアルミニウムの成膜を行った。
60℃水中に24時間放置したところ,局所剥離の発生が認められた。また,長時間放置後,ソルベントアタックによるクラックの発生も認められた[0028]。
(ウ) 実施例2 8重量%炭素繊維配合のABS樹脂成形材料により成形した携帯電話のシールド板をエタノールにより拭取り処理した。
次いで,真空層内(到達真空度3×10-5Torr)において,アルゴン圧7×10-4Torrの高周波励起プラズマ(13.56MHz)に6分間放置し,2×10-4Torrアルゴン圧で1μm厚の銅を製膜し,直ちに0.2μm厚のニッケルを成膜した。60℃水中に24時間放置しても,外観,密着性,抵抗値の劣化は認められなかった[0029]。
比較例3 実施例2において,ポリウレタン型プライマーコートを行って成膜した。
60℃水中に24時間放置したところ,局所的クラックの発生が認められた。シールド効果も低下していた[0031]。
ウ 以上認定のとおり,原告は,プラスチック成形品の表面の摺動油をイオンボンバード処理によって除去するとともに,そのイオンボンバード処理による表面処理によりその後のイオンプレーティングによる成膜の密着性を向上させることを特徴とし,そのために上記成形品にプライマーコートを形成しないことを主張して乙発明の特許を受けていることが認められる。
また,乙特許明細書においても,@ 従来の技術とその課題の中で,プライマーコート層を配設することの問題点として,プライマーコートに含まれる有機溶剤により,クラック(ヒビ割れ)が発生する等の問題点が記載されていること,A 実施例では成形品から溶剤により油を除去した後,そのままアルミニウム成膜を行っているものであるのに対し,比較例ではプライマーコート層を配設し,その結果クラックの発生が認められる等の問題が生じていることが記載されていることが認められる。
上記の出願経過及び明細書の記載を参酌すると,乙発明は,プライマーコート層を形成しないことを前提としているものと解するのが相当である。
(2) 被告方法が,プライマーコート層を配設していないとはいえないことは,前記2(2)認定のとおりである。
(3) そうすると,被告方法は,乙発明の技術的範囲に属さない。
5 争点(4)イ(乙特許の進歩性)について 前記4によれば,被告方法は乙発明の技術的範囲に属さないから,原告の請求は理由がないが,念のため,乙特許の進歩性欠如について検討する。
(1) 乙発明と公知技術1との対比 乙発明と公知技術1とを対比すると,両者はプラスチック成形品表面に真空層内の高周波励起プラズマ雰囲気で表面にアルミニウム膜を成膜するプラスチック成形品の製造方法であることにおいて共通する。
他方,乙発明と公知技術1とは,次の2点において相違するものと認められる。
ア 乙発明においては,プラスチック成形品の表面の油を溶剤により除去し,真空層内の高周波励起プラズマ雰囲気に所定時間さらしてプラスチック成形品の表面をボンバード処理するのに対し,公知技術1にはこの点の記載がない点。
イ 乙発明は,電磁波シールドプラスチック成形品の製造方法であるのに対し,公知技術1は単なるプラスチック成形品の製造方法である点。
(2) 進歩性の有無 そこで,当業者が公知技術1ないし4から乙発明を容易に想到することができるか否かについて検討する。
ア 上記相違点アについて 公知技術3によれば,基板表面の洗浄処理は,薄膜作成には最も重要な処理で,その方法として有機溶剤による蒸気洗浄があることが認められ,公知技術2によれば,イオンプレーティング法においては,イオンボンバード処理が前処理として通常行われることが認められる。そうすると,上記相違点アについては,公知技術2及び3に記載される技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得るものと認められる。
イ 上記相違点イについては,前記3(3)イで述べたところと同様,当業者が容易に想到し得るものと認められる。
ウ したがって,乙発明は,公知技術1ないし4に基づいて当業者が容易に発明することができたものということができる。乙特許は,特許法29条2項に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号に規定する無効理由が存在することは明らかである。
よって,乙特許権に基づく本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない。
6 結論 よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとする。
追加
(別紙)当事者目録原告シービーシーイングス株式会社同訴訟代理人弁護士有賀信勇同補佐人弁理士西沢利夫被告工立化成株式会社被告株式会社タカハシ工業被告株式会社大成化工被告ら3名訴訟代理人弁護士田辺克彦同田辺邦子同藤田耕三同田辺信彦同奥宮京子同横内龍三同中西和幸同市川佐知子同安藤真一同眞岡加奈子同高木いづみ同三谷和歌子同大野渉同植松祐二同宍戸一樹同貝塚光啓同訴訟復代理人弁護士加野理代同補佐人弁理士小林正治(別紙)物件目録下記の説明により特定される松下通信工業株式会社向けのデジタル携帯電話機(NTTドコモ,Pシリーズ)用の電磁波シールドのための加工を施したプラスチック成形品記プラスチック成形品の表面にプライマーコート層を配設することなく高周波励起プラズマ雰囲気でイオン成膜されたアルミニウム膜が配設されている製品
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官 上田洋幸
裁判官 宮崎拓也